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Mindyさんと食べに行った千喜知庵(蕎麦屋)の隣は悪役スター八名信夫のお姉さんの家がありました。昨年白血病で亡くなったてるちゃんの話の時にも書いていたのですが、八名信夫さんがちとせ座の座長として公演することになり、ちさねえちゃんと一緒に見に行ってきたのでした。八名信夫さんと言えば、今の日本ハムファイターズの前身東映フライヤーズの投手でした。日本ハムファイターズ日本シリーズの優勝の前に北海道 asahi.comにコメントされていたので紹介しますね。八名信夫のお姉さん夫婦は高齢のため息子さんのところに引っ越すことになりました。懐かしの我が家を誰か知っている人に譲りたいということで、牛窓にも別荘を持っている友人が『買っちゃった!』のだけれど、この夏私に会うまで『内緒にしよう!』とサープライズ計画をたてていたようで、千喜知庵(蕎麦屋)の隣の駐車場に入れようとしたとき、『れもんば~~~~む!!』と呼びながらこっちへ来いと合図をするので、行ってみると、『私の家へようこそ!』『え~~何のこっちゃ!!』彼女3軒も家を持っちゃったのよ。彼女曰く『私ね~~不思議と家についているのよね。』岡山にお住いの楽天仲間のみなさま年越し蕎麦は是非この千喜知庵で召し上がって下さいな。つきがまわってくるかもよ。お持ち帰りも出来ますよ。てんぷら蕎麦がおすすめです。場所は、柳川交差点を南へわたなべ鮮魚を東に折れると突き当たりが出雲大社分院、その手前になります。創業54年で、そこの場所だけ昔のままなので、すぐにわかると思いますよ。
2006.11.30
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あっという間にお話し会から2週間も過ぎてしまいました。mindyさんが日記に書いて下さっているので思い出しながら私もお話会後の様子を書きつづってみたいと思います。mindyさんが岡山最後の夜を過ごされたのは、私が子供の頃から慣れ親しんだ後楽園のすぐ傍でした。小学校に入学すると最初の遠足は6年生のお兄さんやお姉さんに手を繋いで貰って後楽園に行きます。写生大会やら、お月見会、何かあれば必ず行くところです。これは何十年も変わらない行事でしたが、ここ数年児童数が減少して、小中学校も統廃合されて母校は廃校に追いやられてしまいました。考えれば、私の実家も含めその当時の同級生もほとんど郊外に居を構えています。その中で、1軒懐かしの我が家とも言える家があるので是非そこへmindyさんを案内したかったの。牛窓の別荘を貸してくれた幼なじみの実家なのですが、そこは蕎麦屋で戦後東京から岡山へ引っ越してきました。亡くなったおじさんは江戸っ子で、おばさんは京女。実家はお寺さんです。最近になっておばさんは文学少女だったと聞きました。西洋文学を勉強したかったそうですが、昔のことでしかもお寺の娘なのでとんでもないってことらしかったです。いつも着物に下駄履きの下町風のおばさんにそんな頃があったなんて。。。。『男はつらいよ』の渥美清(寅さん)のおばさんにそっくりでした。おばさんの実家のお寺もちょっと型破り。甥っ子たちも休みには遊びに来ていたので、年も近いこともありよく遊んでいましたが、彼ら(私も含めて)の若い頃、ビートルズや加山雄三に影響され、バンドを組み、お寺でエレキ、長髪で袈裟を着てバイクで檀家を廻っていたそうな。それが、今は長男は都庁に勤務、次男は坊さんです。みんな若い頃はめを外していたほうがいいよね。話は戻って、なんだか、久しぶりにお店の中に入ると時間が止まったような気がして以前見た夢の中のワンシーンを思い出した。以前のブログでも紹介したことがあるのだけれど白血病で亡くなったてるちゃんの話戒名が月光菩薩なのよ。彼女のお姉ちゃんがまだてるちゃんが元気な頃、観音菩薩が月に向かって昇っていく夢を見たのよ。てるちゃんが亡くなってから『あの観音菩薩はてるだったのかもしれないわ。』と言っていたわ。