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昨日書けなかった、病院を変えたい理由、というのは、「うちの病院では、双子は全員帝王切開です。」と言われたことです。もちろん、双子の出産は、リスクを伴うことは知っていますので、母体や赤ちゃんに何か危険があるのであれば、私も、帝王切開に同意します。でも、何もないのに、最初から決められてしまっているのは、どうかなぁ、と思ったのです。ネットで調べてみたら、双子でも、自然分娩で産みました、という人も、たくさんいるようでしたし。昨年あたり、中国で、夜中の出産が嫌だとか、日々の出産件数の調整とかの病院の都合で、全員帝王切開にさせられてた、なんて話がニュースになってましたよね。病院の説明では、帝王切開でないと危ない、というようなことを言われたらしく、騙された、といって怒っていました。日本では、自然分娩の人がかなり多いのではないでしょうか。私の周りでは、少なくとも、圧倒的に多い感じがしています。もちろん、リスクがあって、帝王切開に切り替える、ということはあっても、普通は病院では、自然分娩を勧めるし、無痛分娩を希望する人も、そんなに多くはないのではないかと思っています。でも、本当かどうか定かではありませんが、アメリカではどうやら、無痛分娩のほうが普通だ、という話を聞いたことがあります。昔、留学する前に、これから留学する人の面倒をみてくれるボランティアのご家庭にお世話になったことがあります。しょっちゅう会ってくれて、英語に慣らしてくれたり、アメリカでの生活をいろいろ教えてくれました。奥様のほうは、カリフォルニア生まれの白人の陽気なネイティブのお姉さんだったのですが、旦那様は、元日本人で、11歳からアメリカに移り住んだ方でした。旦那様も当時の私にとっては、ネイティブにしか聞こえませんでしたが、奥様いわく、「アナタも昔は、面白い英語をいろいろ言ってたわよね~。」だそうです。でも、11歳から移住して、国際結婚もすると、あれだけうまくなってしまうのですね。私たちに英語に慣れさせるという目的もあったので、旦那様もずっと英語しか使わなかったのですが、つい私たちが日本語で会話していたら、会話に入っていらして、その時初めて、「あ、普通に日本人なんですね。」と思ったものでした。そして、そのご家庭には、それはそれはかわいい1歳の女の子がいて、さらに、奥様は妊娠されていたのですが、奥様いわく、「絶対、アメリカに帰って出産するわ!」とのことでした。理由を尋ねると、「だって、日本は(英語通じないし)、自然分娩なのよ! アメリカは全部無痛分娩なの。そんな痛い思いするなんて信じられないわ!」ということなのでした。当時は、子供のことにほとんど関心がなかったので、そんなもんですか~、としか思わなかったのですが、なんだかとても印象に残っていたので、Lちゃんを妊娠した時には、無痛分娩のこともいろいろ調べました。無痛分娩というのは、要するに、局部に麻酔をかけて出産するのですね。それでいきめるのか、と思ってしまいますが、どうやらそれは、反射的に行ってしまうので、それでも生まれてくるのだそうです。痛いのがいいか、痛くないのがいいか、と言われれば、それだけ比較したら、そりゃぁ、痛くないほうがいいに決まってる、と思うのですが、当時読んでいた本の中で、(手元にないのであやふやな知識で申し訳ありませんが)、池川明先生の本じゃなかったかと思うのですが、麻酔をすると、やはり赤ちゃんの体にも入ってしまうし、生まれてくることは赤ちゃんにとっても大変な仕事なのだけれど、それを経験したほうがよりよく成長できる(=脳の発達に良い)、というようなことが書いてあったので、それなら、私が痛いか痛くないかだけの違いなら、子供に少しでもよい影響があるほうがいいと思い、自然分娩で産むことにしました。(これは、帝王切開や無痛分娩ではダメと言っているわけではなく、もちろん、そうやって生まれても元気に育っているお子さんはたくさんいるわけですが、条件が許すなら、自然分娩のほうがいいような気がした、ということです。)当時の私は、赤ちゃんのために少しでもいいことは、なんでもやりたいと思っていたのです。ちなみに、池上明先生は、胎内記憶を主張されている産婦人科の先生ですよね。赤ちゃんは、お母さんを選んで生まれてくる、みたいな話が、若干スピリチュアルですが、妊娠中に読むと、結構、じ~んときます。余談ですが、「私が痛いか痛くないかだけの違い」は、かなり大きな違いであることは、後に思い知ったのですが・・・。産みの苦しみ、というのは、誰でも、多かれ少なかれ痛いんだと思うのですが、「多かれ少なかれ」の部分は、ちょっと差があるんじゃないかと思います。友達に聞いても、「あれ、痛いよね~。でも、なんとかなるよね。」といった感想が多かったので、私も結構我慢強いほうだと思っていたので、なんとかなるもんだと思っていたのです。でも、私の場合は、「この世のものとは思えない痛さ」だと思いました。出産の直後は、あまりの衝撃に、しばらく茫然となり、「もう二度とやりたくありません。」と思ったものです。でも、もしかして、二人目はそんなに痛くないのかしらん、と思って、うちの母親は、一人しか出産経験がないので、お祝いに駆けつけてくれたダンナの母親に、「あの~、二人目は痛くないってこと、あるんでしょうか?」と聞いたら、首を横に振って「変わらしまへん。」と言われて、ため息ついたのを覚えています。それが4年も経てば、再び妊娠して、それも双子だっていうんですから、人間、こりないもんだと思うのですが、どんなに痛くても「死ぬことはないのだ」ということだけを心の頼りに、それでもやっぱり、もう一度、自然分娩で産みたい、と思っているのです。だから、よく寝て(←これは、妊娠前も寝るのは大好きだったのですが・・・。最近は、家事もちょっとほっぽり投げ気味です。)、少しでも長く、できるだけ大きくなるまでお腹にいてもらって、そして、自然分娩で産みたい。もちろん、何か問題が生じたら、命を優先しますが、できれば、と思うので、そういう選択肢もある病院を探したいと思うのです。Lちゃんを産んだ病院がどうなのか、そもそも、出産を受け入れてもらえるかもわかりませんが、相談してみようと思っています。記事更新の励みになりますので、応援クリック、よろしくお願いします! バイリンガルのブログもたくさんありますよ!にほんブログ村
January 31, 2011
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衝撃の双子宣告から2週間以上が過ぎ、今週は、また、健診があります。双子ちゃんが元気に育っているかとても不安だったので、今から楽しみです。妊婦さんは、単胎であっても、喜びと当時に不安がよぎるものだと思いますが、双子だと、やはりリスクが格段に高まりますので、とても心配です。おまけに私は、37歳。いまどきの高齢出産は、35歳以上だか40歳以上だか知りませんが、まぁ、若くはありません。立派なハイリスク妊娠かなぁ、と思うと、この数週間、何度も不安な気持ちになりました。元々は、Lちゃんを産んだ病院に健診に行こうとしたのですが、なんでもすごい人気で、2か月、3カ月待ちだということで、一応、予約は入れたのですが、Lちゃんのときに担当してもらった先生は無理で、別の先生でようやく2月の頭に予約が取れたのです。とはいえ、何カ月も、無診断のまま待つわけにはいきませんから、別の病院を探して、前回と前々回行ってきました。そこも、大きな病院ですので、そのまま出産してもいいかなぁ、という気持ちになっていたのです。でも、なんだか釈然としないものがあって、やっぱり、Lちゃんを産んだほうの病院にも、行って話を聞いてみようと思いました。Lちゃんの病院は、なんといっても、家から頑張れば歩けるくらいの距離にありますし、NICUの設備も備えた大病院です。それに、看護婦さんがとても優しく、快適だったし、なんといっても、自然分娩を推奨しているのです。そう、双子は、早産のリスクも高く、お腹の中で両方が十分に大きくなれない可能性があるので、NICUの設備があるところでないと、産めないらしいのです。その点は、前回行った病院も、大病院なので、大丈夫なようでした。でも、私は、なんだか、不信感を持ってしまったんです。このあいだの健診のとき、二人の大きさがちょっと違うと言われてしまいました。私を担当したのは、若い女の先生だったのですが、超音波検査をしながら、双子だと気付いた後、何やらごそごそしたあと、偉い先生を読んできたようでした。そしていろいろ話しているのですが、カーテン一枚のしきりなので、もちろん全部聞こえます。若い先生は、片方が小さすぎるんじゃないか、ということを言っているようなのですが、ベテラン風の先生は、もう一回測りなおして、このぐらいなら、週数誤差の間に入るし、心拍もあるし、頭の形もきれいにできてるから大丈夫。みたいなことをおっしゃってました。そして、説明を受けたわけですが、担当の先生は、その話にはあまり触れず、羊水検査の紙を出してきて、延々と説明しだしたのです。羊水検査というのは、染色体異常を調べるための検査で、子宮の中に針を入れて、羊水を取り出し、胎児の細胞を培養して検査するというものです。胎児の性別や染色体異常の有無はわかりますが、これで見つけられない障がいも多いし、胎膜に針を刺すことで、流産や、感染症のリスクがあります。前の病院では、一応説明はありましたが、たいしてすすめられず、Lちゃんのときは受けなかったのですが、今回はなんだかずっと説明しているので、「これは全員に説明しているのですか? それとも、超音波検査の結果何か所見があったのですか?」と聞いたところ、「全員に説明してます。」とのことでした。でも、妊婦なら、不安になるじゃないですか。だから、「こちらの病院では、どのくらいの方が羊水検査を受けるのですか?」と聞いたところ、「5,60%かなぁ。」と。これには、私も、えっ、と驚いてしまいました。そんなに多くの人が受ける検査ではないと理解していたからです。そしたら、「ちょっと待ってね」、と言い出して、「年間に検査を受ける人の数は、○○人で、うちの出産症例数が年間○○件だから、あ、1割ですね!」・・・・って、全然違うやん!それでも、考えておきます、といって、その場は納めましたが、ちょっと気持ちが暗くなったのでした。そして、病院を変えたいと思った理由はもうひとつあるのですが、(というか、そっちのが決定的だったのですが)、長くなりそうなので、明日また書きます。それにしても、産婦人科医というのは、もう少し、妊婦さんの心情を理解することはできないものなのでしょうか。リスクの説明をすることはもちろん必要だと思いますが、言い方というものがあるんじゃないかと思います。妊婦が、人生や命にかかわるレベルで不安に思ってるということをせめて理解だけでもして欲しいな、と思います。でも、産婦人科医というのは、男性だったり、女性でも出産経験がなかったり、あっても、女医さんなわけでバリバリのキャリアウーマンだったりで、なかなか普通の妊婦の気持ちはわからないんじゃないかと思います。そういうのは、推し量れ、というだけでは無理だと思います。医師の研修の中で、患者心理みたいな項目ってあるのかなぁ、と思ってしまいました。それでも、私を診てくれた人は、そこまでひどいとは思いません。ちゃんと丁寧に診察して説明してくれたし、私が過敏になっただけかもしれません。でも、なかには結構ひどいお医者さんもいるようです。私も、この病院に行く際は、ちょっと遠いので、とりあえず近くのクリニックで診て貰おうかと思って、近所のママ友に評判を聞いてみました。そしたら、「あそこだけはやめたほうがいいよ。」ということでした。それによると、知り合いの知り合いのレベルの話らしいのですが、残念ながら流産してしまった方がいて、そうしたら、その医者が「婚前に男遊びしてたから流産なんかするんだ。」みたいなことを言ったというのです。これには、私も、開いた口がふさがりませんでした。子供を亡くすということが、母親である女性にとってどれ程の悲しみであるか想像できるでしょうか。その女性に向かって、軽口のつもりだかなんだか知りませんが、そんなことを言ったら、どれだけのショックを受けることでしょう。流産は、初期であれば、受精卵の異常のせいと言われていて、母体が無理したせいでもありませんし、まして、婚前のことなど何の関係もないはずです。女性に裏切られて傷ついた経験のある男性なのかもしれませんが、私にその話をしてくれた人は、「私は、二度と男性の産婦人科医のところには行かないわ。」と言っていました。これは極端な例にしても、お医者さんに心無いことを言われる例は、他にも聞いたことがあります。特に、産婦人科は、自分だけでなく、赤ちゃんという他人の生命の責任も負っているので、それだけ妊婦はセンシティブになりがちです。お医者さんには気をつけて欲しいな、と思うともに、私の双子ちゃんのためにも、いい病院がみつかるといいな、と思います。ちなみに、私は、羊水検査を受けるつもりは、いまのところありません。あれから、ネットでいろいろ調べてみたりして、不安にも思いましたが、いろいろ情報を一通り得て、なんだか心が落ち着いてきました。今朝、ふと、空を見上げたら、桜の木が大きく歩道にせり出していました。もちろん、茶色の枯れ木のように見えましたが、よく見ると、なんだか力をうんと蓄えたように節々が丸く膨らんでいるのです。こんなに寒いのに、芽吹く準備をしているんだ! と思いました。それが、まだ、おなかのふくらみは外から見えないけれど、一生懸命大きくなっている双子ちゃんに重なって見えて、じーんとしてしまいました。自然の生命力を目の前にして、私も、不安に思ってばかりいないで、私の体の中に育っている命を信じよう、という気持ちになったのでした。記事更新の励みになりますので、応援クリック、よろしくお願いします! バイリンガルのブログもたくさんありますよ!にほんブログ村
