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お披露目 & 交流バーベキュー今度の日曜日に、新築なった春日町の家のお披露目&交流バーベキューパーティ-を行なうことになった。呼びかけは結構幅広くお誘いしている。たくさんの方々が参加され、交流していただければ幸いだ。建築に関わった職人連中にも呼びかけた。幅広いジャンルの方々が参加される予定だ。それにしても、最近の肉屋というのは進んでいる。私が知らなかっただけなのか。椅子テーブルにはじまり、箸、お絞り皿、肉、野菜、焼きそば、おにぎり、タレ、炭、コンロ・・・なんでもセットして用意してくれる。実に重宝な世の中だ。大いに交流し、楽しんでいただきたい。
2007/05/31
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GOOD JOB 200727日の日曜日は上記の催しに参加した。学生をはじめ私のようなオジサンまで総勢約30名が参加した。初めての体験であったが、参加する中で年齢は関係ないということを改めて感じるひとときだった。今回の催しを企画し主宰されたNさんの熱意に敬意を表する。そしてたくさんの出会いをいただいたことに心からお礼を申し上げたい。夢を描いている多くの青年に出会え、とてもうれしく思った。
2007/05/29
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産学官島根交流会5/24に、松江市で産学官島根交流会を行なった。今回は30名の参加者であったが、とてもよい交流会であった。昨年8月に行なった東京交流会には24名の参加者であったが、一体感のあるとてもよい交流会であった。1月の東京交流会は40名であったが、8月の交流会のようにはいかなかった。そして今回30名。やはり30名が限度だ。どうもそのように検証できたように思う。以前、80名の参加となったことがあったが、とても相互の交流どころではなかった。50名でも色々島ができてしまって一体感が失せてしまう。思い返せば、どの交流会でも自発的に申し込まれる方の数は概ね30名であった。後の方は、私が参加を促し50数名に膨らませていたように思う。数が多いことが必ずしもよいことではない。今回の交流会では、事情があり早く帰られた方以外は全員の方にスピーチしていただくことができた。それぞれがそれぞれの正体を知ることが大切だ。正体が分かれば交流できるからだ。基本は、なにより中味にこだわることだな。よ~く分かった。東京交流会も島根交流会も定員30名だ。結果としてそれ以下の参加者数となっても一向に構わない。とにかくその方々に思いっきり有意義なひとときを過ごしていただくことに専念しよう。
2007/05/26
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情熱 = 理念人と話していて、今一情熱を感じないことがある。情熱とはなんだろうと考えてみると、それこそが理念によるものだと思う。(と断定して)色々な場面で、ネガな思いをぶつけてこられる方がいる。その人の言葉の向こう側にある思いや状態を見つめてみると、それはその人の恐怖心であることが多い。いや、ほとんどそうだと言っても過言ではない。恐怖心はどこからくるのか?・・・それは無知によることがほとんどだ。つまり、知識がないことからそのことが理解できず、先の予測ができないため、逆に相手に対する不信感という防御反応として現れる。それの正体が恐怖心なのだ。恐怖心を抱いていることを意識していない人が多い。ほとんどは潜在意識の状態でのことなので、分かりにくいのかもしれない。それに、人は、自分を見つめ観察しようとはしない。自分の正体が分からないから、自分に対する恐怖心を持っているのだろう。だから私が、相手の本質に触れることをぶつけるとえらく反発されることがある。逆に、自己をしっかり見つめている方は実に謙虚で本質を語り合うことができる。訳のわからない屁理屈を並べるヤカラも多い。それはおそらくこの恐怖心であり、無意識にそれをカモフラージュしようとする真理なのだと思う。私はここまでやっているのに、あなた方はなんでそれに気づかないの?!とイカって、いつのまにか主導権を握っているやつがいるが、こういうヤカラもどうもあやしいものだ。私に言わせれば、「それならなんで言ってくれなかったんだ!」ということだ。もしみんなでやるべきことであって、みんなが気づいていないのであれば、言ってやればいいじゃないか・・・どうもあやしい。カモフラージュが見え隠れする。何を怖がっているのかな?人間に強い弱いはない。背が低い・高い、高いところが怖い・平気、みんなの前であがってしまう・平気・・・などなど。これらは、人間の強い弱いとはまったくもって関係ない。人間の真の強さとは、情熱を持っていることだ。