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1月31日(土)雨・曇り先週、家中の者が体調を崩してしまったが、今週は私を除いて皆元気になった。私は木曜日にちょっとの間マスクを外していたら、喉にウィルスがついてしまった感じで、夕方には喉が痛くなってきた。夜は早く休んだが、翌日(金曜日)喉が痛くて声が出ない。熱は37,4度だったが、声がかすれて出ない。今日一日頑張ればいいのだからと思い、出勤する。職場は今インフルエンザが流行っていた。職場の人たちは私の様子を見て、またもや帰ってゆっくり休むようにと。まだインフルエンザにかかっていない私はインフルエンザでないと否定もできないので、大人しく帰ってきて寝た。熱は38度まで上がったが夜には37度台まで下がってきた。喉の調子も大分良くなってきた。今回もまたインフルエンザではなさそうだ。今日は炬燵にあたり、だらだらと過ごす。体は休まったかもしれないが心は不健康な感じになる。昨日、父のところに食事を届けられなかったので、昼ちょっと前にご飯2食分、キャベツの千切り、焼き鮭、カレーを届ける。丁度父のお気に入りの介助の方が見えていた。私が具合が悪いと言うのでサンドウィッチ風のパンと煮物も作ってくださったと言う。父は私に「体を大事にしろ。」私に先に行かれたら困ると言う。人に当てにされることは悪いことではない。ただ、今の介護制度では週3回で一回につき約1時間では、洗濯をしていただいたり、風呂に入れていただいたりすると食事を作ることには時間はかけられない。妹と私と介護の方々とでどうにか父が生きていられるのだ。午後、長女がミズドでドーナッツを買ってきた。沢山食べてしまったが体重はまだ減ったままだ。今日のレミケードは来週にまた延期していただいた。電話口に出られた主治医に症状を話し1週間伸ばしていただけますか?とお願いしたら、よく聞こえなかったのか「レミケードしますか?」と返してきたので強く来週にお願いした。元気なときでも38.5度の熱が出る。こんな状態のときにしたら・・・それこそ死んでしまうかもしれない>(ちょっとオーバーな表現だが・・・)6時過ぎに長女と夫と私で渋川のスカイテルメに行く。待ち合わせは8時10分。最初に長女が上がり、7時半を回った頃上がろうとしたら、なんと鈴さんらしき人が入ってきた。お互いに「あらっ!」また湯船に戻っておしゃべり。○○さんにその後ご主人は元気?と聞かれて元気ですと言ったんだけど・・・体調がちょっと・・・・検査・・・・鈴さんは今までにも此処を利用されているらしいが、初スカイテルメ利用で鈴さんにバッタリお会いするとは、何か運命的なものを感じずにはいられませんでした。此処の温泉はナトリウム温泉のためか体がぽかぽか温まった。
2009年01月31日
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1月27日(火)今日。長男のフィアンセからお見舞いに銀座千疋屋のフルーツゼリーが届きました。皇室にも御用達のお店とのことで、見るからに高級そうでおしゃれでナチュラルなやさしい味わいで一さじ一さじお腹に入っていくたびに元気が湧いてくるように思えました。とっても美味しかったです。メグちゃんご馳走様。とても美味しく戴きました。
2009年01月27日
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1月24日(土)晴れ朝はゆっくり起きる。長男は昨日ティッシュを一箱使ったと言うが、シャワーを浴びてアクエリアスを持って出かける。消化に良いかなと思い用意したカステラは置いていってしまった。ノロウィルス感染で抵抗力が衰えているのでインフルエンザに感染することが心配だ。2日間実家に食事を届けていなかったので、ご飯3食分、煮物一鍋(里芋、大根、人参、椎茸、厚揚げ、竹輪)、味噌汁(葱、大根、やつ頭)、鶏肉のから揚げ、焼き鮭、マグロの生姜焼き、納豆を届ける。介護の人が来ていて父は風呂に入っていた。父にインフルエンザやノロウィルスがうつらないように細心の注意を払ってはいるが、届けるとすぐに帰ってきた。家でごろごろしているといつまでも半病人のような気分になってしまうので思い切って水沢山に登ることにした。