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チョットいい話!! 私の職場に、毎日トイレの掃除をしてくださる方がおられます。たまに掃除中にトイレに行くことがありますが、「入ってもいいですか。」と声をかけると、いつも「いいですよ。どうぞ、どうぞ」という声がかえってきます。明らかに掃除のじゃまなのに、気持ちよく対応してくださいます。時には、「床がぬれとるよ。すべらんようにね」という声もかえってきて、こちらが恐縮してしまうほどです。 別の機会にあるスーパーのトイレを利用したときのことです。入り口に「清掃中」の看板が立ててありました。中をのぞくと掃除は終わっている様子で、どうしても我慢できず、「入ってもいいですか」と声をかけました。すると、返ってきたのは「看板が見えんのん?」の冷たい一言。確かに悪いのは私。でも、その冷たい言葉の響きに、ショックを受けてしまいました。同じような状況の中でのまさしく対照的な二つのできごとです。 職場のトイレ掃除をしてくださる方は、汗びっしょりになって掃除をされていて、トイレを出るとき私は「ありがとうございます」という言葉が自然に出ます。そして、汚さないようにきれいに使おうと思います。 トイレだけでなく、利用する者の心まで磨いてくださるすてきな方だと思います。 広島県教育委員会では、平成14年11月に「豊かな心を育むひろしま宣言」を発信し、子どもたちの豊かな心、特に道徳性を育むために学校・家庭・地域が一体となり県民ぐるみで道徳教育を推進する気運の醸成をめざしています。その1部子どもたちに伝えたい、チョットいい話サイトへ!!ご訪問ください。
2007年01月31日
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”親しき仲にも礼儀あり”初めて人に会ったときとか、花嫁さんなどは、気恥ずかしさや相手への警戒、自分がよく思われたいという気取りがあって、ささやくように話すものですが、次第に慣れてくると、相手を扱う要領わかり、気取りも、恥ずかしさなくなり、思わずがなりたてているものです。しかし、がなり合う間柄は、お互い冷め切った状態であり、良いものではありません。”親しき仲にも礼儀あり”と訓えの如く、親しくなればなるほど、親密の情を増し、変わらぬ優しさを保つことが大切ではないでしょうか?
2007年01月30日
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"恋愛論を得意気に語る奴には、恋人がいない"(マーフィーの法則)現代も時々、恋愛論を得意気に語る小生は、残念ながら?? 恋人が存在いたしません!?愛妻ならおりますが…????長い間?恋人がいなかった若い時にも、得意気に恋愛論を語っておりました??これはもう覚えておりません…????さて、この言葉を思い出した時点からは、小生も沈黙しなければいけないことになります!?人生論、幸福論、金銭論、ビジネス経済論、仕事論、教育論、家族論、などなど…それらすべてを語る人々にもこのことが当てはまるとすれば????中身のない人間ほど口が動くということになりますね!小生自身、大反省!!です。しかし、勝手なことをベラベラと語る人間が一人くらい いないと、批判の対象もなくなってつまらないかもしれません。だけど、得意気に語る人間の言葉については、盲信することなく数ある考え方の1つとして聞いていた方がよいと思うのは私だけでしょうか?100%正解とも言えません。しかし、間違いとも言えません。語れる立場だからこそ、しゃべられるネタもあるということで…”口は災いのもと”とはよく言ったものですね!?
2007年01月29日
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信ずるものは救われる?不治の病に効能があると言われている温泉!?玉川温泉 (秋田県田沢湖町玉川)アドレスはhttp://www.hana.or.jp/~tamagawa/information.html とにかく驚く温泉があります。知っている人は知っている!知らない人が知っても、疑いの心を持ち寄りつきもしません!しかし、騙されてもともとという気持ちで秋田県の玉川温泉を訪れると虜になってしまい、行かれた方は納得して帰ってこられるそうです。私も半信半疑でしたが、行かれた方の話を聞きましたが難病(癌他)に効能があるといわれるのは「放射線ホルミシス効果」だそうです。不治の病と闘ってられっる方々、一度試されたら如何でしょうか??行くためには予約が必要で、現在約6ヶ月以上の待ちだそうです。凄いですね!とにかく、この世からさようならといわれた人が、”藁にもすがる思い”で訪れております。 概 要いわゆるラドン、ラジウムなどの放射能温泉が癌などの難病に効果があるといわれるのは「放射線ホルミシス効果」であるといわれております。「放射線ホルミシス効果」とは通常、放射線をあびると癌、原爆症になったりしますが、ごく微量の放射線をあびた場合は逆に免疫力が活性化され、細胞の修復力が強くなるといったことが生じることです。玉川温泉は強酸性の泉質ですが、源泉近くに放射性元素を含んだ世界で3ケ所にしかない天然記念物の北投石が多数あり、これが「放射線ホルミシス効果」を発揮しているのだといわれております。放射性元素はひじょうに不安定な物質なので温泉に含まれている程度のラジウム(固体)はラドン(気体)を放出しながら、通常2時間程度で崩壊してしまうそうです。注意していただきたいことは「玉川温泉」は万能ではありません。同じ病気、症状でも、その人により効果がある人とない人がおります。自分の治したいという気持ちのない人にはあまり効果はないようです。人によってはほんとうに奇跡的な効果があることもあるのです。岩盤浴にいくと病気を治したい人がたくさんおります。難病をかかえた人たちが最後の望みをかけて必死のおもいで日本全国、ときには海外からもきております。予約に関しては、6ケ月前から先着順に受け付けてます。最大21日まで連続して予約可能です。玉川温泉、新玉川温泉あわせて750名近い定員ですが常に満員です。2、3ケ月前では平日でもまずとれないと思います。4~6ケ月なら予約も可能です。夏期などは車で寝泊まりする人、勝手にテントをはる人がたくさんおります。 玉川温泉が遠いという方には下記の放射能泉をおすすめします。いったいどこの温泉がラジウム、ラドンの含有量日本一、世界一になるのでしょうか? 【東日本】・増富ラジウム温泉(山梨県北巨摩郡須玉町)・・・武田信玄の隠れ湯、ラジウム含有量、世界一!・奈女沢温泉(群馬県利根郡月夜野町上牧)・・・別名、釈迦の霊泉、上杉謙信の隠れ湯! 問い合わせ:0278-72-3173 飲料水としても飲まれていて現金封筒で買い求める事が出来る。10リットル3500円・畑毛温泉(静岡県田方郡函南町)・・・伊豆の秘湯です!・今神温泉(山形県最上郡戸沢村)・・・ここのみ放射能泉ではありません。別名、念仏温泉!【西日本】・三朝温泉(鳥取県東伯郡三朝町)・・・ここもラジウム含有量、世界一!・関金温泉(鳥取県東伯郡関金町)・・・三朝温泉よりラジウム含有量が多い!・池田ラジウム温泉(島根県太田市三瓶町)・・・ラドン含有量、世界一!・湯の島温泉(岐阜県恵那郡福岡町)・・・別名、ローソク温泉、ラジウム含有量、日本一!・栗本温泉(岐阜県恵那郡福岡町)・・・ラジウム含有量、日本一! 騙されたと思って、不治の病と闘ってられる方々、一度お尋ねされたら如何でしょうか???? ooooo
