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さて、ここはどこでしょう?→答えは 映画館!先日観にいった映画館は先々週オープンしたばかりのミニシアター系映画館でした。BOMBRIL(ボンブリル)という金だわしの老舗(!)メーカーが、昔からあった映画館を買い取り、320万へアイス(約150万ドル)を投資しての 大掛かりなリフォーム工事を経ての開館だったのでした。 ここは かつて、これ以上ない!!ってほどのカビくさくて、怪しい雰囲気の映画館でした。でも、場所はサンパウロ最大金融街アベニーダパウリスタと、かつての高級ブティック街アウグスタの交差する一角に位置し、周りは大型書店やレストランなど、立地としては申し分のない条件の揃った映画館。上映される映画も 注目されているインディー映画など、文化的要素の高い作品。「観たい!」と思っても、あの怪しさと臭さへの恐怖には勝てず、いつも諦めていました。それが、今回の大掛かりなリフォームで、周りの環境にも、ここの文化的地位にもふさわしい、とってもスタイリッシュな映画館に生まれ変わり、私、とっても幸せです!!ここに限らず、最近は景気がよいのか、老朽化したミニシアター系映画館が軒並み大企業のイメージアップ目的で買収され、どんどん美しく、気持ちのよい空間に姿を変えられていっています。大企業が財力に物を言わせて、次々と買収・・・といえば、なーんか嫌な感じがしますが、あの臭い映画館は耐えられない!!リフレッシュして、観客もどんどん増えれば、ブラジルで公開される映画も増えそうだし、映画館も増えるかもしれない。サンパウロ映画事情は いい方向に進んでいるようです。他の 最近リフォームによって生まれ変わった映画館の紹介!* BRISTOL ここは 映画供給会社プレイアルテ(PLAYARTE)直属の映画館。未来的なメタリックな内装で、10ぐらい鑑賞ルームがあるので、ミニシアターとは言えない、ビッグシアターなんですが、見せる映画は文化的要素の高い映画ばかりです。 * SALA UOL CINEMAインターネットのブロバイダー。文化の中心地、AV PAULISTAから外れた立地の、古い映画館。外観はそれほど綺麗ではないけど、中はきちんと新しくて、きれいです。* DIRECTV VITRINE大手ケーブルテレビ会社資本。文化&ファッションの老舗的ストリートに位置しています。ここも、昔は耐えられないほど臭かった・・・中も怪しく、古かったし。* RESERVA CULTURAL ここは最近リフォーム&オープンしたようで、有名パン屋のカフェがあるようで、ぜひともチェックしてみたい映画館のひとつ。水曜あたり、行くことになりそうです。ただ、これが位置するGAZETAラジオ局の建物では いろいろとイベントも多く行われているようで、映画鑑賞ルームにまで、外の騒ぎが聞えてくるという苦情も来ているよう・・・。これは致命的ですね。* HSBC BELAS ARTESHSBC銀行の映画館。ここも古くて、ぜひとも行きたくない映画館のひとつでした。(笑)それほどお洒落ではないけど、クリーンな感じではあります。そして、他の映画館の近くにあるというのに、鑑賞料がなぜか安い!!道が二本外れただけで、こんなにも地価が違うものなのでしょうか??確かにここが位置するコンソラソン通りは なんだか怪しい雰囲気が漂っています・・・。* CINESESC
2005年10月31日
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製作年 2005製作国 フランス/ベルギー監督 ジャン=ピエール ダルデンヌ Jean-Pierre Dardenne リュック ダルデンヌ Luc Dardenne出演 ジェレミー・ルニエ Jérémie Renier デボラ・フランソワ Déborah François95分/カラーブルーノは働くことを嫌い、道端で小銭を稼いでのその日暮しの青年。そのブルーノと生活保護を受けて生活するソニアの間に赤ちゃんが生まれた。今までどおり自由気ままに生活できなくなったブルーノは衝動的に赤ちゃんをブローカーに売ってしまうが・・・。「大人になんか なりたくない。」「自由気ままに 生きていきたい。」秘密の隠れ処を作り、時間を気にすることなく川辺で水遊び。誰にも義務を押し付けられることなく、自由でいたい。