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俵万智「かぜのてのひら」(河出文庫) 1991年に単行本で発表され、1994年に河出文庫になっていた「歌集」ですが、2026年の6月に新装版として、再出版された結果、市民図書館の新着図書の棚に登場していた俵万智の第二歌集、「かぜのてのひら」(河出文庫)を、新作歌集だと思って借りてきました(笑)。 さすがに、読み始めて、すぐに読んだことのある歌集だと気づきましたが、今のボクがどんな歌に反応するのかという興味で読み終えました。 で、拾いだした十首余りを記します。まずは書名になっているこの歌です。四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら で、ご家族とのやり取り、ぎこちない父との会話 茶柱が立てばしばらく茶柱のこと珍しく饒舌になる父がいて「鴨居玲」とはいかなる絵描き「よくバスの通るところね」排気ガス濃き町に住むあなたの娘 で、当然、あの、橋本高校との別れの歌、「退職の理由の例」のいずれにもあたらず「定年、転居、結婚」はなむけの言葉を生徒に求められ「出会い」と書けり別れてぞゆく四回の春夏秋冬くぐりくぐりぬけてさよなら橋本高校差出人不明の葉書の丸文字にMという名の生徒を思う定期券を持たぬ暮らしを始めれば持たぬ人また多しと気づく 最後に、もう一つは、宮沢賢治。黒板の文字なつかしき昼下がり「下ノ畑ニ居リマス 賢治」 1994年の文庫版の解説での荒川洋二の結びの言葉。みんな、このような宙を持っている。そうあることで生きている。俵さんの歌は、そこらを歌う。つづる。時のなかで、個人のなかで、さまざまな意識的な情熱や努力は重ねられるものだ。歌がそこから一段と深められることがあっても、彼女の歌がぼくらのてのひらと重なる思いがするのはそのためだろう。荒川洋二「宙の歌」(P223) 2026年版のくどうれいんという歌人の結び。二十代後半は仕事に恋に人生に忙しい。溌溂とするには疲れていて、けれど大人になったと思うにはあまりに若い。俵さんはこの歌集で、やはり自分の人生に短歌が必要であるとたしかめていたのではないだろうか。「たしかめている」くどうれいん(P230) なるほどなあ、と、納得する解説ですね。ボクより十歳ほどお若い俵万智さん、2026年の今年、63歳。今、どんな歌をお詠みになっているのかな。ちょっと図書館で探してみようかな。 まあ、というのが、ボクの感想です。そのうちまた、今度は、今の歌集を案内したいと思っています。 2026-no070-1285 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.27
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長嶋有「七、八月のストローク」(講談社) 今日の案内は長嶋有です。 たしか「猛スピードで母は」(文春文庫)という作品で芥川賞をとったのが2002年、まだ、二十代だったか、三十代になったばかりだった新鋭作家も53歳だそうです。 「夕子ちゃんの近道」(講談社文庫)とか「三の隣は五号室」(中央公論新社)とか、ぽつぽつ読み継いでいた、結構、好きな作家ですが、久しぶりに彼の最新作「七、八月のストローク」(講談社)を読みました。 面白かったですね。「長嶋さん、お上手になりましたね(笑)」 小説の感想として「お上手」がホメ言葉になるのかどうかですが、ホメているつもりです。 単行本に目次のページはありませんが、下に目次を書き出して貼りました。題名にある「ストローク」というのは、水泳をするときの、あの、ストロークです。ストローク・・・水泳で、腕で水をかいて前進するための一動作のこと 最初のページに記されている言葉です。 で、取りあえず、書き出しです。久しぶりに入った市民プールで、込山楠子(こみやまくすこ)は駅を思い出した。Gare du Nord、パリの北駅を。(ギャル・デュ・ノウ)ネイティブなフランス語が浮かびさえする。大きくとられた屋根が似ているだけなのだが。水場で空気の反響が常と異なることもまた、異国の気配に似た気持ちを抱かせるのだろうか。 ざらざらした滑りにくい材質の床を裸足でひたひた歩く。 大きなへの字型屋根の中央部分だけがガラス(強化プラスチックかもしれない)で、明かりが入るようになっている。 普段、人工のどんな施設にいっても、このように高い屋根の建造物はあまりない。倉庫にでも勤務していれば身近なのだろうが。 高速道路を使って都心を離れるとき、郊外の空いた土地に遠慮なく建てたような巨大な倉庫をみかけるが、窓のないあの倉庫群は、上まで吹き抜けだろうか、それとも細かく階が分けられているのだろうか。 吹き抜けならいいな、とみるたびに楠子は思う。自分は用もないし、入ることもないのに。 吹き抜けでかつ屋根の高い建物をみるようになったものの、完全な吹き抜けではなくてフロアは設けられており、店舗やなにかで有効に利用してしまっている。 パリの北駅だって厳密にいえば同じで、実は二階もあるのだが、印象としてはホームの上は遠くまで広く「空中」で、あとはただもう屋根だ。この市民プールは、北駅よりも規模は小さいだろうが、比率が似ていると感じられる。 また、日本の駅の多くはホームからホームへ移るときに階段を使うが、北駅も含む外国のターミナル駅は線路がずらっと並んでいる。入口から線路がいくつも並び、まっすぐに伸びていくのも、到着したばかりの、あるいは出発を待つ車両が幾台も並行に並ぶさまも、四角いプールで区切られたコースと相似している。 高速鉄道のタリスに乗ってブリュッセル、それからアムステルダムまで北上した十五年前の欧州旅行を思い出しながら楠子は腕を伸ばし、硬い膝を曲げ、首を動かす。残りのユーロがまだスーツケースに入っているが、スーツケース自体は車輪が一つバカになってしまって捨てなければならないのに、まだ押し入れだ。 もう外国にいくこともないだろう。 ずっと途絶えている創作活動を再開するにしても、世界を舞台にすることはない。さっさと粗大ごみに出すべきだ。 いや、億劫で先延ばししていることは他にも山ほどある。 今日はプールなんかに来て泳ごうとしている。それだけでも進歩だと楠子は思いなおす。(P2~P5) 長々と書き写しましたが、ついでなので、第2章のさわりも写してみます。プールに浮かんで月を見る。静まり返った真夜中の中庭。起きているのは私一人。長谷川季乃(きの)はうっとりした気持ちで月を見上げた。実際には、起きているのは季乃だけではない。樹(いつき)がいる。が、遠くに死体のように浮かんでいる樹のことは「範囲指定」して写真上から除去したつもちで、いないことにする。 いつかドラマや映画の中でみたような、絵になるシチュエーションだ。 プールに浮かぶ自分を俯瞰してみることはできないから「絵にな」っているかどうかは客観的に評価できないところだが、この豆形のプール自体は、外国の映画に出てくるようなゴージャスなものにみえなくもないはず。 季乃たちが暮らすプリーズマンションはA棟からH棟まで七階建てが全八棟、世帯数四百五十、築五十年の巨大マンション群だ。 縦二列、AB、CD、EF、GHと並ぶうち、CDとEFの真ん中、敷地全体のおよそ臍のあたりに子供向けプールがある。(P8~P9) 第1章で語られている人物が込山楠子(こみやまくすこ)というマンガ家です。場所は東京のN市にある市民プール。 第2章で語られているのが長谷川季乃(きの)という女子高生。樹君という同級生と二人ですが恋の話ではありません。場所は、多分、東京のN市にあるN市プリーズマンションの子供プールです。 実は、第1章、第2章の引用に登場する二人の女性が、この小説のどこかで出会うのかと思いながら読みすすめましたが出会いません。もちろん、それぞれの人物たちの周辺で起こる出来事や、他の人物たちとの出会いは描かれていきます。モンタージュという手法がありますが、あんな感じですね。 それぞれ、ストロークの言葉通り、プールとか海辺とかが、一応、舞台です。一応と断っているのは、この小説が、必ずしも水泳の話というわけではないからです。 それぞれの登場人物たちのある夏の物語 とまあ、そういっていいかもですが、もう一つ断っておくと、1年で終わるわけではありません。たとえば、最後の19章、ロンドンでは高校を出た季乃ちゃんが、かの地で暮らしていたりします。 下に貼ったのが目次です。小説の舞台がどう動いたのか気になって書き出してみました。プリーズマンションという老朽マンションとそこの住民たちの世界、市民プールで泳ぐ、それぞれ通りすがりの人々、ちょっと面白いのは与那国島、結局、何も起こりません。でも、それぞれの人たちのストローク、なかなか面白いですよ。繰り返しになりますが、50歳を過ぎた長嶋有、腕をあげたな・・・。そんなふうに感心しました。描き出されていく何でもない日常、読んでいて飽きないんですね。1・東京都N市民プール2・N市プリーズマンション子供プール3・プリーズマンションE棟5階4・東京都N市民プール5・A市総合体育館6・プリーズマンション子供プール7・与那国島8・N市民プール9・プリーズマンション子供プール10・東京体育館11・N市民プール12・プリーズマンション子供プール13・R大学教員室(与邦国島)14・N市民プール15・プリーズマンション集会室16・プリーズマンション子供プール17・岩手県トロピカルリゾート18・プリーズマンションE棟7階19・ロンドン2026-no065-1280 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.26
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かわじろう「あたらしいともだち」(マガジンハウス) 2026年の6月のマンガ便で届きました。かわじろうというマンガ家の「あたらしいともだち」(マガジンハウス)という短編マンガ集です。2026年手塚治虫文化賞短編賞の作品のようです。 表紙の絵柄のまんまの絵で、のんびりした話なんですけど、妙に心に残るんですね。出来のいい短編小説というと、ちょっと、大げさですけど、それぞれ、人との出会い描いていて、素直な肯定性とでもいえばいいのでしょうか、ホッとしたり、うなづいたり、あたたかい短編マンガ集です。 好みで1作あげるとすると、やっぱり、「半魚人の頃」でしょうか。自分のことを気持ちの悪い半魚人だと思い込んでいる思春期の高校生の少年が描かれているのですが、あの頃の自分のことが描かれている印象で、ホッと笑いながら涙がこぼれそうでした。 全部で10作です。下に目次を貼っておきますね。目次♯1「ミニチュアとベンチ」♯2「下戸のソウルフード」♯3「フォトグラファー」♯4「正三と九太郎」♯5「キツネとターキー」♯6「下校」♯7「吉野山の話」♯8「よりみち」♯9「半魚人の頃」♯10「かえちゃんの新しい友達」ついでにかわじろうのプロフィールですが、あとがきのページがこれです。 要するに、河童のマンガ家というわけです。絵柄は、大体みんなこんな感じですね。かわじろう 1992年、熊本生まれ。29歳でマンガを描き始め、現在は会社員と兼業でマンガ家として活動中。「第5回ゲンロン ひらめき☆マンガ大賞」、「小学館 第93回 新人コミック大賞〈青年部門〉大賞」を受賞。2026-no071-1286 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.25
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ハサン・ハーディ「大統領のケーキ」キノシネマ神戸国際 予告編を見ていて、主人公の女の子の可愛らしさにとびつきました(笑)。 ハサン・ハーディという、イラクの方らしいですが、アメリカで監督をしていらっしゃる方の「大統領のケーキ」です。面白かった!! ですね。 なんといっても、主人公の少女ラミアちゃんとサイード少年の二人組。そして雄鶏のヒンディくん。この取り合わせがサイコーでした(笑)。拍手! 1990年代のイラクが舞台です。大統領というのはサダム・フセインですね。アメリカのブッシュに「世界一の悪者」扱いされて、最後は軍事法廷で死刑にされた人の、やりたい放題の独裁者時代を描いていました。アメリカの自己正当化の宣伝もあった気がする悪者扱いに、ちょっと首をかしげていたんですけど、宗教絡みの軍事独裁社会って、ホント、終わってますね。「大統領の誕生日、お祝いにケーキをプレゼントする!」とか騒ぎ立てながら自分で味見して威張っているセンセーって、「なんやねん、あんた!」でした(笑)。 でもね、今の二ホンの目から見てると「異様」でしかありませんが、二ホンだって、かつて、似たような社会だったことは忘れない方がいいですね。どんな社会だって、ああなれば、きっと、ああなるんでしょうね。 で、そういう、クソな社会について批判したり、批評したりする以前の年齢、9歳のラミアちゃんとサイード―くん、にらめっこをするシーンがとても印象的です。 お父さんもお母さんもいないラミアちゃん。お父さんが明らかに傷痍軍人であるサイード君。オばーちゃんの言いつけを素直に守り、お手伝いするラミアちゃん。お父さんの行乞稼業に付き添うサイード君。貧しさの果てのような境遇で、泣いたらまけよ!ですね。活き活きと生きている少女と少年のにらめっこに、やっぱり、胸うたれましたね。 それからもう一つ、イラクって、チグリス・ユーフラテスという川の名前で覚えた古代文明の聖地というイメージだったんですけど、初めて見ました水辺の風景。なんだか懐かしくて美しいですねえ。小学生のラミアちゃんが自家用の小舟を操って通学するんですよ。 でも、こんな地域なのに、なんで、水の配給が話の始めに来るのかが、最後まで分からなかったんですよね。まあ、飲み水と、あたり一帯の湿地帯の水は違うということですかね。 郵便配達のオジサンの親切とか、オばーちゃんの哀しい最後とか、フセインもブッシュもええ加減にせ―!そんなふうに、怒鳴り付けたくなる映画なんですけど、あんなふうにバスに乗れるラミアちゃんを描いてくれただけで拍手!拍手!でした。 で、この主人公のラミアちゃんなんですけど、ボクのお孫さんの一人にそっくりなんですよね。外国の映画を見ていて、主人公が、かわいいお孫さんとそっくりの顔立ち、眼差しで、この役柄でしょ。コーフンしました(笑)。 やっぱり、拍手!拍手!ですね。監督・脚本 ハサン・ハーディ製作 リア・チェン・ベイカー製作総指揮 エリック・ロス マリエル・ヘラー撮影 トゥードル・ブラディミール・パンドゥル美術 アナマリエ・テク編集 アンドゥ・ラドゥキャストバニーン・アハマド・ナーイフ(ラミア 少女)サッジャード・モハンマド・カーセム(サイード 少年)ヒーダ・サーベト(ビビワ おばあちゃん)ラヒーム・アルハジ(ジャシム 郵便配達)2025年・105分・PG12・イラク・アメリカ・カタール合作英題「The President's Cake」2026・07・16・no136・キノシネマ神戸国際no66追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.24
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エドワード・ヤン「海辺の一日」シネリーブル神戸 1980年代半ばころから2010年代くらいの間に評判になった映画は見ようというのが、徘徊老人の目論見です。今でも、若い人たちにとってはそうだと思いますが、30代、40代、働いていた財布には映画は高くて見る余裕がありませんでした。60代を過ぎて、シニアとかいうんですけど、老人割引になって他の娯楽に全く興味がないこともあって、映画館徘徊が生活化しているのですが、まあ、そんな老人には「台湾の名匠」とか呼ばれている監督の1983年デビュー作というチラシを見ると「ヨシ!出かけよう!」ですね。 今年の始めに、2007年に亡くなった監督エドワード・ヤンの遺作であるらしい「ヤンヤン夏の思い出」という作品に感心したこともあってとび付きました。 見たのはエドワード・ヤン監督の「海辺の一日」です。疲れました(笑)。 愛し合い、勇気を奮って一緒になったはずの二人が、どうしても一つになれないという結末を女性の視点から描いた作品といえばいいのでしょうか。 夫の行方を失ってしまった「海辺の一日」の記憶を、かつて、兄の恋人であり、憧れていたピアニスト、ウェイチン(フー・インモン)との十数年ぶりの再会を機に語るジャーリィ―(シルビア・チャン)の哀切極まりない表情の変化から目が離せない150分余りでしたが、正直、疲れました。 40年前、だから、主人公の女性と、ほぼ、同世代だったボクがこの作品を見ていたとすれば、どう感じたのだろう。浮かんできたのはそんな問いかけでした。おそらく、一人の女性の記憶に沿って徹底的に問いただされていく、同世代の男女の「夫婦」とか「家庭」とかいう制度に対する鋭い批評的作品として、恐らく、躊躇なく拍手!していたと思うのです。 で、なぜ、今、ボクはこの作品に疲れてしまうのだろうかというのが、見終えた心にわだかまった感じで残ったことでした。 なんか、寂しい言い訳なんですけど、年齢のせいでしょうか。この作品の中で、20代後半らしい主人公の女性が問いかけ続ける「愛」とか「しあわせ」とかいう問いが40年後のボクの中で空転する印象なのです。主人公のリアリティを受け止めきれないんですよね。 恋人だった男性の妹と十数年ぶりに再会したピアニストである女性が、主人公の語りの聴き手であるという構成であることもあって、映画はベートーベンのピアノコンチェルトで始まります。ボクは、映画を彼女の演奏で終わらせてほしいと願いながら見ていましたが、途中、多分、交響曲「田園」が聞こえてくるシーンはあったのですが、彼女がもう一度ピアノを弾くシーンがなかったのは残念でした。 それから、主人公ジャーリィ―とピアニストの恋人で会った兄ジャーセンの妹兄の実家である住居が縁側風廊下と障子で仕切られた日本式家屋であったことも、興味深く見ました。1980年代の台湾に色濃く残る「日本」を映している映画なのですね。 あれこれ興味深く見たのですが、1983年、当時、30代だったはずのエドワード・ヤン監督が、「美しい海と繰り返し打ち寄せる波」で映像化しているのが「失われていく時間」の記憶であることが辛いんですよね。 エドワード・ヤンという監督には拍手!を惜しみません。いい作品だと思います。ただ、生きていれば、今頃同じような年齢になっている主人公は「しあわせ」になれたのだろうか?そんなことを思う映画でした。拍手! 監督・脚本 エドワード・ヤン楊徳昌脚本 ウー・ニェンツェン撮影 クリストファー・ドイル チャン・ホイゴン編集 リャオ・チンソンキャストシルビア・チャン(林佳莉 ジャーリィ)フー・インモン(譚蔚菁 ウェイチン 兄の恋人)メイ・ファン(母)リー・リエ(欣欣 友人)デビッド・マオ(徳偉 ドゥウェイ 恋人・夫)ミンシ・アン・ツォー(佳森 ジャーセン 兄)1983年・167分・G・台湾原題「海灘的一天」英題「That Day, on the Beach」2026・07・20・no138・シネリーブル神戸no398追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.23
