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家族総出で、家中の窓と網戸の掃除をして、ようやくひと心地。 あとは冷蔵庫とスパイスケースをきれいにしておしまい。 クリスマス後は、自宅でエサレンとクラニオの練習に明け暮れた。 施術中の自分の癖を意識しながら、なのだけれど、精神をニュートラルにキープするってままならない(涙) 特に、からだの緊張の強い部分、例えば肩甲骨の内側だとかに触れるときに、向かっていこうとして呼吸が止まりがちになるのがわたしの癖。 あとはジャッジしないこと。 ジャッジせずに、自分の手から伝わる情報を感じながら、興味を持ってそのひとのからだに触れていく。 触れる前には静かにそのひとのからだに断りをいれている(苦笑) 全身全てを網羅しようとしない。 テーを決めること。 思いきって省くこと。 この思いきって省く、というのが特に苦手だったけれど、自分に対して、大丈夫、大丈夫と勇気づけながら。 新しい年を向かえるから、今年せいいっぱい揺り動いた心の疲労がわずかでとれたらいいと思いつつ。 課題はたくさんあるけれど、来年はエサレンの本格コースを受講できるし、クラニオのクラスも5回受講予定だ。 まりさんのバッチフラワーセラピストクラスもずっと続くし、学び続けられるって、本当に幸せなこと。 新しく来年は英語を学ぼうと思う。 バレエは5月に発表会。 年末に、一緒に踊る米田さんと、目標とイメージを確認しあい、ますます楽しみになってきた。 産後クラスは1コースの中で伝えたいことはかなりシンプルにまとめられるようになってきたので、より腑に落ちるような伝え方をしていきたい。 今年も多くの方と生まれたての命と巡り会うことができた。 ご縁のあったみなさま、ありがとう。 そして友人たち。 あなたたちの生き様がそのままわたしの勇気になっていて、普段はひとり勝手に動き回っているけれど、心と心がまっすぐつながれるひとたちの存在は、いつもわたしの支えになった。 もちろん、家族と向かいあい続けたい。 4人の父と母をできるだけ労えるように。 元気なこどもたち。 何より、しょうがないといいながら支え続けてくれた主人。 出会えたすべてのひとに、感謝をこめて。 見えないけれど、みなさんに金メダルをあげたいわ。 ありがとう! 今年は初めて家族で二年詣り。 深大寺、と思ったけれど、普段熟睡中の娘が自転車をこげるとは思えず、布田天神へでかける予定。 あたらしい年がとても待ち遠しい。 来年もみなさまと、みなさまの大切なひとたちに笑顔がありますように。
2010.12.31

世界一過酷な全日本フィギュア、あぁ、すばらしかった! ダイスケのフリー、ご覧になったかしら!? あのラストのコレオステップのストレートライン(涙) あの、渾身の魂で刻み滑るような、あのクライマックス(震えてました) まるで嵐のような、愚かな一部の大人の醜悪を一蹴するかのような、彼のすべてをかけたパフォーマンスを。 もう、なんという!! 高橋大輔の誰にも叶わぬすばらしさはmizumizuさんのこちらのブログでお読みください。 引用すると、まるで肉体のない戦士が、魂だけで演じているような、尋常ならざる世界を見た気がした。この境地に達することのできる選手など、ほとんどいないだろう。長くフィギュアを観ているMizumizuだが、これほどファンのエネルギーを取り込んで、それ以上のエネルギーにして返してしまう選手は見た覚えがない。こういうことは、選手の性格が能動的でありすぎても、受動的でありすぎても駄目だろう。本人ですら、なぜ自分がそこまでの境地になれるのか、わからないかもしれない。天才の恐るべき集中力。だが、そのためにどれほど肉体と精神を犠牲にしているのかと思うと、胸が締め付けられるようだ。もともとフィジカルが強い選手ではない。精神的にも決して強靭ではない。だが、周囲に対して、常に心を開いていられる・・・これは教えられてできることではない。高橋大輔が神様からもらった大きな才能だろう。 「周囲に対して、常に心を開いていられる」 という視点に、膝をうつわたし。 これ、フィギュアスケーターだけに必要なものではないのよね。 自分自身の胸にも突き刺さったわ。 そして、真央!クリスマスの夜に、どれだけのあなたを愛するひとたちがあなたのことを祈ったことでしょう。 ファンも、ファンのお母様たちも、会場だけじゃなく、テレビの前で両手を組んで祈るように見つめていたというわ。 祈るひとたちに、真央ちゃんはこんなにもうつくしい贈り物をしてくれた。 神様からいただいた天賦の才を、誰よりも強い精神力と忍耐力と努力と常に前を向こうとする明るさで、ひたすらに磨き続けるその姿に、きっとこれからも感動し続けるでしょう。 彼女の自分を信じる強さと、その努力を静かに支え見守り続ける信夫コーチ、スタッフがいたからこその、彼女の微笑み。 滑るたびに、粒ダイヤの宝石のような恵みをもたらすかのような、あの「愛の夢」! 女子の選考に関しては、やはりスケート連盟の思惑が差し込まれた点数になったけれど、どうか選手の心を潰し続けるような愚かな大人の事情はいい加減やめてほしい。 あの選手たちの輝きと真摯さを見て、何も心を揺り動かされないとしたら、これこそまさにひとでなしというものだろう。 ファンは、愚行には声を上げ続け、選手に精一杯の声援を送り続けるしかない。 安藤選手もまさに優美な華を咲かせ、悔しさと戸惑いの中新王者になった小塚選手、もっと、もっと観たいと心奪われる鈴木選手、最後となった南里選手、ほか、全ての選手、ありがとう。 あなたたちを思うと、胸に勇気が温かくひろがっていく。 ふりそそぐ、慈愛の雨のような、「愛の夢」
2010.12.30
この夏頃から、隔週火曜に漫画アクション、なるものをバツの悪さを感じながら買っていたのだけれど、もちろん、連載中の「鈴木先生」を読みたいがため。 このアクション、なるまあ、成人雑誌といっていいのだけど、ほんと、表紙が毎回越ビキニのお姉ちゃんなのだ。 しれっと定員さんに渡すのだけれど、後ろに並ばれたりしていると、心は赤面中。 おまけに最新号は、最後に袋とじのお姉ちゃんのポスターが。 その袋にはお約束のように、「非常に刺激的なものが入っておりますので、 お取り扱いにはくれぐれもご注意ください!」 とわざわざご忠告(笑) 確かに、息子にはとっても刺激的☆ さて、その「鈴木先生」 今年からハマって、夏の10巻が発売されてから、もう続きが読みたくて中毒症状になり、それ以来、勇気をだして成人雑誌コーナーで買っている、というわけだ。 かなり好き嫌いが別れる絵柄とテーマだとは思うけれど、この絵にこのキャラに、このテーマ。 もう三拍子揃った作者渾身の代表作だ。 