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アイリーン・ルスティック「リッチランドRichland」元町映画館 朝起きたら、なんだか眩暈がしました。暑い暑い夏が始まっています。「ああ、これは見よう!」 そう思っていたドキュメンタリーですが、元町映画館、朝一番、10時30分のプログラムです。ああ、朝から暑い、何とかして‼ とか何とかぶつぶついいながら、なんとかたどり着いた元町映画館でした。 見たのはアイリーン・ルスティックという女性の監督の「リッチランド」というドキュメンタリー作品でした。猛暑のなかやってきて見たのですが、正解でした(笑)!! 映画製作者、まあ、アイリーン・ルスティック監督ですが、彼女のスタンスというか、世界に対する向き合い方に、少なからぬ共感を感じた作品でした。 ボクたちの世代は、個人個人の「核」をめぐる思考が、賛成か反対かという二項対立の中に飲み込まれた中で50年生きてきた世代といえるかもしれません。 ボク自身についていえば、少年時代に「核」の平和利用は夢でしたが、今では、たとえばチェルノブイリの事故をいろいろなニュースや書物で知り、先の震災でフクシマの原発の事故を目の当たりにし、「想定外」という、傲慢というか、無責任というか、少年時代に刷り込まれた「人類の進歩と調和」 という1970年の大阪万博のスローガンの底なし沼のような無根拠を照らし出したこの言葉を、何となくな、言い訳のための流行言葉にして私に責任はありません! とばかりに開きなおっている電力会社や経済優先主義者の姿に「アホか!?滅ぶぞ!」 と嘯くばかりの老人です。 で、映画です。 まず題名の「リッチランドRichland」です。アメリカの町の名前でした。解説をボクなりに要約してみます。 リッチランド ワシントン州ベントン郡の都市、人口は約6万人。先住民族が古くから住んでいた土地に1900年代に移住者が入ってくるようになってできた田舎町です。 「リッチランド」という地名は、当時の州議会議員ネルソン·リッチの名が由来だそうですが、1943年に核燃料生産拠点「ハンフォード·サイト」が設立され、あのマンハッタン計画に従事する労働者や家族が住む町として発展し、数百人だった住民は約25,000人に増加し、第二次世界大戦終結後も、冷戦による核燃料生産の需要増によってさらに発展したようです。 町の成立当初は、政府により住民との接触は制限され、陸軍が管轄した軍事都市で、取材とかも軍の承認を必要とし、土地や建物、インフラまでも政府が所有、管理していたそうですが、1957年に政府は土地と建物の権利を住民へと移譲し、外部のメディアと住民との接触の制限が解除さたそうです。 1987年、最後の生産用原子炉が閉鎖され、環境浄化技術の開発の町になり、現在もリッチランド住民の多くは、ハンフォード·サイトの浄化に関する仕事に従事しているそうです。 要するに、あの「マンハッタン計画」の原材料を生産していた軍事都市でした。で、今では、町周辺の核物質汚染の浄化が問題になっているようです。 で、ボクが一番驚いた! のはこれでした。 町の高校の校章です。 一目見て、わが目を疑うというか、絶句! でしたね。 映画の中では、この校章を巡って、高校生たちの議論があります。他にも、町の成り立ちや、核に対する考え方について、賛成、反対、否定、肯定、住民たちの意見がインタビューされています。浄化の作業に従事するボランティア、先住民の生活を受け継ぐ老人、その高校の教員だった人、様々な人が真摯にインタビューに答えています。高校生たちの議論も穏やかで、筋の通ったものでした。 この映画のすばらしさというか、ボクを納得させたよさは、そこにあると思いました。監督が住民たちのことばを聴きだすことができるポジションに立っているのです。おそらく、この映画を撮ることを可能にした監督の思想の深さがそこにあると思いました。 で、監督のプロフィールですがアイリーン・ルスティック イギリス生まれ、ボストン育ちのアメリカ人1世で女性です。両親はチャウシェスク政権下のルーマニアを政治亡命者として逃れてきた人。『リッチランド』以前にも、ご両親の人生を追った作品など、3作の長編を制作なさっているようです。現在は、カリフォルニア大学サンタクルーズ校で、映画およびデジタルメディア学教授として映画制作を教えいらっしゃるそうです。 監督が目指しているのは、二項対立によって思考停止、あるいは、考えるということが抑圧されている反知性主義の蔓延する社会に対する、「ちょっと待って!」 ですね。 この態度は、新自由主義の横行というのでしょうか、うまくいえませんが、損か得かですべてを判断しているかの現代社会において、文字通り画期的ですね。 町に住む老若男女の穏やかなダイヤローグ、意見交換を重ね合わせるように映し出していきながら、今を生きている人間の未来に対する責任を、静かに問いかけてきた映画の最後に不思議な「ファットマン」の映像がフワフワと浮かんでいるのが印象的でした。 ちなみに、最初のチラシの奇妙な写真が、その「ファットマン」です。広島出身の被爆三世のアーティスト川野ゆきよさんの「(折りたたむ)ファットマン」というインスタレーション作品だそうです。映画の最後に映し出されますが、彼女の祖母の着物をほどいた布を、自らの髪で縫い上げ、長崎に落とされた「ファットマン」の造形を実物大の大きさで形作った、ちょっと凧のような作品でした。まあ、これを見て、もう一度「核」について考えることを始めまてみませんか? 映画は、静かにそう呼び掛けているようにボクは感じました。拍手!監督・編集 アイリーン・ルスティック製作 アイリーン・ルスティック サラ・アーシャンボー撮影 ヘルキ・フランツェン2023年・93分・アメリカ原題「Richland」2024・07・20・no089・元町映画館no251追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.31
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ヤスミン・アフマド「細い目」元町映画館 ヤスミン・アフマド没後15年記念アンコール上映という企画が目にとまってやって来ました。で、上に貼ったのが没後10年、だから5年前のポスターです。写っているのが「細い目」のジェイキッドくんとオーキッドちゃんです。下に貼ったのは没後15年、今年のポスターです。で、下のポスターに写っているのが「タレンタイム」の主人公の二人です 全く知らなかったヤスミン・アフマドというマレーシアの女性監督の作品ですが、なんと、50代の若さで亡くなった彼女の、7月25日の今日が命日だそうで、入場カウンターで絵葉書が配られていました。 で、今日、見たのは「細い目」というラブ・ストーリーでした。高校生のオーキッドという少女と、同じ年ごろで、なんだか怪しい生活をしているジェイソンと名乗る中国系の青年の恋です。オーキッドちゃんは、マレー系でムスリムの裕福な家庭の少女ですが、香港の映画スター・金城武にあこがれている高校生です。 「細い目」という、まあ、けったいな題なのですが、元々の題名の「Sepet」というのは、どうも、マレー語らしいのですが、やっぱり、「細目」という意味らしくて、ジェイソンという、中国系の青年の目が細目だということからついている題のようです。ただ、それは、マレー系の人たちからの中国系の人に対する偏見のことばのようで、「彼らは、そういう顔をしている」 というような、もうそれだけで差別的なニュアンスが込められている呼び名のようなのでしたが、そのあたりがピンとこないボクにはなんだかよくわからない題名でした。 ようするに、映画は「禁じられた恋」のバリエーション ともいえる悲恋物語で、確かに若い二人には、ちょっとかわいそうすぎる結末ですが、とりあえず見終えたボクにとっては、言ってみればパターンでした。 で、帰り道、何となく腑に落ちないので歩きながら考えていて思ったのです。 実は、この映画の舞台であるマレーシアという社会に対する批判こそが、この監督の狙いだったんじゃないか。 まあ、そんなふうなことですが、マレーシアという社会が、言語、宗教、人種的アイデンティティの重層化している、所謂、多文化混交社会だということは、ボクでもなんとなく知っていましたが、そこには、おそらく歴史的に作り出されてきて常識化している、言語、宗教、人種相互の階層秩序あって、その常識の中で、新らしく育ってきた若い人たちは、あたかも逃れられない運命のように疎外されているということに対する批判が、この監督が描こうとしているドラマの根底にはあったんじゃないかということですね。実は、パターン通りのメロドラマなんかじゃない、社会派ドラマだったんやないか! まあ、そういうわけで、電車の窓から須磨の海とかを眺めながら、とりあえず、もう1本の「タレンタイム」を見てみましょう。 という結論に落ち着いて家路についたのでした。明日は「タレンタイム」最終日です。監督・脚本 ヤスミン・アフマド撮影 ロウ・スン・キョン編集 アファンディ・ジャマルデンキャストン・チューセン(ジェイソン)シャリファ・アマニ(オーキッド)ライナス・チュン(キョン)タン・メイ・リン(ジェイソンの母)ハリス・イスカンダル(オーキッドの父)アイダ・ネリナ(オーキッドの母)アディバ・ヌール(お手伝いさんヤム)2004年・107分・マレーシア原題「Sepet」2024・07・25・no092・元町映画館no252追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.30
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原武史「最終列車」(講談社) 毎日のように電車に乗って出かけています。「ひょっとしたら、そっちの方がお得なのではないか?!」 まあ、そんなことを思いついて、2024年の4月に最寄りの垂水駅から元町駅まで通勤定期を購入した結果です。半分は面白がりのなせる業なのですが、決まった勤め先もなくなって10年近く経つサンデー毎日の暮らしで、雨とか降るとお出かけの意欲が失せる老人が、定期券を「お得」を目的に利用するのは、思いのほか難行です。 で、ここのところ、その、お得実践のための電車の中で読んでいるのが原武史の「最終列車」(講談社)です。乗り物に乗るから乗り物の本というわけではありません。原武史は、まあ、ユニークな「天皇論」で人気のある政治学者ですが、鉄道マニアとしても、たとえば、「鉄道ひとつばなし」(講談社現代新書)が1~3のシリーズで出ているように、かなりな方です。 ボクは、用もないのに、わざわざ用を作って電車に乗っている老人ですが、まあ、どうせ乗るなら先頭車両の運転手が見える補助席とかに座りたがる ところに、その傾向の片りんを見る人もいるのかもしれませんが、けっして、鉄道マニアではありません。 だから、この方とか、宮脇俊三、古くは内田百閒とかの鉄道ばなしは、敬して遠ざけてきたのですが、実は、原武史が講談社のPR雑誌「本」に、多分、20年近く連載していらっしゃった「鉄道ひとつばなし」が、「本」の休刊にともなってオシマイになってしまったことや、その連載の原稿で単行本になっていなかったのを、「最終列車」という名前で出版されていたことは、薄々知っていました。 で、その「最終列車」が、なじみの古書店の棚に100円で鎮座していらっしゃったのを見つけて、思わず、ちょっと可哀そうにになって買ってしまったというわけです。決して、鉄道マニアだから買ったのではありません。 下に目次を貼っておきますが、60本を越えるエッセイが収められています。当たり前ですが、とりあえずみんな鉄道の話です。だから、まあ、そっち方面の方への案内の必要はありません。しかし、 村上春樹の長編小説「1Q84」(新潮社)には、御嶽に近い二俣尾(ふたまたお)という青梅線の無人駅が出てくる。その近くに戎野という元大学教授が、毛沢東思想を信奉し、コミューンをつくった深田保という元同僚の娘と一緒に住んでいる。山村工作隊を文学に取り込んだ作品といえなくもない。(「鉄路の空間政治学」JR青梅線と山村工作隊P108) と、まあ、こういうことが、ときどき書いてあったりして、「おっと!」 と思うこともあるのです(笑)。まあ、そういうこともありますよというにすぎませんが、お暇ならいかがでしょうかね(笑)。目次はじめに──経世済民としての鉄道菊と鉄道駅と西武と鉄路の空間政治学年々歳々列車はなにを運ぶのか?鉄道と私コロナと鉄道あとがき 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.29
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「夕顔、咲きました!」 ベランダだより 2024年7月24日(水) ベランダあたり 暑い暑い日が続いています。寒暖計をのぞく気も失せた午後のことでした。「ちょっと、カメラ貸してね。」「どうしたん?」「夕顔よ!夕顔が咲いたわよ!」 お昼寝をしていたはずのチッチキ夫人がベランダで叫んでいます。 暑い、暑い、夏なのにクーラーもない団地のベランダです。「唐辛子がなってるやん。」「この唐辛子辛いのよ。昨日の夜食べたでしょ。」「???」 一輪だけ咲いた夕顔と辛い唐辛子です。 ちょっと、涼しい気分です。気分だけですけど(笑)。 撮り終えたスマホをいじっていると、ミカン畑、ああ、ベランダの植木鉢の、ですよ、が写っています。「あのー、このミカン畑、なんかいるの?」「チガウ、チガウ、今年三回目の芽吹きよ!」「ああ、もう、みんな蝶々になったし、か?」「そうそう、お水さえ上げてれば、暑いのは平気なのよミカンの木は。」 毎年のことです。そのうち、巣立ったアゲハが舞い戻ってきて、秋口には、またはげ山になるミカン畑でした。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.28
