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にほんブログ村 愛知県西尾市の養寿寺には、鯖弘法もおられます。大正15年製の石像。「鯖(さば)」=お供え物の食物「生飯(さば)」でしたね。隣には、厄除弘法。石像の作家は分かりませんが、鯖弘法と同じ作家でしょう。見上げれば、迫力。どちらも笠が重そうですが、西尾市 阿弥陀院の鯖弘法にはかないませんね。[阿弥陀院の鯖弘法] ●【鯖弘法】 「愛知県西尾市 阿弥陀院の鯖弘法」【 栗どら 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.30
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にほんブログ村 愛知県西尾市の養寿寺。ここにもコンクリート製の梵鐘があります。丁寧な造りの梵鐘です。破損なく保存されています。鐘楼門が印象的な養寿寺。愛知県には素敵なお寺が多くあります。◆代替梵鐘◆●【陶器製の梵鐘】 「愛知県瀬戸市の法雲寺」●【コンクリートおよび石製の梵鐘】 「愛知県安城市 1」●【コンクリート製の梵鐘】 「愛知県安城市 2」【 銀の鐘 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.28
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にほんブログ村 愛知県豊明市のコンクリート像、身代わり弘法の続きです。まずは、先回ご紹介できなかった像のご紹介から。二体の弘法大師像の像の間には、少女の像があります。いわくがありそうな少女像。一方の足が裸足なのにも、意味があるのでしょう。弘法大師が抱く赤ん坊、そして水子弘法の名称にも背景があるのでしょう。さらに御堂もあります。内部には、12体の弘法大師像。「身替り弘法」として説明の木板があります。木板には、この12体の弘法像が「江戸時代後期の瀬戸の名陶工 弘法善治」が製作した「千体弘法」の一部と記されています。木版の記載日は「明治9年4月吉祥日」。この「身替り弘法」が、本来の「身代わり弘法」だと思われます。では、コンクリート像は何でしょうか。それは傍にある2本の石柱にヒントがあります。2本の柱には、下記の記述があります。「毛受兄弟四百年祭に當 昭和五十七年四月 十五代毛受善市建也」「昭和五十七年癸亥年正月 初代毛受組建之」つまり昭和57年に、初代毛受組の毛受善市という人物が建てたとあります。毛受家の子孫は、多くが水野に改姓しています。そのため毛受は全国で1,200名しかいない姓で、そのうちの840名が愛知県在住です。特に豊明市には、毛受姓の方が多くおられます。善市という人物は、毛受兄弟の家系なのでしょう。では、コンクリート像の作家は誰でしょうか?像は昭和57年(1982年)製とあります。つまり作家は、後藤鍬五郎(1976年没)や浅野祥雲(1978年没)ではあり得ません。また、高見彰七とも作風が異なります。毛受組というのは建設業者。セメント会社も傘下にあります。作家は、毛受組の職人か、毛受善市自身なのでしょう。ただ作家が誰にしても、その技量はかなりのものです。これらのコンクリート像は、昭和57年の400年祭に、毛受組の作家が造った。そうですよね、弘法大師様。【前の記事】 毛受兄弟記念の謎のコンクリート像1【 戦国武将せんべい 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.26
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にほんブログ村 愛知県豊明市にある、謎のコンクリート像。それが身代わり弘法(水子弘法)です。大きな弘法大師。身代わり弘法と水子弘法のふたつの銘がありますが、一般的に言うと子安弘法でしょう。やや小ぶりな像もあります。生々しい顔つきです。謎なのは、傍の石柱に「毛受兄弟記念碑」とあること。毛受(めんじょう)兄弟は、柴田勝家の家臣。賤ヶ岳の戦いで、羽柴軍から敗走する柴田勝家。この際に、毛受兄弟は柴田勝家にフリをして、敵の注意を集めました、結果、毛受兄弟は討ち死にしますが、柴田勝家は逃げることができました「身代わり弘法」とあるのは、この逸話からでしょう。では、なぜ毛受兄弟記念碑がこの地にあるのか。このコンクリート像の作家はだれか。今日の2体以外にもあるコンクリート像の紹介も含めて、毛受兄弟記念碑と作家の謎を、次回考察してみます。【 鯉のぼりブッセ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.04.24
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水を上手く飲めるというのは、幸せなことです。鳥は水を吸って飲めません。だから水をくちばしですくい、上を向いてのどに流し込みます。ただ、ハトだけは違います。ハトは水にくちばしをつけたまま、水を吸って飲めます。ハトは水飲みが得意です。高速で飛び回るツバメ。ツバメは水面ぎりぎりを飛びながら、水をすくって飲みます。なぜハトは落ち着いて水を飲むことを許され、ツバメは急がされるのか。不平等な拘束は、ヒトばかりにあるのではありません。・・・・・・・・・・・・・・・・※ ハトとツバメにちなんだ陶器。【 陶器製のハト 作家物 / 砥部焼 ツバメのそばちょこ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.22