12:06 家発上の駐車場に向かう道の雪はほとんど融けていた。ところどころに白い雲が浮かんでいたが登山道から見上げると落葉樹越しに澄み切った青空が広がっていた。12:24 上の駐車場発隣町の松村さんが下ってきた。久しぶりにお目にかかる。富岡さんが下ってきた。「同じところで行き合いますね。」「二日間体調が悪かったのだけど登ることにしました。」「頑張るお駄賃が無いんですが、アンパンならありますよ。」「ありがとう、お気持ちだけ戴いておきます。」と言葉を交わし、またゆっくりゆっくり歩き始めた。2日間ほとんど栄養分が吸収されていないので元気が出ない。12:49 第一休憩場所13:13 お休み石13:42 一本檜13:54 石仏山頂近くになって梅原さんがゆっくり登ってきた。14:08 山頂 晴れ 風強し 気温マイナス1℃天気予報どおり北の雪を被った山々がくっきりと見える。白砂山のほうは少し雪雲がかかっていた。南東の関東平野の方は雲がかかっている。下り始めて高崎市柴崎の新井さんが登っていかれた。14:22 石仏14:42 お休み石登山口の手前で新井山河下ってきた。はきはき話す感じや表情からして先生に見えたので、「先生ですか?」と伺ったら、「皆さんにそう言われるんですよ。」と。編み物の先生をしていらっしゃるようだ。新井さんと話しながら石段経由で上の駐車場に着く。15:19上り始めたときは体がふらふらする感じだったが、山を登り下りて体がしっかりとし、元気を取り戻した感じだ。右足の関節も水沢山に登っているうちにいつの間にか直ってしまったようだ。夜、7時半ごろ長男からメールがあった。「驚かないで!熱さましと良く効く風邪薬を用意しておいて!」とあった。もしやインフルエンザ?ルルぐらいは有るけど、仕事を休めないからどうにかしなくては・・・とカワチに向かった。薬のコーナーに薬剤師さんがいたので症状を話し、薬を選んで戴く。「インフルエンザには効かないのですが・・・」と言いながら薬を渡してくださった。車に戻ると長男からのメールだった。何度ぐらいと聞いたのに対しメールで42℃ぐらいとあった。ちょっとオーバーだろうが39℃近くあるに違いない。「インフルエンザに違いないから病院に行っ方がいいよ。」とメールする。結局、仕事帰りに日高病院で見ていただいた結果、インフルエンザA型と分かった。自分も仕事の関係で期限の迫った執筆があるからインフルエンザにかかっている場合ではないのだが、やばい!
2009年01月24日
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1月23日(金)月曜の朝から長女はインフルエンザで昨日まで休んだ。長男は月曜の夜から牡蠣のノロウィルスが原因と思われる(ノロウィルスの検査は保険適用外で検査結果が出るまで1週間ほどかかる)嘔吐下痢症で救急車で運ばれる始末。直接菌のある牡蠣を食べたわけだから症状は重い。木曜日の昼まで休んだ。感染しないように注意していたつもりなのだが、ノロウィルスの感染力はすごい。水曜日の夜から私の嘔吐下痢が続き、体重はついに3キロ減った。長男はいつものように出勤したが、長女はまだ熱があり、私はお腹がキュルキュルとなっているような爆弾を抱えた状態で出勤したが、二人とも途中で帰る羽目になった。土日の二日間で治そう。明日予定のレミケード治療も1週間先に伸ばしていただいた。食べられないと元気が出ないものです。仕事から帰ってきた夫もお腹の調子が悪いと言う。手洗いに気をつけ、エタノールで消毒していたつもりだが・・・。ノロウィルスにはエタノール消毒が効かず、薄めたキッチンハイターの方が効くことを後で知った。
2009年01月23日