そして、人を陥れたり騙したりする、汚い大人にもなりたくない。そーんな気持ち、子どもの時に誰でも持っている感情なのではないでしょうか。でも、もしその理想が実現したら・・・はたして 幸せになれるのだろうか???そーんな とっても興味深いテーマの映画です。主人公のブルーノは 20代前半ぐらいでしょうか?姿かたちは大人なのに、頭の中身は悲しいほど子ども。無垢で素直で、騙すことなど考えない純粋な心をもつ子ども。モノにもまったく固執せず、簡単に手放せる、身軽で自由な子どもなのでした。そんな彼が子どもを持つことになってしまったことから、段々その自由は揺らぎ始めます。寝る場所がないからと川べりで寝るわけにもいかず、役所やらナンやらの手続も必要なわけで、社会からまったく自由に生きることも困難になってきます。そんな将来への不安を感じたブルーノはまったく衝動的に、子どもを売ってしまったのですが、そのことで唯一の自分の理解者のソニアに見放されそうになります。既に母親に見放されている彼にとって、ソニアは恋人であり、温かく包んでくれる母親でもあったのでしょう。 子どもの姿だからこそ、愚かな行為や失敗が許されるのであって、大人になるとそんなことは許されるわけがありません。当然責任を追わなくちゃならないわけです。それを放棄して、幸せに生きることは到底難しいものです。最初のシーンの二人の幸せに満ちた笑顔と、ラストの二人の表情がとっても対照的でした。子どもが子どもを持ってしまったとき、その世界は崩壊してしまった・・・というお話。この映画は カンヌ映画祭でパルムドール賞を取ったのですが、最高賞に価するほどの映画だとも思えませんでした。いい映画ではありましたが。* サンパウロ映画祭での上映作品でした。
2005年10月30日
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製作年 2004年監督 ミヒャエル・ハネケ出演 ダニエル・オートレイユ、ジュリエット・ビノシュ パリ市内の一軒家に妻と子どもの三人で住むジョ-ジュのもとに 不気味なビデオテープが届けられるようになる。最初はジョ-ジュの家を映しただけだったものが、血をふいた落書きと共に、彼の幼い頃の生家や低所得層のアパートの映像などが映されるようになる。それらによってジョージュはすっかり忘れていた昔の記憶を思い出させられることとなるのだが・・・。 『ピアニスト』のミヒャエル・ハネケの期待の新作です。 先日の日記にも書いたとおり、鑑賞料をケチってチケットのネット予約をしなかったために、数時間前にチケット購入に行ったにもかかわらず、売れ切れていて、先週の週末は不毛な2日間となってしまったのでした。「映画祭ではケチは禁物!カネはなくとも、時間と根気だけはたっぷりとある学生さん達にはかなわない。」ということをしっかり学んだ私は 今週はしっかりネットで前もってチケットをゲット。映画館に着き、映画館窓口に張られている「CACHE ESGOTADO(売り切れ)」を横目に、速やかにコード番号からチケットを受け取ることができ、やっぱり計画性ね、きちんと予定立てておけば、きちんと見られるのね、と納得。この映画を観た映画館、「UNIBANCO ARTEPLEX」(フリーページに画像あり)はいわずと知れたGLS(ゲイ・レズビアン)御用達スポット。そのせいか(!)、とっても洗練されていて、映画鑑賞前に時間がつぶせる洒落たバーもある。私は映画鑑賞の前には 少しワインを飲んでおいたほうが 映画の世界によりすんなり入り込むことができるので好きなのだが、なにせこの日の映画開始時刻は 23時すぎである。寝てしまっては困るので、濃い目のブラックコーヒーをたっぷりと飲んでおいた。旦那もしっかりコーヒーを飲んでいたはずなのに、映画が始まり、タイトルが画面に出た頃には もう目をつぶっていた!そう、彼はフランス映画を見ると必ず寝る人なのである!金曜日の特別料金、14へアイスプラス、ネット予約販売による手数料、2.10へアイスも払っているのに、もったいないではないか??? それでもまだ黙って寝てくれていれば、別に問題もないのだが、睡眠が段々と深くなっていくにつれ、それに伴って すうすうという音も大きくなっていくのが本当に困る。そして、そのうち ぐああという音になっていくので、その時には彼のアゴを少し移動させて、音を停止させなければならない。あごの位置を変えると音はストップするのだが、またしばらくするとすうすうという音になっていく。