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ついに、終わった~!! PTA総会でした。 無事に解任され、もう旧役員はみんなにこにこしてたみたい、総会中。 長い一年だったけれど、人間関係に悩んだけれど、ちゃんと終わりがくるんだ! 毎年いろんな場所で頑張っていたけれど、この一年は全力を使い果たした、ってくらい頑張った。 ただ今自分労い中(笑) いや~ん、肩の荷の軽いことっ!!! 入れ違いに中学のPTAが入るけれど、もう楽勝、全然、苦になりません(笑) バレエに復帰するのは6月くらいになりそうだけれど、もう心はあのフロアへ向かっている。 早く相澤先生のレッスンを受けたい。 そして、今日の総会中、すごく気になっていた女性がいて、何度もちらちらお顔を見ていた。 中学の同級生にとっても似ていたからだ。 それもただの同級生じゃなくって、3年間同じクラス(12クラスあるんよ)で、わたしの憧れの女の子に似ていたのだ。 「まち」と呼んでいた。 中学一年のときに、一目惚れしたのだ。 あまりの愛らしさと聡明さと特別のオーラに。 この世には似ている顔が3人はいるっていうけど、彼女は「まち」に似ているひとのうちの一人だなぁ、としみじみ妄想していた。 総会が終わって、彼女が声をかけてきた。 「もしかして?」 といった途端、 「まち!?」 「わかる?」 「それはもう!」 と抱き合って目はうるうる。 まさか新潟の片田舎の中学の同級生との再会だなんて(涙) うるうるしながらメルアドを交換し、絶対お茶しようね~と言って別れた。 彼女の娘さんと下の娘が同学年であることもわかり、うれしいおつきあいが始まりそうだ。 肩の荷が降りたうれしさと、まちとの再会のよろこびで、いまわたしは相変わらずだけれど(笑)愛のかたまりだ。
2010.04.30
バッチに気持ちがフォーカスしているからか、家族生活の中に自分なりの光を見いだすことは、バッチでいうところのネガティブな感情の裏に在る光を感じて、引き出したり引き出されたりすることなんだ、と腑に落ちた。 家族を持つことを選択したひとには、パートナーやこどもひとりひとりにつき、もれなくさまざまな欲がついてくる。 欲って、ここでは、希望やよろこびともつながっているし、心配とかがっかりとか、怒りとか、絶望とか、無関心にもつながっている。 だからややこしくって、面倒だ。 だからほんのささやかな希望に花が開いたような感動も覚える。 自分の肉がちぎれて生まれてきたからこそ、こどもって面倒だって思う。 自分のことを見てるようで、愛おしさよりも罪悪感を感じてしまう、ということもある。 あんなに愛してあったのに(笑)結局は他人、価値観も違うから割り切らなければいられない、とパートナーにため息をつくこともある。 そんな思いが重なると、自分自身のだいじな部分が浸食され疲弊されていくように感じる。 そりゃ、毎日へとへとにもなる。 バッチのボトル1本1本にはメッセージがある。 わたしたちひとりひとりも、生きてきた歴史ぶん、ひとと関わったぶん、メッセージを持っている。 それが、そのひとらしさにつながっているのだと思う。 ひとが、心をひらいて生きていけば、つらさもそれだけでは終わらない。 最近のお気に入りのレメディは30番目のスィートチェストナット。 深い絶望の先の光だ。 よくよく考えたら、ドラマなんかでも、クライマックスにこのスィートチェストナットの絶望と光は使われている。 こんど伝えたいけれど、wawwawで放送中の「パンドラ」が凄いんだよ~(涙) 今度の日曜で3回目。 観ていないひとは是非どうにかして観るといい。 すばらしいっっ! 地上波観られないよ。 脚本は井上由美子、演出は天才肌の河毛俊作。 パンドラはどうもシリーズ化されつつあるようで、1回目の作品は、研究者が新しい抗がん剤を発見したことで、それに群がる欲、研究者としての良心の葛藤があり、クライマックスにスィートチェストナット、たったひとつ残された、パンドラの箱に残っていた光、そのカタルシスだ。 