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昨日はちょっと見栄を張ってかっこよさげな本のお話でしたが、もう一度、本の話をさせていただきます。今日は、わたしの大変得意なごろ寝読書にもぴったりの本です。それが今日のタイトルの「ちょちょら」「しゃばけ」シリーズで今とても人気のある女性作家畠中恵(はたけなかめぐみ)さんの新作です。図書館で借りて日曜日に読みました。「ちょちょら」はまるでおまじないみたいですが、れっきとした江戸言葉だそうで口のうまいお調子者とか、いい加減なお世辞、調子の良い言葉、という意味だそうです。ほめ言葉ではなさそうですね。この作品は「ちょちょら」の代名詞みたいな「江戸留守居役」が主人公です。藩のために大切な情報を収集したり、藩に都合の良い決定がなされるように工作したり、というスパイか外交官みたいなお役目が江戸留守居役で、それには接待と「ちょちょら」が不可欠です。この作品の主人公で、平々々凡々々(平々凡々ではまだ足りないくらい平凡)と評される間野新之介は、兄で眉目秀麗、文武両道の秀才仙太郎が自殺したため、その後任として、超貧乏な小藩多々良木藩の江戸留守居役を命じられます。折も折、幕府はどうやら莫大なお金のかかる普請をどこかの藩に命じようとしているらしいという噂が流れています。もし多々良木藩にその命が下ったら、多々良木藩は財政破たん、藩主から藩士に至るまで全員失業の憂き目に遭いかねない。なんとかそれを避けるべく、情報収集しようにも、接待しようにも藩にはお金がなく、江戸留守居役には才がない。一体どうなる?まあ、そんなお話です。新之介は頼りないのだけれど、妙に魅力があります。弱音も弱みもあっさり見せてしまうのに、しくじってもめげないし、折れない、諦めない。本人は何をさせても無器用で、失敗ばかりなのにいつの間にか周りから助けられて、事が成っています。そのあたり、代表作「しゃばけ」シリーズの主人公若だんなと少し似ています。畠中さんの作品は面白くてとても読みやすいのですが、江戸留守居役の仕事や侍社会のしきたり、江戸城内の様子や、様々な儀式や役人たちの仕事などなど、背景が細かいことまでとてもしっかり調べられていると感じました。それを、きっちり堅い筋書きや重厚な語り口にもって行かず明るく軽く楽しい読み物に仕上げているところ、畠中さん、どうやら「ただもん」じゃありません。次のお休みの日にでもいかがですか?ちょっとお疲れのアタマを癒やす効果が期待できると思います。
2011.08.29
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先日急に出かけることになり、どういう訳か、お出かけの時本を持っていないと不安なので家にはブック〇フの100円文庫本を買いおきしてあるのですが、さすがに仕事場には用意してなくて、駅前の本屋さんでとりあえず調達したのが「死神の精度」 伊坂幸太郎でした。とってもクールでちょっととぼけた死神が主人公の連作短編集です。裏表紙にはこんな風に紹介されていました。(1)CDショップに入りびたり(2)苗字が町や市の名前であり(3)受け答えが微妙にずれていて(4)素手で他人に触ろうとしない──そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。1週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌8日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う6つの人生。電車の中で読むのにちょうどよいかと思って買ったのですが、思わず引き込まれました。死神のおトボケぶりは、伊坂ファンには多分おなじみ。仕事で下界に来るたびに雨で、太陽も青空も見たこともない死神がそういうのを「雨男」というんだと言われて、「雪男」もその類か?と大真面目に聞き返したり、「死んでも死にきれない」とある登場人物が言うと、「死んだら死ぬだろう。人間はおかしなことを言う」と思ったり。伊坂幸太郎作品は、実は最初はあまり面白いとは思えなくて避けていました。その評価が180度逆転したきっかけは「チルドレン」でした。出版関係者の友人が、次の直木賞は絶対伊坂と言い切りあんな面白くない作家!とわたしが言うとじゃあこれを読めと渡されたのが「チルドレン」だったのです。参りましたと謝り、あっさり伊坂ファンに転向しました。他に好きなのは「ゴールデンスランバー」と「魔王」。この人の作品はシリーズじゃないのに、なぜか時々同じ人が出てきます。あら、この人がこんなところに、みたいな感じで面白いです。死神の千葉さんも「魔王」に出て来たような気がします。お暇なときに、短編集「終末のフール」でもいかがですか?
2011.08.29
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お友達ブロガーさんAnne66さんが今日の日記 小坂恭子「想い出まくら」に高校2年生の夏休みのアルバイトのオハナシを書いていらっしゃいました。わたしもそれにつられて、高校時代に一度だけしたアルバイトを思い出しました。たった1回?と思われるかもしれませんが、わたしの高校生時代はアルバイトは禁止というより、なんていうんだろう。。。「考えられない」っていう感じでした。父の知り合いの方が経営する会社で、伝票の整理を頼まれたのです。詳しいことはよく覚えていないのですが、ごちゃごちゃに綴じられたり箱に入ったりしている伝票を種類ごとにまとめ、日付順に綴じる作業でした。今ならパイプファイルに綴じていくのでしょうがわたしが指示されたのは、黒いピカピカした板紙の表紙を付けて黒い綴じ紐で結ぶ作業でした。最初の日に社長さん(わたしはオーシのおじさんと呼んでいました)がやり方を教えてくれました。その時、教えてもらった、ほどきやすいけれど、ほどけてこない紐の結び方は今でもよく覚えています。それにしても不思議な会社で、わたしがアルバイトした2週間の間、事務所にはわたし以外誰もいませんでした。オーシのおじさんは一日おきくらいに顔を出すもののすぐに出かけてしまい、1時間といたことがありません。電話が鳴ったら出て、名前と電話番号を聞いてメモしておいてと言われていましたが、1日1回どころか2-3日に1本くらいしか電話なんかかかってきませんでした。父に言うと、オーちゃんはハンディ2か3の「ゴルフのシングルプレーヤー」で週に1~2回はゴルフに行ってるから遊んでるんだろ。。。と言っていました。その頃のわたしにはその一言ひとことが理解不能のマークで、説明にも何もなっていませんでしたが、基本的に「おじさん」のことなんか興味がなかったのでしょう、追求しようという気も起きませんでした。父から聞いた話では、オーシのおじさんの会社は社名はオジサンの姓と同じ〇〇鉄工株式会社でセイカン業という業種だそうでした。事務所の外にはかなり広い作業場があって、少し資材もおいており、クレーンもあったような気がしますが、とにかく、当時は何もわからないまま2週間、伝票を綴じてお弁当を食べ、たまに電話に出て、時間になると帰ってきました。セイカン屋が製缶屋でこれは缶を作るわけではなく、鉄製品を加工する業種の一般名称だということを、ずいぶんあとになって父がふとした拍子に話してくれました。オーシのおじさんの会社は鉄骨を加工して、建築現場で組み立てるとか、そんな仕事をしていたそうです。あの時、作業場に誰もいなかったのも、資材がちょこっとあっただけだったのも、おじさんがいつも会社にいなかったのも、ちょうど現場作業の最中だったのだろうと言っていました。携帯電話など、影も形もなかったあの頃、それでも事務所あてに電話がなかったのは、現場事務所で連絡を取っていたからでしょうし、工場での作業があれば、早朝に済ませて職人さんたちはわたしの出勤前に現場に出てしまい、おじさんもゴルフ場で遊びほうけていたわけではなかったようでした。それにしても16-7歳、なんて傲慢だったことでしょう。こんなに何にもわかっていなかったのに、世の中で知るべきことはもう知ってると思いこみ、大人を馬鹿にしたり、世をはかなんだり。。。バカだったなあと、今、赤面しつつ心から思います。もう一度あの頃、青春時代に帰りたいと、時々耳にしますが、わたしは真っ平。青春はいいなと思うけど、青春時代は一度で十分という感じです。もし、どうしても帰らなくちゃいけないんだとしたら、せめて、海千山千には届かないけど、四捨五入すれば海百山百くらいの知恵はついた今のわたしで戻りたいです。森田公一さんの「青春時代」?の歌詞にありましたよね、青春時代が夢なんてあとからほのぼの思うこと青春時代の真ん中は道に迷っているばかりアルバイトの思い出から、ずいぶんお話が飛んでしまいました。失礼いたしました。さて、洗濯機が止まったようです。せっかく良い天気ですから、お布団も干しましょう。では皆様、良い一日を。