その、「もうすこし大丈夫か」、「そろそろやばい?」の境目を見極めなければならないため、結構映画に集中できないので本当に困りものなのである。 さて、本題の映画の感想。 人間の汚さとか救いようのなさを描いたという面では「ピアニスト」路線だが、この映画では 監督がかなり観客を惑わせようとする意図が見えて、作風は異なる感じだ。 終始「一体誰がビデオを送ったのか」ということばかりに 観客は気を取られてしまい、結局終わってから????一体なんだったんだ?と呆然として、会場を立ち去る観客が多かったように思う。実際観客達の見終わってからの感想は、「よく分からなかった」「途中まではすっごくよかったんだけど、あの最後はなに?」だとか、的外れなコメントを残していた。私自身も、見終わってからじわじわと映画の描いている主旨をまとめられたのであり、実際映画を見ている最中に感動を感じることができないのは 致命的なのではないかな? 結局「犯人探し」と、「映画の言わんとすること」がしっかりとかみ合っておらず、観る者のズームが外れてしまうとこは惜しいナと思った。「犯人探し」も「映画のテーマ」も 一つ一つはとても興味深いものであるだけに。今回の話は エゴイストのお話でした。主人公の男は 仕事は成功、到底凡人には住めなさそうなパリの一軒家に住み、愛する妻と可愛い息子という家族にも恵まれた、一見知的な立派な社会人である。しかし、彼は幼い頃、嫉妬心から策略を仕掛けて、他の子どもを追い出した過去があった。そんなことはすっかり忘れていたが、このビデオ事件をきっかけに、彼の本性が顔を現した。人間とは 幸せなときには人にもやさしくできるし、精神的にも豊かでいられるかもしれないが、いざ窮地に立ったときに その本性が現れるのではないか。復讐の為に再び自分の目の前に姿を現した男性は 普通に考えると、「幸せに生きている人間を貶めようとする悪者」である。でも、そんな彼もかすんでしまい、かわいそうに思えてしまうほどに、ジョージュはエゴイストであった。その壮絶なまでの罵倒ぶりを ベテランのダニエル・オートレイユが見事に表現していたのには舌を巻いた。悪者の逆転の図式が見ものです!!
2005年10月29日
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製作年 1973年上映時間 121 分 製作国 アメリカ 監督: ウィリアム・フリードキン 有名女優の愛娘、12才の少女リーガンに悪魔がとりついた。医師や精神科医も原因を突き止めることができず、ついに母親は神父に助けを請う。悪魔パズズと二人の神父の戦いを描いたホラー大作。大のホラー嫌いの私が観てしまいました・・・。ホラー専門のルーhappyさんに影響されてしまったのでしょうか。でも、私が持っているホラーのイメージ、観客を怖がらせようとしている意図見え見えなとこだとか、怪奇現象の存在を強調することばかりにズームがいってしまって あまり内容がない ということが ただの勝手な思い込みだったんだと反省しましたです。 そしてこれが作られたのは70年代。今から35年も前の話で、価値観も今とはずっと違っていることにも興味がもてました。 なんでもありの現代では 映画に悪魔が出てきたってしらけるだけでしょうし、その悪魔征伐にキリスト教の聖書朗読だなんて、ますますしらけるばかりです。大体宗教の信心自体が薄くなって、キリスト教一辺倒ではなく多様化している今の時代には 説得力がないと思います。 そして、当時の欧米ではキリスト教の価値が今よりずっと高かったのだろうということが予測できますね。現代版悪魔やらキリスト教うんぬんの映画といえば、『コンスタンティン』になるのでしょうか。 そんな今よりずっと保守的な時代に、無垢な少女に乗り移った悪魔の恐ろしい形相のシーンが長々と撮られていることはかなり衝撃だったでしょうね。 宗教の信心のない私は 神父対悪魔の対決を通しての、カラス神父の自分との対決が なかなか興味がもてました。神父をしてはいるが、神への信心が薄れてきていて、さらに、母の死に対する自責の感情もあって、さらに揺らいでいる・・・そんなカラス牧師の悪魔との対決は自分との対決でもあったんですね。 さらにカラス牧師は 元ボクサーでもあった訳で、到達点に向けて自分を制御し孤独に努力を積み重ねていかなければいけない点も 神父とボクサーという仕事はよく似ています。人は皆さまざまなトラウマや過去の痛みを抱えている。