とある中学を舞台にした、自身の教育論を意図的に、時にすさまじい葛藤と妄想と理想の狭間で生徒たちと向かい合い、心を渡し合う、鈴木先生とその生徒たちの成長物語だ。 そう、生徒たちがちゃんと成長してゆく過程が、次に起こる事件で、表現されているし、うーん、心の自力がどんどんついていく、その快感、とでもいうのかな。 自分で考える。 自分と意見の違う人間の声を聴く。 自分はどう行動すべきなのか、自分で考えられるようになる。 関わる人間のことを思いやれるようになる。 で、ひとりひとりの生徒の心にずしんとあるのが、「話を受け止めてくれる先生」「生身の自分よりも少し大人の人間としてのリアルな葛藤のある鈴木先生」の描き方が秀逸なのだ。 そして、先生というものは生徒によってこそ成長していくものと改めて理解できる、特別な生徒が描かれている。 「鈴木先生」の成功は、この女生徒「小川蘇美」を生み出したことだと思う。 鈴木先生にとって、前を向く原動力になる生徒。 この作品はどうしようもなくヘビーな回(絵的にホラーな部分もあるし)が後半出てくるのだが、この小川蘇美の存在が、まさに最終テーマの「神の娘」のごとく、この作品のみちしるべになっているのだ。 うつくしい導き手として、そして現実に中学生として生きる身として、彼女は全力を尽くしている。 それが、もううつくしてね、今週号で、ついに泣いてしまった。 蘇美ちゃん、ありがとうとつぶやいてたよ。 そんな「鈴木先生」も新年号で最終回。 発売当日は張り切って堂々と、多分朝いちばんに書店に求めに行くわ。
2010.12.24
いよいよ明日から世界一過酷(それも男女とも)といわれる、全日本フィギュアが始まるだけど。 その前に、どれだけ某隣国の力に操作されているのかもまたいやというほど分かってしまうフジテレビの放送。 ファンの間では、「不治テレビ」ともいわれているわ。 フィギュアのおかれている現状がじつによくわかるブログをご紹介。 mizumizuさん sawakichiさん toramomoさん→http://toramomo.exblog.jp/d2010-12-20/ まさきつねさん 冷静に自分の考察を言葉にして発信されている方たちで、正直、この方たちがジャッジに入ってくれたらなぁと思うばかり。 身を正して、祈るように応援するわ。 選手の渾身の表現を。 みんな、がんばれ!
2010.12.23
バッチフラワーセラピストクラスへ。 今日のテーマは、セントーリー。 やさしいひとねといわれるけれど、優柔不断。 いやといえずに自分のキャパ以上に抱え込み動きがとれずに、だんだんとバイタリティが奪われていく。 自分のことをするのが面倒くさくなる。 支配されやすい。 気に入られたいと思う、または怒られないようにが行動基準。 察することができる。 あるひとの前ではびくびくしてしまう。 自己評価が低い。 自分に対してがっかりしてしまうことが多い。 おひとよし。 消去法で考える。 優等生。 従順。 だいじなことほど後回し。 考えていることが伝わらず相手をいらつかせる。 いやぁ~、たいへんだこと。 「あなたにとって断れないひとは誰ですか?」 という問いかけからセントーリーを読み解いていく。 その断れないひと(または怒られたくないひとと変えてもいい)とは、(そのひとのことが)好きで、尊敬の気持ちを抱いていることが多く、評価されたい、喜ばれたい、大丈夫と言われたい、という自分を支える原動力になるような、じつに根源的な感情によっている。 つまり、そのひとに支配されやすくもなる、ということ。 このセントーリーや次のセラトーが、いじめっこだとか暴君を生み出す要因のひとつになっているのが、セントーリーの罪深さだ。 ちなみに、支配の側のレメディは、バイン、ビーチ、チコリー、ウイローなどだ。 バインは、お山の大将、ひとを思い通りに動かしたい、だけどその器はちいさく。 ビーチは、あらゆることに批判的。 チコリーは、見返りの愛を求め。 ウイローは、これまでの不幸な人生のもとを取りかえそうと傍若無人な行動に出やすい。 このタイプのひとたち(強く自分の意見を持っているひと)を純粋に喜ばせたいという想いから彼らのために働こうとするのだけれど、なんだかいつも自分のしていることを不備があるとつつかれ、怒られていることが多い。 怒られないように先回りして、彼らが気に入るように行動していると、じわじわと浸食してくるやらされている感と自分に対するがっかり感。 ひとがいじめをつくるんじゃなくて、集団というものがいじめを生み出すのだ。 というのは、まりさんから聞いた、さかなくんの話。 さかなくんは、「いじめられている子に対して、 だから君が悪いんじゃない」というメッセージを送っているんだって。 すてきだ、さかなくん。 38種類の中で一番繊細で察することができるために、怒られないために行動するのがテーマになって、なんだかびくびくとした態度になり、もちろんそれはバイン君たちに伝わるから、さらに怒られる、というわけだ。 いじめられないためにはどうしたらいいか。 ☆徹底的に背景と化す。(見て見ぬふり) ☆いじめる側に回る。 ☆一目置かれる存在になる(対等になる) さて、じゃ、その負のリンクから抜け出すにはどうしたらいいか。 まずはセントーリーを飲む(笑) 息苦しかったら、とにかく飲む。 そして、こう問いかける。 彼らを喜ばせられないのは、本当に自分が悪いから?自分に実力がないから? そして、それは本当にわたしのやりたいことなのか? と。 ネガティブリンクにはまってしまったとき、 「それは本当ですか?」 「それが一番やりたかったことですか?」 「どうしても動かせないことなのですか? と、問うといい。 そして何より、自分らしさ、自分の持つ価値と引き換えにしてもいいくらいのものなのかどうかを、真摯に問う。 自分の呼吸を取り戻すために。 セントーリーは、自分より強いひとの仕草や言い回し、意見を無意識のうちに取り入れてしまうやすい。 よく、何かの集団で、トップのひとがいいといったものを、その集団にいるひとたちがみな「いい」と言ってしまうように。 ファッションが似てきたり(笑) 自分の声をいうものを見失いがちになり、何より、人生における本当の使命を果たせないで終わる危険性がすぐそばにある。 つらいよね、とっても。 自分の呼吸のペースで生きること。 さて、産後クラスでも一時的にセントーリーに陥っているひとは少なくない。 毎日ケーキを食べる。 菓子パンがとまらない。 自分のことに手をかけることがとても面倒。 おやつが一日3食だったりね。 身体的な特徴としては、色白でやわらかい感じ。 南国のひとは少ないかも。 冷えている(これは確実) ふわふわしたものが好き。 (わたしはこれは優しく包まれたいのかと思う) 乳製品とパンが好き。 