2011.08.28
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今夜は、毎晩うるさかったセミの声が聞こえません。雨が降っているせいでしょうか。そして、宵の口からずっとコオロギの声がよく聞こえています。今夜は、空耳ではなく、本当にコオロギです。昼間は相変わらず蒸し暑いですが、秋は一歩一歩近づいているんですね。
2011.08.26
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今日は、少し遅めの出勤でしたので、先日の中華屋さんの前に日替わりランチの黒板が出ていました。今日のはこれ。見づらくてごめんなさい。ホントに写真下手で。。。でも、にんげん炒めではありませんでした。がっかりのような、安心したような。。。
2011.08.26
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おはようございます。昨夜5555アクセスが記録されていました。5555人目のご訪問者は藍うさぎさんでした。お友達ブロガーさんだったのでうれしくて日記にアップしてしまいました。 藍うさぎさん、そして、いつもご訪問くださる皆様、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。 PS先ほど仕事場に到着件の中華屋さんですが、黒板が出ていませんでした。わたしがいつもより少し早かったせいか、それとも、もしかしたら定休日かもしれません。ゆえに本日黒板の写真アップはできません。代わりにこんな写真でお茶を濁します。八ヶ岳の直売所で買った白いナスです。真っ白い野菜炒めができるかと期待しましたが、火を通すと皮が薄茶色になってしまい、失敗。白くて柔らかそうな皮も、食べてみると硬くて厚くてあまりおいしくできませんでした。育ちすぎのせいもあると思いますが、もともと少し皮が厚い品種かもしれません。3本100円だったし、ちょっとおもしろかったので良しとします。
2011.08.25
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いえいえ、この暑さで頭がおかしくなったわけではありません。今朝、夫が自転車が見つからないというので、わたしのを夫に貸し、わたしは走ってなわけありません、徒歩で仕事場に向かいました。片道約40分のお散歩です。で、家から10分ほどのところに小さな中華屋さんがあるのですが、毎日、道のところに「本日の日替わり」を書いた黒板が出ています。その日替わりが、今日は「ブタ肉にんげん炒め」でした。う~~ん、あんまり食べたくないかも。出がけに荷物を軽くしようとバッグを入れ替えた時ケイタイを入れ忘れせっかくのネタが、写真撮れませんでした。ブログを面白くしようと思って作ってるんじゃないの?って言われそうなので、もし明日の日替わりも同じだったら写メ撮って仕事場からアップします。おたのしみに
2011.08.24
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わたしの時期外れの巣立ちのお話(8月10日の日記)は先日読んでいただいたとおり、未完のまま尻切れトンボで終わってしまい、薹のたった雛はたった2年で親の巣に舞い戻りました。あの頃のわたしは、親は喜んでいると決め込んでいましたが、今、改めて考えてみると、果たしてそうかな?と思います。わたしの帰巣を喜んではいなかったとしても、わたしが家を出たいと言い出した時の両親の混乱は相当なものだったと思います。成長が遅れていた雛の、巣立ちの気配が「ようやく」見えたのですから、動物番組だったら、「よかったね」とナレーションが流れる場面でしょう。でも、人間の親は動物のようにすっきりとは行かないもの、それは自分の経験でも痛いほどわかります。ましてやその頃の風潮だと、30を過ぎたいい大人でも、独身の娘が家を出て独り住まいをするのをすんなり許す親はほとんどいませんでした。親が子を放さなければ子どもは親から離れていけないのですから、子の巣立ちは親の子放れと表裏一体です。わたしが、自分の行く末が心配だからと母を説得したのは、ある意味、母の子育て哲学を直撃する論法でした。母はその時、「半人前」と思っていたであろうわたしを放してくれました。言い出したら聞かない娘だからと言っていましたが、そんなヤワな理由だけで動く母ではありません。母は大正生まれの普通の「お母さん」でしたから、特に立派な子育て哲学を持っていたとは思いませんが、何か考えたことがあったのではないかと思います。父は「子育ては妻任せ」でしたから、もちろん心配だったでしょうが、母を信頼してか、わたしとのイザコザを恐れてか、許してくれました。その頃のわたしは、ノーテンキにも作戦成功!OKしてくれてよかった!!としか思わず、この両親のすごさが初めてわかったのは、自分が親になって子どもを育て始めてからでした。わたしには、3歳年下の弟がいます。弟も、実家の改築のために1年ほどアパート暮らしをしたことがありましたが、この時は、母が家のすぐそばに部屋を見つけてきました。教員としてすでに働いていた弟は、職場から家に帰って食事や入浴をし、自分のアパートに帰る暮らしでした。わたしが実家に戻り、やがて結婚して家を出たその数年後に、彼も、都下の高校に転勤になり、通勤に便利で、実家にも帰りやすい都心のマンションを買って家を出ました。弟はとても優しくて、週末には残業があっても、飲みで遅くなっても必ず実家に帰り、月曜日の朝に実家から出勤していました。両親が亡くなった後、弟に聞いてみたら、自分が決めてそうしていただけで、両親がそれを言ったことはなかったそうです。わたしたちは、二人だけの姉弟です。つまり、弟は長男、わたしは一人娘でした。大正生まれの両親にとっては、二人が家を出るのは相当高い壁だったでしょうが、2人の子どもを二人とも放したのです。そういう部分は、ホントにすごい親だったと思います。後になって考えたら、わたしが2年暮らした部屋には、入居と退去の時の2度、引っ越し荷物を運ぶために父が来てくれただけで、万が一の用心のために、母には鍵も渡しておいたのに、一度も来ませんでした。その後結婚して住んだマンションは、同じ区内で近かったせいもあるでしょうが、夫が1年の半分は出張でいないのを気遣ってか、父も母も頻繁に来てくれて、わたしの子育てをずいぶん応援してくれました。弟の場合は逆で、最初に住んだアパートには、母が毎日のように通って掃除や洗濯をしていました。ところが、その後住んだマンションには両親はほとんど行ったことがなかったようです。これも、何か考えがあったのだろうかと今にして思いますが、もう尋ねるすべもありません。何か考えがあったとしても、きちんと筋道立てて、わかるように話してはくれなかったかもしれませんが、聞いておけばよかったと思います。両親に尋ねることはもうできませんが、わたしも形だけでも二人にならって息子の酢橘を横取りしないじゃなくて、巣立ちを邪魔しないように、あんまり訪ねて行ったりしないで、いつでもおいで光線だけ送って暮らすようにしようと、子放れ一年生は考えています。
