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第一回目のワークショップが昨日終わりました!フィードバックを書いてもらう時間などがまったくなかったのですが、今後フィードバックを頂いたときに、ご本人の許可を得て、HPに載せて行きたいと思っています。さて、今回はあるサイトで前に見つけて良いなと思った文章をご紹介したいなと思います。原文は英文ですが、私が翻訳(意訳)しました。私たちすべてが持っている深い心の傷は、潜在意識の中に閉じ込められている。今という瞬間にも、私たちの行く手をブロックし、私たちを萎縮させてしまう心の痛み。なんの前触れもなしに突然訪れてくる痛みは誰もが経験しているだろう。“なんで私はこんな風に感じるのだろう?”、“そんなつもりじゃなかったのに、なんであんなことを言ってしまったのだろう?”真の癒しとは、私たちが抱えている心の傷を一つ一つ見つけ出し、処置していくことだけではない。それらの心の傷、遠い記憶、未だ癒されていない過去などを超えた、さらにもっと奥深い部分、私たちの魂の中心、つまり私たちの真の性質である愛と平和をもたらす光と暖かさに触れること。これが、私たちのなかにあるすべての傷を癒すのに必要なこと。だから、この種の深いヒーリングは、セラピーではなくスピリチュアルと呼ばれるのである。私のワークショップでは、潜在意識にある思いや感情にアクセスするということが中心です。なぜなら、私たちは自分が気がついていない自分の中の思いや感情に必ず振り回されているからです。つまり、潜在意識の感情や思いのほうが主人公で、私たちはその奴隷になっているということです。しかし、ひとたび、潜在意識に潜んでいる思いに気がつけば、今度はそれを自分でコントロールできるようになります。例えば、焦ってものごとが手につかず、何もかもが空周りしているとき、「焦り」が私たちをコントロールしています。しかし、なんでそんなに自分は焦っているのか?と探っていけば、必ず潜在意識の中に「なぜなら~~」という理由(思い)が隠れています。それが分かれば、今度はそれを自分がコントロールできるようになり、はじめて主従関係が逆転します。そして、私たちは人生の主人公となり、自分の思う人生を創造することができるだけでなく、本当の意味で「愛」か「恐怖」かを選択できるようになります。ですから、潜在意識に埋もれている過去の傷や思いを見つけ出し、処置していくことはとても大切なことです。ですが、ここまではセラピーの仕事です。しかし、本当の癒しとは、この文が言うように、潜在意識にある心の傷は、ほんとうは実体の無いもので、今この瞬間でも、ほんとうの私たちは、無条件の愛と平和な世界に抱かれているのだと感じられることだろうと思うのです。先日ご紹介した「Your Immortal Reality」(永遠の現実)という本に、次のような例えが書かれていました。(今手元に本がなく、記憶をたどって適当に書いているので、ものすごく違っていると思いますが、趣旨はこんな感じ。)五歳の子供が夜中に悪夢を見て、泣き出して起きてきたとき、あなたは「夢だから、安心しなさい」となだめてあげるだろう。その子がどんなに怖い思いをしたとしても、あなたはその子が、安全で暖かなベッドから一度も離れていないこととを知っているはずだ。古今東西の宗教やスピリチュアル系の本には、この世は幻想であると書かれていますね。つまり、私たちの心の傷、過去の苦しい経験、心が引き裂かれるような痛み、立っていられないぐらいの苦しさ、眠れないほどの罪悪感などなども、子供が悪夢で体験する恐怖や苦しさと同じように夢(幻想)であり、私たちは一度も安全で暖かなベッド(無条件の世界)を離れたことはないということなのです。そして私たちの魂の奥深いところで、それを私たちはちゃんと覚えている。その部分に触れたとき、真の平和と真の安心感が得られる。それはもう悟りの状態とも言えるでしょう。ですから、セラピーというよりスピリチュアルと呼ばれるということなのだと思います。と書くと、いきなりこの状態を体験しようとする人がいたりしますが、何事もステップが大切です。最初は、やはりまず自分の潜在意識に埋もれている感情や思いを知ること、つまり自分が深いレベルで一体どんな恐怖や不安(悪夢)を抱えているか知ることです。自分がどんな恐怖や不安を抱えているか知らないで、それを癒すことはできませんね。そして、この痛みは自分にとっては本当にリアルだけども、本当は実体のないもので、夢、幻想なのだと感じられたとき、セラピーからスピリチュアルと呼ばれるものになるのでしょう。もちろん、それをほんとうに感じることは大変難しいことですが、目指す方向はそっちだろうということです。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへ大阪セミナーへお申し込みの方は、こちらをクリック!