January 30, 2011
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双子を妊娠してから、ちょこちょこいろんなサイトを見ていて、双子の先輩ママさんのブログとかも読んでるのですが、いろいろ心構えが学べて勉強になります。まず、双子を妊娠すると必ず聞かれるのが、「不妊治療してた?」と「親戚にいる?」だそうです。私の場合は、上に長男がいるので、不妊治療・・? と聞かれることは少ないですが(それでも、半分くらいは言われるカナ?)、親戚にいるかどうかは、必ず聞かれます。でも、質問箱なんか読んでいると、本当に不妊治療の方は、不妊治療? と聞かれることにとても悩んでいらっしゃるようですね。ウソをつくのもいやだけれど、そうですと答えるのも嫌だと。それも、信号待ちしているだけで見ず知らずの人に聞かれたりもするそうです。無神経な人がいるもんですね、という感じで皆さんなぐさめていらっしゃいましたが・・・、実際、どうでしょうね。私の場合は、治療の結果ではないので、わかってあげることができないのかもしれませんが、公平に見て、聞いてる人も、不妊治療だから、なにかマイナスな感情があるわけではなくて、単に、本当に、どうして双子が生まれるのか、興味があるだけではないかな、と思います。「興味本位の人」といえば、そのとおりかもしれませんが・・・。やっぱり、なんで双子ができるかは、皆さん不思議なんでしょうね。そして、なぜ、双子ができるの? という問いに対しては、治療の結果、というのが、一番納得できる原因なのだと思います。女系で遺伝の影響はあると言われているので、親戚にいる、というのも、納得できる答えなのだと思います。逆に、私みたいに、治療ではなく、親戚にもいない場合は、???が自分でも飛ぶばかりで、もしやもしや、11月に、そろそろ妊娠したいと思っていたので、一気に体のいろんなところを直しておこうと思って、歯医者に行って虫歯を直したり(レントゲンも撮った。)、お恥ずかしい話ですが、ビキニラインのお手入れを、と思い、脱毛したり(!)したので、もしかして、それか~? とかって、ぐるぐる考えてしまいます。11月というのは、受精前なので、もちろん妊娠前ですが(生々しくてスミマセン)、最後の生理の後なので、この期間に起きた何かが原因なのか・・?? とかって、思い巡らせてしまいます。でも、歯医者のレントゲンは、子宮に影響を与えるような量じゃないというし、脱毛もそんな影響が出るという話は、聞いたことがありません。いや、だって、子供作ろうと思ってから、何ヶ月かしてようやくできるのかと思っていたので、ゆっくり準備して、って感じだったのに、こんな速攻で、しかも、双子とは・・・、夢にも思っていなかったのでした。先輩ママのブログで一番笑ったのは、「一番言って欲しくないこと」というタイトルで、「あら~、双子なの~。でも、私は、年子だったんだけどね、年子のが大変なのよ~。」と言われること、という記事でした。「いや、年子も大変なのはわかりますけどね、双子産んだことあるのかよ怒(-"-)怒」みたいのが面白くて、笑っちゃいました。でも、これも早速、私も言われました~! 「年子のが大変よ。」って言われた時は、キタ━━━━ヽ('∀`)ノ━━━━!!!!って、思っちゃいました。私がにこにこしてたんで、「双子も大変だと思うけど。」と付け加えてくれましたが。だけど、今は、まだ、外見からはわからないので、知り合いにしか双子のことを話していませんが、これから5カ月6カ月になってくると、臨月と間違わんばかりにお腹が大きくなってくるみたいだし、そしたら、予定日を言っても信じてもらえず、双子だってことを言わなければならなくなってくるらしいし、生まれた後、Lちゃんがいないときに、双子を連れていて、見ず知らずの人に上記のようなことを言われたら、確かに、(-゛-メ) と思うのかなぁ。まぁ、私は、あんまり気にしない性格だとは思うのですが、好奇の目にさらされることは、ある程度覚悟したほうがいいんでしょうね。記事更新の励みになりますので、応援クリック、よろしくお願いします! バイリンガルのブログもたくさんありますよ!にほんブログ村
January 29, 2011
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英語の必要性をいろいろ書いたので、なんとなく伝わったかな、と思うのですが、もしかして、エルマ♪さんは、英語フェチ? って思われているかもしれませんね。確かに私は、子供をバイリンガルにしようと妊娠3カ月から一生懸命英語で話しかけて、バリバリ英語育児をやってきました。でも、私は、英語を第一言語にして、日本語は第二言語でいいと思ったことは、一度もありません。両方とも、第一言語になったらいいな、とは思いましたが、日本語を犠牲にするつもりはありませんでした。普通に、日本人の両親で、日本で生まれた子供であれば、普通の家庭では、「この子は将来、日本語ができるようになるだろうか・・。」とは、心配しないと思いますが、私の中では、英語に割く時間が大きかっただけに、日本語もちゃんと育てていくということは、常に意識していました。だから、日本語の話しかけもたくさんしました。でも、Lちゃんが最初に話しだしたのは、英語でした。そして、常に、英語が先行してきたのです。これはどうしてかはわかりません。私も普通に日本人ですから、日本語の話しかけのほうが多かったと思います。でも、単語の量も、文の複雑さも、英語のほうが先に進んでいったのです。これは、もしかしたら、英語のほうが易しいのかしら? と感じました。日本語のように全部に母音を入れるよりも、楽に発音できるようだったし、I can do it. みたいに、しっかりした文構造が英語ではすぐに話せるようになりますが、日本語は、カタコトが発達していく感じで、完全な文章にはなかなかならない気がしました。まぁ、大人も主語目的語述語をちゃんと入れて話したりしないですものね。でも、幼児英語に反対する人々の一番の主張は、幼児から英語をやらせると日本語ができなくなる、というものでしょう。これがもし本当だとしたら、えらいことだと思いましたので、前にも書いたと思いますが、やる前に、それこそ必死で調べました。そんなことはない、と信じて始めた後も、日本語が大丈夫か、というのは、ずっとハラハラしながら育てました。3歳過ぎて、ぐっと日本語力が上がってきたときには、本当にほっとしました。前回の記事で、外資系企業でも本当に英語のうまい人は帰国子女だと書きましたが、帰国子女だったら偉くなれるというわけではありません。偉くなってるのは、帰国子女かつ、高校より前に日本に戻っていて、東大や慶応を出たようなタイプの人です。外資もアホじゃないので、英語がペラペラなだけでは評価されません。むしろ、ペラペラだと、ダイレクトに頭の良し悪しがばれてしまうのです。それよりは、日本で一流大学を出て、海外留学も果たしている人のほうが、たとえ英語がつたなくてもずっと重用されます。外資が日本人を雇う理由は、一つしかありません。日本とビジネスがしたいからです。それは、ニューヨークで雇われても、東京で雇われても同じです。日本とのパイプがなければ、英語だけ話せても意味がないのです。日本人の両親の元に生まれ、日本国籍で、日本で生まれ育った和製バイリンガルが、英語ネイティブとまったく遜色ない英語を身につけ、アイビーリーグを出て、外国人として入社しながらアメリカの会社で大出世する、みたいな図は、ちょっと想像できません。名門大学を出ることはできると思いますが、外資系の日本支社長になるか、日本企業のグローバル進出に携わるか、どちらにせよ、日本人としての能力がなければ、英語だけできても役に立たないのです。アメリカには、英語を話すアジア人の顔をした人はたくさんいます。日系人だって、アメリカで生まれ育てば、もちろんネイティブです。だからといって誰もが社会で活躍できるわけではないことは明らかです。まして、日本人で、英語ができる、というだけでは、どうにもなりません。日本語ができて、さらに言えば、日本社会が理解できて始めて、役に立つものだと思うのです。だから、私は、家でも英語オンリー、みたなやり方には、賛成していません。私は、日本語ネイティブなわけだし、子供とは日本語で会話したい。日本語で、日本人の心の動きを教えてあげたいと思うのです。そして、英語をいくらやらせたとしても、子供が賢くなるわけではない、ということも自覚しています。もちろん、バイリンガルに育てることで、脳の発達的には、モノリンガルと違う働きがあり、メリットとデメリットがあるのですが(詳しくは今度書きます)、総合的にはメリットのほうが優っていると思います。でも、やっぱり、日本語がしゃべれるようになるだけで頭がよくはならないのと同じように、日本語と英語がしゃべれたとしても、賢くなるわけではないんです。日本語でも、英語でもいいのですが、言語を使って、より深く知性を磨いていく必要が出てきます。だから、子供の将来を考えた時、小学校をどうするのか、というのが、エルマ♪の目下の最大の悩みです。幼稚園はこのままインターに行かせるつもりですが、小学校もインターに入れるのか、公立でいいのか、私立に入れるのか、どれも一長一短あって、とても決められません。日本人の日本語だって、日常会話だけで培ったものではありません。どの程度勉強したご記憶があるかは人によってまちまちでしょうが、小学校、中学校、高校で日本語で勉強してきたからこそ、高度な日本語力を身につけることができるのです。インターに行ってしまったら、学業を英語でするわけですから、モノリンガルに対抗できる日本語力を身につけられるか、というのは、私も今、日々考えている問題です。やっぱり、インターに入れたら、学業の基本は英語になるので、大学は海外に行かせるか、日本の大学に帰国子女枠で入るということに普通はなるようです。去年は、3月に東大に受かって、9月にはハーバードにダブル合格した、みたいなスーパーな人が少し話題になりましたので、これからはそういう人も出てくるのかもしれませんが、それはなかなか大変なことでしょう。そもそも、幼稚園だって、インターに入れてしまったら、小学校受験には相当不利だと言われています。小学校受験って、字を使わないだけに、リスニングとスピーキングがかなり難しいんです。かなりの日本語力が要求されます。中学受験になると、難関校の難易度は半端ありません。ほとんどの大人は、解けないこと、請け合いです。それをインターの小学校に行きながら、そんな試験に日本語で挑むだけの日本語力を付けることができるのだろうか・・・。海外にいながらバイリンガル育児されてる方にとっては、さらに切実な問題だろうと思いますが、和製バイリンガルであっても、いかに日本語と英語を両方伸ばしていくか、ということは、本当に大きな問題だと思います。記事更新の励みになりますので、応援クリック、よろしくお願いします! バイリンガルのブログもたくさんありますよ!にほんブログ村
January 28, 2011
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前回の記事でも紹介したように、日本人が英語ができないのは、3つの理由があります。1つ目は、日本語が英語とあまりにも遠いということ。2つ目は、日本はモノリンガル環境が強すぎて、英語に触れる機会が極端に限られていること。3つ目は、感受性期を過ぎた中学生から英語を学び始めること、です。1つ目は、いかんともしがたいですが、2と3は、お子さんがまだ小さいなら、親の努力で変えられますね。英語の環境を増やし、小さいうちから始めればいいんです! そして、幼児であれば、日本語を元に英語を習うのではなく、日本語と英語の根っこを別々に育てていくことができるので、言語間の遠さは関係なくなります。逆に大人ですと、3ももう変えられないですよね。なんとかできるのは、2だけ、ということになります。でも、かなり濃厚な英語環境を手に入れられれば、私の感覚では、留学なら2年、仕事での駐在なら5年以上海外にいた方は、かなり高度なコミュニケーション能力を手に入れられる気がします。日本にいてそれを達成できるとすれば、よほどの精神力を持って、細切れ時間を全部英語に費やすなどすることが必要でしょう。はっきり言って、そんなに多くはありませんが、それでできるようになる人は、現実にいらっしゃいます。でも、ネイティブみたいにペラペラになれる、みたいな幻想は捨てましょう。仕事などで必要とされるレベルを超えればよしと考えるのが、現実的な目標です。でも、大人になってから英語をやることは、本当に大変なことです。先日、近所にアメリカ人の妊婦さんがいたので、少し、お話ししました。聞くと、都内でも有名な病院に通ってるとのことだったので、「あそこなら、英語が通じるから安心でしょう?」と言ったら、静かに首を振っていました。○○病院といえば、誰でも知ってる都内有数の大病院です。そこで働く医師は、エリート医師でしょう。でも、英語の通じる医師は、ほとんどいないというのです。日本では、中学で3年間、高校で3年間、大学で2年程度、多くの人が英語を学びます。