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人を入れずに撮ろうとすると部分写真に・・・・・ 妙見菩薩を信仰する妙見信仰があるということは知っていました。寺院探訪の折に訪れた妙見堂もあります。が、ごく最近「洛陽十二支妙見めぐり」について息子からの情報で再認識しました。洛陽十二支妙見は、京都御所の紫宸殿を中心に、十二支の方向に祀られている妙見菩薩を安置したお寺、十二寺を巡るという宗派を超えた妙見めぐりという形です。妙見めぐりは江戸時代から行われていたそうです。(資料1)そこで、冒頭に掲げた「日體寺」を契機にし、適宜十二支妙見を探訪してみようという目標を抱きました。昨日、西本願寺大谷本廟を訪れた記事を載せました。その続きに、日體寺を訪れた次第です。探訪シリーズとして記録を残したいと思いますので、別稿といたします。日體寺は、東大路通から清水坂を上って行きますと、清水坂沿いの北側にあります。産寧坂の入口に到る少し手前です。紫宸殿からは、巳(南南東)の方位に位置する妙見菩薩という訳です。 本堂前の庭 本堂本堂に向って、右側斜め前に、 標題に記した「鎮宅妙見宮」と刻した石標が設置されています。この妙見めぐりには、「開運厄除」という語句が冠されていますので、「鎮宅」という語句を、直接的には家宅の火災・盗難除け、家内安全への霊験という意味に解釈しました。 石標の傍に小ぶりな水鉢が置かれています。今はつかわれていないよう・・・・。正面には、「嗽灌」と刻されているようです。灌漑の「灌」と判読すると、「そそぐ。水を入れる」という意味があります。「嗽」は「うがい」ですので、「口をそそぐ」ということです。つまり、手水ということになりますね。 本堂の正面に掲げられた扁額。中の二文字を私は判読できません。お寺は、浄土宗観音寺として創建されたそうですが、享保6年(1721)に日蓮宗に改宗し、日體上人を開山とするお寺になったと言います。(資料1) 向拝の右手前の屋根上の隅に置かれた留蓋。初めて見る形。不詳。 大棟の鬼瓦 本堂の左(西)側に庫裡があり、入口に拝観できる旨の木札が掛けてありました。本堂に入り、妙見菩薩を拝見しました。(拝観料無料)本堂正面の本尊に向って、右側脇陣にいくつか厨子が並んでいて、中央の厨子に妙見菩薩像が安置されています。小ぶりな仏像です。正面を向く玄武の像が台座です。玄武は古代中国の四神の一つ。北の方位をつかさどる神。想像上の亀の姿です。左に大黒天像、右に鬼子母神像と太子像がそれぞれ厨子に安置されているとお聞きしました。(記憶間違いがあるかもしれません)「妙見菩薩は北極星・北斗七星を神格化した菩薩であり、諸星の王として宇宙万物の運気を司さどられる菩薩です。人々に降りかかる厄難を破邪顕正の宝剣で切り祓い、神通力を持って開運へと導いて下さいます」(資料1)「妙見菩薩は尊星王(そんじょうおう)・妙見尊星王・北斗妙見菩薩ともよばれ、北極星を神格化したもので、よく物を見、善悪を記録するとされるためこの名があります」とも説明されています。(資料2)ウィキペディアから二例の図像を引用します。(資料3) 亀に乗る妙見菩薩 『仏像図彙』に収載 四臂の尊星王(妙見) 高野山真別所円通寺本 図像抄より右手に筆と月輪、左手に紀籍(きじゃく)と日輪を持つ姿です。左手に持つ紀籍は紙で、ここに人間の生死の籍を司り記録することから紀籍と称されているようです。 (資料2)上記の通り、御所の紫宸殿を中心に、京都市内の各方位に点在しますので、この後は、探訪できた順に、断続的にシリーズとしてご紹介を重ねていきたいと思います。さて、この後は寄道点描での簡易なご紹介です。日體寺を出たあとは、清水坂を上り、久しぶりに清水寺に行こうかと思ったのですが、清水坂の観光客の多さ、混雑状態を見て、行くことを取りやめました。 清水坂から左折して、産寧坂(三年坂)を下って行くことに変更。産寧坂の混みようも、2/23(日)の午後はこんな感じ! できるだけ人を撮らずに景色を撮れば、こんな感じにしか・・・・・。二年坂を下ることもやめました。相対的に人の少ない八坂通を下ることに。ならば、ちょっと八坂庚申堂に立ち寄って・・・。 大黒山金剛寺庚申堂 日本三庚申の一つ 正面を除き、くくり猿で一杯!! 猿は庚申さん(本尊 青面金剛)のお使い お地蔵さまはひっそりと。 庚申堂くくり猿で堂内がまったく見えません。ここも人気スポット。観光客で一杯です。 門前の西側に「夢見坂」の石標 人やノイズを少なくして八坂の塔を撮ろうとすれば、こんな感じになりました。八坂通を下ります。東大路通を横断し、道沿いに西進します。八坂通もここまでくれば、静かなものです。 建仁寺の勅使門の前に到ります。勅使門の西側にある通用門から入り、境内を北に向かい四条の方向を目指すことにしました。この後は、建仁寺境内の一部の点描です。 浴室 三門 三門前の池 三門 三門前から眺めた勅使門 少し弧を描く箇所は、池に架けられた石橋です。 開山堂 茶碑 法堂 本坊観光客をかなり見かけましたが、境内が広いので混雑感はありませんでした。本坊前で右折して、北門を抜けて、花見小路通に出ます。花見小路通もまた、観光客で混雑しています。建仁寺の北辺の道路に左折して、通行量の少ない道を選んで通り抜けていくことにしました。これで一区切りと致します。つづく参照資料1) 洛陽十二支妙見めぐり ホームページ2) 仏に関する基礎知識:妙見菩薩 (みょうけんぼさつ) :「高野山霊宝館」3) 妙見菩薩 :ウィキペディア補遺日蓮宗日體寺 ホームページ八坂庚申堂 ホームページ建仁寺 ホームページ ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。京都 洛陽十二支妙見めぐり 一覧探訪 京都・洛東を往く -1 祇園をぬけて八坂庚申堂(金剛寺)に探訪 京都・洛東を往く -2 八坂の塔(法観寺)探訪&観照 京都・東山 初詣の最後は建仁寺~祇園甲部歌舞練場~八坂神社を巡るスポット探訪 京都・東山 初詣 建仁寺禅居庵 摩利支尊天探訪 京都・東山 建仁寺再見・細見 -1 三門・法堂を巡り本坊に 5回のシリーズでご紹介探訪 京都・東山 建仁寺塔頭 久昌院探訪 京都・東山 建仁寺境内と塔頭 -1 両足院(初夏の特別拝観) 6回のシリーズでご紹介探訪 [再録] 2015年「京の冬の旅」 -3 建仁寺霊源院
2025.02.27
