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どんな小さな公園にもあると思われる遊具が鉄棒だ。おそらく、数ある遊具のなかでも、比較的狭い所でも設置でき、最も安価な部類に入る遊具だからだろう。そんな鉄棒だが、近くの公園を通りかかった時に、いつも変だなと思うことがある。 それは、私だけの気のせいかも知れないが、どうも私のこどもの頃(1950年代)に比べて、鉄棒であそんでいるこどもたちが少なく感じることと、たとえあそんでいたとしても、女の子の方が多いように見えることだ。 それは、飛行機飛びで飛んだ距離を競い合うような、豪快なあそびが減ったことと関係があるかも知れない。もちろん、そんな豪快なあそびは、もっぱら男の子のあそびだった。この何十年かは、こどもたちが飛行機飛びであそんでいるところを見たことが無い。 今では、せいぜい逆上がりの練習か、よくいって逆さまにぶらさがる「こうもり」くらいだ。どれも、小ぢんまりとしたあそびだから、あそんでいる姿が目立たないから、余計に鉄棒あそびが減ったように感じるのだろう。 既報のある調査では、小学校の高学年になるほど、身体を使ったあそびが少なくなるそうだ。これでは、体力や運動能力がある程度獲得した高学年に、適したあそびである飛行機飛びをする子が減るのは、当然のことだろう。折り紙も好きだったが、飛行機飛びも大の得意だった私には、残念なことではあるが・・・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.30
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「折り紙」は、単純に「折り」を積み重ねていくだけでなく、次の工程の補助線的役割の折り目を付けるための「折り」もある。そんな時は、せっかく折った折り目を開くこととなる。ごく単純な作品を除いて、この「折り」と「開き」の作業が入り混じる。 しかし、少なくはない作品において、その途中の過程を、「折り」と「開き」の順番を変えたり、違った「折り」と「開き」を採用したりしても、結果として同じ作品に折り上がることがある。 その典型を、日本の伝統作品の一つ、「折り鶴」でみると、一般的な折り方では、途中に三角形を正方形に開き折る工程や、正方形から長い菱形に開き折る工程が出てくるが、この工程を簡単にするために、幾つか補助的に「折り」を加えたりする方法も考案されている。 また、私が「折り鶴」を折る時に、しばしば用いる方法は、前記の二つの工程を略するために、あらかじめ必要な折り目だけを付けるという方法だ。これは、折り目を多く付ける必要があるものの、長い菱形の形まで一気に畳み折ることができる。この方法は、薄い紙なら数枚以上は一度に、折り目を付けることができる。千羽鶴などの大量の作品を速く作る時には役に立つ方法だ。 このように、一般に言って、「折り」の工程が多ければ多い作品ほど、途中の「折り」は変化する余地が大きくなるのだ。だから、同じ作品を何度も折っているうちに、より合理的な「折り」が見つかる時も多い。私が取り組んでいるユニット折り紙では、「折り」の工程も多く、折る数量も極めて多いので、その「折り」の変化(へんげ)は日常茶飯事のこととなっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.29
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【愛知県稲沢市祖父江町の県営木曽川祖父江緑地で、小学3年生の男児(8つ)が遊具のボルトに頭をぶつけて大けがをした事故で、県は26日、業者の点検漏れと、県の点検項目の確認不足が事故原因だったと発表した。(中略)県は公園の管理を名古屋市の造園業者に委託している。業者は専門業者による年2回の点検のほか、自ら毎月の集中点検と毎日の日常点検をしていたが、いずれもボルトが露出しているかどうかは点検項目に入っていなかった。 業界団体の基準は、ボルトやナットの「突起の点検」を求めているが、業者は2009年度に県がボルトの突起を点検し問題がなかったため、11年に委託を受けた際にも問題はないと思い込み、独断で検査項目から外した。県も点検項目から外れていることに気付かなかった。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/中日新聞:2013/04/26) 上記事故については、このブログでも以前に取り上げ、「指定管理者制度」の問題点を指摘したが、上記記事は、この「指定管理者制度」の問題点を、あらためて浮き彫りにした記事となっている。 上記引用によると、愛知県の遊具管理のあり方は、県が指定管理者である造園業者に委託し、その指定管理者が専門的な「年2回の点検」を専門業者に委託すると言う、二重の委託であったことには、愛知県民の信頼を裏切る行政の姿勢があらわれている。 ボルトの露出の兆候を、「年2回の点検」で見抜けないような専門業者の専門性も問題なら、たとえ点検項目に入ってなかったとしてもボルトの露出は発見できないような造園業者は、遊具を管理する指定管理者としての資格そのものも無かったと言えるほどの無能さだ。 さらに、適格性の欠ける指定管理者と、専門性に問題点のある専門業者に、公園遊具の管理点検を丸投げする、県の公園におけるこどもたちの安全に責任のある愛知県の行政姿勢は、糾弾するに値するだろう。 この愛知県の体たらくは、まさに「指定管理者制度」は、「行政改革」どころか、自治体の行政能力如何では、責任放棄の連鎖に陥る危険性の高い行政改悪として機能することを、如実に物語っている。自治体の長である知事の責任も問われなければならないのは、極めて当然のことだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.28
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【ボーネルンドは4月上旬に、幼稚園・保育園(年中・年長)から小学6年生の子供を長子に持つ全国の母親1,248人を対象に、「子供の『体遊び』に関する母親の意識」についてインターネット調査を実施した。(中略)最初に体遊びの頻度について尋ねたところ、幼稚園・保育園児では83.7%が「毎日」「ほとんど毎日」と回答。しかし、成長段階を経るごとに体遊びの頻度は低下し、小学校高学年では、34.6%の子供が「週に1~2日」以下しか体遊びをしていないことが分かった。 体遊びをする時間についても、学年が上がるにつれて減少する傾向が見られた。平日では小学校高学年では8.8%が体を動かして遊ばないと回答。1時間以下と回答した割合が59.2%となっている。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/マイナビニュース:2013/04/26) ちなみに、「体遊び」とは、屋外での集団あそびなどの、身体を使ったあそびを指すのだが、上記引用記事は、こどもたちの体力・運動能力の低下は、こうしたこどものあそびの異変とも言える、とんでもない状況が反映した結果として起きていることを、如実に示す記事となっている。 