2007年01月28日
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泣きながら生きて!! 久しぶりに家でごろごろとしていた。家人が『素晴らしいテレビドラマがあるよ!?』と言われ、テレビを見ない私に教えてくれた。 涙、涙の感動のドキュメンタリーだった。今の日本人にはない???家族愛を思い出させてくれました。さすが家族を大事にする中国の実話です。 番組タイトルは文化庁芸術祭参加作品『泣きながら生きて』です。足かけ10年かけて日本で頑張っている中国人を撮り続けたドキュメンタリー フジ系「泣きながら生きて」(中国シリーズ 最終章 )放送日 平成18年11月03日(火) 「日本で暮らす中国人留学生のありのままを記録して中国の人に伝えたい」。そんな思いを持った1人の中国人女性がフジテレビのスタッフの協力で制作し、日中両国で大きな反響を呼んできたドキュメンタリー“中国シリーズ”が、11月3日の金曜プレステージ「泣きながら生きて」(後9・0)で幕を下ろす。 女性の名前は張麗玲。現在はCS放送「大富」の社長を務める彼女と、フジのプロデューサーの横山隆晴との出会いから11年。最終章の取材年月は足かけ10年にわたった。「泣きながら-」は上海(母)、東京(父)、ニューヨーク(娘)での離散生活を余儀なくされた中国人の丁さん一家の10年間の壮絶な記録。文化大革命の嵐の中で勉学をできない時代を過ごした父は日本の大学進学を目指し、多額の借金をして単身来日するも、思いもかけない形で不法滞在者に…。再出発の夢を絶たれた父は借金返済後も東京で働き、来日時、小学4年だった娘を海外の一流大学へ留学させるための学費稼ぎに専念する。念願通り、娘はNYに留学。母は上海の工場で働きながら娘に会うためビザ申請を繰り返し、5年後にNYへ。それぞれNYに向かう途中、不法滞在で日本から動けない父と再会を果たす。娘は8年ぶり、妻は13年ぶりだが、いずれも飛行機の乗り継ぎ時間を利用しての慌ただしいものだった。張麗玲 3人家族の“3都物語”を通して家族の絆(きずな)の深さ、信頼の大切さが伝わってくる。「国を超えて物事を考えないと何も変わらない、国を超えるとは時代(歴史認識)を超えることだと常々話している張さんの思いが総括された作品になった」と横山が言えば、張も「これ以上のものは撮れないと思った」とシリーズ集大成への充実感を話す。 数々のドキュメンタリーを手がけ、昨年は「桜の花の咲く頃に」で第1回放送文化大賞テレビ部門グランプリに輝いた横山と張の出会いは、張がOL生活を始めた半年後。「実社会に出て初めて中国で教えられてきた日本と実際の日本との間にものすごく差があると感じた」という彼女が、日本で頑張る同胞たちの現実を記録として残したいとの一念で人づてに聞いた横山のもとを訪れ、「カメラを貸してください」と頼んだのだった。 張の「思いの強さ」にひかれた横山ら数人が“素人”の彼女をボランティアでサポート。平成11年から翌年にかけて中国で放送された10番組が大反響を呼んだため、12年にはフジ系でもゴールデンタイムで放送が決定。これまでに「小さな留学生」「若者たち」、張自身の公私を追った「中国からの贈りもの」など5作を放送、「感動した」「これこそ真の日中交流」と大好評を博した。 フジは今作を芸術祭参加作品として放送し、中国シリーズは終了するが、張は「中国で放送できなくても何か意味があると思って記録した作品が日本でも放送されるなんて夢のようだった。感動を伝えたいという気持ちは変わらないので、今後はドラマや映画も作ってみたい」と話している。 産経Webは、産経新聞社から記事などのコンテンツ使用許諾を受けた(株)産経デジタルが運営しています。 すべての著作権は、産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産経・サンケイ) ■記事関連情報【プロフィル】張麗玲 女優として北京で活躍した後、「世界を見てみたい」と平成元年来日。東京学芸大、同大学院を卒業した7年、大倉商事入社。平日の夜と休日を利用してドキュメンタリー制作に取り組む。取材した中国人留学生は315人にのぼる。10年、中国中央電視大台からの依頼で日本の窓口となるCS放送会社「大富」を設立、社長に就任した。 泣きながら生きての詳しい内容は下記サイトへご訪問ください!!泣きながら生きてサイトへ
2007年01月27日
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NO. 1DATE 1・26 今何故か?中国古典がブームになりそうな気配を感じます。それは、現在社会にマッチしている実践的な学問ということではないでしょうか? 第1は、中国古典の権威 故安岡正篤が『中国古典は応対辞令の学問』と言っています。応対辞令を解りやすく言えば社会生活における様々な人間関係にどのように対処するか?ということでしょう。 第2は、経世済民、つまり政治論のことです。組織をどう掌握してどのように動かすかなど幅広い応用を学ぶことが出来ます。 第3は、修己治人(しゅうこちじん)、つまりは指導者論のことです。上に立つものはどうあるべきか?組織のリーダーにはどんな条件が望まれるのか?とあらゆる古典が様々な角度から論じています。この3つが中国古典の大きな柱ではないでしょうか? "窮(きゅう)もまた楽しみ、通もまた楽しむ" 簡単に「窮」ごくは貧乏、「通」は金持ち。2度とはない人生です。それぞれの境遇に応じて人生を楽しみなさい。と、『荘子』はいっております。 中国を旅すると、生活のレベルは日本より低いことが人目で解ります。が、あくせくとした日本人より、ゆったりと人生を満喫しているように見えます。 日本人は、人生を楽しむことにかけては、あまり上手な国民とはいえないのではないでしょうか? お金がなければ楽しい生活が出来ないと思っているのが大半?お金を持っている人でも、どこかギクシャクしたところがあるように思います。 悠々自適の生活を送っている人が言っていたことが耳に残ります。 「リタイアーしたら、ゴルフ三昧と思っていたが、いざゴルフ、ゴルフばかりの生活になるとちっとも楽しくない。いまは、あれだけ憧れていたゴルフ生活も 何処かに飛んでいってしまった。つくづく私は、人生の楽しみ方を知らない男だと、思ったよ!」。 ゴルフは、たまに行くからこそ、楽しく面白いのかもしれません!?
