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昨日のバイトでお客さんとママとの間で弦楽器の話になった。『弦楽器の弓って何でできてるの?』『弦楽器って何で値段がかわるの?』『弦楽器の弦って、素材は何なの?』うちのバイトで音楽系なのは私一人なので(あとは美術系がほとんど)、音楽系の質問は私に集中する。畑違いとはいえ、一応オーケストラをしていたりもしたし、弦楽器専攻の友人に話を聴いたりしていたので、知っていることは答える。しかし『弦楽器の弦の素材』がどうしてもわからなかった。そこでママと常連Sさんに「ホントに音楽の先生してるのぉ!?」とつっこまれる。そう言われたのがかなり痛かったので、ネットで調べてみた。調べてみて驚いた。弦楽器の奥の深さ、そして歴史の長さといったら・・・・・・。私の専攻は弦楽器の歴史の何分の一にしか相応しないであろうクラリネット。今でこそオーケストラには欠かせない存在になっているクラリネットだが、弦楽器と同じステージにのるのは恐縮さえする。それくらい歴史が違うのだ。今でこそ弦楽器はヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの4種類だが、絶滅した弦楽器もある。私の中の絶滅した弦楽器の代表といえば、ヴィオラ・ダ・ガンバ。ヴィオラ・ダ・ガンバといえばチェロに似た楽器で、弦が6本ある楽器である。シューベルトがヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタを残しており、その曲がクラリネット用にも編曲されていて、以前演奏したことがあるのでガンバを知るキッカケになったのだ。ちなみに「ヴィオラ・ダ・ブッチョ」という楽器もあり、今のチェロの前進といわれているのはブッチョの方である。これは腕に抱え込んで(中国の胡弓のようなスタイルですね)弾く楽器だ。絶滅した楽器には、絶滅したなりの理由があるのだが、今回はそれは割愛。そんなことはさておき、弦楽器の『弦』のお話し。。とにかくびっくりした。ママと常連Sさんには「弦の値段はさほど差はない」と言ってしまったのだが・・・大きな間違い。私の仲良しの友人がいつも同じ弦を張っているところを見ていて弦は種類はないのだと思い込んでいたのだ。中がスチールかガット、その上にアルミとか金属が巻かれていて、それによって値段が違ってくる。勿論、弦の寿命も異なってくる。あぁぁ~~!私ってば、何年音楽をしているのだろう?いくら畑違いとはいえ、知っておかなくてはいけないことなのに。そして音楽教師を志しているというのに、こんな大恥・・・私はとあるヴァイオリン制作者のHPを見て弦楽器の『弦』について調べたのだが、『弦』のみではなく、弦楽器に関する様々なことが書かれており、それはそれは勉強になった。その方のお弟子さんのヴァイオリン制作日記なども書かれており、大変興深いものだった。日頃私は「演奏する」側であって、楽器を制作する側ではないのだが、楽器を創る(あえてこの字を使わせていただきます)人の苦労って、知識って凄い!と思った。それと同時に自分の知識のなさに身の縮まる思いだった。弦楽器は大学に入学するまでほとんど接点がなかった。高校時代の音楽科には弦楽器の専攻の子はいたけど、そんなに深い話をしたことはなかった。大学に入学して仲良しの友達が弦楽器をしていて、興味本位に様々なことを聞いていた。弦楽器の友達からすると、管楽器が珍しかったようだったので情報交換をしながら。でもでも、そんなの何億分の一の知識だった。弦楽器の歴史、そして勿論音楽史上以外の歴史も絡んでいるし、それ以外にもf字孔の歴史、性能。楽器の素材、メンテナンス、制作者・・・・・・。嗚呼、私はどうしてこんなにも無知なのだろう?これを恥と呼ばずして、何と呼ぶ?
2003年07月31日
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ロマン派以降・・・ピアノの大家といわれた人々。ショパン、リスト、ラフマニノフ。繊細ながらもダイナミックで派手。そして難しい技巧がちりばめられている。ショパンやリストの曲はピアノの醍醐味であると思う。私自身、ピアノを習ってきたが、彼らの曲にほとんど触れられなかったことは、「ピアノをしていた」とは言えないくらいかも、と思っているほどである。ショパンやリストの曲は聴く人を魅了する。1曲の中にドラマがつまっていて、見せ場がたくさんある。私の学生時代のピアノ科の友人はショパンやリストの曲を卒業演奏に弾く人が多かった。卒業演奏じゃなくても、人前で弾く時はショパンやリスト、ラフマニノフが圧倒的に多かった。私の大学では「勉強会」と銘打って、門下で発表会をすることがあったが、そこでもショパン、リスト。たまに学生時代の友人と集まって演奏会を開くと、そこでもショパン・リスト。彼女らは、一体いつ、古典派のピアノ曲を弾いているのだろう?基礎中の基礎である古典派のピアノ曲は弾けるのだろうか?答えは「No」である。時折レッスン室や練習室からもれてくるベートーヴェンやハイドンのソナタは聞けたものではない。退屈で退屈でしょうがない。彼女らの弾くベートーヴェンは、ただの音符の羅列にすぎない。終始同じ音色。朗読に例えるなら、最初から最後まで棒読み、ということだ。実はショパンやリストの曲でも同じである。しかし、彼らの曲は表面に装飾品がついているので、ごまかせる。それなりに音が並んでいれば、なんだかそれっぽく聴こえるのだ。だがベートーヴェンやハイドンの曲は違う。何もごまかせるものがない。ヘンな例えだが、ベートーヴェンやハイドンの曲は真っ裸だと思う。ショパンやリストの曲は、裸の上に服を着ている。着やせして見えたりする。服によって、体型をカバーすることも可能だろう。しかしベートーヴェンやハイドンの曲は、全裸だ。どうカバーすることもできない、ごまかしがきかない。だから体のラインをキレイに見せたいなら、必死に「体自体」を磨かなくてはならない。以前、ベートーヴェンの初期のソナタを弾いていたA子は苦労していた。初め、彼女の演奏も聴けたものではなかった。音をはずすだけで耳に障る。音楽が滞りなく流れていかない。技術がないと弾けない。ショパンやリストを弾く技術とは違う、とA子は言っていた。A子はベートーヴェンの初期のソナタをきっちり仕上げた。オーケストラを聴いているような錯覚にさえなった。めまぐるしく動きまわる弦楽器に、時折入るかわいい木管のトゥッティ。低弦の深い響き。その中に引き込まれていく。これは確かピアノソナタだったよな・・・でも・・・嗚呼、シンフォニーだ・・・・・・私は感動した。音楽起源説の中に、「祈り」がきっかけだったという説がある。(勿論他にも説はあるが、私はこの説を一番信じている)簡単に言うと、男が漁に出かけるのを見送る女たちが、男の無事を祈り、祈って祈って祈って・・・そしてその祈りがただの言葉だけでは表現し尽くせなくなり、歌が生まれた・・・という説である。音楽は「精神的」なものから生まれたのだと私は思っている。それなのに、音の羅列?指が速くまわればいい?そんなの、聴く人の心をうつわけがない。技術というのはショパンやリストの曲を弾く為に身につけるものではない。自分という人間はこの世の中にふたつとないわけで、そうすると「自分」の体に流れている音楽だって1つしかない。その体の中に流れている音楽を、ピアノだとか歌だとか管楽器だとか弦楽器だとか、そういう媒体を通して表現するのが、音楽だ。そして自分の体に流れている音楽を、くまなく聴衆に伝える為に技術を要するのだ。低い技術だと、伝わるものも伝わらない。最近、大学時代の友人の話をよく耳にする。誰が大学院の修了演奏会でナニを弾くとか、どこぞの演奏会でアレを弾くとか、レッスンでアレを弾いていたとか。それはだいたいショパンやリスト、ラフマニノフといったピアノの大家である。それらを長い期間かけて仕上げているとか、いないとか。それならベートーヴェン、ブラームスを弾きなさい。ベートーヴェンやブラームスを弾いて、聴衆を退屈させなかったなら、ショパンやリストを仕上げるのは早いだろうし、困難なことでは決してなかろう。とにかく、私が言いたいことは、派手な曲だけじゃなくてたまには地味な曲を人前で弾いてみろ、そんでどれだけの人が退屈してるか思い知れ、んで何が足りないかを早く知ることが上達の早道だ、っつーこった。修演、楽しみにしてるさ。大学院まで行って勉強してんだから、退屈する演奏なんて聴かせるなよ。THE END(猛毒を吐いて終わる私。)********************************************追伸ピアノをご専門でされている方へ。これを読んで気を悪くされたりする方がいても一切の責任は問いません。素人のイチ意見にすぎませんので・・・。てへ。もしこれを読んで違う!とかそうじゃないでしょう!と思うことがありましても、クレームはうけつけませんのでご了承ください。ピアノを専門でしているわけではないのにこういうことを書くなんておこがましい!と、一番思っているのは自分ですので(笑)
2003年07月30日
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HPをほったらかしにしすぎていた。いや、ほったらかしにせざるをえない状況だった!(と自分をフォロー・・・)だって、更新しようとしたら重いんだもん・・・。お友達のHPに行こうとしても重い。自分の日記を更新しようとしても重い。仕事と仕事の合間のわずかな時間を使って更新しようとしているっつーのに、接続が悪いとサクサク進まず、「えぇい、今日は時間がないからもうやめじゃぁぁ~!」となってしまう。基本的に夜しか時間がない私は、一番混んでる時間帯に更新しようとしているんだろうな。それから、友達の家にいりびたっていたのも大きな理由。家庭教師の帰る途中にあるので、ついつい寄り道してしまったり。(かてきょーも夏休み時間だから昼間になっちゃったし)ということで皆様、これから少しずつまた更新していく所存ですので今後ともよろしくお願いいたします。過去の「 に っ き 」も書いていくつもりです。ハイ。
2003年07月29日
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昼間の家庭教師が終わった後、「根暗の会多摩支部」のA子邸へ。A子は地元の演奏会に出るのだが、以前から私に聴いてほしいと言っていた。いつも本番前になると私が聴衆になってA子のピアノを聴く。もう2年ほど前から続いている儀式だ。いや、本番前じゃなくてもレッスンの前になると「ピアノ聴いてよ」と連絡がくる。ピアノを全然弾けない私を頼ってくれるのは嬉しいことである。彼女とは、音楽性においてもそれ以外においても共感できる部分が多いので、頼ってくれるのかもしれない。そういえば、私とA子の共感できる部分をそれ以外の人に言って、同意してもらえたことって・・・どれくらいあっただろうか???とにかく、今回も本番が近いというのでその「儀式」を行った。今回の曲はブラームス作曲のバリエーション。えーっと、誰のテーマの変奏曲だったかな・・・・・・確か、ブラームスオリジナルの変奏曲だったはず。(ハイドン、シューマン、パガニーニのテーマによる変奏曲は知ってたんだけどこの曲は初めて聴く曲だったので・・・ゴメンなさいっ)1回目、楽譜を見ずに曲を聴かせてもらう。バリエーションの曲によって、完成度のバラつきがある。うまく弾いている部分と、メロディーが浮き上がってこなかったり聴き手にイッパイイッパイな感じが伝わってしまっていたり。それから指に追われて、A子の持ち味である感情が伝わってこなかった。いつも「私はこういうことが言いたいの!」と、ダイレクトに表現していたのに。1回目の演奏が終わり、「どうだった?」とA子に聴かれる。私は上記のようなことを伝えた。感情面は、やはりセーブしているらしかった。感情を前面に押し出すのは辞めた、もっと高貴な音楽を目指したい、と。A子がそういうので、「でも感情を内に秘めている音でもなかったような気がする」と毒を吐く(笑)我ながらきつい言葉だなぁ・・・でもA子はそういうのを結構素直に受け止めてくれる。2回目、楽譜を見ながら聴く。こんなに難しいことをしていたのか・・・と思う。テーマは音もとぶし、和音も厚いし(これぞブラームス・・・)手の小さいA子はかなり辛いはず。でもペダルでうまくつなぎ、(ペダルでつなぐと言っても音が濁ってなくてきれいなこと!)生き生きと演奏していた。ブラボー!!!!それ以降のバリエーションは、う~ん、これも楽譜を見て難しいな~なんて思ったのだけど、やっぱりバラつきがあった。あと音が厚いせいで、メロディーが浮かび上がらない。また、浮かび上がっていてもきちんとフレーズとして歌えていない。2回目の演奏終了後、A子にそれを伝える。それから「でも楽譜を見てみて、よくこんなのをあれだけうまく弾いているなと思ったよ。もっとボロが出てもいい曲なんだろうけど」とも言った。しかしA子は『弾くからには自分の精一杯を出したいからね。客に難しい曲を弾いてるねって同情されるような演奏はしたくないし。本番直前まで欲張って、少しでも上手に弾きたい』と言っていた。A子らしい発言だし、私と同じ意見だ。「本番直前まで努力する。」それこそが、聴いてくれる人への礼儀だ。(by.根暗の会多摩支部)
2003年07月28日
