全14件 (14件中 1-14件目)
1
日本オリンピック委員会(JOC)の竹田会長が「国内立候補都市は東京都に決まりました」と告げ、この招致レース問題に決着がつきました。マスコミで報道される程、国民は関心が無いのが実状で、個人的にもどちらでも良いし、寧ろ福岡市の方が妥当かなと思っていた程度でした。国威発揚から誘致に熱心であった石原都知事は、投票前のプレゼンテーションで財政力と都市機能の充実を改めて強調し、東京開催を訴えました。決着後も「東京が勝ったのは現実性がものを言ったから。絵に描いた餅では仕方ない」と福岡の計画をなお痛烈に批判し、競合相手への健闘は皆無でした。又、在日韓国人2世の姜尚中・東大教授が「東京は大阪の二の舞になる。金持ちによる金持ちのための大会で、世界に勝てますか」との福岡市応援プレゼンテーションに対して、これを石原知事が「外国人がわけのわからないことを言っている」と攻撃し、その後の祝賀パーティでも、「怪しげな外国人が出てきたね。生意気だ、彼奴は!」と批判は止まらなかった様です。一方、一部競技団体から「東京は態度が大きい、施設を充実させるつもりはあるか」と指摘されると、「お気に入る様に改造致します。何でも仰って下さい」と一転卑屈な対応となります。決定直後の記者会見で、来春の都知事選立候補の意思を聞かれ、「(招致の)言い出しっぺだから責任があるでしょう。そのつもりでいますよ」と3選を目指して立候補する考えを明らかにしました。地道な都政運営よりも派手なパフォーマンスを好む、言いたい放題の石原都知事は権力志向が凄まじく、競争相手を批判し尽くす傲慢と卑屈が混在し、その人格性に問題がある様です。行政と言うより石原都知事主導で進められた東京都の招致活動は課題が山積、先月の「都民集会」には約2000人が参加したが、9割近くが関係団体と都議による動員だとされています。結局、一般の関心は低いままで、五輪招致を梃子に環状道路整備を一気に進めようとする石原都知事の姿勢には、一部市民団体が反対の声を上げ始めています。
2006.08.31
コメント(9)
Windows XPに替わるウィンドウズ・ビスタ(Windows Vista)の発売は当初予定より遅れ来年初めとされていますが、発売値段がおおよそXPの倍であることが分かった様です。米マイクロソフト(MS)が来年初めに発売する次世代基本ソフト(OS)「ウィンドウズ・ビスタ(Vista)」の未発表の価格が28日、誤ってインターネット上に掲載される騒ぎがあった。MS自身のミスとみられ、「最終決定ではない」と火消しに躍起だ。 MS日本法人によると、カナダ法人のウェブサイトに「ビスタ」の価格一覧が掲載された。「MS関係者による不慮の事故」といい、すぐに削除されたが、第三者が複写したサイトを通じて世界中に広まった。 価格一覧によると、一般向けの「ビスタ・ホーム・ベーシック」が259カナダドル(約2万7000円)、最上位の「ビスタ・アルティメイト」が499カナダドル(約5万3000円)などとなっている。MSは「価格は今後変わる可能性もある」としている。新機能はWeb上で次の様に紹介されていますが、これで値段も倍、インストール容量も倍となり、中古パソコンでは使いづらそうに思われます。個人的にはWindows 98程度の軽くて使い易いOSが良いと思っているのですが、方向は逆の様です。画面上の視覚効果フォルダなどのウィンドウに半透明の透過処理が施され、壁紙がウィンドウ越しに見ることが出来ます。フォルダの整理機能検索するべきキーワード毎に「 仮想フォルダ」を作成しておくと、ファイルデータをすぐに見つけることが出来ます。「検索ウィンドウ」も「 エクスプローラ」に統一されたため使いやすさが向上しました。デジカメ画像情報も簡単閲覧画像のプレビュー機能が搭載、スライダがあり、それを上下に動かすと画像の大きさを変化させることもできます。サムネイル画像をクリックすると、画像の内容・撮影日・サイズなどの画像情報を確認することが出来ます。異常発生を直前でブロック&警告パソコンのトラブルが発生する前に、警告を与えてくれる新機能があります。自動回復機能も搭載しておりますので、万一ウィルス入りのソフトなどをインストールしてしまった場合でも、正常な状態に復旧してくれます。インターネット・エクスプローラー7(IE7)Blog(ブログ)やニュースサイトから更新時に発信されるRSSを読み込む「RSSリーダー」が搭載されています。セキュリティ面においても、フィッシング詐欺やスパイウェアへの対応など数段にあがっております。ファイアウォールの強化今まで受信のみの規制であったウィンドウズ・ファイヤウォールに発信の規制も設けました。これにより個人情報の発信を抑止することが出来ます。
