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ランニング桜島から1週間。またまたハーフを走りました。しぶしポートマラソンという名のとおり、港近くを往復するコースで、平坦で走りやすいので記録も出るのでは、ということで、はじめて申込みました。それに、じつは、この志布志市ととなりの大崎町は、一般廃棄物において5年連続日本一のリサイクル率を誇る市と町(志布志市が市として全国一のリサイクル率75%以上、大崎町は全市町村で一番、80%を超えるリサイクル率)なので、ぜひ調査をしてみたいということもあり、日曜日にマラソンを走ってそのまま滞在し、月曜日、志布志市の環境政策室への聞き取り、そおリサイクルセンターなどへの現地調査に行きました。この調査もたいへん有意義でした。「焼却しないこと」と「市民の主体的協力」、これがカギ。環境学会で発表したいと思います。さて、ハーフマラソンの方ですが、研究紀要の論文の締切が重なり、ランニング桜島後のこの1週間でたった1日だけ(約15km)走っただけで、トレーニング不足。申し込む時は、記録を狙ってチャレンジしたのですが、半分記録は諦めて、無事完走できればいいぐらいに思って走り始めました。当日は快晴。菜の花マラソンはもちろん、ランニング桜島と比べても、参加人数は圧倒的に少なく、しかも広々した見通しの良い平坦な道路を2往復するコース。1km4分30秒ペースで前半を走るも、途中苦しくなってペースが落ち、だいぶ抜かれました。けれど、しばらくすると回復、それからは前半よりも調子が上がり、残りの5kmぐらいでけっこう前のランナーを抜いてゴール。1時間37分41秒と、ランニング桜島の記録をさらに2分ちょっと更新しました。次走るのが確定しているのは、6月1日第23回 阿蘇カルデラスーパーマラソン。毎年どうしようか迷いながらパスしていた大会。距離は50kmと100km。ウルトラマラソン初心者ということで、いきなり100kmは不安、ということで50km挑戦するということで申込みました。その前に5月4~5日に、長崎橘湾岸スーパーマラニック273春のステージというのがあり、173km(4~5日)、80km(5日)、55km(5日) の3コースがあります。いずれも長崎市内を出発し、島原半島の小浜温泉がゴールというコース。とくに173kmというのは2日がかり、徹夜で走るというもの。しかも、このレースは秋に行われる273kmのレースの参加資格になるということ。いくらなんでも無謀だという気持ちもあるけど、気の遠くなる距離に一度は挑戦してみたいという思いがふつふつと湧き出てきて、迷ってます。
2013.03.06
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久しぶりの更新だけど、またマラソンのこと。昨日は、第33回ランニング桜島。5km、10km、ハーフマラソンとコースがあるけど、ずっとハーフマラソンを走っています。自己記録は1時間33分28秒。今回の目標は、(1)(すごくむずかしいと思うけど非常にうまくいけば)1時間30分を切ること、(2)(むずかしいけどうまくいけば)自己記録1時間33分28秒を更新すること。(3)(最近結構練習できてるし、普通にいけば大丈夫なはず)1時間40分を切ること。の3段階。最低でも、(3)だけは達成しておきたい。天気がよく、やや肌寒いとはいえ、暑すぎるよりはむしろマラソン日和。いぶすき菜の花マラソンの教訓で、早めの準備、早めの出発が大切と考えて、余裕を持って桜島フェリーに乗る。いつもランニング桜島当日朝のフェリーは満員だと思っていたが、7時すぎに来たらそれほどでもない。何だ、いつもギリギリだったから混んでたんで、もうちょっと早く来ればよかったんだと知った。じつは、うちの長男も走るといってエントリーして親子で走る予定だったが、子ども劇場のミーティングが早まったから行けないということになって、一人で参加ということになった。一応走らなくても、記念Tシャツと熔岩焼きなどの記念品に、食事券、温泉券がもらえるので、レインボー桜島のマグマ温泉に2回入るのはバカバカしいけど、食事券の方は、昼飯食った上に、からあげかたこ焼きか、お土産になるものを持って帰ろうという貧乏臭い考え(貧乏だから当然だが)が頭によぎった。今考えると、マグマ温泉から桜島ユースホステルや高齢者福祉センター桜島の温泉へのはしごもできたということに気づいたが、実際そこまでするのもかえってたいへんだ。早く来たので、準備も余裕を持ってできた。ゼッケン付けやシューズへのチップ付け、トイレなども早々と済ませ、一応の準備運動をして、いつもは出たことのない開会式にも出た。オーストラリアゴールドコーストマラソンにペアでご招待(3泊4日ということは旅行代金30万円ぐらいにはなるかな?)の抽選があり、呼ばれたら1分以内に舞台まで来ること(つまり抽選会場にいること)の条件付き。この日は、3人目まで不在、4人目の方がこれをゲットした。会場にいると、当たってるのにみすみす逃すとはもったいないと感じた。まさかとは思うが、今までもしも自分があたっていたとしたら、もったいないことをしていた。これからは今日と同じように早めに来ようと心に誓った(誓うほどのものでもないけど)。さて、肝心のレースだが、今回もスタートからあまり飛ばしすぎないように少しだけ後ろに位置をとる。2,30秒のロスはあったが、とくにスタート直後はたくさんの人を抜いていくので気分がいい。5kmすぎると、ほかの人とは抜いたり抜かれたりという、この辺が自分の居場所か、と思うような位置に来る。2km地点で9分5秒、4kmで18分7秒と、5kmで22分38秒とほぼ4分30秒ペース。このままいくと、20kmで1時間30分、21.0925kmだと1時間35分前後だなと頭に浮かぶ。少しペースを上げないと、(1)(2)の目標は達成できない。抜いていくランナーについていく作戦に出ようかと考える。2,3人の女性ランナーについていこうと思ったが、少しペースが早すぎるので、ついて行った反動でかえって苦しくなってしまった。数人にごそっと抜かれたあと、このままずるずる下がるのは嫌だなと思っていたら、安定したフォームで走る私より年配の男性ランナーに抜かれたので、そのおっさんランナーについて行ったら、それほど無理なくつける。1km4分40~50秒前後のペースだったが、その時点での私にちょうどいいペースで、その後はあまり苦しい思いもせずに、余裕を持って淡々と走ることができた。10km46分10秒。15kmすぎた付近からおっさんランナーのペースが少し落ちてきたので、ラスト4kmほどの長い下り坂に差しかかったところで、おっさんを抜いて、ちょっとだけペースを上げる。いつもは苦しくてどうしようもなくなるラストも無理をしていないので、それほど苦しくもなく、さらにペースを上げていくが、まわりの他のランナーもけっこう早く、ある程度は抜いたが、私を抜いていくランナーもいる。で、最終的には、下の完走証のとおり、記録は1時間39分30秒。第3目標である1時間40分を切る、という目標をぎりぎり達成。総合順位は284位/2445人中、部門順位は41位/388人中(50歳代男性)でした。まあこんなもんか、もうちょっと速く走れたかな、という思いを持ちつつ、勝手にペースメーカーにさせてもらったおっさんランナーに感謝、自分にちょうどいいペースメーカーを見つけるのは大事だなと思った。レース後は、マグマ温泉(少し早かったので、こちらもあまり待たずに入れました。また、温泉の方もノウハウを蓄積し、今までよりも人数管理がしっかりしていて、それほど混み合いもせずにゆったりと入れた)に浸かり、からあげを手土産に気分よく帰宅しました。
2013.02.24