2007年01月29日
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明日はいよいよ第一回目のワークショップです。毎回ワークショップ前はとても緊張しますが、全力を尽くしま~す。そして、告白せねばならないことがあります。あのぉ、テディベアですが、私のパートナーによると、あれはテディベアではないそうです。申し訳ありません!! 私が熊さん(と今は呼ぶしかない)をパッキングしているのを彼が不思議そうに見ているので、テディベアは日本でも人気があるのだよと言うと、“それは抱けないから、テディベアじゃないよ”とあっさり言われてしまいました。が~ん!!でも! 妙な古さがとてもかわいいし、とてもイギリスぽいし、日本では手に入らない置物です~。ですので、良かったらそのままお引き取りくださいませ。でも、毎日おはようと声をかけ、かわいがっていましたので、それだったらいらないということであれば、一緒にイギリスにもって帰りま~す。とりあえず会場には持って行きますので、お引取り希望の方受付で名乗ってくださいね。さて、前回の流れで今回もいきたいなと思います。ご存知の方も多いと思いますが、イギリスにはスピリチュアル・ヒーリングという手当て療法が昔からあります。教会の流れも過去にあったせいか、どなたかコメントくださったように、ヒーラーがお金を取るということに否定的な考えがけっこうあります。イギリスのテレビなどでも、ヒーラーが出てくる番組は必ずと言って良いほどそれが話題になりますが、ヒーラーはお金を取るべきでないという側の主張はほぼいつも同じで、「神からのギフト(才能)に対してお金を取るべきでない」というものです。神さまから授かった才能、または神さまがサポートしてくれている仕事にお金を取るべきではないということです。で、これを聞くたびに私はなんか変だなぁと思ってしまうのです。例えばサッカーの選手がものすごい契約金をもらうことに対して、誰ももらうべきではないと言わないのですが、サッカーの能力ももちろん神さまからもらった才能です。すべての才能は、神からのギフトであり、神さまが、ヒーラーとかそういった職業につく人だけにギフトをあげ、またそういった職業の人たちだけをサポートし、他の仕事に従事している人たちをスピリチュアルじゃないからとそっぽを向いていると思うなら、それはまったく違うでしょう。ですから私は、ヒーラーも無数にある職業の一つにすぎないと思っています。神さまからもらったという書き方をしましたが、私は自分が魂の段階で選んだ才能なのではないかと思っています。(あくまでも推定)ある人は歌う才能を、ある人は数学の才能を、ある人はコミュニケーションの才能を、そして私はたまたま(覚えていませんが)、ヒーリングの才能を選んだのだと思います。無条件の愛であり、区別や差別をしない神さま(宇宙意思、ソース、ワンネス、何と呼んでも酔いのですが)が、こっちの仕事のほうがあっちより特別、大切、または神聖などと区別をしているということは、まずないでしょう。また役に立っているという点では、例えば駐車場の整理をしている人から会計士さん、レジで働いている人などなど、すべての仕事が必ず誰かの役に立っていると思うのです。そして、最終的には職種よりも、その人がどんな心で働いているかが、その仕事を神聖なものにするのだと思います。例えば、正義心に満ちた弁護士さん、良心的な不動産屋さん(私の友人の不動産屋さんは、なかなか部屋が探せないアジア系の外国の方のためにいつも奔走しています。)、住み心地を第一に考える建築士さん、信頼して仕事を任せられる事務員さん、いろいろな仕事がその人の心の持ち方で、神聖な仕事になると思うのです。「やりたいことが見つかる~」にも書きましたが、なにをやっているかも大切ですが、それ以上に私たちが「どんな人か」が大切です。ですから、ヒーリングなどの仕事を特別扱いにするのではなく、他の職種と同様、その人の能力と時間に対して報酬が支払われて良いと思うのです。また値段が高いかどうかは、主観によると思いますが、値段をつける人が、自分の仕事はそれだけの価値があると思っている(愛)か、たくさん儲けたいから高くしているのか(エゴですね。ですから、やっぱりその人の心次第でしょう。で、その値段に対して自分がどう判断するかは、また別の話ですね。私は、レイキを学んだ最初の2、3年は、無料か交通費程度でしかレイキをしていませんでした。それはレイキが神聖だからという理由ではなく、自信がなかったからです。ところがある日、守護霊様から「お金を取ることも考えなさい。それも自分への愛ですから。」と言われたのです。(当時は、よく友人を通して守護霊様から突然メッセージをもらっていました。今はなくなりましたが。ちょっと寂しい。)お金をもらうことが自分への愛になるとは考えてもいなかったので、びっくりしましたが、たしかに自分の能力や時間にまったく価値をおいていなかったと気がついたのです。そして、自分にお金をもらってもいいよと許可してあげたとき、体の中心になにか温かいものが流れた気がしました。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへ大阪セミナーお申し込みの方は、こちらをクリック!
2007年01月26日
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スイカもパスネットも買ったし、だいぶ日本の生活の感覚が戻ってきました。が、この間ラーメン屋さんのチケットの買い方がよく分からず、機械を長い間じっと見つめてしまいました。それが、イギリス暮らしのせいなのかどうかは分かりませんが。(後ろに並んでいた若者、ごめん)さて、今日は頂いたコメントにコメントさせていただきますね。結局、スピリチュアル、精神世界とかいいながら「お金」ですか。「お金が大事だよー」というのも先入観かもしれません。「お金」は、紙に印刷してあるだけですから、金(Gold)の方が大事か? 本当に愛せる仕事をしてエネルギーを流通さすれば、お金はまたあなたに回ってくるでしょう。脳は自分の都合の良いことは、何とたやすく脳は、何とたやすく信じ込む事か。人に道を照らしてもらうんじゃなくて、自分で照らして歩きましょう。自戒を籠めてもしかすると、この方のコメントの意図を私は誤解しているかもしれませんが(ちょっと意味が把握しずらかったので)、考えるところがあるので、取り上げさせて頂きました。なぜかというと、イギリスに(恐らく日本でも)、スピリチュアルなことを求める人は、お金を求めるべきではない、またはお金について考えたり、語るべきでないといったような考えを持つ人がけっこういるからです。お金は、みんながある一定の価値を置くことに同意した紙で、その意味で同じように、金(Gold)もみんながある一定の価値を置くことに同意した鉱物だと私は思います。ですから、お金自体は別に素晴らしいものでも、悪いものでもないでしょう。しかし、私たちがお金とどうつきあうかによって、素晴らしいものになったり、悪いものになったりしますね。私がたびたび書いていますように、人生の主人公になり、お金をたんに道具として使うのであれば、それは単なる道具です。しかし、多くの人がお金に振り回され、翻弄され、自己を見失ったり、他者を踏み倒したりするために、あたかもお金が悪いかのように見えたりします。しかし、問題はお金ではなく、お金に主人公の座を譲ってしまった私たちの心にあるんですね。ある友人は、環境問題に大変熱心で、現在の地球の環境がどうなっているかを伝えるインストラクターのコースを取りました。コースのなかで、ある男性が自分は今失業中だから、インストラクターの仕事で食べて行きたいと語ったところ、なんと半数の人が、こういう仕事でお金をとるべきではないと反対したそうです。私はその話を聞いて、とても悲しくなりました。地球の環境を守るというそんなに大切な仕事に報酬が与えられないなんて悲しいなと思ったのです。その人は、食べていくためにやりたくない仕事をして、余暇でその大切な仕事をしなければいけません。で、そのとき、スピリチュアルなこと、社会貢献になることは、お金を求めるべきでないという考えは、まだまだ根強いのかなと思ったのです。反対した人たちは、お金を得ることで、環境を守るという最初の目的が忘れられ、お金儲けの方が目的になってしまうと杞憂したのかもしれませんが、だとすれば、人間はお金にコントロールされるという思い込み(決して真実ではない)に基づいているでしょう。みんなが自分の好きな仕事をして、それでお互いの役に立ち、みんなが豊かに暮らせる社会は、とても住みやすいと思うのです。幸せな人は、人を殺したり、だましたりなどまずしません。ほんとうに幸せであれば、誰もがその幸せを分かち合いたいと思うものです。ですからそのために、まず自分がそういう人になることは、私はとても良いと思うのです。コメントの方の主旨とは、だいぶずれてきてしまいましたが、もし、自分がお金を求めることは良くないとか、精神的な成長ができない、と思うのであれば、一度それはどうしてか見つめてみる価値はあると思います。何かを否定する(~~してはいけない)と、必ず自己抑制になり、また他者批判になります。自分が否定していることは、やらないようにします(抑制)し、それを求める人や、やっている人を「良くない」と判断してしまうからです。自分がほんとうにお金が必要でないのは、それはそれで素晴らしいことです。ただ、こういう人は、お金を否定をしていないので、お金を求める人への批判もしません。自分が信じていることが一見どんなに正しく見えても、どうして自分はそう思うのか?と探ったとき、自分がさらに良く見えてきます。そしてそのとき、私のこの考え(信じていること)は、自分と他者に優しくなっているだろうか、それとも批判的になっているだろうかと考えれば、ここで一つ選択ができます。つまり、愛(Love)を選択するか、不安(Fear)を選択するかです。(批判は、必ず不安に基づいています。そんなことをしたら~~になってしまう、という不安です。不安に基づいた行動から魂の成長はあり得ません。)偉そうに書いていますが、私も年中人を批判しています。ブッシュ政権や、自分の家族や、見知らぬ人やら。ただ、それが何の解決にもならないこともとても実感しています。(なぜそうなのかは、別の機会に書きたいと思います。長くなるので。)話があまりにずれていくので、軌道修正します。えっと、そうです、コメントの方がおっしゃるように、お金を自分のところだけに溜め込んでも、本当の豊かさは経験できないでしょう。ということで、やはり人生の主人公になることが自分のためにも、社会のためにもとても大切だなぁと思うのです。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへ大阪セミナーお申し込みの方は、こちらをクリック!
2007年01月24日
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始めに連絡事項をさせて頂きます。東京セミナー定員オーバーとなりました。ありがとうございます!参加者の皆さんにお会いするのをドキドキしながら楽しみにしております。また、以前ご紹介しました「The Disappearance of the Universe」(消えていく宇宙)by Gary R. Renardの日本語版情報を教えてくださった方がいました。情報ありがとうございました! 邦題は、「神の使者」で、1月29日発売予定だそうです。タイトルちょっと違和感あるなぁ~。大変お薦めです。が、この本はまた私の周りで好き嫌いがはっきり別れる本でもあります。ですので、前にも書きましたが、「選択」して信じるのが良いだろうと思います。1冊目が発売される前に、2冊目の話をするのもなんですが、特にこの方の2冊目の本を読んで混乱したという人は私の周りにけっこういます。なぜなら、多くのスピリチュアル系の本と一致しない部分がいくつかあるからです。例えば「私たちの思考が現実を創る」ということは、私の本も含めあちこちに書いてありますね。ところがこの本は、読み方によっては、もう人生の計画はしっかり決まっていて、あなたが何をしようと起こることは、起きてしまうのだというふうに読み取れるからです。運命は決まっていて、起きてしまうのだというのは、一見、運命論者のように聞こえますが、私はこの考えにも「ある程度」賛成できるのです。例えば、私はどんなに瞑想してビジュアルでイメージしても、お金持ちにはならないなとなぜかはっきり分かっています。なんとなく、お金持ちになることは自分の今世の計画ではないし、またそれが私にとって意味あることじゃないと強く感じるのです。しかし、私のハートがイエスということに関しては、可能性はどこまでもあると強く感じます。その可能性とは、いわゆる世間で言う成功とかではなく、私が経験し、学び、成長できる可能性という意味です。で、お金持ちにはなりませんが、それなりに豊かに暮らしていけるだろうということは、なぜかとても自信があります。根拠の無い確信はたいてい正しいものです。話はずれますが、お金は英語でマネーですが、もう一つCurrency(通貨)とも言います。Currencyは流通するとか、流れるという意味ですね。少し前に、私の友人がもっと豊かに(経済的に)なるにはどうしたら良いか?と岩野さん(友人のチャネラー)を通して守護霊様に質問したことがありました。そのときにもらった答えは、「もっとあなたの才能、能力をアウトプットし、あなたのエネルギーを流通させなさい。」というものでした。これは私は大変納得してしまいました。お金もエネルギーですから、エネルギーが大きく流れているところには、エネルギー(お金が)引き寄せられるということです。ですから、自分の能力をしっかり使っていれば、つまり、自分の好きなこと、できること、得意なことなどを日々やっていれば、お金はついてくるということです。しかし、自信のなさとか、心配、不安とか、緊張やストレスなどいろいろなもの(エゴトーク)がエネルギーをロックしてしまい、流れが滞ってきてしまいます。また、前にも書きましたが、無意識の自己制限(「私はまだまだだ」、「自分の仕事は完璧ではない」)や他者と自分への批判(「きっとこう批判されるだろうから、それは辞めておこう」など)も、流れを制限します。才能・能力といっても、「IT技術がある」、「英語が話せる」といった実践的なものから、「気が利く」とか「人と話すのが好き」といった性格的なものからいろいろあると思いますので、「才能」「能力」という言葉のイメージにあまり限定されないほうが良いでしょう。で、話がかなりずれましたが、人生の計画を立てて生まれてくるのですから、それを覚えていない私たちが、計画とぜんぜん違うことを願っても、叶う確立は確かに低いだろうと私は思います。なんだぁ、じゃぁアファメーションやったりしても叶わないのかも・・と思った方もいるかもしれません。確かに、例えば思考や飢えた思いから出てくる感情であれが欲しい、これが欲しいと願っても、魂の成長を促す人生の計画とは関係ない可能性は高いでしょう。が、私たちの計画を覚えているのは、私たちのハートの感覚ですね。3冊目の本「やりたいことが見つかる~」に書きました、ハートトークとエゴトークの感情の違いを知り、ハートトークに従っている限り、本当に求めていることがちゃんと実現化していくわけです。さて、冒頭で「ある程度」賛成できると書いたのは、私たちの心の選択は、やはり私たちの自由意志にまかされていると私は思うからです。ハートトークに従うか、エゴトークに従うか、それは、私たちの自由意志による選択次第でしょう。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへ大阪セミナーへお申し込みの方は、こちらをクリック!
