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高城さんさんに手紙を送った後自分がこれからしっかりしないと美恵子を守れない事に気づいた。そして恵子の事も何か手助けできるわけでは無かった。自分は部屋をうろちょろし考えた。今恵子と縁を切るわけには行かない。ただ自分は美恵子がいる。その板ばさみなんだけど将来必ず恵子とは離れ離れに成る事をきちんと認識しないといけない。自分は明日故郷を出て東京での学生生活を送りながらその事の問題点を考えようそして整理する事にした。お風呂に入り疲れを取るとパジャマに着替え布団の中に入った。そして変な夢を見たそれは恵子が精神病院に入院して突如自分の前で裸に成る夢だった。自分は朝起きるとなんだか悲しい気持ちにさせられた。高校の時sを失い又恵子も失うのかと思うと。ただモーニングを食べているうちにその夢の事は忘れだした。
2008年12月27日
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先生は何の収入で生きて暮らして生きているのか分からない人であった。ただ先生は信用のおける人ではあった。たまたま授業の無い日自分は失礼ながら電話もせず先生の家へ行った。先生はおらず奥さんがいた。奥さんはにこやかじ自分を迎えてくれて中に入れて下さった。「先生と奥さんはどうやって暮らされているのですか?」と自分が聞くと奥さんは「あの人の親の遺産と後国債と利子と株の配当で暮らしているのです。」と答えられた。自分はそれを聞くと納得した。奥さんは例のごとくケーキと紅茶を出された。奥さんは「なまじっか勉強ばかりするもんではありませんね。勉強ばかりすると人は何か社会から隔絶してしまうのです。」奥さんは言われた。自分はそれを聞くとそんなもんだろうかと不か不思議に思えた。奥さんは上流の家に育ったようで身なりもきちんとされて薄い口紅をつけていらしゃった。
2008年12月27日
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精神障害者も生きて働きたい人が一杯いるどうか無関心にならで欲しい。自分働きたい。働いて結婚もしたい。特に若い人に理解して貰いたい。又小説書きます新年の誓いはお薬の管理をしっかりする事と小説を完成させる事。
2008年12月22日
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母親は愛してはいるけど母親の意見ばかりを聞いてその通り生きていくのはマザコンと思われる。感謝する事も当然大事だけどもう大人なんだし自分の意見をきちんと持ちたい。自分には高名な精神科医の先生やケースワーカーさん看護婦さんがいるのだから。家族は大事にしたい母を出来るだけ早く安心させたいでも・・・
2008年12月19日
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誰であれ全ての人には色々な能力がある。障害者だからといって差別してもらいたくない。福祉も必要だけど障害者でも働きたいと思ってる人間は幾らでもいる。自分は事務の仕事に就きたい。出来るだけの努力は惜しまず前向きにとらえ生きて行きたい。皆さんも頑張って下さい。
2008年12月18日
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大学は学生の喧しさとそしてここは今まで彼が考えていた所とはえらい違いだった。まだ友人も出来ず心の中はひんやりしていた。「クラブにでも入るか・・・」彼はそう考えた。何とか午後からは授業があり暇を持て余していた午前とは違いなんとかやり通す事が出来た。このままずるずると通すと何も残らない学生生活を送りそうで嫌だった。それに彼は生きたかった。心から踊る人生を送りたかった。最後の講義が終ると学生食堂で夕食を食べ今日はアルバイトが休みなのを思い出して今日は部屋で本を読んだりして過ごそうと考えた。部屋に帰ってくるとポストを確認して故郷からの手紙はまだ来てないのに気がついた。それで彼は部屋にあるパソコンで情報を集めた。主に教会のホームページを探し出し彼」は色々な教会があるのだと思った。そして彼は祈った。自分がこれから何のために生きるのかを教えてくれと。
2008年12月11日
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他人がどうのこう等どうでも良い。自分がいかにして生きるかだ。何か自分の考えを持ち自分がどうやって生きるかだ。もう学校では無いじゃない社会なのだ。今日一日考えよう。
2008年12月06日
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最近睡眠障害が激しく辛い。早く働きたい。皆さんに知ってもらい。障害者もある程度精神が落ち着くと働ける事。若い人達にもっと関心を持ってもらいたい。
2008年12月01日
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