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世田谷区立F中学校へクラリネットのレッスンに行ってきた。(F中学校へ行くいきさつ等は6月29日の日記をご覧ください。)八幡山駅に10:00といわれたのだが、明大前で乗換えをしくじった為、5分ほど遅刻してしまった。八幡山に着くと、S先生が車で迎えに来てくれていた。車のところまでいくと、墨田区立T中学校へ指導に行っていた時のクラリネットパートの生徒2人と、ホルンパートのHくんのお父様が、既に待っていらした。墨田区立T中学校のクラパートの2人は、女の子の双子。私が指導に行っていた頃は中学2年生だった。「今度入学してくる生徒は平成生まれなんですぅ…へこみます…」なんて言っていたのが懐かしい。(私なんて昭和60年代生まれと聞いただけで後ずさりしてしまうってのに。。。)その双子のTちゃんとIちゃん、今は高校1年生。九段高校と隅田川高校に進学したんだとか。ほぇぇ、あれだけ部活をみっちりしてて九段やら隅田川やらに進学するなんざ、優秀ですなぁ。私の家庭教師の生徒にも爪の垢を煎じて飲ませたい。(煎じたくらいじゃダメかもしんないから、錠剤にでもしたい)どっちがどこの通ってるか忘れてしまったが、とりあえず隅田川高校に行った方からレッスン。(ごめんなさいねぇ、こんな言い方しちゃって…昔はしっかり判別できたってのに。。。情けない。)曲は実は当日まで知らされておらず、何をレッスンすればいいのかわからなかったのが、吹奏楽コンクールの自由曲で、アーノルド作曲「ピータールー」をレッスンしてほしいとのこと。……ピータールー……私が高校3年の時の吹奏楽コンクールでの自由曲だ。5月の定期演奏会で演奏して、そのまま自由曲になった曲。九州吹奏楽コンクールでは、おそらく福岡県代表の某私立女子高と同点で3位になり審議まで持ち込んだにも関わらず結局全国大会に手がとどかなかった。ピータールーを聴くと、たくさん練習した思い出よりも、あの時全国大会の切符をつかめなかった瞬間に、客席でうなだれたことが脳裏に浮かぶ。レッスンをしている最中は、「あぁ、このフレーズはこうやって練習したな」とか「ここの部分は音色をそろえるのがきつかったな」とか「この部分は○○先生のレッスンでかなり捉まったな」とか高校時代の練習を思い出してしまった。やっぱりたくさん練習をした曲なので、曲の理想が高くなっていて、生徒についついたくさん要求してしまった。その後、もう一人のレッスン。吹奏楽コンクールには出場しないらしく、スケールやエチュードのレッスン。二人とも、かなり上手になっていた。そういえば、クランポンの楽器を買っていたなぁ。人が二人なら、楽器も二本、値段も二倍……。それから世田谷区立F中学校のクラリネットパートの子のレッスン。………といっても2人だけど…。まずは3年生のレッスン。引退してしまったらしいけど、9月にある体育祭までは演奏するらしい。基礎を見たが、う~ん、アンブシュアが全然違う。。。まうすぴーすを前歯で噛まなきゃいけないのに、噛んでなくてオーボエみたいな感じになってしまっていた。その後の1年生も全く同じアンブシュア。聞けば「別に先輩から教わったわけじゃない」とのことだったが、どうして感染してるんだ!?F中学校にはそういう伝統があるんだろうか。。。恐ろしや。。二人とも1時間みっちり、アンブシュアの矯正をした。といっても正味30分くらい。アンブシュアをかえると、今まで使ってないかった筋肉を使ったりするので、すぐに口がバテる。口がバテるとせっかく整えたアンブシュアがまた崩れてしまうので、疲れた時はすぐ休憩をとるようにしているのだ。まぁ、実際はどうだかわからないけれど、私がアンブシュアを矯正した時は、自分でそうやって練習したので、生徒にもそうやってアドバイスをしているだけ。帰りはS先生の車で、武蔵関まで送っていただいた。次レッスンするのはいつになるかわからないけれど、次回見た時は、私の言ったことを忠実に守って伸びていてほしいなぁ…
2003年07月27日
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前任校の神奈川県立K高校の吹奏楽部の指導に行ってきた。今回行くことになったのは伝説の鬼部長Tから「先生、曲がヤバイです・・・レッスンにきていただけませんか」と連絡がきていたのだ。しかしヤバイのは曲だけではなかった。部の雰囲気自体も悪かったようだ。伝説の鬼部長Tに電話して、1時間ほど電話で話した。伝説の鬼部長Tは自分の中に色々溜めやすい。溜めて溜めて、自分の中に溜めているものを誰にもわからないようにしている。でも大人の目から見るとそれは一目瞭然で、それとな~く聞き出すと(私って昔から他人の秘密とか聞き出すのうまいんだよな~爆)堰を切ったように溢れだす。今回の電話でも、愚痴や不満が溢れ出た。電話のむこうでも泣いていたくらいだった。私が昔、K高校に居た時も、何気なく準備室に来て、愚痴って、スッキリして帰っていった・・・ということが2回ほどあったなぁ・・・。話を元に戻して。とにかく、私は部内の状況を知って、レッスンに行くのを辞めようと思っていたのだった。K高校は横浜にあって私の家からは2時間かかる。(昨年はよく通ってたよなぁ・・・滝汗)今、私は結構・・・いやかなりお金がないので、横浜までの交通費は痛い。レッスン代なし、交通費自己負担。お金じゃない。それはわかっている。私を頼ってくれているなら、それに応えたい。でも、交通費を自分で負担してまで行く価値があるのか?ただでさえ家庭教師などで忙しいのに、行く価値があるのか?部内の状況を聞いて私が下した決断は「交通費を負担してまで私が行く価値はない」だった。欠席者、遅刻者が多くて合奏ができるか?全員が揃っていない合奏で心をひとつにできるか?できるわけがない。だから断るつもりで電話をしたのだった。「そういう状況では、レッスンしたくない。レッスン以前の問題を解決してからにして。」と。しかし伝説の鬼部長Tの涙にやられた。伝説の鬼部長Tは3年生。周りが勉強の為にどんどん引退していく中、最後まで残った。『正直、今のままじゃ、残った意味がないです。他にやらなきゃいけないこととか、やりたいこととかあって、それを犠牲にしてまで残ったのに・・・。だからコンクールに賭けてるんです。最近は部内もだんだんまとまりだしたんです。でも、曲に対して言ってくれる人がいないんです。先生、一度レッスンに来てくださいよ・・・・・・』あーーーもう、わかったわかった!!!!行きます、行かせていただきます!!!!じゃあ木管セクションのレッスンをさせていただきますよ!!!ということで、クソ忙しい家庭教師の合間をぬって、行くことになってしまった。そのかわり、条件つき。1.「楽しんで演奏したい」という人が一人でもいないこと聴いてくれるお客さんがいる手前、「自分が楽しく演奏できれば良い」という者が一人でもいたなら、レッスンはしない。2.遅刻者、欠席者が一人でもいたら、そのパートははずす全員揃って合奏しないと、全くもって意味がない。ということで行ってみると、9時に全員集合していた。Saxパートは遅刻者が1名出たので、容赦なくはずした。フルート、オーボエ、クラリネット、の3パートのみでレッスンスタート。『7期生(3年)と8期生(2年)の皆さん、おひさしぶり。9期(1年)の皆さんは初めまして。』(※K高校は単位制の学校なので1年生、2年生・・・とはいわず、入学した「期」でいう。だって中には4年生の人とかもいるもん。笑)9期生の為に、軽く自己紹介。それからレッスン開始。「お願いしま~す!」相変わらず礼儀はしっかりしてるなぁ。今回コンクールで演奏する曲はグラズノフ作曲「四季」より、「秋」。『ハイ、グラズノフは何年に何処で生まれて何処で没しましたか?そしてこの曲は何年に作曲されましたか?』誰も答えないので、3年生に指名する。「・・・す、すみません、調べてません・・・」だろうなー。ていうか、調べてたら指名する前に誰か答えてるだろう。『まず、作曲者の生没年と場所を調べること。それからその作曲者の生きた時代はどういう時期だったか、歴史的背景も調べること。そしてこの曲が作曲された年と歴史的背景も調べること。じゃないと、この曲を演奏する資格はありません』レッスン開始から厳しい言葉を浴びせる。7期と8期は私の厳しさには慣れてるけど、9期はかなりビビっていた(笑)それから曲の演奏へ。悪くはない。しかし、決して良くはない。ところどころ「ここの部分、いいじゃん。」という箇所はあるけれど、「すごくいい!」という部分はない。とにかく甘い。甘すぎる。技術がない子たちではない。そして頭もいい。とにかく甘い。意識が低い。そう言うしかない。意識が低いから妥協する。「これくらい吹けてればいいか」と。妥協するから揃うべき部分で揃わない。揃うべき部分で揃わないから濁って聞こえる。濁って聞こえると、耳に障る。自然に聞こえない。一通り、練習の仕方などは伝達してきた。リズム練習、刻み練習、音色を揃える練習。でも大事なことはそれらの練習がどうして大切なのか、ということ。K高校の演奏を聴いていると、明らかに練習不足。「練習してないでしょ?」と聞かなくてもわかるほど、練習していない。もしかしたら、練習する時間がないのかもしれない。いや、でも時間がないながらにも精一杯している気配はない。最後に、全員に質問してみた。「この中で、金賞とりたいと思ってる人。」全員の手があがる。う~ん。まいった。この甘さでそれなりに賞はほしがってるのか・・・。それならば、説教たれるしかない。「そっか。金賞とりたいのね。あのね、今の演奏じゃ、金賞なんてちゃんちゃらおかしいよ。金賞どころか、ステージにのって演奏するのを恥だと思いなさい。この演奏を聴く人がいるんだよ?コンクールかもしれないけど、1人でも聴く人がいるんでしょ?聴いてくれる人がいるのなら、その人の為にいい演奏をしなきゃ。いい演奏っていうのは努力から生まれるものでしょ?じゃあ努力って何よ?練習でしょ?自分の腕を磨くことでしょ?本番で自分の能力を最大限に発揮する為に行うものでしょ?それをあなた達は怠けている。そんな態度で取り組んで、いい演奏ができると思う?たとえヘタでも、最後の最後まで努力するのが、聴いてくださる人への礼儀だよ。今聴かせてもらった演奏は、あなた達の精一杯じゃなかったでしょう?じゃあどうして精一杯まで努力しようとしないの?妥協した音楽をお客さんに聴かせるの?精一杯努力したのに本番にミスするのは構わない。私たちは機械じゃないんだからね。でもとにかく、本番ギリギリまで努力するのがお客さんへの礼儀だとは思わない?それができていないあなた達は、舞台にのる資格がないです。舞台にのるのなら、聴いてくれる人の為に精一杯の努力をしなさい。楽器を吹く時間がないのなら、楽譜をみてイメージトレーニングしなさい。この曲と多くの時間関わりなさい。」こんな説教される為に私はここにいるのか、と思った生徒もいるかもしれない。私のことを、あの人何なの?と思った生徒もいるだろう。でも私はただやみくもに叱ったわけではない。「誠意をもって」叱ったつもり。きっと皆も、このままじゃいけないって思ってたんだよね。今のままじゃヤバイって思ってる子たちばっかりだったんだよね。ただ、喝をいれてくれる人がいなかったから、ここまでなあなあに流されてきてただけだよね。今回私が言ったことによって「やっぱりヤバイんじゃん!」って思えたはず。頭のいい子たちばかりだから、何が足りないか、そしてそれを補うには何をすればいいのかはわかるはず。時間がなくて合奏が聴けなかったけど、コンクールの本番、楽しみにしてるからね。夏休みなのにわざわざ私に逢う為に学校にきてくれた7期の生徒も何人かいたので本当はゆっくり話したかったのだけど、家庭教師の時間もあったので、急いで学校を後にした。次、K高校の皆に逢うのはコンクール当日。K高校吹奏楽部の健闘を祈って・・・・・・
2003年07月26日
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★ある意味日記記入率100%企画 ①★この企画、あまりにも突発的且つ無謀的なので、企画倒れすると思ってたんですがねぇ。あまりにも暇なんで、ってゆーか更新できる時に更新しとかなきゃまたいつ更新できなくなるかわかんないんで、「気まぐれPhoto解説」なんつーモノでもやってみようかと。タイトルどおりですが、何でもかんでも「気まぐれ」でのっけちゃってるので、こんな風に解説なんてする日がくるとわわわ。そんなん書くんだったらコンテンツの更新しやがれ!という声もちらほら聞こえてきますが(つーか自分の心の声だったりする)、シカトします。たったさっき、「松坂世代は今②」を更新したばっかだもん。FAVORITEコーナーも書かなきゃなぁと思いつつ…。あはあは☆んでは、気まぐれPhoto解説いってみよぉ~ぅ。【絵手紙】気まぐれPhotoを見ていただいてもおわかりでしょうが、絵手紙、っつーのは↓コイツらです。 お察しのとおり、勿論手書きです。某大学野球部が、2003年の年明けと同時くらいから始めたものらしい。もともとは監督さんの趣味という噂もアリ。(笑)それから選手達にも、ということで、ちゃんと講師の先生を呼んで指導を受けているそうです。どうして野球と絵手紙が関係あるの?と疑問に思う方がいらっしゃるでしょうが、最近は野球部でもメンタルトレーニングをとりいれたり座禅だの何だのと、全然関係ないものを取り入れてるところが多いんです。最近、というか、もう結構前からかな。集中力を高めるとか、そういうちょっとこじつけなんじゃなかろうか、という理由をつけてやっているわけですが、全く無関係、とは言い難いと思います。ちなみにこの絵手紙を始めたきっかけというのは人と人とのつながりを大事にする、というところから始めたそう。月に1回くらいのペースで先生に習っているようで、出来た作品は、先輩(主に野球部OB)や家族などに送っているようです。ちなみにこの野球部の監督さん、いろんなことに挑戦される方で、というよりいろんなことを野球に生かせないかと試みることが多いそうで、今まで、エアロビクスや英会話なども講師を呼んで教わったりしていたとか…。この絵手紙では、題材は何でもよくて、野球を題材にする人もいれば、地球の環境だとかそういうのも題材にする人もいます。で、やっぱり絵を描くのが苦手な人もいたりするじゃないですか。ペットボトルを描いている人がいたんですが、キャップの部分とボトル本体の部分のバランスがどう見てもおかしいっていう作品も中にはあります。ある部員に聞いたんですが、ペットボトルは身近な素材なので描く人が多いらしいです。しかし、彼もやはりキャップの部分が乳首じゃなかろうか?というありえないバランスのペットボトルが無数に存在すると言っていました。やっぱり感じることは皆一緒なんですねぇ。そだそだ、監督さんの作品も見たことがありますが、それはそれはお上手です。新作絵手紙が入荷しましたら、またUPしますんで。