セントーリーで生きていくにはアグリモニーが必要になってくるから、どうしても嗜好品が増えてくるのだ。 (アグリモニーは、平気なふりをしてしまうひとね、 悩みを打ち明けられないひとは、ドラッグやアルコールなどに走りやすい) まりさんが、自分がこれを食べるとバランスが取れる、というものをわかっているといい、って言ってたよ。 わたしもカパで溜め込みやすいから、排毒スープや香味野菜は不可欠だわ。 セントーリーは、その相手を喜ばせるんじゃなくて、仕事や趣味で自分の心を喜ばせて、自信を持つことがたいせつ。 バインやビーチ、チコリーさんだけがあなたの相手じゃないことを思い出す。 さて。 そのバインさんも、実はセントーリーを恐れることがあるんだって。 セントーリーは、ひとあたりがよくって、ひとの和を大切にする。 いつもにこにことしているけど、察することに敏感。 そして、セントーリーの内なる声。 自分の人生は自分で選択する、という叫び。 これがあるから、自覚的なセントーリーは、バインタイプに対して、ある一線からはけっして入れないように防御するの。 あのひとのいいにこにこしたやさし~い顔で。 それがセントーリーの弱さの裏にある強さね。 その距離感は、大切なのかもしれないわ。 さぁまだいくわ。 バインね。 バイン、ビーチタイプのネガティブになると、自分が見えない。自分の器のちいささも見えない。 自分が正当化され続けると、または誰もそのことにツッコミを入れられないままだと、または自分の内なるもうひとつの声を打ち消しちゃうと、もうただひとを批判するばかりになって、もっと偉いひとや宗教の教祖にお伺いをたてるしかなくなってしまう。 そして誰もいなくなると、もう自分が教祖になるしかないのだ。 ひととつながらなくなることの恐怖。 自分の声を聴くことのできない罪。 最も強いバインの中に、自分の声を見失い、本来の自分と遠く離れてしまう真逆のセラトーが生まれる、というわけだ。 バッチを通してひとの心を旅すると、感情のつながりが見えてきて、いろんなことが腑におちてくる。 恐れの正体が理解できたら、何かに対してちいさくなることはなくて、みんな、自分の人生の歌をうたえるようになる。 そんな世界を祈るように、フラワーエッセンスはあなたの隣りにあるのだ。新年のちいさなヨーガとバッチフラワーの会は、1/28、金曜、午後1時から、いつもお部屋で開催します。 なんだかセントーリーがのみたくなったり、セラトーがのみたくなったら、あたらしい年にどうぞ。 もちろんバインも待ってるわ。
2010.12.22
汗と埃にまみれた生活だけれど、日々ささやかな感動があるわ。 自分用のクリスマスプレゼントにしたのが、サクラの木の洗濯板。 こぶりで場所をとらず、泥汚れをしっかり落としてくれる心憎さ。 息子の野球の練習着オンリーで使用しているのだけれど、すばらしいわ。 ウタマロせっけん(青いやつね)と洗濯板で、日々感動しているわ。 娘がちいさいからだで、押し入れからわたし用のおふとんを出しておやすみの準備をしてくれるのも感動的。 息子は最近ビートルズを聴いていて、英語好きだからタイトルだとかを一生懸命訳していて、それも感動的。 だけどまだ関係代名詞とか理解してないからね、なかなかすてきな訳をつけてくれるのが、またすてきよ。 あぁ、ノルウエイの森、一体いつ観にいけるかしら。 マツケン、類にもれず、好きだわ。 ぎゃぁ~~~、レイコさんになりたいわ☆
2010.12.21
年末の何が好きって、フィギュアの全日本がクリスマスに観戦できたり(テレビで)、懐かしいひとたちと美味しい酒を交わしたり、寒さが一層増したり(←寒いの大好き新潟の生まれ)、まぁいろいろあるけれど、何よりも、家がだんだんときれいになっていく過程を実感できることがうれしい。 ま、自分で掃除するんだけれど。 自分の手できれいを実感できることがポイント。 業者に頼むことなく。 ず~~~~~~っと気になってたブラインドのほこりをひとつひとつきれいにしていく達成感。 換気扇のすっきり感。 コンロのときめき。 コンセントの降り積もった誇り、じゃなく、埃を一掃するうきうき感。 時間はあったのだけれど、そこに向かわず。 心の余裕の無さが家のあちこちに散見する。 それを感じつつもスルーしていることのストレスったら(涙) ほんと、わたしはきっと埃で死ぬタイプだわ(爆) いろいろ取り替えたいものもたくさんあるのだけれど、ま、ひとりで住んでいるわけじゃなし、せめてストレスを無駄に感じずにいたいものだわ。 物をもっと無くしたいわ。 きっと4/3くらい、必要ない。 あぁ、家族で住むって、いろんな不確かで好きでもない物たちとも共存するってことなのね。 まぁ、自分と家族の心に埃が積もらぬよう、あたらしい年もバタバタと熱く生活できたらいいわ。
2010.12.21
チャルカの坂田さんの日記の中の文章に、エサレンの尊さを感じてしまったので、書き留めたい。 私の存在を感じ私に気付く、パートナーの存在を感じ、パートナーの存在に気付いていく。この繰り返しがエサレンボディワークそのものなんだと思います。そして、互いの存在を尊重したコミュニケーションの中で生まれる、信頼感や安心感が、「私の存在」「パートナーの存在」を慈しむ心を目覚めさせていくのだと思います。 いくどでも頷かずにはいられない、エサレンの真実。 あぁ、心から、こんなやわらかでうつくしい波が、触れるひと、触れられるひととの間で、ときにきらめき、ときに深く呼吸できるように巡るなら、ほんとうにすてきだ。 エサレンの波も、愛なのだ。
2010.12.16
先週のクラスで、発表会の衣装が淡いピンクということを知り、ピンクのレオタードを探していたら、なんと半値で売られていたのだけれど、ショッキングピンクのトレパンは持っていても、レオタードとなると途端に敷居がうーーーーーんと高くなるのであ~る。 一緒に踊る米田さんが全く同じものを持っていたので、今日のレッスンで試着&踊ってみた。 どうにも着慣れないのと、鏡を見るのもこっぱずかしいんだけれど、だけど、ちょっと気分が高揚しちゃうのも事実。 米田さんは同じタイプの白を着て、もうわたしたち、すっかり国領の浅田姉妹(←妄想なんで許してください) いやぁ、なんだかにやついちゃって、あたらしい振りのパートもさらに高揚しちゃって、すてきだわ~~~、としか言葉がでない。 こ、これは幸せすぎるかも。 本番の舞台でどんな気持ちになってしまうんだろう。 想像するだけで、きらきらとした目眩が(←妄想なんで許してください) 米田さんから、バレエ手帳をいただいた。 とっても、すてきなのよ~~~ ページにはすてきな舞台の写真やうつくしいバレリーナのそれがあって、もう、モチベーションがとっても上がるわ~~~ 特に発表会まで、レッスン毎の記録をとっておこうと思う。 この発表会をだいじに、後悔することなく、味わおうと思った。 この楽しさや舞台への期待を一緒に分かち合える米田さん、もうとっても好きだ~~~~~~~~! というわけで、ピンクのレオタード、ポチッと購入することにしたわ、うふ。
