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少し寒いが、爽やかさも感じる12月1日です。
2019.12.01
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5月14日の朝、久しぶりにぶろぐの更新を試みる。久しぶりに誰かに会ったような、そんな気分になる不思議さを感じる。早、5月14日、母の日も過ぎた。一輪のカーネーション心に持ったままだ。
2012.05.14
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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。紀伊半島南東部紀南地方は穏やかな元旦です。全国的にも穏やかな2012年の元旦ですね。 毎日が災害との付き合いのようであった2011年が過ぎて、何となく災害が過去のとなった感じさえする2012年のはじまりです。東日本大震災は決して過去の出来事にはならないが、一年という、時の垣根を越えて、新たなる年になると、もう去年の出来事だ。復旧も復興もままならないのが現実でも、無常な時の流れは、私たちの感情など意にも介さずに新年となる。しかし、無常なときの流れによる時の区切りは、私たちの心にも区切りをつけて、新たな決意を生み、新たな希望を抱かせ、新たなる歩みを確かにする。 「災」の字で表現された2011年とはお別れして、「災」と表現された2011年を過去となし、「幸」の字で表現される2012年の始まりと思いたい正月の朝、皆様方の幸せを願いつつ新年の挨拶です。
2011.12.31
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陸橋が完成し線路がつながった。紀伊半島の電車の線路がつながった。台風12号の豪雨で跡形もなく流され鉄橋が完成し、今日から紀伊半島の鉄道が完全復旧した。始発の電車に手を振って歓迎しようと、多くの人々が始発電車を待った。 那智勝浦町、那智と天満駅間の那智側にかかる鉄橋が豪災害で跡形もなく流された。豪雨災害の朝、復旧工事の42号線を走り、那智川にかかる橋から見ると、昨日まであった鉄橋が消えてなくなっていた。信じ難い後継を目の当たりにして、海岸部の住人である私は豪雨災害のすごさを実感した。 鉄道の復旧は、年明け、3月後のいう噂があったが、観光地那智勝浦町は、早期の復旧を願った。日本一の那智の滝や、熊野三山那智大社、そして世界遺産熊野古道、勝浦温泉や、マグロ水揚げが日本有数の勝浦漁港などの観光資源が豊富で観光の町である那智勝浦町で、鉄道が寸断されるのは、町全体の死活問題だ。 台風12号豪雨災害からの復興のためににも、鉄道の早期開通は那智勝浦町民の願いであった。ほとんど突貫工事で鉄橋は完成し、今日12月3日の午前11時半に勝浦発名古屋行きの始発の特急が走り始めた。そして、町の有志が呼びかけ、ボランテイアグループなどが協力して、「電車へ手を振ろう」と、多くの人々が那智駅近くの、那智側沿いの陸橋の上に集まった。 そして、定刻に勝浦駅を出発した名古屋行きオーシャンビューに手を振って歓迎した。私も手を振り歓迎の声を上げる人々の中にいた。満員の社内では乗客が手を振りこたえ、台風12号の豪雨で鉄橋が跡形もなく流され不通になっていたJR紀勢線が3ヶ月ぶりに全線開通した。
2011.12.03
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小沢一郎元民主党代表の裁判が続いている。小沢一郎さんへの裏献金疑惑の、水谷建設倒産のニュースに小沢裁判が気になる。 今年三月まで三重県にすんでいたから、三重県の企業である水谷建設の倒産がきになる。小沢一郎さんの裁判のニュースも続くから気になる。 水谷建設からの裏献金問題は闇に消えるのか。いや、もうとっくに闇に消えているのかもしれないが、裏献金であるから真相は最初から闇の中だともいえる。野党時代の小沢さんへの献金だけに、捜査当局の強権発動の根拠にもなりえないと妙な理屈を言う論客もいるが、東北地方の大型公共工事への小沢さんの影響力を見ないふりも出来ないのも捜査当局だともいう。東京地検は、水谷建設側を徹底的に締め上げ、小沢さんへの敗北の憂さ晴らしをしたのだろうと穿った見方も可能だ。大きな獲物である小沢一郎を取り逃がした東京地検に、目の敵にされ他水谷建設の行き着く先は倒産だったと考えるのも、まんざら出鱈目な思考法でもないような気がする。 政治資金規正法の虚偽記載の疑いで小沢さんをひっくくりたい東京地検特捜部。4億円の中には水谷建設からの裏献金も含まれていると確信する東京地検特捜部が立件できなかった政治資金規正法虚偽記載の小沢一郎さんを、検察審査会の二度の起訴相当の判断で強制起訴されて、裁判中だ。最後は同義的な言葉が足したり引いたりされて、感情的裁きということになりそうだ。法に従って粛々とは進まないさいばんだろう。検察は敗北したが、素人的な判決が検察の敵を打つ。市民的な感情的名捌きが小沢さんを裁くことになるだろう。 小沢さんが有罪でも無罪でも、私たちには一切関係ない。極端な表現をすれば、小沢さんのポケットからこぼれ落ちた金の出所探しである。本人が自分の金だといえば自分の金だ。虚偽記載であろうがなかろうが、金は小沢さんのものに違いない。金の出所をその場その場で言い繕うのは、仕方ない。それが政治家だ。何しろ献金を受けているのだから、秘密にしたい金も当然ある。小物政治家の小さな金額ではなく、大物政治家小沢一郎の大きな額の献金である。大きな額の献金は当然見返りを求めて、双方が、あうん、の呼吸で納得する。小沢裁判はそんな裁判だ。水谷建設が仮に裏献金をしたら、当然見返りを求める。裏献金をした当事者は罪を認めて刑に服しているだけに、複雑なものを感じるが、私たちには何の関係もない。そして、水谷建設は倒産した。 報道では、水谷建設の債権者が会社更生手続き開始を申し立て、大阪地裁が会社更生法に基づき保全管理命令を発令したという。 負債総額は約353億円とか。私たちとは何の関係もないが、気になるニュースである。
2011.12.02
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台風12号豪雨災害の紀南地方、海岸部に住む私には、山間部の被災地に行くことはなかった。被災地は近隣の町であり、何人もの知人のいるが、山間部の被災地を見たこともなかった。海岸部の被災地で、ボランテイアーに参加していたから、山間部の被災地に行くことはなかった。 被災地の状況はどこも同じような状況で、災害発生から3ヶ月もたっているから、道路も通行可能になっていると思っていた。それで、和歌山県の飛び地北山村に行くことにした。豪雨災害の特に大きかった被災地ではないが、北山村への主要道路である168号線は大きな被害があった。その168号線で行く日本唯一の飛び地北山村は日本唯一のじゃばらの産地である。そして、秘境瀞峡は、一足遅い紅葉が見頃ことだろうと思ったし、じゃばらの収穫祭などニュースもあったから、問題なくいけると思っていた。 新宮から熊野川沿いをさかのぼる168号線を行くのではなく、熊野市で用事が済んでから、豪雨災害のひどかった井戸川をさかのぼり、瀬戸の集落を通り、大峪トンネルを抜け、那智黒の里神川町から、七色ダムを通り、北山村に至るルートを予定していた。熊野市からは30分もあれば着く距離だから、奥瀞温泉でのんびりとした時間が過ごせると思っていた。 さて、熊野市の用事もすみ北山村めざして井戸川沿いを走ると、瀬戸の集落を過ぎようとする辺りで、通行止めだ。関係車両以外は通行止めの看板だが、前を走る工事車両は看板など気にしないで走っていく。でも、一般車両は通行止めだった。関係車両以外通行禁止でも、神川の住人とか言って通ることも可能では考えたが、復旧工事の邪魔になるだけと判断した。紀和町から行くルートを思いつた。 311号線を紀和町に向かった。風伝峠を越えると右折して山間部の狭い道路を走る。何度も工事車両と出くわし、何度もバックして交わす。そして、しばらく走ると、片側通行の場所で、工事車両と乗用車が角突き合わせて立ち往生状態だ。そんな風景を見ると、急遽、予定変更で、北山村行きは中止だ。311号に引き返し、熊野川沿いで最も号被害の大きかった熊野川町をめざして北山川を渡る。 紀和町から北山川の橋を渡ると新宮市だ。311号線を北山川沿いに走っていると、何分もしないうちに奈良県十津川村に入いる。そして、山間部に入った311号をしばらく走ると住所は新宮市熊野川町宮井。山間部は風景は豪雨被害とは無縁の風景だ。熊野川町の対岸熊野市紀和町小船も災害の大きかったが、車から見える風景には、豪雨災害の痕跡は見えない。 熊野川沿いで最も豪雨災害の激しかった熊野川町日足地区に入っても、3ヶ月も過ぎているから当然だが、災害の爪あとは感じても、災害発生直後の凄惨さなどない。それでも、何となく、被災地の重苦しさを感じるの、最も被害の大きかった熊野川町という潜在意識のなせるわざだろう。 災害復旧へ感謝のために開放されている熊野川温泉さつき湯で、温泉に浸かり一時を過ごした。さつき湯のドアを開けると泥の臭いが鼻につく。泥臭さは豪雨災害の惨さを実感させる。さつく湯の中も長い間泥が堆積していたと、泥臭さが教えてくれる。何となく、罪悪感さえ感じる温泉の一時であった。 熊野川沿いを下ると、変わり果てた熊野川を見ることになった。豪雨被害の大きさ、凄さを改めて知る熊野川の原型をとどめない風景だ。川全体が崩壊しているような那智川や井戸川とは違った災害の形を見る思いだった。表現が適切かどうか別にして、熊野川の風景は川ではなく抉り取られて地肌剥き出しの渓谷だ。別の言い方をすると、両岸が剥ぎ落され、川底が抉り取られている感じだ。 さまざまな災害の形があり、同じ災害の形はありえないと、当然のことを再確認した。被災地の風景は、凄惨で無慈悲な色彩は共通でも、同じ形ではないと改めて感じると同時に、自分の知的狭量を感じる風景でもある。3ヶ月過ぎた被災地の風景に、3ヶ月過ぎた被災地の現実に、復旧復興への果てしない時間を感じたが、12月1日だった。
2011.12.01
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沖縄防衛局長のオフレコ発言が波紋を呼び、ついに懲戒免職になった。「犯す前にいいますか」とは、普天間基地移設のための環境アセスメントの年内提出を明言しない防衛相のあやふや発言を問われての返事である。オフレコ発言、オフレコが前提の懇親会での発言がニュースになった。そして、発言者の沖縄防衛局長は懲戒処分となった。政府の早い対応、早い処分だ。発言主を素早く切り捨て、先に見えない普天間基地の意設問デイへの影響を最小限に食い止める政権の思惑見え見栄だ。 それにしても、今時の高級官僚が女性蔑視の感情と持っているとは驚きだし、普天間基地の移設という沖縄にとっては彼岸の問題を最悪の性犯罪にたとえる神経は尋常ではないだろう。
2011.11.29
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紀伊半島南東部紀南地方でも巨人ファンは多い。阪神ファンも多く中日ファンも多いが、何といっても巨人ファンは多い。紀伊半島南東部紀南地方は過疎地、台風12号の豪雨災害の大きかった土地。そして、巨人ファンの多い土地。そんな紀伊半島南東部で巨人のクーデターを憂う。また、日本中どこでも巨人ファンが多く、日本中だ巨人のクーデターを憂うだろう。そして、巨人のクーデターは第二幕に入った。たった一人の反乱となってはクーデターは、未遂に終わったのだ。たった一人の反乱の清武専務取締役球団代表兼ゼネラルマネジャーは解任されても、たった一人の反乱劇の膜が降りると思っている人はいない。でも、反乱劇の次の展開に興味を持つ人も期待する人も少ないだろう。一球団の内紛に過ぎないが、球界の盟主巨人軍の内紛だし、渡邉恒雄という巨人が相手の反乱だけに盛り上がるわけで、正直な気持ちはどうぞご自由にだ。反乱者の解任理由は、渡辺恒雄会長主筆を批判し、会社を混乱させたである。解任された反乱者清武氏は、「私は全く間違ったことはしていないので、後悔も反省もありません。処分は極めて不当だと思っている。権力者が誤ったとき、きちんとものを言うのが取締役の務めだと思う」と、反乱の勢いはなく、法的措置を検討していると言う。 桃井恒和社長の会見で最もうんざりしたことは、いや、卑怯とさえ思ったことは、長嶋さんの言葉が発表されたことだ。長嶋さんの怒りは、多くの国民の賛同を得ると言うわけでの発表だろう。あの長嶋さんが怒っている。あの長嶋さんが怒り心頭だ。だから、悪いのは清武だというわけで、球団の内紛に長嶋さんを利用する発言は卑劣だと、私は思う。くどく続ける、 球界の盟主巨人軍の内紛は、多くのファンをがっかりさせる。1リーグ制に反対しデモを強行した選手会に、「たかが選手の分際で」とか「選手如きが」とか言った渡邉さんの権力図から、ひとり抜け落ちるだけの内紛が、また、ファンをがっかりさせる。 日本シリーズたけなわの時期だけにがっかり度は増す、見ごたえのある日本シリーズに、多くのファンは新たな野球の魅力を感じるのが、今年の日本シリーズだ。特別のスターはいなくても、プロ野球は面白いと、新たにプロ野球の魅力も感じるのが今年の日本シリーズだと、ソフトバンクも、中日も頑張れと両方に応援する私も盛り上がっている。 そんな日本シリーズのまっただ中の権力闘争に過ぎない巨人の内紛など、どうぞご自由に言いたいのが、私も含めたプロ野球ファンの思いであり、また、巨人ファンの思いだろう。特に巨人ファンは、宮崎キャンプ訪問の後の球団社長の原監督への注文にがっかりだ。成績次第では解任の発言にはがっかりだ。 私は原監督は好きではない。かと言って嫌いでもない。でも、原野球は魅力的になった思う。面白いという意味では落合野球をはるかに凌ぐ。勝つための野球と面白い野球がミックスされた原野球は魅力的だと、ファンでもない私でも、原監督にエールを送りたい。 「日本シリーズが行われているさなか、このような事態となったことにつき、関係者、ファンの皆様に心よりおわび申し上げます」と巨人の球団社長は言うが、長嶋さんを利用し、原監督の手足も縛るような発言がファンのことを考えているとは思えないと、巨人ファンではないがプロ野球大好き人間の私は声高に言いたい。
2011.11.19
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読売巨人軍は誰もが認めるプロ野球の盟主、読売巨人軍は誰もが認める人気球団。読売巨人軍は誰もが認めるプロ野球の中心球団。その読売巨人軍に大地震が起きた。その読売巨人軍が揺れに揺れる。巨人軍が揺れると球界が揺れる。巨人を揺らす震源地近くに江川がいる。そして、またまた江川問題が、そして、再び江川問題が起きるのかと、熱狂的な巨人ファンの友人は嘆く。江川が嫌いだが江川の解説に魅了される、熱狂的な巨人ファンの友人は嘆く。老獪とは、この人のためにある言葉のような気がする。この人とは読売新聞の渡邉恒雄さんのことだ。今年のドラフトにも「ドラフトは罪だ」と、異議を唱えていたが、今度は球界の問題ではなく、巨人軍の人事の問題のようだ。さて、現在の巨人のオーナは誰か。現在の巨人の決定権は誰にあるのか。私はオーナが誰であるか知らないが、渡邉恒雄さんがオーナ的であり、すべての決定権を持ってると思っていた。私の愚かな独りよがりな思いなどどうでもいいが、何かあったら顔を出し、声を上げる渡邉恒雄さんだ。この人が声を荒らげた時には、巨人が揺れ球界が揺れる。また、大新聞の主筆の立場でありながら政治世界にも、厳然たる影響力のある人で、この人が現在の日本では、最も影響力のある人の一人に違いない。さて、揺れる巨人の名ばかり代表扱いの、渡邉さんの右腕とも称された方が、反旗を翻す時が来たようだ。しかも、巨人軍の最大の汚点に違いない、江川問題の当事者江川卓が絡む人事問題だというから、プロ野球ファンならずとも興味が湧く。さて、反旗を翻した代表の記者会見から断片を拾う。11月9日のことだという。「ヘッドコーチは江川卓」と渡邊さんが言ったらしい。問題は人事権で、渡辺さんに人事権はない。しかも、オーナーや原監督の協議で決まっている人事を、引っくり返しての江川卓ヘッドコーチの目論見だという。11日に契約書を取り交わすはずのヘッドコーチ人事が、ひっくり返えっては反旗を翻すしかない構図である。 読売巨人軍江川問題第二弾で、巨人は揺れに揺れ、球界も揺れに揺れる。渡邉さんは、11月4日記者団に、「俺は何も報告聞いていない。俺に報告なしに、勝手にコーチの人事をいじくるというのは、そんなことありうるのかね。・・・」と言ったらしい。巨人軍の人事権は誰にあるのか分からないが、なんとも複雑怪奇なはなしでもある。再び言うが、老獪とはこの人のためにある言葉のようだ。大新聞の会長であり、主筆である人の独りよがりの権力乱用だと、言いたい人も多いだろう。そして、ついに老人ボケ的な発言での反旗が翻った。「鶴の一声で覆した」人事は、納得のいくものではない。まして巨人軍の最大の汚点の主役江川の登場には、違和感もあるというわけでの反旗かもしれないと、私は勝手に解釈する。 「プロ野球界のオーナーやGM制度をないがしろにするだけでなく、内示を受けたコーチや彼らの指導を受ける選手を裏切り、ひいてはファンをも裏切る暴挙」だと、激しくっ糾弾するのは一番の部下だった代表だ。 反旗を翻したのは巨人軍清武英利球団代表。渡邉恒雄さんの一番の子分的な部下だった人だ。そして、清武球団代表は、「自ら辞めるつもりはない」と戦う意思を示し、最高の攻撃材料は、渡邉恒雄さんの老人ボケ的な発言となる。自分が行ったことを忘れた発言が、江川ヘッドコーチ問題と言うことのようだ。勝手の江川問題で犠牲になった小林繁さんは、天国で呆れ返っているかもしれない。そして、江川にいい加減んにしろよと、言っているような気もする。