2003年07月25日
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★ある意味日記記入率100%企画 ②★「ある意味日記記入率100%企画」に、しゃかりき力を注いでいる朋ですが。個人的には飽きる前にたくさん更新しておこうと思う次第でして。今回も気まぐれPhoto解説です。【ろくちゃん】彼氏の実家で飼っているチワワです。 現在、御年13歳。(だったかな、確か。)もちろん、アイフル犬のくーちゃんが流行るずっとずっと前から彼氏んちで飼われてます。お年をめされているので、歩くのもヨタヨタしています。吠えるのも最近声が小さくて。私と彼氏が付き合いだした頃は、まだ全然デカイ声で吠えてたんですが。吠える、といえば、ろくちゃんはある言葉に反応します。その言葉とは、りゅうちゃんという言葉。彼氏の実家は、諸事情で家を3回ほど移ったのですが、一番初めに住んでいた家のお隣の家で飼われていたのが「りゅうちゃん」。りゅうちゃんはゴールデンレトリバーなんですが、ろくちゃんはどうやらりゅうちゃんがあまり好きではなかったよう。「りゅうちゃん」とろくちゃんの前で言うと、「ワン!ワンワンワン!」とけたたましく吠えます。ろくちゃんの好きなものはササミとお母さん(彼氏のお母さん)です。ササミは、食べようとすると、「よこせ!」と吠えます。彼氏は優しいのでろくちゃんにあげてますが、私はあげません。(鬼)てめー、さっきうまそうな餌食ってたじゃねぇかよ!と思いつつ、自分の分は自分だけで食べます。(かなり鬼)それからろくちゃんは彼氏のお母さんがだいすきです。彼氏と二人でろくちゃんにいたずらしてろくちゃんが怒った時、いつも「ろくちゃん、お母さん帰ってきたで!」と言って玄関の方を指差すとろくちゃんはテクテクテク…と玄関の方に向かいます。私と彼氏は今まで何度それで難を逃れてきたでしょうか。ろくちゃんは、お母さんの足につかまって腰を振るのが好きです。もちろん、私の足でなんか腰を振ってくれません。我々は、ろくちゃんが腰をふる行為をキッコンキッコンと呼んでいます。(彼氏のお母さんが命名)ろくちゃんは本当に小さくて、彼氏と私がろくちゃんを散歩させてたらチャリで通った中学生の女の子2人が「ちっちゃい!」を連発してました。その時の回想。↓中学生1「いやぁ~!○○ちゃん、見て見て!めっちゃちっちゃい~!」中学生2『うわっ!ほんまや!ちっちゃっ!めっちゃかわいいぃ~~!』中学生1「さわらしてもろてもいいですか~?」 (↑わざわざチャリをおりて。)私“あ、全然いいですよ”中学生1「やったー。うわ~~、めっちゃちっちゃいやん!」中学生2『ほんまや~~、めっちゃちっちゃいなぁ!』どんだけちっちゃい言うてんねん、あんたら。【LAST UP DATE 2003/11/17】
2003年07月24日
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この企画ももう第3弾になってしまいました。何について書こうかな~、と色々考えて、音楽理論の話でもいいなぁと思いつつでも楽譜がないと説明できないし(スキャナ持ってないし…)じゃあ、高校時代に行ったヨーロッパの思い出を書こう!ってことで。唐突ですが朋のヨーローッパ旅行記。★概要高校2年の時修学旅行(というより研修旅行)でヨーロッパに行きました。12月6日から7泊5日(5泊7日?こういう場合って何ていうんだっけ)だったと思います。公立高校だったんですが、ヨーロッパって凄いっしょ♪でも鹿児島の公立高校は、修学旅行はだいたい海外で、マレーシア、シンガポール(ワールドカップアジア予選中に行った高校もある)、韓国、中国、台湾は結構普通です。末の弟の高校はアメリカ西海岸とか行ってました。本場のユニバーサル・スタジオにも行ったんだとか。で、私が行ったのはウィーン4日、パリ1日。(だったはず)私は音楽科でしたが、美術科も関空までは一緒でした。美術かはローマに3日、パリに2日行ってました。★鹿児島空港→関西国際空港関西国際空港ができてまだ半年くらいしか経ってなかったと思います。鹿児島空港に6:50集合だったので4時半に起き、5時に地元の同じ音楽科の友達と出発。勿論電車なんてまだ走ってないので、うちの母親と、友達の母親と車で空港に向かう。6:50集合なのに6:00に到着。母娘共々、張り切りすぎてしまいました。(笑)手元にあるアルバムを見ると、 行先 大阪・関西 搭乗日 12月06日 便名 ANA822便っていう搭乗券がはってありました。★関西国際空港→パリ関西国際空港からパリへは13時間。機内では静電気と格闘しつつ(トイレのドアノブに触れるたびに放電)、テトリン(当時流行った、キーホルダーのテトリス)したり、音楽を聴いたり…。制服のスカートがしわくちゃになるので、飛行機に乗ってすぐジャージにはきかえ、すっかりくつろぎモードでした。私は飛行機の中ではたしか2時間くらいしか寝なかったと思います。パリ上空から見た、夜景といったら…そりゃもう凄かった。あと空港の滑走路もすごくキレイでした。上空で長時間過ごして、パリの町並みが間近に見た時…ホント感激でした。あぁ、本当に外国にきたんだ!みたいな。(笑)やっとパリに着いた~!と思ったのもつかの間、これからまた飛行機を乗り継いで音楽の都ウィーンへ行くのでした。ちなみにその時の航空券↓ 出発地 大阪/関西 行先 PARIS/CHARLES DE 搭乗時刻 11:20それから、大阪-パリ間での機内食。(昼食)↓ 牛ヒレ肉 マッシュルームソース 又は めばるのポシェ 四川風ソース ミックスサラダ クリーミィハーブドレッシング パンプキンムース ロール バター 日本風味 鳥の水炊きゼリー寄せ/茶そば コーヒー 紅茶 緑茶★パリ→ウィーン疲れと乗り物酔いであまり(全然)覚えていません…。機内食、食べました。エヴィアンとフランスパンしか記憶に残ってません。友達はマズイとか言って食べてなかったけど、私は全部食べました。あと、スプーンがかわいすぎてパクっちゃいました。青いラインの入ってるスプーンだったんですが、今も勿論愛用しています。とにかくフランスに到着した時も、ウィーンにむけて飛び立った時も、暗いっていうのしか覚えてない。上空からは山が見えて、山の途中にポツリ、ポツリと光があった。………ここにも、生活している人がいるんだ………生活してる場の光…って、すごく好きだ。「ココで落ちたら、あの山も全部燃えちゃうんだろうな」と思ったりした。お約束の、搭乗券↓ 搭乗地 CHARLES DE PARIS 行先 VIENNA 搭乗時間 18:30今回は、ココまで。第2回旅行記をお楽しみに。
2003年07月23日
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ある意味日記記入率100%企画「朋のヨーロッパ旅行記」。誰か読んでくれてるのかと疑問を抱きつつも、GO!!★ウィーン★①案内してくれた川崎さんについてウィーンでは、川崎さん(女性です)というオペラ歌手の方があちこち案内してくださいました。川崎さんは旦那さんがオーストリア人で、国籍も勿論オーストリア。でも「日本に帰りたい」ともおっしゃっていました。川崎さんはウィーンの中で何回かお引越しをされているらしいのですが、今住んでいるおうちが、ベートーヴェンが以前住んでいた家なんです。凄いでしょ?ウィーンの超街中にある建物の2階でした。もの凄く面積の広いおうちでした。お友達を呼んでよくパーティーをするといっていました。そーだっ。あと、歌の勉強でウィーンに留学しているうちの高校の卒業生も来てました。メチャ美人なおねぃさんで、赤いコートと赤いお帽子がもの凄く似合っていました。当時、たぶん今の私くらいの年齢のおねぃさんだったんですが、高校生の私からしてみると、ものすごく大人に見えました。★②事前学習について話は前後してしまうけど、研修旅行に行く前には、事前学習というのを幾つかしました。シュターツオーパー(ウィーン国立歌劇場)で鑑賞する予定のオペラをLDで見たりというのもその中の1つです。当日は字幕はないので、ひととおりのストーリーを頭にいれること、という感じでした。それからピアノの公開レッスンをすることになっていて、受講者が4人いたのですが、その4人が弾く曲を全員で鑑賞して、作曲された経緯や背景、時代背景、楽曲分析をしたりしました。あとはドイツ語の挨拶を軽く勉強したりもしました。ソルフェージュの先生(メッツォ・ソプラノ歌手)が以前ドイツに留学されていて、ドイツ語が堪能なので、授業中にところどころドイツ語を混ぜて授業して下さいました。例えば、歌を歌う時、「いち、に、さん、し」というカウントではなく、「アィン、ツヴァイ、ドラィ、フィァ」と言ったり。先生は耳に少しずついれて慣れさせる、ということをしたかったのだと思います。★③ホテル「ANANAS(アナナス)」について泊まったのはずっと同じホテルの「アナナス」。アナナスっていうのはパイナップルっていう意味です。朝食はバイキングで、ソーセージやスクランブルエッグ、パン数種類、ドリンク数種類。大食いキャラの私には(高校生の頃はすでに大食いの大家)もってこいの朝食でした。ホテルは確か3ツ星ホテルだったと思います。朝は枕元にチップを置いてでかけました。当時、通貨は勿論ユーロじゃなくてオーストリアシリング。私は5シリングくらい置いていってたかな。(1シリング=約120円くらい)海外に修学旅行に行った違う高校の友達に話を聴くとやれ何が汚かっただの、シャワーの出が悪いだの、何かしらトラブルがあったようですが、アナナスは凄く快適なホテルでした。(お国柄かしら)★④ハードスケジュール滞在期間が短いのに、ウィーンの主要観光場所はしっかりまわろう!という欲張りなことをしていたのでか~~なりハードスケジュール。朝は8時半にはホテルを出て、次ホテルに帰ってくるのは夜の9時。1日中あちこちグルグル周るので、さすがの高校生でもへとへとです。ちなみに、ホンっっっっトに1日のうちでグルグルグルグル動き周るので、ドコに行った後にドコに行って…なんていう、順番ってのは全然覚えていません。行った場所は、作曲家の墓地、シュターツオーパー(バックステージと公演)、ハイリゲンシュタット、シュテファン教会、フィガロハウス、ノーマン・シェトラー(ピアノ)先生の家、日曜礼拝(ウィーン市庁舎?旧市庁舎?忘れた)、シェーンブルン宮殿、リング通り(ウィーンの繁華街)…などなど。★⑤ハイリゲンシュタットウィーン郊外のハイリゲンシュタットにある、ベートーヴェンが遺書を書いたという家に行ってきました。ベートーヴェンが人生で何度も引越しをしたのは有名な話。(確かな数字は思い出せませんが、50回くらい。)ハイリゲンシュタットは、彼が26歳頃に住んでいた家です。ちょうど聴覚を失った頃で、自殺をしようと、遺書が書かれた家がこのハイリゲンシュタットです。一般的には、ベートーヴェンは聴覚を失って自殺しようとした、という見方がされていますが、作品の契約のことで口論となり、殴ってしまった弟への謝罪、自分のやるせない思いや絶望(音楽活動に支障をきたしている悲しみよりも、情緒ある人間として他人と接することができない悲しみ)から、自殺を謀ったんじゃないか、という見方もあります。遺書は、弟カールに向けてかかれたものですが、その手紙はカールの目に触れることもなく、ベートーヴェンの死後、机の引き出しの奥から発見されたそうです。で、ハイリゲンシュタットに話を戻して…ハイリゲンシュタットはウィーンの一等地で、東京でいうと田園調布とか成城とかあの辺かなぁ?ウィーン市内からはバスで20分くらいの郊外で、建っている家はどれも大きい!停まっている車は、どれも高級車ばかりです。私達が行ったのはクリスマスの2週間前だったので、どこの家も飾りつけが凄かったです。といってもさすがはヨーロッパ、日本みたいにトラック野郎みたいな装飾はなく、どれもハイソな飾りつけばかりでした。ベートーヴェンが遺書を書いた家は、路地裏のひっそりとした場所にありました。デスマスクや直筆の楽譜などが置いてありました。それからベートーヴェンの使っていたピアノも置いてありました。勿論今のピアノみたいにデカイ楽器じゃなくて、ハンマークラヴィーア…だと思います。(ハンマークラヴィーアからは少し進歩したピアノだったっけかなぁ…でもとにかく今のピアノに比べると小さい)部屋はいくつかわかれていて、一度外に出ないと入れない部屋とかありました。(当時はそういう造りの家が主流だったのかなぁ…)その「遺書の家」の近くに、ちょっとした森があります。その中に小さな教会があって、そこにベートーヴェンはよく通っていたそうです。★⑥シュテファン教会とにかくデカイ。すんげぇデカイ。まじデカイ。私が行った時は工事してました。教会の前ではラデツキーマーチを演奏してました。いやぁぁ~、そらもう感激でしたよ!吹奏楽部の友達と、「さみぃ~!でも、演奏うめぇ~!」と絶叫していました。で、当時、何の為に演奏してるか全くわからなかったんですが(ウィーンでは毎日、そういうイベントをしているのだと思っていた。さすが音楽の都、と勝手に納得していたし。笑)今写真を見ると、 【SCHUTS UND HILFE fur unudersen STEPHANSDOM】っていう横断幕がありました。ドイツ語、あんまし(むしろじぇんじぇん)わかんないんですけど、直訳すると「私達のシュテファン教会の為に保護と救援を」ってなるんですよね。シュテファンの工事してるから金くれ!ってことですかね(笑)まぁ、とにかく、その演奏がチャリティーだということが今判明しました。演奏は本当にうまかったです。すんごく寒かったんですが、白い手袋はめて演奏してました。(手袋してなきゃ、たぶん演奏不可能。それくらいの寒さ。)ベージュのパンツにグレーのロングコート、赤いベレー帽というめっさカッコイイ制服でした。警察音楽隊っぽい制服なんですよね。どういう団体なんだろう。それから、シュテファンから出てきたら、笑いながら私をジロジロ見てくる男性3人組がいて、なんだろうと思っていたら、近づいてきて、シュテファンのクリスマスデコレーションを指差し「キレイデスネ!!」と話しかけてきました。友達とノッて「ハイ、きれいです!」と答えたら、むこうは「おぉ!日本語が通じた!」と盛り上がっていました。私が、「あなた達はどこからきてるの?」と聞くと「日本デス!」と答え、「あなた、日本人なのね!?」と聞くと『オフコース!日本人デーーース!』とノリノリで答えてくれました。私達のジョークが海を越えた瞬間でした。で、カタコトの英語とカタコトの日本語(私まで彼らにつられて何故かカタコトの日本語だった)で話したところ、ロスの国際学校(大学)の修学旅行生と言っていました。それで、大学で日本語も含め、日本文化の勉強とかを少ししているとか。だから「俺達の日本語は通じるのか?」と思って話しかけてきたみたいですね。『日本語じょうずですね』と言ったら、「イエイエ、ソンナコト ナイデーース!」と言っていました。「イエイエ」っていえる時点で、達者だと思うが。今回はこの辺で。えっと、更に今気付いたことがあるんですけど、この旅行記、めっさ長くなるかもしんない。まぁいいや、昔の記憶思い起こすのも悪くねぇ。(当時感じたこととか、こうして書いていくと、初心にかえれます……てか、感性が鈍ってきたな、ワタシ。)