情熱・・・つまり、確固たる理念を持っていることだ。恐怖心を感じるということは、知識がたりないのだ。判断のキャパが狭いのだ。ただそれだけのことだ。本をしっかり読んだり、建設的な人の話を聞いたり、理解できたら少しずつチャレンジしてみることだ。小さな成功を重ねるとはそういうことだ。「自分に素直に生きる」とは、恐怖心を感じたら素直に見つめてみる生き方だと思う。その原因が必ずあるはずだ。決して人間性が弱いからではなく、知識を欲するサインなのだ。知識がたりないサインなのだ。 恐怖心 = 勉強が足りないサイン私の周りには年齢を重ねても、自分に正直に生きれない人が多い。少し話せばそういう状態がすぐに見てとれる。知識を重ねても重ねても恐怖心が消えない人もいる。知識だけがパンパンな人もいる。それは、知識を得ても、理念を感じ、ムラムラと湧き上がる情熱まで昇華できていないからだ。自分の置かれた現在の環境のせいにする人もいる。被害者意識が消えない限り救いようがない。引っ張り出してあげたいのだが、他人ではどうしようもない。今いるところが自分のいるべきフィールドだ!と思えるところにいないと、にっちもさっちも動きようがないだろう。若いとか、自分に言い訳できる余裕のある内はそれでもよいかもしれない。その内、動けなくなる。恐怖心を感じているならそれがサインだ。自分のフィールドに行かなければならない!という強烈なサインが自分の中で渦巻いているのだ。私の知人は、結構大きな会社の後継者だったが、自分に正直に!ということで安定した地位をさっさとやめて自分のやりたい道を歩んでおられる。その後、苦労もあっただろうが、「これこそがわが道、人生に悔いなし!」と大らかに語っておられた。自分が立つべきフィールドは自分でしか感じ取れないだろう。人間は、自分自身がいつしか妥協した「勝手な概念」という壁を築いてしまう。仏教ではそれを煩悩(ぼんのう)という。自分をごまかしながら生きていかなければならなくなる。かつて、私もそうだった。しかし、図らずも、「勝手な概念」をぶち壊すことができた。今はこうして、自分のフィールドであるべき建築家というステージに乗ることができた。誠に幸せなことだ。自分のフィールドでの苦労は、やりがいや励ましとなるが、自分のフィールドでない場合は、絶望と恐怖が襲ってくる。理念を明確にすれば情熱が湧き出る。あるいは、自分を突き上げるものを見つめていると湧き上がる情熱を感じる。そうなれば理念はおのずと見えてくる。
2007/05/19
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グローバルなシステム島根県中小企業家同友会の年次総会が行なわれ、福島学院大学の下平尾 勲 先生が記念講演された。先生は、地域活性は「よそ者、若者ばか者」が行なう、ということを言われたことで有名だが、今回の講演で、まさしくグローバルな視点で物事を考えていかなければならないことをおっしゃった。近視眼的なものの捉え方ではなく、広く全国へ、いや、世界に目を向けてのわが町の活性化を考えていかなければならないだろう。島根同友会の仲間で、全国へ出て事業を行なっている方も多い。私も、北海道をはじめ遠距離の地域からの設計依頼をいただいている関係で、結構全国の状況を感じる機会が多いが、そういう方々と話をすると思わぬものが見えてくるものだ。まずは、全国どこでも同じ悩みを抱えているということだろう。地域の特性にしたって、人間を中心に見れば、本能的な動きはどこの地域でも同じであることが分かる。システムで考えた場合は、下平尾先生もおっしゃっているが、空洞化した地方があれば、空洞化した過程の本質に目を向けるべきだろう。ミクロコスモスの中にマクロな世界を見る。なぜなら、地方と呼ばれる所の集まりが日本という国の「全国」を構成しているから、どこの地方をさしても「全国」なのだ。地方を見れば全国を見ることになる。グローバルなシステムは常に存在している。水は高いところから低い所へ流れるという法則も常にそこにある。
2007/05/17
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何を言いたいのか意味不明?以前から感じてきたことだが、こちらからの返答に困ることを言われることがある。例えば、経営者と話をしていると苦労話をお話しされる。そういう場合は有益な話が多い。特に創業者は、例外なくよい話をされる。しかし、後継者と言われる方とお話しすると、こちらが混乱してしまうことが多い。どう返答してよいか分からないことがある。いったい何を言おうとしているのか意味不明となる。後継者の苦労はよく分かる。かつて私もそういう立場だったからなおさらに理解できる。しかし、言語明瞭意味不明・・?話をよ~く聞いて、その意味するところを明らかにしていくと・・・「私は社員はどうでもよい!