こどもたちにとって、身体各部の発達と基本的な運動能力を獲得する、小学校中学年以降の時期が、身体を使ったあそびの最盛期になるのが、本来の姿だった。歩くことを覚えたこどもたちが、成長とともに、「体遊び」をどんどん増やしていくのが自然な姿なのだ。 それが、成長するとともに「体遊び」を減らすと言う、この逆転現象は、こどものあそびの大異変と言っても過言ではないだろう。この大異変を、別の角度から見る上で、前記調査を報道した別のネット記事を次に引用する。 【子どもの成長にとって体を動かして遊ぶ時間は重要か尋ねたところ、どの学年の子どもの母親も97%以上が「重要だと思う」と回答した。しかし、子どもの体遊びの時間に満足している母親は全体の41.1%にとどまり、幼稚園・保育園児の母親でも48.4%と半数に満たないことがわかった。 子どもの体遊びの時間が不足していると感じる母親に、その最大の理由を尋ねたところ、幼稚園・保育園では「一緒に体を動かして遊ぶ仲間が少ないから」32.5%、小学校低学年では「安全面で子どもを外で遊ばせるのが不安だから」23.2%、小学校中学年では「一緒に体を動かして遊ぶ仲間が少ないから」と「子どもが体遊びに消極的だから」が同じく19.3%、小学校高学年では「習い事などで忙しいから」21.0%となった。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/リセマム:2013/04/26) 「子どもの成長にとって体を動かして遊ぶ」ことは重要だと考えていながら、「子どもの体遊びの時間に満足している母親」が少ないと言うことまでは、疑問も無くはないが、母親としての素直な気持ちだと思うが、こどもたちの「体遊び」が不足している理由を、母親(父親)自身以外に求めている点や、「習い事」をさせている親自らの責任との間に、矛盾を感じていないかのように思える点が、理解できない。 もし本当に、こどもたちの「体遊び」不足を憂えているのなら、親たち自身が、「一緒に体を動かして遊ぶ仲間」を、積極的に見つけるべきだろう。また、「安全面で子どもを外で遊ばせるのが不安」とは言うが、身体を使わないが、「公園でゲーム機」などを典型として、実際には外であそんでいるこどもたちは多い。こどもたちに与える遊具や玩具を吟味すべきだろう。 ましてや、夜遅くまで塾や習い事に通わせている親たちは、昼間の外あそびの「安全面」を気遣う可笑しさに気付くべきだろう。さらに、塾や習い事で、外あそびが旺盛だった時代に比べ、各段にもあそび時間の絶対量を減少させたことにも気付くべきだろう。 もちろん、それは親たちだけの責任ではないのも事実だ。子を持つ親たちを、これでもかこれでもかと、学歴偏重へと追い込む施策を採ってきた文部科学省や教育委員会、学歴偏重を批判するのではなく、その土壌でこどもたちの成長・発達よりも利潤に重きを置く教育産業、そして、こどもたちのあそびをねじ曲げてしまった玩具・遊具メーカーなどの責任は、親たちよりも各段に重い。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.27
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動物や乗り物など、何か具体的な物に似せて折る「具象折り紙」に比べて、まだまだ愛好者の少ないのが、私が関わっているユニット折り紙などの、「抽象折り紙」だ。三角形や四角形などの、単独あるいはその集合体の形を楽しむ「折り紙」だと言うこともできる。さらに、色や模様のある折り紙を使うと、形だけでなく、それらの組み合わせの美しさを楽しむこともできる。 そんな「抽象折り紙」の一つであるユニット折り紙は、折ると言う作業だけでなく、組み合わせるという作業が必要で、それが魅力となっている反面、それがユニット折り紙が敬遠される原因ともなっている。だから、ユニット折り紙に魅せられても、自分で折ってみようとされる方が少ないのだ。 このユニット折り紙の難しさに、幾何学的な思考の問題がある。平面図形ならまだしも、立体的な形を的確に把握することは、この世の中が立体的な物で満ち溢れているにも拘わらず、立体作品へのハードルは高いのだ。 ただ、ユニット折り紙に限らず、「折り紙」は、折ると言う作業により、幾つかの図形を作りながら作品を仕上げていくものなので、普通の「折り紙」に慣れ親しんでいれば、そのハードルは下がってくる。折り鶴などの立体作品に慣れていれば、なおさらユニット折り紙へのハードルは低くなる。 ともかく、幾何学的認識は、「折り紙」に慣れ親しんでいれば育ち、そのことにより、ユニット折り紙の立体に組み上げるための幾何学的センスも身に付けやすくなるのだ。もちろん、ユニット折り紙に感じる魅力の度合いが強ければ、簡単な作品から挑戦してもいい。 初めは、手取り足取りで教えてもらってもいいので、ともかく折り始めると始めると、幾何学的認識は育っていくものだ。もちろん、伸び盛りのこどもだけでなく、もう伸びしろは無いと思われている、ご高齢の方でも同じだ。それは、この間、ご高齢の方にユニット折り紙を教えた経験が証明している。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.26
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「折り紙」には、その芸術性で大きく分けて二つのジャンルがある、一つは「折り鶴」に代表されるように、ものの形を模す「具象折り紙」と、も一つはユニット折り紙に代表されるような、形の美しさを追求する「抽象折り紙」だ。 その「具象折り紙」は、最近では、「複雑系折り紙」に見られるように、より本物に似せて作品折り上げる「折り紙」が急速に発達してきており、「超複雑系折り紙」のようなジャンルまで生まれてきている。 それらの「折り紙」は、どちらかと言えば、おとなの芸術活動と言えるものだ。もちろん、果敢に挑戦するこどもたちもいるが、折り図が複雑なのと、使用する紙も限定され、少なくともこどもたちの日常のあそびには定着するのは不可能に近い。 それに比べて、「奴さん」や「紙飛行機」などは、「具象折り紙」の中でも、比較的簡単で、こどもたちの日常のあそびに適している。これらの、易しい部類の「具象折り紙」は、その簡易さ故に、出来上がりの作品は、模す対象となった本物には似てはいるが、どこか違った形となる。 だから、それであそぶには、程度の差はあれ、「見立て」が必要となる。「折り鶴」なら、本物の鶴には長い足があり、尾は跳ね上がっていないのに、鶴と見立ててあそぶのだ。しかも、折り上げる形がシンプルなほど、言い換えれば折り方が簡単なほど、この「見立て」には、より柔軟さが求められる。 「見立て」と言う行為は、物事をある意味で抽象化して、その特徴を掴む行為と考えられる。その意味で、物事の特質や本質をとらえる力を養うには、「見立て」は極めて意義のある活動となるのだ。 こうした、「見立て」が、こどもたちの諸能力の獲得、なかでも学力の大本(おおもと)を育む上では、大いに役立つのは間違いがないだろう。もちろん、何事も好きになってこそ身に付く、「折り紙」の無理強いでは、「見立て」の力が育つ前に破たんする可能性は大きい。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.25