2003年07月22日
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久々に書きます。 ★ある意味日記記入率100%企画★PCが水没していたおかげで、100%にはもんのすごく遠くなってしまったので、とりあえず50%を目指します。記入率、50%以下なのかよ!っていうツッコミはしないでください(号泣)だって半年間アクセスできなかったんだもんっ(言い訳)とにかく、空白の時を埋めたい…(クサッ)今回はちょっと愚痴っぽくなっちゃいますが(久々に書くってのに)家庭教師絡みのことを。8月中にやたらカテキョの登録先と絡むことがありまして(生徒の紹介やらなんやら)いろいろ不満があるのです…。***********************************************会社名は書きませんが、私の家庭教師の登録先はメジャーな会社です。会社全体がどういうモノなのかはわかりませんが、私の登録先の某T校はものすごく雰囲気が悪いです。人間的には、しっかりした対応をしてくれる人も中にはいます。でも、部屋の空気・雰囲気が悪いんですね。別に霊的な意味じゃないですよ。皆さんもそういう経験したことありませんか?以前もこのような不愉快な想いをしましたが、(不愉快度:★★★★★)今回はそこまではなくても、不手際や未対応のことが多いのでまた不手際かよ!という感じです。8月中は数回、不愉快な思いをさせられました。■ある不手際■不愉快度:★★★☆☆私立小学校に通う小学1年生の男の子の指導を依頼された時の話。結局この男の子は1回指導しただけで、その後指導することは却下になりましたが…その男の子は無料の「体験指導(2回)」を希望していてスペシャルランクでの会員加入をしていました。で、支払われるお給料も60分で3000円とのことでした。1回指導に行って、次回の指導のことも取り決めてきましたがお母様が他の教師を希望されたということで私は結局1回だけの指導になりました。しかし私の方にはお給料は振り込まれるとのことで報告書を提出してください、と連絡がきました。しかし数日後、また担当者から連絡が。聞くと、体験指導では、スペシャルランク会員でも支払う給与は通常の1300円ということでした。正直、はぁ?って感じでしたね。別に給料の差に文句を言うわけじゃなくて、そういう不手際があっちゃイカンでしょう。最初に契約した時から2週間くらい経ってんですよ?それまでに気付けよ!→→続く→→【2004/09/05】
2003年07月21日
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大阪府教員採用試験 筆記試験。普通、筆記試験は一般教養、教職教養、専門教養の3つが行われる。しかし大阪府の筆記試験は、一般教養と教職教養のみ。しかも問題は一般・教職教養が一緒になったもので120分40問という試験である。40問という問題に120分という時間が設定されているのだが、つまり、ひとつひとつの設問が非常に長くなっているということだ。あまり解けなかった。試験開始後30分と試験終了前の10分には退出ができないが、それ以外は退出ができるので、私はさっさと問題を終わらせ、試験終了15分前くらいに退出した。やれやれ。なんだかただただ時間が早く過ぎるのを願ってばかりの自分。更に問題が解けない。今まで何をしてきたんだ?とさえ思った。ここに、出題された問題の中から1問だけ書いてみようと思う。次の各文のうち、「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について」(平成12年12月 教育課程審議会答申)におけるこれからの評価の基本的な考え方に関する記述として、正しいものを○、誤っているものを×とした場合、正しい組合せはどれか。1~5から選べ。【ア】評価については、目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)ではなく、集団に準拠した評価(いわゆる相対評価)である観点別学習状況の評価を基本としており、今後の評価においても、この考え方をいっそう発展させていくことが重要である。【イ】評価に当たっては、知識や技能の到達度を的確に評価することはもとより大事であるが、それにとどまることなく、水から学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの資質や能力までを含めた学習の到達度を適切に評価していくことが大切である。【ウ】集団に準拠した評価は、一人一人の児童生徒のよい点や可能性、進歩の情ky方について直接把握することには適していないが、集団の中での自分の相対的な位置づけに関する情報により、児童生徒は、自分の目標を定めて学習に取り組む動機付けを得ることが出来る。【エ】指導と評価は別物ではなく、評価の結果によって後の指導を改善し、さらに新しい指導の成果を再度評価するという、指導に生かす評価を充実させることが重要であることから、評価は学習指導の過程に行うのではなく、学習の結果に対して行うことが大切である。【オ】各学校においては、各教員が児童生徒の学習の状況を日頃からどのように把握し、指導にいかしていくかなど、学校としての評価の方針、方法、体制などについて、校長のリーダーシップの下、教師間の共通理解を図り、一体となって取り組むことが不可欠である。 ア イ ウ エ オ 1 × ○ × × ○ 2 ○ × ○ ○ × 3 ○ ○ × × ○ 4 ○ × × ○ × 5 × ○ ○ × ○正直言って、こんな昔の答申から出題されるとは思っていなかった。相対評価から絶対評価に変わったのは確か昨年度で、今更この話題がのぼるとも思っておらず、目を通していなかった。今年は教育界には特にトピックがなかったから、この評価に関する事項が一番新鮮なトピックでもあったんだろうか?やっぱり答申は過去5年分くらいは目を通していなくてはならないんだと思った。ちなみに上の問題の答え、実は私もまだわかりません。今答申とにらめっこしてるんですが。なんせビール飲んじゃったので、内容が頭に入ってこない(笑)試験終了まであと1日。やっぱり、時間が過ぎるのだけを気にする自分がいる。
2003年07月20日
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大阪府教員採用試験 面接試験。受験票さえあれば大丈夫だよな、と思っていたらなんと、「写真票」なるものを忘れてしまっていた。面接なので、受験番号と氏名と写真が貼ってある票があったらしいのだが、私は東京を出発する時から既にそんなことは頭になかった。忘れました、というと、「むこうにカードがあるので記入してください。写真は受験票に貼ってある写真を使って、明日、また必ず受験票には新しい写真を貼ってください」と親切に教えてくれた。関西の受験は3回目だけれど、関西は毎年教育委員会の人の対応がいい。電話で問い合わせをした時も、会場に行っても、関西の教育委員会の人の対応は良い。教育委員会というより、関西全体の雰囲気というか。東京や神奈川の教育委員会の人の対応は冷たい。というか、あまりにも事務的すぎるのだ。仕事の範囲のことはキチッとしてあるんだろうし、だから何も言えないけれど、受ける印象が、関西と関東ではあまりに違うのだ。やっぱ私は西日本出身だから、関西の方が肌に合うのかも…。写真票をなんとか作り、控え室へ行くと、水をうったように静まり返っていた。ネームプレートや記入するものが何枚か配られ、説明が始まった。今回は集団面接で、1組6人、30分間だという。私は2時間近く待たなくてはならない組だということがわかった。隣の人が「30分て長いですよね」と話しかけてきたので「そうですか??私、1時間くらいだと思っていたので、30分と聞いて正直ホッとしました…」と言うと、「私は15分くらいで終わると思っていたので…」と言っていた。個人面接じゃあるまいし、15分じゃおわんないだろう…なんて思った。それから少し隣の人と話したりしていた。すごく美人で、しかもきどってなくて、凄くいい人だった。控え室を出て、面接教室の前まで連れてこられた。そこでまた30分近く待つという。中から、前の組の人の声がかすかに聞こえてきていた。いじめを見つけたらどう対応しますか。家庭との連携はどのようにとりますか。へー、そんなこと聞かれるのか。ぶっちゃけ、私はそういう質問が大嫌いだ。これから教師になろうと言う人が何をぬかす、という感じだが。いじめなんて、いじめられている子と虐めている子の組み合わせによって対処の仕方が違ってくるんじゃないの?虐められている子の家庭環境によって、連携の取り方も変わってくるんじゃないの?私は医者じゃないし薬のこともよくわからないけど、「風邪です」という患者でも、咳が出る患者と、下痢がとまらない患者がいて、彼らに同じ処方をして同じ薬を出すか?だから、いじめを発見した時…的質問は大嫌いだし、それに真剣に答えているヤツも滑稽に思えた。悪い言葉で言うなら「バカじゃねぇの」と…。でも真剣に答えた人が試験に通過する仕組みになっているのだ。試験に通過したいなら、真面目っぽくふるまえばいいのだ。でもやっぱり不真面目な部分がたくさん出てしまう。私みたいな不真面目な人間は結局は教員にはなれないしくみになっているのだ、世の中は。私達の番になった。正直、どんなことを面接で聞かれたか覚えていない。控え室で話した美人なお姉さんが、感極まって少し泣いていた。自己PRの時に、試験官が1分くらいずつと言っているにも関わらず3分近く話すヤツばかりだった。私は30秒強くらいだった。終わって帰る時、控え室で話したお姉さんが天王寺駅まで連れて行ってくれた。試験はあと2日。とりあえず一番嫌いな面接が終わった。他の試験も早く終わらせたい。
2003年07月19日
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大阪2日目。ゆっくり寝よう!と思ったのだが、今まで6時に起床していた癖か、はたまた試験の緊張感からか、朝6時すぎには目が覚める。それから無理矢理寝ようとすると今度は8時に目が覚める。それを繰り返し、結局10時半に起きて、TVを見ていた。彼氏を起こしても全然起きないし、私一人で何しよう?という感じだったので携帯のメールで遊んでいた。あと、少しだけ指導要領に目を通したのだが、あまり頭に入ってこず。お昼ご飯に、チャーハンを作っていただいた。それから彼氏のおばあちゃんと色々話した。明日は試験。会場がイマイチわからなかったので、夜、彼氏のお兄さんにネットで調べてもらった。
2003年07月18日