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日曜日(2/23)に、五条通と東大路通の交差点の北東側にある西本願寺大谷本廟に行きました。冒頭の写真は東大路通側から大谷本廟の総門を眺めた景色です。暦の上では立春が過ぎたとはいえ、寒気が高まっている中で訪れることはないので、久しぶりに正面の参道を歩んで参拝しました。(この日は義母の命日で、分骨をこの本廟で祖壇納骨にしていただきましたので) 橋の手前の石灯籠 「円通橋(エンツウキョウ)」が「皓月池(コウゲツイケ)」に架けられています。長さ約40m、幅約6m、橋はアーチ形で、橋脚・敷石板・欄干などすべて花崗岩の切り石による石橋です。通称「めがね橋」。安政3年(1856)12月に竣工。(案内板より) 円通橋を渡ると、左(北)側に「師弟愛の碑」が建立されています。 傍に、この案内板が設置されています。 さらに歩めば、同じく左側に、親鸞聖人立像が見えます。 総門への石段の手前、右(南)側に、冬季の風物詩ともいえる景色が見られます。まるでオブジェのよう。すっぽりと藁の衣で覆われています。「こも巻き」と称するようです。 石段の手前には、「大谷本廟のごあんない」の掲示板が設置されています。境内図を切り出しました。左端の赤丸が円通橋の手前です。総門を通り抜け、仏殿の北側を回って、二天門を過ぎ、青丸を付けた明著堂に向かいます。その後、黒丸を付けた北門から出て、東大路通に出ることにしました。 総門に掲げられた「大谷本廟」の扁額と吊灯籠扁額の枠に龍像の装飾が見られます。 総門を入ると、斜め左方向にこの建物「太鼓楼」が見えます。案内図には守衛所と表記されています。階下がその機能として使われているのでしょう。 右側方向には、「手水舎」があります。 正面は「仏殿」です。仏殿前から、今回は左側に回り込みました。仏殿の右隣(南側)には、読経所の建物があります。仏殿と読経所の間の通路が、ほぼ真っすぐに明著堂への参道につながります。 回り込み、振り返りますと、筑地塀の傍に「鐘楼」があり、長方形の池は蓮池です。記憶では古代蓮を開花させたという案内を詠んだ記憶があります。今は冬枯れで、池の水面が見えるだけ。 回り込んだ参道の先に、ほっそりとした優美な「二天門」が見えます。 名前の由来は、この門には左右に二天が配置されているからでしょう。 二天門の手前に立つ石灯籠に着目しておきたいと思います。石灯籠の形が定型的なスタイルとは異なり、ちょっとユニークなところがおもしろい。円柱の上部をぐっと絞りkんだ形状の竿、中台は円盤状で下部に蓮弁はありません。火袋は立方体で上下が丸みを帯びています。笠と宝珠の部分の意匠も定型とはかなり異なる形状です。石灯籠マニアは楽しめることでしょう。 中台の側面に、レリーフされている龍像との久しぶりの対面になります。今、インターネットでの龍探しの旅を続けていますので、特に龍像には敏感になっています。 二天門を取り抜けますと、 かなり広々とした砂利敷きの広庭(白洲)になっていて、その先に「明著堂」が見えます。 その前に右折してこの広庭の南辺を通路沿いに南に行きますと、 「大谷本廟内石窟」を外から見ることができます。 この石窟は、初期の廟堂のあった場所(現崇泰院付近)からここに移設されたと記されています。明著堂への参道を挟み、その南側に 「覚信尼公碑」が建立されています。親鸞聖人の息女。聖人臨終後、吉水北辺に廟堂の創建に尽力し、廟堂の守護の任に勤めた尼僧です。(碑文より) 石窟側から、仏殿のある区画の背面と二天門の側面を眺めた景色です。この区画は門と白壁の塀で区切られています。参道を歩み、明著堂に参ります。 右方向を眺めると、納骨堂(無量寿堂)の建物の手前に「戦没者記念堂」が見えます。 明著堂の建物の南半分と建物前面にある唐破風屋根の参拝所この建物は、祖壇の前に位置する拝堂です。 明著堂の北側面とその背後の廟所 八角形のお堂の屋根が見えます。 祖壇の周囲に、歴代宗主やお裏方の廟墓、祖壇納骨所が配置されています。参拝を終え、広庭を横切って北門から大谷本廟を出ました。 大谷本廟の石垣と筑地塀に沿った寺域北側の道は、 東大路通の混雑具合からは隔絶するかのように、ひっそりとした静けさを保っていました。 樹木越しに皓月池と円通橋を北側から眺めて、2月の大谷本廟を後にしました。この後、清水坂に向かいました。少し意図があり、別稿として取り上げたいと思います。ご覧いただきありがとうございます。参照資料*大谷本廟 ホームページ*案内板補遺大谷本廟(西大谷) :「親鸞聖人を訪ねて」大谷本廟 :ウィキペディア松の幹に巻かれた「こも巻き」。害虫駆除というけれど、あの“腹巻き”に効果はあるのか!? 柴山ロミオ :「tennki.com」冬の風物詩・マツ(松)のこも巻き(害虫駆除) :「山崎造園」 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。スポット探訪 京都・東山 大谷本廟 -1 円通橋・皓月池・聖人像・総門スポット探訪 京都・東山 大谷本廟 -2 仏殿・明著堂(拝堂)・祖壇・石窟ほか観照 諸物細見 -12 京都・洛東 二天門(大谷本廟/西大谷)
2025.02.26
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アフリカに移ります。西部アフリカにも、地域により様々な名称で、ドラゴンに相当するとみなされているものが存在するようです。地域により、様々な名前で呼ばれるようですが、残念ながら目に見える形で具現化されたドラゴンをあまり見つけることができません。(資料1)冒頭の画像は、西部アフリカのブードゥー信仰の中で、 Damballah と称され、ドラゴンと考えられているものです。ブードゥーは、西インド諸島の方に伝播しています。この絵は、ハイチの画家 Hector Hyppolite により描かれた Damballah です。1945-1948年頃の作。 (資料2,3)エジプトの神話にも、ドラゴンが登場します。 これは、Set と称する神に槍で退治される Apep と称する蛇形のドラゴンです。カイロにあるエジプト博物館蔵。 (資料1,4) ラムセス一世の墓に描かれたものに基づく Apep の姿。 (資料4)これだけ見ると蛇そのものという印象を受けます。Apep は、暗黒と混乱を具現化した姿だそうです。 こちらは、Ouroboros あるいは Uroboros と称される古代のシンボルで、蛇あるいはドラゴンの姿に描かれています。