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バリー・レビンソン「ナチュラル」パルシネマ新公園 久しぶりにロバート・レッドフォードの顏が見たくてやって来たパルシネマです。見たのはバリー・レビンソン監督の1985年の作品、「ナチュラル」です。 多分、40代後半だったはずのロバート・レッドフォードが、現役大リーガーを演じるという、まあ、考えてみればマンガでしかない設定なのですが、面白かったですね。 野球好きの少年がお父さんとキャッチボールをしているシーンで始まって、お父さんがレッドフォードで、少年が、多分、ロイ二世にかわって、キャッチボールをしているシーンで終わります。あれこれ、あったんですけど、いいじゃないですか。なんか、文句あります! まあ、そういう作品です。ボク、こういうの好きです(笑)。楽しく見終えました。拍手! テレビとかでも、何度も放映されている作品のようですが、ボクは初めてでした。わからなかったのは、若きロイ君(ロバート・レッドフォード)が、なんだか、やたら美しい女性にピストルで撃たれるという、ロイ君の苦闘の始まりまりの唐突さでした。「なんで、こうなるの?」 見終えてから調べてわかったのですが、この映画が描いている時代だったかに、実際にあった出来事らしいことが描き込まれているんですね。そんなこと、知るわけないやん!でした。 ついでに、もう一つ。題名の「ナチュラル」なんですけど、アメリカの人は生まれながらに才能のあるスポーツ選手のことを「The Natural」と呼ぶんだそうで、これまた、見終えてから知って、「ああ、そういうことか!」でした。 ああ、もう一つ見終えて知ったことですが、ロバート・レッドフォードって野球の推薦とかでコロラド大学とかに進学したらしいのですが、未成年飲酒がバレて退学しちゃった人らしいですね。だから、この映画で天才スラッガー役をやっていても、本人としては、そう、変な役だとは思わなかったのかもですね。ナルホド!でした(笑)。 何はともあれ、後味は悪くない作品でしたよ。拍手! 監督 バリー・レビンソン原作 バーナード・マラマッド脚本 ロジャー・タウン フィル・ダッセンベリー撮影 キャレブ・デシャネル音楽 ランディ・ニューマンキャストロバート・レッドフォード(ロイ・ホッブス ナチュラル)キム・ベイシンガー(メモ・パリス 監督の姪)バーバラ・ハーシー(ハリエット・バード)リチャード・ファーンズワース(レッド・ブロウ ナイツのコーチ)マイケル・マドセン(バンプ・ベイリー外野手)グレン・クローズ(アイリス・ゲインズ・ロイの幼なじみ)ウィルフォード・ブリムリー(ポップ・フィッシャー・ナイツの監督)ロバート・プロスキー(ナイツのオーナー)ジョー・ドン・ベイカージョン・フィネガンマイク・スターアラン・ファッジ1984年・138分・アメリカ原題「The Natural」2026・07・21・no139・パルシネマ新公園no52追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.22
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佐藤信介「キングダム 魂の決戦」109シネマズ・ハットno85 原泰久の人気マンガの「キングダム」を読み続けています。ボクとしては当然なのですが、実写であろうとアニメであろうと映画も見ます! というわけで、佐藤信介監督の「キングダム」シリーズ、第5作「キングダム 魂の決戦」見ちゃいました。 中国に春秋・戦国と呼ばれている歴史時代がありますが、その戦国時代の終わりごろを舞台に、強国「秦」の中華統一の夢を、のちの始皇帝、秦王嬴政と、後の大将軍李信との、若き日の友情の物語をメイン・ストーリィーとして原泰久が描いている「キングダム」が原作のシリーズです。 今のところ79巻まで書き続けられている原作マンガに基づいた、実写版の映画化で、脚本も原泰久が担当しているところが原作ファンには堪えられないのですが、今回も、ニコニコでした(笑)。 「キングダム」というマンガが描いている時代というのは、紀元前200年以上昔ですが、戦国の七雄と呼ばれる、所謂、群雄割拠の時代ですね。 で、その時代に生れた「合従連衡」という言葉があります。 「合従」というのは強国秦に対抗しようとする韓・魏・趙・燕・楚・斉の六国が連合する外交政策を指し、「連衡」とは、六国の連合政策を切り崩しにかかった「秦」による、各国との個別外交のことを指しますが、今回の魂の決戦は、合従連合軍と秦が、あの、函谷関で戦うというお話です。原作の何巻頃だったか、もう、忘れていました。 しかし、まあ、なんといっても、あの函谷関の戦いですからね。 それだけで嬉しかったんですが、戦場シーンとか、大将同士の一騎討ちも面白く見ました。ああ、それから、今回1000人将に昇格した飛信隊の信なんですが、彼の軍を指揮する麃公(ひょうこう)将軍を演じる豊川悦司さん、いい味出していらっしゃいましたね。 ただ、今回は、大将軍王騎亡き後の出来事で、スクリーンから大沢たかおさんがいなくなってしまっていたり、楊端和の長澤まさみさんとか、羌瘣の清野菜名さんが出てこなかったのが、ちょっと残念でした。 まあ、しかし、楽しさは相変わらずで拍手!でした。 で、この「函谷関の戦い」ですけど。戦いが始まったばかりで、映画は終わっちゃたんですよね。このテンポだと、あと二作ぐらいかかりそうなんですけど、続編は、もう、撮っているんですかね。 登場人物は増えるばかりで、誰が誰なんだか全くわからないんですけど、好きなものは好きなわけで、期待しますね。監督 佐藤信介原作・脚本 原泰久脚本 黒岩勉撮影監督 佐光朗撮影 三代郁也編集 今井剛音楽 やまだ豊主題歌 米津玄師キャスト山﨑賢人(信 飛信隊)吉沢亮(嬴政 秦王)橋本環奈(河了貂 飛信隊)清野菜名(羌瘣 飛信隊)小栗旬(李牧 趙)山田裕貴(万極 趙)坂口憲二(桓騎 秦)豊川悦司(麃公 秦)笹野高史(蔡沢 秦)満島真之介(壁)佐藤浩市(呂不韋 秦)髙嶋政宏(昌文君 秦)岡山天音(尾平 飛信隊)志尊淳(蒙恬)神尾楓珠(王賁 秦)宍戸開(オルド 燕)山下美月(陽 秦王宮)蒔田彩珠(向 秦王宮)結木滉星(項翼)三吉彩(花媧燐)三山凌輝(白麗)要潤(騰)加藤雅也(肆氏)高橋光臣(干央)平山祐介(蒙武)一ノ瀬ワタル(臨武君)佐久間由衣(カイネ)勝矢(汗明)坂東彌十郎(蒙驁)橋本さとし(張唐)谷田歩(王翦)中村蒼(慶舎)田中圭(呉鳳明)斎藤工(春申君 楚)玉木宏(昌平君)渋谷謙人(成恢)2026年・134分・G・日本・東宝・ソニー2026・07・17・no137・109シネマズ・ハットno85追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.21
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うすくらふみ「絶滅動物物語(1)」(小学館) 2026年4月のマンガ便に入っていました。うすくらふみという方のマンガです。「絶滅動物物語」(小学館)の第1巻です。で、まずは第1巻です。 こんな副題がついています。「地上より永久に消え去った者へのレクイエム」 ページを開くと目次があって「なんと700種―!」 次のページには西暦1600年以降に絶滅した動物は―実に七〇〇種にのぼる。現在は、6回目の「大絶滅」の時代と言われている。以前の5回の大絶滅は、氷河期の到来、隕石の衝突、気候変動による・・・ で、目次はこんな感じです。第1話「ステラーカイギュウ」…………3第2話「モーリシャス・ドードー」………27第3話「アメリカバイソン」……………47第4話「オオウミガラス」………………67第5話「ピレネーアイベックス」………87第6話「リョコウバト」…………………107第7話「キタシロサイ」………………131第8話「ニホンオオカミ」………………151 第1話のステラーカイギュウというのはこれです。 このマンガで絶滅が描かれている動物たちは、名前を知っているものも、名前さえ知らないものもありますが、絶滅の原因は、実に、哀しいことですが、すべて、その時代、時代に生きた人間たちでした。 地球が「生きものの星」になって、人間という生きものがその星に登場して、さて、どれくらいの時間がたったのか。人間が登場したことで、どれくらいの生きものたちが絶滅してしまったのか。しみじみと振り返るマンガです。 今、人間たちは地球という自分たちの住処さえも壊してしまいそうになっているを、毎日の猛烈な暑さの中で実感しています。 このマンガに登場する動物たちはもう戻ってきません。自分が「生きものの星」に偶然生まれた「生きもの」であることを忘れたかの人間は、やがて、このマンガに登場する動物たちのように「絶滅」するのでしょうか。 何をやっても大丈夫だとたかをくくってでしょうか・・・ 地球という、生きものたちを育んできた大きな星を壊してきた自らの姿にそろそろ気づいてもいい時がやって来ているのですね。人間が生きものと一緒に生きている生きもの星の仲間であること! 多分、そこから考えることが大切なのでしょうね。そんなことを思い出させてくれるマンガでした。 2026-no047-1262 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.20
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濱口竜介「急に具合が悪くなる」シネリーブル神戸 映画の製作が伝えられて以来、ずっと待っていました。ところが、カンヌで主演女優賞をとったとか、話題が盛り上がってしまって先週の封切り以来、神戸でも満員御礼状態で、席が空くのを待っていました。 で、遂に、見ました。濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」。196分の大作でした。 はい、文句ありません!(笑) エンド・ロールを眺めていて現代資本主義講座やんな、これ! あっという間の3時間でした。集中講義でした(笑)。茶化しているのではありません。 濱口監督のお手柄はフランスの人と日本の人をフランスという舞台で出合わせたことでしょうね。映画が描いている、国境、性別、年齢、価値観、これを、それぞれ個別の社会の現実として描いていたら、ボクはこんなに胸うたれたでしょうか?「そうはいっても、やっぱりむずかしいよ。」 見終えて劇場を出るときに、ほぼ、同世代の男性が、ご一緒に見ていらっしゃったパートナーらしき女性に、そうおっしゃっている声が聞こえてきて、思わず振り返りました。たしかに、むずかしいですね。 しかし、路面電車の車中から走っている少年、智樹君を見かけたマリーが電車を降りて彼の後を追い、じっと彼の顔を覗き込むように近づいていく最初の出会いのシーンの驚きは「むずかしい」でまとめたくないなというのがまあ、感想その1でした。 あのシーンでマリーは何をしたのでしょう。ボクには、あのシーンのマリーの姿に、人と人を「個」として切り離すことで成り立っている「現代社会」に対するこの監督のアンチ・テーゼ、「人と人が出会うこと」が率直に、且つ、美しく描かれていると感じられました。 で、感想その2は、劇中劇、シアターライブに対する拍手!です。これまでも、繰り返し演劇的場面を映像化してきた濱口監督だからできた手法ですね。 ボクは長塚京三という俳優のスクリーンに映る演技が嫌いでしたが、今回、この作品では舞台を演じる役者の姿も、孫と暮らす、よろつきながら歩く老人としての姿も、心うつ演技で納得させてくれていますね。 演劇そのものの舞台と観客との距離を、映像化という手法以前に演出的にも引き寄せようとする意図はあきらかで、マリーと少年との出会いを反復するかのように「演じる人」と「見ている人」とを同じ劇的空間に招来しようという劇中劇に、ちょっと興奮しました。拍手! その3は、やっぱり主演のお二人とか、智樹君を演じた黒崎煌代くん、ベテラン看護師役のマリー・ビュネルさんですね。拍手! この映画は、何だか理屈っぽい展開を、ジーちゃんバーちゃんをはじめ、登場する俳優さんたちの姿を人間が猫とか犬とかと同じ生きものであるという自然な存在として映像化しているところがスゴイですね。 お互いの足の裏をいじり合い、気持ちよさそうにゴロゴロしている老人の姿によって未来に対する希望を描くことができるという確信が濱口監督にあるんですね。拍手!拍手!でした。 久しぶりにキャピタリズム=資本論という言葉と出会って、しみじみしてしまいました。そんな言葉を口にすると、今でサヨクとかいう、罵倒の標的ですからね。 必要性が叫ばれ続けているにもかからず劣悪な給与体系のせいで人手不足に悩む介護や看護の現場。病者や障碍者に対する美しいいたわりのきまり言葉がネット上で上滑りする健常者優先社会。スマホを覗けば世界の現実は手に取るように見ることができて、わからないことは何でもポケットの中のAIが教えてくれるという錯覚の中で、「自己肯定」とか「自己責任」とかいう、他者不在の世界認識が蔓延している、一見、平和な世の中。どこか、おかしい・・・ それが、我々の世代が、今、高齢者と呼ばれるようになってたどり着いた現実です。そういう、「どこか、おかしい」時代の中で、こんな作品を差し出してくる濱口竜介監督に、もう一度、拍手! ようやく、濱口竜介はいいよ!にたどり着きました(笑)。 監督・脚本 濱口竜介原作 宮野真生子 磯野真穂脚本 ルディムナ玲亜撮影 アラン・ギシャウア美術 ミラ・プレリ衣装 カロリーヌ・シュピート編集 山崎梓音楽 サミュエル・アンドレイエフキャストビルジニー・エフィラ(マリー=ルー・フォンテーヌ 高齢者介護施設介護士)岡本多緒(森崎真理 劇作家)長塚京三(清宮吾朗 俳優)黒崎煌代(窪寺智樹 清宮の孫)ジャン=シャルル・クリシェ(オリヴィエ)マリー・ビュネル(ソフィ 看護師)ロマン・コタール(ダミアン 介護士)マリー・ドゥナルノー(ロランス)ガブリエル・ダマニ(ジブリル)エロイーズ・ジャンジョー(ヴァネッサ)セフォラ・ポンディ(アディジャ)ハイディ・ベッカー=バベル(マリオン)2026年・196分・G・フランス・日本・ドイツ・ベルギー合作2026・06・26・no123・シネリーブル神戸no391追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.19
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小林まこと「JJM女子柔道部物語 社会人編03」(EVENING KC 講談社) 今日のマンガ便は小林まこと「JJM女子柔道部物語 社会人編03」(EVENING KC 講談社)です。 前回、第4巻を先に読んでいて、あれ?第3巻、読んでないかも。 マンガ便を届けてくれるトラキチ君に伝えると届けてくれました。 1991年、バルセロナの世界柔道選手権で平成の三四郎と異名をとった古賀稔彦選手が大活躍した、あのころが舞台です。 もちろん、このマンガの主人公エモちゃんは音羽海上という実業団に入社し、社会人になったばかりで、寮母さんに心配かけまくりのトンチンカンな寮生活、生れて始め経験する東京の夜の町に目を丸くする田舎者の20歳のトッポイ女の子の時代です。 これが裏表紙です。 寮母さんに心配をかけて、先輩に叱られているエモちゃん(笑)です。 お話のメイン、本筋の柔道もやる気はあるのですがぶつかりまくる壁に焦って大怪我をしてしまう結末で、ハラハラしながら笑って終わったのが本巻でした。マンガの面白さは相変わらずでした。 ケガをして、帰省し、彼女の生い立ち、妹弟との再会が描かれる4巻を先に読み終えていたので、何となく、次の山場への橋渡しの巻という読み方をしたのですが、初々しい社会人エモちゃんを笑いで描いていて、楽しい1巻でした。 余談ですけど、当時の柔道についてネットをチコチコしていて、平成の三四郎、古賀稔彦さんが2021年に53歳の若さで亡くなっていることを知ってショックでした。このマンガの主人公のモデルである恵本裕子さんは現在53歳で、お元気なようでホッとしました。 2026-no069-1284 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.19
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まの瀬 みはる「島ロック1」(集英社) トラキチ君の7月のマンガ便で届いた新しいマンガです。著者がまの瀬さんとみはるさんというお二人で、題名は「島ロック」です。「少年ジャンプってまだあるんだ!」と60年前の少年が驚いている週刊少年ジャンプに連載されているマンガのようです。 高校受験で、定員割れだけを理由に選んで合格した学校が離島にあって、かえって喜んで島にやって来た小津隼人くんが、新入生が4人しかいない高校生活を始めるという出だしで、マンガは始まりました。 藤堂みなぎちゃん、江本ユキちゃん、木宮太郎君が同級生です。学校は有久高校。九州の長崎県にある五島列島に、実在する宇久島という島にある宇久高校がモデルのようです。 なんというか、ボクには、もう、それだけで面白いですね。「やさしい島で、不器用な青春が、また鳴り始める!」 腰巻の宣伝文句です。 この第1巻では、島の人たちがぽつぽつと紹介され、同級生たちのキャラが少しずつ描かれていますが、島にやって来たばかりの隼人君はオタオタするばかりで、鳴り響く青春には、まだちょっと時間がかかりそうですが、藤堂みなぎちゃんと江本ユキちゃんという、二人の女の子は、かなり個性的でパワフルですね。 絵柄も軽くて好みです。次号が楽しみですね。2026-no067-1282 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.18
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石塚真一「Blue Giant Momentum 8」(小学館) トラキチ君の7月のマンガ便で届きました。 石塚真一「Blue Giant Momentum 8」(小学館)です。7月5日の新刊でニューヨーク編の第8巻です。いいなあ、やめられへんなあ・・・ 第7巻から始まっていた初レコーディングですが、出来上がりました。アルバムの名前は「DAI MIYAMOTO MOMENTUM SLUGGER」らしいです。 「SLUGGER」は「スラッガー」、強打者ですね。そのあたりが石塚さん、お上手ですよね(笑)。 今回も、マンガそのものは、全編、ほぼ、演奏シーンです。なんか、不思議なんですけど、マンガは、やっぱりマンガでしかなくて、音は聞こえないわけなんですけど、このマンガって音を聞いているような気分にしてくれるんですよね。 まあ、そのうち、音入りアニメ映画とかになるかもですから、その時が楽しみなんですけど、ついでに言うと、大ちゃんに限らず、吹き出しの言葉は二ホン語なんですけど、彼らは、多分、英語で喋っているはずなんですよね。まあ、そのあたりはアニメ化しても変わらないんでしょうけど、マンガって不思議ですね。 まあ、そういうわけで大ちゃんたちはツァーです。いろんな人と出会う旅ですね。石塚真一の得意技炸裂です。 ああ、それから事件も起こります。大ちゃんの、あの楽器が・・・・・。 まあ読んでみてください。 次号も楽しみですね。 2026-no068-1283 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.17