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非常勤の仕事を12:30きっちりにあがって、メル友のAくんとお茶をした。Aくんとは6月の頭くらからメールでやりとりをしていたんだけど、急遽逢うことに。どうして逢うことになったか、ってのは実はイマイチわからないんだけど、(いついつ逢おうよ、なんて計画も全然なかったし 笑)とにかくむこうがすこぶる暇だったみたいなので、お茶をすることに。私も大阪へむけて準備をしなきゃいけなかったんだけど、何故か旅慣れしている私は、準備は30分もあればできたりするのだった。Aくんとは西武新宿線の某駅で待ち合わせ。でも私はこの日、コンタクトをつけてなかったので全然見えない。結局、むこうが声をかけてきてくれたのでなんとか逢うことができた。(これで両方コンタクトつけてません、なんて言ってたらどうなってんたんだろう。ま、携帯で連絡とることもできるけど……)それにしても、「髪が長くてちっちゃい」って特徴言っただけでわかってくれたAくんに感謝。服装や持ち物もメールしてたにせよ、わかってくれたことはなんだか嬉しかった。私はまだお昼を食べていなかったので、ケンタッキーの某駅前店に入って昼食。Aくんはひたすらレモンティーを飲んでいた。やっぱりメールでやりとりしていると、逢った時ってラク。私達がメールで話していたことは読書のこと、スポーツのこと、学校のこと、あと自分の故郷の話とか部活の話とか、結構色々話していた。Aくんは地元が熊本で、私は鹿児島なので同じ九州つながり、ってことでメールのやりとりをするようになった。Aくんは早稲田の4年生で、私の2コ下。すぐ下の弟と同じ歳だったけど、私の弟がチャラチャラしているせいか、Aくんはすごく大人っぽく見えた。それに、逢って話してみるとAくんはかなりウケた。相当な天然だと思う。「メールでは猫かぶってやがったな!?」というと、「メールじゃ素なんて出せないでしょうっ!(汗)」と言っていた。うむ、確かに。でも私はしっかり見抜かれてたぞ?『あまり女の子っぽくない』って……。私もAくんもそれぞれマイペースすぎるし、価値観も結構違うので(てかAくんの価値観がちょっとかわってる 笑)意見が食い違うことも結構あったけど、色んな話ができて結構楽しかった。いろんな話に花が咲いてしまって、結局帰る時間ギリギリまで話していた。私が大阪から帰ってきたら新宿で飲もう!という約束をして、帰宅。自宅へ帰ってからは荷物を用意し、大阪へ。とりあえず、受験票さえ忘れなければ、あとはどうにでもなる。スーツ忘れようが、勉強道具忘れようが、とにかく受験票だけ持たなくては。ギリギリに準備を終わらせ、予定していた電車に乗って東京駅へ。東京駅からはのぞみで約2時間。東京ー大阪間をたった2時間で行き来できるだなんて。。。吉本興業所属キングコング西野っちと私の遠距離恋愛も可能かもしれない。(超意味不明)電車の中ではMDを聴いたりしていた。隣に乗っていた彼氏は爆睡だった。途中まではMDを聴いていたんだけどなー、いつの間に爆睡モードに入ったんだろう??上京までは、彼氏の実家にお世話になる予定。彼氏の両親も、すぐ上のお兄さんも、おばあちゃんも、そして犬のロクちゃんも、元気だった。ロクちゃんは痩せてたし、動きにいささか元気がなかったけど。
2003年07月17日
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久々のオフ日。腐るほど寝た。そして14日にすっぽかしたKちゃんの家庭教師へ行った。(詳しくは7月14日の日記をご覧ください。)欲を言うなら。Kちゃんの家庭教師をなくして、一日中家から出たくなかった。でも今日、かてきょー入ったのも自分のせいだし。。仕方ねぇっす。。。
2003年07月16日
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今日の授業は、私が一人で教える日。しかも2コマもある。大学を卒業してから、50分間一人で授業をするのは初めて。初の単独指導、単独授業っっ!(部活指導とかだったらあるけど、授業ってやっぱりなかなか機会がない)指導するのは1-B、D。泣く子も黙る、1年生……。彼らは本当に小学生以下。てか、本っっっっ当に手間がかかる。おしゃべりで私の「静かにー!!!!!」という声が聞こえなくなるのだから。授業を始めるまでに10分はかかる。1-Bの曲は「世界にひとつだけの花」で、1-Dは「カントリーロード」。純粋な合唱曲(遠い日の歌とかね)を選らんだ方がマシだってのに、難しい曲を選ぶんだから、まったく。。。音取りは、「パートテープ」なるものがあって、ピアノ伴奏にあわせて各パートを歌っている声が入っているので、あまり難しくないパートはパートテープで音取りをさせ、音取りが難しいパートは私がみることにした。1-Bは、アルトと男声パートが難しいので、時間を半々さいて、両方のパートをみることに。パートの音取りに入る前に、カデンツをする。C-durの音階を「ドレミファソラシド」と歌ってから、ソプラノ→ド ド ド シ ドアルト →ミ ファミ レ ミ男声 →ド ファソ ソ ドというふうにⅠ、Ⅳ、ⅴのハーモニーを作る。これは合唱コンクールの舞台上で、曲に入る前に歌い、勿論審査対象になる。このカデンツの指導をしている時も、うるさいうるさい。歌っているパートの声より、話している声の方が大きい。なんとかカデンツを終え、パート練に。アルトの音取りは、すんなりいく。かなり声を出してくれるのでサクサク進み、男声パートの音取り。おしゃべりはかなりうるさいけれど、男子もそこそこ声を出してくれるので、やりやすい。声を出してくれないクラスより、うるさくて「静かにしろ!」なんて言いながらやるクラスの方が、断然やりやすい。結局、1-Bは、全体で合わせるところまでいけた。全体であわせた後の生徒達の反応は、結構新鮮。自分達のパートの音しか聞いてなかったけど、全体であわせるとハモって聞こえて、「ほぉぉ~~」なんて言っていた。ただし、勿論「ほぉぉ~~」だけじゃおさまらなくて、また私に大声を出させたことは言うまでもないが。そして、1-Dの授業。やる内容は同じ。カデンツをして、パートの音取り。ソプラノはメロディーだし、男子は前回の授業で結構音取りできてたしで、アルトをみることに。1-Dも、そりゃもううるさい。うるさいし、壁によりかかるし、椅子に座ろうとするし、あちこち動くし。しかも、カデンツで、アルトがまるっきり歌わない。声が出ていないので「音がわからない?」と聞くと、音はわかっている様子。ただ声を出さないだけかぁ。。。とゆーことで、声を出すまで歌わせた。「アルトさん、もっと声出して~。」「アルトさんのカデンツだけで授業がおわっちゃうよ」どんなに言っても、歌わない。「は~い、声が出るまで歌いま~す。」といいながら、20回くらい歌わせた。最後の方は諦めたのか、さすがに歌っていた。若い女の先生だからって、ナメんなよ。歌わせると言ったら、100回くらい歌わせまっす★アルトはパートの音取りになっても全然歌わなかった。勝手にしろ、な~んて思って適当にあしらっていたら合唱際委員の子が「皆、もっと声出してよ~」と言っていた。をを、偉い。教える教師が何も言わない方がヨイ時もありますなぁ。(かと言って、この学校で放任は絶対できないけど。)アルトの音取りは最後までいってなかったが、とりあえず合わせてみることにした。さっきのクラスでもそうだったけど、やっぱりハモるとやる気がでるみたいだし。そしたら、合わせてみたら、やっぱりやる気が出ました。皆、単純でかわいすぎる。全員で歌わせたら、満足して帰っていきました。ホント、どこのクラスもうるさくて小学生以下のヤツらばっかだけど、純粋でかわいいのです。これにて、初の単独指導、一件落着!!!
2003年07月15日
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目がさめると、周りが暗かった。でも夕方かな、というような暗さでもある。それか早朝か・・・夕方なのか早朝なのか・・・???どちらかわからずに目覚まし時計にふと目をやる。10時前。え、仕事遅刻じゃん・・・!!!!と一瞬思ったが、この暗さからして朝の10時はありえない。夜の10時だということに気付く。あぁ、よかった・・・。しかし次の瞬間。Kちゃんの家庭教師をすっぽかしてしまったことに気付く。携帯電話をみると、恐ろしい数の着信が。Kちゃんの携帯と自宅の電話に紛れて、知らない番号も何件かかかってきている。やべー、知らない番号は絶対家庭教師の登録先だぁ~・・・かなりブルーになる。ダークブルー。とりあえずKちゃんの携帯に電話をする。普通ならご両親に詫びるべきなのだろう。しかしKちゃんのご両親は中国人で日本語はほとんど話せない。そして、ほとんど家にいない。家庭教師に関しても放任。なので直接Kちゃんの携帯にお詫びの電話をする。Kちゃんは嫌いな勉強がなくなってホッとしていたに違いない。でも今週の木曜から私は大阪入りするので、10日ほどあけることになるのだ。間があきすぎると困るので、とりあえず水曜に振り替えることにした。そうしていると、今度は「080XXXXXXXX」という、知らない番号から電話。出てみると、家庭教師の登録先から。「Kさんの方からお電話がありまして、時間になっても先生が来られないということと、先生の方にも連絡がつかないとのことだったのですが、どういった経緯でこのようになったのでしょうか」担当のおねーさんに厳しい口調で言われ、嘘はつけず、「寝てました」と正直に打ち明けた。おねーさんは意外な答えが返ってきたようで、一瞬たじろぐ。「その後、生徒さんの方にはご連絡は」『あ、しました。謝罪して、水曜日に振り替えることになりました』「わかりました。一度こういうことがありますと、こちらとしても二度も三度もこういう事態が起こるのではないかと心配になりますし、生徒さんとの信頼関係においてもあまりよくありませんので、今後絶対このようなことはないようにお願いします」『ハイ。申し訳ありませんでした。』はぁ・・・自業自得ながら、へこむ。自分のダメさにへこみ、憤りを感じた。この日の夜、様々な悪夢を見る。①Kちゃんが私の言うことを聞かなくなる(宿題・復習をしないなど)②またまた寝坊し、I高校のTAに遅れて出勤③採用試験で友達は全員合格し、私だけ不合格。しかも「キミは寝坊が多いな」と試験官に言われる。※実際は通知には合格か不合格かしか書かれていないので、試験官などから直接そういうことを言われることはありません。私の「寝起きが悪い」というスペシャルコンプレックスを凝縮させた、悪夢三本立て。おかげで1時間寝ては起き、の繰り返しだった。これからはできるだけ寝ません・・・うぅ~、私、最近気も体も休まる暇がないよ~~(号泣)
2003年07月14日
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東京都教員採用試験、当日。これを読んでいる人の中には、同じ会場で受けていた人もいらっしゃるかも?場所は下高井戸の日大文理学部。受験番号によっては青山学院で受験している人もいるとか。でも日大の人の多さにビックリ。まだ青山でも受けているのか・・・てか、倍率何倍だよ、ヲイ。私は正午過ぎで終わるとばかり思っていたのだが、なんと16時までかかるらしい。(知っとけよ)正午過ぎで終わる予定で、他の仕事入れてたのに。とりあえず、キャンセルする。まぁこの仕事は私一人でする仕事だし、まぁヨシとする。教室を確認して入室する。私は窓側の席。らっきー♪窓側、大好き♪しかも私の右側3列には人がいないから、視界にはほとんど人が入ってこなくて、集中できる☆まずは10時から90分間、一般&教職教養。うーん、私、一般教養なさすぎかも。考えてみたら、全然勉強してなかった。教職教養は簡単すぎる。あんなに教職教養頑張らなくてもよかったんだなーなんて思うくらい。でもきっと皆できてるだろうから、平均点高いんだろうな。1問が命取りになる予感。1時間休憩して、次は13時に再び集合。お昼を食べようとしていると、「朋。」と呼ばれる。コンタクトをしていなかったのであまり見えない。すると、大学時代の同期が3人も私の方に近寄ってきた。皆、半年ぶりとかそれくらいに逢う仲間ばかり。中には大学卒業以来というヤツ、けんじも。音楽科時代、私とけんじは「音楽科のアホツートップ」だった。センター試験で8割をこえていないのって・・・私とけんじくらい・・・???授業中もマジメに授業を受けてるんだけど、どこかマヌケ、ということで「音楽科のアホ・ツートップ」の座に君臨したというわけだ。というわけで、アホの片割れとの再会。他の二人は「最後の悪あがき」と言って勉強していたけど、私はけんじと二人で近況について語っていた。てゆーか、けんじはあの試験会場には場違いだった、うん。(私以外の二人もそう言っていたし、けんじ自身も自覚していたし。)お昼一発目の試験は、専門教養、60分。うぅ~ん、これもこんなに簡単でいいの??今まで受験してきた試験って言ったら「全っ然わかんねー」という試験ばっかりだったのに。20分くらいで終わってしまい、時間をもてあましてしまったほど。しかし、簡単とはいっても、部分的にわからないものが・・・。う~ん、これも一問間違うと命取りだな・・・でも私、そのパターンで何問か間違えてそー・・・(滝汗)そして最後は、論文。90分で1200~1500字程度。これはテーマによっては、書けないかもしれないものもあり、かなり不安。原稿用紙と問題が配布される。「はじめ」の合図で始めなくてはならないので、まだ問題を見れない。ので、上から透けて見える字を見てみる。『・・・子どもたちの学力の向上と・・・・・・・・・することが大切・・・・・・・・・個性と創造力・・・・・・・・・』な、なにぃっ!?個性!?やったやった。前に論文指導で書いた書いた!!!あの時「この文章、いいから、どんな問題が出てもコレを展開させて書きなさい」と言われたもの。それをそのまま書こう!「はじめ」といわれるまで、どういう書き出しで書くか、構想を練る。「はじめ」試験官の言葉と共に名前と受験番号を記入し、問題を開く。問題は二択式。私は迷わず「個性と創造力」の方の1問目を選ぶ。論文指導をしていただいていた先生の言葉を思い出す。「90分のうち、15分で構想を練って60分で書きなさい。残った15分で誤字脱字を点検しなさい。5文字訂正したいのなら、5文字分の言葉を思い浮かべなさい。そのためには点検には最低15分は確保しなさい。」問題用紙を配られてから、「はじめ」と試験官が言うまでに10分はあった。試験に突入してしまったら、5分考えただけで、すぐに書き出せた。30分前には仕上がっていた。テーマが以前やっていたテーマだけに、ラッキーだった。そして誤字脱字をチェック。誤字も脱字もナシ。文章をかえたい部分があったので、かえる。3文字の訂正を、3文字でかえることができた。うぅ~ん・・・今までできなさすぎたことを考えると、上等かな。以前のこの日記にも書いてあるだろうけど、論文は、本当にできなさすぎて悩んだものだったから。でも・・・自己満足かもしれない。読み手には何も伝わらない文章かもしれない。時間内に1500字書けたからって、主旨が通ってないと意味がない。私の論文は・・・う~ん、ちょっとこじつけっていってしまえばこじつけだったかな・・・(汗)私の友人は「熱く書くべき」と言っていた。私の論文は、読み手にはどういう印象を与えるんだろう?熱いと思われただろうか?主旨が違うと思われただろうか?個性がないと思われただろうか?とりあえず終わったのでヨシとする。また、来年。(来年も受けるつもりかよヲイ!今年で受かる気持ちでヤレよ 苦笑)終わってから、弟と、弟の野球部の友達と3人で飲みに行ってしこたま飲んだ。弟らはカクテルをジュースのようにガバガバ飲んでいた。「味わって飲めよコノヤロー」と言っても、勿論効果はなかった。そして弟は化石と化していた携帯電話を、FOMAにかえていた。3人で「歌着」を聴きながら、「ヲゥ!着信音なのに歌ってらぁ!」と言って感動した。
