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昨日、一年ぶりに帰国いたしました。今日更新して、お正月はゆっくりしよっと。日本は太陽が明るくていいですね。さて、今回もコメントに少しお返事したいと思います。まずは下記のコメントです。ありがとうございます!!いわゆる「選択の力」というものが、私は苦しいときに使えていないと思う一人です。昔から将来を不安に思ってしまったりもしてしまいます。どうしても上手くいかないのが日記にあった「お金がないからがまんをする」状況で、<中略>いわゆるお金が自分より優位みたいな図式からぐるぐると抜け出せず、おっしゃるように苦しい気分によくなります。更に広がりつつある貧富の格差やワーキングプアなどのニュースを耳にする度に心がやはり苦しくなります。(エゴの思う壷?)こういう時具体的に選択の力を使うとはどうするのか、どう意識すればいいのでしょうか。↑これは、おそらく多くの方の声じゃないかと思います。前回さらっと書いてしまいましたが、自分が真に望むことを選択することは、社会は基本的にエゴの声で成り立っているので、けっこう難しいです。つまり、ハートを選ぶと社会に反して生きているような気持ちになったり、社会のシステムからはずれて、経済的に不安定になる気がするんですね。私たちの中にその不安が大きいので、つい「お金がないからがまんする」状態に戻ってしまう、またはそこにい続けてしまいます。ところが、安定を求めて社会を基準にして生きると、今度は社会の動向に振り回されるので大変です。ですので、このコメントの方がおっしゃるようなニュースに影響を受け、不安になったりします。実際に影響を受けている人も多いですね。こういった常態から抜け出すには、抜本的に考え方を変えることが必要です。で、これは実は、今書いている次の本のテーマなんです。セミナー、ワークショップにいらっしゃる方は、そこでお話させていただきます。いらっしゃれない方はぜひ本を読んでみてください!(5月発刊予定)ということで、ここにじゃぁ、どう抜本的に変えるのかをいじわるで書かないのではなく、スペースがとても足りないので書きませんが、過去の記事などを注意深く読んでいただければ、分かるかもとも思います。また、スピリチュアル心理学講座(ごめんなさい、満員となりました)では、エゴのしくみを説明させて頂きます。それが分かれば、どうしてそんなに私たちがお金優先(=安定優先)の生き方をするのかもよく分かっていただけると思います。さて、とはいえ何も書かないのもなんですので、ほんのちょっとだけヒントを書くと、将来が不安になるとき、またついやりたいことより安定を優先してしまうとき、まず、自分が一番何を恐れているのか?を知ること、そしてそれがどれぐらい現実味があるのか? もし、現実味が高いのなら、それはどうして(理由)か? そしてその理由は、対処可能なのか、単なる思い込みなのかなどなど、自分の不安と恐怖をよ~く見つめ、吟味していくことです。よく吟味すると、漠然と不安に思っているときより、たいてい不安が小さくなります。このテーマに関連して、以前の記事に載せたある死をまじかにした老人の詩を宜しかったら読んでみてください。→過去の記事さて、お次のコメントです。ありがとうございます!!<略>私も「社会的な尺度より、自分が満足できるかどうか」を基準にしてました。でも・・・今になって、私はたくさん後悔しています。例えでいうなら、拷問を受けている時に、私はすべてを受け入れる事や人を許す事を考えていました。でも、ほんとうに考えるべきは、拷問されている状況から抜け出すにはどうしたらいいか、だったはずです。<中略>結局は豊かな国に住んでいる人間だからじゃないかな。彼から別れを告げられたとき、お金のあるなしなど思い出しもしないでしょうけど、自分や、自分の子供が餓死しそうな時にはどうでしょうか?受け入れる事も許すこともできるけど、助ける事はできませんね。