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秋も深まり、朝晩の寒さが身に沁みてくる今日この頃…寒がり屋のわたしは軽くて暖かいものが大好き☆今年のヒットはマイクロファイバー!マイクロファイバーの毛布も買ったし、マイクロファイバーのラグも。コレとっても快適~♪やわらかくて暖かいラグを買ったので、ついつい、お部屋の模様替えまで。昨日までのリビングとは全然違う雰囲気。こんなに広く使えるんダワ…その時は必要だったけれど、いまとなってはいらないものが、た~くさん。ポイポイと捨てる、捨てる。そして、広く明るく快適になったリビングは家族にも大好評。今となってはいらないモノ、習慣、考え…ソレはそのままおいて置けば、当然の如くにソコにあるまま。ほこりをかぶって、何かにまぎれながらもソコにあるまま。そうして、ドンドン狭くなり、乱雑になり、見たくないモノになり、知らんぷり。あ~ぁ…。いらないものを捨てたら、同じ部屋なのにすっかり様変わり。いらないものを捨てたら、こんなに広い。いらないものを捨てたら、こんなに快適。いらないもの捨てたら、大切なものが見つかった。わたしの中にあるさまざまな考えや思い込み所謂、“自分のジョーシキ”というやつも同じなんでしょうね。自分が大切にしているものもいらないものに紛れてしまってるかもしれないし。たな卸しってことでしょうか。
October 31, 2007
あの頃は幸せだった…あの頃はヨカッタ…そんな言葉を聞きました。幸せだったのは何故?ヨカッタのは何が?そのときのあなたって、どんなあなただったの?何を大切にしていて、どんなことを思っていて、どんなことが楽しくて、どんなことに夢中になって…そこにヒントがありました。ケド、それは過去を模倣するという意味ではありません。最悪なのは失敗することではない 前にうまくいった方法で仕事を無難にこなすことだ ダフティン ホフマン (大好きなはるさんのブログから拝借した言葉)そこにある“純なわたし”に出逢うって感じでしょうか?からだを持つわたし達は、過去や未来に移動できない。思考や感情は、勝手に未来や過去へ時間移動するけれど。いま、いま、この瞬間のみに存在できるってこと、ついつい忘れちゃうんですよね。いまの自分に気づいて純な自分に出逢い、自分らしく生きたい。そんなことを感じました。
October 30, 2007

昨日、あっちゃんの予備校のお昼用にお弁当を作りました。あちゃんの大好物をたくさん詰めて。そして、あんまりお天気がいいので、気持ちよくなってたくさんお洗濯をしました。シーツも、まくらカバーも・・・。 あっちゃんと二人で 風に吹かれながら、空を見上げながら通り過ぎる飛行機に「どこに行くのかなー」と 思いを馳せながら。そして、部屋に戻ると・・・・・・ももがあっちゃんのお弁当をたいらげてしまった後でした(爆)もも「あぁぁぁぁーーーーーーーももが食べたーーーー!」と、大声で叫んだ声を聞いて ももはスゴスゴとゲージの中へ・・その姿を見て、二人で顔を見合わせて大笑い。 いっしょに笑えるって、何だか幸せですね。今夜は、頂き物の干物いただきます(^ ^)(ももは大好物だろうケド、あげない)
October 19, 2007
潜在意識に“善・悪”とか、“正・誤”の区別はないと言われます。 当然ですよね。だって、善・悪も、正・誤も、人が決めたルールだし。国や人種、状況によって変わりもするし。 日本の常識は、世界の非常識!?みたいなことは、たっくさんありますものね。けど、潜在意識には、生き物としての「叡智」があり、「食って蔓延る」ために食べて、生きて、増やして、生きながらえて、伝える。そのためには、後からのルールなんて関係ないんでしょうね。。
October 18, 2007
「エニアグラム」以前から知ってはいたけれど、本を読んでも、いまひとつ理解できていなかったがーーー、今はとても興味を持って学んでいる。数ヶ月前に出逢った先生から、その奥深さを教えてもらったから。そして、昨日出逢ったタイプ8の方パワフルで、愛情深く、度胸も直感も並外れた方。人を愛し、周囲の人を大切にし、自分の大切なものを守るために一生懸命に生きてきた方だった。深い、深い、愛を感じた。タイプ8のコントロールは否定できないものの家族や親族の幸せを願う気持ちは、全身から溢れていた。タイプ8の深い愛がコントロールに走らせるのか?その愛ゆえに、強くなれるのか?自分を犠牲にしてまでも愛そうとする深さが、見返りを求めてしまうのか?いずれにせよ、その方は深い愛を周囲に与え続けておられます。まずは、ここまで。これからどう変容されるのか?それとも、何も変わらないのか?いずれにせよ、お付き合いは始まったばかりです。
October 17, 2007

誰かに応えようとして生きているとどこかで自分を見失いそうになる。 ほかの誰かじゃなく、自分に応えて生きていきたいと思う。そう・・自分に正直に。 自分を見失いそうになったらほかの誰かに応えようとしている自分に気づくチャンスかもしれない。 きのう見た、三千院の阿弥陀三尊像阿弥陀様は微笑んでおられた「なぁ~んでも、知ってるよ」と。
October 16, 2007
