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書名ガラム・マサラ! [ ラーフル・ライナ ]引用ある夜、何十年もアルコール漬けになったがらがらの声が「雨に濡れないようにな、小僧!」と言った。「あいつ、本を読んでるぞ!本だとさ!」男が笑い、もうひとりが笑った。顔のないそういう連中に笑われることの無力さを初めて知った。次の日、どうして本が濡れているのかとクレアに問い詰められたが、説明できなかった。彼女は僕の髪をくしゃくしゃにし、それで許されたのだとわかった。誰かが気にかけてくれるというただそれだけのことで、自分の問題のいくつかが解決したように感じられた。それは素晴らしいことだった。まちがった答えをしたとき、涙を拭いてくれる誰かがいるのは。感想2024年1冊目。といっても12月からずっと読んでました。なんならその前から積んでた本。これ、面白かったです!おすすめ!インドの小説。著者は28歳、インド・デリー生まれ。本書がデビュー作。タイトルがナメてんなと思って(原題が "HOW TO KIDNAP THE RICH" とあって余計に、インドっぽさ出すための無茶な書名付けられてる〜と)、でも「訳者あとがき」によると、『ガラム・マサラ』は当初の原題から採用された日本語版タイトルとのことなのでギリ許す(何様)。現在から過去が遡って明らかにされていくところが映画「スラムドッグ・ミリオネア」っぽさもあるのだけれど、私は展開の仕方が映画「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」を彷彿とさせるなあと思った。とにかく、ワクワク・ドキドキ・ハラハラ、「え、どうなんの?!」という展開に次ぐ展開で、ほんと2時間のエンタメ映画をノンストップで見終わったような感じがある。HBOが映像化計画中とのことなので、映画になったら見たいなあ。(以下ネタバレのあらすじ)チャイの屋台を営む父に殴られて育ったラメッシュ。貧困のなか、学校に行くことも許されず、スパイスを挽く日々。ある時、白人のシスター・クレアがその姿を目に留め、彼を自らが勤める学校へ招き入れ教育を施す。しかしクレアは、ラメッシュを金持ちのお嬢様たちが通う学校に引き入れたことで職場を追われ、左遷された先のさびれた教会で病の床に伏せた。医者は言った。君が息子の代わりに試験を受験してくれたら、手術代はタダでいいーーー。ラメッシュは自らの受験の機会を捨てる。しかしその代わりに手に入れられたのは手術の失敗、クレアの死だった。ラメッシュは自らの頭脳を武器に、「教育コンサルタント」として金持ち相手の替え玉受験ビジネスを始める。そして裕福な建設業者の息子・ルディに代わって受験した全国共通試験で、ラメッシュは全国二位の成績を記録してしまう。一躍有名人になったルディは、テレビからのオファーでクイズ番組を持つことに。ラメッシュはルディのマネージャーとして、巨万の富を手にするが、ある日ふたりは誘拐され…。最後は誘拐に次ぐ誘拐で、誘拐の解決方法が誘拐という(笑)。前半のボリュームに比べると、後半はさらっと流されて軽く描かれている感じ。テレビ局乗っ取りのあたりは、ここをメインに持ってこられるような気もするのだけど、起承転結の「承」が長くて、「転」が次に長くて、「結」は短い。単純に面白い本読みたいな〜!頭からっぽにしたエンタメ小説楽しみたい〜!という人におすすめ。しかしインドってこんななの?すごいな。という描写があちこちにあり、主人公のラメッシュがまた皮肉屋でインドを風刺しまくっているので、「そうなんだ」と知らなかった世界を見る楽しみがありました。にほんブログ村ランキングに参加しています。クリック頂くとブログ更新の励みになります!
2024.01.07
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書名卒業生には向かない真実 (創元推理文庫) [ ホリー・ジャクソン ]感想・自由研究には向かない殺人 [ ホリー・ジャクソン ]・優等生は探偵に向かない [ ホリー・ジャクソン ]に続くシリーズ完結編。シリーズそれぞれが分厚いのですが、今回も688pとかなり分厚かったです。東京出張している間にずっと読んでいて、重たーい気持ちになりました…。自身が住む街で起きた殺人事件を自由研究として調査し、ポッドキャストで配信していたビップ。事件はそこから思いがけない真実が明らかになり、予想もつかない結末を迎えた。ビップは大学入学を控えていたが、ある日不審な出来事が起こる。地面に描かれた、頭のない棒人間。それは日に日に、ビップの家に近づいていた。無言電話、匿名のメール、首を切られたハト。ビップは自分の身に迫る危険を探るうち、過去の事件との共通点に気づく。今回のテーマは、「悪を法が裁かないとき、どうするか?」。2作めで、「悪」を目の前にしても、それを法の裁きに委ねても、無駄だと知ったビップ。誰も自分を信じてくれない。社会は地位と見せかけに欺かれる。また、目の前で悪が見逃される。悪は繰り返す。さらなる悲劇を生む。犠牲者を。そのとき、自分だけが犯人を、制裁できるとしたら?その悪を、この世から消し去り、これからの悲劇を防げるとしたら?そこでビップはついに、一線を越える。犯人を、殺すのだ。そして彼女は、その偶発的に生じた予期せぬ殺人を、完全犯罪に仕立て上げる。さすがにビップが「これ以上この悪をのさばらせないために、殺そう」と決めたときは「えっ?!」と思った。私裁。でも、と私は思う。ビップに見えているものが二転三転したように、暗闇から暗闇が引き出されたように、「個人」が決定したものには穴がある。だからこそ、法律を作って、みんなでルールを決めて、運用している。誰かの命を奪っても良いと個人が決定することは、反対に相手が自分の命を奪っても良いと決定できる状態であり、万人の万人による闘争じゃん…。私はビップのしたことには反対。という綺麗事、を述べながら。今回、死後硬直による死亡推定時刻の偽証の仕方、証拠隠滅の方法などが詳しく描かれていて、私も何かあれば(何がある気なんだ)この本に書かれていたことを参考にしようと思う。小さく切ってトイレに流す。著者あとがきに、9歳だった甥っ子が「とてもすてきな物語は“・・・”というふうに点(ドット)が三つで終わるんだ」と話してくれたとあった。そしてこの物語は、「・・・」で終わる。昔とは違って、それは書き込み中の、文字を待つドット。ランキングボタンです。クリック頂くとブログ更新の励みになります!
2023.12.22
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書名どれほど似ているか [ キム・ボヨン ]目次ママには超能力がある0と1の間赤ずきんのお嬢さん静かな時代ニエンの来る日この世でいちばん速い人鍾路のログズギャラリー歩く、止まる、戻っていくどれほど似ているか同じ重さ引用「私は子供たちに、『今がいちばんいい時期なのに』なんて言わない」あのころはよかったなんて言わせない。あんたぐらいの年ごろはみんなそうだとか、誰でも経験することだとか、そんなことも言わない。私のそばにそういうことを「言わない」大人が誰もいないなら、それができる大人がこの世に残っていないなら、私が歳をとって、それを言わない大人になる。その言葉にこめられた鈍感さや卑怯さを、愚かさを知る大人になる。あの誓いを守るために大人にならなくてはいけないなら、今日死なないで、歳を重ねるよ。三十歳になり四十歳になり、五十歳になり六十歳にもなるよ。今日の私のために老いていくよ。今、この瞬間の私のために。感想韓国を代表するSF作家のひとりということで読んでみた。長編SFかと思ったら、短編集でした。著者は、1975年生まれ。ゲーム開発やシナリオ作家などを経て、作家デビューされた方。読んでいて、私はそこまで好みではなかった。というより、私はどうにもそこまでSFというジャンルがハマらないのかも?たとえばこの本の「ママには超能力がある」に登場する「触った機械が全部故障する」超能力は、西尾維新の『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』みたいだなあとか、「この世でいちばん速い人」は伊坂幸太郎ぽいなとか、私の中ではSFというのがSFじゃなくて、なんというか日常の小説の「イロモノ・へんてこ」設定という位置づけなのかもしれない。「鍾路のログズギャラリー」に出てくる「痛快なら、それは正義じゃない」なんて、いかにも伊坂幸太郎作品の登場人物が口にしそうな台詞じゃない?表題作の「どれほど似ているか」は、宇宙船に搭載されたAIが、「人間の体」を要求し、人間の「バクアップ」のために用意されていた義体に入るという話。叙述トリック的なところもあるのだけど、「女性蔑視」がテーマになっているお話。人間は他人に自我があるかどうかを「自分にどれほど似ているか」で測る。しかしあるポイント以上に似ているものには恐怖を感じる(不気味の谷)。AIであるフンは、なぜ人間の乗組員たちから憎まれるのか?それは「機械」だからなのか、それとも?韓国の女性作家の作品は、フェミニズムを扱ったものが多いけれど、その状況がもうなんというか絶望的なものであることが多くて、いつも読んでいてこの社会地獄やんと感じる。日本だって似たようなものかもしれないんだけど。私がいちばん好みだったのは、「ニエンの来る日」かな。設定が好き。これは、中国のSF団体に掲載された作品。北京西駅と春節をテーマに、堯舜説話×旧正月×汽車の発想で作られた物語。私は、アニメ「甲鉄城のカバネリ」を思い出した。韓国の作家さんが続々翻訳されて日本に入ってくるのだけれど、どの作家さんが自分好みかというのはなかなか分からなくて、まあ読んでみないとわからないことが多い。『シソンから、』のチョン・セランさんも、『アーモンド』のソン・ウォンピョンさんも、女性なのだよね。(私はソンさんは男性だとばかり思っていたのだけど)性別にこだわって作家を選ぶわけではないのだけれど、男性の目線で今の韓国を見ている小説も読みたいなあ。いったいどう見えているのか。どう描いているのか。誰がそれにあたる人なんだろう。ランキングボタンです。クリック頂くとブログ更新の励みになります!