2006.08.30
コメント(4)

ミンミンゼミの鳴き声が目立って来ました。鼻に掛かって甘えた様な「ミーン、ミーン」と言う鳴き方に特徴があって、夏の終わりの気配を感じさせます。7月から暑そうに鳴いていたアブラゼミは、散歩道に死骸が落ちているのが多くなりました。こうなりますと、目の高さに留まっているアブラゼミは動きも鈍く簡単に手で掴まえることが出来ます。しかし、ミンミンゼミは木の相当高所に留まって鳴くのが普通ですから、散歩途中では見つけることも難しく、掴まえるには柄の長い昆虫網が要ります。昨日は2日続きの30度以下の気温だったせいか、多摩中央公園のレンガ坂にある鈴懸(プラタナス)並木では、数匹のミンミンゼミが目の高さの位置で鳴いていました。木の幹に同化していて目立ちませんが、羽根が透明で、身体は黒に緑色班が入っている綺麗な蝉です。和名 ミンミンゼミ英名 robust cicada体長 29~36ミリ(翅/ハネの端まで57~63ミリ)市街地から低山地の林に棲み、人家近くにも多い。しかし東海以西では平地にはほとんど棲息せず、低山地のセミとなる。日本を代表するセミの一つ。体色に変異が多く、全身黒っぽいものから、黒い部分が全くない緑一色のものまでいる。成虫は樹液を食物とする。卵で越冬し、幼虫は木の根の汁を吸いながら地中で成長して、七年目に羽化して成虫となる。蝉の英文名は「cicada」と凡そ英語らしく無い名前ですのでラテン語そのままなのかも知れません。ミンミンゼミは「robust cicada」となっていますので、意訳すれば「丈夫な蝉」、当然アメリカにもいるのでしょうが、テキサス州では聴いたことはありません。
2006.08.29
コメント(5)

榎津郷にある小さな海水浴場で、磯に小さな砂浜があって嘗てはサザエが採れる海浜でした。別に潜る必要も無く、背の立つ深さでも沢山いて、水中眼鏡で確かめれば手で獲れました。30年程前から、離島振興の公共事業で海浜には驚く程多数のテトラポッドが榎津港突堤に置かれ、海流に変化が起こり、川野家に新鮮な潮が入り込まなくなってしまったのです。嘗ては小さな昆布風の海藻で真っ黒に見え、それを餌にしたサザエが多数生息していました。新鮮な海流に乗ってプランクトンが到来し、海藻が育ち、小魚が生息して、生態系が作られていたのです。現在は海草類が殆ど死滅して磯焼けとなり、磯の底がはっきりと見られる状態となり、生態系バランスが崩れてサザエも殆どいなくなってしまいました。それでも、少しは回復の兆候がある様で、先端の岩場の向こう側にはホンダワラ風の海藻がビッチリと育って来ていました。昆布風の海藻より、潮が少なくても生きていられるのかも知れません。其処にはホンダワラを餌に育っていると思われるムラサキウニが足の踏み場も無い程生息していたのです。しかし、毒棘のあるガンガゼも深みに同居していますので注意しなければいけません。ガンガゼは黒い体と異常に長い棘を持つウニで、大きく見えますが体の本体である殻は小さく、長い棘で大きく見えるのです。ガンガゼの棘には毒があり、これが体に刺さるといつまでも痛みます。この卵巣は苦みが強いと言われ、食用とはしませんが、量を増やす為ムラサキウニと混ぜて売られているとも言われています。ムラサキウニは高級品ですから採って見ようと思ったのですが、この辺では、ウニは春に採り、夏には採らないとのことでしたので、そのままにしておきました。夏季はウニの卵巣が痩せて美味しくないのかも知れませんが、確認はしていません。
2006.08.28
コメント(3)