2011.08.23
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Returned mail: Mailbox fullこんなタイトルのメールが受信フォルダに入っていました。中身はこれ。The original message was receivedfrom postoffice.local [100.00.0.1]+0900----- The following addresses had permanent fatal errors -----送信できませんでした。送信先が送信を受ける状態ではないため、メールの容量を超えた扱いとなっています。Mailbox full・再度送受信し直して下さいhttp://e-mXXX-love2.net/home?loginXXX=ba26e7XXXXXXXXXXXacc3ad70b53e631XXXXXXXXXbf4ec16c5a728c6&accessid=55404 --------------なにコレ誰に出したどのメールのこととしばらく考えて、ふとスクロールしたらこんなのが出てきました。--------------------【-18歳未満禁止-】登録した覚えの無い方、配信停止を希望される方は下記よりお申し付け下さい。配信停止・退会こちら:http://e-mail-love2.XXX/goXXXye?loginkey=ba26eXXXXXX09e86a28555cfe16ccXXXXXX53e6318408406bf4ec16c5a728c6&accessid=55404配信停止を直接お問い合わせ:iXXX@e-mail-love2.netこのメールのアドレスは送信専用であり、こちらへの返信にはお答えが出来ませんのでご了承下さい。メール配信停止以外のお問い合わせはこちらからアクセスの上サポート(お問い合わせ)へお願い致します。http://e-mail-love2.XXX/home?loginkey=XXXXX73b5a0509e86a285XXXXXX6cc3ad70b53e631840XXXXXX4ec16c5a728c6&accessid=55404--------------------なによ、コレ一生懸命真面目に考えたわたしがバカでした。クリックはしていませんから確認できてはいませんけれど、アダ〇トサイトに誘導する新しい手だと思います。皆さんはご存知でしたか?新しくはないのかしら?いずれにせよ、あまりひっかる人もいないと思いますが、万一とかウッカリなどということもあるので老婆心ながら一応ご注意喚起しておこうと思います。
2011.08.23
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こんばんは。発送するものがあって、宅配のドライバーさんを待っていたら仕事場を出るのが遅くなって、自転車にまたがった時はもう真っ暗でした。いつになく涼しい夜道を長袖のパーカーを羽織って走っていました。ふと気が付くと、八ヶ岳に出かける前日まではミンミンとうるさかったセミの声が聞こえません。またしばらく走って行くと、え?あれぇ?気のせい?澄んだ高い音色が聞こえます。思わず自転車を止めて耳を傾けてみると、コオロギ?ええっ、コオロギ??半信半疑。いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、しっかり判断はできませんでしたが、また走り始めました。もう少し行くと、今度はセミの声が聞こえ始めました。いくら耳を澄ましてもさっきの高い声はもう聞こえません。家のそばで、もう一度聞こえたように思いましたが、あまりにも一生懸命聞きすぎて、確かに聞こえたと思うんだけど、空耳のようにも、聞き違いのようにも思えてきます。結局確信は持てないまま、家に帰りついてしまいました。今夜、わたしは、コオロギの初鳴きを聞いたのでしょうか?それとも空耳だったのでしょうか?う~~ん、わたしのことだから、やっぱり空耳かな?
2011.08.22
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コメントをくださった皆さん、お帰りなさいの言葉をありがとうございました。ついてなかった2泊3日間の旅の後では、皆さんの温かいコメントがひとしお嬉しく思えます。お天気は出発前から悪いという予報でしたが、曇り空の東京を8時に出発、首都高から中央高速に乗って山梨県に入ったころから雲行きが怪しくなり、電車組との待ち合わせの富士見駅についた時には本格的な雨でした。その日は、それでも、2時間ほどテニスができました。でも、翌日の丸一日テニスを楽しむ予定だった中日は一日中降ったりやんだりの雨に、コートも乾く暇なしでした。最終日の朝、目が覚めるとやっぱり雨。雨でも朝市はやってるというので、行ってみましたが、残念ながらルバーブは売っていませんでした。なんだかがっかりして、何も買う気になれず手ぶらで帰ってきました。どこか別の市場に行ってみようと言ってくれていたのですが、朝食が済んで少ししたら空が明るくなって、また2時間ほどテニスができることになりました。いつもなら誰かが車で連れて行ってくれたのでしょうが、3日でたった4時間の貴重なテニスを棒に振ってくれるモノ好きはさすがにいなくて、わたしも今年はルバーブジャムはあきらめました。お昼前、また降り出した雨で、今年のテニス合宿は終了。毎年楽しみにしている手打ちそばのお店で今年もお昼をいただいて、帰路につきました。のんびりと言えば、これ以上ないほどのんびりと過ごした八ヶ岳3日間でした。でも、霧ばかりで、景色も全く見えず、楽しみの一つの星空も垣間見ることすらできず、何とも不完全燃焼の3日間でもありました。とはいえ、あちこちの打ち身が腫れだして、素敵に色づき始めていたあの3日間、きっちりテニスをしていたら、今頃別のところも痛み出したりして、今日あたり病人だったかもしれません。今年のテニス合宿のテーマは「人間万事塞翁が馬」でした。
2011.08.22
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昨夜、帰宅しました。留守中にコメントをいただいた皆様ありがとうございました。取りあえず無事帰宅のご報告。今から出勤です。
2011.08.22
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昨日、お仕事の原料が届きました。遅くとも18日までには入れますという約束のものだったので、mamatam社としては別に問題なかったのですが、その30分くらい前に発注元さんから電話があり、別件だったのですが、一応、あの原料は今日発送ですか?と伺うと、びっくりされて、まだ届いてませんか?金曜日(お盆前の12日)に出してるんだけど。。運送会社はどちらですか?S川さんです。そういえばS川さんは12日くらいから一度も配達来ていませんね。送り状ファックスしていただけますか?調べてみます。そんなやり取りの後、S急便のいつものドライバー君が原料の入った思い箱を届けてきたのです。あら、これ、12日に出したってお客さんから今連絡があったわよ。というと、お盆の間は着日指定がない荷物の配達はしないことになってたんで。って、なにそれ?うちもそんな話聞いてないし、きっとお客さんも知らないよ、そんなの。向こうの営業所、集荷の時にそれ言ってないんじゃないの?え~~と、申し訳ございませんでした。mamatam心の声 なにそれ、全然気持ちがこもってない。お客様に今届きましたと電話し、その話をすると、何ですか、それ。全然聞いてないですよ。全く、だめだね、あそこは。この暑さの中、一生懸命荷物を届けるドライバー君の大変さはどこの会社であろうと同じなのに、あんな重い原料をよっこらさと運んで、お客様にこんなこと思われてるなんてドライバー君が可愛そうです。S急便の経営者さんたち、社員さんたちのためにも、もう少しお仕事のやり方考えたほうがいいんじゃありません?ホント評判悪いし。mamatam社の製品は、注文生産なので交換が利かず、万一事故があると、たとえ弁償してもらっても取り返しがつきません。いくら輸送事故といっても、多分2度と注文も来なくなります。だから、最近はS急便さんでの発送は極力控えています。関係者の方がいらしたら、悪口みたいでごめんなさい。でも、ゼッタイに改善が必要だと思います。いろんな事情でSさん使えたら使ってほしいという御客様もいらっしゃるので、心配せずに荷物預けられるようになったら使いたいのですよ、本当は。