今回も遺伝子工学の研究者(佐藤浩市)が、バイオコーン、20日で収穫できるとうもろこしを作り出す。 あとは1と同様。 で、毎回研究者は権力と金への絶望を深めていく。毎回、クライマックスでスィートチェストナットが出てくる。それでも自分の研究者としての信念を持ち続けたいと願う葛藤や、そんな感情に対して、無感覚にならなければやりきれないという覚悟が描かれる。 毎回の絶望は、やがて物語全体のスィートチェストナットにつながっているけれど、この絶望を重ねることで、より彼のひととしてどうあるべきか、という思いが純化されるのだ。 それがこのドラマのもう、すばらしいところだ。 おおっと、すごい寄り道だ。 家族を持つ意味だ。 自分自身をふくめた、家族ひとりひとりが、バッチのボトルのように、自分へのメッセージになっている気がしたのだ。 ある日、ふっと。 そのメッセージは時に変化してゆくのだけれど、そこでそれを感じる自分の心にフォーカスすると、やけに臭かったりするかもしれないけれど、ありありといまの自分を感じることになる。 まず感じること。いらないものは解放すること。 風を入れ替えること。 感情のバランスを整えること。 できたら幸福はなにかを考えてもいい。 家族の真ん中の大人が幸福を感じられることが、どれだけこどもにとって安らかであるか。 大人がいまを生きていることが、どれほど風通しのよいものかを。 お皿を洗いながら、ふっと考えた。
2010.04.29
風薫る五月に、イベントに出店します。 詳しくはこちらをどうぞ。 http://udonge.cocolog-nifty.com/3504/2010/04/post-61bc.html わたしは午後2時より3時15分くらいまでバッチフラワーのミニセッションで出店。 バッチがなんたるかは、わたしのブログのバッチフラワーカテゴリーにしつこいほど載せているのでどうぞご覧あれ。 とにかく、何よりも、会場の森のテラスが同じ調布とは思えないほど、うつくしい時間と空気が存在する場所だ。 いやもう、場所なんていっちゃいけない。 在処。 それほどにうつくくひっそりと、ぱさぱさ、どたばたしている心が、しんと静かにおさまっていく。 こんなうつくしい処で開催できることが幸福であるし、当日はさまざまなボディワーカーが出店するから、彼女たちから発信されるエナジーがシンプルにあの空間を巡るのだ。 それだけで、じんとする。 そしてね、なんといっても、集まる女たちがうつくしい。 出会ったこともないひともいるんだけれど、主催のどんげちゃん(またの名をアリカイさん)の声で集まったひとに、うつくしくないひとはいない。 うつくしさもいろいろある。 当日はね、こまめやくみさんの豆尽くしランチも予約できるんだよ! 彼女のうつくしいところは、お豆の底力をその情熱によってさらに盛り上げて、そしてもちろんからだを温め、殺伐としがちな心を落ち着かせてくれる手と心を持ち合わせたところだ。 まぁね、とくかくね、食べてみてよ、すごいよ。 あのくみさんのランチをね、森のテラスで食べたらね、3日は良きひとが継続するね。 ひとは食べ物で成っているのだということを、実感できるよ。 それからね、ナンディさんとおっしゃる、助産師さんのボディワークがあるのよ。 これがね、クラニオ&エサレンのボディワークよ。 わたしは聞いた途端に予約したね。 クラニオは頭骸仙骨療法と呼ばれる、ミリタッチで脳髄液の調整をするワーク。 あ、ちょっとこの説明は怪しいかもしれない。 ただ、とても気づきがあるワークで、答えは自分の中にある、そんなこと思いを改めて感じるワークだ。 おまけにエサレンのやわらかな深いタッチング。 実はわたしが身につけたかったボディワークでもあるのだ。 特に母という仕事に謀殺され、だんだんとのっぺらぼうになりがちな心とからだのリセットにとても良いと思う。 妊娠期に娘が逆子ちゃんだったときに、クラニオをしながら「なんで逆さまなのかな~」と子どもに向かって耳を傾けたら、「いまはこれがいいの」という声をきいたから、「じゃ、もう少ししたらまたぐるんと戻ってね」と返したら、その後逆子が戻ったなぁ。 