記憶の淵に沈みゆくもの

記憶の淵に沈みゆくもの

2003.01.03
XML

カテゴリ: カテゴリ未分類
今朝、起きたら雪が積もっていた。一瞬まだ夢を見ているのかと悩んだが、きちんと目がさめていたのでなんだか妙な気分。実家の方に雪が積もっていた昨日、今日はこちら。……寒さ競争をしているようだ(^^;
今日は初詣(今ごろなのだが)に行く予定だったのだが、車は置いていく。雪の心配もあるが、駐車場の心配もあるからだ。行きは電車で、帰りはモノレールで。ついでに朝昼兼用のご飯を行きがけに食べてきた。今年初のお気に入りのお店のパスタ。静かにジャズが流れている、ちょっと落ち着いた感じのパスタのお店だ。今年もひょこひょこ食べに来るぞ、と思いながら食べる。
向かいのテーブルの親子連れのがいた。入っていったときには既に食事も終わり、デザートを食べていた。片割れ曰く、「寒いのにソフトクリーム食べてる……」。いや、君も食べたそうだったよ(笑)。
それはともかく、食事を終えた子どもが店内を走り回り始めた。今まで何度も通っているお店だが、こういう客がいたのは初めて。しかも入り口前にあるケーキの入ったガラスケースを蹴る。早く帰りたくて仕方がないらしい。それに対して親が何も言わない。言わないどころか、帰ろうと大騒ぎをしても放っておく。眉間にしわが寄ってしまったのをまた母親に見咎められる。文句をいいたかったが、新年早々だし、と思い、我慢した。
雪が降った影響もあるだろうが、めちゃめちゃ寒かったことも一因しているだろう。いつもはかなり人ごみが激しい不動尊なのだが、今日は空いていた。ガラガラ、というわけではなかったけれど。滞りなくお参りを済ませて、去年のお守りを返却して帰路につく。
今日は外食すると決めていたので、そのあとちょこっと遊んで最寄駅まで帰ってきた。どこで食べるか悩んで、本当に久しぶりに近くのお店に入る。戦利品の巨大なぬいぐるみを抱えていたので、店員に「三名様ですか?」と聞かれ、つい笑ってしまう。まさかこの巨大熊を一名と数えたわけではないだろうけど(^^;
しばらく行かないうちに、半分居酒屋のようになってしまったお店には、客が結構あふれていた。隣のテーブルにいたのは3歳くらいの女の子を連れた夫婦(?)。今日は子どもづいてるな、と内心思う。しかも、なんだかあまりいい「つき」かたをしてない。厭な予感がした。
案の定、その夫婦はワインを一本既にあけていた。さらに一本の半分がテーブルの上に置かれている。子どもは一番奥に座らせているが、ほぼ放りっぱなしの状態。あれが食べたい、これがほしいと騒ぐ子どもを放っておいて、夫婦はお互いの話に余念がない。
なんだか暗澹とした思いをもって食事をしていたら、女の子はやがて椅子の上で飛び跳ね始めた。個別の椅子ではないため、周りにもちろんゆれが伝わる。半分居酒屋なのだから、と自分に言い聞かせて、言いたいことと一緒にひれカツを飲み込んだ。

一言いえば、子どもだって分かるはずだ。
「食べてる人がいるところでさわいじゃ駄目だよ」と、一言言えば分かるはずである。ずっとそれを繰り返していく、それが「躾」ではないのだろうか?
柚木崎は小さな頃、祖母に育てられた。祖母はそういった躾に厳しい人だったらしく、食事の際に出歩かないようにと、自らの足の間にひざの上に座らせた子どもの足をはさみこんで、食事の間離さなかったそうである。そういう躾をされるのは厭だった、と母は言うが、実際そういう躾をされた母方の親戚は、食事の間出歩くことはなかった。また、食べ終わったからといって走り回ったりしたら、晩酌をしていた父におとしだまをもらった。もちろんそれは本来の意味の「お年玉」ではない。「落し玉」である。いわゆる拳骨。中指の第二関節をこするようにして頭に落とされた拳骨は、とても痛かった(母曰く、ものすごい音がしたそうである。それだけ容赦がなかったということだ)。だから、柚木崎の実家にてそういう行為に及ぶ子どもは今でもいない(^^;
食事に関する躾も、それ以外の躾も、本来は「家」が行うことではないのだろうか。そういうことを忘れられている気がしてならない。そんな親を子どもは信用しないし、信頼しないと思うのだが、どうだろうか。
よく、「『友達』のような関係の『親』」という関係を聞く。「勉強」も、「躾」も、「社会生活」も、全て『学校』に任せて、『親』は『友達』に成り下がってる気がしてならない。そう、『友達』は、『親』からの格下げなのだ。間違っても格上げではない。『親』は、「躾」をするから『親』なのであって、『友達』は『親』にはならないのだ。


その居酒屋兼食事処で聞いたちょびっと気になった話をちらりとだけ。
最近の子どもは、夏休み明けに顔が変わっていてもおかしくないのだという。その理由は「整形」。子どもが自分の顔が気に入らないといえば、親は整形させてあげるのだという。「いいよね~」と羨ましげに話していたが、それって羨ましい話なのか? 子どもなんて、まだ成長の真っ只中で、顔なんていくらでも変わるものだ。それを「整形」と言う形で歪ませてしまっていいものなのだろうか?それは羨ましいを通り越して、怖い話だと柚木崎は思った。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2003.01.04 00:49:03
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

柚木崎

柚木崎

Calendar

Favorite Blog

chiro128 chiro128さん
燕燕の毎日。 燕燕1129さん

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: