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30日に香港から帰国。6泊7日の長旅も無事終了。旅行中はいろんなことを感じた。自分の劣等感の減少を一番に感じたね。一緒に行ったヒィレちゃん親子は飛行機もホテルの部屋も買い物も、グレードが上なんだけど全然引け目を感じなかった。っていうか、逆に堂々と出来た。可処分所得が少ないことは、恥ずかしいことじゃないってわかった。むしろその事を恥に感じたり、引け目に感じたり、卑下することのほうが恥かもしれない。日曜日の香港島の中環に、お金持ちの家でメイドとして働くヒィリピーナが集まる。彼女達達を以前見掛けた時は、怖かったし、同時に優越感を感じた。今回も優越感を感じそうになったけど、これは違うと思って止めた。どこにも恥ずかしい人はいない。恥ずかしいと思っている人がいるだけ。ここに劣等感が棲む。 だから当然ながら、私は何にも恥入る必要はないし、まして劣等感を感じる必要はない。
2006年08月31日
先日は仕事で成功してる友人からの電話に、なんか心がかき乱されちゃったけど、やっぱり今の私は恵まれていてシアワセこの上ない。とっても有り難いことなんだ。だって明日から香港旅行に行くんだけど、子供達が風邪引いただの、具合が悪いだのっていうのがないんだよ。これって有り難いことこの上なしだよ。 あんまりシアワセで、満足しているから、向上心っーもんが減ったね。昔は向上心の塊だったなぁ。それがあったから今の充足感が分かるのかも。 壱男がぐずって大泣きしてる時、これって有り難いのかも、なんて思う時がある。そう思ったからといって壱男が泣き止むワケじゃないけど。 なんか少しずつだけど、否定的な状況でも有難いって思えるよーになってきた。そうなるとどーなのよって言われると、ワカンナイんだけど。 向上心の塊だった時は、不幸せ感が強かったね。目の前の現実にいつも腹を立てていたなぁ。今も子供のことで腹立てているから、あんまり変わりないけど。 最近ね、お子さんのアトピーとかで悩んでいる母とか、困っている人に対する声掛けが変わったの。「後になって今の状況が笑い話になりますように」って、人の悩みに引きずられなくなった。ちょっとした変化。少しは淡々飄々としてきたかな。 自分の周りに劣等感が少ない人が結構いる、ってことにも気がついた。劣等感少ない人って、他人を羨むことが少なくて、自分にオーケーが出せてることが多いみたい。劣等感少ない人をまず一番にあげるとすると、この日記によく登場するババ友。そしてその娘、つまり壱男のお友達の母で私の園ママ友。この人達失礼な言い方だけど、学歴だの出身だのって全く大したことない人達で、それを飾ろうともしないし、卑下もしない。淡々飄々なんだ。他人に見栄張っちゃいそうな所にこれなんだ。単に飾らない人達っていうと簡単なんだけど、飾らない事だけって私は出来ない。必ず卑下入るもん。こういう人達とつながっていけばいいんだよね。 そういう目が開いたら結構いるもんなんだよ。実は長いこ と身近にいた人達なんだけどさ。 こういう人達って全然セレブじゃないけど、やっばり恵まれててシアワセそうだよ。まず人の悪口は言わないし、人のシアワセを素直に喜んでいる。無理な向上心もないなぁ。そう平凡な人って感じた゛ね。 こういう平凡な人達に前は一生懸命優越感持とうとしてた。で実際は彼等は全然私のことを羨ましがりはせず、私の徒労に終わった。彼等は他人なんか大して羨ましくないんだよ。自分にちゃんと満足出来る大人だったんだよ。 その平凡で自分の現実にちゃんと満足出来る大人に、やっと私もちかづけたらしい。う~ん、かなり遅めではあるけど。まぁ、有り難いとするかぁ~。先日は仕事で成功してる友人からの電話に、なんか心がかき乱されちゃったけど、やっぱり今の私は恵まれていてシアワセこの上ない。とっても有り難いことなんだ。だって明日から香港旅行に行くんだけど、子供達が風邪引いただの、具合が悪いだのっていうのがないんだよ。