2007年01月21日
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みなさん、今回もたくさんコメントありがとうございました! 私自身学べることが多く、大変感謝しております。さて、前回はびっくりして動揺した気持ちで書いたし(←まだまだ未熟者)、ちょっと皮肉な部分もあった(←ちょっと楽しかったりして)ため、ちょっと誤解をさせてしまう部分もあったかも、と反省しておりました。で、念のため申し上げたいのは、信じていることや考え方、意見などが違うことに関してびっくりしたのではなく、ましてやスピリチュアルなことを信じない人を批判しているのでもまったくないということです。 (私の親兄弟も親友も信じていませんが、彼らへの愛情や尊敬の思いはまったくかわりません)ただ、スピリチュアルの思想そのものが誤解されていたとしたら、それは良くないと思うのです。ものごとが誤解されたり、歪曲されて伝えられたりすることは、誰にとってもメリットがないというか、弊害しか生まないと思うからです。例えばテロ以来、イスラム教への誤解や偏見が激しくなり、現在イギリスなどでは、けっこう問題になっています。誤解→偏見→攻撃というパターンに行きやすいんですね。が、書評しか読んでいませんので、この本に関してはこのへんにしておきますね。で、前回に「自分にとって正しい選択かどうか~」と書きましたが、やはりあくまでも「自分にとって」正しい選択かどうかであって、一般的に正しいと思われていることかどうかではありません。いわゆる“正しい”選択をしようとすると、どうしても思考に走ってしまいます。思考に走ると、たいてい混乱しますし、自分のハートとどんどん離れていってしまいます。あるクライアントさんは、とにかく楽にならないし、いつになったらこんな苦しい状態から抜け出せるのでしょうとセッションにいらしたのですが、探っていくと、その根源は、常に正しい選択をしようとしていたことでした。つまり、常に頭でなにをすべきか、この場合どうするべきか、どっちが正解かを考えるくせになっていたため、ハートがすっかり置き去り状態になっていたのです。結果、自分が本当に望んでいることが常に抑圧され、苦しくなっていました。ですから、私が使っている「ホッとする」の意味は、思考によって抑圧されていたハートが解放されるとか、緊張して縮こまっていたハートのエネルギーが緩むとかそういった状態をさしています。さて、でもホッとする感覚を基準にしてカルトに入ってしまう人もいるし、ほんとうに良いのか?というコメントも頂きました。。(ただ、カルトに入る人は、ホッとしたというだけ以外の理由が必ずあります。)で、何を基準にするかなのですが、他者が経験していることを横から見てで判断するより、自分が経験した上で、それが自分にとって役に立つものなのかどうかを判断したほうが良いと思うのです。つまり、自分がホッとすることを選んで、その結果痛い目に遭ったとか、どんどん苦しくなっていったというのであれば、それは自分の基準として役に立っていないと言えるでしょう。他人の経験は、やはり第3者には深いところまで分かりません。その人が、どういった状態にいて、どう感じ、内面でどういう変化がおきたか、そしてそこからどう行けるかなどは、他人には決して見えないものです。例えば、一般に依存はいけないと考えられていても、ある人にとって一時期誰かに依存することがエネルギーを取り戻すのに必要なことかもしれません。ですから、ある人は、それを基準にできても、ある人はできないとか、こういう危険性があるから、それは基準にしてはいけないとかというよりも、それが自分にとって基準になるかどうかで良いと思うのです。また、あれこれいろいろなことを頭で想定すると、“ホッとするけど、これは単に逃げているだけなのかもしれない。”とかいろいろな思考がまた邪魔してきます。そうやって結局ぐるぐる同じところを回ってしまう人がとても多いと思うのです。大切なことは、やはり自分で自分のハートの声が聞けるようになることで、考えすぎないことでしょう。最初はうまく聞けなかったり、ハートと思考の区別がつかなかったりしても、失敗したり、経験を重ねるうちに誰でも自分にとっての真実(正しい選択)が分かってくるはずです。さて、やたらホッとするを連発してきましたが、ワクワクする、ドキドキする、心が温まる、すとんと落ち着くなどなど、ハートの感覚は様々あるでしょう。また、私たちの状態や状況によってハートの感覚も変化してきます。2年前にドキドキしたことが、もう今はしないとか、2ヶ月前にホッとしたことが、今では物足りないとか、逆に前にはぴんとこなかったことが、今はわくわくするとか。で、それはある意味、魂の道しるべですから、それらの感覚に耳を澄ませながら、自分の人生を歩んでいくのが、成長と幸せの道だと私は信じております。ということで、皆さん日々のハートチェックやっていますか? お薦めですよ~!今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2007年01月17日