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ユニット折り紙は、一つ一つのユニットを正確に折る必要があるのだが、実は手で折る限り、厳密には全てのユニットを寸分の違いなく完全に同じに折ることは出来ないのだ。 同じ材質の紙を使って、同じ折り目を折る時も、その時の力の入れ加減は、全く同じだとは言い切れ無かったり、同じ基準線に合わせて折ったとしても、ほんの僅かなズレが生じることもあるのは、仕方がないことだ。 ただ、それらの違いやズレが、ユニットを組み上げる時に問題となるかと言うと、よほどのことでない限り、紙そのものが持つ、柔軟性や融通性から、作品は組み上がるものだ。だから、出来上がった作品の、一つ一つの辺が組み合わさって創り出す同じ形の面は、幾何学的に見て、正確に同じ形にならず、ある程度の「ゆらぎ」を持って違っているのだ。 このある意味で自然な「ゆらぎ」こそ、手作り作品の「味」であり、それは手作り作品が醸し出す、独特な美しさとなるのだ。もちろん、その「ゆらぎ」には、作り手の個性が反映する。それも「折り紙」作品の楽しみ方となっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.24
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「遊び学の事典」の掲載語を考えている時の話だが、指や手で障子や壁に影絵を作るあそびを実際にやってみて気付いたのだが、現在の住環境では、その影絵は意外と難しいのではないかと思い当たった。 それは、家庭の照明環境が、私のこどもの頃(1950年代)と大きく違っていることだ。電球から蛍光灯、さらに最近ではLEDと変わり、直接照明より間接照明の割合が増えているのだ。 明るさの点では昔に比べて格段に明るくなっており、普通に考えれば、昔より鮮明な影が映ると思われるが、実際はその反対で、影が不鮮明なのだ。試しに壁や床などに影を映してみればわかる。 なぜ、そうなるかと言うと、昔の電球は点光源に近く、今の光源は面光源に近いのだ。光は一点から拡がって進むので、電球や太陽のように点に近い光源では、ほぼ鮮明な影ができる。それでも、電球による影は、近くでよく観察すると、輪郭が少なくとも二重には、なっていることがわかる。 だから、光が平面、すなわち幾つかの離れた点から出るので、その影は輪郭がぼやけてしまうのだ。もちろん、手を壁や床などに近付ければ、影の輪郭はハッキリとしてくるのだが、それでは影絵の面白みが半減する。 だから、今の時代は、影絵を楽しもうと思えば、プロジェクターなどの、点光源に近い光を出す装置が必要となる。これでは、「あそび」の範疇を越えてしまっていると考えていい。今や、手や指などで作る影絵は、こどもにとっては、するあそびではなく、鑑賞する芸術になってしまったのかも知れない。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.23
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(昨日の続き)トカゲに慣れれば、次はトカゲ捕りの実践となるが、これが非常に難しい、まず見つけるのが大変だ、多くの場合、瓦礫の下などに潜んでおり、捕食や日光浴などのために、時折姿を現すのだが、それを待っていたのでは、時間がかかる。 そこで、瓦礫をどけたり、足で音を立てたりして、追い出し作戦となる。しかし、敵もさるもの、追われる者の身のトカゲは、一目散に草陰に逃げ込むことも多い。そんな時は、草むらに入って追いかけるのだが、トカゲの動きを予測しないと、上手く見つからない。たとえ見つかっても、捕まえることはさらに難しい。 だから、最初のトカゲ捕りは、私だけが活躍することとなる。それでも、何回か経験すると、私と肩を並べるくらいのトカゲ捕り名人が現れる。一旦、こどもたちの中に名人が出れば、翌年からは私は、平凡な引率者の位置にめでたく格下げとなる。 そんな、楽しい経験も、都市開発の波により、10年もしないうちに、根こそぎ都市化の大海原の彼方に、さらわれて行ってしまった。あの時の、トカゲ捕り名人たちもすでに30代で、あの頃の自分と同じ年頃の子を持った親となった。はたして、トカゲ捕りの技は、引き継がれていくのだろうか・・・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.22
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今のこどもたちは、トカゲを捕まえたことがあるのだろうか、私の住む大阪市内では、トカゲを捕まえた経験を持つおとなさえ、団塊の世代より若い世代では、ほとんどいないのかも知れない。 そんな大阪市でも、大和川に接する住吉区では、少なくとも私が学童保育の保育師(指導員)であった1980年代の中頃までは、学童保育所のこどもたちと、近くの空き地に、トカゲを捕りに行った。 もちろん、こどもたちは初めての体験で、トカゲを触ることすら出来ない有様だったので、私が捕まえたトカゲを触る練習から始めた。希望者だけだが、多くのこどもたちが、それに挑戦した。 恐々と触り始めるのだが、気味悪く思えた、あの体つきに反した、愛らしい瞳を見て、「可愛い!」と思わず声を上げる、女の子もでるくらいに、大きく変化する。そして、トカゲが爬虫類の生き物で、ヘビ類と同じ鱗(うろこ)を持っていることを、手で触った実感を伴って記憶に留めるのだ。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.21
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【九重町で男子児童が回転式遊具で大けがをした事故を受けて、大分市は19日市内の公園5か所で遊具の緊急点検を実施しました。(中略)事故を受けて大分市は市内5か所の公園に設置されている回転式遊具を使用禁止とした上で、19日詳しい点検を実施しました。その結果5か所いずれの遊具も、ハンドルと座席の間に胴体や頭が挟まる可能性があることがわかり、使用禁止の措置を継続しました。点検結果を受けて市は遊具の部品の取り替えなど具体的な対策を検討しています。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/大分放送:2013/04/19) 上記記事は、遊具の安全に関する自治体の常識の無さは、事故が起きた九重町だけに留まっていなかったことを、物語る記事となっている。九重町で事故が起きていなければ、大分市の遊具の緊急点検は無かったわけで、大分市で同様の、否それ以上の重大な事故が、起きていた可能性もあったのだ。 それでも、今回の大分市の処置は、同様遊具の新たな事故を未然に防ぐことにつながったので、それはそれで評価できる。同様の対策が、大分市に留まることなく全国的に広がってほしいものだ。 もちろん、自治体だけに任せるのではなく、身近な公園や学校内に、事故遊具と同様に、頭などの身体の一部が挟み込まれるような構造を持った、回転式遊具が無いか、住民自らも点検することも望まれる。 不良遊具を発見し、出来るだけ速やかに、自治体などの遊具設置者に連絡を取り、使用禁止にするなどの措置を取らせることが必要なのだ。こどもたちが安心して遊具であそべるようにするのは、おとなの責任なのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.20