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アリーチェ・ロルバケル「墓泥棒と失われた女神」シネリーブル神戸 あの、唐突ですが、映画を見終えてふと村上春樹の小説世界のことが浮かんだんです。村上春樹が「地下二階」をテーマにしていることはよく話題になるところなのですが、今回見たアリーチェ・ロルバケルという監督さんの作品も、愛がどうのとか、意識がどうのという前に、人間にとっての地下二階、まあ、意識でいえば無意識の部分、存在としていえば時間を無化させるあたりに焦点が当たっているようで、生活的なリアルを前提に見ていると、山場にさしかかったあたりで「なんで?なんで?」 連発になってしまって、自分が面白がっていたのが何だったのかわからなくなってしまうのですね。前に見た「幸福なラザロ」もそうでしたが、今回の「墓泥棒と失われた女神」もそうでしたね。 見終えてなんやこれ?という不可解! 不愉快ではなくて不可解! にとらわれてしまったのでした。 もっとも、帰ってきて調べてみると、原題が「La chimera」、だから「キマイラ」ですからね。墓の奥とこっちの世界が重ね合わされていて当然なわけで、霊感墓泥棒のアーサー君は、あっちに行ったり、こっちに帰ったりして当然! なわけでした(笑)。 不可解ながらも、世界の多層的というか、重層性というかの、深さを暗示されて納得!でした。拍手! アリーチェ・ロルバケルは1981年生まれの女性監督ですが、イタリア映画に対する思い入れも半端ではないらしく、いきなりフェリーニを思わせる大女の登場!(笑) といい、オルミの「木靴の樹」を彷彿とさせるような木下闇・・・ のシーンといい、泥棒たちのキャラクターがいかにもイタリア映画と感じさせるあたりといい、着想も映像も面白い人ですね。 ノンキでわかりやすくて安心な世界にへたり込みたがっている、ここのところの自分自身の安直さを笑うかの不可解が心地よい映画! でした。監督に拍手!ですね。監督・脚本 アリーチェ・ロルバケル撮影 エレーヌ・ルバール美術 エミータ・フリガート衣装 ロレダーナ・ブシェーミ編集 ネリー・ケティエキャストジョシュ・オコナー(アーサー)イザベラ・ロッセリーニ(フローラ)コアルバ・ロルバケル(スパルタ)ビンチェンツォ・ネモラート(ピッロ)カロル・ドゥアルテ(イタリア)2023年・131分・G・イタリア・フランス・スイス合作原題「La chimera」2024・07・21・no090・シネリーブル神戸no256追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.27
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「ここは羅城門跡!」 徘徊日記 2024年7月7日(日) 京都駅あたり 実は、2024年の7月7日の日曜日の今日、京都駅のレストランで50年来の友達と会うということになって、「そうだ、あそこに寄ってみよう!」 と思いついた目的地は、東寺の五重塔とか伏見稲荷の御旅所ではなくて、ここでした。 そうです、芥川龍之介が「羅生門」という小説で舞台にした、正式には平安京の南の大門、羅城門の跡地です。 あまりの暑さにスマホが発熱して写真はほとんどありません(笑)。何はともあれ、公園の隅にあったベンチに座って一服です。さっき買った清涼飲料水のペットボトルも、もう、ぬるくなっていました(笑)。 何の変哲もない小さな公園に羅城門遺跡という石碑が建っているだけです。まあ、その石碑が確認できただけのことなのです。 誰もいないと思っていたのですが、相客がいらっしゃいました。立派な一眼レフカメラで石碑や周辺を撮っていらっしゃって、日よけの帽子を目深にかぶった風情はプロのカメラマンです。男性だとばかり思って、ボンヤリ眺めていると、帽子をとって笑顔でご挨拶していただきました。「京都は、やはり、暑いですね。」「はい、えっ、どちらから?ああ、ボクは神戸です。」「東京です。」 笑顔の主は女性でした。東京で小学校の教員をなさっていたらしいのですが、退職なさって、今日は地図を片手に西寺跡地とか、羅城門跡とか、あんまり人が集まらない京都を巡っていらっしゃるようでした。 もう、お顔もイメージしか浮かんできませんが、文字通り、一期一会でしたね。こういう、ホッとする出会いもあるのです。暑くて、我ながらなにしてるんだ! の徘徊だったのですが、来てよかったですね。 もと、小学校のセンセーとお別れして、来た道を引き返して東寺のお堀まで帰ってきました。オヤ? お堀の向うに何かいますね。 サギですね。まあ、京都ですからね、やっぱり五位鷺でしょうかね(笑)。ちょっとピンボケですがアップしてみますね。 あんまり、人相の、いや、鳥相かな、のよくない鳥ですね。 お堀の、今度は東の端から、もう一度、五重塔を見上げてパチリです。西日が強く射していて逆光です。 で、九条通りを近鉄の東寺駅まで東に歩いて、一駅ですが、近鉄に乗るのも久しぶりでした。無事、京都駅に帰り着きました。 伊勢丹ビルとかの9階だかにある、おばんざいのお店です。 ここでも、東京からやってきた懐かしい友達が「なんや、シマクマくん、ウロウロしてたんかいな?ボクは奈良の友だちんとこやってん。」 と、50年前と同じ大阪弁の笑顔で迎えてくれました。窓から見えるのはこの風景でした。 ここからは、言わずもがなの・・・・、みんな元気でした。旧友再会! いいものですね(笑)にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.26
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筒井功「縄文語への道」(河出書房新社) 市民図書館の新入荷の棚で見つけたのが、ほぼ半年前のことで、「縄文語?そんな時代に言葉があったのか?いや、縄文人だって・・・。」 まあ、そういう、なんだこれ? で借り出して、どなたも予約をお入れにならないのをいいことに、半年がかり、繰り返し借り出して、ようやく読み終えました(笑)。 著者の筒井功さんは1944年生まれ、元々は共同通信とかの記者をなさっていた方のようですが、78歳の民俗学者です。 本書は、一好事家による地名論である。内容には結構ややこしいところがあり、どれだけの方に迎えられるか疑わしい。 「おわりに」に記された著者自身のことばですが、「はい、結構ややこしかったですが、「アオ」から始まって、朝鮮古語、アイヌ語、琉球語へと進んでいく調査と推理はなかなかスリリングんで、手間はかかりましたが面白く読み終えましたよ。地名を追いかけて、いやー、大変な努力というか、さすが民俗学、旅の記録でしたね。」 というのが、ボクの感想でした(笑)。 筒井さんによれば、アオ(青)、アワ(淡)、クシ(串、櫛)、ミ(三)、ミミ(耳)の五語は確実に縄文語である らしいのですが、特に、アオ(青)を追った第1章から第3章が面白いですね。 文字記録のない縄文時代の「ことば」が、いかに「地名」に残されていったか! という論旨にはかなりな説得力を感じましたが、いかがでしょうね。 一応、目次をあげておきます。目次第1章 青木、青島と縄文時代の葬地第2章 弥生・古墳時代の葬地とアオ地名第3章 青島を訪ねて第4章 「クシ」の語には岬の意味がある第5章 縄文時代に列島へ渡来した民族の言葉だった第6章 クシと家船と蛋民第7章 「耳」は、なぜ尊称とされていたか第8章 ミ(御)の語源は数詞の「三」である第9章 縄文語の輪郭 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.25
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「京都の五重の塔といえば、ここ、東寺!」 徘徊日記 2024年7月7日(日)京都駅あたり 京都にやってきています。50年以来の友達と京都駅のレストランで待ち合わせです。約束の時刻は午後5時ですが、明石で乗った新快速を降りてみるとまだ1時間余りあります。 「そうだ、あそこ行って見よう!」 そう思いついて、八条口を出ました。久しぶりです。 トコトコ、のそのそ、西に向かって歩いて伏見稲荷の御旅所とかを通過して、たどり着いたのが東寺です。 もちろん、炎天下! です。 境内に入ると講堂がありました。日本語をしゃべる老人カップルと、中国語をしゃべる家族連れが主な拝観者ですが、境内に入るのは無料でした。 で、こちらが金堂。 少し、戻りますが、講堂の前に蓮池があって、その蓮の花が咲き始めていました。 ところが、ご覧のように、花に焦点というか、ピントというかがあった写真がほとんどありません。炎天下で、老眼のシマクマ君にはスマホの画面がよく見えないということに加えて、スマホの温度が上がりすぎてカメラとして作動しなくなっていたのです。 で、まあ、適当にシャッターをタッチした結果、写っていたのが、池の仕切りというか、足場というかあたりにいた鴨でした。蓮池にカモです。 で、このころから暑さも、さらに盛りあがってきて、で、トラブル続出です。なんと、スマホが全くいうことをききません。熱いんだそうです。カメラ出来ません! とかなんとか、文句を言っています。画面に、よく見えない文字が出るだけですけど(笑)。 あわてて、いつもは買うことのない自動販売機の冷えたジュースを買って、スマホの額に当ててやりました。やっぱり、うんともすんともいいません。 蓮池の近所に水道の蛇口があったので、まあ、スマホをそのまま水に浸けるのはヤバそうなのでタオルのハンカチを濡らして絞って、包んであげました。暫くして、ようやく機能をおもいだしたようで、撮れていたのがこの蓮池の写真です。トホホ・・・。 で、九条通りに面した、多分こちらが正門というところに、ようやく、たどりつきました。門の日陰ではアジア系、ヨーロッパ系、まあ、ホントはよくわかりませんが、結構、たくさんの、多分、外人さんが座り込んでいらっしゃいました。あまりの暑さにギブアップ! のご様子でしたよ。 門を出たところに教王護国寺の石碑です。古い話ですが、受験勉強で覚えた気がします。隣には、まあ、お寺といえばこれという「今日のことば」です。 これって、お坊さんのことばでしたかね?聞いたような気がするので調べると与謝野晶子の名前とか出てくるのですが。 なんか、青空に五重塔がすがすがしいというか、涼し気というか、もっとも、雲一つないわけで、とんでもない暑さです。 にもかかわらず、今日、「そうだ、あそこ行って見よう!」 と思いついたのは、このお寺ではないのですよね。もう少し西にある小さな公園ですね。というわけで。猛暑の中、東寺のお堀沿いを西に歩いて、もう少し徘徊いします。じゃあね(笑)にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.24
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リュ・スンワン「密輸 1970」キノシネマ神戸国際 神戸のシネリーブルに置いてある他の映画館のチラシで知ってやって来ました。見たのは、キノシネマ神戸国際の朝一番のプログラム、リュ・スンワン監督の「密輸 1970」でした。 ボクが映画を見始めたのが1970年代の中盤、大学生になってからなのですが、あの当時の、いわゆるB 級・犯罪・アクション映画の空気感を満喫できた上に、ジョーズですからね。イヤー、納得して、大笑いでした(笑) チラシのコピーはこうです。平凡な海女×カリスマ密輸王×野心家のチンピラ×鬼の税関&サメ! で、ボクが、まあ、大喜びしたのは&サメ! でしたね(笑)。 平凡な海女の手を食いちぎるサメ、まさに、あのジョーズの再来! ですが、最後はチンピラを丸呑みですからね(笑)。 ついでに、もう一つ、カリスマ密輸王であるクォン軍曹は、ベトナム帰り、70年代ですねえ! で、演じているチョ・インソンという俳優さんは、登場人物の中で、ただ一人の、ちょっと男前なのですが、最初、冷酷無情、ニヒルなワルとして登場して、ふーん? と感心していたのも、つかの間、目立ちたがりのチンピラくんにあっけなくやられて、なんや、こいつ?顔だけかよ! とガッカリしていると、とどのつまりには生き延びていて、ダイヤの海苔巻きかなんか食べさせてもらっているんですよね。いや、ホント、笑えますよ。 サメくんと、5人だか、6人だか出てくる、これが70年代という懐かしきスタイルの海女さんたちに、まず、拍手!でした。 ああ、それから、韓国歌謡なんて全く知らないのですが、都はるみを思わせる、だから、まあ、演歌ですよね、それが、BGMとして次々に流れるのもよかったですね。 原題は「Smugglers」ですから、ただの「密輸」なのですが、邦題では1970がついているのは何故なのでしょうね。 まあ、ボクなんかは20代の、懐かしさいっぱいの雰囲気が満ちていて、たとえば、密輸品の電化製品のメーカーの名前を見て笑いながらも、思わず50年の年月を感じながら、仕込まれている笑いネタのしたたかさ! のようなものを感じたのですが、日本の若い人にはわからないということなのでしょうね。だって、ジョーズって、70年代そのものでしょ! ウーン、そんなふうに思うのは、ジジーだけか?監督 リュ・スンワン脚本 リュ・スンワン キム・ジョンヨン チェ・チャウォン撮影 チェ・ヨンファンキャストキム・ヘス(チュンジャ)ヨム・ジョンア(ジンスク)チョ・インソン(クォン軍曹)パク・ジョンミン(ドリ)キム・ジョンス(ジャンチュン)コ・ミンシ(オップン)2023年・129分・G・韓国原題「Smugglers」2024・07・22・no091・キノシネマ神戸国際no11追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.23
