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サンパウロ在住の皆さん、これはどこにあるでしょう??キョーレツな東洋人像ですねー!っつーか、日本人?なかなか日本人には描けそうもないですね。(笑)そして・・・箸で挟んでいる細長いものは、もしかして・・・鉄火巻き??周りが緑色・・・。不気味です。(カビちゃうやろな)さらに、ハチマキ。日本国旗の色が逆なんですけど、これって、意図的???ここで出す料理、美味しいのかな・・・と疑問を持ってしまうような看板ですね。逆効果??んで、今気がついたけど、このブサイクなおにーちゃんって、もしかして 店員さん?箸で 料理つまんでるけど、客に食べさせようとしてるのか・・・?(汗)おにーちゃんが料理作ってくれるのはいいとしても、この人にはこういう風に食べさせてもらいたくないなあ~と思いました。店構えはこんな感じです。そう、サンパウロのメルカード・ムニシパウです。かの有名なコピー天国地区、”25 DE MARCO”周辺にあります。 知らなかったんですが、あのド汚い 25 DE MARCO 街って、サンパウロの中で、商業用店舗としての地代が 一番 高いそうですね!!私はてっきり、金融街パウリスタ通り及び、ビジネス街のファリア・リマ通りだと思っておりました・・・。(汗)前マルタ市長から受け継いだ復旧作業を 現セーハ市長が進め、このように美しい外観がよみがえりました。・・・が、ちょっと向こうを眺めると、こーんな凄い、オンボロアパートがそびえてるんですねー!!これが現実!!まるでサンパウロを象徴しているかのようです・・・。このアパート、中南米アメリカ最大の 「立体貧民住宅」と言われております・・・。中、どうなっているのか、見てみたい気もしますが・・・。
2005年11月30日
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イベントつまりまくりで、もう、ストレスたまりまくりです・・・。息抜きできないと、こんなに荒れるものなんだと、自分でもびっくりです。(笑)この週末、仕事とイベント顔出ししかできませんでした。来週は来週でなんやかんやありますが、子供の学校も火曜で終わるので、暇を見つけて、息抜きしてこようと思っています!見たい映画目白押しです。*ラース・フォン・トリアー『マンデルレイ』*ロマン・ポランスキー『オリバー・ツイスト』*デビット・クローネンバーグ『なんとか オブ・バイオレンス』(←題名覚えるの苦手)*ジム・ジャームッシュ『ブロークン・フラワーズ』凄いビッグネーム目白押しでしょ?しかも、ブラジル映画もよさそうなのがいくつか上映されています。さて、タイトルのイルミネーションですが、ご存知の通り、ブラジルは南半球に位置しているため、季節が逆です。12月は夏、常夏もいいとこ!ですが、クリスマスのイメージはヨーロッパの伝統的なものなのです。ま、カトリック国ですからね、仕方ないとも思いますが。 私が来た当時は イルミネーションもシンプルなものが多かったのですが、年々段々と派手になっているようです。 去年もわが市で有名な”イルミネーションに命かけてる家”をご紹介しましたが、今年は常識レベルを超した、物凄い派手さです。今回はたまたま通りかかったんですが、遠くから既にギンギン眩しいんですね。かなり目を引きます。ちょっと見てみようかと、みんなで車を降りて、近くまで行って見ました。凄い人だかりです。夜の10時ですよ!観光スポットになっちゃっています。サンタの袋がクレーンになっていて、自動で上下します。門の上には 電線のようなものがはってあり、おもちゃが常に動いている。家の前においてある針金で作られたトナカイの置物は首がゆっくりと動いているし、なんと言っても今年の目玉は”雪が降る”んです。石鹸の泡の固まりのようなものが吹き出る機械を購入したようです。この家、商売やっているわけではなく、普通の家なとこがびっくりです。この家の主人は学校の先生だとか。
2005年11月27日
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今週はイべントがつまりまくりです。日系団体やら市主催のパーティー、子供の学校の文化祭、学校の修了パーテイ、娘のバレエ発表が2日間、ボーイスカウトでの老人ホーム訪問、日本語教師会主催の子どもテスト試験監督で他の市への出張など、書いたらキリがないほどの忙しさ。ああ・・・映画見たい・・・見たい映画が次々と公開されているのに、行けない悲しさ・・・。(涙)ま、しゃーないですね。気を取り直して、今日見に行った、子供の学校の文化祭の画像を紹介します。中学部は 体育館で行われました。こーんな感じ。ま、内容は 「栄養素」とか、余暇の使い方調査、飛行機の歴史、健康についてなどなど、中学生らしいテーマです。けんけんは 服飾の歴史!担当でした。けんけん、結構ファッション好きなんですよ、11歳の癖して、中世の服飾の特色だとか、イギリス王室の服飾の推移とか、以前から興味がありましたから。映画を観ても、よく観察していて、小さなディティールまでよく見ています。 私が注目したのが、壁一面に飾ってある、生徒達の美術作品!ブラジルでは 美術はそれほど重要視されておらず、授業でもテクニックをきちんと教えていないようです。絵画関係の道具も種類が少ないし、絵の具など、水を混ぜるとムラができたり、きちんと混ざらなかったり。それだけに、発想が楽しいんです。手持ちの色鉛筆だとか、要らないものを利用して、奇抜なものを作り上げたりする発想の奇抜さが好きです。ただの貼り紙ですね。でも、色使いが面白い!これは会場入り口に 天井から地面までの長い紐がたらしてあって、そこに一人一人が思い思いにモノを貼り付けたものをつるしてあります。のれんみたいな感じです。布を貼ったり、ビーズやスパンコール、紙くずを丸めたもの、CDまでも貼り付けてあったりと、とっても楽しい作品でした。ななりんと 学校の仲良しのお友達。小学部は 学校の廊下に展示してありました。
2005年11月25日
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消化不良気味な週末のdvd映画鑑賞だったので、久々に正統的名作映画『ニューシネマパラダイス』が見たくなりました。15年以上前に観たきりでしたので、当時よりもより深い感動を味わうことができました。場所はイタリアの小島シチリア島の小さな村。最初のシーンは 窓の向こうにたたえる、果てしなく続く海。映画のシーンのように、村人にとっては非現実の海の向こうの世界。その非現実の夢の世界に、主人公のトトは飛び立っていったのですね。多くの村人が 小さな村で生涯を終えたのとは裏腹に・・・。 戦後の質素な生活を送る村人の唯一の娯楽は、映画。テレビもビデオもない、いわば不便な生活をしている彼らは、仕事が終わると、いそいそと映画館へ向かいます。その映画館の果たす機能が 今とはずいぶん違うのにはカルチャーショックを受けました。一種の社交場でもある映画館へ 映画を楽しみに行くものの他にも、寝に行く者、二階席からつばを吐く悪戯を楽しむもの、恋人とセックスをしているもの、マスターベーションしているものなど、ありとあらゆる目的で行くのです。空席など、一席もありません。それどころか、立見や、床に座り込んでみている者までいて、ぎゅうぎゅうの満員です。