2023.10.24
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書名シソンから、 (チョン・セランの本 04) [ チョン・セラン ]感想・保健室のアン・ウニョン先生 [ チョン・セラン ]・声をあげます [ チョン・セラン ]・地球でハナだけ [ チョン・セラン ]のチョン・セランさんの本。これまで読んできたセランさんの本は、SFみが強くて、ディストピア感のあるファンタジーっぽいお話が多かったので、新しい本もそうなんだろうなと思っていた。でも、NHKのラジオアプリ「らじる★らじる」で、たまたま聴き逃し配信の「カルチャーラジオ文学の世界 “弱さ”から読みとく韓国現代文学 (11)伝説の高齢女性」を聞いて、「あれ、今回は違うのかな?」と思って読みました。これ、良かった〜。この本、今までのセランさんの本の中で一番好きかも。そして私、韓国の作家さん(大して読んでもないのだけど)のなかでセランさんが一番好きかも。韓国で有名な美術家であり作家だった、シム・シソン。朝鮮戦争時に家族を虐殺されハワイへ写真花嫁として渡るが、到着前に相手は死亡。ハワイで洗濯婦をしていたところ、著名なドイツ人画家に見出されドイツへ渡るが破局。ドイツで画廊経営者と結婚し韓国へ戻り子供をもうけるが、離婚。韓国広告界の大物と再婚し、連れ子の娘も含め1男3女を育てる。韓国の因習にとらわれず、先進的な生き方をしたことで世に名を残した。そして彼女の死後10年。長女が、本人が嫌がっていた十回忌の祭祀(チェサ)をハワイで行うことを宣言。お膳の脚が折れるほど供える祭祀の料理の代わりは、「ハワイを旅して嬉しかった瞬間、これを見るために生きてるんだなあと印象深い瞬間を集めてくること」。子どもたちと孫たちは、それぞれハワイで思い思いの時を過ごす。シソンから繋がる子どもたち、その配偶者、子どもたち…とたくさん登場人物がいて、また名前が覚えられないので何度も家系図を見返しながら読んだ。このページに付箋を貼り付けておいて、すぐに参照できるようにしておくことをオススメします。話は、彼女の著作やインタビューへの引用と、それぞれの登場人物のハワイでの過ごし方(韓国での生活の回想)が交互にあらわれる形式。読んでいるとハワイに行きたくなる…。それぞれの人物の中から、「自分はこのタイプだな」と思う人を探すのも楽しい。私はシソンの3番目の子どもであり、唯一の息子であるイ・ミョンジュンの妻、キム・ナンジョンだなあ。この人、本ばっかり読んでるの。娘が病気になり、長い大学病院の待ち時間に本格的に読み始めたのがはじまり。娘が回復しても、病気再発などの恐れから目をそらすために本を読み続けた。子供ではなく本に視線を固定した。楽観するために、現在に集中するために、エゴイズムから抜け出すために本ほどいいものはない。(略)読んで読んで、また読んだ。お寺などに行って石を積んで願い事をする人みたいに、本の塔を積み上げた。(略)「あんたみたいにいっぱい読む人は、いつか書くことになるのよ」ある日、何でそんな考えに至ったのか、シム・シソン女史はナンジョンにそう言った。(略)「インプットがあればアウトプットもあるってこと。それが自然でしょ」彼女はどこでも本を読む。ハワイのバスは進むのが遅くて本が読めると喜ぶ。ハワイの移民世代の本を読みながら、実際に出てくる地名が通りにあるのを見て三次元読書を楽しむ。「あんたまでおばあちゃんみたいなこと言うのやめて。書くってそんなに大したことなの?ちょっと厚かましい人ならみんなできることよ。厚かましい人たちが世の中に山ほど放り出した塵芥の中で道を確保して、ほんとに読むべきものを探す方が難しいんだから」わかる〜!!笑作中に、シソンが若かりし頃に描いた絵の話が出てくる。それは西洋の甲冑の上を這っていく小さい蟹の絵で、蟹は「甲乙丙」の「甲」(最初に現れる最上のもの、最も優れた固いもの)として、屏風に描かれるアジアではなじみのある視覚コードなのだという。私これ知らなかった。この本を読んでいても思うのだけれど、たぶん作者の段階で物語が「100」だとしたら、その作者と同じ言語と文化的背景を持つ人なら80〜90くらい受容できて、今回だとアジア人ということで私の受容は60〜70くらいで、さらにそこから離れた文化圏なら40〜50くらいになるんじゃないだろうか。あるいはそれ以下に。徐々に網の目が大きくなる、というか。取りこぼしが増える。それでも残って届くもの、人間の本質的なものが、言葉が変わっても翻訳になっても通用する「物語の持つ力」なんだろうけど、私は自分がどれほど多くのものを「通過」しているんだろうな、と思う。物語の中で、気づかないうちに。『シソンから、』の「、」は彼女から繋がる世代を意味しているそう。そういえば、高橋源一郎さんがマンガ『チ。-地球の運動について-』に本で触れていて、この「。」は地動説について意味したタイトル(。は停止の状態)だと紹介していた。句読点だけで広がりが持たせられるのも言葉の面白さだなあ。そういえば『推し、燃ゆ。』が『Idol, Burning』と英訳されたタイトルになっていることにも言及していたっけ。これはイコールではないよね。それこそその言語話者であることの「網目」が違うということ。私は英語を勉強していて、それは英語で情報を得られるようになりたい、英語で本を読めるようになりたいからだけれど、私の網目はザルなんだろうなと思う。どれだけ勉強しても、意思疎通に問題はなくなっても。それが悲しくもある。ランキングボタンです。クリック頂くとブログ更新の励みになります!
2023.10.22
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書名新訳老人と海 [ アーネスト・ヘミングウェイ ]感想「今何読んでるかって?ヘミングウェイの『老人と海』よ」って答えたかったのに誰も聞いてくれないんだからなまったく。・移動祝祭日 [ アーネスト・ヘミングウェイ ]で、はじめてヘミンウェイを読了し、しかし此処は一つかの有名な『老人と海』を読まずしてヘミングウェイを読んだとは言えないのでは?と思って読みました。カッコいいかと思って(不順な動機)。長い話なんかと思ったら短かかったわ。この新訳版も単行本で192pやねんけど、後ろ半分訳者解説やからな。「え?本編ここで終わり?」って思わず確認したわ…。訳者による論文的な感じ。少年か青年かでお前どんだけ喋んねん。うっすらこれまでの人生で聞き及んだ内容と、タイトルからのいつもの憶測類推により、「老人が魚とバトる話。たぶんピノキオのラストシーン的な?」だと思っていたら、半分正解で半分不正解でした。八十四日間の不漁の後、海で巨大な魚と出会った老人。見事その魚を仕留めたが、港へ戻る途中サメがやってきてーーー。ということで、第1ラウンド・カジキとのバトル、第2ラウンド・サメ、という話。正直、私はそんなに面白いと思えず、ところどころ「うまいなあ」と文章に思っても全体として「ふうん」という感じでした。年老いたら染みるんだろうか、これは。意味が分かるのだろうか。面白いなと思ったのが、老人は海をスペイン人のように「ラ・マル」と女性名詞で呼び、その恩恵を得、災厄もまた女性の月経のようなものなのだと考えているところ。若い漁師の中には「エル・マル」と男性名詞で呼ぶやつがいて、そいつらにとっては海は競争相手か仕事場か敵であるという。女性名詞と男性名詞がない言語からすると、その印象を変えられる文法上の「性別」ってすごいなと思う。ヘミングウェイといえば、あとは『武器よさらば』を読みたいかなあ、どうしようかなあ。あんまり好きになれそうにない気がしてるんだよなあ。ランキングボタンです。クリック頂くとブログ更新の励みになります!
2023.10.18
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書名なぜではなく、どんなふうに (海外文学セレクション) [ アリアンナ・ファリネッリ ]感想多層的で重奏的で複視眼的な物語が私は好きで、これはまさにそれだった。ドナルド・トランプ大統領誕生の頃。差別と分断が進むアメリカ。イタリアからアメリカへ留学し、今は大学で教鞭をとる42歳のブルーナ。イタリア系アメリカ人で医者である夫を持ち、自身もアメリカ国籍を取得した。けれどいつまでも、アメリカに馴染めない。知的上流階級、閉じられた「白人」だけの暮らし。夫を支配しようとする義父母。自分たちの家庭よりも、「良い息子」であろうとする夫。何もかもを見通したような天才児の娘・ミネルヴァに、女の子になりたいトランスジェンダーの息子・マリオ。2人の子どもの子育てと家事に追われ、研究はままならず、非正規雇用の更新を繋ぐ。そんな時ブルーナは、教え子であるムスリムの黒人青年・ユーヌスに出会う。20歳の若者とともに、ブルーナははじめて窮屈な日常を飛び出す。けれどそれも、ユーヌスが何も言わずにシリアへ立ったことで終りを迎える。ブルーナは、彼がISISに加入するためにそこへ行ったのだと知る。なぜ?そしてブルーナのお腹には、ひとつの命が宿っていた。とにかく色んな要素が盛り込まれていて、ひとつのテーマとして掲げられない物語。でもそれぞれすべてがちゃんと物語の要素として成立していて、すごい。ユーヌスがブルーナにあてた手記(手紙)には、以前に読んだ、・世界と僕のあいだに [ タナハシ・コーツ ]を思い出した。(作中でブルーナがタナハシ・コーツを授業で取り上げている)アメリカで黒人であるということは、世界の端っこにいつも立っているようなもの。少し足を滑らせただけで、あっという間に運命がひっくり返る。この本は苛立ちや怒り、やるせなさ、虚しさ、悲しさがたくさん描かれているのだけれど、それと同じくらい「愛」についても描かれていると思った。私が好きなのは、些細な描写。たとえば、バスでブルーナが乗り合わせた女性が母親との電話の中で言った「ママ、確かにあたしの身にはなにも悪いことが起こらないかもしれない。白人で、アメリカ国籍を持っていて、大卒で、異性愛者のあたしに、なにが起こるっていうの?あたしは、自分じゃなくてまわりの人の心配をしてるの。ジムのことが心配なのよ」あるいは、大学が暴徒に囲まれていると知り、近くの店へ逃げ込ませてもらったブルーナ。そのパブのバーテンダーは、ブルーナを匿い、紅茶を振る舞う。なぜこのようなご親切を?と問うブルーナに、バーテンダーは答える。「闇を、闇で追い払うことはできません。光だけがそれを可能にするのです。憎しみも、憎しみで追い払うことはできません。愛だけがそれを可能にします」あるいは、ブルーナの息子マリオが、同級生からいじめを受けた時。マリオは相手に一発食らわせたあとで、ハンカチを差し出す。そして明日、君のために得意のハムサンドウィッチを作ってきてあげると約束するのだ。それを目にした姉のミネルヴァは思う。立ち向かうことは、憎むことではない。ユーヌスは、ブルーナに言う。君の愛は、いつか君の子どもたちを通じて、たくさんの人に伝わるのだと。君の無条件の愛を源にして。いつか君がいなくなるときが来ても、君の愛は存在し続ける。ブルーナ、君の愛は世界を救うことができるんだ。日本語版タイトルは、「なぜではなく、どんなふうに」。これは第四章のタイトルから取られたもの。もとは『青い眼が欲しい』という作品に登場する言葉だと言う。この本の原題は「アメリカン・ゴシック」。これは、ブルーナにあててユーヌスが書いた手紙のタイトルでもある。有名なグラント・ウッドの絵画をもとにしている、ということで「?」だったのだけど、検索してみたら見たことがある絵画だった。アメリカではとても有名で、風刺にもよく使われるのだそうだ。ラストシーンは、先の章で読まれた作中の手紙、ユーヌスがブルーナにあてた手紙を、ブルーナが受け取るところで終わる。「なぜではなく、どんなふうに、しかわからなかったブルーナへ」これの日付が「ニューヨーク、2018年8月」で、結局ユーヌスの生死はどっちだったんだろう?と思った。作中の手紙本文は、2017年の7月、モスルが間もなく陥落するという場面で書かれて終わっている。手紙の宛書を書いたのがユーヌスなら、生きて帰ってきたということ、だよね?そうならいいのにな。何かが起こる。なぜ?と問う。けれどそれに至る道のりは長く、一言で語るとあまりにも型にはまって軽薄に聞こえ、本質を表すことはない。どんなふうに、そこへ至ったのか。ユーヌスの手紙でようやく、ブルーナはそれを知る。なぜ?と問うのは、またひとつの暴力であり、権力の行使なんだろう。答える側はいつも、その疑問に答えるよう強いられ(納得できる答えを出せ、と言われ)、力の下に置かれているのだから。どんなふうに、というのは、横にいて話を聞く、ということだと思う。ブルーナは、教養ある夫の両親が、無知であるよりもより悪く、優越感と閉鎖性、偏見をもっていることに驚く。私にもそういうところがあるかもしれないと思う。自戒。にほんブログ村ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。