これって有り難いことこの上なしだよ。 あんまりシアワセで、満足しているから、向上心っーもんが減ったね。昔は向上心の塊だったなぁ。それがあったから今の充足感が分かるのかも。 壱男がぐずって大泣きしてる時、これって有り難いのかも、なんて思う時がある。そう思ったからといって壱男が泣き止むワケじゃないけど。 なんか少しずつだけど、否定的な状況でも有難いって思えるよーになってきた。そうなるとどーなのよって言われると、ワカンナイんだけど。 向上心の塊だった時は、不幸せ感が強かったね。目の前の現実にいつも腹を立てていたなぁ。今も子供のことで腹立てているから、あんまり変わりないけど。 最近ね、お子さんのアトピーとかで悩んでいる母とか、困っている人に対する声掛けが変わったの。「後になって今の状況が笑い話になりますように」って、人の悩みに引きずられなくなった。ちょっとした変化。少しは淡々飄々としてきたかな。 自分の周りに劣等感が少ない人が結構いる、ってことに も気がついた。劣等感少ない人って、他人を羨むことが少なくて、自分にオーケーが出せてることが多いみたい。劣等感少ない人をまず一番にあげるとすると、この日記によく登場するババ友。そしてその娘、つまり壱男のお友達の母で私の園ママ友。この人達失礼な言い方だけど、学歴だの出身だのって全く大したことない人達で、それを飾ろうともしないし、卑下もしない。淡々飄々なんだ。他人に見栄張っちゃいそうな所にこれなんだ。単に飾らない人達っていうと簡単なんだけど、飾らない事だけって私は出来ない。必ず卑下入るもん。こういう人達とつながっていけばいいんだよね。 そういう目が開いたら結構いるもんなんだよ。実は長いこと身近にいた人達なんだけどさ。 こういう人達って全然セレブじゃないけど、やっばり恵まれててシアワセそうだよ。まず人の悪口は言わないし、人のシアワセを素直に喜んでいる。無理な向上心もないなぁ。そう平凡な人って感じた゛ね。 こういう平凡な人達に前は一生懸命優越感持とうと してた。で実際は彼等は全然私のことを羨ましがりはせず、私の徒労に終わった。彼等は他人なんか大して羨ましくないんだよ。自分にちゃんと満足出来る大人だったんだよ。 その平凡で自分の現実にちゃんと満足出来る大人に、やっと私もちかづけたらしい。う~ん、かなり遅めではあるけど。まぁ、有り難いとするかぁ~。
2006年08月31日
壱男語録 バズラトリア/バズ・ライトイヤー しゃけこみじょうしゃ/駆け込み乗車 ○○ばち/○○橋 おしる/お昼 とえいくさくさせん/都営浅草線 だいこんむし/大根おろし 今日はめずらしい友人から電話があった。友人は15年以上も前に自己啓発セミナーで知り合った。ここでシングルファーザーのヒィレちゃんともここで知り合った。 友人はここ数年前に資格をとって、税理士として働いていたのは風の便りに知っていたけど、関連会社を従えて取締役になっているとは。 すごーい、と思うと同時に心がザワザワする。ジェラシーではない。劣等感て゛もない。私も何かしたいっていう焦燥感かなぁ。やっぱり私は何かしたがっているんだなぁ。 友人は来月講演会を共同で開く。そこにインテリア関連の人が集まるからと、私を誘ってくれたのだ。友人は私が仕事なんかしてないのも十分知ってい る。この 人も長い間専業主婦だった。 一度専業主婦をやると外に出ることに怖じ気づきやすい。仕事とか金儲けから、離れてしまうとチャンスから遠ざかってしまう気がする。主婦の世界にどっぷり浸かってしまうと、それはそれで居心地良いもんなんだ。 アビニョ~ンさんが前にしてくれた書き込み「建築にもどったら」に未だ返事が出来ない。建築に戻るのは正当なんだよね。いつか相談のってください。 結局私は自分の殻を出るのが怖いんだろうなぁ。 それにしてもデビュー数年で頭角現す人って増えたよね。
2006年08月14日