2011.11.11
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TPP問題で民主党は戦争状態。TPP問題で日本の政治は混乱状態。TPP参加表明は少ない数の国会議員だ。TPP参加反対は大勢力のような遺棄がする。産業界はこどって賛成で、農業関係者の多くが反対である。さて、さて、過疎地は当然TPP賛歌には、反対だと思うが、でも、賛成の人も多く、民主党内の争いとか、殆どの野党勢力も賛成する中で、国民は冷静な目、また白けた目で、TPP戦争を見ている。 さて、民主党政権内部崩壊の危機となりそうなTPP交渉参加問題だ。TPP、アメリカが主導する貿易協定、すなわち環太平洋経済連携協定への参加問題だ。現在のところは、交渉参加へ論議で、参加論議ではないが、交渉参加に、参加の意思表示になる結論のようだ。 思えば遠い昔の感じだが、去年のことだった。総理大臣菅直人が高らかに謳いあげたTPP参加だった。時の菅総理は日本経済再生の特効薬としてTPPへ参加すると言った。そして、短期間で結論を出すと言った。政権の安泰を図りたい思惑だったに違いないが、多くの反管勢力Lに軽くいなされた。反小沢を明言した政権に結論を出す力はなかった。傷だらけの菅政権では、TPP参加問題も論じられなくなったが、消滅したわけではなかった。そして、日本企業の業績回復への特効薬して、菅内閣同様に野田政権もTPP参加を模索する。 しかし、米の輸入は一粒たりとも認めないと意気込んで来た日本の農政がTPP参加に立ちはだかる。農林族が中心になってのTPP参加阻止勢力がTPP交渉参加を是とする野田総理に反旗を翻し、離党覚悟で阻止闘争をにでた。民主党内はTPP戦争状態になった。31日には、TPP参加への取りまとめ役の仙石さんへの直接攻撃があった。山田前農相らTPP反対勢力が仙石さんに党務からの辞任を要求した。マスコミでもなく、野党でもなく、身内からの辞任要求は滅多にない。滅多にない辞任要求が民主党内の混乱を見せつける。推進勢力は開国の言葉で、反対勢力を鎖国主義者と呼び、TPP参加は、開国維新の必然性があると強調する。 民主党の戦争を離れてみても、TPP参加問題は、農業と工業、農業政策と産業政策の対立ということになりそうだ。輸出は関税抜きの優位な価格でしたい。外国製品には高い関税をかけて、国内産業を守りたい。そんな事が可能なら、それにこしたことはないが、そんな事は成り立たない。なら、関税をなくする方が野思いになるが、そんな単純なものではない。単純なものではないが、民主党内では、単純な構図が出来上がりつづあるようだ。今に始まったことではない国内農業の保護と自給率向上問題と、産業の海外への移転流出問題が絡み合う。だから、簡単には結論の出ない。農業も大事だが、産業も当然大事である。若者の就職率の問題なども関係する。失業率の改善は、海外流出産業逆戻りしかないような気もする。 民主党のTPP戦争は、そのまま日本の一次産業と二次産業の産業間戦争にもなりそうだと個人的には思うのだが、国民はいたって冷静で、どこにもくみさない白けた目で、TPP問題を見ているようだ。世論のほうが真実を見ている。政治家は次の選挙を考えての行動だから信用できないとは言わないが、政治家の言動は信用性のないものが多いのは事実だと、皮肉も一つ二つは言いたい思いになるのが民主党のTPP戦争だ。 アメリカに促されての参加なら、ペリーの開港圧力と同じような気もするし、戦後のアメリカのご機嫌伺いの国民騙しの政治が繰り返されるような気もする。さて、民主党が結論を出せるかどうかは、野田総理の決意次第だ。TPP参加表明で民主党の短命政権への道をまっしぐらに進むのか、それとも、反対勢力攻勢を跳ね返して、長期政権へつなげるか正念場になるに違いない。敵が多く、傷だらけの菅総理とは違い、敵なし傷なしの人畜無害的な野田総理だから、あるいは実現可能となるかも知れないと思うのは、皮肉ではない。TPP参加で、農政改革が起きて、米の減反政策もなくなれば、農業の形も変わる可能性もある。TPPを逆手にとって、農産物が輸出に大きなウエートを占める日が来る可能性もある。そんな思いを抱きながら、民主党のTPP戦争を見る。反対も賛成も、真実に則っての行動だけに、戦火は、いよいよ、激しくなりそうだと、紀南の過疎地で考える。
2011.11.03
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台風12号の豪雨災害あった紀伊半島、那智勝浦のボランテイアーは登録制となった。バランテイアはやりたくてもできないから、豪雨災害の地でタイの洪水災害を考える。 タイの洪水は首都バンコク全域冠水の勢いでタイ政府の対応も後手後手で、日本の福島原発の問題と重なる。原発事故の放射能汚染は目に見えない放射能相手で、押し寄せる水の怪物とは明らかに違うが、人間にはあがらえない敵の共通性がある。放射能は人間にとって入らないものであるが、水は人間にとってなくてはならないものである。なければ人間の生命維持が不可能なばかりか、生命そのものが誕生することが不可能な大切なものだけに、その脅威は神的な力と言うしかない。日本の台風12号の豪雨災害でも明らかなように、全てのものを飲み込みその力を牙に変えて流れる落ちる水は容赦ない悪魔のごとき怪物である。津波もまた水の怪物の一つである。タイの洪水は逆津波のように感じているが、全てのものを破壊することはなく、ただゆっくりと、その力を見せ付けている感じだ。日本の豪雨災害とは明らかに違う洪水は、私たちには理解不能な大陸型の水の災害といえそうだ。土石流となり、山崩れの土砂や大小様々な石や木を容赦なく叩きつけ、あらゆる物を破壊していくと日本的な豪雨災害とは違うタイの洪水は、バンコクのあらゆる機能を破壊しそうだ。一気にではなく、時間をかけて生殺しのように、バンコクを侵食する水の怪物だ。 怪物の犠牲者はタイ国民だけではない。多くの日本企業がその牙で傷つく。どれだけの日本企業がタイ進出をしているかと驚くが、日本の私たちの生活にも大きく影響する。寿司ネタのえびだけでなく、車、電化製品など、あらゆる製品が影響し、寿司の海老が食べられないばかりではなく、あらゆるものが影響しそうだ。タイの複数の工業団地には日本がある感だ。5万とも、6万とも言われる日本人の数にも驚く。滞在従者のぶろぐを見るのは好きだが、御馴染みの赤いTシャツのデモや、黄色のTシャツのデモではなく、水色の怪物、大洪水の模様は、何となく知りたくないような思いもなる。人間の力の及ばない災害は、東日本大震災や台風12号の豪雨災害でこりごりだと思うからだ。 「インラック政権は打つ手なしの見出し」があったが、私は政権の対応の不味さなどより、洪水の中で逞しく生きるタイの人々の姿に、政権の頼りなさを補う力を感じる。洪水の中での、筏のタクシーなどは、その逞しさを表現していると思う。そんな逞しい対国民への日本の援助や支援が速やかに行われると信じる。対在住の知人は、心配などしないで休暇のつもりでのんびりしているとか言うが、多くの日本人は、そんなのんびりのんびりムードではいられないだろう。さて、ニュースから洪水の模様を探る。 タイ政府の対策本部があるドンムアン空港にも水の怪物の触手は届き、建物の一部が停電したという。インラック首相は、 「大量の水を海に至急流すことと、早期の復興計画作りが必要だ」と事務的に語ったと言う。 福島原発事故の保安院の会見「人体に影響はない」な事務的な発言に、対国民はうんざりかも知れないが、女性首相は厳しい試練のまえにたじろいでいる様な感じで、「涙ぐみ」などの見出しもあった。泣いてる場合ではないだろうと国民の声を代弁する記者から「泣いているのですか」と聞かれたとか。インラック首相は、「泣いていない。これからも泣かない」と強く言ったとか。日本の菅首相は一人で突っ走った。怒りを前面に出しての迷走感があった。タイの女性首相は、涙を浮かべて、「泣いてない」と言った。そして、タイの国民の誇り王宮周辺に怪物の触手は伸びる。王宮や寺院高級ホテルも浸水する。31日までには大潮で川が氾濫し、バンコク全域が浸水すると言う。タイ政府は全市民への避難勧告で、27日から5日間を臨時の休日としたと言う。軍の出動は5万人体制だ。微笑みの国の洪水はまだ続く。
2011.10.28
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タイの洪水は何処まで行くのか。タイの洪水は何時まで続くのか。タイの洪水の始まりは何処で何時から。そんな疑問が幾つも湧くタイの洪水だ。タイの洪水の規模の大きさや期間の長さがもさることながら、その洪水で知った驚きは、日本企業の多さであった。日本を代表する企業の殆どがタイには進出しているのは驚きであり、タイの洪水が日本に与える影響に驚く。多くの企業が工場を構えるのだから日本人の数も多いのは当然で、日本の地方都市がタイにあるくらいの感覚だろう。さて、タイの洪水に始りは何時だろう。 始まりは、5月の雨期と言う。雨期の降雨量が多く水が十分蓄えられていた。そして、9~10月には、遠く東シナ海の台風や熱帯低気圧の影響で記録的な大雨が続いた。そして、大洪水となった。始まりはと問われると、始まりは5月の雨期と言うことになるようだ。 何日かさかのぼって洪水のニュースをみる。 先ずは10月19日、バンコクの北東部の7区の住民に初めて避難勧告が出された。洪水が南下するから避難勧告が出されたのは当然だ。パトゥムタニ県から洪水がバンコクに向かって南下しているのだから避難勧告は当然だ。日本の豪雨災害のように川が氾濫して一気に周辺を飲み込むのではない。表現は適切ではないがゆっくりとした洪水の南下で、タイ政府も洪水の様子を見ながらの避難勧告だ。日本の紀伊半島の南紀勝浦の豪雨災害の現場を見た私には、何となく、のんびりと言った感じがする。そんな、ノンビリと感じさせる政府への、国民の批判が高まるのは当然で、タイ特有の赤や黄色のTシャツでのデモも起きるのではと心配するが、洪水の中でのデモなどはないだろう。避難勧告もいかにもタイ的で、19日に出たバンコク市からの避難勧告は、家財道具などは高いところに移し、24時間以内に避難するように促すものだった。 バンコク近郊のチャオプラヤ川の堤防が決壊。洪水は首都バンコクに向かっていく。そして、首都機能を守るための理由で、運河の水門6カ所を開いたから、水嵩は増すばかり。日本の原発事故同様に、政府発の情報への信頼度は低いと言う。ある大学の世論調査で、約87%の人が政府情報は信用できなとこたえたとか。それでは政府も面目が立たない。インラック首相は自ら全ての情報を公開すると宣言したと言う。さて、もう一日遡って18日には、日本の駐タイ大使がラカバン工業団地を視察したと報じられ、日本企業の洪水による深刻な影響を直接みた。中部アユタヤ県の5カ所の工業団地が冠水。さらに一日遡ると、パトゥムタニ県にあるナワナコン工業団地も17日に浸水し日系企業約420社が浸水被害だという。日本企業420社である。さて、洪水の被害者は307人で、被災者は880万人と言う規模だ。 18日から22日に下ると、インラック首相はラジオで、水が引くのに1カ月以上かかると言った。そして、全国1743カ所の避難所に、約11万3千人が避難していると言った。そして、死者は増えて、346人になった発表した。 バンコク北部のドンムアン地区が浸水した。洪水被害対策センターがある地区が浸水だ。そして、遂に、バンコクから北へと延びる国道1号線も川となり、車の代わりにボートが交通手段となっている。タクシー代わりは筏と言うから、何をかいわんやである。木の筏だではなく、ペットボトル利用の筏だ。ペットボトルでも筏と言うのかどうかは別にして、筏がタクシーの代わりで動力は当然川の中を歩く人の力だ。そして、何と日よけ付きで2人乗りとか、いす付きも出現している。洪水の中でも商魂逞しい人々の存在は力強い。 そして、遂に、洪水の中での水上市場が現れた。洪水も恐れぬ、洪水も利用する逞しさだ。店をやっているのは多くが女性で、女性の逞しさに脱帽する。まだまだ続くタイの洪水だ。 水の引いた後は、どんな光景だろうか。日本の豪雨被害のように、泥が溜まっているだろうか。日本の豪雨被害と違い巨木や巨岩が流れることはないようで、泥はどうかと気になる。泥はたまっていそうだが、日本の豪雨被害とは違うようだ。一日も早く水が引き、タイの人々の生活が元に戻るように、そして、日系企業の操業開始を祈る。
2011.10.25
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過疎地、田舎、と言われる地方に住んでいると、特に暴力団の存在を意識することはないが、でも、台風12号の豪雨被害の地方にも、振り込め詐欺や、そのほかの暴力団的な魔の手のごとき甘いささやきにも似た文言、いや、キャッチコピー金融パンフレットなどが目に付く。被害者への魔の手に、その背後の暴力団を考える。 暴力団排除条例が47都道府県で施行され、刑法的な意味を持って、全国の暴力団に挑戦する。暴力団組織に挑戦するための国家的な仕組みではなく、地方条例で、47都道府県が暴力団排除の足並みをそろえる。暴力団排除の為に、暴力団に接する市民を罰するのが目的なような暴力団排除条例である。極端な言い方をすれば、日本国民の中に、暴力団の特別枠を設けたのだ。そして特別枠の暴力団員の人権さえも無視するかのごとき条例である。暴力団員と関わる人々の、日常的な生活も規制し、宗教的自由も無視するかの如しで、明らかに行き過ぎだと思う。それでも暴力団対策となると、そんなことも認めざろう得ない、と言うのが、一般的な市民感情などと言う事になりそうだ。 47都道府県共通の条例に違和感があるが、でも、やっぱり暴力団排除が目的だから、そのための対策として共通するのは当然だ。暴力団新法が制定された時も、暴力団にも人権があり、日本国憲法の謳う、法の下平等を犯すのではと論議が白熱したものだ。暴力団排除と、暴力団員の人権であり、暴力団の家族の人権であり、暴力団と関係する人々の人権である。それにしても、47都道府県の暴力団排除条例と、それにともなう警察の動きは、少々行き過ぎだ。暴力団擁護のために文句を言う人はいないと思うが、人権の観点から文句を言う人は多いだろう。特に山口組の本拠地のある兵庫県警の、近くの神社への圧力は宗教の自由を謳う憲法に底触するのではの指摘が多い。 初詣は誰にも許される宗教の自由である。近くの寺社仏閣へのお参りは、日本人的宗教観の原点であり、又、日本的の習慣である。宗教心がなくても、寺社仏閣に詣でるのが日本人だ。近くの神社への祈願を阻止する国家権力の横暴と、暴力団側の弁護士は主張する。これまで、警察も寺社仏閣への圧力は遠慮気味であったが、ついに暴力団排除の為に、暴力団ではなく、暴力団に関わる人々に圧力を加え、そして罰を与える暴力団排除条例が、目に見える形で、一般市民にも迫ってきたのだ。 一般市民と見分けがつかないスマートなやくざはいくらでもいるだろう。関西系の何処から見ても一般人には見えない極道的な暴力団は避けて通ることもできるが、東京の暴力団員は一般人と見分けがつかない。洗練されたスマートな青年風、また、おしゃれなで粋なIT紳士風、また、平凡この上ないサラリーマン風とか、生真面目な公務員風暴力団員もいるようで、あなたは暴力団員ですかと、訊かないかぎり判別不能では、万人を相手にする商売人は苦労する。 それにしても、商店街や、あるいは映画館などの娯楽施設、果ては冠婚葬祭まで、暴力団排除では、暴力団員は息苦しいが、悪知恵の働く暴力団が、はいそうですかと、引き下がるとは思えない。全国を塗りつぶした暴力団排除条例の抜け道を探し、目に見えない抵抗を示すだろう。そして、暴力団排除条例のおかげで、暴力団が少なくなったような気がするだろう。でも、暫くして、気がついた時には、また、新たな特別法が必要と言う事になるだろう。単純な表現で、いたちごっこ、が続くわけであると、行き過ぎた暴力団排除条例に皮肉を言いたい。暴力団を必要悪とは言わないが、行き過ぎた正義は、悪と同じだと、重ねて皮肉を言いた。 でも、暴力団排除条例に期待する人も多い。 でも、商売人にとっては、厄介だ。 暴力団も消費者の一人、お客さんの一人。 お客さんに売るのを断るなどできない。
