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社会に存在する根強い風習の一つに厄年とか厄払いといったものがある。特に男性の大厄は42歳、女性は33歳ということで、このあたりで厄除けの祈祷などをしてもらう人も多いのではないか。この厄年というものは平安時代あたりに起源をさかのぼることができるともいうが、よくよく考えればそれなりの理由もありそうである。まず女性の33歳。これは結婚や出産と関係がありそうである。結婚であれば、語弊はあるがたぶんラストチャンスといった年代で、それだけに変な男にひっかかりやすい時期かもしれない。出産であれば高齢出産の危険もあり、昔はこの年代の産婦で産褥や異常出産などの事態が多かったのではないか。また、逆に結婚や出産が早かったケースでは子供に手がかからなくなって、いろいろと迷いのでてくる年代でもある。男性の42歳。これはどうだろうか。たぶん自分の人生の先がみえてきて、あせり始めるのがこの時期ではないか。加えて親が老境を迎えるのもこの頃。もう若くはなく様々な病気がでてくるのもこの頃。夢、健康、それに親の支援。それまで当然のようにあったものが崩れてくるのがこの時期である。今、30代あたりから下の年代で非正規雇用者や無職といった人々が多い。この年代層が厄年をむかえる頃、社会は、世の中はどう変わっていくのだろう。
2008年11月26日
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女塚神社と書いておなづかじんじゃと読む。以前、太平記を読んだ時から、ここにはお参りに行きたいと思っていた。この神社の祭神は誉田別命と太平記の女人の少将の局である。※太平記の時代も終わり近くなり、天下の形勢もほぼ足利方に決まった頃、新田義貞の遺児義興が兵を集めたことがあった。彼を脅威と感じた足利方は元義興の臣下であった竹沢右京亮を刺客としてさしむける。竹沢は帰順したふりをして陣営に入り込むのだが、そのときに使った手が上臈女房を自分の養女とした後、妻として献上し信用を得ることであった。この上臈女房が少将の局で、太平記には「年のころ16ばかりの美しくやさしい女性」であったと記述されている。義興はもちろん少将の局がすっかりと気に入り、竹沢にも気を許す。そこで竹沢は月見の宴にことよせて義興を暗殺しようとするのだが、少将の局からの「夢見が悪いので外出は控えるように」という手紙で難を逃れる。その後、少将の局は殺され、義興も結局は、「足利方を相手に挙兵するから大将として迎えたい。」という偽計により、多摩川を渡るために家来ともども船に乗ったところで、討ち取られる。沈んでいく船の上で義興らは憤死し、それをみながら刺客達はあざ笑ったという。その辺りに光物が出るようになり、旅人らを悩ましたので、義興の霊を鎮めるために建立したのが新田神社であり、切り殺され打ち捨てられていた少将の局を人々が哀れんで建立したのが女塚神社である。また義興と共に死んだ家来達を祀った神社もあるという。※新田神社には以前行ったことがある。武蔵新田駅の商店街の通り沿いにあるのだが、神社の奥には新田義興の塚があり立ち入ると祟りがあるとされている。なにか商店街のにぎわいとは別の空気のただよう不思議な一角である。女塚神社は蓮沼駅から歩いて数分のほど近いところにある。隣接する小学校から子供の声が響いてくるのだが、静謐な雰囲気の神社である。清掃の行き届いたさして広くない境内に本殿と稲荷、そしてもうひとつの祠がある。この祠が少将の局を祀ったものらしく「愛の神」とかかれた木札がたててあった。さらに祠脇の花瓶には、誰が活けたのか、濃い紫色をしたバラの花があって、これも薄命の女人を偲ぶのに似つかわしいように思えた。参照 http://kamatahachiman.org/onaduka/
2008年11月24日
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民主主義は本質的に衆愚制への指向を内包している。最近のコイズミ劇場や米国の大統領選挙などをみても、それはそうだろうなとも思う。幸福な時代には「面白い」政治家が人気を集め、危機の時代には極端な民族主義にはしる政治家が支持を集めたりする。こんな民主主義の欠点は古代ギリシャの時代にも指摘されていて、だからこそ賢人達が統治する賢人政治を最高の政治形態としか思想家もいたくらいである。こうした賢人政治的発想をする人は今でもいて、選挙権や被選挙権にはIQ検査を義務付けてはどうかなどという議論も冗談半分であるが存在する。それでは、いったい民主主義と賢人政治とどっちがよいのだろうか。まあ、間違いなく民主主義の方がよいだろう。人間にはたしかに賢愚の差というものがあるし、そうした賢人というレベルの人々もいる。しかしそうした賢人達とてエゴイズムからは自由ではない。エゴイズムを離れ真に天下国家のことだけを考える賢人というものがいたら、それは聖人だろう。そんなものは人類の歴史にだって数えるほどしかいない。だからたとい賢人政治なるものがあったとしても、それは多くの凡人の犠牲の上で賢人にとっての幸福な体制ができるだけである。※そういえば最近オーストリアのある大学で50カ国の平均IQを調査したことがあったという。その結果は香港、韓国、シンガポールなどのアジア国家が上位を独占したそうである。http://www.chosunonline.com/article/20031223000008集団の属性を調査する場合、分散や分布の型も重要であり、平均だけの比較にどれほどの意味があるのかよくわからない。そしてまた香港や韓国がかりに地球上に存在しなくても人類の科学や芸術のレベルはなんら変わらないなんていうこともいうつもりはない。日本だってたぶんその点は同じなのだから・・・。そうではなく、韓国が最上位というのなら、その同じ民族の国(それも最上位だろう)が地球上で最も奇形的な圧制国家を作っているというあたりがなんとも興味深い。指導者は鋼鉄の霊将。世界で唯一の地上の楽園。そういいながら野蛮極まる公開処刑や収容所での虐殺、他国でのテロを行っている。考えようによってはIQなんてのもその程度のものである。誰が賢く誰がそうでないか。どこの民族、どの国がIQが高いか低いか。もちろん賢い方がよいし、IQも高い方がよい。しかしそれもしょせんは「人間」という枠内での話なのだ。※※マスコミ不信がとまらない。なぜマスコミはジミンだミンシュだと無条件に二大政党制指向の報道を繰り返すのか。本来の批判勢力や新自由主義に疑問を持つ人々の意見はジミンにもミンシュにも収斂するわけがないのに・・・。そしてなぜ麻生邸見学ツアーの逮捕事件について何も報じないのか。国籍法改正についての報道の少なさはなぜなのか。高級官僚OB殺害事件の過剰報道ぶりはなんなのか。スポンサー、情報源、そうしたものが実際のところマスコミ報道にどの程度の影響をあたえているのか。
2008年11月20日
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思い立って新宿七福神をまわってみた。まずは、韓流ファンのメッカ大久保コリアタウンにもほど近い東新宿の駅で降りる。そこから新宿方面に下ると永福寺という小さなお寺がある。福禄寿と緑色の字で書いた石柱があるのでわかりやすいのだが、これぞ新宿七福神の内の「福禄寿」の寺である。お堂とは別に離れて建っている小さな福禄寿様の参拝をしてまずは出発。福禄寿は寿老人とともに道教の神様で南極星(カノープス)の化身ともいわれる。※そこから坂道をちょっと登ると職安通りから抜弁天どおりへ移る三叉路に小さなお宮がある。これが抜弁天である。神社にもいろいろな風情があるが、こうした大通りの三叉路の真ん中にあるところは非常に珍しい。しかし弁天様ということで綺麗な池もあり、鯉が泳いでいる。弁天様はもともとはヒンドゥー教の川の神サラスバティーだという。でも、すっかり日本になじみ、今ではお寺よりも神社に祀られていることの方が多い。都会の一角にこんな場所があるというだけで心洗われるような気がする。弁天様に二礼二拍手一拝。※抜弁天通りを真っ直ぐ行き、大久保通りとぶつかってから、さらに牛込の方にあるく。牛込柳町駅そばに大黒様の経王寺がある。大黒様の像はよく見えなかったのだが、前に大きな打出の小槌があって、心に三回願いことを唱えて三回振るとか・・・やってみる。