↑万が一勘違いしている方がいらっしゃるかもしれないと思うので、念のため、お金は必要ではないとか、お金がなくても幸せになれる(なれるけど)とか書いたつもりではなく、私たちがほんとうに求めているのは、物質(お金など)ではなく、心の満足感だということを書いたつもりです。また、許すということ、その状態にとどまるということは、ぜんぜん違うことですね。もし私だったら相手を許しても、すきがあれば、さっさと逃げます。と、つっこんで書きましたが、分かりにくいところもあったので、意味を誤解していたらごめんなさいね。では、みなさん!2007年も終わりですね。多くのチャネラーの方の予想によると、2008年は変革と始まりの年だそうです。古い価値観や体制が崩れ、変化が社会にも個人にも起きるそうです。ということで、心をオープンに、自分に優しく、そして自分を正直に見つめ、良いお年をお迎えくださいませ。お正月過ぎに読んでくださった方、新年明けましておめでとうございます!May 2008 be filled with much joy, peace and happiness !公開カウンセリングにご興味ある方、ぜひセミナーにいらしてください!↓セミナー詳細
2007年12月31日
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先日新聞にロンドンの大きなおもちゃ屋さんでサンタさんをやっている人のインタビューが載っていました。その人は、“サンタスクール”でサンタになるコースを受け、サンタの資格を持っているそうです。ほぉ、ほぉ、ほぉ、の言い方とか、眉毛やひげのつけ方とかいろいろ習うそうです。知らなかったぁ~。ちなみに嫌な客は?という質問に、“お前は家の煙突に入るには太りすぎだぞ”とか下手な冗談を言う子供の親だそうです。分かるな。さて、街はクリスマスショッピングの人たちで、いつもの二倍以上の賑わいです。私が貧乏な学生生活をしていた頃は、洋服など年に数回安い店のバーゲン品を買うぐらいでしたので、それこそクリスマスショッピングなんてどこの話し?という感じでした。バス代をケチって歩いたりもよくしていました。現在、普通にお店で定価で好きな洋服も買えるし、タクシーにも乗れますが、じゃぁそのぶん幸せ度が増したかというと、別に・・という感じです。私が貧乏学生していたのは、30代半ばから後半で、他人から見るとその年でお金も男もいなくて、将来もまったくどうなるか分からず、かなりかわいそうに見えたようですが、本人は大変楽しく過ごしていました。ので人から、“もし、私があゆかさんの立場だったら、すごく落ち込むと思う。でも、あゆかさんはいつも楽しそうで、すごいよね。”とか言われていました。(これ、前にも書いたかも)とりあえず褒め言葉として受け止めていましたが。イギリスに来た当初、セラピーが本当に私の行く道なのかな?と不安に思ったことは、何回かありましたが、将来を不安に思ったことは一度もありませんでした。今でもまったくないです。なぜだろう?と考えると、私は将来を考えたことがないということに気がつきました。はは!本当です。いつもせいぜい一年先ぐらいまでしか何も考えていないです。貧乏学生の頃も、今も基本的に“今”何をやりたいか?しか考えておらず、そして本当にやりたいことしかしていません。なので、使えるお金の量が増えても“別に”という感覚なんだなと思います。あってもなくてもやりたいことしかやっていないので楽しいんです。ですからユニクロのバーゲン品を着ていても、ブランド物の洋服を着ていても、あまり大きな感覚の差はないというか全然ないです。話しはずれるかもしれませんが、昨日読み始めたばかりの小説「Shantaram 」by Gregory David Robertsは、主人公が拷問を受けているシーンから始まります。そこで主人公は「私には選択がある。一つは(自分を拷問している)彼らを憎むこと、一つは彼らを許すこと。どちらを選ぼうと私の自由だ。私は自由なのだ。」と語ります。今読んでいてすごく面白いので、つい例に出してしまいましたが、何を書きたいかというと、お金があるとかないとか、何がないとかあるとか、どんな状況下においても、私たちにはいつも選択の自由があるということです。