2011.10.25
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10月4日、那智勝浦町の災害ボランテイアセンターは、何組かのボランテイアを送り出した後、待機が続いた。台風12号の豪雨災害は那智川流域の市野々地区、井関地区、川関地区が特に酷く、災害ボランテイア活動の拠点は中心部になる井関地区にあるが、その拠点にさえ向かう様子もない。やがて、治安の理由で被災地への乗り込みは様子見だと言う説明だが、ボランテイア活動と治安が結びつかない多くのボランテイアは、そんな説明に納得はいかないが、黙って指示を待つほかない。 やがて、治安に影響を与えるのは、大量の銃弾が見つかったからと、噂が流れ、銃弾の正体は散弾銃らしいなどといわれだした。前日にボランテイアの間でシシ屋敷と呼ばれる老猟師の家の床下の泥出しをしていたので、大量の散弾が発見されたのは受け入れられるが、散弾と治安が結びつかない。暫くして、ボランテイア活動のリーダーに噂の真意を確かめると、首を捻るだけだった。話を聞いているそばの老ボランテイアは、天皇陛下の訪問があるのではと言う。それもありえない事ではないが、突然の訪問などないだろうと、リーダーは首を振りながら、情報収集に向かった。 結局、被災地のボランテイア活動は中止となり、那智の浜の流木やゴミの片付けに向かった。12時過ぎに自衛隊のヘリコプターが、砂埃を舞い上げて、近くのグランドに着陸した。食事中の私達は、顔をしかめ目蓋を閉じてヘリコプターを見たが、被災地に何があったかと、色々な意見が出始めた。結局、大量の散弾と自衛隊のヘリコプターから、不発弾の発見などの意見もあり、真相は見えないまま、もう一機のヘリコプターの到着だ。二機の自衛隊ヘリコプターに、ただならぬ事態発生と思いながらも、午後の片付け作業は始った。ところが、不思議に誰も気にしている様子もなく、皆が真相を知っているのかと、疑問に思ったほどだ。 那智の浜での作業は流木の片付けであり、打ち上げられたゴミの片付けである。一人で持てる流木は少なく、二人、三人、、、そして、十人掛りとか、最大で十五人で巨大な流木を片付ける。そん作業を見ていると、集団の力の凄さを改めて知る思いになり、誰かの、「ピラミッド建設の謎が解けたような気がする」の言葉に頷いた。ボランテイアセンターでは、一人で持てない流木は、重機などで片付けるから、そのままにしておくように言われたが、それでは、殆ど片付かない。作業は進展しないので、一組の力自慢が手頃なのを片付ける。その作業をみた別の組も負けじ片付け始める。次第に片付ける流木は大きくなり、三人掛かりとなり、四人掛かりとなり、次第に流木は巨大化していく。一方、女性ボランテイアを中心のゴミの片付けも、壮大な絵巻のように展開していく。そして、小さなゴミは熊手で集められ、流木とゴミに埋め尽くされた那智の浜宮の浜が姿を現す。 泥だしでも、女性ボランテイアの凄さを感じたが、浜のゴミ片付けで、その凄さを再確認した。殆ど経験のない作業に違いないはずの、若い女性の作業振りには感心しきりだ。泥出しなどでは、一輪車さえ巧妙に扱い、障害物の大い細い通路を往復する。中には、20センチ足らずの細い道板の上を警戒な足取りで一輪車を押し歩く、女子大生と思しき女性もいる。 さて、10月4日の被災地のボランテイア活動中止の真相は、治安に関わるとかの噂の真相は、参議院災害対策特別委員会のメンバーの被災地視察であった。今更の思いになる参議院災害特別委員会メンバーの被災地視察だ。しかも、自衛隊のヘリコプターでの、人騒がせな視察である。首相はとっくに視察し、激震災害の指定もされている被災地に、今更、何を見に来たのかは知らないが,参議院災害対策特別委員会のメンバーは、自衛隊のヘリコプターでやってきた。道路の復旧が進み、通行可能となってからの自衛隊ヘリコプターでの視察だ。復旧作業を中止させての視察の結果、首相視察以上の何が、被災地にもたらされるのかと問いたくなる無意味に近い視察と言いたい思いだ。くどくなるが、何がどう変わるのか、疑問を抱かせる人騒がせな、参議院災害特別委員会メンバーの視察だ。台風第12号による被害状況等の実情調査のため、、、、と、マスコミは報じるが、、、、、。
2011.10.06
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紀伊半島南東部、紀南地方、那智勝浦は暴風の真っ只中。台風15号の暴風域に入った紀伊半島は暴風の真っ只中。沖縄付近で長い間うろつき、次第に勢力を増して北上した台風15号は遂に非常に強い台風として、速度もまして日本列島に襲い掛かる感じだ。四国から紀伊半島東海にかけての台風上陸の可能性のある地域は強烈な暴風の中だ。20日朝の台風の勢力は、中心気圧は940ヘクト・パスカル、中心付近の最大風速は50メートル、最大瞬間風速は70メートルである。半径150キロ以内が風速25メートル以上の暴風域。 台風12号で甚大な被害の紀伊半島南東部紀南地区は昨日から暴風圏内の生活だ。避難勧告で無人の町と化した被災地で、台風の状況を見ながらの復旧作業を続ける大型重機と大型ダンプカーだけが動いている。消防、警察、そして自衛隊の警備する被災地は、抉り取られた傷痕を暴風雨に晒しているかのようだった。道路や空き地に積み重ねられた家財道具や電化製品その他諸々の生活用品は、殆どが片付けられてはいるが、それでも、流木などの大型ゴミをはじめ、多くのゴミが残されている。 台風12号のもたらした記録的な大雨のため、紀伊半島南東部には5つの堰止湖(土砂ダム、土砂崩れダム、自然ダム、天然ダム)が残された。奈良県に4つ、和歌山県に1つの堰止湖は、決壊の危険を孕んでいる。台風15号の大雨にゆる新たな被害の可能性もある堰止湖は、国交省の厳重な監視下にあるが、場所が場所だけに、決壊防止策も打てないのが現実だ。 紀伊半島の南東部は猛烈な暴風が吹き荒れている。那智勝浦町海岸部の住人は、窓も開けられない中で、窓越しに見る暴風雨の風景と猛獣の唸り声にも似た暴風雨の音に、那智の滝に向かう県道那智山線沿いの、台風12号の被災地の事を思う。昨日の夕方、井関地区の知人が避難したかどうか確かめにいった。井関地区をはじめ、那智川沿いの被災地は台風12号による被災後、二度目になる避難勧告だ。知人はいなかったが、近くで警戒する警察官に尋ねると、勝浦小学校に避難したようで、安心して帰った。 先日、市野々地区でのボランテイア作業時、共に後片付けをした地元の40代のご婦人は、「避難勧告のあった日だけ、避難所で休むことができた。「その時だけは、正直、雨に感謝した」と、被災後の苦しい日々を語った。避難勧告のあった日だけしか、休むことのできない後片付けの日々の苦しさが表現された言葉に、改めに、被災地の風景を見渡した。2週間過ぎても、3週目になっても、被災地の現実は、通行の障害物がなくなった程度だ。そんな中での、非常に強い台風15号の恐怖が被災地に襲い掛かる。
2011.09.21
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紀伊半島南東部に甚大な被害をもたらした台風12号は、足の遅いのろのろ台風であった。大量の雨を降らせるのろのろ台風12号の爪痕は深く、未だにその後処理は進んでいない。那智川の氾濫で甚大な被害の那智勝浦町の那智川沿いの被災地は、自衛隊や多くのボランテイアの復旧作業が続くが、遅々として進まないのが現状だ。決壊家屋は手付かずで、床下が抉り取られて傾いた家屋も手付かずで、流された自動車も殆どが手付かずで、集落の隙間と言う隙間には運び出された家財道具が積まれている。電化製品は運び出され目立たなくなったが、至るところに残るゴミの山は、被害の大きさを物語っている。そして、未だに続く行方不明者捜索。 そんな台風12号の豪雨被災地に、台風15号が新たな脅威となっている。台風12号同様に、足の遅い15号は、日本列島へ向かう進路ではないが、沖縄付近で停滞気味で、その影響で、紀伊半島は大雨の予報だ。雨は、昨日の朝から雨が降り始め、私のボランテイアー活動も中止となった。そして、今日は更に、大雨が予想され、避難勧告も出ては、今日も私のボランテイア活動は中止だ。私のみならず、全てのボランテイア活動は中止だ。 さて、気象庁は発表によると、台風15号の今日朝の状況は、沖縄県那覇市の東南東約220キロの海上でうろうろしているらしい。うろうろの表現は、台風12号の速度の遅さをのろのろと表現したからだが、停滞気味の台風15号の速度表現には、うろうろがまさに、うってつけなような気がする。のろのろ台風の豪雨被害の被災地に、うろうろ台風の豪雨が不安を与える。 うろうろ台風15号の勢力は、中心の気圧は985ヘクト・パスカル、中心付近の最大風速は23メートル、最大瞬間風速は35メートルだ。そして、紀伊半島には大雨が予想され、のろのろ台風12号の豪雨災害地域は、うろうろ台風15号のもたらす豪雨に、不安な時間を過ごす事になる。 今年の豪雨被害の特徴でもある、「土砂崩れダム」 その、「土砂崩れダム」の決壊が大きな被害に繋がる可能性がある。 5つの「土砂ダム」は、紀伊半島の脅威だ。大雨になれば、その中の幾つかが決壊する可能性は大きいと言う。いや、幾つかの「土砂ダム」は確実に決壊するという。現在は陽射しがギラギラと煌めいている。でも、防災無線で、様々な復旧活動の中止、ボランテイア活動の中止が放送されている。海岸部は明るく、山間部は分厚い雲に覆われている。
2011.09.17
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他の被災地も同様だが、那智勝浦町の豪雨被災地も、官民あげての懸命の復旧作業が続いている。那智勝浦町の海岸部に住む。那智勝浦町でも海岸部は殆ど無傷と表現したい。そんな海岸部の住人は心苦しい思いである。那智川の氾濫で多くの犠牲者と行方不明者のでた地区。二週間が過ぎても道路の両脇の家財道具で溢れている。股らしい電化製品などを見ると災害の悲惨さを新たに感じる。自衛隊や警察の行方不明者の捜索活動も行われる中での、ゴミ処理が、ゴミのトラックへの積み込み作業が、連日の私のボランテイアー作業現場だ。毎日大量のゴミが積み込まれるが、ゴミが少なくなった感じはしない。家の中からは次々とゴミが出ている。積んでも積んでも、運んでも運んでも、減らない災害ゴミである。東日本大震災の被災地の映像を見ている私達は、少々の災害には驚かなくなっている。災害に鈍感になっても、豪雨災害現場は驚きの現場だそんな台風12号の豪雨災害が激甚災害指定となる。当然だと、現場で作業をする人間は思う。あの現状を見たらの思いになる。 様々な人々が、様々なところからやってくるボランテイアー活動には感心する。石巻からやってきたボランテイアーグループに、あの東日本大震災の石巻から、まだ復興の序奏さえ終わってない大震災の地からやってきたボランテイアー・グループに驚く。中学生から老人までの年齢幅に驚く。 今日は雨模様で、今日は台風15号の影響の雨模様で、私のボランテイアーは休みとなるが、こんな日でも、活動を続ける人はいるだろう。彼らの行動力、活動力、そして、その心根に敬意を表したい思いになって雨空を見上げる9月16日の朝。
2011.09.16
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一家5人を同時に失う悲しみ。 記録的な降雨量をともなった、のろのろ台風12号は、東紀州、紀伊半島南東部に大きな爪痕を残した。山は抉り取られ川は氾濫し、その被害は想像をはるかに越え、多くの被害者をだし、今尚、多くの行方不明者もいるほどだ。 NHKのクローズアップ現代でも「降り止まぬ雨」と表現されたのろのろ台風のもたらした記録的な雨のもたらした災害。犠牲になった被害者の家族の悲しみを思うと心が痛む。 那智勝浦町内で見つかった男女4人の遺体は行方不明になっていた市野々の一家だった。自動車修理業の45歳の男性と、46歳の妻、町立那智中2年で14歳の長女、同1年で13歳の次女。8日には町立市野々小2年で7歳の次男の遺体が確認されているから、一家5人がなくなったことになる。 一家5人の犠牲は、これまでの災害、東日本大震災や阪神泡時代震災でさえ、あったかどうか分からないが、信じ難い事実である。家族とはなれて都会暮らしの長男は、一家全員の死の現実を前にして、どんな思いかは、予想もつかない。一家5人の死を受け止める強い精神力を思うが、それ以上のことは私には表現のできない。 一人の青年に神が与えた試練などと言う表現など、一家5人を同時に失う悲しみのまでは意味もなさない。それでも神に対しての問いかけの中に、一家5人の死を受け止め、乗り越え、強く生きる青年の心が保たれ強くなっていくような気がする。一家5人の死の悲しみが消えることは無いが、悲しみを強い力に変えて彼は強く生きるだろう。この試練に立ち向かう若者に、神は強い力と信念と、そして優しさを与えるだろう。これほどの悲しみはこの世には無い。この悲しみを乗り越える力を持つ若者の未来は栄光に満たされると信じる私は、何日も那智勝浦町井関の知人の家で泥出しを手伝った。一家5人が亡くなった市野々は井関の近くで、那智の滝に向かって進んだら、直ぐ上の方である。 一家5人を失う悲しみは、私には表現も説明できないが、せめて悲しみの一片を共有する心だけは持ちたいと思う。そんな思いを胸に、ボランテイアーに参加する。
2011.09.13
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のろのろ台風12号の暴風域は広く、そののろのろぶりから、紀伊半島は長い間暴風域であった。驚異的な雨量出、雨量記録が幾つも塗り替えられ、紀伊半島中央部から東紀州にかけての多雨地帯は、土砂崩れや川の氾濫で大災害となった。一般的に私たちが考える表層土砂崩れではなく、深層土砂崩れと呼ばれる山肌を断層ごと深く抉り取るような土砂崩れで、大量の土砂が川に流れ落ち、また、谷が埋められ土砂ダムができた。紀伊半島中央部の大峰山系から熊野灘に流れる川はこぞって氾濫した。そして、太陽の土砂が運ばれた。氾濫した川の周辺は土砂で埋まった。住宅は土砂に埋まり、畑も田んぼも、そして、空き地も全て土砂で埋まった。また、大量の流木も運ばれ、その流木が橋を破戒し、ガードレールをひん曲げ、家の壁を突き崩した。東日本大震災の大津波の後の風景が那智川の周辺にあった。日本最大の名爆那智の滝、世界遺産那智大社への道路は寸断され、那智の滝から流れ下る那智川の氾濫は、大津波の後と重なる風景である。日本有数の降雨地帯紀伊半島、水害には強いといわれた紀伊半島南東部。水害は素の地に起きた。年間雨量の3分の2が3.4日で降った凄さは、NHKのクローズアップ現代でも、「降り止まぬ雨」と表現した。振り続けた雨が止んだとき、私は不思議な開放感を味わった。まだ、図付近の川の氾濫を知らなかった。開放感に誘われて車を走らせ、やがて大災害を知る事になる。想像をはるかに超えた大災害が、降り止まぬ雨に感じない鈍感さを今更ながら思う。そして、被災した知人の家で見た泥の色は地獄の色かと思った。家の中正面に新宮那智勝浦道路災害復旧は皆の力で。被災地からも。