2010.12.16
東松原産後クラスの後、梅が丘のチャルカの坂田さんのもとへ、エサレンボディワークを学びに。 ご一緒に参加した方たちが、みなうつくしい~~~ 夏に一度ご一緒した,もう西洋のお人形のようなうつくしさと、素直な感受性を合わせもつKさん、そしていまはスペインでエサレンを学んでいる、鍼灸マッサージやアロマの資格も持つAさん。Aさんは圧のかけ方や触れるポイントがまさに適確で、エネルギーの動きも感じられるひと。 はじめに10分、グランディングのために脚をメインにセトリングワークを。 まだ頭で手技をなぞりがちなわたし。 今回のテーマは、自分の手から伝わる感覚を信じること。 あぁだけれど頭でっかちな自分が邪魔をする(涙) ほんと、自分を信じるって、どれほどにたいへんなことだろう。 それにしてもこれまでどれほど信じてこなかったんだろう。 だけど、その大切さを、いま感じることができたから、いいのだ。 これから、まさに本格人生の始まりだものね。 坂田さんご本人からトリートメントを受けることができて、施術するメインの手ではなく、サブの手を感じるようにしたら、 もう、なんというか、無駄な手の動きがひとつもない。 そして、とても印象的な触れ方があって、いまのわたしのからだの触れたいところにやわらかく響くのだ。 いつもまにかからだについてしまった緊張がすっと離れていく。 そんな感覚。 それから坂田さんの言葉で印象に残ったのが、「そのときのテーマを決めてセッションを組み立てること」 あれもこれもとなるとただ長いだけの、からだへの関心や愛おしさ、セッションを通じての変化の意識も浅くなりがちになるのかもしれない。 今日の講習は、「深部に触れる一日講習」なのだが、坂田さんが講習の前に、「みなさんにとって、深く触れるとは、どういうことだと思いますか?」と問いかけられた。 わたしにとっての深さは、誰かのからだに触れることによって、緊張や鈍さ、息苦しさが解放されて、そのひとの本来のぞむ在り方へエネルギーが伸びやかに開いていくようなセッション。 そのひとのエネルギーを損なうことなく、触れることによって、あなたのからだにはこんな可能性や面白さや楽しさや美しさがある、そんな発見ができて、ふたりの間のエネルギーが調和するような、そんなセッション。 って、具体的にどうなのよ(とひとりツッコミ) ハーモニーって言葉がかなり好きなのよ。 さすが生粋のアグリモニー(by バッチフラワー) エサレンのアプローチならそれが可能だと思ったから、学んでいる。 が、言うは易しである。 全くもって、まだまだ迷い子のような手技だけれど、受け手で、一体それはどんなアプローチなのだとわくわくし、施術側になって、自分で行ってみると、もう楽しくてこどもみたいに、夢中で雪遊びをしているように、ロングストロークや、揺らしやストレッチ&ストロークにのめりこんでいく。 うわっ、これはやってるほうもとっても気持ちよくて、相手も自分自身も心地よくて触れられたい、触れたいところを分かち合えると、ストロークもより自然に、滑らかに、自在に流れるんじゃないか。 これがすてきなんだ~ しかしタオルワークはたくさん練習が必要~ 昨日はまるでクリスマスのおもちゃ箱のような楽しさで、なんだか幸せで(いつもそうだなぁ)、からだから音楽が聴こえるようなユニークさ、そして開放感。 坂田さんのところで学ぶと、いつも素直ないいひとになっていく。 エサレンの持つエネルギーだ。 学びたいものがあって、このひとのもとで学びたいというひとがあって、そこへ行けば、学びたいものへの情熱と愛情を共感したり、あたらしい感覚を呼び覚ましてくれる学ぶひとたちと巡り会える。 あぁすてきだな。 こんな時間を日常の中で持つことができる。 いろんなことは起こるけれど、それも淡々と味わえる。 わたしにとって、昨日の講習も、とびきりのクリスマスのおくりものだ。
2010.12.15
本当に、汚い大人の思惑で操作され続けたこの世界。 あ、スケートのことよ。 (スケートに限ったことじゃないけどね) ま、男子はもういいわ。 ダイスケもこずと激突して滑りきっただけでありがとうって言いたいわ。 こずもすさまじい緊張の中でよく4回転含めてまとめたと思う。 殿、永遠の銀メダリスト(じゃないようにね、心臓、鍛えなきゃ)。 何も言えないわ、パトリックには。 パトリック・チャン、一体カナダ人とチャイニーズ以外、この世界であと何人、彼のことを純粋に応援しているひとがいるのかしら? もう、みんなばからしくてフィギュア人気は日本だけね。 その日本のスケ連も、若い村上佳菜子をひたすらアゲるばかり。 もう潰すなよっ! しかし、わからないわ~ なぜ美姫ちゃんとあっこちゃんのPCS(ま、昔の芸術点ね)と、佳菜子ちゃんのそれと差がないのかしら? まだお子様ランチな佳菜子ちゃんの滑り、元気はつらつだから? あっこちゃんのラストのステップがどれほど感動的か、数字のどこに表れているのかしら? なぜいつまでたっても日本女子ふたりPCSがこうまで抑えられるのか、あっこちゃんなんて、ショートで60点越えることって、永遠にないのかしら? 本当に不思議。 日本人には絶対に勝たせないという、ひねくれた意志がありありだったわ。 あ、中国開催だったから? まさか。 ショートプログラムの音響のひどさ。 何あれ? あきらかにわざとね。 さすが中国。 すてきね、そのえげつなさも。 音響といったら、カナダがずいぶんとやってくれているけれど、やってくれたもんだわ。 選手は誰も悪くないわ。 悪いのは、いつの世だって大人ね。 だけれど、ヨナがアイスショーに誰も呼んでくれないように、チャンも、一部を除いて、世界ではもうずいぶんと冷ややかなまなざしで見つめているわ。 このふたりをこんなふうにしてしまったのも、大人。 こんなえげつない世界に中で、それでもひたすらに努力している選手たちの真実を、ファンはちゃんと見つめているわ。 さぁ、全日本ね。 ダイスケ、とりあえず、怪我、治してね。
2010.12.11