優越感っつうのが出てきた時は、実はそこに劣等感が隠れていると思うんだ。優越感って必ず相手を必要とする。誰かよりも自分はましとか、アタシの方が上とか。自分の劣等感を忘れさせてくれるような相手を選んで、一時的に劣等感を解消する行為だと思うんだ。 おもしろいんだけど、3歳の壱男にも優越感ってある。近所の同い年のけーちゃんに、壱男は優越感を感じている。自分の方が上って思っている。そのけーちゃんが最近オムツがハズレた。そのことがわかった時の壱男の焦った表情と来たらまぁ。それから壱男はパンツを嫌がりだした。優越感から劣等感に代わる一瞬。 優越感ってもろい。それは同じ性質の物だからだと思う。 それにしても壱男はなぜけーちゃんに優越感を持ったんだろうか。壱男とけーちゃんを比較した記憶はないなぁ。オトコの世界特有の強い者が勝ち、ってやつかなぁ。
2006年08月14日
ここの所夏風邪をひいて、ハナッタレ。今朝も大きなくしゃみ。そして出た言葉「有り難い」。風邪はカラダを緩め、そして調整してくれる。アタマではわかってても、有り難いと自然に口から出るには随分時間が掛かった。 それだけじゃなくて、私には有り難いと思うことがいっぱいある。亭主の現場が近くて、帰宅時間が比較的早いこと。これは小さい子供のいる家庭では、母は本当に助かる。 車の運転も毎日上達して、私の行動範囲は格段に広がった。以前は連れて行って貰わないと行けなかった場所にも行けるようになった。夢のよう。 子供達も元気だし。必要な物は何でも手に入るしね。パソコン壊れてもこうして更新出来るし。 もう充分幸せなんだなぁって思う瞬間が増えた。きっとこうしていても劣等感は無くならないだろうけどね。でも幸せならいいじゃないのって思う。後は壱男のゴネに有り難いって思えるといいかなぁ。
2006年08月14日
一人で運転に挑戦。しかも子供二人後ろに乗っけて。亭主から車庫出しは難しい、って聞いてはいたけど本当だった。 前に行ったり、後ろに下がったり、切り返すこと数回。一向にに車庫から出れない。何度となくエンジン止めて車を降りて思案。そして「また同じようになっちゃうよ。」と3歳の壱男。でもなんとか車庫出し完了。道を走り出してホッとした所で、交差点。信号機が黄色の点滅。うーん、行っていいものかわからない。しかも交番の前と来た。こういう時、降りて聞くワケにもいかない。と悩みながらも保育園到着。この間おしゃべりな壱男もさすがに無口だった。でも保育園での別れ際「おもしろかったから、また乗せてね。」と言った。一体何がおもしろかったと言うのだろうか。
2006年08月14日
メール更新中。 全くやれやれですワ。しかも毎日暑いと来たもんだ。 そんな中で、 ペーパードライバー教室無事終了。 規定だと所内2時間の路上3時間、計5時間(教習所によって異なる)なんだけど、さすが乗ってない歴20年ときたもんだから、所内3時間の路上2時間ってなったけど、終了で卒業。 そんでもって今日、都内を運転。 ウィンカーの代わりにワイパー出すこと数回。トップにギアを入れたつもりがセカンドに入って、エンジンを怒らせること数回。亭主の肝を冷やすこと多数。 それでもゴールドカード。 一級建築士に厳しくするよりアタシみたいなペーパードライバーに厳しくした方が世の中の為になると思うんだけど。
2006年08月14日
劣等感を私なりの解釈すると、「自分は人より劣っている。」という、思い込みであり、恐れの感情なんだと思う。 これは齋藤一人さんもそのCDで言っているけど、劣等感を持っている人は他人にバレるのが怖い、もっと言うと、なんに関しても劣等感を抱いているワケじゃないから、劣等感感じちゃっているものが他人に知れちゃうのがコワイ。 よく日常口にしちゃう「それって自信な~い。」、なんていうのは劣等感のうちには入ってなくって、それすら口に出せない、人に悟られたくない、っていうのが劣等感なんじゃないかと思う。 昨日も書いたけど、世に言うセレブだろうと金持ちだろうと、劣等感はある。っていうことに気がついてなんか気が楽になった。なんだ誰しもあるのかぁっていうんじゃなくて、他人と自分を比較しなけりゃ、劣等感とお別れ出来るじゃん!