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「a baby, a baby!!」あか坊の発音は美しい。日本語だったら「あっぷちゃん」になるんだけどね、それはそれでかわいいのですが、行動がとにかくいらいらするっ。片付けないし(多分、片付けるという言葉を理解していない)眠らないし(授乳がないのに、夜中の3時に目を覚ます。赤ちゃんと同じリズムなのです)大人の物を引っ張りだしていたずらするし(新しい物に敏感な年頃のようですが、、、)つまりね、身体がしんどいからといってあか坊を家の中に閉じ込めておくと、瞬く間に、部屋中がおもちゃだらけになり、物がなくなり片付けても、ものの数分で散らかってしまう、いらいらする訳です。そして、赤ちゃんの方は夜粉ミルクをたっぷり与えているので割とよく眠ってくれる。まあ、夜中起きてもおっぱいで眠ってくれるからね。それよりも、同じタイミングで起きたあか坊の世話の方が大変。これは、精神状態が悪い現れ。下手すると1時間くらい格闘する。ここが寝不足の原因だよ。そして、とんでもない事をするあか坊、今日も、トイレットペーパーの芯をお風呂に入れてみたりちゃぶ台に毛布をかけて、おもちゃ箱のふたに乗って滑ろうとしてみたり、(おでこをぶつけていたい思いをしても、また繰り返していたなあ)ちょっと前までは、やたらパパとママに的割りついていたなあ、と思っていたんだけれども、最近は、気をてらった事をわざとやるようになったのか目が離せなくて、ある意味、あか坊の作戦にはまってしまったのかもしれない。そんなあか坊も、赤ちゃんの世話はしたいらしい。だっこはさせてあげている。でも、疲れるとすぐ投げ捨てようとするので要注意だ。赤ちゃんのいる生活に、ようやく慣れて来たような気がする。そう、冷静に冷静に。。。
2010年08月26日
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弟妹ができると、さけて通れないのが赤ちゃん返りとはいえ、あか坊が産まれた時は姫、ほとんど赤ちゃん返りしなかったのです。赤ちゃんが産まれたからといって、大切なパパが取られる事がなかったからです。でも、今回は違います。私が妊婦の頃から、夫に姫とあか坊の世話をお願いしていたから、パパを巡って姉妹が壮絶なバトルを繰り広げるのです。最近になって、ようやくあか坊に物を先に取られて泣く事が少なくなりました。成長だなあ。そんな姫ですが、今日はいつにも増してご機嫌斜め物をテレビに向って投げたために、パパから大目玉をくらう。そして、そのまま拗ねて物に八つ当たりを続けるので、なんと、姫を残してあか坊を幼稚園に連れて出てしまったのです。たぶん、姫はその事に気づいていなかったんですね。(何度も姫を呼ぶ声はしたのですが、姫自身、切れている時は周りが見えてないから)はたと気づいた時には、パパがいない。幼稚園鞄を抱えて、慌てて玄関に走って行くもパパはいない。今までは、私が姫をおいて行ってもパパが待っていてくれていたようなのですがさすがに初めてパパに置いて行かれたのがかなりショックだったらしくて、いつになく、大泣き。しょうがないので、私が連れて行く事に、、、(ちょっと無理して。5分の距離が長く感じたよ、、、、)さて、姫が冷静になったところで泣いた原因を聞いてみると「体温が36度1分じゃなかったの、、、」プールに入るために体温を測っていたけれども、その体温がちゃんと測れなかったらしい。「で、何度だったの?」「36度2分」36度2分でも、プールに入れる事を教えてあげました。5分遅れて幼稚園に到着。今日も「眩しくてとっても暑かった」らしく、楽しくプールに入ったようでした。その晩「姫が粉ミルク作るのを手伝いたかったのに、、、」と愚痴をこぼしていましたが、ミルクをあげるのを手伝ったあげたようでした。(ミルクをあげるのは、今のところパパの役目)最近では、だっこしたり我が家の殿、ゆうくんに話しかけて楽しんだりかなり赤ちゃんの世話にもなれてきて、助かっています。時々、ゆうくんのバウンサーに座って、パパから大目玉を食らいますが姫が良い子で良いお姉さんと周りに認めてもらっている限り姫はご機嫌なのでした。「ゆうがあーちゃん見たいに悪い子にならなければいいのに」ビッグシスターのささやかな願いでした。
