でこぼこな部屋
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前奏招詞 イザヤ書43章18-19節a賛美 タンバリンと踊りで主はわが羊飼い小羊イエスに祈祷交読 詩編13篇2~6節証賛美 福485あなたの平和の朗読 ペトロ一3章13~22節牧会祈祷説教 「苦難の時に」賛美 福402歌いつつ歩まん信仰告白 使徒信条献金(福450私たちは一つ)主の祈り頌栄 福273グロリア・グロリア祝祷後奏 【今週のみ言葉】「神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。」(ペトロの手紙一3:17) 【命の言葉】 来週は平和聖日を迎えます。今年は1945年に日本が戦争に敗れてから70年を迎えます。戦前・戦中の日本の体制を思い起こすなら(人々の多くはもう直接体験していないのですが、継承しなければなりません)、「戦争をしない。平和を追求する」憲法の精神は、私たちの信仰から見ても適切なものです。 『悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ』(11節)とペトロは勧めます。このように歩んでいるのに苦しみを受けることがあります。歴史の中で多くのクリスチャンが神のもとの平和を語りながら受難しました。ペトロはその時にも、私たちの希望を「穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するように」と指示しています。 私たちは不義が行われている時に、沈黙し見て見ぬふりをしてはいけません。しかしまた、「糾弾」するようなやり方も正しくないでしょう。私たち自身も罪人であり、誤った生き方をしてきた者です。どのような罪人に対しても、イエス・キリストはご自身を犠牲にして罪を赦してくださるのです。ペトロの指針は糾弾ではなく、神への立ち返りを促すものでしょう。19~20節は今の私には十分に理解し解き明かすことができません。留保します。 21節「洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。」私たちの抱いている希望(信仰)を証しするために正しい良心をもってせよとありましたが、洗礼を受ける(受洗者として生きる)とは、そのような態度で神と人々に向かうことです。
July 26, 2015
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