会社はどうなってもよい!」と誠に経営者らしからぬことを言われている。おまけに「私はアホなんですよ!」と威張って言うから始末が悪い。もちろん、表面的な言葉は、このような言葉を発しているわけではない。しかし、よくよく聞いていると、まさしくこのような意味に受け止められるのだ。「私は馬鹿なんですよ!そうでしょコムースさん!」などと同意を求められると、「そうですね。貴方は馬鹿ですね。」とも言えないので頭が混乱してしまう。こいつ何言っているのかな?と頭をかかえてしまう。やれ、番頭がいて親父にはついていくけどお前にはついていかないと言われたとか・・・、以前はこういう会社に勤めていてこうだった。今オヤジの会社に帰ってきたらこういう状態だとか・・・なんやかやと聞かされる。「それで?」と聞き返すと、「だから!」と言って前のくだりが始まる。「お前経営者だろ?」と聞くと曖昧な返事。オヤジはオヤジで、「息子を役につかせて鍛える!と恐ろしいことをのたまう。経営者の覚悟ができていないやからに会社の舵取りをさせる?しかも実践で勉強させる?とんでもないことをおっしゃる。覚悟のないヤツに会社の舵取りを任せる?いったいどういうことだ。とにかく、水は高いところから低いところへ流れる。創業者だろうと後継者だろうと、経営者がトップ、その下に社員はいる。そして社員には家族がいる。10人の社員がいたら、50人の家族を養うことになる。どんなに生意気な社員であっても、そいつとそいつの家族を丸抱えして食わしていくのが経営者。ようするに、経営者に、創業者も後継者もない。社員にとってはどっちでも同じだ。ようするに行く末を任せてよいかどうかを本能で嗅ぎ取る。後継者も、表面的なことに惑わされずに、とっとと覚悟を決めればよい。みんな丸抱えだ!と覚悟を決めればよい。ただそれだけだ。もう意味不明なアホな会話には付き合いたくない。
2007/05/16
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まとめ読書今日は久々に長時間読書をすることができた。やはり読書はいいな~!ジョギングしたあとの爽快感を身体が感じるように、頭が爽快感に満ちている。これだけの長時間は久しぶりだな。それも途切れずに集中してできたことがうれしい。自分との約束の、毎日1時間の運動と2時間以上の読書・・・約束守ります!
2007/05/13
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職人の技は文化私の息子は自分の天職として大工の世界に入った。毎日生き生きと出かけていくのを見ると私もうれしくなってくる。親として、人生を惑う子どもの姿ほど辛いものはないであろう。私は、子供たちが小さいときから、「とにかく夢を描け」と言ってきた。今それぞれが何かの目的に向かって進んでいる。次男が選んだ職人の世界。職人の技そのものがまさしく文化だ。建築の世界に大切な職人の世界はどうなっていくのだろう。もっともっと職人の世界に目を向けていかなければいけない。このところ、職人の世界を広く伝えなければならないと強く思うようになってきた。小樽市には小樽職人の会なるものがある。それは、様々な職人が一緒に会をつくっている。いつか、そのような会ができればよい。まずは、私なりにメルブックで職人の世界を紹介していくことにしよう。
2007/05/11
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異業種合体チーム建築の設計は、そもそも様々な分野のスペシャリストの協力なくしてはできないものなのだが、特殊プロジェクトに集うスペシャリストは、それこそ多岐にわたる方々の集合体となった。研究開発型のベンチャー企業とも言える開発スタッフの方々、運営の仕組みを構築するために集う方々、等等。建築家としてこれほどまでに新たなものを産み出し(開発)、それを建築の中に融合させながらの設計は初めてだ。ITやマシーンの開発メンバーはとにかくすごい。アイデアさえ出せばなんでもつくり上げてしまう。おかげで建築家としての思考回路が随分柔軟になった。私の建築家としてのテーマは、概念としての《住まい》だ。木造の町屋建築が《和》であり、コンクリートや鉄骨は《洋》ということでは決してない。コンクリ-ト建築でも鉄骨建築でも、繊細な《和》の空間を創ることはできる。無味乾燥に成りがちなシステマチックな建築をいかになごみの感じられる《住まい》に出来るか。ここが勝負だ。木材を使ったからなじみやすい建物になるというのは、あまりにも表面的すぎる。人間の満足とは、そこにある芸術性だろう。以前、安藤忠雄は、安藤忠雄研究所の近くの木造家屋の小屋裏に《ベニヤの茶室》をつくった。それは2m四方あるかどうか天井高も1.5m程度の小さな小屋裏空間であったが、それは建築専門誌「新建築」に紹介された。