2010年08月26日
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娘たちはパパとお出かけ、我が家の殿下はようやくお昼寝つかの間の休息です。3人の世話は本当にたいへん。姫がしっかりものだと言っても、まだまだ幼稚園児ですから3人が一度に「ママ」を呼ぶと、まあ無理です。今日、午前中夫がマンションの理事会に参加しただけで、私はもう切れそうでしたっっ「途中抜けてきた」という夫が帰って来たのは一時前。っていうか、お昼ご飯抜きで話し合いですか、、、、大規模修繕が近い事も会って、話す事がたくさんあるのでしょうが、お昼ご飯は食べましょうよ。まあ、マンションの住人は大半が40才後半から50歳代の人たち。モーレツ世代だからでしょうかね。夫も、あきれていましたよ。まあ、新参者で若造の夫が意見を言える雰囲気ではないみたいだしね。だから、かわいそうに子供たちと午後から出かける約束をしていたからお昼ご飯抜きで、家に帰るなり子供たちを連れて出かけていきました。本当に家庭を大事にしてくれる夫です。曰く「世の中から見捨てられないために」だそうです。会社から見捨てられても、家族がいる、友達がいる、趣味がある、会社人間だったり、子育て一本だったり一つのことでいっぱいいっぱいになってしまいがちだけれども、それに挫折してしまったとき、自分を支えるものがなくなってしまうんだと思う。そうならないように、この忙しい中友達に会いにいったり趣味を続けたりしている。そういうところはなかなか真似できません。昨日もパパ友が出来た様子。下の子がこの8月に産まれた、そんな偶然も会ったのかもしれないけど、、、、すごいなあ。
2010年08月22日
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赤ちゃんが産まれたら、夜中の授乳が始まってママは睡眠不足一般論はこうなのですが、我が家では、赤ちゃんが産まれたら、産まれた赤ちゃんはよく寝る子なのですが、赤ちゃん帰りした3歳児が、夜中何度も起きてママ、寝不足です。
2010年08月20日
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産まれました、元気な男の子です。カルテ上は5時間半の出産で、これだけ見ると「安産?」って思われるでしょうが、2度産院から返されていますので、そのかん24時間を換算すると、陣痛が始まって24時間かかっている訳です。前駆陣痛(不定期な陣痛のような痛み)は2週間近く続いていましたから、3人の中で一番時間がかかっている訳です。疲れました。いや、今も疲れています。忘れないうちに記録しておこうと。出産の前日、気持ちはとても焦っていました。義理の両親が既に上京していて、スタンバイしてくれていましたから、余計、「早く産まなきゃ」って焦っていたと思います。前駆陣痛が続いていて、いよいよ陣痛間隔が短くなって来たのでこれはあか坊の時のパターンだわ、(あか坊は、この後翌日の早朝に産まれている)と、入院準備をして産院に向った訳です。この時は、まだ陣痛間隔が長かったのですが、これで波に乗って産んでしまおう、という魂胆。1時間くらいいい感じに進んでいたのですが、ぱったり収まってしまうのでした。夜の11時前だったのですが、電車もあるし、じゃあ帰ろう、と家に帰ったのでした。次の日。また陣痛の痛みでたたき起こされる。これは結構本格的な気がする。しかも間隔がどんどん短くなって来ている。まあでも、今までもこれで10時頃にぱたっとなくなったりしていたので今回もその可能性がある。7時頃、産院に電話をしてみる。午前中もう一度診察に行く事になった。昨日と違って、歩いていても痛みが分かるくらい。でも、陣痛の痛みってしらっと耐えられるような痛みじゃないからね、まだまだ弱い痛みだから、本格的じゃないかもしれない。(でも痛いんだよね、これが辛い)そしてまた、帰って様子を見る事になる。帰ってみると、義理のお母さんはてきぱきと家事をこなし、義理のお父さんは「風呂の掃除してやるわあ」お風呂を磨いてくれていた。この2週間は私の体調が悪くて部屋が荒れ放題だったから恥ずかしかったけれども、とてもありがたかった。