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柴崎コウがミルクを飲まない。ミルクは口にあわないのかと思って水をあげたけど、やっぱり飲まない。でも餌はしっかり食べる。それから全然動かない。歩く時もびっこをひくように歩く。見てみると、後ろ足が細い。コウは奇形なのかもしれない……。これからコウと私はどうなっていくのかなんて、タバコを吸いながら少し考えていた。コウが寝つくのを見守って、夕方から友達の家へ行った。友達が、「スペーストラベラーズ」というビデオを借りたというので、一緒に観てきた。金城武、安藤正信、そして深津絵里や池内博之が出ていた。『私、途中で寝るかも』といいながら、なかなか面白くて、食い入るように観てしまった。途中で、金城武が言った台詞で、「親は、どんな親でも、いないよりマシなんだよ!」というのがあった。私はそれに激しく同意した。そして、コウのことを思い出した。コウは、おなかがすいているわけでもないのににゃーん、と鳴く。そして私が近くに行ってあげると、安心してまた寝る。私みたいなのでも近くにいると安心してくれるんだ、と思うと嬉しい。コウは抱っこされるのが大好きだ。抱っこすると、胸のところに顔をくっつけて、すぐに寝る。きっとお母さんに甘えることができなかったからだと思う。私が何もすることがなかったら、ずっとコウを抱っこして、気がすむまで甘えさせてあげるのに。「スペーストラベラーズ」をみながら、そう思った。「スペーストラベラーズ」は、幼馴染の男の子3人(金城武、安藤正信、池内博之)が、どこにあるかも知らない、写真を見て憧れただけの地にいく為に銀行強盗をする、という話である。強盗をしようと入った閉店間際の銀行には、見ず知らずの人々が客として来ていた。暗証番号を忘れた電気屋のおやじ、成金っぽい離婚間近の夫婦、防衛大学出身、自衛隊入隊歴を持ち、海外通貨を日本円に替えにきた男性……彼らは人質として監禁されたが、いつのまにか強盗の仲間になっていた。そして、ひとつにまとまったその時、SATが強行突破して……。あぁぁ~!こんなクライマックスが待っていたなんて!!………という、クライマックス。私はベタベタな展開に、どうしてこうも弱いんだろう!?ハッピーエンド以外はどうしてこうも泣いてしまうんだろう!?なんか、最近、何があっても柴崎コウと結びつけて考えてしまう。お母さんに手を引かれて歩いている子どもを見ても柴崎コウも、お母さんが恋しいだろうな…と考えてしまうし。今日も映画を見ながら、柴崎コウに結び付けて考えてしまうことが多かった。私ってどーしてこんなに影響うけやすいのかしら。(どっちかっつーと、あまのじゃくだし我道を突っ走るタイプなのに)そうそう、この「スペトラ」、監督が「踊る大捜査線」の本広監督。ちなみにSATの隊長も、「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」のSAT隊長と同じだったはず。(ちなみに高杉亘さんという方です。渋くてステキです。ハイ。)スペトラの映画の中で、ピザをとるシーンがあって、「ピザ食いたいね」となり、宅配ピザをとってしまった。そしてそれを食べて、22時前に友達の家を出た。帰宅してみると、コウが頭を私のスリッパに突っ込んで寝ていた。私がスリッパを少し動かすと起きたらしく、寝ぼけてあたりを見回していた。夜に、お風呂にいれてあげておしりを洗ってあげた。ふぅ、休みも明日までだなぁ。それに、これからコウはどうなるんだろう?私が飼っておいていいものなのか?後ろ足が悪いし、でも私はずっとつきっきりでいられないし。まずは病院に連れて行って診断してもらってから、私が本格的に飼うかどうか考えようと思う。それまではまだしばらく、何かを見たり聞いたりするだけで、私は柴崎コウのことを考えてしまうんだろう。
2003年08月31日
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今日で5連勤のスナックバイトも最終日。お客さんが食事につれていってくれると言うのでバイトに入る前に待ち合わせ。18時に待ち合わせしていたのだが、20分の遅刻。というのは、柴崎コウのことで少しすったもんだがあったからだ。今日、バイトに行く時にコウをお店に連れて行く予定だったのだがお客さんと食事に行くのに連れていくわけにはいかない。どこにも寄ることがなければそのままコウを連れてバイトに行けばいいのだが。コウは体調不良で、ママが月曜日に病院に連れて行くと言っていて、それがなければ別にいつでもよかったのだが、一応仔猫だし、早めに病院に連れて行っておいた方がいいかなと思い、ママに連絡してみた。すると、病院は火曜日でもいいよ、とママが言ってくれたのでコウを家においてお客さんと食事に行くことにした。彼氏が早番で私が家を出る30分くらい前に帰宅したので世話の仕方をひととおり教えて、家を出た。食事は「どこにいこう?」と少し悩んだのだが、お客さんが『行きたい所があったらどこでもいいよ』と言ってくださったので居酒屋(創作料理系と言った方がいいかな)に行くことに。そこの居酒屋は2年くらい前にもそのお客さんと行ったことがあるけれど、かなりお気に入り。実は2年前に行ったきり行っていない。学生だった私にはちょっと値段が高くて、行こうにも行けないのだ。他にもそのお客さんには地元の結構料理のおいしい居酒屋に連れていってもらったのだがそっちの方はかなりの頻度で行っている。(いた。←過去形かも)今日行った居酒屋にはマスターの趣味で九州のお酒が結構置いてあって鹿児島の芋焼酎もいくつかあった。今日はそんなに暑くもなかったので、ビールを1杯飲んで焼酎のお湯割をいただくことに。焼酎のお湯割を飲みながら刺身をつっつくこの幸せ。。私はやっぱり外で飲むのが好きだ。家で飲むのも好きなんだけど、自分で作った料理を自分で皿に盛って自分で食べて、片付けて。。というのは、なんだか現実の世界にずっといることになる。外で飲むと、キレイな皿に料理が盛られてきて、どんな味がするのかワクワクしながら口に運んで、皿の上の料理がなくなると皿がさげられて……。勝手に全てが進んでいるので、夢心地だ。(お酒も入っていい気分になるし)家で飲む時は単にお酒が飲みたい!という時だけど、たまに無性に外で飲みたくなるのが私の性癖らしい。そんなわけで、18時半頃店に入って、8時半すぎまでビール1杯、焼酎お湯割り4杯、そして私は最後にまたビールが飲みたくなってコロナビールを飲んでしまった。最後に食べたうにのにぎり(寿司)と、ほたてのあぶったものが絶品だった。それとイタリアン春巻きなるものも、皮がパリッ!!!としていて激ウマ。春巻きの真髄をそこに見た気がする。(意味不明 笑)バイトに入ったのは結局21時頃で、お店に行くとカウンターにお客さんが6人くらいいた。私がバイトに入った5日間の中で、一番客が入っている。そのお客さんが10時頃には帰ってしまって、結局カウンターは2人に。その後、常連の鹿児島出身Wさんがいらした。若い男の子を連れていたので会社の部下かな、と思っていたら「息子です」なんていうから、度肝を抜かれた。Wさんがバツイチってのは知ってるし、娘さんがいたのも知ってるけど、息子もいたのぉぉ!?……という感じ。娘さんはプリクラで見ていたことがあったけど。ママも息子さんは初めて見るらしく、驚いていた。うちの店には30代のお客さんはほとんど来ない。だからうちの店で20代のお客さんがカウンターに座ってるって、不思議な感じだった。いつもをぢさん相手に話してるから、私も少し緊張しちゃったりして。(笑)常連さんだって皆40~50歳。今月はお客さんの誕生日ラッシュで、ママ「いくつになったの?」お客『ん、50ジャスト。』ママ「そっかぁ~、だってこの店に来始めた頃はハタチすぎくらいだったもんね」お客『そうそう。ママが1代目のママだった時だしね。(※注1)』ママ「いやだわ~、お客さんがどんどん私の年齢追い越していくわぁ~。(※注2)」という会話が多く聞かれた。Wさんの息子さんと色々話した中で面白かったのは、Wさんの息子さんがGO!GO!7188が好き、というから私が「高校時代の同級生だよ」と言うと、顔色がイッキに変わったこと。それからGO!GO!の話に花が咲いた。私は高校時代の彼女らの話をして、Wさんの息子さんはライヴの話をしてくれた。私も一度GO!GO!のライブに行ってみたいし、彼女らのライブには興味があったのでライヴの話を聞けてよかった。ママが、猫のことを気遣ってくれて、12時半あがりでいいよ、と言ってくれて12時半であがった。経済的に厳しいので、これから毎週木曜にシフトに入ることになった。しかもマスターの店……でも12時にあがらせてくれるって言ってたからいいや♪やっとスナックバイト5連勤が終了。でも8月も終了。そして夏休みも同時に終了。花火も見なかったし、ビアガーデンも行かなかったし、何も夏らしいことしなかったなぁ……。てかその前に、暑くなくて、全然夏らしくなかった、ってハナシ。*******補足*******※注1今のママは2代目。でも今のママになって25年くらい続いてます。※注2ママの年齢は誰も知らなくて、ママもお客さんに「いくつになったの?」と聞かれても『42』と答えていて、全然わからない。20年来の常連さんも多いのに、誰もママの正確な年齢を知る人はいない。だからいつもママは「○○さん、今月の△日に誕生日だったんだって。また私の歳追い越されたわ」と冗談をいっている。お客さんで「ママはもののけだ」と冗談を言う人も多い。
2003年08月30日