まぁ、とにかく心地いいんだけれどリラクゼーションの範囲に留まらない、気づきのあるボディワーク。 森のテラスで開催するからなおさら鋭敏に自分自身を感じられるよ。 友人の鈍下ちゃん&マキちゃんのボディワークは満席だったけれど、彼女たちを見るだけでも面白いよ。 なんてったって、そのエナジーに歪みがないからね、心地いいのだ。 いろんなボディワーカー(わたしは今回はバッチだけれど)のエナジーが共鳴して、さらに森のテラスの空間はやわらかになるだろうね。 というわけで、遅ればせながら、森のテラスへの誘惑でした。 お申し込みはどんげちゃんまで。 udonge@nifty.com udonge7030@docomo.ne.jp 森のテラスは仙川駅より徒歩12分くらいの静かな住宅地にあります。 http://www.moritera.com/tokyo/tokyo-moritera.htm/
2010.04.28
中学生になった息子は、部活から帰ると7時になり、週2日の公文の日は、おにぎりを瞬時にほおばって出かけ、帰宅は9時になる。 中学受験組ではなかったから、いまになってあの受験組は毎日こんなタイムスケジュールだったのね~、と驚嘆している。 あらためて進学塾に行かせるのか、わたしのほうがまだPTA他でバタバタとしているため情報も集めていないのだが、いつも頭の隅にある。 公文は、基礎の計算力の自力が上がるからぎりぎり6年生からのスタートだったけれど、それでもよかった。 あきらかに、各教科が底上げされた。 彼にとって、計算力がまず問題だったからだ。 あ、もちろん、課題の読解力(涙)はまだまだなのだが←本読めよ~家は名作だらけさ(涙) 英語も、6年生の後半からスタートしたのだけれど、始めてよかった。 こどもが新しい生活に順調にスタートできると、もうどんだけ親の方が緊張していたのかが実によくわかる。 部活は毎日ある。 月曜から日曜まで(苦笑) 他の部は野球部ほどでもない。 絶対評価の中学では、テストだけ良ければいいってことではなくて、授業態度や提出物、もちろんテストを含めてみんな点数化されるから、トータルでできないと、狙っている都立の某高校への道は遠い。 週末、社会はわたしが、理科は主人が息子の勉強をみる。 毎日、泥だらけで(特に雨天の日はもう泣けるほどすべてがどろどろさぁ)、へとへとで帰ってくる息子の少ないすきま時間を狙って、公文や漢字練習をみる。 テーブルの真ん中にわたし、左右に息子と娘。 隣にわたしがいて、わたしはまぁバッチの本を読んだりしながら、ちょっと励ましたりしつつ、腹をくくって、隣に座っている。 この時間が夕食前だったり、就寝前だったりするのだが、何より、こうすることで、自分のストレスが軽減する。 わたしのストレスは、こどもたちに、「早く勉強しなさーいい!!」とか、割り算が難しくて(確かに大人でもやりたくないような割り算なんだよね)ぐちぐち言ったり、もうやだー!と爆発したりする娘を目の当たりにするのがいやなのだ。 息子もしかり。 あのわたしだってやりたくない分数やら少数やらのまじった四則計算では毎日噴火していた。 隣にいると、噴火までいかない。 静かに集中して取り組めるようなのだ。 これがいまの我が家でいちばんストレスなく勉強時間を確保できるコツなのだ。 田舎の子で勉強なんて全くしなくて、毎日漫画と小説がごちそうだったわたしに比べたら、もう彼らはすばらしいと思う。 よく第一志望の大学に入れたなぁ、と我が身の奇跡を思うほど、勉強はしなかった(涙) そしていま思うのは、勉強はできるときにできるだけしたほうがいいということだ。 したいときには、日常のすべきことに押しやられるからだ。 まぁ、そんなのはね、40を越えないと見えてこないんだけれど。 というわけで、わたしはいまやすっかり地理や歴史が得意になりそうだよ(笑) テストでも90点くらいとれそ~ 遅いよ!!