忘れるように努力しても、ひょんなことからその痛みが穿り返されることがある。それらに気をとられてしまうと、ずるずると淵に引きずり込まれてしまう。だからこそ、しっかりと自分の道を信じる心を持つことが大切なのだ。そんな 神父(信心)対悪魔(迷い)の対決が、ちょっと前の世界観だったのでしょうね。もっと前の映画となると、人はもっと強くて、惑わされることのないヒーロータイプの人物が多かったような気がします。時代とともに、人間の弱みが注目されるようになり、今では「誰でも痛みがあって当たり前」の人物像が好まれているような気がするなあと 最近見た『アレクサンダー』からも思ったのでした。 ところで、途中に出てくる探偵はなんだったのでしょう?あれは 人間界の人の感情を探知し、惑わす、潜在的「悪魔」だということなのでしょうかね?鬼の置物のようなものも拾っていたし。彼がなんだか、気になるとこではあります。
2005年10月28日
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この間、ボーイスカウトの親のミーティングがあった。ジャンボリー大会というブラジル全国のボーイスカウトが集まる大きな大会が 来年ブラジリアで行われると言うので、それについてのお知らせと話し合いだったのだ。まず、そのジャンボリー大会への申し込みについてのお知らせ。費用が600へアイス以上もするそうだ。600へアイスといえばちょっとした国産ブランドの背広が一着買えちゃう値段。日本で言えば6,7万円の感覚か。結構高い。分割払いにしてもいいそうだから、払えないことはない。でも、それはあくまで、申し込みだけであって、交通費は別に必要だそうで、それについては後ほど知らせるとのこと。そのとき、隊長さんがおっしゃったことに耳を疑った。「一家で子どもが一人だけ参加する場合は それほどの負担にはならないだろうが、ボーイスカウト隊に2,3人入っている場合、家庭でのお金の工面も大変だろうと思う。基本的に私達の隊は”ファミリー”であり、金銭的な理由で子どもが参加しないということは許されない。一人行かなければ、全員参加を見合わせるということだ。よって、金銭的に苦しい家庭があれば、残りの家族がその家族の分を分担して支払ってあげるというのが、今まで伝統的に行われてきたやり方だ。」「それで、その各家庭での負担額って言うのはいくらぐらいになりますか。」「まあ、100へアイスぐらいになるだろうか。」100へアイスといえば、日本円で1万円相当の価値になるだろうか。自分の家の子どもの負担だけでも かなりのものなのに、その上他の家庭の分まで負担すると言うのはかなり厳しいと思った。しかも、昔の時代のように、本当に貧乏して、生活するだけで精一杯と言う人がいるというのならまだしも、そんな人はこの隊にはいない。ちょっとおかしいのではないかなあと思った。 私のように困惑している親達が見守っている中、誰かが口を開いた。「ビンゴをして資金を集めてはどうか。」ビンゴ・・・・。ブラジルでは教会や団体の資金集めによく行われる調達法だ。この間も、ボーイスカウト主催のビンゴが行われたばかり。びっくりするほど大勢のお客さんが詰め寄せ、ビンゴを楽しんでいた。そのビンゴを楽しむ人というのは 大抵それほど裕福そうではなく、どっちかっていうと生活が苦しそうな人が多い。ビンゴ命、宝くじ命って感じの人たち。そういう人たちが どんどんビンゴシートを購入していく姿を見て、なんだか悪いことをしているような気分になった。ビンゴなんて、公然と行われてはいるが、一種のギャンブルである。 ボーイスカウト・・・確かに資金は必要かもしれないし、手間もそれほどかからず、入ってきたお金はほとんどそっくり収入になる、手っ取り早い資金調達法ではあるかもしれないけど、なんか間違っていないか?と感じた。さらに他の人が口を開いた。「RIFAのほうが、手間がかからず、お金がそっくりそのまま手に入るわよ。」日本語でなんと言うのだろうか・・・?このヒッファというのは 必要な資金集めだからという名目で、知り合いの人々にコーヒー代の二倍ぐらいの額を寄付してもらうもので、それと引き換えに半券を渡し、後日抽選を行って、一人だけ、商品の電気製品か何かが当たるというものだ。そういう風にいろいろと意見が出たが、私はふと一つのことが気になった。ボーイスカウトって 自分達で売ったクッキーとか売るんじゃなかったっけ?