この話も、私が観音菩薩の夢を見た時、『おかしいのよ澄ちゃん(牛窓の別荘の持ち主)が砂湯に入っているところを観音菩薩が見てるのよ。』と話した時に教えてくれたのよ。てるちゃんが三村先生と引き合わせてくれたのではないかと思うようになったの。だって私に介護の勉強をしたらと強く薦めてくれたのは『ちさねえちゃん』(子供の頃からの呼び名)だし、介護の勉強をしなければ、三村先生とも会うことは無かったわ。今まで幼なじみの実家(蕎麦や)の創業がいつだったかも知らなかった。Mindyさんと行ったとき始めて聞いたら、私の生まれた年だったのよ。こういう風に出会うことがすでに決まっていたのね~~。
2006.11.26
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遠く愛知県の方からさくら3330さん道に迷わず来られたかしらと心配していましたが、私の案内不足でバスの停留所を間違えたそうで、またまたてきぱき姉妹にお世話になりました。参加者のみなさま、一昨日からのヒーリングを受けぴかぴかの笑顔で出迎えて下さいました。こちらがお迎えしなければいけないところ、反対ですね。ありがとうございました。三重県からm2マダムさんたくさんの石けん戴きありがとうございました。それからm2パパず~~とビデオ写して頂きありがとうございました。三村先生が楽しみにしていらっしゃいます。チェリーママさん素敵なおばちゃま紹介して頂きありがとうございました。豊かに年を重ねることの素晴らしさを感じさせて頂きました。今回お話し会の内容はさくら3330さんとチェリーママさんがしっかり紹介して下さいました。本当にみなさまのお陰でとっても素敵な会を開催することが出来ました。正直言って、途中でやっぱり私には無理だったかしらと気弱になったこともありましたが、みなさまのヒーリングを終わった後の素晴らしい笑顔に会ったとき、そしてまた次回楽しみにしているよと言って下さったとき、本当にこの会を企画して良かったとしみじみ思いました。Mindyさん遠いシカゴからはるばる岡山までありがとうございました。そちらは吹雪いていますか?こちらは朝から冷たい雨が降っています。今日は牛窓に最後の片づけに行って来ました。結構いろんなもの忘れていた~~~。冷蔵庫を開けると、12日賞味期限のチーズケーキが残っていたり。勤務先のkちゃんmindyさんのヒーリングを受け、整理整頓って言われましたよね。月曜日の朝、彼女の机に整理整頓と書いた紙が貼ってあったそうですよ。『びっくりしたぁ~~~。』って言ってましたよ。もうひとり、勤務先のAさんお話し会に参加しただけで身体の調子が良くなったって。。。とっても素直な方なんです。次回は必ずヒーリングを受けたいと話していました。遠いところバイクでブイブイ飛ばしてきてくれた、Hさんとっても素直で綺麗な心を持っているってmindyさんが仰っていました。それゆえに、悩みも多いよね。頑張ってね~~~。私もいつも一人で頑張っていた。みんなに手伝って~~と叫ぶことにするわ。今日とっても嬉しいことがあったのよ。フェティマ様にすりすりしたお陰かなぁ~~。
2006.11.19
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相変わらずの拙い運転に、mindyさんはらはらどきどき??(いやこれは私)あっここで曲がるだったとか、急ブレーキに急発進、兎に角無事到着。先生はいつものにこやかなお顔で出迎えてくれました。短い時間の中、時間配分がきっちり出来ていて、1秒1秒大切にお話しが進んでいきます。これこそ、前世でのお約束が果たされたのかと、ときめく一瞬でした。入院するたびに本を執筆するという、凄いお方。凄い分厚い洋書も読まれていて、今度その著者がボストン在住ということで是非そこへ行きたいとおしゃっていました。mindyさんの友人にボストンで癌を研究されているお医者様がいらっしゃるとのこと。これも、偶然ではない気がします。時計を見ながら、次々に笑いを交えながら質問をしていく先生に、的確にアドバイスをされているmindyさんもやっぱり凄いお方。