わたしは 生まれてきているわたしは 生きている生きているということは 息していることそんな単純なことではないと言われるかもしれないけれど息をしていることこそ 生きている証だから たくさん息をすると からだ中に空気が満たされて細胞のひとつひとつに 行き届いて イキイキとなってくるのだと思うたくさん 呼吸しましょいっぱい 呼吸しましょ人は生まれてくるときに息を吸って 死んでいくときに息を吐くのだそうです吸うとき 生きるチカラを取り込んで吐くとき 色々なものを手放していくのでしょうか?手放せないものが増えると 呼吸が浅くなるのでしょうか?拘ることが増えると 呼吸が浅くなるのでしょうか?深い呼吸をすると 深い魂に出逢っていくとも聞きます深い呼吸をすると 自分の中の宇宙に出逢っていくとも聞きます この命一つ・・・それを懸けても 守りたいものそれは お金でも 仕事でもなく 子ども達わたしがこの世に送り出した子ども達けど 何にも出来ないの 何にもできない何かをしようとすることは 彼らの力を奪うことになる何かを与えようとすることは 彼らの力を奪うことになる(求められたら 応じちゃうけど・・・)ただ ただ 見ているだけ・・・なんだけど深い呼吸とともに 彼らの「いま」を見守りたいと思うだからこそ 人間臭く 生きていこうと思う自分らしく 生きて行こうと思うそれが彼らに対しての 最大の贈り物かもしれないそんな気がしている
October 13, 2007
今朝 ひんやりと肌寒く感じる風に 吹かれながら空を眺めていました 娘や夫は まだ床の中 わたし ひとりで眺めていました 孤独とは何だろう・・・一昨日の夜辺りから 考えていましたわからないままですが 「孤独」とは 否定されることだと感じるのでしょうか? まずは 人から受け入れられないことから「孤独」を感じ人から受け入れられない自分は 存在を受け入れられないことのように思える? そして いまの自分が否定されるかのように存在する価値がなくなるかのように 思えてしまうのでしょうか? 【自分は何者だろうか?】 見失ってしまうのでしょうか? 「アイデンティティ」の崩壊?存在価値が無いとまで 思ってしまうことは とても恐いこと それが「恐れ」につながっていくのでしょうか?その恐れを克服(誤魔化し?逃避?)するために それぞれの特徴を持って自分の存在を 確認とか 確立しようとするのでしょうか? それは家族間や 夫婦間でも 起こっているのかもしれない気がしました 例えば 仕事での成果に拘る男性諸氏自分を確立できるステージが 仕事場だとすると 仕事で成功や 出世 お金を稼ぐ などの結果を 出すことで 自分を肯定されている 存在できるってことになっているのかしら? そして女性は愛する男性 愛する子ども達から 愛され 尊重され 認められてこそ肯定されている(受け入れられている) 存在できるってことなのかしら? 「孤独」から解放されたくて 「孤独」じゃないと 思えることで 生きていけるのでしょうか?「孤独」じゃないと 思えたときに 真の自分に帰することが出来るのでしょうか? ビジネス「うつ」も こんなことが絡んでいるように感じました うまく表現できませんが こんなことを考えた朝でした
October 12, 2007
朝 庭に出て洗濯物を干してると 金木犀のかおりが漂ってくる 娘達は この金木犀の香りが大好きだという それは 亡くなった父が大好きだった香りで 今頃の時期には 毎朝の散歩のときに 摘んだ金木犀の花で 手の平いっぱいにしてくれたからだろう 父との散歩から 戻った娘はとても嬉しそうにはしゃいでた 今日は 父の誕生日 亡くなって14年経つけれど やっぱり家族 金木犀が香ると 父を思い出す 今夜は 父が好きだった「すき焼き」にするか。。。
October 10, 2007
昨日の夕方 嵐山を娘と夫とウロウロ向こうから 真っ黒なラブラドール・レトリバーを散歩させてるお嬢さんが歩いてきた そのわんこは漆黒の毛がツヤツヤとして引き締まったボディ 精悍な顔つき まだ若いのだろう 顔をキリッとあげて 堂々と歩いていた その子が立ち去った数分後同じラブラドール・レトリバーを連れたおじさんがやってきた 色も同じく黒だったけれど、さっきの子よりは年をとっている様子で トボトボ・のそのそ歩く毛並みもつやつやといかないし からだもぽっちゃり型 わたしの前を通り過ぎる瞬間に わたしは比べていた そう、さっきの子の方が毛並みもイイしからだも引き締まっているし堂々としているし・・みたいなことを 品評会でもドッグコンテストの審査員でもあるまいし誰も「比べてください」なんて言っていないのに 比べなくても 自分が気に入っていればOKなら・・・それでいいのになんで比べるんだろ? 人に見られる自分を意識するからなんだろうな自分もそんなところを見ているから人もそんなところで判断するって思うんだろうね 通り過ぎるおじさんはトボトボ・のそのそ歩く ソノ子の歩調に合わせてゆっくり歩いていた時々 愛しそうに頭を撫でながら
October 9, 2007
優しいわたし キツイわたし 素直なわたし へそ曲がりなわたし 笑うわたし 怒るわたし 誤魔化すわたし 詰め寄るわたし 逃げるわたし 追うわたし ・ ・ ・ ・ ・ どの私も 「わたし」なのだと思っているし どの私も 「わたし」なのだと思って欲しい 私にとって 受け入れやすい部分だけが 「わたし」なのではないし あなたにとって 受け入れやすい部分だけが 「わたし」だと言わないで欲しい そして わたしにはまだまだ余白がある そして あなたにもまだまだ余白がある 今の 「私」が わたしの完成型ではないし 今の 「あなた」が あなたの完成型ではないから そんな会話を交わした 一昨日の夜 そして 昨日のあなたの微笑みは温かかった…
October 4, 2007
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