2011.08.18
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本日17時47分に5000アクセス目が記録されていました。わたしが日記を投稿した、ほぼその瞬間に5000人目の方がいらしてくださったようです。残念ながらお友達さんや楽天会員さんではなかったようで、アドレスだけが載っていました。ちょっと残念ですが、お友達の皆さん、いつもあ訪ねくださってありがとうございます。折々にコメントやメッセージをかきこんでくださる方も少しずつ増えてきて、本当にうれしく、お礼申し上げます。これからも、やたら長いブログ、更新させていただきますので、どうぞ、呆れずに、よろしくお願いします。次は7777アクセスを楽天さんが知らせてくださるそうです。その時こそ、お友達さんのどなたかだったらうれしいのですが。
2011.08.17
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今、ふとブログのページを開けて見たら、アクセスのカウントが4999でした。5000番目になってくださるのはどなたでしょうか。お友達さんだといいなあ
2011.08.17
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天楽007さんがブログで紹介されているのを見て、 わたしも、ポイントがあったので、今注文しました。 あと247個あるそうです。 ご存知ない方にお知らせしたくて、わたしも紹介させていただくことにしました。 よかったらご協力ください。 【楽天たすけ愛】第22弾・お米(5kg)【福島県いわき市の仮設住宅へお届けします】※支援物資のためご自宅用にはご購入いただけません※振込みおよび代引決済は不可
2011.08.17
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朝、目が覚めても起き上がりたくなくて、得意のごろ寝。ごろごろしながら探ってみると、結構あちこち痛いです。体の右を下にして転んだので、擦り傷や打ち身は右側に集中していますが、今朝は、左の首筋が寝違えたみたいに痛いです。ホントに寝違えかもしれませんが。擦り傷も打ち身もない右の上腕や右肩にも筋肉痛っぽい痛みがあります。あと、胸の周りにあちこち鈍痛があります。右ひじから地面にぶつかったようなので、そのせいだと思いますが、抑えて痛いというより、動かしたり深呼吸すると痛いです。息が止まるような。。。とかじゃなく軽い痛みなので、大丈夫と思います。でも、昨日はレントゲンを断ったので、様子を見て必要そうなら今日か明日、もう一度あの同情心のないセンセイのところに行ってみようかと思っています。明後日から八ヶ岳に出かける予定なので。要手術でなければ「軽い」と思ってるらしく、鼻であしらうセンセイなので、昨日の対応も想定内。わたしはレントゲン要員と位置付けていて、近いので、とりあえずは行くのですが長くなりそうだとさっさと別の病院に鞍替えします。まあ、お互い様ですね。
2011.08.17
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今朝、仕事に行くのに自転車を走らせていたら右側を小さな自転車がすごい勢いで走り抜け、(あとで思い出したら、多分折り畳み自転車だと思いました)わたしを追い越しざま接触していきました。わたし自身も普通にスピード出して走っていたので接触でバランスを崩し、こらえきれず自転車ごと転倒。追い越した自転車は声もなく知らん顔して走り去りました。若い男の人が大丈夫ですかと声をかけてくれて手も差し出してくれたのですが、痛みでしばらく立ち上がれず、無理、と手を振り払ってしまいました。わたしがようやく靴を履いて立ち上がったのを見て、その男性は立ち去りました。スパッツとアームカバーは穴だらけのボロボロ。肘、ヒザ、太ももの外側が擦り剥けて血がいっぱい出ていました。立ち上がってあちこち触ってみると骨は大丈夫そうなので、会社まで自転車をこいで行きましたが、落ち着いてみると体中あちこちが痛くてお昼過ぎに帰宅しました。念のため整形外科を受診しましたがセンセイは「なんだよ、こんなのたいしたことない」消毒して薬を塗ってもらって帰ってきました。夜になったら、打ち身が影響し出して、あちこち痛かったり、腫れたり、青くなったりです。多分、明日はもっとあちこち痛くなるよと整形外科のセンセイが、妙にうれしそうに予告していましたが、おそらくその通りだと思います。様子を見てもう一度受診しようと思います。わたしも、決してのろのろと邪魔になる走り方をしていたつもりはありませんが、邪魔だと思い、追い越したかったのなら、せめてベルを鳴らして後ろから来ていることを知らせるとか、ベルがなかったら、スミマセンとか、それが嫌なら咳払いでも、知らせてくれれば、こんな痛い思いをしないで済んだのにと恨めしい思いでいっぱいです。
2011.08.16
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って、相当怪しいオハナシみたいですが、そうではなくて、ご存知の方もいらっしゃると思いますけど、テレビの番組のタイトルです。実はちょっと、お仕事関連でもあって、わたしもまだ頭の整理がついていなくて、グダグダした話なのです。ごめんなさい。ちょっと愚痴も入っちゃうかも知れません。飽きたらご遠慮なく「わけわからん!」と立ち去ってくださいね。それと、このオハナシはmamatamが勝手にそう思って書いていますから、番組の内容や情報の真偽については、保証の限りではありません。最初に逃げを打ってるようで申し訳ありませんが、どうぞご承知おきくださいね。さて、タイトルの番組は、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、6月のN〇K〇ペシャル「あなたの寿命は延ばせる」です。番組の内容を、ごく大まかに言うと、食事の量を減らして自らを飢餓状態に置くことで人間が誰でも隠し持っているサーチュイン遺伝子という酵素が活性化して、寿命が延びるというものでした。寿命100歳も夢ではないのだそうです。でも、そのためには食事制限を一生続けなくてはならず、これがなかなかハードルが高いという事でかの食欲大国アメリカでは、今、レスベラトロールという物質に注目が集まっているというのです。このレスベラトロールに、サーチュイン遺伝子を活性化する働きがあることが、動物実験で実証されたというので、サプリメントとしてすでにかなりの人気だとか。医薬品としては未承認ですが、もし、これが承認されたらすごいことになりそう!とも。不老不死伝説の再来みたいです。で、その番組の後、友人、知人、親戚縁者からぽつぽつと、でも結構な本数の電話がかかってきました。レスベラトロール作ってないの?って。前に書いたと思いますが、mamatam社はサプリメントカプセルを製造しています。