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「折り紙」の一つのジャンルに、ユニット折り紙があり、その魅力に取り付かれたのが私だ。このユニット折り紙は、ユニットと言う部品を折り、それを組み合わせて、さまざまな立体オブジェを作るものだが、ユニット同士を組み合わせるには、ユニットがある程度正確に折られている必要がある。 もちろん、折り線を正確に折るのだが、実際上は紙が持っている決定的な性質が、その「折り」の正確さの前に立ち塞がるのだ。それは、どんな薄い紙であっても、必ず「厚み」があり、その「厚み」が、「折り」の正確さにとって邪魔になる場合がしばしばあるのだ。 特に、紙を何重にも折り重ねる場合に、この紙の「厚み」が大きくものを言ってくる。もちろん、初めから厚い紙を使用すると、同じこととなる。こうした場合、折り図の折り線通りに折っても、折り線までの過不足ができてくる。 この過不足は、一枚の紙で折れる作品なら大した問題はないが、何枚ものユニットを組み合わせるユニット折り紙では、接合部の形状が同じでないと、組み合わせに難が出る。 だから、正確に折り線に沿って折るより、若干のゆとりを持たせて折る必要性が生まれる場合も少なくない。この時は、何枚かの全ての紙に、同じ「ゆとり分」を持たせると言う、別の意味での正確さが求められるのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.19
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「折り紙」をすると集中力が付くと言われるが、ある意味正解で、別の意味では不正解なのだ。人並みの集中力があると思える私自身で言えば、確かに「折り紙」好きなので、「折り紙」で集中力が付いたのかも知れない。 しかし、「折り紙」嫌いの子に、集中力を付けようと「折り紙」を無理やりやらせても、逆効果にもなるのは、多くの例が示している。人は嫌いなことに集中するのは、極めて難しいものなのだ。 ここまでのことで、気付かれたと思うが、「折り紙」を折るということは、その作業中は集中していると言うことで、全く「折り紙」に集中できなければ、「折り紙」の作業すら難しくなる。「あれ!これは変?」確かに、集中力を身に付けるために、集中しないとだめなのは「変」だ。 このことを正しく理解するには、集中力を考える上で、当たり前のことではあるが、有るか無いかではなく、どれだけ集中できるかどうか、すなわち「集中」の持続時間の長短で、考える必要があるのだ。 人は、おそらく生まれながらにして、「集中」を可能にするだけの能力は持っており、それを「集中」させる対象ごとに、「集中」する経験を積むことにより、その対象への集中力を増大させるのだろう。 この考えに沿って、もう一度「折り紙」で集中力が付くかどうかを考えてみると、「折り紙」に短時間だけでも集中できる程度の集中力が必要で、そうでなければ「折り紙」に対して魅力を感じたり、作業中の楽しさや喜びの効果で、集中を持続させるハードルを下げる必要がある。 「折り紙」に魅力を感じて、「折り紙」を実際にやってみて好きになれば、集中を持続させるハードルは、大幅に下がり、「折り紙」に対する集中力は身に付いていくのだ。だから、「折り紙」を無理やりやらせても、「折り紙」に対する集中力は、その「無理やり」ほどは身に付かないのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.18
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【大分県九重町の町立飯田小学校(永松一郎校長)で15日、校庭の回転遊具で遊んでいた小学1年の男児(6)が、遊具の固定ハンドルと回転部分の間(約15センチ)に頭部をはさまれ、大けがをしていたことがわかった。男児は鼻やほおの骨が折れて入院した。(中略)この遊具は、業者による1月の点検で、耐用年数の15年を超えていることが判明。使用不可と判定され、3月に学校側に伝えられた。しかし、学校は使用禁止を知らせる紙を別の回転遊具に貼っていた。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/朝日新聞:2013/04/17) 何とお粗末な事故で、大ケガをされた小学生には、心から御見舞いを申し上げるとともに、一刻も早いご回復を願っている。今回の事故は、学校の大失態によるお粗末な事故には違いが無いのだが、それだけの問題に留まらない重要な問題点が、少なくとも2点考えられる。 まず遊具管理上の問題点だ。それは、「使用不可」の判定と、「使用禁止」の措置が、別々の権限に委ねられていることだ。遊具の点検だけを委託されている業者に、点検時に即刻、遊具を「使用禁止」にする権限が無いことに問題がある。 遊具点検業者に、その権限を付与する考えもあるが、遊具はあくまで自治体の財産であり、当然その管理権は自治体にある。業者が勝手に遊具の「使用禁止」や「撤去」を即実行するのも、これはこれで問題もある。 だから、遊具の設置管理者である自治体が、自らの手で点検し、その点検時で即刻、点検内容に沿った措置をとるようにすることが必要なのだ。もちろん、点検を業者に委託しつつ、その点検に立ち会って、遊具の措置をする方法もある。 しかし、それでも自治体(担当部局)が遊具の構造や点検内容に熟知していなければならないので、業者に委託せずに自前で点検する方が、業者の点検を点検するような二度手間にならず効率的だろう。 今回の事故の二つ目の問題点だが、そもそも簡単に「固定ハンドルと回転部分の間(約15センチ)に頭部をはさまれ」るような、遊具の構造自体に問題があると言える。可動部分に、身体の一部が簡単に挟まるような構造自体、幼いこどもたちが使用する遊具には、あってはならない構造で、それは遊具の安全性における既知の条件となっている。 だから、今回の事故は、遊具点検業者・学校・自治体の関係者に、遊具の安全性についての知識・能力が無かった結果として起きた、不幸な事故だと言っても過言ではないだろう。 今回の事故を含めて、民間・公的を問わず、この間の遊具事故は、「規制緩和」と「公から民へ」に傾きすぎる、心無い世の流れに対する、警告となっている。遊具であそぶこどもたちに必要なのは、こどもに思いやる温かい心を持ったおとな(行政)なのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.17