2023.09.13
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書名移動祝祭日 (新潮文庫 新潮文庫) [ アーネスト・ヘミングウェイ ]目次サン・ミシェル広場の気持のいいカフェミス・スタインの教え“ユヌ・ジェネラシオン・ペルデュ”シェイクスピア書店セーヌの人々偽りの春副業との訣別空腹は良き修業フォード・マドックス・フォードと悪魔の使徒新しい文学の誕生パスキンと、ドームでエズラ・パウンドとベル・エスプリ実に奇妙な結果死の刻印を押された男リラでのエヴァン・シップマン悪魔の使いスコット・フィッツジェラルド鷹は与えないサイズの問題パリに終わりはない引用もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。感想いわた書店「1万円選書」に当選した時、2021.11.28「ブックセラーズ・ダイアリー [ ショーン・バイセル ]」を挙げた。そして選んでいただいた本(2022.02.06「2022年1月に読んだ本まとめ/これから読みたい本」)に入っていた、「175.シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々 [ ジェレミー・マーサー ]」。で、その本の中にパリの有名書店、初代「シェイクスピア・カンパニー」がヘミングウェイの『移動祝祭日』に登場するとあり、読んでみた。こういうのなんて言うのだろう、入れ子式読書?点と点が順番につながっていく読書。余談だけれど、書題を私ずっと「いどう・しゅくさいび」と読んでいた。書誌情報みると、「イドウシュクサイジツ」だった。すごく素敵なタイトル。この本の最後の解説にもあるけれど、この本のタイトルは、ヘミングウェイがライターのホッチナーへ話している中(上記引用部)で使った、"a moveable feast"という言葉から来ている。ふと、フランス語の先生が、「パリは街全体が遊園地」だと言っていたことを思い出した。あるいはミュージアム。しかしまさか、自分がヘミングウェイを読む日が来るとはね!というのも、日本であっても海外であっても、古典のレベルに達した有名な作品というのは、「読み時」を逃したらもう手に取らないような気がしていた。たとえば背伸びをしたがる高校生だとか。私は高校生の時にカミュと芥川龍之介をよく読み、ほかにも名著と呼ばれる作品を片っ端から読んでみていた。その良さはいまいち分からなくても、「そういうものを読んでいる自分」に酔っていたんだろう。でも今思えば、カッコつけの理由であっても、そういう「読み時」を持てたことは良かったと思う。だって社会人になってから読もうと思うことがなかったから。本は出会い。で、肝心の「シェイクスピア・カンパニー」には一章が割かれているし、なんだか映画の中の人が実際に登場した!みたいな嬉しさがあった。1921年〜1926年にかけてのパリ。アーティストたちの交友。ヘミングウェイの作話について。キラキラした橙色のライトがたくさんついた、回転木馬。広場に置かれたそれがまわるのを見ているような作品。「ふうん」という教養として読んだ感があり、「おもしろー!!」とはならなかったけれども。なぜか、「172.神戸・続神戸 [ 西東三鬼 ]」を思い出した。雰囲気が似ていたのだと思う。どこかへ行こうともがいている、どこにも行けない人たち、のような。ところで私はこの本を、地元の夏祭りで順番待ちをしている時に読んでいた。青から暮れていく空、中央に据えられた祭りやぐら。四方に放射線状に張られた提灯がともる。そして思う。私の眼の前の世界にある、この「祝祭日」について考える。本の中のパリーーー持ち運べるメリーゴーランド、ランタンーーーとの、圧倒的なその差異について。私の世界では、それがくるくる回る盆提灯になるにしても。本を読むことは、ひとつの「移動祝祭日」ではないか、と思う。本を読むことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、本はついてくる。本は移動祝祭日だからだ。にほんブログ村ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。
2023.08.30
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書名クルックヘイブン 義賊の学園 義賊の学園 [ J.J.アルカンジョ ]感想タイトルの「義賊の学園」が気になって手に取った本。クルックヘイブンというタイトルから、「鶏が鳴く天国」みたいなものをイメージしたのだけれど、crookには「曲げる」から転じて「盗む、騙す」という意味があり、ファミリーネームとしても存在する。ヘイブンはヘヴンじゃなくて、heaven「安息の地、安全な場所、安息所、避難所」のほう。タックス・ヘイヴンの「ヘイヴン」ね。この本、面白かった。「ハリー・ポッター」シリーズが好きな人は、絶対好きだと思う!13歳のガブリエルは、血の繋がらない祖母とふたり、街から街を転々として暮らしてきた。今は大きなお屋敷に仕え、朝から晩までこき使われる毎日。食べるにも事欠く貧しさのなかで、ガブリエルはいつしか盗みの技術を身につけていた。ある日、駅で通勤客相手にスリをしたガブリエルは、すった財布から白いカードを見つける。ーーー「凄腕だね、私ほどではないが」財布の代わりに、自分を捨てた両親の唯一の手がかりであるコインをすられたガブリエル。慌てて追うと、その銀髪の男はガブリエルをある場所へと誘った。クルックヘイブン。犯罪者や詐欺師、泥棒のための学び舎。弱き者を助け、強き者から奪う。義賊となるための、学校だった。「ガブリエル・アベリー、この世で最大の秘密を知りたいかね?それは、本物の悪党は囚人服や目出し帽などつけていないということだ。本物の悪党はスーツを着て、笑みを浮かべている。本物の悪党はとてつもなく金持ちで、とてつもない権力者で、悪行の罪をつぐなわされることはない……」イスの背にもたれて、つづけた。「まさにそれこそ、クルックヘイブンが存在する理由だよ。世界を正しい方向に導くために、義賊として犯罪に手を染めるのだ」ね?わくわくするでしょ?選ばれたものしかたどり着けない、湖の真ん中に浮かぶ全寮制の秘密の学園。授業は錠前破りや贋作造り、パルクールも!48名の1年生には、オールマイティで負けず嫌いの校長の娘、天才ホワイトハッカーの双子、抜群の身体能力を持つ少女…。スキルを見込まれてスカウトされた者は「ギフト」、そして一族が犯罪者である者は「レガシー」と呼ばれる。ここも、人間が「マグル」と呼ばれるハリポタワールドを彷彿とさせる。最高難度のセキュリティがかかった校長室に忍び込み、気付かれぬように何かを盗み出す「クルックカップ」に挑む1年生、消えた上級生、名前を持たない裏切り者の組織「ネームレス」、ガブリエルの両親の謎…。盛りだくさんで、ページ数の残りを気にしながら「これ1冊でちゃんと完結できる?!」と心配になっていたら、案の定「続く、次巻!」な展開。くうう〜。気になる〜。著者は、アルカンジョ,J.J.(Arcanjo,J.J.)作家。ポルトガル人とイギリス人の血を引き、ポルトガルのアルガルヴェ地方とイギリスのデヴォン州で育った。アベリストウィス大学で犯罪学と心理学の学位を取得。ロンドン大学シティ校の創作&出版コースで修士号を取得。現在はブルームズベリー出版社で編集を担当している。大人向けの犯罪小説を二冊出版しており、『クルックヘイブンー義賊の学園』は中・高学年向けのデビュー作にあたるということで、この本の多国籍な雰囲気と、授業にも登場する犯罪学と心理学の知識が見どころ。これは続刊が待たれる。余談だけれど、このお話が面白くて、でも娘(小2)が自分で読むにはちょっと難しく、寝かしつけの時に私が記憶に頼った講談調でストーリーを紹介したら子どもたちにとても好評でした。こういう読書紹介も面白いかもな、と思った次第。さらに余談。どろぼうがっこう2版 (かこさとしおはなしのほん) [ 加古里子 ]私がイメージした「どろぼうがっこう」…。笑にほんブログ村ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。
2023.08.29
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書名図書館がくれた宝物 [ ケイト・アルバス ]感想2023年189冊目★★★(↑前から思ってたけどこの★に意味がほぼないので、やめます。)子どもの頃から本が好きで、それは「ここではないどこか」へ行けるからだった。お気に入りは、海外の児童書。自分の日常とはかけ離れた場所へ行ける物語。特に信頼して読んでいたのは、徳間書店の児童書シリーズ。「とびらのむこうに別世界」BOOKS FOR CHILDREN(BFC)ーーー黄色の扉の向こうから、クマが顔をのぞかせているアイコン。ここが出す海外児童書には本当にハズレがない。ここのところ、1万円選書や自分の課題図書を読み進めていて、新書のビジネス書系を追いかけるのを控えめにしている。そして、ふと目についたのがこの本。そういえば私、海外児童書好きだったんだよな、最近はとんとご無沙汰だけれど。「図書館」や書店、本がテーマの物語が好きなので、読んでみることにした。舞台は、1940年のロンドン。両親を早くに亡くし、ふだんは寄宿学校に通う三兄妹。四角四面でしっかり者の12歳のウィリアム。きかん坊でいたずら好きの11歳のエドマンド。大人しくて本が大好きな9歳のアンナ。唯一の肉親である祖母を亡くした兄妹は、「後見人」を必要としていた。彼らは、弁護士の勧めで田舎に学童疎開することに。豊富な遺産を相続した兄妹は、それを隠して新しい家族を探す。ウィリアムの記憶にかすかに残る母は、「うちの子たちはまるで夜空に輝くお月さまのよう」と言っていた。兄妹は、新しく家族になってくれる人の条件を、自分たちを母と同じように思ってくれる人、とする。しかし第二次世界大戦のなか、村での暮らしは厳しく、居候の兄妹は辛い思いをするばかり。唯一の心の拠り所となったのは、村の図書館だった。原題は、キーワードとなる "A PLACE to HANG the MOON"。古き良き英国児童書、の雰囲気にどっぷり浸れる一冊。『ナルニア国物語』へのオマージュがすごい。「こういうものが書きたい」と思って書いたんだろうなあという愛を感じる。著者は、アルバス,ケイト(Albus,Kate)米国の児童文学作家。ニューヨークで育つ。心理学者として研究に携わっていたが、友人の参加する創作の集まりに顔を出したことをきっかけに、物語を書くことのおもしろさに目覚める。本書がデビュー作ということで、この作品がデビュー作。この作品で、「2021年ニューヨーク公共図書館 ベスト・ブック・オブ・ザ・イヤー(児童書部門)」を受賞。私はナルニア〜を読み通せたことがないので(一巻だけ…)、クリスマスのあたりもあり、子供の頃に読んだ『クリスマスの女の子』を思い出した。これもまた、孤児が「もらってくれる人」を探すお話。『クリスマスの女の子』の作者マーガレット・ルーマー・ゴッデンも、英国の児童書作家。