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「都合のいい時だけ利用してあとはサヨナラ」そんな人が多い世の中は生きづらい。惜しみなく自分を与え、また自分も与えられる。そうする事で豊かさも幸せも上手く循環する。それが我々が至るべき人間の・星の在り方。目指すところはそこ。人類みな兄弟って、使い古されたフレーズだけど、あれ、本当なんだよ?まだ、全ての人にその精神は行き渡っていないけど。すべての魂は、大河の一滴大いなる魂のカケラ。あなたはわたしわたしはあなた地球上のすべての人の痛みは自分の痛み。地球の痛みはこの星に棲むみんなの痛み。だから他人事のような顔して通り過ぎてちゃいけない。どうせ自分にはなにもできない。なにもしてあげられない。じゃなくてさ、「なにが出来るか」を考えようよ。考え続けようよ。今出来なくても、わからなくても、明日には解れるかもしれない。出来ることが思いつくかもしれない。「僕に出来る事を」の精神さえいつも持ち続けていれば、できることは自然と増えていくから。自分の限界なんて自分で勝手に決めちゃってるだけなんだから。人々がみな、そのことに気がつけば、世界から孤独も不足も消えるはずなのに。成長が加速しますように。
2009.10.29
■ADHD最大の長所!!『発想力』解説漫画はコチラ⇒ http://homepage2.nifty.com/ryantairan/a6.html※画像は「表示→拡大→125% or 150%」にすると見やすくなりますよ「膨大なパズルのピースを合わせる様に一瞬で答えを出す」これ↑すごく良く分かります。私もおおむね、ひらめきと本能の導くままにここまで生きて来てる気がするもの…w少ない材料からでも、回り道せずにズバッ!と直で物事の核心に触れられるというか本質を見抜くことが出来る能力。その点に長けているというのも私たちインディゴの特徴の一つです。勘がめっちゃ鋭いんですよ~♪まだまだあるよ!ADD/ADHAD の能力!!■ADHDその他の長所6連発!⇒ http://homepage2.nifty.com/ryantairan/a7.html・人より努力してもなかなか評価されない!!・ゆえに鍛えられる不屈の精神!!・喜怒哀楽が激しく情熱的!!・人の感情の動きを敏感にキャッチ!!・夢がオールカラーで感触などもリアル!! 激しく同意ですww つまり 「感度が良好過ぎるアンテナ」を ADHD/ADDの人たちは持っているのですよ♪ それゆえに人知れず苦労も多いのだけど、 その性質を上手く活かすことによって、 他の人では気付けないことに気がつけたり 浮かんでくる独創的なアイディアを元に今までなかったものを創造できたり、と 素晴らしい才能として輝かすことが出来るんです。----------------------------------------------------そんなADHD/ADDの人たちとうまく付き合うには、ちょっとしたコツがあります☆・:,;*そのコツとは??→http://plaza.rakuten.co.jp/angellight7/diary/200910260001/-----------------------------------------------------ぽじこ 今日のつぶやき孤独を抱えてる人をほっとけない。しかも、誰でも感じるようなちょっとやそっとの寂しさじゃなくなんかもう、見てて痛々しいくらいの救いようも無いほどの疎外感に押しつぶされて今にも闇の中に消え去りそうな人のことが特に。私はきっと、その人たちの心に寄り添って、痛みを少しでも和らげる手伝いをする為にこの星に存在するんだなあ。そうつくづく実感する、今日この頃。正論やお説教だけじゃ、闇の淵に居る人は救えない。光は届かない。道端でひとり泣きじゃくる子供に向かって、泣いてる理由を言えといっても泣くことで精一杯状態なのにまともに言えるはず無い。転んだのか!?お腹痛いのか!?親とはぐれたのか!?ぼやっとしてるのが悪いんでしょ!?なんて問い正す前にまずは頭をなでたり抱きしめてあげて、「もう大丈夫だよ」って、安心させることからはじめるでしょう?お説教は、そのこが落ち着きを取り戻してからいくらでもすればいい。それとおんなじよ。心が痛くて痛くてどうしようもなくて泣いているときは大人だろうが子供だろうが爺さんだろうが婆さんだろうがみんなおんなじ。私にはそれがわかる。必要なのは「意見」なんかじゃない。理屈を越えた「無条件の愛」そして、仮に愛によって当人が癒されて元気を取り戻しても受け入れる側(社会のシステムや人々)が扉を閉ざしたままでは中には入れない。どうしようもない。せっかくの努力も勇気も希望もしぼんでしまう。籠の中では羽ばたけない。だからみんなで一緒に変えていかなきゃね。
2009.10.27
漫画でADHDについて解説してくれてます。こういう風に解説されてると、分かりやすいしADHD(or ADD)ってユニークな個性なんだ!って感じてもらえてすごくイイ♪と思うのです♪ちなみに私はADHDではなく、ADDなので多動(じっとして居られず動き回る傾向)はないのです。女性の場合はADHDよりADDの人が多い・・とも言われてます。それにしてもこの漫画、よく出来てる!書かれている方ご自身もADHDだそうなので知識の上だけでなくかなり実感こもった表現が出てきます。「そうそう!それよくやるわ~!!」ってうなずく事ばかり(笑)特に〆の「臆さず レッツトライ 異種族コミュニケーション!」には噴いた。やっぱ発想が一緒だわww「非ADHD/ADD」 だったり「not インディゴ」 の人たちから見たら確かに「異種族」って感じだろうな~って思うことが私もしょっちゅうあるもの♪でもだからこそ、面白いんじゃない?って私なんかは思っちゃいますけどね~。違いを探していちいち戸惑うんじゃなく、面白がれる器を持つ人が増えてくれると嬉しいですね。それに、違うからこそ、共通項を見出せた時の喜びは、格別なものになるというもの。お互いに、自分には無い部分を補い合い、融合する事で新たな世界を拓いていける、そんな素敵な可能性を、ぜひ沢山の人に見出してもらいたいです。異種族であるって、とってもわくわくする関係なんですよ?本当は★とまあ、前置きはこのくらいにして。。漫画をどうぞ!!〈プチアドバイス〉 画像が小さくて読み辛いときは、 表示→拡大→125%か150%にして見ると ぐっと読みやすくなりますよ★■ADHDの人と上手く付き合うには?http://homepage2.nifty.com/ryantairan/a10.html■ADHDの人が非ADHDの人と上手く付き合うには?http://homepage2.nifty.com/ryantairan/a11.htmlこんな動画もありますよ♪ ■動画でADHDを解説してみたYO【前編】http://www.youtube.com/watch?v=VQ6Y_1BZYpU■動画でADHDを解説してみたYO【後編】http://www.youtube.com/watch?v=MxQ33umKnIU
2009.10.26
インディゴでもインディゴじゃなくても…ADDでも非ADDでも…そんなの関係ない。そう、欲しがってたものは 心無い 造られた こんな世界じゃないんだ よね?きっとみんな。最後に残った希望の光は“人を信じる心”愛を見失い、傷つき、怯え、心を閉ざした全ての人に贈ります。儚くも永久のカナシ/UVERworld 愛が愛を「重過ぎる」って理解を拒み 憎しみに変わっていく前に… 何もかもそうだろ? バツの悪い事情にはいつも蓋して食わせ者のリアル歪んだジレンマ時代で 約束したはずの二人さえ気付かず 通り過ぎていく 壊しあって 分かりあってた事も 置き去りにした これが成れの果てなの? 認めないで 立ち向かった時も落ちていく時のイメージから 逃げ出せずに Ah... 何度でも探し出すよ 君の目 その手の温もりを 何もかもそうだろ? バツの悪い事情にはいつも蓋して食わせ者のリアル 歪んだジレンマ時代で 約束したはずの二人さえ 気付かず通り過ぎていく いなくたって 変わりはしない街は 僕の救いを 求めやしないだろう まともな 奴に成りすまして 誰もが 崩れそうな結晶の中でAh... 何度も嘘を重ねるから 「愛はいつも私を傷付けるだけ」って君は呟いて 信じることが怖くて泣いたんだろう?弱さを知って強くなれ 恐れず信じることで 憎しみに変わる前の本当の愛を知るのだろう 欲しがってたものは 心が無い 造られたこんな世界じゃないんだよ 見てられない 理由のカケラも無い日々 卑しさが宿ってた 映し疲れた瞳に 心を癒す嘘 それもありなんて でも心を奪うのが嘘だろう? 「愛に近づこうとも噛みつかれるだけ」って僕は呟いて 信じることを やめて生きてたんだよ 絶望くらって立ってもあきれるほどの想いで儚い命 しがみ付いていたい 欲しがってたものは 心が無い 造られた こんなもんじゃないんだよ この街で失った愛 その意味探せば少しマシになって 進めるだろう...→原曲のYouTube 動画はこちら============================================ついでにこちらの記事もどうぞ!・ADHDの人と上手く付き合うには?