、劣等感の根拠ってないじゃん!、って思ったワケ。 人のやっていること、それからその人自身に向かって批判するっていうことがある。これも劣等感から来る場合がる。例えばずっと働く母に批判的だった私。これってジェラシーもあるけど、「今働く場所と仕事のない私」、「可処分所得の低い私」っていう劣等意識もある。だから「私は専業主婦です!。」って胸張って言えない。専業主婦に劣等だから。 これがさあ、私だけの問題じゃなくて、働くオンナと専業主婦っていう対立の源じゃないかと思うんだ。働くオンナが優越感持っちゃって、専業主婦が劣等感持っちゃう。ジェラシーは原動力になるくらいエネルギッシュだから、方向を間違うと批判、攻撃になる。ジェラシー感じる方が攻撃したり、優越感ある方が劣等感あるほうをからかったりしてさ。ここに対立が生じる。 でもどっちもおんなじさ。優越感持つ方もどこかに劣等感があるんだよ。そして劣等感持つ方は、優越感持ちたくてうずうずしているようなのに出会っちゃうと、なんにでも劣等感持つんだよ。電信柱が高いのも、ポストが赤いのも全部自分のおかげだ、エライだろ!って言いたいのと、あ~全部私のせいなんだぁっていうのがセットなんだよ。 ここでひとたび落ち着くとさあ、なんで働くオンナが優越意識持つワケ?。可処分所得が多いことに優越感持つのかな。可処分所得が多いのがエライことかよ!。それにそんなに人にひけらかす程のスンゴイ仕事してるオンナ、ついでにオトコも少ないよ。そんぐらいで根拠ないよ。そして劣等感を持っちゃう専業主婦のオンナ。こっちも根拠ないよ。優越感に恐れを感じて自分に劣等感を感じるだけだよ。 劣等感に根拠はないよ。あるのはただおびえて怖がっていて、それが人にバレるのがコワイ、そういう感情だけだよ。 お金持ちになったら劣等感から救われる、整形したら劣等感から救われる、資格を取ったら劣等感から救われる、学歴付けたら劣等感から救われる、最新情報を知っていたら劣等感から救われる、毎日友人と約束で埋まるようになったら劣等感から救われる、なんつーことはないんだよ。 「私は劣等じゃない。」って気がつけばいい。そしてお金持ちなりたきゃなって、整形美人になりたきゃなって、資格取りたきゃとって、学歴付けたきゃ付けて、最新情報満載になりたきゃなって、友人との約束で手帳が埋まるんなら埋まって、なりたい自分になったらいい。 「私は劣等じゃない」って気がついても、世の中はまだまだ女性差別あるし、優越感満たしたくてうずうずしているやつ、自分の劣等感のうさ晴らししたいやつ、そのいうのに出会う時はある。そしたら「この人の根底は劣等感なんだなぁ。」、って気がつくだけで相当こちらの傷は浅くなる。 だから私劣等意識やめます。誰がなんと言っても劣等じゃないです。かといって優越でもありません。優越って言うのは「誰かより優越」っていう意味で、必ず上下左右の区別がいる。これをやめます。でも過去の私より今の私が優越というより、優勢であり優位っていうのはある。 劣等意識をやめたらきっと随分と、本当に目の前にあることがクリアに見えると思うんだぁ。
2006年08月08日
劣等感の無い人なんていない、っていうか例え天才的に勉強が出来たとしても、もっと出来る人と比べられたり、超大金持ちに生まれようとも、もっと大金持ちと比べられたり、世界1の金持ちの家に生まれようとも、今度は貴族とか王族といった出身で比べられたり、自分の身の回りの環境;資格、学歴、資産、美貌、そんなものが整っていても劣等感は生まれる、っていうことに今日気がついた。 環境が整っていなくても、人と比べられなかったり、過剰な期待を寄せられなかった人、というのは劣等感は少ないのかもしれない。だから恵まれた環境というのは、金があることとか、物が豊富とかそういうことじゃないのかもしれない。「あなたがここにいてうれしい。」そんな人たちに囲まれる、自分もそういう風に人を受け入れられる、そういうことを言うのかもしれない。 