私は集中して陣痛と向かい合う事ができて、赤ちゃんはきっとこの時を待っていたんだな、と思いました。午後になり、姫が幼稚園から帰ってくる頃には、かなり痛みも増して来て、痛がるママの姿を、子供たちは心配そうな面持ちで眺めていました。「ママはね、赤ちゃんを産むためにがんばっているんだよ」夫が子供たちに説明してくれていました。姫はだんだん怖くなったのか「姫が産まれた時も、ママ痛い痛いって言っていたでしょ。だから赤ちゃんが産まれるところは見たくない」そんな事を言っている。まあ、それでもいいか、だんだん、産まれてくれれば後の事はどうでも良くなって来た。「ああ、いい感じになってきましたね。入院の準備をして来てくださいね。」電話をすると、助産士さんにそういわれました。いよいよです。タクシーを拾って向います。そうしているうちに、痛みも増して来て「そこを、、、、みぎ、、、、」道案内もだんだん言葉にならなくなってきました。助産院につくと、そく分娩の準備になりました。いよいよだわ。でも、ここからが地獄の長さだったのです。「腰が痛いの?」そう、陣痛の時に腰に激痛が走るようになって来たのです。腰をさすってもらうと痛みが和らぐ。これが、分娩の邪魔になってきたのです。陣痛の痛みというのは子宮が収縮している痛みなのです。この時に、赤ちゃんが産道を降りて行くのです。そして最後には、ママ自身もうーんと「いきむ」ことで赤ちゃんを押し出すのですが(英語では、pushといいます。そのままですね)もう腰が痛くてそれどころじゃない。後から駆けつけてくれた夫が、腰を押してくれるのですが「ちがーう、そうじゃなくてっ」だんだん、私も切れてくる。姫は隣の部屋にこもってしまったし、あか坊は、私が叫んでいるのを真顔で眺めている。「ダイジョウブ?」助産院の分娩というのは、分娩台に乗らない。昔ながらの「フリースタイル」といって、床の上で横になって産むのです。最初は横になっていたのですが、うまくいかないから分娩台じゃないけれども、専用の椅子に座ってみることになった。これが、かなりの激痛でとにかく腰が痛くて、体勢そのものが苦痛。最後には、助産士さんたちをけりとばす始末。(スイマセン、、、)また横になって仕切り直し。でも、分娩はかなりの時間経っていて、抗生剤を飲んでの再挑戦でした。「自分の足を持って、身体を丸めてっ」そういわれても、腰が痛くて身体をそってしまう私。そうしていると、私の隣にいた夫が無理矢理私の身体を押さえて「ほら、足もって!!」ようやく、赤ちゃんが進みだした模様。気が遠くなりそうになりながらも、合間にバナナをかじりながらがんばります。でも、なかなか出てこない。集中していると、だんだんわかってくるのです。、、、でかい。ぜったい赤ちゃんでかいよ。この最後の「プッシュ」は、全力疾走なんです。あか坊の時は、出来ていたのに今回はすぐに息が切れて、進みはゆっくり。やっと出て来た時も、出て来たって感覚がほとんど麻痺していて、助産士さんに言われて初めて分かったくらいです。大きな泣き声とともに、産まれました。元気な赤ちゃんです。「ほらほら、大事なところ確認しないと」はい、男の子でした。でも、目が悪いので近くに寄せてもらってようやく確認できたんだけどね。「ああ、道理でねえ」頭の形がちょっと歪んでいる。どうやら、赤ちゃんが骨盤に入った時にまっすぐではなくて斜めに入っていたようで、そのまま産道を降りてきたんですね。普通は、頭のてっぺんから出てくるのですが斜めにでてきたので、その分おおきくて出てくるのが大変だったらしい。そして、斜めだったために肩が出っ張っていて、私の腰に激痛を走らせていたらしい。特に、恥骨に引っかかって出て来れなかったようです。途中でそれに気がついた助産士さんが、なんとピップエレキ0んをはって処置したらしい。しかし、そこが産後2週間経ってもまだ痛みます。痛みはおさまるのか、、、、心配です。さて、赤ちゃんが産まれた後、夫が隣の部屋にいた子供たちを呼んで来て、家族4人で赤ちゃんを迎えました。姫は(後から聞いた事ですが)「ママ、赤ちゃんが産まれる時に、どうして血がでるの?」血が苦手な姫は、硬直していました。それを察していたのか、いないのか「これから胎盤をだすから、またママがんばるのよ。ママにバナナあげてくれる?」