本日26日は若草読書会の例会でありました。
今回は、智麻呂・恒郎女ご夫妻に主役になっていただこうという企画。お二人でお好きな歌や思い出のある歌を熱唱いただこうと、ヤカモチが勝手に決めてご両名に「押し付けた」、手抜きヤカモチの手抜き企画の趣向でありましたが、これは本を読まない読書会を自称するわが若草読書会の伝統芸と言うかお家芸でもあります。
千の風からあざみの歌、青葉の笛、かえろかえろの歌、色んな讃美歌など、智麻呂さんのソロ、お二人のデュエット、皆で合唱と、「歌声喫茶」風の時間を過ごしました。
参加者は、主役のご夫妻に、凡鬼・景郎女ご夫妻、祥麻呂さん、小万知さん、ひろみの郎女さん、久しぶりの和郎女さん、初参加だと思うが、かつて日本基督教団小阪教会でご一緒だった和〇さん、そして小生を含めて全10名でありました。
来月4日は恒郎女さんのお誕生日とあって、小万知さんや和郎女さんらがご用意下さった花束のプレゼントもあったほか、余興とて景郎女さんが「なぞなぞ遊び」や楽しい絵本の話をして下さるなど、賑やかで楽しい読書会となりました。
ということで、何と言って紹介できる写真もありません。
会の途中で席を外して智麻呂邸の向かいの小さな公園に煙草休憩に出た折に見付けたヒメツルソバの写真でも掲載して置きます。
さて、このヒメツルソバ。春に咲く花と秋に咲く花とがあるのですな。別に品種が異なる訳ではなく、同じ株が春と秋二度咲くのであるから、春姫蔓蕎麦、秋姫蔓蕎麦と呼んだりはしない。しかし、歌的には春姫、秋姫と呼んだ方が面白い。
今年の春咲きのそれを見て、同じ感想を抱いたものか、春姫、秋姫で歌を1首作っているようです。
<参考> 墓参・花散歩・姫蔓蕎麦からアメリカデイゴまで
2016.6.4.
そして、昨日25日は大学の同期会・夕々の会の例会。
普通、同期会と言えば卒業年次の同じ者の集まる会であるが、この夕々の会は入学年次の同じ者の集まりである。中学は勿論、高校でも留年は滅多にあるものではないから、入学年次が同じなら卒業年次も同じになる。しかし、大学では留年が結構ある。本人が意図してのものもあれば、意図せずのものもあって、事情はまちまちであるが、我々の頃は3分の1近くが留年というのが普通であったようだ。大学側は卒業年次で第何期卒業とするから、同窓会名簿なども卒業年次でグループ分けされている。しかし、卒業年次が同じでも入学年次が違うと、当人同士には「同期」という意識は生じない。卒業年次が違っても、入学年次が同じ者の間にこそ「同期」意識がある。そんなことで我々は入学年次を同じくする者の集まりとしての同期会を持っているという次第。
今回は入学以来今年が〇十年という節目ということもあって、関西近辺在住者で集まっていたこの会に東京方面その他地方在住の同期にも参加を呼びかけようと企画したのであるが、これは見事失敗。唯一東京から参加を表明していた西△君も親戚に不幸があって急遽前日に参加取り消しとなり、いつものメンバーでの開催となりました。
その名が示す通り夕刻に集まって会食をするのが恒例であるが、今回は2部構成とし、第1部は母校キャンパスを久々に訪問して学内を散策してみようという趣向。第2部は母校近くの店で懇親の宴会。
第1部は阪急石橋の阪大博物館前に午後2時集合。第2部は午後4時半頃から同じく石橋にある料亭「がんこ石橋苑」で宴会。
参加者は岡〇君、黒〇君、小〇君、佐〇君、谷〇君、蝶〇君、道〇君、中〇君、西〇君、枦〇君、深〇君、藤〇君、古〇君、前〇君、守〇君と小生に、第2部から参加の出〇君、広〇君、堀〇君を加えて全19名。
大阪大学法学部同窓会・青雲会の事務局長をやっている黒〇君の案内で学内を、と言っても法学部の関連だけであるが、散策・見学しました。現在大阪大学会館となっている旧イ号館や図書館やサークル棟などは昔の面影を偲ばせてくれるが、そういったものはごくわずかにて、すっかり様変わりで、年月の経過とはかくあるものかと感じさせられるのでありました。
参加者の中には卒業以来とは言わないまでもそれに匹敵する程に久々の訪問という者も居て、その変貌ぶりに驚きを禁じ得なかった向きもあったようだ。小生は、ちょっとしたきっかけから同窓会に関わりを持つようになって、特に2007年度と2008年度だったかに同窓会長までやらされたこともあって、しばしば母校キャンパスを訪問しているので、そういう感慨は過去のものになっているが、枦〇君のように、阪急石橋駅を降りて母校へ向かう、かつては通い慣れた通学路であった筈の道で、道に迷うという御仁も現れる始末であるから、母校のキャンパス散策も案内役の黒〇君の先導がなければ、何処が何処やら分からなくなるという次第であったのでした。
第2部は、守〇君の手配してくれた「がんこ石橋苑」で懇親会。
下の石橋苑由緒の説明板にも記載されているが、中井エンジニアリングの創業者中井氏の広い邸宅がそのまま「がんこ石橋苑」に生まれ変わっているのである。
石橋苑由来の説明板を覗き込んでいるのは、同期の西〇君と谷〇君であったかと思うが、小生もこの説明板で初めて「石橋」の地名の由来を知りました。
懇親会はいつも通りのとりとめもない話と飲み食いでありましたが、幹事の守〇君の指名で各自近況や言いたいことをスピーチすることとなり、それぞれ「その君らしい」スピーチを楽しく拝聴。
最後に記念写真を撮って解散という段になって、スピーチの後に思い付きで作って隣席の道〇君に戯れに示した和歌について、これを披露せよとのこととなり、その戯れ歌を皆で犬養節で朗誦してお開きとなりました。
もののふの 八十爺めらが 汲み交はす がんこの酒や 石橋の苑
(偐家持)
(本歌)もののふの 八十をとめらが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花
(大伴家持 万葉集巻19-4143)
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