ここからはちょっと歩く。牛込柳町、牛込神楽坂、そして飯田橋。神楽坂通りにでると、この先の中ほどに毘沙門天の善国寺がある。神楽坂通りは緑の並木が美しく、和装小物店なども多い、歩くと楽しい街だ。ちょうど韓国でいえばインサドンのような・・・その日本版のような感じである。日本人なのにこんな言い方は変だが、インサドンには行ったことがあるけど、神楽坂を歩くのは初めてなので仕方ない。坂の入り口あたりの和風喫茶はぜひおすすめ。善国寺は華やかでどこか懐かしいような不思議な感じのするお寺で、境内も広い。※そこから今度はもどって再び抜弁天の三叉路に行き、さらに新宿方面に歩く。しばらく歩いて小道を曲がると、すぐそこが恵比寿様の鬼王神社である。恵比寿様を祭ったのは別社で、水をかけて心に願い事を唱えながらなでるとよいといわれる石の蛙とやはり水をかけて近くの竹筒に耳をあてると妙なる音がきこえるという不思議な石とがある。由緒正しい神社なのだが、場所が場所だけに近くの飲食店から食べ物のすえたような匂いがただよってきてちょっと残念な気もする。※抜弁天通りに戻り、今度は三叉路の別の道をとり、東京医大に向かう商店街の小道に入る。しばらくあるくと寿老人の法善寺である。寿老人と書いてある案内にしたがって戸を開けると、畳の部屋の棚に寿老人の像がある。なんか住居に勝手に入っていくような気もするが、参拝料を置いて、寿老人様にもお参りをする。そして東京医大を通り過ぎ、新宿の大通りにでると、最後の目的地、布袋様の太宗寺に着く。太宗寺は広い境内を持つ寺で、本堂の向かいに布袋様のお堂がある。七福神の最後の布袋様にお参りする。黒い顔に笑みをたたえた布袋様のお姿は小さな窓越しにもはっきりとみえた。布袋様は、唐末に袋一つをもって全国を托鉢して歩いた和尚様で、人の吉凶などをよくいいあて、弥勒菩薩の化身であるともいわれているという。七福神の中で唯一実在した人物である。※※朝、政党討論会をちょっとみたけど、子ども手当て支給とか農家個別保障とかいった民主党の政策はきけばきくほど子どもじみたばかげたものに思えてくる。財源についても埋蔵金とか無駄遣い廃止とかいうが、それはしょせん一回こっきりの財源で継続的な施策に耐えるようなものではない。格差や貧困の拡大防止にや雇用や労働法制にこそ手をつける必要があり、それをやってこそ内需も拡大する。ミンシュは、もともとそうした政策を行うつもりがない、というよりこの分野ではジミンとなんの違いもないので、結局はああいう買収のような子供だましの政策しか打ち出せないのだろう。さらにわかんないのがミンシュの官僚批判。ミンシュによると官僚が自分達の利益のために政策を主導して税金を無駄遣いしているのだという。しかしミンシュには岡田前代表をはじめとして官僚出身者が非常に多い。彼らは別に石もて追われるように役所を追い出されたのではなく、政界に新天地を求めて華麗な転身をとげた人たちである。おそらく古巣の職場の官僚たちとだって、親睦の機会を大いにもっていることだろう。そんなミンシュの官僚批判っていったいなんなのだろう。
2008年10月12日
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先の青年大集会は、ブログの中でも水に投げた石の波紋がひろがるように静かに静かに反響が広がっている。http://wajin.air-nifty.com/jcp/東京の真ん中に4500人の若者が集まり、仕事内容の酷さや職場での差別を自分の言葉で訴える。貧困の自己責任論に対する異議を唱える。政治の争点は給油でもなければ国際貢献でもない。今、この日本に真面目に働いても生活できない人がいる。休日もとれない、帰って寝るだけの過密労働で人間らしくくらせない人がいる。そうしたことこそがまさに大問題ではないか。彼らの声を政治の場にとりあげていこうという勢力がでてきたこと。これはすごく画期的なことである。政権にありつくことしか興味関心のない政党には用はない。※さらに願わくば第二、第三の集会が開かれ、こうした動きがさらに活発化していけばよい。貧困の苦しさを訴える若者達の背後には、時間がとれない、情報がないなどの理由で来られなかった若者が何倍もいる。こうしたときこそネットの出番だ。集会の様子は動画像などでも見られるし、主宰した側もコメントやブログにもどんどんレスしてほしい。現実空間だけではなく、ネット空間でも連帯の場ができていけばよい。この若者の貧困の問題・・・実はかなり深刻なのではないかと思う。というのは、20代や30代では親の家に住み、親の扶養も受けている人もかなりいるからである。こうした人々はたとえ自らの給料が低くても、定期的な所得がなくとも、貧困者としてはでてこない。しかし、あと10年もして親が彼らの面倒を見切れなくなっていけば彼らもまた貧困者として街にでてくる。4500人の若者の外には共感する何倍もの若者がいる。そしてまた現時点では貧困を自分の切実な問題と思わなくても、実は貧困層予備軍という若者も何倍もいる。さらにいえば貧困は決してこの世代だけの問題だけではない。就職難とともにリストラも同時に起きたし、そして今も起きている。個室ビデオ店火災でみられるように中年以上の貧困も大きな問題である。青年大集会とは別に、「貧困の自己責任論に異議あり」集会、「憲法25条の会」なんてのもやってはどうなのだろうか。※米国では上位400人の富豪が国富の何割かを独占しているという。一方でトレーラーハウスで暮らす人も多いし、貧困で医療も受けられないことも一般的だという。王侯のような富豪と多数の貧困者の並存。本当に米国は先進国なのだろうか。それなのに国家による再分配を唱える政治勢力、福祉拡大を唱える政治勢力はでてこない。二大政党制の下で伸長の余地がないのである。そして大統領選では、あいもかわらず候補者が黒人だからどうだとか、夫人のファッションがどうだとかと、政策の中身よりも愚にもつかないことが話題となっている。そんな米国の例をみているとわかる。二大政党制とは決して良いものではない。
2008年10月11日
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4年前に映画館でみて印象深かった「グッバイレーニン」を再びDVDで見た。共産主義体制にもよいところがあったのではないか・・・というのが、おそらくこの映画の底流にある感覚なのだろうが、あらためてみるとますますその印象を強くする。なにしろこの映画の圧巻はラストシーンの偽ニュース映像だ。ベルリンの壁崩壊などの実際の映像にかぶせこんなナレーションが入る。「本日も出世や消費生活以外の人間らしい生活を求め、無意味な競争から逃れるために多勢の人々が西からやってきました。社会主義の理念は門を閉ざすことではなく、手をさしのべることです。我々は西からの難民を受け入れることにしました。」社会主義建設に人生を捧げた母は死期が近い。そこで母の精神的安定のために、西が東を吸収するのではなく、逆に東が西を吸収するバーチャルな偽映像を主人公が見せる場面である。現実の歴史はなぜこうならなかったのだろうか。なぜ資本主義が勝利したのだろうか。そもそも資本主義の「勝利」がよいことだったのだろうか。はじめてこの映画をみた4年前もこう思ったが、今見るとますますその思いを強くする。※格差と貧困はますます酷くなっている。今や雇用者の3人の1人が非正規雇用で、年収200万円以下も1000万人を超えている。そうした人々のかなりの部分が、本来それで家計をささえなければならない30代や40代の人々だ。さらに、昨今では正規雇用者でもボーナスなし、定期昇給なしの「名ばかり正社員」が増えているという。少数の「勝ち組」を除けば、長時間残業や低賃金、不安定な雇用などの劣悪な労働環境がどんどん広がっているようでおそろしい。それこそ無意味な競争に疲れ、人間らしい生活を求めて壁を越えて行きたい人は日本にも多勢いるのではないか。※さらにこんな状況が悪化しそうな兆候もある。アベ坊ちゃんが政権の最後に画策した「ホワイトカラーエグゼンプション」とか、解決金と引き換えに解雇自由とする「労働契約法」の改正案を覚えているだろうか。前者はホワイトカラーの残業代をタダにすることで、さらに労働環境を劣化させる危険な法案だし、後者は正規雇用を非正規雇用化させるだけの法案である。いずれも背景には強い経済界の要望があるので、選挙結果によっては、こうした法案が再度でてくる可能性は大きい。その意味でも次の選挙は非常に重要だと思う。※さて、グッバイレーニンの話に戻る。東ドイツは監視社会の重苦しさはあったかもしれないが、社会主義圏では比較的豊かな生活を享受していた。だからこそこうした社会主義への郷愁を描く映画も生まれたのかもしれない。社会主義といっても国によって内実は様々だ。その意味でも共産化するとカンボジアや北朝鮮のようになってしまうぞみたいな言説はナンセンスといえよう。特に北朝鮮などは先祖がえり的な王朝国家で社会主義とはどうみても無縁だろう。歴史のIFをいっても仕方がないが、日本が戦後もしソ連の影響下に社会主義国家として出発していたらどうなっていたであろうか。比較的同質な社会。強い共同体意識や連帯感、それに組織への忠誠心。案外、東独以上の社会主義の優等生国家になっていたかもしれない。