親達は子供達がどうしたら全員ブラジリアへ行けるか必死で話し合っているが、頭のボーイスカウト本人達はと言うと・・・中庭でいちゃいちゃしたり、遊んだりしている・・・・この子達はボーイスカウトで、何を学んでいるのだろう。親が全てお膳立てしてやったら、自発性や自立性、社会性も何も育たないんじゃあないのか。ボーイスカウトという名の居残り教室みたいなものだ。だれかが、発言した。「ボーイスカウトたちに何か食べ物を作らせて、イベントを開いて売らせたらどうか。」「材料費ばかりかかって、利益がほとんどないから却下、」ブログの中で日本の資金調達実情をみると、どうやらバザーを行ったり、食べ物を売ったりして、まっとうな方法をとっている。確かに、ビンゴに比べると収入は少ないかもしれないけど、子供達のためにもその方が教育上いいんじゃあないのかなあ。そう密かに思いながらも、発言したら責任を取って率先して働かなければならなくなるのも嫌だなあと口をつぐんでいた私も 人のこといえないのだが・・・。
2005年10月26日
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世の中、どーしても受けつけない!ってタイプの人っていませんか。その人は特別しゃくに触ることをしたわけでもないし、言ったわけでもなく、ただ存在しているだけなのに、心をざわつかせる・・・。人を見た目で毛嫌いしてはいけない、といくら自分に言い聞かせても、やっぱり顔を見た瞬間腹の底からモヤモヤと沸きあがる嫌悪の感情。彼に罪はないのだから、冷たくあしらってはいけない、皆と同じようにやさしく接しなければと努力しても、段々イライラしてきて話も適当に切り上げてしまう。それが 私の日本語の生徒、イバ(1、2、3、4、5、6、7、8、9、←うわあ、ずいぶんありますねー。かなり苦しんでいたんだな当時)なのです・・・。 イバは今年初め、仕事を首になってしまい、収入がなくなったので、日本語をやめていきました。 彼との付き合いも相当長く、もう4年以上になるのではないでしょうか。イバが始めた当初はグループレッスンだったのに、一緒に学習していた人たちがやめてしまい彼一人になったため、グループレッスンの値段で個人レッスンを受けさせてきました。宿題を与えてもまったくやってこず、好きな日本語での会話ばかりをしたがり、個人レッスンだったため、彼の希望通り会話指導だけをしてきました。それが二年ほど続き、辞めてくれたときは正直ほっとしたものです。 そ・れ・が、7月の冬休みのあと、カムバックしたのでした・・・。(泣)「せんせいー、就職しましたよ。ですから、日本語の勉強もつづけられます!」 どっひゃー、マジかよとかおもいながらも、もう一度やめてしまったのだし、私にとって拷問の個人レッスンをする必要なし、他の生徒と同じように対等に扱えばいいのです。そして、聞けば、今は夜間働いているから昼勉強したいというので、いろんなレベルの生徒がうじゃうじゃいる複式クラスに入れることにしました。 この複式クラスは 夜のレベル別にクラスを分けて行う一斉授業とちがって、寺小屋な性質のレベルの違う生徒がごちゃごちゃいるクラスで、主にすぐに日本へ出稼ぎに行く人の為に言葉を少しでも覚えてもらおうと思って設けたクラスです。だから、当然一人一人に費やす時間も少なくなってしまいます。それでも、テイーンの生徒達はその中で友達を作ったり、友達間で競い合いながら、楽しそうに通っているよう。 そこに入ったイバは すぐ他のテイーン達と友達になりました。でも、困るのは、すぐに立ち上がって、クラス内を徘徊すること。そして、テイーン達に話しかけにいきます。 一応イバは長年勉強しているため、最近始めた入門レベルのテイーン達とはテーブルが離れていて、イバと同じテーブルに座る初級後半及び中級の人たちはさすがにまじめな人ばかりで、イバと話すことを嫌います。楽しく和気藹々としている初級前半レベルのテーブルがうらやましいようで、すぐ徘徊しては邪魔に行きます。何度もきつく注意して、結構ムッと来ている様子です。でも、そんなことをするのはイバだけ。 そして、言ったことをやらない!文を書けと言っても、読解問題も嫌がって、漢字ばかり書いている・・・。お手上げ状態でした。そんなイバが今日はムッとしていました。私は気づいていたけど、知らん振りしていたら、ぼそっとつぶやきました。「自分に費やす時間が短すぎる」と。