バレエのレッスンをした夜は、朝田先生の決めセリフを堪能し、そしてその幸福な余韻に浸りながら、アリカイさん主催のイベントへ。 会場の森のテラスの佇まいが本当にすてきで、リスでも横切りそうな、枯れ葉がかさこそと鳴る中に、姦しく、だからこそ静寂を味わえるひとたちが集まってくる。 タッチフォーヘルスでバランス調整をする主催のシスター・李(チャイナドレスを着ると変わるらしい)、静かな熱をもってヨーガのひとときを生み出すマキさん、そしてわたしと、こまめやくみさんのお弁当とスープ、さらに今回はマキさんの高校からの親友でもある、粉を愛する知子さんのパンたちがご縁のあるひとたちを出迎え。 知子さんはオーブントースターまで持参してくれて、いやもうそれだけじゃなくて、まだ宅急便というものがない頃に、田舎から上京してきました、これ、手作りのパンですがよかったらどうぞ、というような、よくぞここまで辿り着きましたね、という、たくさんのパンを抱えてきてくれた。 知子さんは、その辺りからうっかり出てきて、冬眠のタイミングを逃しそうなリスのような愛くるしさなのだけれど、森テラの番人さんの作ったみそと手製のパンを物物交換したりできる、わかるひとにはわかる、当別なレートを持っている、ひと。 そうね、そして、ひとの持つあらゆるストレートな感情を、彼女が聴くことによってその言葉や感情の落ちどころをやわらかく受け止めてあげられるひとだ、意識せずに。 あの森テラのふっくらした枯れ葉の中の温もりのようなひとだ。 やはりりすなのかもしれない。 さて、アリカイさんは来る人、来る人をさらりと気持ちよく迎え、マキさんはじっくりと股関節をひらくようなヨーガだとか、イメージしやすい言葉で、そのひとのからだと意識をつなぎ、それぞれのからだの表現できるものを一緒に味わっていく。 って、その場にいたわけじゃないけど、そんな気がする。 こまめやくみさんの今日のスープは、パンにも合うお豆と野菜のミネストローネ。 あのやわらかいいい匂いが台所にたちこめる。 知子さんのフォカッチャ(でよかったかしら)の、じゃがいもの香ばしい匂いとなんとも相性がいい。 くみさんといい、知子さんといい、匂いだけでひとを幸せにできるなんて、とてもいい人間だ。 なんというか、間違いがない。 わたしは結構間違いだらけの人間なので、このひとたちの誠実さに触れていると、本当に自分のひととしての可能性の高まりを期待することができるのだ。 ヨーガチームの女性たちは、不思議とエネルギーの色だとか質感が似ている。 いやひとりひとりの本質は違うのだけれど、マキさんが導くヨーガのひとときが好きで、それによって思いがけない自分のからだとの対話が好きなのだろう。 シスター・李の深いブルーのチャイナドレスは本当にうつくしかった。 本人に言うのを忘れてしまったからいま言うよ。 わたしはセンスというものをどこかに置き忘れることがままあるので、アリカイさんのセンスのよさ、それはマキさんもそうなのだけれど、自分に似合うものがどんなものかを知っているひとは、そばにいるとなんとも心地いいものなのだ。 わたしはお二人の方とのミニセッションを。 フェイスに触れると、そのひとの精神的なエナジーのうごめきだとか静かさを感じるのだけれど、たったひとりのかけがえのないそのひとの、懸命に生きる真摯さに、畏怖のような、敬虔な気持ちにさせられる。 あまり念をこめず(笑)そのひとの気持ちやからだにやわらかなスペースがわずかでも生まれますようにと、すこしだけ祈るように、触れさせてもらう。 どちらもアリカイさんやマキさんがお子たちの子守り役をしてくれたからこそのご縁。 ありがとう。 愛するひとたちと生み出せる幸福。 わたしの心の中には、とてもきれいな鈴の音が響いていたよ。 すごい荷物を持つわたしたち。 わたしのミスですんなり駅に行けばよいものの、こっちの方が近いかな~と大きな荷物を抱えたまま、かなり歩かせてしまい、みんな、ほんと、ごめん。 謝るのを忘れたから、謝っとくね。 その夜はダイスケを堪能し、なんだか疲れてバタンキュー(この響きがまたすてきだわ) 知子さんのおみやげのスノーボールがまたやっさしくてくすぐるような甘さとさくさく感、アリカイさんから赤いお家の形のパッケージのチョコレートをいただき、マキさんからデトックスばっちりなヘナをいただいた。 わたしはなんも持参しなかったんだけど、年末よかったらフルボディのエサレンを受けてね。 アリカイさん、マキさん、知子さん、くみさん、番人さん、ご縁のあったみなさん、 幸福な時間でした。 今日もありがとう。
2010.12.11
バレエクラスへ。 相澤先生から、第一幕の小品集のセレナーデの衣装を教えていただいた。 ごくごく淡い落ち着いたピンクと、白に近い淡い上品なグレイ。 わたしがピンクで、一緒に踊る米田さんがグレイ。 グレイはライトが当たると、とってもうつくしく映えるんだって。 気分は国領の浅田舞&真央でして(苦笑)、この曲をいただいたときから、真央ちゃんの「愛の夢」の雰囲気だね~とうきうきして、気分を乗せるために、上品なピンクのスカートを買ったのだ、ははは! 米田さんと二人、もうすっかり本番を妄想して、「すてきだね~~~」といいっぱなし。 多分キャミソール?のようなジョーゼットでストンとしたラインかしら。 セレナーデの振りも後半に突入。 すてきなのよ、なんというのかしら、まるで宝石箱のようにきらきらしているのよ。 こんなにすてきな曲をいただいて、うつくしい振り付けで、わたしはピンク色の衣装。 4分半、あのひかりの舞台で踊れるなんて! 5月まで、その幸福な夢を追っていける幸福。 なんてすてき。
2010.12.09
月曜の午後、東中野でのヨガクラス終了後、携帯に留守電が。 息子がクラスメートとけんかして、指と後頭部をけがしたとのこと。 頭の方は多分問題ないと思うが、帰宅後すぐに受診させてください、と。 うーーん、男の子だからこういう可能性にはそれなりに腹をくくっていたけれど、聞いた瞬間、息を殺していた。 それから、新宿の成城石井で紅茶のアーモンドクッキー(なんての?さくさくしたやつね)を自分用に買い、息子用には地元でミスドのドーナツを。 息子が帰宅してから一通りの出来事のあらましを聴き、おやつを食べて、脳外科へ。 後頭部がかなり晴れていて、触るだけで痛むらしい。 右人差し指も腫れている(これでまた野球部しばらく欠席だわ) 息子と先生の話から、ある男の子がふざけて息子の机をあさっていて、それを見た息子が、「お前、ひとの机あさるなんて最低だな」といったら、相手もカチンもキレ、力が同じくらいだと思うのだけれど、相手のあまりのキレぐあいに、息子はただうずくまって、手で頭を守るしかなかったらしい。 ま、だから指を打撲したのだけれどね。 周りはただ驚いて、見てるしかなかったらしい。 だけど笑ってみてる男子もいたらしい、このへんは素直な反応だ、悪質だけどね。 頭の方は打撲で済んだので、一安心。 夕食のおり、主人が「やられたら逃げるか、やり返せ。 うずくまってたら相手はやるしかなくなるんだから」と男親発言。 