でも、全然聞けない、しゃべれないのが普通です。これは、一流大学卒でも一緒です。先日ご紹介した言語脳科学者の酒井邦嘉先生も、講演の中で、英語ができないということを大変嘆いておいででした。先生は、東大卒で、ハーバードやMITでも学ばれ、もちろん、相当な英語力をお持ちのはずです。それでも、ご自身では、ネイティブには遠く及ばないことを歯がゆく感じておられるのでしょう。そして、脳の研究をすればするほど、大人になってから英語を学ぶことの難しさがよくわかる、できることなら、自分ももう一度子供に戻りたい、と話していらっしゃいました。『非常識な成功法則』で有名になった神田昌典さんは、上智大学の英文科を出て、外交官になり大統領の通訳まで務め、ペンシルバニア大学ウォートンスクールのMBAを取得し、外資系の日本支社長を経験するなど、英語界のスーパーヒーローです。その方が、こんな本を出していらっしゃいます。お金と英語の非常識な関係(上)著者:神田昌典楽天ブックスで詳細を見る【Amazon】お金と英語の非常識な関係(上)この本は、1ページ目を丸ごと使って、「私は英語ができない。」とだけ書いてある告白から始ります。「(私の経歴からすればそんなはずはないと思うだろう。言っておくが、英語が嫌いなわけではない。その逆だ。)英語をマスターしたいという観点から大学を選び、仕事を選んだ。社会人になってからは、やつれるほど英語を勉強した。リング式の単語カードが、50リットルのゴミ袋に三袋分にもなったほどだ。英語には長年、苦労させられた。その結果、わかったことは何か? どんなに勉強しても、英語はできるようにならないということだ。」どうですか? 衝撃的な告白ではありませんか?そして、こう続いていきます。「あなたは、一生懸命、英語を勉強すれば、自然と口に言葉が出てくるようになり、外国人の友達が増え、そして海外関連の仕事もできるようになると思っているかも知れない。それは、幻想である。」先日のブログで、「幼児に英語をやらせるなんてかわいそう。必要なら大人になってから自分で努力すればいい。」という発言に、なにを根拠に言ってるんだと言いましたが、私は、こういう現実を見聞きしているので、そういう発言はかえって無責任に聞こえるのです。私は、外資系企業に勤めていましたので、日本人の英語の達人もたくさん知っています。そのほとんどは、海外経験のある方たちです。私も留学経験が2年ありますので、かろうじてそこに入り込んだわけですが、本当にうまい人たちは、やはり帰国子女が多く、その次のレベルだけど仕事に支障のない人たちは、仕事で英語を使っている経験が長く、そして、日々、英字新聞を読むなど、影で大変な努力をしていることを知っています。あるとき、私のアメリカ人の上司が言いました。「○○さん(部長)の英語は、なぜだかわからないが、聞きやすいんだよね。」私は思わず、"I know why!" と叫びそうになりました。○○さんは、いわゆる帰国子女なのです。そこに大きな越えられない壁があるのを感じました。それでも、私のポストですら、英語が理由でなかなか人が決まらず、2年ぐらいブランクがあって、やっと決まった男性は、3カ月勤めて、「英語についていけない・・・。」と言い残して、辞めていったそうです。「君は、大丈夫?」と聞かれて、「まぁ、(^-^;) なんとか頑張ります。」といってついていったわけですが、なかなかハードな経験でした。それでも、外資では、マネージャー以上はたいてい英語ができます。できなければ、いくら活躍しても、会議に出て、本社の上司に説明することができないからです。英語のできる人、できない人で、ガラスの壁が存在するわけです。それじゃ、と言って、一念発起勉強して、英語ができるようになった人は、私の知る限り、一人もいませんでした。外資に買収された会社だったので、元々の日本の社員がたくさんいましたが、よほどの功績のある人は高い地位にとどまっていましたが、ほとんどのマネージャーは、後から入った英語のできる人だったと思います。そして、優秀な人ももちろんいましたが、英語ができなければ、公式な会議には参加できないし、参加してももちろん発言できません。それだけの必要性があっても、できるようにならないのですから、大人が英語をできるようにすることがどれだけ大変なのかわかります。そういった経験がないと、英語の必要性、といってもピンとこないかもしれませんが、目の前の我が子ちゃんを見ながら、その子の未来をちょっと切実に考えてあげてみてください。会議場の中にいるか、外にいるかの違いです。そして、今なら間に合う、と心から信じてみてください。そうしたら、きっと道が開けてくることでしょう。記事更新の励みになりますので、応援ポチッ、お願いします! バイリンガルの他のブログもたくさんあります。下記のバナーをクリックしてください。にほんブログ村
January 27, 2011
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こういうことを言うと怒りだす人が出てくるので、あまり大きな声では言えませんが、これは本当です。TOEICのデータがよく引き合いに出されますが、日本の点数が低いのは、日本人がお金持ちで、裾野の広い人々が気軽な気持ちで受けるからだ、などと反論する方がいらっしゃいますが、先進国の中でも目立って低いですし、だからよし、という状況ではないのです。日本と英語ができない組として肩を並べていたお隣の韓国では、状況は一変しています。一流企業に入るには、TOEICは950点以上ないといけないとも言われ、皆、必死に勉強しているのです。それと同時に、幼児期からの英語教育も非常に盛んで、我先にと多くの人が取り組んでいると聞きます。ディズニーランドならぬ、英語のテーマパークがあるという話も聞いたことがありますし、英語イマージョン教育によるエリート養成学校も存在しています。それに比べると、日本はのんびりしたものです。そこまで真剣に英語教育の必要性を感じている方は、そんなに多くないのではないでしょうか。小学校からの英語導入ですら、いまだに反対者も多く、それも軽く触れる程度にしか導入されない見込みです。英語ができなくても、私はなんにも困ってないし~、みたいなコメントもネットではよくみかけます。そう、日本では、今でも、英語はたいして必要ないんです。人口も多く、経済規模もそれなりに大きいので、ガラパゴスと開き直ってもやってけちゃったりして。だから、そこまでの危機感は、多くの人は感じていないというのが実情ではないでしょうか。でも、英語が必要ないわけではありません。英語が必要とされる世界も存在するわけです。トップアスリートや芸術家を目指すなら、世界にどんどん出ていく時代ですから、やはり、英語が必要でしょうけど、それだけではありません。大学を出て、普通にサラリーマンになるとしても、英語がキーとなることはこれからはもっと増えていくでしょう。昨年は、楽天の英語公用化が話題になりました。(東洋経済の三木谷社長のインタビュー)日本の会社なのに、出席者が日本人だけの会議でも英語を使い、それについてこれない執行役員は2年以内にクビ、と宣言したのです。そんなアホな、とネット上でも議論が沸騰しましたが、人の会社のことなので、皆さん様子見、となったわけですが、楽天だけじゃなくて、ユニクロのファーストリテーリングも同様な方針を打ち出していますね。それだけでなく、自分の会社がいつ外資に買収されるかもわかりません。そうしたら、自分で動かなくても、英語公用語の現実につきあたりますし、外資系は優秀な社員にどんどん給料を出しますので、そういうチャンスをもしねらっていきたいと思うならば、英語の壁を乗り越える必要があります。ところが、この壁を乗り越えるのは、容易ではないのです。ひとつには、日本語と英語が、言語的に離れ過ぎているからだ、という説があります。外国語といっても、一様ではなく、言語によって、近い、遠いがあるのです。その中で、日本語と英語は、かなり離れた位置にあるのです。それに対して、フランス語と英語は、より近い位置にあります。中国語は、語順がSVOなので、英語と同じだ、などという人がいますが、中国語の語順は、英語とは全然違います。英語と日本語が1離れているとすると、中国語は、その間の日本語から見て1/3ぐらいの位置じゃないかな、と思っています。この言語の距離の遠さは、その習得の難易度に直接かかわってきます。私は、西洋人も中国人もたくさん話したことがありますが、中国人の日本語のうまさにはかなり驚きます。私が会った、日本で暮らしているような方の中では、日本語ができない方のほうが少ないぐらいです。でも、西洋言語を話す人で、それほど日本語のうまい人には、ほとんど会ったことがありません。これは逆もしかりで、日本人が中国語を学ぶのは、英語を学ぶほど大変ではありません。中国に留学した日本人は、結構生き生きしています。1年で結構話せるようになった、という人もいますし、英語を学ぶ3分の1ぐらいの努力でマスターできると言われているのです。日本語に語順も最も近いと言われているのは韓国語で、これまたやはり英語で苦労しているのも同じです。でも、私も留学している際に思ったのですが、韓国の方とは、お互いたいしてうまくない英語で話していても、言いたいことがすぐにわかってしまうのです。これが、文化や言語の近さかな、と思います。だから、仕方ないんだ、と開き直るのも手ですが、そうもいきません。先程指摘したようにお隣の韓国では、すごい勢いで英語に取り組んでいます。韓国だけではありません。中国は、アメリカのアジア人留学生の大半を占めるというほど、優秀な人材をどんどん海外に送りこんでいますし、インドは元々イギリスの植民地だったので、英語教育が盛んです。企業の英語公用語化が進んでいけば、日本の会社ですら、マネージメントが日本人である必要がなくなってきます。優秀な人材が海外、しかも、アジアからどんどん日本にきて、日本人はその下働き、という状況になる可能性が、現実味を帯びて迫ってきているのです。だったら、うちの会社は外国人なんか入れないぞ! と鎖国化してみたところで、業績が悪くなって外資に買収されたら、いっぺんで開国です。そういう時代にあって、英語がなぜ必要なのか、ということをもう一度よく考えてみる必要があると思います。そして、ほっといたら、日本人は英語ができるようにはならないのだ、という現実も、噛み締める必要があります。
January 26, 2011
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早期教育について議論し始めると、感情的になってしまう方がいらっしゃるようで、どちらかというとタブー的な存在のような気がします。でも、前にも言いましたけど、早期教育というのはなにも定義されていませんので、議論する際に一人一人が思い浮かべる早期教育の内容が違いますから、あまり意味のある議論にはなりません。反対派の人が思い浮かべる早期教育は、年端のいかぬ子供を机と椅子に縛りつけて、文字や算数を無理やり教える、みたいな場面で、まるで虐待かのように非難する人もいらっしゃいます。でも、そんなのがいいと思う人は誰もいないと思うし、実際にやってらっしゃる方は、もっと親子の愛情や絆を強調したり、子供がいかに学ぶことが好きかということや、子供が大人が想像する以上の能力を持っていることを指摘して、子供の成長の芽を伸ばしているのだ、と考えます。そして、逆に、伸びる芽が全部枯れかかってから学校教育に突然放り込まれる子供たちを不憫に思ったりするのです。私も、この議論には辟易しているので、正直関わりたくありません。やりたくない人を説得するメリットは、私には何もないので、やりたくない人は自分の子供にやらせなきゃいいじゃん、と思いますし、私はもちろん賛成派ですので、やりたい人同士で情報交換とかできたらいいな、と思います。ただ、厄介なのは、反対派の一部の人は、学者だったり、メディアの露出の多い人だったり、それなりの影響力があったりするので、変な論調を勝手に作り上げてもらっては困るな、と思うのです。Lちゃんの育児を始めた頃は、ジャガー夫妻にお子さんが生まれて、よくテレビに出ていました。旦那様のほうはお医者さんだそうですが、見た目インテリオタクっぽい感じで(失敬!)、早期教育の重要性を熱心に語っていらっしゃいました。でも、そうすると、会場がシーーンとなるんですよね。そうすると横からジャガーさんが、「がたがた言ってんじゃない! 子供はのびのび育てるのがいいんだ!」って言うと、わーっと拍手が巻き起こる、みたいな光景を何度か見ました。そっか・・・、そんなに賛同を得られないんだ、というのは、私にとっては結構ショックでした。それ以来、リアルではめったに人に話したことはありません。でもね、私、思うんですけど、とか何とか言って、ジャガーさんちの様子、というのをテレビで見ると、教材がたくさん置いてあるし、バリバリやってるんですよね? どっから見てもジャガーさんのが力関係強そうだし、心から嫌だと思いながらやらせてるんじゃなくて、本当はいいと思ってるからやらせてるんでしょう? だったら、人気取りのためにそんな発言するのやめてもらえませんか・・・、って思ったものでした。子供をのびのび育てる、と聞いて、それはよくない、と答える人はほとんどいないと思うんですが、のびのび育てる、ってどういうことなのでしょう。ほったらかし、ということでしょうか。それとも、そうではないんでしょうか。