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菊地啓「Returnees(リターニーズ)元こども兵 それぞれの再起」元町映画館 なんの予備知識もないまま、「リターニーズって何?」で見ました。 菊地啓という方が監督の「Returnees(リターニーズ)元こども兵 それぞれの再起」というドキュメンタリィ―でした。11歳で誘拐され、人殺しをさせられた まず、そういう現実が世界のどこかにあることに言葉を失いました。少年たちは「こども兵」と呼ばれているそうです。 反政府武装組織LRA(神の抵抗軍)と政府軍が20年以上内戦を続けているアフリカのウガンダという国の出来事です。 LRAが国内だけではなく、近隣諸国の村を襲い、子どもたちを誘拐・拉致し、男の子は兵士にさせられ、女の子は兵士たちと強制的に結婚させられるという現実です。誘拐された子どもの数は3万人を超えるそうです。 スクリーンに映し出されるのは、「ブッシュ」と呼ばれるLRAの軍から、命がけで逃げてきた人たちです。彼らはリターニーズと呼ばれて、故郷の人たちから差別されています。子ども兵だった僕に帰れる場所はありますか? 映画は、彼らに「帰れる場所」を作る活動を続けてきた「テラ・ルネッサンス」というNPO活動を続ける小川真吾という方の活動と、そこで裁縫や大工仕事を学んでいる「元こども兵」の姿を映し出していました。支える人と、新しい人生、自分の人生を生きようとしている、それぞれの姿、眼差しが胸を打ちました。拍手!ですね。 誘拐され、人殺しや、慰安婦の役目を強制され、故郷からは見捨てられてきた20代、30代の男性や女性たちが「自分自身の人生」を求めて楽しそうにミシンを踏んでいる姿に、「こんな人がいるんだ!」という、最初の驚きを忘れて、やっぱり、涙がこぼれました。 小川真吾という方の活動もスゴイですね。拍手!で、この記録を映画にしてくれた菊池監督やスタッフの皆さんにも拍手!でした。監督・撮影・編集 菊地啓プロデューサー 上田未生効果・整音 高木創カラーグレーディング 石原史香音楽 ライアン・トーバート通訳・コーディネーター オチョラ・ドミニク助監督 大久保雪花2026年・102分・G・日本2026・07・14・no135菊地啓・元町映画館no386追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.16
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フリーヌル・パルマソン「きれっぱしの愛」シネリーブル神戸 アイスランドとかフィンランドとかの映画って好きなんですよね。そんなに見たことがあるわけじゃありませんが、どこか、ぶっ飛んでるんですね(笑)。 まあ、そこが好きなんですけど(笑)。 今回、見たのは、2年ほど前に「ゴッド・ランド」という作品で名前を覚えたフリーヌル・パルマソンという監督の「きれっぱしの愛」です。 「ゴッド・ランド」は、なぜかカメラを担いだ宣教師が主人公だったのですが、今回はホーム・ドラマ仕立てでした。 夫と別れてオネーチャンのイダちゃん、双子の兄弟のグリム―ル君とソルギス君、そして愛犬パンダという三人と一匹と暮らすアンナさんの四人家族のお話でした。 で、彼女は、所謂、前衛芸術家、絵描きです。この映画の面白さの一つは、彼女の作品の制作過程が、結構、丁寧になぞられていて、その面白さですね。 まあ、こう書くとシングル・マザーと家族の日々となるはずなのですが、なぜかそうはなりません。というのは、ここからがぶっ飛んでいるのですが、家から追い出されたはずの元夫で、子どもたちのお父さんのマグヌスさん、大きな漁船に乗っている漁師さんなのですが、その男性が、ほとんど、お父さんで夫のままとしか思えない風情でアンナさんたちの家に出入りし、「愛」をまき散らすんですね。「どうなってんの、これ?」 ガチョウの卵を盗んで帰るインチキ画廊オーナーのセスナの墜落。子供たちが海の見える草原に作った射的の鎧兜の人形。その人形が動き出し、兜を取ってみたら女だったりする不思議。家族の会話やテレビから流れる不穏な話題。スカートでマグヌスの顔をまたぐアンナ。スカートの中を見上げてパンツに見入るマグヌス。「雄鶏はセックスするだけ」とか語り合う子供たち。その雄鶏を撲殺し、結果、巨大な雄鶏に襲われるマグヌス。弓矢遊びで怪我をした息子の元へ行こうと漁船から海に飛び降り、そのまま、海面に浮かび続けるマグヌス。虚なのか、実なのか。 普通なのに不思議な日常、背景に広がるアイスランドの美しい風景、そんなスクリーンに飛び散るように見えるそれぞれの「愛」のきれっぱし! まあ、よくわかんないシーンが繰り広げられて、わかった!とは言わせないと作っているとしか思えないフリーヌル・パルマソン監督に不思議な面白さを感じてしまって、拍手!でした(笑)。はい、結局、説明できませんけど(笑)。 あのね、これがチラシの裏なんですけどね。クレーンだかの先端に座っているのがアンナなんですけどね、こういうシーンが、ボクにとってはいかにもアイスランドなんですよね。好きなんです。 で、映画のラスト、アイスランドあたりの、多分、かなり冷たいに違いない海に浮かんでいたマグヌスさん、あれからどうなったんですかね。そんなに、悪いやつじゃないと思うんですけど。とか、気にかかっちゃうんですよね(笑)。 この映画に出てくる子どもたちって、監督の実のお子さんたちらしいんですけど、かわいかったですね。拍手!監督・製作総指揮・脚本・撮影 フリーヌル・パルマソン製作 アントン・マウニ・スバンソン カトリン・ポルス美術 フロスティ・フリズリクソン衣装 ニーナ・グロンルンド編集 ユリウス・クレブス・ダムスボ音楽 ハリー・ハントキャストサーガ・ガルザルスドッティル(アンナ 芸術家)スベリル・グドナソン(マグヌス 元夫)イダイダ・メッキン・フリンスドッティルグリムールグリムール・フリンソンソルギスソルギス・フリンソンパルミイングバール・シーグルズソンマルティンアンデシュ・モッスリング2025年・109分・G・アイスランド・デンマーク・スウェーデン・フランス合作原題「Ástin Sem Eftir Er」2026・07・08・no131・シネリーブル神戸no395追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.15
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フランコ・ガルシア・ベセラ「雲と大地のはざまで」元町映画館 南米の田舎の村の映画、きっと、そうだろうと思って見ました。そうでした!(笑)。 フランコ・ガルシア・ベセラという、多分、ペルーの監督の「雲と大地のはざまで」という作品です。 ペルーの山の中の小さな村で忠犬ランボーとアルパカの子供のロナウドが友達で、毎日、二十数頭のアルパカの放牧を仕事にしている、多分、小学校4年生くらいの少年フェリシアーノ君が主人公でした。 で、少年がアルパカを追って歩き回っている高原の向こうにそびえるアンデスの山々と青空を流れる雲という、文字通り神々しい風景が、まず、素晴らしかったですね。 あたかも主人公の少年を天国で遊ぶ天使であるかのように思わせる風景がスクリーンに広がります。でもね、実は、彼は、小学校も廃校になってしまった村に、ひとりぼっちで残された孤独な少年なのですね。 一緒にサッカーボールを蹴り合ったり、取っ組み合いをしたりしていたはずの友達の家族は、おそらく、金をばらまいて住民を追い出しにかかる鉱山業者に土地を売り、アルパカを手放して町へ降りてしまったんでしょうね。村には、少年の両親と近所のジーちゃんバーちゃんたちだけが「土地」と「アルパカ」のいる暮らしにとどまり続け、開発業者と争っています。 今や、この神々しい山並みのアンデスの山奥も現代社会なのですね。中国の最奥の土地からスマホをかける青年を映した映画を見たことを思い出しました。アンデスのこの映画では、フェリシアーノ君が持っているのはラジオで、大好きなサッカーの実況中継を見るためには町まで下りなければならないというわけでしたから、あれより、もっと奥地というわけです。 で、開発業者によるのであろう襲撃があって、数頭のラマの首がはねられ、一人ぼっちの少年の友だちであるランボーとロナウドが行方不明になってしまうという、ハラハラする展開で、二匹の友だちを探す少年の姿に「なんとかしてやりたいなあ。」と思っていると、一人のおばーちゃんが少年に言うのです。「あの、いつもは恐ろしい山の神に祈りなさい!」 神さまの名前も聞いたのですが、残念ながら忘れちゃいました(笑)。で、少年はおばーちゃんの言葉に従い、山に入り、山の神に捧げものをします。すると、大きな黒い雲が押し寄せてきます。 翌朝、目をさました少年は友だち二匹と再会し、捧げものがいつの間にかなくなっているシーンが映し出されます。なにはともあれ、よかった、よかった!(笑)でした。拍手! この映画、原題が「Raíz」なんですね。スペイン語で「根っこ」のことらしいのですが、この作品が描こうとしている「根っこ」ってなんでしょうね。 アンデスの美しい風景を堪能させながら、サッカーに夢中な少年に人里離れた山の暮らしの奥に潜む「根っこ」の存在をそっと教えるかの作品を撮ったフランコ・ガルシア・ベセラ監督に拍手!でした。 それから、少年を演じたアルベルト・メルマ君、ラマのロナウド君、ワンちゃんのランボー君、よかったですねえ(笑)。拍手! 監督 フランコ・ガルシア・ベセラ脚本 アンヌマリー・グンケル アリシア・キスペ撮影ジョン・カラスコ編集 フランコ・ガルシア・ベセラ フアン・フランシスコ・ゴンザレスキャストアルベルト・メルマ(フェリシアーノ 少年)ネリー・ウアイタリチャード・タイペ2024年・83分・G・ペルー・チリ合作原題「Raíz」2026・07・11・no134・元町映画館no385追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.14
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斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社) 2020年ですから、6年前ですね。河合宏樹という監督が撮ったドキュメンタリィー作品「うたのはじまり」という、なんというか、ものすごい作品を見て、その映画に登場していた斎藤陽道という人の名前を覚えました。 で、市民図書館の棚にその名前を見つけて「アッ、あの人や!」 お風呂で赤ん坊を抱いて歌を歌っていた人です。 ろう者の写真家、斎藤陽道(はるみち)さんが、パートナーのまなみさんと、コーダである二人のお子さんと暮してこられたに4年間の記録?、日記?、エッセイ?、どう言っていいか分かりませんが、まなみさんやお子さんに、あるいは、自分自身に語りかける文章の1冊でした。 というわけで、今日の案内は、斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社)です。 こんな文章が最初にあります。 はじめに ことばの光る道を築く ろう者の、ぼく、まなみ。 聞こえる子どもの樹(いつき)さん、畔(ほとり)さん。 身体が違えば、見えている世界も違う。 ぼくは聞こえる世界のことをしらない。 結局のところ、暮らしに答なんてなかったし、励ましになるような文章などと、おこがましいことであった。ただ、ひとりぼっちのぼくが、もっとも近くにいるひとりぼっちに向けて交わしたことばを、どうにか残そうとしゃかりきいなった痕跡だけが残った。 長くも短い四年のうちに、自然と定まってきた行為がある。ほほえみも、体温も、ことばとして響くようにと、見つめながら抱きしめる。相手のアゴを使って、手話で「好きだよ」と伝える。続けて、お互いに頬を合わせながら、デフボイスで「たからもの」とささやく。毎夜、このように子どもへ伝えている。 そうか、手話をことばとしていると、こうやって生きて、愛して、関わっていくこともできるのだなあと、自分で自分の暮らしに驚くことがしばしばある。 ぼくたちは暮らしながら、ことばの光る道を築いているのだ。 ひとりぼっちが四人で、よっちぼっちというのが書名の由来です。「暮しの手帖」に連載なさっていた文章ですね。 「音」があることが、「耳が聴こえること」が、当たり前であると思い込んで生きてきたボクには、驚くべきことばの姿が語られていました。 「声」という音の痕跡によって人が繋がっていくと考えるのであれば、それぞれがひとりぼっちである外はないろう者である両親、コーダである子供たち、光を放つことばの道を歩むことでよっちぼっちになっていく暮らしです。 なにを言いたのか意味不明なことを口走っていますが、本書をお読みになればわかっていただけるだろうと思っています。 で、最後の引用されていた神谷美恵子さんの詩が気に入ったので載せておきます。うつわの歌 神谷美恵子私はうつわよ、愛をうけるための。うつわはまるで腐れ木よ、いつこわれるかわからない。でも愛はいのちの水よ、みくにの泉なのだから。あとからあとから湧き出でて、つきることもない。うつわはじっとしてるの、うごいたら逸れちゃうもの。ただ口を天に向けてれば、流れ込まない筈はない。愛は降りつづけるのよ、時には春雨のように、時には夕立のようにどの日も止むことはない。とても痛い時もあるのよ、あんまり勢いがいいと。でもいつも同じ水よ、まざりものなんかない。うつわはじきに溢れるのよ、そしてまわりにこぼれるの。こぼれて何処へ行くのでしょう、― そんなこと、私知らない。私はうつわよ、愛をうけるための。私はただのうつわ、いつもうけとるだけ。 「うつわのうた」 で、「よっちぼっち」の斎藤さんちに五人目のひとりぼっちが加わったそうです。「ごっちぼっち」というわけです。 二〇二三年の夏、もうひとつの器がやってきた。沖永良部島で眺めた、どこまでも広がる満点の星空が命名のきっかけとなった天彌(あまみ)さん。「よっちぼっち」から、「ごっちぼっち」となろうとは、連載を始めたころは想像だにしていなかった。人間、どうなっていっくかなんて本当にわかりゃしない。 まなみも、樹さんも、畔さんも、天彌さんを慈しみ深く抱きしめながら、いのちの水をそそいでいる。天彌さんに向けるみんなの表情は、きらめくことばの結晶だ。天彌さんの肌に触れながら語りかける手話は、すずやかに染みわたっていることだろう。 また、ここから始まっていく。二〇二三年十月一日 斎藤陽道(P141) 2026-no064-1279 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.13
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ロビン・リー「フォー・トレイルズ限界を超えてゆけ」シネリーブル神戸 今日は2026年の7月10日ですが、一昨日だったか、梅雨が明けた神戸の町は文字通り「青空」で、真夏が始まりました。(笑) 徘徊老人、汗だくでやって来たシネ・リーブル神戸でしたが、見たのはロビン・リーという監督のドキュメンタリィー、「フォー・トレイルズ」でした。 予告編を見ていて、ゴールにたどり着いた選手たちが、みなさん号泣している様子に惹かれてやってきました。 見終えて、もらい泣きしながら思わず拍手! ナルホド!そりゃあ、泣くよね。 トレイルというのは、そもそも山道とかいう言葉らしいのですが、「トレイル」という耐久競技があることも、その内容も全く知らずに見ました。総距離298キロ、獲得標高14500メートル チラシにある、この数字がどういう意味を持っているのか、一日何歩とか、スマホかなんかで測ることすらイヤな老人には、もちろん理解できません。でも、60時間でこの数字をクリアしようと、淡々と歩く人たちの姿は感動的でした。 このレースは道を歩くだけじゃなくて、コンビニで買い物したり、電車やフェリーに乗ったりもするんですが、一人一人の選手の皆さんの、その場、その場の、一挙手、一投足から目が離せないんですよね。 で、この映画で唸るもうひとつは風景ですね。「香港四徑大歩走」 これが映画の原題らしいですが、選手たちが歩くコースと香港の街のコントラストというか、くねくねと線を引いたように山中に見えるコースをアリンコのような様子で選手が歩いていて、その向こうに恐ろしいほど密集し聳えているビル群が見えるのですが、ことばにならない凄さがスリーンに広がりますね。 選手の皆さんにはもちろん拍手!ですが、この映像の組み合わせで、現代を生きる人間の儚さのようなものを感じさせてくれたロビン・リー監督にも拍手!でした。 先日、「ロングウォーク」という映画を見ました。作り話的設定だと思い込んでいたんですけど、この「フォートレイル」を見て、実際にある競技だと知りました。驚きました。もちろん、実際の競技では歩くのをやめたからといってあの映画のように撃ち殺されたりはしません。むしろ、棄権するに至る選手について、棄権は棄権として讃える視線で貫かれている映画でした。レースじゃない。人生そのもの。 チラシにある言葉です。その通りでした。もう一度、拍手! 監督・編集 ロビン・リー製作 ベン・リー製作総指揮 アリソン・フリードマン日本語字幕監修 鏑木毅プロトレイルランナーキャストアンドレ(主催者)ストーン(香港の若いランナー)ポン(大怪我をしながら参加したベテラン)サラ(感想に挑戦する若い女性ランナー)サロモン(頭脳派エンジニア・ランナー)ウィル(心理学者ランナー)ニッキ(女性で唯一完走ランナー)チャン(ムードメーカー・ランナー)2024年・106分・G・香港原題「香港四徑大歩走」英題「Four Trails」2026・07・10・no133・シネリーブル神戸no397追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.11
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真壁幸紀「シンシン・アンド・ザ・マウス」シネリーブル神戸 吉本ばななの原作の映画化、ただそれだけに興味を惹かれて見ました。 真壁幸紀という、やっぱり知らない監督の「シンシン・アンド・ザ・マウス」です。 吉本ばななという作家が「キッチン」(新潮文庫)という作品で海燕新人賞を取ってデビューしたのが1987年ですね。 彼女が、あの吉本隆明の次女だということは、すぐに知れ渡って、ボクも、その話題に乗って読んだ記憶があります。彼女の作品にただよう独特な空気感が面白くて読み続けていましたが、お父さんが亡くなったころから読まなくなって、10年くらい経ちました。 で、なぜ、今、吉本ばななに?なんですが、つい、先日、「シマクマさん、バナナお好きでしょう。こんな話、知ってます?」といって文学好きのお友達教えてくれたネット上の情報なんですが、それが、この作家にとっての高名な父親ということばかりに気を取られていた吉本家の、娘たちと母との話だったんですね。詳しいことは、吉本ばなながネットで公開しているらしいノートだかをさがしていただきたいのですが、母と娘、姉と妹の、ちょっと想像を絶した話でした。 で、「シンシン・アンド・ザ・マウス」という、この映画です。 原作は、「ミトンとふびん」(新潮社)という、2022年谷崎潤一郎賞を取ったらしい、まあ、ボクは読んでいない短編集に収めらている作品のようです。母をうしなって傷心の娘、光岡ちづみという女性が旅先の台湾での、新しい出会いをする話でした。「立ち直りを描いた美しい映画だった。」 チラシに載っている吉本ばなな自身の感想の結びの言葉です。はい、その通りでした。 なにが、どう、ということを振りかえると、要するに、偶然の出会いに始まり、愛し合うという結論に至る、二人の男女が母について語り合う物語だったと思うのですが、最初から最後まで作り話にしか思えなくて、ちょっと疲れた気分で見終えました。 主人公のちづみを演じる岸井ゆきのさんも、シンシンを演じるツェン・ジンホアくんも悪くないんです。二人に間で交わされる会話も悪くないです。シンシンの日本語に引っかかる人はいるかと思いますが、ボクには自然でした。ただ、二人の間で語り合われ、映像としても映し出される、記憶の中での、それぞれの母との関係、そして、今のありさま、その二人の成り行きに、ちょっと、ついていけなかったんでしょうね。 まあ、美しいラブ・ストーリィーというよりも、心理ドラマとして見てしまっていたわけですが、こういうのって、リアルなんでしょうかね? 映画を見て面白ければ、久しぶりにばななを読んでみようかとか思っていたんですが、ちょっと、すぐにとび付きたいとは思いませんでしたね。まあ、ヒマですから、また、読んだら案内しますね(笑)。監督・脚本・編集 真壁幸紀原作 吉本ばなな脚本 加藤法子主題歌 藤原季節 asマサミチキャスト岸井ゆきの(光岡ちづみ)ツェン・ジンホア(シンシン 田口真吾)藤原季節(マサミチ)中田青渚(サチ)柄本時生(ライブハウスの店長)伊勢佳世(クリーニング店の店員)飯田基祐(蓮沼弘喜)リン・チェンシーエンジェル・リーリン・メイジェン余貴美子(光岡沙都子 母)2026年・108分・G・日本2026・07・08・no132・シネリーブル神戸no396追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.10