販売元からの委託製造なので基本的には自社製品の販売はしていないのですが、親戚縁者友人知人に頼まれて、オリジナルのサプリを作ることはあります。たとえば、例の「秘密のコラーゲン」コラーゲンに限らずサプリって、原料の品質がすごく大事なのですが、成分表示や商品説明を見ても、普通その判断はつきません。このコラーゲンの場合は、製造元を知っていたのでそこはでした。実際に使ってみると、3日で品質を体感できました。ここまでの品質のコラーゲンは、本当に高価です。これを使った商品となると、他にも高価な原料を配合したり、技術を駆使してさらに効果upとアピールしたり、容器にも工夫を凝らして使い易くしたり、高級そうなパッケージデザインで見た目にも高級感を出したり、様々に付加価値が付いて、より高価にもっと高価になって行きます。mamatam社で販売する場合は、一言でいえばこれが全部逆になります。1.他の原料はなるべく配合しない。2.加工は最低限。3.容器はシンプルを旨とする。4.ラベルはmamatamが製作する(見た目は推して知るべし)。リクエストがあった場合、↑の4条件を満たすことができて、高品質な主原料の仕入れルートが見つかったら製造販売をします。と言っても、お売りする相手は知り合いや知り合いの知り合いくらいです。ヒミツのコラーゲンもmamatam本人が使いたかったというこの製品に限っての背景(裏話)はあるものの基本的にはこの4条件プラス1を満たしています。価格は、「mamatamの手の出るレベル」が基準です。今までにリクエストに応えることができたのは、コラーゲンのほかに、コンドロイチン、ローヤルゼリー、ビタミンC 、プラセンタなど。1か月分が数百円から3000円くらいまでで、次はマカを考えているところでした。そこにN〇K〇ペシャルです。レスベラトロールは、ブドウの紫の色素などに含まれる物質で、以前からサプリメントとして、地味に、でもなかなか人気の成分。mamatam社でも何度か製造の注文を受けたことがあります。放送では、アメリカで販売されているレスベラトロールのサプリはあまり高くないように言っていました。それもあって、何人もの人がほしいと言ってきたのでしょう。でも、日本ではレスベラトロールのサプリはけっこう高額です。調べてみたら、アメリカのレスベラトロールは、抽出するそもそもの原料が違うようなのです。「イタドリ」と言う植物があるのですが東アジア原産で、日本では北海道西部以南のどこにでも見られる雑草で、欧米では、明治の頃日本から観賞用として輸入された外来種です。そのイタドリが、アメリカでは、レスベラトロールの原料として使われているようなのです。有害なことと、また、漢方薬の原料であることから、日本では、イタドリをサプリ(食品)の原料に使用することは禁止されています。日本で製造販売がなのはブドウから抽出したレスベラトロールで、価格を調べると、ちゃんとしたものは1kg十数万から数十万円。日本製の市販品で安価なものがあったら、原料が怪しいかもしれません。原料代がこれだと、mamatam社といえども あまり安くは作れません。アメリカから輸入されたイタドリのレスベラトロールサプリは、3000円前後で購入できるようなのでそういうのを購入してもらった方がいいのでは?と夫社長さんと話していました。ところが、調べていくと、レスベラトロールがサーチュイン遺伝子を活性化するという研究発表自体が間違いだったという報道もあるみたいなのです。だとするとイタドリのレスベラトロールは、効果はないかもしれないということでも、フレンチパラドックスという言葉があるように赤ワインや、ポリフェノール、レスベラトロールが相当健康に良いことはどうやら間違いないらしい。イタドリ、だめかも?だとしたら、レスベラトロールのサプリがほしいという〇〇さんや△△さんには、ブドウから抽出した質のいい方を飲んでほしいよねえ。今、人気だから、早く注文しないと在庫切れちゃうっていうけど。。。じゃあ、注文しちゃおうか?でも、作ったはいいけど、やっぱり高いからって最初のひと箱だけで、あとは買ってくれなかったら?あの仕入れ金額は、回収できないと相当きついよねえ。医薬品認定、早くされればいいのにね。そうしたら保険で、3割負担になるもんね。無理だよ。時間かかるし。それまでは、やっぱりサプリってことだね。夫婦二人でそんな堂々巡りの会話をしています。で、ここからはわたしの独り言。でもさあ。レスベラトロールって、赤ワインからとるでしょ?ということは製造現場的に言うと、汚れるのよね。グレープジュースや赤ワインのシミが落ちないっていうのは主婦なら常識だもんね。機械も作業服もすごい色に染まって、会社だけじゃなく自宅も製造後のお掃除がすごく面倒。それに、あれやると、手が、爪から指先から、魔女の手みたいに紫色になるし。しかも、儲からないって太鼓判なわけだしね。だから、ホント、気が進まないのよねえ。でも、あれからも電話はぽつぽつとかかり続けているのです。どうする、mamatam。どうする、mamatam夫社長。まだまだ悩む、熱帯夜が続きそうです。
2011.08.13
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今朝、血液検査のため、病院に行って採血をしてもらいました。実はわたし、低血圧で貧血の体質。出産後貧血はなくなり、加齢とともに血圧も少しずつ高くなって今では最高血圧は120台と、普通の人になりました。でも、血管が細いことだけは変わりようがないらしく、検査に行くと、採血担当の看護師さんが必ずため息をつきます。あまりお上手でない人は、最初に差し出した右腕をじっくり眺めてすみません、反対の腕を。といい、左腕を差し出すと、またまたじっと見た挙句にやっぱりこちらでと左腕にゴム?の管を巻きつけるという感じ。で、本日。右腕のひじの内側にかすかに青く見える血管を見事にとらえて採血開始。1本目の採血終了。針から、血液の入った管を抜いて次の管をさしこもうとした瞬間針のところから血液があふれました。どうやら残った針で血管を破ってしまった様子。仕方なく、左腕も差し出し、再度同じ作業。細い方の針使いますね、と言ってくれるもののこちらは透けて見える血管がほとんどなく、差し込んだ針で血管を探ること十数秒。ようやく細い管の中に血液が入ってきました。おかげで、今日は両腕の内側にガーゼを貼って出勤。昼食後、そのガーゼを外したら、右腕には見事な青タンが出来ていました。
2011.08.11
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息子の独り立ちのことを何回か書かせていただきましたが、わたしも実は2年ほど独り暮らしをしたことがあります。進学や就職のためではなく、冗談のようですが、独り立ちをする準備のためでした。 このまま家にいたら自分の行く先が心配だからと母をまず説得し、母はしてるからと父に話して、納得してもらいました。そんな程度の作戦で、両親が良く許してくれたものだと、今改めて思います。 自分の行く末云々というのは、けっしてその場しのぎの言い逃れではなくて、実際、30歳を過ぎた時、もしこのまま結婚しなかったら、わたしは親がいなくなったとき生きていけるのだろうかと本当に心配になったのです。その頃のわたしときたら、家事を手伝うこともなく、月に1度くらいは自分の部屋を掃除はするものの料理など高校の家庭科以来手を染めたこともありませんでした。朝はギリギリまで寝ていて、母の作った朝食をぼーっとした顔でいただき、母に作ってもらったお弁当を持って、パジャマで出勤することはさすがになかったものの時々化粧するのを忘れて会社に通う毎日でした。年齢も年齢なので、それなりの収入も得ていたのに母に月給の1割ほどを渡し、残りはほとんど全部遣ってしまい貯金といえば、ボーナス天引きの社内預金のみという生活を送っていました。勤務先から地下鉄で15分、駅から徒歩10分ほどの1DKのアパートを借りることにし、独り暮らしを始めました。