私がよくお薦めしている「奇跡の学習コース」にも、私たちが持っている唯一のパワーは、「選択の力(Power of Choice)」だとも書いてあります。この考えは実はとても大切だなと私は思うのです。なぜなら、自分に選択がないと思ったとたん、私たちのなかに被害者意識が芽生えるからです。つまり、自分が持っている唯一のパワーをないと思ってしまうわけですから、他者や条件がパワーを持ち始めますね。例えば、私にはお金がないから、我慢するしかないと考えると、自分はお金がないという状況の被害者的感覚になってくるでしょう。で、頭にある思考は、社会の景気が悪いから、男女差別があるから、年齢差別があるから、人が私の能力を見抜いてくれないから・・・などなどと、必ず誰かか状況のせいで、自分はこうなっている・・・と思ってしまうわけです。この状態はけっこう苦しいです。そして、この状態から出る方法は、もちろん景気が良くなるまで待つことではなく、自分には選択の力があるのだということを思い出すことですね。この力をちゃんと使えば、状況が変わらなくても、人生がものすごく変わります。(思考が変わるので、状況も少しづつ変わっていきます。)さて、私たちが友達の思いやりに嬉しさを感じているとき、おいしいものを食べて楽しい会話をしているとき、面白い映画を見てみんなにも教えたい!と思っているとき、それらの瞬間に自分の銀行口座に1万しかなかろうが、1千万円あろうがあまり関係ないでしょう。また、誰かの言葉に傷ついているとき、病気の家族のことを思っているとき、彼(彼女)から別れを告げられたとき、やはりそれらの瞬間に自分の銀行口座に1万しかなかろうが、1千万円あろうがあまり関係ないでしょう。私たちが真に求めているのは、いつでもハートの状態が平和で満たされていることです。ですから思考ではなく、自分のハートによく注意を向け、自分のハートが喜ぶこと、癒されることをしている限り、周りの状況に心がぐるぐる振り回されることはありませんね。思考は正論で攻めてきますが、今日一日はすべての行動をハートだけに従ってしてみるのはいかがでしょう? ものすごく楽しいかもしれませんし、今まで気がつかなかった恐怖や思いなどに気がつくかもしれません。それはそれで楽しいですよ。日本でのセミナーまだ受け付けております。ぜひご参加くださ~い! 詳しくはこちらをクリック→セミナー申し込み
2007年12月25日
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先日、電車の中で大学生らしき男の子たちの会話が耳に入ってきました。学生1「僕は、日本人の女の子と韓国人の女の子の区別がつくよ」学生2「え、どうやって?」学生1「日本人のほうが体が小さくて目が細くて、韓国人は顔が四角いんだ」学生2「ほんとかよ」学生1「ほんとうだってば!」う~ん、異議あり!先日パート2、ロイヤル・ソサエティというところで「物質主義の心理学」というタイトルの講義を聴きに行きました。講義にはウエブからダウンロードしたと思われる画像もたくさん使っていたのですが、「幸福感度の高い人の性質」を説明したとき、な、なんと山田花子さんがアップでにこやかに笑っている映像が使われたのです。もちろん、会場でのけぞっていたのは私だけ。かけても良いですが、その教授は山田花子さんを知らないでしょう。でも、確かに山田花子さんの笑顔って、心がなごみますよね。さて、もコメントにお答えさせて頂きま~す。下記のコメントです。ありがとうございます!社長が(私にとっては)大きな仕事を3つも4つもやれ、と言ってくるとものすごく腹が立つんです。自分には出来ないと思っている事に対して自分自身に怒っているのもあると思うのですが、社長の要求に対して全身の毛が逆立つ感覚があるくらい怒りの感情があります。定時に退社したいのですが、与えられた仕事が終わるわけはなく、サービス残業をしています。(入社1ヶ月なので)夜や週末、家に持ち帰ってまで仕事をしていると、「自由がない! 