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1月19日(月)昨日の夕方、喉が痛いと言ってマツモトキヨシで薬を買った長女が、朝から熱が38,3度ある。もしかしてインフルエンザだったら・・・一瞬心配になったが、長女は職場に向かった。仕事を終え、エビ、シュウマイの残り物で鍋料理を作っていたら、長女が帰ってきた。仕事の帰りに診察していただいたらしく、「インフルエンザだって・・・・」と。長女のクラスも明日から学級閉鎖になるという。だったらやばい!一昨日と昨日、長女は幸佑のところに行ったのだ。幸佑に移ったら大変だ。乳児は免疫があってかかりにくいとは言うが、絶対かからないとは言い切れない。早速、次女のところに電話をさせる。幸介は3日くらい前から水状の便が出ていて、今日便に血のようなものが混ざっていたと言う。次女は、明日の検診でよく見てもらうと言っていた。離れの茶の間にぬれタオルを干したりしていたら、9時ちょっと前に電話が鳴った。長男からだった。言葉がはっきりしない。何事が起きたのかびっくりするような声で、「牡蠣を食べたら、下痢と吐き気が止まらないんだ。手足も痺れている。」とやっとしゃべっている。私は慌てて、「今、何処?」と聞いたら、振り絞るような声で「会社のトイレ」と。かなり辛そうだった。携帯から救急車を頼むようなことを言って電話は切れた。夫と私は慌てて職場に向かった。9時に会社が閉まり、中は真っ暗だった。長男に電話すると、救急車で運ばれ、今、日高病院にいると言う。急いで病院に向かい、救急の点滴室に入るとハルトマン液500mlの点滴の真っ最中だった。唸ってはいるものの少し落ち着いてきたようだ。2本目の点滴に入る頃、寒い寒いと言ってガタガタ震えだしてきた。看護士さんに頼んで電気毛布を掛けていただいた。震えが止まった頃体温を測ってみると38,6度。(11:54)熱さましも飲んで点滴を続ける。お医者さんは入院をした方が・・・ともおっしゃったが、大部屋しか空いていず、インフルエンザの疑いが無いわけではないので大部屋にも入れないと言う。少し落ち着いたところで、熱さまし、吐き気止め、タミフルを処方していただき、病院を後にする。日付は替わり1時頃だった。長男の車で夫と長男が帰り、私はドンキホーテで飲み物を買い、家に着いたら2時を回っていた。
2009年01月19日
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1月18日(日)曇り5時過ぎに眼が覚め、TVをつけだらだら過ごす。6:00 新聞紙で作るカステラを焼き、炭酸饅頭を28個作る。市販の餡子で14個、残りは先日作った手作り餡(薄味)で14個作った。薄力粉400グラムで28個にしたら、味噌饅頭ほどの大きさになった。カレーと野菜炒めを作ってから水沢山に向かう。9:27 家発9:42 上の駐車場発9:47 登山口 下ってきた斉さんに遇う。子持の中さん、静さん、猪さんご夫妻に遇う。猪さんとも久しぶりに会った。鮒さんが下ってきたので、「ブン様、拝見しましたよ。」と言ったら、「忙しくてなかなか更新できなくて・・・」と。「今年もよろしくお願いいたします。」尾さん、大さんに会う。尾さんは、「来週天気がよったら十二ケ岳に登る予定。」と言う。10:25 お休み石白さん、永さんの奥さんに会う。永さんはこれから暫く水沢が通いになりますと言っていた。渋工の近くにお住まいの石山さんと話しながら登る。10:58 一本檜登さんに会う。11:06 石仏11:19 水沢山頂 曇り 4℃すぐに下り始める。小学校2年生の男の子が登ってきたので、「小さいのによく頑張ったね。」とお饅頭をあげると、下のほうから「いいな、俺もちっちゃくなりたいな。」と聞こえたのでよく観ると富さんだった。「ありますよ。」と言ってお饅頭を渡すとにこっとした。結構ひょうきんな方なのかな?杉さんに会う。11:38 一本檜11:54 お休み石ベンチ付近で小屋さんに会う。12:03 第一休憩所長さんがいつものように大きなリュックを背負ってゆっくりと登ってきた。「300回登山記念に・・・・」と言ったら、「昨日女の人が300回登ったと話していました。」と。長さん等常連さんたちと比べたら足元にも及ばないが・・・とりあえず自分で自分を褒めることにした。12:22 上の駐車場着家に着くや否やご飯を炊き、いなり寿司、煮物、若鶏手羽肉の醤油揚げを作る。カレー、煮物、鶏手羽肉の醤油揚げ、いなり寿司、炭酸饅頭を持ち、父の家経由で次女の家に向かう。次女に抱っこされて寝ていた幸佑は、布団に寝かされるとすぐに眼を覚ました。お母さん大好きな幸佑は、私や長女に抱かれると、口をへの字にして泣き始める。暫くはそんな状態が続いたが、そのうち長女があやすとにこっと笑い始めた。私がまねしてあやしてもべそをかく始末。どうも幸佑は母親と同じくらいの年齢の女性が好きなようだ。時間が経つと慣れてきたのか私にも愛想を振りまくようになってきた。
