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ちょっと脱線しましたが、二度目の啓示があった2011年春先の話に戻りましょう。
青天の霹靂とは、まさにこのことをいうのでしょう。
私は竹内氏のことを気にはしていましたが、もう二度と会わなくてもいいとすら思っていたんですね。会う必要はない、と。
そこへ、いきなりある霊団みたいなところから啓示が降りてきました。その啓示とは次のようなものです。
「布施よ、お前は主義主張が違うという理由で竹内と会わないと決めているようだが、我々から見ればその違いはコーヒー党と紅茶党の違いにしかみえない。とにかく竹内に連絡を取り、会ってみろ。そうすればわかる」
と、本当に突然、こう言われたわけです。
私は衝撃を受けるわけです。「そうか、彼ら(霊界)から見れば、左翼や右翼の違いなどその程度の違いにしか見えないのか」と。で、私はこの言葉にすっかり説得されてしまい、七年ぶりに竹内氏に連絡を取り、取材を申し込みました。
そうしたら、意外なことに、竹内さんは八年前に私が書いた『竹内文書の謎を解く』が気に入ってくれていて、なんでも竹内さんの辛口の読書好きの友達すら褒めていた、というようなことを言ってくれたんですね。あの本は茨城の竹内文書の本のことを書いたにも関わらず、正統竹内家の関係者が評価してくれたわけです。
こんなに褒められるとは思わなかったので、「豚もおだてりゃ木に登る」で、私も調子に乗ってどんどん竹内氏の取材を進めました。で、その年の8月には『誰も知らない世界の御親国日本』という本が出版され、12月には『竹内文書の謎を解く2――古代日本の王たちの秘密』が上梓されました。この二冊の本は、すべて竹内さんが継承したという正統竹内文書の口伝がベースにあります。
この中で竹内さんは、特に『竹内文書の謎を解く2』が、直感的に非常に意味があると思ってくれたようで、私が献本しますと言ったら、一日でも早く読みたいので、見本が届いたその日に私の家まで取りに来ると言い出したんですね。まさか取りに来るとは思わなかったので、慌てて家を掃除して竹内さんを拙宅に迎えました。
私の家は、東京からは結構遠いんです。神奈川県の山の中にありまして、バスも一時間に一本しかありません。それでもはるばる来てくれたんですね。見本が私の家に届いた2011年12月10日のことでした。後で気づいたのですが、実際に本が店頭に並ぶのは一週間後の12月17日。そうむっちゃん(竹内氏)の誕生日が出版日だったんですね。それは出版社も私も、全く意図していないことでした。
拙宅に竹内氏を迎えたその日、不思議なこともありました。村の中を歩いていると、普段絶対にその場所では会わない人に出会うという現象が起きたんです。象徴的な言い方で説明すると、竹内氏がウィスキーを少し入れるコーヒー党だとすると、その偶然出会った人は同じコーヒー党でもアルコールが大嫌いな人だったわけです。
同じコーヒー党同士なのだから、分かり合えるだろうし仲良くすればいいではないかと思うんですが、コーヒー党だからこそどうしても譲れないこだわりがあって、一触即発のような状態になります。慌てて紅茶党の私が間に入って、事なきを得ました。
まあ、そんなこともありました。竹内氏流に言えば「偶然は神」ですから、この出会いにも意味があったわけです。神がつくった偶然の出会いのことを、シンクロニシティとも呼びますね。共時性とか意味のある偶然の一致とも言います。原因と結果を伴う因果律に基づかない、意味だけが共鳴して現象化するような事象です。
こうして2011年に正統竹内文書に関係する二冊の本が出たわけですが、不思議な偶然の会合はこれだけではありませんでした。
(続く)
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