2008年09月22日
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オリンピック観戦の合間にたまたまチャンネルをまわしたらフォークの特集番組をやっていた。ゲストはイルカ、南こうせつ、それに岡林信康。イルカや南こうせつはよくテレビにもでているが、岡林信康はテレビどころか顔もはじめてみた。手紙、山谷ブルース、チューリップのアップリケ、くそくらえ節など歌は有名なのだけれども、それらの歌はあくまでも商業ベースの流行歌とは別物であった。その頃のイメージでは岡林信康がテレビ、それもNHKにでるなど考えられなかったのだが、時代は変わったということなのだろうか。でも、今あらためて聞いてみると山谷ブルースなどは、日雇い派遣の悲哀を歌ったような内容ですごく今日性がある。蟹工船ブームの次には山谷ブルースがはやるのかもしれない。もしかしてNHKもそれをねらっていたりして…。個人的には岡林信康の歌で一番印象に残っているのはくそくらえ節。「権威あるもの」を次々と茶化していく内容の歌詞なのだが、その最後には日本では最大のタブーとされているものも俎上にのっており、いくらなんでもこれがテレビで放映されることはまずないだろう。http://www.fukuchan.ac/music/j-folk1/kusokurae.html
2008年08月11日
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赤塚不二夫氏が亡くなったという。大御所とはいっても才能はとうの昔に枯渇(失礼)していたようだし、ここ数年はずっと寝たきりの闘病生活だったようなので、衝撃は少ないが、やはり一つの時代が終わったという感がする。思えば、この漫画家の才能が輝いていた時代って、世の中が、一番元気よく希望にあふれていたときだったのかもしれない。空き地にはたいてい土管が置いてあって、そうした空き地はやがて住宅や事業所になっていった。そういえば、子供の頃、よくやったっけ、あの「シェ-」って。今、思い出すと、ホント恥ずかしい・・・。※赤塚不二夫のギャグはよくハチャメチャと言われるが、ペーソスあふれるストーリーもまたこの漫画家の持ち味だったような気がする。「ひみつのアッコちゃん」は何にでも変身できる魔法の鏡があり、その鏡が家族や親友も知らない自分だけの秘密という設定が、子供の夢にぴったりはまってとても好きな漫画だった。そして毎回、そのアッコちゃんの活躍する話は、ハチャメチャギャグというよりも、貧しかったり、親がいなかったりする友人をなぐさめるようなものが多かったように思う。その後、何度か「ひみつのアッコちゃん」はアニメ化されたようだが、あのテクマクマヤコンの呪文で有名なアニメ版は原作のテイストとは全く別物である。漫画のアッコちゃんでは、鏡をくれたのは道でであった見知らぬおじさん。この設定も不気味だけれど、妙なリアリティーがある。そして変身の方法は、鏡に向かってなりたいものをさかさまに言う。アッコちゃんはよく誰もみていないところで「マサメヒオになあれ」といってキラキラと輝く長いスカートをはいた素敵なお姫様に変身した。そしてその場面をみるたびに、こんな鏡が本当にあればどんなにいいだろうとアッコちゃんをうらやましく思ったものだ。合掌。
2008年08月05日
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職場で世話になった人、尊敬できる人というと、思い浮かべる何人かの人がいる。そういう人達には必ず共通点がある。それを考えるといやになるし、もちろん認めたくないのだけれども…それは…食事をおごってくれたことがあるということ。食事といっても、もちろん今晩どう?という感じの一対一の夕食ではない。仕事の区切りがついたとき、担当者をよんで一席設けてくれた場合だ。そういうのがすごくうれしいのだけれども、でも、これって餌付けみたいにも思えなくもない。食い物の恨みは怖いなんていうけど、逆だってあるということか。いつだったか、上司(ずっと上の方だったが)が銀座のなじみの店に担当チーム(10数人)をよんでくれたことがあった。出費は大変だったかと思うけど、その上司が故人となられた今になっても、懐かしく思い出す光景である。※もちろん職場にだってよい出会いだけがあるのではない。かくいう小生もひどいパワハラにあたったことがある。小さな部署だったのに自分一人だけを除いて他の人全部を別室によんで企画会議をおこなった上司。その人はまた用もないのによびつけて「君には仕事は向いていない」と辞職を強要したりもした。でもその人がああだこうだいう自分の評価は客観的な自分とは別物だ。その上司もとうに辞め、今となって感じるのは軽蔑と嫌悪しかない。それに職場というのは長くいればいるほど、そうしたマイナスの出会いを補うプラスが蓄積されていくような気がする。この春から社会人生活を出発させた人も多いと思うけど、どうか少々のことにめげたりせず、納得のいくまで今の職場を続けてみてはどうだろうか。なにしろ縁あって入った職場…辛抱して努力をしていればきっとよいことがあるはずである。※※チベット報道をみていていつも疑問に思うことがある。チベットの人々が要求する自治を認めるべきだとか、人権侵害をやめるべきだとかの主張にはもちろん同意する。でも、チベット人がこぞってダライラマを崇拝しているという報道には首をかしげてしまう。観音菩薩がチベット人だけを選んで転生するなんていう話、信じている人もいるだろうけど、内心信じていない人も多いのではないだろうか。だってばかばかしいじゃない、そんなの…。それにまたダライラマ自身だって麻原と会ったりしてオウム宣伝に一役買い、人を見抜く神通力があるとも思えない。チベット人としてチベット人社会で生きるためには、たてまえとしてダライラマを崇拝しているふりをしなければならないという面だってきっとあるに違いない。
2008年04月20日
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欧米の様々な行事をとりいれている日本なのにイースターに限っては普及しないのはなぜだろうか。いろいろと探してみたらこんな素敵なイースターの飾りつけの写真がでてきた。http://blogs.yahoo.co.jp/poland707/folder/834907.html楽しそう、きれい…我が家でもやろうかしら。イースターの起源については、昔から春分のあたりで春の到来を祝う祭りがあって、それが信仰とむすびついたものだという。イースターの飾りが卵やうさぎ(繁殖力が強い)であるのは、日本と違って牧畜社会である故だろう。イースター前の一週間はしゅろの日曜日とか灰の水曜日とかいうように名前がついている。金曜日はGood Fridayというが、それを以前英会話を習っていたときにBig Fridayと間違っていったことがある。Big Wednesdayというサーフィン映画があって、それと混同したのが原因なのだが…。
2008年03月17日