2009.10.26
私は、受容によって引き戻されると思っていた。でも実際は違った。私を突き動かしたのは怒りのエネルギーいや、怒り…というより憤りといった方が近い。憤りと、危機感・焦燥感。その焦燥感は自分に対してではなく、社会の現実に対してのもの。あまりに目に余るほどの認識の不足……実状は予想を越えて酷くお粗末な状況なのだと知った。。弱った子馬に鞭打つがごとく放たれる言葉の恐ろしさ。無知ゆえに、善意の人も時として悪意の無い悪魔となる。このままでは本当にいけない。こんなんじゃ、また、貴重な星の宝たちが、報われないまま、本当の煌きを魅せず、役目も果たせないまま消えていくばかりだ。「生きていてごめんなさい」ADDの集まる掲示板である女性(少女かな?)がそう書き込んでいた。この地上に真実の愛を伝えるべく生まれてきたピュアな魂にこんな悲しいことを呟かせる世の中ってどうかしてる。これからは、 自分の経験・痛みを生かして、 無知・無理解・誤解・偏見に苦しみ 周囲の人間から抑圧・阻害され、 生きる気力も場所も奪われて 孤独に暮している同胞(インディゴやADD)たちそして、彼らを支え共に苦しむ親たちを 解放&支援する活動をしていきたいと思う。 そう、きっとそれが、私の本当の使命。ただ人を癒しても退屈だった、理由。一般的な相談に答えても満たされなかった、理由。性質分析しても運勢読んでも物足りなかった、理由。石たちに願いを託して届けても何かが違うような気がした、理由。今やっと、はっきりと分かった。私に与えられたのは「癒す」だけの役割じゃなかった。「戦う」のが本分だった。めんどくさがりだし、自分の傷を見せつけられるようで痛過ぎるから、知っててずっと避けていたけど。人間の中に在る、「自己中心的で、行き過ぎた排他性」との戦い。そこを打ち砕いて、異種であってもありのまま受け入れることが出来るようにキャパシティを拡げさせなければならない。何者をも色目で見ず、差別なく受け入れることのできる懐の広さと深さを。人々よ。「他者を勝手に判断して境界線を引こうとする癖」の間違いに気づいて。自分は本来「無条件の愛で包む心」を持っているのだと、どうか一日も早く思い出して。。そして、『お互いの違いをさがす以上に、融合する事でよりよくなる。』そんな発想・思考の仕方を難なく出来る人に・社会に進化して欲しい。けれどそれは、こちらが教えて、分かった気になっても駄目なんだ。あなたが自分で気づいて思い出さなきゃ意味がないんだ。この戦いは、社会の目が開けてくるまで続くだろう。容易には開かない重い扉だ。けれど、その戦いこそが、宇宙の意思ならば。私がここに居る理由ならば。宇宙の意思の期待を裏切らないためにも、やらなければならない。「宇宙の意思と自分の意思がひとつになったとき、物事は起こる」私は歩もう。臆することなく、胸を張って。己を信じて。「宇宙の意思と自分の意思」がひとつになる人生を-------------------------最後に、恋人が事故に遭い全治2ヶ月の怪我を負ってしまった友人へ。彼が順調に回復しますように。彼女も看病疲れの少しでもないように。療養中、体は不自由を強いられるとしても、せめてハートだけは平穏でいられますよう。心から祈っています。
2009.10.24
最後まで私のために本気で何かしようとしてくれる人は現れなかったなあ頭がくらくらしてきましたカロリーメイトが食べたいです電気が止まりました
2009.10.19
どんなに他が馬鹿ばっかでも、脳が足りなくても穢れてても私は決して染まらないでいよう。そんな連中と馴染んで、自分の格を貶めようとは思わない。
2009.10.19
人間幸せになるのは難しいけど不幸になること闇に堕ちることは息をするより簡単ですね
2009.10.18
うんそうだ来世に期待しようそうしようまあ所詮、どいつもこいつも耳障りのいい慰めばかり言うだけの嘘っぱち他人を信じようと思った俺が馬鹿だった。そう、ただそれだけの話だ。
2009.10.18
わたしはもうそんなに長く生きなくていいと思っている。残り、7~8年あるかないかくらいで、いい。インディゴとしてこの星に生まれてきて得する事なんてなんもねーよ。ただただ、苦しいだけだ。たぶん私みたいなのがもっとも悲惨なインディゴ的人生を送っているケース。要は、悪い見本。
2009.10.17
最後の望みを何に懸けようかな
2009.10.17
ここ最近食べることに執着も興味もなくなってきました今ある冷蔵庫の中身を消費しつくして空にしたら冷蔵庫売ろうか食べないんだからもう要らないしとか考えていますいよいよ来るとこまで来た感じ。
2009.10.16

今日、リードを洗濯することができました。ネガを通院させてるときに、万が一キャリーから飛び出した場合に備えて毎回つけていたリード。これを見ると病気で苦しんでいたネガを思い出して辛くなるので、目にするのも避けていたため、ずっと放置状態だったリード。汚れていたので、洗濯して、収納したかったのですが、ネガの温もりが残っている気がして、それを洗い流してしまうのが怖くて洗濯することができず、かといって汚れたまま、仕舞うことも、潔癖症な私の性格上出来ず。。。置き場所を何度か変えながら、部屋の中で放置されていました。それを今日、ようやく、洗濯機に入れることができました。3月22日にネガが旅立ってから、半年以上、・・7ヶ月近く経ってやっとです。。これを書いているまさに今、他の衣類と一緒に洗濯機の中でぐるぐる回っています。先週には、ネガの臨終の時間をメモした紙、(…これもずっとさわれずにその辺に放置したままだったものです)醤油かなんかの汁が垂れて汚れて、しわしわのヨレヨレだったのですが亡くなった日と時間を手帳に書き写して、その紙は処分することができました。先月は、最期の日の通院の時にネガを入れていた袋を洗って片付けることができたし、こうやって、ちょっとずつ、ちょっとずつ、私の中で痛くて触れなかった部分が、時と共に癒されて出来なかった事もできるようになって気持ちの整理がついていくのかなぁ。。それはきっと、「良いこと」で私にとってもネガにとっても「必要なこと」なんだけれど、、寂しいような、せつないような、言葉ではちょっと表現できない、そんな想いです。でも、まだ、点滴の影響で、病院からの帰宅途中に中でおしっこしてしまったキャリーバックは玄関に置いたままだし、ネガを火葬場に連れて行くときに遺体をくるんでいた私のニットのセーターとバスタオルは、まだ、洗濯されないまま、持ち帰る際に頂いた紙袋の中で、時が止まっています。。
2009.10.10
ノアの箱舟のごとく、人外の生物たちと片手で余る友人だけ連れ進化しない人類と世界に見切りをつけて地上を離れ、彼の地へと旅立てたらどんなに素晴らしいだろう。言葉では説明できない前時代の人間が持たない感覚ゆえに理解されないインディゴチルドレンは、その多くが自殺している特に日本はその率が高いといわれる1日に150人のインディゴが命を絶っているとの話も。苦しみや葛藤を、我が事として共感してくれる別の誰かに巡り合う幸運に恵まれないまま、生きるために自分を殺し、、古いシステムに適応したフリをするための偽りの仮面を被って一生を過ごし、やがては孤独の中で朽ち果てていく者。本質を見失い、歪んだ価値観を盲信し淀んだ眼で物を見、人を見る人間たちに染まる事を決してよしとせず、あくまでも自分の気持ちに正直に生きることを貫き、葛藤に耐え切れなくなったときには自らこの世界と決別することで自分の尊厳を守ろうとする者。私は前者になるのか、、、やはり後者か?いずれにせよ、人並み以上の生きづらさを抱えてこの星で戦って生きることを運命づけられたインディゴやスターピープルたち。同胞たちは今、それぞれにどんな人生を送っているのだろう。。わたしの理想郷は、この地上の何処かにも存在しているのだろうか。。。+++私はインディゴチルドレンでADD(注意欠陥障害)しかも火の輪タイプのADDらしい誤解のないように言っておくが、必ずしも「インディゴ=ADD」ではない。だが、私の場合はADDでありインディゴでありという人種。ADDについてはこちらをどうぞ・・ 無知ハ罪ナリhttp://www6.plala.or.jp/fuu/adhd/adhd4.html注意欠陥 (思考があちらこちらに飛ぶ)これを優れた症状という人はほとんどいないかと思いますが、世の中の天才と呼ばれる人たちは直列的な思考ではなく、バラバラなものを組み合わせるような思考パターンを持っています。思考があちらこちらに飛んでいるときは、全く別のことが頭をよぎっているような状態です。私の場合は、心の中に一瞬でもよぎったものは、積極的にメモをとるように心掛けております。つまり、潜在意識から導き出されたアイデアを一時的に保存しておき、顕在意識で多くの情報をまとめ上げていくのです。脳は、使い方さえ覚えれば、このように素晴らしいツールとして私たちの役に立ってくれます。上記の文はこちらのサイトから引用させていただきました。http://www.happygenius.jp/000075.html【私信】双極性障害は、若年時は火の輪型ADD(注意欠陥障害)に類似しているそうです。私はこれを知って、あなたとのこの「キャラかぶり具合」、この「シンクロ感」はただごとじゃないZE!! 絶対なんかある!!!! 必然的な何かが!!!!!!ひゃっほいいいいいいい!!!(落ち着け)とつくづく思ったのであった。
2009.09.29
人間以外の生き物が好きです。 頭の悪い人が嫌いです。めんどくさい事が嫌いです。一定の考えに固執している人で、しかもそれが万人に当てはまるとか絶対だとか決め付ける人間が大っっ嫌い!!!どんだけ世界が狭いんだおまえら!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2009.09.24