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スナックバイト4日目。お店に行くと、猫ちゃんが籠に入ってカウンターの上に置かれていた。どうも、飼い手が見つからなかったらしい。これからどうするんだろう?とか名前はどうなってるの?なんていいながら、今日も夜がふけていった。顔は本当に美形で、私は人間に例えるとしたら柴崎コウだと思う。カワイイ系より、キレイ系ってかんじ。でも性別がわからない。ママが♂だと言うので、柴崎コウはダメじゃん!とお客さんにつっこまれた。それなら柴崎コウタロウにすれば、なんて言われて、小泉孝太郎好きな私は「それも悪くはないかな」なんて思っていた。でも「コウ」なんて名前は男の子だろうが女の子だろうがイケる。結局私はずっと「柴崎コウ」とよんでいた。私が少し抱っこすると、柴崎コウは私にしがみついてきてくれて、カワイイ。ママが「朋ちゃん、どう?一日体験で連れて帰ってみたら。」と言ってくれたので、なんと連れて帰ることに!籠にいれて、更に袋にいれて連れて帰ってきた。荷物があまりに多かったので、彼氏に電話をして自転車で迎えに来てもらった。動物好きの彼氏は、猫を見てかわいい!を連発。家に帰ってから、糞をしたからおしりを洗ってやったり、それをタオルで拭いてやったり、大騒ぎ。そうやっているうちに4時頃になってしまい、寝たのは5時半。布団に入った時、二人ともグッタリしていた。彼氏がふと『俺ら、こんなんで疲れてんねんで。まだ赤ん坊は育てられへんなぁ』と言っていた。私はそれに激しく同意した。寝るのは遅くなってしまったけれど、ひとつ良かったことも。世界陸上の男子200m決勝を見れたこと。きっと柴崎コウの世話をしてなかったら、寝てると思う。柴崎コウの世話をしてたらいつのまにか末次が走る番になってて、それなら見るか、という感じで見れたのだ。しかも感動してしまったし!メダルとれてよかった!これは凄いこと。自分の年齢と同じ人が世界で3本指に入ってるってスゴイ!! ↑我が家の柴崎コウ。むちゃくちゃ愛くるしい顔をしてます。
2003年08月29日
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今日もスナックのバイト。私が行った時、お客さんは2人。そして23時頃、1人のお客さんが帰ってしまった。「今月は暇だぁ~赤字だぁ~」とママが言っていたら、ママの携帯にメールが。『仔猫、発見。』えーー!?どこでだろう?何匹みつけたんだろう??なんて言ってたら、「とりあえず連れていきます」とまたメールが。「何色ですかねぇ」とママと言っていたら、もう一人のお客さんが「え?本当の猫?」。そのお客さんは「仔猫ちゃん=おネェちゃん」だと思ってたらしい。(笑)まぁ、わからなくもないが…(笑)数分前に帰ったお客さんが、入り口から入ってきた。でも、手ぶら。「え??猫は??」ママと私が目を点にしていると、お客さんがおもむろに服のボタンをはずしていく。そして、おなかからひょいっと、仔猫を出した。本当に小さくて、生後2~3週間という感じの仔猫。毛並は結構キレイだと思う。ミルクを買ってきて、人肌くらいに温め飲ませるとおなかがすいていたらしく、ゴクゴク飲んだ。私達の見解だと、誰かが捨てた何匹かの仔猫の中の1匹ではないか、ということ。ノラ猫だったら、お母さんが子どもを守って離さないだろうからはぐれるということは考えにくい。発見した場所は縁石の陰らしいので、おそらく他の捨てられた猫ちゃんの中からはぐれたのではないだろうか。仔猫だけど、しっぽは長くて顔立ちがものすごくキレイ。男の子か女の子かわからないけれど、とにかく美形。名前をつけよう!となったけれど、なかなか決らなくて、結局未だに名無し。今日は発見したお客さんが持って帰った。明日、会社に連れていって、飼い手を捜すそう。でももしきまらなかったら、誰が飼うことになるんだろう?私がもうちょっと生活が潤ってて、ペット可のマンションに住んでたら絶対買ってたのにな。もし昨年くらいの生活水準だったら間違いなく「私がもらいます!」と言ってたのに。でも捨てるなんて、ひどい!仔猫を見ながら、お母さんがいなくて淋しいでしょ?誰かにくっついてたいでしょ?と心の中で思っていたら、涙が出そうになった。だって、人間の子どもだって、お母さんにずっとくっついてたいんだから猫だって同じはずだもの。こんなに小さくて、まだ何もわからなくって、それでお母さんから引き離されて。引き離されたお母さんだってすっごく哀しいはず。まぁ、捨てられたと決ったわけじゃないけれど…。で、その猫をつれてきたお客さんはお店でもう1杯…と言いながらお酒を飲み、しかも2号店(※注1)にお披露目に行こう!という私とママの口車に乗せられ結局3時までお酒を飲んだのでした。私やママがカラオケをガンガン歌っている間、猫ちゃんは籠の中で爆睡。帰りは、来た時と同じでお客さんのシャツの中でくるまって連れて帰られた。お客さんは、今日はさぞかし猫ちゃんと熱い夜を過ごしたことでしょう(笑)*******補足*******※注1ママがやってる店が1号店で、マスターがしているお店が2号店。という感じです。マスターがしてる店はジャズとか流れてて、どっちかっつーとパブかな。ママの店は皆でどかんと盛り上がる!という店。んで私がたまにマスターの店の手伝いにいくと、「オマエは声がでかいからウチの店には不似合いだ」とダメ出しされる。うるせーーっっ!!!
2003年08月28日
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スナックバイト5連勤の中の、2日目。まだまだ山を登ってる最中。今日はKちゃんの家庭教師が終わっていったん自宅に帰ってからむかった。Kちゃんの家庭教師は、今日は2時間の予定だったのだがKちゃんが夏休みの宿題が終わっていなくて朝までしていたらしく、あくびを連発するので90分でうちきりにした。まったくもぅっ!一度帰宅してから行って、ごはんを食べる。それから一服して、ママと私「○○さん、今日来てくれませんかねぇ」ママ『朋ちゃん、来てくださぁ~い ってメールうってよぉ』なんて会話をして、お客さんにメール。ママはお客さんにひとしきりメールをうって、『はぁ~、今月は暇だぁ~~取り返さなきゃ~』と言ってうとうとし始めてしまった。私は「暇つぶしに小説でも持ってくればよかった!」と思いつつ、すぐにお客が来るだろうと思い、友達にメールを送信。メールをやりとりして、気がつくと22時。げげーっ、バイトに入ってから既に1時間半も経ってしまった!まぁ、お金もらえるなら何もせずにお金もらえた方が良いけど。。。(本音)ママは一度起きて「お客さん、来ませんねぇ。。」と言ってまた睡眠へ。そうこうしているうちに、なんと23時になってしまった。ママ『Wさん、来てくれないかしらねぇ』私 「Wさんは、まだ出張で名古屋に行ってるんですか」Wさんというのは、出身が私の実家と近い人で気前よくお酒を飲ませてくれる人で、超常連さんだ。週に3日くらいはお店にいるかもしれない。でもお金がないから行けない、と言ってたまに何日か連続で姿を消すことがある。そのWさんだけが頼り。。。バイト入った時にメールうっておいたのになぁ。。。やっぱり、まだ名古屋にいるのかしら。……と思っていたら、ドアがあいて、Wさんが入ってきた。私とママは思わず拍手で迎えいれてしまった。お客さん第1号が、なんと23時。。Wさんはママのダミ声にビックリしていた。私は結局1時でバイトをあがったが、その後、お客として飲むことに。Wさんの隣で飲みつつ、冗談言いつつ。。。していると、マスターから電話がきて「K社長がそっちに行くから。」マスターの店からどうやらお客さんが来るらしい。K社長????K社長って…あぁ~、あのおじいちゃんか!ママが『マスターが、K社長は苦手だからそっちの店に行かせるから、だってサ。苦手とかそういうこと言うなよな~、仕事なんだからさぁ!』とマスターの愚痴を言っていた。うむ、確かに。マスターはすぐキライなお客さんとか目の敵にするしなぁ。ただのガキじゃん。てか、ガキでもそこまでしねぇだろ…私は少し飲んで帰るつもりだったけど、K社長が大好きだったので残ることに。K社長は80前のおじいちゃんだけど、それはそれは元気。ママ曰く、K社長の元気な秘訣は「エロいこと」。Hな人は長生きするらしい。確かにお店に来ると、いつも下ネタばっかり連発している。でもいやらしさがないというか、ストレートすぎて気持ちいいというか、下心がないからだろうけど、『カワイイ~~』という感じ。K社長は「俺は、あともう3年くらいしか生きられないんだよ」とか「あと2年も生きりゃお迎えがくるんだよ」といつも言っている。信憑性がなさすぎる。どうもそんな気配はない。どう考えてもあと10年は生きられそうである。だって、深夜まで飲みあるいてるくらいなんだから…。私がカラオケを歌っていると、「俺はオマエとヤリたいよ。ママ!この子とやるにはどうすればいいかね!」と言い出した。するとママは『だめだめ、この子は処女なんだからっ』と言い、社長は「そうか、オマエは処女か。それなら仕方ないねぇ。」と諦めていた。そういうストレートさに、バイトの子は戸惑ってしまうらしいが、私は面白くて面白くて仕方がない。私に「オマエは混血か?」といつも聞き、『純日本人です』と答えると「そんなわけないだろう~!オマエの顔は純日本人じゃないよっ」と言う。本人が純日本人だって言い切ってるのに…まぁ、そういうところも面白いんだけど。そして、今日は「オマエ、オマエはアレだね、あそこの出身だ。うん、そうに違いない。」と言い出すから、どこの出身だと思われてるんだろう?と思っていたら「フィリピンだ」と言われてしまった。あーー、K社長、また前と同じこと言ってるし。。。純日本人っぽくない顔をしているとはよく言われるけれど、アジア系の混血だと言われるのは社長くらいなんだよな(笑)そして「フィリピンというより、アレだな、タヒチだな。オマエはゴーギャンの絵に出てきてそうだ」と言い始めた。ゴーギャン好きな私としてはチョット嬉しい。『ゴーギャンは私をモデルに描いたかもしんないですねぇ♪』と言ってみると、「んなことあるわけないだろうよ~!」と、思いっきり否定されてしまった。社長、そんなところで冗談終わらせないでよぉ(笑)WさんやK社長と何だかんだ色々話して、結局3時半頃になってしまった。今日のK社長のお話しもやっぱり脈絡がなくて、(毎回)関東軍の話→女房の話→北朝鮮の話→女性の性感帯→女房の話→関東軍の話→戦友の話→タヒチの話というふうに不規則な流れをもってなされた。そして私は終始腹をかかえて笑っていた。やっぱり社長おもしろい~~~!