2009年01月18日
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1月17日(土)晴れおぐらやで買い物してその足で水沢山に向かう。上の駐車場に向かう道はまだ路面が凍結していた。10:07 上の駐車場発登山口付近で鮒さん、沼沢さんに遇う。戸田さんが下ってきた。前橋の木部ご夫妻と一緒に話しながら登る。10:27 第一休憩場所宮さんご夫妻、杉さんと久しぶりに遇う。皆さんお元気そうだった。10:53 お休み石11:17 一本檜登さん、細さん、同じ村の吉さんに遇う。11:27 石仏 山頂手前のお稲荷様?で久しぶりに町田さんに遇う。「お久しぶりです。」と挨拶すると、町さんも水沢山に足を運んでなかった私を具合が悪かったのではないかと心配されていたそうだ。町さんは11月に心臓の血管にカテーテルを入れる手術をされ、今は元気になったそうで何よりです。またお料理の話を楽しみにしています。11:52 水沢山頂 晴れ 気温3℃山頂は、風も無く穏やかだ。すぐに下り始める。12:02 石仏12:07 一本檜長さんに遇う。 お休み石12:28 第一休憩場所13:35 登山口午後村の温泉に行く。14:45~16:45 温泉が枯渇し、今ボーリングの真っ最中のため沸かし湯になっているのですいていた。リピーター客の中に同じ隣保班の野さんがいらした。バスの本数が少なくなってきたので自転車で来たそうだ。この方も朝、犬の散歩をしたりして健康には留意しているようだ。露天風呂「あれ?」っとお互い顔を見合す。なんと15年ほど前、私が転勤したときに入れ替わりにこられた岩さんでした。変わらず元気そうでした。 夜7時半から長男と長男がお付き合いしている未来のお嫁さん(めぐちゃん)と神戸亭で食事をするので出かける支度をしていたら、「幸佑のところへ行きたいから回って・・・」と長女が言うので、次女の家経由で神戸亭へ向かうことにした。肝心な幸佑はぐっすりと寝ていた。グレーの服と子犬の涎掛けをつけている姿が子供っぽく見えた。幸佑のお父さんはセンター入試の仕事でまだ帰ってきていなかった。 7時になったので夫と私は神戸亭に向かう。途中、長男から何度か電話があった。仕事の打ち合わせで遅くなると言うのだ。結局会食が始まったのは8時半を回っていた。 初めてお目にかかっためぐちゃんは、目鼻立ちの整った美人さんでKラインドジスティックス株式会社の(海外事業部)企画部に勤務し、海外60支店からのメールのやりとり等をされているとのことで、英語がかなり堪能らしい。 焼肉を食べながらお話をしましたが、物事に前向きで気遣いができ、しっかりした素敵な方でした。長男は山に見向きもしないのですが、めぐちゃんはかつて富士山にも登ったことがあるそうで、山に登ってみたいとも言っていたので、皆の都合がついたら案内してあげたいです。11時過ぎ、次女の家に回って長女を乗せ家に帰る。
2009年01月17日
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1月13日(火)曇り・雪4日ごろスルメを食べた。止められない止まらないで次から次へと・・・歯茎を丈夫にするスルメ。だが過ぎたるは及ばざるが如し・・・右でかむ癖がある私はその後歯茎の疲労感に襲われた。それが10日頃から「うん?ひょっとして・・・」との不安は的中して、痛みと腫れに変わっていった。右のほっぺが腫れているのです。夕刻おそるおそる歯医者の玄関をくぐった。あいにくの雪で待合室には誰もいなかった。膿を出して、レーザー治療して・・・腫れは大分引いたが痛みで頬を押さえる始末。家についてから痛み止めを飲んだ。30分ほどして効いてきた。レミケード治療のせいか時々こうなるのです。今免疫が弱くなっているのかな?インフルエンザが流行りだしたから気をつけよう。夕飯は長女の希望で鍋料理にしました。遅く帰ってくる長男のために大小二つの鍋で作りました。当分鍋・鍋・鍋の日が続きそうです。でも、寒い今は体が温まっていいかな?