なるほどなぁ、確かにそれも一理あるけれど、ひとは自分よりも強さや恐怖を感じた相手には、もう身をちいさくするしか他ないんじゃないか、というのは、女親だからか。 息子にこんなふうに殴られた、という状況を訊いていたら、自分の後頭部がずきずきと痛み、気持ち悪くなり始めた。 同調だ。 その夜、呼吸法をするまで、ずっと続いた。 そして、相手のお母さんのことを思い、さらに同調してしまった。 彼女のほうがあきらかにつらい。 すぐにでも挨拶に、という言葉をいただいたのだが、息子が会いたくない、というものだから、少し時間を置いてから来てもらうことに。 正直、わたしも何を言うべきなのか、わからなかったこともある。 息子は気分的には早く回復したのだが、(なぜかというと、新しい時刻表を買い、前日富士山特急に友人と乗りに行き、 その旅が最高に楽しかったからだ)ひとは、大好きなものがあるとそれだけで逃げ道になれるし、救われる。 息子は好きなものがはっきりしているから、結構いろいろいじめにつながりそうなことをされることもしばしばだけれど、回復は早い。 主人に言わせると、その回復の早さ、翌日にはけろっとして平気なふうに見えるのが、ひとによってはカチンとくるんじゃないか、とも言っていた。 ま、それは息子のせいでは全然ないのだけれどね。 夜10時過ぎに、紅茶と紅茶のクッキーを独り占めして食べ(こんな時間に食べるなんてここ何年もないわよ)あぁ、砂糖というものは、こういうときのためにあるのだとしみじみ思い、レスキューレメディ的な砂糖の役割に腑におちる。 だけれど、砂糖は、あの息を殺した瞬間を回復させることはできない。 その後30分くらい呼吸法を繰り返した。 30分もかけて、やっと深部まで息を吸えて、大きく吐いた。 うわ、ほんとに硬直してたんだ、と思う。 昨晩、相手のお母さんと彼が挨拶に来てくださった。 なじるつもりも、責めるつもりもなく、ただ大事にならずによかったと思うし、彼にはこんなことを伝えた。 なぜひとを傷つけてはいけないかといったら、相手が傷つくだけじゃなくて、相手のだいじなひとの心も傷つけることになるから。 そして、あなたのことを大切に思っている、たとえばお母さん、家族や友だちの心も傷ついてしまうから。 だけど一番傷ついてしまうのは、あなたの心だということをどこかで覚えていてほしい。 あなたの心が傷ついて一番哀しむひとは、あなたのお母さんだということも。 あなたの持っている思いがけない力は、ひとを傷つけもするし、誰かを助けたりすることもできるということ。 こんなことを伝えた。 相手のお母さんも泣いていた。 思春期だから、彼は深く反省することを表面に見せたがらない。 その態度をお母さんは厳しく咎めたけれど。 それも彼のプライドだ。 どうしようもない、あの頃特有の。 わたしも彼のお母さんも、そんな危うい時期に生きるひとたちを育てている。 どうすればいいのか、いつも祈るように。 息子も、彼に対して思っていたことを言ったから、ま、これでいいのだ。 「なぜ頭をあんなに狙ったんだ」 「ごめんごめん、なんて謝りたいとも思っていないくせに、 ちゃらちゃらして謝るなら、そんなのやめろ」とかね、息子もかなり口が達者(汗) 母親というのは、この世でいちばんせつない存在だ。 セラピーというものが、母の存在から起こるさまざまな葛藤が根本にあるそうだ。 どんなことが起ころうと、子を最後まで見守るしかない存在、それが母なのだろう。 その深さと重さを考えた数日だ。 って、そうだ、息子にクラニオやってあげればよかったんだ☆ バッチはすぐにのませたんだけどね~ ということに今気づく。 明日やろうっと。 (今夜はバレエのフィギュア仲間とミニ忘年会、うふ) そう、クラニオがあったんだわ~~~
2010.12.09
東中野、こぶたラボ産後クラス最終日でした。 今日はメニュー盛りだくさん。 最初に先週の骨盤調整の復習。 その後授乳タイムの間に、バッチフラワーの説明を。 産後に陥りやすいネガティブな状況をフラワーエッセンスと照らし合わせて。 そして4回目のバランスボール。 最初は転びそうだった方たちも、すっかり軸を意識しながら弾めるように。 骨盤底も意識して動けるようになったかな??? それから骨盤呼吸の応用の動きを。 あ~もう地味なんだけれど、しっかり覚えておくと、仙腸関節周辺の歪みを整えることもできるから、ただ地味なんだけれど、左右差や違和感のあるところは特に丁寧にアプローチ。 最後に敏感肌でも赤ちゃんの肌にもやさしい、アロエベラジェルを使った保湿ジェルを作る。 アロエベラは抗炎症作用があって、ジェルだから伸びもよくって、気持ちよいのだ。 そこに、保湿と抗酸化作用をさらにアップさせるセンテラオイルを入れて、好きな香りの精油を入れて、ひたすらまぜてできあがり。 ジェルなるものが世の中に出てきてから、わたしはかなりのジェル派。 のびやかさと、あの透明感が好き。 バッチのレスキュークリームにジェルタイプがあるんだけれど、わたしはそれをクリーム代わりに使っている。 あっという間の4回クラス。 いつもさわやかにクラスのお手伝いをしてくれる有希ちゃんとみなさんで韓国料理屋さんでランチを。 結構同級生が多かったり、上のお子さんも同い年だったり、リンクすることが多いのが、こういうクラスの縁のようなものだ。 さて、タイトルのいらっとポイント。 ささいなことなんだけれど、自分のいらっとくるポイントを帰り際におしゃべりしていた。 わたしは、深夜だんなさんが飲酒した後のグラスがたったひとつ、シンクに置かれているのが、ちょっと駄目。 あとスプーン一本だけとか! 洗えっ!!! いや、たったひとつなんだから、わたしがさっと洗えばいいんだけどね~~~ たとえばパソコンを入れてた段ボールがそのままとってあることだとか、だんなさんが忘年会だとか結婚式の幹事をつい引き受けてしまうことだとか、いらっとポイント、ひとそれぞれ。 こぶたクラスは次回、1/19(水)、2/23(水)の午前に開催します。 今回のお休みされた方はお振替に利用してくださいね。 また単発での受講ももちろん可能です。 お正月のごちそう疲れを手放したい方もどうぞ。 またクラス終了後、ご希望の方は、フェイシャル&ネックのトリートメントをいたします。 お子さんがいらっしゃるので、長々とはできませんが、お友達同士でお子さんを見合いながら、臨機応変に対応しながら、どうぞ。 約20~25分で2,000円になります。 もちろん単身でご希望の方もどうぞ。 トリートメント後は、だいじなひとたちへの気持ちがやわらかく愛おしさが甦るような、セッションにしますね。 もう、なんというか、気持ちいいです、しあわせです。 だって、触れているわたしが、どうしようもなく幸福に満たされているから。 ご参加されたみなさん、どうもありがとうございました。 ティートリー、ラベンダー、がしがし使って無駄な風邪をひかないように、ご自愛くださいね。
