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目を覚まして外を見ると、もうどっぷりと日が暮れておりました。
一体、いま何時になったのだろうと時計を見ると、何と午後8時になろうとしていました。
また、30分以上、電車が遅れたようです。既に日没時間は過ぎており、夜の帳が下りて、辛うじて西の地平線に薄明が残るだけとなっていました。
電車は静かにロンドンのキングスクロス駅に到着します。
これからイプスウィッチに行くと、確実に午後10時を過ぎてしまいます。
とにかくジュリーには電話をして、事情を説明しなければいけません。
公衆電話から電話を掛けます。電話がつながり、ジュリーと話をします。
私はインヴァネスからの電車が遅れ、エディンバラ駅の乗り継ぎでは走らなければならなかったことなど、電話できなかった理由を説明します。
ジュリーは一応納得してくれました。
そして話し合った末、会うのは今回は諦めて、また次の機会とすることになりました。
でもご安心ください。ちゃんと「次の機会」はありました。
と言っても、それから10カ月以上経った1981年7月30日のことです。
その日のことはよく覚えています。
ロンドンのセント・ポール大寺院でダイアナとチャールズ皇太子の結婚式があった翌日だったからです。
その日は、一か月にわたるアイルランド旅行からロンドンに戻ってきて、セント・ポール大寺院の前を歩いて、イプスウィッチ行きの電車が出るリヴァプール・ストリート駅に向かいました。
大寺院の前の広場は、前日の世紀の大式典がまるで嘘のように、静まり返っておりました。
まさに大騒ぎの夢の跡。
彼女と彼女のご両親に会えて本当によかったです。
その日の話はまた後日、このブログで紹介いたしましょう。
さて、電話の最後に彼女は「泊まる場所はあるのか」と心配してくれたので、私は「何とかなると思う」と答えます。
私は謝意を伝えて、今後も連絡を取ることを約束して電話を終えました。
でも、本当のことを言うと、その晩ロンドンで泊まれる宛てなど全くありませんでした。
ユースホステルも近くにはありません。
それよりもお腹が空いて、宿を探す気力が湧きません。
そこで駅のレストランに駆け込んで、まず夕食を取ることにしました。
(続く)
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