そりゃあ他の生徒がいるのだから、個人レッスンと同じようにはいかないよと言いましたが、納得できないようで、「入門の人たちには結構丁寧に説明してやっているのに、僕のところはちゃちゃっと説明してオシマイじゃあないか。」と文句をたれるのです。まあ確かに、私がイバが苦手だってのもあって、無意識に避けているのかもしれません。でも、中級に入ろうとしているレベルだったら、自学の時間がどうしても長くなってきます。漢字だって教師にいちいち教えてもらうのではなく、自分で辞書を引くべきだし、もっと読んだり聞いたりしなければ前に進まないものです。初級前半はもっと徹底的に日本語の土台を教え込まなければならないから、手取り足取り状態になってきます。そういうことを説明したのですが、不満そうな表情を浮かべ、帰って行きました。確かに寺小屋システムってあまりよくはないと思うし、私の方でも改善の余地もありますが、私的にはあまりこれ以上仕事量を増やしたくないから、もっと本格的に学びたければ夜にちゃんと会話クラスがあるのだからそこで学んで欲しいっていう気持ちもあります。 それで不満なら、いっそのことうちを止めて、他の学校に行ってくれた方が助かるかもとも思います。イバ、お互いの為に止めてくれればいいのに・・・と思ってしまう私ってやっぱり鬼ですね。
2005年10月25日
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万が一、サンパウロ映画祭にお越しになる機会のある方、きちんと前もって前売り券をネット購入しておきましょう~!でないと、私のように屈辱の思い出になる間違いなし!です・・・。さて、金曜日から待ちに待ったサンパウロ映画祭が始まりました。私はサンパウロの隣町に住んでいるため、映画館のあるサンパウロ中心街まで車を30分ぐらい走らせなければなりません。映画祭で上映される映画は2週間の期間中300本以上にも達するため、一本の映画につき三回ぐらいまでの上映しかありません。しかも日にちもばらばら。よって、人気のある監督の映画は観客が殺到するので、鑑賞券の購入は計画的に前もって準備することが必要です。以前も北野武の『HANABI』で、痛い目に遭いました。去年もまた『髪結いの亭主』のパトリス・ルコント監督作品を見ようと、前もって4時間前に映画館に向かったのに、既に「ESGOTADO」(売り切れ)の張り紙が!それで残りの映画はネットで数日前に鑑賞券を購入。そのおかげでスムーズに鑑賞することができたのでした。今年も開幕初日の『LEMMING』の鑑賞券はネットで購入。一人14へアイス。プラス手数料の2.10へアイス。私と旦那で合わせて32へアイスなり~!・・・高いですはっきり言って。学割カードを使えば、鑑賞料が半額、しかも窓口だと手数料なしで、、二人で14へアイスで見られる・・・はっきり言って、ネット購入よりも半額以上も安上がり!そーんなケチな考えが脳裏を支配し始め、しかも、金曜の夜の『LEMMING』は会場がガランガランにすいていて、ますます損した!という気持ちが強くなってきたのでした。「もっとはやく会場に出向いて、安く鑑賞しよう」と思い、翌日は6時間以上も前に映画館に出向きました。しかし、ミハエル・ハネケのカンヌ受賞の話題作のせいか、結果は「ESGOTADO」(売り切れ)。(涙)去年とまた同じ過ちを犯した、学習能力のない自分を無言で責めました。まあ、折角出向いたのだから、何かして帰ろうと、スペイン料理に舌鼓を打って帰宅。帰宅してすぐにネットに入り、早速翌日も上映される、その見られなかった映画の鑑賞券を購入しようとしましたが、時間が遅すぎたせいか購入できず!!これは翌日の映画館窓口が開くと同時に買わなければ!と思い、昼の十二時ごろ再び出向くことにしました。そして翌日。午前中、旦那がレンタルしたDVDの『アレキサンダー』を 観ていました。観終わったら、サンパウロへ出向くつもりで。が、『アレキサンダー』のなんとまあ長いこと!!いつまでたっても終わらない。12時前に出たかったのだけど、まあ窓口が開くのは2時だしいっかと思い、一緒に観てました。しかし、まあ長い長い。やっとこさ終わったのは1時過ぎでした。映画館に電話をかけると、映画鑑賞券はまだ売り切れていないと言っていたので、急いで向かいましたが、着いたときにはまたまた『ESGOTADO』の張り紙が・・・。(泣)・・・結局、土曜も日曜も観られなかった・・・・ぐあーん!!の不毛な週末だったのでした。皆さん、くれぐれも映画祭鑑賞は計画的に!そして、私のようにお金をケチっちゃダメです~!それにしても、ブラジル人が計画的で準備周到なことに再度ビックリです。