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フランシス・ローレンス「ロングウォーク」シネリーブル神戸 スティーブン・キングが、どっちかというと苦手なんですが、彼のデビュー作の映画化ということで興味が湧いて見ました。 フランシス・ローレンスという監督の「ロングウォーク」です。「歩くか即死」 チラシに踊っている宣伝文句です。50人の出場者が「時速4.8キロをキープすること」「速度が下回ると警告開始」「3つの警告で即死」「最後の1人になるまで歩き続けること」というルールで「歩く」話でした。 現実には、まあ、ありえない、実に殺伐とした設定のお話なのですが、妙に納得して見終えました。要するに、人が生きているっていうのはこういうことなんだな・・・ そういう、納得です。あんまり読んでいないので、具体例が浮かびませんが、いかにもスティーブン・キングでした。 最後まで生き残るのは一人だけというレースのルール上、どっちかが先に死んでしまう、という役柄を演じているレイ(クーパー・ホフマン)とピーター(デビッド・ジョンソン)という二人の青年がよかったですね。彼らを中心に、青年たちのありさまというか、死に曝されて歩きながら、ただ、お喋りし続けるシーンが続きます。 女性は、レイの母親(ジュディ・グリア)以外、一人も出てこない所が原作の時代を感じさせる面もあります。 まあ、スピードを維持できなくなっている年齢を自覚せざるを得ない眼には、少々しんどかったのですが、青年たちの歩き方に見入りました。ラストは「そうでなきゃ!」という、なんかホッとする結末で、特に主人公のお二人と監督に拍手!でした。 帰って来て調べてみるとスティーブン・キングさん、78歳だそうで、まだ歩き続けていらっしゃるようで拍手!でした。監督・製作 フランシス・ローレンス製作 ロイ・リー スティーブン・シュナイダー キャメロン・マコノミー原作 スティーブン・キング脚本 J・T・モルナー撮影 ジョー・ウィリアムズ編集 マーク・ヨシカワ音楽 ジェレマイア・フレイツキャストクーパー・ホフマン(レイ・ギャラティ 歩く人)ジュディ・グリア(ミセス・ギャラティ レイのお母さん)デビッド・ジョンソン(ピーター・マクヴリーズ 歩く人)ギャレット・ウエアリング(ビリー・ステビンズ 歩く人)トゥット・ニュオット(アート・ベイカー 歩く人)チャーリー・プラマー(ゲイリー・バーコヴィッチ 歩く人)ベン・ウォン(ハンク・オルソン 歩く人)ローマン・グリフィン・デイビス(アダム・カーリー・ホワイト 歩く人)ジョーダン・ゴンザレス(リチャード・ハークネス 歩く人)ジョシュア・オジック(コリー・パーカー 歩く人)ジョシュ・ハミルトンマーク・ハミル(少佐 歩かせる人)2025年・108分・R15+・アメリカ原題「The Long Walk」2026・07・07・no130・シネリーブル神戸no394追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.09
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アンドレイ・タルコフスキー「ストーカー」元町映画館 元町映画館で没後40年 タルコフスキー特集 超域の映像 2026 という特集が始まりました。で、でかけました。 特集の初日で土曜日です。なんと、まあ、60席しかないミニシアターではあるのですが、大学生らしき若い方たちで、ほぼ満席の盛況で驚きました。 見たのはアンドレイ・タルコフスキー監督の1979年の作品、「ストーカー」です。 タルコフスキーとか、ボクにとっては20代の頃の「惑星ソラリス」あたりの記憶しか残っていない、まあ、ホントは何にも残っていませんが、そういう映画監督です。 ロシア映画の研究者というか紹介者で、最近、ネーヤ・ゾールスカヤという方の「時代に永らえる映画」(未知谷)というソビエトの映画評論・エッセイの本を翻訳、出版されたOさんという、なぜかお知り合いの方がいらっしゃいます。 で、その彼女から「元町でタルコフスキーの特集やるらしいから、1本でもいいから見てね。」 で、やって来たわけですが、題名の「ストーカー」は、今どきでは他人の行動や生活を覗き見する犯罪の意味で流通している言葉です。ボク自身、そうなのかなと思って見始めましたが、違いました。 「密猟者」くらいが、多分、普通の訳で、この映画では「ゾーン」と名付けられ、一般市民立ち入り禁止の地域にあるといわれる、謎の「願掛けの部屋」への「案内人」を名指す言葉でした。 映画はストーカーの案内で、物理学の教授と小説家が出かけて行き、帰ってくるお話で、願いがかなう部屋の存在、だから人間の欲望を巡って、科学者と文学者と一般市民との三つ巴の議論の山した。 70年代のソビエトロシアを描いた作品らしいなあというのが率直な感想でしたが、チラシの写真に写っている少女の読書のシーンで、唸りました。 ここまで、欲望充足の目的地を目指す大人の男3人の、いかにもタルコフスキー! まあ、そういいたくなる摩訶不思議な映像体験でしたが、生まれながらに足が不自由なこの少女が、多分、誰かの詩集を抱えて声に出して読むのです。すると、彼女の目の前の机の上のコップが滑るように動くんですね。 ザンネンなことに、彼女の朗読していた詩のことばは忘れてしまいました。「これは、なんなんだ?!」 はい、これこそ、確かに、タルコフスキー体験!でした。拍手!監督・美術 アンドレイ・タルコフスキー原作・脚本アルカージー・ストルガツキー ボリス・ストルガツキー撮影 アレクサンドル・クニャジンスキー音楽 エドゥアルド・アルテミエフキャストアレクサンドル・カイダノフスキー(ストーカー密猟者)アリーサ・フレインドリフ(ストーカーの妻)アナトリー・ソロニーツィン(作家)ニコライ・グリニコ(物理学の教授)1979年・163分・ソ連原題「Stalker」2026・07・04・no128・元町映画館no384追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.08
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ジェレミー・マー「Count Basieカウント・ベイシー」シネリーブル神戸 先日「マイケル」を見た勢いで今日はジェレミー・マーという監督の「カウント・ベイシー」でした。2018年に製作されたドキュメンタリィー映画でした。 たしか、1984年だったかに亡くなったカウント・ベイシーの思い出を楽団のメンバーの方、たとえば、クインシー・ジョーンズとか、家族のお友達の方が、それぞれベイシーの人柄を懐かしく語っているあたたかい作品でした。 今秋、カウント・ベイシー楽団が来日するらしい企画に合わせての上映のようですが、カウント・ベイシー楽団って、まだあるんですね! ちょっと、驚きました。 映画はしみじしちゃうエピソード満載でよかったですよ。 なにしろ、1904年生まれで、多分、無声映画の伴奏とかでピアノをマスターして、スウィングジャズの時代の代名詞のような人ですからね。考えてみれば、ジャズという音楽の100年の歴史の始まりのお勉強でしたが、退屈しませんね。 家族のこと、公民権運動の時代のアメリカのこと、ビッグバンドの旅の話、みんな、面白いんですけど、やっぱり聴こえてくる音楽がいいですね。 ピアノを弾くベイシーの姿が音色と一緒に映し出されてサイコー!でした。 映画の中でカウント・ベイシーのカウントって「伯爵」とかの意味で、デューク・エリントンのデュークが「男爵」の意味だから、それを越えようと名乗ったというエピソードをベイシー自身の映像が語っているシーンがあって、「ああ、そうだったよな。」と思い出して、面白かったですね。 ついでですが、見ていて、思い出したことがもう一つありました。彼の音楽を初めて聴いたのは1970年代の半ば、大学1年生だった時に、当時、仙台の大学にいたI君という、まあ、ロックにしろジャズにしろ、高校時代から音楽の師匠のような友達の下宿でした。「折角、神戸から来てるんやから、日本で一番音のええジャズ喫茶行ってみるか?」 とか、何とか誘われて、仙台から、多分、列車に乗って一関のベイシーという有名なジャズ喫茶に行ったことですね。 で、今日、映画を見終えて帰って来て「ベイシー」と検索すると今でもあるそうです。スゴイですね。 まあ、それだけの話ですが、ボク自身の記憶の奥を掘り返してくれる、なんだか懐かしい作品でした。拍手!監督 ジェレミー・マーキャスト カウント・ベイシー2018年・75分・G・イギリス原題「Count Basie Through His Own Eyes」2026・07・06・no129・シネリーブル神戸no393追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.07
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坂西未郁「メモリィズ」キノシネマ神戸国際 チラシが出始めたときから、まあ、数少ない贔屓の男優さん(笑)である柄本佑君が主役らしいということで気になっていたのですが、微妙な時間帯の上映で見落としそうになりながら無事見ることができました(笑)。 坂西未郁という、名前に覚えのない監督の「メモリィズ」です。 坂西未郁という方は「みいく」と読む名前らしくて、女性かな?と思っていましたが、石井裕也監督の「愛にイナズマ」という映画の助監督だった方らしくて、1992年生まれだそうですから35歳くらいの男性でした。監督初挑戦!の作品のようです。 で、映画ですが、とてもよかったですね。 一枚目のチラシの裏に、いろいろ書いてあります。映像について考え抜いた繊細さとでもいえばいいのでしょうか。大好きな人を明日も忘れないために。この気持ちをいつか思い出すために。とめどなく続く、家族の記憶と記録の物語。 チラシの言葉です。 スクリーン自体も、普段見ている映画よりも少し小さいのが印象的ですし、主人公の雄太さんが一人暮らしで骨折するという難儀に陥った義理のお父さんの世話を引き受けて、フェリーに乗って大分にやってくるという始まりです。で、その義理の父親である誠さんが、写真館の御主人で、写真屋さんなんですね。で、上のチラシにある写真もそうですけど、スクリーンに写真が出てくるんですね。 この写真は写真機で撮ったものですが、映画は、それで終わりじゃなくて、このボクでも時は撮るスマホでの写真や、スマホでの交信の映像も出てきます。 そのあたりの組み合わせの妙というか、「メモリィズ」と題して、記憶のはじまる瞬間にいどむ!そういう、印象がとても心地が良くて、いかにも新人監督らしい初々しい意欲に静かに感動しながら、興味深く見終えました。拍手! で、お目当てだった雄太役の柄本佑君ですが、存在感としては誠さん役のイッセー尾形さんの安定感(もちろん役を演じる)とか、毎朝、散歩に連れて行く誠さんちのワンちゃんの方があるようなもんですが、大体、義理とはいえ父親の生活の世話に大分くんだりの知らない田舎までやって来ていて、どうも、宿は別に取っていての通い介護らしくて、親しんだか、遠慮しているんだかよくわからない頼りなさで、その、彼の中に漂い続けるよそ者的なふわふわ感が実にいいんですよね。 たとえば、買い物して誠さんの家に来ると、台所の冷蔵庫の前で叫ぶんです。「冷蔵庫あけます!」 最初、その声を聞いた時には「義理の親の家っていうとそういうもんかな?」と思ったんですが、だんだん、それがこの男の、この映画でのキャラなんだと気づいて、笑いました。 柄本君、尾形さん、ああ、ワンちゃんも、牧場のお馬さんも、よかったですね。拍手! で、この映画の映像で忘れられないのが山焼きのシーンでした。もう一枚のこのチラシにも貼られていますが、事故とか火災とかじゃなくて、そのあたりの山の暮らしのその時期に、毎年、毎年、何年も続けられてきた光景を、久しぶりに再会した家族4人がそれぞれの思いで見ているシーンでしたが、たしかに記憶に残る映像でした。「メモリィズ」、納得です。拍手!監督・脚本 坂西未郁企画 孫家邦撮影 鎌苅洋一写真 江森康之音響 黄永昌編集 普嶋信一音楽 小島央大タイトルデザイン 葛西薫キャスト柄本佑(雄太)穂志もえか(ゆき)イッセー尾形(誠)梅沢昌代伊佐山ひろ子成田裕介占部房子香椎由宇2026年・97分・G・日本 リトルモア2026・06・29・no126・キノシネマ神戸国際no65追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.06
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ペトラ・フォルペ「ナース・コール」シネマ神戸 久しぶりに神戸シネマの2本立てに出かけました。もっとも、2本見る根性はなくて、1本目で納得して席を立ってしまったのですが(笑)。 見たのはペトラ・フォルペというスイスの女性監督による「ナース・コール」でした。封切館で見落として、何となく気になっていたら神戸シネマがやってくれていたので飛びつきました。イヤァー、疲れました!(笑) 通勤バスのスタートから、多分、8時間だか、9時間後の帰宅バスで隣に座った女性の肩に頭を預けてウトウトする後姿に、見ているこちらがホッとするシーンまで、カメラはレオニー・ベネシュさん演じる、公立病院の病棟看護師フロリアさんを追い続けます。 もちろん、舞台が病院ですから医者も出てきますし、インターン実習のアメリアさんとか、同僚看護師のベアさん、十数人いる入院患者さんたち、そしてその家族、という登場人物たちがいます。特に、フロリアさんが出会う、その患者さんたちも、まあ、入院病棟ですから当たり前ではあるのでしょうが、それぞれ命懸けで、それゆえに個性的です。 しかし、映画の主人公は、その現場で動き続けるフロリアさんでした。血圧や体温の測定はもちろん、痛み止めの投薬、点滴の取り換え、おむつの世話、食事や飲み物の世話、話し相手、とどのつまりは退院患者の忘れ物確認、亡くなってしまった患者さんの死体の世話、次々と起こる出来事の、あまりの多忙さに、目を瞠る展開です。頼むから失敗しないで! まあ、そう祈りながら見ていましたが、演じているレオニー・ベネシュという女優さんの表情が、ホント、いいんですよね。 見ているこっちが疲れ果てるのを救う美しさというか、やさしさが表情からにじみ出ているかのようすで心を打たれました。拍手!ですね。 映画は、彼女の境遇についても描いていますし、同じ忙しさで働く同僚とのぶつかり合いと信頼、患者さんとのやり取りの軋轢と和解も、ある種ユーモラスに、無理なく描いていてホッとする結末でした。 フロリアさん、本当に、今日もご苦労さまでした。 そんなふうに終わってくれた監督ペトラ・フォルペさんにも拍手!ですね。 それにしても、この映画が描いている看護職とか、先日見た「急に具合が悪くなる」の介護職とかについて、そういう現場で働く人たちの、仕事の上での人との出会いを、しんどいけれど、肯定的に描いてくれるこういう作品はうれしいですね。拍手!監督・脚本ペトラ・フォルペ製作 レト・シャールリ ルーカス・ホビ撮影 ユーディット・カウフマン美術ベアトリス・シュルツ衣装リンダ・ハーパー編集 ハンスエルク・バイスブリッヒ音楽 エミリー・レビネイズ=ファルーシュキャストレオニー・ベネシュ(フロリア 病棟看護師)ソニア・リーゼン(ベア 同僚)アリレザ・バイラム(ジャン 同僚)セルマ・ジャマール・アルディーン(アメリー)ウルス・ビーラー(ロイ)マルゲリータ・ショッホ(クーン)アルバーナ・アガイ(オスマニ夫人)リドバン・ムラッティ(オスマニ氏)ユルバン・ギゲムデ(ナナ)エリザベス・ロッリ(ラウバー)ドリス・シェーファー(シュナイダー氏の娘)ユルク・プリュス(セヴェリン)エレミヤ・チュン(ソン)エバ・フレドホルム(ビルギン)アンドレアス・ボイトラー(フンガービューラー)ラーレ・ヤバシュ(モリーナ)ドミニク・レンディ(フライ)アンナ=カタリーナ・ミュラー(病棟医レオニー)2025年・92分・G・スイス・ドイツ合作原題「Late Shift」2026・07・03・no127・シネマ神戸no030追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.05
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ブラント・アンダーセン「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」シネリーブル神戸 予告編の壮絶なシーンを見て興味を惹かれて見ました。所謂、中東情勢というか、パレスチナ、イスラエルからレバノン、シリア、トルコ、イラン、イラク、アフガニスタン、地理も歴史もあやふやで、せいぜい、映画館で見る映画で「ああ、そうなのか、そうだったのか・・・」 そんなふうな発見の積み重ねですが、やっぱり見ておこうとは思う今日この頃です。 見たのはブラント・アンダーセンという、多分、アメリカの監督の「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」でした。 いきなりニューヨークの摩天楼のシーンが画面に広がり呆気に取られていると、アメリカの病院で医師として働いているらしい女性の表情がクローズアップされ、彼女のスマホに「お誕生日おめでとう」のメッセージが入り、直後に、恐らくシリアであろう病院のシーンへと変わります。「I Was a Stranger」、過去形なのですね。 映画は、アミラというこの女性の記憶をたどるように展開し、最後に、最初のシーンのニューヨークの病院で、胸部レントゲン写真が写っているPC画面に見入っているこの女性が、実は、掃除婦であることを映し出して終わります。 そういうラストですから、最初のシーンに映し出されたアミラが、たどりついたニューヨークでも医師として働いているシーンだったのか、実は掃除婦だったのか、見終えてあやふやなのですが、この映画をみていての、何だか、自分でもよくわからないわだかまりというか、困惑というかはそれだけではありませんでした。 映画は内戦中のシリアで、小児科の医師として働き、自家でのささやかな誕生日パーティーの食卓を空爆によって家族ごと吹き飛ばされ、瓦礫の中からようやく助け出した娘と二人、難民として逃げだしたアミラ親子をはじめ、難民輸送業者のマルワン親子、政府軍の軍人でありながら、反体制派に対するあまりに残虐な状況に耐えきれなくなったムスタファと反体制派の父、難民たちの救助に当たるギリシアの沿岸警備隊の船長スタヴァロスと家族というふうに、四人の登場人物とその家族に焦点を当て、その生活、人となりを描く、所謂、ヒューマン・ドラマでした。 一家団欒が突如爆破されるシーンとか、海上救助での溺れ死んでいく人たちとか、ナカナカなシーンの連続で、目が離せないのですが、夢中になって見ている見ているボクの中には、どこか、現実との乖離感が漂い続ける映画なのですね。たしかに、面白く見終えたのですが・・・・ 見終えて、ボンヤリ座りこみました。妙に納得がいきません。ワルクはないんですけどねえ・・・ で、始まりのシーンのスーパー・インポーズで「I Was a Stranger」という題名の言葉がシェイクスピアの戯曲の文言であるらしいことが告知されていたことが浮かびました。これって、お芝居なのですね・・・。 まあ、そこが面白さなのですが、映画であれ、小説であれ、もちろん、演劇であれですが、リアルっていうことはどこから生まれてくるのか? そんなことを思い浮かべながら映画を振りかえって思ったんです。この映画って、アメリカの人が向こうで起こっていることを「物語」として劇的に作っているんじゃないか。だから、信じられないほどの過酷な出来事が、何だか、よく出来すぎた作り話に見えちゃうんじゃないか。 まあ、そんな感想でした。それぞれの人物が演じる展開が面白すぎるんですね。で、何となくですけど予想できるんです。 難しいもんですね。この監督がかなりな人だということはわかるんですけど。俳優さんたちの迫真の演技と、映し出される情景のリアルには、確かに拍手!です。でも、疑問が残ったことも覚えておきたい映画でした(笑)。監督・製作・脚本 ブラント・アンダーセン製作 オサマ・バワルディ ライアン・ブッセ チャーリー・エンディーン製作総指揮 テレサ・プレストン・ワーナー ジャレッド・ギーシー ブランドン・プード デビッド・フィッシャー撮影 ジョナサン・セラ美術 ジュリー・バーゴフ編集 ジェフ・セイベニック音楽 ニック・チューバキャストオマール・シー(密輸業者マルワン)ヤスミン・アル・マスリー(医師アミラ)ジアド・バクリ(詩人ファティ)ヤヤ・マヘイニ(シリア軍兵士ムスタファ)コンスタンティン・マルクーラキス(沿岸警備隊スタヴロス)マッサ・ダウド2024年・104分・G・アメリカ・ヨルダン・パレスチナ合作英題「I Was a Stranger」2026・06・27・no124・シネリーブル神戸no392追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.04