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道路交通法が改正され、老人と子供以外は自転車の歩道通行ができなくなるという。となるといつも買い物には自転車が欠かせない小生もこれからは車道を自転車で通行しなければならなくなる。自転車専用の道路のいうのはほとんどみたことがないし、我が家周辺にもまずない。せいぜい車道の端にそれらしいレーンがひかれているのをみるくらいである。自転車道がなく、歩道もだめとなると、車道を通行せざるをえないわけだが、これが本当に怖ろしい。それも道路の端っこがずっとあいていればよいのだが、路肩駐車の自動車などもあって、そうなるとけっこう道路の真ん中近くに行かざるを得ない。※無駄な道路や公共工事は話題になるのに、自転車道の建設というのはなぜこんなに少ないのだろう。本来なら、昔、道交法を改正して自転車の歩道通行をみとめたときから、自転車道建設に努めなければならなかったのではないか。あの頃、自転車と自動車の事故があまりにも多かったので、自転車を歩道にあげる改正をしたのだという。今また、自転車を車道に戻せば、自転車と自動車の事故が増えるだけのような気がする。道路交通事故は普通はマスコミでとりあげるニュースにはならない。しかし、実は24時間以内の死者(警察発表の死亡者)だけでも年間6000人に上っている。さらに、厚労省の数字(交通事故を死因とする者)を見ると、年間1万人以上が交通事故で亡くなっている。死亡者だけではなく重度の後遺症を負った者も合計すると、その数はどれほどになるだろうか。本人やその家族、また加害者側の立場も考えれば、交通事故というのはまだまだ大きな悲劇の要因である。※もし道交法が改正され、自転車の歩道通行ができなくなれば、自転車で買い物に行くことはやめようと思う。この道交法改正…一応パブリックコメントはやるようだが、本来はもっと多くの国民の声や世論の反応をみてすすめるべきことではないか。なにしろ普通の人の日常生活に直結する問題だからである。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080306-00000042-jij-soci
2008年03月07日
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昼日中、街を歩いていると日差しのつくる影の濃さや照葉樹に反射する日光の強さに驚くことがある。本当に春はすぐそこまで来ている。というわけで今日はバレンタインデーの話題。年に一回女性たちが高級チョコに惜しげもなく金を使う日ということで製菓業界には貴重な日となっており、冬の終わりの風物詩としてすっかり定着している。でももともとの起源となった聖バレンタインについてはどれだけの人が知っているのだろうか。誰も聖バレンタイン(ローマでキリスト教が弾圧されていた時代の宣教者)の殉教などには興味はなく、ただ「バレンタイン」という異国の呼称が好まれているだけではないか。こうした本来は宗教的行事であったはずのものを、宗教とはすっかり無縁の形で「カッコよい欧米の行事」として商魂に利用していく戦略には脱帽ものである。それをいうならバレンタインデーばかりでなく、クリスマスやハロウィーンもそうで、日本人の中にはクリスマスというのは12月24日のことだと思っている人もけっこういるのではないか。※欧米の行事なら、本来の趣旨とは無縁にカッコよいものとして受容していく。それでも、宗教色があまりにも強く、商魂部分だけを抜き出して利用するというわけにはいかない場合は無理であろう。イースターが日本で普及しないのはこのあたりに理由があるのかもしれない。(それともイースターで売るような卵型チョコとかは単価が安くて商魂としては魅力がないからなのだろうか。)それは「バレンタイン」という欧米風名称と「高級チョコ」という組合せが、冬の終わりの
2008年02月16日
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正直にいってしまう。子供の頃、お正月ってあまり好きじゃなかった。テレビもつまらないし、外に行っても店もやっていない。年賀状の枚数だって多くもないし、初詣の人ごみも苦手だ。朝からお餅だなんてもたれて気分悪いし、冬の午後のぬるい空気の中でごろごろするのもいや。※今では、お正月といっても昔ほど「特別な日」という感じはあまりしない。晴れ着を着るという習慣も少なくなったようだし、国旗を掲揚している家もまずみかけない。おせち料理なども昔はご馳走だったのかもしれないけど、今ではあんな不味いものは元日の朝だけ食べれば十分という感じだ。他の料理についても、正月だからといって前日や前々日に作ったものをわざわざ食べる理由もない。ああいうのは料理に手間がかかり、暖房も普及していない時代のやり方にすぎないのではないか。ガス焜炉もある現代では、正月の煮物など食べる当日に作ればいい。日ごろは省エネだの省資源だのといっている新聞が元日ばかりは別刷りが何部も入ったものを配るのは昔と変わらない。テレビ欄以外は本当に愚にもつかない内容のものばかりでやめたらいいのに…といつも思う。せいぜいあの伝説の年頭社説「千と千尋の精神」みたいな面白い記事があることを期待しよう。それにしてもアサヒ新聞って、赤報隊のこともあの「弱さに向き合う千と千尋の精神」とやらで許しているのかしら。※今日は一日残ったところを掃除する予定だ。その後、とぎれとぎれになるかもしれないけど紅白もみるつもり。しかし、いまどき、この番組を国民的番組だとか視聴率がどうとかといって特別なもののように考える理由がどうもよくわからない。今年どんな歌がはやったといっても思い浮かばないし、流行歌が世相を反映するという時代もとうにすぎているという気がする。家族そろってこたつで紅白を見ながら一年を回顧する時代なんて終わっている。そしてその後の「ゆく年くる年」。あの偉大なるマンネリズムもすごいけど、あれでは10年前の映像を間違えて放映しても、たぶん誰も気づかない。毎年毎年「ゴ~ン、ゴ~ン」という鐘の音とともに東大寺や永平寺から重々しい声のナレーションでの中継が入る。で、除夜の鐘の音を聞きながら煩悩滅却を願うのもよいけど、天邪鬼な小生は「煩悩なくして何の人生なのさ!」とついつい思ってしまう。※※いろいろ書きましたが、皆様どうかよいお年を…。来年もぜひぜひここを訪れ、気が向いたらでよいですから、コメントもしてくださいね。
2007年12月31日
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所用があって京都に行ってきた。せっかくの機会だから見てきたのは東寺と知恩院。※東寺は京都駅から何度も五重塔はみているが、実際に行ったのは初めてである。ちょっと前にテレビで紹介された立体曼荼羅をぜひ見てみたいと思っていた。立体曼荼羅というのはいくつもの仏像を曼荼羅のようにある宇宙観に従って並べたものである。拝観入り口からすぐのところにある講堂とよばれる建物にその曼荼羅はあった。入るとすぐに菩薩、如来、天の立像や坐像がひたとこちらを見据えているので、まずその迫力に圧倒される。最も大きな坐像である大日如来、密教では宇宙の根源を表すといわれる仏は如来像によくみられる半眼ではなく、目を大きく開いてこちらをみている。心の奥底をひたと見つめるような視線だ。大日如来像と対座することで、人は己の心の姿をみるのではないのだろうか。そして阿弥陀如来の透徹した表情や不動明王の憤怒の形相。人間ならざる者、人間を超えた者の表情をああいうふうに表現するのってきっとすごく難しい。職場の人で趣味で仏像を彫っている人がいる。昼休みなどときどきみせてくれるが、どうみても仏像にはみえない。たしかに綺麗に形はできているのだが、そこにあるのはあくまでも普通の人間の表情で仏像の表情ではないのだ。仏像を彫るのは修行だというが、たぶん自分の心の中にああしたものがなければ、仏像の表情は出せないのかもしれない。お土産になぞって描ける仏画というのを売っていた。最初から仏画がうすく描かれていて線をたどるだけでよいのだが、それでも、実際にやってみると人間にしかみえない画になってしまうことだろう。※知恩院も行ってみたのは初めてだ。亡くなった祖母が老人会の集まりで何度か知恩院に行っており、その話を聞いていたので、やはり一度は行ってみようと思っていた。浄土宗の総本山で特に拝観するような仏像があるわけではない。閉門まぎわの静かな寺のたたずまいをみてきただけだ。よくお寺の門のところに言葉が書かれているが、行ったときにあったのはこんな言葉だ。「それみたか、常が大事だ、大晦日」なるほど名言ではあるが、あまり宗教的な深みとかは感じられない。いかにも現実生活を生きる庶民の信仰といった感があり、それがまたよいのかもしれない。
2007年12月26日