1478年の錬金術書に描かれた図。 Ouroboros のイラスト 10世紀頃 Cleopatra the Alchemist と称される女性の作高度に様式化された Ouroboros 800年頃の作The Book of Kells と称される金銀で彩飾された福音書に載る図 (資料5) wyvern 形のouroboros Lucas Jennis 作 1625年の錬金術書収載の版画 この Ouroboros の図像が、時代と地域を超えて他の地域において利用されます。その一つが 神智学協会の紋章神智学協会は、1875年にアメリカのニューヨークで結成された神秘思想団体です。 (資料5,6)もう一つが、Fiume(現クロアチアのリエーカ)に創設された Carubaro というイタリア摂政統治区で、1919-1920年というごく短期間、利用されました。 (資料5,7) Carubaroの旗 同 エンブレムこれらの旗とエンブレムに利用されています。 エジプトでは、さらに Jaculus と称する小さくて神秘的な蛇あるいはドラゴンが知られているようです。この他に、アフリカ南部には、Grootslang や Monyohe。Nyanga と称する Bantu の人々の間では Kirimu。Tsonga の人々には Masingi。これらのドラゴンが伝承されているそうですが、それを具現化した図像などを見つけることが出来ていませんので、省略します。龍探しをしていて、monyohe を動画にし YouTube で公開しているものは見つけました。(英語版です)こんなイメージなのかな・・・・と眺めるだけですが。 (資料9)唐突ですが、一気に紀元前3~2世紀にローマ・カルタゴ間で起こったポエニ戦争に飛びましょう。ローマ人は紀元前256年に、アフリカに侵攻することを決断し、北アフリカに上陸しました。「Ancient World Magazine」のサイトで、「Regulus and the Bagradas Dragon」という記事を見つけました。ローマ軍が北アフリカに上陸しました。カルタゴ軍に遭遇する前に、ドラゴンに遭遇してしまったと言うのです。この記事の冒頭に、銅版画風のドラゴンとの闘いの絵が載っています。この絵は上掲の画像とリンクしています。Bagradas は川の名前です。史料には、足がない大きな蛇のような姿の動物と記録されているそうです。 (資料10)また、WATER SNAKE についてのアフリカの民話を、YouTube の動画で見つけました。時代は不詳。PRINCESS MALIANE LEFT HER KINGDOM IN SEARCH OF HER DESTINY MET MONYOHE THE GREAT WATER SNAKE SNAKE 、 SERPENT は DRGON と同等にみなされていますので、この動画(英語版)も取り上げておきたいと思います。 (資料11)この項の最後に、「龍」つながりの余談です。モロッコ王国の西方海域に、カナリア諸島があります。「きこりんと行く世界の”森”紀行」のサイトで見つけました。 竜の血を流す樹 カナリア諸島の「リュウケツジュ」 という記事。竜血樹の写真が掲載されています。 (資料12)これで一区切りといたします。つづく参照資料1) List of dragons in mythology and folklore From Wikipedia, the free encyclopedia2) Damballa From Wikipedia, the free encyclopedia3) Hector Hyppolite From Wikipedia, the free encyclopedia4) Apep From Wikipedia, the free encyclopedia5) Ouroboros From Wikipedia, the free encyclopedia6) 神智学協会 :ウィキペディア7) Italian Regency of Carnaro From Wikipedia, the free encyclopedia8) Jaculus From Wikipedia, the free encyclopedia9) monyohe YouTube10) Regulus and the Bagradas Dragon :「Acient World Magazine」11) PRINCESS MALIANE LEFT HER KINGDOM IN SEARCH OF HER DESTINY MET MONYOHE THE GREAT WATER SNAKE YouTube12) 竜の血を流す樹 カナリア諸島「リュウケツジュ」 :「きこりんと行く世界森”木”行」補遺Egyptian mythology From Wikipedia, the free encyclopediaGrootslang From Wikipedia, the free encyclopediaMonyohe (Sotho) From Wikipedia, the free encyclopedia ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.02.25
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ロシアの民話には、チュドー=ユドー(chudo-Yudo)が登場します。これは古いロシアの民衆版画(ルボーク)として描かれたものだそうです。この図は頭が1つのドラゴンとして描かれています。チュドー=ユドーは、水棲のドラゴンであり、6,9,12という多頭で個体により異なる数の頭を持つと説明されています。スラブの神話についての資料に中に、名称は載っていたのですが、図像は得られませんでした。龍探しをしていて、見つけました。王女を誘拐し、都市全体を危険に曝す悪魔的存在と見なされているようです。(資料1,2) ロシア連邦の国章この国章は、ロシア帝国の紋章に由来するそうです。金色の双頭の鷲の胸の部分には、ドラゴンを倒す聖ゲオルギオスを描いた赤い盾(インエスカッシャン)が組み込まれています。ドラゴンが居ます。 (資料3) こちらは、ロシア・ツアーリ国の国章(1577年)です。歴代の国章には、ドラゴンが退治される場面が組み込まれています。