村人全員が空間を共有し、日々の鬱憤を吐き出し、明日への活力を担う場所・・・そんな重要な機能を果たしていたのですね。 そこで、村人みんなが涙し、笑い、好戦モードに入ったりと、楽しみを分かち合う姿が丁寧に描写されているところがすばらしいです。 その村人のパラダイスである映画館に子供のころから惹かれ続けているのがトトです。トトは幼いころから、映画の見せるきらびやかでロマンティック、ドラマティックな世界に魅せられます。母親が父親の戦死を悲しんでいるときにも、トトの目は壁に貼られた新作映画のポスターに釘付けでした。 これから人生が始まろうとしているトトとは対照的に、世の中の不平等さ、不合理さ、辛さをかみしめているアルフレッドは 人生も後半に突入し、そのままその地で残りの人生を送ろうとしています。そんなアルフレッドが まずトトの友達になり、次に映写技術を教える師となり、事故の後は人生の師となりました。父親のいないトトにとって、人生の壁が現れたときに洒落た映画の名台詞でさらっとアドバイスしてくれるアルフレッドの存在は 彼にとって、とってもラッキーだったとしか思えませんね。「目の青い女は手ごわい」 目の青い少女に一目ぼれした時には、アルフレッドはお姫様に恋した一兵士の話をして、身分違いの恋だということを暗示しました。そう忠告しておきながら、静かに見守ってくれました。映画の中では 身分が違ったって、愛さえあれば二人はドラマティックに結ばれます。しかし、身分社会のヨーロッパの現実社会では、身分の差は 到底越えられない壁なのですね。たとえ一時的に越えられたとしても、到底長続きしないでしょう。ノーカット版では この少女は大人になって、子供のころは計算が苦手だったが後に大物になった、トトの同級生の少年と結婚していました。現実社会なんて、そんなものです。映画のような出来事はそう起きるものではありません。 アルフレッドは映写室で休みもなく、おそらくこの村で人生を終えるであろう村人に夢を見させてあげることにやりがいを感じていましたが、未来のあるトトには ひたすら現実社会を生きるように諭すのでした。「自分のやることを愛せ。昔、映写室を愛したように。」「現実社会は厳しいものだ。映画とは違う。」映画の素晴らしさ、楽しさを知っているトトに、作り物の中ではない、本物の自分の人生を作り出して行くようにアドバイスするシーンは涙が溢れました。小さな世界を抜け出し、海を越えて広い世界に出る。果てしなく蒼く続く海を前にして、それはとてつもなく覚悟のいることだったのでしょう。もし、アルフレッドの言葉がなかったら、果敢に進み出ることができなかったかもしれません。それ以前に、映画の空想の世界におぼれて、そのままあの小さな地で人生を終えることになったかもしれません。 アルフレッドの言葉の通り、トトは過去を振り返らずに、前だけを見て生きてきました。迷ったときのノスタルジーは 前進するための妨げとなり、その人をつぶしてしまうものなのかもしれませんね。 アルフレッドの死の連絡を受けて、ついに30年ぶりに帰郷したトトは 昔とは見事すっかり変わってしまった故郷に戸惑いを覚えます。車も普及し、街中には広告の看板が乱立、以前は皆顔見知りだったのが、ほぼ誰も知らないといったありさまです。しかも、昔はあれほど繁盛していた映画館がいまや取り壊されようとしている。まさにアルフレッドの言っていた、「毎日なんら変化もないように見えるものも、長い年月が経てば変わるものだ」ですね。あれだけ村人にとって重要だった映画館が、テレビなどの普及で、不必要なものになってしまったということは 悲しくもありますが、何事も変わっていくものなんですね。 興味深いのが、はじめに出てくる映画館は神父が切り盛りしていた・・・ということは、映画館になる前は教会だったということですね。教会経営の映画館→資金力のある民間経営→テレビなどの発達により需要の減少による廃館 トトの人生を通して、映画館の歴史をも垣間見ることができました。 最後に、アルフレッドが残してくれたという、過去に検閲でカットされた映画のキスシーンをつなげたフィルムを観て、トトは涙ぐみます。まさに昔の自分の気持ちを思い出し、「自分のしたことを愛していた自分」を思い出していたのでしょう。危ないからと母に反対され、アルフレドにも拒絶されていたにもかかわらず、ただ映画への情熱だけで映写室へ通っていた自分を。今現在のトトは もう50代近く。仕事では大成功したが、いまだ人生を共にするほどの女性にはめぐり合えていず、恋人を次々と替えている。彼は今自分のしていることを愛しているだろうか。慌しい都会での無感情の生活を送っているのではないだろうか。そんな中で見る、キスシーンのフィルム。彼は子供のころの生き生きとした情熱を思い出し、前進する意欲を取り戻したのでしょうね。
2005年11月22日
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久々に訳分からん映画を観ました。*『ハッカビーズ(I Heart Huckabees) 』製作年:2004年製作国:アメリカ監督:デイヴィット・O・ラッセル David O. Russell出演:ジェイソン・シュワルツマン Jason Schwartzman, イサベル・ユペール Isabelle Huppert, ダスティン・ホフマン Dustin Hoffman, リリー・トムリン Lily Tomlin, ジュード・ロウ Jude Law, マーク・ワーベルグ Mark Wahlberg, ナオミ・ワッツ Naomi Watts,環境保護団体のアルバート・マーコヴスキは自分の身に降りかかるいくつかの偶然の出来事が気にかかり、探偵事務所のバーナードとヴィヴィアンに 捜査を依頼する。一方、アルバートと対立しているスーパーチェーン「HUCKABEES」の凄腕ビジネスマンのブラッドも同探偵事務所を訪れ、自分の身辺についての捜査を依頼するのだった。そこで、アルバートは 消防士のトミーと共に、バーナードたちがライバル視しているフランス人哲学家、カタリーヌにすがりつき、彼女の指導の下で事を突き止めようとするが・・・。 とにかく有名どころがわんさか出ていることに興味を引かれ、さらに劇場公開されていないという希少価値も目を引き、DVDを借りてしまいました。が、あーだこーだ、マジメで難しげなセリフを各登場人物がつぶやいている割には 内容なさすぎ。 まあ、いろいろ考え方やヒーリング方法はいろいろあるけど、結局のところ、下らんことで人って悩むものなのね!っつーこと? ま、映画なんて、題材はシンプルだろうと複雑だろうとそれは問題ないけれど、見せ方が面白くないと、観客は楽しめません。ごたごた言っているけど、共感できないし、人物にも好感が持てない。人好き好きですが、私的には 登場人物が愛せなかったら、映画の楽しみも半減してしまうんですよね・・・。人物描写はとっても大切です。ここに出てくる人たち、なんか人間的にお近づきになりたくないような胡散臭い人たちばかり。絶対友人にしたくないなあ・・・と思ってしまいました。ま、これもコメディだから許されるのでしょうか。これをご覧になって、気に入った!と思われる方、ぜひ見どころを教えてください。* うちの旦那、映画にジェイソン・シュワルツマンが登場する度、「これ、トム・クルーズ?」 って、聞くんですよ。 私には とても似ている様には見えないのだけどね・・・。*『D.I.』 