2007年01月26日
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開花の時期が違う!!ちょっとした努力やセンスで、アッという間に社会にのし上がっていく人もあります。何十年頑張っても、努力が稔らないときもあります。そのような時は”人によって開花の時期が違うだけ”と考えることです。人に認められ世にでたからと素晴らしいのでも、力があるのでもありません。たとえ同じような力、それ以上の能力を持っていても、早咲きの花と遅咲きの花があるからです。もう少し人より勉強できるときを得たことを喜び、努力を続けていくことです。
2007年01月25日
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生き残る!!物が売れない、過当競争だ・・・今はどの会社もお店も、売り上げを伸ばすことよりも、いかに生き残るかという時代です。技術やサービスも、他社と同じことをやっていたのでは、顧客をひきつけることはできません。これからの時代は、今の顧客をどう守るかにかかっております。顧客一人一人と顔と名前を覚え、顔を見れば名前を呼んで挨拶をし、笑顔で応対するいうように顧客との心のふれあいによる人間関係づくりで、顧客にもう一度来ていただく繋がりをつくることです。
2007年01月24日
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古くから伝わるヒーリング術!! 最近、疲れていませんか?「癒し」「ヒーリング」を求める現代人が増え、ブームになっています。この「癒し」、実は私たちの宗門にも古くから伝わっているのです。今日は、この秘法「軟酥(なんそ)の法」を紹介させていただきます。 以下の「軟酥(なんそ)の法」は、江戸時代の白隠和尚様が伝える妙術です。 「身体の調子が思わしくなく、心身ともに疲れるようなことがあった場合、次のような観想をするとよいでしょう。 まず、色も香りもよく清浄な軟酥(命のエネルギー)の、大きな卵くらいのものを、頭のてっぺんに置いたと想像しましょう。 その絶妙な風味が骨を透って頭の中をうるおします。そして、だんだんと浸みわたり下ってきて、体全体に広がります。 その時、次のようにイメージしましょう。このしんしんと浸みながら流れ下る命のエネルギーが体を温めること、まるでよい香りのする各種の薬草を調合した薬湯につかっているようである。と、 一切は心のあらわれであるから、このようにイメージするならば、実際によい香気を嗅ぐことができ、身体も触り心地のよいものに包まれた感覚を味わうでしょう。」 白隠和尚様は、このイメージを怠らずに努めるならば、心身は調和し、どんな病も治り、徳も知らず識らずのうちに積まれることは疑いなし、と太鼓判を押されています。 この宇宙には、「軟酥=大いなるいのちのエネルギー」が満ちている。このことを思う時、先人の句が思い出されます。 ”大いなるものにいだかれあることを けさふく風のすずしさにしる”(山田無文老大師) わたしたちはひとりじゃありません。孤独じゃありません。この世界には大いなる命が充ち満ちていて、わたしを育ててくれています。わたしは生かされて生きています。その真実に気付いた今、生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう「生活信条」と自分とが一つとなった感動が溢れます。そして身も心もさわやかに!「癒し」「ヒーリング」の原点が今、、ここにあります。◆参考:白隠禅師法語全集『夜船閑話』禅文化研究所、2000年 臨済宗妙心寺派(和歌山県西牟婁郡白浜町)聖福寺住職 関守研悟和尚の法話です。
2007年01月23日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・22『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民衆はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”大国を治(おさ)むるは小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若し”「小鮮」とは小魚のこと。小魚を煮るときに、やたら突いたりかき回したりすれば、形も崩れるし味も落ちてしまいます。国を治めるときも、政府が、何事につけ権力で上から観賞するのはよくない。出来るだけ干渉を避け、民間の活力に任せるほうが、かえってうまく治まるのだという。為政者は、大所高所から黙って事態の推移を見守るのが、政治の理想である。という考え方にほかならない。これはたんに政治にとどまらず、企業の組織管理にもあてはまる。社長が社員に一人ひとりにはっぱをかけ、細かい伝票にまで目を光らせたらたまったものではない。社員がやる気を無くすばかりか、第一、社長自身が参ってしまいます。社長は、社員が働きやすい環境を作り、日常業務はしかるべき管理者にまかせて、企業経営の大計をを考えていればよいのです。ワンマン社長の会社が長続きして発展するかどうかは、そういう組織管理への切り替えが出来るかどうか?にかかっています。風林火山の山本勘助、三国志の諸葛孔明のような、優秀な参謀役が必要になることは言うまでもありません。『老子』が現代に生きていれば、管理は『口』ではなく『目』で行えばよいと説いております。
2007年01月22日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・21『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”其の鋭(えい)を挫(くじ)き、其の粉(ふん)を解き、其の光を和らげ、其の塵(ちり)に同じうす”この世の中を生きていくには、鋭い部分は無くしたほうがいい。複雑なことばかり考えるのもよくない。きらびやかに光るものがあったら、意識的にそれをぼかして塵と溶け合うように生きなさい。という意味です。ここで注目したいのは、”其の光を和らげ、其の塵(ちり)に同じうす”です。略して『和光同塵』といいます。『光』とは才能・能力であり、『塵』とは世間一般のレベルを指しております。つまり、才能や能力をあまり表に出すな、ということです。このことは、サラリーマン生活を長く続けた人ならすぐに思い当たる節があるのではないでしょうか?二十代で、やり手とか大器とか称された人は、不思議に大成しないものです。日本の企業はチームプレーで成り立っております。ところが、やり手サラリーマンほどチームプレーに徹しきれない。そのために浮き上がった存在になり、周囲の反感を買います。そして、一度つまずくとよってたかって足を引っ張ります。組織とはそのような残酷面があるということを知っておく必要があります。つくづく私は強く思います!?