時間を見計らってから、ヒーリングに入りました。身体ががたがたと音をたてている。『きっと抗癌剤の影響でしょう。。不整脈もありますね。』何でも分かっちゃうmindyさん。最後に『今まで苦労されましたね。』先生子供のように頷き、『いやぁ頭から悪いもとが抜けた感じがするよ。湯気がたっていないかい髪の毛が3本立っているでしょう』と冗談を仰っていましたが、みんなmindyさんの前では素直になっちゃうんですね。ぴったり時間どおりに先生の家を後に、帰りはやっぱりmindyナビでみんなの待っている『癒やしと学びの家』にお話し会の開始5分前に到着。私としては、一緒に居るだけでもう1日終わったくらい内容が濃かったですが、これからが本番です。
2006.11.19
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今日しか休みがとれないという友人のために、出来る限り時間を作って差し上げましょうと仰って頂き、お話し会の前10時からヒーリングを始めました。その後、この『癒しと学びの家』を貸してくださった、三村先生から電話がありました。実は、今年の8月に三村先生にmindyさんのヒーリング&お話し会の開催場所として貸して頂けないかとお話しをしたところ、快く承諾してくださいました。8月の末にはタイにご旅行でお留守にされるとのことでしたので、9月の始めお電話を差し上げたところ、急性白血病が再発され入院しているとのことをお聞きし、奥様のほうから、入院していても、構わずに会場をお使いくださいと、有り難いメッセージを戴きました。その後、先生とお会いできなくても様子だけでもと思い病院へ駆けつけ、看護婦詰め所で先生の様子をお聞きしようとしたところ、とっても元気の良い声で『三村さ~~~ん』と呼んで下さり、いつものにこやかな笑顔の先生と対面できました。とっても嬉しかった。昨日までは抗癌剤の影響で、熱がぐぁ~~んと出たり、解熱剤を使うと今度は血圧がぐぁ~~んと下がったり大変だったそうですが、私が行くのに合わせたように調子が良くなったみたいでした。先生は病院の中で、患者さん達を励ますために病気になられたのではないかという気さえします。先生はこう仰っていました。『みんなここで病気を治して貰おうと思って居るんだなぁ。違うんだよ自分の気の力で治るんだ。それがなかなか分からない。』と。。前置きが長くなりましたが、先生は何とか主治医の先生を説得して病院を抜け出したものの、抗癌剤の影響で一番免疫力が低下しているとのことなので、お話し会に参加は出来ないが、お話し会の後でもmindyさんとお会いしたいので自宅の方に来て貰えないかということでした。しかし、お話し会の後にはヒーリングが2件入っていました。mindyさんにお話し会の予約の方2名少し待って頂いたらどうかと提案したところ、予約している方を待たすことは出来ないので、これからすぐ行きましょう!!と。。決断力の早さは凄いです。つづきはまた明日ね。
2006.11.18
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今日は急に人数が増えて大忙しのmindyさんでしたが、あたふたしているのは私だけ。。お一人おひとり大切に心を込めてヒーリングされています。9時から6時までほとんど休みなしで、『疲れを知らない!!』そして、凄い集中力!!私と言えば、なんだか、ひとりバタバタしてたような。今回ご縁を戴いた方たち、みなさまに助けて頂いて切り抜けてきました。前世でお約束していたm2マダムさんとの感動の再会もてきぱき姉妹(mindyさんが名けた私の友人)に先を越されてしまうし、しかもm2マダムさんの守護霊(マリア様)を見たとは驚き!!でした。上の写真は、mindyさんとテキパキ姉妹と一緒に牛窓の友人の別荘の近くにあるホテルリマーニで食事をした後海辺を散策したときのです。『魚がいっぱ~~いいるよ~~。』と目を輝かすmindyさん、とってもかわゆ~~い!!牛窓の別荘へm2マダムさまご一行をご案内している間、なんだかクシャミが。。。誰か噂をしれいるぞ。。ぷるぷる。。案の定、ホテルへ戻ると『今噂をしてたのよ~~~』ときた。れもんばーむの運転が危ないってことらしい。うん。。ちょっと急いでいたからねぇ。。。mindyさん曰く日本の道路は狭いね。れもんばーむもそう思うよ。中央線踏んでも仕方ないよね。狭いも~~~ん。