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1月13日、第32回いぶすき菜の花マラソンを走りました。この数日間ずっと晴れてたのに、レース直前から雨模様。一応余裕もって行ったつもりだたんだけど、いつも体育館の中で着替え、荷物置き場にするのに、雨模様だからか早くもいっぱいになっていて、仕方なく屋根はあるけど建物の外側のところに荷物を置く。手がかじかんで、安全ピンでゼッケンをつけるのにうまくつけられなくて手間どった上、安全ピンひとつ紛失。大会本部に取りに行く。トイレも満員で、結局スタート地点に行くのが遅れて、目標タイム(3時間45分に設定)スタート地点よりもずいぶん後方からスタート。ということで、なんてついていないんだろう、と思いながらスタートしました。スタート地点まで行くのに、2分15秒かかったけれど、満員電車のような大集団の中で思うようにスピードを上げられなかったのがむしろ功を奏したようです。今年はいつもに比べて、けがにも悩まされず、直前3ヶ月は週3~5日走れて例年になくトレーニングができたので、ここ数年4時間超えていたけれど、今年は久しぶりに3時間台が出るのではと少しは自信がありました。ただ、もっと自信のあった阿久根ボンタンロードレース(ハーフ)で1時間30分切るのを目標にして最悪1時間40分は切ろうと思っていたのに、最初飛ばしすぎてばててしまい、最後失速して結局1時間43分かかってしまいました。また、その後この菜の花マラソンまでの約1ヶ月の方が練習量も少なく、体調も万全ではありませんでした。最初ついつい飛ばしすぎて後半歩くパターンばかりだったし、練習で、同じスピードでもストライド伸ばすよりピッチ走法の方が後半疲れないことがわかったので、とにかく余裕があっても歩幅はあまり伸ばさないでピッチを上げるということを言い聞かせながら、前半走りました。10kmで53分、20kmで1時間43分と、スタートの2分ちょっとの遅れを考慮すると、1km5分のペースを正確に刻んでいて(実際にはかなりの上り下りがあるので、スピードも変化しているのだけれど)、しかも息苦しくない。22.5km地点から約5km続く長い上り坂、フラワーパークの先の坂のピークのところで限界に近づいたが、とにかくしのぎきって30kmで2時間37分。上り坂では歩くようなスピードに落ちたが、それでも自分の意識としては走れているし、下り坂から平坦なところではスピードをあげられているので、これは行けるかなとの感触。山川港からの最後の長い上り坂、いつも山川駅の前から歩いてしまうのだが、ここもエイドステーションで立ち止まるだけで、なんとか乗り切りました。指宿市街地に入って最後の約5km、呼吸は苦しくないのでもっとスピードを出したかったけれど、さすがに足の方が限界でスピード上げられず、女性ランナーも含め、ゴール直前でまとめて抜かれたけれど、3時間48分55秒でゴール。いぶすき菜の花マラソンでの自己最高記録でした(遠い昔、30歳代の頃、3時間30分台で走ったことがありますが)。30km以降は1km約6分にペースは落ちたけど、歩かなかったのははじめて。悪天候で途中雨や風が強くなったりしたときもあったけど、適度な湿り気で最後まで息苦しくならなかったし、いつもはパンパンになる足の筋肉も雨で冷やされてなんとか持ったのかもしれません。とはいえ、やはりいつもより準備ができて、気持ちを前向きにして走れたのが「災い転じて福となす」となった原因でしょう。レース中、調子良く走れているときにエイドステーションでとったのは、ほとんどスポーツドリンクとバナナだけ。いつもレース後半で歩いたりしてるところで味わうぜんざいや甘酒、かつおの腹皮も、今回は元気に走れていたのでいただきませんでした。ただ、上り坂でばてていたとき、えんどう豆のスープ、それから飴をいただき、なぜか急に元気が出て無事回復、助かりました。レース後も雨が降り続き、靴下を脱ぐのも履くのも手間取ったり、雨でそばやぜんざいをゆっくり味わって食べたりできず、また温泉にも入る気になれず、そこはちょっとつらかったけど、それでも気分よく帰ることができました。
2013.01.13
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2010年2月28日(日)、桜島で1日過ごしました。まずは、「第30回ランニング桜島」のハーフマラソンに出場。これで連続5回目のエントリーながら、一昨年は福岡ソフトバンクホークスの大ファンである長男(私は東京ヤクルトスワローズのファン)の要望を受け入れて、当日、宮崎であったジャイアンツ対ホークスのオープン戦をいっしょに観戦に行き、昨年は風邪を引いたため、2年連続不出場でした。4年前、体調不十分で後半バテまくったのですが、とにかくペースを落としつつも粘ってゴールまで走りぬき、1時間47分台。3年前はトレーニング十分で臨み、後半も苦しみながらペースをほとんど落とさず全力を出し切り、1時間33分7秒でゴール。30歳代の時の記録に迫り、やればできることを実感しました。3年ぶりの出場となった今年ですが、じつは1月10日の「いぶすき菜の花マラソン」でフルマラソンを走って(走ったといっても、後半歩いて4時間39分台)以来、一度もトレーニングしていなかったのです。走れる時間がまったくなかったわけでもなかったのですが、最後の方は、実験的にまったくトレーニングをせずに走ったらどうなるだろう、ということを試してみたかったということもあって、走りませんでした。しかも、前日27日(土)、ご夫妻ともにお世話になっている(鹿児島県立短大学長就任にともなう)種村先生の鹿児島大学での最終講義と退職記念懇親会のあと、2次会、3次会までつきあって、午前様になってしまい、家に帰り着いたのが2時過ぎ、就寝時間は3時ごろ、ということで、明らかに睡眠不足でした。朝、「本当に走るの? 大丈夫?」と心配する妻に、ペースを落として無理しないようにするからといって、朝7時半すぎ家を出ました。桜島フェリーが出ている鹿児島港北埠頭の桜島桟橋に8時ごろ着くと、このレースに参加するランナーであふれかえっていました。そのまま満員の桜島フェリーに乗り、しばらくすると光り輝く朝日を背にして、最近では珍しく噴煙を上げていない桜島の姿が、見る見るうちに大きくなってきます。15分ほどで桜島港に着くと、徒歩10分弱で桜島多目的広場にある桜島総合体育館に到着。体育館でゼッケン等を受け取り、シューズにタイムを記録するタグをつけ、Tシャツにはゼッケンをつけ、準備OKです。トイレも済ませ、ウォームアップをして、スタート地点に向かいます。スタートが近づいてきたところで、水分補給を忘れたことに気づきましたが、時すでに遅し。すぐに10時ちょうどにスタート。いつもより遅めのペースに心がけて走り始め、5kmすぎから設置されたエイドステーションがあるたびに、給水を十分にして何とか遅めのペースを保って16km地点のフェリー乗り場までたどり着きました。ここに家族が応援に来てくれているはず。11時前後になるといいながら、だいぶ遅れて11時20分ごろになってしまったなあと探しながら走っていると、妻が一人でこちらに気づかないで、一生懸命私を探している模様。しょうがないので、立ち止まって大声を出して呼んで、ようやく気づいた様子。出てきた言葉は「子どもたちがどこに行ったかわからないの。」「ああ、いつもと同じだ」と思いながら、何か走りつづける気力が失せてしまい、歩き始めたら、「何歩いてるの?」と聞き覚えのある声。自転車に乗った子どもたち二人が笑いながら、こちらを見ていました。「スタミナ切れだよ。無理しないことにしたんだよ。」と言い訳をしつつ、「お母さんは、この先のフェリー乗り場で待ってるよ」と連絡してあげました。しばらく歩いていると、回復してきたので再び走りはじめるけれども、それも長く続かずまた歩いてしまい、何回かそれを繰り返しているうち、あと2kmほどになってようやくこのまま最後まで走ろう、という気になり、走り続けてゴール。