2003年07月13日
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今だから書ける話。(書き込み:08/03)この日は東京都教員採用試験前日。午前中、Hちゃんの家庭教師をおわらせて、Hちゃん宅から清瀬駅までの徒歩20分をダラダラと歩き、これからどうしようか迷っていた。おなかすいたなぁ・・・清瀬のファミレスで食事とってから帰ろうかな。いや、でも家に食材が微妙にあるし。金もないから家に帰ってから作るか。ご飯をたべたあとはどうしよう。やっぱ勉強かなぁ。いやいや、でも昨日まで、疲れすぎだぞ。それで明日のコンディションが悪いなんて言ったら、今まで論文とか頑張ってきた意味がない。(ストレスと寒さと疲れに弱い私。すぐ体を壊す。)ご飯食べたら・・・・・・寝るか。そんでその後サッと指導要領と今まで書いてきた論文に目を通して・・・と。清瀬駅の改札を入り、エスカレーターをおりる。『あ、先生。』誰かが私の方を見て言った。コンタクトをいれていない私にはぼやけて見える。近づいてよく見てみると・・・家庭教師をしているAちゃん一家。Aちゃんとご両親と3人、駅のホームにいた。AちゃんはHちゃんと同じ中学で同じ学年。同じ学区なので、無論最寄り駅も同じというわけだ。「これからおでかけですか?」『ええ、西武戦のチケットがあったので、西武ドームに観戦に行こうかと。』「そうなんですかぁ~!いいですね、野球♪」『先生もご一緒にいかがですか?』「えっ?私?」『ハイ。先生、野球好きですよね~。だから、どうです??(Aちゃんのご家族とはご飯も一緒に食べる仲なので、全てバレている。)』「でも今日、会員カード忘れちゃった~!(←ナニゲに西武のファンクラブに入っている)」『大丈夫ですよ、タダ券が1枚あまってるんで。』「まじっすか。」『先生も行こうよ~(←Aちゃん)』「え・・・どうしよう・・・(←明日試験・・・と思いつつ、長らく行っていない野球観戦に行きたくなっている。)」悪魔と天使の戦闘開始。しかし軍配はあっけなく悪魔へ。天使なんて弱い弱い。ということで、Aちゃん一家と西武VSダイエー観戦。試合は実はあまり覚えていないのだが、ダイエーが勝利。ダイエーは斉藤が先発・完投。西武は張・・・だったかな。それから森慎二も出てきたような。私は専ら、阪神時代から好きな平尾の応援。平尾はチャンスにまわってきながらも凡退。平尾が打てていれば、どちらに軍配があがったかわからないゲームだったように思う。あと、稼頭央さんも当たってなかったなー。試合の途中で明日の先発が予告される。西武、松坂。ダイエー、新垣。場内がどよめく。勿論、そのどよめきには私も加担している。(笑)いいな~ヲイ。明日は私が24年の中で一番労力を注いだであろう時代の代表の投げあいかよ。でも欲をいえば、ダイエーは新垣より和田くんの方がいいなぁ。なんてことを思っていたら、「先生、どうぞ」Aちゃんのお母様からビールがまわってきた。まったく、ビールまでご馳走してもらって、私ってば何て身分??はっ、もしやAちゃんの成績あげなきゃダメな状況!?その日私達は内野自由席に座っていたのだが、Aちゃんはお祭り好きらしく、お母様が「Aは外野の方がよかったんじゃない?」としきりにAちゃんに言っていた。Aちゃんはお祭り好きには見えなかったのだが、なんだ、私と同じじゃん。内野にいながらも私とAちゃんは声を張り上げて応援。Aちゃんは仕舞いにはライオンズの帽子をかぶって応援していた。ダイエーの応援に振りがついていて、Aちゃんと私はそれを必死に真似。(ヲイヲイ・・・ライオンズサイドにいるくせに。汗)私は普段TVで見る選手が目の前でプレーしていることにいささか興奮していたが、Aちゃんにしてみれば「あの人、ダレ?」状態。唯一知っていたのは、カブレラだけだった。私が「ライオンズでは、松井稼頭央って人もすっごく有名なんだよ」と教えると、『へぇ~』Aちゃんには松井稼頭央も通用しないらしい。野球の応援って疲れる。ただ座って観ているだけなのだが、やはり集中して観ているせいだろうか。6時頃帰宅すると寝てしまった。起きたのは12時。採用試験の準備をして再び寝た。次の日、恐ろしいほどに良いコンディションで試験に臨めたのはいうまでもない。
2003年07月12日
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以前の日記(7月4日の日記)に、「メールがうざい病」のことを書いた。今日は再び「メールがうざい病」が勃発した。私の中で「メールがうざい病」は、きたメールに対して、うるさい、うざい、ほっとけ、など思うことである。メールをくれる人すべてに対してそう思うわけではない。ある何かの一文、いやもっというとたった一文節が私の神経を逆なですることがある。最近メールはあまりしていなかったのだが、家庭教師先から帰宅途中、近所に住む男友達から近況を聞かれた。「家庭教師と非常勤と自分の試験が近いから、あっぷあっぷしてる」そういう私の返信に対しての彼のコメントはこれ。『オマエ、色々手ぇ出しすぎなんじゃないの?』忙しいのって、私が悪いの?そう思ってメールを返す。「それって、私が悪いってこと?」『いや、悪いとは言ってないけどさ。そこで頑張れって励まされるのってオマエ嫌うだろうし、何もコメントしようがないからさぁ』メールを返信するのをやめた。そして、こっちからそいつにコンタクトをとるのを辞めようと思った。彼は私のことを気に入ってくれていた。『周りにあまりいないタイプだ』といって。私も彼のことを気に入っていた時もあった。私にとってもあまり周りにいないタイプだったから。そいつとは深い話をしたりもしていた。深い話をしたせいか、いつからか、そいつは私の愛人きどりになっていた。どうして私があなたにそういうこと言われなきゃならないの?どうしてあなたがそんなこと言うの?そう思うことも多かった。そしてそれに対する、彼の答えはこう。『俺はオマエの愛人だから』いつから愛人になったんだよ。私は友達以上の関係は求めてない。彼は確かに私の周りにはいないタイプだけど、私は、友達以上の関係は求めてない。友達以上の関係なんて、求めてない。重い。そいつが、重い。『オマエ、色々手ぇ出しすぎなんじゃないの?いや、悪いとは言ってないけどさ。そこで頑張れって励まされるのってオマエ嫌うだろうし、何もコメントしようがないからさぁ』電車の中でメールを読みながら、笑いをこらえるのが必死だった。このあなたのメール全部にレスつけてさしあげるわ。>色々手ぇ出しすぎなんじゃないの?家庭教師を始める時も、非常勤を始める時も、奨励してたのは誰?それで今更「手ぇ出しすぎなんじゃないの?」なんてよく言えるわね。>そこで頑張れって励まされるのってオマエ嫌うだろうし、あなたは私の何を知ってるの?少しくらい深い話をしたからといって、私の全てをわかったような気になるのはやめて。>何もコメントしようがないからさぁじゃあ無理矢理そういうコメントしなくていいから。私のこと一番理解してますみたいなのはやめて。私のこと理解できてるなら無責任な発言できないはずでしょ、なのにどうしてそんなにポンポン無責任なこと言える?理解した気になってるなら、もっと裏の裏までよんでメール返してこいあぁ、うるさい。うるさい・・・うるさい。うるさい うるさい。うるさい、うるさい、うるさい・・・・・・てか、うるせぇよ。ホントうるせぇからだまっとけ。オマエはだまっとけよ・・・・・・あぁーーーーーーーーーーもう、うるさい!!!!!!!!!!!!!!メールと電話を受信拒否にした。
2003年07月11日
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今日の合唱指導は、ナシ。しかし給与の関係で出勤しなくてはならず、授業はないが学校で時間をつぶさなくてはならない。自分の試験が近いので、とりあえず勉強道具と、それから大阪の試験でリコーダーを吹かされるので、リコーダーの練習でもしようかと、持参。学校に到着して、とりあえず朝ごはんを食べる。昨夜、ご飯食べてないから相当おなかがすいていた。それから、まずは明日の合唱指導の為に、曲の音とり。自分が歌えないと困るし、ピアノも弾けておかなくてはならない。明日指導する曲はドリカムの「未来予想図Ⅱ」と、合唱曲「Believe」。Believeはいいけど、未来予想図Ⅱは難しすぎる。アルトなんて、歌えるのかぁぁ!?ひととおり音とりをして、自分の練習。大阪の実技試験ではアルトリコーダーの初見演奏があるので、アルトリコーダーの練習。机の上に昔の音楽の教科書が山積みされていたので、その教科書に載っているリコーダー曲を片っ端から吹く。アルトリコーダーを最後に吹いたのは、前の高校に勤務していた時。あれは3月だったから、もう4ヶ月ほど吹いていないことになる。高校の教科書は、あまりリコーダー曲が載っていないので、歌の曲でも何でも、とにかくリコーダーに音域が合いそうなものをとことん吹いた。最初の方は、全然勘が鈍っていたけど、少しずつ感覚が戻ってきた。指も、シャープやフラットは全然覚えていなくて、リコーダー運指表と格闘しながら。初めは運指表を見るのが面倒だから「こうかな?こうかな?えいっえいっ!」と自己流でやってみたのだが途中から不安になり、ちゃんと運指表を見たのだった。途中からリコーダーに飽きて、再び合唱の練習に戻る。授業が終わると、「合唱同好会」なる生徒が音楽室に集結し、お昼を食べていた。その生徒の中に3-Bにいた女の子が。私のことを覚えててくれて、話しかけてくれた。「先生、音楽はナニ聴くんですか?」「A先生(音楽の専任で私の友人)と先生って、どういうつながりなんですか?」と、質問攻め。A先生と学生時代にした悪事をとことん暴露しておいた。夕方からKちゃんの家庭教師があったので帰宅する。そして少し寝てから行くつもりだった。しかし!!!!!寝すぎた。(滝汗)起きたのは、指導を開始しなくてはいけない時間を10分ほどすぎている。やべーー。するとちょうどKちゃんから電話がかかってきた。いつも早めに到着する私が来ていないというので、電話をくれたらしい。「先生、今日、こないんですか?」『あ、今日、お休みしてもいいかな(苦笑)』「いいですよ!!(めちゃ嬉しそう)」ということで、お休みさせてもらった。Kちゃん、ホントごめぇ~ん・・・でもお休みになって、凄く嬉しそうだったじゃん。(笑)そして同じ事態が、二日連続起ころうとは、この時の私は知る由もない・・・・・・。Kちゃんの家庭教師がお休みになったので、再び就寝。今の私は、不眠症とは無縁だ。
2003年07月10日
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今日は3-C&Dの指導。どちらも商業科のクラス。3-Cの曲は「旅立ちの日に」で3-Dの曲は「島唄」。商業科は男子が少ないので私がみることに。「旅立ちの日に」は有名な合唱曲なので、中学時代に歌ったという生徒もおり、スムーズに進む。問題は「島唄」。これは難しい。男子が5人しかいない上に声を出してくれる子は2人・・・。しかも今日はその中の1人が欠席で、歌ってくれたのは1人。他の子は別に不真面目なわけでもないし、歌ってる人の邪魔をしているわけでもない。声も全く出さないというわけではないが、蚊の鳴くような細い声でしか歌ってくれない。しかも楽譜が読めないとかで、別のところを見ながら、違うフレーズを歌っていた。ドレミと楽譜に書いてあるページを見ながら、ソラシと歌っている、ということになる。それはある意味才能だと思う。私には絶対マネできません。3-Cは曲が簡単だということもあるが、初回にしては随分良い出来だった。3-Dは、パートで音とりをした後あわせてみたが、男子はやっぱりつられる様子・・・。本番までにどうにかなるものだろうか・・・?そういうわけでなんとか無事指導が終わって、少し自分のピアノの練習をする。15時半に家庭教師の回数報告に行く予定をいれていたので、立川に14時前に着くように学校を出る。立川でご飯を食べて、少し勉強して、回数報告へ。今日は初めてみるおねーさんだった。私の前に大学生の男の子が回数報告を行っており、回数報告とは全然違う話(バイトやら有明がどうのこうのとか)で盛り上がっていた。というか、半ば強引におねーさんが男の子に話をふっていた。私の回数報告の番になる。提出物をとりあえず全部出して、色んなものに記入したり。おねーさんの態度はさっきの男の子に対するそれとは、微妙に違っていた。業務連絡を普通に済ませ、「生徒さんはどうですか。」と普通に言い、私がこういう感じです、と言うと「あぁそうですか」と言うだけだった。じゃあ聞くなよ。そして私の生徒の中間テストの点数の悪さにぎょっとしていた。そして「中学3年生ですか・・・きついっすね」と言っていた。(なんせ英語18点、数学9点とかだからねー)しかもそれが私のせいになっていた。畜生。回数報告の後は、Hちゃんの家庭教師が入っていたのだが、それまで随分時間があったので、暇つぶしに寄ったHMVでCDを衝動買い。SNAIL RAMP、SKA SKA CLUB、SHACHIのCDを購入、総額¥6000。今の私には痛い出費だけど、後悔はナシ。それからケンタッキーでムダに時間を過ごし、Hちゃん宅へ。Hちゃんの家は駅からすんごく遠い。そして今日は荷物が多かった。それにヒールのある靴はいてるし・・・。しかもここ2日間、睡眠時間が2~3時間だった・・・とにかく、Hちゃんの家にむかうまでにグッタリしてしまったことは言うまでもない。しかし指導になると超力を込めて喋りまくった。Hちゃんは明らかに勉強時間が少ない。彼女の指導は週1なので、自宅学習が多くなくては先に進めない。それなのに・・・。それはテストの点数にも反映されている。国語のテストを見ると、四文字熟語と漢字で点をとれていない。点数が一番稼げる部分の漢字類で点を取れていないということは、していないという証拠。だって、範囲にはちゃんと漢字と四文字熟語って書いてあるんだもの。英語に関しては、あれだけ説明した主格のIやYouでさえ全然覚えていない。それでいて「三単現のSがどこにつくのか、全っ然意味がわかんない」なんてことをぬかすので、私もブチ切れそうになった。とりあえず何が意味がわからないのかを聞き出し、徹底的に説明した。Hちゃんは頭の回転は悪くないせいか、理論が通用する。しかも、理論を言ってしまえば「そうなんだー、そういうふうになってるんだー」という感じで納得する子だ。こういう経験が、採用試験の面接とかでも生きてくれるといいんだけどなぁ・・・。生きるモノなのかなぁ・・・。はぁーあ、とにかく、Hちゃんが次はちゃんと宿題してきてますように。それから次の指導の時には、先の単元に進めますように・・・。ここ数日、睡眠時間が極端に少なかったので、帰宅してご飯も食べずに就寝。■□■□■追伸■□■□■日記をリンクしてくれてる方、掲示板に書き込んでくれた方、この日記を読んでくれてる方。ホントにレスできなくてすみません。試験が終わったら、絶対します。