DIVINE INTERVENTION製作年製作国監督・出演:エリア・スレイマンイスラエル領のナザレでエリアの父が心臓発作で倒れ、東エルサレムに住む息子エリアが病院に駆けつける。エリアが愛するマナルはパレスチナ側のラマラの女性で、検問所は通れず、エルサレムに入れない。ふたりがデートできる唯一の場所はチェック・ポイントの駐車場だ。銃口光る検問所を、愛は果たして通過できるか……。 ひたすらゆっくりと日常が画面を流れる。イスラエルの住宅地での、住民達の虚ろな生活が映し出される。イスラエルという国が侵略の歴史で塗られた不安定な国だというのはなーんとなく理解できるが、きちんとイスラエル事情を知らない私には この映画は難しすぎました。(泣)だいたい、人種が違う人同士がいがみ合っているのは分かるのだけど、それが宗教的な違いなのか、国籍なのか、まったくさっぱり分からないし、どちらが引け目を感じているのか、それに 見た目まったく同じで、どこがどう違うのか、まったくぜんぜんさっぱり分からないという、情けない映画鑑賞でした。あ~あ。その想像もつかないイスラエル状況を コメデイータッチで描いているものだから、お手上げです。(泣)この映画はあの地域に詳しい方々にお勧めします・・・。映画について、イスラエル事情について詳しくお知りになりたい方、こちらのサイトをどうぞ。『D.I』サイト書籍『映画「D.I.」でわかるおかしなパレスチナ事情 』映画とイ事情を分かりやすく説明しているサイト*02年 カンヌ映画祭審査員賞02年 国際映画批評家連盟賞02年 シカゴ映画祭シルバーヒューゴ賞02年 ヨーロッパ映画祭最優秀外国映画賞
2005年11月21日
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気がつくと、6ヶ月近くも美容院へご無沙汰しておりました。カラーリングした髪の根元からは 地毛の黒い髪が5センチほども顔を出しており、まさに「変化(へんげ)」状態。量の多いためごっそりと剥かれた髪もボリュームを増し、手のつけられないほどのジャングルと化していたため、毎日まとめ髪で暮らしておりました。(汗)それでも、今年帰国した際にまとめ買いしておいた、便利なまとめ髪カモフラージュアイテムの数々を酷使して、結構まとめ髪を楽しんでたんですねー。こーんな感じ。色はもう少し暗くて、長さも10センチぐらい短いですが、雰囲気はこんなかんじでした。(注:顔はまったく違います・・・)しかし、これからは 何かとイベントも多く、お出かけも増えてきますし、美容院へ行っておいたほうがいいなあと思い、時間を作って、今日行ってきました。そして、この髪型もずいぶん長い間定着していてつまんないし、ちょっとイメチェンでもするか!と思いつき、ばっさりと切ってしまうことにしました。こーんな感じになりました!!色も長さも。(注:あくまで、顔は別物です~)ああ、紛らわしいので、似顔絵系で。これで、文句なし??ん?しかし、子ども達には大不評。「ママィ~!変。前の方がよかった。」だんなも、言葉につまり、「・・・ま、LUANAが幸せならいいんじゃない?」と、フォローになってないコメント。実際、自分自身、まだしっくり来てなかったので、ヘアアクセをつけてみたり、洋服を着替えてみたりしたところ、「かなり、いけてる!」。まとめ髪って、どうしてもきちんとした感じやドレッシーな感じになってしまいがちで、老けて見えるんですよね。今ハマっているのが、ロイヤルブルーとゴールド、パールのカジュアルな組み合わせ。これにまとめ髪だと、あまりにもはまってしまって、面白みがない!しかも私は痩せ型で、面長なんで、写真撮ったら悲惨!ますます、やつれて見えるんですわ。この髪型って、ほおがふっくらとして見えるので、私にはよかった!若返って見えます。しかも、私の歳にはコーディネートが難しい、短めのスカートも、髪の毛の素朴さが中和してくれて、はけるわ!でも、このマッシュルームヘアには 素朴なTシャツ&ジーンズは かなりのイモねーちゃん・・・いや、”おばちゃん”になってしまうので注意せねばなりませぬ!!うむ。髪形を変えると、ファッションも変わって、たのしいもんですね。*こんなスカートもしっくりはけそう!* こんな可愛い皮小物が巷で売られているんですか?秋が待ち遠しい!!(まだ夏にもなっていないのに・・・)*シンプルなツインニットにチョコっと覗かせたら、可愛いだろうなあ・・・。メタル系のアクセと組み合わせてもよさそう・・・。*一目ぼれ!美しいです!
2005年11月17日
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原題:MARIA FULL OF GRACE 制作年:2004年 製作国:アメリカ・コロンビア監督/脚本:ジョシュア・マーストン 出演:カタリーナ・サンディーノ・モレノ イェニー・パオラ・ベガ コロンビアの田舎町に住み、バラ工場で働くマリア。母とシングルマザーの姉と一緒に住んでいる。マリアには恋人がおり、彼との子を妊娠してしまうが、彼は子どもができた責任だけで結婚しようと言い出したため、マリアはがっかりしてその提案をはねつける。仕事上でも、儲けばかりが大切で従業員をこき使う社長と衝突し、衝動的に仕事も自らやめてしまった。彼女の収入を当てにしていた家族は社長に謝って仕事にもどれと言うが、マリアはそんな気になれない。そんなとき、偶然パーティで知り合った麻薬関係の男に運び屋としての仕事を紹介される。逃げ場のないマリアはその仕事を引き受けてしまうが・・・。オスカーの主演女優賞にノミネートされたカタリーナ・サンディーノ・モレノ主演の作品。オスカー授賞式に現れた、ラテンアメリカ独特の白人とインディオのミックスされたような意志の強そうな寂しげな瞳が気になり、彼女の映画が観たいと思ってました。このポスターの少女が見上げて見つめている白いもの・・・カトリックの儀式に神父から与えられる、ジーザスの体だといわれるパンのように見えますね・・・・美しいポスターですが、この白い物体・・・なんと、麻薬なんですね!!実は 衝撃的なポスターなんですよね。こんなのポスターにしちゃって大丈夫なんだろうか・・・。(汗)海外への麻薬の運び屋って聞いたことがあります。包んだ麻薬を飲み込むというのも。しかし、その飲み込む麻薬は何に包まれて、どのくらいの大きさで、どのくらいの量飲み込むのか、ということまで本気で考えたことなかったんですが、衝撃的でした!!結構大きいし、物凄い量飲み込まなくちゃあならない。しかも、体内で破裂でもしたら、間違いなく死んでしまう・・・。検問に引っかかったら、大変なことになってしまう。しかも、一回運んだら終わり、てなわけには行かない。引き受けたら最後、終わりがない仕事。 結局、彼女は自分の故郷では花工場以外の職はないし、家族には金を稼いでくるように要求されるし、恋人はあてにならないしで、一か八かの賭けに出るのですが、足を踏み入れてから、この仕事がどんなに恐ろしいものであるかを悟ったのでした。 違法であるし、道徳的にも悪いことではあるけれど、貧しい町で貧しい家庭に育ち、未来のない状況で、彼女の出来るただひとつの出口はこれしかなかった、のです。麻薬満盈の一端をになう社会の悪者の事情。すべては 貧しさとか、社会格差からなんですね。 それでも、マリアは逆境にも常に冷静に考え、行動し、自分の未来を決めたときは すがすがしい気持ちになりました。家族が好きだし、自分の国が好き。