お掃除や洗濯は、まあ、掃除機も洗濯器もあり、何とかできましたが、難関は食事でした。お料理の本と首っ引きでお料理するので、最初の頃は、ひとり分の夕飯を作るのに、2時間も3時間もかかります。駅からの帰り道は、半分以上が商店街だったので、晩御飯の買い物をしながら帰宅していましたが、料理本に書いてある材料を1品でも買い忘れるとお手上げで、その都度買い足しに走るので、余計に時間がかかることになります。初めの1-2か月は毎晩6時半ころ作り始めて食べるのは9時近くになっていました。疲労困憊で、ビールを飲む元気もありませんでした。お昼もお弁当を作っていきましたが、フタがきちんとしまっていなくて、電車の中でお弁当が匂って恥ずかしい思いをしたり、おかずの味が混ざって、なんだかとんでもない味のお弁当になったり、自分でお弁当を作ったことがなかったので、一緒に食べる同僚から「へ~~、面白いお弁当だね」とよく言われました。ごみの処理がいい加減だったせいか、実家では一度も見たことのないゴキブリにも悩まされました。ゴキブリ対策が身についたころ、独り暮らしの生活も落ち着いてきました。買い忘れたり、量が足りない材料をやりくりしたり、買ったものもきちんと使い切れるようになってお弁当を笑われることも少なくなりました。涼しくなるころには友達にも部屋に来てもらえるようになり、鍋パーティーやクリスマスパーティーをしたりもしました。勤務先が移転することになって実家に戻ったのでわたしの独り暮らしはたった2年間で終わってしまいました。引っ越しの時に虎の子の社内預金も引き出してしまったわたしのこの時の預金高は、なんと100万円をわずかに下回る額でした。母の呆れ顔を今でも覚えています。たった2年でしたが、一応生きていけそうという自信のようなものはつきました。失敗だか成功だかわからない独り暮らし歴ですが、かわいくない子も旅をした方がいいとわたしが思うのはそういう訳なのです。
2011.08.10
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息子がいなくなって、何が一番変わったかというと、電気代もさることながら、買い物が一番変わりました。夫と二人だと、食べるものもあまりいらないし、買い置きの日用品も本当に減りません。ビールだって、昨日6缶パックを買って入れておいたから今日は大丈夫ね、と思って帰るとええ~~、棚空っぽ?!そういう事態がなくなりました。スーパーに行っても、今までは、明日のお昼の分、買い置き何かあったかしら?とかスナック菓子の特売してるから買って帰ろうかしら?とかあっちに寄り、こっちを見て気が付くと3-40分経っていることもしょっちゅうでした。最近は予定の買い物を済ませたら、もうそそくさと帰るだけです。楽天でも、わたしのレビューを見てくださる方は、きっと最近更新がないとお思いでしょうね。7月までは、息子がいた時の調子であれこれ注文していたのですが、ここしばらくは、仕事でいるものしか注文していません。今までは、スイーツでも冷凍食品でも買いすぎたかな?と思っていてもいつの間にか無くなっていましたが、今は7月に買ったものの消化に追われていて、新規購入の余裕がないのです。夫婦二人だけの生活に必要なものの種類や量をわたしは、改めてしっかり把握し直さないといけないようです。なんだか、いよいよ老夫婦の暮らしみたいになってきました。
2011.08.09
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日記を書こうとテレビのスイッチを切ろうとしたら臨時ニュース。日経平均株価が今年3月以来の9000円割れだとか。そういうこと詳しくないので、意味がよくは分かりませんが、円高が止まらず、株価は下がりっぱなしっていいニュースには聞こえません。景気の先行きはどころか?もしかしたら?不安ですね。昨日、あんなことをかいたら、昨夜は無風で、ホントに蒸し暑かったです。今朝は暑さで5時に目が覚め、初めて扇風機のスイッチを入れました。今もあまり風がありません。ところでわが家の節電の逆エースであったことが判明したむすこ殿。実は風邪をひいて会社を休んだとメールがあったので、先週の土曜日の夕方様子を見に夫と二人で行ってきました。風邪は大したことなかったようで、顔色もよく元気そうでした。部屋もそこそこきれいにして、洗濯物なども干してありました。驚いたのは、西日の差す窓にカーテンを引き、その窓と天窓を開け、玄関ドアをチェーンの分だけ開いて、それでも大して風は通りもしないようでムワーッと暑い部屋でクーラーも入れずに首タオルで過ごしていたことでした。扇風機があれば十分だとか言って。洗濯も、毎日すると電気代が無駄だからと週末にまとめてするようにしたとか、持たせてやった掃除機の隣に百均で買ってきたと言ってモップが立てかけてあったり、本人の意識としては節電というよりは節約なのでしょうが、自分で働いて得たお金で支払うとなったらお金の価値がそれまでの数倍に感じられるようになるというのはわたし自身にも覚えのあることですので、当然といえば当然ですが、独り立ちできたのはやはり良いことだったと思います。昔から可愛い子には旅をさせといいますが、可愛かろうが可愛くなかろうが、子は旅をするべきだと改めて感じました。そういえば、土曜日、食事をしていたら息子がいきなり「楽天のポイントけっこうある?」と聞くので何か欲しいのかと聞いたら椅子がほしいというのです。狭い部屋には椅子は邪魔と大き目の座卓を置いていたのですが、生まれて25年余り、テーブルと椅子の生活をしてきた身には床に座る生活は過酷だったようで、最近腰が痛くてたまんないんだよねとのたまうのです。それで私のポイントを狙って椅子をゲットしようとの魂胆。テーブルは?といったら、別売りで脚があって座卓を高くできるので明日買いに行くって。どうやらそっちは安いらしい。体を壊して戻ってこられるのは真っ平だし、椅子ぐらい、あなたの2ヶ月分の電気代でおつりがくるとプレゼントすることにしました。母の愛です
2011.08.09
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この時間(ただいま22:13)になると、風もずいぶん涼しくなりますね。今年はみなさんエアコンをなるべく使わずに暮らしていらっしゃるようで、店頭から扇風機が消えてるなんて話もありましたが、今頃の時間はもう皆さんのお宅でもエアコンなし、扇風機なしでお過ごしでしょうか?わが家は、マンションなのですが、もともとほとんどエアコンを使いません。我慢強い家族と言うわけではなく、建物の向きが地域の風向きにあっているらしく、とても風通しが良いのです。毎年、夏になると、お店で一番背の高い葭簀を買ってベランダの手すりに立てます。これが我が家の最大の暑さ対策です。こうすると窓側の部屋の室温も上がらず、ベランダの床も外壁も暑くならなくて、入ってくる風がより涼しいです。今年流行のグリーンカーテンのようなもの。わが家のベランダは日当たりと風当たりが良すぎて、あらゆる植物が枯れてしまうので、10年来これです。よしずがあるので、ベランダ側の窓はもちろん前開、家の中は、引き戸という引き戸を取っ払い、ドアはフルオープンに固定して、そこに薄いコットンやシフォンのカーテンをかけます。玄関も廊下側の窓も風が通る程度にあけておきます。例年だと、それでも無風の日がひと夏に数日あって、時々扇風機は使っていました。でも今年は、そういう日がないので、扇風機はカバーがかかったまま、多分埃だらけです。冬は冬で、2重サッシの窓をしっかり閉め、家じゅうの引き戸やドアの内側に厚手のカーテンをつるすと、マンションにありがちな結露もなく、石油は禁止なのでストーブは使わないし、エアコンも出番なしです。そんな我が家なので、震災後節電しようと思っても、照明をこまめに消し、テレビの待機電源を切り、暖房便座のスイッチを切ったら他にもう思いつきませんでした。エアコンだけでなく、電気ポット、電気炊飯器もないし。。。それでも電気代は1万円を切りません。うんという感じです。そうこうしているうちに6月、息子の就職が決まり、引っ越しが決まり、息子があわただしく家を出て行きました。そして、7月末、届いた電気代の請求書はなんと息子がいたころの6割ほどでした。夫とわたしが仕事に出かけた後、彼が家でどんなふうに過ごしていたのか、想像に難くありません。わが家の節電の決め手は「息子」だったという、なんともお粗末なお話でございました。