2010.12.08
新宿村へ、発表会の合同レッスンへ。 この日はパンフレットの写真撮影もあり、みんな黒レオタード。 わたしが初めて出た発表会のときに3歳だった女の子が、今回は、もうポワントをはいていた。 それからH君(唯一の男子)の背が170になっていて、脚がぐーんと長くなっていて、う、眩しいくらいに男前になっていた(涙) おまけに女子をサポートしていたよ。 か、かっちょいい~~~ こうしてひとは成長し、わたしたちも歳をとるのだ。 今日は第三幕の白鳥の湖がメイン。 わたしはロシアの踊り。 (ま、だけど王子は振り向いてくれないんだけどね) このルースカヤの振りがなっかなか体にしみつかなくて、ここ最近ずっとレッスン後のロッカールームで一緒に踊る米田さんをつかまえて、多分5回ずつくらい練習してた(苦笑) まだ細かいところは怪しいのだけれど、なんとかどうにか入った感じ。 先生も、「覚えたじゃない」 すみません、レベルが‥‥‥ だけど、振りが入ると、音がもっと聴こえるようになる(気がした) そして、これからもっと好きになるのだろうなと、思った。 新宿クラスと吉祥寺クラスのみなさんとレッスンすると、バーだけで、いつもより倍の汗をかくような(気がした) うわ、だけど、もっとバーのときからからだを引き上げないと、全然甘いのだわ。 白鳥のコールドのレッスンも見ることができて、いやぁ~、大変だわ。 白い衣装が着たかったから、コールドいいなぁ~~~と思ったけど、見て撤回。 もう何が大変って、ずっと待っているのが、どんなステップよりもしんどいのだ。 おまけにポワントだもの。 大勢の中でも、やはり目で追ってしまうひとがいる。 白鳥のたおやかさと凛とした表情を醸し出しているひとがいて、アームスが肩甲骨から使われていると、こんなに自由で優美なのだと、とてもよくわかった。 あぁこんな上半身の使い方ができると、もっと表現の幅が広がるんだなぁ。 課題がたくさんあるけれど、それをひとつひとつクリアしていけるって、これも愉しみなこと。 自分に対して、欲を出すわ。 そして、きっといい舞台になる。
2010.12.05
今朝早く、息子は電車好きな同級生とともに、富士山特急に乗りにでかけた。 好きなものがあるって、ほんと、幸せなことだ。 ハリーポッターの映画を夏頃から観ていて、ようやく家で眠っていた原作本を読み出した。 深夜近くまで読んでいて、寝坊することが多くなったけど、読書ならいいのよ~ いいわ~、本を読んでいる息子を眺めているのは~ 娘と朝マックして、(ふた月に一度くらい、ソーセージエッグマフィンを食べに行くのが母子の楽しみ)早々に買い物を終わらせると、開店前のパルコのクリスマスツリーの前で、写真を撮ってもらう60代近くの男性。 同じ世代の男性に撮ってもらっている。 もしかして、田舎から仕事で上京していて、家族に写真を送る?とか? マックにいるときに、やはり出稼ぎかなにかで上京している男性ふたりが、故郷にいる家族の話をしていたから、そんなことを思ったのかもしれない。 いつも家族がそばにいて、その熱もぬくもりも面倒くささも感じられるというのは、幸福なことだ。 忘れちゃうけど。 写真を撮っている男性も、家族か誰かに安心を届けられる、そんな存在があるだけで、ひととき安らかさを覚えるかもしれない。 そんなことを考える年末。 午後からはバレエの発表会の合同レッスン。 朝からドタバタと狭い家でステップを踏んでいると、娘が目をまんまるにして「ママがこんなにたくさん踊っているの初めてみた」だって。 違うわよ、家が狭いんだって!
2010.12.05
水曜のこぶたラボ産後クラスは、ライチさんが急遽スタッフとしてお手伝いくださって、絶妙なさじ加減でこどもたちをみてくれ、その空間にやわらかく溶けこむように、みなさんを見守ってくれていたのだけれど。 クラス終了後に、まぁいろんなことを話して、その中で、こぶたが主催したボイストレーニングの先生の言葉をライチさんが紹介してくださって、忘れちゃいけないわと(忘れてた!そして思い出せてよかった!)、書き留めておくわ。 いわゆる猫背ね。 胸が閉じて、肩が内に入って、背中がたっぷりまぁるくて、目線は斜め下。 これは、うつになりやすい姿勢なんだって。 うつじゃなくても、日々こんな姿勢を取り続けていると、うつうつとして、胸にもどんどん感情が溜まってくる。 そう、産後から始まる育児って、まさにいつそうなってもおかしくないような、この猫背がついてまわるのよ。 お腹のちからがないし、ふらふらだし、寝不足だし、赤ちゃん、たいてい自分より下にあるし。 だから、やばいなぁと思ったら、窓の外を見上げてね。 そして深呼吸して、お近くの産後クラスへ行くのよ。 東京なら、いまはあちこちにあるわ。 そして、ご縁があるならば、わたしも、あなたを待っているわ。 姿勢にとどまらない、大切な話。 あ、こぶたの来週の産後クラスは、アロエベラジェルで保湿剤を作るわ。 透明なジェルをみているだけで、うっとりよ。 もちろん、赤ちゃんの繊細な肌にもOK. じゃ、宿題してね☆ おお、そしてさらに思い出したわ。 こぶたはこぶたカフェってのが隔週木曜くらいにあるのだけれど、美味しくて、温かくて、からだにも心にも良いものが溢れている空間なのだけれど、ライチさんがね、 「カフェのあったかい給食をお椀によそって出しただけで、 それだけで感動するひともいる」 んですって。 そうよ。 あったかい、ひとが心をこめて作ってくれた、からだにも心にもよさそうなものが目の前に出されたら、感動するわ。 だから、もしお友達が産後まもなくて、何かプレゼントをって思っていたら、わたしは手作りのお惣菜だとか乳製品使ってないおやつだとかは、本当に涙が出そうなほど感動すると思うわ。 おしゃれな育児グッズはきっとよそでたくさんもらってると思うから。 つまり、それが産後のリアルなからだと心ね。
2010.12.04