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グレッグ・バーランティ「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン Fly Me to the Moon 」109シネマズハット 題名に惹かれてやって来ました。フランク・シナトラが歌っていたジャズの名曲です。 で、映画は、アポロ11にまつわるフェイク・ネタの謎解きで、真実はいかに? と、まあ、ハラハラドキドキの展開なのですが、実は希代のウソつき女と頭のてっぺんからつま先まで真実の塊のような実直男のラブ・ストーリー(笑) で、これが、なかなかよかったのでした(笑)。 映画が描いている時代は1969年、舞台はNASAのケネディ宇宙センターです。ボクの記憶では「ケープ・ケネディ」でしたが、フロリダあたりのあっこです。まず、J・F・ケネディがWe choose to go to the Moon! と演説する実写フィルムが画面に流れるところから始まりました。 そのなつかしいシーンを見て、オー! でした。 ボクはこの演説の1961年の実況は知りませんが、1960年代の後半から、アポロ11の月面着陸時の1969年あたりまでの数年間、天体望遠鏡に夢中の中学生で、当然のことながらアメリカのアポロ計画にも夢中でした。 だからでしょうね、この映画を見ていて、妙な既視感がつきまとって、サターン・ロケットの発射台での雄姿と、発射の瞬間の実写フィルムには、まあ、なんというか、ワクワクを越えた感動が湧き上がってきたのでした!(笑) で、映画では月面活動のフェイクネタで展開するわけですから、「おいおい、それはないやろ!」 だったわけですが、ラストシーンを見て、なんというか心底「ホ!」 でしたね。(笑) 人類初の月面踏破を35億人相手に、アメリカの広告フィルム化しようという嘘つき女ケリーを操るのが、時の大統領、あのニクソンの子分モー・ブルクスという秘密エージェント、まあ、謎の男ですが、演じているのがこの写真の方、ウッディ・ハレルソンでした。「スリー・ビルボード」という映画で町の警察署長だった人です。インチキないい味! は相変わらずでしたね(笑)拍手! まあ、でも、この映画はケリーを演じているスカーレット・ヨハンソンの演技というか、存在感につきますね。拍手! あれから、半世紀以上の年月が流れましたが、J・F・ケネディはもちろんですが、R・ニクソンも90年代の終わりに亡くなりました。アームストロング船長のThat's one small step for a man,one giant leap for mankind. という言葉で始まった月世界探検ですが、どうなったんでしょうね(笑)。ああ、アームストロング船長も10年ほど前になくったそうです。 ところで、月面に立ったことのある人類は12人! みんなアメリカの宇宙飛行士です。ご存知でしたか? 1969年当時、宇宙少年だった中学生は、やがて、米ソのICBM競争が、あそこから始まっていたことに気付いて宇宙への関心を失いました。にもかかわらず、映画の中でカウントダウンの声が聴こえてきてロケットが強大な火炎を噴射しながら、徐々に浮き上がっていくシーンに釘付けになるのは、いったいどうしてでしょうね。監督 グレッグ・バーランティ原案 ビル・カースタイン キーナン・フリン脚本 ローズ・ギルロイ撮影 ダリウス・ウォルスキー衣装 メアリー・ゾフレス編集 ハリー・ジエルジャン音楽 ダニエル・ペンバートンキャストスカーレット・ヨハンソン(ケリー・ジョーンズ:嘘つき女)チャニング・テイタム(コール・デイヴィス:実直男)ウッディ・ハレルソン(モー・ブルクス:嘘つき男)ジム・ラッシュ(ランス・ヴェスパータイン:実直男2)アンナ・ガルシア(ルビー:ケリーの秘書)ドナルド・エリース・ワトキンズノア・ロビンズコリン・ウッデルクリスチャン・ズーバーニック・ディレンバーグレイ・ロマノ2024年・132分・G・アメリカ原題「Fly Me to the Moon」2024・07・19・no088・109シネマズハットno46追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.22
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「あら!また咲いたわよ!」 ベランダだより 2024年7月19日(金) ベランダあたり 実は、咲いたのは7月18日(木)の宵でした。「咲いたわよ!二つ咲いてる。両手に花よ。」「手か、これ?」「ねぇ、やっぱりお月さんの夜に咲くのよ!」「満月ちゃうで。」「ええねん、そこは。悟空が、お月さんの夜に変身するやん!」「悟空て?」「ドラゴンボールやん!」 なんか、わけわからんことをベランダで叫んでいる人がいます。 今年になって、6月に続いて二度目の開花です。 いつまでたってもスマホのカメラの扱いになれないのでうまく撮れません。 夜が明けて、夏の朝日の中で輝くように咲いていました。 ベランダの床に映っている影の様子が夏ですね。ホント、夏の朝です。ここのところ、晴れると日中は猛暑です。 実は、神戸の郊外の団地暮らしですが、何故かクーラーがありません。窓から吹き込む風と扇風機だのみ! そのことを知人に話すと、聞いた人は全員ドン引きします(笑)。 さて、2024年も、いよいよ、本格的な夏の到来ですが、果たして、クーラーなしでのりきれるのでしょうか?(笑) ついでです。玄関を出ると、こんな花が満開でした。ウーン、でも、やっぱり暑いですね(笑)。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.21
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竹内康浩・朴舜起「謎ときサリンジャー」(新潮選書) 何故だか、今時、サリンジャー? なのですが、2023年の秋あたりから、ボクのなかではブームです。 で、今日の案内は、竹内康浩という、北大の研究者のようですが、まあ、その方が朴舜起という、博士課程あたりの若い方と連名で出されている新潮選書、「謎ときサリンジャー」です。 新潮選書といえば、かつて、まあ、今でも読めますが、江川卓というロシア文学者による「謎解き罪と罰」をはじめとするドストエフスキーの謎解きシリーズがウケたことがありますが、市民図書館の棚で、本書の表紙を見て「ああ、あれだな。」 と思って借りてきました。 このタイプの評論は、「読んでから読む」についていえば、原作を読んでからなぞ解きを読むでないとあんまりぴんと来ないわけですが、本書もそうでしたね。 というわけで、サリンジャー好きやねん! の人向けです。 ちなみに、J・D・サリンジャーは、1919年生まれで、兵学校とかを何とか卒業して、第二次世界大戦でヨーロッパ戦線に従軍し、帰還した後、1950年の「ライ麦畑でつかまえて」で、一躍人気作家になりましたが、1965年、「ハプワース16、一九二四」という作品を最後に筆を折り、2010年に亡くなるまで、40年以上隠遁生活を続け、沈黙を守った人です。 邦訳されいる作品しか知りませんが、野崎孝の訳で「ライ麦畑でつかまえて」(白水社)が1964年に出て、その後、「ナイン・ストーリーズ」(新潮文庫)・「フラニーとゾーイー」(新潮文庫)・「大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-」(新潮文庫)が出ていて、つい最近、金原瑞人の訳で「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年」(新潮社)・「彼女の思い出/逆さまの森」(新潮社)という短編集が出ましたが、それですべてだと思います。 まあ、村上春樹が新訳を出して話題になったり、最近も、柴田元幸の「ナイン・ストーリーズ」の新訳が河出文庫になったりして、何故か、話題には事欠かないのですが、作品数は、案外、少なくて、その気になればすぐに読むことができます。 発表されている小説の内容は「ライ麦畑」の主人公だったホールデン・コールフィールドの家族を描いた数編の短編と、「フラニーとゾーイー」で有名ですが、長兄のシーモアから末っ子のフラニーまでの7人兄妹と、アイルランド系の母ベシーとユダヤ系の父レスのグラス家の家族の物語、所謂、グラス・サーガの、ほぼ、二種類です。で、なにが謎なのか? ようやく、今回の「謎ときサリンジャー」にもどってきましたが、 「バナナフィッシュにうってつけの日」というあまりにも有名なJ・D・サリンジャーの作品は、一発の銃声で締めくくられる。 フロリダのビーチで少女と戯れながら、海中のバナナ穴でバナナを食べてバナナ熱で死んでしまう奇怪な魚バナナフィッシュの話をする若い男=シーモア・グラス。サリンジャーが後に書き継ぐことになる〈グラス家のサーガ(物語)〉の最初の一篇となるこの物語で、男は妻と休暇を楽しんでいたはずだった。まだ三十一歳。だがリゾートホテルの一室で、突然、自分の頭を拳銃で撃ち抜いてしまう。 しかし、それは本当に自殺だったのだろうか — 。 本書はこのような問いからはじまる。 と、本書の冒頭で竹内先生はおっしゃっています。 まあ、わかったような、わからないような問いの設定なのですが、ちょっと付け加えると、「バナナフィッシュにうってつけの日」という作品は「ナイン・ストーリーズ」という初期短編集に収められていて、書き手として登場するのは次男のバディ・グラスです。後の作品群も同じ人物が書き手として設定されているといっていいのですが、最近出版された「ハプワース16、1924年」という作品が、まあ、サリンジャーによって一番最後にかかれた〈グラス・サーガ〉なのですが、そこで、シーモアは7歳です。作品は、後に作家になったバディが、確か、母の戸棚から出てきたシーモアの手紙を写しているという設定でした。 〈グラス・サーガ〉という作品群の特徴は、発表順に読んでいくと、最初の作品で自殺したシーモアが、だんだん若くなっていきます。とりあえず、ボクのような読み手が引っかかるのは、そういう書き方なのですが、本書の著者グループは、そこで、「その時、シーモアはホントに死んだのか?」 と問いを立てることで、サリンジャーという作家の「正体」 に迫ろうとしていて、なかなかスリリングでした。 お好きな人は気づいておられると思うのですが、「ないのにある、あるのにない」、「同じなのに別で、別なのに同じ」、 なんだこりゃ? が、グラスサーガだけではなくてライ麦畑にも、結構、転がっているんですよね。そのあたりを嗅いでいくと・・・(笑)。 まあ、そこから先はサリンジャー好きやねん! の人にお任せしますね(笑)。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.20
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マリー・アマシュケリ「クレオの夏休み」シネリーブル神戸 予告編で、主人公らしい女の子のあどけなさにつられてやって来ました。マリー・アマシュケリというフランスの若い監督の、邦題が「クレオの夏休み」、多分、フランス語の原題が「Ama Gloria」という作品でした。 邦題では「クレオ」という、小学校1年生くらいの女の子が主人公として、まあ、抜擢されているのですが、フランス語の題では、アフリカの島国から出稼ぎに来て、母親のいないクレオの子守の仕事をしてきたグロリアという女性が主人公のようで、見終えた感想は、やっぱり、主人公はグロリアだった! と思いました。 「Ama」という言葉は、多分、フランス語で「母」、「子守」、「乳母」という、まあ、どれでも同じだという感覚の人には、大した差はないでしょうが、やはり、それぞれ、チガウでしょ! という多義性を感じさせる言葉で、その多義性を支えている「母」性について、なんとか、子供の社会性、年齢、性別、母である女性の経済的条件、と、様々な角度をつけて描こうと苦労していた作品だったと思います。 母国で、自分の「子ども」たちの世話を任せていた母の、子供たちには祖母の死によって、出稼ぎから帰国を余儀なくされた女性グロリアを訪ねて、フランスから、アフリカの島国まで、まだ、6歳の女の子が、たった一人でやって来るという、いわば「母恋物語」で、そこを焦点化した邦題のつけ方は、いかにも、この国の蓮っ葉さを感じさせるのですが、まあ、それにもまして、「この子のあどけなさで客を呼びたい!」と、きっと考えただろうなと思わせるクレオ役のルイーズ・モーロワ=パンザニちゃんの、振舞いも、表情も、同じ年ごろのオチビさんたちがいる老人にはまあ、これで十分!(笑)でした(笑)。いや、はや、拍手!でしたね(笑)。 まあ、映画の作り手は、自分の子供の世話をすることができず、実の子供からは「母」であることを否定され、仕事で出逢った子供には「母」だと頼られるという矛盾を体験しながらも、出稼ぎで稼ぐことで家計を支えるほかに方法がない経済的・社会的条件の中で生きている女性の、まあ、分厚さを、たぶん描きたかったのだろうと思います。で、グロリアを演じたイルサ・モレノ・ゼーゴの、哀しくも、大らかな「母」性の表現は、抑制のきいたいい演技だったと思いました。拍手!ですね。 結果的には、クレオの成長譚! ということだったと思うのですが、この子に、そうはいっても、フランスに帰って、明日から、おカーちゃんのいない生活が待っているのは、やっぱり可哀そうだなあ・・・。 と、ラストシーンを見ながらジジイは感じたのでした。監督 マリー・アマシュケリ脚本 マリー・アマシュケリ ポーリーヌ・ゲナ撮影 イネス・タバラン編集 スザナ・ペドロ音楽 ファニー・マルタンアニメーション アリー・アマシュケリ ピエール=エマニュエル・リエキャストルイーズ・モーロワ=パンザニ(クレオ)イルサ・モレノ・ゼーゴ(グロリア)アルノー・ルボチーニ(アルノ―)アブナラ・ゴメス・バレーラ(ナンダ)フレディ・ゴメス・タバレス(セザール)ドミンゴス・ボルゼス・アルメイダ(ヨアキン)2023年・83分・G・フランス原題「Ama Gloria」2024・07・16・no087・シネリーブル神戸no255追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.19