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ロベール・ブレッソン「ラルジャン」元町映画館 元町映画館でやっているロベール・ブレッソン傑作選という特集で、これは見たいと思って見たのがこの作品です。1983年に発表されていて、制作当時80歳を越えていたロベール・ブレッソン監督の最後の作品だそうです。 見たのは上のプログラムの最初に載っている「ラルジャン」でした。 フランス語での作品名は「L'argent」、お札のことだそうです。トルストイの、邦訳では「偽札」と題されているらしい小説が原作なのだそうですが、映画はとんでもなく悲劇的な物語でした。 おバカな高校生の、遊び半分の「偽札」使いに端を発して、何の罪もない燃料配達のトラック運転手イヴァンの破滅へと展開し決着する、ことばを失うしかない凄絶な結末の物語といえばいいんでしょうか。「ロベール・ブレッソン、遺作にして最高傑作!」 まあ、そういう作品だそうですが、刑務所を出て、すでに新たな罪を犯したイヴァンをかくまってくれたお婆さんの洗濯を手伝いながら、彼女に、何の実なのか分かりませんでしたが、木の実を差し出したシーンと、ラスト・シーンでのイヴァンの表情が記憶に残りそうですね。それにしても、最後の作品がこれですからね。すごい監督ですね。拍手!監督・脚本 ロベール・ブレッソン製作 ジャン=マルク・アンショ ダニエル・トスカン・デュ・プランティエ製作総指揮 アントワーヌ・ガナージュ原作 L・N・トルストイ撮影 パスカリーノ・デ・サンティス エマニュエル・マシュエル音楽 J・S・バッハキャストクリスチャン・パティ(イヴァン)カロリーヌ・ラングマルク=エルネスト・フルノーバンサン・リステルッチシルビー・バン・デン・エルセンミシェル・ブリゲ1983・85分・フランス・スイス合作原題「L'argent」 ユーロスペース2026・06・28・no125・元町映画館no383追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.03
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「やっぱり、プレゼントはうれしい!」 ベランダだより 2026年6月30日(火)ベランダあたり 2026年の6月が去っていきます。玄関先に咲いたユリの花です。なんだかなーだったダメトラ・タイガースも最後は連勝でホッとしました。 で、なんといっても徘徊老人シマクマくんにはお誕生日の6月だったわけで、ゆかいな仲間たちからプレゼントが続々と届けられて大喜びです。 まずは、オリオンビール。いつも「マンガ便」を届けてくれるトラキチ君からです。ここの所この飲み方が気に入っているビールのオン・ザ・ロックで、出始めた枝豆がおつまみです。サイコー!ですね(笑)。 で続けて四国、松山のさかなクンから、こんな素敵な包装で届きました。 包装を開けると四国の新居浜の近藤酒造という日本酒の酒屋さんがお造りになっておられる「クラフトジン PACHI PACHI(パチパチ)」というミカンの香りのジンでした。 封を開けると、とてもいい香りがして、その香りにつられたチッチキ夫人が「ちょっと味見ね・・・ウェー、お酒や!」 はい、48度のジンでした。 で、誕生日の朝テーブルに出てきたのがこれです。 新しい、徘徊シューズです。 チッチキ夫人からのプレゼントです。彼女は、毎日のようにお出かけする徘徊老人のためにサンドイッチとコーヒーを欠かさず用意してくれています。 で、72歳のお誕生日には、このシューズでした。ありがとう! 引きこもらないで出かけますね。また新しい1年の始まりです。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.07.02
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アントワン・フークア「マイケル」109シネマズ・ハット 音楽映画というか、実在のミュージシャンが描かれる映画というのは好きです。この映画も、マイケル・ジャクソンという、文字通り希代のミュージシャンでダンサーを描いているわけですが、同時代のスーパースターであった彼に、ボク自身はあんまり興味がなかったんですね。「どうしようかなぁ・・・」 で、偶然、田舎からやって来た姉夫婦が驚くべき要望です。「おーい、せっかく神戸に行くからね、今やっているマイケルという映画見たいんやけど。」「自動車?じゃあ、109シネマがいいよ。駐車場あるからね。」 見たがったのは義兄です。年齢はボクより上の後期高齢者です。「ヤルナ!(笑)」でした。 で、道案内がてら、一緒に見ました。 アントワン・フークア監督の話題作「マイケル」です。 カッコいいですねえ(笑)。「伝説が始まる」 ボクはマイケル・ジャクソンが、すでにこの世の人ではないことすら忘れていましたが、義兄のMさんは、演じているジャファー・ジャクソンという人がマイケルの甥っ子で、とか、アントワン・フークア監督が「ボヘミアン・ラプソディー」の人で、とか、いろいろ教えていただいての鑑賞でした。面白かったですね。 スキャンダラスなニュースが、あれこれ聞こえてくる中、突如、亡くなってしまったのが2009年だそうですから、1970年代だったと思いますが、世界中の人が知っているという感じで一世を風靡したマイケル・ジャクソンとか、ジャクソン5とか、20代、10代の若い人たちはご存じない時代になってしまっている今、新たな伝説を!という作品ですね。 ダンスと、恐るべき大観衆のコンサートの臨場感に目を瞠るというか、酔いしれるというか、マイケルの甥っ子らしいジャファー・ジャクソンのダンスも、チビ時代のマイケルを演じたジュリアーノ・バルディも可愛らしいを越えていて、最初から最後まで目が離せない映画でした。拍手! 上のチラシに踊っている、少々大げさな謳い文句に納得して見終えました。 義兄のMさんも満足そうで、「よかったなあ。映画館で見るのはやっぱり違うなあ。エルビス・プレスリーも観たいんやけどなあ…。」 最後は、昔はあった映画館がみんな無くなった田舎の現実を寂しくかこち合う老人会話になってしまいましたが、マイケル・ジャクソンもですが、プレスリーやクイーンを愛し続けている後期高齢者ご夫婦にも拍手!でした。 監督 アントワン・フークア製作 グレアム・キング ジョン・ブランカ ジョン・マクレイン製作総指揮 リディア・シルバーマン脚本 ジョン・ローガン撮影 ディオン・ビーブ美術 バーバラ・リング衣装 マーシ・ロジャーズ編集 ジョン・オットマン ハリー・ユーン コンラッド・バフ音楽監修 ジョン・ウォーハースト振付 リッチ・タラウエガ トーン・タラウエガキャストジャファー・ジャクソン(マイケル・ジャクソン)ジュリアーノ・バルディ(若き日のマイケル)ニア・ロング(キャサリン・ジャクソン 母)コールマン・ドミンゴ(ジョセフ・ジャクソン 父)ローラ・ハリアー(スザンヌ・ド・パッシー)マイルズ・テラー(ジョン・ブランカ)ケンドリック・サンプソン(クインシー・ジョーンズ)ケイリン・ダレル・ジョーンズ(ビル・ブレイ)ラレンツ・テイト(ベリー・ゴーディ)ジェシカ・スーラ(ラトーヤ・ジャクソン)ジャマル・ヘンダーソン(ジャーメイン・ジャクソン)ライアン・ヒル(ティト・ジャクソン)トレ・ホートン(マーロン・ジャクソン)2026年・127分・G・アメリカ原題「Michael」2026・06・24・no122・109シネマズ・ハットno84追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.07.01
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アナス・トマス・イェンセン「さよなら、僕の英雄」シネリーブル神戸 今日は、なんだか不思議というか、変な映画を見ました。「これ、駅のコインロッカーの鍵や。飲み込め。ほとぼりが冷めるまで出てきたら洗ってまた飲み込め。ほとぼりが冷めたらそこにある金を隠してくれ。」 まあ、そんなふうに言って頼んだのは強盗をした弟で、頷いて鍵を飲み込んだのは生真面目そうな兄貴でした。 で、十数年後だったと思いますが、刑務所から帰ってきた弟が兄貴を訪ねますが、兄貴はジョン・レノンになっていました! ね、変でしょ(笑)。 見たのはアナス・トマス・イェンセンというデンマークの監督の「さよなら、僕の英雄」です。 兄貴のマンフレルを、ボクでも知っているマッツ・ミケルセンが、弟アンカーを何となく顔に覚えがあるニコライ・リー・コスという俳優が演じる兄弟の「愛」の物語でした。 マンフレルさんは、自閉症ということでお医者さんに罹っているというという設定ですが、その奇妙な行動を演じるマッツ・ミケルセンがスゴイですね。 走っている自動車から、いきなりドアを開けて飛び降りたり、二階の窓から飛び降りたり、まあ、映画ですから怪我しないように撮っているんだと思いますが、三度目だったかにフルスピードの自動車から飛び降りたときは、近くの席でご覧になっていた女性が「えーっ!」とか、お声をあげていらっしゃって、まあ、ボクも、そのシーンにドキッ!とはしていたんですが、笑いそうになりました。 もっとも、乱暴者はもう一人出てきます。出所したアンカーに分け前をせびるフレミングという大男ですね。ニコラス・ブロという役者さんが演じていたのですが、こっちがホンマの狂気の人でした。 他にも、偽医者とか、全く似てないリンゴ・スターとか出て来て、結局のところ死体がゴロゴロして、シッチャカ・メッッチャカな展開なのですが、それなりにホッとする結末で面白かったですね。拍手! まあ、自閉症でジョン・レノンの兄と銀行強盗の弟の絆をバイキングの英雄へのあこがれという、いかにも北欧的な子供の夢をイメージさせて描きながら、二人の少年の記憶の底に、何とも哀しい兄弟の秘密を据えているところがこの映画の肝なんでしょうね。まあ、そのあたり、謎が気になる方はご覧くださいね。 それにしても、独特な展開で、面白かったですね。拍手! 監督・脚本 アナス・トマス・イェンセン製作 シーセ・グラウム・ヨルゲンセン シーゼル・ヒブシュマン撮影 セバスチャン・ブレンコー美術 ニコライ・ダニエルセン衣装 リッケ・シモンセン編集 ニコライ・モンベウ アナス・エスビャウ・クレステンスン音楽 イエッペ・コースキャストマッツ・ミケルセン(マンフレル 兄)ニコライ・リー・コス(アンカー 弟)ソフィー・グロベル(マグレーデ)ソーレン・マリン(ヴェアナ)ボディル・ヨルゲンセン(フレイヤ 姉)ニコラス・ブロ(フレミング)ローターラーシュ・ブリグマンカルド・ラザーディピーター・デュリング2025年・116分・PG12・デンマーク・スウェーデン合作原題「Den sidste viking」2026・06・23・no121・シネリーブル神戸no390追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.30
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ロベール・ブレッソン「スリ」元町映画館 元町映画館が「ロベール・ブレッソン傑作選」という特集をやっています。昨年、同じ元町映画館で「白夜」をやってくれて、何年か前に、当時まだ映画をやっていたKAVCで特集があって「バルタザールどこへ行く」とか、何本か見た記憶があります。その時と、去年、そして今年と表紙が同じチラシだった気がしますが、違うんですかね(笑)。 とりあえず見た記憶のない作品を見てみようということで、最初に見たのが、上のチラシの作品「スリ」、1959年の映画です。 ブレッソンといえば、ロバの顏しか思い浮かばないのですが、これもスゴイ映画でしたね。 ドストエフスキーの「罪と罰」ネタなんだそうですが、ラスコリニコフがスリだったわけじゃありませんよね。この映画のミッシェルとジャンヌという、主人公二人の男女の関係が、ラスコリニコフとソーニャなのかなとか思いながら見ましたが、そのあたりにピンとくることができたかというと、ちょっと怪しいですね。 実は。ボクが面白かったのはスリのシーンでした。映像に映る手というか、指というか、スリをしている人物の動きというか、「ボクにもできるかなあ…」と、まあ、不埒なことを思い浮かべて見とれてしまう見事さでした。いや、ホントに、拍手! カッサジとかいう、その道のプロの演技指導というかでできたシーンらしいですが、惚れ惚れしますよ。それに加えて、ブレッソンという人はプロの俳優を使わなかったらしいのですが、登場人物たちのリアルさはどうやったらこんなふうにできるんですかね? まあ、ロバにさえリアルな表情を印象させる人ですからねえ・・・・。 ただ、困ったことが一つあって、特に男性の、同じ年ごろの登場人物たちの顏が途中から見分けられないんですよね。こっちの年のせいですかね(笑)。 今回の特集、全部見られるかどうかですが、まだ見ていない「ラルジャン」はやっぱり見たいですね。監督・脚本 ロベール・ブレッソン製作 アニエス・ドラエ撮影 レオンス=アンリ・ビュレル美術 ピエール・シャルボニエ音楽 ジャン・バディスト・リュリスリ技術監修 カッサジキャストマルタン・ラサール(ミッシェル)マリカ・グリーン(ジャンヌ)カッサジピエール・エテックスジャン・ペレグリ1959年・76分・フランス英題「Pickpoket」2026・06・21・no119・元町映画館no381追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.29
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深沢潮「翡翠色の海へうたう」(角川書店) 「海を抱いて月に眠る」(文春文庫)という、父親を書いた作品をなんとなく読んで以来、深沢潮という、この女性作家の小説とかエッセイを飽きずに読み続けています。 今回は「翡翠色の海へうたう」(角川書店)という、多分、角川文庫で読むことができる小説の案内です。私はどこにいるのだろう。 なにも見えない。 墨で塗りつぶされたかのような視界は、まぶたを閉じても開けても変わらない。 閉じ込められてしまったような心もとなさがある。自分の居場所を見失いそうになる。そのうちに、私という人間が、いる、という実感までもが持てなくなってきた。まるで肉体が消滅し、意識だけが残っているかのようだ。 こんなところに長くいたら、生と死の区別がつかなくなるかもしれない。(P3) こんな書き出しです。書き手は小説家になりたいという夢を追っている三十代の会社勤めの女性です。名前は河合葉奈だったと思います。 で、彼女は作文好きが高じて、新人賞に応募しているらしいのですが、何度か最終選考まで残り始めたことに励まされ、今回は覚悟新たに従軍慰安婦を主人公に書くつもりで、沖縄に来ています。場所は沖縄戦で兵士や地元の人が隠れていた「ガマ」と呼ばれる洞窟で、その暗闇を実感している描写です。もちろん、スマホのある、今のお話です。 で、作中の彼女が書きはじめた小説の書き出しが、第2章の冒頭です。わたしは、ただただ、穴にされる。(P20) この作中小説の語り手である「わたし」は「コハル」という名で慰安婦として働いている朝鮮人の女性です。もちろん時代は1940年代から敗戦、戦後にかけての10数年間、稼げる仕事と南の島を連れまわされて、からだを奪われ、名前を奪われ、故郷を奪われた女性の、その時、その時の、独白体です。 小説を書きたい「河合葉奈」という女性が取材中の葛藤を語り、「コハル」という自らを語る女性をなんとか描き終えることで「翡翠色の海へうたう」というこの作品は構成されています。作品は、現代を生きる河合葉奈という女性の発見と覚悟を描いていているともいえます。もちろん書き手は深沢潮です。わたしは、ただただ、穴にされる。作中のコハルがつぶやくこのことばの重さが、おそらく、今でも美しい琉球の翡翠色の海にこだまします。 戦後80年、今、この世相の中で、書くということに対する作家の誠実な覚悟がにじみ出ている作品でした。2026-no057-1272 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.28
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ノウシーン・ハーン「わたしの聖なるインド」元町映画館 インドのことなんて、何にも知りませんでした。 で、このところ、元町映画館が「インドのモダニズム」という、ル・コルビジュエとドーシという二人の建築家に焦点を当てて、都市計画とか建築とかを紹介している二つの映画「ユートピアの力」と「誓い 建築家B・V・ドーシ」を見て、ちょっと興味が湧いたこともあってこれも見よう! で、見たのがノウシーン・ハーンという若い女性の監督のドキュメンタリィー、「わたしの聖なるインド」でした。 こちらは建築の話ではなくて、今、インドで盛り上がっているらしい民主化運動の実況中継でした。とても面白かったですよ。 インド全土に広がったムスリムの女性たちによる歴史的ムーブメント インドいえば、ヒンズー教ですよね。ボクにはその程度の知識しかありませんでした。ところが、まあ、人口の多さが、現時点で、14億を超えるという世界一の国ですから想像が及ばないのですが、80%のヒンズー教徒に対して14%(約2億人)のイスラム教徒が暮らす国なのだそうです。 で、その国で「ヒンズー至上主義」を売りにするナレンドラ・モディという人が政権を取っていて、イスラム教徒排除の政策を施行し始めたのが2019年だそうです。 で、立ち上がったのがムスリムの女性たちなんですね。もちろん、学生や市民も立ち上がっているのですが、一番、政治からは遠いと、多分、なめられていた女たちが動き出したところが実に凄いんです。 今、闘いの最中なんですが、自ら、学生上がりの素人監督を自認している様子のノウシーン・ハーン監督が自分自身で撮影、編集している映像に映し出される、そこに生きている人間の素顔の生き生きしたムードが素晴らしい作品でした。 「女をナメンナヨ!」 まあ、そういう、率直な叫びがスクリーンから響いてくるムードの映像なわけです。「なんで、闘うの?」「インド人だから!」 彼女たちが素直に口にする「愛国」は、実は、ヒンズー至上主義者たちも口にしているんですね。 映像の中で、あの、トランプと握手する国家主義の政治家が口にする「愛国」と、小麦粉を捏ねながら座り込みする、生活者のおばちゃんたちの「愛国」が、見事にぶつかり合っていました。 もちろん、ボクはおばちゃんたちの「愛国」に拍手!ですね。まあ、「愛国」ということが、そもそも嫌いですが、どこの国でも、いつの時代でも、少なくとも政治家が口にする「愛国」だけは信用しませんね。 しかし、インドも大変なんですね。 監督・撮影・編集 ノウシーン・ハーン音楽 クシュ・アシェール2023年・74分・G・インド英題「Land of My Dreams」2026・06・20-no117・元町映画館no380追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.28