2時間05分28秒の自己最低記録。しかし、無理しなかったので、全力を出し切った4年前、3年前に比べると、あまり疲れていない気がしました。来年どんな状況になっているかわからないけれども、少しはトレーニングしてコンディションを整え、せめて2時間は切ろう、できれば1時間33分の自己記録に迫りたい、と決意を新たにしました。なお、後から知ったことですが、この「第30回ランニング桜島」の10kmには、リサ・ステッグマイヤーさんが走っていたようです。ゴールして昼食をとろうと、昼食券を持って広場に設けられたいくつかある出店のうち、ラーメンの前で並んでいると、妻が「子どもたちがまたいなくなっちゃった」と声をかけてきました。あの後すぐに合流し、レンタサイクルを借り、自転車で桜島を走ろうということになったのですが、どうもうちの子どもたちは、後ろを見ないでどんどん行ってしまうらしいのです。妻はとてもついていけずに、待ってといっても先に行ってしまうので、結局わからなくなってしまったようです。総合案内所で呼び出してもらおうと係員の方に事情を話して準備をしてもらい、これからアナウンスという直前に、妻から子どもたちが見つかったと連絡がありました。お互いにいいあいをしながら、子どもたちは昼食の弁当とパンを食べました。この「第30回ランニング桜島」にあわせて、以前このブログでも紹介した上野由岐子の人生を変えた人、旅の詩人の須永博士(すなが ひろし)さんが、来年桜島に新たに須永博士桜島美術館を開くということで、建設予定地であるフェリーターミナル近くの桜島レストハウスで展覧会を開いていました。その様子は2010年2月28日付 毎日新聞鹿児島版にも紹介されています。また、須永博士美術館スタッフブログには、そのことだけでなく、ランニング桜島の様子もくわしく掲載されています。どんぐりの先生たちと行って、ひとしきり話をしたのですが、須永さんはサービスで長男の俊介にメッセージを書いてくださいました。また、次男の浩樹には須永さんの描いた絵はがきをいただきました。本当にありがとうございました。その後、妻はどんぐりの先生たちといっしょに鹿児島に先に帰り、子どもたちと私の3人で「ふるさと温泉」に自転車で向かうことになりました。自転車で桜島一周を経験し、自信のある長男が行ってみたいということで、島の西部にある桜島港地区から南部の「ふるさと温泉」まで島をちょうど4分の一周することになり、少々遠いけれども、私も「ふるさと温泉」に入ってみたかったので、がんばることにしました。途中には、2004年8月21日(土)に長渕剛がオールナイトコンサートを開催したオールナイトコンサート記念モニュメント長渕剛「叫びの肖像」がある赤水展望広場や、ふだんは水が流れず、雨が降ると桜島の土石流が流れる野尻川などを通っていきました。しかし、行きは予想以上に起伏が激しくて、坂を登るのがきつく、次男が音(ね)を上げて帰りたいといい始めました。あと少しだからとなだめ、上り坂は無理せず自転車を押して歩いて登るということで、また走り始めました。そして、1時間近くかかってようやく午後4時すぎに「ふるさと観光ホテル」に到着。目的の「龍神露天風呂」に入りました。南に広がる錦江湾から、さらに遠く太平洋を望むことのできる海岸沿いに、龍神が棲むという樹齢ニ百有余年を超える巨木赤禿(アコウ)の樹のからまった根のもとに湧く「龍神露天風呂」。龍神様が祀られている湯に、白い浴衣を着て、男女混浴で入ります。子どもたちは、湯の中にもぐったりして、楽しんだ様子。私も錦江湾からその先の太平洋へと続く雄大な景色とあたたかな湯に、心地よい時間を過ごしました。その後、大浴場で体を洗って、風呂から上がったのが午後5時半ごろ。帰りは、スムーズに進むことができて、40分ほどで桜島港に到着。子どもたちは自分の自転車ですが、私はレンタサイクルだったので、手続きをしている間に、子どもたちの乗ったフェリーが出てしまい、私は次のフェリーに乗ることになりました。帰りのフェリーで、桜島をふりかえると、桜島の上を満月がのぼっていました。鹿児島港北埠頭では、妻が私たちを待っていて、ドルフィンポートで夕食をとりました。入った店は、「奄美島料理 新穂花(あらほばな)」。注文したのは、奄美の伝統料理鶏飯(けいはん)と油ソーメン。午後7時半からは、島唄ライブがはじまり、楽しいひとときを過ごして、家路に着きました。朝から桜島三昧(ざんまい)で過ごした1日、体力的にはきつかったですが、楽しく充実した1日を味わいました。
2010.03.01
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昨日2月21日は、次男の9歳の誕生日でした。私が鹿児島に来て以来、ずっと懇意にしてくださっている職場の先輩の奥さんが、手作りのケーキを作ってくれました。とてもおいしかったです。昨日の午前中は、どんぐりのいえであった、ドイツ・シュトゥットガルトにおいて教育関係で活躍している仲正雄氏の講演会に参加。「声には、反感を呼ぶ声と共感を呼ぶ声がある。」「声が人に伝わるかどうかは、音量ではない。」などを実際にやってみせながら話しました。とてもあたっているような気もするし、ちょっとそれは本当かという部分もありますが、「真偽はともかく」たいへん面白い講演でした。午後は、昭和28年につくられた映画「蟹工船」を観ました。小林多喜二原作の「蟹工船」、小説は若者を中心にブームだということですが、映画の観客の年齢層はずいぶん高かったですね。監督は出演もしている山村聡。後年の山村聡しか知らない(知っているだけで年がわかりますが)私には、新鮮でもありました。蟹工船に集められ、あまりにひどい労働環境に労働者たちは団結して立ち上がるのですが、会社が呼んだ海軍に多くの者が無残に殺されるシーンでそのまま終えた映画に、会場はしばらく凍りついたような雰囲気でした。「正義は必ずしも勝つわけではない」現実のもとで、それでも立ち上がり闘いつづけるのはたいへんだなあ、ということ、この蟹工船と似た状況が現在起こっていること、心はますます暗くなりますが、その現状を認識して、地道にかえていくしかないのだろうと思います。新たに蟹工船の映画がつくられているようなので、どのように描かれているのか、それも観てみたいと思います。ところで、本日はランニング桜島。風邪はあとちょっとというところまで来ているのですが、しかし完治していないのも事実。妻に相談したら、やはりダメという返事が返ってきました。思い起こせば、昨年も宮崎にキャンプに来ているソフトバンクホークスと巨人とのオープン戦と日程が重なり、それをぜひ観に行きたいという長男の要望を受け入れて、申し込みながら欠場しました。二年連続欠場はつらいところですが、来年こそは体調万全で出場できるようにしたいと思います。せっかくですので、Tシャツ等の記念品だけもらいに、これから桜島に行きます。
2009.02.22
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異常に暖かい日が続きますね。もう春たけなわという気温。外にでても、コート要らず。そして、外出してわが家に入るともう暑いくらい。OMの設定を「ソーラー」から「涼風」にかえようか、という冗談も出るくらいです。しかしながら、「ランニング桜島」のハーフマラソンまであと1週間というのに、風邪が抜けません。体温も平常、鼻水などもほとんど出ないのですが、咳が出ます。昨夜も、コンサートに行きましたが、演奏中咳を我慢するのに苦労しました。トレーニングはできていないけれど、レースを走り終えた後の国民宿舎「レインボー桜島」の「桜島マグマ温泉」のいかにも鉄分含んでますよという赤っ茶けた湯に入るのも楽しみなので、無理やりにでも直して、レースには出たいと思います。
2009.02.13