2003年08月27日
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夏休み最終週にして、怒涛の日々が始まった。週6回の家庭教師に加え、スナックのバイトが5連勤。稼げるからいいけれど、やっぱりキツイ。私がバイトしているスナックは小さなスナックで、大学3年生の夏から始めて、昨年の7月まで丸3年働いていた。昨年、横浜の高校で教員補助をしていた時までしていたことになる。(雇用契約の時に、他にバイトしてもいいと言われたので。でも高校のせんせーが水商売はナイよなぁ 笑)小さなスナックで、今年で25周年。開店当時からのお客さんばかりで、「水商売」という感じはしない。時給も、家庭教師より安いくらいである。危険なことは一切ない。そんなに忙しくないし、天気が悪い日はお客さんゼロという日もある。それでも時給は出るので、バイトの女の子からしてみればラッキー。私はお酒が好きだし、それでお金をもらえちゃうなんて!!という感じ。うちのスナックは毎日女の子は1人ずつしかシフトに入っていない。女の子は皆学生で、それが売り。美大や美術科が多い。私は音楽科だったが異色だったかもしれない。夏休みになると、女の子が皆帰郷してしまうので、毎年シフトに入る子が減ってしまう。私が学生だった時は、私自身オーケストラがあったのであまり帰省しなかった。その為、夏休みは他の女の子の分までシフトに入り、週4回くらいはバイトをしていた。収入は10万オーバー。それでいてオーケストラや自分の練習などで使う暇がなかったので、溜まる一方だった。今から考えたらありえない話だ。学生の時は、今より水準の高い生活をしていた。ブランド物にはそんなに興味がなかったけれど、「良い物一点主義」なので、結構値段のはる物を買っていたり。当時買ったものは、勿論今でもまだ使っている。(特にバッグは、私はたくさんモノをいれてすぐに潰してしまうので、当時買った丈夫なバッグは、それなりに高かったけれど今でも重宝している。)一度、無性に旅行したくなって、10万握り締め、四国に行ったことがあった。その頃まだスカイメイトが使えたので、かなりお得だったが、ホテルガイドで宿を決め、電話して予約をいれ、適当にあちこち電車に乗っていろんな所に出かけた。四国から関西に行って、堺や難波、梅田など、色んなところを色んな電車に乗ってブラブラした。今考えたらあのお金で海外旅行もできたのだが…。話を戻して。。。夏休みに入って、バイトの女の子が今年も足りなくなってしまうとのことで、私がピンチヒッターでシフトに入ることになった。それで、8月最終週となる今週は、本当に誰もいないので5連勤ということになってしまったのだ。家庭教師は幸い昼間だし、スナックバイトは夜20:30からなのでちょうど良い。7月~8月中旬まで、4回ほど不定期に入ったのだが色々なお客さんに久々に会えて嬉しかった。バイトはカウンターでお酒を作ったり、灰皿をかえたり、食器を洗ったりが中心。私は人の名前と顔を覚えるのが得意なのか、2年前に1度しか逢ったことない、というお客さんでもしっかり覚えていたりする。それで私を訪ねてきてくれたりすることもあるので、ちょっと嬉しい。そういえば、学校の現場でも、生徒の名前と顔を覚えるのは得意かもしれない。店から家までは自転車で15分。しかし今自転車がパンクしているので、帰りは徒歩で30分かけて帰る。今日も帰宅は午前2時前。明日の家庭教師は午後からだからいいけど、新学期が始まる前にグッタリしてしまいそうだ。私は冬はめっぽう弱くてすぐに風邪をひくけど夏には強いので多少無理をしても乗り切れる自信がある。貧乏に暇などない。ガッチリ稼ぐぞ。
2003年08月26日
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映画「永遠のマリアカラス」を観に行った。マリアカラスは、20世紀を代表する歌姫。実は私もカラスについてのことはほとんど知らない。とにかく、カラスは「歌姫」である。今回の映画は、そのカラスの晩年を描いたものらしい。芸術家の晩年は、大抵無残である。あんなにも神童ともてはやされたモーツァルト。神からのお告げではなかろうかという、数々の崇高な音楽を残した彼の死因はわかっていない。死因はおろか、遺体さえも発見されていない。ピアノ曲や歌曲に優れたシューマン。「トロイメライ」にもみられるような、彼特有の旋律と旋律の絡みは、まるで夢が幾つも重なっているかに思える。(シューマンは実際、幾つもの幻想・夢を見ていたのだろうと私は思う。)彼は鬱病から、ライン川に投身自殺未遂。精神病院で息を引き取ったのは、その自殺未遂から2年後のはずである。ロシアの作曲家、チャイコフスキーの死因も、服毒による自殺というのが一般的な解釈になりつつある。彼は同性愛者であったが、当時のロシアでは同性愛は重罪とされ、シベリア送りにされていたという。そのような様々な苦悩から服毒し、自殺をしたのではなかろうか、という研究が近年進められている。上に揚げたのは作曲家ばかりではあるが、演奏家のそれも同じだろう。天才といわれもてはやされた人ほど、晩年は安らかではない。マリアカラスも同じだった。年齢と共に最盛期の声を失う。最後に行った日本公演は、マリア自身は全く納得のいかないものだった。しかし観客は彼女に拍手喝采を浴びせる。だかカラスはこのように言う。「私の歌に拍手しているんじゃない。マリアカラスという名前で拍手をさせられているの。醜い声で怒鳴ったって、観客は拍手するわよ」ある音楽プロデューサーは、失意の中にいる彼女に再び歌わせようとする。あらゆる技術を駆使して、ピーク時の彼女の歌声と、「今」のカラスの演技を組み合わせるといったものだ。カラスはまた演じようとする。かつて演じてきた数々のオペラの中から、何を演じようか迷うほど浮かれる。マノン・レスコー、蝶々夫人、トスカ、トラヴィアータ、ボエーム……しかし、彼女が演じたいと言ったのはビゼーの傑作「カルメン」だった。カルメンの撮影にのめりこむカラス。フラメンコのレッスンを受け、自分が納得するまで何度も繰り返し踊る。彼女はなんでもパーフェクトにクリエイトしなくては気がすまないのだった。カルメンの撮影も無事にクライマックスを迎えようとするが……この後は皆さんの想像にお任せします。劇中には、当時のカラスの歌声をそのまま使われていた。素晴らしい歌声だった。不自然なものはなにもなく、耳に自然に聴こえる音楽。無理がない。何にも無理がない。それでいて情熱的。世紀を代表する歌姫というより、歌姫の中の歌姫だ。今後、彼女を越える歌手が出てくるのだろうか?とさえ思った。J-POPシーンで、よく「歌姫○○が……」などと使うわれるが、下手な歌手に限って歌姫と言われている。身なりだけ着飾って金切り声で歌う歌手を歌姫と呼べるだろうか?本来歌姫とは、カラスのような歌手に使われるべきものである。実際、カラスもシャネルを愛したらしいが、映画でもシャネルが使われていた。そのシャネルをイヤミなく着こなしているカラス役のファニー・アルダン。本物のカラスも絶対あんな風だったに違いない。ピンとした背筋、妖艶ともいえる笑み、しなやかな動作。シャネルが似合うはずだ。というか、シャネルが浮かないのだ。難なくカクテル・スーツやワンピースを着こなす。本来シャネルは彼女のような人が着る(持つ)のであって、汚いギャルが無理して着る(持つ)ものではない。街中で、くわえタバコをしながら、無理して買ったであろうシャネルのバッグを持って闊歩しているギャルに見せたいものだ。シャネルが浮くうちは、まだシャネルを持つべきではない。シャネルが浮くのは相応しくないからなのだ。とにかくアルダンは見事だった。もう一度書いてしまうが、「本物のカラスも絶対絶対絶対あんな風だったに違いない」!!結論。「歌姫」という代名詞は、カラスの為にあるのだ。
2003年08月24日
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岩井の合宿から帰ってきました。今日も体調はあまり優れず、引率してくれた生徒に心配をかけました。(普通なら私が引率するんだけどさ…笑)午前中、クラリネットパートがレッスンしてくれというのでアンサンブルのレッスンなんてしてみたり。その後、10時半頃から正午まで軽く合奏。私は見学。んで納得いかないことがひとつ。昨日、最終日だったから皆遅くまで起きてたんだな。それに夏休みも残り僅かで、遅くまで宿題とかしてる子も多くて。(K高校は進学校なので結構皆真面目に勉強をする。)まぁそれはいいんだけど、睡眠不足から体調が悪いと言って合奏に参加してない人がいるんだよね。それに結構皆ぐったりしてる。なんか違うんじゃねーか?吹奏楽の合宿に来てるんだったら、楽器吹くのに専念しようよ。何を最優先でしなきゃならないかはわかるんじゃないの?睡眠不足で寝てなくても楽器吹いてるならわかる。寝てない、だりぃ~…といいながら、それなりに集中してる子もいる。楽器吹けなくなるまで起きてるんじゃねーよ。一人で楽器吹いてるんじゃねーんだからさぁ。合奏は一人欠けたらガラッと違うものになる。夜遅くまで起きてたらどうなるか。進学校かよってるんだったら、そこまで考えろ。さて、昼食を食べてからが大変。楽器や椅子、譜面台の片付け、荷物のまとめ。楽器の運搬もなかなか大変。片付けも終わって出発。顧問の先生は車だったので、先生に「駅まで、生徒をよろしく。」と言われる。え、私が引率っすか……(滝汗)しかし結果としては、私が引率される形に。民宿からの帰り方は、民宿 → JR岩井駅 → 電車で3駅ほど先の、JR浜金谷駅 → フェリー乗り場 → フェリーで久里浜港 → バスで京急久里浜駅という感じなんだけど、私、あまりよくわかってませんでした、ハイ。民宿から岩井駅までの行き方も忘れてて生徒について行ったし、浜金谷駅からフェリー乗り場までの行き方も忘れてたし、フェリーに乗るのも生徒任せだし(苦笑)フェリーの入場券は団体割引ってきいてたんだけど、どう考えても私のは個人のチケットだった。団体なんてどこにも書いてないし、販売機で買ったチケットを渡されたし。しかも前部長Tと私、二人だけ、個人チケット。二人で「うちら、ハブ?」なんて言いながらフェリーに乗る。フェリーの中では誘惑に負けて、¥300もするソフトクリームを食べてしまった。生徒と「値段、高すぎる」と愚痴りながら(笑)フェリーを降りる時も、個人チケットで入った私と前部長のTは、スタスタと降りる。団体だと、まとまって降りなきゃいけないけど、なんせ私ら、ハブだから(笑)フェリーを降りてバス乗り場の前で解散。「お疲れっしたぁ~~!!!」といって解散したけど、結局皆同じバスに乗り込んだんだよね。(笑)解散、バス乗り場でする意味があったのか?(笑)家までは京急で品川まで出て、そこから自宅へ。京急久里浜から京急品川までは約40分。昨年も京急で爆睡した覚えがあるんだけど、今年も爆睡でした。電車に乗り込んで、気付いたら品川。それから酒が飲みたくなった私は、地元の友達を高田馬場まで呼び出し、高田馬場で飲みました(笑)めでたしめでたし。