でも、マリアは自由を勝ち取るために、その道を選んだのでした。結論で考えると、結局彼女の最初の選択は正しかったのかもしれません。アメリカの公用語は英語、そして、スペイン語??と言われるほどにまで、スペイン語圏からの移民で溢れかえっているアメリカの都会。その一人一人に マリアほどではなくとも、数多くのドラマがつまっているのかもしれませんね。* コロンビアはいわずと知れた麻薬大国。コロンビアからの入国者は厳重チェックが入るのは確実なので、最近では他の国経由で、アメリカやヨーロッパに麻薬が流出されているそう。ブラジルアマゾン経由ってのも、普通なのだとか・・・。(汗)*本年度アカデミー賞主演女優賞 ノミネートベルリン国際映画祭 主演女優賞 新人監督賞ドーヴィル映画祭 グランプリ 国際批評家賞 観客賞サンダンス映画祭 観客賞ニューヨーク映画批評家協会賞 第一回作品賞ロサンゼルス映画批評家協会賞 新人賞サンフランシスコ映画批評家協会賞 外国語映画賞ワシントン映画批評家協会賞 外国語映画賞シアトル映画批評家協会賞 外国語映画賞トロント映画批評家協会賞 第一回作品賞インディペンデント・スピリット賞 主演女優賞 第一回脚本賞ゴッサム賞 ブレイクスルー監督賞 ブレイクスルー女優賞
2005年11月16日
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ヴェラ・ドレイク(Vera Drake)製作年:2004年製作国:イギリス・フランス・ニュージーランド監督:マイク・リー出演:イメルダ・スタウントン 時は戦後の50年代。裕福な家での掃除婦をしているヴェラは愛する夫と子供達と共に、質素なアパートで暮らしている。慈悲深いヴェラは寝たきりの母の介護、近所の貧しい恵まれない人々の手助けをもしている。困った人を見ると、放っておけない性格なのだ。そんな妻を自慢に思っている夫のスタンは弟と共に自動車修理工場を経営している。弟は結婚してほんの一年だが、贅沢な生活をしたがる妻とはなんとなくしっくりとこず、兄夫婦の家へ何かと訪れている。質素だが、笑顔の絶えない幸せな家庭に恵まれたヴェラだったが、実は誰にも言えない秘密があった。楽しみにしていたマイク・リー監督の新作がDVDになり、早速借りてみて見ました。いつものように、イギリス労働者階級の貧しさゆえに降りかかる不幸や災難の中にも、一生懸命生きようとする生命力の魅力を描いた作品です。 堕胎を助ける主婦の話は、以前イサベルユペール主演の『主婦マリーがしたこと』で観たことがありました。今回も芸達者な女優による映画でしたが、背景は同じでも、言わんとしている事は異なっていました。 ヴェラが掃除婦として働いている家に例えられる裕福な階級の女性たちと、貧しい女性たちが登場します。当時のイギリスは法律で堕胎は禁じられていました。望まない妊娠をして苦しむのは、豊かでも貧乏でもどちらも同じで平等なのですが、堕胎の事情は天と地との違いがあります。100フランも払える能力のある裕福な女性は 綺麗で清潔な病院で処置を受けることができますが、貧しい女性はヴェラのような安全かどうかも分からない、原始的な方法にでもすがるしかないのです。堕胎が禁じられているのは キリスト教の「神から授かった命は失われてはいけない」という教えからきたものでしょうが、そのまま妊娠を続けては生きてはいけない女性はどうすればいいのでしょうか。堕胎は禁じられているけれど、誰かが手助けしてやらなければ、彼女達は生きていくことはできないのです。どの時代も 性の犠牲になるのはいつも女性なのです。そういった点を考えると、堕胎を助け、「若い娘さんを助けた」というヴェラの気持ちは 責められるべきことなのでしょうか。日本では 堕胎が法律で禁止されていないため、そのヨーロッパの道徳観は理解しにくいですが、ここブラジルでも堕胎はいまだ「とんでもない事」だと一般では思われています。 映画の前半は 「金の心を持った」ヴェラの存在により、貧しい彼女の家庭はいつも笑顔で満ち溢れていました。それが、彼女の不在により、家族は不安と悲しみで元気がなくなっていきます。どんなときにも支えあってきた夫婦だったので、夫のスタンは彼女のしたことが分かった後でも、彼女を信じ、家族を支えていこうとします。が、息子にとって母は聖女であり、それが覆されたことに対し、苛立ち、反抗的になります。きっと彼には母親の行いが善意からだということは分かっていたのです。でも、そうすんなり受け入れるわけにいかないところが、母を世界で一番正しく優しい女性だと信じて疑わない息子ならではの心の葛藤なのでしょう。夫のスタンの弟は 早く亡くした両親に代わって面倒を見てくれた兄夫婦を慕い、何かと彼らの貧しい家に行こうとします。それが、妻の癪に障ります。妻は夫を愛しているのに、夫の心は義兄の方に向かっていることに苛立ち、強く嫉妬しています。ちょっと彼女に同情してしまいました。一見、彼女が意地汚い女に見えますが、実はさびしさからあんな風になってしまったのでしょう。彼女の夫ももうちょっと妻との関係を大切にすればいいんですけどね。些細なことから夫婦関係がギクシャクしちゃっています。 なんと言ってもこの映画の見所は 道徳観ですね。主人公は貧しくとも、家族の団欒を何よりも大切にし、周りにいる人にも気をかけ助けてやり、さらに困っている人がいると人づてに聞くだけでも助けようとする、奇特な慈悲心を持っている女性。本人も常にやさしく、いい行いをしようと心がけているのでしょう。そのいいことをしている、人の助けになっているという満足感が自分をも幸せにしているのです。人は自分が「正しい」と自覚し、同時に他人からも評価されたとき、満足感を味うことができるし、自信にもつながってくると思うのです。 しかし、主人公が信じていた「人助け」が、実は人の命をあやめるかもしれないという「悪事」だったということを徐々に知ることによって、彼女の自信も笑顔もだんだんと失われ始めます。やさしくシンプルがゆえ、無知がゆえに、自分を逆境に陥れてしまうという、この世の悲しい現実。「知らなかった」おろかさで、破滅の道を歩んでしまう、社会なのですよね。 そして興味深いのが、主人公は法律を守ることはさほど重要だとは考えていなかったこと。戦争を経験し、とにかく生きるだけで精一杯だった時代に生きていたんですね。法に触れていることを知りながら、家族にも隠して堕胎の手伝いをしてきたのは「人助け」をしていたという自信があったからこそ。 それが、警察にばれたとき、まず彼女が考えたのは「重罪を犯してしまった」ということではなく、「家族に知られてしまう」「家族を悲しませてしまう」からの不安と恐怖でした。それが徐々に人を殺めてしまう「殺人行為」だと知ってからは、罪の呵責にさいなまれ始めたのでした。やさしく、つつましく、素朴に生きているだけでは、不幸が訪れてしまう厳しい現実。賢くないと、生き延びることはできないものなのですねー。
2005年11月15日