だるいしゃべりたくないセブンに行くのすらめんどいきょうをいきてなきゃいけないりゆうもないおれのかわりはいくらでもいる
2009.09.23
行方不明だった、現金入れた封筒発見した。いやーよかった。よかった。まじでやばいかと思った。今月どうやって食ってくんだーと思ったよー。万が一見つからなかった時のために、早めにカリカリだけは確保したから、ぽじおのご飯は当分大丈夫として俺の食費はどうすんだーーと思ったよーーーーそれにしてもなんであんなところに隠したのか?もう、これからはその時の思いつきでお金の隠し場所決めるのはやめよう・・・・「これなら空き巣も気づくまい(ニヤリ」のつもりが、自分でも、場所わかんなくなってビビッてたら世話ねーな。しんどい思いして頑張って働いたお金を使わずに無くすとか、めっちゃ!報われない気分になるな、やっぱな・・・・見つかったからよかったけど、ちょっとしたサスペンスでした。【今年中に懐かしのペコちゃん焼きを食べる】これ目標。子供の頃、習い事帰りによく食べたな~・・パンプキン餡とチョコ餡が特に好きだったな~♪でさー、中のチョコがチョコクリームだったのに途中から板チョコ入れて焼くように何故か変更されてすごいがっかりしたの覚えてるな~・・中で板チョコが溶けきれてないうちに、皮が焼き上がっちゃってさ。なーんか中途半端な味なの。小学生ながらに「クオリティー下げるなよ~」って思ったっけ。でも「きっと、大人の事情ってやつだ。仕方ないのだ」なんて自分を納得させて、それからも買ってたな。ぶっちゃけ、習い事自体はどうでもよくて、ペコちゃん焼きのために飯田橋まで毎週通ってた感があったな。この前たまたま映像みたけど、今じゃ店構えも周辺のお店の様子もだいぶ変わってたなあ。昔は目の前で焼いてくれてたけど、もうそれはやってないのかな?ほわ~~懐かしいな~~神楽坂。。また行きたいな。 食べたいなペコちゃん焼き。食べたいっていうか「見たい」んだよな。あのムダにリアルで、ちょいブサで、ちょいグロなたい焼きくん色の黄土色のペコちゃんの顔をもう一度この目で拝みたいものです。そんで、真っ二つに割るか頭からかぶりつくかそれとも意表をついて目ん玉から行ってやるか?とか、企む一瞬を楽しみたい。・なんかのきっかけで飯田橋に神楽坂に行くことになる...か、それか・誰かがお土産に買ってきてくれる...そんな未来予想をしておく。 叶え。★ペコちゃん焼き知らない人は見てみればいいよ。 http://syoutengai-web.net/fujiya/
2009.09.13

わたしに必要だったのは、あるいは今の時期だから必要になってきたのか…どちらにせよ、それは「観察者」深い洞察力と高度な思考能力に加えて、常識に囚われない柔軟かつ自由な精神をも併せ持つ、対象の本質を的確に把握できる眼を持つ者そういうレベルの「観察者」上っ面だけしか観れない浅瀬でちゃぽちゃぽしてるだけの単純馬鹿のくせになーんにもこっちの事情を知らないくせにしたり顔で説教垂れてくる井の中の蛙野郎は要無し!たぶんね、ちょっと詰まんなくなってきたんだ。一人で頑張って生きてきて滅多に弱音も吐かないで、絶望的なトラブルを沢山背負って戦って、頑張ってる姿を誰にも知られないことに。努力する姿は人に見せるべきじゃないっていう信念は今でも変わらないけど、知られなさ過ぎるのも虚しいかもってなーーー人が生きるには優秀な「観察者」となってくれる自分以外の誰か...が必要だ。---------------------------------------入念に隠して隠し場所忘れたのか、道で落としたのか、はたまた空き巣か…封筒ごとお金が紛失したーーーーけっこうな額入ってターーーーー家の中探しても出てこないーーーーーーお財布は今現金空っぽだーーーでも、あまり焦ってない。絶対ひょっこり出てくる…気がしている。根拠はないけど。おれのご飯代は大丈夫ですか。。。
2009.09.07

「女は愛嬌」とか「女は馬鹿なほうが可愛い」とか 超・前時代的なカビの生えた考えを押し付けんな。土偶みたいな体型しやがって糞ジジイが。そういう価値基準でしか女性を捉えられないおまえはすでに過去の遺物だ。なんかっつうと笑顔を求められる風潮にゲンナリだ。どいつもこいつもスマイルスマイルうるさい。いったいなんの宗教だ。ヘラヘラ教か。おかしければ笑う。面白くもないときは笑わない。ただそれだけのこと。作り笑顔はしたくない。それに、心で微笑んでても、表情に出ないタイプの人だっている。 いつもニコニコ笑顔の仮面かぶって、腹ん中真っ黒なやつよりマシだ。私は、笑わない人がたまに見せる、本物の笑顔が好きなの。滅多に笑わない人が、ふっと口元を緩ませる瞬間を目撃した時の独特の喜びってものがあるだろ。いつもニコニコしてる人も素敵。仏頂面の冷たい表情の人も素敵。それぞれの個性であって、どちらも「等価値」だと何故思えない?何故すぐに優劣をつけたがる??だいたいねえ、、ただでさえ、生きてるだけで肩の荷がこれでもかってくらい重いから。押しつぶされないようにずっとずっと堪えてんの。疲れてんの。脳天気にヘンラヘラヘラ笑っていられる気分じゃないから。俺の口角は基本、下がっている。基本、眉は怒っているか何かを決意している。基本、目は死んでいるか何かを睨んでいる。基本、男顔で薄幸顔。顔相的に見ても、愛嬌者の「愛されフェイス」じゃない。だが、それでいい。それだからこそいいの。問題ない。
2009.09.06
俺を女(メス)だと思って接してくる男がうざい。「男に生まれたかった性同一性障害の女の人」だとか勘違いされるのもうざい。「この世の中には男と女しか居ないからさ~」とか、したり顔で言ってくるやつもうざい。別に男になりたいわけでも、女が好きなわけでもねーよ!!勘違いスンナ!!!それ以前に、そもそも「男」だとか「女」だとか、そういうジェンダー意識そのものが極度に希薄っていうか殆ど持ち合わせ無いような人間ってのが存在すんの!世の中には!数は少ないとしても確実にな!!男だの女だのっていう構えた目線で他人を見ないし、見られたくもないっつう人間がいんの!!!そんくらい知っとけ、狭い枠の範囲でしか人を見れない無知どもが。お前が俺に性的魅力を感じるか否かを、いちいちお伝え頂かなくてけっこうです。そんなこと誰も聞いてません。手前勝手な主観押し付けて、残念な子みたいなレッテルを人に貼るな。喋り方まで口出しスンナ。俺をお前の美的感覚に合うように変えようとするな。私はこのままの自分を、とても気に入っているのだから。私には、色気もセクシーさも無くてけっこう。生活するのにまったく困らない。むしろいらない。性別を感じさせない、生き物っぽくない無機質なのが好きなの!私は!私はそうでありたいの!!その方が私にとっては自然で楽な状態なの!!!外面的にも精神的にも、女らしさや女っぽさを、期待されたり強要されるのが苦痛で仕方ない。男らしく女らしくより、その人が「自分らしく」生きていられることが一番大切だろうよ、人間は。色んな意味でマイノリティな人々は、そこかしこに人知れず存在する。少数派の価値観を受容できない社会に、真の平和も平等も永遠に訪れることはねーよ。別に無理して人の価値観や感覚に同調する必要はない。けど、存在を嫌悪したり否定したりするのはいかんと思うんだ。是か非かでなんでも分けようとするのは人間の悪い癖。そういう思考癖は差別と偏見の元になって、いらぬ悲しみを生むだけだよ。男でも女でもどっちでもない。私は私。
2009.09.05
なんですか?私の心の声、いつ盗聴されましたか?っつうくらいに。今の心境に、シンクロしている。------------------------------------------------------------- 見えているものが、存在していないかもしれない。 そんな不安定な世界をひとりで歩く怖さを、 わかってくれる人は、誰も居なかった。 +++ 田沼はたぶん見えるんだ。 だとしたら…、俺にとって、初めての仲間だ。 +++ 上手く言えないけど、最近、わかってきたんだ。 人だろうと妖だろうと、 触れ合わすのが、心であるなら同じだと。 ひとりで居るのが寂しくなるのも、 最初の一歩が、怖いのも。 +++〔夏目友人帳 第3話「八ツ原の怪人」 夏目貴志モノローグより〕
2009.09.04
錘を背負って絶望と希望の狭間で戦ってる人間にしか惹かれないぬるい環境で幸運に胡坐かいて生きている人間に用はない暗闇の中で、届きそうもないほど彼方にある光を、それでも必死に掴もうと腕を伸ばす人間こそ愛おしい------------------------------基本個人主義な生き方だけど、時々は、心が安心して還れる場所は必要だなと思うようになった。よし、決めた。生きる上での礎となる人間関係を再構築しよう。運命共同体と呼ぶに値する、同魂たちと繋がろう。思考レベルの低い下衆どもは相手してると激しく消耗するから華麗にスルー。この秋、しあわせがたくさん訪れますように。プラスのエネルギーが内側からどんどん湧いてきますように。
2009.09.01
人の不可視領域を構成するマテリアルを分析するのは面白い。それをもとに人物の相関図を作るのも。特段、見つけようとしていた訳ではなかったが、ひょんなことから、「条件」をかなりの率でクリアする「適格者」らしき者が現れた。 うっかり。死にかけると、いつも決まって想定外の面白い拾い物をする。相変わらず宇宙は、狙ったように量ったようにエサをまいて私の魂をこの地に繋ぎとめようとする。「イイモノあげるから、そうやってふてくされてないで、 腰すえて情報端末としての役目を果たしなさいな」というお達しですか。。えええええええええええええええ~~~~・・・・・めんどくせーよ。やる気ねーよ。おなかイテーよ。 まあいいや、、とりあえず次に進んでみるか.......
