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娘の運動会。 息子が中学になったから待ち時間が長くなったけれど、心の恋人たちがたくさん活躍して、胸はきゅんきゅん鳴っていた。 いやぁ、若いって、速いって、なんてうつくしいのだろう! PTA役員のたったひとつのいいところ、といったら運動会を本部席で観戦できること。 6年生の競技はほんと見応え満点で、速い子は背中でもゼンマイつけてんのかしら~、という回転速度。 心の恋人H(呼び捨て)は、素直で爽やかで、運動神経抜群な少年。 彼がいるだけで、不思議に楽しい雰囲気になるし、こういう部分はやはり持って生まれたもの、というしかない。 いるだけでひとの善良さと勇気を感じる子なのだ。 5月の風みたいな子だなぁ、彼が走る度に、わたしの幸福度もどんどん増す。 さて、娘はソーラン節を踊った。 びっくりした。 すっごく上手かったからだ。 もうちょっと練習すればもっとキメられるんだろうけれど。 リズムをからだでしっかり体現できるのだ。 それは爽快だ。 近所の体操教室が満席でバレエにするかなぁ~、と悩んでいたけれど、おそらくチアダンス系になりそう。 そちらの方が娘の個性にもとても合っている。 あの、チアのポンポンってじつはすごく高価なのよね~、びっくりよ(涙) とにかく教室を探さなきゃ。 ま、親なんてこんなもんよ。
2010.05.30
調布クラスのみなさまへ 6/4(金)午後のクラスは会場が変更になりました。 たづくり11階1101号室から、10階百日紅・花水木の和室です。 人数が10名を越えたので、急遽お部屋の変更をしました。 参加者の方へは再度個別にご連絡いたします。 と、これで終わるのはなんだかがっかりなので、地元のクラスは文化会館の11階の部屋を使用していますが、エレベーターに乗って11階に到着するのに、4階になる図書館からひらすら各駅停車なエレベーターにちょっとため息。 逆に、帰りに1階まで誰も乗らずにすーっと気持ちよく降りることができると、なかなか嬉しかったりします。 たまにエレベーター前が混み合っていると、ちょっとチャレンジャーなひとになり、階段でどこまでスムースに上がれるかやってみます。 7階で死にました。 5階までですね、乳酸がたまらないのは(笑) ちなみに、エスカレーターにのると、どうしても待てずに歩いてしまう、こんなところは待てないインパチェンスなわたしです。
2010.05.29
よい雰囲気のクラスになるには、いくつかのエッセンスがある。 赤ちゃんが泣きすぎない、とか、泣いても母がすっと抱き上げるとか、エクササイズの比重とか、生徒さん同士の理解の深度だとか、まぁいろいろだ。 いろんな配分がちょうど良いといいのだけれど、どのクラスも少しずつカラーが違う。 地域性もある。 いまちょうど季節開催しているこぶたラボの産後クラス、そして東松原の子育て支援グループamigoの産後クラス、このクラスには、わたしと生徒さんをつなぐひとがいる。 amigoにはもう一体何代目になるのでしょう~、ってくらい、子連れスタッフの方がお茶を出してくれたり、赤ちゃんをみてくれたり、参加者とより近い目線でアドバイスしてくれたり、もう献身性をフルに発揮してくださっている。 いまFさんといううつくしい女性がサポートしてくださっている。 彼女が、よく働く! 彼女だってお子さんはまだ1歳3ヶ月くらいだ。 彼女のお子さんは、クラスが終了すると、ダスキンモップを取り出して、掃除を始める(笑) こどもは母の姿をじつによく見ているのだ。 こぶたクラスのスタッフ、ゆきちゃんも、二人目の産後9ヶ月ほどだけれど、もう天性の明るさ!でわたしと生徒さんをつないでくれる。 かゆいところに手が届く、まだ若いのにそんなサポートができるひとだ。 彼女の明るさは、もちろんちょっと迷惑気味な明るさではなく、不思議なやわらかさを持った明るさだ。 彼女の実人生の経験が、本来の明るさに、他人が共感するような誠実さが加味されているのだ。 日常をバタバタしながらも地に足をつけて、それを仲間と分かち合いながら生きている。 だから安心するのだ。 もうね、このふたつのクラスの雰囲気がいいのは、彼女たちのおかげだ。 どれだけ支えられているか。 というわけで、どうぞお手当などはずんでくださいませ。 このおふたりのボスのみなさまへ、愛をこめて。