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街は様々なイルミネーションに飾られ、クリスマス気分にあふれていた昨日だったが、テレビではクリスマスらしい番組というのはほとんどなかったようだ。なんかちょっと前まではクリスマスといえば、必ずクリスマスソング特集とかそういった番組をやっていたようなんだけれど、いつからやらなくなったのだろうか。そのかわり、どっかの局では、長時間かけて仏像を扱った特番をやっていた…仏像もいいけど、どうせなら聖母子を扱った宗教画の特番の方がいいのに。クリスマスなんだからさあ。…ああ、いよいよ年末だなあ。大掃除や整理はぼつぼつやっているけど、昔に比べて棄てるのに未練がなくなってきたみたい。以前はなんでも記念になりそうで棄てられなかったのに。そして年賀状。正直言って年賀状もちょっと憂鬱になるときもある。○○の職についたとか、子供が△△になったとか、なんか人生の勝利ラッパを吹き鳴らすような賀状を今年もうけとるのかと思うと気が重い。友人や知人の幸福は素直に喜ばなければならないのかもしれないけど、実はそれってかなり難しい。そしてそんな心の狭い自分がいやになることも哀しい。
2007年12月25日
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昔から落ち葉は秋の風物詩だとばかり思っていたが、最近では初冬のものになりつつあるようだ。これも地球温暖化のせいなのだろうか。そんなわけで落ち葉散る中、掃除道具の買出しかたがた自転車で遠出をしてみた。さて…世田谷通りをこぎながら、ふと以前読んだ杉山巡さんの日記を思い出した。たしか杉山巡さんは松蔭神社について書いていた。そういえばこのあたりではなかっただろうか。※思い立ったら吉日とばかり、世田谷通りから松蔭神社前のバス停傍の商店街の道に曲がり、世田谷線の踏み切りを超えるとすぐに見つかった。思ったよりも大きな明るい感じの神社である。なぜここに吉田松陰がと思うのだが、もともと世田谷のことあたりは長州藩主の毛利家の土地で有志が吉田松陰の改葬を行うとともに神社をたてたのがはじまりだという。従って神社の境内のとなりには吉田松陰や所縁の人々の墓所もあり、また、神社の一角には松下村塾を復元した建物もある。歴史に興味のある人が訪れてもよいところだろう。※ところで神社正面の幕に大きく卍の紋がかかれてあったのは、吉田家の家紋なのだろうか。外国人がみたらハーケンクロイツだと思ってちょっとぎょっとするかもしれない。この松蔭神社もそうだけれども、日本の神社の中には実在の人物を神をして祀ったものも多い。明治以降の人物でも乃木神社や東郷神社があるし、かわったところでは北里柴三郎博士が師コッホの髪と髭を床屋に頼んで収集のうえ持ち帰り御神体として祀ったコッホ神社なんていうのもあるらしい。古来、日本で神として祀られるのは、優れた人、不幸な死に方をした人、その死後に祟りや怨霊によると思われる災厄があったことなどの要件がある。このすべての要件を満たしていることは、必ずしも必要ないのだが、二つ以上の要件をみたした場合には、たいていは神として祀られている。吉田松陰の墓所のそばに、松蔭神社ができたことは、こうした日本人の感覚からすれば、ごく自然なことなのだろう。
2007年12月02日
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外国人(といってもKorean)の方に「日本人て可愛そうですね。クリスマスが祝日でないなんて」と言われたことがあったので、こう言い返したことがある。「とんでもない。日本人は世界で一番早くクリスマスができて幸せなんですよ。だって東半球のそのまた東にある上、23日にクリスマスを祝うのですから…」と。我が家もそうだけれども、たいていの家では23日の休みにクリスマスケーキを食べているのではないのかしら。まあ、今年は24日も休みなのでそうでもないのかもしれないけど。どうして天皇誕生日の代わりにクリスマスを祝日にしようという声があがらないのか本当に不思議だ。※過去にもクリスマスの祝日化という議論はあったようだけれども、宗教色の強い祝日は問題だということで沙汰やみになったらしい。でも、現代のクリスマスってほとんど宗教色はないのではないか。恋人同士で楽しむ日というのが最も大きく、聖夜といっても字が違うのではないかと言いたくなるくらいだし…。そろそろ国際郵便用のクリスマスカード類が店頭に並ぶが、日本情緒をねらっているつもりかお寺の五重塔をあしらったようなデザインだってけっこうある。よく考えたらこれも変な感じもする。あ、クリスマスカードといえば、相手が外国人だと、どこの国であろうとクリスマスカードを送るというのも日本だけなのだろうか。以前、ちょっとしか外国人をよんだ集まりが秋にあって、その後、挨拶状を送ろうという話になった。「やはり時節柄クリスマスカードを送ったほうがよいのではないでしょうか」ということでさっそく文案を作って送付したのだが、よく考えたら外国人の中にはマレーシアのようなイスラム国の方もいたけど、よかったのだろうか?※商業ベースということもあるのだろうけど、街でもりあがっている行事と祝日とで一致しているのはお正月とこどもの日くらいで後は皆くいちがっているようだ。バレンタインデー、ひな祭り、七夕、ハロウィーンなどは祝日ではない。かわりに海の日とかなんとかわけのわからない日が休みになっている。日本中が盛り上がっているのに祝日ではないクリスマスなんてその最たるものだろう。
2007年11月15日
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最近のベストセラーの中には、何か小さなことで人生が変わる…という趣旨の本が多いようだ。たとえば掃除であったり、感謝であったり。まあ、一種の信仰のようにも思えないこともないのだが、具体的な行為であるだけに単なるお祈りよりも効果はありそうである。それに掃除にしても感謝にしても、やって損になるものでもない。そんなわけで最近始めたものが一つある。それは早朝ランニングである。実はこれも本の影響で「早朝ランニングの効用」という本を知り合いからもらったのがきっかけである。早朝ランニングをすると生活習慣病が治る、頭がよくなる、念願だった研究者になれたというもので、はじめは半信半疑であった。しかし、今の季節、早朝に外を走ると驚くほど気持ちがよい。もちろん今までだって早く起きるときはあったのだが、外にでないとこんな気分は味わえないだろう。それにしても6時過ぎだというのに外を走ったりラジオ体操をしたりしている人って驚くほど多い。それも皆60過ぎ、いや70過ぎのような方ばかりだ。早朝の街にでてみると、高齢化社会を実感する。たぶんこれは我が家周辺だけのことではないだろう。
2007年11月13日
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復刻版もでていないようだけれども、昔「男組」という漫画があった。絵は劇画調でやけにリアルなんだけれども、ストーリーははちゃめちゃ。そしてラストシーンには、なぜか「ワルシャワ労働歌」まででてくる。そんな漫画なのだが、一つだけ印象的なのは、主人公が太極拳を使ってやけに強いのである。だから長いこと、私の中では、太極拳=男組=無敵というイメージがあった。※最近、機会があって太極あ拳を始めたが、これが男組のイメージとは全く違う。ガオタンマとかイエマフェンゾンとか技の名前はそのままなのだが、早い話が健康法という感じである。たとえ動きを覚えて極めても(まあ、永久に無理そうだけど)、これが実戦に役立つとも思えない(笑)。ただ毎朝、動きを練習していると爽快な感じだし、健康によいことは間違いないだろう。太極拳をやると年齢は8がけなんていううれしい話もあるし、何年も続けたら、本当に○○才なの?なんて驚かれる日もくるかもしれない。
2006年03月23日