自分のやりたい勉強が全く出来ない!!」と犠牲的な気持ちで、涙が出てしまいます。自分の視点や行動を変えれば自由になれると思うのですが、今はその方法が「退職」しか思いつきません。↑セミナーの公開カウンセリングをやらせて頂きたいテーマですねぇ。ぜひセミナーにいらしてください!(笑)まず、分からない部分は、この社長さんがサービス残業をして、家まで持ち帰って仕事をしていることを知っているかどうかということ。また、他の社員も同じにようにサービス残業をやっているのかということ、これでカウンセリングの方向はかなり変わります。とりあえず、社長さんは知っていて、他の人もサービス残業をしているという方向でお答えいたします。まず、見て行きたいのが、社長さんの価値観やビジネス能力です。社長さんの仕事への価値観として考えられるのは、「仕事が人生である。仕事人間であることが、人の生き方だ」というものです。この場合は、社長さんも休日返上で仕事している可能性があります。で、とうぜん社員にもそれを押し付けてきます。または「給料を払っているのだから、社員はできるだけ働かす」という考えがある。食べ放題のお店に行くと吐きそうになるまで食べるタイプ。もと以上のものを取って得した気分になりたい。この場合は、社員を働かせて、自分は悠々と遊んでいる可能性あり。もう一つは、価値観の問題ではなく、たんにマネジメントが下手。仕事の振り分け方、仕事量とスケジュールの分配などがうまくできていない。このようにまず、会社がどういう状態になっているのかを冷静に観察してみる必要があります。例えば、自分が休みはきちんと取って、仕事とプライベートをしっかり分けるという思いがあるのであれば、仕事人間社長の会社に勤めれば、とうぜんストレスになります。価値観のまったく違う人間と一緒にいれば疲れるように、自分と価値観の異なる会社に勤めるとものすごくストレスになります。ものすごく腹が立つのは、価値観が違うからという可能性もあります。(人生とはこうあるもの、上司は部下をこう扱うものといった考えが違う)または、3つも4つも仕事を頼まれるときに、この方がそれをどう解釈しているかもあります。「私にはそんなにできないわ。なんでそれが分からないの! あなたが気がつかないから、私はこれをやらなくちゃいけないじゃない!」といった思い(潜在意識にある可能性大)があれば、やはり大変腹が立ちますね。ですので、セッションであれば、「自分には出来ないと思っている事に対して自分自身に怒っているのもある」←この部分をもっと深く見ていくでしょう。この方の場合は分かりませんが、私たちは自分の言いたいことを言っていないとき、相手がそれに気がついてくれないことに非常に腹が立ったりします。そんなとき「押し付けられた」と感じたり、相手に思いやりがないと感じたりするものです。で、得したい社長やマネジメント下手社長であれば、ここで境界線をきちんと引くことです。どういうことかというと、自分がどこまで何をやれるかをきちんと誠実な態度で主張するということですね。もちろん、意思を明らかにして、それが通るかどうかは、会社次第です。通らなくても、自分の意思をしっかり伝えておいていれば、かなり楽です。ここでの境界線というのは、誰の責任範囲かということです。会社のマネジメントをきちんとすることは、会社(社長)の責任範囲です。会社の方針やマネジメントに不満なとき、それを主張するのは自分の責任範囲ですね。会社のマネジメントの下手なしわ寄せを黙ってただ引き受けていると、会社の責任範囲を自分がしていることになります。ですので、非常に疲れますし、怒りもたまってきます。しかし、きちんと自分を主張したときに境界線が引けます。不確定要素が多いので、コメントの方にぴったり合ったお返事は書けませんが、まず、会社の方針、社長の価値観と自分のそれが合っているかどうか、そして、自分がちゃんと意思を明らかにしているかどうか、していないのなら、それはどうしてか?を探ること。そして最後に、なにに一番腹が立っているのかを探ること。休みがないことなのか、社長さんに思いやりがないと感じることなのか、自分が一番怒っていることを見つけ、それはなぜ?とさらに探っていくことで、同じ状況でも楽にいられる鍵が見えてきます。が、ほんとうはもっと自分が望むように生きられるはずですよ~。何かが(コア・ビリーフなど)が現在の状況を生み出していますね。さて、境界線についてもっと知りたい方、またもっと自分が望む人生を生きたい方、今回も宣伝になりますが、ぜひセミナーにいらしてください! 詳しくはこちらをクリック→セミナー申し込み