ここでは省略します。 (資料3)もう一例、取り上げてみます。 1883年のロシア帝国の小紋章 (資料3) モスクワの紋章 モスクワ市長が使用 1993年11月23日採択(現在版) (資料3,4) 1781年時点のモスクワ市の紋章 これは、モスクワ州紋章です。モスクワ州旗には、赤地の旗の左上角にこの紋章が組み込まれています。モスクワ市はモスクワ州の州都ですが、州とは独立した連邦構成主体(連邦市)であり、モスクワ市の周囲を占めるモスクワ州もまた連邦構成主体の一つ。このこと、龍探しをしていて初めて知りました。 (資料5) エゴリエフスクの紋章 モスクワ州にある都市。モスクワから南東へ100km。(資料6)英語圏では聖ジョージと呼ばれる聖ゲオルギオスのドラゴン退治は、西欧の龍探しの折に、周辺地域への伝播として、触れています。やはり、その伝承の広がりは大きいようです。ブルガリアの民話にも、聖ゲオルギウスとドラゴンが登場します。「Bulgarian National Radio」のサイトで、Dragons and Lamias in Bulgarian folkloreという英文記事を見つけました。ここには、聖ジョージのドラゴン退治の絵が3点載っています。(資料7)「Pinterest」のサイトに、聖ゲオルニクスと龍 という和名見出しで、龍退治のイコンを数多く載せているのを見つけました。ロシア語の説明見出しと思われる画像も載っていますので、ここに載せておきたいと思います。 (資料8)なお、このページには、西欧のイコンも混在すると思います。 リュブリャナの紋章リュブリャナはイタリアと国境を接し、アドリア海に面したスロベニア共和国の首都です。 (資料9)東欧においても、彫刻像のドラゴンを眺めることができるようです。現時点では、載せられる画像を1点だけ見つけました。 スロベニアの首都リュブリャナを流れるリュブリャニツァ川に架かる橋に4頭のブロンズの龍像が飾られていいます。現在は「龍の橋」(Zmajski most、ズマイスキ・モスト)として知られているそうです。(資料10)ドラゴンの彫刻像を載せた記事を入手しました。「RUSSIA BEYOND」のサイトに、日本文の記事が掲載されています。 ロシア人はなぜドラゴン(クマではなく)に取り憑かれているのか? この記事には、ロシアの11カ所のドラゴン像の写真を掲載して記事が書かれています。カザン、リペック州、ソチ、ペテルゴフ、プーシキン、ウラジオストク、クラスノヤルスク、エリスタ、アギンスコエ、モスクワに建てられたドラゴン像です。 (資料11)ブルガリアにも、有名なドラゴン像があります。論争すら起こった彫刻像だとか。「steemit」のサイトで、Dragon lovers. Bulgaria という記事を見つけました。(資料12)この記事と同じですが、「123RF」のサイトでは、ブルガリア ヴァルナの海庭市「愛好家龍」の彫刻 という見出しで写真が載っています。 (資料13)わずか、37秒という短い動画ですが、 Bulgaria: Dragons of the Town Varna "The Dragons in Love ...というタイトルで、YouTube で見ることができます。 (資料14)このモニュメントは、「愛し合う龍」というタイトルが良いのかな・・・・という感じ。だから、論争の種にもなっているのでしょう・・・・・。東欧での龍探しをこの辺りで一区切りと致します。つづく参照資料1) ズメイ :ウィキペディア2) List of dragons in mythology and folklore From Wikipedia, the free encyclopedia3) ロシアの国章 :ウィキペディア4) Coat of arms of Moscow From Wikipedia, the free encyclopedia5) モスクワ州 :ウィキペディア6) エゴリエフスク : ウィキペディア ロシア モスクワ州 紋章7) Dragons and Lamias in Bulgarian folklore :「Bulgarian National Radio」8) 聖ゲオルニクスと龍 :「Pinterest」9) Slavic dragon From Wikipedia, the free encyclopedia10) 龍の橋 :ウィキペディア11) ロシア人はなぜドラゴン(クマではなく)に取り憑かれているのか? :「RUSSIA BEYOND」12) Dragon lovers. Bulgaria :「steemit」13) ブルガリア ヴァルナの海庭市「愛好家龍」の彫刻 :「123RF」14) Bulgaria: Dragons of the Town Varna "The Dragons in Love ... YouTube補遺旗にされた鳥、殺められた龍 :「RUSSIA BEYOND」 この日本文の記事に、上掲のロシア帝国の小紋章が写真掲載されています。Saint George and the Dragon From Wikipedia, the free encyclopediaCan (Should) Dragons Be Tamed? :「FR. ANDREW STEHEN DAMICK」 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.02.18
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ルーマニアのドラゴン彫刻像ルーマニアの神話・民間伝承に移ります。冒頭はルーマニアでドラゴンを象った彫刻像の事例です。ルーマニアのドラゴンは、Balaur と称されます。Balaur は、民間伝承によりますと、多頭を持つドラゴンあるいは巨大な蛇(monstrous serpent)であり、時には翼を持ち、金色と考えられています。スラヴ神話に出て来る Zmey と類似し、ギリシャ神話の Hydra にも通じるイメージのようです。(資料1,2)民俗学者 Tudor Pamfile によりますと、Balaur は3種類あるそうです。(資料2)1. 7つの頭を持ち、村の井戸に棲み、乙女を生贄に要求する。英雄 Busuioc あるいは聖ジョージに打ち負かされるドラゴン。水中に棲みます。2. 