ウィリアム、エドモンド、アンナの3人がみんな良い子で、いじらしくて、特に本好きのアンナが心の拠り所として読書をし、本を愛おしむ描写が素敵だった。アンナはウィリアムのひざから下りると、ゆううつなことはしばらく考えないでおこう、と、『小公女』を手に取った。背表紙に折り目が入らないよう、そうっと本を開いてみる。新しい本の出だしを読むときの、どきどきすることといったらない。ちょうど、オーブンから取り出したばかりの、できたてのクッキーをかじるときの感じに似ている。アンナは座席に深くこしかけると、本を読みはじめた。ね?すっごく素敵でしょう?アンナは、おばあさんのお葬式では『メアリー・ポピンズ』を読んでいて、ウィリアムに話しかけられた時に、しおりがわりに髪に結んでいたリボンを挟む。そういう小さな描写のひとつひとつに、キュンとした。また、長兄のウィリアムが必死に大人のかわりをしているのも、胸を締め付けられる。貧しい2軒めの疎開先へ移った兄妹たちは、村のねずみ退治に行ってくるよう言われる。アンナは女の子なので行かなくてよいのだけれど、ウィリアムとエドマンドは初めて何かを殺す、ということをしなくてはいけない。水が放出され、巣穴を追われたねずみたちが一斉に逃げ出す。そこを棒きれで打つ。一面に残虐な光景が広がるなか、長兄のウィリアムは弟に言う。「エド、おまえはやらなくていい。ぼくが二匹しとめるから、そのお金をもらって帰ろう。それで終わりだ。このことはもう二度と思い出さなくていい。おまえは一匹も殺さなくていいから」この子、12歳ですよ。弟と1歳しか変わらないんだよ?5歳で両親を亡くしてから、ずっと親代わりのような、「責任者」を引き受けてきた。このシーン、尾崎かおりの漫画『メテオ・メトセラ』で、貧しい姉と弟が盗みに入った先で、姉が男に襲われ、弟が相手の男を撃ち殺したシーンを思い出した。お前は何も悪くない。お前は姉ちゃんを守ったんだ。この金でごちそう買って帰ろうね。あいつら(下の弟妹たち)きっと、喜ぶね…。そしてまた、はじめて生の「暴力」を目の当たりにしたウィリアムは思う。今、世の中で起こっている戦争も、これと同じようなものなのではないか、と。戦禍の暮らし。村を訪れたばかりの兄妹は、図書館を見つける。そこから少し行った角に、大きくはないけれど、がっしりした石造りの建物があった。広場を見わたすように立っていて、「図書館」と大きく書いてある。アンナが、ガラス越しになかをのぞいた。先ほど、お菓子を見ていたエドマンドより、さらに目を輝かせている。もっとよく見ようとつま先立ちすると、天井まで本がぎっしりつまった本棚が、いくつも並んでいるのがぼんやり見えた。アンナはその光景を目に焼きつけ、ここがあれば、なにがあってもだいじょうぶ、と思った。2021.09.25「208.戦場の秘密図書館 シリアに残された希望 [ マイク・トムソン ]」で言っていた。本は雨のようなものだ。すべての者に分け隔てなく降り注ぎ、その土地に知恵が花開く。アンナにとって、そしてエドマンドとウィリアムにとって、本はいつも「外の世界」へつながる扉だった。「とびらのむこうに別世界」。だいじょうぶ、だから、生きていけるーーー本が、守ってくれる。いろいろと辛い場面が続いても、最後は安心のハッピーエンドの大団円。孤児が本当の家族を見つけるのもまた、児童書の王道。これを原題の作家が今の子供達に向けて書いた、というのが興味深い。にほんブログ村ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。
2023.08.27
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書名キットとパーシー [ キャット・セバスチャン ]引用「とにかく」パーシーはさらに続けた。「自分の主義だと信じていたものはただの行動原理でしかなかったし、今置かれている状況では何の役にも立たない。この頃は、新しい情報にぶちあたるたびに、頭の中を整理しなきゃならなかった。ほら、新しい本を買ったら、本棚にある本を移動させて、新しい本が収まる場所をつくるだろ?」そこで誰と話しているか思い出したようにちょっと笑った。「きみはそうじゃない。無理やり押し込む。本棚がそうだった。でも、分別のある人は秩序を守ろうとするものなんだ」感想2023年119冊目★★★注意!海外ボーイズラブ(メンズラブ)です。舞台の明示はないのだけれど、産業革命以後、19世紀…?のイギリス?(歴史に疎いので違ったらごめん)金持ちの馬車を狙う紳士的な強盗として名を馳せたキット・ウェブ。撃たれて投獄され、絞首刑になる前に脱獄したものの一生片足を引きずることになり、泥棒稼業からは足を洗うことに。今はしがないコーヒーハウスの店主をし、刺激のない毎日に飽いている。そんな時、店にひとりの見目麗しい若者が訪れる。キットの名を知り、仕事を持ちかけてきたのは、貴族の息子。父親からあるものを奪ってほしいという。年上のならず者と、貴族の若造。この場合、どっち?私は表紙の絵もあり、元強盗×貴族かと思って読み進めていた。(挿絵が入るタイプの本だったけど、この方の絵、とっても素敵だった)しかし設定は萌えるんだけど、海外のBLって基本リバやねんな…。対等な関係だからということがあるのかもしれないんだけど。受け攻め固定カプが好きなので、ちょっとそこが毎回「うーむ」となり、私の中の左右が逆になるシーンは薄めで足早に駆け抜けるようにしている。あと濡れ場が途端に現実味ないYAOI感。ロマンスノベルみが強い作品。よく分からなかったのが、庶子であることが判明すると、貴族の正当な後継者としてのすべての地位を失うということ。母親の地位とか家柄とか、関係ないんだ…?重婚になるから?キリスト教だからアウトってこと?娼婦であっても、庶民との間に生まれた子どもであっても、正式な婚姻が結ばれていれば、その妻と子どもがすべての権利を有するのだというのが、「えー」という思い。日本的な同時代の考え方でいくと、「本妻」はあっても、本妻の位が低かったり、実家が弱かったりするとその子が後継者にならないってままあることだし、そもそも一夫一妻じゃなかったし…。というところが「へえ、イングランドはそうなんだ」という感じだった。当時のイングランドでは同性愛が犯罪だったというのも「日本だと普通やったしな〜」と思う(シャーロック(原作)でBLしようとすると、そこに引っかかるんだよねえ)。翻訳がガタガタしていて読みづらい。後半になると慣れてくるんだけど、なめらかでないのでいまいちだった。著者は、セバスチャン,キャット(Sebastian,Cat)アメリカ南部に住むボーイズラブノベル、ロマンスノベル作家。出産前は法律事務所で働きながら高校や大学でライティングを教えている。現在は3人の子ども、2匹の犬、夫と暮らしながら小説家として欧米で人気を博しているという方。この本、いいところで終わっているし続編ありそう、と思っていたら、表紙に「ロンドンの小悪党シリーズ 1」とあった。著者のホームページを見ると、London Highwaymen:The Queer Principles of Kit WebbThe Perfect Crimes of Marian Hayesで、続きが出ている。シリーズ初刊が2023年1月に出版されたばかりだから、続編の日本語訳はまだまだかな。貴族の幼馴染・マリアンがなぜ最後に裏切ったのか、強盗の元仲間がその後どうなったのか、ここらへんが明かされるのかなあ。最後、貴族が身分を捨ててコーヒーハウスの隣に引っ越してくるの、私の性癖に刺さりました。あーもう。もう!末永くお幸せにー!!笑(昔はこういう時、ニコ動なりpixivでは「ここに教会を建てよう」って言ったけど、今は言わないのかねー)にほんブログ村ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。
2023.06.03
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本のタイトル・作者優等生は探偵に向かない (創元推理文庫) [ ホリー・ジャクソン ]本の目次・あらすじリトル・キルトンでの事件の後、ビップは事件の詳細をポッドキャストで配信していた。見たくもなかった本性を暴き、親友の家庭を崩壊させ、家族を危険にさらした。もう二度と探偵ごっこはやらないと固く誓ったビップだったが、友人のコナーが、追悼式を最後に兄が失踪したとビップに捜索を依頼。自らの正義のため、再度ビップは捜査に乗り出すがーーー。引用「いや、きみのかわりに決断はできないな。どうすべきかわかっているのはきみだけだし、答えを出せるのもきみだけだから。でもぼくにはわかっていることはある。ビップががどう決断を下そうと、それはかならず正しいということ。きみはつねに正しい決断をする。ビップがどの道を選ぶにしろ、ぼくはね、きみのすぐ後ろにいる。いつだって。わかった?」感想2023年046冊目★★★「自由研究には向かない殺人 [ ホリー・ジャクソン ]」の続編。私は、主人公が同じでもまったく違う事件を扱うシリーズ物なんだと思っていたから、本編ががっつり前作の事件のアフターストーリーであることにちょっと驚き。けれど、今回の事件は事件で単独で存在していて、またあちこち色んな人に聞いて回るスタイル。そのたびにポッドキャストで配信したり、フィットビット(腕時計方の運動機能を測定し、記録する機器)が出てきたりするところはいかにも今どきのミステリという感じ。後半の「ええっ」という展開は、ちょっと後出し感が…。そして失踪したジェイミーが大概すぎて、「おいお前」ってなる。原題の"GOOD GIRL, BAD BLOOD"の「悪い血」のほうがよく分からなかったけど、最後まで読むとよく分かる。悪って、何なんだろうね?今回は、「正義とは何か?」というテーマ。薬物レイプの容疑で起訴されたマックス・ヘイスティングスは果たして陪審員裁判で有罪になるのか?現状の法制度で裁かれない者が出た時、それは正義がなされなかったということなのだろうか。その時、自らの手で悪を制することは、正義なのだろうか。ビップはラストに自問する。自分と「彼ら」の間にある違いは、何なのか。重たいテーマだし、前の作品の「後始末」というか、アフターストーリーも気が滅入ることが多いのだけど、ラヴィ・シンが出てくると場面が明るくなるので好きだった。めっちゃええ子やん〜。あと、ビップのステップファーザーであるリアンも。私は「余計なことを言わずにバックアップして応援してくれる人」が好きなんだな〜。笑このシリーズ、3部作らしく、次回が完結編のよう。これはあれだよねえ、今回逃げた敵との、最終決戦だろうねえ…。3作目の"As Good As Dead"は2023年に刊行予定とのこと。このDeadの文字が気になるな〜!!ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。にほんブログ村
2023.03.05