2011.09.12
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紀伊半島は台風銀座。紀伊半島は台風の通り道、紀伊半島は台風の上陸地、台風北上にニュースに、紀伊半島の住人の私は、憂鬱に名日々を過ごす。今年の台風の速度はこぞって遅い。台風6号はだらだらと進む感じだった。12号も速度は遅く、ノンビリと、ゆっくりと北上してくる。そして、知らず知らずに目標は、紀伊半島となっている。 台風12号は大型で強い台風で、2日から3日にかけて日本列島のど真ん中に上陸する可能性がある。日本列島のど真ん中は中部東海地方で、日本列島に上陸し、内陸部を北上する縦断コースの可能性もあるとか。ややこしい言い方する必要などないと言いつつ、ややこしいい方を続けると、日本のど真ん中に向かうルートを、やや西寄に進路を変えつつ、ゆっくりと、しかも勢力を維持したまま進んでいる。日本上陸は2日夜から3日の朝の予想だという。 しかし、台風の現在のルートは紀伊半島上陸ルート。紀伊半島直撃ルートだ。紀伊半島の住人である私は、二日前から台風状態の生活だ。昨日は荒れ狂う熊野灘沿いの国道42号線を北上して、三重県熊野市鬼ヶ城まで行ったが、フロントガラスには潮が張り付き、視界不良となった。水を噴出し、ワイパーを動かしながらの走行が続いた。 今日も台風の真っ只中の感じで夜が明けた。窓から見える港には、多くの船が鬩ぎ合うように係留されている。見慣れない船が、重なり合っているよう港の風景は、御伽噺の場面のようでもあり、未来の港のようでもあり、宇宙的な港とのようである。 木々は揺れ、電線も唸りつつ揺れ動くが、大きな港の中の、小さな港は、二重三重の防波堤に守られ、係留する船は殆ど動かない。大きな港の港口の両側の防波堤に波は砕け舞い上がっている。舞い上がる波涛は台風の接近を証するが、大きな港の中の小さな港は静かだ。 重なり合うように港に係留される船は、時速10キロ以下ののんびり台風の通過を待って、何日も身動きできないくらいの狭苦しさの中で過ごす。大海を我がもの物顔で航行する船には、何とも哀れな風景だが、台風と切り離して、船が犇きある港を見ると、御伽噺の場面のような、未来都市の中の港のような、宇宙都市の港のような気がすると繰り返す。 ゆっくり台風6号は多くの雨量記録を塗り替え、ゆっくり台風の特徴を示した。台風12号もまた、ゆっくり台風で、6号同様に多く雨を降らせそうだ。速度の遅さは、雨の時間を長引かせる。現在は強風だけで、雨はふってないが、もうそろそろ、大雨が降り始め、本格的な暴風雨となりそうだ。 速度の遅さは、同じ場所で大雨が続く事になる。紀伊半島は暫くは暴風雨の中と言うことになりそうだ。何日間強風の中、何日間暴風雨の中の生活が続くかと、ため息混じりに呟き空を見上げる紀伊半島の住人は憂鬱だ。
2011.09.01
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紀南地方は台風真っ只中の朝です。暴風吹き荒れる朝は三日目となりました。こんな長い間の暴風雨の続くことがあったかと、思えるほど暴風雨の日が続く。大型台風6号は衰えることのない勢力を維持し、方向を急転換して紀南地方を目指してきます。6時現在、田辺市の50km沖付近です。時速15kmでは、紀南への上陸の可能性が強いです。雨台風でもあるゆっくり台風6号の大雨は、熊野川に氾濫情報が発表され、現在氾濫している場所もあるようです。昨日からは和歌山県全域に暴風警報発令です。いや、いや、和歌山県は昨日から、暴風雨関係のあらゆる警報が発令です。新宮、勝浦、串本、田辺、、熊野川町、本宮町、、、、古座川町色川、、、テレビのテレップに流れっぱなしです。昨日から私は家に閉じこもり、今日も私は家に閉じこもり、じっと台風6号の通り過ぎるのを待つが、でも、閉じこもるのは心だけ。テレビには「なでしこジャパン」のメンバー、金メダルをかけての勇姿を見せる。台風など吹き飛ばす「なでしこ」の勇姿。台風など吹き飛ばす日本女性の勇姿に見惚れる。
2011.07.20
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日本の歴史が培った知恵がある。日本の気候風土と調和したに知恵がある。東日本大震災で、思い出す日本の知恵がある。日本の知恵著者:遠藤ケイ価格:861円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る
2011.06.20
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和歌山太地町は那智勝浦町の住民にはとなり町、となり町太地町のニュース。和歌山県太地町はクジラの町。映画「コーブ」で世界的になったクジラの町。太地町はオーストラリアのブルーム町と姉妹都市。その太地町にブルーム市からの親善使節が訪れた。ブルーム市はオーストラリア北西部の港町。そのブルームからやって来た親善使節は町長を含めた7人だ。映画「コーブ」に触発されイルカ漁を批判するブルーム町。姉妹都市提携は停止状態(一時)となった。2009年8月議会は姉妹都市提携の停止を議決。同年10月提携継続を決議でも、姉妹都市提携30周年を記念して、改めて提携文書に調印する為に親善大使がきた。ブルーム町と太地町、繋がりの歴史は古い。明治維新後始ったボタン加工の真珠貝採取まで遡る。古座川周辺では外国に行くといえばオーストラリアと、司馬遼太郎著「木曜島の夜会」にいう。太地も古座川と同じ地区。太地町から多くの人々が出かけた。さて現在の」イルカや鯨漁に対する思いは違っても、それは、気候風土を原点とする文化的な違い。他国の、他民族の、文化を受け入れる寛容さが、友好的で平和的なつながりと親善大使は言っている。司馬遼太郎の短編、「木曜島の夜会」は、真珠貝採りのダイバーの話。
2011.06.09
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紀南地方は暴風雨の朝。暴風雨の中で少し痛快なニュース。亀井静香さんが久々に示す存在感、亀井さんは、まだ、元気だった。言った言わない論争にうんざりするのは、無垢な国民ばかりではない。あの方もお怒りのようです。無垢ではない方もお怒りのようだ。あの方の正体は国民新党亀井代表。お歳のせいか最近は滅多に注目されることもない。存在感も薄れつつある亀井静香さんの、久々のお怒りの言葉といえばお怒りを受けそうだ。さて、亀井さんは23日夜、菅首相に電話し、内閣府原子力安全委員会委員長の更迭を進言した。この非常時に学者の保身的な発言にお怒りだ。「可能性はゼロではない」にお怒りだ。 大阪の講演では、「再臨界の可能性はゼロではない」の言葉にお怒りだったと言う。「日本の危機に直面しながら、原子力安全委員会の責任者が、そういうことしか首相にアドバイスできない」とお怒りだったと言う。そこまでは、正論だと誰でも、さすが亀井静香さんと思うだろう。「小沢元代表を座敷牢から出すべきだ」と、見事な表現で党員資格停止の小沢さんの復活を促す。「党内が結束しないで野党に協力を求めても乗るわけがない」と、菅首相の政権運営にも釘を刺す。 小沢さんの座敷牢からの復活は、色々意見の分かれるところだと思うが、でも、やっぱり亀井さんには、ご意見番として頑張ってもらいたい。郵政問題に拘らず、全ての問題のご意見番として、頑張ってもらいた。小沢、渡部の固陋の誕生会が注目され、政争の嵐が吹き荒れる予感のある政界に、辛らつにしてユーモラスな、釘を刺して欲しい。震災復興と原発処理のために力を結集しろと、見事な表現で、釘を刺してほしい。 ゆっくりと歩いて来た亀さんの出番が来た。そんな気もする、亀井静香さんの久々のマスコミ登場だ。
2011.05.24
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大相撲が始った。大相撲は始ったが、正式な場所でもなく、NHKの放送もないから、田舎の住人は関係ないと冷ややかに構える。 野球賭博問題から端を発した八百長問題で揺れる日本大相撲協会は「技量審査」の特別場所を開催した。本来なら夏場所の「技量審査」場所は、人気は上々のようで、初日は大盛り上がりと報じられる。入場料無料の人気場所と皮肉の一つも出る初日だった。その初日、日馬富士と魁皇の大関陣の負けは何時もの場所と同じで、横綱白鵬の快勝も何時もの場所と同じだった。でも、やっぱり何かが違う。何と言っても違和感のある監視員が多く目立つ場内風景。監視員の目を気にしての取り組み、力士も何となく力が入りにくいのではと同情する。裸の肉体がぶつかり合う土俵は、どんな展開になるか予想がつかない。それが大相撲の醍醐味でもある。立会次第では、感情的になったり、気を逸らされ力が抜けることもある。それが相撲の面白さである。 そして、星ひとつで、天国と地獄の違いがあるといわれる大相撲で、星の貸し借りがあっても当然だろうと思うのが、特別に大相撲が好きではない人の見方だ。カドバン大関の七勝七敗の千秋楽がよく例に出される人道的八百長は、誰も責めもしない。それが日本的な美徳だから。逆に勝ってしまうと、スポーツ的には称えられても、自己嫌悪的になり自分を責める。社会的責めはなくても、自分で自分を責める。 日本精神のなくなったスポーツだけの大相撲に魅力があるかどうかは何ともいえないが、私はそんな大相撲は観たくない。横綱、大関と階段があり、星一つ、階級一段で、天国と地獄の差があれば、当然、常に真剣勝負だが、でも、やはり裸のぶつかり合いの土俵の上は、複雑な人間的感情が絡み合う。スポーツ性と人情や文化や伝統が折り合いをつけるには、無理があるかも知れない。 いい機会だからと言いたい。 大相撲を日本の国技などの発言も控え、もし、国技を主張するなら、法的根拠のための法整備とか、又、日本国籍の力士だけが資格を有するとか、改めて欲しい。外国人力士が参加するなら、国技ではないと、明確にして欲しい。外国人力士参加の今までどおりなら、国技も主張しないで、国技館も名称変更が当然だと思う。日本相撲協会は国との関係も改めで、独自で指針を示して欲しい。そして、白鳳の記録と、双葉山の記録も、別物にして欲しい。外国人力士が横綱大関に君臨する国技などありえない。根元の部分を改めないでは、意味もないような気もする。外国人力士が嫌いではない。嫌いではないが日本の国技なら、日本人力士が守るべきだと、単純に思う。
2011.05.09
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白雪姫を読んだあなたのイメージも白雪姫を読んだことない私のイメージも共に白雪姫は心優しいお姫様。でも、そうではない白雪姫の話だ。魔女は白雪姫にりんごを売りつけようとしているのか。魔女は白雪姫を騙して放射能汚染の、りんごを食べさせようとするのか。でも、利口な白雪姫は騙されない。魔女の持つ新聞の「日本の放射能」の見出しを見逃さない。利口な白雪姫は魔女に騙されない。新聞の見出しを見ながらりんごを虫眼鏡で調べる。りんごを調べる白雪姫は、素知らぬ風の西洋的な魔女。白雪姫は魔女に「日本から来たのか」と問う。でも、と、日本人は、魔女は西洋にしかいないと抗議する。魔女は西洋にしかいないと抗議する。りんごの持つ禁断の果実的なイメージと、白雪姫と魔女の関係が、放射能汚染のりんごへ繋がるが、白雪姫のイメージが変わる。ブラックユーモアにしても、腹立たしく情けない。しかも、論説面に掲載されたというから尚更だ。しかも、ニューヨーク・タイムズが親会社とか。それにしても、一コマの漫画の力を感じる。日本産食品は放射能汚染と世界に警告している。「日本から来たのか」と訊く白雪姫の言葉は、優しい白雪姫のイメージさえ変える。日本領事館はニューヨーク・タイムズに抗議した。世界の良識ニューヨーク・タイムスだ。情けない思いになる日本国民だ。情けない思いは白雪姫のイメージを変える。言論の自由も表現の自由も、意味をなさない白雪姫の言葉。魔女は素知らぬ風であっても、多くの言葉がそこにはある。繰り返すと、一コマ漫画の力に驚く。魔女は語らないが、「日本の放射線」の新聞を持っている。白雪姫はリンゴを虫メガネで調べる。「あなたは日本から来たの」と、白雪姫が叫び、虫メガネでりんごを調べる。そんな漫画の一コマが多くを語る。でも、魔女は日本にはいないと私は言う。
2011.04.26
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2011年3月11日午後2時46分頃、宮城県沖で発生した大地震は「東北地方・太平洋沖地震」と命名され、マグニチュードは最終的には8.8で。日本の歴史上最大の地震だと言う。震源地は三陸沖で震源の深さは10キロで宮城県栗原市では震度7を記録した。そして、午後3時15分頃茨城県沖でも震度6弱の地震があり、震源の深さはおよそ80キロでマグニチュードは7.4であった。その巨大地震の津波警報を知ったのは、和歌山県那智勝浦宇久井半島での海岸から上がった時だった。海岸から岸壁の階段を四苦八苦して登った時、サイレンが聞こえ始めた。遊歩道の整備作業の人に訊ねると、「火事だろう」と言うが、「たぶん」と笑った。互いに笑うから大事とは思わない。でも、ビジターセンターで、東北に地震があり、そのための、津波警報と教えられ、直ぐに、三重県は大津波警報だと教えられた。そして、ビジターセンターは高い場所だから大丈夫と女性職員は笑い、偶然にも、海岸から上がってきた幸運を共に喜んだ。 津波警報は聞いたことがあっても、大津波警報を聞いた覚えはない。ビジターセンターを出て、宇久井半島から町に向かう道路の海岸の見える場所には早くも車の縦列だ。海岸の様子を見ながら国道に出るつもりで、海水浴場のそばの道路に向かうと、進入禁止だ。それにしても、津波警報への対応の早さに驚くばかりだ。海岸を上がり、ビジターセンターに到着する時間と、ビジターセンターで女性職員と話をした時間は、そんな長い事件ではない。その間に、海岸部の道路の進入禁止や堤防のゲイト閉鎖なども行われていた。 国道を走っていても、海岸の見え、安全と思われる場所には、人が集まっている。消防車や道路パトロール車が頻繁にすれ違う。津波警報の和歌山から大津波警報の三重県に入ると、いよいよ津波が間近に迫るような気がした。途中の紀宝バイパスの海を見下ろす場所には、多くの人が群れていた。御浜町の海岸には防波堤工事現場で作業員の慌ただしい片付け風景があった。それでも、家に着くまでは、大地震の実感はなかった。テレビをつけ、被害状況を知り、つまみの映像を見て、大地震再確認した。そして、長いこと連絡もしてなかった尊敬する大先生に安否確認のメールをした。仙台の都市部の高層マンションにお住まいの大先生だから、地心の被害などは無縁とは知りつつ、無意識にメールをしていたといった方が正しい。 テレビ報道では、現在のところ、津波の最高の高さは7メートルと言う。北海道から徳島に至る太平洋側に大津波警報だ。太平洋側のその他の地方は津波警報だ。そして、岩手、宮城、福島と、多くの犠牲者が出ている。そして、東京では帰宅難民の出る可能性もあるという。運転中止の交通機関、運転再開のニュース、でも、運転見合わせの交通機関も多いと、紀南地方の山間部でも、地震の報道はリアルタイムだが、東北地方への電話はつながらず、東京への電話もつながらない。日本中何処で地震が起きても不思議ではない地震国日本だ。東南海地震の心配されるこの地方も、地震が何時起きても不思議ではない。和歌山県内陸部で小さな地震が頻発して地震の心配だ。心配をしても始らないが、心配しないわけにもいかないような、地震はそうしたものかも知れない。人間の心配など、地震には殆ど無力であり、人間に出来ることは少ない。被害の軽減策ぐらいしかないが、出来ることはやっておくしかない。そして、今回の地震に対しては、地震の犠牲者がこれ以上増えないことを祈るしかない。政府の迅速な救済対策を願うしかない。自衛隊の出動が速やかに行われ、被災地の人々を失望感から救って欲しいと願うしかない。全ての救済対策に躊躇することなく行われ、法的に問題のあることでも、超法規的な処置で行われ、被災者の救出活動が迅速に行われることを願うしかない。