学者さんでも、早期教育に反対している方は何人かいらっしゃいますし、そういう方の本も何冊か読んでいますが、そういう方々が決まっていうのは、「普通の育児が一番だ。」ということです。でも! 赤ちゃんを目の前にした母親である私たちにとって、「普通の育児」なんてものは存在しません。すべてが初めてのことですし、他人の家が育児を公開しているわけじゃありません。自分の親に聞くのが一番参考になりますが、たいていの場合、親の頭の中にあるのは、2,30年前の育児です。多くのことは参考になるとしても、それが現代の「普通」なのかどうかはわかりません。赤ちゃんの動作に合わせて、ひとつひとつのことを自分の頭で考えて判断して実行するしかないのです。先日、お話ししましたように、生まれたばかりの赤ちゃんを椅子の脚にしばりつけて、運動もさせず、声もかけずに育てたら、どんな悲惨なことになるかということは、わかっています。椅子の脚にしばりつけるのは普通ではないかもしれませんが、ベビーサークルに入れっぱなしにしておくのはどうなのでしょう。テレビの前にずっと座らせておくのはどうなんでしょう。私の目的は、「早期教育をする」ことではありません。子供の可能性を最大限に伸ばしてあげることです。そのために必要なのが「普通の育児」だというのであれば、具体的に何をすることがよいのかもう少し論理的に説明して欲しいと思います。そういうわけで、私は、「早期教育」という言葉が批判を受けるのであれば、そんな言葉を使う必要はないと思っています。ただ、何をしてあげることが子供にとって一番いいのか、ただそれが知りたくて、ずっと研究を続けているのです。蛇足ですが、昨日は、卓球の石川佳純選手(17)が女子シングルスのチャンピオンになったことで、たくさんテレビに出てましたね。つわりでソファに寝てばかりいるので、必然的に、普段見ないワイドショーなども目に入ってきます。それによれば、両親卓球の選手で、家の中に練習場があり、お母さんがつきっきりのコーチ。6歳から始めたとありますが、それは正式に始めた年であって、おそらくその前も試合を見たり、ラケットを遊びで握ったことはあるのでしょう。こういう例を見ながらも、早期教育に反対する人って、どう頭の中で処理してるんでしょう? よく幼児英語に反対する人のコメントを読んでいると、「英語が必要だったら、大人になってから努力して自分でやればいいと思います。」とかって書いてあるんですけど、それは、何を根拠に言ってるんでしょう・・? 努力で解決するのかや、大人になってからやるコストパフォーマンスとか、検証したうえで言ってるんでしょうかね・・・。冒頭に、感情論になりがち、と書いたのは、何も検証せず、何も論理的に考えず、嫌悪感だけが先に走る人がいらっしゃる分野、という感じがするのです。それは何故なのでしょう・・・? それについても、私なりの答えを持っています。これから、それについても書いていきたいと思います。応援クリックお願いします!にほんブログ村
January 25, 2011
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軽い話ついでに、今日は、映画の話を。うちはJ:COMに入ってるので、ビデオオンデマンドが見られるのですが、ほとんど活用していませんでも、最近つわりで寝てばかりだし、なんか気晴らししようと、メニュー見てたら、『ベスト・キッド』が人気No.1だったので、見てみました。ベスト・キッド コレクターズ・エディションジェイデン・スミス(Jaden Smith)楽天ブックスで詳細を見る【Amazon】ベスト・キッド [DVD]公式サイトはこちらアメリカから中国(北京)にやってきた黒人の子供が、最初いじめにあうのですが、そのいじめっ子たちがカンフーを習っていることを知り、カンフー大会に出場して決着をつけようということになり、猛特訓に励む・・・、というお話です。黒人の子役が、ウィル・スミスの実の息子で、私は、ウィル・スミスと父子共演した『幸せのちから』も見ましたが、結構、いい味を出してます。で、その子供を指導するのが、ジャッキー・チェンというわけですね。原題は『The Karate kid』なんですね。。リメイクなんで昔の映画と同じタイトルをつけたのかもしれませんが、映画のセリフの中にも、「これは、空手じゃなくて、カンフーだよ。」というものがあるとおり、舞台も中国ですので、カンフーです。それを邦題では、『ベスト・キッド』とするその心はなんなのでしょうね。すごい子供、ってことなのでしょうか。子供が主人公なので、育児真っ最中のエルマ♪にとっては、面白かったです。一番、おっ、と思ったのは、ジャッキーにカンフーを習い始めた当初、上着を捨てて、拾って、着て、脱いで、掛けて、を毎日毎日繰り返させられる、という場面があって、(あ、ごめんなさい。もしかして、ちょっとだけネタバレかも。白字で書いておくから、見たい人だけ反転させてください。)、実は、それは、カンフーの動きの基礎だった、ということなのですが、「日常のすべての動きの中に、カンフーがある。」というジャッキーの言葉に感動しました。私は前に、1万時間の法則を紹介しましたが、1万時間を達成するのは並大抵ではありませんが、四六時中やっていると、例えば寝る・食う以外のすべての時間を打ち込むと1日14時間ぐらいとることが可能で、そうすると、なんと1年強でそれに近づけてしまうんです。英語も、週1回のレッスンでは話になりませんが、日常のすべてを英語にしてみる、という練習をしてみると、かなりの時間を稼げますし、結構楽しいですよ。---と、映画を観ながらも、バリバリ英語育児のことを考えてしまうエルマ♪なのでした。って、ここでやめればいいのに、ついつい長く書いてしまうのも、また、エルマ♪であります。書くの好きなんですよね~前にもお話しした通り、エルマ♪は、私自身もマルチリンガル生活を送っています。毎日、日本語と英語と中国語とフランス語に触れる暮らしをしています。その話はまた書きますけど、『ベストキッド』は中国が舞台なので、中国語が結構出てきて、ところどころ、分かる!、みたいのがとても嬉しかったです。英語もかなりわかりやすく、子供同士や母親との会話が多いので、参考になります。それにしても、映画で見る英語の会話って、日本の教科書で習ってきたものとずいぶん違いますよね~。日本の英語教材は、ウソ英語だよな~、っていつも思ってしまいます。もちろん、文法的には正しいのですが、そんな風にはしゃべってないのです。その点、Lちゃんは、英語教材みたいなものは1歳から2歳くらいで見るのやめちゃって(DWEもここ1年ぐらいほとんど見てませんTT)、You TubeやケーブルTVのCartoon Networkを駆使して、英語圏の生の番組を見てます。それも本人の意思なので、最近思うのですが、私はバイリンガルの道筋はつけてあげましたが、本人がそれこそ四六時中英語に没頭して、1万時間を達成してるんだな、と思います。あと、もうひとつ言わせてください~。『ベストキッド』のヒロインの女の子。アメリカ人の目には、美人に見えてるんだろうな、、、。いや、初々しくて、愛嬌もあってかわいいとは思いますが、アメリカ人の考えるアジア人の美人の基準と、日本人の考える美人の基準は違うんだろうな~、とつくづく思いました。白人の美人の基準も、ちょっと違いますよね。日本人は、目がくりくりしていてお人形さんみたいなかわいい~顔が好きですけど、西洋基準の美人はもっときつ~い感じのような気もします。アジア人では、目が細くてつり上がっていて、頬骨がでっぱっていて、鼻が上向き、みたいな顔が好まれるような。やっぱり、マルチリンガルに暮らしていると、いろんな価値観が頭の中に入ってきて、面白いです。
January 24, 2011
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前回お話したのが、私のバイリンガル育児理論の真髄なので、どうやってあの結論にたどりついたかと、あの理論を基にどう実践すればよいか、という話しか残ってないのですが、それも少しずつお話していけば1年分ぐらいのネタはありそうですし、英語だけに限定せず、もう少し、マルチリンガルの話や、さらに言語習得以外の知能についても、お話していこうかと思っています。特にコメントもないし、どなたか読んでくださってるのか、私が独り言を言ってるだけなのかわからないのですが・・・、そのうちコメントも来るだろうと思いつつ、たんたんと書いております。相談とかも今なら無料です(笑)ところで、たまには、やわらかいネタを、と思って、Lちゃんの話でも書こうかと思います。いつも、小難しい話の長文が多いもので・・Lちゃんは5月生まれなので、今年の4月から3年保育の幼稚園が始まる年です。でも、5月生まれだと、なんだか幼稚園始まるまで1年待たなきゃいけないような感覚で・・・、体力も知力もありあまっているようなので、はやく幼稚園行っておくれ~、という感じでした。どこの幼稚園に入れるかは、結構迷ったのですが、名門幼稚園にお受験して入りたいという気持ちはあまりなく、近くの公立か、インターかで悩みました。近くの公立というのは、本当に近く、マンションの下に降りていけばそこが門、みたいな場所なので、それは便利だろうな、と思ったし、1時くらいで終わっちゃうみたいなので、皆さん、幼稚園後にお稽古にいろいろ通って、幼稚園生活を充実されているようでした。それはそれでいいな、と思ったのですが、やっぱり、ここまでやった英語のレベルを保つには、インターのほうがいいのかな、という気がやはり強くありました。Lちゃんも最近、家や特にじぃじばぁばのうちでは日本語を話すことが増えてきて、このまま英語のレベルをおうちの取り組みだけで伸ばしていくのは大変かなー、それよりも、学校が英語で、家が日本語のほうが、やっぱり楽だよね、と思いまして、4月を待たず、今年からインターに入れてしまいました。インターといってもいろいろあるので、いくつか見学したのですが、英語で遊ぶ~、という感じよりは、どんどん英語力を高めて欲しかったので、わりとお勉強系のインターを選びました。それでも、今Lちゃんが入っているクラスは、2,3歳児用のクラスなので、もう普通に話せてしまうLちゃんにとっては、やってることが簡単すぎて飽きちゃうかな、という気はしたのですが、そこはなんとかちゃんとクラスには参加しているようですし、上のクラスの子達は、結構話せる子もいそうなので、馴染んでいってくれればいいな、と思っています。学校の帰りに、"What did you do at school today?" と聞いたら、"I played Blue's clues." と答えるので(Blue's cluesというのは、アメリカの子供向け知育番組です。青い犬と飼い主のSteve(初代)またはJoe(二代目)と、clue(手がかり)をさがかしながら謎解きするような内容です。You Tubeで検索すればたくさん出てきますよ。Lちゃんも以前よく見てました。)、"Really?" と言ったら、"I was steve." というので、"And, who was Blue?" と聞いたら、"Nobody is Blue!" と答えていました。それじゃどうやって遊ぶんだ? と思いつつ、これ以上の表現力はまだないかな、と思うので、そこで会話をやめてしまいました。でも、Nobody is ~. という言い方は、教えた記憶がないので、学校で覚えたのかな~、と思いました。今日の会話は、小麦粘土で遊んでいて、恐竜の型に入れて恐竜を作りながら、L: I'm making a dinosaur.私: Wow, that's nice. Let me do it.L: Oh, no. First, me, next, you can do it.やらして~、と言ってみましたが、やらせてくれません。でも、やり方がちょっと、それじゃうまくできないだろうな~、と思ったので、少し手伝おうとしたら、L: No. Don't help me. I want to do it all by myself. ... See? I did it. It's a dinosaur! And, ... it turns into an egg. (壊して丸めてしまいました。)Now, it's your turn!二人で遊んでると、こんな感じです。よくしゃべるでしょう? 一人でずっとしゃべってる感じの人です。しかも、文法も細かいところまでかなり合ってるところが(手前味噌ですが)すごいな~、と思ってしまいます。インターの話も、またおいおい書いていこうと思っていますが、結論からいうと、急にしっかりしてきたし、英語以外の知能も伸びてる感じがするし、英語も伸びてるかどうかはまだわかりませんが、少なくとも維持はしているし、私が教えるのとはまた違った表現も覚えているようなので、やっぱりよかったかな、と思っています。
January 23, 2011