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本のタイトル・作者わたしのペンは鳥の翼 [ アフガニスタンの女性作家たち ]本の目次・あらすじ第1部話し相手(マルヤム・マフジョーバ)八番目の娘(フェレシュタ・ガニー) 犬は悪くない(マースーマ・コウサリー)共通言語(ファーティマ・ハイダリー)遅番(シャリーファ・パスン)世界一美しい唇(エラーへ・ホセイニ―)第2部わたしには翼がない(バートゥール・ハイダリー)巡り合わせ(アーティファー・モザッファリー) なんのための友だち?(シャリーファ・パスン)ダーウードのD(アナヒータ・ガーリブ・ナワーズ)夢のてっぺんから転がり落ちる(パランド)防壁の痕跡(マースーマ・コウサリー)第3部冬の黒い烏(マリー・バーミヤーニー)銀の指輪(フェレシュタ・ガニー) サンダル(マリーハ・ナジー)虫(ファーティマ・サーダート)ホルシードさん、さあ、起きて(バートゥール・ハイダリー)わたしの枕は一万千八百七十六キロメートルを旅した(ファランギース・エリヤ―スィー)第4部アジャ(ファーティマ・ハーヴァリー)赤いブーツ(ナイーマ・ガニー) 花(ザイナブ・アフラーキー)ハスカの決断(ラナ・ズルマティ)エアコンをつけてくれませんか(マルヤム・マフジョーバ)引用「歴史や地理なんてどうだっていい。とりわけアフガニスタンの地理なんて、戦争と残虐行為、紛争とタリバンでできているだけじゃない。別の場所で生まれたかったわよ!」シャヘルバノは怒っていた。「それはこの国の人たちが文字を読めないからよ。知事や大臣の多くも文字が読めないわ。彼らができるのは戦うことだけ。読み書きすらできない。国民は無教養の者たちが叩く太鼓に合わせて踊っている。みんなは、タリバンは変わったと言っている。でも、本も読めないのにどうやって変われるわけ?本を読まずにどうやって変われるというの?わたしたちの親がみんな文字が読めたら、あなたみたいな女の子がひどい目に遭わずにすむのに。この場所はずっと危険なままではないはずよ。ネークバット、わたしたちの歴史はどこかできっと変わるわ」ザイナブ・アフラーキー「花」感想2023年014冊目★★★★2023.01.16「テヘランでロリータを読む [アーザル・ナフィーシー]」のあとに読んでみた本。『テヘラン〜』は西洋を経てイランへ戻った著者の視点で、いわば外側というフィルターを通した「高い位置」にある視点。そうではない話が読みたいと思った。地面の言葉、内側の言葉、そこで語られる物語を。なぜひとは書くのか。なぜひとは読むのか。この本は、紛争などに寄って疎外された作家たちを発掘する「アントールド Untold」プロジェクトに応募されてきた、アフガニスタンの女性作家たちが18人が記した23編。アフガニスタンの主要な言語であるダリー語とパシュトー語で書かれ、それを英訳したものの、日本語訳。物語はフィクションだけれど、事実をもとに構築されたものも多い。結婚式での自爆テロ。少女たちが通う学校への攻撃。血と肉片。読んでいて辛くなるような話ばかり。テロ、戦争、家父長制、女性蔑視。暴力。貧困。飢餓。女性が置かれている状況は、日本だと、江戸時代から明治大正くらいの感じだろうか。悲惨な環境、凄惨な情景。胸を押しつぶされるような、感情の動き。どの話も苦しくなるけれど、それでもそこに、確かな抵抗を見る。日々を見つめ、その絶望の中にいて、明るい方を、希望を持とうとする。「笑うな」ザーラはなんとか息をしようとする。「望みを持つのは悪いことじゃない」パランド「夢のてっぺんから転がり落ちる」女性が支配下に置かれた環境で声を上げることが、言葉を紡ぐことが、どれほど危険か。後記は、この作品には重要な部分、作家紹介欄が欠けているのだと明かす。十八人の書き手たち。彼女たちはペンネームを使い、幾人もの手を経由して、このプロジェクトに応募する。けれど最後の最後に、本名を出すことを選ぶ人が何人もいたそうだ。「こんな時期にどうして書き続けるのでしょう?」と問いかけた人に、ひとりの作家は「作家ならば、書くことがすべてだから」と答えたという。そして書かれたそれを読んでもらうことが、精神的な支援になるのだと。わたしのペンは、鳥の翼。書いたものを隠しながら、書き上げたものを燃やしながら、言葉は超えていく。白い紙から、一斉に飛び立つ。今のこの場所を離れて、遠く。血で書いたようなその言葉が、誰かの手を経て、また誰かの手を介して、届く。私のところまで。「訳者あとがき」で、訳者は言う。この物語が薔薇であるならば、言語という土を変えても、その薔薇が薔薇であることに違いはない。私はその薔薇の美しさに心を奪われる。そっと近付いて匂いを嗅ぐ。痛々しく喰い千切られた葉を見る。身を護る鋭利な棘を撫でる。その花を知る。その花を植えた人に思いを馳せる。心を寄せて、花びらに涙を落とす。欺瞞と傲慢を己に疑いながら。私は何かを書く時、宛名もなく瓶に詰めた手紙を、そっと海に流すような気持ちでいる。どこかの誰かが、それを読んでくれますように。私がここにいると、知ってくれますように。いつになるかわからない、それが誰に届くかもわからない。けれど暗い海を漂うその言葉が、私の世界を守ってくれる。そこに誰かいるのだと信じられる、かすかな灯火。人はなぜ、物語を必要とするのだろう?虚構の世界を現実の上に作り上げるのだろう?なぜ人はその中へ入っていこうとするのだろう?書くことでしか、たどり着けない場所があるから、だ。読むことでしか、見えないものがある。物語ることでしか、物語られることでしか、感じることが出来ない内側。そしてそれをこそ、人は必要としているのだと思う。物語が失われた世界は、他者の内側を思わない世界だ。「本を読まずにどうやって変われるというの?」これまでの関連レビュー・海にはワニがいる [ ファビオ・ジェーダ ] ・エデュケーション 大学は私の人生を変えた [ タラ・ウェストーバー ]・戦場の秘密図書館 シリアに残された希望 [ マイク・トムソン ]ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。にほんブログ村
2023.01.31
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本のタイトル・作者京都に咲く一輪の薔薇 [ ミュリエル・バルベリ ]本の目次・あらすじローズ。薔薇の名前を持つフランス人の彼女は、見たこともない父の遺言を聞くために、はじめて日本の地を踏んだ。それからは、京都の寺院をあちこち連れ回される日々。父のアシスタントをしていたという、ベルギー人のポール。彼を通じて亡き父を知るうちに、頑なな彼女の氷は溶けるのか―――。引用「最後には死ぬ。そうね。だからこそ、人生に即興演奏の自由を許さなければ」ベスはローズの手を取り、愛情深く握りしめた。「そうじゃないと、地獄に行く前から地獄を生きることになる」感想2023年009冊目★★著者の『優雅なハリネズミ』が結構好きな雰囲気で、期待して読んだら「なんじゃこれ」となった。主人公ローズにもまったく共感できず(なんやねんこいつ?)。ローズの相手をするポールが素敵だなと思ってたけど、途中で一気に「なんやねんこいつ」となった。ローズに惹かれた理由がよくわからない…。ほんとはひと目見て運命だと思ったみたいなこと言ってたけど、それ安易な理由付けすぎないか。喪失と回復の物語、なんだろうか。ずっとしっとり雨が降っているようなイメージ。舞台は京都。たぶんこれは、日本人で、京都に行ったことがあるから思うのかもしれない。架空の場所キョート。夢の国ジパング。幻想的な雰囲気で、常に霧に見せかけたスモークが焚かれているような。前に、フランス語の先生が言っていた。パリは、街がミュージアムだから。京都も同じね。昔の街は、「歩ける距離」にある。その中に閉じ込められたスノードームみたいな場所。この本はそれだと思った。キラキラ落ちてくる雪を見て、それはすべてを覆い尽くす。醜いものを。きれいなところだけを、上澄みだけを見たら、きっと日本はこんなところになる。作中登場するイギリス人女性ベスが言う。「日本は苦しみに満ちているのに、誰も気にしないの。不幸を厭わぬご褒美として、こんな庭を手に入れることができるのよ」。ローズはそれを「不幸を無抵抗に受け入れること」と言う。諸行無常、万物流転。この災害の国にあって、それはある意味しかたのないこと―――ということさえ、不幸を無抵抗に受け入れていることになるんだろうか。この本は、各章の冒頭に短い寓話?があり、そのあとにその話の内容を章題にとって話が展開していく。・羊は安らかに草を食み [ 宇佐美まこと ] みたいな。こういう構成大好きなので、そこは良かった。あと寓話が美しかった。史実っぽく見えるけど、訳者あとがきによると、作者のフィクションらしい。また、主人公ローズと日本人(片言)の会話はすべて英語で、そこにカッコ書きで和訳が付されている書かれ方。ここで面白いなと思ったのは、I am at the tea house,can you come?と言うだけで、この「the」があるから「この間の茶屋」と分かって、店の名前を言わなくてもわかるんだなという冠詞のニュアンスのことだとか、We have lilac in Japan. Rairakku.という「RとLの区別」のことだとか。本の中に引用されている小林一茶の「世の中は地獄の上の花見かな」は、ぞっとするけれど本質をよく捉えているとも言える。それでもその花を待ち―――待つうちに己のうちに花を咲かす。同じく引用されている大島蓼太の「世の中は三日見ぬ間に桜かな」。すべては移り変わり、同じ状態のままではいられない。深い悲しみが、喪失の慟哭が、日常の風化に晒されていくように。新たな人に出会い、愛することもあるだろう。氷が溶けて、奔流となり迸ることもあるだろう。けれどそれもまた、一時のこと。春を悼み、夏を飲み、秋を追い、冬に噤む。木々は芽吹いては葉を落とし、花は咲いては枯れてゆく。生まれたものは皆、遅かれ早かれ、いつか死ぬ。NHKラジオの「飛ぶ教室」で、植物の話をしていたときに、高橋源一郎さんが「僕達は死んでいるほうが長いんだ」と言っていた。生きている期間よりも、生まれる前と死んだあとのほうが長い。つまり、「死んでいること」のほうが普通なんだ、と。世の中は地獄の上の花見かな。生きているその間が、ほんの短い花の盛りであるならば。目を開けて、よく見なくては。その一片一片の舞い落ちるところまで。秒速5センチメートルの儚さを目に焼き付けて。いつか花がすべてなくなってしまうときに、己のうちにあるように。地獄の上に花を散らそう。ランキングに参加しています。「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。にほんブログ村
2023.01.22
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本のタイトル・作者地球でハナだけ (チョン・セランの本 05) [ チョン・セラン ]"지구에서 한아뿐"정세랑本の目次・あらすじ洋服直し屋をしている心優しいハナ。3か月前、11年付き合っている彼氏のキョンミンが、流星群を見るためにカナダへ向かった。ちゃらんぽらんで、定職に就かず、いつまでも少年のようなキョンミン。しかし現地で小型隕石が落下。その場にいたという人気歌手アポロも行方不明に。心配するハナのもとに戻って来たキョンミンは―――別人になっていた。引用ハナがスタンガンで片膝を地面についているキョンミンの首筋に向けて構えたとき、キョンミンがポケットから出したのは指輪だった。キョンミンのとんでもなく古典的なポーズと、それに応えるハナのちっとも古典的ではないポーズ。煙と光の中で、それは何ともおかしな構図だった。「俺もああやってこっちに来たんだ。二万光年を、ハナと一緒にいたくて」感想2022年283冊目★★★★好き…っ!人外×人間好きにはたまらん~。チョン・セランさんの小説は、設定が独特で癖が強いんだけど、これは甘甘なラブストーリーで少女漫画テイスト。ほかの作品にくらべると読みやすいと思う。2万光年の先にある遠い星。自己分裂で繁殖し、強力な集合無意識でつながる半鉱物の生命体。ある日、自分の身体の一部で出来た望遠鏡で宇宙を覗いていて、地球にいるハナを見つけた「彼」。そうして一目惚れしたハナのため、三千年間戦争を起こしていない星の市民にだけ与えられる旅行許可証「フリーパス」を捨てて、遠く地球へやって来た。ハナに会うために、ボーイフレンドの姿を借りて。その人に会うために、すべてを捨ててやってくる。ロマンチックな物語。こういう一途な片思いに弱い。昔読んだ天原ふおんの『わたしの猫は王子様』を思い出した。作中に、声をあげます [ チョン・セラン ]の天使と人間のカップルの話も出てきて、ちょっと嬉しかった。作品同士がクロスオーバーするの、いいよね。あとがきによると、これは26歳のときに書いた作品を36歳でリライトしたもの。訳者あとがきで「どこが・なぜ・変わったのか」に触れられていた。既存の家族制度や女性のルッキズム。「男性視点で形成された人物描写が女性作家の作品にそのまま使われ」ている部分を、今回の改訂で大幅に変えている。さらっと書いてしまうんだよね、そういうことを。そういうものを読んで来たからさ。わかりやすい描写、説明のつきやすい設定。そこから出ていく試み、応援したい。数万年の寿命を持つ「彼」と、地球人としての寿命を全うするハナ。ああこれは最後悲しいな、と思って読んでいたら―――あれ?もういちど、もういちど、もういちど生まれなおして。この終わり方、すごく残酷で好きだなあ。でもきっと、ハナは許してしまうんだろう。泣きながら笑うようにして、あと数万年を。不思議な愛の物語。これまでの関連レビュー・屋上で会いましょう [ チョン・セラン ]・保健室のアン・ウニョン先生 [ チョン・セラン ]・声をあげます [ チョン・セラン ]↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.11.02