子供たちをママの世話に集中させてくれる助産士さん。産まれて来た赤ちゃんは私のお腹の上。あか坊が、つんつん、と赤ちゃんをさわっている。3歳のあか坊には、純粋に興味がある対象のようだ。姫は、赤ちゃんのへその緒がきられて、身体を洗って服を着てから喜んでだっこしてくれるようになった。ちなみに、へその緒は夫がきってくれた。3人とも、夫がやっている。助産士さんも驚くくらい、てきぱきと自分の役割をこなす夫でした。いやあ、英語がわからなくておたおたしていた、姫の出産がなつかしい。「ところで、名前は?」夫に聞く私。この子の名前は夫に決めてもらう事にしていたの。でも、産まれるまではヒミツにしてもらっていたのでようやく名前を聞く事が出来た訳。「いい名前ね」字画も調べて、3人の中で一番画数の少ない漢字に収まっていました。3人とも、名前は夫が出した案で決めました。夫が案を出して、私が了承する、私たちはそういう夫婦ですわ。さすがに、今回の分娩は疲れました。ここでゆっくり眠れるかと思ったら大間違い。また陣痛です。後陣痛と言われる、子宮が収縮して小さくなっていく痛み。子供を産めば産むほどひどくなって行く、と言われている痛みで確かにかなり痛い。これに入院中ずっと悩まされて、かなり寝不足になりました。入院期間も、今回夜出産だったので、5日間といっても実質4日間と数時間。アメリカで出産した時とほとんどかわらない入院期間で、げっそりとやつれた私の姿に、私の母は驚いて心配したようでした。(義理の両親は帰って、私の母が手伝いに来てくれました)昨日母が帰り、ようやく私の身体も回復してきたところ。明日からは夫が休みをとってがんばってくれます。そして、9月からは新学期の始まりです。産後3週間ちょっとで、赤ちゃんもデビューです。3人目は早いねえ。
2010年08月20日
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今日、39週目の検診を終えてきました。今日担当の助産士さんは、前回もお世話になったなじみの方。リラックスしながらの検診でした。(そういえば前回もだったけわ)「先週よりも、ずっとお産の準備ができて来た感じですね」指の感覚でいろんな情報が分かるなんて、ほんとゴッドハンドだわ。とても驚きます。かれこれ2週間近く前駆陣痛が続いていて、痛くてしょうがないのですが、助産士さんの説明を聞いていると私も身体の声が聞こえてくるようになって「ああ、赤ちゃんが下がって来ているんだな」「この痛みが、赤ちゃんが子宮を押しているから起こるんだな」「この前駆陣痛が、子宮を柔らかくしていっていて、産まれる準備をしているんだな」姫の出産時には、とてもすばらしい先生だったけれども何せ、すべての説明が英語ですから、なんだか分からない部分も多かったしそもそも、痛いし不安だし、何がなんだか分からなかったお産だったのね。あか坊の時は、今の「1秒も待てない」性格を反映するかのように、38週で出て来てしまったのよね。本格陣痛から一晩で産まれたあか坊、前駆陣痛から数えても24時間、今思うと、せっかちな出産だったんだねえ。そして、この子は1ヶ月前から「予定日よりも早いんじゃない」と言われて来た割にはそんな事は全くなくて、10日ほど前、勢いで産まれちゃうのかな、と思ったら躊躇して、今自分のペースでゆっくりとお産準備をしているみたい。まあ、それもいいよ。前駆陣痛が長いのは、姫と同じパターン、姫の時のように、お産に集中出来ない分、「いつ出てこようか」躊躇しているのかも。いつでもいいからね~そういえば、姫は幼稚園で赤ちゃんの事を聞かれた時に「あかちゃんが降りて来ているんだって、もうすぐだって言ってたよ」と先生に説明していたらしい。恐るべし、6歳児。さて、寝ますか。出産に向けて、眠れる時にねなきゃね。 「
2010年08月05日