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前回の日記にたくさんのコメントありがとうございました! 大変励みになりますし、お返事したいなとも思ったのですが、あまりにびっくりした記事を読みましたので、載せちゃおうと思いました。昨日読んだ新聞の本の書評です。(香山さんの発言をコメントに書かれていた方がいらっしゃっいましたね。)「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」香山リカ著(幻冬舎)前世や霊魂を信じる人が増え、“スピリチュアルカウンセラー”江原啓之氏が大人気という社会現象を分析。生きる意味を問うなど一見、哲学的に見える「スピリチュアル」ブームの本質が「私さえ幸せになれればいい」という現世志向の自分中心主義にあり、それゆえ利他性をもつ既存の宗教につながらないことを指摘します。あともう一つ(同じ本について)あっという間に読める本だが、だからといって軽いわけではない。どちらかというと怖い本だ。私は、世の中がこういう状態になっているのを知らなかった。つまりオウム事件から時が経ち、今や人々(そのほとんどが女性らしいが)がいかに「オーラ」だとか「守護霊」だとかを本気で信じ、いかにその手のことを仕事にしている人たちが繁昌し、そこに科学者や小説家までもが巻き込まれているか、知らなかった。この本は、それをつぶさに知らせてくれる。もっとも驚愕するのは「人は死んでも生き返る」(←生まれ変わりの意味?)と信じる人の割合の高さである。自殺や殺人の多さに直ちに結びつけるつもりはないが、やはり不気味だ。背後に、善悪や白黒を選択させることで成り立つ政治の世界もかい見え、背筋が寒くなる。この本を読んでいないので、本についてはコメントできませんが、この書評だけ読んで、いやぁ、開いた口がふさがりませんでした。守護霊や霊魂の存在を信じないというのは、個人の信仰の自由ですし、自分が信じているからといって証明したいとか、そういった思いもまったくないのですが、はげしく誤解されるのは困りものですね。私の実感では、現代の政治にしろ、経済にしろ、うちの国さえ石油を確保すれば、自分さえ次また当選できれば、ウチの会社さえ儲かれば、といった自分中心主義傾向が非常に強いと思うのです。一方、スピリチュアルな考えのキーワードは(皆さんに説明する必要も無いとは思いますが)、「私たちはみなつながっている(we are all one)」「みんな愛であり、光である」「無条件の愛」「感謝」「許し」「魂の成長」「エゴ(我)からの脱却」などなどかなと思います。私はこの考えが広まれば、奪い合いや憎しみ合いに終止符が打て、また、自殺してもまた一からやり直さなければいけないと知っていれば、考え直すかもしれないと強く思っているぐらいです。また、この「スピリチュアル」ですが、例えばソクラテス、プラトンは、霊魂の存在やこの世が幻想であること説いて周り(ソクラテスは私たちに一人守護霊がついていることも言っています)、ペルシャの神秘主義思想の詩にも、この世はステージ(舞台)であり、仮の世であると唄われていたり、ギリシャやエジプトの原始宗教にも同様の教えがあり、決して新しくも何ともないのです。(学生で時間があったころ、たくさん読み漁りました。)これらの教えは、たんに主流の既存の宗教の陰に『異端』のレッテルを貼られ、忘れられていたというだけの話です。また、輪廻の思想は仏教に古くからあり、今さらそんなに怖いと驚くこともないのにと思います。ただ、確かに日本のスピリチュアルは、スピリチュアル=“運が良くなる”、“ツイてくる”、“よいことがいっぱい起きる”的なところで一番広まっていて、それ以上あまり深いところへ行っていないかなという印象は受けます。といってそれがいけないともあまり思いません。幸せな人、楽しい人、嬉しい人が多い社会は、安全で住みやすくなると思いますので、大いに幸せを追求すれば良いんじゃないかと思います。ただ、それがいつも書いていますように、自分のなかの欠如感を一時的に埋めただけの、偽の幸せでなければ、です。真に幸せになろうと思えば、自分を見つめるという大変な作業が待っています。でも、それが私たちがここにいる意味でもありますから、やる価値はありますね。結局、なにを信じ、どう生きるかは、やはり最終的に自分で決めることが一番大切でしょう。いろいろな人が、あれは危ない、これは良いという中から、自分のハートに問いながら、同じことを繰り返しますが、自分にポジティブな力を与えてくれるもの、自分と他者に愛の思いが増えるものを選び取っていくということだと思うのです。自分が選んだものが正しいかどうか、頭で考えると迷宮に入り込みますが、心がほっとする、解放される、優しい気持ちになる、などハートを基準にすれば、それほど難しくないでしょう。宜しければクリックをお願いします! いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック!