2010.04.28
またまたバッチ。 チコリーの愛に驚愕したわたしなのだけれど、昨日のクラスの最後に,なぜかSMに見るバッチフラワーになってしまう(笑) そしてまたそれに感嘆し、電車の中でノートを見ながら反芻し、頭の中はSMとバッチばかりになっていたのだねん。 駅を降りて、ばったり息子のソフト仲間のお父さんに会った。 彼は職業ベーシスト。 全国区なバンドのメンバーだ。 で、わたしの中はSMバッチで飽和状態。 彼はもちろんバッチのことは知らない。 そんな説明をしてる余裕もない。 わたしのなかのクレマチス&バーベイン???が語りだす。 すごいんですよ、SMって、と。 とくにSは「サービス」のSだったんですよ~、びっくり~!! きっといきなり話しかけられ、かつネタがネタだけに目が点になったことだろうが、彼はきちんと聞いてくれた。 Sは、サービス精神がないとできない役回り。 いろんな準備があるし、そして相手の変化を確かめながら微調整も必要。 けっして痛いだけじゃなく、相手の悦びだけを思いやり、この身を費やす。 相手の悦びが、自分の悦び。 これもチコリーのプラスなのだ! チコリー、おそるべしだ(真剣) さてMはというと、自己抑制がある種の性癖を生みやすくなるのだが、いい子ちゃんタイプ、おとなしいタイプがやはり多いようだ。 日常が抑制されて自己表現が上手くできない。 その解放、自分のすべてをさらけ出し、表現する、という行為のひとつが、Mというスタイル。 これは、自己を常にこうあるべきと抑えて生きるロックウォーター。 他にもパインやらクラブアップル、アグリモニーもあるかもしれない。 SMは究極の信頼関係がある中で成り立っているのだ。 まぁ、そういうことを、歩きながら、自転車に乗りながら、語った。 彼はいつもの笑顔で別れてくれたけれど、ちょっと冷静になって、あぁ、なんと不躾なと一瞬思ったが、こういうことは何度もあり、まぁ、いいや、これがわたし、とおさめた。 バッチから見ると、世界の本質が明らかにあり、愛おしさを増す。 チコリーを持っているひとは、それほどの愛のエネルギーを秘めているひとでもあるのだ。 わたしはかなり好きになったよ、チコリー! 最後になったけれど、バッチフラワーのクラスのお知らせ。 5/11(火)午後2~3時15分 バッチフラワーのミニセッション 場所:仙川徒歩12分くらいかな? 森のテラス 5/14(金)午前10~12時 ちいさなヨーガとバッチフラワーの会 場所:調布徒歩3分 文化会館たづくり11階1101号室 ぴん、ときた方はご連絡くださいね。
2010.04.25
月一のまりさんのバッチフラワーセラピストクラスへ。 10時から5時まで(笑)密度の濃い、クラスだった。 バッチのレメディは38種類あるのだけれど、どれもみな、ひととして生きていくならば抱くだろう感情にフォーカスし、ネガティブな感情をポジティブに好転するサポートをするものだ。 今日のテーマは、8番目のレメディ、チコリー。 愛がテーマのレメディ。 「容疑者Xの献身」から見える、チコリーの無償の愛とは?から始まり、番外編なのに最後の30分でぽっと出たSMというスタイルの、バッチフラワーの世界から見た愛と信頼について。 前半は「容疑者~」の堤真一のクライマックスの感情に驚愕。 バッチフラワーは、ネガティブな感情に働きかけるんだけれど、なかなかポジティブに好転した有り様にはそうそうおめにかかれない。 特に見返りの愛を求めるチコリー。 利己的で感情的、愛情でしばって支配下におきたがる、別のキーワードは、「相手の成長を阻む」という感情が、チコリーのネガティブ。 いやぁ、20年前は人間関係の中に、チコリーが必ずいたのね。 大学時代のはじめにつきあったひとだとか、社会人になってからの上司だとか。 いやぁ、すさまじいよ、チコリーの見返り愛ってのは。 怖いよ。 放してくれないのよ。 すさまじい見返り愛のエネルギーの奔流(笑) だからおんなじだけ愛を返さないとね、攻撃されるの。 ちゃんとくれって。 