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いぶすき菜の花マラソンの話題の続編です。まず、飲食について。今年のいぶすき菜の花マラソンの公設、私設のエイドステーションで飲食したものはというと、水、スポーツドリンク、オレンジジュース、かつお茶ぶし、ソラマメのスープ、バナナ、さつまいも、みかん、りんご、氷砂糖、黒砂糖、おにぎり、レモン、キンカン、ミニトマトなどでした。他に飴玉・キャンディとあられももらったけど、走りながらは食べられず、ポケットに入れてゴールしてから口にしました。ぜんざいを出してくれているところもあったけど、足の状態が回復して再び走り始めたところでもあり、レース中立ち止まってまで食べる余裕はありませんでした。さすがに、特産品の一つ、いも焼酎出してくれるところはありませんでしたが、食い地のはっている私は結局何やかやと口にして、ゴールしたときにはやや満腹状態でした。とはいえ、ゴールしたら、競技場ですぐスポーツドリンク、そのあとかつお茶ぶしをいただくのが恒例。今年もいただきました。そして、着替えたあとは、無料引換券で、うどん・そば、おにぎり、ぜんざい、さつまいもをいただきます。いつもは、すべて食べきるのですが、今年はお腹いっぱいで、うどんとぜんざいだけいただき、おにぎりとさつまいもは持ち帰りました。この日、主催者が用意した食材は、うどん・そば17500食、ぜんざい17500食、さつまいも7トン、菜の花の漬物1.5トンだそうです。たしかに今年は参加者に配られるさつまいもの一人分の量もいつもより多かったように思いましたが、農家や農協からよりたくさんの提供、協力があったのでしょうか。ここで出されたさつまいもやいたるところに咲いている菜の花を、バイオマスエネルギーにすると、どのくらいになるのだろうというようなことを考えました。ところで、今回の私は身体的にも精神的にもわりと快調に走ることができました。それは、二つの秘密兵器(?)のおかげです。ひとつは前回紹介したアンダーアーマーのシャツで、身体的に汗びっしょりにもならず、気分よくいけました。そして、もうひとつは、ウォークマンNWのスティックタイプの奴です。最近、iPodとうり二つのタイプのものを出していますが、それではありません。子どもに買ってやったものを借りたのですが、音楽を聴きながら走ることで、精神的にも爽快に走ることができました。どんな音楽を聴いていたかというと、ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、イーグルス、エンヤ、中島みゆき、石川優子、ビギン、kiroroなどです。年相応のものしか受けつけませんし、中島みゆきなんか聴いて暗くならないかとも思う人もいるかもしれませんが、これらのアーティストの曲がとにかく好きなんです。私の青春の思い出なんです。聴いてて気持ちいいのです。だから元気出ます。ふだんはクラシックやジャズもよく聴くけど、レースでは上記のロック・フォーク・ポップス系にしました。この中では非常に若いkiroroも、おとといだったかNHKのSONGSに出演していて、ふたりともいいお母さんになってきていますね。千春さんのかすれた声が少し痛々しいけど、これでもようやく歌えるところまで、のどが回復したということでしょう。どのくらいの人が音楽聴きながら走っているのかなと、今年初めて他人の耳のあたりに注目していたら、けっこう聞いている人多いですね。今年もタイガーマスクに阪神のハッピ着てメガホン持った人が走っていました。この人、だいたい私と走力が同じくらいなので、レースで走っていると必ず出会うのですが、今年は調子悪かったというか、オーバーペースだったようで途中からスピードが落ちて、私は15キロ地点あたりで抜いていきました。でも体の大きな全身タイツ姿の別のタイガーマスクに、歩いているときに抜かれましたが。ほかにはウルトラマン(の格好で走っている人)はじめてみました。着ぐるみ系では、牛さんが圧倒的に多かったです。今年の干支(えと)だからですかね。以前、家族がせっかくゴール前で応援してくれたにもかかわらず、私の姿を見落としてしまいました。派手な色の服を着るなどして、もっと思い切り目立つ格好をしてくれなくてはわからないといわれて、バットマンかスーパーマンあたりの格好をしようかな、とも思いましたが、いまのところその勇気はありません。大会スタッフ1200名、その他のボランティアも含め2000名、そして周辺の住民の方々の応援やもてなしなど、多くの人たちに支えられて走ることができます。温泉街指宿で観光客の少ないこの時期に何かいいイベントはないか、ということで第1回は300名の参加者で始まったこの大会、第28回となった今回は、フルと10kmあわせて18000名もの参加がありました。せっかく800万本も植えられた菜の花の有効活用(食材+バイオマスエネルギー)も含めて、これからも続いていってほしいものです。
2009.01.14
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さっきまで、高校サッカー決勝戦テレビ観戦してました。地元の鹿児島城西応援していましたが、残念でした。高校サッカーを見るのは今年初めてですが、あまりにも大迫勇也君の活躍がすごいということで(野村君はじめ他の選手もすごいのですが)、それに注目しながら見ていました。広島皆実はサッカーうまいですね。守備と攻撃のバランスがいい。残念ではありますが、今日の試合では、鹿児島城西の攻撃サッカーを上回っていましたね。さて、昨日のいぶすき菜の花マラソン、800万本植えられているという菜の花の中を走ってきました。その結果報告です。4時間9分4秒で、総合順位は15188人中1555位でした。いろいろと書きたいことがあるけど、今日は自分自身のレースのことだけにしておきます。第一目標は3時間40分でした。練習で1キロ5分のペースで3時間ほど走り続けられたので、そのペースで行けば、10キロ50分、40キロ3時間20分、42.195キロ3時間30分ちょっと、後半ペースが落ちるのを極力防いで3時間40分でゴールという目論見でした。そしてペースが極端に落ちてもなんとか走り続ければ、4時間以内にはゴールできるだろうと考えました。天候は寒くて雨も降るかもしれないという予想を裏切り、最適でした。気象条件は、午前9時現在で、天候くもり、気温9℃、湿度45%、風向き西南西、風速3.6mとあり、気温も寒すぎず暑すぎず、ちょうどよかったです。前日、今年は寒いので長袖シャツを着なければと思いましたが、適当なものが見つからず、スポーツ用品店に買いに行くと、アンダーアーマーのパワーシャツがいいと薦められました。寒さ対策だけでなく、たしかに汗がすぐ乾くのならよさそうだと思いましたが、ちょうどよいサイズがなく、野球用でもマークの位置がちがうだけで中身はまったくいっしょということで、野球用のアンダーアーマーのパワーシャツ購入しました。結果的に正解だったです。これからはおそらく、いつもこれを身につけて走ることになるでしょう。私自身のレースについては、5キロ、10キロ地点がよくわからず通過してしまいましたが、15キロ地点で1時間15分、中間点で1時間45分と前半のペースは思い描いたとおり。しかし、30キロすぎに、左ふくらはぎがピクつきはじめ、両腿も痛くなってきて、ペースが落ちはじめました。それでも33キロ地点で3時間10分ですから、何とか走りきれれば4時間をきれるとは思ったのですが、一歩進むたびにふくらはぎがピクピクしはじめ、右のふくらはぎも同じような状態になってきて、無理するべきではないと考え、山川駅手前で歩くことにしました。山川駅で屈伸運動や消炎スプレーなどをして、トイレ休憩も含めて6,7分を過ごし、そのすぐ先の35キロ地点で3時間30分すぎ。しばらくするとふくらはぎのピクツキもなくなり、再び走りはじめ、40キロ地点で3時間57分ぐらい、そしてゴールが4時間9分4秒でした。結果的に山川駅前後のロスがなければ、4時間以内にゴールできたかもしれないけど、あのときの状況を考えれば仕方ないでしょう。今回の教訓として、やはり40キロはペースを維持して走る練習をしておくべきでしょうか。私は、これまで1度だけ前半からのペースを維持できて、3時間10分ぐらいでゴールしたことがあります。ずっと昔のことですけど。あとはいつも、どうしても後半落ちます。だから、私にはゴールまでペースを維持できない渋井陽子や福士加代子の走りがよくわかります。もちろん、レベルははるかに彼女たちが上ですけど。でも今回は大事にいたる前にペース落として、レース後のダメージもほとんどないので、正解のレースをしたのかもしれません。まだまだ他に書きたいことはあるけれど、今日はこの辺で。