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何気なく使っている「折り紙飛行機」と言う呼び方は、紙で折るものに限らず、紙でできた飛行機を「紙飛行機」と呼び、それと区別する意味で使われている。しかし、団塊の世代にとって、「紙飛行機」と言えば、紙で折る飛行機のことだった。 この紙飛行機を折って飛ばした経験のある方は、心当たりがあると思うが、折り方をほんの少しだけ変えると、その飛び方は大きく変化する。だから、良く飛ぶ飛行機を折ることは、簡単ではない。そこに、工夫が生まれるのだ。 さらに、一人で紙飛行機を折って楽しむのではなく、何人かの仲間とあそぶと、その工夫に熱が入る。滞空時間を競い合ったり、宙返りや背面飛行などの曲技飛行に凝ったりもすると、その工夫熱がますます上昇する。 航空力学や流体力学などを全く知らないのに、工夫した結果は、キチンとそれらの学問の法則に則っているのだ。この経験は、そうした学問に出会った時に、大いに役立つ可能性もある。少なくとも、私には役立った。 今、「良く飛ぶ」などのようなキャッチフレーズの、「折り紙飛行機」の本もあるようだが、折る工夫をおとながやってしまったのでは、折り紙飛行機の持つ、こどもたちへの教育効果を、無駄にするのではないだろうか。優秀な紙飛行機の小さな設計者たちを待ち望んでいる者の嘆きでもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.16
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何人かで「折り紙」を折っていると、「折り方が違うんですね。」と不思議がられることがよくある。もちろん、他人と違う折り線で折っているわけではない。私は、机などの台を使わずに、紙を空中に浮かせて折っていたのだ。 何時の頃からこの折り方を始めたのかは定かではないが、少なくともユニット折り紙を熱心に折り続け始めた頃には、すでに「空中折り」は熟練の域に到達していた。 そのユニット折り紙、折る枚数と組み上がった作品の大きさから、市販の折り紙の一般的なサイズである、15cm四方の紙ではなく、そのちょうど4分の1にあたる、7.5cm四方のサイズの紙を使用することが多い。 そんな小さな紙使って折る場合、「空中折り」は、最も能率の高い折り方なのだ。少なくとも私はそう確信している。例えば、正方形の紙を横(縦)に真半分に折る場合、まず一つの角をすぐ隣りの角に、角同士がピッタリと重なるように合わせて、その角を動かないように指でつまんで、辺同士をピッタリと重ねるようにして折ると、簡単に折れる。 この横に真半分に折る場合、机の上で上で折る時、角と角をピッタリと重ねるのが意外と難しい。空中の場合、両手の指の腹をガイドにすれば、簡単に角同士や辺同士を合わせることができる。合わせる点同士を指で挟んで固定できるのも、折る作業を効率的に進めることができる。 そして、この「空中折り」は、机などの台が無い場所でできる点が優れている。ベンチに座って折る時はもちろんのこと、時には寝たままの姿勢でも折れないわけではない。とここまで綴っていると、思い出したことがある。 考えれば、紙を折って紙飛行機を作るのは、たいていの場合、屋外だ。そうなると、折り紙飛行機であそんでいた頃に、すでに「空中折り」は習得していたのかも知れない。 今の時代のように舗装された地面が多ければ、地面を台替わりに折れなくもないが、土の地面ではそうはいかない。自然と空中で折ることを覚えたのだろう。ともかく、「空中折り」は、私の折り方のスタンダードとなっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.15
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数学で多くの頭を悩ましている一つが幾何学だろう。幸いにして、私は幾何学に比較的に苦労しなかった、そんな一人だ。それは、おそらく「折り紙」好きのこどもだったからかも知れない。もしそうなら、「折り紙」好きが役に立ったと言うことだ。 「折り紙」の折ると言う作業は、多くの場合、辺や角の二等分と言う工程が随所に出てくる。そのことから、垂直二等分線や直角二等辺三角形の性質も、実践的に会得するようにもなる。 作品を折った紙を元通りに開いてみると、紙の面は、様々な形状の図形で満たされる。そこには、合同図形や相似図形も顔をのぞかせる。時には、箱のような、立体の作品も折ることがあるが、ある意味での立体の展開図の理解へのヒントが隠されていることもある。 たとえ、「折り紙」を夢中に折っている時は、それらのことに気が付かない場合が多いとしても、その経験は学校などでの授業で、それらの幾何学的意味を理解する上では、確実に良い効果をもたらすだろう。少なくとも、図形には慣れ親しんでいると言う、けっして小さくはない優位性があるのは確かではある。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.14
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一言に「折り紙」の折り方を覚えると言っても、簡単なことではないのは、誰もが経験していると言える。「折り紙」の本などが手元にあれば、一度折った作品は、簡単に折れるのだが、本が無いと折れない作品も少なくない。これは、折り方を覚えているとは言えない。 ある説によると、物事を覚えるには少なくとも30回以上は、同じことを繰り返さないとダメだと言われている。「折り紙」で言えば、同じ折り方を30回は繰り返さなければならない。それは、30もの同じ作品を作ることとなる。 一度に30もの作品を折ることは少ないので、何日・何ヶ月かして再び折ったとしても、その間に忘れてしまうことを含めると30回をはるかに超えて折らないと、折り方を覚えることが難しいかも知れない。そんなわけで、折り方を覚えている作品は多くはないのだ。 折る回数が多いと言えば、千羽鶴などを作る機会は、今でも多くある。だから、比較的に折り鶴の折り方を覚えている方は多い。そんな折る回数が多くなる作品の一つに、「重ね箱」がある。 ちょうど、ロシア玩具のマトリョーシカのように、入れ子のように箱を何個も重ねていく作品だ。一度、その魅力にはまり込むと、特にこどもは、はまり込みやすいのだが、10や20を超える箱を折ることもよくある。だから、「重ね箱」の折り方を覚えている方は少なくない。 また、考えればこどもの脳は、素晴らしい記憶能力があると言われているが、こどもの頃に覚えた折り方は、忘れ難いのだろう。さらに、言葉(文字)より動作(運動)の方が、一旦覚えると忘れ難いとも言う。ならば、こどもの頃にこそ「折り紙」の折り方を覚えるのが得策なのではないだろうか。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.13