2010.05.28
息子は主人のおさがりのipodを譲り受け、もう毎日いつでもどこでもイヤホンな日々だ。 バンプオブチキン←カタカナ表記じゃありませんとか聴いてるらしい。 いきものがかりとか、スキマスイッチとか、山下達郎とかね。 なんだかね、いつでもどこでもだから笑っちゃう。 焼き肉屋に行っても、聴いてるよ。 子供部屋の完成祝いで手伝ってくれた主人の友人と一緒に焼き肉屋に行き、ふたりで一緒にイヤホンを片耳ずつ聴いていた。 それは女の子とするものだ!とたしなめたが、まぁとにかく、イヤホンがきっと彼の青春アイテムなのだろう。 甘酸っぱくときにうざったい青春のはじまりなのだ。
2010.05.27
縁あって、毎年高校卒業したてのひとたちに、アロマの基礎を教えている。 若い子に教えることの難しさに、最初はがーん!となったものだ。 最初のクラスは、なかなか生徒さんの目を見ることがしんどかった、そんな冷や汗感覚をリアルに覚えている。 そして、昨日のクラスで、はじめて生徒さんの一人に怒鳴ってしまった。 注意、というのは経験があるけれど、叱る、を越えて、怒鳴ったのだ。 今回のクラスは1、2年生合同クラスで、合同というのは、かなり難しいことが判明。 いつも後ろの方でおしゃべりをしがちな2年生の生徒さんが、やはりいつものようにまぁよくおしゃべりを続けるのだ。 それも、言葉が、汚い。 オンとオフの切り替えがほぼない。 あきらかに、1年生のほうが戸惑っている空気もある。 そして何より、彼女は振りをしていた。 その、ちょっと斜に構えて適当に聞いちゃってますけど、手技はちゃんとできますから。 それがスタイルで、わたしの個性、という振りに、わたしは我慢できなかったのだ。 彼女はセラピスト志望なのだ。 2年こなせば、なんとかセラピスト装備は身につくだろうけれど、その精神性の継続にぞっとした。 いやいや、それだけで怒鳴らなくてもいいだろうに、点火のいちばんの理由は、自分の存在をまるで無視されたように感じたからだろう。 伝えたいことがあるのに、無視、という状況に、バーベインの火が耐えられなかっただけだ。 まぁ、火がついたのを契機に、そのアロマクラスは血の通った面白いクラスになるかもしれない。 自分がいちばんびっくりしてしまった話だ。 講師人生は続く。
2010.05.27
麻里さん主催のバッチフラワーセラピストクラスへ。 めまぐるしい5月に駆け込み開催(やや強引に!)してもらった今回のクラスも、すばらしかった~(涙) なんというか、このセラピストクラスは、わたしにとって、バレエと同じくらい、よろこびやひとへの愛おしさが絶え間なくわきあがるクラスだ。 今回は、エルムとオークの違いから。 このどちらもひとや自分自身への前向きな期待を背負って日々何かにエネルギーを注いでいるひとへのレメディ。 思えば、昨年度のPTAのことで、人生で始めてエルムを飲んだ。 もういっぱいいっぱいで、期待に応えることはできないよ~、とすっかり消耗していたときに飲んだ。 投げ出したい、と思ったときのエルム。 それでも全力で最後までやり遂げようとするのがオーク。 オークの状態は病気になって倒れないと、オークが止まないということだ。 ひとの心配や自身の体に対して、すさまじいほどに鈍感になる。 だけどこれって、防御なのかな、とも思う。 懸命さをキープすることで、自分自身の存在の意義を見せている。 オークのひとは、背中や肩回りが板のようにべたっと硬い。 肩がいかり型だったりね。 エネルギーがあり、多分正義感も強いのだ。 オークは、すべて自分ひとりだけで頑張らない、できるひとが他にいるなら、手渡す、というような柔軟性が生まれる。 レメディの説明はどんどん重くなって、はぁ~と一同ため息(笑) そしてパインのレメディへ。 フラワーエッセンスで最も深刻な、つらいレメディ。 罪悪感。 「生きていてごめんなさい」 という叫び。 生きていてごめんなさい、なんて、この世でいちばんかなしい言葉だ。 それが心にある苦悩。 その奥にあるのは、ひとへの不信感。 麻里さんが、教科書にしている「バッチの花療法」の一節を伝えてくれた。 「誤りを犯して経験する葛藤から、 私たちは人間としてさらに成長するのに必要なエネルギーを与えられるのです。 (略) それなのに、どうして自分を責めたりするのですか? 