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にほんブログ村 名古屋JRセントラルタワーズの12階,13階。その壁や床の中には、多くの化石をみつけることができます。「アンモナイト」アンモナイトも多いですが、ベレムナイトも多くみつかります。「ベレムナイト」ベレムナイトの化石は、矢石とも呼ばれます。化石からは、本来の姿が想像できません。化石で残るのは、ベレムナイトの一部のみ。生きている時の姿は、コウイカに似ています。(画像出典: 新潟大学)壁や床に、大理石を使う建物も減りました。今では簡単そうで難しい、街中の化石探し。あなたも人目を気にせず、壁を見つめ、床を見つめ、ひとり、ほほえんでみませんか?【 いかめし 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.20
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にほんブログ村 三好稲荷閣や古瀬間御嶽神社のコンクリート像の作家銘から、コンクリート像作家 高見彰七 氏が、愛知県豊田市宮口の方と分かりました。地図で調べると、豊田市宮口に宮口神社を発見。さらにストリートビューで見ると、神社の鳥居脇に白馬像が見えます。地元の白馬像。高見彰七 氏の作品と思われます。早速、現地確認。宮口神社に、白馬像はありました。やはり、コンクリート像です。台座の銘から、昭和33年10月建立と分かります。作家銘らしき「〇七作」の文字もあります。〇は「彰」と推定でき、高見彰七氏の作品とみて間違いないでしょう。やさしいお顔。たてがみの表現が独特です。高見彰七氏は、大型の像を得意とされるようです。愛知のコンクリート像の謎。教えてくれませんか、お馬さん。【 群馬こんにゃくきな粉大福 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.18
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にほんブログ村 珍しい六地蔵塔、ここでも六地蔵塔に出会いました。ここは愛知県半田市の常楽寺。かつて敗走した松平家康(徳川家康)が逃げ込んだ寺です。お地蔵様は、ガラスで風雨から守られています。少し新しい六地蔵塔かもしれませんが、地蔵様に出会うと和みます。・・・・・・・・・・・・・・・・【 おにぎり地蔵 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから ↓ >にほんブログ村
2021.04.16
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にほんブログ村 ある日、自動車を運転していると、前の車が山形ナンバーだった。停車中、その車のナンバープレートを見ていると、山形の「形」の文字に目が吸い寄せられた。神社に逃げられてしまう。そういう気持ちになり、その日は神社に参拝することにした。(画像元:山形県自動車整備振興会)・・・・・・・・・・・・・・・・【 山形土産 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから ↓ >にほんブログ村
2021.04.14
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にほんブログ村 愛知県の謎のお狐様。そのコンクリート像の作者を検討しましょう。まずは全体像の比較から。 左上: 緒畑稲荷神社(作者不明) 右上: 豊福稲荷堂(作者不明) 左下: 三好稲荷閣(作者 高見彰七) 右下: 光徳稲荷社(作者 後藤鍬五郎?)上のふたつは、後脚や尾は似ています。一方で、前脚の付き方は違います。また、細部に違いもあります。また、下のふたつは、かなり姿勢も違います。さらに大きさは、上ふたつは同程度。左下は巨大、右下は普通サイズです。次に、顔の比較。画像の並び順は同じ。上のふたつの横顔は似ています。下ふたつは違います。特に右下は独創的です。やはり、緒畑稲荷神社と豊福稲荷堂のお狐様は、作者が同じ可能性があります。その謎の作者は、三好稲荷閣や徳稲荷社のお狐様の作者ではないでしょう。愛知のお狐様の謎、それはまだ解明されません。【 記事1 】 「緒畑稲荷神社 の謎のお狐様」【 記事2 】 「豊福稲荷堂の謎のお狐様」【 記事3 】 「三好稲荷閣 の高見彰七のお狐様」【 記事4 】 「光徳稲荷社のお狐様」・・・・・・・・・・・・・・・・【 和菓子 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから >にほんブログ村
2021.04.12