2003年08月21日
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昨年勤めていた神奈川県立K高校の吹奏楽部の合宿に呼ばれた。K高校の吹奏楽部は毎年千葉の岩井で合宿をしている。私は昨年、一応吹奏楽部の副顧問的役割をしていたから勿論顧問の先生と2人、引率で行ったのだが、今年も来ない?と顧問の先生からお電話をいただいた。何故呼ばれたかよくわからないのだが、今年、生徒と先生の関係があまりしっくりきていなくてその仲介というか、クッションとして私が呼ばれたのかも、とも思った。昨年は顧問の先生の大学の同級生でもあるWさんという打楽器奏者も合宿に来ていたが、今年も来るらしい。顧問の先生は、随分上だが、私の大学の先輩でもある。したがって、Wさんも大学の先輩。昨年は大学の話に話が咲いた。今年は18日から合宿を行っていたらしいのだが、私は鹿児島に行っていたり、家庭教師の日程がキツかったりして20、21日の1泊2日での参加。毎年引退した3年生も希望者は参加するのだが今年は予備校などで忙しい子が多いらしく2名のみの参加になった。一人はクラリネットパートのM、そしてもう一人は私によく連絡をくれる部長T。部長Tは予備校があるので行くかどうするか迷っていたようだが私が最終日だけ行くというと、「先生に色々話したいことがあるので私も行きます!」と嬉しいことを言ってくれ、参加することに。当日のことは、部長Tがマメに連絡をくれ、時刻なども全て調べてくれた。まったく、どっちが引率なのかわかったもんじゃない。私が引率されてるようなものだ。「しっかりした生徒を持って幸せだなぁ…」今まで何度思ったかわからない。集合は久里浜港からフェリーで行くことになり、朝9時に久里浜駅に集合、ということになった。生徒の家は横浜方面が多いので、久里浜からはフェリーで行く方が断然近い。しかし私の家は微妙な位置。久里浜まで行ってフェリーに乗るのと、東京駅まで出て特急で行くのとどちらが近くて安いか、微妙である。でも自分ひとりで行けるか不安なので、生徒に引率してもらってフェリーで行くことに。携帯の乗り換え案内で調べたら、最寄り駅を6時53分に出発する電車に乗らなくてはならなかった。しかし起きてみると、なんと7時15分……。乗る電車の1時間後に起きるなんて…。結局、久里浜からフェリーの乗り方がわからなかったので東京まで出て、特急で行くことに。中央線で東京駅まで行って、とりあえず館山方面の電車に乗ればどうにかなるだろうと思っていた。昨年、合宿に行ったあとに「青春18切符」で千葉の館山まで鈍行で彼氏と行ったことがあった。合宿で行った後、千葉の空の青さに感動して、行ってしまった。その日は天気が悪く、小雨が降っていた。でも電車から海が見え、海が好きな私は大感動!今年も海を見るべく、合宿に誘われるままに参加した、というわけである。さて、話を戻して、遅刻してしまい、一人ではフェリーに乗れないと判断した私は、東京駅まで出て、そこから特急で岩井まで行くことに。東京駅に着いたのが10:10。すると10:30の特急があった。パンとおにぎりとお茶、そして「東京1週間」(雑誌)をコンビニで買ってあったので、いそいそと特急に乗り込み、さっそくパンをほおばりながら雑誌を読む。車掌さんが回ってきたので乗車券と特急券を買う。車内アナウンスで、岩井までは1時間45分で行きますと言った。蘇我を過ぎたあたりから、田園風景が広がってきた。「良い!非常に良い!」浮かれまくっていた。結局到着したのは13時前。合宿所に着くと、昼ごはんのカレーが置いてあった。さっきパンを食べたけど、とりあえずカレーも食べちゃえ。ってことでカレーをおかわりまでして、腹の中にいれる。14時から合奏だということで、それまで生徒らはパート練習をしているらしく、色んな部屋から音が聞こえてきていた。私はとりあえず荷物を部屋に置いて、楽器を持ってクラリネットパートが練習している部屋へ。しかしもはや私が教えることは特にない様子。というか、私が入り込める隙がないというか。しかも私は劇的に体調が悪くなった。食後に一応薬を飲んでいたのだが、それでも一向に良くなる気配ナシ。14時からの合奏をソファーの所で聞いていたのだがあまりに体調が悪いので、部屋に戻って横になってしまった。18時頃からバーベキューが始まるというので、庭へ出る。生徒達がしきりに心配してくれた。あまり体調は回復していなかったが、もう一度薬を飲めば平気だな、と思った。バーベキューの時にビンゴ大会をしたのだが、結構楽しかった。部員の名前をマスの中にいれていき、読み上げられる名前を消していき、ビンゴになった人はそのビンゴになった列の誰かのモノマネをしなくてはならないという、バツゲーム的お楽しみが待っているのだった。そのモノマネというのがあまり似ていないんだが、口癖などを特徴をとらえてマネてあるので、かなり笑えてしまった。それから海岸へ行って、花火。手持ち花火からちょっとした打ち上げ花火まで、いろんな種類の花火をした。2年生の生徒と写真をとったりした。花火から帰ってきたら自分の部屋でトリビアの泉を見ていた。そこへ、前部長のTが登場。色々な話をして、一緒にトリビアの泉を見て、Tは去っていった。しかし、去ったといっても、下の階にいる常任の先生の部屋に行っただけだった。そして下の階からお呼びがかかり、私も行くことに。そこは酒の宝庫だった。ビールに日本酒に、うひょー。遠慮なく飲んでいいから、という常任の先生の言葉に甘えまくり、飲ませていただいた。確か昨年も沢山のませていただいた。生徒がいる前で飲んでいるのだが、うちの高校の生徒はか~な~り大人なので、それについてどうこう言わない。先生、ちょっと飲ませてよ~なんてことも言わない。まーったく、よくできた生徒。それに比べてダメな先生ですね、ハイ…ちなみに、今非常勤で行っているI高校の生徒の前では、間違ってもこんなことできない。そうして飲みながら色々はなしていると、いつのまにか生徒が10人近く集まってきてしまっていた。そこで某生徒Jの将来の夢「古本屋になる為には」をテーマに2時間ほど歓談。ちなみにこのJという生徒、キャラクターがかなり私のツボである。吹奏楽部の、趣味や特技など個人情報を載せた冊子「こいけ」の『将来どんなおとなになりたいか』という欄に【愛想笑いのうまくできる大人】と書いたツワモノである。私はビールと日本酒を飲み、適度に酔い、海が見たいとわめき、OBの慶應ボーイSくんと海へ。(注! 何もやましいことはしておりません 爆)帰ってきてからしばらくまた生徒と話して、その後死んだように眠った。体調は良くなりようがなかったが、薬を飲んだので幾分マシだった。しかし、明日がピークだと思われた。確か昨年の合宿から帰る時も体調が悪くなって生徒に随分心配かけたっけなぁ…(滝汗)
2003年08月20日
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明日から千葉・岩井である、前任K高校の吹奏楽部合宿に参加する為に、そして昨日まで鹿児島に帰っていた為に、今日はとにかく家庭教師一色の一日だった。10時から90分、Hちゃんの指導。Hちゃんの指導は大体30分はオーバーする。今日も案の定、25分オーバー。12時頃終了。それからビルディでご飯食べて、14時半頃まで読書したりして時間つぶして15時から、同じ市内にあるAちゃん宅へ。前も書いたけど、AちゃんとHちゃんは同じ中学校で同じ学年なのでした。二人には、同じ中学の子がいるとは言ったけど、誰とは教えてませ~ん。一応プライベート情報になるしねぇ。Aちゃんの指導はまず90分。それから60分休憩。リビングでTV見ながらタバコ吸いながら話しながらお菓子食べながらだら~っと生徒と私、生徒のお母様とで休憩しております。そんでまた90分の指導。それが終わるのがだいたい19時頃かな。で、19時からご飯をいただきます。いつも美味しい手料理をいただいてます♪そーなんです。お察しの通り、私、このご家庭ではもの凄く厚待遇なんですなぁ。というわけで、今日はカテキョ一食でした。鹿児島に帰ってなくて、千葉の合宿がなけりゃこんなことしなくてすんだんですが、ええ。でもどうしても千葉には行っておかなくてはならんのだっ!(私にとっては合宿というか、療養というか。だってすごく落ち着くんだもん、あそこの民宿。)
2003年08月19日
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鹿児島から上京してきた。2泊3日の短い滞在だったが、結婚式も行ったし、買い物もしたし、母の手料理も食べれたし、お酒も飲めたしでまぁ楽しかったのではないか。実は。私にとって、実家というのはあまり居心地がよくない。自分の居場所がないからだ。「自分の部屋がナイ」という意味ではありませんよ。自分の居場所というのも、色んな意味がある。自分の家に居場所がないのもそう。地元や高校時代の友達と話していて居場所がないのもそう。『あー!わかるわかる!』という人、いますか?逆に、「東京が苦手」という人もいると思う。いや、東京が苦手というより、「地元が好き」という人。東京じゃなくても、高校を卒業して短大や大学で親元を離れてどこか知らない土地に行って、それからすぐUターン就職する人はきっと「地元が好き」という人なんだと思う。私の高校時代の友達が東京に来て、「私はこういう所では住めない。。よく住んでるね」と言ったことがあった。でも私から言わせると、「よく地元に住んでるね。私は住めない」という感じなのだ。人にはいろんなタイプがあるんだと、つくづく思う。そういうわけで、私は地元に帰ると居場所がなかったり、しがらみが窮屈でたまらなかったりする。実家に滞在するのは短ければ短いほど、両親を含め、周りの人とのいざこざを避けられる。正月に帰省した時は、1週間近く滞在したが父親と3ヶ月口をきかないという、史上最悪の喧嘩をしたのだった。今回は2泊3日だったので、そういうこともなかった。ただ、母親はいつ地元に帰ってくるのかと五月蠅かった。できればずっと帰るつもりはないのだが、当分帰らない、とだけ言っておいた。帰ったら、私は衰弱してしまうよ。その自信アリ。私は東京が好きだ。「都会だから好き」なんじゃない。居心地が良いから好きだ。誰も私に干渉してこない。周りは知らんぷりするのが得意な人ばかりだ。たまに、東京の人はどうしてそこまで知らんぷりするの!?と思うことだってあるし、それが哀しかったり悔しかったりもする。だけど、私にとって他人を決め込まれるのは誰かが干渉してくる煩わしさに比べるとどうでもいいことなのだ。ただ、東京で家庭を築きたいかといわれれば、そうではない。そんな思いを馳せながら、飛行機の外を見つめていた。空港に着いてから2本ほどタバコを吸い、自宅へ急いだ。夕方からKちゃんの家庭教師が入っていたのだが、間に合いそうにないので、時間の変更をしてもらう。自宅に到着したのはKちゃんの家庭教師が始まる時間。やっぱり時間変更をしてもらってよかった、と思った。それからKちゃん宅へ向かう。へとへとに疲れていた。空港へ向かうリムジンバスの中でも、飛行機の中でも寝ていたので眠くはなかったけれど、Kちゃん宅⇔駅 の往復がとにかくキツかった。次、実家に帰るのは正月だろう。昨年、史上最悪にして史上最長の親子喧嘩をした、忘れもしない2003年1月2日。次回帰った時は、もうあのような喧嘩はしたくない。親もきっとそう思っているはずだ。疲れてたけど、東京に帰ってきて思ったこと。う~ん、やっぱ住みやす~ぃ☆★自由だし、部屋には一人だし♪(外に出ると人が多いのが玉に瑕、っつーか東京の短所か)今んとこ、住みやすさは 鹿児島<東京でございます。