私は会社を辞めて8年程経つけど、辞めてよかったとつくづく思っている。それは会社が劣等感の塊のような場所だから、とかそういうことじゃなくて、(劣等感2参照)当時強い劣等感を持った私には勤まりきらない場所だったから。 私が当時多少なりとも劣等感から解放されていたら、普通に話せばわかるようなことを怒鳴りつけてる上司や同僚に、「コイツ自分の問題で怒ってんだなあ。私に怒鳴ってウサ晴らしてんだなぁ。」って、自分と他人の区別が出来たと思う。 そして私を怒鳴ったAちゃん、今は二人きりで会おうとはしていない。集まりで会えば普通に話す程度、これでいいと思う。 敢えて劣等感を克服する為に、怒鳴りつけられることに耐え続ける必要など無いんだ。こういう変な人からは退散するのが必須。君子危うきに近寄らず。劣等感が強いと変な人かどうかの判断力を失うのがコワイよね。 齋藤一人さんの「地球を天国にするCD」は、とっても内容が深い。今日も何回も何回も聞いた。子供がいても「おじさんのCD」と呼んで一緒に聞く。そしてひとつ思いついた。 私は「人を楽にする」そういうお仕事してみようって。それがなんだかわっかんないけど。まあ今日はそれだけで満足。
2006年08月07日
齋藤一人さんの「地球が天国になる話」、これは劣等感についての本なんだけど、まあこれを読んでというかCD聞いて、ぼんやり過去のことを思い出した。 これはずっと前の嫌だった思い出。同級生のマンションに招かれて、もう一人の同級生と一緒に出掛けた。マンションの持ち主:Aちゃんはとってもキレイ好きで、買ったばっかりのマンションをとってもキレイに保っていた。 それでAちゃんともう一人の友人は供に料理が苦手で、その日の夕食は私が作ることになって、料理をしたんだけど、Aちゃんが料理が苦手で料理をしないもうひとつの理由に、その時の私はてんで気がついていなくて、私としては私の清潔感覚で料理を終えたつもりだったんだけど、それはAちゃんの感覚には及びもつかなくて、もう一人の友達を前にして、私はAちゃんに怒鳴りつけられた。 どういう言葉で怒鳴りつけられたかは忘れちゃったけど、要するに台所と台所用品をこんなに汚しちゃって!、みたいな内容でプンプンに怒っちゃった。Aちゃんは台所と台所用品が汚れるのが大嫌いだったんだ。 当然私は氷のように固まって、それと同時に恥ずかしくて、でも逃げるわけにもいかず、確か36歳くらいの頃だったから、なんでいい歳してこんな子供みたいに怒鳴りつけらるんだろう、って傷ついた。 そして翌朝も朝食の支度でやっぱりAちゃんに怒鳴りつけられた。帰り道すっかり意気消沈した私は、もう一人いた同級生にどうして怒鳴られちゃったんだろう!、って尋ねた。「riccaちゃんはAちゃんの嫌がることをしたからだよ。私は絶対しないから怒られない」。もうこの言葉で私は当分の間立ち上がれなかった。 建設会社に居た頃、私は随分と上司に怒鳴りつけられた。っていうか誰しもどこかで怒鳴られていたし、そういうもんだと思っていた。実際普通に話せばわかるような内容でも、怒声は飛んでいた。他人が怒鳴られているのを聞くのもつらかったけど、オトコの職場で働くっていうのは、自分が怒鳴られることも、他人が怒鳴られることも、気にしちゃあいけないことだって思っていた。 齋藤一人さんのCDのなかで、劣等感のある人っていうのは、普通に話せばわかるようなことを怒鳴って大声出すんだ、って言っている。自分の劣等感を晴らす為に、怒鳴って大声出すんだそうだ。 そしてその相手が必ず劣等感のある人なんだそうだ。 私を怒鳴ったAちゃんは、非常に神経質なキレイ好き。台所が汚れるのが嫌で料理もしない。この人も何か劣等感があるんだろう。 そして怒鳴られちゃった私、私は子供の頃は整理整頓が下手で、机や部屋は散散らかしで母親によくこう言われた。「お前の子供はお尻にいつもウンチやオシッコを付けているよ。」って。私は自分の清潔感に劣等感がある。つまり自信がない。 