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にほんブログ村 名古屋市緑区の緒畑(おばた)稲荷神社。そこにも大きな白狐のコンクリート像があります。作者は不明。ペンキは塗り替えられて間がない様子です。口元はペイントで、やや雰囲気が変えられています。この白狐、名古屋市中区の豊福稲荷堂(安用寺)の白狐と似ていると思います。比較してみましょう。左) 緒畑稲荷神社、右) 豊福稲荷堂【関連記事】 「豊福稲荷堂の白狐」いかがでしょうか。双方の白狐ともに、作者不明のコンクリート像。作者はだれか。双方、同じ人物の作品か。謎は、いまだ解明されません。【 レアチーズ大福 】 にほんブログ村
2021.04.10
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にほんブログ村 次の浮世絵をご覧ください。〇歌川広重 「東海道五十三次細見図会 藤沢」(出典: 国立国会図書館デジタルコレクション)みなさんが食べるおにぎりに、板海苔が付いていません。板海苔は、江戸時代に作られました。しかし、当時の板海苔は高級品。庶民には手が届きませんでした。板海苔が普及したのは、第一次世界大戦後。板海苔付きおにぎりの普及もその後です。文明の発達は、私達の食品も変えました。当たり前におにぎりが食べられる現代に感謝します。【 玄米おにぎり 】 にほんブログ村
2021.04.08
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にほんブログ村 先回のツツジの記事は、ご覧頂けたでしょうか。私らしくない記事。そう感じられた方、正解です。私が古瀬間御嶽神社に行った理由は、ツツジではありません。ネットであるコンクリート像の写真を見かけたからです。ネット情報では作者名が示されていなかったコンクリート像。それがこの古瀬間御嶽神社の「交通安全観音」です。早速、台座の作者銘を確認しましょう。やはり作者は「高見彰七」とあります。以前紹介した、刈谷市 寿永山 昌福寺の聖観音菩薩像とよく似ています。【高見彰七 作品】 「昌福寺の聖観音菩薩像」高見彰七が作る観音像は、横から見ると薄っぺらです。飛鳥仏にも似ています。この観音像は、見晴らしがよい高台にあります。私はこの高台に上がって、観音像を撮影しています。実はこの高台の前では、大半の観光客が足を止めますが、だれも観音像を見ることはなく、反対方向を向いています。なぜなら、この観音像の視線の先には、次の風景が広がっているから。一面に広がるツツジの絶景に、歓声をあげる人達。その人達に背を向け、嬉々として観音像を撮影する私。この光景を第三者が撮影したなら、それはそれで、面白い写真になったに違いありません。【 山形の春限定 手作り笹巻 】 にほんブログ村
2021.04.06
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にほんブログ村 愛知県豊田市の古瀬間御嶽神社は、満開のツツジに囲まれています。(2021年4月3日現在)鞍ヶ池公園に隣接した、古瀬間御嶽神社。人口の多い豊田市にあり、駐車場もありますが、観光客は少ない穴場。みなさんが桜の名所に集まる中、私は密を避けて、ツツジを見に行きました。今年のツツジは開花が早く、早くも満開です。御嶽神社らしい風景。一面のツツジ。古瀬間御嶽神社のツツジは、今が見頃です。【 和菓子 】 にほんブログ村
2021.04.04
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にほんブログ村 私が行く神社や寺院で、人に出会うことはまずない。参道が消えかけた神社、無住職の寺院。”3密”とは程遠い世界。常に感じるのは、遭難、滑落、獣害の3災。そんな私でも、行かなかった神社がある。道はそこまで悪くはないが、たまたま私の興味を惹かなかった。愛知県春日井市の玉野御嶽神社。駅からは遠く、アクセスは未舗装の狭い道を1キロも進む。クマ注意の警告もある。しかし玉野御嶽神社には、御朱印がある。月替わりの御朱印は、「直書き・郵送あり」で対応してくださる。神社の参拝は難しいが、御朱印は直書きで手に入る。とはいえ、私は御朱印には興味がない。欲しいと思った、あなた。やめておきなさい。御朱印は、はんこ作家・笹木紅凜先生の作品です。やめておきなさい。御朱印のねこは、神社のアイドルねこがモデルです。やめておきなさい。御朱印は、バックナンバーも手に入ります。やめておきなさい。参拝が難しい神社では、御朱印は郵送が便利です。やめておきなさい。マニアックな神社だから、この御朱印は持つ人も少ないかもしれません。やめておきなさい。やめておきなさい。御朱印の画像出典として、御朱印の情報をリンクします。【ホトカミ】 「玉野御嶽神社 御朱印」くれぐれも、上記の御朱印リンクのクリックは、やめておきなさい。御朱印好きのあなたへの、天使の様にやさしいkopanda06からの御忠告。・・・・・・・・・・・・・・・・【 書き置き御朱印ホルダ 鳥獣戯画 】 にほんブログ村
2021.04.02
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