2003年08月18日
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恩師の結婚式に出席してきた。6月上旬くらいだったか、結婚式の招待状(っていうんですよね?)が届いた。正月に帰省した時、高校時代の同窓会があり、当時の担任と副担任(※注1)も出席してくれており、そこで担任が籍をいれる、と爆弾発言をした。今40歳を越えたばかりのN先生は、高校時代からスキャンダルは多かった。鹿児島の音楽界は狭いし、母校の音楽科出身の人がほとんどなので、どうしても先輩から情報が入ってきてしまうのだ。しかしずっと結婚せず。保護者にも「N先生、早く結婚してください。我が子の受験より心配です」なんて冗談を言われていたほどだった。副担任は保健体育の女の先生だったが、やはり「音楽科の皆で、N先生の尻を叩いて早く結婚させなきゃぁ~!」と、同窓会や集まりがある度に言っていた。そのN先生が、同窓会の席で「入籍」発言。相手を探るべく、同窓会に出席したメンバーで根掘り葉掘り聞いたのだが「ウチの高校の卒業生で、勿論音楽科で、クラリネット専攻」ということしか教えてくれず。皆でアレコレ予想したが、誰もあてはまらない。『入籍したらちゃんと教えるから』なんてN先生に言われ、皆しぶしぶ諦めたのだった。………それから3ヶ月後………実家の母からFAXが届き、その中に『N先生のお相手はK先生だったとか…』と書いてあった。なぬ!?K先生!?K先生とは、私が初めてクラリネットを習った先生だ。当時私は小学校6年生で、趣味でクラリネットを始めた。『自己流ではヘンな癖がついてしまうから』と母がいうので、ピアノ教室の先生に相談して、クラリネットの先生を紹介していただいた。それがK先生だった。K先生についての詳しいことは、またいつかコラムででも書くとして。とにかく、めでたくN先生とK先生は結婚することになったのだ。そして私達はN先生の教え子代表として、N先生が3年間担任した音楽科1期生40人が招待されたのだ。K先生も私の高校の出身なので(※注2)、後輩ということにもなる。また、私はK先生の教え子でもある。故に、今回の結婚式は私にとってはどちらも恩師なのだった。K先生に会うのは本当に8年ぶりくらい。趣味で始めたクラリネットを大学までしてますなんて言ったら、先生、ビックリするだろうなー。てか私が言わなくても、もうN先生に聞いてるか(汗)結婚式にはなんと、300人もの人が来ていた。鹿児島の音楽界のVIPばかりが揃いも揃っていた。出席していた我々「教え子代表」の約30人は、「○○先生がいる。。挨拶しとかなきゃ。。」とびくびくしていた。特に、東京の音大に進学した人は、怪しいくらい挙動不審。(私を含む)『久しぶりすぎて、怖くて口がきけない。。』と言いつつ、「めでたい席だし、懐かしんでくれるかも」という感じで挨拶まわり。私が教育実習でお世話になった先生、高校時代のソルフェージュの先生、ピアノの先生、声楽の先生、高校時代の副担任、音楽主任、吹奏楽関係者(県外から来ている人も!)…………そしてそれらは大体、私の母校の先輩なのだった。ふーーー、ホント、大変。。。で、結婚式はしらない(?)間に続いていて、かつてN先生が指揮していた吹奏楽団の演奏や、N先生とK先生のピアノ&クラリネットの演奏や、ハープのソロや、ピアノのソロや、ヴォーカルのソロといった余興なのかメインなのかわからない余興があって、我々教え子代表の「へたれ合唱」の番に。高校時代に一度歌った曲だったけれど、今は音楽をしている人は半分以下なので声がでなかったりして、とにかく「へたれ合唱」。でも一応音楽科の意地を見せよう、ということでいっちょまえにリハーサルをして、バランスなんてとってみたりした。振り付けをしなくてはならなかったので暗譜だったが「歌詞を覚えてない。。。」という人がほとんど。しかしその割には本番は結構成功したんじゃないかと思う。(自己満足かもしれないけど 汗)そしてN先生とK先生のところへビールをつぎに。私が「K先生、お元気でしたか」と言おうとした瞬間、『おい!朋!オマエ、K先生は恩師やろうがー!』とN先生が。「もぅ!これから声かけようとしてるのに、N先生、邪魔しないでよ!」と少し口論に(笑)K先生は「朋ちゃん~!東京の方ですっごく頑張ってるんだってねー!!ホント、びっくりしたよ~!」と言ってくださった。K先生、ウエディングドレス、超似合ってたよ~。K先生は確か36、7歳くらい。いやぁ、どう見ても30歳くらいにしか見えないし!!それに「大人の女」って感じで超似合ってた!!!!やっぱり私は若くにウエディングドレスを着るんじゃなくて色んな苦い思いもして、悩んだりもして、歳とってから結婚して、大人の顔でドレスを着たいわ~~。私は小さい頃に1回、結婚式で花束贈呈をしたことがあるらしい。しかし全然覚えていない。物心がついてから結婚式に出席したことはない。だから、記憶に残っている限りでは、今回の結婚式は初めての結婚式となる。恩師二人の結婚式に出れて、嬉しかった。そういえば、N先生が言った結婚式の締めの言葉が面白かった。『えー、本日は、我々二人の為に足をお運びいただき、誠にありがとうございました。ところで、案内状に、【私たち若い二人をこれからも温かく見守ってください】と書いたところ、「若い二人、ってのはないんじゃねぇの~~!!?」とのお言葉を多数いただきました。温かいご指導、本当にありがとうございました。』N先生は43歳くらいで、K先生が36,7歳。確かに「若い」とは言えないけど…気持ちはまだまだ若いんだよねっ、N先生にK先生??*******補足*******※注1私は公立高校の音楽科に通っており、クラス替えはなし、担任も3年間同じだった。副担任も2・3年は同じだった。※注2実はK先生は創立当時に入学した生徒で、本当の1期生。K先生がいた頃は音楽科ではなく音楽コースだった。それが「科」になり、音楽科を開設して初めて入学したのが私たち、ということになる。ちなみにK先生の同期には、俳優の沢村一樹さんがいる。そんで私の同期はGO!GO!7188の浜田さんと中島さん。あと、はしのえみと中島美嘉がうちの高校を転校&中退だったハズ。
2003年08月17日
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恩師の結婚式の為、鹿児島へ2泊3日で帰省。正月ぶりの帰省となったが、私は2泊3日は逆にバタバタしてしまうので面倒だと思っていた。しかし両親がはりきっていて、父親と母親、二人で空港まで迎えにきてくれた。東京はその日、やはり20度前半の気温。前日に実家に電話をして鹿児島の気温を確かめたところ、30度くらいあり、普通に夏だとのこと。気温の差が激しいので何を着ていこうかと悩んだが、半袖シャツを着て、上に薄手のジャケットをはおることにした。飛行機を降りると両親が出口のところで待っていた。それからレストランへ。レストランは混んでいたが、私達は運良くすんなり入れた。私は天麩羅が好物なので母親が天麩羅のある店を選んで入ったのだが、なんだか天麩羅を食べる気がおこらず、皿うどんを食す。母親は天丼を食べていて、私の皿うどんと天丼を少しだけトレード。その後外に出ると、暑い!!!!!普通に夏じゃん!と思った。「でも今日は結構涼しい方よね」なんて言ってる両親に「東京は長袖着るくらい寒いよ」と言っておいた。空港からすんなり家に帰る予定だったらしいのだが、私が買い物をしたいと言って、鹿児島の繁華街(?)である、天文館へ。実家に帰った時は、母親と買い物に出かけ、あらゆるものを買ってもらいまくるのが習慣。日用品から衣類、化粧品など、とにかく必要なもので思いつくものは全てせがんでいる。私が帰省する時は、どこかしらでバーゲンをしているので、母親も自分のものを買ったりしている。母親は、娘ができたらこうやって買い物をしたかったんだろうな~なんていつも思う。私が幼少の頃も、「朋ちゃんが大きくなったら、一緒に買い物にでかけたり、おしゃれな喫茶店でお茶を飲んだりしたいわ」といつも言っていた。しかし私は高校卒業と同時に親元を離れることになる。母親は凄く淋しい思いをしていると思う。だから早く地元に帰っておいで、と言うのだろう。でも朋はまだ帰らないし帰りたくないよ。ママ、ごめんなさい。というわけで、私が帰省した時は私を色んなところに連れまわし、色んな服を試着させてくれる。店員さんに「母娘でお買い物っていいですね」といわれると、「今日東京から帰ってきて、必要な物を買ってほしいらしくて買い物に行こうってて私を連れまわすんです」なんて嬉しそうに言っている。母親は私と違って服のセンスもいいので、たまに実家から送られてくる荷物の中に服が入っていたりする。スーツにあうシャツ、プリーツスカート、ニット。流行り廃りのないオーソドックスな形だが、どこかにひねりが入っているデザインのものが多い。一体どこでみつけるんだろう。学生時代、Aラインのコートがほしいといったら、私の好みにピッタリなものを送ってきてくれた。色はカーキで、私がとてもほしかった色。小さい頃は、私の服のほとんどは母が手作りしてくれていた。スカート、ワンピース、浴衣もあったような気がする。それに結婚式のドレスまで。結婚式に出席したのは全然覚えてないけど、ドレスはなんとなく覚えている。白いレースがふんだんに使ってあって、濃紺のリボンがついていた。今日は下着(少ししか買ってないのに2万もしやがった)と、ズボンを1着購入。