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大田ステファニー歓人「みどりいせき」(集英社) 初めて読む作家です。読み始めて驚きました。新しい作家の新しい文章です。70歳前後で、小説とかお好き方が、これを読んで「面白い!」にたどりつくためにはかなり苦労されると思います。作家の名前は大田ステファニー歓人、作品は「みどりいせき」(集英社)です。みどりいせきって? さあ、なんでしょう。お読みになればわかりますとか、確約できません。とりあえず、書き出しです。 あれは春のべそ。まぁ、そんなわけないし、もしそうなら、みんないつか死ぬ、ってことくらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせたい。けど今は眠っている場合じゃないし、ってなると、目が赤いのも鼻すすったのもたぶん春の方に吹いてった風のせいで、だって強い気流が砂ぼこりを巻きあげたんなら普通に目に入ったんだろうし、その汚れを落とすための涙が鼻へまわったんなら自然にすするし、流れた雲が太陽を隠して、ふと顔に影が落っこちたんなら表情だって見づらくなんだろうし。それはきっとそう、こじつけなし。とぼしい状況判断からのがちな名推理に理解あるにょーぼ役のつとめのひとつなのです。(P3) 語りては桃瀬くん、高校生の男の子です。春は季節のことじゃなくて、女の子(だと思う)の名前です。 200ページほど後にこんな記述があります。顔の前の左手がふるえてる。春がぼくを見ている。 両腕をあげて春が振りかぶった。軸足は怪我してないから根を張ったような体幹で右足を持ちあげる。ぼくは唾を飲み込む。上体がひねられ、腕が振られた。球はぼくの左手へ吸い込まれるようにグンと迫り、次の瞬間、人差し指と親指の付け根の水かきを弾いて鼻っぱしらに直撃した。(P209) おわかりですね。ああ、野球小説か・・・ そうなんです(ちがいますけど)。最初のシーンはピッチャーの春を見ているにょーぼ役の桃瀬くんのこころというか内面の様子で、200ページかけて、ようやくボールが投げ込まれ、キャッチャーの桃瀬くんが弾くんです。 えらい長い間合いですが、200ページかけて語られている内容も、語り方も、ああ、それから文体も、半端ではありません。結構、読みごたえありますが、70歳を越えた方には、少々大変だと思います。 作家は30歳くらいで、関川夏央の門下だそうです。まあ、そのあたりだけが頼りで読みましたけど、実は、すばる文学賞、三島由紀夫賞作品なんですよね。今、評判だそうですよ。 まあ、ボクなりの読後感でいうと、結構、ピュアな青春小説ですね。ただ、これからの「文学」とやらが、どんな方に向かうのかとても暗示的な印象でした。 ああ、それから、もちろん、野球小説ではありませんので、あしからず(笑)。 2026-no062-1277 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.27
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NTLiveアーサー・ミラー「みんな我が子ALL MY SONS」大阪ステーションシネマ 今日は大阪ステーションシネマでナショナル・シアター・ライブでした。演劇通の友人入口君のお誘いでした。 見たのはイヴォ・ヴァン・ホーヴェという人が演出したアーサー・ミラーの戯曲、「みんな我が子」です。 20年ほどむかしですが、ハヤカワ演劇文庫だったかが出始めて、その文庫で戯曲を読むことを教えてくれたのも入口君でしたが、その時、アメリカの戯曲なんて、まったく知らなかったボクがかぶれた劇作家がアーサー・ミラーです。 有名なのは「セールスマンの死」とか「るつぼ」とかですが、「みんな我が子」という作品名にも覚えがあります。「セールスマンの死」は、その昔、舞台だったか、映画化だったかを見た記憶がありますがあやしいです。「るつぼ」はナショナル・シアター・ライブで見ましたね。これは確かです。 で、今回は「みんな我が子」でした。2026年オリヴィエ賞受賞の傑作舞台。 人間の業と偽りの幸福を暴き出すアーサー・ミラーの不朽の名作 第2次世界大戦直後のアメリカの戦後社会が舞台でした。 軍需産業で儲けた父親ジョー、出征し、指揮官として従軍した戦争で、戦死した部下たちの死に苦しむ長男クリス、舞台には登場しませんが、戦場で行方不明の弟ラリー、息子の生存を信じる母ケイト、久しぶりに訪ねてきたラリーの恋人アニー。 昨夜の大風で倒れた庭の大木を背景に、この場にいないラリーの生死を巡って繰り広げられる会話劇でした。 入口君はこの戯曲を舞台でも何度か見ているそうですがボクは初めてでした。「途中、どこにたどり着くのか不安になったけど、最後の銃声で「みんな我が子」という題名にも納得したな。アーサー・ミラー、やっぱりスゴイね。」「うん、戦後戯曲の古典やね。母親役の女優さんが素晴らしい。普通、父と子の物語になってしまうんやけど、そこに揺さぶりをかける演技やった。今まで見た中では一番よかった。」「責任を回避して戦後を生きる父親、戦場での経験を忘れられないにもかかわらず、弟の恋人を愛してしまっていることに苦しむ息子、典型的な戦後文学やろ。」「うん、そこに、ラリーの遺書。」「うん、そこから、一気に展開するよな。」「真実を伝える神の言葉やな。ギリシア悲劇の骨法やね。この芝居、いろんな意味で古典的やねん。」「それにしても、役者が上手いねえ。特に、お母さん役の存在感。」「うん、日本の劇団のも見たことあるけど、ちょっと比べられんな。彼女の演技で、一気に立体化していくもんね。」「このライブやけど、ボクはカメラの位置を動かさない、今日の映像が、なんというか、かえって映画的な印象で面白かった。」「多分、映像化について、かなり意識的な演出やろうね。たしかにうまいね。」「役柄に肌の色を気にせんのもスゴイなあ。」「うん、それが演劇いうことやね。」 大阪駅の地下2階の、ここに、こんな場所があると初めて知った繁華街の居酒屋での会話です。 いつもことですが、入口君との見たあと会話は楽しいですね。 それにしても「みんな我が子」というこの戯曲、戦場で死んでいった、あるいは、これからも死んでいくであろう兵士たちが、みんな誰かの子どもたちであることの意味を、もう一度思い出させてくれる作品でした。 いつまでも古びないアーサー・ミラーの戦争批判、素晴らしい傑作ですね。演出のイヴォ・ヴァン・ホーヴェも素晴らしい。拍手!作 アーサー・ミラー演出 イヴォ・ヴァン・ホーヴェキャストブライアン・クランストン(ジョー・ケラー)マリアンヌ・ジャン=バプティスト(ケイト・ケラー)パーパ・エッシードゥ(クリス・ケラー)トム・グリン=カーニー(ジョージ・ディーヴァー)ヘイリー・スクワイアズ(アニー・ディーヴァー)2026・06・20・no118・大阪ステーションシネマno003追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.26
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フランキー・シン「日泰食堂」元町映画館 チラシを見て考え込みました。香港映画?台湾映画? まあ、そういう興味で見ましたが素晴らしいドキュメンタリーでした。生粋の香港映画でした! 見たのはフランキー・シンという、台湾の大学を出た若い才能が、監督自身の故郷でもある香港の長州(チュンチャウ)島という漁村にある「日泰食堂」という食堂の日常を撮ったドキュメンタリー、「日泰食堂」です。 チラシのイラストをご覧になれば、舞台の食堂に三人の登場人物、おばちゃん、おっちゃん、それから黒縁メガネをかけてスマホを覗いているオネーチャンがいます。 おっちゃんがたしか丈(ジョン)さん、おばちゃんが萍(ピン)さん、多分、お二人の娘のオネーチャンが肥美(フェイメイ)さんだったと思います。香港の長州島で暮らす普通の家族です。 映画は、この三人の2014年以後の10年を描いています。食堂には常連客がたむろし、麻雀とかトランプとか博打遊びに興じる日々です。フェイメイさんは本島の学校に通っていて、いつも店にいるわけではありません。 で、映画はこの小さな食堂に集まる村の人たちの日常と、香港島で繰り広げられている民主化運動の大騒ぎを重ねて映し出します。デモに参加しながら、のんびりした食堂の人たちの生活に戻ってくるフェイメイさんに焦点を当てていくところに、この若い監督の「歴史センス」が光っていました。 フェイメイさんが、いつもスマホを覗いているのには、刻々と伝えられる情報を知り、運動と弾圧の状況把握という目的があります。おばちゃんは娘の身の上を案じ、おっちゃんはデモの騒ぎぶりに顔しかめながら小言を口にしているだけです。 スクリーンの映像が時の移り変わりと、それに連動した情勢の緊迫をリアルに伝えます。 で、呆気なく敗北がやってきます。コロナです! コロナのパンデミックを、民主化を求める雨傘運動、時代革命の弾圧の正当化の切り札にした国家権力の姿が浮き彫りにされる中、何となく国家を信用していたおっちゃんの中にようやく疑いの気配が生まれますが、すでに遅しです。 敗北に気付いたファイメイさんが口にする「自由が失われつつある気がする・・・」という言葉の重さは、「乱世備忘」以来、10年、関心を持ち続けてきた香港民主化闘争がとどのつまりを迎えたことを実感させるに十分でしたが、フェイメイさんの、その絶望的な呟きにこそ、世界中の人に、一縷の希望を伝えんとする監督の気持ちが込められているという印象を受けた作品でした。拍手! 香港に限らず、民主的な社会を希求する世界中の普通の人たちの今をを静かに描きながら、そっと励ます、言い方が大そうかもしれませんが、歴史的傑作ドキュメンタリーだと思いました。拍手!監督・撮影 フランキー・シン冼澔楊製作 ステファニー・チェンティーニ チュウ・ピンユー ピーター・ヤム グザビエ・ロシェ撮影 マイケル・タン ジェイソン・M ヘンリー・レオン編集 リン・イーチュー音楽 スン・グオドン2024年・83分・G・台湾・香港・フランス合作原題「日泰小食」英題「Another Home」2026・06・16・no114・元町映画館no378追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.25
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伊勢真一「遠来 トモベのコトバ」元町映画館 チラシを見かけて、即、鑑賞決定です。だって、友部正人の映画ですよ! 見たのは伊勢真一監督の「遠来 トモベのコトバ」です。 かつて、「誰も僕の絵は描けないだろう」と歌っていた友部正人の66歳の肖像でした。 はい、文句ありません(笑)。 友部正人も、今年、76歳。この映画は10年ほど昔、彼がニューヨークで暮らしていた頃の生活を撮ったものです。 「遠来」という、80年代の歌が歌われて、豊田雄造という懐かしい名前が聞こえて来て、高田渡のお骨の話があって、最後に聴こえてくる「一本道」まで、唄と朗読がずっと響いてきて、彼の声が、もう、それだけでボクにはこたえられない90分でした。拍手! 20代だった頃、繰り返し聞いていた歌が響いてきました。「ふと、後ろを振りかえると、そこには、夕焼けがありました。」 70歳を過ぎて、このことばが、あの頃からの50年の年月を「夕焼け」のように振りかえらせる力を持っているなんて、20代のボクには想像もつきませんでした。 あの頃、出会った君が今、ニューヨークにいようが、東京にいようが、はたまた、あの世にいようが、ボクは、50年、変わらず、神戸にいて、今では、毎日のように映画館に通って、時には、懐かしい歌声を、ふと、気づいた夕焼けのように聞いたりしているわけで、友部正人、やっぱり好きですね(笑)。監督 伊勢真一撮影 伊勢朋矢録音 世良隆浩整音・効果 永峯康弘編集 尾尻弘一題字 細谷亮太挿入曲 友部正人キャスト友部正人小野由美子2026年・90分・日本2026・06・22・no120・元町映画館no382追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.24
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オリベル・ラシェ「シラート」シネリーブル神戸 今日の感想ですが、なかなか書けませんでした。見たのはオリベル・ラシェという、スペインの若い監督の「シラート」です。 予告編の頃から評判でした。でも、妙に秘密めかしていることに「何を、大げさな!」という気分でしたし、だいたいレイブというのが音楽のジャンルだということもわかっていなくて、「レイプパーティーって何?」という勘違いもはなだしい調子で、映画が始まっても「この砂漠どこ?」と、まあ、もの知らずもはなだしいトンチンカンでしたからね。 で、映画が始まってすぐですね、このシーンで仰け反りそうになって、そこから全編圧倒されました。 風景、音楽、そこに登場する人物たち、一人一人の描き方に唸りました。 シラートというのが「人が死後に渡る橋」とかいう意味のイスラムの宗教用語だということは確認していましたが、西サハラ紛争の渦中の砂漠でレイブの独特のリズムに瞑想するかのように踊る人たち、銃を突きつける軍人、トラックに機材を積みこんでより危険な聖地を目指す異形の人物たち、そこに紛れ込んだ娘を探す父親と無邪気のかたまりのような少年。 軍隊と砂漠、まあ、それだけでも目を離せないのですが、安全も安心もかけらも感じない、圧倒的な自然。遠くまで何もないとしか思えない風景の中、あるのかないのかだんだん疑わしくなっていく聖地を目指す異形の人物たちの旅。イノセントな少年と犬。意地だけで自らを支えているかの情けない、だから、とてもリアルな父親。 で、予告編で、見たことをしゃべってはいけない!と禁じられていた出来事が・・・。 だから、まあ、これ以上は書きませんが、シラートがあっちに行くための橋だとして、あっちが神の国である天国とかであるなら、こっちは何なんですかね。ただでさえ苛酷な自然との付き合いを生きている人間がやっていることって何なんですかね。 昨年見たテレンス・マリックという監督の「天国の日々」という映画のチラシが浮かんでくるラストでした。あの映画でもうそうでしたが、このシラートのラストで貨物列車に乗り込めた人たちは天国へ行くのでしょうか、現世の地獄に戻るのでしょうか? まあ、何はともあれすごかったですね。映像センスといい、ドラマ展開の容赦なさといい、このオリベル・ラシェ監督は名前を覚えそうです。拍手!監督・脚本 オリベル・ラシェ製作 ドミンゴ・コラル ペドロ・アルモドバル製作総指揮 エステル・ガルシア脚本 サンティアゴ・フィロル撮影 マウロ・エルセ美術 ライア・アテカ衣装 ナディア・アシミ編集 クリストバル・フェルナンデス音楽 カンディング・レイキャストルイスセルジ・ロペス(ルイス 娘をさがす父親)ブルーノ・ヌニェス・アルホナ(エステバン 息子・姉をさがす弟)ステファニア・ガッダ(ステフ)ジョシュア・リアム・ヘンダーソン(ジョシュ)トニン・ジャンビエ(トナン)ジャド・オウキッド(ジャド)リチャード・ベラミー(ビギ)2025年・115分・PG12・スペイン・フランス合作原題「Sirāt」2026・06・15・no113・シネリーブル神戸no389追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.23
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黒沢清「黒牢城」109シネマズ・ハット なんだか評判なので「混む前に!」 まあ、そういう目論見で初日に見ました。黒沢清監督の「黒牢城」です。 予告とか見ていて、題名の「黒牢城」に、ちょっと引いて、見るつもりがなくて、チラシがありません。109シネマズハットでは上映中のチラシ配布なくて、・・・。 原作の米澤穂信の小説は、同じ題名で山田風太郎賞とか取った人気作らしいですが、和物も洋物も、ミステリーとかエンタメに興味を失ってしまって10年、まったく知らない作品でした。 で、監督の黒沢清という人は、一般的評価も高いし、知人の映画好きの方も「この監督好き!」という方がいらっしゃるのですが、ボク自身は、数年前、「旅のおわり世界のはじまり」とか、「スパイの妻」とかを見たことがあるだけなのですが、あんまりピンと来なくて、それ以前の作品も、以後の作品も、ほとんど見たことのない監督です。 で、見ました。 時代劇で、結構、歴史事実をなぞっていて、登場する荒木村重という人も黒田官兵衛という人も独特なキャラクターで歴史に名を残した人ですし、有岡城というのは、今では伊丹城址になっている場所ですよね。摂津、丹波、播磨という地名も興味津々。 で、見終えました。なんで、評判になっているんでしょうね?ボクにはつまらない作品でした。 まあ、ボクの勝手な印象なのかもなのですけど、最初の方で、子どもとか女性とかが出てくる村のシーンがあるのですが、そこに出てくる名もなき登場人物たちが現代人に見えちゃったんですよね。 それがすべてでしたね。 本木雅弘くんも菅田将暉くんも、居並ぶ武士たちも、寺男も、何だかみなさん、喋り方とか振る舞いとか現代人の印象で、とどのつまり、一人だけ千代保といかいう名のある女性として登場する吉高由里子さんの「極楽論」が、ボクの中では上滑りしていくんですね。 中世の一向一揆の門徒衆の極楽論を描くなら、まあ、論旨も雑なんですけど、せめて、登場人物たちその時代の民衆として描く演出なり、カメラワークなりを感じさせていただきたいですね。 あんまり、悪口をいうのは控えているのですけど、ちょっと腹立ちまぎれの気分ですね。一応、最後まで見ましたけど、なんだかアホらしくて見ていられない印象でした。もちろん黒沢清って!という期待の裏返しです。またしても、ハズレでした。拍手はありません(笑)。 ちなみに、黒牢城って、黒田官兵衛が牢屋に入っている城の駄洒落ですかね。アホらしくて言葉を失いますね。まあ、そっちの罪は原作者にあるんですけど・・・。 監督・脚本 黒沢清原作 米澤穂信撮影 佐々木靖之編集 高橋幸一音楽 半野喜弘殺陣 清家三彦キャスト本木雅弘(荒木村重)菅田将暉(黒田官兵衛)吉高由里子(千代保)青木崇高宮舘涼太柄本佑ユースケ・サンタマリア吉原光夫坂東龍汰近藤芳正矢柴俊博木原勝利河内大和吉岡睦雄上川周作前田旺志郎坂東新悟荒川良々渋川清彦渡辺いっけいオダギリジョー2026年・147分・G・日本・松竹2026・06・20・no116・109シネマズ・ハットno83追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.22