2007年12月18日
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今回は、セミナーで公開カウンセリングさせて頂きたいようなご質問がいくつかありました。一つづつお答えさせて頂きますね。皆さんの温かいコメントのキャッチボールも大変嬉しいです!ありがとうございます!さてまず下記のコメントです。~そこでご相談したいのですが、思考が現実化してしまう、というところで、私には男性は浮気する、といったような恐れがあり、↑この恐れから、いろいろご質問すれば、この方のコア・ビリーフは見えてくるはずなんですね。例えば、「男性とは・・・・」のあとに続く言葉は何でしょう?「男性とは、自分に奥さんや彼女がいても別の女性をいつも見るものだ」「男性とは、一人の女性に落ち着かない」などなど、あとに続く言葉からなんとなく男性に対するコア・ビリーフが見えてきます。しかし、ちゃんと見つけるには、育った環境もお聞きしなければいけません。コア・ビリーフはたいてい育った環境のなかで生まれてくるものだからです。また、男性に対するコア・ビリーフだけでなく、自分に対するコア・ビリーフも関わって来ます。例えば、「私は注目に値しない」「私はたいした人間じゃない」などなど。たとえば、「私は注目に値しない」であれば、「私は、私だけに注目してもらえる価値がありません」と言っていることですから、結果他の人と彼の注目をシェア(?)することになりますね。「そんな人ばかりではない、する人はするし、しない人はしない」と思う一方で身近な男友達もしていたり、また女友達も不倫の相手をしていたりで・・・。以前有名なホテルでバイトしていた時も綺麗な女優さんの旦那さんが浮気相手と来ていたりで、「あんな綺麗な奥さんがいても浮気するのかー」と思ったりもしました。↑たとえば、「男性とは浮気する生き物だ」といったようなコア・ビリーフがあれば、無意識にその証拠探しを私たちはしてしまいます。そして、「ほら!やっぱり」とコア・ビリーフをさらに強めてしまうんですね。みんなやっています。もともと不倫、浮気の出てくるドラマなども嫌いで見なかったりだったのですが、(恐れもあったのでしょう)↑私たちが強く反応するもの(すごく嫌とか、すごく腹が立つなどなど)は、確実にそこに何かあります。で、その何かは、その方にワークしないと分かりません。コア・ビリーフかもしれませんし、満たされないニーズかもしれません。で、この「何か」が潜在意識にあり、何度も書いてきましたが、潜在意識のほうがパワーが強いので、結果としてそちらが現実となります。「私の思考が招いてしまったの?」と気にもなっています。↑そうとも言えますが、私たちは自分のなかの恐れやコア・ビリーフに従って行動してしまうものです。例えば「私は、注目されるに値しない」と潜在意識で思っていれば、良いなと思った人の前でどう感じ、どう振舞うでしょう? つきあいはじめてからも、どんな思考が横ぎり、そのため、どう行動し、どう振舞うでしょう?逆に「私は愛される価値がある。みんな私のことが好き」と思っていたら、どういう気持ちで、どう振舞うでしょう? 確実に二者は違うように感じ、違う振る舞いをし、違う雰囲気を相手に与えますね。この違いが違う現実を生むわけです。また、例えば「男性は浮気をする生き物だ」と思っていれば、男性を見るとき、その人のどこに注目するでしょう?「浮気しないだろう」という証拠を一生懸命見つけるかもしれませんね。つまり、「男性は浮気をする生き物だ」といった曇ったメガネで、ある点に集中してその人を見る結果、その人がほんとうはどういう人か見えなくなります。