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芥川龍之介「羅生門」(岩波文庫) 大岡玲「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」(日刊ゲンダイ)より 2024年の7月7日(日)、ハイ、七夕の日ですが、炎天下の京都にやってきてここを訪ねました。なんで、ここに来たのかということですが、先だって読書案内した大岡玲の「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」(日刊ゲンダイ)という書評集を読んでいて、こんな文章に出逢ったからです。芥川が今昔を題材に小説を書いた理由に思いを馳せる「羅生門・鼻・芋粥・偸盗」(岩波文庫) 「今昔物語集」についてあまり知識がなくても、芥川龍之介の短編小説のいくつかが、この日本最大の仏教説話集に収められた話を元ネタにしていることは知っている、という人はけっこういるのではないか。しかし、よく考えてみると、日本の近代文学史上もっとも有名な作家のひとりである芥川が、いわば元ネタありの創作をいくつも書いていて、かつそれが高く評価され、代表作とも目されているというのは、かなり興味深い現象だという気がする。 実際、芥川の作品と「今昔」の原話を読み比べると,彼の創作における方法論や個人としての体質的好悪などが透けて見える感じがあって、非常に面白い。たとえば、彼のいわゆる「王朝物語」の第一作である「羅生門」。 原話の内容は、京の都にやってきた盗人が、人目を避けて都の入口に建つ羅城門(原話ではこの表記)の二階によじ登ったところ、そこには髪の長い女の死体が横たわり、その髪を老婆が引きむしっている、というおぞましい光景を目にするというもの。 種を明かせば、身分はあるが財産がない女性が死に、葬式ができないのでその遺体を召し使いの老婆が羅城門に放置。遺体の髪が長く美しいので老婆はそれを引き抜いてカツラにしようとしていたというオチである。盗人は最初は老婆が鬼ではないかと思ってひるむのだが、試しに刀を抜いておどしたところ、相手の方がうろたえまくって命乞いをしたので、なんだ、ただの婆さんかとわかる。とたんに盗人は本性をむきだしにして、遺体と老婆のふく、そし抜いてあった髪の毛を奪って逃走する、という陰惨だが単純な「悪行」説話だ。 芥川はこれを、「生きるための悪」と「倫理観」の葛藤という物語に仕立てる。主人公は職を失い悪事を働くかどうするかに迷っている〈下人〉であり、原話のような「盗人」ではまだない。その彼が、死人の髪を抜き取る老婆を目撃し、最初にその行為を〈許すべからざる悪〉として糾弾するのだが、その気持ちがやがて侮蔑へと変化し、さらに老婆がみずからの行為を〈餓死するのじゃて、仕方なくする事〉と規定したことによって自身の悪行も許容する心境に至る。芥川は、その経過を、理知的論理的に描き出す。 (中略) 芥川は、その断章的創作論「澄江堂雑記」で、 文学的テーマを「芸術的に最も力強く表現する」には、同時代の出来事を扱うより「お伽話」的な過去の物語を下敷きにする方がやりやすい、 と述べ、それが「今昔」などを扱う理由だとしている。つまり、彼は文学的テーマを理知的に彫り上げる職人でありたい、と考えたのかもしれない。しかし、それをそのまま額面通りに受け取るわけにはいかなくて、むしろそうしてウェルメイドに小説に仕立てることで、自分という存在に対する自分のおびえを、それこそ「生々し」く(これは、芥川が「今昔物語集」の魅力を評した形容だ)作品に投影させないよう必死で抑え込んでいたようにも見える。 王朝ものを書かなくなり、私小説めいた作品を発表しはじめて五年ほどで、芥川は自死を遂げた。(2021・08・31) こういう上手な紹介が書けるようになりたいものですが、彼の本は、一度、案内しましたが、これですね。 昔は、仕事のためのネタの仕込みで、まあ、いろいろ探して読んだ類の本です。 実は、週に一度、高等学校や中学校で「国語」の教員になりたいと考えて勉強していらっしゃる、二十歳くらいの学生さんに授業ってどうするの? という手ほどきのような仕事をしています。 毎年、その手ほどきの始めに、芥川龍之介の「羅生門」の試し授業をやってもらうことにしています。今年も、ちょうど、その試しを6月に終えたところでした。毎年のことですから、いわば、定点観測のように20歳の人たちが芥川龍之介をどうお読みになって、どんな感想をお持ちになるのか興味深く見させていただいています。 で、最近、不安になることがいくつかかあります。一つは、たとえば、上の書評で大岡さんが、実に上手におまとめになっていますが、こういう、基礎知識について、関心も興味もお持ちになっていないということです。二つ目は、芥川の、、まあ、この「羅生門」とか、「鼻」とか、「蜘蛛の糸」とかいった作品群について、なんといいますか、「悪」とか、「コンプレックス」とか、「自分勝手」を戒める道徳的たとえ話としてお読みになっているようなのです。そういう読み方をして面白いんでしょうか? まあ、だから、なんといっていいのかわからないわけで、「ちょっと羅生門の跡地にでも行ってみようか。」 という気分でやって来ました。 ここが、1000年前に平安京の南の端だったわけですが、小さな公園に石碑が建っているだけです。芥川龍之介だって1927年、昭和2年に亡くなって、100年近く経つわけですからね。 ボクはここに来るのは二度目です。10年ほど前に来ました。大きな歴史の流れもですが、自分自身が生きている時の流れをしみじみと感じますね。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.18
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シャーロット・リーガン「SCRAPPERスクラッパー」シネリーブル神戸 見ようと思っていたら、夜の部に変更で、午後7時過ぎからのプログラムになってしまって、ちょっと、躊躇したのですが、家にいてダメトラの悲惨な逆転負けを見ているのもシャクなので出かけてきました。 シャーロット・リーガンという若い監督の長編デビュー作だそうですが、見たのは「SCRAPPER」でした。 題名は日本語にすると解体屋とか、戦う人とか、まあ、そんな意味のようですが、シングルマザーの母親に死なれてしまった12歳の少女ですから、小学校6年生の女の子と、ダメおやじの再会ばなし でした。 ウーン、好きなタイプお話なのですが、どうなんでしょうね、何かが足りない感じでしたね。悪い奴じゃないんですが、「おまえ、なあ!」 といいたくなる父親も、映画とかでこのタイプを見ると、「やれ!やれ!もっと、やっていいぞ!」 と励ましたくなる戦う少女も、キライじゃないのです。 で、見終えて悪い気がするわけでもないのですが、監督さん、なんか足らんね! でした(笑)。 何が足らないのかと考えちゃうところですが、多分、ドラマを支える現実感のようなものが足りないのでしょうね。でも、この映画を、同じテーマで日本の監督とかが撮ることを考えると、シャーロット・リーガンという監督の、まあ、社会性とか、誰もが口にしそうな責任感とか、あんたなんでそうしているの? というだめオヤジに対する疑問というかを、多分わざと素通りして「そこに、そうしている人間を描こう!」 とでもいうかの、説明抜きのシンプルさは捨てたもんじゃない気がしますね。だめオヤジもガキにすぎないところが、この映画を支えているリアルなんじゃないでしょうかね。 監督・脚本 シャーロット・リーガン撮影 モリー・マニング・ウォーカー美術 エレナ・モントーニ衣装 オリバー・クロンク編集 ビリー・スネドン マッテオ・ビーニ音楽 パトリック・ジョンソンキャストローラ・キャンベル(ジョー・ジー)アリ・ウズン(アリ)ハリス・ディキンソン(ジェイソン)2023年・84分・PG12・イギリス原題「Scrapper」2024・07・13・no086・シネリーブル神戸no254追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.17
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佐藤信介「キングダム 大将軍の帰還」109シネマズハット ハハハハハ、「キングダム」シリーズ第4作「キングダム 大将軍の帰還」、見ちゃいました(笑)。ご機嫌です(笑)。 今回は、やっぱりこのポスターでしょうね。主役は大沢たかおくんが怪演する王騎でした。おしゃべりすると、みんなネタバレになってしまいそうなので黙ろうと思いますが、後の李信こと信と、始皇帝こと若き秦王嬴政との出会いで始まったキングダムシリーズですが、今回で、第4作です。 秦の六大将軍のエース王騎と、趙の三大天、武神と呼び越えの高い龐煖(ほうけん)の決戦が今回の見どころだったというべきでしょうか。 王騎を演じる大沢たかおの、このシリーズでお顔を憶えて以来、その、まあ、なんというか、現実離れした、だから、リアリティのかけらもない演技が大好きになっていたのですが、好敵手、龐煖を演じる吉川晃司も、負けず劣らずの怪演で笑えました(笑)。贔屓の長澤まさみ演じる、山の民の首領楊端和も相変わらずの、これまた怪演ですが、趙の新たなる三大天として登場した(まあ、前作からちょっと出ていますが)李牧役の小栗旬君は、まだまだ、場違いの感が否めませんね。「あんた、一人、何こ気取っとんねん!?」 まあ、そんな感じですね(笑)。 70歳を迎えた徘徊老人も、この、荒唐無稽ともいえる時代劇に、本格的にはまっているらしく、李信隊のの面々や、信を演じる山崎賢人くんに、思わず、ガンバレ! といいそうですし、羌瘣役の清野菜名ちゃんなんて、画面に登場するだけでうれしい。すっかりファンです。 いったい、どこまで続ける気なのか、ちょっと見当がつきませんが、佐藤信介さん、がんばってね(笑)。拍手!監督 佐藤信介原作 原泰久脚本 黒岩勉 原泰久撮影 佐光朗編集 今井剛音楽 やまだ豊主題歌 ONE OK ROCKキャスト山崎賢人(李信)大沢たかお(王騎)吉川晃司(龐煖)吉沢亮(秦王嬴政)橋本環奈(河了貂)清野菜名(羌瘣)山田裕貴(万極)岡山天音(尾平)三浦貴大(尾到)新木優子(摎)髙嶋政宏(昌文君)平山祐介(蒙武)山本耕史(趙荘)草刈正雄(昭王)長澤まさみ(楊端和)玉木宏(昌平君)佐藤浩市(呂不韋)小栗旬(李牧)2024年・145分・G・日本2024・07・12・no086・109シネマズハットno45追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.16
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NTLive「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」シネリーブル神戸 お芝居というか、演劇が好きです。役者の演技のどこがいいのかとか、戯曲の何が面白いとか、まあ、よくわからないというか、だいたいセリフが英語ですから、まあ、そういうわけで、言葉で説明することは苦手ですが、イイな! とかなんやこれ??? とかの気分で楽しんでいます。結構、楽しいです(笑)。 ただ、実際の舞台演劇や歌舞伎やというのは、劇場までが距離的にも経済的にも遠いのでほとんど出かけることはありません。で、ナショナルシアターライブなわけです。 神戸では、KAVC、神戸アートヴィレッジで上映していて、講師による解説などもあったのですが、神戸市の経営方針が変わってしまったようで、お知り合いになっていた担当者は転勤、上映権はシネリーブル神戸に移ってしまいました。 神戸市のことも、パワハラ騒動の兵庫県のことも、まあ、よく知りませんが、東京、大坂に負けないくらい地方行政がお金儲けの方向で、現場の職員の方はアホらしいでしょうね。 というわけで、今回の演目は、「1917 命をかけた伝令」の監督、サム・メンデスが演出の「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」でした。 ジョン・ギールグッドという、20世紀の初頭、ハムレットの役で有名だったらしい人のようですが、そのギールグッドが、映画スターとして超ビッグ‼なリチャード・バートンがブロードウェイの舞台で「ハムレット」を演じるというので演出役に招かれて舞台の名優と映画スターの「演技」をめぐる戦いが描かれている舞台でした。1964年ころのお話でした。 リチャード・バートンとエリザベス・テーラーの新婚生活が「なんやこれ?」 という艶っぽさで演じられたり、バートンの幼年時代の不幸が語られたり、まあ、あれこれ大変なのですが、ギールグッドを演じるマーク・ゲイティスの演技で何とか持たせて、一応、納得の大団円でした。 「The Motive and The Cue」という題名がよくわからなかったのですが、直訳すれば「動機とゴーサイン」、役者が戯曲の、まあ、たとえばハムレットならハムレットという役になりきるための、役者なりの動機の有無をめぐる葛藤をお芝居にしたようで、舞台は「ハムレット」なのですが、ちょっとポスト・モダンふうな構成が新しさなのでしたが、少々めんどくさかったですね(笑)。演出 サム・メンデス原作 ジャック・ソーンキャストマーク・ゲイティス(ジョン・ギールグッド)ジョニー・フリン(リチャード・バートン)タペンス・ミドルトン(エリザベス・テーラー)2024年・168分・G・イギリス原題National Theatre Live「The Motive and The Cue」2024・07・10・no085・シネリーブル神戸no253追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.15