2003年07月09日
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今日はI高校の初勤務日。そしてイキナリ3年生の合唱指導。私は生まれてこのかた合唱指導なるものはしたことなかったので今日が人生初の合唱指導ということになる。全学年4クラスずつしかない学校だが、今日は3年A組とB組の指導の日。音楽の専任の友人曰く、「3-Aと3-Bは、学校全体の中でも一番やる気のあるクラス」とのことだった。ちなみに日程表を見ると、今学期中にどのクラスも1~2回の指導が入っている。今週頭は3年、週末は2年、そして来週は1年というふうに、どんどん学年が下がっていく。学年が下がるにつれて教師のいうコトを聞かなかったり授業中にどこかにフラッと消えたりするらしい。おそろしー。授業中フラッとどこか行ったら首根っこつかまえて連れ戻してやる。そういえば確かに、3年は授業態度を見た感じでは、別に問題行動をする生徒はいなかった。私語はどこのクラスも相当多いけど・・・今日の2クラスは曲がどちらも「島人ぬ宝」(by BIGIN)。しかもその2クラスはお互い意識してるらしく、B組の生徒なんて、「先生、どういうふうに歌えばA組よりキレイに歌えますか!?」と聞いてくる子もいた。今学期は3年生は合唱指導は1回ずつしか入っていないので3年生との今学期のふれあいはこれで終わり。授業が終わってから部活動(吹奏楽)の指導。勤務上は正午であがれるのだが、夕方から家庭教師もあるし、一旦帰らずに学校で暇をつぶそう、という魂胆。部活は人数が、す、少ない・・・。私はクラリネット専攻だったということで、「仮入部」だという噂の超初心者のクラリネット&アルトサックスの1年と指導とクラリネットの3年生の指導。3年生の子は高校から始めたという割にはなかなかいい音を出していた。部活の後は中学生の「高校体験入学」とやらがあり、地元の中学生が来校。「高校の授業ってこんな感じですよ」という体験入学らしい。それで友人の音楽の授業を見学。大学時代、声楽専門だった友人は発声法についての授業をしていた。相手が中学生ということもあり、わかりやすい例で体のしくみ、声のしくみを話していた。声楽には無縁な私にとっては、いい話ばかり。かなりの収穫。呼吸法をし、発声をし、最後に簡単な合唱曲を歌った。中学生の歌声に鳥肌がたった。きっと彼らは気持ちが純粋だからだろうな。校内合唱コンクールが近いらしく、最後に「大地讃頌とモルダウをうまく歌うにはどうすればいいですか!?」と時間がおしてるというのに質問しており、友人のアドバイスを熱心にメモしていた。あのクラスが合唱コンクールでどういう賞をもらうか、気になる。明日も3年生の合唱指導。明日はC組とD組、女の子の圧倒的に多い商業科クラスの指導だ。ぶっちゃけ、歌は相当苦手だけど、仕事なので頑張ります。*****************************************************以下、ひとりごと。今日、再認識したこと。教師が堂々としておかないと生徒は戸惑うってこと。
2003年07月08日
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起床。時計を見て、血の気が引いた。今日は論文指導の日。しかし、なんと起床した時間が論文指導開始の時間。とりあえず電話をかけなくては。もし運がよければ、「午後から予定はないからいらっしゃい」と言ってくださるかもしれない。しかし先生が多忙なら諦めるしかない。「ハイ、T小学校です」『あの、私○○と申します。校長先生は・・・』私がそこまで言うと、「今日、何度そのことを聞かれたか、はぁ~あ・・・」と言わんばかりに「校長は、午前中は年休をとっておられて、お休みです」といわれた。私はそこでひとまず、ほっと胸をなでおろした。しかし・・・校長、この日時を指定したのは校長なのに、年休とは・・・私が現場にむかっていたら、途方に暮れていたかも??1時間ほどすると、T小学校の校長からお電話が。「今日はごめんなさいね!FAXで論文送れないかしら?」『あ、送ることできます。』「じゃあ、FAXで送ってちょうだい、見せていただくわ。」ということで、後日FAXで送信することになった。でも私は一日中家にいないことになるのだが・・・送るとしたら、夜。しかも0時とか・・・。小学校に深夜にFAXいれておくってのは、どうなんだろう(汗)今日はネットで、高校野球の鹿児島県予選を見た。何気なくフラリと寄ったHPのリンクで飛んでいったのだが出場校紹介から現在の中継まで見れて、感動。早速、母親、すぐ下の弟、末の弟と電話をかけまくり、感動を生中継。母親は「お金はかからないの?」と心配。すぐ下の弟は電話に出ず。末の弟は「まぢでか?てか俺、今高校のグランドにいるんだけど、鹿児島、かなり暑い。33度あるんだけど、どうよ?」と、気温と共にヒートアップ(?)いやぁ、ホント、これには感動した。更に感動したのは、私の実家の隣にすんでいた「あきちゃん」という子が、K高校の選手として出場していたこと!あきちゃんは私が中学2年生の時に6歳くらいで、いつもウチに遊びにきては、弟たちと遊んでいた。あきちゃんにはお兄ちゃんが2人いて、私と同級生のお兄ちゃん、それから私のすぐ下の弟と同級生のお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんが二人とも大きいので相手にしてもらえず、いつもウチに遊びにきていたのだ。「ひろしに~やん、あしょぼぉ~。。」(ひろし=弟の名前)と言っていつも玄関に立っていて、弟が不在の時に私が「ひろしに~やん、今野球に行ってるよ」というと、「はぁ~い。。。ありがとごじゃいました」と言って帰っていく子だった。誘拐でもされるんじゃないかと思うくらい、可愛い顔で、愛想のいい男の子だった。そのあきちゃんがもう高校2年生で、高校球児だとは。私の中では、まだ「ひろしに~やん。。あしょぼぉ~」と言っているあきちゃんで止まったままだ。明日からは、いよいよ非常勤の勤務。8:30に行って挨拶をしなくてはならない。しかも明日から早速合唱指導も始めなくてはならない。う~ん、かなり緊張。生徒になじめるかなぁ・・・。3ヶ月しか期間がないから、早くなじめるようにがんばろ。そうだ、明日はAちゃんの家庭教師もある。明日はきっとテストがほとんど返されてるはず・・・。どんな点数だったか、楽しみだな。いひひ。
2003年07月07日
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今日はヒッキーだった。外に出たのはトイレットペーパーを買いに行った時だけ。宿題になっていた論文2本にやっととりかかった。本番は1本90分だが、練習として60分で仕上げるよう言われた。時間をはかりながら書いていく。今まで書いた論文を参考に、引用できるところは引用して。なんとか書けた。少し嬉しかった。本番はどのようなテーマが出題されるかわからないが、とりあえずは「どうにかなるんじゃないか」という気がしてきた。明日は最後の論文指導。おそらく実践形式で書かされるだろう。論文が終わってウキウキだったのでHPの更新をしてみる。何をUPしようか考えたのだが、以前から考えていたポエムコーナーとそろそろ夏だということで、「夏といえば高校野球」みたいな単純な連想で、高校野球に関するものをUP。『遥かなる甲子園』はとってもイイと思う。高校球児が書いたものなので、実際野球をしている人にしかわからない苦悩が書かれています。ちなみにノンフィクションだそうです。高校野球が好きな人、高校野球に興味がある人は必見。その他の方にも是非読んでいただきたい。これから高校野球に関するもの(詩とかコラムとか)のUPが続くだろう。家から出ないと、特にこれといった話題もないなぁ・・・汗。最近家にひきこもることが多いが、精神的にまいっていたのはそれも大きな原因だろう。家にひきこもると、心まで閉鎖的になってしまうんだろうな。
2003年07月06日
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私は、まいっていた。相当、精神的にまいっていた。試験が近づく。3度目の正直でもある試験。私の将来を左右する試験。不合格が怖いのではない。不合格によってもたらされる自分の望まない現実が怖いのだ。焦燥感だけがつのっていった。机にむかっているとメッセンジャーの警告音が鳴った。「兄貴」久々に兄貴がログインしたらしい。兄貴にメッセンジャーで話しかける。すぐ返事がきた。兄貴としばらく話す。兄貴はゆったりしている。落ち着く。兄貴はタイピングが遅い自分のことを、「ローカル線」と呼び、タイピングが早い私のことを「新幹線娘」と呼んだ。私はおかしくなって笑った。兄貴は兄弟がいないから、私のことを実の妹みたいにかわいがってくれる。私は長女で、昔から兄がほしかったから実の兄貴みたいに慕っている。でも兄貴は頼りないところもあるから私がしっかりしなきゃ!という面もある。それを言うと「わしは寅さんで、月は(兄貴は私のことをこう呼ぶ)さくらじゃーーハハハ」と言った。兄貴、ありがとう。それから音楽を聴いた。ベートーヴェンのピアノソナタ。あれほど毎日クラシック音楽を聞いていた私が、久しく音楽を耳にしていなかったことに気付く。・・・・・・どうりで焦燥感に駆られるわけだ。落ち込んだ時は、いつもクラシック音楽に助けられる。以前はラフマニノフ作曲のピアノ協奏曲2番に助けられた。ラフマニノフがピアノ協奏曲第1番を発表した時、不評だった。それがきっかけでラフマニノフはノイローゼになり、精神科医の治療を受ける。その後、復活の証として第2番が発表されたことは有名な逸話である。私はそのラフ2(略してこう呼びます。)を聴きながらいつも励まされた。ラフマニノフは、自分の力で乗り越えた。辛かったろう。でも、それを乗り越え、このような素晴らしい曲を創作した。私も少しくらいのことで落ち込んでいてはならない・・・・・・ラフマニノフに限らず、曲を聴く時、私はいつもそのように思う。「この曲はどこか淋しげだが、何を思って作ったのだろう」「この曲は何か辛いことがあった時にかいたのだろうか」偉大なる先人達は、私より遥かに苦悩していたに違いない。私は精神的にまいった時、彼らの音楽を聴き、癒され、そしてまた励もうと、前を向く。今日は、作曲家で最も必要であろう聴覚を失ったベートーヴェンに励まされた。追伸ここに出てこなかった人にも今日は力をもらいました。どうもありがとうございます
2003年07月05日
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いつもはあまりこない携帯のメール、今日はやたら色んな人からメールがきた。今の私は、イッパイイッパイだ。 本当に。本当に、 本当に。 本当に、 本当に 本当に 本当に 本当に。イッパイイッパイの時の私は・・・なんだか自分でもよくわからなくなる。イッパイイッパイの時、相手のトーン(表情にしても声にしても)のあまり伝わってこないメールでは、やりとりをしたくなくなる。何故だろう?自分でもよくわからない。だから今日、それについて考えてみた。何故、電話はそれほど苦じゃないのに、メールはイヤなのか。何故、人に直接逢うのもそれほど苦じゃないのに・・・、と。今の私の頭では結論が出なかった。今日はひとつひとつのメールが私に喧嘩を売っているみたいだった。受信したメールを読みながら、心の中で答えていた。「七夕祭りがあるんだって」あっそう。だから?「なんかカーニバルがあるらしいよ!行こうよ!」私、試験近いから、そういうのムリだっつってんじゃん。「今日は何してたの?」指導要領読んでた。「最近どうしてる?」試験近いのに遊んでるワケないじゃん、よく考えろよ。「今日は吉祥寺行ってきた」ふーん。てゆーか別に聞いてないし。どうして私は自分に余裕が持てなくなると、そうなるのだろう。本番前でもそうだ。本番前なんか、特にそうだ。人間的に未熟すぎる、私。メールで思い出した。そういえば・・・ある友人が、暇つぶしにメールのやりとりをしようとしているんだろうか、私に「何してるの?」とメールをしてくることが多々ある。それって何なのだろう?突然「何してるの?」って聞かれても。「これから逢いに行こうと思うんだけど何してるの?」とか、そういう聞き方ならわかるが。相手は「何してるの?」と聞いて返信がなければ「あぁ忙しいんだろうな、じゃあいいや」と思うらしい。私が手のあいた時に「ごめんバイトだった、さっきは何か用事だった?」と聞くと、「いや別に、何してるかなと思って」と返ってくる。私はどうしてその人にいちいち何をしているところか伝えなくてはいけないんだろう、と思う。それからその友人は「こんにちは!」とだけメールをしてくることもある。私は正直、返答に困る。「こんにちは!」とメールがきたら、「はい、こんにちは」と言うべきなのだろうか?それで終わりなら、別にメールで挨拶なんてしなくてもいいのではないか?今日は、そんなどうでもいいことまで思い出してしまった。そして、そんなどうでもいいことに思考をめぐらせてしまうくらい、私はイッパイイッパイなのだろう。追伸。今日はなんだか暗い日記ですみません。偽ろうと思えば偽ることもできるかもしれないけど、それはきっと、もっと自分を辛くするだろうと思い。