2009.01.12
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今年もいよいよいぶすき菜の花マラソン(1月11日)が近づいてきました。今年の参加者は、昨年の15,000名から、さらに3,000名近く増え、18,000名にも達するそうです。当日はまず、行き帰りの交通のたいへんな混雑が予想されます。とくに今年は、前日1月10日(土)が曇時々雪、1月11日(日)が曇時々雨との予報が出されています。早朝は路面の状況もどうか、スリップ事故などを起こさないように気をつけてください。私は、JR鹿児島中央駅までジョグで行き、4:59の始発に乗り、6:05に指宿駅に着く予定です。座れないことも予想されますが、車とちがって時刻通り着くし、レース開始まで時間がたっぷりあるので余裕をもてます。早いうちは、受付・トイレもそれほど混雑しないし、ウォーミングアップもゆっくりできます。ただ大雪でも降ると時刻通りとも行かないのですが、どうなるか。交通手段として、今年はさらにトッピーやバスも用意されるようです。私は走っていると寒さは感じない方なので、いつもは上はTシャツ1枚、下はひざ上までのスパッツで走っていますが、今年は長袖シャツにTシャツの重ね着が必要かもしれません。いつも前半オーバーペースで後半バテバテ、とくに山川駅からの海岸沿いの上り坂がきついのですが、前半抑え目にして、後半歩くのではなく走り続けたいと思います。大会ボランティアのみなさん、そして沿道の方々、いつもありがとうございます。感謝してます。沿道の声援、そしてバナナやみかん、ふかし芋などを用意してくれる公式のエイドステーションだけでなく、飴や黒砂糖、梅干、かつお節茶など、それぞれに工夫して出してくれる住民のもてなしが本当にあたたかくて、どんなに疲れていてもがんばる力になります。冷却スプレーや消炎鎮痛剤のサービスも助かります。レース後も、うどん・そばとおにぎりだけでなく、ぜんざいとふかしいもがあるのが楽しみ。かまどをずらっと並べて、さつまいもをふかしている光景は壮観ですよ。温泉にも入れるので、それも楽しみ。お湯につかると、気分はリフレッシュ。ただし、足の痛みはかんたんにはとれません。ま、期待と不安はどんどん膨らみますが、さてどうなるか。大会スタッフのみなさん、沿道の住民のみなさん、そしていっしょに走るみなさん、今年もよろしく。
2009.01.09
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明けましておめでとうございます。昨年の後半はとくに、福田首相政権投げ出しと麻生首相の未曾有の迷走ぶり、アメリカのサブプライムローン破綻に端を発した世界金融恐慌、不景気に派遣・契約社員などの非正規雇用者の大量解雇、パレスチナ・ハマスのロケット弾攻撃とイスラエルの空爆による大量殺戮などで、暗い世相となりました。今年こそは、明るく行きたいものです(むずかしそうですが)。個人的にも、昨年は積み残した課題がいっぱい。今年は馬力かけて、年明け早々から公私とも充実したものにしたいです。ということで、さっそく元旦からブログを更新しています。今朝はあいにくの小雨模様でしたが、午前6時半から8時すぎまで、約1時間半かけて走り初めをしました。調子よかったです。今年も1月11日、いぶすき菜の花マラソン42.195キロを走りますが、前半は抑えて後半にできるだけバテないでいけるようにと考えています。詳細は後日書き込む予定ですが、乳がん再発にもめげず各地で<いのちの授業>をおこなってきましたが、昨年11月21日に亡くなられた山ちゃんこと、山田泉さんと、ベトナム孤児のフランスのチェリスト、ケンちゃんこと、エリック-マリア・クチュリエさんの交流を描いた映画「ご縁玉 パリから大分へ」を鹿児島でも3月21日(土)黎明館2階講堂で開催することになりました。山ちゃんの連れ合いの山田真一さん、娘の山田真美さん、同じく「いのちの授業」を展開されている種村エイ子先生、村末勇介先生の今鹿児島で考えられる限りの豪華メンバーによるトークつきです。鹿児島の方、ぜひよろしく。
2009.01.01
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2007年8月13~14日にかけて富士登山に行ってきました。8月13日、JR静岡駅北口9時発の富士山富士宮口5合目に直通の富士登山バスに乗り、11時20分ごろに到着しました。富士宮口からの登山は、この5合目から、6合目、新7合目、元祖7合目、8合目、9合目、9合5勺(しゃく)に山小屋があり、山頂に向かいます。5合目に着いて特に感じたのは、外国人の多さ。スペイン語や中国語、それに東南アジア諸国(容貌と言葉を聞いた感じで判断しているので確信はないが、おそらくタイ、マレーシア、ベトナムなど)の言葉が、日本語よりも強烈に、あちらでもこちらでも聞こえてきます。おそらく登山者の3割ほどを占めているのでは、と思わせるほどの多さでした。それから、われわれと同じ、小さな子供連れ。うちも、小学校6年生と2年生の2人の息子たちを連れて行ったが、もっと小さな子もたくさんいました。登るのがとてもたいへんそうな子もいたが、けろっとしてまったく苦しそうな感じもしていない子どもも多くいました。富士山は、8合目あたりを過ぎると、空気が薄くなり、呼吸が苦しくなってきます。これに慣れるために、一気に山頂まで登るのではなく、途中で一泊したほうがいいといわれています。3年前にも富士山に登ったけれど、そのときは8合目で宿泊し、ご来光を仰ごうと、翌朝の2時半ごろ、まだ夜中のうちに山頂目指して登りはじめたので、本当に寒くて仕方ありませんでした。そこで、今回は9合目まで行って泊まり、翌朝日の出を見てから、5時過ぎに山頂に登って行くことにしました。また、次男は8合目までしか登れなかったので、今回はとにかく山頂まで行かせようという目標を立てていました。8合目それから少し休んで、11時40分ごろ出発。6合目には11時55分ごろ着きました。6合目、山小屋で次男の機嫌をとるためアイスクリームなどを食べて、12時10分出発。ところどころで休みながら、13時15分ごろ新7合目に到着。ここで、昼食として持参したおにぎりなどを食べ、14時に出発。その上にあるのが、元祖7合目。ここに14時45分ごろ到着。15時05分出発して、8合目に15時55分到着。20分ほど休憩して、16時05分出発し、休みながら9合目にちょうど1時間かかって、17時05分に着きました。到着してから、下界を眺めると、雲の上などに、富士山の影、いわゆる影富士が見えました。また、この頃日本全体が非常に暑く、全国各地で最高気温40度を超える暑さを記録したところも多かったのですが、富士山も例に漏れず、3年前の夏と比べても大変暖かかったです。そして、14日には午後3時20分、平年より8.9℃高い18.2℃。と発表されましたが、これは補助装置によって観測されたデータで、前後の気温との連続性がなく、正式記録としては不採用とする決定が下され、幻となりました。