2009.08.31
自分を幸せにするのが下手だ。こうすれば今よりずっと幸せになれると解りきっているのに、あえて逆の行動をする自分が居る。適切に治療すれば、容易く治る怪我をあえて放置……するみたいな。あまつさえ、患部をわざと引掻いて血まみれにする様な勢いすらある。幸せになってしまうと、痛みを忘れる気がして、もったいないとか思ってしまう。不幸に見舞われれば見舞われるほど、その種類が多いほど「他者の痛みに共感できるスキルアップだ!得したぜ!ラッキー♪」・・つって、ちょっと自己満足に浸る自分が居る。どんだけ、自分はマゾ・・いや、究極のSなのかと呆れる。しあわせになっても大丈夫。貴重なエンパス(共感力)の力は失われないって確信が持てればわたしは自分に、幸せになる許可を、心から出せるのだろうか。このわたしが、いつ崩れるやもしれぬ断崖絶壁じゃなくて、平地で気楽に愛に包まれてのんびりまったり過ごしている姿なんてイマイチピンと来ないなぁ。。「追い詰められてない、ハラハラしてない、抑圧してない人生。。」そんな生活味わったことないから、ワカンネ。。(´・ω・`)欲しいものを手にして、しあわせになっちゃって、生きることが楽しくなっちゃった私になんて、なにも価値がなくなる気がするから、前に進めないでいるよ。。
2009.08.28
今の自分にとってそれをすることが必要だと感じるから。日記を書く理由なんて、それだけで十分なのかもしれないと思える。今は。今日からこの場所は、文字通りの「HOME PAGE / 私の部屋」にする。ここで語ることはあくまで独り言。箱の中のネズミが迷路の中を右往左往…、袋小路で立ち往生…、進む気力を無くして呆然と立ち尽くし…でもってなんやかやで、やがてゴールに辿り着く様をニヨニヨ観察してみたいっつう奇特なヒトがいるなら、勝手に傍観すればいい。-----------------------------------------------------・太陽アレルギー・ハウスダストアレルギー・花粉アレルギー・猫アレルギー(微)・果物アレルギー・愚民アレルギーの症状が近頃顕著だ。チリやホコリに弱い、ハウスダストアレルギー持ちなのは、大分前に検査して判明したこと。猫アレルギーの気も若干ありっぽくて、でもそんな酷くなかったけどここ最近になって、やたらと肌と粘膜がぽじおの毛に敏感に反応している…ちょっと数日掃除機かけないと、くしゃみ連発、鼻水洪水、眼はかゆくてシバシバ肌はむずむずで炎症、それに伴い気分もイライラしてくる。「だぁあ~!もう!お前けむいし暑いからこっちくんな、あっち行ってろッ」とか言われるぽじおも不憫だ。そんな風に邪険に扱われても、めげずに寄ってくる、けなげなやつだ。早いとこ夏も完全に終わってほしい。ちょっとは秋の風吹いてきたけど。日が落ちてくれないと買い物にも行けん。窓から差し込む光が敵だから家の中すら悠長に歩けん。スイカとかモモとか梨とか、夏に美味しい果物は、唇と食道に蕁麻疹出るから、好きだけど食えない。猫好きなのに猫アレルギーベジの貴重なビタミン源なのに果物アレルギー自然と触れ合いたいのに太陽光線に異常に弱い愚民の発する低レベルエネルギーに汚染されやすく、関わると命削られるくせに、いらん責任感と世話焼き体質発揮でほっとけず、つい深入りする性格。なんだかもう、足引っ張る要素がやたら多くてどうにもこうにも生活しづらくてかなわん。
2009.08.27
低次元思考しか持たない低脳・情弱の地球土着民には関わらない近づかないことにした狭量な世界観の中で這いずり回ってる愚民ども。自分のちんけな物差しですべてを測ろうとする傲慢っぷり表面に囚われて本質をみれないヨゴレ眼鏡っぷり馬鹿丁寧に教えてやっても理解できない低脳っぷりあーもうめんどくさい勝手に同じ過ちを繰り返してればいいよ出口の見えてる迷路をぐるぐると未来永劫彷徨ってればいいよ過剰奉仕はもう辞める関るとコッチノミガモタナイわたしまで汚染される超越・卓越してる人間とだけ接したい
2009.08.25
そろそろ潮時かなと思う。もう無理ぽ。はじめから全部無かったことにしよう。永い間悪い夢をみていただけだったと。ぽじおをよろしくする人、くれぐれもぽじおの世話、よろしくお願いします。どんくさくて手のかかるダメダメな奴ですが、心根の優しい、いい子ですので。重量物・特殊処分品の処理 、 家 具…3.000- テレビ…5.000- ソフアー…1.500- ベット…3.000- 冷蔵庫…8.000- エアコン…5.000-(本体) 洗濯機…5.000- ピアノ…50.000- エアコン…15.000-(取り外し) 布 団…3.000- 座布団…3.000-(5枚組) ※各市町村により飼い主亡き後、残された動物は家財道具と同じ扱いになるのかな…。ま、今のこの国の法律じゃ、そうなりかねないな。動物と暮らす人なら誰しも、生前に、いざという時の引き取り手を確保しておく責任がありますよ。。ぽじおがうっかり、タンスや冷蔵庫と一緒に処分されることになったら堪らないもんねー…なので、宜しくする人、よろしく。
2009.08.18

ちょっと前の白組さん。ぱっとロフトを覗いたら、勝手に二人してこんなポーズでくつろいでた。そりゃ、あわててカメラ構えるさ。 こんなの見ちゃったら。かわうい。かわいすぎる。 狙ってやってるのかお前ら。これこそ、わたしの幸せを絵に描いた様な光景。なのに、、これが今の白組。 くっそ・・・救いようもなくせつねえ絵づらだ・・・・・寒くなってくると、ネガをよく服の下に入れてやった。こんな風に。ネガだとこんなシーンも自然にキマる。かわいい顔も崩れないし。ネガ居なくて寂しかったし、ぽじおもなんとなく寂しそうだったので、ぽじおで再現してみた。そしたらこの顔だよ・・・ ぶっさいよ。同じことしても、ぽじおだとなんか無理してる感が出るのは何故。ネガのようにはいかないな。。いちいちネガと比べたらぽじおがかわいそうだけどね・・・どうしてもネガの面影をぽじおに重ねてしまう。本棚の上、カーテンレールの上、ロフト、玄関マットの上、冷蔵庫の上、ベランダ・・・ネガのよくいた場所が視界に入るたびに、ネガの姿を求めて、ふと動きが止まる。その場所をボーっと眺めてしまう。そこに居るような気がするから?いや、むしろ、そこに居て欲しいから、ついついじっと見ちゃうんだ・・・部屋のどこを見回したって、どんなに目を凝らしたって、ネガはもう居ないのにね。ただ「そこに居る」ネガを、心底いとおしい存在を、当たり前のように、毎日眼にすることができるって、、なんて贅沢で幸福でミラクルなことだったんだろう。。無くしてみて、嫌と言うほど思い知らされています。
2009.04.09

ただいまリアルタイム更新中写真・文章、随時追加されます。2009年3月24日 日曜日 昼12時ネガを火葬しに行きました。((・・疲れた。現在肉体的精神的に疲労困憊状態のため、 書き途中ですが、ここでいったん休憩します。。 回復したら書きますので、(多分数時間後)良かったらまた来てみてください。))ネガの感触を忘れないように、手のひらに刷り込ませるように。何度も何度も、丁寧に丁寧に想いを込めて撫でてやりました。。成猫になっても、顔がち~っちゃくて可愛いかった。両手ですっぽり余裕で包み込めてしまうサイズ。朝起こしに来たネガをおなかに乗っけて、こうやって両手で顔を覆って鼻先から首の後ろまでを何往復も行ったり来たり、しゅわしゅわナデナデするとき。ひんやりした薄い耳をモミモミするとき。すんごく安らぎを感じた。ネガも気持ち良さそうに目を細めてたな。この子は私にとって、宇宙で一番安らぎをくれる存在でした。火葬場には、最後の最後まで私の匂いやぬくもりを感じられるようにと、部屋でしょっちゅう着てる、ブルーのニットに包んで連れて行きました。ブルーはネガのイメージカラーでもある色だから。寒い日なんかよく、このニットの下にネガを入れてやったな。。それがよっぽど嬉しいのか、ゴロゴロゴロゴロずーっと言っていたネガ。深いVネックの胸元からちょこんと顔だけ出して、PCに向っている私の邪魔をしないように大人しくしていたよね。あの時に感じた、私のお腹に伝わるネガの小ささ、ネガの体温、柔らかさ、、一生忘れないよ。棺の中にお花とメッセージを書いた絵馬を入れました。メッセージのことは当日その場で言われたので、何を書いていいか迷いました。咄嗟に上手い言葉もみつからず、ネガへの想いをこの狭いスペースに書ききれるはずもないので、シンプルな言葉だけ並べて、最後に組長命令を出しておきました。『必ず戻っておいで!!』なんだろう、この光景は。。 これじゃまるでお葬式みたいじゃないか。これで本当の本当に最後。 お別れの挨拶をしています。この時自分でも何を言ったのか、よく覚えていません。頭を撫でながら「ねが、ねがー‥‥」ってずっと名前を呼んでいたような。。ネガへの想いや伝えたいことは溢れるくらいあるのに、「ごめんね」とか 「ありがとね」とか 「きっとまた戻っておいで」とか・・いざとなったら、なんかそんな、ありきたりな言葉しか出てこなくて。