宝石を産出する「Armenian land」に棲み、Balaur の唾液が宝石を生み出すとも信じられている。土地・地中に棲むドラゴン。3. 空中に棲むドラゴン。空中でドラゴン同士が争うと、気象異変が生じ大災害が発生すると信じられています。また、虹を通路として使い、湿気を吸って雨を降らせるとも言います。「FROM SILL TO DRACULA」のサイトで、 [Let's Get Mystical] The Romanian Balaur's Incredible Journey というタイトルの記事をみつけまました。Balaur のイラストが記事の冒頭に掲載されています。(資料3)さらに、以下のサイトでも見つけました。「MAGICAL EUROPE」のサイトに、The Devious Dragon of Romanian Folklore というタイトルの記事があり、冒頭に Balaur のイラストが掲載されています。(資料4)「reddit」のサイトに、'Balaur' - the multi-headed dragon of Balkan mythology is mostly unnoticed in Dracula lore というタイトルで最初にイラストその後に説明文が載っています。 (資料5)「CLAN DU DRACON」のサイトで、LE BALAUR というタイトルの記事を見つけました。ここでは、上記の3種類の balaur が想定されてイラストが掲載されています。(資料6)他に、Zburator と称するドラゴンもいるようですが、詳細不詳。次に、アルバニアの神話・民間伝承に移ります。アルバニアには、Kulshedra と呼ばれるドラゴンがいるそうです。悪天候になり、黒い雲が集まってきて、嵐が起こると、その近くに Kulshedra(クルシェドラ)が居ると信じられているそうです。Kulshedra は、巨大な複数の頭を持つ女性の蛇形のドラゴンで、炎を吐き、人々に対して、干ばつ、嵐、洪水、地震などの自然災害をもたらす存在と信じられています。暗黒と悪魔の側の代表になっています。そこに、英雄 drangue が現れて、ドラゴンに対抗して嵐を鎮めてくれるのだとか。(資料1,7)また、アルバニアの神話には Bolla(ボラ)と称するドラゴンがいるようです。南アルバニアでは、Bullar(ブラー) として知られています。(資料1)この Bullar は、南アルバニアアルタナイン族の間で知られている「竜または竜人」だと言います。「竜の場合は蛇の鱗、4本の脚、小さな翼をもつ」とか。おもしろいことに、このドラゴンは、「聖ゲオルギオスの日(4月23日)しか起きることができないが、この日に最初に見つけた人間を捕食する」と信じられているそうです。(資料1,4)さらに、「12年たつとボラはさらに進化しクルシェドラ (kulshedra) という竜になる。ボラからクルシェドラとなるときはさらに9つの舌が生え、より大きな翼になり、炎を吐くことが出来るようになり、背中に突起が生えるという」(資料8)のです。 聖ゲオルギウス(=ジョージ)と聖エリアス(Elias)がドラゴン(Bolla/Kulshedra)を退治するイコン Ardenica 修道院 18世紀 現在は the National Museum of Medieval Art 蔵(Tirana) (資料7)「Gods and Monsters」のサイトで、Kulshedra を解説し、イラストを載せているのを見つけました。アクセスしてご覧ください。(資料9)同様に、「DRAGON-NAGA」のサイトでは、BOLLA / KULSHEDRA を併せて取り上げています。私には説明文の言語を読めませんが、イラストはわかります。上記サイトとの想定図像の違いが楽しめておもしろい! (資料10)チュバシ人の人々にも、ドラゴン(Chuvash Dragon)についての神話があります。ロシア連邦共和国の中で、1925年4月以来、チュバシ自治ソビエト社会主義共和国として存在し、1990年10月27日に主権宣言を行い、1992年3月に、チュバシャ共和国と改名したそうです。チュバシ人はこの共和国以外の周辺の国々にもかなり広く散在しています。 (資料11,12)龍探しをしていて、チュバシ人、共和国の存在、神話等について初めて知りました。神話に登場するのは、英語表記で、Verechelen と称するドラゴンです。(資料1,13)Verechelen は、翼を持ち、炎を吐き、己の姿を変えることができるドラゴンという伝説があるそうです。残念ながら、具象化された図像は見つけることができませんでした。ポーランドの北西に、西境がバルト海に面したリトアニア共和国があります。リトアニアの神話にも、ドラゴンが登場します。3種類のドラゴンが出てきます。 一つは、このザルティス(žaltys)です。(資料14)プロシアの一部、バルト海域、ラトビアとリトアニアの神話に登場する家庭の精霊という位置づけのドラゴンだそうです。家庭の守護神的存在。この石像からは巨大な蛇というイメージを受けます。 これは、ドラゴンのパレードに登場した Aitravas (アイトラバス)と称されるドラゴンです。 2012年のクラコウ(Krakow) のドラゴン・パレードの写真。Aitravas はリトアニアの神話では、自然の精霊だとか。流星の火のように赤い尾を持つ白色あるいは黒色の雄鶏のような姿と考えられているそうです。9~15年の雄鶏の卵から孵化し、死ぬと火花となると信じられているとか。(資料15)もう一種、Slibinas というドラゴンがいます。時には頭が一つの姿で現れるそうですが、基本は多頭のヒュドラー(Hydra)により近い姿のドラゴンだそうです。 頭が一つで有翼の Slibinas の巨大な彫刻像 (資料16) こちらも、slibinas の彫刻像です。壁面に張り付いています。(資料17) 同様に、Slibinas の彫刻像です。 (資料18)この辺りで、神話・民間伝承から得られる龍探しを一区切りと致します。