正式に認められた最高気温は14.6℃ですが、それでも平年を5.3℃上回る気温でした。夜はなかなか眠れませんし、暖かかったので、次男が夜中に起きだして山小屋の前でしばらく遊んでいたので、つきあうことに。そこには、外国人をはじめ、多くの登山客があふれていました。朝、4時40分ごろ起きて、5時30分ごろまでに朝食を食べ終え、5時40分ごろ出発しました。9合5勺に6時ちょうどに到着。6時10分出発。そこから長男は6時40分ごろ山頂に衝いたのですが、次男が休み休み登ったので、それにつきあって7時ごろ山頂に着きました。山頂にある頂上富士館で、800円のカップラーメンをすすってしばらく休みました。郵便局や神社のあるあたりをうろついてから、8時ごろ数百メートル離れた3776メートルの最高点にある剣ヶ峰の富士山頂測候所まで登りました。本当は山頂の火口のまわりをぐるりと1周したかったのですが、次男が嫌がったので、まあ目的は達成したので、そのまま登ってきた道を引き返すことにしました。9時14分、山頂をあとにして、9時30分に9合5勺、9時45分には9合目に着きました。トイレ休憩して、10時出発。8合目には10時23分に着きました。じつは次男もいるし、5合目に着くのは午後3時か4時ごろ、バスで出発するのは夕方かなと思っていたのです。ところが、2人の子どもたちは、他の下山している人たちを追い抜いて、跳ぶように降りていきます。私もその後を追う形で走っておりました。私たちはまるで、山の暴走族のようでした。8合目を10時32分発、10時43分元祖7合目着、10時46分にはそこを出発して10時58分には新7合目に着き、すぐ出発。そして、11時10分には6合目に着きました。8合目以上ではぺットボトル500円、新7合目・元祖7合目では400円ですが、5合目・6合目は300円と、平地の2倍におさまっています。平地で100円で売っているアイスも200円で売っていたので、これを買って食べ、11時30分には6合目を出発、5合目に11時40分に到着しました。5合目では、17時半出発のバスを予約していたのですが、12時半のバスに変更してもらい、お土産を買って、静岡へは14時半過ぎに到着しました。
2007.08.26
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とりあえず結果報告はしましたが、くわしくその日の模様を報告していきます。1月14日、いよいよいぶすき菜の花マラソンの本番です。朝早く家を出て、JR鹿児島中央駅から、指宿枕崎線で指宿に向かいました。4時40分に家を出て5時2分の電車に乗る予定だったのですが、忘れ物に気づき家に戻ったので、一本遅らせて5時33分の電車に乗りました。昨年は、JR鹿児島中央駅の対応が悪く(乗車時にホームに駅員がいなくて指示がなかった)、早くから並んでいたのに乗車位置が違っていて、私自身は何とか座れたものの私の後ろの人が文句を言っているのを聞いて、半分悪いなと感じつつ、しかし根本的にはJRの対応の問題だよな、と思った次第です。以前から、まだ電車から乗客が降りきっていないのに、乗ろうとする客がいる(そのために混雑して、結局時間がかかる)ことなどもおかしいということもあり、その日レース後、鹿児島中央駅で抗議をしました。最近ようやく駅では乗車のマナーについて、何度もアナウンスが行われるようになり、乗客のマナーも良くなりつつあります。この日も、駅員がホームに降りて指示をして、乗客はきちんと縦列に並んで待ち、昨年のような混乱はありませんでした。(じつは駅員さんが指示した乗車位置が違っていたのですが、そのまま横移動して、列に並んだ順番で乗ったので問題なかった)指宿まで1時間ちょっと電車に乗ることになるので、そこで座れるかそれとも立っているかは、大きな問題なのです。指宿駅に着くと、すぐに会場までのシャトルバスが待っていて、これもスムーズに乗れました。7時ごろ会場につき、受付を済ませ、ゼッケンとTシャツやかつお節パックなどの記念品やうどん・そば、おにぎり、ぜんざい、さつまいもの食事券、それに大会パンフの入った袋などをを受け取って、準備のために2階席へ。2階席ももうだいぶ埋まってきています。ゼッケンをシャツの胸と背中に安全ピンでつけました。背中につけるゼッケンには発信機がついていて、ゴールすると自動的にタイムが記録されるシステムです。会場ではいろいろなアナウンスが流れますが、「ここで出場者の方に大会本部より、お詫び申し上げます。フルマラソンのゲストランナーで出場予定のそのまんま東さんが出場できなくなりました。」のアナウンスに、そこここで笑いが。やはり宮崎県知事選の方が、マラソンより大事か、と思いつつ、下に降ります。ここで、脚の不安もあるのでテーピングサービスを先に受けるか、トイレに行くか迷いましたが、先にトイレを済まそうと、総合体育館のトイレの行列に並びました。しかしこれが長い行列。正面玄関から続々入場してくる出場者をさえぎるかたちになり、関係者の方が何度も列の位置を修正しようと、「これからまだ5000人受付に来ますので、こちらに寄ってください」、10分ほどたつと「あとまだ4000人来ますのでこちらに移動してください」などと、適当な数字ながらも経験と実態把握にもとづいた指示をおこないます。どんどん時間が過ぎ、やはり外の簡易トイレを選べばよかったかなと思いつつ、なんとか8時20分ごろにはトイレを済ますことができました。しかし、私の後ろにも長蛇の列があいかわらず続いており、この人たち大丈夫だろうかと思いつつその場を去り、レース用のシャツとタイツ姿になって、競技場へ。8時30分になって、「もう集合時刻は過ぎています。フルマラソンのスタート地点は競技場から1キロほどはなれたなのはな館前となっています。出場者の方は至急スタート地点にお並びください。」というアナウンスが流れます。テーピングはあきらめて、なのはな館にむかうと、途中カーブする目立つところで、大きな旗をはためかせ、よさこいソーランの「かごしま新世界」が踊っています。ここに所属するうちの学生がいるかなと見ると、マスコット的な存在の小さな女の子の横の前列の一番右で踊っているのを確認しました。明日が卒論提出日なのによくがんばっているな、と思いつつ、スタート地点に向かいました。あとから知ったことですが、このあと彼女はフルマラソンを走ったそうです。15キロ地点でひざを痛めて、レース結果は不満足だったそうですが。スタート地点は、2時間半以内、3時間以内、3~4時間、4~5時間、5時間以上(後ろの2つは不正確かもしれません)などと前から順に並んでいて、自己申告制です。あまり前に行くと煽られてついオーバーペースになり、つぶれてしまう失敗を以前からしていたので、適当なところということで正直に3~4時間の真ん中あたりに並んでみたけれど、あまりにスタート地点までが遠いので、3時間以内の中段あたりに並び直しました。さあ、いよいよスタートです。
2007.01.16
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1月14日、フルマラソンだけで11898人、10キロも含めると合わせて14110人が走った第26回いぶすき菜の花マラソンに出場しました。昨年は10キロを走り、47分台。いろいろと反省点がありつつも、練習すればフルも大丈夫という自信を持ちつつ、今回フルマラソンに挑戦しました。フルマラソンを走ったのは、約20年ぶり。途中、右ふくらはぎや左肩の故障もあり、不安を抱えてですが、一応3時間半を第一目標、サブフォーつまり4時間以内、3時間台を第二目標、アクシデントが発生しても歩いてとにかくゴール、完走(歩)を第三目標として、スタートしました。結果は、中間点で1時間39分20秒と非常にいい調子。スタート時、だいたい前から3分の1ぐらいのところから出発したので、三千人ほどは抜いて行き、その時点で200~300番ぐらいにはなっていたと思います。「そのままのペースでいけば3時間30分を切れる」と思ったのもつかの間、25キロで両腿の前の方がつり、35キロを過ぎるあたりまで、エイドステーションに立ち寄りながら、そしてスプレーのサービスも受けて、歩いたり走ったりを繰り返すことに。この間1000人近くに抜かれたと思います。あと5キロの標識で、3時間35分。これからゴールまで1キロ5分のペースでいけば、何とか4時間を切れる。ということで、そのあとはそのペースでがんばって押し通して、100人ほどは抜いたかな。3時間58分28秒で、何とか3時間台でゴール。総合1092位(11898人中)でした。とりあえずレースの結果報告です。いろいろなことがあったけど、くわしくは今後時間がある時にアップします。