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長方形の紙の規格化が、長方形折り紙の普及に大きく貢献したのだが、最近の「折り紙」事情は、おとなの間での趣味や芸術の分野はともかく、こどもたちのあそびにおいては、長方形の紙を使った「折り紙」は、衰退の一途を辿っている。 むしろ、こどもたちの間では正方形の紙を使った「折り紙」の方が優勢かも知れない。ただ、それは、学校や保育所での授業や保育の一環として見られるのが関の山だ。「折り紙」をする絶対量が減っていれば、長方形の紙、正方形の紙の比較も無意味なことかも知れない。 それでも、簡単に手に入る長方形の紙を使った「折り紙」は、あそびにはもってこいの「折り紙」で、日本の「折り紙」あそびを絶やさないためには、長方形折り紙の普及が大切だ。そのためにも、長方形の「折り紙」であそべるゆとりがこどもたちには必要だ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.12
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長方形の紙の規格化と大量生産が進む中で、長方形の紙を使った「折り紙」が増加したが、そのことにより、日本において紙を使って折る「紙飛行機」、いわゆる「折り紙飛行機」が、こどもたちの間で急速に広がっていく。 団塊の世代の私は、その折り紙飛行機の絶頂期に、こども時代を過ごした。折り方を知っている飛行機の種類も、基本形だけでも5種類は超える。それらを変形した飛行機は、数えられないくらいある。 当時のこどもたちは、どうすれば高く上がるか、どうすれば滞空時間が長くなるか、どうすれば曲技飛行ができるか、様々な工夫を折り紙飛行機に凝らした。 このような、折り紙飛行機に限らず、長方形の紙を使った、折ってあそぶと言った「折り紙」作品が、数多く生み出された。これは、市販の「いろがみ」のように、綺麗な色が着いて高価な正方形の紙に比べて、チラシや新聞紙などのように、簡単に手に入る長方形の紙だからこそ、成し得たことなのだ。 長方形の紙だからあそびに使われたと言う一方通行ではなく、あそびに使われた始めたからこそ、長方形の安い紙を使った「折り紙」の折り方が急速に数を増やしていったとも言える。そんなこともあり、私のこどもの頃は、「折り紙」と言えば正方形の紙より、長方形の紙を使うことが多かったのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.11
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「折り紙」に正方形の紙が偏って使用される一方で、長方形の「折り紙」も現在では大きく発展してきている。その条件となったのは、長方形の紙の規格化が大きく進んだことだ。規格化が進むと、誰もが同じ規格の紙を手に入れることができる。そうなることで、同じ形の「折り紙」作品が再現しやすくなるからだ。 その長方形の紙の規格化の中でも、最も特筆すべきことは、長方形の紙の規格に、縦の辺と横の辺の長さの比に、1対ルート2と言う白銀比が採用されたことだ。この白銀比の長方形の紙は、長い方の辺で真半分に折れば、また1対ルート2の白銀比を持った大きさとなるのだ。 だから、全く同じ「折り図」により、同じ作品を折ることが、容易になり、誰でも折り図を見たり折り方を教えてもらうだけで、長方形の紙でも同じ作品の折り方を覚えやすくなったのだ。 この長方形の紙の規格化は、世間に白銀比を持つ長方形の紙を急速に普及させ、流通する紙において、正方形の紙より白銀比の長方形の紙が、量的に圧倒するようになり、ますます長方形の紙を使った折り紙の普及を拡大させることとなった。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.10
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「折る」と言う作業から見た、「折り紙」に正方形の紙が偏って使用される理由には、「折る」過程での対称性以外にも、正方形が持つ形状の特徴である、4つの辺すべてが等しいと言う性質がある。 このことにより、同じ折り方(折り図)を用いて、サイズの異なった紙を使用しても、作品が折れるのだ。長方形の紙は、縦と横の辺の長さの比率は、紙ごとに異なっていることが多い。だから、正方形の紙のようにはいかない、たとえ折れたとしても形が異なるものとなる場合が少なくない。 今では、A4、B5など規格の揃った紙が簡単に手に入るが、昔は同一規格の紙は全く同じ製品を買わないと難しい。そんな、縦横のサイズの比が紙ごとに違っていても、そんな長方形の紙からは、簡単に正方形の紙が作れるのだ。短い片を長い辺に合わせるように折り、できた直角三角形からはみ出した部分を切り落として開けば、正方形の紙ができる。 長方形の紙のサイズの違いにより、できる正方形の紙のサイズは違っても、全く同じ折り方をして作品ができる。このような、特徴から、折り紙作品を折り図として伝えるには、正方形の紙が適しているのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.09
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昨日、掲載のあそび方のコンテンツが幾つかできたので、あそび方サイトを公開した。サイトの正式名称は「遊邑舎あそび館」とした。今後、コンテンツを適時増やして行く予定だ。 この間、サイト構成に若干の変更を加えた。それは各分類項目の区分別けについての詳細ページ(その一例)を作成したのだ。そのページからも各分類項目の区分クリックによる、あそび方へのリンクを設けた。 それに従って、これまでに作成していた50ページを超える各ページからのリンクを、全て書き換えないといけないので、多数のHTMLファイルの複数行を一斉に書き換えるフリーソフトである「複数行置換」を使用した。 これは、ほぼ一瞬で多数のファイルを一斉に書き換えてくれるので、非常に便利だ。もちろん、間違って多数のファイルを書き換えてしまったら、大変なことになるので、バックアップファイルも作成できるようになっている。 ともかく、スタイルシートとファイル書き換えソフトは、サイトのリニューアル時には、非常に便利なツールだと思っている。ただ、それを自由自在に扱うまでの力量がまだないので、これからも勉強と実践練習が、まだまだ必要だ。「こどものあそび(遊び方)」は、次の各ページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.08