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司馬遼太郎「故郷忘じがたく候」(文春文庫) 「ちゃわんやのはなし」というドキュメンタリー映画を見ていて思い出した作品です。 司馬遼太郎は、いわば、昭和の高度経済成長の時代を象徴する歴史小説・大衆小説作家だといっていいと思います。その彼が、50代に達した1970年代、傑作「空海の風景」(中公文庫)を書き終えた頃から、72歳、1996年に亡くなる、ほぼ、20年間、所謂、小説を離れ、「街道をゆく」と題した歴史紀行エッセイの傑作シリーズを書き続けたことは、彼の読者であれば誰でも知っていることですが、ちょうど「街道をゆく」が始まったころ、1976年に短編集として出版されたのが、映画を見ていて思い出した「故郷忘じがたく候」(文春文庫)でした。 雨が壺を濡らしている。壺は、庫裡のすみにころがっている。「朝鮮ではないか」 と、U氏は縁から降りて、壺をおこそうとした、が、起きなかった。てのひら二枚ほどの破片が、濡れた地面にかぶさっていたにすぎない。 昭和23年ごろ、京都の西陣の町寺での逸話から書き起こされているエッセイですが、産経新聞の記者として、その町寺あたりが担当だった若き日の司馬遼太郎と「薩摩焼」との出会いのシーンです。 「この陶片はおそらく薩摩焼のなかでも苗代(なえしろ)川の窯(かま)であろう。苗代川なればこそあたしは朝鮮と見まごうたし、まちごうても恥ではない、苗代川の尊さは、あの村には古朝鮮人が徳川期にも生きていたし、いまもなお生きている」といった。 二十年経った。 私はその日、鹿児島の宿にいた。 予約している飛行機の出発時間までに四時間のゆとりがあり、その時間内に、どこかこの県下の、それもできれば薩摩の古い風土を感じさせる町か村を一カ所見たいとおもい、町で買った地図をひろげてみた。薩摩半島が南にのびて錦江湾を囲んでいる。その半島の錦江湾海岸に鹿児島市があり、目を西へ横切らせて東シナ海に出ると、そこに漁港串木野があり、その串木野の手前の丘陵地帯あたりを地図で眺めているうちに、なんと「苗代川」という地名が小さく印刷されいるのを発見した。声をあげたいほどの驚きをおぼえた。地名なのか。 司馬遼太郎と戸数七十軒ばかりの苗代川、今では美山という新しい村名がついている薩摩焼の朝鮮人集落との出会いのエピソードです。 彼は村を訪ね、十四代沈寿官という陶工と出会い、心を奪われる体験をしたことが「故郷忘じがたく候」という、文庫本で70ページたらずですが、歴史とは何か、日本とは、朝鮮とは、を語る傑作エッセイとして書き残されることになります。たとえば、ほぼ50年後の2023年、松倉大夏という監督によって「ちゃわんやのはなし」という十五代沈寿官を追ったドキュメンタリー映画がつくられますが、このエッセイなしには、あの映画はなかったとボクは思います。 本書について、文庫版の解説で山内昌之はこんなふうに評しています。 司馬遼太郎の「故郷忘じがたく候」は、日本を語りながら韓国を語り、日韓の歴史に託して日本人とは何かを論じた達意の文章として読者の記憶に残り続けることだろう。 ちなみに、書名の由来にですが、本書の中に天明の頃の医者、橘南谿という人物が「東遊記」という旅行記の中に記している苗代川を訪れた逸事が紹介されています。 伊勢の橘は、「これらの者に母国どおりの暮らしをさせ、年貢を免じ、士礼をもって待遇している薩摩藩というのは、なんと心の広いことをするものだろう」と感じいっている、一方で、橘南谿はひとりの住人に尋ねている。日本に来られて何代になりますか。「すでに五代目になります。」それでは、ふるさとの朝鮮を思い出されることもございませんでしょう。「そうではありません。人の心というものは不思議なものです。故郷のことを忘れてしまうことはできません。折りにふれて夢のなかにも故郷は出てきます。また、昼に窯場で仕事をしているときでも故郷をいとしく思うのです。」 この一老人は、「故郷忘じがたしとは誰人の言い置きけることにや」と述べて語りを終えたという。橘南谿はよほどこの言葉が印象に残ったのだろう。きちんと旅行記に記録してくれたのである。 いかがでしょう。まあ、ボクは映画の宿題が一つ終わったということで、とりあえずホッとしています(笑) 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.14
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松倉大夏「ちゃわんやのはなし」元町映画館 予告編を見て、3冊の本を思い出しました。3冊とも、20年ほど昔に読んだ本です。 1冊目は司馬遼太郎の「故郷忘じがたく候」(文春文庫)、2冊目が村田喜代子「龍秘御天歌」(文藝春秋社・文春文庫)、そして3冊目が李鳳宇と四方田犬彦の対談集「パッチギ 対談編」(朝日新聞社)です。 まず、3冊目の「パッチギ」ですが、この映画が李鳳宇の企画だということに気付いて、「あっ、パッチギのニーチャン、まだ、映画作ってんねや!」 と、ちょっと嬉しくなったからです。 で、2冊目の「龍秘御天歌」は、確か有田焼の窯元のオバーちゃんを主人公にした話で、1冊目の「故郷忘じがたく候」は、今、といっても、まあ、50年前の今ですが、司馬遼太郎が薩摩焼の陶工を訪ねた話だったなという、それぞれ、20年ほど昔に読んだ記憶との遭遇体験でした。 実は、ボクは、その2冊の読書で、唐津焼、有田焼、薩摩焼、萩焼と、普通に呼んでいる陶器や磁器である焼き物が、秀吉の朝鮮出兵によって連れ帰られた朝鮮の陶工たちによって創始され、以来、作り続けてこられたということを初めて知って「おおー、そうなんだ!すごいじゃないか!」 と、文字通りカンドーしたわけで、予告編を見ながら、なんだかわけのわからないまま、その時のカンドーがぶり返して、「これは、見るぞ! 登り窯も見たいし!」 と、最近では珍しく、ちょっと前向きに決意して見ました。 見たのは松倉大夏監督のドキュメンタリー、「ちゃわんやのはなし」でした。 納得でした。だいたい、題名がいいですよね(笑)。 薩摩焼の十五代沈壽官、萩焼の十五代坂倉新兵衛、田川の上野(あがの)焼の十二代渡仁、出ていらっしゃった陶工の皆さんですが、特に、薩摩焼の沈壽官というお名前には覚えがありました。司馬遼太郎が出会って、上記の本に書いていたのがそのお名前でしたが、十四代でした。50年の時がたったのですね。 映画は、朝鮮出兵の歴史から語り始め、やがて、十五代沈壽官さんが語り始めます。朝鮮人なのか日本人なのかの葛藤。韓国での修業時代の苦労。父との断絶。父と息子を支え続けた母。 映像の話に聞き入りながら不思議だったのは、語り続ける沈壽官さんに、功成り名をとげた人の鬱陶しさがかけらもないことでした。 で、最後は登り窯でした。窯を焚きながら、1200度をいかに超えさせ、1280度の温度をいかに作り出し、維持するかの経験を伝承しつつある沈壽官父子の姿は灼熱地獄でたがいに気遣いながら働くオヤジと息子でした。スゴイですね。 焼き上がった黒薩摩の椀をふきながら「この色が好きなんですよね。」 とおっしゃった、はにかんだような笑顔に思わず頷いてしまいました(笑)。 松倉大夏監督、穏やかで、いい味のドキュメンタリーを撮りましたね。拍手!です。やたら二ホン文化のオリジナリティーとかを煽りたがる時代ですが、こういう作品こそ!という気がしました。 映画の構成は司馬遼太郎の「故郷忘じがたく候」をなぞっていた感はありますが、司馬作品から50年、技術を伝え、新しい焼き物を作り続けている人が、何代を世襲する血脈だけでなく、韓国からもやってきている事実を伝えようとしている、映画作りの努力に、もう一度、拍手!です。 なにはともあれ、ボクには3冊の本を読み直すのが宿題になりました(笑)。監督 松倉大夏企画・プロデュース 李鳳宇撮影 辻智彦 加藤孝信録音 菅沼緯馳郎 藤田秀成編集 平野一樹音楽 李東峻語り 小林薫アニメーション 小川泉キャスト沈壽官坂倉新兵衛渡仁2023年・117分・G・日本2024・07・09・no084・元町映画館no250追記2024・08・10 映画を見ていて思い出した3冊の本、読み直して感想を投稿しました。文中の書名をクリックしてみてくださいね(笑)。追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.13
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立花隆「思索紀行 下」(ちくま文庫) 先に上巻の案内をしたのですが、あれやこれやで下巻の案内が遅れていました。昭和を代表するジャーナリストというような言い方をするのは、少し大げさでしょうか。もっとも、生前には「知の巨人」とかとも呼ばれていた人ですからね。もともと「文藝春秋」という雑誌の記者として出発した人で、興味の持ち方がジャーナルというか、その時的というか、大衆が何に関心を持っているのか、あるいは、持つべきなのかというあたりで、傑出していた人だとボクは思います。 その時代の大衆の一人として、彼の取材記事、著作、インタビュー、に最後まで関心を持ち続けた理由はいくつかありますが、まず、彼が専門領域に入っていくときの素人の眼差し! の新鮮さです。そして、知ったかぶりを振りまわすことなくもう一歩奥まで、という関心の執拗な深さ! たどり着いた深みからの報告に徹しているかの気取らない文体! で、読み手に対しての「専門領域への案内」の丁寧さ! ですね。 「サル学」であれ、「宇宙」であれ、彼にうながされて読んだ本は、それぞれハズレのない面白さが特徴ですが。残念ながら2021年に亡くなった方です。 で、本書ですが、下巻での、今、現在の読みどころは、下の目次で「パレスチナ報告」と、まとめられている4本の現場報告ですね。 最初の「パレスチナ報告」は1974年、あの「諸君」という雑誌に掲載された記事ですが、アラビア語との出会い から報告しています。 他の言語と比べて、アラビア語の最も特異な点は、文語と口語が画然とちがうことである。この場合、日本語でいう文語と口語を想像されると困る。アラビア語の文語は古典語、すなわちコーランのアラビア語がその範とされることばである。コーランのアラビア語といえば、七世紀のアラビア語である。同時代の日本ではまだ古事記も万葉集も成立していない。この時代のことばで、いまだに生きて用いられつづけていることばといったらアラビア語をおいてないだろう。 「アラビアのロレンス」も見たことがあるし、「アラジンの魔法のランプ」も子供の頃から知っているわけですが、しょせん、イギリスの俳優がかっこいい映画とか、ルイ14世の時代のフランス人が喜んだ昔話のなかで、知ったつもりのアラブ なのですね。だいたい、アラビアンナイトはペルシャの話ですからね。ペルシャとアラブの違い だって、あやふやなわけです。そういうわけで、たとえば、アラビア語がどういう言葉なのかなんて、全く知らないわけで、ことばの具体的な姿に限らず、アラビア語という言葉が世界地図のどこで話されていて、その言語圏の、どこがパレスチナなのか? 実は何も知らないわけです。 で、まず、口語のアラビア語について、立花隆はこう続けています。 口語のアラビア語は地域によって大幅にちがう。発音はもちろん、単語の意味やいいまわしまでちがってくる。隣接した地域ならともかく、北アフリカとイラクのように離れたところだと、まず口語によるコミュニケーションは不可能である。大ざっぱにいって、北アフリカ、エジプト、東アラビア、メソポタミア、湾岸諸国、アラビア半島のアラビア語はそれぞれちがうことばであると思っていただいてよい。 にもかかわらず、アラブ諸国間の国際会議が通訳なしで通じるのは何故か。 そこで、語られるのは文語だからである。いわば文語アラビア語は、中世ヨーロッパ社会におけるラテン語のような位置を占めているわけである。 で、その文語アラビア語の特徴はというと 第一に、コーランに始まる一三〇〇年余のアラビア文学の遺産が、単語やいいまわしの隅々まで生きているということだ。これは日本でも近世までは会ったことだ。浄瑠璃の詞など、和漢の古典が驚くほど精緻に織りなされている。その後、日本語は古典から切断されてしまったので、現代日本語、ひいては現代日本文学は、言語表現という点では恐ろしく貧弱なものになってしまったのだが、これは別の話だ。 