2007.01.15
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今朝(1月10日)、3時半~5時半の約2時間、甲突川沿いのいつものコースを走りました。正月に入ってから30分程度の短い走り(それもあわせて3日)だけに抑えていたので、久しぶりに長めの距離を走ったのですが、まったく問題ありませんでした。1月14日のいぶすき菜の花マラソンまであと4日。年末から年始にかけて故障した左ふくらはぎと右肩も何とか回復し、体調万全で無事に迎えられそうです。昨年は1月8日だったので、カレンダーの上で6日遅かったのも幸運でした。あと3日間、軽めに調整して、本番を迎えたいと思います。
2007.01.10
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私は、四十肩、五十肩とは、鈍痛が来て次第に腕が動かなくなるものと思い込んでいましたが、バタヤンさんのご指摘を受けて、ネットで調べてみると、まずは激痛が来て腕がほとんど動かなくなるのが一般的で、その後だんだんと慢性化して私が思ったような症状になるとのこと。そして、初期に正しい処置をしないと痛くなくなっても肩関節の可動域が制限されるそうです。正式な病名は「肩関節周囲炎」で、通称として、四十肩、五十肩といわれているけれど、四十代でも五十代でも、江戸時代の文献から一般的には「五十肩」というそうです。そこで、さっそく整形外科の病院へ行き、レントゲン検査(正しい診断のため、背に腹は代えられない)などの結果、関節の故障や筋肉の断裂ではなく、肩周辺の筋肉の炎症だということで、バタヤンさんのご指摘通りでした。ありがとうございました。病院では、湿布薬と、消炎剤・鎮痛剤・胃薬の3種の飲み薬の処方を受け、帰ってきました。帰ってからは少しずつ調子がよくなり、夕食後訪ねた近所の知人の家でマッサージを受けると、あーら不思議、多少の痛みは残るものの、肩がほとんどもとどおり動くようになりました。午前中の状況からすると驚くべき回復でした。お世話になったみなさん、ありがとうございました。ということで、いぶすき菜の花マラソンの出場もできそうで、最悪の誕生日かと思いきや、よい一日となりました。よかった、よかった。夕食後にいただいた家族につくってもらったホームメードバースデーケーキです。
2007.01.05
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今日く1月4日)は、私の誕生日です。家族でケーキを焼いてくれるそうです。しかし、私の左肩が思った以上に重症で腕が上がらない状態で、今日家族で予定していた開門岳登山も中止することにしました。いつも家族に、登山などで「もっとがんばれ」と叱咤激励している身としては、自分の体の不調で行けないというのは、つらいものがあります。右ふくらはぎは良くなったのだけれど、このままでは、いぶすき菜の花マラソン出場もかなりピンチ!今日はかわりに、長島美術館で開催されている「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」にでも行きますか。
2007.01.03
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初詣では、おみくじで「大吉」をひいたのに、左肩の調子がよくありません。子どもたちと草野球をした時に、違和感を覚えながらも、投げ続けたのが原因でしょうか?右足のふくらはぎも、良くなってはきて、少し走りましたが、完全ではありません。気楽に構えれば、良いことがあると言い聞かせて、がんばります。
2007.01.03
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約1ヶ月前にあった東京国際女子マラソン。Qちゃん(高橋尚子)は、土佐礼子との一騎打ちに敗れ、尾崎にも抜かれた。スポニチの「Go!アスリート 高橋尚子」の2006年11月20日の記事「尚子強行出場で3位も引退しない 」には、こう書いてあります。「「やはり練習がものをいうし、自分に返ってくるもの。何を言っても言い訳になってしまうが、最後の1週間でハプニングがあった。レース前の4日間は走れなかった」 実は左ふくらはぎを痛めていた。9日に高地合宿を行った米ボルダーから帰国した直後の13日、千葉県内でランニングをしていた時、路面の斜面でバランスを崩して左ふくらはぎの筋を痛めた。この日は痛み止めの薬を2錠のんで強行出場。最初の5キロを16分30秒のハイペースで通過すると、先頭集団の中で土佐をぴたりとマークした。だが、その左ふくらはぎが28キロ付近でしびれだした。」今朝走っていて、右ふくらはぎを痛めてしまいました。そろそろレース勘を養おうと、いつもよりスピードを出していたのが原因でしょうか?レースの1週間前に左ふくらはぎを痛めたQちゃんに比べれば、いぶすき菜の花マラソンまで、まだあと3週間あるのが幸い。何とか直して、きちんと走りたいなあ、というのが今の気持ちです。
2006.12.23
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今朝、久方ぶりにジョギングをしました。なんと夜中の2時半から6時まで、3時間半走り続けました。甲突川沿いを行ったり来たりして、距離は30kmほどでしょうか。いぶすき菜の花マラソンが、あと約1ヶ月ほどに迫ったのに、しばらく走っていなかったので、マラソンの予行演習のつもりで、まずはゆっくりとでも、とにかく長い距離を長時間走れるように、ということです。ゆっくりしたペースで、途中でばてないことを心がけましたが、さすがに後半は疲れてきましたが、何とか走り続けました。走り終わった後は、軽い虚脱感のようなものがありますが、マラソンモードに体が変わっていくような感じで、気持ちがいいですね。 それにしても、こんな夜中に走れるというのは、街灯があってのこと。私も夜も眠らない現代社会の恩恵に浴しているなあ、と感じながら走りました。
2006.12.12