2009年01月13日
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1月12日(月)8:30 家発8:46 下の駐車場発今日は下からアイゼンをつけていくことにした。登山口の手前で稲さんの奥さんに会う。「おめでとうございます。」と言いかけたが、元旦の日尾根で会ったのだ。「おめでとうございます。」が口癖になっていたが、おめでとうはもう封印かな?9:00 登山口少し行ったところで井さん、温泉町の宮さん、稲さんの旦那さん、安さん?に遇う。9:11 第一休憩所9:28 お休み石静さんが下ってきて、「南風が冷たいですね。」と言いながら下っていった。本当に寒そうだ。鼻の頭が紫色だった。下ってきた沼田の青さんも「山頂手前の南風が冷たいですね。」と言っていた。9:52 一本檜鈴の音がだんだん近づいてきた。鮒さんだった。1001 石仏赤城山の方が横に帯状になって明るい。後は灰色の雲に覆われている。子持山や十二が岳は裾野だけしか見えない。10:15 水沢山頂着 0℃ 曇天に覆われていると思ったら、雪がちらついてきた。山頂には行幸田に在住で細さんの弟さんと同級生だと言うご夫婦が登っていらした。下り始めて登さんさん、温泉町の石さんに遇う。石さんとは元旦にお会いしている。小さんご夫妻に遇う。この寒さなのに上半身裸で元気よく登っていかれる方にいつもながら驚かされる。10;42 石仏総社の妹に似た方に遇う。10:48 一本檜沼田の関さんご夫妻、梅さん、入内島ご夫妻に遇う。入さんは今年になってから2度目だそうだ。お休み石下で長さん、?さんに遇う。11:26 登山口11:36 下の駐車場家に着いて実家に持っていく料理を作る。(里芋の煮物、焼き鮭、野菜炒め(人参、白菜、蒟蒻、鶏肉、卵)、ご飯3食分、肉まん2個を準備する。)実家に着いたらグレーの車が止まっていた。介護の方が来てくださっていて、父は昼食を済ましたところだった。夕飯に肉まんを食べると言っていた。夫とヘルシーパル赤城温泉に行く。此処は日帰り温泉としては11:00から15:00まで利用できる。1時半ごろから2:45まで入っていた。露天風呂は2時半ごろから降りだした雪でかなり冷たい。家に着くと長女が帰ってきていた。3時ごろ着いたらしい。連休明けからガソリンが値上がりすると言うので入れに行く。夜、中華饅頭とカステラを作る。今度は中華饅頭の具は美味しくできたが、皮は透明になってしまったところもある。なかなかうまくいかないものだ。原因は肉から出た油が多いため皮が透明になってしまうのだろうか?とすればいったん冷凍すれば細胞が壊れ、余分な肉汁は取れるだろう。
2009年01月12日
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1月12日(日)晴れ夕べ作った餡子で炭酸饅頭(22個)を作る。朝、父のところに食事を届ける。(ご飯2食分、厚揚げの煮物、手作り蒟蒻・豚肉・卵の野菜炒め、炭酸饅頭2個、カステラ1個)運動ができない父にはカロリーオーバーはいけないのだが・・・されど食べるものが無かったらと言う不安からついつい多くなってしまう。9:00 水沢山大駐車場集合駐車場には天気が良いせいか大勢の登山者がいた。きょろきょろしていると道路側の駐車スペースに止めてある車から手を振る鈴さんを発見。駐車場を一歩出ると真っ白な雪。アイゼンをつけずに鈴さんと話しながら歩き始めた。登山口手前で小さんご夫妻、井さん、剣さんに久しぶりに会う。井さんは、「孫が可愛くって山どころじゃないのかな・・・」と思っていたそうだ。9:33 第一休憩場所斉さんが下ってきた。後から登ってきた登さんが追いついたので先に行っていただくことにした。9:54 お休み石子持の中さん、時々上半身裸で鍛えている方、白さん、静さんが下ってきた。尾さんと大さんが登っているというので電話してみる。二人とも山頂に着いていた。