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鉛温泉を出て、これからどうしようかとなったのですが、帰るにしても同じ道を通りたくないし、、、で、東北自動車道も上りは混雑しているだろうからと、秋田県を回って帰ることになりました。秋田県の温泉、、、はい、湯沢市の奥にある「秋の宮温泉郷」に連れて行ってもらいました。「秋の宮温泉郷」は初めて行く温泉です。 ここも一度行ってみたかった温泉でした。花巻市から北上市に入り、国道107線を秋田県に向かって走ります。 途中道の駅「錦秋湖」で腹ごしらえ。あとは秋田自動車道に乗り、横手からは湯沢横手道路で湯沢に、湯沢からは国道108号線で鳴子方面に、道の駅を出てから1時間半で「秋の宮温泉郷」に着きました。 高速道路があると便利です。秋の宮温泉郷の中の「鷹の湯温泉」に行きました。 午後1時半過ぎで、立ち寄り湯の時間には間に合いました。フロントで料金630円を支払います。 ここで館内のお風呂の配置図をもらいました。最初に野天風呂に行きました。 風呂に行くまでの通路です。 これは期待が持てます。野天風呂です。 おぉぉぉ 素晴らしいロケーションです 目の前を川が流れてます。川は雄物川の支流の役内川です。 石が濡れているのは、この時少し雨が降っていました。野天風呂には雨の日用に行くまでの傘と風呂で使う菅笠が用意されていました。もちろん菅笠を頭に乗せての入浴となりました。 写真は風呂から見た右方向の景色です。遠くに温泉の湯気が見えます。誰もいなかったので写真を撮ることが出来ました。ラッキーでした。 あとから来た若者も記念にと、つれに自分の姿を写真に撮ってもらっていました。 野天風呂に行く道の途中に足湯がありました。 川のそばの足湯、風情があります。露天風呂です。 いいですねぇ、、長風呂してしまいそうです。。 「日本秘湯を守る会」の提灯が、、、露天風呂にはもう一つ岩風呂もありました。 外には先ほどの足湯が見えます。そうなんです、露天風呂のすぐ下に野天風呂に行く道があるのです。 ので、道からは風呂が見えるんです。まっ、流れる滝と清流の音を聞きながら浸かるお風呂、時の流れを忘れさせてくれます。鷹の湯温泉の内風呂です。 浴槽が3つあって、左のは立ち湯でした。 右奥には打たせ湯もありました。浴槽の縁が木で出来ているのはいいですねぇ。。体に優しく接してくれるので好きですね。。内湯にはあまり期待してなかったのですが、こういう内湯でしたらのんびり浸かっていられます。大沢温泉ほどツルツル感はありませんが、肌にまといつく感触はたまらんです。。 鷹の湯温泉 ここで6風呂目、、、ものすごく肌がツルツルです。。 頭の中も温泉でツルツルになりましたぁぁ。。温泉のハシゴもいいものです。。 温泉三昧、、、えがったですぅ。。。有意義な時間を過ごすことが出来ました。 ララオさんに感謝です。 ありがとうございました。山形に帰ってきたら、高速道路の上りの渋滞情報が電光掲示板に出ていました。 秋田回りで正解でした。また行ってみたい温泉ばかりでした。 特に「大沢温泉」、一回泊ってみたいですね。。泊るなら、自炊部でしょうか、、 板の間の廊下に畳敷きの部屋、 そそられます。。
2009.09.28
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大沢温泉を出たのは10時頃でした。 さてどうするべ、、朝早く出てきたので時間はたっぷりです。大沢温泉ではもう一つの露天風呂「豊沢の湯」にも入っていたので、体はポカポカ、肌はツルツル状態です。けんど、このまま帰るのも、、、せっかく遠い所に来たのですから、、んじゃぁもう一軒だべ。。てなことで、大沢温泉よりさらに奥に入ったところにある「鉛温泉」にも行ってみました。駐車場から旅館に向かうと「藤三旅館」の案内板がありました。 立ち寄り湯は「旅館部」です。 後ろに見えるピンクっぽい建物がそうです。。 それにしても、、奇抜な色の旅館です。。坂を下りて行くと「千と千尋の神隠し」に登場する湯屋のような建物が見えてきました。 旅館の玄関です。HPにあったのですが、本館は木造3階建てで総けやきづくりだそうです。 風情のある建物です。ここの旅館で有名なのは、立って入る風呂の「白猿の湯」です。 日本一深い自噴天然岩風呂だそうです。写真は撮らないで下さいと張り紙がありました。 ので、下の写真はHPから勝手にいただきました。天然の岩をくりぬいて作ったお風呂の底からは、透きとおった源泉100%のお湯が湧き出しています。入り口は上にあります。 