2007年01月15日
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昨日日本に到着しました。青空と太陽の光が嬉しかったです。イギリスの日常から、日本の日常へ入ると(またその逆も)、いつも不思議な感覚になります。で、コンピューターが違うので、ちょっと戸惑っています。いつもの写真サイトにたどり着けず、写真がちょっといつもと違うかも。さて、いつもコメントや掲示板などの書き込みありがとうございます。お返事を書かないことのほうが多いですが、大変励みになります!日本的なのかどうか分かりませんが、イギリス人や他国のクライアントさんが決して言わないことで、日本人のクライアントさんからはたびたび聞かれる言葉が、「なるべく頼らずに自分で頑張ってみたいと思います」という言葉です。「自分のことは、自分で解決するべき」という思いがすごく強いのかなと思うのです。また、ワークショップなどでも、「自分一人でもう少しやってみたい」ということでキャンセルしてくる方も時々いらっしゃいます。例えば、「経済的に苦しい」「都合がつかない」「自分の興味と違う」「今必要を感じない」「今やりたいことではない」というのうは、セッションやワークショップ、セミナーなどに参加しない理由としてとても納得がいくのですが、「自分一人で・・・」という理由を聞くと、私は一抹の悲しさを感じます。というのも、その思い込みそのものが本人のストレスの原因やまたは可能性の制限になっている確率が非常に高いからです。例えば、体に不調があって病院に行ったり、なんらかのセラピーを受けるのは、あまり「私は医者に頼っている」とは感じないでしょう。しかし、精神の不調に関しては、「自分でなんとかしなければ」と思う傾向があるかもしれません。ところが、ある新聞で今ひそかに著しく高くなっている死亡原因は、自殺だと報じられていました。とくに日本が高いそうです。精神の不調もきちんと対処されなければ、やはり死に至るということで、体の病気とまったく同じだと私は思うのです。「人に頼るべきではない」と強く思う人(無意識に思っている場合も多いですが)は、非常にストレスをためやすいです。一人で解決しなければいけないという思いだけでもエネルギーが硬直し、とてもストレスになりますが、結局解決できていない自分を無意識に罵倒してしまったりするので、それがさらにストレスになります。人に頼るということは、あるときには必要で、それはまったく問題ないと私は思うのです。お互いに助け、助けられ、それによって人間関係のなかに「愛のエネルギーの交流」が生じ、かかわる人々のエネルギーがポジティブに広がっていきます。また、一見助けてあげているように見える人が、それによってどれだけ学んでいるかを見れば、どっちが助けているのか分からないとも言えます。あと「自分で解決できない問題もある」ということもあるでしょう。謙虚に「分かりません。どうしたら良いか教えてください」と言って、宇宙の助けや誰かの助けを借りなければいけないときもあるでしょう。しかし、このときその助けから私たちはどうやって解決するのかの智慧を学びます。次からは自分で解決できるかもしれません。かくいう私自身もこの傾向はかなりありました。しかしある日、本を読んでいると「助けを求めるのは弱さの現われではない」という言葉が目に飛び込み、あっそうかと分かったのです。そして、今自分がカウンセリングをやる立場になっても、分からないときは分かりませんとはっきり言って、どうしたら良いか教えてもらいます。そんなとき、なんか自分にとても優しくしているようで気持ちが良いです。さて、よく「依存」を心配する方もいらっしゃいます。それってただの依存になりませんか?という質問を何度もらったことか。依存は、相手が問題を解決してくれると考え、自分では何もやらないとき、依存になります。例えば、ある程度カウンセリングなどで、苦しさの原因が見えてきても、最終的にそれを手放す努力をするのは本人です。私(セラピスト)がヒーリングで取り除いてあげることはできません。ですから反対に、治してあげるとか癒してあげるというセラピストには気をつけたほうが良いでしょう。ということで、目指す方向は「なんでも一人で解決できるようになる」ことではなく、「感謝して助け、助けられるようになる」ではないかなと思うのです。なんだかまだ少しふわふわしていて、集中力に欠けているのですが、次回はもう少し立ち直っていると思います。空港でフラワーエッセンス(時差ぼけ用)を入れた水ボトルをセキュリティーで取られてしまった。残念!今回も、宜しければクリックお願いいたします! いつもほんとうにありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2007年01月12日
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みなさん、コメントありがとうございました! 「硫黄島から手紙」も必ず観に行きま~す!情報雑誌には同時上映と書いてあったのに、映画館に行ったら“近いうちに上映”に変わっていました。ほんと、イギリスもアバウト。さて、今回のコメントのなかでどうしても相手にまかせてしまったり、相手に気を使って無難にすませてしまうというコメントがありました。多かれ少なかれ、私たちの多くがこの傾向があることでしょう。このコメントの方がどうしてそうしてしまうのかは、この方のご自身特有の理由があり、それはやはりカウンセリングで何回か探っていかなければ分かりません。が、ちょっとこの流れで、ご存知の方も多いかもしれませんが、“エニアグラム”という性格判断のシステムをご紹介したいと思いました。(本は、 ドン・リチャード リソ、ラス ハドソン著が私はお勧めです。)で、性格判断と書きましたが、エニアグラムは正確には、魂の性質を判断するものです。エニアグラムは、スーフィーというイスラム教以前の原始宗教のなかにあった、スピリチュアルな成長を促す道具として生まれたものです。生まれる前から魂には性質があると考え、その性質を9つに分けたものです。生まれる前から性質があるために、同じ家に生まれても兄弟でまったく違った性格や考え方を持っていたりするわけです。で、たったの9つ?と思う方もいるかもしれませんが、そのなかでさらに3段階のUnhealthy(不健康、レベル7,8,9)、3段のaverage(平均、レベル4,5,6)、3段階のHealthy(健康、レベル1,2,3)の9つの段階に分かれます。ですから、不健康のレベル9の人と、健康のレベル1の人では、同じ9番でも同じタイプだとはとても分からないほど違います。また、両隣の番号の性質も持ち合わせますので、9番の場合、1番と8番の性質も持ち合わせ、たいていの人がどちらかの番号の性質がより強く、それをウイングと呼びます。ですから、9番の8ウイングという場合は、9番だけど8番の性質も強いということです。また、ストレスが大きいとき、調子が良いときには、違う番号の性質が出てきます。例えば、9番の場合、ストレスが増えると、6番の不健康レベルの性質が出てき、調子が良いときは、3番の健康レベルの性質がでてきます。