「今どの辺り?」と聞かれたので、「一本檜のちょっと手前」と答えたが大分鯖を読んでしまった。一本檜には大分程遠いところだった。山頂の寒いところで待っていただくのも悪いから下りていただくことにした。10:22 鮒さん、尾さん、大さんが下ってきた。大さんとは今年初めてお目にかかる。10:49 水沢山頂 晴れ 2℃ 風が無く穏やかだ遠くの山々が良く見えた。11:23 石仏お休み石下で細さん、同じ村の吉さん、長さんに会う。12:30 下の駐車場着久しぶりにお会いした水沢山の午後、中華饅頭10個と餡饅頭2個作る。皮は美味しくできたが、中華まんの具の処理を間違えてしまった。具を汁がなくなるまで炒めてしまったので味が濃く、ばさばさした感じになってしまった。その後、サトイモの煮物、鶏肉のチーズフライを揚げる。夜、夫と幸佑を見に行く。大根、白菜、葱、人参、油揚げ、カステラ、炭酸饅頭、中華まんと餡饅、鶏肉のチーズフライ、サトイモの煮物を次女の家に持って行く。幸佑は最近指しゃぶりを良くする。手袋と靴下は最近させないようだ。時々大きな声を出したりする。ニコニコよく笑い、愛想が良かった。
2009年01月11日
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1月10日(土)晴れ昨日降った雪?霙?霙も止んだけれど風は強いらしい。TVを見ながらだらだら過ごす。松下幸之助、土光敏夫、緒方貞子の業績を紹介していた。アメリカで発したサブプライム問題が全世界の経済に強力なパンチを浴びせているこんな時だからこそ難局打開するリーダー像として紹介したのではなかろうか。貴重なひと時を過ごすことができた。遅く起きてきた長女がこれから東京にバイクで行くと言う。最初車で行くと言っていたが、駐車場のことを考えてバイクにしたらしい。野菜好きな長女に手作り蒟蒻卵肉入り野菜炒めを用意して水沢山に向かう。夫は古在 由秀天文台長の講話を聴きに群馬天文台に行った。今日の話はビッグバンによる宇宙のでき始めの頃の話らしい。私も興味はあったが山登りを選択した。12:39 家発12:53 下の駐車場発13:03 登山口平地では霙程度だったが、水沢は雪がかなり積もっていた。ノーアイゼンで慎重に歩き始める。細身の方が下ってきて「遅いじゃないですか。」と言ったので、「やあTVを見ていて・・・」と立ち話する。前橋在住で富岡さんと言う方だった。谷川岳に毎年35回登り、もう10年続けているそうだ。ずうっと前に観音平の辺りで話した方じゃないのかな?13:32 第一休憩所桜の大木の脇のベンチでアイゼンをつけていたら長さんが下ってきた。新年の挨拶を交わす。連続記録を更新中の長さんは益々お元気そうだ。13:52 お休み石蛍光色のピンクの上着が似合うロッククライミングにチャレンジしている小さんが下ってきて、後さんが下ってきた。「新潟テレビの方達は・・・?」と尋ねたら、「山頂でお昼を食べている。甘酒を戴いたけれど・・・先に来ちゃった。」と言っていた。後さんにとってゆっくりなのは耐えられないのかもしれない。温泉町の宮さん、新潟TVの方達、萩さん等がぞろぞろと下ってきた。宮さんが「久しぶりにブログを見せていただきました。」と言ったので、「人様にお見せできるようなものじゃないんですけれど・・・」と返す。14:20 一本檜14:30 石仏さすがに尾根はすごい風が吹いている。子持山と十二が岳は良く見えたが、北の空は雪雲で覆われている。14:43 水沢山頂着 晴れ 風強し 気温2℃下り始めたら斉さんに会う。また「暫くです。」と挨拶を交わす。15:00 石仏15:07 一本檜下ってきた斎山と話しながら下る。15:51 下の駐車場着おぐらやで買い物をして帰る。冷えきった体を炬燵で温める。鈴さんからメールがあり、明日一緒に水沢山に登ることにした。長女は2:15頃家を出て、4:10には大山幸町に着いたそうだ。10時過ぎ久しぶりに新聞紙で作るカステラを焼く。今年収穫した小豆で餡を作る。甘さはかなり控えめだ。