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製作年:2005年製作国:アメリカ監督;スティーブン・スピルバーグ出演:トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンスDVD化されたので、早速借りて観てみました!でも、これって、劇場で観るべき映画でしたね。はあ。我が家のお粗末な24型テレビじゃあ、面白さも半減、といったとこです・・・。 今日、ショッピングセンターを家族でぶらついているとき、プラズマテレビ42インチのを見かけました。旦那が激しく欲しがっておりましたが、ね、ねだん・・・・12000へアイス・・・。(50万円程度)た、タカいっす!旦那は高テクノロジーを目のあたりにして、「これがあったら、映画館行かなくても充分臨場感が味わえるねー。」なんて言っておりましたが、私的には、「こんな大枚払うぐらいなら、何百回と映画館に通えるではないかー。」なんて、逆に考えてしまいました!(笑)ホンっと、考えることって人それぞれですね。 スピルバーグ&トムの業界トップの共演で、とっても楽しみにしていました。実力、発想ともに、時代を引っ張るスピルバーグ監督。今回はどんな手で責めてくるのかと思ったら、やっぱりこちらの想像を裏切る形での、新しい演出で、舌を巻きました。50~60年代のSF映画風の堅い口調のナレーション、カメラのアングルだとか、落ち着いた割と動きを抑えた演出なんだけど、使う技術は最先端、金もたっぷり使ったぜいたくな作品でした。後でネットで知ったところによると、53年に作られた同名映画のリメイクだったとか。(相変わらず無知)なるほど、それゆえにオリジナルの作風の厳かさも尊重しているというわけですね。 なんといっても、登場人物の話や、起伏のある物語で語る従来の典型的なスタイルではなく、まるで自分がそこに居合わせているかのような臨場感を味あわせるのが今回のスタイル。いつもと変わらないとある日に、突然暗雲が空を渦巻いたかと思うと、雷が落ちてきたり、地中から何かが生まれたりしたら、どうするか。 やっぱり野次馬根性で見に行ったり、びっくりして逃げながらも、様子をうかがったりするもんですよね、やっぱり。最初は動揺して、とにかく自分だけが助かりたいと思い、それぞれが思い思いに逃げていく。その結果、互いに足を引っ張り合ったりして、余計混乱を生むものです。しかも、弱い者が自分勝手に行動しても、何も回避できないし、根本的なものは変わらない。団結しなきゃ、変化は訪れない。そして、恐怖から諦め、逃げていては、いつかやられてしまうのを待っているも同じこと。団結して、自分達の身を守るためたたかうことが大切なんだ。(アメリカ的ですね)主人公の息子は 初めは反抗的なフラストレーションの固まりみたいなテイーンだったのが、危機を目のあたりにして、同胞を助けるために自ら志願して戦おうとした意識が印象的でした。主人公はとにかく家族を守るために戦っていたのとは対照的に。圧倒的な力を見せ付けていた「得体のしれない生物」は 突然生体の歯車が狂いだしたように、息絶えてしまいます。元々創造主が作り出した地球とは異質のものは そこにはなじめないということなのでしょうか。あんなに強かったのにあっけない気もしますが、実にありえそうな話ではあります。自然のものに人工的なものを加えると、機能しなくなったり、問題が生じたりといったことはよくあることですから。やっぱり、話がかなり想像に難しい設定ですし、フィクションじゃないし、話の起伏にも富んでないし、なんと言っても24型テレビだし(笑)、いまいち盛り上がりに欠けていたような気がします。 それでも、この豪華な、新しい試みの実現には 監督に拍手を送りたいな!と思いました。また、変わった演出で、私たちをびっくりさせて欲しいものです。 それにしても、トムが中流以下の生活レベルの男性を演じるのには、なんか無理があるような気がしました。(笑)どうしても、近所のヨレTシャツ着てそうなおっちゃんには見えんとです。(笑)スターオーラとか、輝かしい役歴がじゃましてしまうのだろうか・・・。あ、それでも、地味になりがちなこの映画にメリハリもたせるためには、やっぱりトムが必要だったのかな。 そして、ダコタ・ファニング、凄いですね。『アイ・アム・サム』で初めて見て、彼女の存在感と素質にはびっくりさせられましたが、今回も彼女の語る瞳は 圧倒的な存在感でした。どんな女優になるのでしょうか・・・。とにかく子役ナンバーワンの実力の持ち主ですね。
2005年11月14日
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製作年:2002年製作国:アルゼンチン監督:アドルフォ・アリスタライン Adolfo Aristarain出演:フェデリコ・ルッピ Federico Luppi, メルセデス・サンピエトロMercedes Sampietro, アルゼンチンのある文学の教授は国の通達により、突如として退職させられた。その前に、息子の住むマドリッドに招待され、航空券もプレゼントされていたが、突然こんなことになってしまい、最悪のコンデイションでの旅行となった。息子と軽い言い合いもしてしまったが、結果としては思い出深い旅行となったようだ。しかし、帰国後には現実が待ち構えていた。わずかな年金の収入による生活・・・。彼は妻とともに 農場で生活することを決心する。 退職後の生活って、どんなのをイメージしていますか?比較的裕福な退職生活を送る日系人が多く集まる日系団体で働いている私は、「憧れ」でした!!まじで。早起きして、髪を振り乱し、子供を連れて学校へ。その後は家事だとか仕事に追われる生活を送っている私は、のーんびりと車でやってきて、時間を気にすることなく、立ち話して高笑いなんかしちゃってる余裕のある老人が、変な話、と・に・か・く、うらやましかったんです!ちきしょー!なんだか楽しそうだな!私だって、趣味ばかりに時間を費やして、生きたいぞ!そんな楽しそうな表面だけを見て、勝手に解釈してましたが、この映画を観て、反省しました。やっぱり、どの世代だって生きていくには 困難がつきものなのですよね。特に、歳をとっていくにつれて、問題も増えていくし、心配事も多くなる。でも、登場人物は葛藤しながらも、人生の大切なものを見つけ、信じて、強く生きていくんです。すごく 「いい映画」です。「いい映画」ってのは、脚本が凄いとか、演出がどうとか、金かかっているとか、そういう意味じゃなくて、観るものに勇気と希望を与えてくれる、すがすがしい映画だってことです。主人公のフェルナンドは 大学で教授だし、尊敬もされている。そんな自分の知識や地位に満足し安心していたのだけど、それを奪い取られたとき、かなりあせるのでした。自分が誰にも必要とされず、役立たずになったような気がして。これは 日本の仕事一筋だったサラリーマンが退職して、自分の価値に疑問を抱くのに似ていますね。(笑)しかし、そんなショックにうちひがれている間にも、次の問題は迫ってきます。支給される年金がほんのわずかであろうこと。 今までの生活レベルを保つことは到底無理で、とにかく出費を抑えなければならない。タバコやワインをやめ、レジャーも減らしたってたかが知れている。結局今住んでいるアパートを売って、田舎に移り住むことにしたのでした。 自分のプライドだとか生活費の心配をしなくてもよい田舎に移り住んでから、彼は人生の本当の姿が見え始めます。自分の人生で本当に大切なものはナンだろう・・・その大切なものは 長い人生、一緒に歩んできた自分の最大の理解者の妻であることに気がつきます。どんな状況でも、どんな場所でも、妻さえいればそこが幸せとなる・・・その思いを強くしたところに、今度はほかの不安が頭をもたげます。二人のうちの一人が欠けたら、どうなるのだろう・・・孤独への恐怖です。老後の不安材料、「やりがい」、「金銭」、「孤独」。それらの問題をテーマとして取り組み、希望を我々に与えてくるすばらしいラストの映画でした。アルゼンチン映画って、今まで見たことがあるのだろうか?ないような気がします。今、結構注目されているようですが、これはかなりよかったです。 アルゼンチンとブラジルってお隣りどおしだけど、片やスペイン語圏、片やポルトガル語圏。とにかくカトリック宗教文化の強いブラジルに対して、建築の歴史的レベルも高いスペインの国だったアルゼンチン。インテリアもずいぶんと違いました。趣があって、農場といえども、素敵でした。あれがブラジルだと、せいぜい粗野なレンガづくりの壁や打ちっ放しの木材で作られた簡素なテーブル、食事を作るための簡単ないろりでしょう。ポルトガル文化の影響の強い農場だと、ゴシック風の堅い感じの実用的でなさそうな重い家具が並んでいそうです。