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最近、臨界期や感受性期について少し書いてきましたが、これはすなわち、幼児には、言語を習得するうえで特別な能力があるらしい、という議論なわけですが、それでは、その能力とはなんなのか、については、いろんな本に断片的に書かれてはいますが、正面から取り扱って結論を出しているものに出会ったことがありません。これは、知の最先端ですし、相当難しい話を含むので、簡単には書きにくいのですが、誤解を恐れず簡略化すると、私は、次の二つが重要な特徴ではないかと思っています。1つめは、幼児は、大量のセンテンスを音韻も含めてそのまま記憶できる、ということです。大人は、記憶する際に、脳が勝手に分析を加えてしまい。余計なものははずしたり、論理的に並べ替えたりしながら頭に入れていきます。それが大人の発達した脳というわけですが、言語習得に関しては、実は重要な要素も勝手に省かれてしまうのです。これに対して、幼児の記憶力は、小さいお子さんを持ったことのある方でしたら、舌を巻くほどだということをご存じだと思います。短い本だったら、1冊丸暗記してしまうことなど、訳ありません。昔、アメリカで、有名な大統領の演説を全部暗記している少女の話が話題になったことがありますが、演説は録音も聞けますし、すごいとは思いますが、あり得ない話ではないと思います。私たちには、日本語の例文をたくさん暗記している、という認識はないかもしれませんが、実際には、「ケーキを食べる」はOK、「ケーキが食べる」はNG、でも、「ケーキが食べたい」はOK、ということは日本人であれば、頭の中で言ってみればわかります。でも、これを文法的に説明できる人はそんなにいないでしょうし、文法事項がわかるから答えがわかるわけではないと思います。その様子は、あたかも頭の中の検索機にかけているようです。頭の中に入っている正しい例文に一致または近似していれば、それは正しいと判断する、そんな感じではないでしょうか?私は、この大量例文が幼児期に脳の中に蓄えられるのではないか、という仮説を持っています。2つ目は、幼児のみが文法生成能力を持っている、ということです。大人が外国語を学習する際は、たいてい文法から入りますが、子供には文法は教えません。それでも、完璧な文法を身につけてしまうのは、文法が生まれたときから人間の頭には備わっているからだ、という考え方があります。チョムスキーの生成文法理論です。その言語獲得装置の持つ規則を普遍文法と呼びます。世界にはたくさんの言語がありますが、およそヒトの言語であれば、この普遍文法にのっとった文法構造を持っているというのです。ここは、一大論争があるところなので、詳しくは触れませんが、前回ご紹介した酒井邦嘉先生は、脳科学の観点から、チョムスキーの説の正当性を裏付けようとしています。生まれつき文法が備わっているといっても、一切の言語に触れなければ言語能力が育たないことは、臨界期のところで紹介したとおりです。でも、子供は、それほど完全な用例に触れなくても、自分から類推していって、その言語の完全な文法を身につけてしまう力があるのです。それは、おそらく、自然言語は普遍文法にのっとって作られているので、幼児は、自分が触れた言語の用例を元に普遍文法にアクセスして、その言語の文法を丸ごと手に入れることができるのではないかと思います。文法書に書かれている文法は、ごく一部に過ぎません。実際には、膨大な量の文法があるのです。それは、文法書から学ぶのは不可能です。大量の例文にあたって、身につけていくしかありません。大人でもそうだとは思うのですが、残念ながら大人には、例文を大量に暗記する能力は衰えていますし、頭に入れた例文から文法を導き出す能力が、ゼロとは思いませんが、子供に比べると著しく劣るのです。これが、私がいろいろ本を読んで研究した結果の、幼児の言語能力の特徴のエッセンスです。これを基に考えれば、子供をバイリンガルにするために何が必要かを導くことができます。子供が、文法を丸ごと獲得できるに十分な量の言語例に触れさせる、それも適切な時期に、ということです。音韻に関しては、また、いろんな実験例を紹介してもよいですが、胎児期からすでに獲得が始まっていて、6ヶ月から12ヶ月の間に、その能力はなくなっていきます。つまり、妊娠後期から0歳6ヶ月までの間に、その言語の音を聞かせることが重要なのです。CDでもいいのかどうかはまだわかっていません。つまり、現段階では、生の声のほうがより確実です。そして、それと同時に、英語なら英語の特徴的な文法事項を十分に含んださまざまな例文を幼児期に聞かせる必要があります。例文といっても、もちろん、文法書にあるような例文である必要はありません。日常会話で十分です。でも、たとえば、単語の羅列ではいけません。たとえ、イマージョン教育であっても、Apple、Bananaだけを繰り返していても、英語が話せるようになるわけではないことは容易に理解できると思います。この点、0歳児のために英語教師を雇っても、AppleやBananaやRed、Blueといった単語や本当に簡単なことしか話せない人がほとんどです。そして、10個や20個の単語を完全に覚えてから、次に進もうとします。0歳児は当然、10語の単語もマスターするのに何ヶ月かかりますし、そもそも無理かもしれません。そうではなくて、1000語から3000語の単語を使って、ちゃんとしたセンテンスで、いろんなことを話して欲しいのです。そうすれば、0歳から2歳の超言語摂取時期に、その言語の基礎となる単語と、文法規則を頭に入れてしまいます。そして、話し出したときには、その言語の基礎がそっくり頭に入っている、という状態になるのです。通常の教材や英語教室も、この点が決定的に少なすぎるのです。絵本のCDもそれはそれで意味はあるのですが、あれはリーディングのための教材であって、あれだけで話せるようになるとはちょっと思えません。要するに情報が少なすぎるのです。ないよりはましだと思いますが。英語教室の英語も、単語を週に1回10個とか20個とかやって、あとは簡単なセンテンスと歌で終わり、とかではないですか? それでは、絶対量が少なすぎます。でも、こんなことを言ってる人は、あまりいないですよね。もちろん、今の日本には、0歳児あるいは妊婦のためのそんなサービスも存在しません。私がこれを実行するためにどれだけの努力をしたか、お話すれば結構長いのですが、不完全ながらなんとか実行した結果、Lちゃんは、英語も日本語も普通に話すようになったのです。それでも、日本語で与えられるバラエティに比べたら、英語の量は絶対的に少ないと思っています。それをどう解消すればよいかを今でもものすごく悩んでいるのです。皆さんも、バイリンガルを目指しているけどなかなかうまくいかない方は、与えている情報量が少なすぎるのではないかということを考えてみてください。大人の感覚で、少量ずつ、マスターしてから次の段階、という方法はよくありません。(私に言わせれば、大人にとってもこのやり方はよくないのですが。)いづれ詳しく書きたいと思いますが、「大量・高速・繰り返し」、これが学習の基本です。英語の全体像がみえてくるような大量の情報を与えてあげてください。
January 22, 2011
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昨日は、言語脳科学者の酒井邦嘉先生の講演会に行ってきました!この方は、東大、ハーバード、MITなどで学ばれ、現在は、東京大学大学院総合文化研究科の准教授をされていらっしゃいます。当初は物理学を専攻されておられながら、その後、神経科学(脳科学ですね)、言語学等、理系・文系にとらわれず幅広い知見をお持ちで、言語脳科学という先進的な分野を開拓されている今一番ホットな学者さんです。私は、この方の著書は全部持ってますし、講演を聞くのも2回目なので、そんなに目新しいことはありませんでしたが、バイリンガル育児に関係する面白いお話をご紹介しておきましょう。まず、言語は思考や創造性の基礎である、という言語の重要性についてお話しされていました。本当にそうですよね。言語がなくても考えることはできるのではないかと私は思っているのですが、複雑なことはやっぱり言語の力を借りたほうが整理しやすいと思います。その上で、感受性期のお話をされていました。感受性期とは、今までお話ししてきた臨界期とほぼ同じものです。ここで先生が紹介されていたのは、臨界期あるいは感受性期の議論の元になったとても有名な実験ですが、子猫に縦縞がだけが書いてある檻の中に入れておいたところ、猫は、縦縞だけしか認識できず、つまり、横縞が認識できなくなるという衝撃的な結果になったのです。これは、大人を縦縞だけの檻に入れても起きません。生まれたばかりの子猫だけに生じる現象なのです。これと同じことがモノリンガルでも起きるのではないか、というのが先生の仮説です。つまり、幼児期に日本語環境の中だけで育てば、英語を理解できない脳になってしまう、ということです。だから、先生は、幼児期に多様な言語に触れる環境を得ることが重要だとおっしゃっていました。それに対して、現代では、核家族化が進み、母と子などの限られたコミュニケーションしか得られない環境にあり、方言なども減っていますし、子供の言語環境がどんどん狭まれているのではないかということを懸念しておいででした。さらに、幼児の言語学習方法は、「門前の小僧、習わぬ経を読む。」だということです。幼児の吸収力は魔法のようで、適度な情報に繰り返し触れることで、自然と身についてしまう。英語も身の回りにあって、繰り返し聞くチャンスがあることが大事だということですね。ちなみに、この方の世紀の大発見は、脳の中に単語を貯蔵する部位と文法を解する部位とが別々にあるということを実験で示したことです。ある部分の脳疾患の方は、単語はわかっても、文章の意味を理解することができません。つまり、「○は×を追いかける。」はなんとかわかっても、「×は○に追いかけられる。」や「×を○が追いかける。」になるとお手上げになってしまうのです。そして、最後に少し質問させていただいたのですが、やはり、今話題の「英語脳」というものはない。英語であっても、日本語であっても、単語は単語の領域に、文法は文法の領域に入っていくが、これらはきれいに整理されて入っていて、それぞれが自由に使えるようになっているとのことです。そして、幼児であれば、すべてが第一言語になる完全なマルチリンガルになることが可能です! とのことでした。そして、その限界年齢は、およそ6歳だということです。最後に、ご著書を紹介しておきましょう。どちらも、とても面白い本です。【楽天】脳の言語地図著者:酒井邦嘉価格:1,260円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る【アマゾン】脳の言語地図 (学びやぶっく)【楽天】言語の脳科学著者:酒井邦嘉価格:945円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る【アマゾン】言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書)上のほうが対話形式なので少し読みやすく、下のほうは、結構専門的です。でも、知的にエキサイティングで、一気に読んでしまいますよ。
January 20, 2011
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昨日ご紹介した『胎児はみんな天才だ』の中から、バイリンガルに関係するエピソードをご紹介しましょう。これは、かなり有名な話で、他の本で紹介されているのを読んだこともあります。パリ医科大学のアルフレッド・トマティス教授の治療していたオディールという4歳の自閉症の女の子の話です。この子は、誰とも話そうとせず、口を閉ざしたままだったのですが、あるときフランス語ではなくて英語で話しかけてみたら、心を開き始めた、という話です。もちろん、パリの話ですから家族もみんなフランス語を話していたので、教授も両親も不思議に思ったのですが、実はその子の母親は、妊娠中ずっと貿易会社に勤めており、そこでは、母親を含め、皆が英語を話していたというのです。それ以外に英語に触れた経験はないはずなので、胎内で英語の素養を身につけたとしか考えられない、というお話でした。ちょっと、ほんとかなぁ、という感じがするのと、かなりひどい自閉症が治った・・というのが、?という感じがするのですが(自閉症は、現代では、生まれつきの脳障害で、治ることはないと言われています)、自閉症かどうかはともかく、フランス語に反応しなかった子供が、英語に反応したというのは、興味深い事実として受け止められると思います。臨界期の記事で書きましたが、現在は、子供の第一言語吸収がどの段階で始って、どの段階で閉じるのかは、はっきりとはわかっていません。特に、その始期において、胎児を含めている研究は、あまりないと思います。でも、子供を持ったことのある母親なら誰でもわかるように、胎児もかなり早い段階からひとりの人間です。生まれ出た瞬間に人間に変身するわけではありません。最近は、エコーがありますので、そのことを認識しやすいと思います。この点、日本の刑法では、生まれる前は人とはみなされないのですが、それは法律の決めごとであって、事実ではありません。現代の医学では、相当早い段階から外界で生存することも可能になっています。その境は、こないだ読んだ本では、23週と書いてあって、そんなに早いのかと驚きました。23週といえば、妊娠6カ月です。その頃から母体を離れて生きる力があるなんて・・・。その胎児は、お腹の中という相当制約された環境とはいえ、やはり、言語を吸収していることは間違いないと思うのです。ただ、それが、どの程度役に立つのか、微量にすぎないのかの差はあるとは思いますが。私は、子供が英語を自然に吸収するためには、外国語として教えるのではなく、普通に使われている言葉だと感じられる環境を作りたいと思っていました。それなら、生まれ出てから突然かけ流しをはじめるよりも、生まれる前からその音に親しんだほうが、自然に受け入れることができると思うのです。そこで、私の場合は英語がある程度話せるので、英語の語りかけを始めましたし、しばらくは外資系で働いていましたから、周りでも英語を話す環境がありましたし、図書館で英語の歌CDを無料で借りてきていつも聞いていたり、DWEも妊娠5カ月には購入して、歌を中心に何度も聞きました。それが役に立ったという証拠はなにもありませんが、私はある程度胎教の効果を信じているので、もし、現在妊娠中で、将来バイリンガル育児をやってみたいと思ってらっしゃるなら、ぜひ、今すぐ始めてみられたらどうかと思います。DWEの歌なんか、赤ちゃんが生まれてくる頃には、私が、順番まで全部暗記してしまうほどでした。DWEとLちゃんの関わりについては、いづれ書きたいと思いますが、簡単にいえば、あっという間に頭に入っていましたよ。