だから、アラビア語をその含蓄、ニュアンスをも含めて翻訳するのはほとんど不可能といってよい。(P22) で、その翻訳不可能性の理由として解説されるのが、アラビア語の音韻構造です。アラビア語の特徴の二つ目は音だということですね。 詳しい話は省きますが、こんなふうに結論付けます。 西洋の伝統においては、ことばはロゴスに他ならないのだが、アラブにおいては、ロゴスはことばの一部でしかない。ロゴスに音楽性がかきたてるパトスが加わってはじめて、ことばはことばとして意味を持つ。 ところが翻訳という操作は、ロゴスを移すことはできても、このパトスを移すことはできない。だから、コーランはいまにいたるも世界のどこのイスラム教徒でもアラビア語のまま用いている。各国語の翻訳もあるにはあるが、それは異教徒が読むもので、イスラム教徒が読むものではない。翻訳でコーランを読む異教徒は、本人はわかったつもりでも半分もコーランの意味が理解できないはずだという。(P24) と、まあ、こういう調子なのですが、このあたりは、1974年当時「諸君」という、保守系の雑誌に、多分、連載で掲載された「パレスチナ報告」のさわりにすぎません。 井筒俊彦という碩学が「コーラン」(岩波文庫)の翻訳に際しての苦労話を、どこかで読んだ記憶がありますが、なるほど、そうか! という気分で読み始めましたが、ここからは1970年当時のパレスチナに関して、シオニズム以来の歴史と現状、錯綜する政治・社会を入念に解説しながらのレポートで、2024年の今読んでも、まったく古びていないという印象でした。 たぶん、現地では、古びない苛酷な現実が半世紀にわたって続いているということもさることながら、たとえばボクのような、無知で、無関心で、無責任な人間の、無理解が、何の深まりもないまま50年続いているということでもあるのでしょうね。 「パレスチナ報告」の次に所収されている「独占スクープ・テルアビブ事件」は、1972年の「週刊文春」に掲載された、拘留中の岡本公三に対する独占インタビュウーの記事ですが、岡本公三が、日本赤軍の兵士として、1972年、テルアビブの空港で銃を乱射し、20数名を殺し、100人近くの人にけがを負わせた三人組のうち、だた一人生き残った日本人であることを、今、とっさに思い浮かべることができる人はいるのでしょうか。ついでにいえば、事件から50年たった今、彼はレバノンで生き延びているということなんて、ほとんど知られていないでしょうね。 2024年現在、ガザ空爆が繰り返されている現実に心を痛める人は、世界中にたくさんいて、ボクもその一人ですが、たとえばこの本あたりから、無関心、無責任からの脱却を図ってみるのも一つの手立てかもしれませんね。目次1 パレスチナ報告第1章「パレスチナ報告(1972「諸君」)」第2章「独占スクープ・テルアビブ事件(1972「週刊文春」)」第3章「アメリカの世論を変えたパレスチナ報道(1988「週刊現代」)」第4章「自爆テロの研究(2001「文藝春秋」)2 ニューヨーク研究第5章「ニューヨーク’81(1981「くりま」)第6章「AIDSの荒野を行く(1987「ペントハウス」) 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.12
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「目の前に京都タワー!」 徘徊日記 2024年7月7日(日)JR京都駅あたり 2024年だけじゃないと思いますが、7月7日の日曜日は七夕でした。この日の夕暮れに「おーっ!」 と唸ったのがこの風景でした。 シマクマ君は、この風景が正面に見える京都駅ビルの9階にあるレストランにいたのでした。 七夕だからというわけではないと思いますが、50年前の同級生のK君から、JRの京都駅に午後5時に集合せよ! という命令が送られてきて出かけてきました。 少し早く着いたので、久しぶりに八条口に出ました。で、ほかの皆さんはどこかにいるのかな? とスマホを覗くとこんな写真が送られてきていました。 ボクは神戸からですが、大阪から参加予定の、Fくんと、Kくんは、伏見稲荷詣でとかしているようです。いや、はや、お元気なことですねえ。あの伏見稲荷の鳥居の列は、ただでさえ眩暈がすると思うのですが、この炎天下、この暑さ、しかも京都ですからね。ホント、相変わらず、アホですねえ(笑)。 で、ちょうどその時、まあ、ボクは、ちょっと、あてがあるような内容なの気分で歩いていたのですが、眼の前にあったのがこの看板で、この赤い鳥居でした。「伏見稲荷大社御旅所」というらしいですね。駅から歩いて10分ほどのところにありました。 こちらには、あの、延々と続く赤鳥居はありません。涼しい日影の境内でしたが、公衆便所がありませんでした。歩きだすと決まってこうなるのです。困ったものです(笑)。仕方がないので、近所のイオンモールとかで用を済ませて、もう少し歩きます。さて、ボクの目的地はどこなのでしょうね(笑)。というわけで、夕方5時までの1時間、徘徊は続きます(笑)にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.11
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カフカ研究会「カフカふかふか」(白水社) 市民図書館の棚で見つけて「おや、カフカですか?」 で、借り出して、パラパラ、パラパラ。その昔、有名な作品は読んだ記憶もあるのですが、まあ、それぞれの作品、どれというわけではなしに面白がって、ある時は、池内紀の全訳とか出たりして、再燃したりもしたわけですが、だからといって、所謂「カフカ教」的に入れ込んだわけでもない、「知ってる?」「知ってるで。」「読んだ?」「うん、読んだで。」 なのですが、「どの作品がおススメ?」とか言われると、「さあー、人それぞれかな?大概、短いから、はまったら、みんな読んだら?!」 なじいさんですが、今回、この本をパラパラやっていて、結構、面白かったですね。カフカ名場面集! でした。 誰が、そこを「名場面」と認定したのかというと、カフカ研究会という、多分、若い学者さんの集まりがあって、みなさんが「名場面」持ち寄りでこの本をお造りになったようで、まあ、それぞれの学者さんの思い入れ名場面という趣もあるようで、じいさんには、そこも面白かったというわけですね。 ちなみに、上の表紙の写真に名前のある下薗りささんと木田綾子さんのお二人は、一応代表者ということのようで、あと数人の執筆者がいらっしゃいます。 下の目次をご覧になれば、わかると思いますが、それぞれの作品の「はじまり」、「山場」、「キャラクター」、「結末」といううふうに編集されていて、同じ作品の名場面を拾い読みすれば、話の筋もわかる(わけないか?)というふうになっています。 一つ、まあ、有名どころを紹介すると ある朝、グレゴール・ザムザは不安な夢から目覚めると、自分がベッドの上で巨大な○○に変身しているのに気付いた。「変身」 いきなり空欄補充のクイズみたいですみません。でもこの○○の箇所、ドイツ語ではUngezieferとなっていますが、日本語でピタッとくる訳語もなく、翻訳者も頭を悩ませてきたのです。辞書によるとUngezieferはシラミ、南京虫、ダニ、ねずみのような寄生的な害虫ないし害獣を意味します。シラミとねずみはかなりイメージが違いますよね。これまでの訳語を見ると、それぞれイメージが少し違っていて、「虫」、「毒虫」、「虫けら」、はては「ウンゲツィーファー(生贄に出来ないほど汚れた動物或いはむし)」といった、訳というよりもドイツ語の発音と語源の併記まで出てくる始末です。カフカ自身は、イメージの固定をよほど嫌がったらしく、本の表紙に変身したザムザのイラストだけは描かないでくれ、と編集者に頼んでいます。物語を読みながら読者が自分でザムザのイメージを作り上げてほしい、カフカはそう考えていたようです。ですから、いっそのこと、○○ならイメージがふくらんでよいかも?と思った次第です。以下略(P008) とまあ、こんな感じですが、この「変身」については、ラスト・シーンも紹介されています。電車が目的地に着くと、娘が最初に立ち上がり、若々しい身体を伸ばした。「変身」「変身」は、冒頭もそうですが、最後の場面もなかなかぎょっとさせられます。(以下略P151) いかがでしょうか?冒頭は、まあ、あまりにも有名ですが、このラストシーン、お読みになったことがある方、覚えていました?元気に起ち上がるのはザムザの妹なのですが、そういえば、そうだったかなあ? まあ、そういう印象で、全く覚えてなかったといっていいですね(笑)。 だいたい、冒頭の引用での「虫」に関する蘊蓄でも、ザムザが変身した虫についても、たぶん「毒虫」と訳されていた翻訳で読んだと思いますが、「カブトムシ」とか「カナブン」、だから甲虫だと思い込んでいましたからね。いい加減なものです(笑)。 引用されている名場面は、それぞれよく考えて選ばれていますし、紹介の仕方も工夫に満ちていると思いました。そういう意味で、この本の製作に携わった学者さんたちのお気持ちは察して余りあるのですが、それでも、カフカを全く読んだことのない初読の人たちには、少々敷居が高いかもというのが感想でした。 読んだらいいのにという気持ちは、もちろんなのですが、いや、ホント!若い方、カフカとかお読みになるのでしょうかね。 目次 はじめにi こんなはじまり、あんなはじまり 冒頭の一文に引き込まれるii こんなキャラ、あんなキャラ 作品の登場人物たちに翻弄されるiii こんな世界、あんな世界 物語の設定に目がまわるiv こんなカフカ、あんなカフカ 作家の素顔に驚愕するv こんな終わり、あんな終わり 結びの一文に絶句する 年譜/読書案内/あとがき 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.10
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宗左近「長編詩 炎える母」(日本図書センター) 中村稔という詩人の「現代詩人論」という上下巻の大作評論を読みました。その中で、取り上げられた。いわゆる戦後史人たちの作品に、出会い直す、あるいは、新しく出会うという体験をしたのですが、それは、ボク自身が、1970年代、今から50年前にそれらの詩や詩人たちの発言に触れることで、今のボクの考え方や、感じ方を基礎づけたと思われる、まあ、種のようなものを、再発見する体験でもあったのですが、その中で、「ああ!」 と思わず声を上げたくなるような再会もあったわけで、その一つが、この詩集です。 宗左近「炎える母」です。 ボクが、どの出版社の詩集で読んだのか、実は何も覚えていません。年譜によれば1967年彌生書房から出版された長編詩集で、今回、読んだのは日本図書センターから、2006年に「愛蔵版詩集シリーズ」として再刊された本で、市民図書館で借りたものです。 戦後詩、という範疇があって、幾多の詩人が、数えきれない詩を残していますが、「ああ、これが、戦後詩だよな。」 と、1970年代に20代だったボクが、そう思った記憶だけがあって、70歳を迎えて、偶然読み直しました。で、今、20代の人たちに読んでほしいと素直に思いました。この詩集の、最大のクライマックス、東京大空襲の最中、燃え盛る火のなかを母の手を引いて逃げていた詩人自身が体験した悲劇の場面を描いた詩です。 詩集そのものが100篇近くの詩で構成されていて、全体で300ページを越える長大なものですが、この詩も8ページを越える長編詩ですが、読み始めれば、最後まで読み続けるほかには、どうにもなすすべがないことが読めば、わかります。題名は「走っている その夜14」です。 走っている その夜 14走っている火の海のなかに炎の一本道が突堤のようにのめりでて走っているその一本道の炎のうえを赤い釘みたいなわたしが走っている走っている一本道の炎が走っているから走っている走りやまないから走っているわたしが走っているから走りやまないでいる走っているとまっていられないから走っているわたしの走るしたをわたしの走るさきを焼きながら燃やしながら走っているものが走っている走っているものを追いぬいて走っているものを突きぬけて走っているものが走っている走っている走っていないものはいない走っていないものは走っていない走っているものは走って走って走っているものが走っていないいない走っていたものがいないいるものがいない母よいない母がいない走っている走っていた走っている母がいない母よ走っているわたし母よ走っているわたしは走っている走っていないでいることができないずるずるずるずるずるずるずるすりぬけてずるおちてすべりさっていったものはあれはあれはすりぬけることからすりぬけてずりおちることからずりおちてすべりさることからすべりさっていったあの熱いものはぬるぬるとぬるぬるとひたすらにぬるぬるとしていたあれはわたしの掌のなかの母の掌なのか母の掌のなかのわたしの掌なのか走っているあれはなにものなのかなにものの掌のなかのなにものなのか走っているふりむいている走っているふりむいている走っているたたらをふんでいる赤い鉄板の上で跳ねている跳ねながらうしろをふりかえっている 母よ あなたは 炎の一本道の上 つっぷして倒れている 夏蜜柑のような顔を もちあげてくる 枯れた夏蜜柑の枝のような右手を かざしてくる その右手をわたしにむかって 押しだしてくる 突きだしてくるわたしよわたしは赤い鉄板の上で跳ねている一本の赤い釘となって跳ねている跳ねながらすでに走っている跳ねている走っている走っている跳ねている一本道の炎の上母よあなたはつっぷして倒れている夏蜜柑のような顔を炎えている枯れた夏蜜柑の枝のような右手を炎えているもはや炎えている炎の一本道走っているとまっていられないから走っている跳ねている走っている跳ねているわたしの走るしたをわたしの走るさきを燃やしながら焼きながら走っているものが走っている走っている跳ねている走っているものが突きぬけて走っているものが追いぬいて走っているものが走っている走っている母よ走っている母よ炎えている一本道母よ いかがでしたか? 作品の文学性がどうのとか、技法がどうのとか、まあ、いろいろ言う人はいるのかもしれませんが、戦争が終わって、20年、戦後を生きて、この詩を書いた詩人がいたことをおろそかに考えてはいけないんじゃないかというのが、ボクの率直な感想です。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.09