2011.03.11
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熊野市は変わりつつある。そんな気がするのは、4月からこの地を別の土地に行くから、懐かしさで言うのではない。駅前の乙女像が撤去されているからでもない。二人の県会議員が揃って引退し、世代交代がスムーズに行われ、しかも後継者は、親の地盤を引き継ぐ世襲ではない。最初に引退を表明した森本繁史さんの後継者は学習塾経営の女性で、続いて引退声明の荻野虔一さんの後継者は、小学校教諭だ。教諭ではなく孝職員組合の方だが、地元のヨシクマ新聞の紹介記事や写真で見る限り政治色を感じない。 二人の県会議員の引退を熊野市が変わりそうだと書き出すすのは強引過ぎるが、それでも熊野市の変化の一つと考えたい、清々しい思いのす流世代交代である。全国的に考えても、世襲ではないスムーズな世代交代は珍しいだろう。もし、正確に調べてみても、そんな県会議員はいないだろう。北海道議や大阪や京都の府議、又、東京都議会員でも、同じ選挙区のライバルのスムーズな世代交代はないだろうと思う。二人の県会議員に関わりがあるわけでもなく、選挙以外には接点もないが、何となく誇らしさを感じるから不思議だ。政治が家業的になり、世襲が当然となっている政治世界では、珍しいことだ。しかも、過疎地の選挙区での女性候補者は珍しく、期待する人は多いだろう。 二人の県会議員が引退し、スムースな世代交代が行われるから、二人の選挙区である熊野市が変わると思うのではない。熊野市駅前の乙女像の撤去が変化の兆し等と言うつもりもない。駅前の乙女像撤去は、何故だと、何度も心のなかせ叫んだくらいに反対である。駅前の広場ができる訳でもなく、特別な意味があるとは思わない。駅を降りて、何のインパクトもなく、過疎地の駅前の寂しい風景を目の当たりにするのと、美しい乙女像と対面するのは趣が違う。乙女像が市の所有物で死の管理下にあるのか、それともJRの持ち物で、JRの管理下にあるのかどうかは知らないが、何故の思いがある。でも、駅前の交通がスムーズになると、それはそれで、意味のあることだと、3月までしか熊野市にいない私は理解を示す。乙女の像が迎えてくれた乙女の像はもうないそして、駅前に出来た文化交流センターの、色々な催し物には感心している。特別の催しものでなくても、センター通路には、雛祭りには雛祭りの、子供の日が近づくと子供の日に因んだ、、、七夕には七夕に因んだ、、、、クリスマスにはクリスマス用の、、、、子供たちのための、色々な飾りが出現する。そんな飾り付けや、子供たちの絵や書付を見るのも楽しみだった。 それだけで、熊野市が変わるという説明にはならないが、熊野市が変わるような気がしているだけで、明確に説明など出来るわけもない。一つの市が明確な区切りで変わることなどあるわけもない。でも、年度末になってせわしくなった道路工事などとは別に、高速道路の建設で多くなった大型ダンプの列を見ると、何か大きな変化を予感する。 ソフトボールのメッカを目指して、特に女子ソフトボールは、熊野市で多くの試合が行われ、又、多くのチームのキャンプも行われる。野球も高校野球のキャンプや、交流試合なども行われ、又、プロ野球の二軍の試合なども行われる熊野市は、スポーツのイメージも定着しつつある。
2011.03.02
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熊野灘で起きた漁船転覆事故は海上保安庁の調べで当て逃げと判明した。海上保安庁が当て逃げと断定したかどうかは分からないが、当て逃げに間違いないようだ。磯崎漁港所属の漁船の転覆事故で、漁師の方がなくなった事故だ。 当て逃げの船は直ぐ分かると思うが、まだ現在のところ、分かってないようだ。漁船の傷跡には、薄緑色の塗料が付着して板と言う。塗料の分析から、当て逃げの船に辿り着くのは時間の問題と思うが、それでも、早く名乗り出て欲しいと思う。 磯崎は小さな漁師町だ。漁師町の表現は古臭い。小さな漁港のある小ざっぱりした町が適切な表現かも知れない。日本の漁師町の原風景が残るのが磯崎だ。港には漁船のほかに、釣り船やクルーザーも浮かぶ長閑な漁師町だ。 長閑な漁師町の突然の悲報で、私も散歩に行く予定を中止した。熊野士の中心部、熊野市駅からでも、車で10分で行ける磯崎港。色鮮やかな「早苗旅館」が国道42号線を走る車からも目印になる。民家は港を囲むように段々に上がり、半円のコロシアムを思わせる。 漁船当て逃げの犯人は速やかに名乗り、速やかに謝罪し罪を償って欲しいと、磯崎が好きで、磯崎港周辺から磯崎半島の先天へと散歩コースを定めている私は、少々感情的に訴える。犯人よ速やかに名乗り出よと。そして遺族に謝罪しろと。
2011.01.29
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三重県に住んでいる。 鈴鹿は三重県である。 三重県鈴鹿市には鈴鹿サーキットがあり、 「ホンダ」の工場群がある。 鈴鹿は「ホンダ」の町。 三重県の住人として「ホンダ」には親しみがある。 と言うわけで、気なる本田宗一郎さんの息子の脱税のニュース。 刑が軽いのか重いのか、鳩山元首相との比較ではどうか。 ホンダは日本人の夢の一つであった。日本人の誇りの一つであった。叩上げの職人肌、義理と人情に厚く、部下の面倒見が良い、義侠的親分肌が、日本を代表する世界的自動車メーカ「ホンダ」の創業者、本田宗一郎さんだった。幾つもの伝説があり、語り継がれる武勇伝的な逸話がある。その、本田宗一郎さんは、会社の名前をホンダにしたのを悔いていたという。会社が本田色になるのを嫌い、自分の子供たちの「ホンダ」入社を阻んだという。 伝説か真実かは、私に判断できない。自叙伝やその他の関係本も多く、ドラマにもなっているだろうから、多くの人が赤裸々な本田宗一郎さんを知っているだろう。そんな中で私は自叙伝を読んだことも、その他の本田そう一郎関係本を読んだこともないが、その心意気はほんの少しわかると思っている。会社は公共のものが本田宗一郎さんの心だった。他の創業者との違いは、会社の公共性を重視し、個人から切り離したことのような気もする。 偉大な創業者のあまりにも大きな業績は、国家規模となり世界規模となり、そして、日本の夢となり日本の誇りとなった。その子供たちにとって、偉大な父の残した光源から逃れるのは至難の業だろう。罪を犯したかどうかは裁判所の判断を信じるかどうかでしかなく、個人的にはたいした罪を犯しているわけでは無いような気がするのが、本田宗一郎さんの長男の脱税事件だ。 3年間で10億円の脱税の罪は、懲役2年の実刑判決だと言う。最高裁の判決だから、刑は確定した事になる。法人税法違反は元監査役との共謀だという。「ホンダ」とは直接的につながりの無い、F1エンジンメーカー「無限」の元社長が、本田宗一郎さんの長男の肩書きだが、「ホンダ」と関係ないと、誰も認めないのは、偉大な父の業績ゆえだ。世界の「ホンダ」に与える負のイメージはどれ程か判断できないが、相続した巨額の遺産はどうするつもりかと市井の人間の安易なやっかみだ。 それにしても、2年の実刑は、この種の犯罪では大き過ぎるらしい。この種とは脱税などの、いわゆる経済犯であるが、なら、母親からの提供資金の脱税の鳩山元首相はどうか。脱税額を納付し、時効の分は返還されたという。時効が頭にこびりつく鳩山元首相の脱税だ。脱税の質が違うのは当然だが、それでも権力者にとって都合の良い経済犯と言うことだろう。 政治家、国会議員の様々な不正は、知らぬ存ぜぬ、気付いたから訂正する、新たに支払うとか納付するとかで、殆ど解決し、又、罪を問われても秘書止まりで、本人が罪に問われることはないが、偉大な父を持つ経営者でも、罪を逃れることは出来なかった。そればかりか、罪も重いような気がする。そんな思い出見るニュースの背後には、鳩山元首相の脱税と時効があり、時効のための巨額の還付金がある。 一審無罪二審有罪で最高裁は二審を支持した。一審の判決が二審で180度変わる、変わった裁判であった。それにしても、懲役2年の実刑判決は厳しいよな気もする。最高裁の判決に異を唱えるつもりはないが、実刑判決の向こうには、時効による還付金まであった鳩山元首相の顔がある。
2011.01.28
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一年以上かかって、ようやく転覆フェリーの撤去作業が終わった七里御浜海岸。転覆フェリーの船体が横たわっていた付近は知る人ぞ知る釣りの穴場。名だたる荒海熊野灘だが、今年は静かな日が多く、釣り人にとっては嬉しい釣り日よりが続機、朝夕は勿論、日中も釣り人の姿が消えることは無い。そんな、何時もの年とは違う静かな熊野灘で、漁船の遭難事故が発生し、漁師が一人犠牲になったニュースに衝撃を受ける。 何しろ、遭難した漁船は直ぐ近くの磯崎漁港所属の常徳丸(1.5トン)だ。磯崎港はよく行くし、磯崎半島は私の幾つもある散歩コースの一つでもある。磯崎漁港の直ぐ近くにある「早苗旅館」に親しみを感じる同居人の名前が早苗である。国道を車で走っていても、濃いピンク色の「早苗旅館」に気付くと、ついつい足が向く。そして、小型船「早苗丸」磯崎漁港に停泊しているから、早苗の名前の同居人は、自分のベースに来た思いになるらしい。 小型船「早苗丸」を見ながら漁港の突堤の先端まで歩く。そして、周囲を見渡し向きを変える。突堤を引き返し、「早苗丸」を尻目に、濃いピンク色の鮮やかな「早苗旅館」の傍の小道を半島の先端部へと向かう。灯台まで行って帰るコースは約1時間の散歩コースだ。その磯崎漁港所属漁船の遭難は他人事ではない。常徳丸が発見されたのは昨日24日午前10時30分頃のことだった。航行中の貨物船が発見して尾鷲海上保安部へ通報した。 地元のヨシクマ新聞によると、 尾鷲海上保安部から巡視艇みえかぜ、羽鳥海上保安部から、巡視艇いすず、中部空港海上保安航空基地所属のMH機、関西空港海上保安航空基地所属MA機、三重県警ヘリが出動した。そして、巡視艇いすずの潜水士が転覆した常徳丸船内から漁師の方を発見し、病院に搬送したが死亡した。 多くの巡視艇と捜索機が出動する機動力に驚く。海上保安庁といえば、尖閣諸島付近の中国漁船衝突事件や、その後の混乱とビデオ流出など思いだすが、日本の海を守っていることを実感し、感謝もしたい思いだ。近くの小さな灯台も大灯台も海上保安庁の管理で、海岸付近を見渡すと、海上保安庁の働きがわかる。 漁船は紀宝町鵜殿漁港へ曳航され、引き上げられた。転覆フェリー撤去作業の前線基地でもあった鵜殿港だ。 ベテラン漁師の操る漁船が転覆するわけはない。ましてや、例と違う静かな熊野灘だ。 尾鷲海上保安庁の調べで、船体に破損箇所があることがわかった。は損箇所には緑色の塗料が付着して板と言う。何かがぶつけたと思われる破損と塗料だ。当て逃げの可能性がるようだ。ベテラン漁師が静かな海で転覆するわけがない。 転覆フェリーの撤去作業が完全終了したのに、新たな事故が起きては、七里御浜海岸付近の漁師さんは、嘆きたい思いだろう。何処の誰かは知らないが、海上の当て逃げ犯は、速やかに自首して、亡くなった漁師さんの冥福を祈ります。
2011.01.25
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フェリーありあけが熊野灘で転覆し、御浜町御浜海岸に近くに巨大な船体を横たえたのは去年11月13日のことだった。 42号線からも見える位置で、海岸に出ると手の届きそうな位置に、赤白青の船体は煌めくような美しささえ感じられた。 刺激的な出来事に飢えている田舎の住人にとっては、まさに、刺激的な出来事であった。42号線を走っているとついついブレーキを踏んだ。 全国ニュースで報じられると、不幸中の幸いで、有名になるとか、分けの分からないことを話し合ったものである。 そんな諧謔的な話題となるのも、人的被害がなかったからで、それも不幸中の幸いであった。人的被害のなかった幸運は転覆事故が観光にも貢献した。 わざわざ友人知人に連絡して報告しては、得意になっている知人もいたし、都会にいる息子を呼んで、記念撮影にやってきた知人もいた。 86歳の老婆はあちらへの土産話の為にと、車で迎えに来るようにと私に命令したものである。 毎日、多くの観光客も押し寄せた賑わいであったが、まさに人の噂も何とかで、何時の間にか忘れ去られたかのようだった。 地元の関係者にとっては、進まぬ撤去作業に業を煮やす日々であっただろう。夏ごろには船体が海上から消えたが、海中には残っていた。 撤去作業は今続くが、近いうちに完了するらしい。昨日も一昨日も、御浜海岸の防風林の中の遊歩道での散歩がてらに、海岸にでてみた。防風林の中の遊歩道100年に一度花が咲く蘭かと小父さんが声をかけるが、去年も花が咲いていたような気がしたと答えた。ありあけの姿はない。釣り人の群れが、、、。何がるれるか。 撤去作業に1年以上かかった。その間に、韓国海軍の観戦が北朝鮮の潜水艦に撃沈される事件が起きて、観戦を巨大なクレーン船で運び映像を見たときには、巨大なクレーン船が日本にはないのかと、考えたこともあったが、専門的なことは、撤去作業の専門業者が、最適な方法で最大の効率を上げる方法を取っているのだ。海上海中、そして、天候も含めて、あらゆる要素を計算しての作業で、夏の台風の時期は、何日も作業が出来ない日も続く。幸い今年は大きな台風もなく、台風の数も記録的な少なさであった。それでも、1年以上の時間が必要な撤去作業だった。巨大船の重量感と、その巨大船をいとも簡単に転覆させる自然の力を改めて知った思いである。 御浜海岸では小春日和といえるような温い陽気の中で釣竿を振り回す大公望が何人もいた。釣り大会でもあるのかと思ったが、果たしてどうか。フェリーありあけの巨体が鮮やか色彩を放っていた付近は海面は冬の陽が煌めいていた。
2010.12.14