自分の過ちに拘泥して、自分自身を愛することも許すこともできない人は、 ほかの人を愛したり許したりすることなどできません。 愛し合い許し合えないような人間関係にどんな意味があるのでしょう」 「バッチの花療法」p185より なんだか聖書に親しむ会、みたいだなぁ。 いやいやクラスではすんご~い地に足のついた演習をするから(笑) 例えば→70代義母、ひとまわり年下の彼に夢中、とかね~ パインにこめられたメッセージは、バッチのすべてのレメディを通底する、自分のタイプを受け止め、生きようとするエネルギーにつながっている。 恥ずかしい自分も、誰かの支えになれる自分も、がっかりしてため息をついている自分も、誰かと生きたいと願う気持ちからだ。 ひとつひとつのレメディを味わう。 今日はへこんだなぁ、とかそういった体験が、わたしたちの財産になる。 失敗する自分も財産になるのだ。 いまこっそりハマっているのが、「鈴木先生」という漫画。 これがもうネームがこれでもか!ってほど多くて、1巻読むのに、2時間ちかくかかることも(笑) 体力が必要なんだけれど、なかなか面白い。 その鈴木先生が中学生に伝える言葉があるんだけれど、 「体験を分母にして、その失敗や恥ずかしさ、尊さを どれだけ自分のものにできたか(=経験)で経験率が上がる」 というくだりがあって、バッチと同じだなぁとふと思ったのだ。 パインの「生きていてごめんなさい」 は、いつか「あなたと巡り会えて幸い」につながっている。 わたしは、そう祈っている。
2010.05.23
毎日、7時に息子は部活から帰宅する。 そりゃ、全身真っ黒で、あぁ~~~~~、なんて漏らしながらふらふらだ。 あちこちの壁に手をつかれたら掃除がたいへんだから、そのまま風呂場へ直行させる。 ゆるい小学校生活だったから、中学の部活で日々新しい筋肉痛をつけてくる。 息子の野球部はいちばん厳しい、らしい。 ほぼ毎日、ある。 帰宅して、風呂、夕食を済ませて、すぐ宿題&くもん(笑) とはいかず(涙)、たいてい、漫画(←ただいま「龍馬がいく」に夢中)か、電車の緻密な絵(←本当にこればかりはすごい、残念ながらこればかりだが)を黙々と描く。 公立だからか、宿題はたいして出ない。 あとはくもんの英語&数学のプリントをたまに発狂しながらする。 いまは娘のほうが、発狂中(←見るのもうんざりな大きい数の割り算)。 まぁ、自分の子ども時代を振り返ったら、本当によくやってるなぁ、と思う。 そして、都会での子育てのなんとお金のかかること! GW中に、これからの家計のシュミレーションを、主人の母とともに計算したのだけれど、いやぁ、我が家は本当に都立に行ってもらわねば! 娘も都立の中高一貫を考えてもいる。 いや~ん、田舎とは全然違うのね~ わたしの子ども時代は習い事はピアノだけだったから、月6,000円くらいだった。 いまふたりで、3,3000円、娘がピアノと水泳教室に行ったら、+1,4000円。 うーん、働くよ~! 不思議なことに、こどもがどうしてもやりたい、というならば、働くエネルギーも倍増するのだね。 まぁ、それがたいして身につかなかったり、将来の役にそんなに立たなくても。 まさにわたしがそうだったからなぁ(汗) しかし、とってもやりたいことがあるなんて、幸福なことだと思う。 主人も、わたしも、こどもたちも、やりたいことが明確だ。 上手くいかずに悶々とする日もやってくるだろうけれど、全力で働ける、とか集中できるって、わたしたちの根底を安心させるものなのだ。
2010.05.20
先週の雨降る静かな五月の日に、友人のどんげさん(アリカイさんともいう)がホステスに、「桜梅桃季@森のテラス」がしっとりと開催。 魔性の桜花 愛くるしい桃の花 はんなりと梅 清々しいすもも どの花も芳しく その花もうるわしく 他の花にはなれないし なる必要もなく お互いの美を慈しみ 活かしあう それが桜梅桃季(おうばいとうり) これはホステスの彼女の言葉であり、まさにメッセージ。 わたしはバッチフラワーで午後から参加。 おふたりのご縁をいただいた。 いろんなボディ&エネルギーワークの出店があり、わたしはこの世でいちばん愛しているボディ&エネルギーワークである、エサレンマッサージと頭蓋仙骨療法のクラニオセイクラルを短時間だけれどやっていただいた。 もし自分が勉強したいなら、まさにこのふたつだ。 