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2023.01.29
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カテゴリ: 昭和期・後半
『中国行きのスロウ・ボート』村上春樹(中央公論社)

 前回の続きです。
 前回私は本短編集の一編「中国行きの…」を特に興味深く読んで、5つの疑問点に気がついたと書きました。(すみませんが、詳しくは前回の部分をお読みください。)

 そして、その問いの「隠された」答えも作品内にあると、私は読んでみました。
 今回はその報告からであります。

 この短編小説について、以前より私がなんとなく気になっていたことがありました。
 それは、本小説は、2章から4章にかけて3人の中国人との出会いが書かれてあるのですが、エピソードとしてみますと、3章の中国人女性の話だけが圧倒的に面白い、と。
 それに比べると2章4章は、お話としてはかなり弱い気がしました。これなら、3章の話だけを単独にもう少し膨らませて書けばいいのじゃないか、と。

 しかしこの度の読書で気づいたのは、2章4章はお話としては弱いかもしれないが、これがなければ、少なくとも筆者が書きたかったであろうテーマが成立しないということでした。

 順序が異なりますが、2章の「落書き」のことから考えてみたいと思います。
 まずこの話は、ストーリーとして破綻、というのは言い過ぎとしても、一個所大きな点でかなり無理があるように思います。
 ではなぜ、そんな無理な展開に筆者はしたのか、それが私の問いでした。

 答えは、その日に僕が誰かの机の上に落書きをした、ということだと思います。
 そう思って読むと、ストーリーの中にたくさんの状況証拠が描かれていることに気がつきます。

 次に、問いとして答えの易しいのは、3章についての「僕は心の底でそう望んでいたのか」でしょう。その答えらしきものは、隠されてはおらず、5章の終末部に書かれています。(「誤謬」は「逆説的な欲望」だと。)
 ただ今回、これは確かにその通りだろうと私が思ったのはそこではなく、4章のエピソードの中にあった一節でした。

 3章で僕は彼女の電話番号を紙マッチに書きます。書く場面は描かれていません。一方、4章の百科辞典販売の元中国人同級生についてはこう書かれてあります。(僕は、後日ゆとりができたら百科事典を買うかも知れないと言う、その後です。)

​ 僕は手帳のページを破り、住所を書いて彼に渡した。彼はそれをきちんと四つに畳んで名刺入れにしまった。​

 彼女に関する僕の「重要情報」の扱いと、僕に関する彼のそれの扱いの描写がこれだけ異なっていることについて、そこに誰の何の意図もないとはとても言えないと思います。

 今私は2章と3章のエピソードについて語ってみましたが、この二つは全く同じ原因から生まれたお話であります。
 それは、僕が、中国人に対して「悪意」を持っているということです。

 もう少し丁寧に書くと、僕は僕の無意識層に中国人に対して「悪意」を持っているという構図であります。
 そして意識層の僕は、その不意の出現にかなり戸惑っています。
 一方無意識層の僕の「悪意」は、意識層の僕に対してかなりわざとらしくいろんなシグナルを送って揺さぶっています。例えば2章での僕の中国人学校並びに教師に対する印象とか、彼女にしつこく落書きをしたかを尋ねさせるとか、1章のにわとりの話もその一環かなと思います。また、3章での、彼女を山手線に乗せた後の僕の「気持のぶれ」とか。

 まだ4章の問いが残っていますが、結局の所この小説は、「悪意と贖罪の物語」あるいは、もっとポピュラーな言い方をすれば、「死と再生の物語」と言えるような気がします。

 2章3章が「悪意・死」の物語で、4章が「贖罪・再生」の物語とも言えそうです。
 しかし、そうまとめるなら4章はどう読むのだ、それが私の問いの「僕と元中国人同級生の違い」であります。

 4章で、喫茶店で出会った元中国人同級生について、私は思い出せないと謝ります。すると元中国人同級生はこう答えます。

 「昔のことを忘れたがってるんだよ、それは。きっと潜在的にそうなんだね」
 「そうかもしれない」と僕は認めた。たしかにそうかもしれない。

 そしてさらに、元中国人同級生はこう話します。

​ 「(略)俺は君と同じ理由で、昔のことをひとつ残らず覚えてるんだよ。全く妙なものだね。どうにも忘れようとすればするほど、ますますいろんなことを思い出してくるんだよ。こまったことにさ」​

 1章に、この彼らの会話を別角度から照射しているような部分があります。ここです。

​ もっとも、たいていの僕の記憶は日付を持たない。僕の記憶力はひどく不確かである。それはあまりにも不確かなので、ときどきその不確かさによって僕は誰かに向かって何かを証明しているんじゃないかという気がすることさえある。しかしそれが一体何を証明しているかということになると、僕にはまるでわからない。だいたい不確かさが証明していることを正確に把握するなんて、不可能なんじゃないだろうか?​

 実はこの小説は「記憶の物語」と言ってもいいくらい、各章のいろんな部分が記憶にこだわった話です。
 上記に、4章が「贖罪・再生」の話と書きましたが、何がその救いとなっているのか、それは「俺は君と同じ理由で、昔のことをひとつ残らず覚えてる」の部分でしょうか。

 われわれは本短編小説が発表されてから40年の間に、とてもナーバスにしかしじっくりと確実にそしてしたたかに、村上春樹が中国・中国人に対してある複雑な意識を持ち続けていて、そしてそれを重要なテーマの一つにしている物語を読んできました。
 この度私は今更ながら(つまりタイトルに「中国」とありながら)、ここに、その重要なテーマの兆しを初めて読んだように思いました。

 ただ、このままではやはりなんといっても弱い。
 その弱さが、5章終末部の、逆の方角を指す一続きの部分にあるような気がしました。小説の終了直前の7行です。

 それでも僕はかつての忠実な外野手としてのささやかな誇りをトランクの底につめ、港の石段に腰を下ろし、空白の水平線上にいつか姿を現わすかもしれない中国行きのスロウ・ボートを待とう。そして中国の街の光輝く屋根を想い、その水緑なす草原を想おう。
 だからもう何も恐れるまい。クリーン・アップが内角のシュートを恐れぬように、革命家が絞首台を恐れぬように。もしそれが本当にかなうものなら……
 友よ、
 友よ、中国はあまりに遠い。

 終末2行は、ここに至るまでの部分とかなり示している方角が違っていませんか。
 というか、この2行の前の5行のほうが前後から浮き上がっていて、この5行の根拠を4章のエピソードからだけ読む(もう一つ、少年の頃の外野手の挿話と)には、あまりに説得力が弱い、と。そしてそれを感じた作者は、最後にまた180度反転をした、と。

 多分このあたりに、デビューしたての筆者の、一種の詰め切れなさ、あるいは「腰の据わってなさ」があったのかなと思います。(あるいは抱いているテーマの、筆者にとっての思いがけない存在の重さが。)

 ただ、この前半5行に描かれているイメージと比喩が、こんなに力強く美しいというのに。……。
​​

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Last updated  2023.01.29 17:34:06コメント(0) | コメントを書く
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