2006.11.15
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第1回目の『ヒーリング&お話し会』の報告させて戴きます。涙あり笑いありのとっても素敵な会になりました。これもすべて、来て頂いたみなさまのお陰です。ありがとうございました。大きな力を戴きました。mindyさんを岡山駅まで無事お送りすることが出来て、ホッとしています。今でもmindyさんの『きゃ~~。』という叫び声が頭から離れません。本当に『ひどい』運転でしたね。牛窓の友人の別荘から桜ヶ丘にある三村先生の『癒やしと学びの家』までのドライブ本当に楽しかったわ。今まで忘れかけていた小さな事への気づき。ほっとするひととき。からすがお腹をこちらに向けて飛んでるのを見て笑い転げたり、山が連なっている姿や川に見とれたり、これが、mindyさんの若さを保つ秘訣かな?今回初めての経験。東京で2回目のワークショップを開催したmicoちゃんからも聞いていた目に見えないものを伝える事の難しさ。来て頂ける方はやっぱりご縁があるのですね。楽天仲間のチェリーままさんがお客様をひとり紹介してくださいました。とっても素敵なおばあちゃま。そのおばあちゃまの運転手のおばあちゃまもまたミイラとりがミイラのごとくmindyさんに熱いまなざしを。。。。そして午後からご夫婦で仲良くヒーリングを受けて帰られました。おじいちゃま曰く空を飛んでいる気がした。。と。。本当に仲の良いご夫婦でした。ありがとうございます。いつまでもお元気でね。初日最後は私。疲れを知らないと思っていた私。身体は正直ですね。身体から毒素がびゅ~~んって飛んでいく感じ。身体がか~~るくなって気持ちいいな~~~。と思っている間に50分過ぎていました。Mindyさんって凄いよ~~~。みなさ~~ん是非次回試してみてね。楽しいよ。こうして初日は過ぎていきました。
2006.11.14
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1週間前に届いていたはずの従妹のMちゃんからの手紙が今日私のもとへ舞い降りてきた。 今mindyさんのヒーリング&ワークショップ開催中のmicoちゃんがブログに書いていた塩田の話に、昔遊んでいた叔母の家の近くにある塩田の風景がオーバーラップして懐かしく思い出されましたが、Mちゃんはその叔母の娘です。彼女からの手紙はmindyさんのお話し会の返事でした。残念ながら仕事で来られないとのことですが、当日はヒーリングの力を感じながら未来に向かって想いを高めようと書いてくれました。彼女のお父様は素晴らしい方でした。兄が入社したときも一番難しいところに配属され、一時は叔父のこと恨めしく思った時期もあったようですが、後になって有り難かったよって言っていました。本当に先見の明がある方でしたね。叔父は定年後野崎邸の館長をしていました。その数年後あっけなく癌に冒されこの世を去りますが、いつもは冷静な叔母の取り乱した姿に、悲しみと愛情の深さを知りました。そしてその時兄がこんなに早く天国に召されるとは思っても見なかったです。先日母の入院している病院に叔母様とともに見舞いに寄ってくれたそうで、ありがとうございます。娘はなかなか、行けないです。叔母様のすぐ近くに住んでいて見守ってあげられるMちゃんが羨ましいな。きっとね~~。叔父様と兄天国から見守ってくれているよ。今度のお話し会、義姉と娘も来てくれるのよ。有り難いね~~。
2006.11.03
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