そして20年経たいま、ようやくわかったことは、わたしがチコリーを引き寄せていたということ。 若いわたしが、愛情を求めていたのね。 「わたしに触れてほしい」って。 そういうの、伝わるのよね~ だからほとばしるようにひたすらセックスしてたものね。 触れてほしい、と思い伝わって抱き合ったひとたちとは、いまの主人や、心にある大切なひとたちとは、やはり違っていたしね~ 別のラインだったのね。 こんなに抱き合うことが好きだったのに、なぜこのひととはそうできないんだろうって、不思議に思ったことがある。 自分の中にかかるブレーキ。 その愛は「触れてほしい」にひっかからない、もっと別の、愛だったのだ。 「容疑者Xの献身」の堤真一のチコリーは、究極のチコリーのプラスの感情だ。 天才数学者でもあった堤真一は人生の色を少しずつ失っていき、生きている実感を伴わない日々、ある朝自殺しようとするのだけれど、アパートの隣に、松雪泰子扮する、シングルマザーの健気な陰のある女性が越してくる。 突然に、彼の世界にうつくしいエネルギーが現れるのだ。 まるで花が咲いたように、色のある世界。 絶望していた彼は、恋をするのだ。 松雪泰子には、ギャンブル好きな元夫がいて、新しい生活のなかにも踏み入ってくる。 泰子さんは夫を殺してしまう。 隣のアパートで物音をきいた堤さんが気づき、彼女を助けるためにアリバイ工作をし、やがて彼女の罪をすべて自分でかぶってしまう。 彼女が幸せになるために。 彼女が幸せになるためなら、自分のすべてを捧げられる。 やり方は間違っていたとしても。 堤真一がじつに幸せそうなのだ。 それが、チコリーのポジティブな愛だ。 やり方は間違っていたとしても。 無償の愛。 ワイルドローズ(絶望)の日々を救ってくれたエネルギーにあふれた松雪泰子への感謝する気持ち。 堤さんがガリレオ先生(福山雅治)を誘って雪山へ登るんだけれど、ようやく頂上へ辿り着いた堤さんは輝く景色を見て言うのだ、 いまのぼくにはこの世界が美しく見える、 そんな自分を誇りに思う(正確じゃありません、こんな意味の言葉) これは、ワイルドローズ(絶望)を見たからこそ、そこから再び生き直すことができた堤さんだからこそ言えた言葉なのだ。 わたしはまずこのシーンで泣いた。 しかし松雪さんは正義感あふれ一生懸命、バーベインやオークタイプ。 自分だけ知らぬふりで生きていけるはずがない。 堤真一への罪悪感で耐えられなくなる。 パインの状態だ。 松雪さんは堤真一の前で出頭し、真実を告げる。 彼女の幸せを願う堤さんはその姿を見て、「なんで?」と崩れおち、こどものように惚けて、声をあげる。 その表情がね、すごいのだ! 勝手に主演男優賞だ。 でね、あの瞬間の堤真一の心情をバッチで見るとね、もううつくしいのよ! なぜ、せっかくあなたを守ったのに、という絶望、ショックのスイートチェストナット。 絶望感の一番深いレメディ。 (ちなみに、ワイルドローズに至るまでに、ささやかなショック、落ち込みのゲンチアナ、ゲンチアナが重なると「どうせ~~だから」という諦めのゴース、深いショック身悶えるスィートチェストナットになり、エネルギーを使い果たして、ワイルドローズになる。) だけど、それだけじゃなかったのだ。 頭のいい彼は、松雪さんの抱くだろう罪悪感、パインの感情はわかっていた。 それで彼女が苦しむであろうことも彼にとっての気がかりだった。 松雪さんが真実を告げたことによって、松雪さんのパインも、彼女の罪悪感に対して、罪の意識を抱く堤真一のパインも、手放されたのだ。 あの絶望感と隣り合わせにあったのは、パインの二重構造を手放すことのできた、安堵感だ。 たったひとすじの光。 スイートチェストナットのキーワードは「パンドラの箱」 残ったのは、ひとつの希望。 彼女も、自分も罪の意識を解放することのできた、安堵の思い。 それをじつにすばらしい演技で、堤真一は現したのだ。 ひとは、愛おしい。 この世界は、愛おしさにあふれているものなのだ。 ひとが、愛というものでつながれたときに。
2010.04.24