2011.08.08
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今日の日記でこんなのを見つけました。ビビアン5さんのブログです。転載のようなので、コピペさせていただきます。 (タイトルにカタカナでアダルトと入れたらどうもNG ワードらしくアップできませんでした。ヘンなの!)アダルト系のブログを作っている人達へお願い。名前の頭に「R18」とか「アダルト」とかをつけてもらえると助かります。見たいときは探して見られるし、見たくない人達にとっては見なくてすみます。管理者の方はそういうのを義務付けることは出来ないのでしょうか。自分のブログにアクセスしてくれた人のブログを見たいと思っても、営業やアダルトばっかりじゃ他のところに引っ越してしまう人も出てくるんじゃないかな。賛成です。ぜひお願いしたいです。この週末も、何件か(かなりたくさん)初めてのブログ名のアクセスが記録されています。週末は知らないヒトの跡をついて行かないと自己規制していますので、せっかくアクセスされてもわたしはクリックしません。そちらも時間の無駄でしょうから、ぜひのことお願いします。
2011.08.07
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今までのブログのデザインは最初にブログを登録した時に設定できるのを知らなくて、自動的に決まってしまったせいか、あまり気に入っていませんでした。最近天楽007さんがアバターで遊んでいらっしゃるのを見て、もしかしたらわたしにもデザイン変更ができるかもと思い付き、お暇な今日、トライしてみました。テーマには取りあえず七夕を選んでみました。東京生まれのわたしには、お盆も七夕も本当は7月なのですが、今日はちょうど8月7日ということで。。。また、挑戦する時間を見つけるまではこれで行こうと思います。センスにはあまり自信がありませんが、温かい目で見守ってやってください。
2011.08.07
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昨日、ルバーブのことを書いたらHiさくらさんからルバーブって?と言うコメントをいただきました。それはね、って、したり顔で説明しようと思って念のために前の日記を開けてみたら書こうと思ったことが全部書いてありました。と言うわけで、もしよろしかったら、6月2日の日記を読んでみていただけますか?あの時、miketaさんからトウガンでもジャムができると教わったのですよね?ちょっとパイナップルみたいな風味だとか。今年miketaさんのお宅ではヒメトウガンと言うのが実を結んで着々と成長しているそうですので、是非、トウガンジャム制作レポートを読ませていただきたいです。あれから、普通の蕗でもジャムができると聞きました。蕗はアクが強いですが、どれくらい抜くかで味が全然変わるようです。ある方は、皮をむいて小口から小さめに切り、水で20分ほど茹でてアクを抜き、レモン汁にペクチンも少し足して作ったそうです。ルバーブのジャムに似ていると書かれていました。また、北海道のあるホテルでは、オリジナルのお土産品として蕗のジャムが売られているとのこと。こちらのはアクをすっかり抜いてしまわないようで、甘さと酸味とほろ苦さが何とも言えないと購入者の方が感想を載せていました。男性の方でしたが、ヨーグルトのトッピングにもピッタリだそうです。いろんなジャムが作れるのだなあと改めて感心しました。
2011.08.07
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友人たちとの八ヶ岳テニス合宿が近づいてきました。今年はみんな飽きたのか忙しいのか、参加人数が少なめで開催が危ぶまれていましたが、ようやく8人ほどの人数が集まり、なんとか実施できることになったと連絡がありました。お盆過ぎの金曜日から行く予定です。テニスもさることながら、もう一つの楽しみが近隣の農家さんや工芸家さんたちがお店を並べる朝市です。去年はここでルバーブを買いました。ルバーブのジャムはわたしの一番好きなジャムですが、ルバーブが日本で栽培されてるとは知らなかったので、ビックリするやらうれしいやら。しかも一束300円でした。2束か3束買って帰ってきたと思います。全部ジャムにして、少しだけお友達や知り合いに配って、残りはほとんど全部わたしが食べました。来年(つまり今年)また八ヶ岳に行くまで持つだろうと思っていたのに、毎日まいにち食べたら春まで持ちませんでした。今年、ルバーブを植えてくれる人が見つかって種を送りましたが、収穫まで2年かかるというので、今年もぜひ買ってきたいと思っています。首尾よく巡り会えて、ジャムができたらお披露目させていただきたいと思いますが、さて、今年もまた出会えるかどうか。。。楽しみですが、心配でもあります。毎年手配をしてくれている友人に今年もルバーブが買えそうかどうかペンションのママさんに聞いてくれない?とメールしたら、一言、バカと返事が来ました。別の友人に、mamatamは、八ヶ岳まで何しに行くんだと、ぼやいていたそうです。
2011.08.06
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今年は蝉が鳴かないといろんな人が言っています。確かに、家にいても、通勤の途中でも、今年はあまり蝉の声を聴きません。わたしが今年聞いた初セミの声は先日鹿児島に行った際の蜩でした。蜩っていうと晩夏と言う感じがしませんか?わたしにはそんな印象があるので、それが一番蝉だったなんてちょっと頭が混乱します。そう思っていたら、今日はとても蝉さんが賑やかです。実は今朝珍しく早起きしたのですが、それもセミさんに起こされてのことでした。5時過ぎくらいからミンミン鳴いてましたよ。と言うことはミンミンゼミ?東京では、それ以外はあんまり聞きませんし。ベランダで洗濯を干していると、さっさとしなさいよ、ミンミン、とせかされてるみたいです。久しぶりに二日続けてお休みの週末、のんびりごろ寝でもしたいところですが、お天気も良いことだし、のんびりは明日の楽しみに取っておいて、今日は、わたしも蝉さんたちにならってミンミン励むことにしましょう。
2011.08.06