新上五島町新魚目地区榎津郷は人口減少が激しく、空き家が非常に多いのです。一時は隆盛であった定置網漁業の不振で、若い世代をつなぎ止める産業が無くなり、人口流出が止まらない為で寂しいものがあります。家内の実家も実質13年空き家になっていて、両隣の家も取り壊されて更地となり駐車場にしか使われていません。 本屋は中2階建てで築120年を越えるにも拘わらず、未だしっかりとしているのですが、右側の増築分は築50年でガタが来て数年後には建て直しが必要と考えています。やはり明治時代の木造建築は自然木材も堅牢でしっかりと作られている様です。所で今回応接間のガラス窓が隣の更地の小石で多数割れていましたが、盆の季節で付け替えする職人さんも見つからず、台風接近に備えてベニヤ板をビス止めにしました。その際、偶然に自作の油絵を見つけました。製作は1987年7月となっていますので19年前のものです。 その頃は、義母も元気で一人住まいをしていたのですが、娘である家内の絵でも差し上げようかと描いたものでした。何か懐かしく感じて、誰もいない居間の壁に額縁もないのでキャンバス裸のまま掛けて置いて来ました。大きな画像はこちらにあります
2006.08.27
コメント(3)

平成3年9月、12年の歳月をかけて若松瀬戸に若松大橋が完成しました。五島列島屈指の大橋の施工は三菱重工で、延長522メートル、三径間連続トラス橋型式の橋梁は、海面からの高さ26mとなっています。従来は渡船でしか行けなかった若松町の交通体系を大きく改善するとともに新たな観光スポットとなりました。橋の両岸には「風」「花」「岬」の三つのテーマの展望台を配置している他、海岸に沿った遊歩道からは、透明度の高い透き通った潮の流れを間近に楽しむことが出来ます。今回、若松地区を訪問した日は晴天だったのですが、台風が迫っている為か靄っていて、橋の向こう側が霞んで見えました。風の展望台から見る若松大橋 風の展望台から見る多島海大橋は若松瀬戸の急流場所に設置され、橋の上から渦を巻く瀬戸急流を眼下に見ること出来ますし、南北両側にはリアス式海岸で美しい多島海を為し、西海国立公園の白眉とされています。若松大橋を車で走ると、丁度中央付近からは、重なる尾根の間から桐古里教会の赤い屋根が見え隠れし、キリシタンと縁の深い五島の歴史の一端をうかがい知ることも出来ます。 上五島の教会写真集はこちらです
2006.08.26
コメント(1)

2~3日前から庭に「キタテハ」の様な綺麗な蝶が飛んでいるのに気が付きました。小さな庭にはアゲハの好む山椒、カラタチに挿し木した柚子の木がありますので、「クロアゲハ」、「キアゲハ」等が飛び回るのですが、「タテハ」類の蝶は今まで飛んでいたことはありません。それにしても、羽の前部・後部が黒く中央部がオレンジ色の蝶も飛んでおり、種類が違うのかと気になり、インターネット検索して「蝶の図鑑」で調べてみますと、どうも「ツマグロヒョウモン」と言うタテハ科の蝶の様です。 ツマグロヒョウモン大きさ (前翅長)27-38mm 時 期 4-11月 分 布 本州・四国・九州・沖縄「南方暖地系でモンシロチョウよりずっと大きく、アゲハより小さな綺麗な蝶で、本州中部以西でみられ、移動性があり夏から秋にかけて北上、東進する。野原や公園などに広く生息し、都市周辺ではヒョウモンチョウの中で最も見る機会が多い。」となっています。幼虫がパンジーなどスミレ類を広く食べることから園芸植物にまぎれて広がったとされています。私は春可憐に咲くスミレの仲間が大好きで、鉢植えにしたり、庭に生えているスミレを抜かずにしたりして、大事に育てています。スミレは野草のせいか、夏は巨大な葉が旺盛に繁茂するのですが、今年は殆どが食べられて丸坊主状態となっていました。よく見ますと毒虫とも見える幼虫が結構な数取り付いていますし、蛹、抜け殻も多数見つかりました。ツマグロヒョウモンの幼虫。鮮やかな色彩で、体中に突起があり、いかにも毒々しいが、危険は無いそうです。何となく観察していましたら、その内の一匹がカマキリに掴まって食べられていましたし、棘がある毒々しい姿なのに、生存競争は激しい様です。昨年迄はいなかったのですが東京郊外の多摩丘陵にも進出、地球の温暖化もこの蝶の隆盛に一役買っている様です。冬は従来は寒風吹きすさぶ地域ですので、冬越し出来ずに死んでしまうのでしょうか?スミレ類が全滅するのも忍びないので、越冬してしまったら来夏は半分程淘汰させて貰おうかと思っています。