わおっ! なんだかよいタイトルじゃありませんこと? 今日も午前中はPTA☆ あと、あと本当に少しだ。 もうやることは片手で足りるくらいになった! 離任式の先生方へ送るお花の発注をしているときに、ふっと、おりてきたのが、 「中学生の母日記」というタイトル。 ああ、これだ、これ書こうって。 6月めいっぱい使って仕上げます。 テーマがクリアで、登場人物の少年たちも頭の中に入ってきた。 緊張がゆるんだときにクレマチスがどわ~っとやってくる不思議。 明日のPTA会費集金が終わったら、土曜はバッチのセラピストクラス。 集金が終わったらどんどんでてきてね、わたしのクレマチス。 集金中は隠れていてねん☆
2010.04.22
息子の中学の保護者会へ。 いやぁ、もう、どうやったら家庭学習2時間なんてとれるの!? いやぁ・・・ わが息子、野球部の仮入部だけでもうぐったりして帰ってくるのに、なんとか公文の宿題をやってる状態。 昨日から本入部になって、腹筋が痛い、とのたうち回っている。 早く練習をこなせるだけの体力をつけてね~ 彼も一年生だけれど、わたしも中学生の母一年生。 じつはすっごい緊張感。 そういえば、赤ちゃんを抱っこしてはじめて一ヶ月検診に出かけた時のような緊張感。 中学生っていちばんかっこわるい時期だ。 だけど自我だけはばくばくしていて。 アンバランスって中学生のためにある言葉だと思う。 わたしができることは、美味しいごはんを作ってマッサージすることくらいなんだけどね。 中学は部活の保護者会、というものがあり、野球部はすっごーーーーーーーく厳しい先生らしい。 けれど、ひととして基本的な礼節はしっかりと身につくらしい(笑) 一年生のお母さんたちは同様に緊張しながらのご挨拶。 そして、野球部はお金があっという間にとんでいく~(涙) 野球部はほぼ毎日の練習。 終了後、息子のたちの練習を木陰から見てきたのだけれど、なんだか星飛雄馬の姉の気分。 一年生はひたすら球拾いと声だしなんだけれど、あぁ、とにかく、美味しいごはんつくんなきゃって、もうそれだけは母としてがんばろうと思った。 それにしても、一体いつ勉強するんだろう・・・
2010.04.21
今年のこどもの学校関係のボランティアは、小学校で本部の会計監査、中学ではクラス委員。 中学は初めてなのでどんなものかは分かりませんが、みなさんお仕事をされている方が増えますので、役員会なども夜だったり日曜だったりで、なんとか参加できそうなので手をあげました。 もう、あの小学校のPTA本部を経験してしまうと、もうどんな仕事さえ楽に感じてしまいます、あははははははは! 21年度の本部の仕事もあと2週間でしたが、あは、やってしまいました! 役員会を忘れてしまいました~☆ 前日まで覚えていたのに、全くなぜ急に失念してしまったか、もう、自分でびっくり。 うわっ!と冷や汗、どどど~ 会議終了時間に気づいたわたし・・・ いやぁ、よほど行きたくなかったのでしょうか(笑) よく実務仕事をやってるなぁ~、と思ったら、最後にやらかしました(涙) 前回のブログに書きましたが、わたしのタイプレメディのひとつが、クレマチスタイプ。 地に足がつかなくてふわふわしちゃう。 そして出会うひとをどんどん好きになっちゃうのよね~ 金曜にクラスを卒業した生徒さんから、「先生は、森に住む幸せの粉をふりまく妖精みたい」とメッセージをいただき、うーむ、まさにクレマチスさ~ (というその生徒さんもクレマチスだったよ~) 会議すっとばしちゃった~、と友人のアリカイさんに言ったら、「飽和」と一言。 うーん、納得。 もうね、クレマチスのキャパで実務をこなすって、本当に限界点なんだと、我が身を振り返り、なでなですることに。 おまけにその夜は、なぜか高校時代に片思いしっぱなしだった彼が夢にやってきて両思いになったりするシチュエーションでにやにやしちゃうし、うわ~わたしってこんなにクレマチスで占められていたのね、と感動。 しっかし、あの両思いなんだっ!って思った瞬間、夢の中でも胸が「きゅん!」