そもそも自分の置かれている、「ネガの葬式」というシチュエーション自体に現実実が無く、どこかふわふわしてて、チープな映画でも観ているみたいで。受け入れたくなさすぎて、自動的に感情のスイッチが切れていた。死ぬほど悲しいハズなのに、涙なんて一滴も出なかった。「ねがァ‥‥‥」最後のお別れをしてから約1時間半後、、後ろの遺影の子がこうなりました。火葬してくれたおじさんが「女の子だから赤にしましたよ」仰ってくれて、その心遣いが素直に嬉しかった。だけど、まったく実感がなかったです。。これが、、この中に入ってるのがネガ.......?ついこの間まで仔猫だった子が、もうこの姿......?今こうして少し時間が経って、振り返りつつ書いているけどやっぱり現実味が無いし、起きていることの意味が解らない。ネガが死んだという事実を、リアルな感触として心の底から納得できるようになる日なんて来るのでしょうか。来なければ辛い状態が続いてしまうだけで、良くないのは頭ではわかるのだけど、すべてを受け入れて、ネガのことが現在進行形の日常から、過去の思い出に変わる日が来る、、、いつかは来るかもしれない、そんな未来を想像してみたところで、そんな未来なんて、私にとっては今の状況と同等に苦しく辛く切なく、そして怖ろしくて空虚なだけの現実なんです。まだまだこの先何年も傍に居られたはずなのに、、、これからもっともっと楽しい経験を一緒にしていこうと思ってたのに、もう、ネガを思い出にしないといけないなんて‥‥‥そんなの酷すぎるよ。
2009.03.24
今日のお昼12時に火葬の予約を入れています。今、その時飾るネガの遺影の写真を選んでいます。遺影か...............こんなにはやくこの言葉を使うときが来るなんて。遺影の写真選びなんてしたくない。撮り溜めた写真たちを見ていると涙が出てきます。たくさんあるようで、でもやっぱり少ないです。たった3年半しか一緒に居られなかった私たちの日々の記録。
2009.03.23

今日の予定をひとつだけこなした。数週間まともに寝てない思考力判断力停止身体も心もだるいネガのそばを離れたくないそんな状態なので時間ぎりぎりまでネガ撫でながらベッドでグダグダしてた。適当な言い訳して約束を変更してもらうかいっそドタキャンしてやろうかと考えてたけどネガを失った悲しみ以上に辛いことなんてもはや今の私にはあり得ないんだからだるくてもしんどくてもネガを失ったのことの苦しみに比べれば、別にこんなの大変じゃないと思い直して出かけて来れた。そして、任務完了。意外と楽にこなせた。ただ。ひとつの事をこなすだけで精一杯。まだまだやることは残ってる。明日に備えて準備しないといけないことも山積してる。なのにやっぱり頭がはたらかない。行動する気力も体力も無い。ついついネガを見てしまう。今ネガはロフトに横になってる。ロフトが大のお気に入りだったもんね。ここでいつも私と一緒に寝ていたよね。ぽじおはしっこするからロフト立ち入り禁止だから、私とネガだけに許された至福の場所。ネガが居てくれたおかげで私にとって、「天国に一番近い場所」になりました。このロフト付デスクは、白組が昇り降りして遊べるようにと思って買ったんだよ。おてんばで利口なネガは私の期待以上にこのロフトを毎日毎日活用してくれた。ありがとう。嬉しかった。ロフトに上がるのも梯子だけじゃなく、他にも器用に家具やカーテンレールをつたって来るルートを自分で発見したよね。今夜がネガは最後のロフトでのうたた寝になるんだね。明日の夜からは、ここで私一人眠る・・・んだ・・ああ、だめだ。。想像しただけで鬱になる。そんなの寂しすぎる。いっそ私もネガと一緒に、明日火葬場で燃やされたい。
2009.03.23
今日もやらなきゃならないことが沢山あるのに頭が働かない。心がついてこない。子猿が死んだあと、生前と同じようにその子を胸に抱いて連れ歩いてだんだん亡骸がボロボロになっていっても離そうとしない母猿。テレビで何回か見たことある。今のわたしはあれにそっくり。トイレと風呂のとき以外はネガと離れるのがいや。ずっと抱いていたい。触れていたい。遅くても明日には火葬しなければならない。それまで一時でも長く、ネガの毛のやわらかさを感じていたい。同じ白猫でも、ぽじおより少し毛足が長くて、つやつやですぺすべのシルクみたいな美しい毛並みの感触が大好きだった。ネガをなでているときの至福。目を閉じて、気持ちよさそうに喉を鳴らすネガ。そのゴロゴロ音に癒される私。燃やしてしまったら、ネガとのあの幸せな時間はもう戻ってこない。は?なにそれ。。なにその現実。意味がわからない。目の前が暗い。
2009.03.23

ネガのために泣いてくれた人私以外に3にん居たよ。よかったね。ネガ。
2009.03.22

今頭が働かないので文適当です。アップして張るのが精一杯。この画像は公開すべき?スベキジャナイ?はんだんのうりょくすらない。現実味が無いので人事のように言ってます。ぽじおもまだよくわかってないぽい。ねがみ動かないよ。なんでだ。あーそうか。死んだからか。死ぬと動かないんだね。へんなのーあたりまえかーー↑の数分後 ぽじおねがみのにおいかぐ。 「くんくん。」そのほっそいうでに、ネガは点滴の針さしてがんばったんだよ。わかる?ぽじお 「おーい。ネガぁ~おきろよお」 「へんだなーネガってば、じっとしてちっとも動かないや」どした?落ち込んだの?意味解ったの?お前が下敷きにしてるのはネガの検査結果の紙だよ。白血球とかGTなんちゃらとかの数値の一覧。先生がくれたよ。わざわざコピーして。もう、どうでもいいものになっちゃったけどね。かわいいでしょ。ネガの肉球。華奢でちまっとしてて。黄疸で黄色くなっちゃったけど、ほんとは綺麗なピンク色してるんだよ。わたしネガの、この小さな手ひらがとってもとっても大好きだった。自分の手じゃないけど、「自慢の手」だった。いつかみんなに見せようってずっと思ってたんだ。点滴の痕。ごめんね。痛かったね。不快だったよね。ごめんねネガ。 ぽじお、なんだその微妙な距離は。やっぱりなにかネガにただならぬ異変を感じてるんだろうね。 ああ、やっぱりかわいいな。いとおしいな この腕この両手。離したくない、無くしたくないよ。 ポジの手とネガの手。(とついでにくみちょの手)ポジおの手は横に広くて肉厚でボテっとしてる。ネガは縦長の薄くてやわらかい女の子の手。ネガの肉球もこんな風なピンクだったんだよ。正確には、ポジおよりも、もうちょっと淡いさくら色でさ。 ネガが死んでも、白組はこれからもずっとずっとずっと一緒。3人でワンセット。手と手をつないで、生きていくんだぜ。
2009.03.22
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話しかけてもなでてもほとんど動きがない反応が鈍い。まるで人形のようだ。
2009.03.22

目の淵・唇などの粘膜の部分や白目それから耳や肉球が黄色くなっている。黄疸の症状。写真だとよく見えないが、実際はもっとはっきり黄色くなってるのが解る。ちょっと前までは普通に元気だったのに、あれよあれよという間に「病気の子」になってしまった。腕の点滴あとの包帯が痛々しい。あんなに溌剌として俊敏だった動きも今は鈍くて、見るからにしょんぼりしている。本来おしゃべりでハキハキした子なのに無口になったし鳴く声も小さくか細い。まだ4歳にもなってないのに。ぽじおもやっぱりそれなりに心配しているみたい。病院から帰宅後、点滴効果で食欲が出たのか、ほんの少しだけど、ご飯を食べてくれた。ほーんとにちょぴっとなめる程度だったけれど数週間ぶりに食べる気になってくれたことが嬉しくて慌てて撮影。もう一人の元気な子が、いつものごとく食べ残しに興味を示して近寄る。お前はいーんだよ、お前は。シニアの域に入ったってのに未だ衰え知らずの食欲なんだから。。・・・という動画。↓
2009.03.09
今日動物病院に行ってきました。ねがみ連れて。血液検査の結果、白血球の数が異様に増加していました。それから腎不全・肝障害も出てました。心配していた、FeLV(猫白血病ウイルス)及びFIV(猫エイズ)は、今のところ、陰晴でした。ただ、今後、陽性を示す可能性もあるので油断はできないとのことでした。。予想していた事とはいえ、やはりショックです。採血して結果を待つ間、待合室で泣きそうになりました。けど、泣くと余計辛いし、現実に屈したみたいでイヤなのでグッとこらえました。病状が、かなり進んでしまっているため、すぐにでも治療を開始しなければ、、ということで明日から毎日通院することになりました。朝一で病院に預けて、点滴をしてもらって、夕方お迎えに行く日々に突入します。家族も恋人もいない私なので、誰にも頼らず、自分独りでこの子を守らなくてはなりません。色々な面で負担が大きく、不安で一杯ですが、わたしも、もちろんネガも絶対に、この現実に負けたりしない。きっと大丈夫。すべては上手くいくって信じてます。
2009.03.07
