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にほんブログ村 今回は、新たに鯖弘法をご紹介します。場所は、愛知県安城市の明昌山 太平禅寺。比較的、若そうな鯖大師様。比較的最近作られたものでしょうか。笠も被っておられませんので、熱中症注意です。撮影は夏ではありませんでしたが。それにしても、サバが目立ちます。サバのみが、生々しくペイントされています。サバの自己主張が強い鯖大師でした。【 ケーキセット12種 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.29
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にほんブログ村 博物館の穴場、奈良県天理市の天理参考館。世界中の文化、民俗学を中心とした資料が、実に多量に展示されています。所蔵の資料数は、30万点にも及びます。エジプトのミイラから、日本の古絵馬などまで、複製ではなく、実物展示が基本です。特に私がお気に入りだったのは、パブアニューギニアの「精霊たちの森」のコーナ。ただ、黙してご覧ください。時にはアップで、ご覧になるのも良いでしょう。お気に召されましたか?【 白桃ロール 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.28
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にほんブログ村 寺院で出会う、意外なもの。なぜそこにあるのか、不思議なもの。そして、それが石仏の場合、怖く感じることも。次の写真、あるべきでない場所に置かれたもの。みなさんは、どう感じられるでしょうか。あまり近づくと、見るなとばかりに、にらまれます。角度を変えて見ましょう。なにかお互い、気まずそうにも見えます。この石仏があるのは、愛知県刈谷市の願行寺。石仏と会話ができたなら、その気持ちを聴きたくなりました。【 南部鉄偶 遮光鉄偶 鉄分補給 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.25
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にほんブログ村 天皇の即位を祝う、御大典(ごたいてん)記念碑。神社や寺院で、御大典記念碑や御大礼記念碑をよくみかけます。御大典記念碑は、大正や昭和天皇の即位では多数作られました。しかしそれ以降は、数少なくなりました。それでも、令和天皇の御大典記念碑に出会っています。場所は愛知県豊明市の中嶋八剱社。愛知県に多い八剱(やつるぎ)神社のひとつです。その境内摂社の前に、御大典記念碑はあります。表には「令和御大典記念」の文字。裏には「令和元年十二月吉日」の建てられたとあります。通常、御大典記念碑は、「元年」には建てられません。先代の天皇の喪が明けるのを待ってから建てられます。しかし令和は、先代天皇ご健在での皇位継承。喪中の期間はありませんので、記念碑も元年に建てられました。「令和」の記念碑、「元年」建立。二つの意味で、珍しい記念碑に出会いました。【 しおぷりんロールケーキ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.23
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にほんブログ村 智慧の象徴、文殊菩薩。文殊菩薩は獅子に乗った姿であることがよくあります。上の写真の文殊菩薩は、愛知県刈谷市の海会寺にあります。ここでも文殊菩薩は獅子に乗っています。次の写真は、奈良県桜井市の安倍文殊院の文殊菩薩。(出典: 安倍文殊院 H.P.)大きな快慶作と伝わる像で、私の推薦の仏像です。安倍文殊院は奈良市から遠く、明日香の近くとアクセスは良くありません。しかし他にも仏像や古墳など、安倍文殊院は一見の価値ありです。【 西内動物園プリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.21
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にほんブログ村 奈良県の唐古・鍵遺跡が地域に受け入れられた証。それはゆるキャラに見ることができます。これはゆるキャラの「楼閣くん」。( 参考:田原本町 唐古・鍵 総合サイト )遺跡の楼閣と比べて見ましょう。くるくるした屋根飾りがアクセントです。文化財がゆるキャラになる例は、他にもあります。例えば、奈良県王寺町のゆるキャラ「雪丸」。雪丸は聖徳太子の愛犬です。雪丸は、なんと人語を解したと伝わります。奈良県王寺町の達磨寺に雪丸像はあります。ゆるキャラ「雪丸」はこちら。(参考:王寺町総務部政策推進課 資料)ゆるキャラ「雪丸」デビューの日、公開地の達磨寺に私も行きました。雪丸のステッカーなどを頂き、ブログでも記事を書きました。その際は、四本脚では着ぐるみにし難いと書きました。後の着ぐるみ化では、雪丸はやはり2足歩行になっていました。以下、雪丸デビューの日(2011年5月11日)、達磨寺で撮影した写真。感染症の流行もあり、下火になってしまったゆるキャラ。今後はYouTubeやSNSが、街のPRの主役になるのかもしれません。町興しが、どの様な形でもかまいません。ただ結果として、文化財が保護され、愛されれば十分です。【 三輪そうめん みわのにじ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.19