2005年10月24日
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待ちに待った第29回サンパウロ国際映画祭が金曜より二週間開催されます!50カ国以上の映画350作品が上映予定。今年も デビット・クローネンバーグ、ジム・ジャームッシュ アン・リーヴィム・ベンダースなどなど目いっぱい話題作が上映されるようで、今から楽しみにしています。そのなかでも、私が目をつけている映画たちは次の通り。*"子ども"ダールデンヌ兄弟*"ブロークンマウンテン"アン・リー"Caché"ミハエル・ハネケ" ブロークン・フラワーズ ジム・ジャームッシュ*"Oliver Twist"ロマン・ポランスキー*"王と王妃"アルノー・デプレッシャン*”マンデルレイ"ラース・フォン・トリアー*”lemming" ドミニク・モールなどなど。仕事もあるし、子どもの勉強も見なくちゃならないから、全部は鑑賞不可能ですねー。(泣)それでも、週末ぐらいは頑張って鑑賞する予定! 大変なのは、前売り券がすぐなくなってしまうから、一度映画館にチケットを購入に行ってから、夜また同じ映画館へもどらなければならないところが二度手間になること。ネットで前もって予約もできるけど、それでは学割が効かない・・・。(せこい私)そして、ネット予約は数日前までしか受け付けないから、しっかり予定を立てることも必要。 それと、大監督の超話題作を楽しむか、これから上映されなさそうな映画を見ておくべきか、それもどうしようか迷っているのです。超話題作はいずれ上映されるだろうけど、きっと1年後ぐらいになるとおもうし、それまで我慢できないと思う・・・。(汗)いっそのこと、まとめて二週間休暇をとっちゃいたいとこだけど、仕事柄それも厳しいし・・・。嬉しくてワクワクしている気持ちと反面、複雑な心境ですね。
2005年10月19日
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ご無沙汰しています。なんだか最近ブログができないでいました。私の職場が自宅の目の前にあるもので、仕事の合い間に家事なんかをささっとこなしている日常なのですが、ちょこっとネットに入ったら最後、1時間が本当に一瞬のうちに過ぎ、気がつくと「仕事」と「ネット」以外何もしていないんじゃあないか?という状態に陥っているようで、気持ちが焦りだしたのです。なんたら症候群とかネット依存症なんとか、聞いたことがあるような気がするアレですね。以前もPCゲーム「THE SIMS」にはまったとき、同じような状態に陥ったことがあります。仕事が終わると、コンピューターへまっすぐ向かい、寝る時間も忘れゲームに没頭・・・。これが5日ぐらい続いた頃、「これはやばい!」とさすがに怖くなり、自分からゲームを断ち切ったのです。 ブログの場合はそこまでは酷くないですが、息抜きにちょっと5分だけ・・・と入るネットをする時間がちょっとどころじゃあなく、短くても1時間近くになってしまいます。午前中に仕事が入っていないときなど、午前中ずっとネットサーフィンしていたり、やるべきことや、忘れてはいけない事をすっかり忘れてしまったりと日々の生活に支障も出てきます。そんなネットに流される優柔な自分が段々恐ろしくなり、ブログを遠ざけるようにしてきた今日このごろです・・・。十数年前には「これからはコンピューター情報化時代が来る。作業が迅速化し、便利にラクになる。」と世間がうたっていたものですが、実際に情報化時代になってくると、何もかもが手軽に便利になり、その分自分達の生活がラクになったかというと、そうでもなく、逆に仕事量やオプションが増えた分、忙しくなったような気がします。昔1日かかっていた作業も 数時間でできるようになり、その分、残った時間に他の簡素化された仕事をこなさなければならなくなり、ストレスは増えているのではないでしょうか・・・。今の便利な生活を手放すことはなかなか難しいけど、もうちょっと簡素なほうが、生きるにはやさしいのではないのかナーとも思う今日この頃なのでした・・・。他のブログをされている皆さんは ネットに食われてしまわず、健全な生活を営むために、どんなことに気をつけておられるのでしょうか・・・。ぜひともこの流されやすい私に、アドバイスをくださいまし。
