全3件 (3件中 1-3件目)
1

今日(9/30)の午後、ウォーキング経路の途中で、伏見城跡の北堀公園の堀底の通路を歩きました。西側から東側の方向に通路を通り抜け、東端にある体育館への坂道を上る途中で、彼岸花が目にとまりました。秋の彼岸の頃に咲くことから、<彼岸花>と称されます。マンジュシャゲ(曼珠沙華)とも呼ばれます。「中国原産の多年草で、古い時代に日本に入ったと考えられている」(資料1)そうです。万葉集にはこの花の名は読みこまれていないようです。手元にある『万葉植物事典 普及版』(大貫茂著、クレオ)には載っていません。多分万葉集の時代よりも後に日本に入ってきたのでしょう。 彼岸花には白花があるのを、数日前にフォロアーとなっている園芸中心のブログの記事に掲載の写真で知ったばかりでした。実際に白花の彼岸花を見ることができた!白花の彼岸花を見たのはこれが初めてでした。 ふり返って眺めた景色過去には、探訪の途中で赤い彼岸花が田のあぜに群生しているのを見たことがあります。あぜに沿って赤く長く群生している彼岸花は綺麗なものでした。彼岸花=赤い花というイメージでした。 京阪電車の六地蔵駅そばを流れる山科川の堤防では、赤い彼岸花が点在しているのを見ました。群生しているところまではいきませんが、咲いていました。 一番沢山連なっているのはこの箇所でした。自転車の駐輪場の裏側、山科川の堤防の所で撮りました。手元にある歳時記の一書は「曼珠沙華」を9月の季語に掲げて「まんじゅさげ」とルビを振ってあります。そして、季語説明の末尾に、彼岸花(ひがんばな)、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とルビつきで記されています。説明の中でおもしろいのは次の箇所です。「花は何か妖しげで、死人花、幽霊花、捨子花などと呼ばれたり、狐花、狐の嫁子など、俗名が多い。有毒草である」(資料2)興味深いのは、参照資料1の方に、「有毒植物だが、鱗茎をすりつぶして、水でよくさらせば食用になる。昔、飢饉のとき利用した」という説明があることです。かつて、田のあぜに群生して見事に咲いているのを見た理由がなるほどとつながりました。余談です。今、京極夏彦著『狐花 葉不見冥府路行』(角川ホラー文庫)を読み進めているのですが、短編集です。この短編集には、「常に彼岸花を深紅に染め付けた着物を纏っておる」人物が登場するのです。収録されている短編のタイトルに、 死人花、墓花、彼岸花、蛇花、幽霊花、火事花、地獄花、捨子花、狐花がそれぞれ使われているという次第。ご覧いただきありがとうございます。参照資料1)『山渓ポケット図鑑3 秋の花 野草・樹木 園芸植物』写真/鈴木庸夫 山と渓谷社2)『ホトトギス 改訂版 新歳時記』 稲畑汀子編 三省堂
2025.09.30
コメント(2)

8月20日午後に、ウォーキングの途中で、放生池に立ち寄りました。蓮の蕾が沢山みられました。 いくつか、蕾が開いています。その一つ。白蓮。 8月26日の午後にも立ち寄りました。そして、9月17日午前中に図書館に行った折にも、放生池に立ち寄ってみました。午前中に池畔に行くのは初めてでした。この日は、蓮の花が様々な状態で花開いている状態を眺めることができました。花の開き具合の変化を楽しめました。ご覧いただきありがとうございます。
2025.09.23
コメント(2)