2003年07月04日
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起きてすぐしたことは、今月8日から非常勤で勤務することになった都立I高校への電話。業者の方から、契約手続き終了の電話をI高校の教頭にいれておくので、そしたら折り返し電話をします、と言われて待っているのにいっこうにこない。業者の電話の後に私がI高校に電話をしなくてはいけないのに、肝心の業者から電話がこないのだ。期日も迫っているし、こちらから勝手にかけていいとの友人(I高校の音楽専任)の指示もあり勝手にI高校へ電話。教頭先生に事前訪問の日程を・・・、といいながら、「事前」というのが明日の金曜と来週の月曜しかないことに気付く。月曜は論文指導もあったので、明日にしていただく。ということで、明日の午前中から事前訪問に行くことに。ドキドキ。てゆーか、Yシャツ洗濯してないっっ!!(滝汗)別のシャツ着ていこう・・・その後、Kちゃんの家庭教師。平方根の学習。な~んか、イマイチ理解していない様子。「どうやって解くの?」と聞いてきてほしいのだが「コレ、どうなるの?」と答えを聞く感じで質問してくる。どうにかしなくては。家庭教師から帰ってくると、イザビさんのカウプレの手作りテディベアが届いていた。(※いただきもの参照)それからS先生からFAXがきていた。依頼されていた、F中学校の吹奏楽指導も実現しそう。(※6月29日参照)ボランティアだと思ってたら、なんと謝礼までいただけるらしい。まぢっすか。これで、最低水準の生活から抜けられる。今日は帰宅してからビールを飲んだ。喉が渇いて仕方なかったので、冷蔵庫を開けて麦茶に手を伸ばすと、ビールが目に飛び込んでくる。「こんなとこでけなげに待っててくれたのぉ~?♪」なんて思いながら、プシッとあけて、グイグイ飲んだ。ポテトサラダを作る為にじゃが芋をゆで始めたが、どうもおなかがすいていたので枝豆をつまむ。その後の夕食が全部おなかにはいらなかったのは言うまでもない・・・(苦笑)食後、すぐ下の弟から電話がかかってきて20分ほど話す。世田谷に住んでいる末の弟が、今日からオフで帰郷するらしい。実家は鹿児島なのに、高校時代の野球部の友達がほとんど福岡にいるので、福岡に寄り道して帰るんだそうだ。確か昨年もそんなやって帰ってたなぁ、アイツ。そして、福岡ではすぐ下の弟とも逢うんだとか。うわぁーーー、超おもしろそーー。まざりたーーい。姉弟3人揃うと、なんか同窓会みたいになる。やはり年に1,2回しか逢わないからだろうか?幼少期の喧嘩の話も、今は笑って話せる。昔は笑えなかったネタも、今は笑える。昔笑えなかったネタは、むしろ爆笑ネタだ。弟と電話で、ひとしきり昔の話題でもりあがった。末の弟が中学校入学後1ヶ月でタバコ吸って、指導室呼ばれたよねぇ~、とか。(※こう書くととんでもない不良みたいですが、タバコはその時1回だけで、今は吸っていません。笑)雨がすごい。部屋の中がむわぁ~んとするので窓をあけると、降ってくる。窓を閉めると、小雨になる。ヲイ、いぢわるかよ・・・。雷まで鳴っている。雨が降っているせいか、今日は外で猫が喧嘩をしていない。平和だ。(うちの近所は、猫の喧嘩がすごい。本っっ当に毎日喧嘩してて、イライラします。イヤもう本当に。)皆さんのお住まいの地域は、雨はいかがでしたか。今日は晴れるみたいですよ。おそらく洗濯指数も80前後あるのではないでしょうか。
2003年07月03日
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今日は家庭教師もないし論文指導もないし、どこかに出かける用事もないしで、完全オフの日。まずはとことん寝て、さてそれからお勉強でも・・・とも思ったんだけど、なかなか気が進まない。とりあえず論文の宿題にとりかかってみる。・・・・・・進まない。行き詰まり。てかどん詰まり・・・。「まぁ、今日はたくさん時間あるしネ」なんて自分に甘えて、HPの更新でもしてみる。コンテンツを増やしたり、色々な方のHPを訪問したり。そんなことやってるとすでに19時半。ご飯を作って食べ、片付けると、20時半。論文のヒントにでもならないかと昔の本を取り出してきて読む。21時半。するとコンバットマーチが鳴り響いた。(携帯の着信音)地元鹿児島の後輩Kからの電話。また「合コンセッティングして~」という要求だろうと思いながら出る。『あぁ、朋?俺、俺!あのさ~、いつ飲める?女の子つれてこれるっしょ~?』・・・やっぱり・・・。コイツは高校卒業後、鹿児島で陸上自衛隊に入っていて、昇格試験(?)に合格したらしく、今茨城の駐屯地で訓練を受けているらしい。それで東京にも出ていきたいから、土日に飲もうとメールが頻繁にくるのだ。自衛隊は男ばかりのところで女の子と触れ合う機会がないらしく、女と飲みたいとうるさいのだった。私は教員採用試験があるので8月になったら時間ができる、と言ったはずだが・・・。その旨を再度伝える。『そっかぁ、じゃあ8月になってからな!てかさ、中学校の時の同級生でIくんって人がいたの、覚えてる?』「うん、覚えてるよ。クラスは一度も一緒になったことないし、話したこともないけど。」『俺の1コ上の先輩で、同じ隊なのよ、しかも一緒に訓練受けにこっちに来ててさ。Iさんが朋と話したいって言うから、電話かわるね!』と、突然電話をIくんにかわられた。それから15分ほどIくんと話す。中学時代は本当に一言も話したことなかったし、高校も違ったし、通学方向は同じ方向だったけど、Iくんはなんだか近寄り難い人だったので、本当に今まで一度も話したことなかった。しかし意外とお互いのことは知っていたし覚えていて、色んな話題で盛り上がった。『朋さん、○先生のクラスだったでしょ?』「うん。Iくんは1年の時、△先生クラスだったね。それに確か剣道部だったよね。」『おぉ!結構話通じるもんだね!てかいつから東京にいるの?』「高校卒業してからずっとだよ。」『マジでか!?すげぇ。』「そう?自衛隊にいる方がすごいと思うけど。」Iくんは私の写メールを見て、中学時代とは全然印象が違う、と言っていた。そりゃそうだろう。中学・高校時代はマチャミみたいなショートカットで、今は腰に届こうか、というくらいのロング。ロングしか知らない人に、ショートカットだった頃の私の写真を見せても「どこにいる?」と言うくらい。逆に、ショートカットしかしらない人が、今の私を見ると、「かわったねぇ・・・」と言う。Iくんとも飲む約束をして、再び後輩Kにチェンジ。『Iさん、めちゃめちゃイイ人だよ。面倒見すげぇイイしね。』うむ、わかる。中学校の時からそういう感じの人だった。そして『絶対オマエと飲むからな!連れてくる女の子見つけとけよ!』と念を押される。『じゃ、俺らもう寝る時間だから!ばいば~い』と言って電話を切られた。はい!?もう寝る時間!!??まだ22時ですけど。まぁ、自衛隊だからね~。22時消灯、6時起床みたいな生活なんだろうなぁ。・・・はっ。勉強・・・そろそろしなきゃなぁ・・・。そうしていると今度はメッセンジャーで違う後輩から話しかけられる。論文で行き詰っているからやる気が起きない、というと、後輩もレポートで行き詰っていると。そこで後輩からアドバイスを受ける。(5つも下の後輩なのに。よく考えると昨年私が教えてた生徒と同じ歳でやんの・・・笑)①自分の主張を1つの文で説明できると便利だということ。②そしてそれの裏づけを建設的に説明すること。なるほど。考えてみればそうかもしれない。しかもそれは面接にも生きそうだ。先日の論文指導の時に注意されたこととつなぎ合わせて考えると、随分使えるはず。それを実践するべく、早速PCにむかう。(って、メッセンジャーしてる時もずっとPCにむかってたけど。笑)論文指導で言われたことと、後輩に言われたこと。それらをつなぎあわせる。つなげる。つなげる。つなげる・・・・・・応用できる!なんとか応用できそうだ。この調子で突き進めますように・・・。今日はとことん勉強サボったから、明日はちょっと気合入れて勉強しよう。やっぱり私は忙しい方が締まった生活ができるようだ。
2003年07月02日
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2回目の論文指導にT小学校に行ってきた。宿題を提出し、先生が目を通す。ドキドキしながら待つ私。「文章はとてもイイわ。私、好きよ、あなたの文章。時間内にコレが書けたなら大丈夫だと思うけれど。」意外なお言葉をいただいた。嬉しかった。しかし、問題がここでひとつ。「時間内にコレが書けたら。」そうなのだ、本番は制限時間があるのだ。今までの論文は「時間をかけて」書いてきた。でも試験では90分で1500字を書かなくてはならない。そして、予想通り、今日は実戦練習だった。テーマが与えられ、60分で書いてみなさいと言われた。本番は90分だが、今日は60分で書きなさい、と。テーマは先生が考えたものだったが「子どもたちの多様なニーズに応える学校について、自分の思うことと、実践していきたいことを具体的に述べなさい」というようなものだった。・・・・・・・・・多様なニーズ・・・子ども達が求めていること?学校に求めていること・・・学校が子ども達の要求に応えることについて、ってこと???じゃあ子ども達が求めていることって???そんな考えの堂堂巡り。時間だけが容赦なくすぎていく。私の原稿用紙はうまらない。そして900字しか書けないまま、60分が経過してしまった。「これで書けなければ、どんなにいい文章がちりばめられていてもダメなのよ」キツイ一言だった。かなり効いた。でもココでへこんでいた方がいいのだ。「本番で笑いたいなら練習で泣け」高校の時からのモットー。ピアノの発表会においても、吹奏楽やオケの本番にしても、練習が辛いと思った時は言い聞かせてきた。「練習で辛く厳しいことにぶつかった方が、本番はうまくいく!」と。それから、論文を書くにあたっての優先順位なるものを指導していただいた。今更こんなことを教えてもらっている自分が情けない。①とにかく時間内に最後まで書き上げること。②テーマから論点がズレないこと。③文章がまとまっていて、字がきれいなこと。とにかく論点がどうこう、主旨がどうこう言わずに最後までかきなさい、と。そして論点は自分の得意な論点をレパートリーとして持っておいて、それをこじつけでいいから展開させるようにとおっしゃっていた。「ベテラン教師なら書けるけれど、キャリアも何もない人がこういうテーマを出されて書けと言われても、書けないわよね」そうおっしゃってくださったのが救いだった。私は教師を目指し始めたのが遅かった。その分、ビジョンや教育観念、方針が定まっていない。故に、論文でも構想をまとめるというより、意見が出てこないというか・・・。でもいくつかのビジョンを引き出しにいれておき、テーマが出されたらそのビジョンを引っ張り出してきて、それをアレンジして、そしてテーマにこじつけて論述しなさい、と言われた。うむ。その通り。試験まであと2週間をきっているのに、アレコレやってる暇はない。私の目標はとりあえずコレ。【90分で1500字書く】宿題を2つもらって帰宅。次の指導はおそらく最後で、7月7日。非常勤が始まる前日だ。■□■□■□■□■□■□今日、帰宅途中で本屋の屋根の下にツバメの巣を発見。そういえば私の実家の、事務所(※1)にも毎年ツバメが巣を作りに来てたっけ。ツバメって、春だったかなぁ。毎年春になるとうちの事務所に飛んできて巣を作ってて、「あぁ、春がきた」と思っていた。でも実家を離れてもう6年。都会の生活では(といっても郊外だけど)そういうふうに感じることも少ないのだろうか。それに実家も事務所を建て直して、随分と変わってしまい、ツバメが巣を毎年作っていた所も、屋根付きにしてしまった。あそこに巣を作っていたツバメは、新居は見つかったのかな・・・。急にそんなことを思った、朋でした。★追加★今夕食にお好み焼きを作ったら、驚くほどおいしくできた!!!ので書いてみました(笑)家にある食材で作ったから、キャベツとイカと豚肉と卵しか入ってないけど・・・。そして先ほどすぐ下の弟に生存確認の電話をかけたら、生きていたけど熱があるらしい。慣れない勉強(※2)なんてしてるから熱が出るんだって(爆)解説※1私の実家は小さな会社をしていて、そこの事務所に毎年ツバメが巣を作りに来ていた。一度、ふくろうが来るといって家族中がパニックに。父親がふくろうを追い払ったらしいが、どうやって追い払ったのかわからない。※2大学4年の弟は、専門学校に進学予定。その入試に数学の筆記テストがあるらしく、彼女に教えてもらいながら勉強中。数学は高校卒業程度の問題らしいが、弟、解けず。『あれ?大学生なら解けるでしょ・・・』と思った方も多いでしょう。しかし弟は高校も野球推薦、あげくの果てに大学も野球推薦で行ってしまったので、勉強というものをしていない。彼が勉強していると聞くと、両親、私、末の弟は「ヤリでも降るんじゃねぇ?」と驚いた。そして慣れない勉強なんかしたから、彼の身に異変がおこった、と。(爆)
2003年07月01日
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