2005年11月12日
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製作年:2004年製作:アメリカ/イタリア/ルクセンブルグ/イギリス/香港/中国/フランス監督:ミケランジェロ・アントニオーニ、スティーブン・ソダーバーグ、レオンカーウァイオリジナルタイトル:Eros 興味深く、意味深なタイトル。そして、三大監督によるオムニバス映画。となると、やっぱり興味をそそってしまうのが人の常。(笑)カエタノ・ヴェローゾのうっとりとするような美しい声とロレンツォ・マットッティの神秘的な絵でつながれた、三つの、愛に関する短編映画でした。 まずは アントニオーニの『エロスの誘惑』。二人の関係のいきづまった中年夫婦の話です。実は私、この監督の映画観たことなかったんですが、言葉少なく抽象的な映像表現に、衝撃を受けてしまいました!!脳溢血で、映画製作もままならないほどの高齢でもあるそうですが、この映像美と表現力はさすが巨匠というだけあるなあと納得しました。 まず最初に、別荘らしき石を積まれてできた、窓もなく、いかにも息苦しそうな小さな家がでてきます。その前で、女性が全裸で日光浴をしています。狭く苦しい所から抜け出し、開放されたがっているかのように。そしてしばらくして、そこから男性が出てきます。彼女の夫のようで、二人は些細なことから口げんかをしています。それでも、二人は一緒に車に乗り込み、その小さな別荘から抜けて、細い山道を抜け、途中で湖を発見したりしながら、だんだんと広い海へと移動していきます。そこで見かけた白い馬にのった女性が、二人に静かに関係してくるのです。エロスというのは広く解放された心に自然と入り込んでくるものなのでしょうか。やたら裸が出てくるけど、ブラジル歴が長い私には、日本の方々が感じられたような嫌悪感は感じませんでした。裸=自然の姿という観念のこの国では、決してタブーではないので。 次が、ソダーバーグの『エロスの悪戯』。主人公の仕事に追われる会社員の男性が、夢の中に出てくる、知っているはずの女性が誰なのかどうしても分からなくて、精神科医を訪れるというエピソード。夢の部分を青のカラー、そしてモノクロとカラーを対比させることで、映像にメリハリをつけ、彼お得意の70年代風の音楽と雰囲気で、スタイリッシュに仕上がっています。精神科医と男性のカウンセリングの場面はなかなかウイットに富んでいて、アイデアが面白い! しかし、なーんか、薄っぺらいんですよね。都会的でお洒落なんだけど、「エロス」というタイトルで、それはないんじゃない?というのが私の感想でした。それが結局、あけっぴろげで奥のないアメリカのエロスの実態なのかな?なんてことも思ったりもしました。 最後に、我らがアジア代表のレオン・カーウァイ監督の『エロスの純情』でした。日本では順序が逆で、カーウァイの作品が最初に来ていたようです。ブラジルでは断然、アントニオーニの方が知名度が高いからなのでしょうか。あ、でもトリは一番最後だってのは ここも同じだし・・・。 仕立て屋見習いの青年は高級娼婦の瀟洒なアパートへ洋服を届けに行くが、壁越しにあえぎ声を聞き、体が反応してしまう。それを感知した娼婦は青年にズボンを脱ぐように命じ、手で愛撫するのだった。それから長い年月がたち、その間も青年は娼婦のもとに通うが、もう二度と同じような出来事は起こらなかった。そのうち、青年は立派な仕立て屋になり、逆に娼婦は段々と客も減り、落ちぶれていった。三つのオムニバスのなかで、これが一番丁寧に心をこめて作られていたような気がした。いつもと同じ、カーウァイの憧れの人に翻弄される、純粋な心を持った青年の話。仕立て屋という、女性の体を知り尽くし、それを引き立てる仕事。全てを知っているのに、触れることができない歯がゆさ。仕立てた服のすそに手を入れ、憧れの人を思いながらドレスを愛撫するシーンは一歩間違えればストーカー??のすれすれなところだが、主人公の純情さと、娼婦の確信犯的な行為のぎりぎりのバランスで、片思いの思いの辛さを我々に伝える。まっすぐで、一途に思い続ける恋心を知っていながら、娼婦はその思いを無視し続ける。自分のような人間にはもう彼のようなまっさらな青年に近づくわけにはいかないと思っているかのように。『花様年華』のような時代の香港の夜の街の寂しさとランプの光が、二人の純愛をより切なく映し出していました。 なかなか良かったです。イタリア、アメリカ、アジアのエロスの観念を見たような気がしました。私的には アントニオーニ監督の存在がとても気になっています。機会があれば、彼の代表作品を観て見たいです。* 余談ですが、カーウァイの作品のドレスのなんとまあ美しいこと!!昔の時代の設定なのに、今はやりのヴィンテージ風な、ビーズやラメ、シフォン満載で、くすんだ色あいのドレスに美しい刺繍やビーズのデザインが凝らしてある洋服の数々も見ものです!!* アントニオーニ作品の豊満な女性たち、まさにヨーロッパ系美しさでした。ちょっとブラジル的美に通じるところがあるように思いました。今ではシリコンがブームですが、もともとは裸であることは何者からも解放された自然そのものであるという観念も。* ソダーバーグ作品の女性、ウエストが細い!!銀幕の女優的な美で、懐かしい感じがしました。帽子をかぶり、長い手袋をはめ、しっかりと体を覆った、現代の奔放な女性とは違う、昔の女性タイプ。ソダーバーグさんの好みのタイプなのかしらん?(笑)
2005年11月09日