まただ。言葉が出てこない。声にならない声が喉元で詰まる。表現されずに抑圧された感情エネルギーは、身体の疾患に形を変えて噴出する。プライベートを語らない私が、こうして日記を綴り始めたのも、度が過ぎる自己制御と感情の抑圧がもとで病んでしまった体を少しでも癒すために、鬱積した想いを解放する場が必要だったからだ。表現エネルギー=感情のエネルギー感情を乗せない、単なる知識や情報の伝達は本当の意味での表現とは呼ばない。本当の表現は、自分以外の誰かの感情を揺り動かし行動に変化をもたらす。ある者の表現力は、別の誰かの表現力の産物によって触発される。それがわかっているのに、語ろうとする意思に反して沈黙するのはなぜだろう。幼い頃からの私の悪い癖だ。息苦しい。想いが棺の中でうずくまる。生きながらにして死んでいる。ひと眠りして、言葉が降りてきたら書き直そう。。【2月5日追記】眼に映る現実が、どんなに絶望的に思えても越えられない壁が立ちふさがっていてもわたしは絶対にあきらめない。この苦しみは最大級に幸せになるための通過儀礼。「逆境」を望む未来への架け橋に。「絶望」さえも味方に。信じる以外の選択肢なんて捨てちまえばいい。微塵も疑いようもなく信じ貫くことができれば、やがて重い扉は開く。きっと奇跡は起こる。
2009.02.02
雨降りの日の決まり文句「生憎のお天気で・・」あれが昔っからどうも気に食わない。わたしは雨のことを疎ましく思ったことも憂鬱になったことも無い。雨大好き。雨の日は心が和む。朝起きて雨音が聴こえると得した気分になる。今日、所用で出かけた際に持ち前の驚異的な方向音痴を発揮して、目的地にたどり着くまで町中を1時間以上彷徨っていたおかげで、服もブーツも中までびしょびしょになったがそれでもなんら不快に感じなかった。雨の中迷子になってる状況が客観的にみて愉快で不憫でアホらしくて、むしろ、傘などささずにそのまま歩きたい衝動に駆られるくらい良い気分だった。ただ、実行してしまうとその姿を見た人に、レイープされて放心状態でずぶ濡れになりながら町を徘徊する可哀想な子だと勘違いされるといけないので、空気を読んで自重した。わたしのようにおてんとう様が苦手な人間にとって雨の日は味方だ。冬に日傘は目立つのでどうしても憚られるが、雨ならば堂々と傘をさして歩けるのがいい。植物に、動物に、田畑に、命の源をとどけ、この世の不浄なるものをすべて洗い流してくれる、天の恵であり、天然の浄化装置である雨。澄み切った空気を肺いっぱいに吸い込むと体内のさまざまな淀みまでリセットされる気がする。鼻腔を通る優しい冷たさに、こころが癒される。薄暗さゆえ、まだ午後三時だというのに街頭が灯されるのも、非日常の趣を感じて胸が躍る。だいたい!空から水が降ってくること自体、おもしろすぎるだろう。単純にそれだけでわくわくする。空から水が降られては、社会生活上なんやかんやと不都合が生じることが多いのは事実だが、わたしは、それでも雨=「ぐずついた」or「あいにく」or「残念な」お天気などど簡単にくちにして欲しくないと思うし、そういう表現が当然のように定着している事の方が個人的にはよっぽど「残念」なのである。雨を悪者にしたらかわいそうだ。雨のせいで家が流されたとか崩壊したとか大事な人が命落としたとか人生が狂ったとか、生活が立ち行かなくなったとか.....そういう甚大な被害に見舞われたことがある人にだけ、許される表現ってことにしたらいいのにさ。わたしにとっては、晴れの日も、曇りの日も雨の日も、雪の日も、台風の日も・・・ぜんぶぜんぶ良い天気そう思える感性を持っていてヨカッタと心底思う♪これも天がわたしに授けてくれた恵じゃわいの!!
2009.01.30
無意識のうちにイバラの道へイバラの道へと進むタイプの人間がいる。人生で穏やかな状況が続くと、顕在意識では幸せに感じていても、もっと心の深いところで退屈してしまい、無意識のうちに、自ら不幸をつくり出したり、トラブルを招きよせるタイプの人というのがいる。周りの人間に「よせばいいのに、なんでわざわざそっち行くかな‥」なんてヒヤヒヤさせる感じの。経験則から言っても運命傾向的にみても、私はまさしくこのタイプである。波乱万丈。天国か地獄かの二者択一しかない人生。それが宿命。安定した平穏な日々を送ることを心から望んではいるが同時に、安穏とした日々とひきかえに失ってしまう感覚があることを本能的に恐れている。それは、向上心とか感謝の念とか、あるいは「こころの痛覚」といったもの。想う力、感じる力である。ぬるま湯に浸かったままだと感性が鈍る。起伏の無いハイキングコースをのんびり歩くのと、猛吹雪のチョモランマに登頂するのとでは得るものも喜びも桁が違い、そもそも「得るもの」の質自体違ってくる。だから、より多くのことを感じ、学ぶためにあえて平穏を打ち砕くような出来事を自ら招きよせて波乱のドラマを創り出す。ほとんどの場合本人も無自覚なまま、自然発生的に事が起こるので、「なんでこんなことになるのか....」などど、己の不遇を嘆くのだが、実は、自分が深い部分で望んだからそうなっただけ。だったりするのである。まあ、そうは言ってもなんせ無自覚なのだから、大抵の人はすぐにその事実を受け入れられやしないのだが。自覚して一応納得している私でさえ、つらいものはつらいしコントロールも難しいのだ。運命の謎が解けたところで、辛いものは辛い。苦しいものは苦しい。嫌なものは嫌。もしも「5分後に転んで怪我をする」と予言できたとろで、現実転べば、ただ普通に痛いのである。私の場合、そこにS的な性質も加味されている分、余計タチが悪い。「究極のS」は「究極のM」にも成り得る。何故なら、加虐心の矛先を自分自身に向けてしまうから。。人生、血反吐吐くほど戦ってなんぼだ!!!血反吐を!もっと俺に血反吐を吐かせろ...!!!! そんな気分。心がそう叫ぶのである。なのに、実際血にはめっちゃ弱いとか。ちょっとでも血を見ると血の気が引いて気分が悪くなるとか。....そういうのは内緒だ。ああ、そういえば、子供の頃やってたリカちゃん遊び。やたらとリカちゃんを苦難に遭わせる展開ばかりしていたが、あれは、後々の人生の暗示だったのかもしれない。三つ子の魂百までというけれど、人生に対する姿勢や思想の基となるものがそのころ既に、おぼろげながらも私の中に存在していたのだろう。うっわ、こえーーーー・・・・なにこの「持って生まれたシナリオからは逃げられないよ」的な、「人は自分で予想した以上の未来(現実)は創れないよ」的なのっぴきならないこの感じ。
2009.01.26
保育園のころ、リカちゃん遊びをよくしていた。お友達とかわりばんこに話の進行の主導権を握るルールなのだが、お友達がメインのときだと、たいてい「ご飯が出来ましたよ♪」とか「パーティーに行くからドレスを買いに行くの♪」とかそういうセリフしか言わないのでつまらない。ならば話が広がるようにと、車という素敵アイテムを出してあげるのだが、やっぱり「この車かっこいいね!」とか「ドライブに行こうよ。」みたいなありきたりなセリフしか出てこない。「(いや、ここはリカちゃんが 交通事故に遭うことにした方がおもしろいのに‥)」なんて内心ものすごく思うのだけど、主導権はあっちなので言わない。ちゃんと空気を読む子なのであった。けど本音は私からしてみたら、なんのドラマ性も超展開も無いリカちゃん遊びなんて、ひどく退屈なのである。なので私のターンがくると、がぜんテンションが上がる。セリフもほんとんど私がお友達に割り振って進行する。ある日突然、書き置き残してリカちゃんの母親が失踪し、歳の離れた妹(赤ん坊)の面倒を一人で見る羽目になったり、自分と家族に血の繋がりがないと知ってショックのあまり、リカちゃんは非行に走るも、紆余曲折のすえ最後には母の涙に心を動かされて更生したり。ファミレスのセットを舞台にすれば、店に強盗が押し入り、バイト中のリカちゃんを人質に立て篭もるが、リカちゃん決死の説得によって犯人は自首、で。無事事件解決。だったり、経営難でこの店を閉じなくてはならないかも‥と告白する母に、「だって、このお店はママの夢だったんでしょ!?なのに簡単にあきらめたらダメよ!!私たちできっと守って見せるから!!!!」・・・・とかなんとか、リカちゃんがこれまた涙ながらに訴えるのである。あと、親の死に目に間に合えない、人気女優のリカちゃんの話とか。親友に恋人を盗られ人間不信に陥るが葛藤の末、笑って二人の幸福を祝うリカちゃんの話とか。なんかそういうシチュエーションの。リカちゃん遊び。これって、珍しいのか、誰でもみんなやることなのか、未だによくわからない。
2009.01.21