父親を待たしていたら、「疲れたから早く戻ってこい」とうるさくて、ゆっくり見れなかった。くそー、あと少しでファンデーションと靴と秋物のシャツも買ってもらえるところだったのに!帰りの車の中で、弟達の話をしながら、両親の携帯のメール設定をする。メール機能が使えるようになって喜んでいたのは、父親だった。帰宅してから、「何が食べたい?」ときかれ、「酒が呑みたい」と答えた。(質問に沿っていない回答。笑)とりあえず買い物に行ってから決めようか、となり、母親と買い物へ。私の実家は魚が美味しい所なので、まずは魚コーナーへ。かんぱちでおいしそうなものがあったので、かんぱちの刺身がまずは決定。それから鯵の塩焼き。「野菜は?」と母が聞くので、アスパラと玉葱とレタスのサラダに、豚しゃぶをのせよう、ということに。私が高校生くらいの頃、うちの両親、アスパラなんて食べてなかったのに、いつの間に食べるようになったんだ??あと私はレバーが大好きなので、レバー料理をしてもらうことに。帰宅すると父親が「ビールを飲もう」と言うので、ビールで乾杯。焼酎は森伊蔵があった。森伊蔵は、まだ入手困難なお酒。森伊蔵をどうやって入手したのかを父親に聞いていると、いつのまにか私の前にランチョンマットが敷かれ、箸がならんで、刺身が出てきた。母は陶器が好きでちょっとしたコレクションをしている。○○焼なんていう高価なものじゃなく、傷物市などで売られている陶器を買ってきて並べては楽しんでいる。安い陶器だが、私たち子どもがまだ小さかった時は「割られたら困るから」といって、専ら食器棚の肥やしだった。食器棚で眠っていた器に、こうして刺身が盛り付けられているのを見ると嬉しくなった。それに、刺身がおいしく感じた。鯵の塩焼きもなんだかお洒落な皿に盛られてきたし、サラダはもの凄く大きなボウル(でもちゃんと焼き物の器)に盛られてきた。「このボウル、初めて見るね」と言うと、母は嬉しそうに「でしょ?コレはね、○○おばさん(母の妹)と買い物に行った時の傷物市で、1500円くらいで売ってたのよ。」まったく、母親が買うものは、服もそうだけど、とにかく「どこでこんなの見つけてくるの!?」というものばかり。デザインがよくて値段も破格なものが多い。冷やしてあったビールを3人で全て飲み干し、父親が焼酎を飲み始めた頃、両親の祖父母の家に挨拶へ行くことにした。まずは父方の祖母の家へ。父方の祖父は私が高校2年の時に亡くなっているので、祖母は一人で暮らしている。私が行くと、寝る前だったにも関わらず、とても喜んでくれた。それから母方の祖父母の家へ。母方の祖父母はまだ健在で、3年前まではひいおばあちゃんも生きていたほどだ。行ってみると祖父はもう寝ていたのだが、わざわざ起きてきてくれた。電話棚の横に、小さな女の子の雑誌の切り抜きのようなものが貼ってあって、「!!??」と思っていると、おじいちゃんが「朋ちゃんに似ているでしょう、その女の子。」と言っていた。よく見ると、私の小さい頃に似てるかも…。でも私はこんなにかわいい顔はしてなかったぞ…(滝汗)だけど、まぁ似ているといえば似ている。それにしてもおじいちゃん、「どこで見つけてきたの!?」。まったく、ママがママなら、そのお父さんのおじいちゃんまで「どこで見つけてきたの!?」ってかんじ。血は争えないものだ。祖父母の家をまわって帰ってきたらいい時間になっていたので、風呂に入り、それからまた一杯やって、就寝。大変な一日はこうやって幕を閉じた。でも明日の結婚式の方が大変そう……!?
2003年08月16日
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私の出身、鹿児島の代表校の樟南が負けた。スポーツニュースを見ながら、「勝ってねーだろうな、早く負けろよ、樟南」と思っていたら負けていた。もし樟南が好きな人がこの日記を読もうとしているなら、これから先は読まない方が良いだろう。なぜなら私は樟南がキライだからだ。樟南は県予選で、以前汚い手を使って勝った。私が知っている限りでは2度くらいある。一度は、相手チームのなんでもないプレーにクレームをつけ、30分も試合を中断させた。自分のチームの投手が打ち込まれ、平常心を失っていたところでの試合中断。攻めていたチームは緊張感がなくなる。守っていたチームは落ち着きを取り戻す。結果、平常心を取り戻した投手は後続を絶ち、樟南は勝利を手にした。それから変化球の得意な投手に変化球を多く投げさせるようにしむけた、というのもあったらしい。甲子園は高校球児なら、高校生活の全てを注ぎこんでもつかみたいものだと思う。汚い手を使っても行きたい場所であるのもわかる。でも汚い手を使って勝って、嬉しいのだろうか?試合を中断させて平常心を取り戻させるのも戦術だという事も考えられなくはない。でもそういう形で取り戻さなくてもよいのではないだろうか?なんかフェアじゃない気がする。いや、むしろフェアじゃない。戦術とも言い難いのではないか。集中力を発揮して投手を打ち崩している者も、平常心を失ってしまった者も、同じ土俵で戦っているのだ。今年も樟南が汚い手を使って勝ち抜いてきた、とまでは言わない。しかし以前、汚いであろう手を使って勝っている。それ以降、その印象を払拭できない。汚いことをしていなくてもきっと「何か汚いことをしているんじゃなかろうか」と思う。今年代表になったと聞いた時だってそうだった。NYの松井が星陵高校時代、星陵は馬渕監督率いる明徳義塾と対戦した。私が中学3年生のお盆の頃である。ランナーをおいて打席に入った松井は敬遠される。その数、5回。ご存知の方が多いだろう。そう、5打席連続敬遠。あの時、馬渕監督は一度も松井にバットを振らせなかった。星陵は、ランナーをためて松井に打席をまわした。確か松井の打率は3割以上はあったと思う。5回打席に立つとしたら、最低1~2回確率でヒットを打つことになる。しかし馬渕監督は1度のチャンスさえも与えなかった。松井がバットを触れる状況にあれば、点が入っていたであろう。しかし5打席連続で、敬遠。勝つことに執着した結果であろうと思う。それを戦術だと言った人もいた。私はその時も「フェアじゃない」と思った。そして、「この先、このチームは勝てない」とも思った。明徳義塾は、その次の試合で甲子園を去った。しかしその後、明徳義塾は甲子園でもベスト4に入るようなチームに仕上げてくるようになる。野球留学生が多いことも理由のひとつではあるだろう。だが「全国で勝てる」チームである。実力がなくては全国では勝てないと思うのだが…。そして悲願の全国制覇を明徳義塾がした時に思った。きっと、5連続敬遠の呪縛が少し解けたのではないだろうか、と。樟南においては、『30分試合中断事件』があってからというもの、私はあまり良い印象はもてなくなった。むしろ嫌悪感を感じる。そんな手で勝って甲子園に出場して、勝ち進めるのか疑問に感じた。そして今日もその予感は的中した。甲子園で勝てない。そりゃ実力じゃなくて汚い手で勝ったなら勝てないだろう。樟南が鹿児島県代表として甲子園に出る度に思う。「どうせ勝ち進めないだろ」汚い手で予選を勝ち抜いたところで、全国大会での結果はたかが知れている。それなら出てくるな、とも思う。全国で勝ち進めるチームになってから「鹿児島県代表」と言ってほしい。たまに甲子園で勝ち進んでいると、「今年はずば抜けた選手がいたのか」と思う。極端な例えだが、灘だとかラ・サールだとかいう名門校に裏口入学して、それから一流大学に行こうというようなものなのではないだろうか?実力で入学していないのだから、当然授業についていけなくなる。だけど一流大学に行きたいです、といってるのと似ていないか?汚い手口で手に入れた物って、どれくらいの価値があるんだろう。そういえば、全然関係ないが、上野と鶴岡を擁して甲子園ベスト4に入った年があった。秋の国体出場も決っていたようだが、取り消しになった、という事件があった。鹿児島県内の高校の野球部員が飲酒をしていたらしい。トータルで4校ほどの野球部員が集まって飲酒をしていたらしいが、その中に樟南の部員も入っていた。その部員はベンチには入っていなかったと思うが、樟南は、勿論秋の国体は出場できなくなった。その事件を聞いて、笑ってしまった。いかに野球しかしていないかがわかる。「教育」なんて、何もなされていないのだ。こうしたらこういう結果に繋がる、とか考えて行動できないのだから、教育されていないんだと思われる。野球をしているなら、野球を媒体として教育がなされるべきではないのか?多感な高校生の時期に、本当に「野球」しかしていないのだろうか?それで、今後の人生はどうなる?とにかく私は、甲子園出場回数が多い高校より、全国で勝ち進める高校を応援したいのだ。
2003年08月15日
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クソ寒い日だった。………というのに、私はノースリーブを着ていた!!13日に西武ドームに野球観戦に行った帰り、友人宅に泊まった。そして友人宅からそのまま家庭教師に向かった。外に出ると、殺人的な寒さだった。髪の毛が長いことが唯一の救いだった。私の髪の毛は腰のあたりまである。暑い日は、無論暑い。髪が長い分風通しが悪く、首の周りが汗でベタベタする。しかし今日ほど髪の毛があってよかったと思えた日は、あまりないような気がする。そりゃあ鳥肌も立っていた。暖房があったりする今日、冬でも鳥肌ってそんなに立たない。強いて言えば、真冬にお風呂に入る時、脱衣所で服を脱いだ時とか、それくらい。なのに、なのに!!!!鳥肌が立っていた。以前、気温が低くてもキャミソールを着ていたりノースリーブを着ているギャルを見たことがあった。その時、「絶対寒いよな~、でもギャルは見た目重視だから寒さにも耐えるんだろうな」と思った。今日も見た目重視のギャルがいると思った。ノースリーブやタンクトップを着た見た目重視のギャルが、私の味方をしてくれると思っていた。それなのに!それなのに!!!やっぱり、異常気象はギャルの耳にも入ったらしい。うっかり友達の家に泊まって再婚気温20度ほどしかないであろう、雨の降りしきる中をノースリーブで闊歩していたのは、どうせ私くらいですよーだ。っていうか、っていうか。8月中旬で最高気温20度ってのが季節はずれ?それとも最高気温20度の日にノースリーブ着てた私が季節はずれ?私はちゃんと8月という暦に見合った服を着ていたと思いますが。(爆)
2003年08月14日