つづく参照資料1) List of dragons in mythology and folklore From Wikipedia, the free encyclopedia2)Balaur From Wikipedia, the free encyclopedia3) Let’s Get Mythical The Romanian Balaur’s Incredible Journey :「FROM SILL TO DRACULA」4) The Devious Dragon of Romanian Folklore 5) 'Balaur' - the multi-headed dragon of Balkan mythology is mostly unnoticed in Dracula lore :「reddit」6) LE BALAUR :「CLAN DU DRACON」7) Kulshedra From Wikipedia, the free encyclopedia8) ボラ(竜) :ウィキペディア9) Kulshedra :「Gods and Monsters」10) BOLLA / KULSHEDRA :「DRAGON-NAGA」11) Chuvash people From Wikipedia, the free encyclopedia12) チバシャ共和国 :「namuwiki」13) Chuvash dragon From Wikipedia, the free encyclopedia14) žaltys From Wikipedia, the free encyclopedia15) Aitvaras From Wikipedia, the free encyclopedia16) File:Slibinas - Baziliskas.jpg Wikimedia Commons17) File:Klaipeda Skulptur Slibinas (der Drache).JPG Wikimedia Commons18)File:Vytautas Ulevi?ius ?Slibinas“ (2).jpg補遺Albanian paganism From Wikipedia, the free encyclopedia聖ゲオルギウスと竜 :ウィキペディアSkulptur Slibinas :「Tripadvisor」 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.02.12
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ドブリーニャ・ニキーチが王女ザバヴァをドラゴンから救う Ivan Bilibin 作 1941年まず、東欧とは、ポーランド、チェコ、スロバキア、ブルガリア、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、モルドバというほぼスラブ民族の居住圏と、ハンガリー、ルーマニアという非スラブ国をその範囲とみるようです。そして、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、アルバニアなどの地域は南欧というとらえ方があるようです。(資料1)ここでは、西欧と称して北欧を組み込んだように、東欧と称して南欧を組み込んで、広く西欧、東欧という区分で龍探しを続けたいと思います。ここでもやはり、神話や民間伝承に龍/ドラゴンが現れてくるかから始めます。まずは、スラブ民族の神話です。スラブ民族は多神教の世界のようです。ウィキペディア英語版では、Slavic paganism という用語で説明されています。 (資料2)冒頭の絵は、ロシアやウクライナの伝説に登場する Zmey Gorynych と称されるドラゴンです。(資料3,4)スラブの神話に登場するドラゴンは、地域・国により名前にバリエーションがあります。Zmei Gorynich は、ロシアで zmei と称し、これは zmeya の男性名詞にあたり、女性名詞の zmeya は蛇(snake or surpent) を意味します。ここでもドラゴンは蛇からの発展形と言えます。このドラゴンは多の頭を持つドラゴンがイメージされていて、頭の数は3,6,9 あるいは 12 とバリエーションがあるそうです。最近のドラゴンは、緑色か赤色のうろこがあり、鉄のかぎ爪を持つドラゴン像に描かれると言います。 (資料5) Zmey Gorynch Viktor Vasnetsov 作 1913-1918 (資料5) 1091年に空から落下し燃えさかるドラゴン(隕石)の図 (資料6) ロシアに多神教再来という風刺画。Mikhail Zlatkovsky 作 1977年教会の上に白黒のドラゴン像が現れたという状況です。無宗教を建前とする国に宗教が広がるという現実を描いたということでしょうか。 (資料2)ポーランドの神話・民間伝承に移ります。 ポーランドの民話に登場するドラゴン Smok Wawelski として知られています。クラクフを流れる Vistula 川岸の Wawel 丘にある洞窟に棲むドラゴンを、賢い靴屋の徒弟が退治したというお話です。 出典:Sebastian Műnster ( セバスチャン・ミンスター)作『コスモグラフィア』(1544年)の挿絵 (資料3,7,8) これは Wawel 丘にある洞窟(ポーランド語 Smocza Jama :the Dragon's Den)の内部D&B TRAVEL が YouTube 動画でDRAGON'S CAVE - Smocza Jama - Kraków - Poland (4k) この洞窟を紹介しています。 (資料8,9) Wawel Dragon ブロンズ像 Bronislaw Chromy 作 1969年 (資料10)ハンガリーの神話・民間伝承に移ります。 七つ頭を持つ Sárkány(ドラゴン) アルブレヒト・デューラー作 1497ー1498 Staatliche Kunsthalle Karlsruhe (State Art Gallery) 蔵(Karlsruhe, Germany) Sárkány との闘い J. Allen St. John 作 『The Face in the Pool』(1905年)の挿絵ハンガリーの神話に登場するドラゴンは、sárkárny と称されています。その姿は、うろこに覆われ、翼をもつ爬虫類動物と考えられているようです。場合によっては他の物と組み合わされた姿にもなるとか。ドラゴンは18世紀より前に、既にハンガリー文化の一部になっていたそうです。ハンガリーの神話には、Fernyiges と Zomok という名のドラゴンが知られているようですが、詳細不詳。