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相変わらず軽い前駆陣痛に悩まされながら陣痛がやってくるのを待っています。いよいよ予定日間近になってきて、ちょっと歩いてみようとこの2日間歩いていたら下にしたに赤ちゃんが頭をぐりぐりする感覚が刺すような痛みを伴ってやってくる。もちろん、前駆陣痛も少しある。そして、なんだか吐き気がしてくる。あか坊の出産のときも吐き気があった気がする。でも、その時はもう入院中で陣痛はもっとうなるような痛みが来ていたときだ。陣痛はない。そんな痛みじゃないから、まだ。でも身体がどんどんだるくなってきて、家の中でも寝たきり状態。これは変だなあ、と思って助産院に電話してみると。「脱水症状が起きているかも。ポカリ1、5リットル1日で飲んでみて。」脱水症状、確かに汗をあまりかかない私が、ここへ来て玉のような汗を毎日かいている。でも、飲み物の量はいつも通り、足らなかったのかも。スポーツドリンクは飲んでいたけどね、やっぱり定番はポカリのようです。今日は1日外出を控えて(出かけるけどね)クーラーの部屋で過ごしています。吐き気はなくなったってことは、やっぱり脱水症状だったのかもしれない。夏の妊婦は大変です。あか坊は秋生まれで、夏を超えないと行けなかったのでそれはそれで大変だったけれども、夏のこの暑い中臨月を迎える妊婦も大変ですね。暑くて眠れないし、夏バテの状態で出産に望むのはもっと危険。今日、バス停で居合わせたおばあちゃんが「私の頃は、眠れない妊婦に睡眠薬が処方されてね、手足のない胎児がたくさんいたものだよ」なんて恐ろしい話を聞かせてくれた。安易な薬の投薬は危険、ということね。とはいえ、姫を出産する時前駆陣痛が長くて眠れなかったから、モルヒネを打ってもらったのよね。一足先に出産した妊婦友達もそうやってた話を聞いていたから、あんまり抵抗がなかったけれども日本では、あまり聞かない処置だったのかもしれない。その晩はよく眠れて、次の日入院出産できました。さてさて、陣痛はいつくるのか。。。。それに備えて、昼寝でもしておこう
2010年08月04日
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まだ産まれません。でも、前駆陣痛は続いています。少しずつ出産の準備をしているということで、私も気長に待ちましょう。予定日まではまだありますから。(予定日は新月、その辺りね、きっと)今日、あか坊は幼稚園。夏休み中の登園日でした。この頃には産まれていて、まさか私が送り迎えをする事になるとは思っていませんでした。その帰り、ママ友に出会いました。姫が1歳の頃からの付き合いのママ。その頃3歳だったわんぱく坊主は、小学生になっていて「ども」って感じで軽く会釈してくれました。こんなに成長したんだね~~~~、なんだかうれしいよ、おばさんは。これから、ママのお仕事を手伝うんだそうだ。「やりたいっていうからね」いいなあ、素敵な親子。うちの姫もそんな事してくれるようになるのかしら、、、、、3人の子持ちになる私にだって、夢はある。あか坊を姫とは違う3年保育の幼稚園に入れた理由の一つには少しでも私自身の時間が欲しかった、というのがある。子育てって忙しい。とくに、二人目が出来るととにかく子供の世話をしながら自分の何かをやる、なんて事が不可能になってくる。世の中の風潮では、子供のために兄弟はいた方がいい、と言うけれども、実際幼い子供二人を一人の母親が育てるのは、かなり大変。子供が広い家の中で「勝手に」育っていた一昔前の田舎とは子育て環境が違いますから。下の子が幼稚園に通って、ようやく自分の時間が取れるようになったと思ったら3人目発覚。私の人生って、いつもそうやって計画しても場当たり的になってしまうのよね。もう少し子育てをしなさい、というお達しなのね。私の夢は、日本に住む外国人のために何かしたい、ということ。アメリカで出会った中国人や韓国人、例えばね、はとても優秀な人が多くて東大での日本人なんかに比べると、その差は歴然としていたの。こういう優秀な人たちと何かができれば、とてもおもしろいと思うの。もう一度そういう世界に身を置きたい、と思うの。今や、日本人の若者の二人に一人は、外国に住みたくないそうです。びっくりしますね。まあ、日本の故郷以外の地域に転勤するのも嫌がる人が多い世の中ですからね、そんなに、「変わりたくない」人たちが多いのでしょうかね。仕事もない、市場も縮小傾向の日本にすがりついても、親のスネをかじるくらいしかないのに。
2010年08月02日
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