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★ある意味日記記入率100%企画 8★↑この、「8」とか番号があるじゃないっすか。たぶん、100回くらいまでいっちゃうんですよね。実際の日記と並ぶくらいの量になっちゃうぢゃないっすか…(困)今回は、いろんな方から問い合わせが殺到した(したっけ?)あのネタ。そう。なぜPCが没したか。結論から先に言います。水没しますた。てか、もしかしてなんで水没したかが聞きたい、ってハナシ?すいません。そうですね。えーっと、私はノート使ってたんですけど、2月のある日、仕事から帰宅してPCを起動させたらファンが回ってる音はするんだけど起動しない。……んだとゴラァ!動かねぇとはいい根性してやがる!…と思ってたら、キーボードの部分にペットボトルが倒れていて。しかも、ペットボトルのふたが微妙にゆるんでいて。うそぉん(ToT)親に「PCが壊れた」と自己申告したところ、「どうして買って2年のPCが壊れるかっ?ビールこぼしただろ」惜しいっお茶でした(はぁととか、そういうこと言ってる場合ぢゃなくて。なんでわかったんだ、うちのヲカン。機械音痴甚だしいくせに、どうしてそういう勘だけは冴えてんだ。てか、なんでビールに繋ぐ!?そりゃあ、私の趣味は酒ですよ、どうせ。で、NEW PCをねだったものの、無論あっさり却下。今使ってるPCはローン組んで自分で買いました。お金がないんで、パパ、急募(笑)私書箱にメールしてね♪(笑)ちなみに、PCが没した日、2年ぶりに携帯の機種変をして、うきうきで、ってゆーかむしろうっっっきうきで帰宅した時に起こった事件です。あんな死に方をしたノートPCは、きっと成仏できずに魂はその辺をうろうろしていることでせう。【2004/09/05】
2003年08月06日
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朝9時からK高校の吹奏楽部の指導。8:40 K高校到着。前回K高校に行った時は土曜日だったので事務室には警備員のおじさんがいたが、今日は平日だったので、事務員さんがいた。私が昨年勤めていた時の事務員さんと全く一緒。「おひさしぶりです」と行って、即10階へ。(※注1)行くと、先生がまだいらしてなくて音楽準備室の鍵があいてなかったので、ベランダで自由曲のMDを聴きながらボーッとする。そうしているとK先生が「おはようございます」と、窓から覗いていた。K先生に「四季」のオケ版のスコアとブラス版のスコアを見せてもらい、MDを聴く。それからお茶をいただいて、K先生と雑談。つい半年前までこの部屋で仕事してたんだよなぁ・・・なんて不思議な錯覚に陥りつつ。9:00 木管パートのレッスン開始。個人の技術は低くないが、やはり「アンサンブル」となると揃わない。アタック、リリース、音色、ピッチ、どれをとっても揃わなさすぎるので何度もやり直しをさせたり、チューナーで音程を確認しながら進める。ほんの10小節を1時間かけて仕上げる。(それでも妥協したけど。)彼女達は「アンサンブルとは如何なるものか」をあまりわかっていない。そして揃えることが苦手。K高校の校風も関係してくるが。それはK高校の校風の最大の長所でもあるけど、最大の短所でもある。個性がある。マイペースである。自立している。自分で自分のことを考え、責任ある行動がとれる。でも、周りのことが見えない。広い視野で見て、今自分はどうすべきかだとか、そういうことを考えられない。だからアンサンブルになった時に、今フルートが主旋律だから自分はどれくらいの音量で吹いたらいいかとか、全体の中で自分のピッチがずれているとか、ある集団に所属した時の自分に対しては鈍感で、調節ができていない気がする。1時間かけて10小節しか進めなかったのも、生徒に、誰かに聴いてもらうということはこれくらいの苦労をしなきゃダメだと言いたかったし、それくらい緻密なことをしなくては聴いてもらう資格はないと思うくらい、厳しい練習をしてほしかったからだ。でも、本当はもっともっと緻密な練習が必要なのだけど・・・12:00 レッスン終了音楽準備室にて、朝コンビニで買っておいたご飯を食べる。(本当は朝ごはんのつもりで買ったんだけど、食べる時間がなかった・・・)K先生がアイスをくれた。暑い日だったので嬉しい♪それからまた雑談。13:00 出発Aちゃんの家庭教師が15:00からあるので、K高校を出発。合奏まで聴いて帰りたかったけれど・・・東横線→山手線→西武池袋線 の順で乗り換えてAちゃん宅へ。ふぃ~、遠い・・・なんて清瀬駅を降りると、道路が濡れていた。しかも水溜りができている。これはかなり降った様子。私が横浜をでる時は全然晴れてて日傘さして歩いてたのに!空はまだ真っ黒い雲が覆っていて、悪魔が降りてきそう。Aちゃんちに着いてから降る分にはいいけど、Aちゃんちに着く前に降られたら困る!と思って、急ぎ足でAちゃん宅へむかう。Aちゃんの家に着く前に、雷が鳴っていた。指導中、ずっと雷が鳴っていて、Aちゃんと二人でびくびくしていた。こんなに長い間雷が鳴ってるのって珍しい。19:00 指導終了指導が終わってからお寿司♪をいただく。山中湖に旅行に行ったとかで、お土産をいただいてしまった。わーい、なんだろう?ありがとうございますー。その後、中2階にあがってクッキー(♂犬 2歳)と戯れる。雨がやまないので、Aちゃん一家とサッカー観戦。FC東京が試合してるのに、Aちゃんは終始「日本頑張れ」と言ってて、ちょっと笑えた。それでも雨がやまない。てか、大雨洪水警報が発令されていた。ので山中湖に行った時のクッキーのビデオを見せてもらう。いや~ん、クッキーかわいすぎぃー!水に入るのは初めてだったらしいが、ちゃんと泳いでる!かわいい~~っ!勿論、実物のクッキーはもっとかわいい!私がトイレに行こうとすると、今日も「行かないで~!」と足をおさえにきたし、ソファーに座っていたら腕にしがみついて顔をペロペロなめていて可愛かった!23:30 帰宅雨が弱くなったので、帰宅。かなり長居させていただいた。台風がきてるって噂を九州に帰郷している友人から聞く。じゃあ今日の嵐も、台風の影響???そうそう、山中湖のお土産は、犬のついてる、オレンジのかわいい灰皿だった。※注1 解説K高校は、公立高校では珍しい、10階建ての高校です。各階ごとに教科が分かれていて、設備は非常に良いです。10階は音楽・演劇系、9階はえーっと、社会科系だったかな(忘れた 汗)、6回は語学系(K高校ではスペイン語やフランス語、中国語も履修できる)と情報系・・・ってな感じで分かれています。早い話、K高校は今、全国でガンガン増殖し続けている総合高校の先駆けなのです。ちなみに昨年勤めていた時、私のデスクの前からは富士山が見えました。あと桜木町の夜景は、本当に高校からの眺めか!?と思うくらいの景色でした。ちょっとしたデートスポットって感じでした。
2003年08月05日
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Kちゃんの家庭教師の日。Kちゃん宅へ行くと、Kちゃんが「帰ってきていない」(お母様談)。しかもその辺に遊びに行って帰ってきていないのではなく、泊まりに行って帰ってきていないっぽい。「遠いところをすみません」とおっしゃるお母様に「あ、いいですよ~」と言って、駅までトンボ帰り。Kちゃんの家にむかう時に500mlのミネラルウォーターを買って全部飲んだのに喉が渇く。32度はあろうかという暑さの中、片道15分強の道を歩いていれば、全身の毛穴から汗が吹き出る。途中、自動販売機でまたミネラルウォーターを買って飲み干す。さて、これからどうしようか・・・と考えたが、他の生徒の夏休み用の問題集を買わなくてはならない事を思い出し、書店へ行くことに。でもどこの書店に行こうか。地元の書店でもいいんだけど・・・売ってるか不安だなー。思い切って新宿まで出るか。明日はK高校のレッスンがまた入ってるから、レッスンの曲のCDも入手しておこう。ということで、西武新宿線に乗って新宿へ。久々に昼間の新宿を歩く。いつも週末の夜に飲みにくることが圧倒的に多いので、その時に比べたら比較的すいていた。JR新宿駅前も、人がまばら。でも暑い・・・・・・・・・とりあえずタワーレコードに行って、グラズノフの四季を探す。近代作曲家だからだろうか、あまり音源がない。私はだいたい指揮者かオーケストラで決めるのだが、好きな指揮者やオケの演奏のCDがなかったので、適当に決める。それからスコアを見てみたのだが、やっぱりない・・・。あと前からほしかったアルぺジョーネ・ソナタのCDも購入。マイスキーとアルゲリッチという組み合わせ!!!今年の5月だかそのあたりに、マイスキーとアルゲリッチが演奏会してたなぁ。くそぅ、行きたかったゼ。(チケット高いんだろうけど。)それから紀伊国屋へ行って、問題集を探す。あっけなく見つかったので、今度は自分の目的の本。芸術書コーナーで、写真集と芸術書と楽譜のところをいったりきたり。最近弦楽器の勉強をしだしたので(といってもネットで見たりしてるくらいだけど)ヴァイオリンに関するハードカバーの本を1冊購入。弦楽器とは直接関係ないけど、ジャクリーヌ・デュプレに関する本を持ってたなぁ。やばい、まだ全部読んでなかった(汗)写真集では、石川賢治氏の「月光浴」シリーズが出ていた。石川賢治さんは月の光だけで撮影するという写真家さん。私が持っているのはグアムとかハワイで撮影されたものだが、今回は京都編。ちくしょー、ほしいぜー。でも我慢我慢。それよりほしいと思ったのは「夏」の写真集。誰の作品かわからないが、パラパラとめくっていると、夏の海や空ばかりで、見ていて飽きなかった。しかし、これも我慢我慢。あ~、金さえあればこんな我慢しなくてすむのにぃぃ!今日買った本は全て図書券でお買い上げ。ちなみにタワレコで買ったCDも¥1000分、ポイントカードで支払い。そして帰りにはビール券でビールを購入。ビール券が全部で6枚あって、全部使ったらいくら分使えるか聞いたところ、なんと¥4000相当になることが判明。うひょー!と思って、350ml缶24本=1ケース 買っちゃいました!ビール券4枚と現金約250円で1ケース。感動。あとは配達されるのを待つのみ。まだあと8枚くらいビール券あるしぃ♪1日2本飲んだとしても1ケースだと2週間近くもつのかぁ!うきうきうき。昨年の夏も両親からビールが送られてきて、ビールには困らなかった。実家から届く荷物は、あまったスペースがあると酒が入っている。今回使ったビール券も、実家から送られてきたもの。正月に帰った時は焼酎を持たせてくれる。最近こちらでもよく見かけるようになったが、黒糖酒が出初めの頃、黒糖酒をお土産に持たせてくれて、こっちの酒好きの人に飲ませたら感動された。私がのんべえなのは絶対的に遺伝なので、親も気をかけてくれるらしい。私があまりむちゃくちゃな飲み方をする人じゃないと両親も知っているので、そうやってビール券をくれたりするのだろう。なんだかんだで、酒にはあまりお金を使っていない。(外で飲む以外は。)話を戻して。帰宅してお米を洗って、シャワーをして、ビールを我慢しつつ夕食の準備。夕食はきゅうりと山芋と納豆と豆腐とお惣菜のコロッケとご飯。山芋と納豆を食べていると、なんか血液がサラサラになっていくのがわかる気がする。あ、今、血液がすんごい勢いで流れてる!みたいな感じで。(嘘つけ 笑)豆腐はしょうがとネギと鰹節とちりめんじゃこを殺人的にふりかけて。きゅうりはドレッシングをかけて。このおかずにはビールが最適だったのになぁ!(↑何を食ってもこの台詞を言っている。)酒屋さん、早くビール持ってきてちょうだい!9時までには配達してくれるらしいので、今日は寝る前に1本飲んで寝よう。