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「動物と人間の共生が成り立つ訳がない」と言いたいが、今時、そんな事を言うのは思慮に欠けると言うことになりそうだ。無思慮というよりは、屁理屈をこねていると事になる。もう少し屁理屈をこねると、食物連鎖の頂点に君臨する人間がいる限り、自然の秩序は崩壊されていく。動物と人間との共生など成り立たなくなるのは、人間の傲慢さが原因とか、屁理屈は際限なく続くだろう。 道路にトンビが落ちていた。死骸ではなく、まだ生きていて、最後の足掻きをしていたトンビとの遭遇で、少々心が乱れている。田舎の道路には、春先に猫の死骸が、夏には蛇の死骸が、秋口には狸の死骸がよく落ちている。だから、路上の動物の死骸に驚きはしないが、トンビが落ちているのは始めて見た。空を我が物顔で飛び回るトンビが落ちていたのだ。死骸ではなく、まだ、生きていて、動けない状態で、車はトンビを巧くよけて通り過ぎているようだった。 変わった生き物の死骸と最初は思ったが、トンビとは思わなかった。一瞬動いているのに気付き車を止めた。対向車線にも車はなく、後続の車もないないから、直ぐに降りてトンビに近づいた。トンビは仰向けで、微かに動く気配だ。羽を持って歩道に置いた。仰向けのトンビなどはじめてみた。いや、仰向けの鳥類も始めてみた。持った瞬間、トンビは「クッツ、クッツ」と鳴いた。そして、目が合ったような気がした。両方の羽を持った。その重さに驚いた。重量感がなく、フワッと浮き上がる感じだった。歩道に置くと、両羽を拡げ、羽ばたこうとするが、拡げるのが精一杯の感じだ。必死に両羽を拡げるのは、トンビの威厳を示す為だろうと、トンビの誇りを感じた。 トンビは海岸線には、いくらでもいる。時にはカラスと喧嘩をしているし、時には漁船のあとから群れで飛んでいることもある。私の最初のトンビとのかかわりは、食べかけのフランクフルトソーセージを持った手を車の窓の外に出して、さらわれた時である。その後も、何度もトンビの被害は聞かされた。トンビは害獣の一種だ。鷹の勇壮さはないが、鷹に近いトンビの凶暴さは、カラスとの争いでも発揮される。そのトンビが、怪我をした状態で路面に横たわっていたのだ。しかも、仰向けの状態で。 一応は路面からトンビを運んで歩道に置いたが、その後の処理には考えが及ばない。兎に角、近くの獣医さんに相談しようと思ったが、今日は日曜日だった。二軒の獣医は休みでは、次の手は考えられない。テレビでは、奇跡的に助かる動物の話がよくあるが、トンビやカラスが怪我をしているから助けるのは、テレビでもないだろう。トンビやカラスを助けるなど、誰も考えないだろうと、自分に言い聞かせ、トンビの救済は諦めたが、トンビは助からないことは分かっていた。仰向け状態のままのトンビである。 トンビが路面に落ちるのはと考える。以前聞いた話の一つを思い出した。アベックが車の中でハンバーガーを食べていた。彼氏が手に持つハンバーガーを彼女の口に持っていった瞬間、フロントガラスにトンビが突っ込んでいた。トンビはフロントガラスがあるのが分からず、ハンバーガーめがけて突っ込んだのだ。路上に仰向け状態で落ちていたトンビも車に向かって突っ込んだのだ。止まっている車ならいざ知らず、走行中の車に突っ込んでは、いかにトンビといえども、助かるはずがない。仰向けのトンビの謎が簡単に解けたことになる。車にトンビの好物が乗っていた。トンビはそれを狙って突っ込だ。 トンビを持った時のフワッとした感覚が蘇る。驚く程軽く、想像をはるかに下回る重量だった。生きたトンビを持ったことがないから、体重は想像するしかないが、それにしても軽すぎた。田舎に住むから、動物の死骸など驚きはしないが、仰向けになったトンビには驚いた。 仰向けのトンビとは関係ないが、生物の多様性に関する国際会議COP10が名古屋で開催されたのは先月10月のことだった。10月11日~29日までの長期の開催だった。自然との調和とか他の動物との共生とか、言うつもりはない。田舎に住むと、獣害の実態がよく分かる。鹿やイノシシ、そしてサルの被害は甚大で、海岸線ではトンビやカラスの目に見えない被害が大きい。今年は熊の出没も多く、山間部にはいたるところに熊に注意の看板が張られている。熊とトンビは関係ないが、人間との共生を望まない生き物と言う共通性があるような気がする。共生はどう部との方が望まないと、仰向けのトンビの心のような気がする。
2010.11.28
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11月13日、紀南地方はドンヨリトした重々しい空の下である。風もない静かな日には違いないが、重苦しいまでの風景だ。季節はずれの黄砂で煙る過疎地の風景の中と、そんな表現さえ可能な黄砂が霞む風景が、晩秋の季節感も奪う。そんな紀南の過疎地でも、ニュースは同時進行である。尖閣諸島ビデオ投稿のニュースから、韓国ソウルのG20の後は、横浜みなとみらいのAPECがニュースとなり、そして、11日に始った沖縄県知事選挙がニュースとなる。 11月13日のニュース。横浜ではAPECが開かれ,TPP問題がクローズアップされ、広島ではノーベル平和賞受賞者サミットが開かれ世界の注目を集める。核廃絶を訴えノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領は広島には行かないが、APECに参加する為に日本に来る。劉暁波さんのノーベル平和賞受賞に反対する胡錦濤中国国家主席もAPEC参加の為に日本に来た。 世界の耳目が日本に集まる時期に沖縄の知事選挙戦が始まった。米軍海兵隊の基地普天間基地移設地が最大の争点になる沖縄知事選挙は、オバマ大統領とも、胡錦濤国家主席とも関係する選挙でもあり、当然両首脳も感心のある選挙だ。尖閣諸島問題で、否が応でも、沖縄知事選挙への注目度は増して、日米中のみならず、日本の周辺国と問題にも大きく影響する。 沖縄県知事選は米軍普天間飛行場の移設問題が最大の争点である。その前提には、出来ないことを出来ると言った前民主党鳩山政権、「最低でも県外移設」と言いながら、最低のことも出来なかった前政権、腹案があると言いながら腹案もなかった前政権の負の遺産がある。政権発足当時の年内決着宣言は勇ましかった。「トラストミー」とオバマ大統領と約束した。 しかし、年内決着は無理だった。そして、翌年の5月決着、つまり今年の5月決着に変わった。5月に約束通りの決着となり、日米合意はしたが、「最低でも県外」の最低のことも出来ない合意で、反故にされた自民党政権の日米合意への逆戻りの、元の木阿弥どころか、元にも戻れない、めちゃくちゃな状況を残して政権は崩壊した。 めちゃくちゃな状況を残した当の本人である鳩山元首相が、その後も影響力を発揮する民主党政権は沖縄県知事選挙へ候補者擁立も出来ない。鳩山政権の中枢が未だに活躍する民主党に、沖縄普天間基地異説問題の次へのステップはない。そんな思いにもなる沖縄県知事選挙が始まっている。 民主党政権にとって沖縄の基地問題は荷が重い。鳩山政権の日米合意を踏襲するしかない菅政権には、沖縄の基地問題解決の糸口さえ見出せない。何しろ八方塞り状態での政権引継ぎだから、ダルマさん状態である。日米安全保障条約を揺るがし、日米関係はもとより、日中関係、日ロ関係へも大きな影響を与える沖縄知事選挙は、八方塞り菅政権の普天間基地移設問題解決の可能性削除の為の知事選挙でもあり、独自候補擁立も、推薦も、選挙応援さえ出来ない民主党政権の息の根を止める知事選挙になる可能性も無きにしも非ずだ。沖縄県知事選挙の選挙結果が菅政権の崩壊と直接的なつながりはないににしても、管政権にプラスになる要因はない。 それにしても、鳩山政権の残した負の遺産の大きい。鳩山元首相本人は、又、鳩山派の国会議員は、その負の遺産の大きさに対する認識はない。鳩山元首相は幾つもの名言を残し、その名言をひっくり返し、そして迷言にして残した。その名言は一つ一つ重要な政治課題と直結し、ひっくり返され迷言になり、重要な政治課題も放り投げられたのだ。 名言がひっくり返り、迷言になった数だけ、負の遺産が多くなった。普天間基地移設地問題限定でも、鳩山元首相と取り巻きが権が、移設地を迷走させ、基地問題を迷走させたと言っても過言ではない。米軍基地の過重な負担を背負う沖縄に、「最低でも県外」の飴玉を与え、下も乾かないうちに掌を返した鳩山政権の負の遺産は、沖縄県民の心に残る政府への不信感の澱だ。 現職の仲井真知事に、新人で普天間基地のある宜野湾市の前市長が立候補しての知事選挙は注目されるが、普天間基地移設地問題では「辺野古移設は不可能」と、両候補は一致する。しかし、自民党時代の日米合意の立役者でもある現職知事と、国外移設を唱える前宜野湾市長とは、普天間基地移設地辺野古反対のニューアンスが違う。 日米合意を破棄して、日米合意に逆戻りした民主党政権下の沖縄県知事選挙は特別の意味を持つ。選挙がどう展開するかは分からないが、そのために何かが変わることも望めない。アメリカは日米関係の見直しを望むが、自分の都合のいい改定しか認めない。日中、日ロ関係の悪化によって、日米安保の存在理由が増すだけだ。 経済危機のアメリカの要求は日本への負担増だ。思いやり予算の増額である。そして、尖閣小党問題や北方領土問題で日米安保の存在意義が再確認され、沖縄の基地恒久化がアメリカ的な考えだ。そして、普天間基地は、形を変えて都市型基地の象徴として残る可能性が高い。都市型の基地の理想的な形となっての現状維持だ。 沖縄知事選挙は、民主党政権、さらに日米関係、そして、日中、日ロ関係にも影響士、鳩山前政権の負の遺産の大きさを証する結果になる。鳩山前政権の負の遺産、損失を金額にすると天文学的数字になるだろう。毎月1.500万円の小遣いを貰っていた元首相のその後の行動は、そんな意味でも納得できないと思う人は多いだろう。 沖縄県知事選挙は、そんな苛立ちの中で行われる。誰が当選しても、急激に何かが変わることはないが、何か変わるきっかけを作って欲しいと、沖縄県民は微かな期待を抱く知事選挙だ。それにしてもと思うのは、鳩山前首相とその一派のその後の言動の空しさだ。「この海を埋めるのは自然への冒涜だ」と鳩山前首相の言葉が浮かぶ。
2010.11.13
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COP10といわれてもピンとこない。生物の多様性の国際会議といわれてもピンとはこない。ピンとはかないが、先進国と後進国の利益配分でもめているらしいことは、マスコミの報道何となく分かる。何となく分かるのは、医薬品などの生産に必要な生きものが、後進国にあり、先進国がその生きものを利用して儲けてきたこと、目覚めた後進国がその利益の分配を要求し、分配率でもめているらしいことぐらいである。兎にも角にも、名古屋市で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議。後進国、発展途上国の生物資源利用と、利益配分を決める「名古屋議定書」や、今後の生態系保護の為の「愛知ターゲット」が決まった。先進国と発展途上国の対決であった。議長国日本は「国連生物多様性の十年」を提唱した。「議定書」と、「新戦略目標」と「条約実施の資金計画」の同時採択を最終日にEUが要求した。当然のように後進国は反対して、当然のように協議は紛糾した。反対の意見を議事録に残すことで、30日未明に遂に採択された。「名古屋議定書」と「愛知ターゲット」である。京都議定書で日本が環境問題の先進国になったような気がした。新たに生物の多様性を尊重する国、動物の多様性を守る国の先頭に立つような気になる。多くの環境破壊と、多くの絶滅危惧種の誕生の元凶にもなった日本が、新たに取り組む環境保全と生物の多様性を守るための、「名古屋議定書」と「愛知ターゲット」だ。さて、さて、 田舎の住人には後進国の自然と、その自然そのものである多様な生物が、自分の周辺の自然と、その中にいる生きもののような気がする。さて、さて、田舎の住人は、自然への畏敬の念が表明されたような取り組みに、田舎の自然が誇らしくもなる、生物多様性のための国際会議である。自然からの恩恵が新たな枠組みの中で平等に分配され、後進国の発展に資する。自分たちとは殆ど関係ないが、壮大な理想を現実になったとも言える。田舎の表現を変えて言うと、温暖多湿な地方の住人には、自分の周辺の苔むし菌類が蔓延る、山や川が見直されたような面白い気分にもなる。「名古屋議定書」や「愛知ターゲット」は、世界の共通の約束になり共通の目的になる。愛知県とは関係ないが、何となく愛知県が誇らしくもなるから面白い。
2010.10.30
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北朝鮮が三代目への権力委譲を着々と進めるようだ。金正雲の後継者としての顔見世はあっても、実質的な権力委譲はまだ先と思ったが、そうではないようだ。三代続く世襲の王国北朝鮮で、労働党65周年記念式典は10日行われた。大規模な軍事パレードは珍しくも外国メデイアに公開された。 高級ホテルには海外メディアの為にプレスセンターが設置され、アメリカのメディアにも許可されては異変としか言いようがない。当然、北朝鮮国営テレビの、あの女性アナウンサーの感動的なアナウンスもあった。まだ見てないが、あのアナウンサーの感情が昂ぶった放送を聴きたいと思うから不思議だ。 明らかな後継者の世界へのお披露目であり宣伝だ。三代目へ権力委譲が始まった北朝鮮の軍事パレードには、新たな兵器も登場し、アメリカへの挑戦的な発言もあった。それは、北朝鮮の常套手段だが、何かが起こりそうな気もした。急ピッチな権力委譲セレモニーの裏には何かがありそうだと、過疎の地の住人も心配する。 さて、北朝鮮の祝賀ムードとは逆に、訃報が韓国から発せられた。韓国に亡命した黄元朝鮮労働党書記が10日午前、死亡したニュースだ。韓国の警察は病死と発表しているという。10日午前9時半ごろ、黄元書記が自宅のバスルームで死亡しているのを警備員が発見した。長い間、北朝鮮の工作員による暗殺が心配されていたという。しかし、 警察の判断は病死だ。年齢的にも、老衰や病死も当然と思える。厳重な警備体制で、警護員が泊り込んでいたから、暗殺の可能性はないようだ。時を同じくして起きた黄元書記の死亡のニュースは、偶然であるが、因縁が因縁だけに、妙な勘ぐりもする。金正日総書記の家庭教師で、共産党の論理的支柱といわれた大物だの死だ。 日本でも、また、アメリカでも、金正日体制への非難を高らかにしていただけに、暗殺の覚悟もあっただろう。でも、暗殺ではなく、病死のようだ。
2010.10.10
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三重県熊野市に住む。 熊野市、御浜町、紀宝町を南郡というから、新宮市は熊野川の対岸であり、かっては、共に徳川御三家紀州藩の領地であった。そして、世界遺産熊野三山の霊域といっても過言ではない、新宮市と熊野市の関係を先に述べる。 もう一度強調すると、和歌山県新宮市は熊野川の対岸である。新宮市は毎日のように行く身近さである。新宮市はは詩人佐藤春夫の出身地である。新宮速玉大社の前には佐藤春夫会館があり、一年に一度くらいの割合で見に行く。詩や小説を読んでいるわけではないが、佐藤春夫は身近な人の思いがある。 突然と言うか、思わぬことでと言うか、佐藤春夫の名前が出たのは京王線新宿駅のホームで起きた事故だった。京王線新宿駅で、電車待ちの老人が突き落とされた。老人は電車とホームの間に挟まれた死亡した。その老人が、佐藤春夫の孫と言う。 亡くなった老人は、通信制の星槎大学学長佐藤方哉さんで、佐藤春夫の孫だと言う。佐藤春夫の孫と言うだけで親近感の湧く。そんな感情は田舎の人間の常で、近くの出身者は如何にも親族の感じだ。 それにしても、老人を駅のホームで突き飛ばすのは許し難い。犯罪ではなく事故であり、過失であるが、それでも許し難い思いだ。酒を飲んで、酒を飲みすぎて、電車を待つ間もうずくまっていたが、電車が来たから立ち上がった。 立ち上がるはずみで人にぶつかった。その人がホームから飛び出して線路に落ちたと、言っているようだ。確かに事故で、確かに過失でも、納得のいくものではない。佐藤春夫の孫だから、新宮市出身の詩人の孫だから、親近感があるから、特に、怒りを感じる事故である。 突然、思わぬ形で、身近に感じる詩人の、孫の存在を知る事になった。そして、速玉大社の前の佐藤春夫会館に、行って見ようと思う。東京の家を移築した瀟洒な大正ロマンが感じられる佐藤春夫会館だ。特に詩や小説を読んではないが、さんまの歌だけは知っている。
2010.08.24
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同じバラエテイー番組収録中に3人目の怪我人が出たのはフジテレビ。その、3人目の怪我人は「ハイキングウォーキング」のQ太郎でない方だと言う。Q太郎でない方では失礼だが、名前は知らない。肋骨を折る怪我は1ヶ月とか。怪我をしていたのは、「我が家」の一人に、藤原紀香と結婚した世間を驚かせ離婚して世間を納得させた陣内智則。フジテレビは放送を中止すると言う。 怪我をするようなこと、お笑いコンビやお笑いタレントのすることか、という疑問がわく。様々なお笑い芸があり、中には怪我も当然の芸もあるが、それらの芸は、十分訓練され、見かけほどの危険はない、危険を見せる芸だ。危険を見せる安全な芸。訓練し自信を持っているから怪我などしない。怪我をするのは、お笑い芸人の方に問題があるのではなく、製作側に問題があるのだ。 テレビには、意味不明の裸芸人から、一発芸を売りにする芸人など、面白くもない芸人が溢れている。そして、無謀とも思える事に挑戦しているから、怪我をしても驚く人はいないと思うが、3人続くとさすがに、制作側に問題があると考える。怪我をするようなことをするのは芸ではない。怪我をするくらいなら、芸はいらないと、少々感情的に言ってみたい。藤原紀香の旦那だった男は「ローション腹すべり」で怪我をしたとか。 怪我人がでるバラエテイー番組。そんな番組がバラエテイーの部類に入るのか疑問だ。芸と言いながら、芸ではない。故人となったある芸人の嘆きに「芸がノー」の芸能人が多くなったと言うのがあったが納得する。多くのお笑いタレント出演の番組はうんざりだ。ひな壇にお笑いタレントの並ぶ番組はうんざりだ。珍獣ハンターとかは面白い。あれだけ必死にやって怪我なら分かるが、最初から必要ない危険性だけを強調する番組など見たくもない。