January 19, 2011
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バイリンガル英語育児の話を書くのに、どうして胎教の話をしているの? と思われるかもしれませんが、私は、できればバイリンガル育児も胎教から始めたほうがよいと思っています。胎教の話になると、どうしても疑似科学的な色調を帯びるので、アヤしく感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうそう非科学的というわけでもありませんし、何より、それで妊婦であるママや生まれてくる赤ちゃんが幸せになるならOKと私は考えています。現に、私は、Lちゃんを妊娠していた時、ある本に出会い、それはそれは幸せな妊婦生活を送ることができたのです。その本とは、早期教育をやられている方にとっては、古典中の古典。多分、知らない方はいらっしゃらないのではないかと思うほどのバイブル的な存在のこの本です。【Amazon】胎児はみんな天才だ―最新の胎内教育 “子宮対話”の驚異 (ノン・ブック)ところが、この本もまた、絶版なんて! 信じられません。初版が昭和61年で、私の持っているのが第41刷なので、相当ロングセラーだったのでしょうが、とうとう途絶えてしまったのでしょうか。ちなみに、これはアマゾンの中古で買ったものです。4年前に出会ったときは新品を買えたのですが、妊娠した友達に貸してしまい(なかなか返ってこなかったので)(^^;)ゞ、どうしても必要な本なのでまた買いました。普通にきれいでしたよ。これは、ジツコ・スセディックさんという米国人と結婚した日本人の女性が書いた本です。彼女の4人の娘たちは、いずれも10歳前後で大学に入学するような天才児に育ったのですが、その秘訣は胎内教育にある、と説いた衝撃的な本です。長女のスーザンは、生後2週間で言葉をしゃべり、7カ月には読み始め、1歳では中学レベル、1歳半では高校レベルの本が読め、5歳で高校1年に入学し、10歳のときには大学入学資格試験(SAT)を受けて、最高に近い点数を習得し、大学に入学するのです。この本が書かれた16歳現在では、大学院に在籍して解剖学を学んでいました。この子一人であれば、遺伝的な突然変異ともいえるかもしれませんが、それに続く姉妹全員がこれに近い能力を示した、というのです。そして、生後2週間で言葉を発した理由を胎内での記憶に求めずして、どんな理由があり得るか、というのです。今ある胎教の本では、池川明先生の本や、七田の本などもありますが、この本が大元になっていることは間違いありません。古い本ですが、日本人であるジツコさんが書かれた本ですので、非常に読みやすい本です。当時、日本でもかなり有名になった本のようですので、実家の倉庫をあさってみたら、この本が眠っているかもしれませんよ。この本で説いているのは、胎児を一人の人間として敬意をもって接し、あふれんばかりの愛情を注ぎ、その信頼の絆の土台の上に、いろんなことを教えていって、胎児の能力を目覚めさせる、という方法です。そのやり方も、大変詳しく書いてあります。私がこの本に出会ったのは、妊娠3カ月の時でした。それまでの私は、子供はいつか欲しい、と思ってはいましたが、妊娠のことも赤ちゃんのことも何も知らない、外資系企業でマネージャーを務めるバリバリのキャリアウーマンだったのです。出産後1カ月で仕事に復帰した人の話を聞いてあこがれて、「私も、出産直前まで働いて、産後は1カ月で復帰します。」などと上司に話していた程です。ところが、妊娠3カ月でこの本に出会い、妊娠5カ月には会社をすっぱり辞めてしまったのです。それは、この本にあったような胎内教育をするためです。そして、出産後も、育児に専念することに決めました。バリキャリからバリママに転身したのです。ある意味、私の人生を変えた一冊、と言っても過言ではありません。そしてそれから、毎週のようにアマゾンから本が届き、あっという間に本棚がいっぱいになるほど、育児についての研究をしました。もともと熱中しやすいので、とどまることを知らず研究に没頭した結果、見えてきたものがあるのです。そんな話をまた、このブログで紹介していきたいと思います。
January 18, 2011
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先日、夜泣きについて書きましたが、もう一つ、思い出したので、書いておきます。胎教したら夜泣きしないと言われても、もう生まれた後だし・・・という方もいらっしゃるかもしれませんね。そこで、もう一つポイントを思い出しました。これは、育児本に書いてあった話ですが、その本によると、赤ちゃんが、お腹も空いてない、オムツも濡れていない、にもかかわらず、泣き止まないとしたら、それは、何か訴えたいことがあるからだそうです。それは、妊娠中のトラウマか、もしそれが思い当たらないようならば、産まれたときの苦しみを訴えているのだ、とのことでした。子供を産むのは、お母さんにとっては大変なことですが、出てくる本人にとっても、勇気を出して暗い道を押しつぶされそうになりながら、必死で出てくるのだ、と。そして、それを思い出して泣くのだ、というのです。Lちゃんの場合は、午前3時に産まれたのですが、それまで全然泣いてなかったのに、翌日の午前3時になったら、突然泣き出したのです。出産の苦しみを訴えるときには、同じ時間に泣くことがあるということも書いてあったので、私はハッとして、「昨日、生まれてくるの、大変だったねぇ。怖かったでしょう? でも、もう大丈夫よ。生まれてきてくれてありがとう。」と一生懸命声をかけました。そしたら、スーッと泣き止んで、安らかな顔になり、眠りに落ちて行きました。そして、それから、もう二度と、夜泣きをすることはなかったのです。本当にそうかはわかりませんが、もしかしたら、そういうこともあるかもしれません。ポイントは、怖かった気持ちを理解して、共有してあげるということです。子供が泣くときは、何をして欲しいわけでもなく、ただ、わかって欲しい、ということがあるのではないでしょうか。出産以外の悩みがあるときは、もう少し深刻です。妊娠中に一度でも、子供はいらないと思ったことがないかどうか、よく思い返してみてください。体調が悪くなったり、いろんな自分の夢をあきらめなければならなかったり、一瞬そんな風に思ってしまうことは、ちっともおかしいことではありません。でも、もしかして、お腹の赤ちゃんには、お母さんの念が伝わるのだとしたら、赤ちゃんはそれを聞いて、傷ついているかもしれません。そうしたら、それは本心じゃなくて、心から生まれてきてくれたことを嬉しいと思ってるということを真心を込めて伝えてみましょう。そうしたら、もしかしたら、伝わったことに安心して、泣かなくなるかもしれませんよ。これは、科学的なお話ではないので、信じる信じないは自由です。でも、赤ちゃんや、さらにはもしかしたら胎児も、大人が想像するよりももっと多くのことをわかってるかもしれない、という可能性も捨て去ることはできないと思います。これからもう少し胎教について書いていきたいと思っていますが、胎教のベースになる考え方はそういうことだと思います。そして、もうひとつ、胎教の基本は、まず、赤ちゃんとの間に愛情と信頼のきずなをまず作っていくことだということは、たいていの胎教の本に書いてあると思います。胎教や早期教育に反対する人が思い浮かべるものとはだいぶ違うものです。その辺を知らずに批判するのは、やめて欲しいな、と思います。まぁ、私も今のところ一例しか育ててませんし、夜泣きする子とお母さんの間には愛情の絆がないというつもりはまったくありませんので、誤解なきよう。ただ、お腹にいるときや、出てきた後も、一人の人間として尊重しつつ、コミュニケーションを大切にする語りかけ育児をすすめているだけです。泣くのは、赤ちゃんにとってはコミュニケーションの手段ですから、それを機会にいろんなことを話してみたらいいんじゃないかな、と思います。
January 17, 2011
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胎教には、モーツアルトの音楽がよい、というのは、よく言われていますね。f分の1ゆらぎ、なんて言葉も昔はやりましたが、そんな特別の周波数が含まれているとか、α波が出ているとか、精緻な技巧に満ちているのでそれが脳の配列をよくするとか。でも、「美」に触れることは、頭をよくする、という説があって、私は結構信じています。例えば、天才は、世界遺産のような美しい建造物のある街のほうが、汚い町よりも育ちやすいとか。日本でも、京都は学者さんが多いような。誰がおっしゃってたのか忘れてしまったのですが・・・。今度、探しておきます。とはいえ、私も、Lちゃんの妊娠中、胎教と言えばモーツアルトでしょう、と思って、家にあったモーツアルトのCDをひっぱり出してきて聞いていたのです。そしたら、ダンナが帰ってくるなり、「なんだ、このひどい音楽は??!!!」と言うのです。うちの主人はクラシック嫌いではないはずなので、?と思って、「なんで?」って聞いたら、「胎教なら、こんなひどい演奏を聞かせてはダメだ。」って。ダンナは結構耳がいいのです。そういえば、そのCDは、よくある超廉価版のモーツアルトだったのでした。もちろん、聞いたことないオーケストラの演奏です。そこで私は、次の日、銀座の山野楽器にでかけていきました。曲目だけでなく、演奏者も一流の人のCDが欲しいと思って探してみたら、その名もマタニティ用と題したCDを見つけたのです。それが、昨日ご紹介した、下記のCDなのです。【送料無料選択可!】マタニティ・クラシック Vol.3「妊娠後期編」 / オムニバスそれにしても、私のご紹介するものは絶版なものが多くて申し訳ないですね。たった4年でこんなに情報が古くなるんですね。それでも紹介しているのは、やはりいいものだと思うから。これからは私も妊娠中なので、新しい情報も入ってくるでしょうし、そうしたら、最新のものもご紹介しますね。このシリーズは、胎教のために作られたもので、音楽も胎教に適したものが選ばれていますし、演奏者にも気を使い、モーツアルトはカール・ベーム指揮、花のワルツはカラヤン指揮、など、世界最高峰のものを集めています。このCDを聴いてみたところ、「演奏によってこんなに違うのか・・・。」と改めて思いました。そして、モーツアルトならなんでもいいかと思っていた自分の浅はかさをちょっと反省するとともに、聴き比べればさすがに私にもわかりますが、片方をちょっと聞いただけで良し悪しがわかってしまうダンナもすごいな、と見直したのでした。そんなわけで、胎教にモーツアルトはやっぱりお勧めなのですが、演奏もちょっとこだわってみるとよいかもしれませんよ♪
January 16, 2011
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胎教って、どのくらいの方がやるんでしょうね。早期教育やってる人にはお馴染だと思うんですけど、リアルの知り合いでは、「う~ん、結局、なにもしなかったー。」という人ばかりで、周りには誰もいませんでした。胎教って、お腹にいる子に字とか算数とか教えるの??? みたいな言い方をされると、確かにおかしな感じかもしれませんが、私のイメージでは、きれいな音楽を聴いたり、美しい絵を見たりして過ごしながら、お腹の赤ちゃんとおしゃべりをすることと捉えているので、なんの違和感もありませんでした。よく、胎教をしたお母さんたちの感想を読んでいると、生まれてから夜泣きをしない、というのが書かれています。私も本当かなぁ、と思っていたのですが、Lちゃんのときは、やはり、夜泣きは全然なかったのです。それどころか、ほとんど泣かないので、逆に心配して、健診などでは先生に、「うちの子、泣かないんですけど、大丈夫でしょうか・・・?」なんて相談していたほどです。もちろん、問題ありません、という答えだったのですが、やっぱり気になって、うちの産院では退院後1カ月に助産師さんだか保育士さんが家庭訪問してくれたので、その方に、赤ちゃんが泣かないのはおかしいんじゃないかと聞いたところ、真顔で、「赤ちゃんが泣くときは、理由があるのではないですか・・?」と言われて、はっとしました。夜泣きの話とかさんざん聞いてたので、赤ちゃんはむやみやたらと泣くものだと思っていたのですが、無意味に泣いているのではなくて、やっぱり、理由があって泣くんだ、と思ったら、すごく納得できたのです。胎教をしていると、生まれる半年以上も前から、ずっとコミュニケーションをしているので、生まれてからも、すぐに通じ合うことができて、赤ちゃんに、「ア、、、」と言われただけで、ミルクが欲しいのね~、おしっこしたのね~、ってわかるので、それ以上泣く必要がないんじゃないかな、と思いました。そんなわけで、Guysに対しても、話しかけを開始しています。バイリンガル育児なんで、語りかけには、英語と日本語と両方使います。"Hey guys, good morning! How are you feeling today?" などと話しかけるわけです。まだ、もちろん耳はできてませんから、声にも一応出しますが、「念」のほうに力を込めます。念で通じるのかどうかは知りませんが、副作用はありませんからね。どんどんやっても大丈夫♪昨日の夜は、久しぶりに、Lちゃんが妊娠中に聞いたクラシック音楽を聴いてみました。【送料無料選択可!】マタニティ・クラシック Vol.3「妊娠後期編」 / オムニバスそしたら、Lちゃんが、「赤ちゃん・・・」と言い出したので、「赤ちゃんの頃に聞いたの覚えてる?」と聞いたら、「うん。」と答えたので、びっくりしてしまいました。そして、とても嬉しそうにしていたので、私も幸せな気持ちになりました。よく見ると、妊娠後期編しか買ってなかったのね。今は、初期だから、初期編も買おうかしら♪