2003年08月04日
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今日も朝から暑かった。家庭教師も何もない、せっかくのオフ日だというのに、暑さで目が覚めた。エアコンのスイッチをいれ、二度寝。昼に目が覚め、掃除や洗濯をするべく起きる。今まで忙しさにかまけて家の中がめちゃくちゃである。今日は夕方から、楽しみがある。早く逢いたいよ・・・・・・でも家事をしなきゃ。洗濯機を2回まわし、ベランダにはこれ以上干せないというほどの洗濯物を干す。布団のシーツと枕カバーも洗った。洗濯物を干す際、窓をあけたので思い切ってエアコンを消し、扇風機で過ごすことを決意。洗濯物を干しているだけでも汗がにじむ。暑いなぁ・・・エアコンつけようかな。いやいや、でも我慢我慢。汗をかいて代謝をよくしないと太っちゃうし!あなたの為に、こんなことまで考えるようになったのね。きゃーーー。恥ずかしい。洗濯物を干した後、買い物に出かける。スーパーまでの道のりは徒歩8分。暑い・・・とにかく暑い・・・陰もほとんどない。夜ごはんも、もちろんあなたに合わせて・・・・・・。とろろそばとかどうだろう?うん、それでいこう。暑い中帰宅して冷蔵庫の中に買った物をしまうと、フローリングを掃いて埃をとる。最近、フローリングを掃除する時は掃除機を使っていない。床を掃きながらも汗が噴き出てくる。エアコンつけたい~・・・でも、我慢我慢・・・!!!脱衣所、トイレの床も掃く。その後、雑巾がけ。この作業がまた暑苦しい。Tシャツが汗でベタベタ。もちろんズボンもベタベタ。こんな暑い思いするのも全てはあなたの為・・・。家の中をキレイにする。汗をかく。そう、全てはあなたの為。拭き掃除をすませると夕方になっていた。洗濯物をとりいれ、たたみ、所定の位置に。夕方になって涼しくなったとはいえ、汗がにじむ。それに、昼間にかいた汗のせいでベタベタしている。家事が全て終わり、シャワーを浴びる。やっぱりあなたに逢う時は汗を流してからじゃなきゃね。あなたに逢う時、いつもシャワーは欠かさない私。シャワーに入る前は勿論、エアコンをつける。せっかく汗を流したのに、また汗をかいたのでは気持ち悪い。シャワーからあがる。やっと・・・・・・あなたに逢える・・・・・・!!!今日は一日、あなたのことしか考えてなかった。夕方からあなたに逢えることを考えると、暑い中でこなす家事もそんなに苦にはならなかった。プシッ。ごくごくごくごくごく・・・・・・・・・あーーーーーーッ、やっと逢えたねー!!やっぱ暑い日は、昼間に思いっきり汗をかいて、夜は涼しい中でビール飲むに限るっすよ!!!今日の「あなた」は極生。金がないから発泡酒で我慢。でも実家からビール券が腐るほど送られてきてたから、明日は酒屋でかえてもらうかぁ。ハッハッハッ♪♪♪暑い日の作業、すべてはビールの為に!!!!
2003年08月03日
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たぶんコレが最後になるんじゃないかと思われる、家庭教師の登録先の某T校の不愉快ネタ。(ってか、最後になってくれ…汗)似たような経験がある方、コメントください…。■ほったらかし事件■不愉快度:★★★★☆指導内容報告書を提出に行った時のこと。「新しい生徒さんは持てませんか?」といわれたので、「週に2回までの指導でしたら可能です」と答えました。すると、今すぐにでも紹介したい生徒さんがいる、とのこと。小学6年の女の子で、週に2回の指導でした。引き受けることにしてその場で書類を書き、契約の最終段階に入った時。その生徒さんと私の8月のスケジュールが全くかみ合わないことが判明。でもその生徒さんは早急に教師を探さなくてはならなかったらしく担当のお兄さんは、絶対私と契約させたかったようでした。8月のスケジュールの融通がきかないか、担当のお兄さんが生徒さんの家に連絡をとろうとしましたが不在で連絡がとれず。すると上司らしき人が、「オイ、○○(←おにーさんの名前)何の件で連絡とろうとしてんの?」とお兄さんに声をかけました。お兄さんは教師が見つかったがスケジュールがあわないので相談しようとご自宅に連絡しました、みたいなことを説明していました。するとその上司が、私もいるっていうのに目の前でそのお兄さんを叱り始めました。内容は、お客様の方に融通がきくかどうかの相談をするな、みたいな内容でした。「客だぞ?わかってんのか?」と言った後、小声で「(私の記入したスケジュールを見ながら)このスケジュールじゃ、指導は不可能だろ。とりあえず今日は教師には帰ってもらえ。」と言ったことを言っていました。そしてそのお兄さんは、私に「今日はちょっと連絡がつきませんので生徒さんの方と連絡がつき次第、またこちらから後日ご連絡いたしますので…」と言いました。とりあえず、そのお兄さんは置いておいても、その上司……最低小声で言ったと思うけど、私には聞こえてますんで。てか、蚊帳の外の人間がいる時にそういうことしなくてもいいんじゃない?その場はこのスケジュールじゃムリだから帰ってもらって後日電話でお詫びしろとか、そういう指示を出せばいいじゃないですか。それに生徒さん側は、お金をもらうから「客」ですか。そうですか。で、教師側はお金を払うから「not 客」ですか。そうですか。怒…百歩譲って、そいつを呑みましょう。でもさ、教師なしには成立しない世界じゃん。だったら登録教師を雇わないであなた達が指導すればいいじゃないっっ。(激怒)客じゃないからってそんなに邪険に扱うモノじゃないと思うけど。そして、もっと最低なことがあります。それっきり、その件に関してむこうからは何のコンタクトもとってこず、ほったらかしにされたことです。私のスケジュールを見て、指導は不可能だと思ったのなら別にそれで構いません。でも、それならそうと、後日電話で連絡いれるべきでしょう。かくかくしかじかでやはり他の教師に依頼することになりそうです。それだけのことがどうしてできないんですか?しかも担当のお兄さん、別れ際に言いましたよね。後日、ご連絡いたしますので…って。なら、連絡ください。冒頭で不愉快度を星4つにしましたが、ぶっちゃけ不愉快度5つ星ランクのトラブルですよ。星を1コ減らしたのは、T校はもうそういうことがあって当然、だから仕方ないという諦めみたいなモノがあって星が1つ少ないだけです。アンタたち、教師の不手際にはクレームつけてくるじゃん。茶髪禁止だのピアス禁止だの指導の時に露出の高い服は着るなだのこういう言葉を言っちゃいけないだの教師にはとやかく言うじゃん。そんでナニ、自分達につけられたクレームは無視ですか?(※以前私は会員専用ダイヤルに電話してクレームをつけたことがある。でももちろん改良されてない)報告書持って行った時も私語が多いし。別に、客がいない時なら話してもいいと思うんですよ。でも、登録教師がいる時に私語してるのってどうなの? ダメでしょ。そういうのがあるから、私は雰囲気が悪いって感じてるんだし。私はアンケートにもそういうことを以前から書いてます。T校にくる登録教師のうち、私だけがそのことを書いていたとして…1人の意見って、そんなに反映されないモノなんですかね。でも、私が書いてるコトは別にムリなお願いじゃないと思うんですよ。別に、フロアを大理石にしてくださいって言ってるワケじゃないんですから。登録教師がいる前での私語を謹んでほしいですって、そんだけの希望ですよ。それとも、どうしても私語をしなくてはならない状況なんでしょうかね。理解できません。そこは教師登録数だったかな、確か日本最大級を謳ってますが、売りなのは最大級だけだと思います。イヤミとかじゃなく、単純に疑問に思うんですが、会社が大きくなるとなあなあになっちゃうモノなんですかね??いろんなことに関して徹底されてないんですが、それって仕方ないことなんでしょうか。→→たぶん不愉快ネタは終わり。たぶん…←←【2004/09/05】
2003年08月02日
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またまた家庭教師の不愉快ネタです。時間が許すようでしたら、お付き合いくださいませ…汗■予定とちげぇじゃん■不愉快度:★★☆☆☆私が登録している会社では、毎月指導報告書の提出をしなくてはなりません。で、ウェブ予約をしてから報告書の提出を行うのですが私はPCがなかったので、携帯から予約をしなくてはなりませんでした。しかし、携帯の方からも予約ができなくて(私がパスワードを忘れて、というかPCにメモってあったからわからなくなってしまった)困ってしまい、T校に電話をかけたところ、Nさんという方が、特別に受理しますとのこと。ひたすら「ご迷惑おかけします」とお詫びして報告書を提出する期日を決め、電話をきりました。電話での予約は受け付けていないので例外ということになります。だから、時間に遅れないで行こうと、少し前にT校にむかいました。(普段はかなり混んでいるので少し遅れても平気。っていうか、待たされることが必須なので遅れて行った方がまたされなくてすむ。)で、T校に到着し、報告書提出の旨を伝え、Nさんをお願いしますと言ったところ、Nはまだ出社しておりませんとのこと。はぁ?予定とちげぇじゃん。まぁ、最終的には受理されたからいいんだけど、私は予定日の前日を希望していたのに、Nさんの都合が悪いっていったからその日になったのに。これだったら前日でもよかったんじゃん!って、誰だって思っちゃいますよ。例外で予約した私も確かに悪いけど、指定したんならちゃんとそのとおりにしてくれよ…これがT校じゃなかったら「仕方ないかぁまぁ、受理されたからいいし…」って感じですんでるんでしょうが、あまりにも不手際が多いんで、どうしてもツッコみたくなっちゃうんですよね。→→→まだ、続く→→→【2004/09/05】
2003年08月01日
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