ファイナル・ファンタジーというコンピュータゲームの世界では Zomokという名の怪獣が具象化されていますが、省略します。 この辺りで、一区切りと致します。つづく参照資料1) 東欧 :「ジャパンノレッジ」2) Slavic paganism From Wikipedia, the free encyclopedia3) List of dragons in mythology and folklore From Wikipedia, the free encyclopedia4) Slavic dragon From Wikipedia, the free encyclopedia5) Zmei (Russian) From Wikipedia, the free encyclopedia6) Fiery serpents From Wikipedia, the free encyclopedia7) Cosmographia (Sebastian Munster) From Wikipedia, the free encyclopedia8)Wawel Dragon From Wikipedia, the free encyclopedia9) Smocza Jama From Wikipedia, the free encyclopedia10)Wawel Dragon (statue) From Wikipedia, the free encyclopedia11) Sárkány (mythology) From Wikipedia, the free encyclopedia補遺Smocza Jama Cave Kościeliska Valley Wit Stwosz Altarpiece in St. Mary’s Basilica, Krakow, POLAND YouTubeスラヴ人 :ウィキペディア東スラヴ人 :ウィキペディア西スラヴ人 :ウィキペディア南スラヴ人 :ウィキペディアスラヴ神話 :ウィキペディア ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.02.06
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タランタシオ (イタリア語:Traantasio)イタリアの北西、ミラノのあるロンバルディア地方に伝わる龍です。ジェルドン湖に棲む龍が住民を恐怖に陥れたため、ヴィスコンティ家の先祖が退治したと言います。 そのヴィスコンティ家の紋章に、ドラゴンが使われています。 (資料1) Boncompagni 家の紋章Boncompagni(ボンコンパニ)家は、ローマの北に位置するウンブリア地方を起源にして、14世紀にはボローニャに定住したイタリアの名門の一つ。有翼のドラゴンが象られています。 (資料2) Borghese 家の紋章もう一つ、イタリアの名門、Borghese 家が紋章に有翼のドラゴンを使っています。Siena の Borghese (Borghesi) を起源とし、13世紀には頭角を現し、16世紀にはローマに移住。1605年には、一族から Pope Paul V となる法王を出した家系。ヴァチカンとの関係が深い一族だそうです。 (資料3)ケルト神話のドラゴン探しをしていた時に、紋章をご紹介しています。 その折に、ワイバーンと称されるドラゴンの一種を採り入れた図像が、イギリスの紋章、印象、旗章などに使われていました。これも有翼のドラゴンです。 (資料4) イタリアの北東側で国境を接するオーストリアのケルンテン州・州都クラーゲンフルトは、郡に属さない憲章都市であり、その憲章都市章として、有翼のドラゴンを使っています。 (資料5) 一方、オーストリアの Styria 州の都市 Liezen(リーツエン)の紋章は、翼をもたないドラゴンを象っています。(資料6) こちらは、ドイツの自治体ヴルマンスクイックの紋章です。このドラゴンはリントヴルム(ドイツ語:Lindwurm)と称されています。日本語ではリントブルムとも表記。 (資料7) 上記のクラーゲンフルト市には、リントヴルム像(左)が造像されているそうです。(資料7)このリントヴルムは、デンマークでは相当する怪物がレンオアム (lindorm) と称され、これがスカンジナヴィア元来のドラゴンだそうです。スカンジナヴィアでは、海の怪物をリンノルム(ノルウェー語: linnorm)ということが多いと言います。「なお、スカンディナヴィアでは特に18世紀から19世紀にかけて遠洋漁業の漁師や水夫や乗客からシーサーペント(大海蛇)の目撃談が絶えなかった」(資料7)とか。 シーサーペントが描かれたノルウェーの自治体 Seljord の紋章 (資料7) アイスランドの紋章 アイスランド大統領の紋章ドラゴンは南東方向を守護する位置づけだそうです。ここも有翼のドラゴンです。説明文によれば、赤い十字架の縦の柱が東西方向、水平の左側が北という解釈になっています。面白いなと思いました。 (資料8) イギリス、南ウェールズのニューポート市の紋章 ニューポート市の Stow Hill に設置された標識に使われている紋章 (資料9) イギリス、イングランドの Poole 憲章都市の紋章紋章に向かって右側に、金色のドラゴンが銀色のオールを保持しています。 (資料10) スペイン、バレンシア自治共同体の紋章 (資料11)西欧の紋章の中にドラゴンが象られていて、その画像がパブリックドメインとして入手でき、ご紹介できるのはこれくらいです。 1260年頃の装飾写本のための挿絵として、このようなドラゴンが描かれています。(資料12) 14世紀に花崗岩に浮彫りにされたドラゴン。有翼と思えるドラゴンも見つかっています。San Anton Museum 蔵(スペイン、ガルシア州アコルーニャ) (資料13) Friedrich Justin Bertuch (フリードリッヒ・ジャスティン・ベルートフ)が19世紀初頭(1806年)に、有翼で口から炎を吐くドラゴンを描いています。 (資料13)それから120年余の時を経て、 トールキン(J. R. R. Tolkien) 作の子供向けファンタジー小説『ホビットの冒険(The Hobbit)』(1937年)に登場するドラゴン Smaug を David Demaret(デーヴィット デマレット)が、現代風に描いています。 (資料13)各地域での神話や民間伝承、さらには宗教に関係して西欧で語られてきたドラゴンには、様々な姿のイメージが重ねられ、いろんなヴァリエーションがあるとはいうもののの、西欧におけるドラゴンは、有翼で炎を吐くドラゴンというイメージに凡そ収れんしてきたように思えます。その結果が紋章に描かれたドラゴンの姿にも映してきているのでしょう。「123RF」のサイトで見つけたフランス、パリのフォンテーヌサンミッシェルに建つドラゴン像につながります。 (資料14)さらに、ベストセラーになったハリーポッター・シリーズの中にドラゴンが登場してきました。 ハリーポッター・シリーズの Harry Potter and the Deathly Hallows ーPart 2 には、Ukrainian Ironbelly が炎を吐く姿が描かれまます。(資料13)WB(ワーナーブラザーズ)のハリーポッターについてのサイトを見ますと、ドラゴンを「巨大で、翼を持ち、炎を吐く生き物」と説明しています。 (資料15)そして、さらにドラゴンの別バージョンとして、 ウェールズ・グリーン普通種 (資料16) ノーバート (資料17) ハンガリー・ホーンテイル種 (資料18) スウェーデン・ショート・スナウト種 (資料19)というドラゴンのバリエーションが創造されてもいます。ドラゴンは、一層身近なものになってきている感じです。ハリー vs ハンガリー・ホーンテイル | ハリー・ポッターと炎のゴブレット YouTubeドラゴンの登場するワンシーンも動画で手軽に見ることもできますね。 (資料20)西欧の龍/ドラゴン探しをしていて、龍に関わる祭があることを知りました。一つは、ドイツのフルトで行われている「竜突き祭」あるいは「竜退治祭」と称されている祭です。ウィキペディアでは、「フルトの竜突き」として、英語版・日本語版を読むことができます。(資料21,22) こんな場面が載っています。 この祭の龍がロボット化されて「トラディノ」と称されるようになっていると言います。この龍突き祭には、「DER DRACHENSTICH」というドイツ語の公式サイトがあります。そこにこの祭のYouTube動画が公開されています。 (資料23)一方、「ヨーロッパ旅行情報 @euro-tour」のサイトには、”ドイツ、フルト・イム・ヴァルト、500年の伝統を誇る『竜退治祭り』”というタイトルの記事が載っています。同上のYouTube動画が公開されていて、併せて日本語の案内記事が載っています。(資料24)また、朝日出版社『ドイツの四季』<<映像集>>というページに、「フルトの竜退治祭り」というタイトルで、 日本語解説の動画が載っています。 (資料25)この祭は、解説文を読み、動画を見ると、かなり大規模な祭であることがわかります。500年の伝統を誇る祭というのが魅力的です。この祭とは別に、「地球の歩き方」のサイトによると、イギリスには、伝説のドラゴン退治「イギリス聖ジョージ・デー」という祭があるそうです。 (資料26)未発見の情報がまだまだありそうですが、西欧での龍探しとご紹介をこの辺で一旦終了します。東欧地域での龍探しに踏み行ってみたいと思います。つづく参照資料1) タランタシオ :ウィキペディア2)Boncompagni From Wikipedia, the free encyclopedia3) Borghese family From Wikipedia, the free encyclopedia4) ワイバーン :ウィキペディア5) クラーゲンフルト :ウィキペディア6) Liezen From Wikipedia, the free encyclopedia7) リントヴルム :ウィキペディア8) Coat of arms of Iceland From Wikipedia, the free encyclopedia9) Coat of arms of Newport From Wikipedia, the free encyclopedia10) Coat of arms of Poole From Wikipedia, the free encyclopedia11) Coat of arms of the Valencian Community From Wikipedia, the free encyclopedia12) ドラゴン :ウィキペディア13) Dragon From Wikipedia, the free encyclopedia14) ドラゴンの像、フォンテーヌサンミッシェル、パリ、フランス :「123RF」15) ドラゴン 魔法動物 ドラゴンのページ WB ハリーポッター の公式サイト 16) ウェールズ・グリーン普通種 同上WBのサイト17) ノーバート 同上WBのサイト18) ハンガリー・ホーンテイル種 同上WBのサイト19) スウェーデン・ショート・スナウト種 同上WBのサイト20) ハリー vs ハンガリー・ホーンテイル | ハリー・ポッターと炎のゴブレット YouTube21) Further Drachenstich From Wikipedia, the free encyclopedia22) フルトの竜突き :ウィキペディア23)ドイツの龍突き祭 公式サイト:DER DRACHENSTICH 24) ドイツ、フルト・イム・ヴァルト、500年の伝統を誇る『竜退治祭り』:「ヨーロッパ旅行情報 @euro-tour」25) フルトの竜退治祭り 朝日出版社『ドイツの四季』<<映像集>>26) 伝説のドラゴン退治「イギリス聖ジョージ・デー」 :「地球の歩き方」補遺中世ヨーロッパから続く伝統「紋章」のデザインには意味がある 豊富な写真と図で読み解く『【図説】紋章学事典』 :「じんぶん堂」ヨーロッパの紋章(西洋紋章 Coat of Arms / Heraldry)について 宮里文崇:「No+e」紋章 :「チェザーレ・ボルジアとその周辺」Barbarian Dragons of the Ancient World :「MutualArt」ア・コルーニャ :ウィキペディアホビットの冒険 :ウィキペディアハリー・ポッターシリーズ :ウィキペディア ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.02.04
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