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「青い空に、かりん!です。」 徘徊日記 2024年7月6日(土)団地あたり まだ、まだ、梅雨は明けていないようなのですが、ここのところ、日差しが夏! です。で、空はあおぞら! です。7月の第1週は、何故か、旧友再会の機会が多くて、まあ、季節が季節なので、ちょっと、ビール! でも飲みましょうかという機会でもあって、バスで出かける日が続いています。 で、バス停の生垣に緑のかりん! を見つけました。 黄色く色づくには、もう、三月くらいかかるのですが、で、色づいたからといって、香はいいのですが、そのまま食べてもシブイだけなので、今一、扱いに困るのですが、こうして生っているとうれしいのです(笑)。 まあ、これがリンゴだったり、梨だったりすれば、もっと嬉しいと子供みたいなことを考えたりするのですが、そういうわけにはいきませんね。にほんブログ村
2024.07.08
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大岡玲「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」(日刊ゲンダイ) 今回の読書案内は、著者が大岡玲、お名前はアキラとお読みするそうですが、詩人の大岡信の息子さんで、所謂、二世作家のお一人。30年前の芥川賞作家で、芥川賞をおとりになった時に読んだ記憶が幽かにありますが、お名前をオオオカレイと読んでいたところを見ると、少々怪しいですね。 市民図書館の新入荷の棚で見つけて、書名の迫力(笑)! に押されて借りてきました。「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」(日刊ゲンダイ)です。 スゴイ! でしょ(笑) 2019年四月から2022年八月まで、「日刊ゲンダイ」という夕刊紙上に連載されていた「熟読乱読世相切り」というコラムを、寺田俊治という編集者とのコラボで再編集した本で、時事批評と書評のコラボでもあるわけで、連載時期をご覧になればすぐに浮かぶと思いますが、コロナ騒ぎの世相に対して60代の作家であり、書評家であり、大学教授でもある人が「何を、どんなふうにお読みになって、どんな感想をお持ちになったのか?」 が、まあ、ボクの興味だったのですが、この方、信用できそうですね(笑)というのが結論でした(笑)。★100書評、読んでから読む、100名著。 ネット上で見つけたコピーです。すでに読んでいて、と、まだ読んでいないので、のダブルミーニングですが、100冊全部を載せるのは面倒なので、書評を読んでいて「すでに読んだ=●」、「オッとこれは知らんな=★」で、興味を感じた作品を抽出してみました。 まあ、「読書案内」というこのブログは、案内本へのお誘いが、一応、コンセプトなのですね。というわけで、まあ、この本、一度手に取ってご覧になればいかがでしょうというのがねらいなのですから、もう少し要領よくということなのですが、ボクは、所謂、書評集というの好きで、読んだ、読んでないと自己満足というか、今後の計画というかに浸るタイプなのですが、最近の新訳ブームの本に目配りというか、宣伝というかが、最近覗かない今の書店の棚に対応しているところも、この書評集のいい所ですね。Part1 知恵と知識の博覧会! 専門家の著した傑作 29編 第1章 時には専門家の書いた傑作で「知ったかぶり」も悪くない●池内紀「となりのカフカ」(光文社新書)●白川静「漢字百話」(中公新書)★義江明子「つくられた卑弥呼」(ちくま学芸文庫)★メアリー・ローチ「死体はみんな生きている」(NHK)★原武史「平成の終焉」(岩波新書) 第2章 歴史とは探検・探索するもの。最後に闇が残るのも、悪くない●司馬遼太郎「幕末」(文春文庫)★新井勝弘「五日市憲法」(岩波新書)★酒井シズ「病気が語る日本史」(講談社学術文庫) 第3章 言葉の重みに真正面から取り組む●谷川俊太郎「定義」(思潮社)●丸谷才一「ゴシップ的日本語」(文春文庫) 第4章 科学は実に愉快である★「ウンコどこから来て、どこに行くのか」(ちくま新書)★大久保奈弥「サンゴは語る」(岩波ジュニア)★中田兼介「クモのイト」(ミシマ社) Part2 やっぱり凄い古典的名作 26編 第5章 名作を再読する悦楽。そこには必ず発見がある●カミュ「異邦人」(新潮文庫)●開高健「ロビンソンの末裔」(新潮文庫)★マーガレット・ミッチェル「新訳 風と共に去りぬ」(岩波文庫)●サガン「悲しみよこんにちは」★田辺聖子「人間嫌い」(新潮文庫)●芥川龍之介「羅生門・鼻 他」(岩波文庫)●パール・バック「大地」(新潮文庫)●ディケンズ「クリスマス・キャロル」(光文社古典新訳文庫)●さいとうたかお「ゴルゴ13」 第6章 混迷の時代の今だからこそ、あらためて読みたい古典●ヴェーバー「職業としての政治」(岩波文庫)★大岡玲訳『今昔物語集』(光文社古典新訳文庫)●マルクス「共産党宣言」(光文社古典新訳文庫) 第7章 古代中国のロマンに思いを馳せる●司馬遼太郎「項羽と劉邦」(新潮文庫)★吉川幸次郎「完訳水滸伝」(岩波文庫)Part3 この世界のリアルを描く 21編 第8章 この時代に生きる人々を観察し、記録し、考える●ブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社)★石井光太「本当の貧困の話をしよう」(文藝春秋) 第9章 複雑にして怪奇な世界を読み解く★トッド「世界の多様性」(藤原書店)★筒井清輝「人権と国家」(岩波新書)★末近浩太「イスラーム主義」(岩波新書) 第10章 政治を政治家だけにまかせてはいけない★長谷川櫂「文学部で読む日本憲法」(ちくまプリマ―新書) 第11章 ユニークな戦争モノを掘り起こす●ヘラー「キャッチ=22」(ハヤカワ文庫)★安田浩・金井真紀「戦争とバスタオル」(亜紀書房)●こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社)Part4 人生の愉しみを語る 11編 第12章 人はなぜ旅に魅かれるのか●内田百閒「第一阿房列車」(新潮文庫)★黒川創「旅する少年」(春陽堂)●中島敦「山月記・李陵」 第13章 呑んで、食べて、愛して★辻静雄「舌の世界史」(復刊ドットコム) 第14章 芸能界の面白さは、洋の東西を問わず●小林信彦「日本の喜劇人」(新潮社)★サミー・デイヴィス・ジュニア「ハリウッドをカバンにつめて」(ハヤカワ文庫)Part5 作家の魂に触れる 13編 第15章 本の中の登場人物に惚れる●ハメット「血の収穫」(創元推理) 第16章 この著者の意気地が好きだ●阿佐田哲也「麻雀放浪記」(文春文庫)●杉浦日向子「ベスト・エッセイ」(ちくま文庫) 第17章 懐古から予見まで。数奇な作品に光を当てる●田宮寅彦「足摺岬」(講談社文芸文庫)★シェリー「フランケンシュタイン」(光文社古典新訳文庫)とまあ、こういう感じでした。いかがでしょうかね? 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.07
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ひこ・田中「お引っ越し」(福武書店) 先日、「違国日記」という映画を見ながら、登場人物の高校生が日記を書くというシーンにひっかかってしまって、何となく思い出したのが、新しいところでは乗代雄介という作家の「最高の任務」(講談社)とかの、阿佐美景子シリーズなのですが、そういえば、と思い出したのがこの作品でした。 で、絵本とかの本棚から引っ張り出してきて、244ページの作品を、なんと、半日で読み終えるという快挙達成でした。面白いのです。この本, ひこ・田中「お引っ越し」(福武書店・講談社文庫)です。 1990年8月初版の作品で、一応、児童文学ということになっていますが、かなり評判になったらしく相米慎二が、1993年に映画化しています。キネ旬のベスト2とかで評判だったようですが、ストーリーは原作を離れてたようです。 原作は、小学校5年生の三学期に両親が離婚した漆場漣子(うるしばれんこ)ちゃんが、さまざまな「お引っ越し」体験を記録し続けて、中学校1年の新学期まで書いた日記です。水曜日今日とうさんがお引っ越しをした。荷物は大きな仕事机と小さなタンスとテーブルと服、ナドナド。(P4) お父さんが出て行った、この日からの日記が、小説として描かれていますが、基本、レンコちゃんの一人称です。 この日記には、あの映画の感想で書いた「あんた誰?」 という、自問は出てきませんが、読み続けていると、あの映画で印象に残った主人公の態度を代弁するかの記述が出てきます。 今日ガッコに来るの、緊張した。とうさんがいなくなって初めてのガッコ。別にだれも知らないから、関係ないけど、私は知っているから、緊張した。 もしかしたらガッコが全然違って見えるかもしれないって思ったから。 門まで来て、 ガッカリした。 ガッコは同じだった。ホントににくたらしくなるくらい同じだった。 ガッカリして、気づいた。私は緊張してたのじゃなくて、今日からガッコが違って見えるのを期待してたのやとわかった。(P81) 映画の朝ちゃんは両親の死で、日記のレンコちゃんは離婚、一方は中学3年生で、こっちは小6、違いはありますが、それぞれ、他の人とは違う「私」がいるんです。いなければ、生き延びていくことができませんでしょ。 でも、ガッコの先生って、「私」が大事とか、口では言うのですが、一緒にしちゃうんです。センセは私の頭に手を置いて、ゆすった。ワタシ。ムチウチニナルヨ。「先生は、ウルシバさん信じてるの。元気出してね」センセが、相原加奈子みたいな顔で笑った。私、センセがキョーシツを出るのを待ってた。でも。センセが私を追い出した。「お手伝いがあるでしょ」って。上ばきをぬいで、バッシュをはいて、少しムカムカしました。どうして、女の子は、お家の手伝いがカルイカルイなのやろうか。ミノルタッタラ、オモイオモイなのやろか。センセの言ったことだから私はどうでもいいけど。 でも、センセが話してる時、自分がマンガの主人公みたく思えて、ホントに涙が出そうやった。泣いたらもっと盛りあがったかなって、あとで少しザンネンだったの。(P118) 「日記」を書くっていうことが、どういう意味を持つのか。「あんた誰?」 という問いが、「私」を2人称化したうえで、3人称として捉えて「書く」という軽やかさ によって、がんじがらめの関係の網を飛び越える自由を手に入れることができるんじゃないでしょうか。 映画では、朝ちゃんが、ノートにイラストを描いていましたが、丸と線だけの自画像こそが、「あんた誰?」と自問していた朝ちゃん自身であり、軽々と飛び越えていく「私」の発見だったんじゃないか、まあ、そんなことを「お引っ越し」を読みながら考えたわけです。 「違国日記」という映画を見てない人にはもちろんですが、見た人にも、まあ、わけのわらないことを書いていますね(笑)。ただ、この「お引っ越し」ですが、なかなかな作品だと思いますよ。「今頃なに読んでるの?私の本よ!映画も見たわよ。」 チッチキ夫人も、ああ、これは相米慎二の、映画の「お引っ越し」の方ですが、小説も映画もおススメのようですよ。 まあ、わけわかんないことを、あれこれってますね。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.06
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マーク・マリオット「東京カウボーイ」元町映画館 予告編を見ていて、何となく気にかかりました。で、封切すぐの土曜日だかにやって来てみると、主演の井浦新さんがやってきて劇場挨拶だか、トークだかをするというので満員御礼でした。 まあ、コロナ騒ぎ以降、映画館が苦心惨憺なのは知っているわけで、それはよかったね! という気持ちもないわけではありませんでしたが、劇場前で、締め出されたわけで、本音はヤッパリ、なんでやねん!? だったのですが、今日はリベンジ! でやって来ました。 見たのはマーク・マリオットというアメリカの若い監督らしいですが、人気!の井浦新主演、「東京カウボーイ」でした。ガッカリ!でしたね。 だから、まあ、いうことはありませんが、これくらいは!と、かすかに期待していたモンタナの風景も、予告編よりいいシーンが一つもないってどういうこと?というありさまで、ボクにとっては映画以前の作品でした。まあ、こういうこともあるわけですね(笑)。 いわずもがななことですが、藤谷文子さんだかのシナリオも、物語の構成以前の思い込み作品というべきで、性格俳優として、そこそこの演技ができるはずの井浦新も、國村隼も、ただ、ヘタクソなだけでした。 一つだけ具体的に上げると、営業マンである井浦新が、父親と自分の映っている写真を客に見せて、いう最初のセリフが「みなさんも、昔、この写真、マーケットでお見かけしたかもしれませんが。」 だったのですが、聴いたとたんに、気分は終わってしまいましたね。俳優として、このセリフが普通だと思って、たとえお芝居のなかであっても、しゃべっているなら、井浦という人も言葉のセンスは終わっています。 で、このエピソード、この映画で、繰り返し使われるのです。「直せよ!」 まあ、そういう人たちによって映画が、意味ありげにつくられているのだと思うと、ちょっとやるせない体験でした(笑)。 一応、言っておきますと「見かけたかもしれません」なら、何もいうことはないのですよ。 監督 マーク・マリオット原案 マーク・マリオット ブリガム・テイラー撮影 オスカー・イグナシオ・ヒメネス脚本 藤谷文子 デイブ・ボイル編集 井上ヤス音楽 チャド・キャノンキャスト井浦新(坂井英輝)ゴヤ・ロブレス(ハビエル)藤谷文子(増田けい子)ロビン・ワイガート(ペグ)國村隼(和田直弘)2023年・118分・G・アメリカ原題「Tokyo Cowboy」2024・07・02・no083・元町映画館no249追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.05