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にほんブログ村 奈良県磯城郡田原本町の唐古・鍵遺跡。これは弥生時代の環濠集落跡です。写真の楼閣は、土器片に残されたわずかな線刻から復元されました。くるっと巻き込んだ屋根飾りも、土器片を参考にした復元品です。( 参考:唐古・鍵 考古学ミュージアム H.P. )この遺跡は1936年(昭和11年)の道路工事中に発見されました。そのため発掘調査が行われ、地元住民が期待していた道路工事は中断。発掘調査に対して、住民の猛烈な抗議活動があったことは有名です。初めは住民による遺跡破壊から、遺跡を守ろうとしましたが失敗。そこで住民を雇用して発掘活動を行いましたが、やはり失敗。調査団の目の前で、住民が大きな土器を粉砕破壊するなどの破壊が続きました。長い月日がかかりましたが、住民にも遺跡の重要性が理解されました。今では、観光遺跡として整備され、資料館やカラーマンホールなどもあります。遺跡発掘や保護は、地域住民の負担となります。より良い保護のためには、辛抱強い理解活動が必要です。【 はにわぷりん 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.15
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にほんブログ村 戦時中の資材不足を補うための金属供出。その痕跡として、寺院のコンクリート製の梵鐘などをとりあげてきました。しかし金属供出の象徴といえば、東京上野公園の上野大仏ではないかと思います。上野大仏は金属供出で体は失われ、お顔のみが残されました。お顔は公園内の丘(大仏山)の上にあります。丘の上には祈願塔もある静かな場所。体を失ったことで、大仏様のお顔を近くで見ることができます。丘の上は、公園内の喧騒とは別世界。日常とは切り離された世界があります。上野大仏は再建されることがなく、今日に至ります。お顔のみとなった大仏様は、戦争という大きな過ちへの戒めです。体を失っても、穏やかな表情の大仏様。自己犠牲の尊さ、上野大仏様は身をもって、私たちにその意味を語りかけてきます。【 ピースマーク 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.12
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にほんブログ村 5年以上前に「日本のピラミッド」について、ブログで書きました。【頭塔】ひとつは、奈良の「頭塔(ずとう)」。春日大社の傍にありますが、見学には予約が必要。頭塔は、1辺30m、高さ10m、7段の石積みの塔。奈良時代後期、767年に東大寺の僧が築いたと伝わります。瓦の下のくぼみには、石仏のレリーフが納められています。国の史跡に指定。【熊山遺跡】もうひとつは、岡山の「熊山遺跡」。基底部は1辺12m、下段は7.7m、高さは3.5m。熊山遺跡は頭塔の約1/3の大きさ。しかし熊山には、同様の石塔が32基もあるそうです残念ながら、私は写真の1基しか見ていません。熊山遺跡の築造は、奈良時代前期とされます。【陶製筒形容器】熊山遺跡には方形の竪穴があり、内部に陶製筒形容器がありました。この陶製筒形容器は、奈良県の天理参考館に収蔵されています。天理参考館は、内部撮影可。陶製筒形容器は、高さが1.6mと大型。これら日本のピラミッドは、仏教遺跡。五重塔や三重塔などの木造建築が定着する以前の石像の塔と推定されます。いつか感染症の流行が治まれば、これらの遺跡にも再訪できればと思います。【 タイガーアイ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.08
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にほんブログ村 寺院では、意外な文化財に出会うことがあります。写真は愛知県刈谷市の願行寺の門。実はこの門は、もとは重原陣屋の正門でした。陣屋とは、城までは築かなかった支配者の屋敷です。この門は刈谷市指定文化財です。意外ですが、重原陣屋は福島藩の支配地でした。福島藩は、愛知県の三河の重原村に、”飛び地”で領国を持っていたのです。その後、明治の廃藩置県で陣屋も廃されました。そしてこの願行寺の門として、明治7年に移築されたのです。次の写真は境内側から。この地が福島藩領となったのは、元の統治者刈谷藩の失政が原因でした。刈谷藩の財政難から百姓一揆を起こしてしまい、その咎として、この重原付近の1万3千石を福島藩に移されました。寺院や陣屋は、時には歴史や文化財の保護者としての役割も果たします。【 抹茶大福 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.06
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にほんブログ村 屋根瓦のコイに、人物が乗っている場合があります。写真は愛知県碧南市の西方寺の瓦です。残念ながら、人物の頭が破損しています。コイに乗ったこの人物は、琴高仙人(きんこうせんにん)です。琴高仙人は、中国周時代に800年も生きたという仙人。龍の子を捕まえると宣言し、巨大なコイを捕らえてきた故事を表した姿です。神社や寺院の瓦や彫刻を見る時は、故事を知らなければなりません。学ぶべきことが、まだ多くあります。【 栗パイ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.04
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にほんブログ村 屋根瓦にコイが乗った建造物が、神社や寺院で見られることがあります。写真は愛知県碧南市の大浜稲荷社.その瓦には、コイがいます。コイは縁起が良い魚とされます。それは「登龍門」の語源と関連します。登龍門は、中国の故事が語源です。黄河中流の龍門を、コイは登れません。しかし龍門を登りきったコイは龍になるとされます。つまり、コイは立身出世を象徴する縁起が良い魚。またコイが、中国では「利」と同音であることも、縁起が良いとされる理由です。こちらの瓦は、タイに見えます。もちろん、タイも吉祥魚です。屋根瓦の造形には、先人の願いがあります。神社や寺院で屋根を見上げ、先人の想いを偲ぶのも良いでしょう。【 はちみつバウム 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2021.08.02
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