だからAちゃんに怒鳴られちゃうと、いとも簡単にそれを受け入れちゃって、Aちゃんの思うとおり「Aちゃんより不潔な私」、という序列にはまってしまった。今でもあの時どうAちゃんに反論すべきだったか考え及ばない。っていうかもうあの家には行きたくないし、Aちゃんとは親しくしたくない。 会社で怒鳴っていたオトコ達。なにがしかの劣等感があったんだと思う。そしてよく怒鳴られちゃった私。自分はオンナという劣等感があった。オンナはオトコに劣るというやつ。だから何か間違いをしでかしたら、オンナはオトコに怒鳴られても致し方ないと。 それと自分は出来が悪いという劣等感。物覚えが悪いという劣等感もある。これをして他人にその失敗を怒鳴りつけられても、やはり仕方あるまいと。 私が留学した理由のひとつに学歴の劣等感がある。建築なんて所詮は有名大学のどこそこ研究室出身、っていうのが最初のスタートを決めて、ほとんどそのままそれが続く。それはゼネコンの設計部とて同じ。学閥がある。私はこういうラインからまったく外れていたし、ましてオンナっていうのも外れていることだった。 会社に勤めていた頃は、劣等感との戦いだったといっても過言ではない。だから猛烈働いていたし、猛烈勉強もしていた。まあ興味と向上心もあったけど、劣等感も同じくらいあった。でもどんなに頑張っても下からドンドン学閥ラインに乗った、若いオトコが入って来ちゃうから、劣等感から逃れることは出来なかったなぁ。 今も当時の会社の人とほとんど付き合わないのは、劣等感を感じるからだと思う。建築に戻りたくないのも、劣等感を感じるからだと思う。サイテーな自分を見るのが恐い。それなら主婦でウチで威張っていた方がまし。まぁ、そんなところだな。 劣等感過多な私が救われたのは、この斉藤さんの一言。「アナタが劣等感を持ったのは、アナタを育てた人が未熟だったから。」。最初に私が劣等感を持ったのは、私自身のせいじゃなくて、親や先生周りの人のせい。でも持ち続けているのは私のせい。 私は建築も好きだし、絵を描いたり物を作るのが好き。でもその好きなことに劣等感がある。それは建築始めてからそうなった。でも不思議なことに、文章を書くことには劣等感がない。たぶんこの日記を書くまで文章書いたことがないから、劣等感を持つほどの傷を受けていないんだと思う。 今日はもう苦しいからここまで。
2006年08月06日
今日買った本。齋藤一人「地球が天国になる話」。CD2枚付。ひょうひょう淡々と語って書かれていますが、なかなか深い内容で、私の今の精神性ではとても紹介出来ません。もう少し進歩したらここにコメント書きたいです。ちなみに内容は劣等感について。 私を見たら劣等感なんて無いでしょう!、などとおっしゃる方がいるやもしれないけど、私は劣等感の塊。特に運動神経は0。視力もかなり悪い。学歴にも劣等感ある。お腹ポッコリ歴42年だし、にきびの跡あるしね。しみあるしね。上品な立ち居振る舞いとは程遠いしね。しゃべり下品だしね。オトコにもてないしね。枚挙にいとまなしだよ。 今教習所に通っているけど、相変わらず教習所の先生って感じ悪い、この感じ悪さが私に劣等感を感じさせる。「全く覚えが悪いんだから~!。なんでオレがオマエみたいなのに教えなきゃなんねーんだよ。」、って態度を平気でする。 で私はそれでなくても運動神経プッツンで、運転なんて苦手だからペーパードライバー暦20年でなるワケで、それなのに頑張って運転教わりに来ているのに、しかも亭主の稼いだお金を払って来ているのに、こういう態度でビクビク怯えながら、運転教わんなきゃならんワケ。 こういう教える側の態度が、一層私の運動神経鈍いっつー劣等感を刺激するワケよ。そうしてこんな私が習いにきちゃあまずかったかなあ、なんていう自己卑下にまで発展するワケ。これは行き過ぎだけど。 まあ私も42歳で、20歳の頃、見極めを先生にもらわなきゃなんない、っていう立場じゃないから、出来ないから教わりに来ている、出来ないから教わりたい、とまあ開き直ってはいる。