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今年の漢字っていつから始まったのだろう。流行語大賞ならまだしも漢字一字を選ぶのなんてどだい無理なんじゃないのかしら。特に今年の漢字「愛」なんて、殺伐とした事件ばかりの世相の中で愛などいったいどこにあるといいたくなる。確かに福原愛とか字は違うけど宮里藍とかといったスポーツ選手の活躍は目立ったが、彼女たちとて今年急にでてきたわけではない。やっぱり年末にかけての耐震度偽装のニュース関連で「偽」なんかの方がぴったりくる。※耐震強度偽装といえば、国会で証人喚問によばれた姉歯元建築士の評判がよいようだ。ワイドショーなどにもでずっぱりとなり、そのうち人気者になるのではないか。顔だってどことなくヨン様に似ているしね。それにしても思うのだが、この耐震強度偽装マンションってそんなにあぶないのだろうか。今のところ一棟だって倒れていないし、映像でみるかぎりこれが簡単に崩れるなんて信じられない。別に耐震強度偽装マンションなんていわなくても、昭和40年代の建物や古い木造建築などで、これよりも危険な建物はいくらでもあるのではないか。※震度5強くらいの地震がきたが問題の建物が全然倒れず、この騒ぎも沈静化していく…そんな可能性だってあるのかもしれない。
2005年12月15日
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サッカー日本代表のワールドカップでの相手はブラジル、クロアチア、オーストラリア。はっきりいえるのは、この三国は同じ組に日本が入って喜んでいるに違いない。もしこの組が「死のグループ」でないのだとしたら、それは日本が入っているからであろう。※※犯罪被害者の実名発表の是非を警察が判断することについて、例によって「報道の自由」を旗印に、見なおしを要求する動きがあったという。A新聞のベタ記事であったが、読んでみると、この記事の主語はジャーナリスト二人。新聞は自社の意見と同じものなら、たった一人の運動、十数人の集会でも記事にするということの、まさに見本のような例である。被害者の実名発表を警察だけにまかせるのが本当にベストかどうかはそれはわからない。しかしながら、少なくとも「マスコミだけにまかせる」よりははるかにましだと普通の人なら思うのではないか。今まで行われた数多くの報道被害やマスコミによる人権侵害。そうしたものへの反省もなく、ひたすら「報道の自由」だけをいいたてるのでは、国民のマスコミ不信は増幅するばかりである。※※映画「SAYURI」が公開される。主役を中国人女優が演じるのがどうのこうのいう人がいるみたいだが、変な話だ。「トロイ」でアキレスをギリシャ人が演じなかったからおかしいとか、徹底してリアルにこだわったはずの「パッション」で主役が欧米人ばかりなのはおかしいなんてことは誰もいっていない。日本人からみた日本美ではなく、米国人から見た日本美なら主役が何人でも仕方がない。そしてもし、日本人の俳優が主役をやらない背景に英語力の問題があるのだとしたら、国際的な競争の場面では英語力というのがいかに重要な要素であるかということが、ここでも証明されたとみるべきであろう。アジア地域のハブ空港がどこになるか、証券取引の中心がどこになるかというのは、今後の重要問題だと思うが、英語ではタクシーにも乗れない、床屋にも行けないというのでは、とても外国のビジネスマンをよぶことはできない。今や英語は一部のインテリだけが使えばよいという時代ではない。
2005年12月10日
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一週間ほど日記を休ませていただきます。いつも来てくださる皆様、どうかよろしくお願いいたします。
2005年10月31日
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精神病理学の世界では、パレイドリアということばがあるらしい。典型的には天井の木目模様などが人の顔にみえる現象をいうらしいのだが、これって病理現象なのだろうか。説明によると、譫妄状態にあるときにみられるほか、幼児などでは空想と結びついてみられる場合もあるらしい。というよりか、幼児期にこういう経験がないという人の方がむしろ例外なのではないのだろうか。もっとも最近の建築では天井に木目板が使われること自体少なくなっているので、こうした経験は減っているのかもしれないのだが。※もしかしたら超常現象といわれるものの中にもこうしたパレイドリアで説明できるものが考えられる。普通の人にはわからない写真の背景に霊の姿をみるなどというのも、雲や木々の重なった模様を人の顔に見ているだけかもしれないし、コンクリートのしみが霊や神の姿にみえるというのもこれで説明できるのかもしれない。本来の意味でのパレイドリアに含まれるかどうかはわからないが、雪形なんてものも壮大なパレイドリアであるともいえる。白馬、蝶が岳、爺が岳。こうした名山の名は皆その雪形に由来する。苗代の季節には馬の形が現れ、種まきの時期には種まき爺さんの形が現れて、人々は農作業の季節を知ったのである。※それだけでは無意味な自然の造型の中に、人の顔や姿、それになじみ深い動物などを見るのは、ごく普通の人間の心理ではないか。いわゆるパレイドリアがすべて病的な現象だなんてことはとてもいえない。ただし、これがこうじて、天井の板やカーテンの布を替えたりするようではちょっと病的というべきであろう。※※現れて 又埋もれて 「種まき爺」の 雪形に北アの 春定まらず 安藤 操歌集「みやましぐれ」より
2005年10月17日
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イソップの寓話にこんなのがある。老人と子供がロバをひいて歩いていた。それをみた人々は彼らを指差してこう言った。「どちらかがロバに乗ればよいのに、からのロバをひいているなんて馬鹿な奴らだ」と。そこで老人は子供をロバに乗せた。すると人々は指差して子供を非難した。「自分だけ楽をして老人にあるかせるなんてとんでもない子だ」。今度は子供が降りて老人をロバに乗せたら、「子供に歩かせて大人だけ楽をするなんてひどい奴だ」。二人ともロバに乗ったら「ロバがすぐにつぶれてしまう」。最後にどうしてよいかわからなくなった二人は棒にロバをしばりつけて一緒にかついだ。この珍妙な姿を見て人々は何も言わずに笑い転げたという。そしてとうとう暴れたロバは棒ごと川に落ちて死んでしまったとさ。教訓その1:当事者でもない人々は勝手なことをいう。教訓その2:人の言うことにふりまわされるな。※当事者でもない人が勝手なことをいうのは昔も今も変わりない。それどころか当事者が声をあげにくいような事案では、当事者感覚とはかけはなれた議論ばかりがマスコミで拡大される。例えば、自分は実子を育てている人が不妊治療については「神の領域」だとか「自然の摂理」だとかの反論しにくい重い言葉をふりまわす。さては「社会連帯の視点から、不妊症の人は実子にこだわらず、親のいない子を育てるべきではないか」ということをいう人までいる。いや、別に不妊治療の問題だけではない。死刑廃止や少年法の厳罰化反対を唱えている連中にしても、家族や近しい人が重大犯罪の被害に遭った経験を持つ人が、その中にどのくらいいるのだろうか。家族介護や自宅で死を迎えることを美化する人は、実際に介護をやった経験があるのだろうか。自分は当事者でないことに安心して、きれいごとをいうような議論が多すぎる。※人の言うことにふりまわされるなというのも同様である。ちょっと前までは、子や孫にかこまれて老後をすごすのが最も幸せであるということが普通に信じられていたが、今こういう風に考える人って、どのくらいいるのだろうか。庭付き一戸建てが幸福の象徴なんていう感覚もそうである。一戸建てなど、手入れも戸締りも大変なだけという見方だってできるではないか。どんなライフスタイルをとろうが、それが幸福であるか不幸であるかは、その中味と本人の主観による。姑と同居している妻は不幸、両親が働いている子供は不幸、50歳をすぎて持ち家がないのは不幸…そんなことは一概にはいえない。※人の評価についても同じことがいえる。もちろん批判には耳をかたむけて自身を向上させていくことは必要であるが、しかし、どんな世界にも、人をいやな気分にさせて喜ぶ輩は必ずいる。また、そうしたことの餌食になりやすい人というのもいる。上司にちくちくといやなことを言われ、転職していった同僚を知っている。人が言っていることは、あくまでもその人が言っているだけで、客観的な真実や自分の実体とは別のものであるとわりきるずぶとさも時には必要であろう。
2005年10月16日