2007年01月21日
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●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・20 『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”善く人を用うる者はこれが下となる”「夜郎自大」という言葉がある。漢の時代に、中国西南の地に夜朗という国がありました。その地方では威勢が良かったけれども、しょせん、漢の強大なることを知らずに、お山の大将を気取っていたに過ぎない。そこから、仲間うちだけで大威張りすることを「夜郎自大」というようになりました。「自大」を一時にまとめると、「臭」になります。つまり、「自大」はふんぷんたる臭気を発して、近寄ってくる相手まで遠ざけてしまうそうです。その点、人の使い方の上手な人は、相手の下手に出ます。と『老子』は、いっております。さらに指導者の条件についても、このようにも言っております。「優れた指揮官は武力乱用しない。戦い巧者は感情に駆られて行動しない。勝つことの名人は力づくの対決に走らない」『老子』は、これを「不争の徳」と呼んでおります。人を使うものも軍の指揮官も、力に頼るようでは一流にはなれない。つねに謙虚であれ、戒めていっているのです。念のために言えば、『老子』の謙虚さとは、消極的な生き方がいいと言っているのではありません。謙虚であることの現実的効用をちゃんと計算している『老子』です。少し見習いたいものです。
2007年01月20日
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開花の時期が違う!!ちょっとした努力やセンスで、アッという間に社会にのし上がっていく人もあります。何十年頑張っても、努力が稔らないときもあります。そのような時は”人によって開花の時期が違うだけ”と考えることです。人に認められ世にでたからと素晴らしいのでも、力があるのでもありません。たとえ同じような力、それ以上の能力を持っていても、早咲きの花と遅咲きの花があるからです。もう少し人より勉強できるときを得たことを喜び、努力を続けていくことです。
2007年01月19日
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経路の窄き処は、一歩を留めて人の行くに与えよ(けいろのせまきところは・いっぽをとどめて・人のゆくにあたえよ)イギリスではAfter you(お先にどうぞ)という精神がマナーの基本の一つになっております。だから、交通道徳なども、ごく自然に守られております。数本の路から集まってくるロータリーでも、日本にあるようなややこしい信号はありません。車がどっと流れ込んできても、クラクションをうるさく鳴らすこともなく、ちゃんとさばけていきます。After youの精神に徹しているからでしょうか?"経路の窄き処は……"そのような謙譲の美徳を説いております。路の狭いところではチョット立ち止まって、人に先を譲るようにすべきです。そのような僅かな心がけが、人生を楽しく安らかなものにしてくれるというのです。日本人は古来、謙譲の美徳を旨とする民族であったはずなのに、最近はずいぶん怪しくなってきたように思うのは私だけでしょうか?電車に乗れば、荷物を座席に置いて平気で2人分の席を占めている人をよく見かけます。また、目の前にお年寄りが立っているのに、数人の若者が大股を広げて座席を占領し、席を立とうとする気配さえ見せません。このような積み重ねが、やがては社会全体をギスギスしたものにしていくのではないでしょうか? ooooo
2007年01月18日
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背骨で話せ!!いくら立派な話をしていても、背中を丸め椅子に座ってボソボソと口先で話していたのでは、この人は誰かの本を読んで受け売りの話をしていると思われます。本当に自身のある話は、確信のある話をするときは、自ら胸をはり、大きな声で主張するものです。姿勢の悪さは、話す人の自信のなさを証明しているようなものです。叱るときは、口先だけでなく。肩を怒らせ、手を振り上げる態度を伴って、叱る迫力相手を圧するのです。いい話は、背骨を正したよい姿勢でこそ、相手を引き込むのです
2007年01月17日
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よきレディー!!この人は素晴らしい女性だといわれる人は、人間としての素養を身につけた人です。その素養こそ、家庭や職場での、”しつけ”を通して身につけていくのです。電話の受け応えや受付の応対のすばらしい女子社員の方には”なんて立派な女性だろう”と思いますし、その会社にも”社員教育の行き届いた会社”として敬服いたします。ある社長が「お嫁にはおたくの社員をと、言われるようになりたい!」と、語っていましたが、このような使命感で教育をしている会社こそ”よきレディー”が育つのです。
2007年01月16日
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品物は大切に!!昔、水戸黄門が百姓家の前を通りかかり、疲れたので米表の上に腰を下ろして休んでいたところ、婆さんが出てきて「なんと罰当たりな!」と、いって、ぶん殴られたという話があります。お百姓さんにとってはお米はまさに、生命を繋ぐ大切な食料であるとともに、大事な商品です。大切に思って当たり前です。会社にとっても、社員にとっても、会社の取り扱い商品とは、まさに家族を養い生命を繋ぐ大切なものです。商品を大切にしてこそ会社は発展いたしますし、商品を大事に扱うことこそ職業人の誇りです。
2007年01月15日
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上手な敬語の使い方!!一流会社で、昨年入社した社員に、”社会に出て一番困ったこと”というアンケートをとったところ、最も多かったのが”敬語の使い方”だったそうです。敬語は複雑に変化しますので、憶えるのも大変ですが、上手な敬語の使い方のコツがあります。それは、”言い終わりを丁寧に!”ということです。友達であれば「お茶を飲む?」で良いのですが、上司の場合は「お茶をお飲みになりますか?」というように、いい終わりを比重を置いて丁寧に表現すると素晴らしい敬語になります。
2007年01月14日
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冷凍コロッケを上手にあげる極意??久しぶりに料理のことを書き込みます。お弁当のおかずなどにとても便利な冷凍コロッケですが、上手に揚げるのは なかなか難しくありませんか?表面がきれいなきつね色になったからと揚げるのをやめてしまうと、中はまだカチカチに凍っていますし、中身をホクホクにしようとすると外は真っ黒焦げ・・・・。こんな経験をした人も少なくないのでは、、、そんな時には、一度だまされたと思って、火にかける前の油に冷凍コロッケを入れ、弱火で加熱してみてください。こうすると、中はほくほく、外はこんがりきつね色のコロッケに仕上がります。「油っぽくなるのでは?」と警戒する方もいらっしゃると思いますが、ご心配はいりません。あくまでも普通に揚げたときと同じように仕上がります。時おり起こる怖い「油はね」も、この方法で揚げれば、ほとんどおきません。勿論、コロッケだけではなく、冷凍カキフライや冷凍春巻きなどなども美味しく揚げられます。お試しください!!