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今朝、予告どおり、4時半から5時半の1時間、できるだけゆっくりとしたペースでしたが、走りました。歩くようなペースで、と思いましたが、さすがに歩いている人は抜いてしまいました。それから、ゆっくりと風呂に入り、便意を催すのを待って、2日目の検便を済ませました。そして、朝食抜きで、朝早く大学の健康診断にいきましたが、もうたくさんの人が健康診断を受けていました。朝走ったことで、尿検査や血液検査に多少の影響は出るかも、と思いつつ、受けたのですが、尿検査で蛋白が±になっていました。これまでは尿検査の項目すべてが-だったのに。やはり、走った影響か?さて、体重は1年前より、6kg落ちていました。体重減少のうち、今朝走ったことによることも、0.5kgほど要因として入っているだろうけど、基本的にはこれまで3食をきちんととりながら朝走ってきたことによって、相当効果があったといえます。他の項目では、左の視力が1.2から1.0に落ちたことがありますが、本日わかった範囲内ではそれ以外は問題ありませんでした。ところで、胃にレントゲンを照射するバリウム検査をたくさんの人が受け、行列になっていましたが、こういう情報もあります。「胃バリウム検査で癌になる?」とタイトルがつけられた新日本橋石井クリニックのサイト(http://www.interkarte.or.jp/12doc/main99.html)です。このサイトでは、英国オックスフォード大グループの調査で日本人は75歳までにがんになる人のうち、放射線診断が誘発したがんの割合を算定した結果、3.2%という15カ国で世界一のデータが得られたこと、新聞では過剰なCT検査が問題だと取り上げているが、CTの被曝線量は10-20mSyだが胃バリウム検査は、直接撮影(大きなフィルムで撮影する方法)では15-25mSy、間接撮影(健診車による小さなフィルムで撮影する方法)では20-30mSyになり、胸部X線写真の被曝量が0.1mSy(読売新聞の0.02mSyが間違い)で胃バリウム検査では何と胸部X線写真の150-300倍の被爆があること、レントゲン線は遺伝子の本体であるDNAを傷つける作用があり、傷ついたDNAが原因で発癌するには1回の被曝量が50-200mSy(広島長崎のデータ)と言われているので、1回の胃バリウム検査で発癌することはないが、毎年胃バリウム検査を受けるとDNAが徐々に傷ついて発癌に至る可能性は否定できないこと、診断能でも胃バリウム検査は限界があり、内視鏡検査の方がよいこと、などが述べられています。※見直したところ、放射線被曝が被爆となっていました。訂正しておきます。2006年11月14日ということで、私はこの数年胃バリウム検査を受けていません。ただし、何もしないのも早期発見を逃すという問題があるので、そろそろ胃内視鏡検査を受けてみようと思います。
2006.11.09
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明日は健康診断です。しかし、明日だけではなく、それは今日からすでにはじまっています。一つは、検便です。今日と明日の2日分を提出しなくてはなりません。今日の分は、さきほどとりおわりました。説明書によれば、便を流さないようにするために、便器の手前側のほうにトイレットペーパーを敷き、逆を向いて(ふたの方を向いて)座らなければなりません。実際にそれをしようと思うと、ズボンもパンツもすべて脱がないとできません。「いったい何でこんなことまでしなければならないのか?」「これでなかなかでなかったらどうしよう?」と思いつつ、わりとすんなりと便が出て、ほっとしました。説明書には、便秘気味の人は、2,3日前からとっていいよ。ただし、冷暗所に保管してね、とあります。逆向きに長時間座るのは大変だろうなと想像しつつ、便通のよいことを感謝する次第でした。もう一つ、明日は空腹にしておかなければならないので、朝飯抜きです。前夜の飲酒も控えてくださいとなっていますが、普通に夕飯は食べてもよい、ということで、これから明日の昼飯まで何も食べられない(水やお茶を飲むのは許される)と思うと、いつもより味わって食べることができました。ところで、明日の朝走ろうかなあ、走るとまずいのかなあ、と思いつつ、食事についてはしっかりと注意が書かれているが、運動については何も書かれていないことをいいことに少し走ってみよう、と思っています。
2006.11.08
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久しぶりになってしまいましたが、またゆっくりと、無理をせず、書き綴っていきたいと思います。私は昔、マラソンに挑戦しはじめたとき、ハアハアゼエゼエ、息を切らして走ることがトレーニングだと思っていました。しかし、佐々木功氏の『ゆっくり走れば速くなる』(ランナーズ)という本に出会って、目を見開かせられました。長時間、ゆっくりと、距離を走るLSDによって、末梢毛細血管を増やし、正しいフォームをつくり、積極的に疲労回復を図り、体調を引き上げる、そしてグリコーゲンを枯渇状態にするすることにより持久的能力を開発する、という多面的効果が得られる、とこの本には書いてあります。この本の著者佐々木功氏は、東洋大学や日本電気ホームエレクトロニクスの監督を歴任、遅咲きのマラソンランナー浅井えり子を育てました。そして、佐々木功氏若くしてガンに倒れ亡くなりましたが、ガン告知後に浅井えり子は彼と結婚、闘病生活を支えたそうです。胸が熱くなるような話ですね。このことは、「喜八の本棚」というWebサイトにも紹介されています。少なくとも、無理に無理を重ねて苦しんで走るよりも、ゆっくりと走る方が、楽(らく)であり、またまわりの風景や鳥の鳴き声などを楽しむ余裕が生まれる。また、いろいろな考えをめぐらし(散歩と同じ効果?)、時にすばらしいアイデアが生まれ、時間をたつのを忘れる、こんな時間を過ごさせてくれます。たとえ速くならなくても、これだけでもすばらしい効果です。とにかく、体調と相談して、決して無理をしない、これが最近の私の練習での走り方です。しかし、本番のレースになると、ついオーバーペースになり、苦しい走りを強いられる、まだまだ未熟な私です。10月27日(金)28日(土)と、二日続けて、1時間半ほど走りました。最初はゆっくりと、ラスト30分は少しペースを上げて、気持ちよく走り終えました。
2006.10.29
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LSDとは、あぶない薬のことでなく、Long Slow & Distance のイニシャルをとった言葉で、「長い時間、ゆっくりと、長い距離」を走ることです。これにより、体全体の機能をアップして、タイムをアップすることができるものです。(くわしいことは、今後紹介)今年はじめに、いぶすき菜の花マラソンとランニング桜島に出場し、本当に久しぶりに長距離市民レースを走りました。しかし、フルマラソンを今でも走れるか自信もなく、また調整もあまりできなかったので、いぶすき菜の花マラソンは10km、ランニング桜島は少し距離を伸ばしてハーフ(21.0975km)に出場しました。結果は手元に資料がないので、また後ほどアップしますが、今年(来年1月のレース)は、いぶすき菜の花マラソンのフル(42.195km)にチャレンジするということで、早々と申し込みました。今年の前半から夏休みにかけて、相当走り、その結果ずいぶんと減量しました。ところが、最近忙しくて、しばらく走っていませんでした。ようやく時間がとれたので、今朝というか、走り始めたのはまだ夜中ですが、午前3時から6時までの3時間、甲突川、及びその支流の幸加木川沿いを何度か往復しながら走りました。フルマラソンに備えて、最低3時間は走ろうと思い、LSDということになりました。最初は軽快でしたが、久しぶりということで、最後はちょっとへばってしまいました。走った後、走る前と比べて3kgやせていました。その後、いつもよりのどが渇き、ずいぶんと水分を摂り、食事も多めに摂りましたが、先ほどはかっても1kgしか増えず、2kg減の状態でした。もちろん1回走るだけでは、結局元に戻ってしまいますが、続けていけば、LSDには、非常に減量効果があります。私自身、半年前に比べて7kg体重が減少しました。いぶすき菜の花マラソンまであと2ヵ月半、本格的にトレーニングを再開して、あと3kg減らして、1年で約10kg減で、レースに臨む予定です。
2006.10.22
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