と鳴ったよ、残念、それでびっくりして起きたのだ、うーん、キスまでしたかったよ。(いや片思いでも確かしてたけど←こういうところが昔からへんだった) もう、これはクレマチスを活かすしかないんだわ、とお布団を干しながら、ひだまりにごろりん、そしてにやにや。 昨年、物語を作ろう、とか全く思いもしなかった自分に本当に驚いたのだけれど、きっと本部の仕事をしっかりしなくちゃ、というエルム的なプレッシャーで、クレマチスがちいさくなっていたのね、うーん、クレマチス全開だと迷惑かけることがあるからね。 というわけで、2週間したらもっとクレマチス全開、さよならエルム、とつぶやくだけで、にやにやしてくるんだけれど、まだよ、まだ2週間あるのよっ! 働くわ! 最後のご奉仕で! おまけ☆ その夜の夢で、わたしはふたまたをかけていた。 もちろん、クレマチスにはよくあること。 いや、決して悪気があるわけじゃなく、みんな好きなんだよ~、みんな大好き~愛の世界~
2010.04.18
こんにちは、みなさん、ご無沙汰です。 もう少し、指差し確認な日々が続きます。 出会いと別れの連続を、地域の中で感じています。 こんなすぐ妄想に入るわたしが、地域まみれになるなんて(涙) わたしの性質のひとつが、バッチでいうところのクレマチスタイプなのですが、自分の妄想世界(よくいえば想像力豊・・・)にすぐにトリップして、ひとりでニマニマとしてしまいます。 実務能力を持っていません。 自分と現実をつなげることに意識をおきません。 だから、もうここ数年の自分が本当に、すばらしい!と褒めまくっています(笑) ちゃんと家庭をキープしていられるなんて! ははは、すごいレベルでしょう? それがクレマチスタイプ。 先週、顔を洗うのを忘れたまま(あはははははは~)出かけてしまいました~ 帰宅して、気づきました~、むふ それがクレマチスタイプ。 もう、春はクレマチスが全開しちゃって、すぐにトリップします。 ひとのことを全然みていません。 話もざるのように通過します。 ただ、そのひとの言葉のひとつひとつを勝手につなげて、妄想パワーを発揮して、にやにやして幸せを感じるのがとても得意(汗) バッチのセッションをしているときなんて、参加している人と一緒に物語を紡いでいるようで、わたし全体が幸福でいっぱいになります。 それがクレマチス。 いやいや、もっとね、アーティステックな面が強かったりするのだけれど、わたしのは妄想! 妄想人生、すでに40年。 そして、産後クラスのお仕事も、8年目に入りました。 あなたの心と触れ合ってきた瞬間瞬間が、みんなわたしの滋養になって、なんとかなんとか、ここまでやってきました。 風邪に気をつけて。 どうぞあたたかくね。
2010.04.15
先日の調布クラスでは久々にアーユルヴェーダをお伝えした。 自分の性質、体質が腑に落ちると、頑なところも愛おしく思えてきたり、ひっかかっていたところが腑に落ちて、生きやすくなるように思う。 バッチを教えてくれる麻里さんがよくいうのだけれど、ひとは自分のタイプを知って、その本質のうつくしさを活かすように生きていけると幸せ、と。 本当にその通りだと思う。 だいたいの性質をつかんで、バッチでより自分の内面と対峙して、絡んだ糸があったらゆっくりほどいて、心の交通整理をしていく。 もしショックな記憶がまだ心の底に残っているならば、それを手放すレメディをとり、流してあげる、お疲れさま、わたし、って。 ひとに尽くし過ぎて、疲れているならば、自分のキャパを確認して、心とからだの体力を充実させながら、わたしが心からしたいこと、他のひとでもできること、をわけていく。 誰かに対して、深い愛憎的な感情を抱いているならば、あなたのその焦げているエネルギーを、もっと別の、誰かがよろこぶような仕事で使う。 社会でしっかりと生きる中で、すっかりと感情にふたをして強く生きてきたならば、たまねぎの皮を一枚一枚むくように、自分のやわらかな真ん中の気持ちを感じられるまで、レメディを取り続けるといい。 