2007年01月13日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・13『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”天網恢恢、疎にして失わず”「天網」とは天の裁き、「恢恢」とは大きいという意味です。天の網はこの上なく大きく、網目は粗いように見えるけれど、何一つ取り逃がすことはありません。日本では、「疎にして漏らさず」と使われることが多いが、意味は同じです。この世の中は悪が栄えているように見えるが、それは一時のことにすぎません。「天道」、つまり天の法則は人間社会にくまなくいきわたっているので、悪はいずれ報いを受けます。俗っぽく言えば、お天道様はお見通しだよ、ということになります。これは悪に対する戒めというより、弱者に対する励ましと解したほうが適切でしょう。今はつらい状態にあっても、お天道様はいつか必ず帳尻を合わせてくださる、ということだと思います。否な上役にズーっと仕えて、これではいつまでたってもうだつが上がらない。と悲嘆にくれているビジネスマンの方々が多くいらっしゃいます?が、見る人はチャンと見てます。課長が認めてくれなくても、その上の部長が見ているかも知れません。隣の課には具眼の課長もいます・・・・・。『老子』が現代に生きていれば、不遇?をかこつサラリーマンに、”ふてくされていてはいけない!”と、声援を送ると私は思っております???
2007年01月13日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 1・12『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”敢えて天下の先(せん)たらず”『老子』は、この世で無事に生きていくのに必要な「三宝」(三つの宝)を挙げております。「一に曰く、慈。二に曰く、倹。三に曰く、敢えて天下の先たらず」「慈」は、人をいつくしむこと。「倹」は、物事を控えめにすること。そして、先頭に立たないことことである。さらに続けて、「人をいつくしむからこそ、勇気が湧いてくる。物事を控えめにするからこそ、行き詰まらない。人々の先頭に立たないからこそ、逆に指導者としてかつがれる」と語っております。いずれも、乱世を生きる処世の知恵であろう。なかでも「敢えて天下の先たらず」は、現代の中国人にも見られる”中流思想”の曲型といえるのではないか?先頭に立つと、先頭を譲るまいとして、つい無理をしてしまう。人生という長いレースでは、やがて心身ともに疲れきって、落伍する可能性が強い。また、先頭に立つと敵からも味方からも標的にされ、狙い撃ちされる。そのために、余分な神経を使いすぎて自滅しやすい。と、いってビリのほうにいてはあいつはダメなヤツだ。と白い目で見られる。余裕をもって中くらいの位置につけているのが、一番安定した生き方ではないだろうか?と『老子』が言っている。
2007年01月12日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・11『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”大弁は訥(とつ)なるが如し”『老子』お得意?の逆説的表現です。真の雄弁は訥弁と変わりがない、といっているのですが、その極致は無言の説得ということになるのですが?ここでいわんとしているのは、喋りすぎの害である。能弁には、とかく軽薄なイメージがつきまとう。軽薄を売り物にするお笑いタレント?ならともかく、一般我々社会人は、軽薄と思われて得るものは何一つないように思う。一方、能弁には誠実のイメージがある。立て板に水の如く喋るよりも、訥々と自分の考えを伝えるほうがはるかに好感がもたれるし、説得効果が期待できます。いわゆるトップセールスマンには訥弁が多いというのも、なんとなくわかるような気がいたします。もっとも、『老子』が喋り杉の害を戒めているのは、中国人の国民性とも大いにありそうです。中国人は一般に、能弁で自己主張が強いようです。謙虚な生きかたをよしとする老子としては、当然、一言あってしかるべきところであろう。逆に日本人は、言いたいことも言わずに、周囲との折り合いばかり気にしすぎる傾向があります。肝心な場面で口を閉ざし、影でべらべら喋るのも困り者です。何か私のことを言われているようだ!?
2007年01月11日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・10『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”足るを知れば辱(はずかし)められず、止(とどま)る知れば殆(あや)うからず”『老子』の唱えた処世哲学のエッセンスです。「止足の戒め」とも呼ばれております。この「知足」(足を知る)というのは、中国流処世術のエッセンスにもなっている。『老子』は、その元祖といっても過言ではない。『老子』はここで、俺が俺がとでしゃばる態度。自分の利益追求のためには、他人の迷惑もおかまいなしの生きかたを戒めております。足るを知らず、止まるを知らずに生きていれば、周囲の反感を買い、いずれ袋叩きに遭うのがオチだ。と、いう訳である。たぶん『老子』は、利益を追求するなら周囲との折り合いをつけてから、といっているのではないか?その意味では、『老子』の説く生き方は きわめて老獪なのである。我々は、単純といえば単純で、このような考え方を苦手としているのではないか?。走りだすと止まらないし、利益を独り占めにしたがる傾向が強いと思うのは私だけでしょうか?先年、日本を悩ませた経済摩擦の問題にしても、早くから「止足の戒め」を実現していたら、あのような騒ぎにはならなかったのではないかと思うのであるが、どうだろうか ???それにしても『老子』が言っていることは的を得ている。
2007年01月10日
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今日。私のメールボックスにこんな内容のメールが届きました。お子様をお持ちの親御さん、ご興味がおありでしたらお読みください!!*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---* あなたのお子さんの長所をいくつ言えますか?*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*さぞお疲れになったことでしょう。ひょっとしてあなたは寝込んでいませんか?こんにちは!学習院の歩くバイブル、いむらきよし、です。今年もよろしくお願いします。お正月ってあなたにとって、肉体的にも、精神的にも大変なストレスですよね。年末から、大掃除、おせちの準備、年明けからは、親戚の集まりや移動の疲れなどなど。だから、「おめでとうございます」な~んて言いたくないのです(笑)。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●あなたがお子さんをダメにする!?------------------------------------------------------------------------新年早々、ドキッとする内容でごめんなさいネ。受験シーズンなので、それに関する話題を・・・。有名中学に合格した家庭の母親数百人を調べたら、おもしろい結果が出ました。中学受験?ウチには関係ないと思ってるあなた、それは大間違いです!あなたのお子さんが、中学受験しようがしまいが、そこには大いに参考にすべきドラマがあるから。