けど狭いクルマの中で二人きり、しかも相手は機嫌の悪いオトコとなるとちとコワイよね。 齋藤一人さんの本は劣等感について書かれている。劣等感を自分が抱いてしまったのは、親や教師:自分を育てた人が未熟だったから。って珍しく人のせいにしている。 劣等感を感じるのはそういう未熟な自分の周りの人のせいなんだから、まず自分いじめをやめよう、そして他人に劣等感を抱かせるのはやめよう、そういう内容なんだ。 これ読んで初めてこの人に興味が湧いてきた。っていうかCD聞いてそうなった。なんかものすごく一生懸命しゃべってるんだ。CDの造りもちょっと雑なんだけど、内容は深そう。今の私じゃ捉えれらない。 今日は本当は自己満について書こうと思ったんだけど、書けなくなっちゃった。だからまた今度。毎日暑いけど、油モンでも食べてみんな頑張って乗り切ろう!。
2006年08月04日
もっと強くなろう。今朝はそう思った。強くのイメージはこんな感じ。否定的な話題はすぐに終了、否定的なことを見つけない。 前者は結構出来るようになった。例えばある時社宅の母がこんな話をした。「病院の待合室で、おとなしく待てない自分の子供を、廻りを顧ずひどい言葉で叱責していたのに遭遇して、思わず声を掛けてしまった。」という話。 私はこの会話は「子供も母も二人ともお気の毒ね。」、で打ち切った。私の一言に社宅の母はなにかはっとした感じだった。でも話を打ち切ってはくれない。それでもう一度同じことを言って、私だけこの話題はお終い。 よその子供にまで声掛けする、一見やさしそうで、思いやりあふれる社宅の母ではあるけど、この人は自分の子供を叱責罵倒する、そういう母を否定したいだけなんだ。そして自分自身を肯定したいんだよね。使っている言葉はやさしげだけどね。「なんでそんなこと言ううかなぁ。」とか、「子供がかわいそう。」って調子でね。 こういう場面に遭遇したら、自分に出来ることをしたらもうそれでお終いにしていい。わざわざ他人に話すことじゃない。言葉には力がある。だから私はさっきの一言でお終いにした。 後者は今取り組み中。このところ壱男は毎月のように、いろんなカタチで赤ちゃん返りをやっている。私は壱男の赤ちゃん返りはOK。もうやりたいだけやっちくれ。 壱男は5月は「ベビーカーに乗る 」って泣いて騒いで、丁度空いていた保育園の双子専用ベビーカーを借りて、2週間ほど毎日どこに行くにも弐女ちゃんと二人して乗った。そしてその後自分から「お兄ちゃんだからもう乗らない。」、と言って降りて行った。 そして7月に入って弐女ちゃんがハイハイするようになったら、当然のように壱男もハイハイしだした。私も「壱男赤ちゃん」と呼んでいる。本人はそれで大満足。 そして昨日、社宅の中庭でいつものように遊ばせていたら、弐女ちゃんが草むらに敷いていたレジャーマットから、ハイハイで出て砂場に行っちゃって、「まあ、いいっか。」と許したら今度は壱男が、「自分も裸足でハイハイしたい!。」って言い出した。これも 「まあ、いいっか。」で許した。 これを見て「どうしちゃったの?。」と社宅の母。「赤ちゃん返り。」と答えると、「いつも母と離れているからねぇ。」、「普段しっかりしているから尚更目につくねぇ。」、と好き勝手を言う。 この母たちの言葉に別にたいした意味はない。私が言葉尻を捉えて、「保育園に入れていることを批判されている。」とか、「赤ちゃん返りに否定的な考えをしている。」、などと言葉の裏を読まなければいいだけ。 こういう所に強くなりたい。小林正観流に表現するなら、どんな場面に遭遇しても、どんな言葉を掛けられても、淡々ひょうひょうと心乱されずにいたい。 最近子供達の病気で、病気でもない私が苦しんだのは、自分のこの点における弱さからきたこと。目の前のげんじつにを勝手に「否定」という色に染め上げて、自分で心配を作り、勝手に疲れて自信を失っただけ。 強い私で強い母になりたい。
2006年08月01日
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