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「折り紙」に使用する紙が、正方形の偏る理由を「折る」と言う作業から考えてみる。折り紙は、その折る過程を眺めると、線と線、点と点を頼りにして、言い換えれば辺と辺、角と角を重ねて、折り畳む作業が何度かくり返される。 その角と角を重ねる作業において、正方形は対角線上にある角と角を重ねると、辺と辺までピッタリと重なり、できた三角形もまたピッタリと重なるのだ。その三角形さえ、直角三角形となり、その底辺で真半分に折ると、またピッタリ重なった直角三角形ができる。 さらに、正方形を対角線で、二つ折りにしてできた直角三角形の、底辺の両端の角二つを、直角である残りの角にそれぞれ重ねると、正方形となる。このように、正方形の紙は、正方形と三角形の相互変換が簡単にできる特徴を持っているのだ。 これらの正方形の紙が持つ特徴は、紙を折ってさまざまな形状のものを作り上げる上では、非常に都合のいい特徴となっている。もちろん、折る過程でできる図形も対称性が保たれることも、折り紙の作業にとって好都合な条件となっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.07
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一般的に、「折り紙」として市販されている紙は、正方形が多いし、折り紙作品も正方形の紙を使ったものが圧倒的だ。改めて考えてみると、日本において折り紙と言う文化が定着したのは、主として正方形の紙を使ったからと言えるのかも知れない。 今も昔も、世間に出回っている紙で見れば、正方形の紙より長方形の紙の方が断然多い。それは、和紙などを漉く場合、使用される道具が長方形の形をしているように、紙の製法と関わりがあると思われる。そのことの真偽はともかく、巷には長方形の紙が満ちあふれているのだ。 それにも拘らず、何故正方形の紙が折り紙において、偏って使用されるのだろうか。そのことについての考察は、私の勉強不足のためかと思うがが、これまでに見聞きしたことが無い。そこで、そのことについて、思い付いたことを綴っていく。 折り紙が正方形に偏るのは、当然ながら長方形の紙と正方形の紙の違いにあると考えていい。正方形は、長方形の一種であり、ほとんどの幾何学的特徴は長方形と同じだ。その違いで最も特徴的なのは、隣り合う二辺(縦と横の辺)の長さが、長方形は違っており、正方形は同じだと言うことだ。 さらに、この違いは、長方形より正方形の方が対称軸が多いという性質の違いに結び付く。おそらく、この違いこそが、折り紙に正方形の紙が偏重して使用される理由となっていると考えることができる。 美しさを感じる幾何学性質の一つに対称性がある。対称軸の多い図形に美しさを感じるのだ。だから、造形物の美しさを追求すれば、対称性が重視されることも多くなる。ある種の芸術文化として折り紙をとらえれば、対称性が重視されても当然のことだろう。この点だけでも、折り紙が正方形に偏る理由の一端が伺える。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.06
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最近、折り紙のルーツを巡って、「韓国だ」否「中国だ」とかの議論もあるようだが、物事のルーツを考えることほど難しいことは無い。まず、多くの物事のルーツと考えられることは、文字と絵などの資料として、残っていない時代に遡ることがほとんどだからだ。当然ながら、確たる証拠の無いルーツにならざるを得ない。 また、そのルーツは、どんな状態・レベルに達していた時点をもって判断するのかが問題となる。例えば、折り紙も、紙を使った折り紙として、そのルーツを判断すると、それは紙と言うものが発明されて以降となる。 その紙さえ、古代エジプトのパピルスに遡っても、そのパピルス自体、紙に定義しない意見もあり、古代エジプトでパピルスを折った作品があったとしても、折り紙のルーツと断定し難い。 では、折り紙のルーツを、紙のような薄くて平たいものを、折り畳んで形状を大きく変化させて、全く別の用途に用い始めた時に遡れば、もはやそれは日本で言うなら縄文時代以前に遡れるほど、掴みどころが無くなってしまう。 紙が無い時代でも、布を折り畳むことは、日常生活においても有り得たし、布が発明される以前の時代でも、木の葉を折り畳んで利用したかも知れない。これを折り紙のルーツとすれば、その点においては、どこの国で折り紙が起こったかは、どうでもよくなるだろう。 ようするに、ルーツを考える場合、どこまでもルーツを求めて遡ることよりも、どの時代のどの国(地球規模での地域)において、広く普及していたかが重要で、少なくとも日本の折り紙で言えば、紙が庶民に広く普及し、折り紙が遊びと言う文化として成立していた江戸時代に遡らせれば十分だ。 また、おそらく世界的に見ても、江戸時代の日本ほど、広く折り紙と言う文化が定着していた地域は無いと考えていい。しかも、江戸時代以降、現在まで途切れず続いているのも日本だけだと断定できる。だからこそ、折り紙は、海外で日本的文化の代名詞的存在となっているのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.05
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最も典型的な例に当たるような、自治体による遊具行政のずさんさで起きた事故のニュース記事を引用する。【愛知県は3日、稲沢市の県営公園の遊具で遊んでいた小学生の男児(8)が木製遊具のボルトに頭を打ち、頭蓋骨陥没骨折の重傷を負う事故があったと発表した。遊具は製造から20年以上がたち、老朽化によってボルトがむき出しの状態になっていた。県の担当者は「定期的な点検で危険を発見することができなかった」と謝罪した。(中略)県の基準では、遊具の表面を突き出るボルトの長さを「3ミリメートル未満」とすることを規定。3ミリメートル以上になる場合はキャップなどで覆うよう求めている。事故が起きた丸太は木材が劣化して表面が剥がれ、本来は出っ張っていないナットが露出したうえ、ナットからボルトが5ミリメートル浮き出た状態になっていた。キャップなどの保護策も施していなかった。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/日本経済新聞:2013/04/03) 県の担当者は「定期的な点検で危険を発見することができなかった」と謝罪と記事にあるが、上記引用にあるような「ボルトがむき出しの状態」が発見できないのでは、点検をやっていなかったのではないかと疑えるほど、極めてずさんな遊具点検だったと断定していいだろう。 事故の背景を考える意味で、別のニュースを次に引用する。【指定管理者の「岩間造園」(名古屋市瑞穂区)は、事故があった部分を使用禁止とし、ボルトの周囲を樹脂で覆った。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/大分合同新聞:2013/04/03) ようするに、その極めてずさんな点検をしていたのは、最近各自治体で、経費削減の一環として急速に進んでいる、指定管理者制度により、「県営公園」の管理・運営を代行していた民間業者だったのだ。ある意味で、営利を至上目的とする民間業者だから、けっして低くはない確率で起きた、ずさんな遊具点検による事故と考えられる。 