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さきほど美容院に行ってきた。そこで読んだ雑誌にあるスピリチュアルカウンセラーの自伝をもとにした漫画が掲載されていたが、それによると、彼は高校2年ごろから霊が見えるようになり、それが恐ろしくてしばらく家で引きこもる生活をしていたという。青年期に発病、幻覚、引きこもりというと、病気とみるのが普通なのだが…。しかし、彼の場合は、その後。霊が見えるという点を除けば、普通の人生を生き、巨額を富を得て社会的成功者というべき道を歩んでいる。霊視とみるか幻覚とみるか、霊能力とみるか病気とみるかで、ゆきつく先は天国と地獄。霊とか霊能力などが実際に存在するのかどうかはなんともいえないが、自称霊能力者という人の中には実際には精神を病んでいるだけの人もいることだろう。また、病気の人の中には、本当に霊に憑かれた人もいるのかもしれない。※こうして考えると、霊の世界と狂気の世界は紙一重の差である。「怪力乱心を語らず」とか「鬼神を敬してこれを遠ざく」というのは至言であろう。凡人が人知を超えた神秘の世界に深入りすれば、狂気の世界に堕ちるのが関の山であるのだから。
2005年09月03日
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記憶というのはいつから始まるのだろうか。ものの本によると4,5歳からだというのだが、自分の場合、どうも2歳くらいの記憶があると確信している。というのは3歳になってすぐに引越しをしたのだが、その引っ越す前のアパートのことを覚えているのである。窓の前に田んぼがひろがっていてその向こうには神社が見えた。神社の境内には露店が出ていてそこで風車を売っていた。そして窓から母がそれを買うのを見ていた。後から聞いた話がいつのまにか記憶に変容しただけなのかもしれないが、赤とピンクの風車の色まで覚えている気がするのは実に不思議だ。※こんな小さい頃の記憶で不思議なのはもう一つある。それはその頃見た夢というのが現実と同じくらいの重みで記憶されていることである。大人になってからは夢などすぐに忘れてしまうし、そもそも夢を見ること自体あまりない。あの頃、お化けの夢と同じくらいに怖かったのは一人っきりになる夢だった。どこか見知らぬ町で迷子になっていて、向こうから弟が走ってくる。あ、やってきたなと思って見ていると途中で知らない子に変わっていく。また、夕方の雑踏を両親に手を引かれて歩いていると、片方の手をつかんでいた父が急に小さくなってひらべったい風船のようになってパンと破裂してしまう。母もそうなったらどうしようなんて思ってみているとやがて母も同じように風船になって破裂してしまう。すごくシュールな夢なのだが、だんだん暗くなる雑踏で大きな大人の足ばかりをみながらとりのこされた心細さはよく覚えている。※心理学の本では親がいなくなる夢というのは、こうした夢を見ることによって、いずれ来る親との別れの予行練習をしているということらしい。でも、それならばなぜ親もまだ若くて元気だった時代にこんな夢を見たのだろうか。それだけではどうも説明ができない。
2005年07月11日
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自費で2月下旬に人間ドックを受けた。本当は職場からの補助を受けるのもあるのだが、それを待っていたら前回から1年半もあいてしまう。こういうものって安心のためにも1年に1度はやっておいた方がよい。心配していた数値は特に問題なかったのだが、ただ一箇所、眼底診断の結果、緑内障の可能性ありとでていた。去年まではなんともなかったし、他にも問題がないのだからと、軽い気持ちで再検査したところ、視野に異常がありということで衝撃を受けている。もともと目は悪く、自覚症状はないのだが、視野の狭まりをはっきりと意識することには既に手遅れなのだという。眼圧は特に高いわけではなく、低眼圧緑内障の可能性があるということなのだが、これってどういう病気なのだろうか。ネットなどで調べていても、ごく最近わかってきたものらしい。私も思い立って人間ドックなど受けなければ何も知らないでいただろうし、もしかしたら本人が自覚しなくてもこうした病気のある人ってかなり多いのかもしれない。
2005年04月27日
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南十字星を初めて見た。場所はメルボルン近郊のフィリップ島。夕暮れとともにケンタウルス座の二つの一等星がまず見え始め、その上に三角の星が見える。そして暗くなるにつれ、残り一つの星も現れ、これをつなぐとちょうど十字の形となる。周辺には間違いやすい星もあるらしいが、ケンタウルス座の二つの星をめやすとし、一つは赤い赤色巨星、もう一つはやや暗い三等星という南十字星の特徴を覚えておけば間違いようもない。また、この星座は天の川に浮く位置にあるので、空気が澄んでいれば天の川をたどってさがすこともできる。※幸い訪れた日は天候もよかったので、天の川も十字星も両方見ることができた。旅行などに行くとできるだけ夜空を見るようにしているのだが、天の川まではなかなか見る機会がない。ましてや南半球の天の川などは、たぶん二度と見ることもないだろう。ケンタウルス座の二つの星のほか、有名な南天の星では一等星カノープスがある。日本などからは南の地平線すれすれにたまに見えるだけであるが、中国では北極星に対して南極星とよばれこれを見ると寿命が延びるといわれる。オリオンは見慣れた星座であるが、南半球では青いリゲルが赤いベテルギウスよりも上になり、ちょうど上下をひっくりかえした形になっているのが面白い。オリオンのベルトを上にのばすとその先に輝星シリウスがあるわけである。逆にベルトを下にたどると北の地平線近くにみえる赤い星がアルデバラン。低いせいかそれに従うように光っているはずの昴などみるべくもない。やはり「星は昴」というのは日本のような位置であるからこその表現である。※広い地球・・・場所が変われば星空も変わる。古来、文学作品の中に星空の描かれることは多いが、外国の作品の場合、正確にはその星空は日本から見える星空とは違うはずである。そしてまた星を描いた文学といえば宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」があるが、賢治は生涯南十字星もケンタウロス座も見ることはなかった。それなのにあれほどの想像力豊かな物語を書いたのは本当にすごいことである。
2005年03月21日
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「家庭の医学」を見ていた子供が突然「人生って突然変わるんもんなんだね。」といい始めるので、何の話かと思ったら本にでている症状と気になっていた症状とがそっくりなのだという。※考えてみれば私もヒポコンデリーのけがあって、このくらいの年には目の上や手に突然できたしこりが気になって悩みに悩んで病院に行ったこともあった。そういうことも経験。どうせたいしたことはないと思って「安心のために病院にいってらっしゃい。」といっただけでほとんど心配もしていなかったのに、まさか本当に入院することになるとは思わなかった。※月曜日に病院で話を聴いて、私に話したのが水曜日。心配するといけないから話せなかったんだよという。いつまでも子供だとばかり思っていたのに、いつのまにかすごくしっかりした強い人間になっていたので、正直驚いてしまった。それだけに不安でいっぱいだし、また、それをいっても仕方がないし…。※そんなわけで日記も今までのように毎日たくさんかけなくなるかもしれないが、どうかこれからも見捨てずに訪問して下さい。
2005年02月13日