そこから階段を下りて脱衣所に、、個性的なお風呂です。実はこの風呂は混浴なんだそうですが、、、女性が入るのはかなり勇気がいるかと。。。入っていると、ぬるくはないお湯だったので体がポッカポカ、、本日3湯目なので効いてます。。熱さに負けて早めに出てきましたが、この心地よいけだるさはええですねぇ。。。ここにも雰囲気の良い露天風呂もあったのですが、半分ヘロヘロで遠慮してしまいました。。残念。風呂から出たら、アイスだべ、、 売店は?、、「湯治部」の入り口にありました。。 昭和にタイムスリップしたような雰囲気の売店でした。 下の写真もHPからの写真です。「すみませーーん」 したら白い割烹着を着たおばあさんがどこからともなく現れて「いらっしゃい、、」まさに子供の頃の記憶にある駄菓子屋のおばさんですね。。アイス、、あったので買って食べました。 鉛温泉 藤三旅館 日帰り料金 大人700円こども500円 日帰り営業時間 7:00~21:00 この旅館を出た時間は11時すぎくらい、、早起きすると一日は長いです。まだまだ帰りません。。 さらなる展開は次回に、、、
2009.09.26
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前から行ってみたいと思っていた岩手県にある大沢温泉に行ってきました。実はララオさんからお誘いのメールがあったのです。 もちろん即OKです。てことで、ララオさんから連れていってもらいました。 感謝感謝です。 地図を見るとけっこう遠いかと思いましたが、花巻南ICまで2時間弱で行ってしまいました。ICから山の方に向かって川沿いの道路を走ります。 行くまで山の中の一軒宿を想像していました。が、道路沿いの家並みの一部から川に向かって下りて行った所にありました。駐車場から急な坂を下った所に大沢温泉があります。 見えているのは「自炊部」の建物です。「自炊部」と「菊水館」と「山水閣」の3種類に分かれていて、それぞれ値段が違います。施設全体図「自炊部」の休憩室です。レトロな雰囲気がいいですねぇ。。 右は露天風呂に行く廊下です。 露天風呂「大沢の湯」です。 右に見える戸が入り口です。 湯は少しヌルヌルしていました。ここは混浴だそうですが、さすがに女性は一人もいませんでした。上の写真とは逆の方を見た露天風呂です。 川のせせらぎを聞きながら、、ええ風呂でしたぁ。。。 右の方に橋が見えますが、対岸の「菊水館」に行くための橋です。露天風呂から見える対岸の「菊水館」です。 橋を渡る人がいましたが、橋から露天風呂が丸見えです。対岸から見た「自炊部」の建物です。 左の向うに見えるのが近代的な建物の「山水閣」です。川岸にあった水車小屋です。 実際に使用しているのかはわかりません。「菊水館」に行く橋の上から撮った大沢温泉です。 右下にちょこっと露天風呂が見えてます。 大沢温泉、自然がいっぱいの温泉でとても良かったです。 私好みの空間で、癒されてきました。。紅葉の時期もキレイとのこと、、周囲の木々が秋色に色付いた頃、また行きたいですねぇ。。
2009.09.24
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林泉寺、2回目の訪問です。 前回は夕方の5時を過ぎていたので境内には入れませんでした。今回はリベンジです。 駐車場に一人、拝観券売り場に一人、拝観券の検印に一人、人がいました。有名になったからでしょうねぇ、、、いつもは静かなお寺なんでしょうけど、、大変です。。境内にある、直江兼夫婦の墓です。 夫婦そろって同じ大きさの墓は珍しいとのことです。検印の人に聞きました。 上杉家藩主の正室の墓もあるそうな、、、 林泉寺中興開基と称されている、上杉謙信の同母姉「仙洞院」 の墓もありました。その「仙洞院」子、上杉謙信の養子になった上杉景勝の正室「菊姫」の墓もありました。菊姫は武田信玄の娘であり、川中島での宿敵同士であった謙信と信玄の子が結婚しています。説明にもあるように、ほんとに数奇な運命だと言わざるを得ません。 時代の流れなんでしょうが。。。「上杉鷹山」 領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られているそんな名君に側室の存在があったとは、、んでもそれにはやむにやまれぬ事情があったようです。アメリカ合衆国大統領第35代ジョン・F・ケネディが、日本人の政治家の中で一番尊敬している人物として上杉鷹山を挙げたとして、話題になった事がある。ケネディが鷹山について発言した際には、日本人から「Yozanとは誰か」と質問が出たとも言われる。