ズバリ、核心を言うと、「あなたがお子さんをダメにする」ということです。わが子を有名中学に合格させた母親は、見事なまでにわが子をコントロールしています。「頭がいいから」という単純な話ではないのです。学ぶべき点がたくさんあります。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●あなたのお子さんの長所をいくつ言えますか?------------------------------------------------------------------------ここであなたに質問をいたします。「1分間の時間を与えます。お子さんの長所と短所をできるだけたくさん書いてください。」ヨ~イ、スタート!15秒経過・・・、30秒経過・・・、45秒経過・・・、60秒、終了!さあ、いかがでしょうか?お子さんの長所と短所、いくつ書けましたか?あなたの母親としての評価に入りましょう。わが子を有名中学に合格させた母親は例外なく、長所を10個以上書いたそうです。逆に短所は1~2個。あなたが、わが子の長所を3個以下しか書けなかったなら、要注意。なぜでしょうか?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●あなたは批判や文句、グチばかり言っていませんか?------------------------------------------------------------------------答えはカンタン。わが子の長所をたくさん書けない母親は、子どもに批判や文句、グチばかりを浴びせているから。そんな環境で、いい子が育つ訳がありません。お子さんの才能の芽をつぶしているのは、他ならぬあなたです。もっと調査結果を言いましょうか? ■お子さんの目の前で幼稚園や学校の先生の不満などを言う。------------------------------------------------------------------------こういうお母さんも多いですね。なぜ、いけないのか?先生を尊敬するという心が養われませんから。それなら、学ぶ意欲がわかなくなるのも当たり前ですね。 ■お子さんの前でご主人の悪口を言う。------------------------------------------------------------------------夫婦仲が悪くなる原因のトップはこれです。お子さんを通じて、ご主人の耳に必ず入るからです。お子さんが親を尊敬しなくなります。ご主人だけでなく、あなたに対しても。親孝行もしないどころか、あなたの言うことを聞かなくなります。夫婦仲を良くすることが、健全なお子さんを育てる基本です。こちらを何度も何度も繰り返してお読みくださいね。http://www.rumia.com/guide_book/guide_book_04.html ■何かあると、学校や幼稚園のせいにして不満たらたら。------------------------------------------------------------------------ちょっと何かあるとすべて学校の責任にしていませんか?「自分は悪くない。自分の子どもは悪くない。」それでは子育て放棄と同じこと。自分の子どもを叱れなくてどうするのですか?責任逃れするあなたを見て、お子さんはどう感じていると思いますか?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●さあ、今日から、マネてみましょう!------------------------------------------------------------------------有名中学へ合格させた母親は皆、気持ちが前向きです。わが子の可能性を伸ばそうとします。周りのすべてに感謝する気持ちがあります。だから、ご主人にも感謝し、学校にも感謝します。自分の周りに起きた出来事すべてを謙虚に受け止め、悪いことこそ、自分に原因があると考えます。さあ、あなたもたった今からマネてみましょう。「出来るわけないでしょう」いいえ、お子さんの長所を30個以上、紙に書いてみてください。時間をかけて・・・。するとどうでしょう、お子さんがさらにいっそうかわいく思えてきませんか?お子さんは悪くない、あなたの方が悪いと思えてきませんか?そうしたら、毎日3回以上、お子さんをほめてあげてください。ご主人に対しても・・・。お子さんがどのように変わっていくか、楽しみにですね。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【近況報告】いむらきよしの日常 などなど。------------------------------------------------------------------------お正月に家族で台湾旅行へ行ってきました。観光ではなくグルメツァーみたいな内容でした。バスで移動してはバイキングの連続。さすがに太ってしまいました(笑)。足ツボサロンも行ったのですが、親指の内側が飛び上がるほど痛かったですね。「痛い!痛い!」って叫んでいるのに、施術の先生は知らん顔で笑っているんです。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【お得情報】お子さんのアレルギーで悩んでいるあなたへ------------------------------------------------------------------------これはビックリ!おそらくあなたは知らないでしょう、こんな大切なことを。あなたのお子さんがアレルギー(アトピーやぜんそくなど)で苦しんでいるのなら、もしあなたのお子さんが今はアレルギーで苦しんでいなくても必須の情報です。なぜなら、あなたのお子さんの環境は、いつアレルギーになるかわからないから。まずは、こちらに登録してくださいネ。後ほど、この無料ガイドブックの他に、あなただけにお知らせする「お子さんをアレルギーから救う」特別情報をお送りします。http://www.rumia.com/guide_book/guide_book_06.html~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ★いむらきよしのプロフィールはこちら http://www.rumia.com/profire/profile_main.html ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ ◆◆◆◆◆◆◆☆<このメルマガの使命>☆◆◆◆◆◆◆◆ 忘れかけている家庭教育の基本に立ち返って、誰もができる 目からウロコの方法を伝授する。 それらを通して、本来あるべき親の姿、親子関係を再構築し、 将来の日本を背負う子どもたちの健全な育成に寄与すること。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ☆=========== <いむらきよしの使命> ===========☆ 「子育てママに必要な本物の情報・サービスを提供する 学習院の歩くバイブル」 ☆=============================================☆ ooooo