またこれにプラス、本能の3タイプというものが加わり、けっこう複雑化していきます。で、私は実はエニアグラムの9番(平和主義者)なのです。平和主義者ですから、平和な雰囲気を非常に好む性質があり、それはそれで良いのですが、そのために、他者との不協和音を極力避けたがります。結果、相手に合わせてしまう、または、こんなことを言ったら、相手を怒らせるのではないか、不快にさせるかもと気を使い、ほんとうに言いたいことを言わない(9番の平均レベル)、などなどの傾向が出てくるんですね。しかし、これを克服すると健康レベルの9番になり、自分をきちんと主張しながらも、周りにハーモニーをもたらす人になります。また、私たちは一日のうちでも、健康レベルから平均レベル、またはその逆など移り変わることがよくあります。さて長々と説明してきましたが、私たちが、なんで自分ってこんなふうなんだろう?と思うとき、魂のレベルで深く持っている性質であることもよくあります。いつの段階で魂に性質が生まれたのかはスーフィーにも語られておらず、誰もわからないそうです。エニアグラムの良いところは、ある程度勉強すると、友達や家族のタイプがだいだい検討がつくことです。そうすると、以前イライラした誰かの行動が、「単に、5番(例えば)の衝動に駆られているだけだ」と許せたりします。以前、自分が簡単にできることが相手ができない、またはやらないということでストレスになるという夫婦関係の問題で来られた方がいらっしゃいました。たいてい、私たちは小さいことに我慢ができなくなるものですが、その方(奥様)も、茶碗の洗い方、部屋の整え方などといったことがストレスの種でした。そして一番の問題は、そのために相手が尊敬できなくなり、夫の良いところが一つも思いつかない状態になってしまったことです。しかし、カウンセリングとあわせてエニアグラムの本をお薦めし、それによって、夫は決して無能で、だらしがないのではなく、単なる違いなんだと分かってから、関係がだいぶ向上しました。(だんな様の方は逆に、奥さんは病的に潔癖症でコントロールフリークだと思っていました。)例えば、コメントに書かれているように「ちゃんと自分の意見を持てよ!」という人は、コメントの方のタイプとは明らかに違うタイプでしょう。正確に何番かは分かりませんが、例えば8番だとしたら、8番の男性は、自分の意見をはっきり言って、多少挑戦してくるぐらいの女性が好きです。反対に意見を言わない人には、非常にイライラしたり、どうしたら良いか分からなくなります。と書くと、すぐに相性占いのように考える方がいますが、決してそうではなく、このポイントは、相手と自分の違いを理解し、ともに成長していくことです。ですから、何番と何番は相性が良いというのはまったくありません。また、基本的にエニアグラムは、たんにタイプわけするだけでなく、どうやったら健康レベルの1(マスターレベル)に到達できるかという過程を示してくれるものです。私たちには、持って生まれた性質(魂の性質)と、育った環境によってそれに加味された特有の性質があるでしょう。私たちの中の良い部分も悪い部分も、必ず理由があって「こういう自分」になっています。ですから、なんで私ってこうなのかなと批判や非難の目ではなく、好奇心で自分を見つめると良いですね。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2007年01月08日
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今日はほんとうに久しぶりに青空が見えます。皆さんお年始のコメントありがとうございました!昨日は、クリント・イーストウッドの「Flags of Our Fathers」(すみません、邦題が分かりません。が、絶対日本でも公開されるはず。)を観てきました。アメリカの制作だし、第二次世界大戦の硫黄島の戦いの話しだしと、ほとんど期待ゼロだったのですが、すごく良かったです。 戦争が正義や真実のためでもなんでもなく、いかに政治的なもの(エゴ)であり、そのために多くの人が犠牲になるかが実に上手に描かれています。クリント・イーストウッドすごい!さて、その前に昨日友人の岩野礼子さんのところへ恒例(?)のスピリチュアル・ガイドさまからのメッセージをもらいに行きました。岩野さんは、私の一冊目の本「運命の人と出会うための~」に出てくる、急にサイキック能力に芽生え、私にスピリチュアル・ガイド様からのメッセージをカフェで始めてくれた友人です。岩野さんは、あれ以来プロフェッショナルとしてもう千人を超える人のリーディングをしています。(すごい)個人的なことや一般的なこと(環境問題など)を聞いて、今回もとても楽しかったです。で、個人的なことはふせますが(へへ、いやぁ、面白かった。ふ、ふ、ふ)、最近「Your Immortal Reality」(永遠の現実)という本を読みました。かなり面白いです。ある意味、どスピリチュアルです。これは随分前にブログに書いた「The Disappearance of the Universe」(消えていく宇宙)by Gary R. Renardの第二弾です。両方ともアメリカとこちらでかなり話題なっている本です。一言でまとめてしまうと、ある日著者が瞑想を終えて目を開けると、目の前のソファに二人の人間(実はマスターのスピリット)が座っていて、「A Course in Miracles」(奇跡の学習コース)の内容ついて著者に教えた内容が書かれているものです。全編著者と二人のマスターの会話形式になっているのでとても読みやすいです。「The Disappearance of the Universe」を読んだあとにコースを読むとだいぶ分かりやすくなります。近々河出書房新社から日本語版がでると著者のHPに書いてありましたが、まだ邦題など分かりません。分かったらお知らせしますね~。または分かった方教えてください。で、この「The Disappearance of the Universe」、そして、第二弾目の「Your Immortal Reality」は、基本的に「神との対話」とほぼ一致するのですが、ちょっと違うなという点もいくつかあります。(「神との対話を批判しているのかなと思える箇所さえあります。)私はそれが多少気になっていたので、「A Course In Miracles」に沿って勉強することをどう思うか聞いてみました。すると、返事は、「あなたが他人の道ではなく、自分の道を歩んでいる限り、あなたが良いと感じるなら、それを勉強すれば良いでしょう。大切なのは、あなたが自分の道を歩んでいることです。」というものでした。で、随分前に“「神との対話」に書いてあることは、正しいですか?”と聞いたときは、“だいたいにおいて”という返事をもらいました。で、思うのです。例えば、時間や空間というものは存在しないことは、現在、量子力学の世界でも証明されていますが、私たちの実感としてはとても分かりにくいものです。