すっかり抑えて生きてきたひとは、ひとたびふたを開けると、いろんな感情でからだも心も驚くかもしれないけれど、ひとは生きていたらそんなタイミングがやってくるもの。 ちょっと自分を深く見つめたい、また新しい生活のスタートのどきどきする気持ちを次のステップにのせていけるように、ボトルを大切に作ってみよう。 9日の午後より、ちいさなヨーガとバッチフラワーの会。 春なので、胸をひらくアーサナを。 そして、様々な場面で対応できるボトルを2本まで作ります。 保育園に入るお子さん用でもいいし、繊細なお子さんを持っているお母さん用でもいいし、生理前のいらいらをやわらげるボトルでもいいですね。 バッチは深くも使えるし、日常を楽に生活できるサポートにも使えます。 ということが、最近になってわかりました(汗) ご興味のある方はどうぞ。 生理前なので、クラブアップルとチェリープラムのボトルをのみながら。
2010.04.04
こどもたちをみて心底思うのだけれど、勉強って誰でもできるんだな、というのが実に腑に落ちる日々。 息子(は遅ればせながらだけれど)と娘が「くもん」を始めて一年。 娘はいま2、3桁の割り算中。 くもんも春休みで、宿題を100枚くらいもらってきたのだけれど、はじめて出会う問題もあって、まずは自分一人のちからでじっくり考えてやってみる、というスタンス。 で、じっくりやり始めるんだけれど、もちろん、しばらくするとぐずぐずいってくる。 一枚終えるのに10分かかることもある。 結構不機嫌で、わたしも抑えるのがたいへん(涙) その同じ箇所のプリントを3、4回くらいは繰り返す。 今朝3回目のプリントをしていたら、5枚を17分で終わらせて遊びにいってしまった。 面白かったのが、「わぁ~、腕がとまらな~い!!」といいながら計算していたことだ。 手が勝手に解いている感じ。 いいなぁ、勝手に解いてる感覚を小学生のうちから身につけられるなんて。 息子はいま代数に入り始めたけれど、もうわたしもうろ覚えな域に入りつつあって、たまに冷や汗をかいている。 だけど、最後の「あゆみ」←通知表で、彼は人生初の算数でAがついたのだ、あははははは・・・ うーん、最後のおまけかな、なんて思いながら、まぁ苦手意識がなくなっただけでも母としてはOK。 というか分数の通分を全部頭の中でやらないで~! 母ももうついていけません。 というわけで、我が家のけっして突出した子でもなくとも、誰でもできるんだな、としみじみ思った次第。 そんな息子。 春休みは青春18切符の旅三昧。 鳥取にいったかと思えば、今日は日帰りで信州、上田に行って来た。 なぜ、上田??? もちろん、主人が借りてきた「サマーウォーズ」の影響。 夏に映画館で観た感動がいまだ残っていて、6回くらい観てたよ、確かに何度観ても爽快なんだ! で、上田城目指して、小海線もまた乗りたいとかなんとかいって、早朝6時に出発して夜の8時に帰って来た。 なんと上田は町中が「サマーウォーズ」で町おこししてたらしい。 ラッピング電車も「サマーウォーズ」! まぁしあわせなこと。 いいね、心底好きなものがあるって、人生の救いになるよ、きっと。 息子は中学では野球部に入る予定。 娘とともにやっていたソフトボールも引退。 運動音痴だけど、非力だけれど、ショートの守備は一年間ですごくがんばって、アウトをいくつもとった。 もちろん彼の横をあっさり抜けていうのもあった。 監督もすごくほめてくださった。 卒業式はとても厳かで真摯な空気で、以外に泣いているこどもたちが多かった。 息子は号泣しながらうたをうたっていた。 もちろん、わたしも号泣。 このままずっと卒業式が終わらなければいいのに、って彼は思っていたそうだ。 さぁ、いよいよ思春期だ。 こっそり、どぎまぎしている母だけれど、実はいまだダブルのふとんで一緒に寝てるよ(汗) 主人お手製の(お手製っていうのかしらん?)子供部屋が完成するまでのつかのま。 あぁ、あたらしい春なのだ。
2010.04.03
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