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深沢潮「はざまのわたし」(集英社インターナショナル) 「三食ご飯」という、韓国のテレビ番組が好きです。どこかの島とか山里で、多分あちらでは知らない人がいない人気タレント、俳優さんたちが、庭先に作ったかまどを使って、近所の畑や海岸で手に入る材料を料理する自炊田舎暮らし番組です。キムチはもちろんですが、何とかチゲとか、多分、韓国ではふつうの家庭料理の作り方とか、食べ方が出て来て面白んですね。 で、図書館の棚でこの本を見つけて借りました。「食べ物エッセイ」かな? まあ、そういう予想です。 で、この本、一般的に言えば「食べ物エッセイ」ですが、本人も、第16話でおっしゃっている通り、食べ物をネタに、作家自身の来し方が綴られているエッセイ集でした。 深沢潮という作家の子供時代、娘時代から、今、現在に至るまで、祖父母、ご両親、お子さんたち、ご家族との思い出、お友達や会社との付き合い。それぞれが、「食べ物」と絡んで語られていて読みであります。 元はホーム・ページか何かに「李東愛が食べること」というタイトルで連載されていたようですが、本書の書名は「はざまのわたし」です。作家が、本にするにあたってこの題名を選んだところにこのエッセイ集の肝がありそうですね。「わたし」がいるのが、何と何のはざまなのか? あれとこれとか、過去と現在とかいうふうに、単純な二つではありませんね。 格別、お上手な文章とか、独特な文体とかいう売りがあるわけではありません、しかし、書き手のすなおな誠実さは響いてきますね。ちょっと遠回しのホメ言葉ですが、ボクはこのかたの文章作法が、案外好きです。一度、お試しください。 目次、貼っておきますね。第一話 愛しのキムチ第二話 珈琲を飲むとき第三話 寿司におもう第四話 カップ麺を食べ続ける第五話 酒とともにうたう第六話 嗚呼(ああ)、フライドチキン第七話 肉をともに食べるひと第八話 ゆで豚(ポッサム)を前に第九話 ベーグルにクリームチーズたっぷりで第十話 手作り、のチョコレート第十一話 ダイエットとの長い付き合い(前編)第十二話 ダイエットとの長い付き合い(後編)第十三話 ホテルでアフタヌーンティー(前編)第十四話 ホテルでアフタヌーンティー(後編)第十五話 サンドウィッチを片手で 第十六話 しめは、ヌルンジかお茶づけか 2026-no056-1271 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.21
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有賀未来「あなたが走ったことのないような坂道」(新潮社) 同居人のチッチキ夫人が「これ、借りられたら借りてきて。」 毎週、図書館に通っているボクにそういうので、予約すると借りられました。 香港生まれ、日本語暮らしらしい19歳の作家有賀未来の「あなたが走ったことのないような坂道」(新潮社)です。 高校3年生、18歳で新潮社の新人文学賞をとったということが朝日新聞の読書欄で話題になっていたようでのリクエストだったようです。彼女もすぐ読み終えたようで、ボクも読みました。 で、どうだったか、ですね。とりあえず書き出しです。 世の中って結構残酷っぽくて、でもそれを受け入れるにはちょっと早っぽくて、で、あたしどうすればいいかわかんないし、だから、今はとりあえずこーやって爪を齧ることしかできなくて、右手も、左手も、全部の指先がぼろぼろになって、真っ赤になって、爪と肉の境から血が滲んで、それを舐め取って、冷たい酸素に触れると焼けたように痛くて、それでも、あたしは生きてるんだって、生きていくしかないんっていうか、それ以外のやり方知らない、だけ?(P3) 語りては黄星瑤(ウォンシンユー)、香港生まれ、香港から日本に移り住んでいる養父母に育てられている日本育ちの高校生です。日本語しか話せないし書けない女の子です。 で、彼女が自分を見つめて感じているのがこんなふうに語られます。「はじめまして、黄星瑤です」と言ったときの、あの感じ。弛んでいた空気がピンと張り詰めるあの感じ。あー、このひと外国人なんだ。というフィルターがかかるのがすぐにわかるあの感じ。それでも別に私気にしないですよ、っていう、あの、感じ、に、いつまで経っても慣れなくて、多分一生、慣れない。(P6~P7) で、作品の最後のフレーズがこうでした。背中から抱きしめられて、その細い指で口を押えられて、あたしの涙が、血が、熱くて、さらさらと、流れて、なおに吸い込まれていく。やめて、やめてよ。そんな簡単に、あたしを解決しないでよ。かすり傷が酸素にふれて、焼けたように痛い。(P93) 読んでいて、で、この最後のフレーズを読み終えて浮かんできたのは、もしも、教室で出会う高校生が、この作文を夏の課題とかで出して来たらボクはどうするんだろう。という問いかけでした。 まあ、書き手が17歳、こっちが元高校教員というせいで浮かんできたのかもしれませんが、腰抜けちゃうでしょうね(笑)。 「台湾生まれ日本語育ち」の温又柔さんとかに共通する、有賀未来さんは香港ですけど、なんというか、ボクたちが忘れている世界性というかを期待させて楽しみな書き手の登場です。 上に貼った表紙の写真で、ミニスカートの彼女が坐っている場所のイメージに、ちょっとワクワクしますね。ここから跳んだらどうなるか? ボクが、この作家に期待するのはそういう感じです。 2026-no063-1278 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.20
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ギデンズ・コー「ギデンズ・コーの功夫(カンフー)」元町映画館 「赤い糸」というシッチャカ・メッチャカ映画を、なぜか二度見て、こうなったら、こっちも見ないわけにはと意気込んで見ました。 台湾の奇才(まあ、ボクがそう思うだけですけど)ギデンズ・コー監督の「ギデンズ・コーの功夫(カンフー)」です。 落ちこぼれ高校生の淵仔(ユエンザイ)と親友の阿義(アイー)は、500年の眠りから目覚め、カンフーの達人だと自称する謎の流れ者黄駿(ホアン・ジュン)と出会う。圧倒的な武術を目の当たりにした淵仔と阿義は黄駿に弟子入りし、淵仔が密かに想いを寄せる同級生の乙晶(イージン)までそれに加わって、シッチャカメチャカ。 イヤァー、なんといっていいのかわかりませんが、あえて言うなら「ようやるわ!(笑)」ですね。 出てくる少年も少女はとてもかわいくて「ガンバレ!負けるな!」 なんですけど・・・。 アホらしくてやってられないお話なんですけど、この監督、名前を見かけたら、やっぱり見ちゃうんでしょうね。拍手!監督・原作・脚本 ギデンズ・コー九把刀キャストダイ・リーレン戴立忍(黄駿ホアン・ジュン)クー・チェンドン柯震東(淵仔ユエンザイ)ベラント・チュウ朱軒洋(阿義アイ―)ワン・ジン王淨(乙晶イージン)リウ・グアンティン劉冠廷(藍金ラン・ジン)ツェン・ワンティンイエン・イーウェンガオ・インシェン2026年・127分・台湾原題「功夫」・英題「Kung Fu」2026・06・16・no115・元町映画館no379追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.19
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ギデンズ・コー「赤い糸」元町映画館 元町映画館がギデンズ・コーという台湾の監督さんの特集というか、2本立てをやっていて、「なんか、見たことある気がすけど・・・」 で、見ました。ギデンズ・コー監督の「赤い糸 輪廻の秘密」です。 始まってすぐわかりました。見たことあります。多分、半年ほど前で、そんなに古い話ではありません。その時、感想も書いてました。 しっちゃか、めっちゃかでポカーンとした記憶が蘇ってくるのを感じながら見ました。 今回は面白かったです(笑)。 筋立てがメンドクサイんですよね、この監督。それが、まあ、二度目ですからね。「ふーん、それで、そうなるか(笑)。」というわけで、ご機嫌な再鑑賞でした。拍手 こうなると、「ギデンズ・コーのカンフー」とやらも見ないわけにはいきませんね。監督・原作・脚本 ギデンズ・コーキャストクー・チェンドン(孝綸シャオルン)ビビアン・ソン(小咪シャオミー)ワン・ジン(ピンキー)マー・ジーシアン(鬼頭成グイトゥチェン)2021年・128分・G・台湾原題「月老」・英題「Till We Meet Again」2026・06・14・no112・元町映画館no377追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.18
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スカーレット・ヨハンソン「エレノアってグレイト。」シネリーブル神戸 予告を見ていて気付きました。「このオバーチャン、テルマさんちゃうの?」 で、見たら、「テルマがゆく」のジューン・スキップさんで、今回はエレノアさんでした。イヤァー、お元気そうで何よりでした。 見たのは、スカヨハこと、女優であるスカーレット・ヨハンソンさんが、初めて長編の監督に挑んだという「エレノアってグレイト。」です。 実は、スカーレット・ヨハンソンという方が、ロバート・レッドフォードの「モンタナの風」という、以前に見たことのある映画の少女だったとか、その他にも、いろんな作品でお出会いしていたスター俳優さんだということなんて全く知りませんでした。「エレノアってグレイトっていうの見たよ。」「ああ、スカヨハね。」 映画を見た後、偶然、やり取りしたゆかいな仲間のピーチ姫とのライン会話ですが、まあ、それでようやく…というわけでしたが、このかた、監督としても、なかなかいいですね。 映画は90歳を越えるオばーちゃんであるエレノアさんが、ズーッと一緒に暮らしていた親友ベッシーさんが、亡くなる前に「誰かに語らないままでは、死んでも死にきれない。」まあ、そういう思いでエレノアさんに語ってくれたおニーさんの死についての、80年も昔の、あの頃のポーランドでの哀しい思い出噺を、エレノアさん自身の体験として語った結果繰り広げられる大騒動のお話でした。 まずは、1945年から80年、アメリカのユダヤ人社会で、ホロコーストの記憶が、今、消えていきつつあること。歴史の事実が体験者の方たちの超高齢化、あるいは死によっての風化、消滅していく様子がまず印象的でした。 で、その、否応なしの時の流れの中を、それぞれ生きてきた、そして、今、生きている人であれば、年をとっていようが、いなかろうが、自らの体験はもちろんですが、たとえそれが聞いた話であっても、どうしても忘れられない、出来れば誰かに聞いてほしい、そういう、切実な経験を若い女子大生とオばーちゃんの出会いを通してコメディ・タッチで描き残そうとしているスカーレット・ヨハンソン監督に拍手! 孤独な老後を支え合ったベッシーとエレノア。おしゃべりで陽気なエレノアと一人立ちしたいのに自信がない女子大生ニナ。母の死に苦しみ続けるニナと妻の死に向かい合えない父親ロジャー。それぞれの人と人の出会いの姿を、境遇の淋しさ、哀しさを乗り越えていく姿としてあたたかく描いていて、やっぱり泣いてしまいました(笑)。 まあ、なんといっても、エレノアを演じているジューン・スキッブさんとベッシー役のリタ・ゾーハーさんの90歳の老婆コンビが素晴らしい!いつまでもお元気でいてほしいですね。拍手! それから女子大生ニナを演じたエリン・ケリーマンさん、娘役のジェシカ・ヘクトさん、女優さんたちが印象的でしたね。拍手! まあ、見ているこっちも、いつの間にかいい年になっているから思うのかもしれませんが、今、80歳、90歳の方たちは、当然ですが、80年、90年の経験と、その記憶を生きていらっしゃるわけで、さっきのことをすぐ忘れることを笑うのもいいのですが、時には繰り言のように口になさる「思い出話」にも耳をかたむけてほしいですね。 そこには、案外、大切な、忘れてはいけないことがあるかもですよ(笑)。 監督・製作 スカーレット・ヨハンソン製作 ジョナサン・リア キーナン・フリン トルーディ・スタイラー セリーヌ・ラトレイ ジェサミン・バーガム カラ・ダーレット脚本 トリー・ケイメン撮影 エレーヌ・ルバール編集 ハリー・ジャージアン音楽 ダスティン・オハローランキャストジューン・スキッブ(エレノア おしゃべりなお婆さん)エリン・ケリーマン(ニナ 女子大生)ジェシカ・ヘクト(リサ エレノアの娘)リタ・ゾーハー(ベッシー エレノアの親友)キウェテル・イジョフォー(ロジャー ニナの父・人気キャスター)2025年・98分・G・アメリカ原題「Eleanor the Great」2026・06・13・no111・シネリーブル神戸no388追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.17
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小関隆他「第二次世界大戦再考」(人文書院) 市民図書館の新刊の棚で見つけました。 日々、映画館を徘徊してるわけですが、例えばナチスとか、戦後の台湾とか、それぞれのお話の歴史的背景が気になる作品と、結構、出くわします。 で、目次にあるナチス「飢餓計画」をめぐる人びとという論文名と、藤原辰史という著者名に引き寄せられました。 藤原辰史さんはナチスの農業政策に焦点を当てて、ボクのような素人にも、実に刺激的な論考、「ナチスのキッチン」(水声社)とか「トラクターの世界史」(中公新書)を発表している気鋭の研究者の方です。 で、目次のその下には台湾人にとっての戦争経験と戦後経験という駒込武という人の論文名もあります。最近、「霧のごとく」という台湾映画を見ました。1950年代の台湾の人たちを描いた作品ですが、映画の背景にある歴史性について、ボク自身、よくわかっていないことが如実に感じられた作品でした。というわけで、読みました。実は、この本、次の方のリクエストがあって返してしまったので引用ができません。しかし、面白かったですね。京都大学人文科学研究所の共同研究班「人物で見る第二次世界大戦」(班長林田敏子)が二〇二四年六月に開催したセミナー「第二次世界大戦再考」(全四回)を書籍のかたちに編んだものである。 京大の先生方の市民向けのレクチャーということですから、論文形式ではあるのですが、読みやすいです。 あやふやな思い出し記事で申し訳ないのですが、面白く読んだのはこんなところです。 一つは、ナチスがポーランド、ウクライナあたり、あるいはドイツ本国でも「食糧政策」の名のもとに、ユダヤ人に限らない絶滅対象者、敵国の民衆に対して何をしたかが論じられていて、印象に残ったのは、ホロコーストの責任者、例えばアイヒマンとかヒムラーとかいう名前はボクでも知っていますが、表紙に写真がありますが、食糧政策の名のもとにホロコーストを上回る数の人間を飢餓死させたリヒャルト・ヴァルター・ダレなんていう人の名前は初めて知りました。 ナチスはアーリア人以外に対して、爆弾とか戦車ではなくて、計画的な飢餓計画で何をしたかが実に興味深く論じられていました。 藤原辰史さんは、例えば「農業」について見直すときに「トラクター」に焦点を当てるというふうに、今までには気づかなかった視点から歴史の見直しをなさっている歴史家ですが、青酸ガスではない視点によってニュールンベルグ裁判によって定式化された第二次大戦史の見直しが実に刺激的ですね。 駒込武さんの台湾戦後史の中では、戦後、台湾にやってきた国民党軍と、大日本帝国支配下で「日本人」出会った台湾の人との軋轢が活写されています。国民党軍は中華民国軍、台湾の人たちは日本軍だったんですね。我々は、台湾の戦後の軍事政権を「白色テロ」とか、他人事のように思い込んで、わかった気になっていますが他人ごとではないのですよ。林田敏子さんのイギリスの戦時の主婦、ボクには懐かしい岡田暁生さんのナチスとリヒャルト・シュトラウスをめぐる話、それぞれも面白かったですよ。 目次を貼っておきます。序論 第二次世界大戦はどんな戦争だったのか? 小関 隆第1章 ナチス「飢餓計画」をめぐる人びと 藤原辰史第2章 台湾人にとっての戦争経験と戦後経験-----植民地支配に翻弄された生と死 駒込 武第3章 キッチン戦線---第二次世界大戦期イギリスにおける主婦の戦い 林田敏子第4章 リヒャルト・シュトラウスってまだ生きていたの? 岡田暁生あとがき(林田敏子) 2026-no060-1275 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.16
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行定勲「GO」シネリーブル神戸 ボーっとシネ・リーブル神戸の予定表を見ていて、「えっ?GO?」 というわけで、やっぱり見ちゃいますよね。【公開25周年記念!】主演・窪塚洋介、脚本・宮藤官九郎、監督・行定勲による青春映画の傑作だそうです(笑)。 見たのは行定勲監督の「GO」です。 ザンネンだったのは、今回のチラシがなかったことですね。というわけで、平成13年、2001年、三宮東映! はい、25年前、三宮の阪急の高架下に、そういう映画館があったんです。その時のチラシです。 実は、このチラシ、当時、9歳、小学校3年だったはずのピーチ姫が部屋に貼っていたものです。確かめてみると、ホントに、小学生だった彼女が貼ったようです。懐かしいことかぎりなしです。 で、そのチラシの表紙から引用します。「今回も家裁に行かなくて済んだぞ、感謝しろありがとうは?」「・・・いつか殺す」 アホやって、警察のつかまっていた杉原くん(窪塚洋介)を引き取りに行って、警官の前で息子を殴り殴り倒した父親、秀吉(山崎努)さんと窪塚君の名セリフの掛け合いです。 ついでですから、下に貼ったチラシの裏面にあるママ(大竹しのぶ)の顏の落書き。「分かったような口聞いてんじゃないよ!ガキなんだよガキ!」 ああ、ボクは一人で見ました。数年前にも見直しました。好きなんですよね、この映画。 で、今回の感想? 繰り返し見たはずなのですが、新しい作品を見ているように見られることが老人の特権ですかね。暗闇の中、夜の小学校の校庭の朝礼台に立っている桜井さん(柴咲コウ)の姿を見て、やっぱり涙がこぼれました。 まあ、窪塚君の絶叫もよかったんですけど(笑)。拍手! 帰って来て、あの頃、小学生の娘を連れて映画館に通っていたチッチキ夫人と喋りました。「今日はGO見てん。」「えーっ!私も行こ。」「チラシないねん。」「あっちの部屋にあるやん。ピーチちゃんまだ小学生やったけど、一緒に見たわ。そん時のが貼ってあるやろ。」「カードくれたよ。」「あっ、これちょうだい。」「ええよ(笑)。」「大竹しのぶよかったやろ。」「えっ?そこか?」 で、大竹しのぶさんのプロフィールを確認してビックリ。1958年生まれ、チッチキ夫人と同い年でした。 ちなみに、ピーチ姫は小学校時代の愛読書が金城一紀だったそうです。映画が先か?小説が先か? 暴力的読書に浸る、ナカナカ興味深い小学生ですね。一応、彼女は女の子でした。監督 行定勲原作 金城一紀脚本 宮藤官九郎撮影 柳島克己編集 今井剛音楽 めいなCo.キャスト窪塚洋介柴咲コウ大竹しのぶ山崎努山本太郎新井浩文村田充細山田隆人キム・ミンミョン・ケナム大杉漣塩見三省萩原聖人2001年・122分・日本 東映2026・06・12・no110・シネリーブル神戸no387追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.15