2007年01月09日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 12 ・9『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”曲なれば則(すなわ)ち全(まった)し”略して「曲全」ともいう。これも「老子」の処世哲学をもっとも端的に表している言葉である。曲がっているからこそ、生命を全うできるのだという。「老子」の根本思想は、昨今の「目立ちたがり屋」の対極にあると考えていいのではないか?目立ちたがり屋は、常に先頭に立ちたがる。だが、「老子」はもっと曲線的な生き方を好む。先頭に立つより、あとからついていくほうが危険な目にあうこともなく安全に生きられると説いています。しかし、だからといって、「曲全」は敗北主義ではありません。屈しながら、しかも逆転を図る粘り粘り強さを秘めております。「老子」はまた、このようなことをいっております。「屈しているから伸びることができる。窪んでいるからこそ水を水を満たすことができる」伸びきってしまえば、その先伸びる可能性はなくなってしまう。曲がっているからこそ、将来大きく伸びるできるのである。いってみれば、ばねが強烈な力をためながら縮んでいるようなもの。だからこそ大きな飛躍を期待できるのだ。したがって伸びようとするなら、屈することを恐れてはならない。なるほどと納得させてくれる言葉である。
2007年01月09日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 12 ・8『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”柔弱(じゅうじゃく)は剛強(ごうきょう)に勝つ”我が国でよく知られているのが『三略』という兵法書にある「柔よく剛を制す」のほうですが、『老子』の言葉も意味は同じである。「柔は剛に勝ち、弱は強に勝つ」とも言う。ごく一般的な解釈としては、ごつくて強そうなものは意外に脆いところがある。それに反して、柔らかく弱弱しいものは「柳に雪折れなし」の譬えのように意外に強い。と、いう意味である。しかし『老子』の真意はもっと深いところあったのではないか思う。私はこれを、弱者に対する励ましの言葉と解釈をしたいのだが?強者には、強いがゆえのおごりがある。そのため、自ら虎穴を掘って自滅する可能性が大きい。一方、弱者は弱いがゆえに、常に謙虚である。自分の力を知っているので、何事にも細心の注意を払う。そこから逆転の機会も生じてくるのである。ということではないか?また、周囲の状況常に変化する。強者がいつまでも強いという保証はどこにもない。同様に、弱者も機会さえ掴めば、強者にとって代わることが出来るのである。
2007年01月08日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 12 ・7『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり”人を知る者はせいぜい智者のレベルに過ぎない。己を知るものこそ明知の人手ある。解りやすく言えば、己を知ることは難しい、ということになる。『智』は洞察力といっても過言ではない。『明』も洞察力には違いがないが、『智』よりもさらに深いところまで洞察できる能力を意味する。これを身につけるのは、並大抵のことではない。中国古典に親しむ我々のようなビジネスマンは決して少なくない。自分のことを知るために『老子』の域を知ろう!!なぜなら、古典には先人の知恵が結晶しているからである。が、それを読むだけでは、まだ『老子』の言う「智」の段階にすぎない。では、「明」をもつにはどうしたらよいか?それに簡単に答えられくらいなら、私は『老子』の域に達している。(笑)私が一つだけいえることは、毎日の生活や仕事に対して、常に問題意識とチャレンジ精神をもってぶつかっていくことではないか?と思っている。其のことが欠けていると「明」どころか「智」すら身につかないだろう。そのように思っているのは私だけであろうか?ブログの皆様でご意見をお持ちの方がいらっしゃるのであればお教え願いたい!?
2007年01月07日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 12 ・6『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”善く行く者は轍迹(てつせき)なし”上手に歩く人は足跡を残さない。立派な仕事を成し遂げた人ほど、これは俺がやった仕事だ!という記録を残さない。社会に貢献するにしても目立たぬ貢献をしている。価値ある功績とはそういうものだ。と老子は説く。大変薀蓄のある言葉である。『老子』が常に弱者の立場に立っていることを考えれば、この言葉の解釈はさらに広がりを持ってくる。世の中には、縁の下の力持ちのような、地味な仕事が沢山あります。『老子』は、そういう仕事こそ価値がある。と、いいたのであろう?企業にしても、利益を上げ、脚光を浴びる部署にいる社員は俺達で会社は存続いるんだ!と思いがちになるが、どんな豪華絢爛たる舞台でも、裏方さんがいなければ日の目を見ない。それと同じで、どんな企業も水面下の目立たない地味な仕事によって支えられている。これは、理屈では解っていてもなかなか納得しにくい。『老子』は、これ見よがしのパーフォーマンスの類いをとことん排斥する。組織を支えているのは、本当に地味な仕事をしている人達なのである。このように認識すれば、おのずとならざるを得ない。これが、人として素晴らしく、尊敬される人物である。と私は、『老子』から教わった。私の一生の宝物である!!
2007年01月06日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 1・ 5『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。知りて知らずとするは、尚なり「尚」を「上」と書くテキストもあります。知っていても知らないふりをするのが望ましいというのですが、ある意味で「おとぼけのすすめ」と解釈してもよいと思います。たとえば、上司に何かを質問されたとき、待ってましたとばかりにとうとうとしゃべるのは、反感を買いやすい。貴方はこんなことも知らないのですか、というように受け取られるからである。訊かれもしないのにぺらぺらしゃべるのは、なおいけない。必要最小限のポイントだけをきっちりと答え、あとは質問が答えるようにするのが賢明だろう。時には、「よく解りませんが?」というくらいの演技力を身につけることも処世術のひとつです。”おとぼけ”は、上司の側にも必要だろう。部下の細かな欠点まで見えたとしても、それをいちいち口にしてはまずい。知っておくことは大事だが、見て見ぬふりをしながらタイミングを見計らってさりげなく注意をしたほうが、効果満点です。「老子」は「知らずして知れりとするは病(へい)なり」ともいっております。知りもしないのに知ったかぶりをするのは、これは論外だということである。
2007年01月05日