鷹山の知名度や人気が上昇した背景には、米国大統領が知っている有名人を日本人が知らなかった、という驚愕の事実が背景にあると言われる。境内の順路表示に従って回ると、最後にお土産屋さんに出るようになっていました。こういう所ではつい買ってしまいます。 今回は「うこぎまんじゅう」を買ってみました。写真を撮るのを忘れて食べてしまいましたが、うこぎの香りがして美味しいまんじゅうでした。上杉家・直江兼続の菩提寺 春日山林泉寺帰りに「廟の隠れ家」に行って「大吟醸甘酒ソフト」を食べてきました。したら、期間限定デザート「味噌しぐれ」 という誘惑の文字が目に入りました。期間限定には弱いです。「うこぎしぐれ」もありましたが、味噌屋さんでは「味噌しぐれ」だべぇ、、下の写真です。見た目は微妙、、、んでも、味噌味なんだろかと、食べてみたい好奇心は強くなります。しぐれの中はこんなんでした。 間につぶ餡が入ってました。 味噌の香りがするかき氷ですね。。うまく言い表せませんが、味噌の香りがして美味しかったです。もちろん、機会があったらまた食べたいです。 味噌の販売をしている「昭和本樽仕込み館」には「味噌大福」や「味噌どら焼き」があります。ちょうど水曜日で「昭和本樽仕込み館」休みだったのですが、「味噌大福」が欲しいと我がまま言ったらこちらにもありますよと言われました。 「味噌大福」は「廟の隠れ家」でも買えました。言ってみるものです。廟の隠れ家
2009.09.18
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南原といっても山形ではなく米沢の南原のことです。 そこにそば屋があるのです。またまた米沢に行った時に、久しぶりに「南原そば会館」に行ってきました。米沢の南部にある「南原そば会館」に向かって走っているとつれがテレビで見たような景色だと言うのです。すると、ちょうどお店に行く道を案内するかのように「直江堤」の案内板がありました。そうなんです、「直江堤」は何回か地元のテレビ番組で放送されていたので景色を覚えていたのでしょう。まだ時間も早いし「直江堤」に行ってみることにしました。 したら、お店の前を通り過ぎるんです。お店の前を通り過ぎてしばらく走ると公園のような所に出ました。 ここか、、?、、近くに草取りをしているおじさんがいたので聞いてみました。。 ここだそうです。。洪水の多発地帯だったので、直江兼続が石堤を造ったので「直江堤」と呼ばれています。直径50cmほどの石を無数に積んだ堤防でした。 それにしてもこの石の数、、半端じゃないっす。。どこからどうやって、、一個持って歩くのでさえ無理っぽいのに、、 昔の人は偉いっす。。ウロウロしてたら、ちょうどお店が開店の時間になったのでお店に向かいました。久しぶりの店内です。。 んっ? メニューを見たらいつの間にか100円上がってました。 ざるそば? 「すみません、ざるそばって上にきざみ海苔がのっているんですか?」そばに海苔がのっていると海苔の香りが強くそばの香りが聞こえて来なくなるので嫌なんです。海苔はいらないと言おうとしたら、心配ご無用でした。 良かった良かった。。。そばに付く料理です。 いつもながら嬉しい量です。 しかも地元米沢の手作り料理だからたまりません。 これで700円は安いです。 とても良心的なお店です。 美味しかったです。。また来ます。トウモロコシは自分の畑で穫ったとのこと。 栗の木もあるのだそうな。。 なんかいいなぁぁ。。
2009.09.14
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今月の初旬、小野川温泉に行った時に再び田んぼアートを見に行きました。したら、稲の成長で絵が崩れてきてました。 ずっと同じ絵になっていると思ってました。9月3日の田んぼアートです。 稲が大きくなると絵が崩れてきてますね。 10月4日が稲刈りだそうです。前にアップした 6月29日の田んぼアートです。 上と見比べて下さい。 だいぶ違います。カメラが違うので、画像の色が違います。 気にしないで絵の変化だけを見て下さい。 今、米沢といえば田んぼアートにもあるように大河ドラマの「直江兼続」です。兼続は、風采堂々、躯幹長大、弁舌爽やか、かつ博学多識で、殊に文を好んで詩歌をよく詠み、天文地理・軍学・経済学等、皆達しないものはなく、米沢における学問は兼続に発したといわれる程です。しかも、その居常は極めて筒親で、身を保つことも謹厳でした。そんな直江兼続の墓があるという「林泉寺」に行ってみました。 