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o principio da incerteza製作年:2002年製作国;フランス/ポルトガル監督・脚本:マノエル・デ・オリベイラ Manoel de Oliveira出演:レオノール・バウダッケ Leonor Baldaque, レオノール・シウベイラ Leonor Silveira, イザベル・ルス Isabel Ruth, リカルド・トレッパ Ricardo Trepa, 132分 アントニオとジョゼは子ども時代からの幼なじみで、さまざまな体験を分かち合ってきた。仲のよい二人だが、アントニオは由緒ある家族に生まれた金持ちの息子、片やジョゼは家政婦の息子であった。アントニオはジョゼが子どものころからずっと愛してきたカミラと結婚し、同時に愛人のヴァネッサとの関係も保っている。そのヴァネッサはジョゼのビジネスパートナーでもあった。そんな絶妙な四人のバランスがカミラとアントニオの結婚で、妙な方向へ向かい始めた。アグスティナ・ベッサ=ルイスの小説『家族の宝石』が原作。ジャンヌダルク。フランスでは聖女と崇められ、イギリスでは魔女だと忌み嫌われる・・・大天使ミカエルの声を聞き、自ら志願して戦場へ出向いたという10代の少女。強い信心を持ち、人々を惹きつけ、光となった女性。ジャンヌ・ダルクは一体、聖女だったのか、それとも悪女だったのか・・・ ギャンブルで身を滅ぼした父のせいで苦しい生活を送っているカミラとその母だったが、気丈に生きてきた。地元の大金持ちの息子のアントニオとの縁談が決まったとき、彼女はまさに玉の輿にのったことに幸せを感じた。周りが一致し、勧められた縁談だとは言え、彼女もかなりの打算があったのだから、周りが言うほど、彼女は「天使」でもない。周りの望むままに、理想的な男性と、マリアのごとく純潔を守って結婚。周りの皆が忌み嫌う、悪女ヴァネッサは、結婚後もアントニオの周りをうろついて離れないが、カミラはそれを黙認する。苦しみも不満も全て受け入れ、許そうとするカミラ。まさに悪女のヴァネッサと聖女のカミラ。対の二人。夫のアントニオは生まれながらに恵まれており、全てを手に入れた。自分の欲しいものは決して手離さず、誰にも制裁を受けず、傍若無人にふるまう。彼を押しとどめるものは存在しない。まるで独裁者のようである。愛人関係の アントニオとヴァネッサ。いかがわしい店の経営など裏の社会でのビジネスパートナーであるヴァネッサとジョゼ。子供の頃からの幼なじみのジョゼとアントニオ。子供の頃から惹かれあっていたジョゼとカミラ。その絶妙な関係が、愛のないカミラとアントニオの結婚によって軌道が外れてくる。それから長い年月がたつが、状況は変わらない。耐え、諦め、許そうとするカミラ、と好き放題振舞うアントニオ、ヴァネッサ。周りの皆はカミラを心配し、そして、カミラに翻弄されていく。ある日、制裁は加えられた。ついにこの無敵の男は 聖女によって滅ぼされたのであった。カミラは本当に聖女だったのか。そして、聖女とは全てを受け入れて、許すだけの存在なのか・・・。その後ヴァネッサは外国へ移り、妊娠しているとの知らせが届く。カミラはついに身ごもることなく、悪女のヴァネッサが懐妊。カミラが慕い、いつも拝んでいるのが、ジャンヌ・ダルクであった・・・この映画、第26回サンパウロ映画祭のオメナージュ監督である、ポルトガルのマノエル・デ・オリベイラ監督の作品です。ポルトガル映画なんて観たことなかったんですが、さすが90代現役の巨匠(知らなかったんですが、らしいですね)らしく、重厚なカメラワークと、絶妙な台詞回しが魅力の映画でした。2002年に撮られた、比較的新しい映画なのに、数十年昔に戻ったような不思議な感覚に見舞われます。パガニーニのバイオリンの調べに、ポルトガルの田園風景と都会の夜景のコントラストが時間の流れの速度の違いを感じさせてくれるところが独特の味付けになっていました。なかなか彼の映画はこちらでは上映されないようで、今後見るチャンスに恵まれるのか疑問ですが、他の作品も観てみたいと興味を欠きたてられる監督です。出演俳優たち、さすがポルトガルの移民国ブラジルにうじゃうじゃいそうな顔ぶればかりです。(笑)なるほどねー、と頷きながら、観てました。(笑)そして、悪女ヴァネッサ役の人、キャメロン・ディアスに瓜二つ!!です。まあ、キャメロン・ディアスの「ディアス」って名字なんて、まさにラテンですから、あそこらへんの血が流れてるんでしょうね。納得。それにしても、すっかり字幕があるもんだと信じ込んでいたら、なんと字幕なしだったんです・・・。ブラジルと同じポルトガル語だとはいえ、ネイテイブではない私には発音の違いから聞きとれず、ウイットにとんだ貴重な登場人物の会話のニュアンスをしっかりと聞きとることができなかったことが残念です!(泣)劇場にいた他の観客達はしっかりと理解していたようで、アア、くやしいわ!*サンパウロ映画祭上映作品です。
2005年11月06日
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土曜日は私の誕生日でした。といっても、人類が勝手に創り出した暦上での記念日には さほど意味がないと思っているので、誕生日だといっても、それほど重要な意味を成さないと常々思っているのですが。 それで、誕生日も生徒達に公表してこなかったのですが、ティ-ンネージャーのクラスの誰かがどこからか聞き出してきたようで、授業中にサプライズパーテイをしてくれました。ケーキにろうそくを立てて、みんなでハッピーバースデーの歌を歌ってくれました。プレゼントや心のこもった日本語で書かれた手紙までももらいました。 そういうお誕生日を祝う習慣のなかった私はみんなの笑顔の中で、思わず固まってしまっていたのですが、授業が終わり、皆が帰った後で、そのパーテイを企画してくれた生徒達のやさしい心に、ちょっぴり感動してしまいました。ブラジルではサプライズパーテイーをしてもらった人は大抵大感激し、涙を流し、ハグして回ったりするのに、私の場合そういうのがなかったので、生徒達はちょっぴり物足りない思いをしたかもしれませんね。その日の夜は、家族でのお祝い。主人がA LANTERNAという、食事しながらブルースやソウルの生演奏が聞ける大人のバ-&レストランへ連れて行ってくれました。 し・か・し、私達の週末のお出かけというのは 大抵が食事&映画鑑賞、及びコンサート。BALADA(←日本語でなんていうんだろうね。夜のレジャー?)だとか、CASA NOTURNA(←これもなんていうんだろ。夜のレジャーのお店?)には全然縁がなく、最後に行ったのは5年以上も前の話になるだろうか・・・。それで、そのお店の入り口で、既に二人して躊躇してしまったのでした。はは、なさけないこっちゃ!入り口のスーツ姿の黒人のガードマンのお兄さんの前をつつっと通り、中に入ると、入り口にはにこやかな笑顔のこれまたドでかい黒人のお兄さん!入り口で身体チェックとカバンの中身チェックをされ、中に通されました。 そこは BAR RESTAURANT&DANCINGという、不思議なカテゴリーのお店。BARっつーことはお酒が飲めるのね、んでもって、食事もできて、踊れる・・・?なんて、いろいろ想像をめぐらせていたけど、なんのこっちゃーない。BAR とレストランと、ディスコが同じ店に同居しているのでした。私は当然食事ができて、音楽の生演奏が聞ける場所をチョイス。ディスコは店の奥にあり、踊りたい人はその防音ガラスのドアの向こうに入るだけ。私達は子連れだったので、そこは利用せず。あくまで大人の店なので、騒々しい10代20代の若者はいなくて、なかなかよかったです。でも、そんな大人の店に子供を連れて行った私達・・・。(汗)でも、誰も気にすることもなく、不思議と全然浮いていなかったです。 食事して、お酒を飲んで、黒人女性の底響きするほど低音が効いているソウルをうっとりと聞いていると、子どもたちがだんだん眠そうにし始めたので、さっさと引き上げました。その晩聞いた音楽は MPB(ブラジルポピュラーミュージック)のZIZI POSSIなどの名曲、他にもビリージョエルやDIONNE WARWICKなどでした。おもいがけず思い出深い一日となった、誕生日でした。
2005年11月05日