2009年01月10日
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1月5日(月)晴れ午前中は炬燵にあたりTVを見ながらだらだらと過ごす。13:34 父のところに食事を届けに寄ったが車が無い。足が不自由で出不精になっている父が外出する気力があるということは嬉しいことだ。玄関の鍵を忘れてしまったので水沢山に登ってから届けることにした。14:03 上の駐車場発登山口で年配の女性とその娘と思われる二人連れ登山には無縁な服装でが登山口のところにいた。「赤い服を着て白いカバンを方から提げている子に会ったらすぐに下ってくるように伝えてください。」と頼まれる。暫く登っていくと小学校の高学年と思われる赤い服を着た男の子に出会った。頼まれたことを伝えると幾分早足になって下っていった。14:23 第一休憩場所14:34 桜の大木のベンチ高崎の大類の新井さんと言う女性と立ち話をする。彼女も一人で登ってこられたのだ。14:46 お休み石細さん、ロッククライミングをされる古さん?に遇う。15:10 一本檜15:20 石仏15:31 水沢山頂着 気温2℃ 晴れ 風は無く静かだ。呼吸を整えてすぐに下り始める。15:40 石仏15:44 一本檜15:55 お休み石16:03 第一休憩場所16:09 登山口16:12 上の駐車場着そのまま実家に直行。すでに玄関の鍵はかかっていたので父にあけてもらう。花インゲンの煮物、なます、きんぴらごぼう、松前漬け、蕎麦、葱と柚子の薬味、椎茸・油揚げ入りの汁を届ける。肉まん作りにチャレンジしようと思い、アバンセとベイシアに寄って帰る。次女に電話したら、久しぶりに美容院に行ってきたそうだ。2時間程留守にしたのだが、母乳だけ飲んでいる幸佑は、哺乳瓶に吸い付いたもののすぐに放して泣き出したそうだ。次女が帰っていつものように母乳をあげたら泣き止んで吸い始めたが、ぱっと放したかと思うと次女の顔をびっくりしたようにじいっと見ていたそうだ。「幸ちゃん幸ちゃん」のいつもの声ににこっとしてまた母乳を飲み始めたそうだ。髪の毛を切って黒く染めたので別人だと思ったのかもしれない。長女は明日、仕事の帰りに幸佑を見に寄るそうだ。
2009年01月05日
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1月4日(日)晴れ昨日の夕刻、鈴さんから「明日の予定は?…」との山行きのお誘いのメールがあった。次女の家族も帰り、特に予定が無かったので、メタボ解消のためにも参加することにした。7:30 温泉町駐車場集合(4名)7:55 ゆうすげ荘付近の登山発犬が我々を道案内してくれた。北側の斜面のためか雪が10センチ程積もっていたが、アイゼン無しで登ることができた。標高が上がるに連れて真っ白な雪に覆われた浅間山の雄大な姿が落葉樹の木々の合間から目に飛び込んでくる。先月先黒斑山に登って以来、雪の浅間山の雄姿に魅せられている。 8:50 榛名富士山頂 9:15 山頂発下りはアイゼンを装着することにした。10:00 ゆうすげ荘駐車場此処でアイゼンを外して烏帽子だけに向かう。10:50 烏帽子岳山頂着 1363m少し下って見晴らしの良いところで写真を撮り、昼食にする。二ツ岳、相馬山、榛名富士山、浅間山、富士山などの展望が良い。此処は風も当たらないのか落葉樹芽も気持ち大きい。12:23 烏帽子岳登山口着ゆうすげ荘本館の温泉につかる。登山で汗をかいた後は、何といっても温泉に限る。14:15 温泉町の駐車場着家について何もする着なくコタツでリラックス。夕飯はお雑煮で済ます。長女は東京のマンションまで年賀状を取りに行くとかで車で出かけた。10時には戻って来た。
2009年01月04日