羞恥、疑問、反発、葛藤、そして決意。4歳児の内面で繰り広げられたこの世の不条理との戦い。+++「かんぷまさつ」はだいじなこと。からだをつよくするためだから、これはいいことなの。はだかになるのはちょっとはずかしいけど。。せんせいたちならまだへいき。いつもみられてるからもうなれた。でも、たくさんの、しらないひとたちのまえではだかんぼうになっておっぱいみられるのはいや。すっごくすっごくすっごくいや。わたしおんなのこなのに、こんなはずかしいことをなんでしないといけないのかな?おかあさんはこどもだからへいきっていってたけどわたしちっともへいきじゃないよ?へいきじゃないのに、へいきってかってにきめるのはおかしいよ。でも、やらないといけないんだ。だって、わたしはまだ「こども」だから。「こども」は「おとな」にいわれたことはやらないといけない。どんなにいやでもはずかしくてもおとなのひとのほうがまちがってるとおもっても「よのなか」にはやらないといけないことがあるんだ。やるからにはがんばろう。せんせいが、げんきよくね!ていうからげんきよくやろう。タオルでこすって、おおきなこえで「イッチ・ニ!イッチ・ニ!!」はずかしいけどはずかしくないふりをしてへいきなかおでがんばらなくちゃ。+++「みんながぁ、いつも元気に乾布摩擦をがんばってる姿をッ☆ いい機会だから、お父さんお母さんにも見てもらいましょうね~♪」的なことなのだろう、この演目を運動会のプログラムに加えた目的は。幼児の情緒面での発達状況として、4歳児ならばまだ、衆人環視の中で裸体を晒すことに羞恥など感じるわけがないという認識なのだろうか。他の子たちはなにも感じなかったのだろうか。こんなこと考えてたのわたしだけだったのかな。当時は、運動会を見に来た客たちがこちらの葛藤をよそに「まあまあ、みんなはだかんぼうさん^^ 元気ね~♪こどもらしくていいわ~♪可愛いわ~♪^^」とかなんとか歓声をあげながらニヤケた顔でじろじろ見てくるのが、屈辱で悔しくてたまらなかったのであった。大人になった今なら、微笑ましい光景に自然と笑顔になっていた父兄側の気持ちもわかるのだが。未来、タイムマシンがお手ごろ価格で発売されたら、当時のわたしに会いに行って、「わかるよ。他の大人たちは気づかないかもしれないけど、 わたしは○○ちゃんの気持ちわかってるからね。 我慢してよくがんばった。えらいね」と言ってあげよう。誰にも気持ちを理解されない孤独の中でそれでもけなげに頑張った彼女の心の氷が少しは溶解されるだろう。こどもは、おとなが思っているほど「子供」じゃないのである。たのしいみんなの運動会での乾布摩擦という、「子ども風の子元気な子アピール」的な演目の最中、人の世の無情や厳しさについて想いを巡らしている子もいるのだ。・・・かなり稀なケースかもしれないが。こどもの感性をナメてかからない方がいい。当時の写真。固く結んだ口元から不本意と忍耐がにじみ出ている。
2009.01.16
瞼が痙攣している。左目の。もう何日もおさまらない。この、症状が出たのは、いつ以来か。かなり久しぶりだ。一般的に小児期に発症しやすいとされ、緊張や不安など極度のストレスによって誘発されるチック症の症状のひとつである。子供の頃は年中なんかしらのチックの症状が出ていた。まぶたの痙攣の他にも、まばたきを異常にパチパチする癖とか、口を無意味に開けたり歪めたりするとか、鼻を鳴らしたりとか。成長するにつれて現われなくなっていった症状であるがここ何週間か、幼少期の記憶が次々浮上してきている事に加え、先日の、母の嫌がらせ行為による精神的ダメージがスイッチとなり、記憶とともに眠っていたチック症まで蘇ったということなのだろうか・・?母登場の精神的ストレスは過食モードにもスイッチを入れた。ここ数日は食べまくりまつりであった。昨日など、起きている間中、ひたすら何か口に入れていた。買いだめしておいた大量の海苔を、気がつけば3時間も食べ続けていた。野菜も果物も炭水化物も、いつもなら気を配るはずの食べ合わせや食べる順序や時間帯のルールを一切無視して、ただひたすら欲するままに貪り食って胃にぶち込んでいた。いくら食べても食べても、満腹感や充足感は得られない。体の飢餓のためでなく、心の飢餓を埋めるための、明らかに間違った食べ方。異常なまでの食欲。でも、まあ、それも昨日まで。おかげで、ストレスさんは大分発散されたらしい。代償に脂肪という名のお土産を残して去って行った。予期せぬトラブルが続いて、大分調子を狂わされたが、今日からは戦闘モードに戻して規律正しく生活いたします。そうすれば、瞼の痙攣も自然におさまってくれるだろう。
2009.01.14

「ぽじお。」「ぽーじーお~~~。」「おいコラ、もげお。」「水だ。飲め。さあ飲め。今すぐ飲め。ありがたく飲め。」「ぽじお、ちょっと来な。」「邪魔だ。来るな。」「あっちいけ、外でも眺めてろ。」「近い。うざい。」「なんだ。気安く触るな。」「お前、ぶつよ。」「捨てるよ。」「ほんっと馬鹿だな。」日常的に我が家を飛び交っている言葉。怒っていようがいまいが、一事が万事、うちではこんな調子。ぽじおも心得ていて、こんな言い方をされても不必要に怯えない。私が怒っていなければ、叩かれたとしても、逃げようとはしない。逆に、怒っているときは、静かに名前を呼んだだけでも脱兎のごとく逃げていく。甘さ皆無の、物切れな言葉(と声)の裏に隠れた、感情の微妙なニュアンスを瞬時に察知するようだ。怒りモードか通常モードか。はたまたご機嫌なのか。。きっと他人が聞いたらどれも同じ、半分キレ気味調の「おいコラぽじお。」にしか聞こえないだろうが。ねがみも今じゃずいぶんと慣れたものである。ねがみに対しては、ぽじお程はぞんざいに扱わないが、時折気まぐれで唐突に背中を「バチバチバチ!」と連続殴打をしてやる。なぜそんなことをするかと言えば、理由はひとつ。リアクションが可愛いから。体を縮めてきゅっと目をつむり、されるがままに叩かれているのだが、手を止めて顔を覗きこむと、その顔がカワオモしろい。なんというか、、「腑に落ちない」といった顔をする。「・・・・なに。今の。痛いんですけど。」「なんで叩かれた?わたし。」「はぁ。もう、やんなっちゃうなあ。」とでも言いたげな、あ然、ぼう然、憮然、放心、困惑の気持が入り混じったようなきょとんとした微妙な顔をして私を見る。「やれやれ・・・」みたいなまるで人間のような表情を浮かべるのである。それでも決して怖がることはなく、その場から逃げようとも隠れしようともしない。悪意も敵意も、まして危害を加えようという気などまったくないのが、わかるからこそなのだろう。信頼関係の成せる業か。それにしても意図を説明されなくてもちゃんと「わかる」のだから凄い。動物は言語に惑わされず、相手の心の色が読み取れる素晴らしい能力を持っている。人間は言語を有するがゆえに、それに囚われすぎて、ともすると皮相的な見方で人を判断していまいがちだ。声のトーンだの、言い回しだの、表情だの、態度だのだけに気をとられていると、かえって本当の心の色は視えてこない。彼らに倣って、五感だけでは感じ取れない領域にこそ存在する、相手の「真意」や「本質」を見抜く能力を磨いていきたいものである。
2009.01.11
非常に不愉快である。ヒト科・ヒト属・ヒト種に属する生物の一固体であるY子。これは、わたしの生物学上の母親にあたる者だが、相変わらずの浅はかさ・思慮の浅さ・学習能力の無さには呆れるを通り越して哀れみすら覚えるほどである。なにやら新手の嫌がらせを始めたようだ。彼女の足りない脳では気遣いのつもりらしいが、わたしにとっては、安眠を妨害されたうえに過度のストレスを与えられて情緒を掻き乱されるのだから嫌がらせ以外の何ものでもない。労わらなければならない虚弱な胃腸の調子が益々悪化する。キリキリと胃痛がする。おそらく、胃から出血しているだろう。今後も同じことが繰り返される様なら、鍵の交換を考えねばなるまい。この次勝手に侵入しようとすれば、通報も辞さない。本当に必要なとき、目の前の課題と真剣に取り組まずに、夫と子供に背を向け、「家庭」という最も重要な生活の基盤を、健全に維持する努力を怠った君が今更、、家族ごっこ・親子ごっこをしようとしても遅いのだよ。今やわたしは、彼女に対しては、憤怒と侮蔑の感情しかない。かつて、彼女が私に対してそうであったように。声を聞くだけ、姿を見るだけで嫌悪が身体中を走る。彼女の遺伝子を引き継いでいるという抗えない事実を思い出すたび、自分という存在を抹消したくなる。ここ数日、過去の忌々しい記憶が滲み出し、寝ても覚めても過去の幻影に苛まれる日々が続いていた。それらを振り払うのに大変苦慮していたが、なんとか自分の中で折り合いをつけて制御した。無理が祟って、崩していた身体の調子もようやく戻り、いざ!また新たに前進だ!・・・・というときに、現実でまで現われてこられては、ほとほと気が滅入る。わたしはいま、そんな無駄なことにエネルギーを消費している場合ではないのだ。
2009.01.09