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ヤン・シュミット=ガレ「誓い 建築家B・V・ドーシ」元町映画館 元町映画館がやっている「ル・コルビュジュエとドーシ インドのモダニズム」という2本立ての特集の2本目です。 ヤン・シュミット=ガレというドイツの監督が撮った「誓い 建築家B・V・ドーシ」というドキュメンタリー作品です。 ル・コルビュジュエという人は1965年に77歳で亡くなったフランスの建築家ですが、この映画に登場するバルクリシュナ・ドーシという方は、1927年にインドで生まれ、生前のル・コルビュジュエの弟子、助手として建築家になられた方だそうです。 2018年にプリツカー賞という、まあ、よくわかりませんが、その方面ではもの凄い賞をお受けになったあたりからの姿、発言を記録しようという意図で作られた映画のようでした。 バルクリシュナ・ドーシという希代の建築家の人柄と思想を見事に描き出している見ごたえのある作品でした。 建築家は、このフィルムの完成後2年、2025年に95歳で他界されたということらしいですが、そういう意味でも貴重な映画ではないでしょうか。 表題に「誓い」という言葉がありますが、ドーシという方が建築家として師であるル・コルビュジュエに誓った思想、ボクなりの理解では「人間のための建築」ということだと思いましたが、それを指していると思いました。 作品の中にも出てくるのですが、彼の仕事場の壁にこんな言葉あるそうです。 Remember, without dark night there can never be sunrise, don't just think of only sunrise and smile or think of only the darkest night and imagine death. They are both a part of you. Accept nature and find the positive and think of it as a journey.Balkrishna Doshi(忘れるな、暗い夜がなければ日の出はない、日の出だけのことを考えて笑ったり、暗い夜だけのことを考えて死を想像したりするな。どちらもおまえの一部なのだ。自然を受け入れ、ポジティブなものを見つけ、それを旅だと考えるんだ。) 人としての生を生きている人が、生きている人のために作るということのなかに自然性を発見し、それをの肯定する。深いですね。 映画が映し出す建築の面白さはもちろんですが、学校で学ぶ人をはじめ、町で暮らす人たちの生き生きとした姿を映し出している作品であったことも、ボクにはよかったですね。拍手! この日、映画館で神戸の地震があった頃、高校生だったご夫婦と、偶然、お出会いしました。かつてヤンチャな野球少年だったN君は、今ではインテリア関係のお仕事で、お隣にお立ちなっている、奥様でいらっしゃるYちゃんは、あの頃のまんまの美少女で、思わず抱きつきそうになりましたが、嬉しかったですね。ハヤリの作品ではなくて、こういう渋い作品をご夫婦でご覧になっているということもうれしかった。また出会えたらなあ、でした。監督 ヤン・シュミット=ガレ撮影 ディートハルト・プレンゲル編集 サラ・J・レビン音楽 バルトーク・ベーラキャストバルクリシュナ・ドーシスリッド・サラバイスーリヤ・カカニ2023年・90分・ドイツ英題「The Promise - Architect BV Doshi」2026・06・10・no109・元町映画館no376追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.14
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島田陽磨「父と家族とわたしのこと」元町映画館 2年ほど前にこの監督の「生きて、生きて、生きろ」というドキュメンタリーを見て感心した記憶があります。震災後の福島県相馬市の診療所に焦点を当てながら、災後を生きる人々を実に丁寧に描いていらっしゃったことが印象に残っていて、チラシを見て即決でした。 見たのは島田陽磨監督の「父と家族とわたしのこと」というドキュメンタリーでした。戦後80年。トラウマが、静かにほどけ始める。 見終えたボクの実感では、ついに、というか、やっと、この国の「戦後」の「本当は」が姿を見せ始めたなという感慨が印象的な作品がでした。 映像が追いかけている3人の方、復員兵だった父の姿をたどりなおす藤岡美千代さん、市原和彦さん、日本兵だった祖父、母と続く暴力の系譜の中で育った佐藤ゆなさん、それぞれの方の語りが、敗戦を終戦と言い換え、「平和と繁栄」という、考えてみれば、かなり出鱈目なキャッチ・コピーで50年隠し続けて来た戦後史の実相を、あるいは戦争の悪を、穏やかに、しかし、鋭くあざやかに描き出す、歴史的傑作!だと思いました。 島田陽磨監督の視線の温かさ、問題意識の鋭さにも唸りました。拍手! PTSDの日本兵 家族会という団体の活動があることを初めて知り、胸うたれました。 子供に、旧大日本帝国陸軍の制服を着せて、はしゃぎながら靖国神社に参詣する人がいる「今」があることを映し出したシーンに、とんでもない時代が始まっていることを感じて心底驚きました。 戦後なんて言う言葉は、今の若い人たちには何の感慨も呼ばない死語化している時代です。兵士として戦争に行った青年たちで、もし、御存命であったとして、一番若い人でも100歳ですよ。大岡昇平であれ、武田泰淳であれ、戦争を体験した作家たちの書き残した、いわゆる「戦後文学」を読む20代がどれくらいいらっしゃるか。夏目漱石も森鴎外も忘れられているのが現状ですが、大岡や武田の戦場文学なんて誰もお読みになっていないのではないでしょうか。中国に 兵なりし日の 5カ年を しみじみと思う 戦争は悪だ 宮柊二 映画を見終えて帰り道を歩きながらボクの頭に浮かんできたのは、ボク自身が20代に読み心に刻んだ、宮柊二という歌人のこの歌でした。 もう一つ思い出したのは、師範学校を繰り上げ卒業して応召したはずのボク自身の父親の哀しい思い出でした。 父は、戦後、田舎の中学校の教員をしていたのですが、職場でも家庭でも、キレると止まらない人だったことでした。ひょっとしたら、彼の中に刻み込まれた戦争の傷だったのかもしれませんね。 戦後は遠くなったということが流行り言葉になったのは80年代の高度成長時代だったでしょうか。それから40数年たった今、軍国化の風が吹いている異様な世相ですが、この国が戦争の悪にまみれたことはきちんと振り返ることの大切さを思い出させてくれたこの作品に、もう一度、拍手!です。 監督・制作・撮影 島田陽磨撮影 井上耀介 熊谷裕達編集 鈴木響音楽 渡邊崇協力 PTSDの日本兵家族会2026年・127分・G・日本 日本電波ニュース社2026・06・09・no108・元町映画館no375追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.13
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オム・ハヌル「君と僕の5分」シネリーブル神戸 韓国映画で、エンタメ、どうも、ボーイズ・ラブ絡みらしいのがめんどくさいけど・・・、 でも、見ますよね。 で、見たのはオム・ハヌル監督の「君と僕の5分」です。泣きました(笑)。ドンぴしゃりでした。ボク、こういうの大好きです(笑)。 2001年の韓国が舞台です。転校生のギョンファン君は、世間で禁止されているJポップとか日本製のマンガとかが大好きなオタクです。隣の席のジョミン君はクラス委員で優等生ですが、ギョファン君に、何だかわからないけど通じるものを感じてちょっかいを出します。もう、これで、十分、納得!でした(笑)。 50年ほど昔のことです。隣のクラスに転校してきたI君とやっている通信添削が同じだというだけの理由で親友になった経験が記憶から消えないシマクマ老人は、スクリーンで繰り広げられるギョファン君とジョミン君の最初から最後まで、その年ごろ、ボクもそうだった、少年たちのリアルに涙がとまらなくて困りました。 涙に加勢したのは音楽でした。どこまでも限りなく♪ 降りつもる♪雪とあなたへの想い少しでも伝えたくて♪ 届けたくて♪そばにいてほしくて 2000年当時、世間では、もちろん、我が家でも繰り返しかかっていて、ボクでさえ、鼻歌で歌えるグローブという、ほら、あの、小室さんのグループですが、そのデパーチャーという曲ですね。そのサビの部分が、日本語の歌詞で、まあ、おとなしいギョファン君が好きな曲という設定なんですけど、ドラマの山場、山場で聞こえてくるんです。やっぱり、泣きますよね(笑)。 ちなみに、我が家の愉快な仲間たちはギョフン君とたちとほぼ同学年で、音楽やマンガも、そうそうだった、そうだった、というのが、次々と出てくるわけですが、ボクが泣いたのは、その当時を思い出してではなくて、ボク自身の17歳を重ねて見たからですね。 いやホント、うまいもんです、拍手! 映画は、ラストあたりでギョフン君の、あれから20年後あたりの今を描いて、彼の同性愛を肯定的なラストとして描きますが、蛇足ですね(笑)。 少年たちの愛を否定する気は毛頭ありません。でも、少年というものはこういうものなんだと思うんです。ボクだって、当時、親友だった、あるいは大好きだったIくんとも、Oくんとも、もう20年以上音信不通なんですから(笑)。監督・脚本 オム・ハヌル製作 アン・ビョンレ イ・エデン撮影 キム・ヒムチャン美術 キム・ジニョン編集 ウ・ヒジョン音楽 イ・ミョンロ挿入歌 globeキャストシム・ヒョンソ(イ・ギョンファン 転校生)ヒョン・ウソク(ソン・ジェミン クラスの人気者)コン・ミンジョン(ユン・ギョンスク ギョンファン君の母)イ・ドンフィ(チェ・ヨンチョル 多分マッチョな先生)2025年・104分・PG12・韓国英題「404 Still Remain」2026・06・08・no106・シネリーブル神戸no386追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.12
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チャールズ・バーネット「キラー・オブ・シープ」元町映画館「Charles Burnett Everyday Blues」という2本立ての特集の2本目。UCLA映画学科で学んだらしい監督の卒業制作らしいですね。 見たのはチャールズ・バーネット監督の「キラー・オブ・シープ」、1977年の映画でした。 なんか、題名が過激ですが、食肉工場で働く男性スタンと妻、男の子二人の家族をストーリーの軸にしながら、1970年代のアメリカ、ロサンゼルス、ワッツ地区で暮らす人たちの日常を描いた作品でした。 事件らしい事件が起こるわけではありません。印象に残ったのは子どもたちの姿でした。見ているこっちを、妙にハラハラさせる遊びの風景なのですが、恐らく、貧困と差別のど真ん中で生きているにちがいない彼らの姿を、正真正銘の無邪気さとしてフィルムに刻み付けているチャールズ・バーネットという人の世界の見方にうたれたんでしょうね。 1970年代、この作品がとられていた頃ボクは20代でした。もしも、当時、この映像を見ていたらどう感じたのだろうという感慨を呼び起こす映像でした。 上映後、会場でトークがありました。 川村りらさん(脚本家・俳優)、野原位さん(映画監督)、野崎敦子さん(本特集協力)、土井理代さん(After School Cinema Club)という、この作品の上映に努力されている方や、野原位さんといえば、今、話題の濱口竜介さんの監督作品「ハッピィ―アワー」の脚本を書いた人ですし、川村リラさんといえば、その作品に出ていた女優さんですが、そういう方のトークでした。 楽しいチャールズ・バーネットの紹介という趣のトークショーでした。いつもは、こういうイベントには参加しないのですが、なんとなく、聞いていて壇上の人たちが40代~50代の方で、映画が描いている「70年代のアメリカ」、あるいは、それは「日本」でもいいのですが、映画が映し出しているその時代の実感がないのだなあということを強く感じました。 まあ、当たり前のことなんですけど、新しい映画を作っていらっしゃるこういう若い方たちとの、経験の「壁」のようなものついて、どう考えていくべきなのか、面白い問題提起の時間でした。 監督・製作・脚本・撮影・編集 チャールズ・バーネットキャストヘンリー・ゲイル・サンダースケイシー・ムーアチャールズ・ブレイシーアンジェラ・バーネットユージーン・チェリージャック・ドラモンド1977年・81分・アメリカ原題「Killer of Sheep」2026・06・06・no105・元町映画館no374追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.11
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養老孟司「なるようになる。」(中央公論新社) 2023年11月25日発行の本です。 腰巻にあるお写真、養老先生1937年のお生まれだそうですから、85歳くらいのお姿かと思われます。なんか、ご機嫌なおじいさんという雰囲気でイイですね。 鵜飼哲夫さんが編集されて2024年に出された「わからないので面白い」(中央公論新社)を読んで、同じ鵜飼さんがインタビューされた自伝があると紹介されていたので手に入れたのがこの本です。 養老孟司「なるようになる。」(中央公論新社)。 「なるようになる。本当に、そう思っています。人生、なるようにしかならない。そうもいえますが、それでは、なんか諦めたような感じになってしまう。なるようになる、はゆるいかんじですね。」(P12) まあ、こういう語り始めです。子供の頃の戦争時代の回想から、愛猫まるの話までのんびり読ませていただいて楽しい本です。 養老先生がおっしゃることについて、あれこれ紹介し始めるときりがないのですが、一つ選んでということであれば、やっぱり「バカの壁」絡みですね。 僕自身、理系なのに物理学は難しいと思っていた。それはなぜか。聞くほうに知りたいモチベーションがないと、専門外の話はなかなかわからないからです。これを脳内の入出力の計算式にして示しました。視覚、聴覚など五感から脳に入力される情報などをx、これへの反応、うなずいたり、無視したりする出力をyとしたい一次方程式です。 y=ax 係数aは好き嫌い、興味関心などのバイアス(偏り)で、係数が0、つまり無関心だと何を入力しても出力はない。無反応です。一方で、相手への好意や関心が高いとaの数値が大きくなり共感、理解が進むけれど、aが無限大になると、ある情報だけを絶対視する狂信的原理主義になりかねず、とても危ない。(P131) で、このあと、 情報は日々刻々変化し続け、それを受け止める人間の方は変化しない、と思われがちです。実はあべこべの話です。 かつて「バカの壁」で話された話に戻って、人間の側の変化が話題になります。情報は、もちろん多様ですが、それを受け取る主体の係数aの変化への着目ですね。「アッ!」って思いました。 壁を作るのは、人それぞれの係数aですね。養老さんが提示した方程式においては定数なのですが実は、これって、変数なんですね。人って変わるんです! かつて、「バカの壁」を読んで、20年です。「壁」の存在について「わかったつもり」のaの定数化、固定化、あるいは、極大・極小化の日々です。 年齢と経験の絶対化ですね。振り返ればトホホです。 でもね、変えることが可能なんですね。目から鱗です。大事なのは、きっと、定数aに揺さぶりをかけることなんですね。入力と出力を繰り返す辛抱、座り込まないで、キョロキョロしながら徘徊する元気かな? まあ、そういう感想です。久しぶりの養老先生、面白かったですよ。 2026-no061-1276 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.10
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ダミアーノ・ミキエレット「ヴィヴァルディと私」シネリーブル神戸 先日「コラール」というイギリスの教会の合唱団を描いた作品を見て、今日はヴィヴァルディです。こういう音楽ネタ映画が好きです。映画のいいところはスクリーンから流れてくる音楽の音色も大きさも、見ているこっちに聴こえがいいように作られていることですね。聞いていて、ウットリという体験は自宅ではできません。 まあ、そういう目論見で見たのはダミアーノ・ミキエレットという監督の「ヴィヴァルディと私」でした。 アントニオ・ヴィヴァルディ、17世紀から18世紀、日本でいえば江戸時代にイタリアのベニスで生きた作曲家ですから、映画は歴史映画、時代劇ですね。 ボクのような門外漢でも「ヴィヴァルディ?四季か?」と思い浮かぶ人ですが、彼がピエタ慈善音楽院とかの先生であったなんてことは、まったく知りませんでした。親から捨てられたり、育てることができないから預けられたりした女の子たちを集めて音楽を教えるという、まあ、そう言えるかどうか、なかなか難しいのですが福祉施設です。女の子だけというところが、当時の修道院の事情も反映しているのでしょうね。 で、映画は、そのピエタ院の孤児たちと、司祭であり指揮者であるヴィヴァルディとの出会いと別れの物語でした。 監督のダミアーノ・ミキエレットという人は、実はオペラの演出では名だたるイタリアの方らしくて、ヴィヴァルディがチェチリアという母も父も知らない少女の音楽的天才を発見し、育てていく過程を、人と人の出会いの奇跡!として描いていて、スクリーンから流れ続ける音色に堪能しながら拍手!でした。 もっとも、映画はそれでは終わりません。18世紀のイタリア、ヨーロッパ社会の慈善の実相を名もなき天才ヴァイオリニスト、チェチリアの悲劇として容赦なく描くドラマ構成は大したものですね。拍手! ヴィヴァルディといえば「四季」ですよね。「Primavera」という原題、イタリア語では「春」、あるいは「はじまり」を意味するようですが、見ているこっちは、はじめから「春」を待ち続けていたにもかかわらず聴こえてきたのは・・・。 エンド・ロールととも聴こえてくるその音色に涙を抑えることができないラストでした。「春」であり、「はじまり」であるラスト・シーンが描こうとしていることが希望であることは、ベネチアの美しい運河をゴンドラにゆられるチェチリアの決意に充ちた横顔のアップによって理解はできるのですが、あまりにも哀しいはじまりでした。 映画がたどった日記を書き残して、母を探す旅に旅立ったチェチリアを演じたテクラ・インソリアさん、表情が素晴らしかったですね。拍手! いやぁ―、さすがオペラの手練れ、それにしてもうまいものですね。拍手!監督・脚本 ダミアーノ・ミキエレット製作ニコラ・ジュリアーノ フランチェスカ・シーマ カルロッタ・カローリ ビオラ・プレスティエリ原作 ティツィアーノ・スカルパ脚本 ルドビカ・ランポルディ 撮影 ダリア・ダントニオ美術 ガスパーレ・デ・パスカーリ衣装 マリア・リータ・バルベラ編集 バルテル・ファサーノ音楽 ファビオ・マッシモ・カポグロッソキャストテクラ・インソリア(チェチリア)ディミケーレ・リオンディーノ(アントニオ・ヴィヴァル)アンドレア・ペンナッキ(監事)ファブリツィア・サッキ(院長)イルデガルド・デ・ステーファノ(ラウラ)コジマ・チェントゥリオーニ(マリエッタ)アニェーゼフェデリーカ・ジラルデッロカテリーナレベッカ・アントナーチマッダレーナキアラ・サッコデンマーク国王ミコ・ハーリーエリザベッタ・パロリンバレンティーナ・ベッレサンフェルモステファノ・アコルシ2025年・110分・G・イタリア・フランス合作原題「Primavera」2026・06・03・no102・シネリーブル神戸no384追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.06.09
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