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高校時代の友人で、生まれてこの方、忘れ物やなくしものをしたことがないという人がいます。物忘れをしたことも、記憶にある限りでは皆無だと豪語しています。日本を代表する国立大学に現役で合格し、その大学院の博士課程も修了したという頭脳の持ち主で友人の間では、雑学の大家としても知られています。頭もいいのでしょうが、さらに記憶力もよいのでしょう。彼の辞書には、「忘れる」という言葉はないようです。さて、わたしはと言えば忘れ物、落とし物、なくし物なんとかしなくてはいけないとず~~~~~っと思って何年も考えて、反省して、それなのに甲斐なくこの年まで来てしまいました。昨日もやっちゃって。。。またまた反省。今回の忘れ物は預金通帳。昨夜、閉店ギリギリに銀行に行ってATMで預金を引き出して、全然違う銀行の通帳を落としてきました。今朝通帳の銀行から電話。あー、恥ずかしかった。落し物、なくし物のダントツトップはわたしの場合、鍵です。家の鍵、自転車のカギ。出かける時も、家を出てから、忘れ物で必ず一度は家に戻ります。出かける前にこれしといて、帰りにこれしてきてと頼まれたことも3回に1回は忘れます。この迂闊さ、お間抜けさっていったい何なのだろう。でも、物覚えは良い方だったと思うのです。近頃はだいぶ怪しくなったものの、若いころは予定を手帳とかスケジュール帳に書き込んだ時に覚えて、後はもう見なくてもOKで、物忘れとはほぼ無縁でした。学生時代を思い出せば、一夜漬けなんかけっこう得意だったし、単語や漢字のテストも苦手ではありませんでした。ところが、忘れ物となると、まるで逆。わたしが子どもの頃は携帯電話どころか各戸に電話があるなんてこともなかった時代、とにかく忘れ物をしたら完全にアウトでした。だから、出がけの親の決まり文句と言ったら、忘れ物ない?なのに、宿題や課題を家に置き忘れてくるなんて朝飯前。体操着とか今日は大掃除ですという日の雑巾なんかよく忘れていました。そういうのは母が玄関で見つけて届けてくれたりもしましたが、高校の時は授業料を家に置き忘れてきたりしました。母が、よく鞄忘れていかないもんだわねと、呆れていました。きっと、性格の問題ですね。生来のズボラさが影響していると思うのですが、忘れないようにしなくては!という覚悟が足りないのです。詰めが甘いというか。。。宿題などでも、提出して初めて完了するのに、それを忘れてやったことで満足してしまう性格、きっと原因はそこでしょうね。持ち物なんかは、用意して揃えたところで終了しちゃうんですね。銀行に行けば、預金を引き出したことで所期の目的は達したとばかり後ろも見ずにさっさと出てきてしまう。鍵は、かけたらこれでもう安全と、その存在が意識から消えてしまう。出かける前の忘れ物にしても、帰る前の用事忘れにしても、多分本気で真剣に覚えてないのですよね。だから簡単に忘れる。年とともに、大丈夫だったはずの物忘れも、全然大丈夫でなくなりつつある今日この頃、まだ記憶力が痕跡でも残っているうちに、意識革命をしなくては、と少々、いいえ、大分強く焦りを感じはじめています。手遅れ感は、相当否めませんが、がんばろうと思います。何か、効果的な方法をご存知でしたら、是非、ご指南ください。
2011.08.04
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昨日から、お天気がむちゃくちゃですね。週に一度の外遊びを、施設側が省エネとか何とか言って変更したスケジュールに合わせて、やむを得ず金曜日から水曜日に変更しました。昨日は、その第一日目でしたが、空が縦半分ずつに分けたように、半分が曇り、半分が晴れで曇り部分のさらに半分は真っ黒な雲、それでその真っ黒部分の端がわたしたちの頭の上にかかっていました。おかげで外遊びの間中、大粒の霧雨(って変な表現!)で終わって家に帰ろうとした途端土砂降りになり、雷までなる始末。お昼を食べて工場に行くときは日焼けが心配なほどのかんかん照り。今朝も、出勤しようと外に出たら日が照っているのに雨も降っていて会社までの20分で結構濡れました。今、外は薄曇りです。
2011.08.04
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暇な日でも夕方になるとちょっとバタバタするのですが、少し前のこと、珍しくヒマな夕方があって、足跡をぴょんぴょんとたどって遊んでいるとissei666さんのブログ なまけものだものにひょっこりと行き会いました。issei666さんのブログ、ナマケモノさんのはずなのに、きれいでおいしそうで、かわいい和菓子がたくさん載っています。思わず、おヨダが。。。アブナイアブナイ。。。などなどやっておりましたら、美味しそうなごはんを見つけてしまいました。歪な親子関係っていうんですが。。。うん?あんまり美味しそうな名前じゃない?確かにねえ!でも、もしよろしかったら、ちょっと行ってごらんになって戴けませんか?そうそう、それです、別名「親戚丼」
2011.08.03
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息子が小さいころ、そんな風に言っていました。「おばあちゃんのごはん」ちなみに、わたしの母、つまり東京の祖母は「ばあば」でした。小さいながら、それぞれ違うってどこかで感じていたのでしょうね。年金でつましく暮らしていた義父母ですから、高価な材料やお菓子を買って用意してくれたわけではなかったと思いますがお蕎麦やお菓子に限らず、どんなお料理にも心がこもっていました。おばあちゃんのごはんと言えば、お赤飯でしょうか。夫の好物でもあったので、三人が帰ると必ず炊いてくれました。これも炊飯器ではなく、庭に、一斗缶を利用して作ったかまど?を据え薪で火を熾して、羽釜の上に大きな
2011.08.03
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昨日、義母のお料理を思い出して行けばわたしにも作れるんじゃないか?というコメントをいただきました。え~~とぉ、と考えてみて、思い出せば出すほど絶対に無理だと改めて思いました。性格の問題というか。。。わたしがお料理するとき考えることは、いかに簡単に、手を抜いて作れるかそれが第一番です。いつも丁寧に丁寧に、手を抜かずに作ってくれた義母の真似はわたしにはとってもできません。それを最も強く感じるのは義母のお菓子作りです。夫が、お酒も好きだけど甘い物も大好きということもあり、わたしたちが帰省すると義母はよくお菓子を作ってくれました。もちろん和菓子です。それに先立っておもちをつきます。これは餅つき機でついてくれるのですが、もち米が良くないのか、このおもちだけは不味かった。でも、このおもちで作ってくれるお菓子は最高でした。何しろあんこから手作りです。しかもつぶしただけの粒餡ではありません。なんとさらし餡。家庭でさらし餡を作る人を見たのは初めてでした。というか、さらし餡が家で作れると、それまでわたしは知りませんでした。柔らかく煮た小豆をつぶして、漉し、丁寧に皮を取り除いてから水が濁らなくなるまで何度も何度も水を変えて晒し最後に布巾に包んで流水で洗い、布巾に残った餡を鍋にあけてお砂糖を加えながら弱火で練っていくのです。長時間の立ち仕事で、すごく力もいりますが、義母は手を抜くなんて考えたこともないのじゃないでしょうか、本当に丁寧に丁寧にしていました。その餡で、いろいろなお菓子を作っていきます。白いおもちで包んだ大福や、よもぎを混ぜ込んだ、草餅、おもちとつぶしたサツマイモをさらにこねて作った皮であんこを包んだお団子、黄粉をまぶしたのとかもありましたねえ。あんことおもちとサツマイモを混ぜて、ニッキみたいな香りを付けたお団子(もしかしたらけせん団子?)鹿児島のお菓子は、ケセン団子とかカカラン団子とかトッコサとかおもしろい名前が多くてでも、何がどれだったか、よく覚えていないのですが。。。あの手際だけは今でも目に浮かびます。昔ながらのあまり使い易くない台所で、あっという間にお菓子が山盛りになり、出来たが。さん、くん、たもわんね(食べなさい)そう声をかけてくれます。あんこの大好きな息子も、もちろんわたしもおばあちゃんのお菓子を喜んでいただきました。田舎町のこと、子ども相手のお菓子屋さんなど家の近くにはないし、お金もなかったし、だから、お菓子というのは、お祭りや行事の度におふくろが作ってくれるものだと思っていたと夫は言っていました。わたしは息子に、そんな思い出の味を残せているのかなと、ふと思ってしまいました。PS日記の背景色を少し薄くして、文字のフォントを上げてみました。文字ばかり多くて、つい長~~くなってしまうわたしの日記、これで少しは見やすくなったでしょうか?文字色は黒でいいのかな?よろしければご意見お聞かせください。
2011.08.02
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