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血の涙を流すマリア像の奇跡というニュースがあったので、どうせ○スポだろう…と出所をみたらなんとクオリティーペーパーのM新聞。なんでもイタリアの小さな町の30センチほどのマリア像の目から血の涙が流れ出して評判になっているという。血の分析はもちろん、マリア像についてもX線など様々な調査が行われたが、なんと仕掛けもみあたらず「奇跡」としかいいようがないらしい。※ネットで検索してみるとこのようなマリア像が涙を流す奇跡は世界中で起きている。日本にも秋田県に涙を流すマリア像というのがあって、以前、テレビでとりあげられていたのを見たことがあるが、涙は本物の女性の涙で、日本人には極めてまれな血液型のものであるという。このほかにもマリア像がひとりでに移動したりとか、目が輝いたりとか、そうした不思議は枚挙にいとまがない。(涙を流すマリア像の奇跡については、このサイトにまとめてある。画像あり。http://www.marysource.com/weepingstatuesmary.htm)※件のイタリアのマリア像の目から流れた血は、分析の結果、本物の人間の血であったが、男性のものであったという。このマリア像が下記のサイト(画像あり)に紹介されているマリア像と同じかどうかはわからないが、ここでは男性と女性双方のDNAが検出されたのはマリアが処女にして男児を生むためには男性のDNAも必要であったという説明がなされている。http://www.marysmantle.com/meditations12.htmlこういう説明になるとちょっとついていけない。※世界におきる様々な「奇跡」にはもちろんトリックや思い違いの類もあるだろう。しかしその中には本物もあるのではないのか、もちろん真相はそれこそ神のみぞ知る。ただ、仮にこうした人知の及ばぬ不可思議なことがあっても、それだけにひっぱられるのは、人間としても、そしておそらく信仰の形としてもよいことではないだろう。不思議なことは不思議として…あくまでも距離をおいてそっとしておくのがよいよいように思う。
2005年01月28日
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沖縄首里城に行ってきた。1992年に復元された正殿は見事で最近復元されたものとわかっても結構感動してしまう。そういえばあの頃はまだバブルの余韻があった。今だったらああいった事業はとても無理である。※もともと琉球王朝は中国の冊封体制に入っていて、中国の使節を迎えることは琉球王朝にとって一大行事であった。琉球の王朝料理といえば自国の王というよりも中国使節のための料理であったし、守礼門も中国使節を迎えるための門であった。復元された首里城には琉球王の即位の様子も復元されていたが、傲然と上席に陣取った中国使節を前に琉球王が臣下のように平伏する様子が印象的である。世界を支配する皇帝は中国皇帝ただ一人。中華文明に浴する他国の王は皇帝からその地域を統べる王という資格をうけるのであるのだから、そんなものなのだろう。※これだけ恭順を尽くしても、薩摩が侵攻してきたとき、中国皇帝は琉球を守らなかった。遠く離れた琉球を侵略した薩摩も薩摩であるが、簡単に侵攻を許したようにみえる琉球や中国もなんだったのであろうか。・・・もっとも、歴史のIFとして、もし中国が琉球を守り、琉球が中国の勢力圏に入っていたら、琉球は中国の一省となっていて、日本は琉球省からの不法移民の流入に頭を悩ましていたのかもしれない。※首里城内には沖縄サミットの展示まであるが、その隣には今まで首里城を訪れた外国人という説明パネルがある。中国の使節や西洋の宣教師、そして薩摩藩の使節・・・だって。ん?
2004年10月21日
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今度テレビドラマ化される、それもあのミッチー主演でドラマ化されるその原作ということなので、さっそくこの漫画の総集編を買ってみた。こうした漫画は単行本で買うと高いので、コンビ二で廉価版がでていたり、雑誌で総集編を出しているときが「買いどき」である。※この「民俗学者八雲樹」以外にも過去に民俗学者を主人公にした漫画はいくつかでている。あの「宗像教授の事件簿」もそうであるし、もっとさかのぼれば「妖怪ハンター」という傑作もある。民俗学というのは、専門にやろうとすれば難しいのかもしれないが、民俗学的(あくまでも「的」であるが)想像なら素人にもできそうでなかなか楽しい。この「八雲樹」シリーズも人柱、天狗、花咲じいさんなどの伝承、伝説を扱っているのだが、先行の民俗学?ものに比べた大きな特色としては、主人公が行く先々で事件に出会い、それで真相をつきとめるという推理ものとしてのウェイトが非常に高くなっていることである。※民俗学のフィールドワークの舞台となる土俗的な村で起きる殺人事件と推理ということでそれはそれで面白いのだが、実はちょっと物足りないものも感じる。つまり推理ものとしては、民俗学という枠にしばられて非常にストーリーに制約が多すぎ、平板なものになっているのである。それはちょうど小説「写楽殺人事件」が浮世絵師の考察部分は面白いのに殺人事件を推理する部分が全く弱かったのと同様である。まあ、好みの問題かもしれないが、八雲樹シリーズよりは宗像教授や妖怪ハンターのように民俗学に重心をおいたものの方がよい。※さらに難点をいえば、この漫画は絵がうまくない。人物など雑に描かれていると感情移入できないのだが、その人物描写もいまいちである。連載がすすんでいくうちにぐんぐん絵がうまくなっていく漫画家もいるのだから、もう少しなんとかならないかと思う。そして、さらにいわせてもらえば、絵のまずさにもよるのかもしれないが、主要キャラ以外の人物が生きていない。この漫画の原作はあの金田一少年シリーズと同じだというのだが、金田一少年シリーズでは犯人らしい人物の1人1人が丁寧に描かれていて、あの漫画の大きな魅力になっていた。それがこの八雲樹シリーズでは、主人公と真犯人しかきちんと描かれていないので、最初から犯人が誰だかすぐにわかってしまうのである。
2004年10月19日
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韓国映画「武者」をビデオでみた。広大な中国を舞台に、明の姫をモンゴル軍から守る高麗武者の活躍を描いた映画である。日本のような島国とは違って、あの半島に住む人々というのは、大陸に対してどんな想いを抱いているのだろうか。はるか遠くまで広がるユーラシア大陸に比べて自分たちは狭い半島に押し込められている・・・何かそんな感覚を持っているのかもしれない。だから今でも大陸に雄飛していた古代韓民族という学説は相当の人気があるようだ。話題の高句麗の版図は中国にまでくいこんでいたし、渤海も韓民族だし、鮮卑も韓民族だったに違いないという具合である。だから韓国の人にとっては、あの映画はさぞかし痛快に違いない。※ただ、この映画の面白いところは痛快な活劇だけにあるわけではない。使節団の武者達はそれぞれ性格も立場も様々で、英雄もいれば等身大の人間もいる。極限状況の中で反目したりもする、そうした人間の弱さもしっかりと描かれている。だからこそ最後の奮戦が一層感動的にうつるのである。(以下ネタばれ)白状するとこの映画をみながらずっとハッピーエンドを予想していた。モンゴルの武将が武者の奮戦を評価して自ら撤退する浪花節的結末とか、時代の流れに沿って明の援軍があらわれるとか。特に賤民出身でありながら精神の自由と誇りを失わない武者の一人には、なんか春香を思わせるところがあって、こちらも春香同様、姫君との身分違いの恋を成就させるなんていう結末もいいなあ・・・なんて期待していたのだが、そのあたりは予想外のエンディングであった。詳しくは書かないが、何か妙に日本の美意識に通じるようなところがあって、まあ、こういう結末もよいのかもしれない。※高麗の武者が中国の姫君と民を守ってモンゴルと戦うという話には、中国は文明の象徴、モンゴルは野蛮の象徴という意味がこめられているのではないか。この映画がつくられた頃の韓中関係というのはどうだったのであろうか。高麗の武者が中国の老人に「父親と似ている」というと、老人は「高麗と中国は兄弟のようなもの。だから面差しも似ている。」なんていうセリフもでてくる。ふうん・・・韓族ってDNA的には漢族よりもモンゴルの方にずっと近いはずなのに。たぶん韓国には日本以上に中国に対する憧れ、尊敬というものがあるのではないか。※この映画のキャッチコピーは「ハリウッドに挑戦するアジア映画」。そうだとしたら、アメリカなどでも公開されたのだろうか。映画に限らず文化は力である。アメリカ中心の歴史観、世界観に基づく映画が席捲すればアメリカ中心のものの見方が広がっていくし、そうした中で別の国の映画を見れば、また、別の世界観に触れることになる。その意味でアジアの映画が世界市場に進出していくことは多様な世界観の提供という面で意味あることではないかと思う。
2004年09月02日
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