当時、安藤は、「大きな建築しか載らない〈新建築〉にこんな小さな空間を紹介してくれた。建築は大きさではない。質だ。芸術性が高いかどうかだ。」と言っていたものだった。シナベニヤと米松の造作材と籐のロールスクリーンがつくり出す哲学的な空間は、そこに足を踏み入れるものの心を打ち震えさせたものだった。侘や寂というのは、雑木林の中にある自然という芸術性を取り込むものだ。あるいは再現するものだろう。そこに高級な素材は必要とされないし、高価な特殊な素材を使ったものが芸術性をもたらしてくれるものでは決してない。そこにある空間性(芸術性)が主人公だ。シナベニヤや米松材など、どこにでもあるマテリアルで、たぐい稀な芸術的空間をつくり上げた安藤に新建築社は共鳴したのだろう。私は、今回のプロジェクトにおいて、高齢者にとっての《安らぎの空間》は木造でないとできない!と一般に思われているかもしれない固定観念を取っ払った。空間は、結構ハイテックな空間となるだろう。しかし、そのマテリアルと色彩は、《和》を感じるとともに、《木の温もり》を感じさせてしまうものとなるだろう。ハイテックな開発を手がけるメンバーと一緒に、思いっきりなごみの界隈(かいわい)人間くさい空間を実現させる。
2007/05/10
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旅の記憶 -3- 2月に沖縄へ行った。岡山空港からわずか2時間弱で着いてしまう。こんなに近かったんだ!というのが率直な感想だった。沖縄の人たちの人情や思いの機微に触れたときに、大きく心を揺れ動かされた。象設計集団が設計したコンベンションセンターは圧巻だった。その芸術性に触れ、身体が打ち震えていた。私の中からは決して出てくることはないデザイン。しかし、芸術性の高さは伝わり共感となって私の中に現れた。すごいな~!という言葉しか出なかった。ホールの天井は、屋根を支える鉄骨の梁が幾何学的に弧を描いて組み合わさっている。よくもま~こんなことを考えられるものだな~!と感嘆。沖縄はおそらく異質な場所なのだろう。しかし、私の中に何か懐かしさのような思いがあるのはなぜだろう。沖縄の人たちと語らっていても何の違和感も感じない。私自身が沖縄タイプなのか・・・あるいは、内にある隠し切れない真っ赤に燃え盛る思いの有り様が一緒なのかもしれない。沖縄の建築を設計したい・・・ などと、思いながらの沖縄の旅であった。
2007/05/06
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外観デザイン決定総延長100mにもなる《住まい》プロジェクトの外観イメージが決定した。クライアントとのデスカッションの中で私の積み重ねるスケッチをもとに、最終的に残っていた屋根のイメージが固まった。ドウム型の屋根。3つのエリアからなるゾーンにかかる屋根は、それぞれに掛けられたドームがつながる。連休明けには模型での検証を行い、デザインサーベイをしめくくる。これでイメージは完全に固まることとなる。その後、いよいよ実施設計開始。詳細設計、新しく開発された各システムと建築との融合作業。地域の象徴となる建築が誕生する。いよいよ《住まい》をテーマにした《福祉》の幕開けとなる。概念としての住まい。とかく無機質になりがちなワイドな空間とハイテクを融合させ、むしろそれらを「消し去る」。そこに集う人たちがクローズアップされる。現れるのは、人と人との交流のみ。むしろ、町屋の木造の我家で過ごしているような心地よさと界隈(かいわい)性をかもし出す。これこそが、建築とハイテクシステムによるコミュニティの実現だ。古き町屋と同じ概念が現れる。心と心が通い合う空間の誕生だ。構想開始4年。企画作業開始2年。システム構築開始1年。デザインサーベー開始7か月。この建築は1年と待たずに完成となる。ここに集う人たちの人生はそこからがスタートだ。
2007/05/05
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思いの結集昨日は、出雲市の某所で行なわれた《住まい》プロジェクトメンバーよる決起?バーベキューパーティーに参加した。実に厚い8時間だった。東は松江市から、西は江津市から参加された。いよいよプロジェクトが現実のものとなり、連休明けから実現に向けて各作業が開始される。タイムテーブルを始め、各項目のコンセプトやスペックが明確となった。さ~、いよいよ全国版事業の開始だ。間違いなく社会に大きな変革をもたらすだろう。この2年、ほんとうに身を削りながらの理念の構築であった。スタッフをはじめ、関係の方々にも大きな負担を掛けながらの2年だった。ようやく報われるときがきた。
2007/05/04
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