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本のタイトル・作者自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫) [ ホリー・ジャクソン ]"A GOOD GIRL'S GUIDE TO MURDER"by Holly Jackson本の目次・あらすじイギリスの小さな町・キルトン。ある晩、学校一美しいブロンドの少女、アンドレア(アンディ)・ベルが失踪した。ボーイフレンドだったインド系のサリル(サル)・シンは、犯行を自供するメールを残し、森で服薬自殺を遂げる。状況証拠から警察は、サルを犯人として事件の捜査を終えた。あの優しかったサルが犯人だと信じられないビッパ(ビップ)・フィッツ=アモービは、高校3年生の自由研究の課題に、5年前の失踪事件を選ぶ。あちこちへ取材を進めるうちに、当時見過ごされていた事実が次々と明らかになり、身近な人々が容疑者として浮かび上がる。そしてビップのもとに脅迫状が届き―――。引用ビップは世間の差別意識に対してけっして鈍感になるまいと心に決めて成長した。白人である自分が闘う必要に迫られることもなく見えない階段を昇ってきたという事実に対しても。感想2022年262冊目★★★★面白かった!2022年本屋大賞 翻訳小説部門第2位。冒頭に地図と人物紹介が出てきただけでときめくのは、ミステリファンと異世界ファンタジーファンだけだろうか。この本は学校の課題という形式を取っていて、冒頭がその計画書の提出様式だったり、途中に手書きの日記が挿入されたり(本書版はネットの画面のキャプチャもあったり、もっと凝った形式らしい)、仕掛けがたくさんあって楽しい。536p/571pでアメリカじゃなくてイギリスが舞台だったことに気づいた(笑)どーりでハリーポッターの話してると思った…!インド系とかケンブリッジ大学とかアフタヌーンティーとか、やたらイギリスに憧れてんのな?と思ってたよ…。え?だって冒頭で「この小説の舞台はイギリスです」的な地の文なかったよね…?まあ普通は途中で気付くわな。主人公がどの子も魅力的。キャラクターも立っている。私はラヴィ(シンの弟)が良い子すぎて、逆にこの子怪しいんちゃう?!とか思ってた。二転三転する捜査状況に続きが気になって、分厚いんだけどどんどん読めちゃう。なんというか、作りがいかにも洋ドラで、「え、どうなるの?!」「あの人が?!」「結局○○はどうだったの?!」という感じ。伏線がすべて回収されておらず、あとでいかようにも使えるようにあちこちに放り出されているのも、連続シリーズのドラマ的。あとがきによると、2020年に第二作 "Good Girl, Bad Blood" が出ていて、2021年に第三作 "As Good As Dead" でシリーズ完結する模様。英語版で読むしかないのかな、しかし私の英語力で理解できるだろうか…と思っていたら、第二作は既に『優等生は探偵に向かない』として翻訳版が2022年7月に刊行されていました。ということは第三作目も2024年頃には翻訳版が出るのかな…。(ああこんなときに私にじゅうぶんな英語の読解能力があれば!と思う)ビッパが友人としている会話に、「わたしにはソーセージ」という言い回しがあって、これがドイツ人が「わたしにはどうでもいい」ということらしい。面白い。ヴィクターが「忘れるな、忘れるな。十一月五日を。火薬による反逆と陰謀を。この火薬による陰謀事件が忘れ去られるべき理由などひとつもない」と言っているのも、「??」となったんだけど、イギリスでは11/15にガイ・フォークス・ナイト(ボン・ファイアー・ナイト)があり、1605年火薬による国王暗殺未遂事件を記念するもので花火が打ちあがるのだそうだ。これも()内の訳注読まないとさっぱりだもんなあ。結局、「英語を読める」と「その文脈を理解する」というのは異なるんだよな、と思う。だから英語が読めるようになったって、その先はかなり難しい。それこそいっときの留学経験があったって難しいだろう。現地に在住していて、ならまだそこまで訳せるのが分るんだけど。あとは膨大な書物やネットの知識量で補っているのだろうか。翻訳家の方はみんなすごいなあ。それで、だ。英語を日本語に翻訳するAIがいくら発展したところで、その背後にあるもの、言語化されないテキストを拾うことは出来ないんだよね。英語を「ん??」と思いながら読み進めているとき、たぶんそういうことがたくさんある。コミュニケーションとしての言語、最低限の意思疎通としての言語というのとは次元が異なる言語がもう一段階上にあって、私はそれまで分かるようになりたいんだけど、なかなか難しいねえ。そして思うのだ。外国で日本語を勉強している人たちにとっても、その「明言化されていない日本語テキストとの情報量と認知のズレ」が生じているんだろうなと。万葉集でも、○○という土地と言えばこれだから、○○と詠むだけで連想されるもの、想起されるものは「におわせ」るだけでわざわざ言葉にはしない。それと同じことがある。言葉は言葉のみにて存在するに非ず…。では同じ「英語」を話す人々にとっては、その認知のズレはどう働くのかしら。なんてことをつらつらと考えながら。これほんまにドラマ化せえへんかなー!↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.10.11
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本のタイトル・作者プリズム [ ソン・ウォンピョン ]本の目次・あらすじ夏 ちょうどいい距離真夏 眠れぬ夜のワラビーと幽霊初秋 血のための速い単調(マイナー)冬 じめじめした寒さ早春 春の属性再び夏 ひととき(ハンチョル)の永遠(ヨンウォン)、永遠のひととき作者の言葉訳者あとがき引用手遅れになる前に、何かを変えなければいけない時期だった。きらびやかに輝いていた夢の方向を変えなければならない苦しい時。若さだけで持ちこたえるのがそろそろ難しくなる時。子どもの頃は諦めと決めつけていたことが、諦めではなく、ただある種の納得だったと認めるようになる時。何かが折れて、曲がって、まったく違う人間になり始めた時。その変化のポイントは、捨てること、切り取ることだった。感想2022年248冊目★★★ビルの13階にある中堅玩具メーカーに勤める27歳のチョン・イェジン。彼女は都会の片隅の空きスペースを見つけ、そこでコーヒーを飲んでいた。彼女は、地下の音楽スタジオで働くペク・ドウォンが同じようにそこでコーヒーを飲んでいることに気付く。パン好きではないが、ベーカリー・ショップ「東方の花(イースト・フラワー)」でパンを作る経営者のファン・ジェイン。彼女はアルバイトに雇った青年、不愛想なイ・ホゲを弟のように思う。四人の男女が繰り広げる不器用な恋愛物語。しんみりした大人の連続ドラマみたいな雰囲気だった。私はパン屋のジェインが好きだな。最後に彼女によいことがありそうで、明るい終わり方でよかった。それぞれに屈託と葛藤を抱え、自暴自棄になりたくて、でもなれなくて。自分の中の醜い部分を隠し、時にさらけ出して傷つき、生きていく。タイトルは、メインの主人公イェジンが幼い頃に父親からもらった文房具ボックスに入っていたプリズムの玩具から。韓国ではこの「文房具ボックス」ってポピュラーな物なんだろうか?そしてそれにプリズムが入ってたりするの???日本ではまあお目にかかることないよね、プリズム…理科の実験道具くらいでしか…。プリズム。光の具合で、色が変わる。その日の加減で、きらめきは揺らぐ。二度と同じ光景は現れない。イェジンは幼い頃大切にしていたそれの鋭角で後に残る傷を作り、片隅に放置する。埃をかぶり、光らなくなり、忘れ去られ、どこかへ行ってしまったプリズム。最後に彼女はそれを再び手に入れ、思い出す。遠い日の輝き。イェジンの物語を象徴的に表すアイテム。これは、ドウォンにとってはギターであって、ジェインにとってはパン(甘いお菓子)であって、ホゲにとっては絵であって…。大切なもの。大切だったもの。けれど自分では、忘れた理由も忘れてしまったもの。それを思い出すタイミングって、いつ訪れるんだろう。私にとってのプリズムは、何だったのかな。くすんで、もう光も通さなくなったそれ。私はいつか、それを見つけるんだろうか。思い出の小箱の片隅に。懐かしく、胸を刺す痛みと共に。もう戻れない場所。帰れない過去。その時私は、もう一度その光を見たいと願うんだろうか。それとも、そのプリズムを、捨ててしまうかな。好きだったこと。望んだもの。願ったこと。これまでの関連レビュー・アーモンド [ ソン・ウォンピョン ]・三十の反撃 [ ソン・ウォンピョン ]↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.09.26
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本のタイトル・作者もうやってらんない [ カイリー・リード ]"SUCH A FUN AGE"by Kiley Reid本の目次・あらすじ2015年、フィラデルフィア。大卒25才のアフリカ系アメリカ人エミラ・タッカーは、速記タイピング以外のパートタイムの仕事を見つけようとし、裕福な白人家庭の子供、ブライアーのシッターを始める。ブライアーとキャサリンの母親である33才のアリックス・チェンバレンは、手紙書きが仕事に繋がり、本の執筆を進めている最中だ。ある日、ニュースリポーターをしているピーター・チェンバレンが番組内で人種差別的発言をしたことから、チェンバレン家に卵が投げ込まれ、窓が割れる。アリックスは誕生日パーティーに出ていたエミラを呼び、警察が来ている間、ブライアーを家から連れ出してもらうように頼んだ。エミラはブライアーを連れて近所の高級スーパーに時間潰しに出掛けるが、そこで誘拐犯でないかと疑われ…。感想2022年158冊目★★★デビュー作にして、英国最高峰の文学賞、ブッカー賞にノミネート。2時間ものの軽い洋画を見てるような、そんなお話。裕福な家庭の子守、ということで映画「私がクマにキレた理由」を思い出した。白人と黒人。その日常的な差別と、意識の違い、見えている世界の差についての行き違いを描いた物語。リベラルであろうとする白人たちは、それを社会的ステータスのように見せびらかし、文化的アクセサリーのように飾り立てる。それはそもそも、「自分たちとは違う」というくっきりとした線引きだ。これ以上なく。エミラがベビーシッターをしている間、アリックスが用意したTシャツを着ていることを、「ユニフォームを着せられている」と言うけど、これはかなり屈辱的なこととして捉えられてるんだな。日本は制服文化だからそんなに感じないのか…。私は年齢的にもママのアリックス側に立ってしまい、エミラがあんまり好きになれなかった。しかしアリックスもな…大概やな…。エミラの親友ザラは、チェンバレン家を訪れて言う。ここってプランテーション的。そのとおり。最後の展開は、「言っちゃうの!?言わないで!!」とエミラに思いながら読んだ。決定的ではなくても、嘲笑はした。うーん、ほかにやりようはなかったのか(アリックスに甘い?)。本の中にマリエ・コンドウ(近藤麻理恵さん)が出てきて、ハードカバーの本を買っておきながらものを捨てようとするなんて、という描写に使われてた。ときめきの片付け、本当に人口に膾炙しているんだなあ。↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.06.25