January 15, 2011
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双子の衝撃から少し経って、やっと落ち着いてきました。なるようにしかならないもんね。心配をあげたらきりないけど、考えてよくなるもんじゃないし、かえってわるく影響しそうだから、ゆったりした気持ちで過ごそうという気になってきました。私のバイリンガル育児は、胎教から、ということで、Lちゃんのときも、いろいろお話してたんで、双子ちゃんともお話してみようかな、と思ったのですが、ん、なんて呼ぼう・・・。Lちゃんのときは、胎名を決めて呼んでたけど、毎回、2人の名前を呼ぶのも大変だよなー。まだ、性別もわからないし。それで、ちょっと思案して、"Hey, guys!"と言ってみたら、ちょっと面白くなってしまいました。これは、「ねぇ、みんな!」みたいな意味ですが、かなりくだけた表現で、仲間内などで使う表現じゃないかと思うんですけど、私はなぜかテレビなんかでこの表現を聞くと、笑ってしまうんです。これは、ダンナもウケてくれて、それ以来、「Hey,guys, そろそろ寝ないとダメだよ~。」とかって、話しかけるようになりました。やっぱり、お腹に複数いる、ってシチュエーションが、笑えますよね。それ以来、双子のことを考えるのが、楽しくなってきました。
January 14, 2011
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2日も更新を休んでしまってすみません。でも、ブログのことがポーンっと頭から抜けちゃったんです。実は、私、妊娠しております。それは、先月から知っていて、このブログを書き始めたのも、「次の子もLちゃんにやってあげたようにバイリンガル育児をしてあげられるかしら・・・。」と思ったから。なにしろ4年前のことなので、何をやってきたかちょっとうろ覚えになってきたので、もう一回整理しなおしておこうと思ったのでした。でも、健診に行ってエコーを見てたら、まず、心拍が確認できたので、一安心。「あー、よかった♪」と思ってたら、カーテンの向こうから、先生が、「エルマ♪ さん。これは、、、双子ちゃんですねぇ。」って。っていうか、え~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!うっそー、って感じでした。いや、だって、自然妊娠だし、親戚にも誰もいないし。ひたすら、えー、えー、と言ってる私をよそに、「こっちが上にいる子で・・・、こっちが下の子ね。ほら、仲良く並んでます。」なんて言われて。そほですか・・・。お腹に入るの? どうやって産むの? っていうか、どうやって育てるの? 教育費とか・・2倍? え、私、3人の母になるの???!!!という感じで、頭の中がパニック状態になりました。いやー、次回は、酒井邦嘉先生の脳の言語地図についてでも書こうか、なんて思ってたのですが、すっかり頭からぶっとびました。それより、双子って何? から始まって、ネットで見まくってました。でも、いい時代ですね。ちょっと人と違ったことが身に起きても、同じような境遇の人がたくさんいて、なんだ、双子っていっぱいいるんだ、みたいに思えるのですから。そこで、このブログは、あまり私事ははさまず、バイリンガル育児についていろんな研究をたんたんと書いていこうかと思っていたのですが、やっぱりちょっと珍しいことかな、と思ったので、双子ちゃんの妊娠と今後の2人のバイリンガル育児についても、少し書いてみようかな、と思っています。今後とも、よろしくお願いします。応援お願いします! バナーをクリックしてくださいにほんブログ村いつものバイリンガル育児に加えて、双子のカテゴリにも登録してみました♪にほんブログ村
January 13, 2011
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バイリンガルと名のつく書籍は、目に付く限り読むようにしているのですが、この本はなかでも結構おすすめです。【楽天】子どもをバイリンガルに育てる方法【Amazon】子どもをバイリンガルに育てる方法・・・って、これももう絶版なのですね。いい本なのに残念です。アマゾンなら中古でも買えるようなので、読んでみる価値はあると思います。著者のお子さんは2人とも成人しており、そのどちらもバイリンガルに育て上げた実績がお有りなので、参考になる点がたくさんあります。ご本人も、小6ぐらいのスタートながら、猛烈に英語を学んでバイリンガルになったそうです。そして、その後30年にわたって子どもたちに英語を教えたり、留学の世話をしたりしていらっしゃるようなので、様々なケースを見てらっしゃるところがとても参考になります。英語学習の理論についても、このブログに紹介している内容と近い部分がかなりあります。まったく一緒ではありませんが、賛成できる部分がかなりあり、その考え方のなかでは、一般にはあまり知られていないものがたくさん含まれているので、読まれると、眼からウロコの話もたくさんあると思います。スピーキングとヒアリングが別の能力である話や、音声の意味化、意味の音声化という考え方も、使ってらっしゃいます。また、発音は、間違って覚えても後から矯正可能であることや、音声と意味をつなげる勉強法が大切なことなど、私もさまざまな点から検証していますが、まったくそのとおりだと思います。特に印象に残っているのは、「英語は、時間が経つにつれて、ジワーッとできるようになるものではなく、スラスラ言える英語がひとつずつ積み重なって、大きな能力になる。」というものです。なんとなく漫然と何年も勉強を続けていれば、あるとき突然英語ができるようになる、なんてことは起こらない、と。海外に行けば、インターに入れれば、ある日突然スィッチが入ってバイリンガルになるわけでもありません。やっぱり、積み重ねが大事なんだな、と思いました。ところで、どうして突然この本の紹介を始めたかというと、この本の中に、「何歳から始めればいいか」という章があって、10歳までを「母国語入れ替え可能時期」、10歳から12歳までを「母国語形成時期」、13歳以降を「母国語入れ替え不可能時期」と分類していらっしゃるからです。10歳までが敏感気で、ネイティブになれることが可能な時期だ、という言い方をする方はたくさんいらっしゃいますが、それを母国語入れ替え可能と表現しているのは、私が読んだ中ではこの方の本が初めてでした。そして、母国語形成時期、という概念も、この本以外で読んだことはありません。でも、なんかしっくりくる気がしたのです。そして、これが、たくさんの帰国子女と接してこられたこの方の経験に基づくものだとすれば、信頼していいのではないかという気がしています。ただ、この方は、ご自身のお子さんは、母国語形成時期、すなわち小学校の5,6年生で留学をさせおり、それが決め手のようなんですが、中学受験もあるかもしれないし、それはちょっと難しいかな・・・、という感じはします。英語も大事ですが、そのぐらいの年齢になったら、英語以外の勉強も大事ですしね。でも、この方の場合は、よくあるお手軽にバイリンガルを育てる方法ではなくて、さんざん英語環境を作り、週1回の英語教室は英語に慣らすためだけで、それ以外に家でたくさん英語に触れさせ、幼稚園生から小学生にかけては、二人の子どもに30分ずつ英語の本を毎朝読んでやり、『大草原の小さな家』のビデオを見せ、極めつけとして小学校の終わりに留学させる、という徹底振りでバイリンガルに育てた、というあたりが、バリバリ英語育児と通じるものがあり、共感を覚えるのです。
January 10, 2011
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ここ数日議論している臨界期についてですが、この議論で一番気になるのは、要するに、「何歳から英語を始めるのがよいの?」という疑問ですよね。すぐ、わき道にそれてしまうので、なかなか本題に入っていけないのですが、ズバリ先に答えてしまうと、「早ければ早いほどよい」と私は思っています。なぜなら、幼児の言語吸収能力は、一定を保って突然なくなるのではなくて、年とともにどんどん減っていくものだからです。Lちゃんを見ていると、何度かお話ししたように、0歳というか胎児の時から英語の世界にいるのですが、言葉を話し始めた時には英語も日本語も同時に話し始めました。私の場合は、日本語のエクスポージャーも減らしていませんでしたし、どちらかといえば日本語のほうが多かったのではないかと思いますが、ずっと英語のほうが先行している感じでした。英語のほうが、文章にしっかりなっている感じがしたのです。(日本語は主語を省略してしまいますが、英語だと必ず、I want ~. みたいにちゃんとした文になるんですね。)英語のほうが簡単なんじゃないかと思っています。最近では、やっぱり日本語のほうが進んでるかな・・? と思いますけど。これに味を占めた私は、中国語とフランス語もやっちゃおう! といきなり4ヶ国語生活に入ろうとしたのです。Lちゃんが2歳半の時でした。どちらも、発音が少し難しい言語なので、幼児のうちに発音だけでも身につけておけば、役に立つのではないかと思ったからです。このことは、また別に詳しく書きますが、この試みは、実は、あまり成功しなかったのです。まず、やりだしてすぐに気付いたのは、私がよく主張している1万時間の法則からいって、4ヶ国語やるには物理的に時間が足りない、ということでした。日本語と英語を犠牲にするわけにはいかない・・・、と思うと、どちらも十分な時間をとることは難しかったのです。それに、2歳半ですでに思ったのは、・・・・記憶力がちょっと落ちてる・・? ということでした。英語や日本語は、それまで、それこそスポンジのようにあっという間に何百という単語を覚えていったのに、中国語やフランス語はそんな風に爆発的に覚えていく気配がなかったのです。さらに、2歳半ともなると普通に話せますので、本人の好みというのも出てくるんですね。つまり、「中国語嫌~い!」とかって、言われてしまったのです。(なぜか、フランス語は嫌いとは言わないんですけど・・・。)これには、ちょっとまいってしまいました。中国語のものを流そうとすると、自分で消しちゃったり、中国人の先生に会わせてみたら、これも拒否。2歳児にして大人の先生を泣かせてしまったりして(2歳児になんか言われて泣いてしまうほうもどうかとは思いますが・・・。子供のいない方だったのですね。)それで、方向転換して、カトリンガル計画は断念し、フラ語とチャイ語は、耳が慣れる程度でいい、と思うことにしたのです。ついでに言うと、やっぱりこの違いの差は、日本語と英語は私がしゃべれるけれど、中国語とフランス語は私が話せないからかなあ、などと思ったりして、私も去年から習いだしました。その話もおいおい書きたいと思いますが、自分の語学学習理論を自ら実験したいと思ったんですよね。ま、大人なんで、それは今でも続けてますし、その傍らでLちゃんもそれらの言葉に触れています。そんなわけで、2,3歳から英語を始めると、英語を拒否するお子さんがいるという話は聞いたことがありますが、こういうことかぁ、と実感を持って共感することができます。そんなわけで、2歳半とか3歳から始める、というのは、遅すぎるとは思いませんが、ちょっとまた別の工夫が必要、という気がしています。でも、ちょっと面白かったのは、このお正月に、主人のほうの関西の実家に行ってきたのですが、そちらのじぃじばぁばの前で、「僕は、フランス語と中国語はしゃべれないの。英語と日本語しかしゃべれない・・・。」とかって言い出して、「それで十分でございます。」って、会話してて、本人もちょっと気にしてるのかな・・って(笑)。最近は、フランス語や中国語も、自分から話すこともたまにはあります。カタコトですが。だけど、先週、私が中国人の先生とレッスンしていたら、ちょこっとだけ話して、それを聞いた先生が、「発音がとってもきれい。完璧だよ。」というもので、どうせ私は・・・、とひがんでしまうとともに、子供の発音能力ってすごいなー、と思ったのでした。それはともかく、3歳とか、幼稚園で海外に行った子供は、完璧にその国の言葉のネイティブになりますよね。私のフランス語の先生の一人は、インド出身で3歳からフランスに行ったそうですが、フランス語ネイティブだそうです。もう一人別の知り合いは、小学生で日本にやってきました。それまでは、ロシアで暮らし、両親はロシア人ではありませんが、家庭でもロシア語だったそうです。お父さんは日本人なので、もしかしたら日本語の素地も少しはあったのかもしれませんが、入学時はかなり日本語はあやしかった、、とのことですが、今では、本人も日本語ネイティブと言っていますし、話した感じでは普通に日本人です。だから、6歳だったら、もしかしたら、ネイティブになれるのかもしれません。ちなみに、彼女は、今では、ロシア語はすっかり忘れていて、一言も話せないそうです。ただ、「発音だけはきれいだって言われるのよね~。」と言って、「ハラショー」と言ってくれたのですが、それを聞いて私は、あ、ロシア人だ、と思いました。それはそれはきれいなんです。そういうわけで、臨界期以前の子供は、どうやら、ネイティブになる力があるようなのです。逆に、使わなければあっという間にその言葉を忘れてしまいます。3歳から5歳ぐらいでアメリカに渡った子供は、英語ぺらぺらになって帰ってくるわけですが、日本の学校に入ると、3か月ぐらいで英語を忘れてしまう、という話も聞いたことがあります。この辺も、子供の言語力の不思議なところですよね。また長くなったのでこの辺で切って、このぐらいの年齢の子供の語学習得について、後で詳しく書きたいと思います。今日言いたかったことは、要するに、子供に英語をやらせたいなら、その目指すレベルによって違いますが、準ネイティブレベルを目指すなら、0歳からやったほうが楽ですよ~、ということ、2,3歳でも遅くはないですが、本人が英語が好きになるかにかかってますよ、ということ、6歳でももしかしたら大丈夫ですが、追いつくのは結構大変で、10歳過ぎたらネイティブには多分なれません、ということです。そして、使わないとすぐ忘れちゃいますよ~、というお話も、また次回書きたいと思います。