オセアニアから、最後に再びアジアに戻ります。龍/ドラゴン探しの流れで飛ばしてしまった地域があります。西アジアです。古代、ティグリス・ユーフラテス川流域にはメソポタミア文明が存在しました。現在のイラクのあたりです。メソポタミアの古名はシュメール。シュメールの神話には、Abzuという名のドラゴンが登場します。冒頭の画像の左側がAbzuです。右側は太陽神(Sun God)。(資料1) メソポタミア南部のバビロニアの神話には、Tiamat(ティアマト)をドラゴンと考えていたそうです。このTiamatは、Abzuの配偶者だそうです。画像は入手できません。冒頭のAbzuにリンクさせての説明だけ見つけました。(資料2) Marduk (マルドゥク)と称するバビロニアの神の足元にムシュフシュが居ます。古代メソポタミアの伝承に登場する聖獣です。これがドラゴンの範疇で取り上げられています。(資料3,4,5) ムシュフシュは、毒蛇の頭とライオンの上半身、蠍(さそり)の尾を持つ姿と考えられているようです。(資料3)ここでも、ドラゴンは蛇とのつながりが見られます。 イシュタルの門を飾る聖獣ムシュフシュが残されています。 (資料3)これはナルメルのパレットと称されるものですが、右側の中央部に聖獣ムシュフシュが2頭向かい合う形でレリーフされてます。(資料3)この姿には蛇の要素が一層色濃く反映しています。ティグリス川の東、つまりイラクの東側はイランです。ここはかつてはペルシャと呼ばれた地域。ペルシャの神話にも、ドラゴンに相当する怪獣Azhdahaがいます。ササン朝ペルシャの王 Baharam V が Azhdaha と戦っている場面を描いている図です。(資料6)メソポタミアのドラゴンと共通するイメージです。イランの北にはアルメニアがあります。 アルメニアの神話にもドラゴンが登場します。Vahagnという英雄が Vishap と称するドラゴンを退治する場面の彫刻像。(資料7)アルメニアの西側は、トルコ。世界地図を見ますと、この地域は小アジアと表記されています。アナトリア高原、アナトリア半島という表記も見られます。紀元前2000年頃、ヒッタイト族が小アジア(アナトリア)を支配していたそうです。ヒッタイトの神話には、蛇に繋がる姿のドラゴン、Illuyankaが登場します。 この石板には、左側にいる天空の神とその息子が、右側にいる蛇様のドラゴン Illuyanka を殺そうとする場面がレリーフされています。(アナトリア文明博物館蔵。トルコ、アンカラ) (資料8)小アジアの南、イラクとの間に、シリア、レバノンがあります。レバノンあたりは、西アジアの辺縁部になります。かつては、Lepant(レパント)と称された地域です。レパントの神話には、Leviathan(レバイアサン)と称される海の怪獣が登場します。ドラゴンの範疇と考えられています。 1865年に、ギュスターヴ・ドレが、レバイアサンの破滅としてその姿を描いているのがこの図です。(資料9)西アジアの最後に、サウジアラビア他の諸国があるアラビア半島に目を転じます。アラビアにも、ドラゴンの範疇で考えられる怪獣がいます。Falak,Bahamutという名のドラゴンが出てきますが、画像情報がなく姿は不詳です。神話の中に、Tannin という名称のドラゴンが出て来るようです。 これは、13世紀にal-Qazwinl により描かれたTannin像です。 (資料10)カナーンとヘブライの神話では、Tannin は、海獣であり、カオスと悪魔のシンボルとして使われると言います。(資料10)これで西アジアのドラゴンを終わります。東洋と西洋の接点にもなる西アジアに戻ったことで、龍・ドラゴン探しの旅を一区切りにして、終わりたいと思います。龍/ドラゴン探しの旅は、龍/ドラゴンの創造の根っ子の部分には蛇を中核として爬虫類が大きく関わりを持っていることがわかります。文化の異なる各地域がそれぞれ相互に影響録を与え合い、各地域独自の龍/ドラゴンを創造して行ったようです。おつきあいいただき、ありがとうございます。参照資料1) List of dragons in mythology and folklore From Wikipedia, the free encyclopedia2) Tiamat From Wikipedia, the free encyclopedia3) ムシュフシュ :ウィキペディア4) Marduk From Wikipedia, the free encyclopedia5) 龍が初めて登場したメソポタミアのシュメール6) Azhdaha From Wikipedia, the free encyclopedia7) Vishap From Wikipedia, the free encyclopedia8) Illuyanka From Wikipedia, the free encyclopedia9) Leviathan From Wikipedia, the free encyclopedia10) Tannin (mythology) From Wikipedia, the free encyclopedia 補遺Mushussu From Wikipedia, the free encyclopediaムシュフシュ:原初の竜(辰年にちなんで) :「no+e」 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)こちらもご覧いただけるとうれしいです。観照 インターネットで【龍/Dragon】探しの旅へ 一覧表
2025.09.16
コメント(2)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