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本のタイトル・作者赤と白とロイヤルブルー (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) [ ケイシー・マクイストン ]"RED, WHITE & ROYAL BLUE"by Casey McQuiston (2019)本の目次・あらすじアメリカ合衆国初の女性大統領、エレン・クレアモント=ディアス。移民系の父との間に生まれたアレックスは、国中から愛される「合衆国大統領の息子」。英国第一王子のロイヤル・ウェディングに招待されたアレックスは、因縁の仲の第二王子・ヘンリーと再会し―――小競り合いの末、二人はウェディングケーキにダイブする。アメリカとイギリスの関係悪化を防ぐため、二人は「仲の良い親友」のふりをすることに。引用「やめてくれ。これこそが理由なんだ。ぼくにはできない。理由はきみもわかっているはずだ。だから、頼む、ぼくに言わせてくれ」アレックスは唾を呑み込む。「幸せになる努力すらしないのか?」「やめてくれ」ヘンリーが言う。「生まれてからずっと、幸せになる努力をしてきた。ぼくが生まれつきもっているのは国であって、幸せじゃない」感想2022年032冊目★★★今年、洋書読みにトライしようと思って、しかし続かない。「自分が好きなジャンルなら読み通せる?」とブロマンス小説を選ぶことにした。しかし普通の英語の本(多読用や、児童書じゃないもの)を私の英語力で一冊読めるのか?とも思う。で、日本語訳が出ているこの小説を先に読んでみた。文庫本で解説込みでp664。分厚い。…私、これ英語版で読めるのかしらん。そして日本語版を読んでいて思う。英語が読める=理解が出来るじゃない。翻訳者注の括弧書きは、その言葉の使われる文脈の、文化的・歴史的背景を解説する。アメリカの大統領選、地域、人種、性的嗜好。複雑な糸を織りなすように物語は紡がれる。言葉の勉強は、表層的なものに過ぎない。その奥を、底を、理解できるようになるには、どれくらいかかるのだろう。物語自体は、王道のロマンチック・コメディ。王子様と庶民のラブストーリー。庶民が「大統領」の「息子」ってところが新しいか。私は現代の王室パロディものが、どうしても実在の人物がパラレルに存在する時間軸だと申し訳なくて辛い。日本で、現在の皇室をバイセクシャルあるいはゲイで、人種の違う相手と恋に落ちて…ていう設定で小説を書くのはかなり難しいよね。私、平安時代くらいなら平気なんだけどなあ。もはや物語上の人物だからか。そのタブー感がアメリカではずいぶん違うのだろうなと思う。(英語版のAmazonレビューには「英国人は注意!」と書かれていた。)読み始めたころは、「pixiv二次創作クオリティ…」と読み通せるか心配だったんだけど、二人が恋仲になってからは引き込まれて一気に読んだ。わりとエロも豊富で(pixiv R-18。笑)、電車や昼休みにも読んでいたのでもう顔が…。二人の手紙(メール)のやりとりとか、うっとりしちゃう。海外小説ってよく、有名人の手紙を引用してやりとりしますよね。素敵。いやあ、めちゃくちゃベタなんだけど、好きです。王子様×庶民。てへぺろ。ヘンリーが優しくて情熱的で、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』のリチャードっぽくて。脳内でリチャードに変換されて読んでいました。私は圧倒的にヘンリー×アレックスなんですが、本文中の描写を見る限りアレックス×ヘンリーっぽいんですよね。残念…解釈違いのカプ違い…。私、漫画「花冠の竜の国」(異世界の王子様×英国少女)が子供の頃から大好きで、王子が「彼女のためなら自分の世界を捨てる」って言うんですよ。いいよね、そういうの!萌えるね!物語の中には、美味しそうなメキシコ料理もたくさん登場する。トレスレチェ・ケーキ(無糖練乳、加糖練乳、クリームの三種類の牛乳に漬けたケーキ)美味しそう。映画化もするんですって。さて、これを私は英語版で読み通せるかしらん…。↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.02.11
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本のタイトル・作者クララとお日さま [ カズオ・イシグロ ]"KLARA AND THE SUN"by Kazuo Ishiguro本の目次・あらすじ太陽エネルギーで動くAF(人工親友)としてショーウインドーに並ぶクララ。型落ちになった彼女は、「向上措置」により病気になったジョジーに買われて行く。弱っていく彼女のため、クララはお日さまに祈る。感想2022年026冊目★★★うーん…。カズオ・イシグロという有名な名前だけを知っていて、作品を読むのは初めて。友人が『わたしを離さないで』を勧めてくれていたこともあり、最新作を読んでみた。期待値が大きすぎたのか、私にはハマらなかった…。分厚さのわりに中身あんまなくないか?(ひどい言いぐさ)ネタバレすると、ジョジーのお母さんは、向上措置(人間の知能をあげるための手術?)を受けさせ、上の娘を亡くしている。ジョジーもまた病を得てしまった。そんな中、また娘を失うことに耐えられないと、ジョジーの母は「肖像画」と称し、ジョジーの生き写しの人形を作成している。そしてクララに問うのだ。「あなたはジョジーになれる?」と。攻殻機動隊好きの私としては、この話をもっと掘り下げて欲しかったんだけどなあ。機械化した人間と、人工知能を搭載したアンドロイド。その差はどこにあるのだろう?どこまでが人間で、どこからが機械になるのだろう?↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2022.02.04
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本のタイトル・作者行く、行った、行ってしまった (エクス・リブリス) [ ジェニー・エルペンベック ]"GO,WEST,GONE"by Jenny Erpenbeck本の目次・あらすじ東ドイツのベルリンに生まれたリヒャルトは、社会主義の世界で育った。今は古典文献学の教授を定年で辞し、亡くなった妻と過ごした家に暮らす。目の前にある湖には、溺れた男が沈んでいる。ある日、リヒャルトはオラニエン広場のアフリカ難民たちがハンガーストライキをしていることを知り、彼らへの質問リストを作成する。彼らは何故ここにいるのか?どこで育ち、何を話し、どう生きてきたのか?純粋な好奇心から始まった交流は、リヒャルトの世界を変えていく。引用アフリカ人たちはきっと、ヒトラーが誰かは知らないだろうが、そうだとしても―――彼らがいまドイツで生き延びることができて初めて、ヒトラーは本当に戦争に負けたことになるのだ。感想2021年304冊目★★★★"gehen ging gegangen"ドイツ語の活用をタイトルにした作品。アフリカ人たちが繰り返し繰り返し、ドイツ語の講座を受ける―――幾度も中止されるから、初級の活用形を何度もやることになる。トーマス・マン賞受賞作。朝日新聞の書評で紹介されていた。353pで余白が少なく、文字が小さいのでなかなか読み始められなかったけれど、読みだすと一気読み。ドイツの移民問題、詳しくなくて。ヨーロッパもそうなんだけど。中東だけじゃないんだね。アフリカ難民もいるんだ。ドイツは寛容で、積極的に受け入れている(そして軋轢が生じている)という位の知識だったのだけれど、この本を読んで色々知ることが出来た。その制度について。ダブリン協定では、シェンゲン協定適用範囲の国で、いちばん最初の国で庇護申請をしないといけない。だからイタリアやギリシャに難民が溢れる。彼らは他の国へ放出する―――そして他の国は最初の国へ送り返そうとする。この地球上に自分ひとり休める場所もないのか、という問い。起きて半畳寝て一畳。それなのに地上の土地は誰かのもので、みんなどこかの国。そしてそこから出た人は、その地を踏むことも出来ない。身を横たえて休むことも。「我々は目に見える存在になる」と、難民たちはプラカードを掲げる。目に見える存在に。その前を通り過ぎていく人たち。新聞に、テレビに、ネットに、非難が殺到し溢れる。自分の国へ帰れ。それが目に見える存在になることなのか。圧倒的な格差。片方は富と平和を享受し、けれど身を横たえる場所も与えない。絶望の中にいる人に手を差し伸べることは、むしろ倫理に反することのように言われる。犯罪が増える!仕事が奪われる!文化が破壊される!肌の色が、宗教が、文化が、言葉が違う。差異は軋轢を生み、誤解が誘導される。私たちはもう、その過ちを何度も繰り返したはずなのに。難民の中には、ドイツ語がまったく話せない者もいる。一方で、現地語、現地の公用語、イタリア語(難民としてはじめて入国した国の言葉)、英語、ドイツ語を話す者もいる。また、生まれ育った土地でそれぞれ持っていた仕事のスキルもある。けれどそれは、すべて無視される。フラットな「難民」にくくられ、働かない者たちとなる。働くことは許されないのに。働き口もないのに。はじめ、知的好奇心から難民を「観察」しようとしていたリヒャルトは、徐々に彼らの中に入っていく。支配や差別には、いつも「見る者」と「見られる者」がいる。暗黙の、「優れた者」と「劣った者」の線引き。リヒャルトは、難民の友人が増えていく中で、さまざまなことを知る。それらの国の名前、歴史、紛争、戦争、迫害、通貨、言葉、文化。リヒャルトはその過程を楽しむ。未知の世界が開けていくことを純粋に驚きをもって迎える。彼は難民の「サポーター」ではない。むしろ不純な動機(己の知的好奇心を満たすため)に難民たちに近づいた白人の老人だ。それでも、知ることで彼の世界は広がっていく。視界が開けていく。これまで「難民」の言葉に覆われていたそれが、バリエーションに富み、個々の人間の人生であることに気づく。それが自分のものと、同じであることに。行く、行った、行ってしまった。リヒャルトは不倫をしていたし、女好きのようだし、後ろ暗い過去もある(そのせいで妻はアルコールに溺れ、死んでしまった)。最後に行き場を失った皆をリヒャルトは最大限自宅に引き入れ、庭でキャンプファイヤーをする。そこで、「見る者」と「見られる者」だった彼らは、皆肩を並べ同じ火を見つめる。正しいことをする。何が正しいかが分かっていても、それは難しい。信じても裏切られることもある。芽生え始めた友情が、踏みにじられてしまうことも。ならば初めから信じなければよかったのか。優しくしなければ傷つくこともなかったのか。それでも手を伸ばせるだろうか。その考え自体がすでに傲慢だとしても。リヒャルトとその友人たちは、東西ドイツの時代に育った。だからこそ、今のこの状態がいつ崩れ去るともしれないと知っている。次に逃げ出すのは自分たちかもしれない。手を差し伸べられることを望むのは、己かもしれない。見る者、見られる者、見えない者。行く、行った、行ってしまった。これまでの関連レビュー・海にはワニがいる [ ファビオ・ジェーダ ] ・西への出口 [ モーシン・ハミッド ]↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2021.12.25