2010.08.19
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終戦記念日の8月15日を前に、様々な戦争記念番組がテレビで放映されている。映画やドラマも小説や演劇と、様々な分野で65年前に終った戦争が語られ検証される。6月の沖縄終戦記念日から始まり、長崎広島の原爆投下記念日、そして終戦記念日と、日本の夏は、65年の経過を否定するかのように、癒えることの無い戦争の傷と向き合い、戦争と平和を見詰める季節である。戦争と平和を見詰め、戦争を反省し平和に感謝するそんな8月。終戦記念日は明日である。 特に今年は日韓併合から100年の節目の年でもあり、「菅談話」が発表され、韓国政府は歓迎し、韓国と日本の世論は賛否両論で二分する。韓国では歓迎する世論と謝罪が足りないとする世論が二分し、日本では、当然と評価する世論と、自虐史観と非難する世論が二分する。そんな世論の中で、終戦記念日を迎える。被害者と加害者と言う単純な構図では語れない植民地と戦争の歴史は、韓国と日本の世論を二分し、両国の両主張も国を憂うナショナリズムを感じさせる。加害者は一日も早く忘れたいが、被害者は何時までも忘れないと、菅談話は強調している。 それにしてものと毎年思うのは、第二次世界大戦時の日本の拡大の凄さである。中国大陸から西太平洋に広がる版図は凄い。戦争を別の角度から考え、軍隊を日本の経済力や技術力だと考えると、日本の凄さが分かるし、影響力もわかる。戦争当時の版図のように奇跡的な復興を果した経済大国日本は第二次世界大戦当時の軍隊のように世界を席巻した。そして、バブル崩壊で第二次世界大戦的な終わり方をしたと、取って付けた様な事を言うつもりはない。カムチャッカ半島から、中国大陸、太平洋上の島々から東南アジアからインドへも攻め入る日本の凄さを改めて思う。 一億総玉砕を唱えながら、国体の護持を主張し、ポツダム宣言受諾を引き伸ばした、指導者のブレが、多くの国民を殺し、多くの外国の人々に苦しみを与えた。「生きて捕囚の辱めを受けず」を唱えて国民を鼓舞した指導者は捕囚となった。しかし、軍隊の指令官、多くの指揮官は自らの命を絶っって、兵の救済を願った。名将と呼ばれた将官の多くが自決した。自決と引き換えに、兵に生きよと命令した。自らは命を絶ち、兵には生きよと命じる凄さこそが、戦争終結後も、65年後も戦争と向きう合う勇気を与えると考える。自らの命を引き換えに兵の命を救う日本軍の指揮官は凄い。 戦争に正義はない。歴史に自虐史観などない。どんな戦争にもそれなりの理由がある。どんな理由があっても他国に軍隊を送り、他国の土地に軍靴の足跡を残した国は悪である。中国の帝国も、スペインやポルトガルの大航海時代の大国も、イギリスもフランスもオランダやドイツも、アラブの大帝国も、全て、歴史上の悪である。先進国はもとより、世界の多くの国が悪の歴史を重ねて現在に至っている。大国は軍事力で小国を蹂躙し植民地にし、豊な国が貧しい国を属国にする。人類の歴史は悪の歴史である。国家的な悪は賞賛される。その影になく人々の歴史は忘れられる。 自虐史観などの言葉は、自国の歴史を否定するものだ。大国の歴史は悪の歴史だ。元寇の中国は日本にとって絶対的な悪であった。運よく嵐で軍隊は全滅状態になったが、二度の襲来は悪の襲来であった。如何なる言葉を見繕っても、来襲であり、日本は被害者である。そして、日本にとって、開港を促したペリーは悪の権化であった。それ以降、アメリカは常に悪の権化である。ペリーは自国の都合で日本の開国を迫り、更に、日本に不平等条約も押し付けた。不平等条約の修正に日本は必死になり、アメリカと肩を並べたかった。日本にとって、アメリカは常に悪であった。 アメリカは、第二次世界大戦で原爆投下に無差別空襲と、悪の限りを尽くした。不思議な事に、日本はアメリカに悪だとは言わない。沖縄戦の鉄の暴風と言われる無差別艦砲射撃も、主な都市への市民をターゲットにしたかのような無差別空襲に対しても、アメリカを批判することはないし、広島長崎への原爆投下さえ、謝罪せよとは、広島長崎の一部の被爆者意外には言わない。ソ連のシベリア抑留をロシアのエリツィン大統領が謝罪した。信じられないが、確かにロシアの大統領が謝罪したのだ。そして、確かに韓国には謝罪済みである。細川、村山、小泉の首相が謝罪している。 日韓関係は長い歴史の中で紆余曲折を繰り返した。日本は文化を韓国から取り入れた。そして、何度も朝鮮半島に兵を送った。兵を送った国の自虐史観などは存在しえない。それに、歴史に自虐などの言葉を当て嵌めるのが変だ。改めて検証することができるから史観である。客観的に見ることが史観のはずが、最初から自虐的などの言葉を被せている感じだ。自虐的になる必要など何処にもない。自虐史観と批判する人々の意見は、拗ねた子供のように頑なに自らの主張を押し通そうとする一方的な発言である。史観ではない。植民地支配も悪だけではない。当然だ。そして別の問題だ。 8月は終戦記念の月で、戦争と平和を見詰める月である。何度も言うが、戦争は今でも続いているかのような錯覚を覚える。65年たった今でも、癒されぬ傷がついて回る。今でも笑うことの出来ないと言う86歳元兵士の言葉が胸に突き刺さる。子供が生まれても孫が生まれても、喜びが胸に沸いた時、飢えて死んでいく戦友を思い出すという。生き残って罪を感じる現実だ。多くの兵士は沈黙していた。墓場まで、もって幾つつもりの戦場の悲惨さ、苦しみみ死んでいく戦友を助けることもできなかった自分に罪を感じて生きる長い65年の歴史。 白黒の記録フイルムがから映像に変わり、奇妙な臨場感のある記録をフイルムを放映したNHKの番組は素晴らしかった。白黒の記録フイルムがカラー版として蘇ったのだ。若い出演者のコメントは、少々無理があっても、それなりに意味もあった。何処で息継ぎをして良いか分からなかったと言うコメントは、微妙な表現であるが、カラーに蘇ったフイルムの臨場感を説明するものだった。白くしか見えない血の場面が鮮血の映像に変わっては、息を止めてみる臨場感が合ったのだと理解する。記録フイルムは一方的側面からの記録だが、それでもと、NHKの解説者は戦争の酷さを説明する。 アメリカ大統領が広島長崎への原爆投下を謝罪したら、アメリカ国民の多くが自虐しかんだと言うだろう。日本の国民の多くは当然だと考えるが、原爆投下国アメリカはそうではない。国と国との関係は厄介だ。そんなことを、延々と考えながら、テレビで高校野球を観て、渋滞する交通情報を聞く。そして、65年前に終った戦争が、現在も続いていると思う番組も少しは見る。戦争と平和を少しは考える夏の日だ。生きている事に感謝し、沈黙を続ける老いた元兵士の真心を知り、老いてもなお、死んでいった戦友を心に留め続ける元兵士の凄さを感じる。そんな8月。
2010.08.14
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広島は1945年8月6日の朝、長崎は1945年8月9昼、広島はB29エノラ・ゲイから、長崎はB29ボックスカーから、広島はウラン爆弾で「リトル・ボーイ」長崎はプルトニュウム爆弾「ファットマン」長崎投下の「ファットマン」が爆発力上でも、広島より被害が少ないのは地形の関係の要因もあり、又、他の要因も複雑に絡み合っているという。広島、長崎の被害の大小など意味もなく、原爆の脅威、原爆の恐怖は変わらない。原爆の悪魔的な力に関係ない。未だに多くの人が苦しみ、未だに多くの人が原爆症にさえ認定されず、多くの人の未来へも付き纏う。原爆二世、原爆三世として、原爆症と戦う人々の子や孫まで苦しめ、原爆被害は被爆者の未来へも付き纏う。悪魔の兵器原爆廃止に向けて、平和のメッセージが発表される。8月6日の広島に続いて8月9日の長崎から。今日は8月9日、長崎に原爆が投下された日。多くの人が原爆で焼き殺され、多くの被爆者が苦しみの果てに命を落とした日。多くの被爆者が未だに苦しみ、多くの被爆者が認定さえされず命を落とし、多くの被爆者が未だに認定さえされない。多くの被爆者が苦しみの中で死んでいく。多くの被爆者が被爆者が差別に苦しみ、多くの被爆者が未だに差別的な目で見られる。広島長崎への原爆投下を受けながら、核の傘の元に復興発展した日本。未だに核廃絶の先頭にも立てない日本、未だに核抑止力を防衛安全保障の国是とする、被爆国日本の国民である私達が国のエゴと、アメリカの脅威を改めて考える日。長崎市浦上上空から投下されたプルトニュウム爆弾「ボックスカー」は地上から500m付近で爆発し、0.2秒後には半径200mの火の塊になった。地球上に周囲を焼き尽くす小さな太陽が生まれた。太陽並みの熱は爆風を生み、放射能を降らせた。悪魔の爆弾の恐ろしさは、焼き殺すだけではなく、未来も奪うことだった。放射能は被爆者の、被爆地の未来さえ奪う。しかし、広島、長崎の未来を奪うことは出来なかった。被爆地は蘇り、被爆者は苦しみと戦い、人間の真実の強さを示し、平和のメッセージと世界に送り続けた。65年間送り続けた核の恐怖と平和へのメッセージが、ようやく国際社会を動かす。そんな2010年の記念日は特別の意味を持った。65年は余りにも長い年月だった。65年もの間被爆者は苦しみと戦って来た。65年の間、広島長崎は核の恐怖と核廃絶を訴え続けてきた。65年間国は核の傘の下と唱え、65年間国は被爆者の神経を逆なでし、65年間、広島長崎は核廃絶を訴え続けてきた。日本政府の安全保障の国是である。それでも、核抑止力や核の傘などの壁を突き破り、世界に核廃絶を訴え続けてきた広島長崎。65年目にして真実の核廃絶の胎動が始まる2010年、広島に続いて長崎の原爆記念日が今日8月9日。平和への願いが核廃絶の声が世界に届く。
2010.08.09
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熊野市の木本や遊木などの漁港、さんまの日干しは風物詩で、生田神社にはさんま寿司の発祥の地の碑も立つ。紀南地方はさんまゆかりの土地である。さんまは最もオーソドックスな魚だ。好きな魚かと訊かれれば、はいそうですと、は答えられないが、さんまは最も無難な魚と思っている。同じさんまでも北国のさんまと紀州のさんまは違う。北国のさんまは油がのり練炭の上でじりじり煙が上がるイメージで、紀州の秋刀魚は引き締まった細い筋肉質のイメージ。それぞれに、独特の風味がある無難な食べ物がさんまだう。初めて紀州の引き締まった細身の秋刀魚を食べた時は、何となく味気ない思いがし、山中でさんまの干物を食べた時は、さんまは目黒にかぎるなどと毒づいたものだが、食べ慣れると、逆に油ののった秋刀魚は違うような気になった。しかし、最近はスーパーで東北地方のさんまも、紀州の細身のさんまも並べ売っているから、北国と南国の垣根は消えて、色々なさんまが食べられる。水産庁は秋刀魚の不漁予測を発表したという。2010年の北西太平洋サンマの推定資源量は例年の6割程度だと言う。さんまは最も好きな魚かと訊かれれば、はいそうですと、答えられないが、嫌いではない食べ物だ。紀州には「秋刀魚の歌」がある。新宮市出身の佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」がある。「秋刀魚の歌」は紀州とさんまの、強力な繋がりを教えてくれる。「秋刀魚の歌」 佐藤春夫あはれ 秋風よ情あらば伝へてよ ―――男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思ひにふける と。 さんま、さんま そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせてさんまを食ふはその男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。 あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、 愛うすき父を持ちし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。 あはれ、秋風よ、汝(なれ)こそは見つらめ、世のつねならぬかの団樂(まどる)を。 いかに 秋風よ いとせめて 証せよ かの一ときの団樂(まどる)ゆめに非ずと。 あはれ 秋風よ 情あらば伝へてよ、 夫を失はざりし妻と 父を失はざりし幼児とに伝へてよ ―――男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて涙をながす と。 さんま、さんま、 さんま苦いか塩つぱいか。 そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。 あはれ げにそは問はまほしくをかし。
2010.08.04
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紀南の朝は大雨だ。 昨日までの暑さが嘘のよう大雨だ。 夜明け前は風も強かった。 風はおさまったが、 現在も大雨は続いている。 7月29日、朝の紀南地方は大雨の中だ。きっと、湿度100%のだと思う。開けっ放しで寝ていたから、吹き込んだ風が雑然と置かれた書類や新聞を散らす。片付け忘れたペーパースタンドが倒れ、驚いて目が覚めた。半覚醒状態の頭の中で、凄まじい雨の音は、夢の続きのようであった。夢の中の現実が大雨であった。夢と現実が交差した夜明け前、吹き込んだ風によって目覚め、目覚めた後も夢を見ているかのように、夢の中で降っていた雨が降っていた。 そして、 集中豪雨、 ゲリラ豪雨、 そんな言葉が頭の中で渦を巻く。 雨は凄まじい勢いで降り、 吹き込む風に湿気が乗り大気は重い。 飛び上がるほどに驚くはずの出来事でも、重い大気の中では感性は鈍く行動も鈍い。飛び上がることもなく、這いずるように窓際まで行き、カーテンを払うように開けて、「大雨か」と、分かりきったことを呟く。湿度100%だと思いながら、しぶしぶ立ち上がる。湿度100%と思う大気は重く、心も湿り気味の、湿度100%の7月29日紀南の朝だ。一時的にゲリラ豪雨かと思われた雨は、集中豪雨と思われる不利方になり、やがて大雨になり、そして、降り続いている。 日本有数の豪雨地帯。 多くの地方で大雨の被害があった今年、 雨は少なく、そのまま雨の降らない夏かと思った。 しかし、今日は大雨で直ぐに、 山間部の道路は直ぐに通行止めになるだろう。 夏になると毎年驚く。毎年のことだから、今更驚くという言葉は適切ではないが、それでも、あえて驚くと言うのは、その言葉に含まれる新鮮さだ。毎年、夏祭りが盛んに行われ、多くの神社がある事に驚かされる。地域の人々は、長い間、祭りを守ってきた。過疎化が進み、若者が少なくなり、後継者も危惧される現在でも、祭りは毎年行われ、伝統が守られている。その伝統を守ることの凄さを感じるのも夏祭りでありる。そして、夏になると、毎年驚く私である。 この地方の最大の祭りは、8月中旬の熊野大花火大会だ。この地方の人々には特別の祭りである熊野花火大会に向けて、7月になると直ぐに、木本海岸の場所取りが始まる。この、海岸の場所取りに感動してから20年になる。花火などの場所取りも、花火大会の場所取りも、別に珍しくはなく、どこでもあることだが、8月中旬の花火大会のための場所取りが、7月になると、すぐに始まるから凄い。そして、台風に洗われ、また、行勢の地均しの為に消えてしまうこともある場所取りだ。それでも、毎年必ず、始まる。今や風物詩だ。行政は場所取り禁止の看板を立てるが、殆ど意味がなく、場所取りのビニールテープの囲いは日毎に増えていく。7月から始まる海岸の風物詩桟敷席完成間近?この場所が新旧の堤防の空間?撤去予定の旧堤防 この熊野大花火大会の特色というか、魅力の一つは、新旧堤防の上の桟敷だ。海の変化、海岸の変化に対処する為に新しい堤防が建設されたが、旧堤防が取り壊されることなく残された。新旧の堤防の間に空間が生まれる。その空間に桟敷席が設けられる。その桟敷席は、最高の観覧席であり、桟敷席の組み立てが始まるのは8月になってからだ。7月から始まる海岸の場所取りと、8月になって始まる桟敷席の工事は、この地方の夏の風物詩となった。 今年は、旧堤防の撤去問題が起きている。残された旧堤防は無用の長物ではなかった。それは桟敷席でも分かるが、智謀の近くの住民は、旧堤防の防災の働きを強調して、撤去に反対する。部外者でも旧堤防があるための重量感が分かるし、新旧堤防間の緩衝的役割も何となく分かる。ある意味特別の年となりそうだ。熊の大花火大会の魅力の一つで、桟敷席が消えるのかと、そんな懸念を抱きながら、何度も海岸に足を運んだ。今年も、場所取りは始まっている。8月になると、桟敷席の組み立て工事も始まるだろう。