いまようつべで、「浅田真央を応援する理由」なる動画がアップされてファンの心を潤わせているんだけど(笑) そのコメントのひとつに、 真央選手の現役のすべりを応援できるなんて本当に幸せに思っています というようなものがあって、 そうそう、そうなのよ、リアルタイムで真央ちゃんを応援できるなんて、(ついでにダイスケもだし、こんなに強い日本男子全盛期に立ち会えるなんて!!!)もう本当に幸せよ。 真央の「愛の夢」、ご覧になった? もう、オリンピックシーズンがこれじゃなくって、本当によかったわ! あの「鐘」を越えたからこそ勝ち得た「愛の夢」なのよ。 こんな高み、誰も昇ってないわよ。 すごいわね。 天性の踊るたましいと身体を持った人間が誰にもかなわない努力をするということの凄み。 今期、どんだけ跳べなくっても、真央のうつくしさにやられっぱなしだわ。 ジャンプがこれだけ決まらないと、あんまりリピートして観ないじゃない? それが、「愛の夢」、もう30回くらいリピートしているわ(笑) 観る度に、わたしの邪な心が洗われていくのよ、ふふ。 このひと、ほんと、宝石だったのね。 そりゃ、いろいろ外野は嫉妬するわ。 全日本の真央の「愛の夢」、わたしにとって、最高のクリスマスプレゼントよ。 真央の、この過酷な状況を文句も言わず受け止め、ただ自分の目指す高みに向かってすべり続けるその姿と志の高さが、もう、ほんとうに、目にしみるのよ。 「愛の夢」は、真央を通してわたしたちがこの世で見ることのできる、うつくしい、本物の、夢よ。
2010.12.04
流行りの「断捨離」、一冊購入したのだけれど、ちょこちょこっと読めて、やはりひとの深層にもリンクしていて面白い。 で、わたしもかなり処分していて、10年以上前の仕事の資料だとか、本もあと半分くらい手放せそうだ。 押し入れの天袋にあったいつも目についていた雑多な物たちともさようなら。 本当はもうきっと手にとらないだろうと確信している、階段にある主人の本の数々(家に入ったひとはわかるけど、おびただしい数になる)をなんとかしたい(←だってまたあらたに本棚を作ろうなんて言ってたんだもん!)けど、ひとの物は捨てちゃ駄目なのよね。 我が家は地震がきたら、本の山で死にそうよ。 もう精神的に身軽になってくると、気になるのが、ささいなストレスね。 わたしのストレスを書き出すと、☆夜眠る直前までコンタクト入れっぱなし。 ☆夜眠る直前まで顔を洗わない、いえ、そのまま寝てしまう☆熟睡中に主人に求められる☆息子の「どうせおれなんか・・・」という言葉☆翌日の仕事の準備をせずに寝て、朝を迎えること まぁ、ささいなことで笑っちゃうだろうけれど、特に準備することの安心感って偉大だわ。 と、今日もまた片付けと処分にいそしむわ。 あ、あと、顔洗わないとね、そうそう。
2010.12.04
今日はカルチャークラス。 隔週開催なので、ペースはゆったりなのだけれど、体調を伺うと、宿題の肩のストレッチをしている方が多く、以前よりも楽になったという方が目立ち、うれしい。 今日は、ひたすら骨盤調整を。 まずはあぐら座で骨盤前後のコントロールと肩甲骨の連動の動きを2パターン。 肩こりさんにはちょっとしんどいけれど、さびつかないように、今日の宿題。 自分の脚の長さのチェックと左右の歪みの確認をしてもらってから、骨盤呼吸と骨格調整。 今日は12名のご参加だったけれど、さすがに全員一斉にとはできないもの。 丁寧にじっくり自分のからだと向き合ってもらう。 こんなにぱきぱきと音が鳴るなんて、とか、膝が伸びませ~ん、とか、腰がちょっと楽になったかも、とか。 動きの意味と効果を伝え、自己紹介の時間を置いてから、もう一度、繰り返し。 しつこいわ~~~ 二度目の骨盤呼吸は応用的な、より地味~~~な動きを。 さすがに二度できたひとは、きっと今夜もするするとやっているはず(笑) 母はやることいっぱいだけれど、できるならときどきこうして自分のからだを振り返る時間があるといいわ。 だって風通しよくなるしね、確実に。 角ばった気持ちも、なんだか笑って手放せそう(で手放せなかったり、ま、いろいろ) たくさんの参加者がいらっしゃると、またたくさんの赤ちゃんを抱っこできて、心がやわやわとする。 やわらかいって、すてき。 そして、このクラスの方たち、赤ちゃんが泣いたら、淡々と抱っこできる。 すてきだわ。 全然、自分の一人目のときとは大違い(反省) お別れのときには、一人一人に、「じゃ、宿題、毎日ね」と明るくきっぱりと伝える。 ほんと、しつこい講師だわ。
2010.12.03
この一年、何がよかったって、多分ずっと求めていたものを、自分に対して贈ることができたということ。 それは、自分自身への信頼。 主人や息子、娘、家族に対して、どうやらわたしはかなり信頼している。 このひとたちのバイタリティを信頼しているのだな。 だけどね、自分自身に向けて、どうも最後の方で後ずさりしちゃうところがあって、なぜそうかといえばまぁ、何度も言っているけれど、罪悪感。 罪悪感は、持っていてもひとつもいいことのない、爆弾のようなもの。 潔く爆発してしまえばいいものの、静かにふつふつと、前を向きたい自分を阻み、浸食する。 どうにも表現しがたい、疲労感と、いっそみんなゼロにしたいと感じてしまう、絶望。 大変よ、持ってるとね、だから、そんなものは流すに限る。 長い間、折にふれてバッチフラワーのパインを取り続けていたけれど、罪悪感って、ほんと自分自身にしみついてるのね。 離れていくときは少しずつ、少しずつ、ほんとに少しずつ、なのね(哀) だけど、確実にリリースしている、そんな感覚がこの夏頃からときどきにふっと感じる。 それはとても静かな感じなのだ。 すーっと涙が音も無く落ちていくのをただ俯瞰して見つめる感じだ。 ひとはこうして感情と別れるものなのだなとしみじみと感じた。 自分を信頼できないと、もちろん、ひとに対して自分を預けることができない。 あらかじめそのひとが嫌な思いをしないようにあれこれ伺いをたてたり、遠慮がちになったりするのだ。 なんせ、パインは、「生きていてごめんなさい」だからね(苦笑) 今朝、吉祥寺に向かう井の頭線で、「わたしがどうしてもやりたいと願うことを実現できるのは、家族にとっても明るいものになるのだ」と静かに思った。 10年前くらいにも同じように思っていたなぁ、と苦笑していたんだけど。 そう、10年前も思っていた。 「わたしが心からやりたいことならば、 それは家族にとって迷惑じゃないんだ」と。 まるで疑う余地を作らないかのように、頑固に武装しようとしていたのだ。 意固地になってたわ~ 一生懸命だったんだけれど、その一生懸命は、何かに追いたてられるような、懸命さ。 自分の罪悪感をご破算にしたいがためだったようにも思うのだ。 子どもを持っていろんなひとと巡り会って、仕事を試行錯誤しながら続け、ひとと出会い、家族とときに四苦八苦しながらも、なんだろう、心をしっかり使い続けてきたから、やっと、まっすぐ、求めるものにエネルギーを注ぐことができるようになった。 まっすぐってすばらしいよ(笑) ひとと向かいあうにも、自分と向かいあうにも、阻むものがないから、わけのわからないぐるぐるとした時間がなくなってくる。 すてきだよ。 信頼って。 パインって、自分自身と握手し直す、そんなレメディのような気がする。 すてきだよ。 信頼というおくりもの。
2010.12.03
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