そして、何よりも県の公園の管理・運営を、指定管理者に丸投げして、公園の設置者としての責任まで完全に放棄した愛知県の姿勢は、断罪されなければならないだろう。実際業務を指定管理者に委託しても、それへの監督責任は当然残る。 公園の遊具で言えば、遊具の点検・管理を指定管理者が行い、その点検・管理の状態を自治体が点検・管理すると言う、二度手間ともなる業務の必要性が依然として残るのだ。しかも、一旦事故が起きれば、通常の点検に加えて、遊具の緊急総点検が行われる。こんなバカげた、「二度手間」の「二重」行政は即刻解消すべきだろう。 つい先日このブログで取り上げた「ターザンロープ」事故も今回の事故も、二重行政の「解消」を標榜する名古屋市と愛知県で起きたことは、違った形での「二重行政」の結果として、そのお粗末な行政姿勢を告発しているのは皮肉なことだ。 付記:名古屋市では公園遊具の点検は、指定管理者に委託していないようではあるが、上記事故の後、一斉緊急点検を行っており、ずさんな点検で、再び改めて点検を実施しなければならない、と言う二度手間を行っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.04
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折り紙は、読んで字のごとく、紙を折って作品をつくることなのだが、この「折る」と言うことについて、いろいろ思いをめぐらせてみる。さて、「折る」と言う言葉で、真っ先に思い浮かぶのが、木の枝をポキリと折ることだ。辞書などで調べて考えると、「物を鋭角的に曲げる」ことを意味していることがわかる。 ここで大事なのは、線香を折った時のように、折った結果として、二つあるいはそれ以上に切り離されることもあるが、「折る」は必ずしも、「切り離し」を伴わないことにも使用される。正確には「折る」は鋭角的に曲げるが、その本質なのだ。折り紙は、この「折る」の本質を利用したものだと言える。 ただ、「折る」は鋭角的に曲げるだけでは成立しないこともわかる。せっかく曲げても直ぐに元の形に戻ってしまうのでは、「折る」は成立しない。一定程度の時間、鋭角的に曲げられた状態が継続しなければならないのだ。そして、その曲がった状態が、半永久的に継続して、初めて折り紙は作品として形を保てるのだ。 そして、究極の鋭角である角度ゼロで折り曲げて、その折り曲がった状態が、半永久的に継続させることを、表現した言葉に「折り畳む」があるが、折り紙の「折る」は、この「折り畳む」も決定的に重要な要素となっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.03
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【名古屋市名東区の猪子石原中央公園の遊具「ターザンロープ」(全長20メートル)で1日、支柱の滑車部分でワイヤが切れ、ロープにぶら下がって遊んでいた名古屋市千種区の女児(10)2人が軽いけがをした。市は2日朝から、市内に73基ある同じ遊具を緊急点検する。(中略)高さ3・3メートルの支柱に取り付けられた滑車部分で、直径9ミリのワイヤが切断していた。(中略)この遊具は公園が完成した2002年4月に設置された。市の巡視員が月1、2回、目視で点検するほか、年1度、定期点検を実施していたという。設置以来、ワイヤは交換しておらず、市の担当者は「滑車が動く部分で劣化が生じたのではないか」とみている。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/中日新聞:2013/04/02) いわゆる「ターザンロープ」のような、滑車を使って、ワイヤロープを滑り降りる遊具については、その部品のさまざまな個所の不良による事故が、これまでにも続いて何件か報告されている。そして、その多くに共通しているのが、点検・整備のずさんさ起因する、人為的な原因による事故なのだ。 今回の事故も、その典型的な事故で、自治体によるずさんな遊具管理で起きた事故としても、典型的な例となっている。名古屋市の担当者は、「滑車が動く部分で劣化が生じたのではないか」と語っているが、これは遊具を設置した時点で確実に予見できることで、その予見に見合った点検を怠っていたから、今回の事故が起きたと言える。 「市の巡視員が月1、2回、目視で点検」とあるが、どのように目視していたかが問題となる。ワイヤが滑車により擦り減るのは、ワイヤの上面に集中すると考えられるが、そうなるとワイヤの上面を目視していたかが問われる。ワイヤの切断が起きるほど劣化が進んでいれば、ワイヤの上面には必ずその痕跡があったはずだ。 それを見落とすような点検、すなわちワイヤの上面を目視するような点検を行っていなかったか、目視してもワイヤの劣化に気付かないほどお粗末な巡視員の力量だったと考えていい。どちらにしても、名古屋市の公園行政の責任が問われる事故であることには間違いがない。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.02
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折り紙で戸惑うのは、表と裏ばかりではない。例えば、折り図にごく普通に見られる「山折り」と「谷折り」だ。これも、紙の一方の面から見た表現で、「山折り」した紙を裏返せば、「谷折り」となり、その反対も然りだ。 そして、折り紙初心者を悩ませるのは、「山折り」は、紙を裏返して「谷折り」しないと、折りづらいのだ。特に、机の上に紙を置いて折る場合、そのままでは「山折り」は折れないと考えていい。だから、本当は「山折り」は、紙を裏返して「谷折り」をすることを、省略して図示するための便宜的な方法と考えて差支えが無い。 かく言う私が手がけた本に掲載の折り図でも、紙面の都合上、「山折り」線を何個所か使用しているが、なるべく裏返して「谷折り」と言う二段階に分けて図示するように心掛けた。また、「山折り」線には、折る方向を示した矢印を極力付記するようにもした。 さらに、「山折り」「谷折り」と同様に、「中割り折り」「かぶせ折り」などの表現も、初心者を戸惑わせる要因となっているので、矢印や画像を添えるなどして、そのような言葉の使用を極力避けるのが望ましい。 折り図も、愛好家や専門家など、それなりの折り紙についての知識を持った人を対象として、描かれている場合が多い。それも、こども向けのものにも見受けられる。同じことは、パソコンやソフトの説明書でも見られるが、初心者向けには、「中割り折り」や「エクスポート」などの、いわゆる専門用語の乱発は、戒めるべきで、そうしないと「折り紙」や「IT化」の裾野は拡がらないだろう。もちろん、これは私自身への戒めでもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.04.01
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