2006.08.25
コメント(1)

昨年7月以来1年振りに空き家となっている家内の実家で、庭の草取りをしました。今冬2月上旬には大叔父の49日法要で行きました時に見たのですが、冬でしたので雑草はそれ程目立たなかったのです。それから6ヶ月、50年前に築庭した庭は鬱蒼と雑草が生い茂っていて、足の踏み場も無い程になっていました。足を踏み入れるべく、雑草の根元を剪定ハサミで切り数日間放置し、少し乾燥させてから一枚40円の町指定のポリエチレン処理袋に入れてゴミ回収日に出しました。この庭にはムカデがいますので、噛まれない様に靴と軍手を使って、注意深く行いましたが、今回は2週間で24袋となりました。周囲の石垣の内側には目隠しの為、細竹を植えてあるのですがそれが庭中に広がって竹藪と化していましたので、30本以上斬って見栄えを良くしました。斬った竹の処理が大変、ポリエチレン処理袋に入りませんので、石垣沿いに幹を並べて積んで置くしかありません。数年前までは竹幹は40cm以内に切り揃えて、紐で括ってゴミ集積場に出せたのですが既にこの方法は禁止となっているからです。10日掛けて、漸く石灯籠が明るく見えて来る程となりました。真ん中に見えるのは鳥もちの双樹、樹皮に傷を付けますと粘着状の樹液が出て来ますので篠竹に絡めて蝉取り等に用いることが出来ます。この庭には石を周囲に配置した池がありますが、給水を止めてありますので雨水で水たまりがあるだけです。それでも、オニヤンマ、シオカラトンボが飛来して卵を産んでいますので、トンボのヤゴが生きていて孵化して行きます。今回の滞在時、台風が通過して十分雨が降り池の水面も回復したのですが、池壁に亀裂があるらしく、翌朝には元の木阿弥となりました。空き家となりますと、やはり劣化の進み方は激しい様です。
2006.08.24
コメント(3)

榎津港は明治時代からイワシ、ブリ等の鮮魚運搬船を含めた貨物集散地として活況を呈していましたが、漁業不振と共に若者世代の離島が激しくなり人口減少と高齢化が加速し、一昨年からは旅客船の運行も途絶え寂れた地域となりました。榎津港埠頭は現在テトラポッド生産・貯蔵等に使用され、不定期に貨物船のみが停泊するだけとなりましたが、天候影響の少ない良港を人と物流の基地としての再生させることが新上五島町の責務だと思われます。榎津郷の裏山ともなる門松山の麓には、榎津神社が寂しく鎮座しています。創建は鎌倉時代の建仁3年(1203)年ですから相当に古く、摂社琴平神社として「崇神天皇」を祭っているらしいのです。現在は氏子も少なくなり境内には人影も殆ど見えませんが、近年本社殿が建て替えられ少し綺麗に整備されていました。一の鳥居を入りますと狛犬に続いて対の牛が並んでいますので、往時はこの地区も五島牛の産地だったのかも知れません。二の鳥居から、階段・本社殿が見えます。神社の近くには清風館跡が有って、学校制度が整備される前には教育施設として機能していたらしい由緒が書かれていましたので、明治時代は上五島での中心地区として栄えていたことが分かります。榎津郷の栄枯盛衰は時代の流れとは言え、何か淋しくなってしまいます。
2006.08.23
コメント(2)

今朝2週間半振りに芝生庭の鉢植えを見てみましたら、何とか残っていた実が完熟状態でしたので、収穫と言う程のものではありませんが摘み取りましたら小皿に半分の量がありました。木の皮チップを100円ショップで2袋買い、不在の間、表面に置いておきましたので、乾燥を防ぐのに効果があった様です。ジャムに出来る程はありませんので、冷蔵庫に入れて冷やして、明日の朝食に食べることにします。7月初旬には殆ど落果して収穫無しかと思っていましたので、望外の喜びです。我が家では2種のブルーベリー(Blueberry)を鉢植えで育てています。受粉を助けるには違う種類を少なくとも2種あるのが良いとされていますので、並べて置いてあります。特段世話もしないのですが軒下の鉢植えでも年々大きくなり、今年は結構花数が多く咲き、実が生っていたのですが、ある時半分以上の実が落果してしまいました。何かの虫に下半分の葉が殆ど食べられ丸坊主状態となっていましたので、慌てて軒下から芝生の真ん中に移動させたのですが、被害に遭わなかった部分がヒヨドリに食べられる被害にも遭わずに何とか完熟した様です。