すかすかなエネルギーを感じたり、滞りがすーっと流れ出す感覚もあった。 そして、あぁ、やはりすばらしいワークだ。 べ、勉強したーい!! このふたつは必ず海外で最終認定を受けないと修了証をもらえないのよね。 ああ、だけど、学びたい。 と思えるほど、ナンディさんのトリートメントは誠実でうつくしかった。 友人のマキさんはヨーガで出店、こまめやくみさんのおどろきの小豆ソースにひれふし、滋養をいただき、何よりホステスのどんげさんの働きと配慮は、外を潤す雫のようにひとをやわらかくする。 彼女の桃色のニューズレターの言葉は印象的だった。 彼女はタッチフォーヘルス、というカウンセリングと筋反射を使ったエネルギーワークを学び、提供している。 「タッチフォーヘルスを通じて今感じることは、 よく見えることも悪く思えることも、かならず流れてゆくということ。 悲しみも恐れも、大切な自分の一部であり、歓びに転換してゆけるということ」 わたしはいまバッチフラワーを学んでいるけれど、本当にそうだなぁと、彼女の言葉を反芻した。 いま目の前にある現象をありありと感じる。 向かい風で押されそうな不安感だとか、何かを起こしてしまいそうな憤りだとか。 なんて愛らしいのかと思う歓び。 誰かからもらった勇気。 ひとの役にたてたという思わぬ幸福感。 ありありと感じる。 そして少し俯瞰する。 その感情がどこからやってきたのか。 感情が引き起こす痛みを。 自分のからだのどこに留まっているのかを。 どんな癖を引き起こしているのかを。 どんげさんも、マキさんも、ナンディさんも、そのエネルギーをゆくべきところへ流すちょっとした道先案内人だ。 媒介者といってもいい。 つなぐひと。 心とからだ。 感情と痛み。 不快とこころよさ。 わたしと世界。 だいじなひとに会いにいくための、だいじなひとにこの思いを届けるための、絶えず流れるエネルギー。 魅力というのは、そのひとにロマンを感じられるかだ。 彼女たちはひと葉に光る雨つぶのように、ときに神々しく、やわらかで、女性なのだ。
2010.05.16
祖母が魚を食べた後の骨をお茶碗に入れてお湯を注いですすっていた姿がとてもうつくしいなぁと遠い記憶にあるのだけれど、わたしの背骨もいちどお白湯にすすがれたいなぁと、ぼんやりと思ったりする日々。 みなさまご無沙汰です。 職場復帰されたみなさんは、どんなどきどき感を抱えているのかな、とふっと想像するけれど、仕事するのっていいよね、とも思って、クラスの元生徒さんたちの別の顔を勝手に想像して、ニタニタしている。 やることが、毎日しっかりがっつりとあり、それをちゃんとこなすと、主人が夜勤の夜は、思い切り手抜きごはんになってしまう。 いやそれもよし。 母子で揃って食べるのだから。 日曜日は中学の学校公開で、どきどきしながら中学生を観察していた。 あぁ、この子はモテるなぁ、とか。 30過ぎてから楽になるかもしれない、とか。 息子の学校の制服は全国でも1、2位を争えるほどに、制服がダサい。(という言葉はもう死語でしょうか) 制服ひとつでも盛り上がるのになぁ、なぜあのデザイン&色なのだ! うつくしい紺じゃないのだ(涙) 花の思春期なのだからね、制服くらいかっちょいいのにしようよ。 どうせお金かかるんだからっ! 時に妄想しながら授業参観したのだけれど、そういえば、卒業式の第二ボタン(もはや知らないひともいるのよね)って、「ください」と言われて、すぐに取れるものなのだろうか、と経験のない疑問がわいていた。 もぎとる、感じかしら。 それとも、前日にこっそり糸を1本くらい切っておくものなのかしら。 「うわっ、取れねぇ~!」なんて言いながら、赤面するのかしらん。 あぁ、そしてね、第二ボタンをいただいた女子は、それをいつ処分してしまうのかしら。 永遠にとっておくものなのかしらん。 引っ越しなんかでどさくさに紛れてしまうのかしら。 一度くらい、ボタンをくださいっていうシチュエーションを経験したかったなぁ。 柏原芳恵ちゃんもなんだか歌ってたのにね。 まぁ、我が家の主役の息子にも、そんなシチュエーションが巡ってきたらいいなぁと思いつつ、母の妄想で終わりそうな匂いがぷんぷん。 電車だけを愛するなよ~ ひとを愛するのだよ、ふらふらするくらいに。
2010.05.10
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