妻のお船の墓も一緒にあると聞きました。 が、夕方の5時を過ぎていたので見ることは出来ませんでした。 残念。。。 米沢移封 2代景勝公の折に上杉氏は、会津を経て米沢移封(慶長6年)となりました。その後、元和3年(1617年)萬安大悦大和尚の時米沢の現在地に移りました。舞鶴城(米沢城)の南現在の地域を選んで、高田林泉寺の古規にならって堂塔伽藍を建立されました。現在の伽藍は、享保17年9月(1732年)に火災に遇ったのちに建てられたものです。左の杉の木の下にあるのは紫陽花です。 前に紫陽花を見に来たことがあります。 んっ?右のあの白いのは?えっ? 拝観受付? タダじゃぁないのかぁ、、、 んでも、、前からあったっけ? HPでみると境内の拝観は100円だそうで、次回にでも行ってみるべかと思っていますが、、、「やましろ庵」の旗も気になるし、、 一回くらいは見ておくべか。。。曹洞宗 春日山林泉寺● 開山曹洞宗開祖道元禅師から下って11代にあたる勅特賜 宗猷大光禅師 曇英慧應大和尚(しゅうゆうたいこうぜんじ どんえいえのう)が、本師である一州正伊大和尚(いっしゅうしょうい)を勧請し、開山されました。 ● 開基越後守護代であった長尾能景公(上杉謙信の祖父)が、その父である重景公の勲業を子孫万歳の福基に残そうとの御志願から建立されました。 ● 寺号長尾重景公の法名「林泉寺殿實渓正眞大居士」から、寺号を『林泉寺』と定められました。● 山号長尾景虎公(のちの上杉謙信公)が上杉氏を相続された時に、上杉家の氏神である奈良の春日明神を勧請し、山号を『春日山』としました。
2009.09.08
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8月初旬のことです。 まだ完成していない長井ダムに行ってきました。ララオさん のブログを見て場所はどこだろうと地図で探したのがきっかけです。最初、長井市を流れる野川の上流かと思いましたが、上流には菅野ダムと木地山ダムの2つのダムがありました。しかし、Wikipedia で検索してみると野川の上流でよかったのです。さらに意外なことがわかりました。下記は Wikipedia からの抜粋です。 長井ダム(ながいダム)は山形県長井市、一級河川・最上川水系置賜野川(おきたまのがわ)に現在建設が進められているダムである。国土交通省東北地方整備局が施工を進めている特定多目的ダムで、既に完成している管野ダムの直下流に建設されている。高さ125.5メートルの重力式コンクリートダムで、山形県では屈指の規模を誇るダムである。管野ダムの治水およびかんがい、発電能力の増強に加えて長井市への上水道供給を目的としている。2010年(平成22年)の完成を目標に現在建設の最終段階を迎えているが、完成すれば管野ダムは完全に水没する。ダムによって出来ることになる人造湖は、ながい百秋湖(ながいひゃくしゅうこ)と命名されている。文の中にもあるように、昔からあった菅野ダムの直下流に建設され菅野ダムが水没してしまうとのことです。水没? これは水没前のダムを見ておかねば、、と出かけて行きました。ダムに向かう道路の入り口付近です。 工事宿舎やらがあって、まだまだ工事中のようです。建設中の長井ダムです。 高さが125メートルだとか、、下にあるトラックや工事車両と比べると大きさがわかります。ダム湖の両岸を渡る橋の上です。 菅野ダムの上の方にありました。 橋の上から見た菅野ダムです。 資料によるとダムの高さは45メートルくらいだそうです。ダムの近くの側道に行きたかったのですが、関係者以外立ち入り禁止で行けませんでした。橋の上から見た、菅野ダムとは反対方向の風景です。 長井ダムが見えます。 水没前の風景です。橋の下まで下りてみました。 菅野ダムが見えます。 自分が立っている所も水没してしまいます。さらに奥の木地山ダムまで行こうとしましたが、道路事情が悪そうだったので引き返して来ました。せっかく造った菅野ダムなのに水没するとは哀しいかな、、んでも、水没寸前のダムも見てみたいものです。長井ダム完成後に出来上がるダム湖「ながい百秋湖(ながいひゃくしゅうこ)」も楽しみです。(この「百秋」の意味は『稲穂の実る美しい日本が、五百年も千年も続いて欲しい』であり、いつまでも長井の地域が美しい風景を保って欲しいという願いを込めて命名されている。)紅葉の時期にもう一度行ってみたいと思っています。 きっと美しいでしょう。。 長井ダム
2009.09.04
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