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奥高尾・城山山頂の広場には、気になるものも置いてありました。

近寄って見てみると、「この山で捨てられた犬の花子を保護するためのオリです」と書かれていました。なんと、飼い犬を標高670メートルの山の中に捨てた不届き者がいるんですね。見るに見かねた、捨て犬・捨て猫を助けるNPOの人たちが花子ちゃんを保護しようとしているようです。
周りを見渡してもワンちゃんの影はありませんでしたが、下山しようとしたときに、花子ちゃんが現れました。

結構大きな中型犬です。でもこの悲しげ目を見てください。人間(飼い主)に裏切られた悲しみに満ちています。「どうして私はこんなところに置き去りにされたの?」と人間に訴えかけています。
信じていた人間に裏切られたことが、飼い犬にとってどんなにつらいことであるか、捨てた人は考えたことがあるんでしょうか。本当に愚かなことです。いつか捨てた人間は同じ目に遭いますよ。それがこの宇宙の法則です。人間はごく短い期間のことしか考えられないので、今さえ良ければいいと、自分さえよければいいと、身勝手なことをします。しかしその身勝手さは垢のように魂に付着し、やがて自分がしたことと同じことが返ってくる磁性を帯びるんですね。自分で撒いた種は自分で刈り取らなければならないわけです。そのとき泣き言を言っても手遅れです。
日本では年間39万匹もの犬やネコが人間に見捨てられて、ガス室に送られ大量殺戮されています。花子ちゃんの目は、ガス室に送られる前のワンちゃんの目にとてもよく似ています。人間の犯した理不尽な行いに対しての悲しみに満ちた目です。このカルマは、直接的には捨てた本人にもっとも降りかかるでしょうが、社会レベルで見た場合、この愚かな大量殺戮を許している私たちにもカルマはかかってくるのだと思っています。
花子ちゃんや、ガス室に送られる前のワンちゃんや猫ちゃんの目を見たときに、身勝手な人間の罪の深さを感ぜずにいられません。私たちができることは、まず自分がそのようなことに加担しないこと、家族や友人や知人にそのようなことをする輩がいたら絶対にさせないこと、声を上げてそのようなことをしないようはっきりと反対すること、でしょうか。
皆がそのように明確な態度を取れば、この悲惨な現状を変えていくことができると信じています。
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