自分の限界を知らなさ過ぎるのだろうか?せっかくいいこと思いついて、気分も盛り上がっていたのに、今朝また倒れてしまった。体調が回復しないので、仕方なく今日は昼間はずっと横になっていた。やるべきことは山済みで、寝てる暇なんて無いのに。。昼間寝てしまうと生活のリズムが狂って夜寝られなくなるのに。。なんか出鼻をくじかれた気分になって凹んだ。11月には生きる気力が無さ過ぎて満足に食べていなかったので栄養失調と貧血と心労で倒れた。今回は、生きることに必死になり過ぎて頑張りすぎて体に負担掛かり過ぎて倒れた。なんだかんだで結局倒れているような。。。ほどほどってもんを知らない性格が災いしているのだろう。いや、そもそも精神と肉体の強度の差がひど過ぎる。鋼で出来た不屈の精神と吹けば飛ぶ紙細工並の体。あのこれ、明らかにソフトとハードで規格間違いだと思うんですけど、どこにクレームつけたらいいですかね?・床でうんこをしてはグーパンチされるぽじお。・クリスマスに布団でしっこしてこっぴどく叱られて、 ついにロフト絶対禁止令出されたぽじお。・そして布団も暖房も無い和室で独り寝る羽目になったぽじお。・呼んでも長に無視されるぽじお。・歩行の邪魔だと足げにされるポジお。・それでもなにかと長にひっついてくるぽじお。・ご飯はたいがい、ねがみの後。たまに自分の分を忘れられるぽじお。・今年も知らぬ間に爪が同時に2本もげていたポジお。・寝顔がマヌケなぽじお。・ぽじおがしたうんこを埋めてあげようとする優しいねがみ。・ポジおが中に居るときに和室の扉が閉まっていると 戸口の前にじっと座って中を気にしている優しいねがみ。・背伸びしてふすまのノブ的な部分に手を伸ばして開けようと試みる賢いねがみ。・「ポジが出られないみたいだよ~」と長に教えに来る優しいねがみ。・毎朝、下とロフトを何往復もして組を代表して長を起こしに来るねがみ。・ビニールを美味しそうに食べては気持ち悪くなって吐く癖のある味覚のオカシイねがみ。・寝てても起きてても可愛い顔が崩れないねがみ。この先どうなるかわからないけれど、ここに、こんな小さな幸せがあったこと。 それだけは確かだ。
2009.01.06

自分の中の「陰と陽」「ポジティブ&ネガティブ」特に「無気力・怠惰・せっかち属性」と「努力・勤勉属性」との、相反する両極端な性質のバランスをとる方法についてこれまでずっと模索してきたが、ついさっき新しいアイディアを二つ思いついた。一つは以前からやっていたものを応用したものだが、これまでのやり方よりもずっと、良い意味で未来に干渉できる建設的な方法だと思う。さっそく今日から初めて、様子を見てみようと思う。もう一つは、思考を移植するパターンの応用。よくある高次の自分にコントロールを任せる方法だと私の場合はうまくいかなかったので、第三者の思考形態をトレースするやり方に切り替えてみることにした。対象となる第三者を○○さんにすれば、私の具現化した世界と、○○さんの中にあるビジョンを一致させてベクトルを同一方向に向けさせるのにも役立つはず。どちらの方法も使いこなせれば、継続させることにより、前進するのにネックとなる性質を抑え、長所を最大限に発揮させ、良い流れを作り出す有効なテクニックになるだろう。行く道が大きな岩で塞がれて、進むのが困難ならば、岩の反対側からもこちらに向かって掘り進めればその分早く道は貫通する。昨日たくさん泣いて、絶望して、考えて、またいいこと思いついちゃった。やっぱ、俺、追い詰められた方が伸びるタイプ。------------------------------------------------------------うちの陰さんと陽さんは元気だ。
2009.01.05
もういやだもういやだもういやだ。ものすごいタイミングで、狙ってるとしか思えないものを投下するのやめてください。保育園児以来はじめて声を出して泣きました。わたしはいつも泣くときは声を出さない。生きてきて泣かなかった日なんて人生の半分も無い位毎日毎日泣いてるけど、どこでも、どんな時でも、絶対に誰にも聞こえないように、独りで声を噛み殺して泣くのが癖。号泣して涙がどんなに大量にこぼれても、音は鼻水すする音くらいしか絶対に出さない。嗚咽なんて意地でも漏らさない。幼い頃、わーわー泣けば泣くほど「うるさい!泣くな!!」と言って、また余計に殴られるだけだった。身を守るために私は人前で泣くことを止めた。生理現象として涙腺の決壊は止めようが無いとしても泣き声だけは発してはいけない。たとえ周りに誰も居ないときでも。いつの間にか、そうするのが当たり前になった。そんな私が、さっき、、声をあげて泣きました。もうやめて、もうやめて、もうやめて、もうやめて!!!!!!ありえない。なにこの小説みたいな展開。感情が揺さぶられ過ぎて息が苦しいよ。泣きすぎて頭痛がする。吐きそうだ。もういいです。わかりました。なんか全部分かりました。明らかに運命のでっかい波がやって来てる。巨人の足音みたいな轟音が聞こえる。望みはあと一つだけ叶えばいい。やっと見つけた鏡の自分。私の半身である他人。魂の双子明日から氏神様にお百度参りをすることに決めた。叶うのならなんだってする。支払う代償はなに?寿命でも捧げたらいいですか?命一個分で足りないのなら、来世の分まで掛けてやるよ。
2009.01.04
DNAだか初期設定だか後天的だか先天性だか体質だか知らないが、頼むから、お願いだから、これ以上、私の邪魔をするな.............!!!!!!!!精神を鍛えるためにそういう設定になってるのは分かってる。だけど、もう、十分だろう?これ以上、心ばかり強くしてどうしろと?ここは三次元。肉体という物質を用いて、時間と空間の壁を越えなければ何も表現できない。魂の輝きだけで存在を証明できる便利な世界じゃねえんだよ!!!!!!!!!!!!!これ以上、どんな対価を払えば望むものを手にする権利が与えられる?自由? 愛? 時間?既に不自由な生活強いられているじゃないか。今まで生きてきて味わえた愛情はスズメの涙ほどだ。時間だって恐ろしいほど削ってじっと耐えてきた。もういいだろう。いったい何をさせたいんだよ。意味わかんねーよ。絆の在りかを思わせぶりにチラつかせておいて、そこに至る道を塞ぐような真似を何故いつもする?隘路だってかまわない。とっくに覚悟は出来ている。だから、せめて、道を塞ぐのだけは止めてくれないか。
2009.01.04
早く寝たいので箇条書き。(ここでしか言えません。色々とストレス溜まんだよ...)-----------------------------------------------------・「人を愛したい」とか調子いいこと言って 結局は自分が癒されたいだけの甘ちゃん軟弱男。 じめじめといつまでも傷を舐め合って依存し合うことと 精神的に自立した者同士、助け合って生きることとは 根本的に違うってことを覚えて出直しな。-----------------------------------------------------・なんでも人に聞けば答えをもらえると思ってる 自分で考える頭の無い教えてチャン。 少しは自分で調べるとか勉強するとかして、 自分の行き先くらい自力で決めたらいいんじゃない? 人のアドバイス待つより、その方が早いし確実だよ。 お金も浮くよ? その分自分磨きの資金にするほうが有効な使い道じゃない??-----------------------------------------------------・人の表層しか見られずに、 言葉の裏の真意や強がる態度の奥底に潜んだ 不安や寂しさをキャッチする感性が無いだけのくせに、 クールだのドライだの、知った風な顔して一方的にレッテル貼りやがる 薄っぺらかげろう野郎。 そんなんで、お前の好みだって言う 「クールビューティー系な女」の本音が掴めるとでも思ってんの? 笑わせんな。百万年はやいんじゃボケが。-----------------------------------------------------・頼って依存して独りで妄想膨らまして、 勝手に盛り上がってたのはテメーの癖に、 こっちから突き放されたら、悔し紛れに 「貴女を救ってあげられなくて残念。。」とか 意味不明の血迷ったことをほざきやがる、40overの両刀女。 脳みそにウジ沸いてんじゃねーの? 言っとくが私は「生まれたときから女」だし、 女同士で乳くり合う趣味も持っちゃいねーよ!!! 腐った妄想で俺を汚すんじゃねえ。キモイんだよ!! だいたい、自分が誰かを「救う」とか思ってる時点で傲慢もいいとこ。 他人に他人は絶対に救えねーよ。 どうすればいいかの答え知ってるのは本人だけ。 一番の理解者も救世主も、ちゃんと自分の中に居るだろ。 他人が出来ることがあるとすれば、 迷ってる人間の背中を、ほんのちょっと押してやることと いつでも傍に居るってことを示して、安心させてやることくらいだろ。 そんな基本的なことも分かってねー癖に俺に説教すんな、糞が! -----------------------------------------------------俺の世界にこういう奴らみたいな類の人間はいらないから。「賢くて真面目で、心のひだが多くて繊細で愛情深くて、 しかも骨のある強くてかっこいいい人間」しか興味ないから。二度と寄ってくんな!!バーカ。あーーーーすっきりした♪ 寝よ寝よ♪あ、そうだ。この後、自己主張し過ぎの毛細血管と誤作動起こしてる免疫システムたちとミーティングだ。嵐は去ったんだから、いい加減おちつけお前ら。って言ってやらねばな。夢の中で。
2009.01.02
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