2005年10月18日
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監督:ランダ・シャハル・サッパグ出演:フラビア・ビシャーラ2003年 レバノン 【あらすじ】イスラエル建国によって分断された村に住む16歳の少女ラミア。レバノンとの国境近くの野原で連日のように子供達が凧を揚げている。ある日、ラミアの揚げる凧が国境の有刺鉄線の向こう側に落ちてしまい、それをとるため地雷地点を乗り越えてしまったことから、閉鎖的なイスラム・ドルーズ派のこの村の長老達にイスラエル側に住む従兄との結婚を勝手に決められてしまった。ひとつの村がイスラム建国によって分割され、家族までも引き裂かれてしまった村人達。かたや閉鎖的な苦しい村、かたや比較的自由なイスラム側。大事な娘と別れるのは辛いけど、娘の将来を考えたら向こう側に行ったほうが幸せなのかもしれない。そう自分を納得させる母親の思いが胸をつく。当の本人は戸惑いながらも、村には戻れないという息苦しさの感情もあり、複雑な思いで、見知らぬ従兄の元へ嫁ぐのだった。この閉鎖的な男尊女卑の村では、決められたら従うしかない。そして、再びもどってくることは許されないのだ。いかにも外部からの影響を拒み、昔ながらの生活としきたりを守り通そうとする覇気のない、しかし大人数の長老達による団結は村中を苦しめ、前進させず、ただただ後退させているようだ。そこで生きることは地獄のようだ。家族を捨て、村を捨て、はるばる国境を越えてやってきたのだが、新しい夫になじめない。夫側も人助けだと思って引き受けた結婚だったので、いつまで経ってもなじまないラミアを厄介に思うようになる。とにかく質素で原始的な生活を送っているラミアの村とは違って、イスラム側の従兄の家には プールもあるし、女性もビキニなどで体を露出させている。この違いにもショックを受けたのだろう。結局、従兄の家族から受け入れ拒否をされ、村に戻されることとなった。狭い世界からから抜け出てしまった少女は もう元の場所に戻ることはできない。彼女が今まで知らなかった自由というものの存在を知ってしまった。国境を越える自由。好きになった人を愛する自由。だが、元々ひとつだったこの村に突如として現れた有刺鉄線の存在が 全てを拒否する。簡素な一本の有刺鉄線だけで仕切られ、向こう側の景色が全て眺められるというのに、永遠に向こうへたどり着く希望さえも持てないという悲劇。向こう側の人とふれあうことも許されないという絶望。ラミアは決断した。このまま永遠に自由のない地獄で生きることより、一瞬の自由を得られる方法を選んだのだ。一本のひもによって空へ放たれる凧。運命の風によって、空高く飛んだり、ゆっくりと佇んだり、時には地上へと叩きつけられたり。ラミアも偶然の運命の風によって、国境越えをし、運命の一線を越えてしまった。その一線を越えてしまったものは もう元には戻れない。次の国境越えは 周囲の圧力によるもの。そして最後のは 自分の意思により、自由を操られるひもを解き放った。つながれていたひもから自由になった凧は 自由に空を舞い、充分堪能した後、やがて飛び続ける勢いを失い、地上へ落下してしまう。そしてついには 動けなくなってしまうのだった。静かで、シンプルな作りだが、見た後になんともいえぬ余韻を残す、哀しい映画だった。こういう特殊な状況を舞台にした映画を見られたことは貴重だと思いました。ラミアのあまり表情のない顔が全てを物語っていたように思います。頑固にしきたりにこだわり、守り通そうとする男性達に比べて、虐げられている女性たちが意外に明るく、性に関してもあけすけで、女性の強さを感じました。結局ラミアも兵士に恋をしたけれど、なんでもありの恋愛模様に慣れっこになっている私達にはあまりにもピュアすぎる感じもします。でも、毎日姿が見られるのに、絶対に届かないし、かなえられないと周りに押さえつけられている恋は 愛しさがつのり、はちきれそうになるものでしょう。口も利けず、そばにも近寄れないし、視線だけ交わす恋・・・絶望的ですね。『ロミオ&ジュリエット』は恋をし、言葉を交わしただけでも、まだ救いがあるってものです。ちなみにこの作品は ベネチア映画祭で北野武監督の『座頭市』と銀獅子賞を分け合った話題作です。
2005年10月01日
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