2006.08.22
コメント(2)

今年最初の月下美人は、観賞することも無く咲き終わってしまいました。先日の朝、気が付きましたら、だらりと咲き終わった花が二つ垂れ下がっていたのです。ぐったりとして芯が無い感じで、見る人もいなかったとなりますと可哀相な気がします。例年、蕾の先が綻んで来ますと、庭に置いてある鉢植えを室内に入れて開花を待つことにするのですが、今年は油断してしまったのです。大輪の花を咲かせるのには相当なエネルギーを消耗させますので、葉にすっかり皺がよって大分草臥れている様です。9月になりますと、元気を回復して又花を咲かせてくれる筈ですので、その時を楽しみに待とうかと思っています。昨年、懐中電灯で照らして少し幻想的な写真を撮ろうとデジカメを夜光シーンにしてチャレンジした写真がありますので、ご覧下さい。「月下美人」の花言葉は「はかない愛」、本当に儚い一夜限りの花の命だと、何時も思います。ただ夏の夜の夢の如し と言ったところでしょうか
2006.08.04
コメント(3)
吉村昭氏逝去の報に接して、ふと書棚にある短編集が目に付きました。明治以来日本の近代とは、故郷喪失の時代であったと言われます。更に軍事体制が君臨した昭和と言う時代は意識統制が世の中を席巻し、その時代を生きた日本人にとって最大の苦痛は有無を言わせぬ戦争参画でした。結果として、敗戦と言う苦痛を通過させることで、否応なく昭和と言う時代の苦痛を償ったのでありました。吉村昭氏はそうした人間の苦痛を知る人でもあり、その生きた世界を大切にする人でもあり、徹底した調査、取材を行ってそうした人間の世界に大胆に踏み込んで行ける人でもありました。新潮文庫 短編集「脱出」(昭和63年11月発行)昭和20年夏、敗戦へと雪崩落ちる日本の、辺境と言うべき地に生きる人々の生き様を通し、昭和の転換点を見つめた作品集。突然のソ連参戦で宗谷海峡を封鎖された南樺太の一漁村の村人の、危険な脱出行を描く表題作。撃沈された沖縄からの学童疎開船「対馬丸」に乗船していた一中学生の転変をたどる「他人の城」など5編が収められています。脱出、 焔髪、 鯛の島、 他人の城、 珊瑚礁解説 川西政明何か昭和と言う時代が遠ざかりつつある気配、中村草田男ではありませんが、夏雲や昭和は遠くなりにけりと言った気分となって来ました。
2006.08.03
コメント(2)
王子製紙がついに、北越製紙に対して異例の敵対的買収策に踏み切り、野村証券をアドバイザーにつけ、敵対的な株式公開買い付け(TOB)の成功に自信を見せています。TOB価格は時価より24%高い800円で、北越が増資を撤回すれば更にTOB価格を上げて860円にするとして、北越の第3者割当増資を指定されている三菱商事にも応募を呼び掛けています。一方、北越は「自主独立」が企業価値を高めると訴え、三菱商事への増資をテコに対決姿勢を貫くのか、三菱商事はどう動くのか。攻防は一気に緊迫しそうです。製紙業界は需要の頭打ちと原油高で経営環境が悪化しており、再編による規模拡大を梃子に競争力を高める狙いがあるとされていますが、王子製紙経営陣は赤字転落の経営責任の追及を逃れる為に、今回の買収劇を仕掛けていると見ています。王子製紙の決算内容は連結売上が1兆2100億円、本体では売上高3102億円、経常利益131億円、最終損益は赤字14億円で惨憺たる状況で、石油高騰が採算悪化の元凶ではありますが、経営失敗も大きいと見ています。一方経営効率が高いとされる北越製紙は連結売上が1500億円、本体売上高374億円、経常利益15億円、最終損益は黒字7億円だが、石油高騰が災いして黒字は維持しましたが、大幅な減益決算となっています。政治の世界でも「内政に失敗すると外交に活路を見いだす」とされていますが、今回の王子製紙経営陣は、単にその古い政治路線を経営指針として踏襲している様に思われます。北越製紙側は買収に反対して、労使とも戦うと表明しており、何とか防衛して欲しいものとエールを送ります。「友好的な段階は過ぎている」。1日夜の緊急記者会見で、王子製紙は北越経営陣との対決はやむを得ないとし、「成功すると確信している」と自信をみせた。