私たちは、自分の恐れやコア・ビリーフを通して世の中を見てしまうので、それが多いほど、現実が見えなくなります。この先、私の潜在意識の恐れを無くすにはどうしたらいいのでしょうか?↑ます、その恐れがどこから来たかを探り、そこを癒す(その思いや感情を解放する)ことです。で、これにはいろいろとご質問しないとコメントだけでは、残念ながら分かりません。(セミナーの公開カウンセリングでは、そこをやっていきたいと思っています。)満たされないから、埋める為に誰かを求める。満たされていれば、一人でも生きていけるような。男なんてもういらないってなっちゃいそう。男女が一緒になる意味や結婚て何なのでしょう?↑ははは! 確かに一人で生きていけますよね。男なんてもういらないと本当に思えれば、楽ですよ~。さて、ここで私たちが自分に問いかけたい質問が、男女が一緒になるのは、お互いが欠けているものを埋めあうためだけにあるのだろうか? そして、「私には、これこれが欠けています。あなたがこれを埋めてくれたら、あなたの欠けているその部分を私が埋めます」という関係が、私が真に求めている関係なのだろうか? という問いですね。もしそうだとしたら、自分が欠けているものを埋めてくれる相手であり、かつ自分がその人の欠けている部分を補えないとマッチングはうまくいきませんね。というのも、一言に満たされていないと言っても、なにが満たされていないのかは人によって違いますから。自分が満たされているということは、自分の中が愛で満ちているということですね。愛に満ちている人が、他者との関わりに興味を失うということはあるでしょうか? 人と関わりたくないと私たちが思うときは、必ず恐れがあります。で、愛と恐れは正反対のエネルギーですから、愛に満ちていれば、恐れが存在する隙がないですね。で、愛に満ちている人が独身で過ごそうか、結婚しようがその人の「好み」になりますが、もしその人が結婚をしたら?きっとはじめて純粋な人間関係を創造するでしょう。欠けたものを補い合うのではなく、1+1が2以上になる関係ですね。両者が相手に依存することなく、二人の愛のパワーが相乗効果となって人生を築きあげていく。こっちのほうがずっと楽しそうな気がしませんか?とはいえ、この状態になるのはなかなか長い道のりです。ある意味悟っている状態です。(もちろん、私も道の途上です。)ですから、ニーズを抱えている今の自分に優しくやって行きましょう! さて、ものすごく長くなりました。最後まで読んでいただきありがとうございます!もっと詳しく知りたい!という方セミナーにぜひいらしてくださいね~。こちらをクリック→セミナー詳細
2007年12月11日
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ロンドンの街は、すっかりクリスマスムードで一杯です。雑誌にも「おしゅうとめさんをあっと言わせるクリスマス料理」とか、「クリスマスをいかにストレスフリーで過ごすか」などの記事がにぎわい、イギリス人にとってクリスマスは、楽しいばかりじゃないようですよ~。さて、人の言葉はすべて「その人の意見発表」ということを皆さんは、まじめに考えたことありますか?たとえばある人がどこかで、瞑想のクラスに行った人がカルト宗教に入ってしまったという話を聞いたとします。で、その人の頭のなかで「瞑想クラス=あぶない」という図式が生まれたとします。で、もしあなたがその人に「今度、瞑想のワークショップに行く」と言ったら、その人はなんと言うと思いますか? そう、きっとこう言いますね。「あぶないかもよ。大丈夫? 瞑想のクラスに行って宗教に入っちゃった人がいるらしいよ」(意見発表)で、あなたのなかに不安が少しでもあれば、「危ないかも・・・」という言葉が大きく頭に残るかもしれません。でも、まったく不安がなければ「何言っているんだろう?」と素通りするか、「この人、怖がりさんなんだな」とか思うだけでしょう。