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みんなちがってみんないい!!最近、いじめによる子供の自殺が増えています。尊いいのちが失われることに心が痛みます。おもいやりの心で友達と仲良くしなければなりません。 昨年、第43回小学校児童作文コンクールにおいて、小学校2年の阿部未来(あべみく)さんの「みんなちがってみんないい」が、大分県知事賞を受賞しました。(途中省略) 私は、3歳のころからまゆ毛もかみの毛もありません。免疫しっかんによる脱毛症というびょうきだそうです。わたしは「どうしてみんなとちがうのかな。なぜみんなはかみの毛があるのかな」と、思いました。 わたしの弟が、友だちから「しょうごのお姉ちゃん、かつらなんでかぶっているの」と言われたそうです。しょうごが答えなかったら、その子は「わかった。毛がないんや」と、言ったそうです。しょうごは「なにもしらんくせに、そんなこと言うな」と、言ったそうです。お母さんからそのことを聞いて、わたしはショックだったけど、弟がそう言ってくれたことがとてもうれしかったです。 この間、きゅう食のときに、クラスの友だちから「毛なし」と言われました。その時友だちが「そんなことを言ったらいけないよ」とかばうように言ってくれました。いやなことを言われたのはかなしかったけど、友だちがかばってくれたことがうれしかったです。 こんなことがあったあと、クラスのみんなで話し合いました。ななこちゃんが「バンダナをかぶっていても、みくちゃんはみくちゃんだ」と言ってくれました。あみちゃんは「ほいくえんのときから、やさしくしてくれたからうれしい」と、言ってくれたことが、うれしかったです。 先生が「みんなちがってみんないい」という童謡詩人金子みすずの詩のお話をしてくれました。クラスのみんなでどんなことかなと考えてみました。 わたしは「みんなちがってみんないい、自分は自分だ」と思いました。手や足がなくても、人とおなじじゃなくてもいいということです。「なぜ、かみの毛がないの」と言われてもわかりません。なりたくてなったわけではないからです。かみの毛がなくてもわたしはわたしなのです。 また、もしも、ほかの人が、気にしていることを言われたりされたりしているのを見たら、わたしもたすけてあげようと思います。「そんなことやめて。人はそれぞれちがっていいんだよ」と。 臨済宗 妙心寺派(大分県大分市佐賀関)福正寺住職 森哲外和尚の子供のための法話です。
2007年01月04日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE 1・3『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。”其の鋭(えい)を挫(くじ)き、其の粉(ふん)を解き、其の光を和らげ、其の塵(ちり)に同じうす”この世の中を生きていくには、鋭い部分は無くしたほうがいい。複雑なことばかり考えるのもよくない。きらびやかに光るものがあったら、意識的にそれをぼかして塵と溶け合うように生きなさい。という意味です。ここで注目したいのは、”其の光を和らげ、其の塵(ちり)に同じうす”です。略して『和光同塵』といいます。『光』とは才能・能力であり、『塵』とは世間一般のレベルを指しております。つまり、才能や能力をあまり表に出すな、ということです。このことは、サラリーマン生活を長く続けた人ならすぐに思い当たる節があるのではないでしょうか?二十代で、やり手とか大器とか称された人は、不思議に大成しないものです。日本の企業はチームプレーで成り立っております。ところが、やり手サラリーマンほどチームプレーに徹しきれない。そのために浮き上がった存在になり、周囲の反感を買います。そして、一度つまずくとよってたかって足を引っ張ります。組織とはそのような残酷面があるということを知っておく必要があります。つくづく私は強く思います!?
2007年01月03日
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●NO. 1DATE1・2『老子』という古典は、ある意味できわめて中国的な本である。中国の歴史は、一口で言って戦乱の歴史であったが、中国の民主はそういう厳しい時代しぶとく生き抜いてきたのである。それだけに、彼らは生き残りの知が凝縮されているのが、『老子』だといってよい。中国文学者の守屋 洋の言葉です。功遂げ身退くは、天の道なり! 仕事を成し遂げた人は、身を引くことによって、今まで築きあげてきた功績や名声を全うすることができます。その反対に、いつまでも地位にしがみついていたのでは、満杯になった水がこぼれてしまうように、せっかくの地位を失い、功績や名声までも帳消しにしてしまいます。それをさらりと実行した人物に、漢の劉邦に仕えた軍師、張良がいる。彼は劉邦に天下を取らせると、こういって引退を申し出ました。「私は三寸の舌を持って帝王の師となり、一万戸の領地を拝領して列候に連なっている。これで私の役目終わった。後は俗世を捨てて仙界に遊びたい」こうして俗界への関心を断ち、悠々と天寿を全うしたといわれる。しかし、そういっても引き際は難しい。とくに、いったん座った権力の座というのは、政界にしろ、財界にしろ、なかなか手放したくないのが人情だろう。しかしいつまでも恋々としていると、往々にして醜態をさらす羽目になる。権力の座にあるものの責任は重い。重いからこそ、なるべく早めにバトンタッチし、あとは、悠々自適の生活を送るというのも賢明な生き方ではないのか。
2007年01月02日
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おめでとうございます。皆様にとって充実した年でありますよう願っております!今の自分を否定しない生き方を 若者の集いで、背広をパリッと着たサラリーマンの若者が、よれよれの仕事着を着ていた若者に向かって、“お前は家の仕事をしていれば食いっぱぐれがないからいいよなあー、自分の家で商売をしているし、定年はない。本当にお節はいいよなぁー”、それに比べて俺は定年はあるし、自分の給料で家も建て一家を支えていると言った。言われた若者は“そんなことはないよ、そんなにサラリーマンが不服なのか、そんなに俺の仕事がいいと思っているのなら、俺の仕事をやってみるか。”と言った。しかし途端に“そんなことできるか”と語気を荒げていうのが聞こえてきた。 よれよれの仕事着を着ていた若者が、さっきの話どう思いますかと私に聞いてきた。“あなたはどう感じたの?”と私が質問すると、彼は小さな声で“卑怯です。だってそうでしょう。自分はその仕事ができないことを知りながら、いいよなぁーと言って羨む。人にはそれぞれ悩みも苦しみもあると思うのです。彼だって不平を言っていたじゃありませんか。できないのにいいなぁーと言うのはねたみじゃないですか、卑怯ですよ”と。 近所でガンに冒された中学生の子が、「生きるとは」という作文のなかで「病気にかかって励ましてくれる友達に感謝もしたが、普通に送っている友達の姿をうらやましいと思った。病気になる前の毎日の生活の繰り返しに何の疑問ももたなかった。入院生活の中から一日一日を大切に生きようということを学んだ。一見平凡に見える毎日の生活がどれほどかけがいのないものであるか。当たり前にあることの意味、生きることの意味をもう一度見つめ直してみませんか」と訴えていました。 『四十二章経』というお経の中に「人命幾ばくの間にかある」と言う問いに「呼吸の間にあり」と答えています。人は皆吐いて吸っているその間にしか生きている証がないのです。それを過去のよかった事を思い浮かべていたり、まだこない未来に夢をはせていたりでは、現在生きている自らの生き方を否定している事であります。今生きている事実を自覚し、今を活かす生き方をしてゆく時、充実した生き方ができるのです。 他人の生き方を羨みねたんではいけません。それでは何時までたっても自分の真の生き方を見出す事はできないと思います。新たな年を迎えることのできた喜びを自覚し、一日一日を大切に有意義な日々を送っていきたいものです。 年の初めの法話は臨済宗妙心寺派(岩手県奥州市前沢区)靈桃寺住職 宮田正勝和尚です。
2007年01月01日
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