報道陣には「(三菱商事がTOBに応じなくても)我々も50%以上を持てる」と強調した。 王子は7月23日に統合提案を公表し、先週末までは水面下で交渉を続けていた。経営統合後の効果を考えると、従業員の反発を招く「敵対的」な強硬策に出るのは避けたかったからだ。だが、北越側は、社員の多数を組織する労働組合も統合反対を声明。「利益率の高い会社を力ずくでひねりつぶすのはいかがなものか」(三輪社長)と反発した。 王子の判断を後押ししたのは野村証券だ。野村は北越製紙の幹事社でありながら、王子側のファイナンシャルアドバイザーに就いた。幹部は「最近は案件ごとに証券会社を替える企業も多く、主幹事の重要性は薄れている」と指摘。「王子と北越両社の経営統合は企業価値の向上につながる」と話す。敵対的買収の表明後、王子製紙への世論の風当たりが予想以上に小さかったこともTOBに踏み切る大きな要素だったようだ。一方、北越製紙のファイナンシャルアドバイザーには外資系のクレディ・スイス証券が就く。
2006.08.02
コメント(1)
小泉政権は終焉を迎えていますが、「改革無くして成長無し」の謳い文句で登場した小泉政権は、結局「郵政民営化」の為にあった内閣でもありました。拙速な郵政民営化推進法案は参議院で否決され廃案となる直前、「民営化解散」と衆議院選挙に打って出て、記録的大勝利を収め、推進法案を衆参両院で可決成立させました。巨大な郵政公社は民業を圧迫すると言うことで、銀行業界、保険業界などの経済界もこぞって「民営化解散」では小泉自民党を支援したのですが、結果は自分の首を絞める事態に発展しそうな状況となって来ました。郵政公社では活動分野が制約され民業圧迫と言っても限定的なものでしたが、郵政株式会社では全ての分野で自由な経済活動が許されます。銀行・保険業界の当初の意図は、郵政公社を縮小しつつ、その資産を民間企業に移転させることにあったのでしょうが、意に反して政府支援をバックにした巨大な競争力を持つ巨大民間企業を迎え撃たなければならないと言うことになりました。「競争条件が不平等だ」との批判も出て来ていますが、「後悔先に立たず」と後の祭りとなりそうで、結局、拙速とも思われた郵政民営化推進法案は、結果として民業圧迫法案となりつつあります。民間企業となりますと、利益優先で収益性の悪い地域では郵政株式会社窓口も閉鎖しなければなりませんし、義務化されているとされるユニバーサルサービス確保も単なる形式論議となりかねず、国民への利便性・地域格差解消は風前の灯火です。日本郵政株式会社(西川社長)は、民営化後の経営計画を示す「実施計画の骨格」を提出した。現在の日本郵政公社を、持ち株会社の下に「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命保険」「郵便局会社」「郵便事業会社」の4事業会社に分社化し、約1年後の民営化開始へ実質的な会社づくりが始まる。計画は、銀行と生保の金融事業拡大路線が特徴だ。両社は「遅くとも民営化後4年目」の2011年までの上場を目標に設定。新規参入を望む業務は、銀行が住宅ローンやカード事業・信託銀行業務など、生保が医療・介護保険など「第3分野」商品販売だ。株式上場に向けた収益強化策だが、民営化から数年間は両社には政府出資が残るため、民間銀行や生保からは「競争条件が不平等だ」との批判が高まりそうだ。 民営化時点の総資産は、ゆうちょ銀が約227兆円、かんぽ生保が約114兆円。三菱UFJグループ(187兆円)や日本生命(50兆円)を上回る国内最大規模となる。 全国約2万4000の郵便局を束ねる郵便局会社は自動車保険などの損害保険の窓口販売や都心の郵便局用地での不動産開発事業などにも参入する。現在の手紙やはがきの集配業務を基本に引き継ぐ郵便事業会社は、「アジア地域が中心の国際物流事業」に本格参入し、低収益を改善する方針だ。持ち株会社となる日本郵政は、各事業会社への資産振り分けなど細部を含む実施計画の完全版を、来年4月をめどに政府に提出する。
2006.08.01
コメント(5)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