反対に、自分が誰かに何か言うときも、自分では正しいことや事実を話しているつもりかもしれませんが、基本的に自分の経験や価値観に基づいた意見を言っているだけです。ほんとうにそれが真実かどうかはわかりません。ですから、もちろん私がブログや本に書いていること、セミナーなどで話すことは、ぜんぶ私の意見発表です。私の意見をみなさんがどう解釈するか、それをみなさんが取り入れるか入れないかは、まったくみなさん次第です。というか、私のコントロール外になりますね。ときどき(特にイギリスで)大きな声で言えば、相手が自分の言っていること(意見発表)を聞くと思っている人がいますが、声が大きくなるほど相手は耳をふさぐだけですよね。さて、話を戻して、他者の言うことはすべて意見発表なのですが、自分の中に不安や心の傷(以前のブログで書いたボタン)があると、私たちは傷ついたり、鵜呑みにしたり、振り回されたりします。例えば、「あなたは我がままだ」と誰かに言われたとします。自分に対して不安があれば、「あぁ、我がままって言われた! 私は我がままな振る舞いをしたんだぁ~~、どうしよう、どうしたら言われないだろう、言われない自分にならなくちゃ・・・」という流れになることが多いでしょう。しかし「あなたは~~だ」というのも、単純にその人の意見発表です。で、その人が神様でもない限り、当たっている可能性は未知数です。まぁ、当たっていない確立のほうが高いです。さて、例えば我がままといった場合、人によって「これが我がままだ」という定義がけっこう違います。以前に「自分の好きなものを言ってくれと言われたので、素直に言ったら、周りの雰囲気を考えていない、我がままだと言われた」というコメントも頂きました。例えば、「自分のことばかりではなく、他の人のことをいつも考えなさい」と言われて育っている人にとっては、「私は~~が欲しい」ということが、我がままだったりするわけです。ですから、自分が何が欲しいかはっきり言う人がいると、「我がままだ!」と思うわけですね。「お前はどうせ成功するタイプじゃない」「年取ってから後悔するから子供は産んでおいたほうがいい」「調子に乗ると人から嫌われるよ」「やりがい探しなんて贅沢言っていないで、仕事があるだけでも感謝しなさい」などなど人が言うことは、無数にあるでしょう。で、くどいようですが、ぜんぶ意見発表です。ですから、鵜呑みにする前に吟味する必要があるわけです。なぜこの人はそういうのだろう? この意見は、私の成長や幸せに役立つだろうか?そういえば、私が小学校3年生ぐらいのとき、近所の文房具屋から出たところ、知らない同年ぐらいの男の子に「お前、頭がでかくてよ、体が細くて、マッチ棒みたいだな」(かつてはすごく痩せていました)と言われました。そのあと私は大学生になって太りだすまで「自分はマッチ棒みたいだ」と思っていました。自分の容姿体型にぜんぜん自信がなかったので、すっかり信じていたのです。あぁ、あのとき誰かが、それはただの意見発表だよと教えてくれたらよかったのに。青春時代を無駄にした(←ウソ)。さて話を戻して、相手の意見発表に自分がすごく反応してしまうのは、ですから自分の中になにかあるからです。相手の発言が自分を怒らせたというより、自分の中の何かが怒りとなって反応したというのが正確ですね。反対に相手が「あなたは~~だ」「お前は~~だ」と言っても、基本的に自分と関係ないことです。誰かが「お前は、うすらとんかちで、醜い奴だ!」といっても、自分がそういう人じゃないとちゃんと分かっていれば、「あぁ、この人なにか怒りがたまっているんだな」と思うだけでしょう。とはいえ、なにか言われるとあわてたり、落ち込んだり、腹を立てる自分がいまだにいますが。しかし、こういったしくみが分かっていると、誰かに必要以上に腹を立てずに済む分楽だなと思います。さて、東京セミナーもお蔭様でそろそろ定員に近づいてきました。大阪セミナーはまだ余裕があります。ぜひいらしてくださいね~! セミナーにご興味がある方は、こちらをクリック→セミナー詳細
2007年12月04日
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