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五味太郎「そういうことなんだ。」(青春出版社) 市民図書館の棚を眺めながらウロウロすることが時々あります。で、著者の名前に惹かれて手に取ったのがこの本です。 五味太郎「そういうことなんだ。」(青春出版社) 1997年の新刊らしいですから、まあ、古い絵本です。50問だか、51問だかの問いに五味太郎さんが絵と言葉でお答えになっている仕組みです。 ちょっと、まあ、経験者としては見逃せないのがこのページ。結婚(けっこん)するということ 二人の固(かた)い約束(やくそく)というやつにいまひとつ確信(かくしん)がもてないので、ここはひとつ法的(ほうてき)な確実(かくじつ)さをもってその確信を、確(かく)たるものにしようではないか、ということです。で、その実際の内容については(註)法律といえどもほとんど規定(きてい)していませんので、あとは強いほうがいかにも内なる法律という気合(きあい)でとりしきることになります。五分五分(ごぶごぶ)の場合(ばあい)でも、いちおうルールは決めておこうね、なんてことになり、いずれにしても「法の下(もと)」にあります。(註)靴下はどちらが洗うか、とか○○の場合どちらがうえになるかなどといったこと。(○○は引用者伏字) まあ、こんな感じです。ジージは喜びそうな絵本ですが、まあ、難しそうな漢字には全部ルビがふってはあるのですが、オチビさんたちに「はいどうぞ!」 というべきどうか、ちょっと悩みます(笑)。 ついでなので、もう一つ。こちらは、人間性の根源を見据えた話。嘘をつくということ人間(にんげん)、真実(しんじつ)を述(の)べることが普通(ふつう)だ、と思っている頭(あたま)の悪(わる)さは問題(もんだい)です。君(きみ)は世界一(せかいいち)美(うつく)しい、わけねーだろ。君を一生(いっしょう)愛(あい)し続(つづ)ける、保証(ほしょう)はねーだろ。妻(つま)と別(わか)れて君と暮(く)らす、かどーかわかるわけねーだろ。ちょっと考(かんが)える頭があれば、すぐにわかることです。で、そんなもんだと気楽(きらく)にやっていると、たまにとんでもない真実というのに襲(おそ)われてビックリし、うろたえることがあるわけです。 ウーン、たまに襲いかかってくる真実って、どういうのをいうのでしょうかね。まあ、それにしても、オチビさんたちへの「はい、どうぞ!」 は、やっぱりムリですね(笑)。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.04
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島田陽磨「生きて、生きて、生きろ」元町映画館 題名を見て、少々たじろぎました。その上、雨模様で、それも、日曜日、加えて上映開始が朝一番という、いつもなら億劫の殻に閉じこもるところですが意を決して出かけてきてよかったですね。 見たのは島田陽磨監督のドキュメンタリー、「生きて、生きて、生きろ」でした。今、福島県の相馬市というところで、悩みながら、苦しみながら、笑いながら、生きている人の生きていらっしゃる姿を、そのまま映した映画でした。 カメラは精神科の医師、蟻塚亮二さんと診療所を訪ねてくる患者さんとのやりとり、その患者さんたちの生活の場に出かけて行って、何とか手助けをしようとなさっている看護士、米倉一磨さんの行動や会話の場面に焦点を当て、何気ない会話の一コマ一コマを丁寧に記録していきます。「先生のところに来るようになって、わたしやっと泣けるようになったの。」「泣けるようになったのはええことですね。」「あの津波でいなくなっったんだけど、骨も何にも、何の跡形もない夫が、ホントにもう帰ってこないとか、やっぱり、ズット信じられなくて。」「そら、そうですね。」「で、その夫が、この間、枕もとに立ってくれたの。光に包まれて。嬉しくて家族にいうと、そんなのは夢だっていうんだけど。」「それは、後光ですね。」 まあ、こういう会話があって、夫の死後、頻繁に襲ってきていた激しい頭痛からの解放の喜びを伝えたりなさるわけです。 もう、それだけで、ボクは釘付けだったのですが、この映画のもう一つの迫力は、元々は首都圏で開業なさっていたらしい蟻塚亮二さんが、多分、50歳を超えて、オキナワの病院へかわられ、震災の後、相馬にやって来て、お仕事をなさっていらっしゃったということで、その、歩みも興味津々なのですが、その蟻塚さんが、ボソリとおっしゃった言葉に、ハッとさせられたことでした。「米軍基地を押し付けられたオキナワ、原発を押し付けられたフクシマ、同じことでしょ。」おー! でした。東北の震災、原発事故から○○年、忘れないで! ボクが、今日、この映画を見にやって来たのも、そういう「良心」にうながされのことでしたが、蟻塚さんの言葉が語っているのは、遠くは明治維新から150年、あるいは、敗戦から80年、この国の近代が、あるいは、戦後が、どこに何を押し付けてきたのか! ということをムクムクと想起させる言葉でした。 今、遅発性PTSDと診断されて、オキナワや、フクシマで蟻塚さんが出会った人たちを苦しめているのは、近代以来のこの国が離島や僻地に何を押し付けて来たのかという歴史によって、溜まりに溜まったものではありませんか?ということばでした。 映画は、近代以来のフクシマ、戦中、戦後のオキナワの記録フィルムを、空疎な「復興」、「原発再稼働」を口にする政治家の姿に重ねて映し出し、復興を象徴しているのでしょう、異様に現代的な公共建築の前で、海に向かって合掌し、黙とうする人たちを重ねて映していきます。 この映画の製作者たちが、何に憤り、何を告発しようとしているのか、は如実ですが、声を荒立てるわでも、情動的なBGMが流れるわけではありません。映像に込められている憤りは、どこまでも、静かに、穏やかに伝わってくるのでした。 アル中で、死にたがっていたお父さんが、酒を断ち、運転免許を取り直し、原発事故の避難先で命を絶った息子さんの墓参りに行ってくるといって出発する姿が胸を打つラストシーンでしたが、この映画がボクにうながしたのは、安易な同情や共感以前に、もう一度、ボクたちの社会を見直す必要性でした。 それにしても、島田陽磨という監督の深く考えぬいた真摯な映画作りに拍手!でした。監督・製作・撮影 島田陽磨撮影 熊谷裕達 前川光生 西田豊 鈴木響編集 前嶌健治音楽 渡邊崇キャスト蟻塚亮二(医師)米倉一磨(看護士)2024年・113分・G・日本配給 日本電波ニュース社2024・06・30・no082・元町映画館no248追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.03
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森山徹「ダンゴムシに心はあるのか」(ヤマケイ文庫) 先日、垂水の駅前の公園で、さあ、何歳くらいのお子さんでしょうね、可愛らしいボクちゃんが花壇を覗きこんで叫んでいらっしゃいました。 「あー、ここにもいる。ここにも、ここにこも、ここににも!」 ママも、一緒にのぞき込んで、ときどき夢中になっていらっしゃるボクちゃんの姿の写真を撮っていらっしゃるようで、その花壇の端に座り込んで、いつものようにお茶など飲みながら一服をもくろんでいたいた老人は、いつもは平気なのですが、さすがにタバコをくわえるわけにも行かず、だからといって、「どれ、どれ、どこに?」 ともいえないまま、できればオジャマにならないようにと、ジッと座っていたのですが、思わず、「あのね、ボク、ダンゴムシには心があるらしいよ。」 と声に出しそうになって思い出したのがこの本でした。 森山徹「ダンゴムシに心はあるのか」(ヤマケイ文庫) で、花壇の端に座ってボクちゃんとママの様子を見ながら、「あのね、ダンゴムシの心をさがしている学者さんがいるんだよ。でね、ダンゴムシには心があるって。その昔、ダーウィンという人はミミズは考えているっていったんだけど、森山さんはね、今、ボクちゃんが見ている一匹、一匹の、ダンゴムシくんが、それぞれ、自分勝手にというか、それぞれが、その場で考えた判断をしているんだ!という証拠を見つけるためにいろんな工夫をこらして、日々、ダンゴムシくんを、多分、今日のボクちゃんのように、夢中になって覗きこんいらっしゃるらしいんだよね(笑)。」 というふうなことを、まあ、さすがに声には出しませんでしたが、こころの中で、ちょっとおしゃべりしたのでした。 まあ、森山さんが「ある!」 とおっしゃっているのが、ホントに心と呼ぶべきなのかどうか、老人にはよくわかりませんでしたが、努力は拍手!ですね。ボク、こういうことに真面目になる人って、案外、好きです(笑)。 世の中がお金の損得でしか回っていないかのような時代ですが、こういう、どうも、お金にはならないような研究に夢中の、あの花壇のボクちゃんがそのまま大きくなったかのような学者さんがいるのって、楽しいですよね(笑)。 結構、真面目な研究報告なので、ちょっと面倒くさいですが、いかがでしょうか。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.07.02
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「森林植物園、アジサイだけではありません!」 徘徊日記 2024年6月10日(月) 六甲山あたり 緑のアジサイ園を横切りながら「緑のアジサイも、悪いことはないなあ(笑)」「まあ、そうはいうても、ちと早すぎた。あの声、なんやわかるか?」「はあ~???」「メジロやな。ほら、あの泡、見てみ。」「あ、あるある。」「モリアオガエルやな。」 小さな池のほとりの木立の枝に白いアワぶくの塊がいくつかついていて、雫が池に落ちています。まあ、写真を撮り忘れているのはいつものことですね。 しばらく、いろいろ聴こえてくる鳥の声を聴いてあれこれいいながら歩いて、「そうや、そのへんに、あれが咲いてるはずや。」 Hさんが、そんなことをぶつぶつ言いながらゴソゴソ茂みの中に入っていきます。ここは、あんたの庭かいな?ですね。(笑)「これ、これ。ええ匂いするやろ。」「ホンマ、ええ匂いするわ(笑)。」「オオヤマレンゲやな。」 チッチキ夫人が喜んでいるので、同じように鼻を近づけますが、今ひとつ匂ません(笑)。 これがオオヤマレンゲの卵、じゃなくて、たぶん、蕾です。 モクレンとかの仲間のようですね。頭上では甲高い声でウグイスとか、他はわかりませんが、いろいろ聴こえてきます。Hさんが一つづつ解説してくださるのですが、声のする方に目を凝らしながら、名前は忘れています。 しばらくあるくと、ふたたびH さん、生垣風の木立の前で立ち止まっていいました。「これ、これ!」「ああ、こんなん、見たことない花や。」「カルミアいうねん。アメリカの花やな。」「ツツジとは違うんですね。」「うん、仲間や思うけど。」 たしかに、日本のツツジとは違います。 説明書きの看板がありました。北アメリカの原産種のようです。見つけた人の名前がカルムさんで、それが花の名前になったようですね。スウェーデンの人らしいですね。 Hさんは、実は柔道の達人ですが、ひざを痛めてストック歩行の人です。ボランティアで野鳥観察の案内人をしていましたが、山道を歩くのが難しくなって、あまり出かけなくなっているそうですが、お元気です。トリの声が響くたびに教えてくれます。「今は、なあ、ちょうど巣立ちの時期やから、親が子を呼びよるんや。ほら、あっこに居るやろ。なんか虫くわえてるやん。子ども呼んでんねや。」 指を追って、そっちに目を凝らすのですが見えません。「ほら、そこ、ほら、あっ、飛び立った。」「ああ、いま、飛んだあれ?」「そう、そう。すぐそこやったらやろ。」 面白いですね。達人には見えているすぐそこが、まるで見えていないんですよね(笑)。 カルミアです。もう少しどうぞ。かたまって咲いていますが、一つ、一つの小さな花が、なんともいえない素直な様子です。 今日の森林植物園はこれでオシマイ。最後にチッチキ夫人は休憩所の売店の名物らしいソフトクリームをペロついてご機嫌でした。にほんブログ村
2024.07.01
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