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1月2日(金)晴れ我が家で収穫した小豆でお汁粉を作る。午後水沢山に登る。13:35 家発水沢街道の「いまふく」と言うお店辺りから車が渋滞し始めた。止まったりのろのろ運転したりで一時間以上かかって上の駐車場に着いた。14:50 上の駐車場発下ってくる人何人かに会った。私が最後らしい。15:06 第一休憩場所15:21 お休み石前橋から来たというご夫婦としばらく話し込む。15:48 一本檜 最後と思われる若い方が下っていった。1555 石仏16:06 水沢山頂 気温0℃日は西に傾いていた。近くからチーチーと言う小鳥の鳴き声だけが聞こえ、時々鐘の音が水沢山に響き渡る。静かだ。下界の騒音がやけに山に響く。子持山や十二が岳の方は雪雲で覆われている。水沢山にも白いものがちらつき始めた。16:08 山頂発16:22 石仏16:28 一本檜16:41 お休み石17:00 上の駐車場発(TVでは16:55だった)渋川のベイシアに寄って帰る。夜、長女と夫は妹の家に飲みに行く。甥二人は明日東京と仙台に帰っていくと言う。
2009年01月02日
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2009.1.1(木)晴れ大晦日の夕方、次女の家族がお客に来た。母屋の義母も加わって年越しそばとお刺身、きんぴらごぼうや花インゲンの煮豆、なますなどで紅白歌合戦を見ながら賑やかに年越しをする。去年の大晦日には、気合を入れて伸し餅や田作り、海老料理まですべて手作りだったが、今年は紅白歌合戦が終わってから、伊達巻3本、のし鶏、栗きんとんを作った。作っていたら玄関の開く音がしたので見てみたら次女だった。母屋の二階は寒いので湯たんぽを取りに来たのだ。しばらくしてまた次女が来た。今度は連れ合いが湯たんぽで低温やけどをしたと言うのだ。やけどに効くと言うアロエの葉を数枚採ってあげる。初日の出を見たいので、三軒分のおせち料理の詰め合わせとお雑煮の汁を作る。三軒分の御節の詰め合わせを作ってから、朝風呂に入る。まだ家中のものが寝静まっている中、山支度して、実家用の御節料理等を車に積み込んで水沢山に向かう。5:20 家発5:35 下の駐車場発大駐車場は夜店の明かで明るかった。ヘッドタイトをつけ、暗い登山道を歩いていく。5:41 上の駐車場後ろのほに登山者の灯りが続いている。5:52 第一休憩場所6:07 お休み石しばらく歩くと登山道がうっすらと見えるようになってきた。6:26 一本檜温泉町の宮さんが追い越して行った。6:36 石仏日の出前なのに鮒さんが早くも下ってきた。6:45 水沢山頂着 気温-℃ 晴れ 風強し山頂には初日の出を見る人たちでごった返していた。温泉町の石さん達もいた。若い子が「○○○○じゃありませんか?」と声をかけてきた。金島の飯塚さんだった。これまでにも水沢山では色々な人との出会いがあった。この山は人と人とを結び付けてくれる山のような気がする。7:05 山頂発先月の雪降る中登ったとき子犬を連れて下ってきた方が覚えていてくださって、「雪のときの人ですよね。」と。この山に良く登っていらっしゃるのかな?草坊主手前で稲さんご夫妻に会う。石仏下の急坂で温泉町の石さんらが追い抜いていった。7:26 一本檜後さんが下ってきた。7:43 お休み石稲さんご夫妻が下っていった。8:10 下の駐車場着帰りに実家に回る。父はすでに朝飯を済ませていた。おせち料理は妹の家と叔父の家と我が家からとで3日間ぐらいは大丈夫そうだ。午後、実家に幸佑を連れて実家に後年始に行く。妹の家に回ったが留守だったので帰ってくる。夜、妹の家族4人が我が家に来る。いったん帰った後妹と長男がお汁粉をもってまたやってきた。長女とお酒を飲みながらかなり盛り上がったようだ。
2009年01月01日
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