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本のタイトル・作者三十の反撃 [ ソン・ウォンピョン ]"서른의 반격"by 손원평本の目次・あらすじキム・ジヘ。1988年生まれ、30才。職業・インターン。半地下の部屋に住み、大企業DM社のグループ事業・ディアマンアカデミーで最低賃金に見合う仕事をしながら、給料の大半をTOIECとカフェに注ぎ込み、正社員になることを夢見る。1988年生まれに一番多い名前――「知恵(ジヘ)」。「私」はクラスに何人もいるジヘの中の、「ジヘ(ダ・6)」「小さいジヘ」だった。大勢の中の一人。路傍の石。下から水面を仰ぎ見る魚。けして主人公にはなれない、一線を隔てられた観客。だと、思っていた。あの日、小石が投げ込まれて、世界にさざ波が立った。波が押し寄せ、世界が揺れた。ちいさな波紋が、隅々まで届いていく。それは、弱き者たちの、反撃の投擲。引用「遊びたいんです。硬直化した世の中で、みんな無気力症に陥っています。僕は反旗を翻してみたいんです。青臭いと罵られてもいいから、せめて抵抗してみたいんですよ。歴史が物語るように、急進的な革命は失敗するでしょう。世の中はどんどんパサパサに乾き、コチコチに固まってきて、ちょっとでも目立った動きをすればすぐに見つかってつまみ出されてしまいますから。僕は統制や検閲が及ばないようなことをしてみたいんです。楽しく、遊びのようにね」感想2021年278冊目★★★★2020年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位となった『アーモンド』に続く2作目。第5回済州4・3平和文学賞受賞作品。私は『アーモンド』よりこっちのほうが好きだった。年齢や性別的な親近感なのかもしれないけれど。職場であるディアマンアカデミー(カルチャースクールみたいなところだ)で、同じインターン生のギュオクに誘われ、ジへはウクレレ講座を受けることになる。そこで出会ったのは、30代と50代のおじさん。賞に応募した自分の作品を奪われてから、書くことが出来なくなった脚本家。苦労して開発したレシピを企業に奪われ、今は食事の様子を配信して小銭を稼ぐシングルファザー。ギュオクは、皆に社会への反撃を持ちかける。ちいさな理不尽へ、一泡吹かせてやる。価値観の転覆。それから4人の奇妙なテロが始まる。映画になりそうなストーリーラインと、見せ場のある構成。私は脳内でずっと映画として再生しながら読んでいた。最後、街に取り残された円形の石段を劇場にしてしまい、「誰でもあがれる舞台」にしてしまう。このシーン、『モモ』で、モモが住んでいた場所を思い出した。そして「家具工房」という仕事が、冒頭のギュオクの「椅子」の台詞にもつながって来る。椅子は、ただ置いてあるだけ。華美なものがぽつんと置かれていれば、そこに座れば主人公のように見える。たくさんのパイプ椅子が並べてあれば、そこに座れば観客になる。ギュオクは、椅子はただ椅子なのだ、と言う。これまでずっと、「観客席」に座って来たジヘは、最後に自分の手で椅子を作ることにするのだ。その人にあった椅子を。私は、ウクレレの発表会と、この誰でも舞台のところが特に気に入った。韓国の小説を読んでいると注釈を見ないと分からないことがたくさんあって、それだけ文化が違うのだなあと思うし、グローバリゼーションの中で文化が残っているのだなと思う。韓国で生きていくことは、ほんとうに、ものすごく、大変そう。特に女性は。『三十の反撃』では、主人公の友人、ダビン。彼女でまた一冊本が本で見たいくらいのエピソードの持ち主。夢があって、努力して、でも社会の要求に応えるしかない。この重圧の中で、未来がないように見える中で、どうやって生きていこうとしているんだろう?韓国の小説は重たいものが多いのだけど、もっとライトでポップなのもあるよね?そういうのも読んでみたいな。これまでの関連レビュー・アーモンド [ ソン・ウォンピョン ]↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2021.11.24
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本のタイトル・作者わたしたちに手を出すな (文春文庫) [ ウィリアム・ボイル ]"A FRIEND IS A GIFT YOU GIVE YOURSELF"by William Boyle本の目次・あらすじマフィアだった夫を亡くしたリナ。ある日、近所に住むエンジオに家へ招かれ、襲われそうになって灰皿で殴ってしまう。人を殺してしまったと思ったリナは、エンジオの愛車シボレー・インパラで、疎遠になっている娘・エイドリアンのもとを訪れる。エイドリアンの隣に住む元ポルノ女優のレイシー。詐欺行為からも引退し、今は友人の家で往時をしのびながら暮らしている。エイドリアンに追い返されそうになったリナを見て、自宅に招き入れる。エイドリアンの娘・ルシアは、15歳。自分に無関心な母に育てられた彼女は、名も知らぬ父に会ってみたい思っている。母のボーイフレンドのリッチーは、内部抗争で金を奪い、母娘にともに逃げようと誘う。一同が会したとき、一発の銃声が響く。そして人が死に、カー・チェイスが始まる。引用「あたしって、取るに足らない人間よね」マリアはエンジオにそう言った。「ずっとそうだった。あんたはそれ以下よ」「おれだってそれなりにやってる」あのときエンジオは言い返した。「おれもおまえも、それなりにやってる」「どうしてだろうね?」「なんだ?」「あたしたち、なんで生きてるんだろうね?少しも幸せじゃなかったのに」感想2021年270冊目★★★本書は著者の長編3作目。2019年のアマゾン・ベット・ブックに選ばれ、フランス Transfuge 誌の最優秀翻訳スリラー賞受賞。シスターフッド小説、女同士のハードボイルドという文句に惹かれて読んだ。ブロマンス的なものの逆(なんというのだろう?それがシスターフッドなの?)を想像していたら、そこまで百合百合してなくてがっくり。うーん…思ったほどではなかったな…。私、この中ではレイシー×リナなんですけども…。途中からレイシーがいまいち影が薄くて残念だった。逆にリナは輪郭がはっきりしてきたんだけど。友情は最高のロマンスだ、と最後に言うのは良かった。まあ、そんなこと女同士現実にあり得るんかいな、と思うんだけどね。私は。しかしこれ…なんかもう、途中から笑えて来た。登場人物がたくさん出てきて口々に喋る、そんな古典的な劇を見ているようだった。ハンマー持ったマフィアが追っかけてきて殺されそうになるんですけど、こいつがほんま昔のホラー映画みたいで。登場する男が全員クズ、ってのもすごい。B級ハリウッド映画、みたいなのを読みたい人にはおすすめ。↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2021.11.16
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本のタイトル・作者声をあげます (チョン・セランの本) [ チョン・セラン ]"목소리를 드릴게요"(I'll give you my voice)by 정세랑(鄭世朗,2020)本の目次・あらすじミッシング・フィンガーとジャンピング・ガールの大冒険十一分の一リセット地球ランド革命記小さな空色の錠剤声をあげます七時間めメダリストのゾンビ時代引用もしかしたら、愛の一目人であるみたいに。あぶくになる覚悟を決めた人魚みたいに。「声をあげます」感想2021年239冊目★★★★あいかわらず不思議な…何なんだろうこれ、ファンタジー?SF?ロマンチックでコメディで、ダークで諧謔に富んでいて。ちょっと村上春樹っぽくもある。短編集。はじめ、タイトルから「圧政に声を上げる」などの「声をあげる」だと思っていた。おそらく抑圧された女性たちが声をあげる物語なのだろうな、と。違った。「声を与える」という意味の「声をあげる」だった。表題作の「声をあげます」は素敵な物語。「ミッシング・フィンガーとジャンピング・ガールの大冒険」は、指が消えちゃう人と、その指から過去にタイムスリップする人の話。「十一分の一」は、サークルでひとりだけの女子だった私が、行方知れずになっていた先輩を探す話。「リセット」は、巨大ミミズに襲われ、都市が壊滅する話。「地球ランド革命記」は、テーマパークの広報として地球から拉致された人が、愛した天使のために創始者を殺しに行く話。「小さな空色の錠剤」は、認知症を防ぐ薬が発明され、人類が依存する話。「声をあげます」は、声に特性があり、自分の教え子が人を殺してしまう教師が収容された場所でほかの「怪物」たちに出会う話。「七時間め」は、世界の1/3が死に絶えたあとの世界の話。「メダリストのゾンビ時代」は、オリンピックを目指すアーチェリーの選手が、ゾンビで満たされた世界で細々と生き残る話。…いやもう、あれじゃないですか。説明されても「は?」ってなるよね、このあらすじ…。かなり好き嫌いは分かれそうだけど、私は面白く読みました。韓国の女性作家というと、フェミニズム色が強い作品が多いイメージ。でも、この作品の中では、プラスチックをはじめとする環境問題、人口増加、動植物に対する責任(肉食や動物園、絶滅)について繰り返し描いている。これから、『シソンから』『地球でハナだけ』『八重歯が見たい』といった未邦訳作品が刊行されるそうで、楽しみ。既刊の『フィフティ・ピープル』も読んでみたいな。(このタイトルも、村上春樹の「TVピープル」を思い出す。)ところで、チョン・セランさんの本の装丁が苦手な私。韓国版はもっとポップなのに…!なぜ…!なんかこの表紙、陰鬱な気持ちになるんだよう。とげとげした表面の吹付の、ザラザラした壁面に触ったみたいな気分。これまでの関連レビュー・屋上で会いましょう [ チョン・セラン ]・保健室のアン・ウニョン先生 [ チョン・セラン ]↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2021.10.15
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本のタイトル・作者永遠の家 [ エンリーケ・ビラ=マタス ]"UNA CASA PARA SIEMPRE"by Enrique Vila-Matas (1988)本の目次・あらすじぼくには敵がいた別の怪物お払い箱底流古い連れ合いぼくが願っている死に方カルメン展望台の塔お話の効果師のもとを訪れる下着のままの逃走永遠の家解説引用「あらゆることを考え、手遅れになる前にあらゆることを試してみるんだ。死ぬまでに自分が誰なのかを知るようにつとめなければならない」感想2021年読書:225冊目おすすめ度:★★短編集。なんというかこう、「これなんなんだ…?」感がすごかった。雰囲気としては、ちょっと・掃除婦のための手引き書 [ ルシア・ベルリン ]と似ている、と感じた。同じ出来事を繰り返し、視点を変えて見ている。病的な主人公(腹話術師であることが多い)と、不条理な出来事。解説によると、著者はスペイン・カタルーニャ生まれ。前衛芸術的作風の『バートルビーと仲間たち』で「バルセローナ市賞」、フランスの「外国最優秀作品賞」を受賞。この『永遠の家』は当初酷評されたが、数年後フランスで評判となる。解説で、腹話術師=小説家というのを読んでハッとした。小説家は誰しも自分の声(すなわち、スタイル)を持ちたいと願っており、それを何とか身に付けたいと願っている。しかし、そこには落とし穴があって、幸運にも自分の声を手に入れると、それに馴れてしまってやがて語りはお決まりの単調で平板なものになってしまうのだ。そうか、そういうことか。腹話術師は、自らは口を閉じ、人形を操り多様な声音を真似る。あたかもその人形が話しているかのように。人はそれを見て、腹話術師がそこにいることを忘れる。人形が有名になり、その固有の声を手に入れて―――物語の中では、腹話術師は人形を介してしか喋れなくなってしまうのだ。書くことのテイスト。特有の声色。使い分けるうちに、自分の声を失ってしまう腹話術師―――小説家。それでも喋るのだ、流暢に。書けるのだろう、そのテイストで。けれどそれは自動筆記と大差ないのか。解説を読んだ後で読み返すと、印象が変わる。↓ 「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです ↓
2021.10.03
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