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2006.04.16
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カテゴリ: メディア
▼追悼、沼沢均記者2
新潟のがけ崩れ 現場でも一緒に仕事をした。そのときは書かなかったが、私も沼沢も土砂崩れの原因が山林の伐採にあったのではないかとにらんでいた。地元の一人の老婆が「裏山の神木を切った祟りだ」と話していたからである。もちろんそれだけでは原稿にすることはできない。私たちは応援取材であったので、新潟支局や本社社会部の記者たちがそろったところで、その話を引き継いで私たちは現場を離れた。

その次に会ったのは、私が埼玉支局に転勤になって間もなく発生した、1985年夏の日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故のときであった。当時もまだ長野支局にいた沼沢は長野県側から御巣鷹山の墜落現場を目指した。私は一度名簿班(名簿に載っている人たちの自宅に片っ端から電話取材を敢行するグループ)の要員として東京の本社社会部に出向いた後、群馬県藤岡市の現地対策本部の取材を担当した。私は遺体が運ばれてくる平地の取材、沼沢は生々しい死体が散乱する山奥の取材である。どちらが困難な取材かは容易に想像がつくだろう。

沼沢からは当時の墜落現場取材の大変さを聞かされた。とにかく自分たちも遭難しそうになるほど現場は大変な山奥だったようだ。道なき道をかき分けて、行く手を巨大な岩壁にふさがれることもしばしばであったという。

結局、山岳登山経験が豊かだった沼沢も、真っ先に現場にたどり着くことはできなかった。それでも一日遅れぐらいで現場に入り、死臭漂う墜落現場を取材、救助に当たった自衛隊員と山中で寝食をともにした。

この事故の取材については、いずれ詳しく書くことにして、沼沢記者の話を続けよう。

沼沢記者の冒険野郎としてのスピリットは、彼の記者生活を通じてずっと発揮された。1986年か87年に、最後の商業捕鯨船に乗り込んで長期取材をしたのも沼沢記者であった。

沼沢記者は福岡支社勤務を経て90年4月に外信部に配属された。外信部でも、戦場に積極的に出かける記者として知られていた。90年8月に起きた湾岸危機、湾岸戦争でバグダッド、クウェート、カイロに出張。92年からはナイロビ支局長としてアフリカをカバー。ソマリア、ルワンダ、スーダンなど危険地域に踏み込んだ取材は一〇〇日を越えた。

90年以降は私も仕事で忙しく、ほとんど沼沢記者に会っていない。沼沢記者をよく知る外信部の先輩記者で現在は独立している 作家の辺見庸氏が日垣隆氏との対談

辺見 彼(沼沢均)は僕が知っている限り、後輩の中では、いわば管理型の記者世界には合わない人間ですよね。人間を愛し、人の世界にギラギラ音の聞こえてきそうなほど興味を抱いていた。

日垣 94年暮れ、ルワンダ取材の話がもちあがって、僕は彼に協力を求めました。久しぶりの再会を現地でと楽しみにしていたのですが、僕と電話で話した直後、彼は取材中の事故で亡くなってしまった……。

辺見 僕はナイロビで、それからソマリアでもずっと一緒に彼とやって、あんまり何度も戦場に行くものだから、「ヤバイと感じたら布団をかぶって寝てるものだぜ」と言ったことがありました。
 信毎(信濃毎日新聞)にもずいぶん載ったけれども、ある意味で彼はアフリカ報道を変えちゃったんですよね。途上国、第3世界というのは新聞的なバリューがいままでほとんどなかったのに、沼沢は記事の中にロマンを入れた。読者の胸を打つようなかたちをつくった。

常に柔軟な考えをもち、あえて危険に立ち向かいながら、世界から見捨てられた人たちを取材、感動的な話にまとめあげていく沼沢の姿が浮かんでくる。彼の取材記録・遺稿は、同僚たちがまとめて、死んでから約一年後の1995年11月、『 神よ、アフリカに祝福を 』として集英社から出版された。





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最終更新日  2006.04.16 09:36:58
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