2010.07.29
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私は英語が話せない。私は英語が聞き取れない。私は英語の会話は出来ない。だからどうだという訳ではないが、楽天の社内語が英語になるというニュースで、何となく置いてきぼりを食わされたような思いになる。 楽天は社内言語を12年までに英語切り替えると言う。三木谷社長の世界戦略の始まりと言うわけである。「世界企業に脱皮するには英語が必要」と、そして、「国際事業戦略には英語が必要」と強調したという。又、楽天では役員会議や幹部会議の会話は英語だと言う。 だからどうだと言う訳ではないが、英会話が出来ればと思う。英会話の勉強でも始めようかと思う。何度始めては自然終了を繰り返したか分からないが、私と同じ事を考える人が多いような気がする。同類相憐れむ構図ではないが、そんな気がする。 だからどうだと言う訳ではないが、楽天ぶろぐで、英語専用のぶろぐが始まるような気もする。楽天で英語の買い物とか、英語のアンケートも始まる。楽天が英語圏になり、日本は英語圏内に入るのかと、馬鹿なことを考える。楽天の社内のことだから、他の人間には関係ない。しかしと考える。社員の中には、厳しい現実を目の当たりにして、たじろぐ人もいるだろう。英語の苦手な人はいるはずだ。で喪、私達はあなたの味方ですと、エールを送りたい。英語を話せない楽天社員のぶろぐなどもあれば面白そうだと色々考える。楽天の社内公用語英語のニュースに、再度英会話への挑戦を思いつく私は、他にも同じような人が多いと思っている。
2010.07.01
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ワールドカップ、日本はパラグアイにPK戦で敗けた。日本中が沸き立ったワールドカップでの日本の快進撃、ベスト8進出はならなかったが、負けても清涼感の残る試合だった。圧倒的なパラグアイの攻勢を跳ね除けての引き分けた120分だった。PKで負けたが、PKで負けたのだからという結論になる。PKを外した選手にとっては、悪魔の査定と言うことになるが、誰かが悪魔の査定を受けるわけで、2010年のワールドカップでは駒野が悪魔の査定を受けた。過って、シドニーオリンピックで中田英俊も悪魔の査定を受けた。ワールドカップ前のテストマッチの連敗から始まった。シュートの打てない日本代表。得点能力のない日本代表。岡田パッシングとなった。選手起用にもクレームがついた。評価は散々だった。監督交代も囁かれた。しかし、ファンは応援を続け、日本代表は耐えに耐えた。1勝で評価は一変した。1勝であらゆる批判をはねのけた。最小失点で負けて更に評価を上げ、3得点で買って評価は跳ね上がった。そして、向かえた決勝トーナメント。跳ね上がった評価通りの試合で引き分けの試合だった。誰もが日本代表の健闘を称える。日本のワールドカップは終わった。爽やかに終わったが、ワールドカップはこれからが面白い。ヨーロッパの強豪は敗れ去ったが、南米勢が好調だ。マラドーナとメッシのアルゼンチンが好調で、パラグアイも日本の悔しさを引き受けて頑張ってくれそうだ。まだ、まだ、ブブゼラとの付き合いは続きそうだが、ブブゼラの音には慣れそうにない。
2010.06.30
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日本は梅雨の真っ盛り。北海道を除く全国が梅雨入りし、日本は梅雨の真っ盛り。今日は梅雨の晴れまで蒸し暑く、全国的に気温も上がるようだ。蒸し暑く鬱陶しい梅雨の真っ只中。蒸し暑いが爽やかな風も吹く紀南地方は、それほど気温の上昇もなさそうだ。海風山風よ梅雨の鬱陶しさ消せと願う。水位の上がった川の轟音が、地虫の声や小鳥の囀りに、覆い被さっているかのようだ。アジサイが威容を誇り、アジサイが風景を変え、アジサイが艶やかに美しさを主張する。そんな梅雨の時期、日本列島は湿りに湿り、梅雨前線は日本列島の上に居座り続ける。風景を変えるアジサイの花は、豪華絢爛七変化で美しく、艶めかしく怪しげな美しさだ。さくらは桜色に風景を染めるが、アジサイは様々の形の様々な色で風景を飾る。アジサイに心変わりを問うてみたい気がする。子供たちが作るアジサイ。皆で作るアジサイ。いろんな形のアジサイが並んでいる。熊野市駅前の文化交流センターの通路。折り紙のアジサイが咲いている。皆で作った折り紙のアジサイも七変化。
2010.06.17
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昨日の日曜日、42号線を和歌山に向かって走る。くまの大橋から新宮市内を通り抜け、勝浦町までのミニドライブ。細長い赤潮の帯と、まだある転覆フェリーの残骸を尻目に、七里御浜沿いの42号線、海がめ公園まで一走り。道の駅と海がめ公園は、人気のスポットだと言う噂だ。噂を確かめるつもりはないが、駐車場はいっぱいで噂の確かさを実感する。三階の展望所は殆ど人が上がらない穴場。勧めにしたがって上がってみる。貸しきり状態でのんびりと食事をして、頬杖えを付き駐車場と国道42号線の車の動きを見ながら、御浜海岸の暴雨雨林とその向こうの熊野灘に視線を投げる。階下からは聞こえる喧騒も、駐車場の騒音もどこかへ吹き飛ぶようだ。駐車場ので入れ口、一台のSV車が国道に向かって停まる。 降りた運転手は老人で、うすのドアから降りた老婆は、誰かに声をかけている風だ。後ろの車は大きく回りこんで国道に出て、国道から入る車は窮屈そうに露天の近づき回る。SV者からは更に一人老人が降りて小走りに走っていく。一人がまだ来ないようで、取り残された一人を探しに走っているようだ。車はそのまま、運転手は℃和をあけた状態で立っている。それにしても、一人いないのに車は出入り口まで来た。何台の車が老人達のSVをよけて国道に出るかと数えるが、悪趣味のような気がしてやめる。階下に降りると、老人体の車は動き出し、新宮方面へと走り去った。げんきだわねと、女性の声がした。 鵜殿の港を見た後は、狭い成川の国道を通り熊野大橋に向かう。大型トラックやダンプやバスとすれ違う度に、肝を冷やす思いになる狭い国道だ。紀宝バイパスの早期完成を願う瞬間でもある。熊野大橋のグリーンベルト地帯。自転車の女子高生の群れが新宮に向かっている。爽やかな風を運んでいるような女子高生の群れを尻目に、珍しくスムーズに流れる大橋を越え新宮市内に入る。橋を超えに右折すると速玉神社と佐藤春夫記念館だ。何時もは右折車が多いが右折車も少なく、車はスムースに流れていく。新宮の図書館によって見ると、駐車場を探すのに苦労した。何のことはなく図書館の斜め向かい、民間の駐車場に看板が上がっていた。駐車場の側の中上組のレンガ塀に、図書館利用者の車がぶつかったようで、心当たりの人は名乗り出るように張り紙だ。思わず噴出したぶつけた人は名乗り出てと呟いた。レンガ塀は花壇用に積まれたものだった。その後は宇久井の国民休暇村周辺を歩き回った。国民休暇村のある宇久井半島はそっくり公園だ。新宮側にはサンフラワーが着いた。反対側には勝浦があり浦島ホテルが見える。遊歩道も整備され贅沢な散歩道が用意されている。 赤潮赤潮国民休暇村の裏国民休暇村裏の遊歩道から磯へ
2010.06.07
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菅直人首相誕生で、後は党役員と組閣興味は移る。官房長官と、幹事長が注目だ。 噂では官房長官仙谷由人に幹事長枝野幸男と小沢色排除の思い切り人事だ。 事業仕分けのスター蓮舫入閣も噂されるが事業仕分けの楽しみが無くなりそうだ。 マスコミ報道からみる次期首相の人事は、完全に小沢色の排除だ。東京地検も検察審査会もまだ小沢起訴をあきらめてはいない。一つ席を着れば、小沢逮捕もありそうで、小沢さんの政治生命は終わったといっていいかも知れない。かっての師匠金丸信さんのように、ある日突然逮捕のニュースが流れそうだ。なんと言っても、辺野古基地建設予定地周辺の大量の土地取得などは、政治家のすることではなく不動産屋のすることだ。管次期首相の人事と関係ないが、小沢さんの政治生命は終わったと断言した。百人以上の大勢力を誇るにしても、小沢さんひとりの求心力であり、小沢さんがコケたら、蜘蛛の子を散らすようなものだと思う。鳩山首相も人気まで待たずに直ぐにでも議員辞職で潔さを示して欲しい。そして、小沢さんも同じように議員辞職して欲しいと思う。跳ね上がった政党支持率が、更に跳ね上がり、安定政権になる。民主党にとって最高の機会が到来する事になる。 人事は管さんが決めることで、発表されるまで分からない。殆ど予想される通りでも、小泉内閣のサプライズ人事を期待する。蓮舫議員の広報担当などの噂もあるというが、サプライズとなるかどうかは、分からない。女性大臣を期待するが民間からの起用しかない。民主党国会議員の女性議員で閣僚級となると、個人的には、小宮山洋子さんの文部大臣だが、他にはいない。衆議院の人気は3年あるが、解散総選挙で信を問う事になっても、小泉郵政解散的な信念のある解散なら国民は支持するだろう。蚊帳の外に置かれた野党はただ見ているしかなかった郵政選挙は、まさに劇場型選挙だった。現在そんな芸当が出来るのは菅さんだけだろうと期待する。一内閣一課題などと、今日は朝から何度も聞くが、別に一内閣複数課題でも結構なことで、国民にとっては、それに越したことはない。 管直人次期首相が抱く最大の政治課題は何だろう。分からないが、兎にも角にも二世三世世襲政治家ではなく、市民運動上がりの政治家の総理大臣である。ある意味、多くの夢を、子供たちにも、若者にも、政治家を志す人にも、コネやしがらみが少ない若い政治家にも夢を与える。鳩山首相誕生時には、ファーストレデイーの奇抜さが注目されたが、さて、さて、次のファーストレデイーはどうか。かって、扇千景さんが、一目も二目も置くと言った方である。換算よりも奥さんの方を首相にしたいと言っていたのを思い出す。顔も見たことないが、扇千景さんを信じて期待するしかない。
2010.06.04
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元気な地方がある。地方で何かが起きつつある。ある意味地方の革命が起きている。国など当てにならないと、地方が燃えていると表現したいのは大阪の橋下知事と名古屋市の河村市長の活躍だ。非常にオーバーな表現だが、府民や市民を第一に考えると思われる出来事が幾つもあるから、一応は革命と表現してみたい。 大阪府議会で大きな地殻変動が起きているとマスコミ的に書き、橋下徹知事の府政改革に同調する「大阪維新の会」が議会を動かすほどの勢力になったことを評価した他所の人間である。他所の人間には関係ないし、何をしようとしているのかさえ分からないが、今まで違う動きには違いないと思う。 職業政治家とか世襲制政治家が少なくなれば政治的閉塞感はなくなり、お役所仕事的生温さもなくなるだろうと、安易な評価は他所の人間は橋下知事支持の会派が最大会派になりそうだというニュースに拍手も送りたい。既成政党への抵抗が短期間に勝利へと繋がるのは凄いし期待できると拍手を送る他所ものだ。 独裁への道は開かれたと、自民党系府議の嘆きの声も聞こえるが、自民党や民主党そして公明党が言う独裁への嘆きは、殆ど自分達への嘆きだろうとよその人間は考える。何がどうなりどう変わるかは分からないが、何かが変わり何かが動く大阪だ。因習に捉われない、しきたりに捉われない行動力が魅力の知事への応援はまだ多くなりそうだ。 さて、名古屋の河村市長の市民税引き下げも一応は達成したようだ。他の大きな問題、市議会議員数の半減は議会が反対してどうにもならないだろう。議会解散で条例制定の後の勝負となりまだまだ先だが、達成できれば、他の自治体にも波及する事になる。旧自治省や現総務省出身の知事や首長には脅威の出来事となる。 ある意味、天変地異的な出来事で、ある意味天災的な出来事で。ある意味あってはならない出来事が、官僚出身の天下り的首長たちを悩ます事になるだろう。仕分けの天下り役人の必死の抵抗風景、特別の能力の主張と屁理屈と高慢さが思い浮かぶ。そんな連想にも繋がる大阪府議会のニュースだ。、
2010.05.22
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市長選挙も無投票で寂しい思いをした熊野市民にとって、市会議員選挙が無投票の予想であった。市長選のみならず市議会選挙も無投票となれば、選挙権も無意味となり、議会制民主主義も否定されたかのような寂しだと思っていた。しかし、市会議員選挙の無投票と言う最悪の事態は勇気ある立候補者が現れ回避された。そして、定数16人に17人の立候補の市会議員選挙が始まった。一人落選の小数激戦の選挙戦は、多数の乱立の選挙戦より厳しい選挙戦になるようだ。立候補者の多くが、親類縁者で正確な票読み可能な田舎の選挙でも、一族の有権者人口が少なく、又、支援者の数が少ない候補者にとっては、必死にならざろう得ない選挙戦だ。複数の落選者がいると、相憐れむ構図もあるが、一人だと、一人だけの悲しみや寂しさを受け止めなければならない。一人だけの落選者にはなりたくない候補者の面子と、支援者の意地が張り合う選挙戦となる。山間の集落では選挙カーの声がこだまとなり、エコー効果となり聴き辛い選挙合戦に遭遇するが、無投票の寂しさに比べると何のことはない。活気を感じる騒音だ。選挙はある方が良いと思う。 今日は、朝から、さかりのついた猫が何匹も集まり、その鳴き声にうんざりし、早めに家を出たが、夕方帰り際には選挙カーと何台も鉢合わせ、騒音被害の日である。しかし、恋狂いの猫の鳴き声は兎も角として、選挙カーの騒音は過疎の地にとっては飛躍のエネルギーを導き出す活力を感じる歓迎すべき騒音である。 今日は一日中晴れているかと思ったが、暗くなり始めると小雨が振り出した。一日中晴れわたる春の日は4月になってからは少なく、寒さと日照不足で農作物の被害は甚大だと言う。直ぐに消費者に跳ね返り、野菜は高値となっていると言う。被害は全国的で、この地方でも青物野菜は被害を受けている。キャベツはぷかぷかで、半分の重さだと隣の小母さんも一週間くらい前に何度も嘆いていた。梅に被害が出ているというから、通りがかりに御浜町の梅畑の山を見てきたが、素人には被害の実態は分からない。早植え水田もあったが、被害はないだろうかと心配である。 そんな熊野市の4月19日の夕方は、小雨の中で鳴いていた猫の声も途切れ、選挙カーの声も途切れている。
2010.04.19
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久しぶりに七里御浜海岸に行ってみた。御浜海岸近くに船体を横たえるフェリーをみる為ではなく、散歩の為に御浜海岸に行ってみた。熊野の海岸からみて、霞の中ではっきりと見えないが、船体は分断され撤去されたと思っていた。 転覆フェリー「ありあけ」は、船体を4分割しての撤去作業が続いていた。3月9日、船首や中央部分が高波でバラバラになり、海中に崩れ落ちていると地元のヨシクマ新聞は伝えたいる。海岸では荒波によってばらばらになり海中に崩れ落ちたとは思わなかった。 更に、地元のテレビニュースでも報じられ、全国紙の三重版で報じられている。それでも、近くまで行って気付かなかった自分が情けない思いになる。崩れ落ちた船内からはプラスチック粒などの積み荷が落ち、操業を始めたばかりの地元漁協は影響を心配する。海岸には、白いプラスチックの断片が飛び交っていた。 10日二時ごろ、熊野方面から かもめが寒そうだ 波浪警報が発令されるほどの大波の熊野灘。平素も荒い熊野灘である。御浜海岸は堤防近くまで、打ち寄せた波の模様が描かれていた。4分割のための切断作業が進んでいたのが災いした事になる。 現在のフェリー
2010.03.10
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