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LEMMING製作国:フランス監督:ドミニク・モル Dominik Moll脚本:ジル・マシャール、ドミニク・モル Gilles Marchand e Dominik Moll出演:ロラン・ルカス Laurent Lucas,シャルロット・ゲインズブールCharlotte Gainsbourg, シャーロット・ランプリング Charlotte Rampling,アンドレ・ドゥソリエ André Dussollier 129分,エンジニアのアラン(ロラン・ドウカス)は仕事も順調で、妻のべネデイクト(シャルロット・ゲインズブール)とも幸せに暮らしている。 二人の平穏な生活は 社長ポラック(アンドレ・ドウソリエ)と妻のアリス(シャーロット・ランプリング)を夕食に招待してから、反転し始めた。 その夕食の準備の最中にもうその予兆は現れていた;流しの水道管にレミングという、フランスには生息しないスカンジナビアのムササビのような生き物が入り込んで、つまってしまっていた・・・。ヒッチコックを崇拝しているという、ドミニク・モルのサスペンス。緊張場面にクラシックな効果音を導入し、脚本も丁寧に作られているのには好感が持てる。でも、サスペンスとしてはちょっと平凡だった印象を受けた。あまり衝撃的なシーンも息を呑む展開もなく、始終単調な流れで終わったような気がする。それでも、私がこれを観るきっかけになった”W(ダブル)シャーロット”が観られて満足。 シャルロット・ゲインズブールは 昔と比べて歳をとった。そりゃ、『なまいきシャルロット』からもう20年は経過しているのだから、当然といえば当然だが、やっぱり腐っても鯛・・・いや、腐ってはいないから、歳くっても鯛といった方が正しいかな。相変わらず、可愛いです。30代中ばで少女のように素朴なとこは さすがジェーンバーキンの娘だなあと思った。ひゅるるっと背が高くやせっぽちで、手足が長く、手や足のヒラが大きくて、ひょっこりひょっこり歩いているぎこちない感じや、ささやくような声、ぬぼーっとした表情が存在感あります。 シャーロット・ランプリングは 相変わらずあの鋭い目つきで観客を魅了。釘付け状態ですね。この映画でいちばん存在感あったのではないかな・・・。ショッキングなシーンを演じたにせよ、彼女が一番出番が少なかったのに、強烈な印象を残した。フランス女優の中でも、今一番を争うほどの旬な女優なのではないのかな。 そして、主人公の男優の 不意にふって沸いた不幸にあせって困っている様子がいかにもぴったりはまっていて、逆に面白かった。ストーリーに関しては、感想というほどのものもないのだが、ただ、レミングに関しても、すぐにオチが分かってしまった点は残念。 全然話とは関係ないが、インテリアに釘付けでした。フランスの家って、何であんなにセンスがいいのでしょ?清潔なキッチン、照明器具の選び方や効果的な使い方。高低をつけて、照明の変化を楽しむんですねー。なるほど。何気におかれた、手の込んだデイティ-ルの額縁に入った大型のミラーも素敵で、都会的モダンさ&懐古的な家具が入り混じった、味わい深いインテリアが素敵でした。あと、インテリアといえば、先日観た『CHACHE』の70年代風のメタルやガラス、丸いカーブの要素の入った宇宙的家具も素敵でした。それを全てメタリックにしてしまわないで、重厚でクラシカルな家具と組み合わせて使うところが今風ですね。
2005年11月02日
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王と王妃 (ロワ・エ・レーヌ) (2004)ROIS ET REINE上映時間:150分 製作国:フランス監督:アルノー・デプレシャン Arnaud Desplechin脚本:ロジェ・ボーボ Roger Bohbot アルノー・デプレシャンArnaud Desplechin出演: エマニュエル・ドゥヴォス Emmanuelle Devos マチュー・アマルリック Matthieu Amalric カトリーヌ・ドヌーヴ Catherine Deneuve大作家を父に持つ35歳のノラは 今は亡き恋人との間に生まれた一人息子を生きがいとしている。父の誕生日プレゼントに白鳥の描かれている絵を持ち、父の元へ向かったが、父は大変な病気にかかっていたことが判明。 一方、ノラの元恋人のイスマエルは破綻寸前の音楽家。自殺を目論んでいるところに第三者の要請により、精神科病院へ強制入院させられてしまった。サンパウロ映画祭で (たった)数本の映画を観ましたが、これが最高でした。傑作です。この監督、フランスでは有名らしいですが、私は初見。音楽の選択や効果、ギリシャ古典の絵画もさらっと画面に侵入させてアイロニックに場面を比喩していたり、単調になりがちなシーンもハイテンションな芸達者な俳優の力量で独特の表現となり、観客を惹き付けます。話は 主人公のノラと彼女を取り巻く男達との関係の葛藤、そして、その中の一人の昔の恋人イスマエルの自分探しの話という、別の話が同時進行していくのですが、途中でひとつとなり、それからまたそれぞれに分かれて、話が進行していきます。その構成もとっても自然でした。なんといっても、俳優が凄いんです。主人公役のエマニュエル・ドゥヴォスは フランス映画を観ているとたまに出てくる女優で、インドかアラブっぽい雰囲気を持ったグリーンの瞳が印象的な中年女性。 35歳で超美人って設定だけど、私にはむっちりした女女したところなんかが、どこがいい女なんだろうか?と思ってしまうが、美の基準というのは国によって違うから、まあ仕方ないとしましょう。(笑)その彼女、すごーく嫌な感じなんです。確かに性格は彼女の父親が言うように、ちょっと自分中心で気に入らないとすぐ泣き叫ぶし、何とか我を通そうとする。でも、目を引くほど酷いというわけでもなく、本人一生懸命他人に優しくしようとしているし、普通の範囲でのエゴイスト度。でも、なぜか好きになれないし、うわ~ぞぞぞ!と来るほどの 女のいやらしさがにじみ出ているんです。この女優、凄いです!! それと対照的なのが、元恋人イスマエル役のマチュー・アマルリック。気弱で、だらしなく最低なんだけど、自分が苦しんで痛みを知っている分、どうも憎めない愛すべき男性をうまく演じています。一見だらしなげで危なげ、キッと長く切れた瞳からは知性と温かみがにじみ出ていて、笑顔が最高。全然ハンサムじゃないのに、超魅力的です。この一度は恋人として惹かれあった二人の男女を 最高の力量を持った俳優達が見事に演じていて、両方とも強烈な印象を与えてくれました。 一人の女性ノラを取りまく3人の恋人たちと父親&息子達が そのまんま『王たちと王妃』のタイトルなのでしょうね。ノラもイスマエルも初めは同じようにそれぞれ困難を抱えていて、その困難の乗り越え、自分と向き合い、これからの人生をより幸せに生きようとしますが、それらは同じようでまったく違うところが面白かったです。なにせノラは二人男を殺したほどの女、一方イスマエルは自分で自分を殺そうとした男なのですから。この二人のキーパーソンになるそれぞれの父親も対照的。作家ならではの厳しい目線で娘を見つめるノラの父と、強く温かい愛で包み込むイスマエルの父親。見る側からすれば、この親あってこの子ありきという印象もあたえますが。とにかく、内容もさることながら、見せ方も逸脱している凄い作品でした。*サンパウロ映画祭 上映作品でした。
2005年11月01日
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