ですから、真実が私たちの理解や感覚のレベルを超えたものは、言葉にすると歪曲してしまったり、メッセージを受け取る側の理解の限界というのもあると思うのです。そういう点で、すべてのこういったチャネリング本は、「だいたいにおいて」正しくて、何が本当に正しいかは、私たちが体を持っている間は分からないのかもと思うのです。そして、一番大切なことは、スピリチュアルガイド様が言うように、どっちが正しいことを言っているかを追求することではなく、やはり自分の道を歩んでいることなのだと思います。ある本とある本の言っていることが違うと、両方投げ出してしまったり、結局分からないやと全部否定してしまったりする人もいます。正しいとはっきり分かっていないものは、当てにならない、不安だ、時間を無駄にするなどと思うからでしょう。が、スピリチュアル・ガイド様はこうも言っていました。「どれかがまったく間違っていて、どれかが完全に正しいと考えるのではなく、選択的に信じれば良いのです。奇跡の学習コースのある部分はあなたにぴんと来て、とても役に立つでしょうし、ある部分はぴんと来ないとこともあるでしょう。自分を中心に選び取っていけば良いのです。」自分を中心に自分の道を歩むこと。シンプルに聞こえて、決して簡単なことではないでしょう。他者を優先してしまったり(愛する人だったりするとなおさらしてしまう)、他者の意見に流されたり、社会の風潮に一生懸命合わせようとしてしまったり。しかし、前回とつながりますが、どの本からも、どのメッセージからも、自分にピンと来て気持ちが晴れるもの、自分と他者に優しくなれるもの、不安や恐怖がなくなるものなどを自分で選び取り、自分のペースで自分の道を歩んでいけばよいのだと思うのです。で、最後にガイド様はこう付け加えてくれました。And Enjoy it ! 人生を楽しみなさい!今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2007年01月04日
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明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い申し上げます!!大晦日は、一品持ちよりの夕食会に呼ばれて行って来ました。12時を打つ同時に花火があちことであがりました。天井もガラスの窓になっているダイニングルームにいましたので、月も花火もよく見えて、素敵な年越しでした。さて、皆さん新年の抱負など立てましたか? 私は今年も相変わらず、学び、成長できますようお導きくださいとスピリチュアル・ガイドさまにお願いしておきました。私がイギリスにいる理由は、彼がイギリス人だからというのもありますが、やっぱり一番の理由は、本、セミナー、ワークショップが、スピリチュアル系、自己啓発系、カウンセリング系、すべてにおいて充実していると思うからです。とくにロンドンは、アメリカ、ヨーロッパからいろいろな人がトークやワークショップに必ず訪れる場所なので、とても便利です。で、これはなにも最近のことではなく、戦前からグルジェフ(神秘思想家)やシュタイナー(この方なんて呼んで良いのか分かりません。サイキック・マルチ神秘思想&実践者?)などなどといった人々が一時期ロンドンに住んでいたりしました。1920年代はとくに、サイキックブームが上流階級の間で起こり、アガサ・クリスティーや名探偵ホームズの著者、コナン・ドイルなども霊的なことを研究する会のメンバーだったそうです。これをきっかけに、オックスフォードかケンブリッジだったかどちらかの大学で、心理学の研究が始まったそうです。ロンドンのサウスケンジントンにあるカレッジ・オブ・サイキック・スタディーズの図書館には、それこそいかにも古そうな文献がたくさんあります。私は、そこでハリー・エドワーズ(年間10万人を治癒したという歴史に残りヒーラーの中のヒーラー)の「ヒーラーになる人のためのガイダンス」という本を見つけ、とても役に立ちました。カレッジ・オブ・サイキック・スタディーズの一日ワークショップは、コースと違ってお金を払えば基本的に誰でも受けられます。ですから、実にいろいろな人が来ますが、だいたい「充分サイキック能力はあるけど、さらに磨きたい」人、私のように「霊能力はないけど、知識とスキルを得たい」人、そして「苦しくて仕方がないから救われたい」人の3種類いるようです。以前ここで、あるエネルギー系のワークショップに出たとき、先生の指示で3人づつのグループに別れ、あるエクササイズをしました。それはまず、椅子に座ったまま瞑想状態に入り、自分のエネルギーを意識します。そして、そのあとに椅子を一つづつずれて座ります。そして、座ったところで、そこのエネルギーを感じます。エネルギーがまだ残っているので、そのエネルギーにチューニングすることで、前に座っていた人の状態がわかるのです。私と組んだ人は、20年間スピリチュアル・チャーチで霊媒をやっている女性と、ロシア人の主婦でした。で、そのロシア人の主婦は、私が座っていた椅子に座ると、なんと次のようにはじめたのです。“なんかとても嫌な黒いものを感じます。”(えっ、まじ!一瞬たじろぐ私)“あぁ、なんだかみぞおちが気持ち悪くなってきたわ。う、苦しい。あなたはすごいどろどろした嫌なものを抱えているわよ”(そ、そんなにひどかったら、自分で感じると思うけどなぁ・・・。)これには私も霊媒者の彼女も驚いてしまいました。しかし、霊媒者の女性が私が座っていた椅子に座ってチューニングすると、“ヒーリングのエネルギーを感じるわ”と言ったあと、良いことばかり言ってくれたのです。するとそのロシアの女性は、“えっ、じゃぁ、あのどろどろした嫌なエネルギーは私のエネルギー?、まぁどうしましょう。私が抱えているんだわ!”とパニックになり始めたのです。しかし、私が彼女が座っていた椅子に座ったとき感じたのは、とくに悪いことはなく、多少不安が感じられるかなというぐらいでした。また霊媒者の女性も、ちょっとバランスを崩しているけど、そんな嫌なものなんかないわよと安心させてあげていました。いきなり相手を怖がらせるようなことを言う人や、不安にさせる人の言葉は、基本的に信じないというのが私のスタンスです。カルト宗教やまたいわゆる確立した宗教も、人の不安を煽って、支配しようという姿勢がよく見られます。 不安を煽ってものを売りつけたり、寄付させたり。でも、これは愛と正反対ですよね。ですから、みなさんのなかにもチャネリングしてもらっていたり、またはお正月のおみくじとか引いている方もいらっしゃると思いますが、愛から来ていないメッセージはぜんぶ忘れて良いと思います。自分がほっとする、嬉しくなる、安心する言葉がガイド様たちからのメッセージです。ということで、皆様の一年が宇宙やガイドさまに見守られ、愛と光がさらに増えていく一年になりますように!今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2007年01月01日
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