January 9, 2011
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前回の臨界期の記事では、人間が第一言語を習得可能な時期というのは、どうも限りがあるらしい、というお話をしました。それは、13歳以降はまず絶対無理で、実際の境界は10歳と言われることが多い気がします。ん? 13歳って、何の年だっけ? あ、私たちの多くが英語を習い始める年ですね。つまり、私たちは、言葉を自然には覚えられない年齢になってから、習い始めるわけです。これでは、多くの人にとって英語を学ぶのが大変なのは当然ですね。でも、臨界期について誤解のないように言っておくと、臨界期の間に第一言語を習得した人は、臨界期後でも、第二言語を外国語として学ぶことは可能です。(大人になってから外国語を身につける人もいることから、「臨界期」など存在しない、と主張する人もいるのですが、それはいささか乱暴な議論かと思います。)相当な努力と時間を要しますが、流暢に話せるレベルになることは不可能ではありません。だから、幼児に英語などやらせる必要はない、本人の努力次第だ、などとおっしゃる方がいらっしゃいますが、「努力次第」は確かにそうですけど、要するに、人生の膨大な時間を費やさなくてはまず無理なんです。私も、中学生以降の勉強によってかなり英語が流暢になられた方がいらっしゃることは認めますが、そういう方のお話を聞いていると、「英語命」みたいな人生を送ってこられたような感じがします。つまり、英語が大好きで、四六時中英語を勉強して、ひいては、英語教師や通訳など、英語を職業にしてしまっている人々です。でも、私は、もちろん子供には努力をする人間になってもらいたいですが、言葉ではなくて、別のことに努力できるほうがいいんじゃないかと思うのです。だって、いくら勉強したってネイティブにはかなわない分野で努力を続けてもむなしいし、それを職業にするほど好きだったらそれでもいいと思うけど、普通はそれ以外の生活があって、その上英語もやる時間がないと思うのです。なにしろ、前にお話ししたように、1万時間やらなければならないのですから、大人でそれを達成するには、かなりの犠牲が伴います。というか、まず無理でしょう。よほどの動機がない限り。でも、赤ちゃんはけっこうヒマなんです。他にやることもないし、言葉を覚えるのが仕事みたいな存在です。その時間を有効活用して英語を身につければ、英語は自然に話せるようになるし、親子のコミュニケーションも増えるし、英語の世界も広がるし、おまけに、言語による豊かな刺激により、知能も伸びると言われているし、いいことづくめじゃないでしょうか?!・・・・って、思うんですけど、そうじゃないと思う人もいるのかなぁ? 私の周りで英語育児やってる人って、あんまりいないんですよね。皆さん、関心はありそうだけど。でも、このブログでは、なんでいいかや、よくないと思っている人たちの懸念点について、論理的に考察していきます。全部、私の頭の中にあったつぶやきだけど、字にしてみると、自分でも整理できるので楽しいです。こんなに時間かかるものかと、それもちょっと驚いてますけど・・・。
January 9, 2011
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英語脳や英語耳の記事で、少し触れたので、今日は、臨界期について、もう少しお話しましょう。臨界期というのは、生き物が何か学習する際に、ある特定の時期しか学ぶことができないという性質がある場合に、その時期のことを指します。有名なのが、鳥は生後数日以内に見た動く物体を親だと思い込み、その後を追うという現象を見せるが、これは、その数日を過ぎたらもう起きない、ということです。それで、人間の言葉の学習にもその時期を逃すと習得できない、という臨界期があるのかどうかということについて議論されています。「臨界期」と言ってしまうと、その時期を過ぎると一切学べないことになってしまいますが、言語の場合はそれは言い過ぎだ、ということから、最近では、「敏感期」という言葉のほうがよく使われているかもしれません。しかし、いずれにせよ、この問題には、学者の間でも結論が出ていません。だから、ここでももちろん結論を出すことはできないのですが、どんな議論がされているか、少しだけご紹介したいと思います。有名な話も多いので、ご存じの方も多いかと思いますが、ちょっと整理してみます。まず、この問題で一番有名なのは、アマラとカマラの話ですね。1920年頃インドの奥地で発見されたいわゆる狼少女です。発見当時、カマラは推定8歳、アマラは1歳半でした。彼らは牧師夫妻に保護されて、手厚い看護を受け、人間の環境になじめるよう言葉を含めていろいろ教育を受けましたが、アマラは1年後に死亡、カマラはその後8年生きますが、直立歩行も、言葉の学習も、ままならなかったというお話です。それでも、年少のアマラのほうは、2歳半児に相当する程度の言葉を身につける兆しを見せていたが、カマラのほうは、熱心な教育にも関わらず、8年間で単語を数十語、そして最後の年にようやく簡単な文を話すようになったにすぎなかった、ということです。この話自体は、信憑性に疑いがあると言っている人もいるので、どこまでどうかわかりませんが、人間は人間の環境になければ人間に育たない例として、心理学や教育学でよく引用されています。私も、この話は少し極端すぎるかな、と思っているので、この話から結論を出すつもりは全然ないのですが、これに似た話は、たくさんあります。もうひとつ、これもわりと有名な話ですが、13歳になるまで狂人の父親によって、足を椅子に縛り付けられて、なにも外部と接触せず、言葉をかけられることもなしに育った少女の話があります。この子も、発見後、手を尽くしましたが、言葉を完全に覚えることはできなかった、ということです。彼女については、元々精神遅滞であったから椅子に縛り付けられた、という説もありますが、実際はその逆で、縛られたまま言葉をかけられずに育つと知能が育たない、という例である、と唱える人もいます。ともかく、13歳まで言葉をかけられずに育つと、それから言語をマスターすることは不可能だ、という例として、よく紹介されています。別の本で読んだ話は、そこまで悲惨な話ではないのですが、大家族で愛されて育った少女なのですが、言葉を話すことができないので精神遅滞だと思われていたのですが、30歳ぐらいになって、精神は正常なのに、耳が聞こえないだけだったことがわかった、という人の話です。この人も、それから言葉を身につけるのは難しかった、ということです。より正確に書くと、先程の少女もこの人も、単語は数百ぐらいまで増やすことができたが、「文法」という概念が完全に欠落しており、文章を作ることがどうしてもできないというのです。耳の不自由な方の場合、耳から入る言葉の刺激がありませんから、別の方法で言葉を身につけていかなければならないそうです。この点、幼少より手話を習った子供は、手話を完全に身につけることができるが、大きくなってから習うと、間違いなく話すことは不可能だという話も聞いたことがあります。手話であっても、言語の能力を伸ばすことは可能で、幼児であれば、手話ネイティブになれる、ということなのだそうです。さらに、もっと面白いと思ったのは、両親が成長してから手話を習った人たちで、間違いを含む会話を家庭でしていたにもかかわらず、やはり耳の聞こえないそのうちの子供は、間違いのない手話を話すようになった、ということです。これは、幼児には、自分で正しい文法を編み出す能力があるからではないか、と考えられています。さらに、これは、以前テレビを見ていて、印象に残ったドキュメントの一部分なのですが、その方は、日本人の女性なのですが、14歳の時に学校の水泳の時間にプールで事故にあい失明したそうです。しかし、そこから努力を重ね、現在はIBMで数少ない高い地位にまで上り詰めたということでした。学校のプールで失明するんだ! というのにもショックを受けつつ、その方の頑張りに私は感銘を受けたわけですが、心にとまったのはその方がおっしゃった次の一言でした。「私は、その後点字の勉強をして、もちろん読めるようになったけれど、幼少のうちから点字を習っていた人には、スピードで決してかなわない。」というのです。私は、この方のその後の生き方を見て、決して、点字の勉強を怠ったとは思えません。にも関わらず、身につけることができる能力に限界があったというのです。これは、点字も文字ですから、形で意味を覚えていくのでしょうが、超スピードになってくると、形を思い起こさなくても、触覚から直接意味につながるようになるのではないでしょうか。英語脳で紹介した、記号の意味化と同じ現象です。これが、14歳から学んだ人では、限界があるということなのでしょうか。こういう例は、あげていくときりがないのですが、この辺をみると、やっぱり、13歳まで言語に一切触れないと、それから第一言語を完全に身につけるのは、おそらく無理なのではないか、という感じはします。もちろん、そんな実験はできませんし、偶然にもそんなことはあって欲しくないので、今後も謎のままでしょうけれど。でも、バイリンガルの場合は、第一言語ではなくて、第二言語である場合もあるので、(真正バイリンガルの場合は、第一言語が二つ、という考え方もあるようですが)、第一言語を身につけた人が、13歳以降は第二言語を完全に身につけることができるかどうかとは、また、ちょっと別の話のような気もします。ともかく、かなり長くなったので、一旦切りましょう。
January 7, 2011
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幼児から英語を習わせると英語耳ができる、なんて言い方も、昨今よく聞きますね。では、英語耳ってなんでしょう。耳は、もちろん、空気の振動を鼓膜から脳に伝える器官で、ある音に対して震えたり震えなかったり、選択して伝えたりはしません。伝わった音を認識するかしないかは、脳の働きです。だから、広い意味では、英語脳と一緒なんですね。でも、リスニングに特に重点を置いて、英語をそのまま聞ける耳のことを英語耳と呼んでいます。そんなバカな、別に音は等しく聞こえるはずなんだから、聞いて分からないのは、英語がわからないだけでしょ、と以前は考えられていましたが、どうやらそうではなくて、日本語に慣れきった日本人の耳には、英語は言葉ではなくて雑音として処理され、物理的には聞こえていても、意識的には聞こえていない状態になっているのではないか、ということが言われるようになってきました。それは、周波数の違いから説明されることもありますし、常に母音が入る日本語の特徴から、母音を重視して子音を聞き流してしまうというところから説明されることもあります。これは、大人の(ある意味)高度な音声処理能力から来ているもので、子供は、そんな処理はせず、耳に入った音をダイレクトに聞いてしまいます。でも、情報は、選択しないと、必要のない情報まで同じエネルギーをかけて処理するのでコストがかかってしまいますから、この選択は、実はとっても大切な能力なのです。だから、子供のこの選択的処理能力も年齢とともにどんどん高まっていきます。それは逆にいえば、日本語にどんどんチューニングされていくわけで、英語その他の外国語を聞きとる能力は、落ちていくということになります。ところが、幼いころから英語が周りにあれば、これは雑音として処理されませんので、英語を聞きとる力が残ることになります。これが、幼児に英語を聞かせて英語耳を育てよう、ということの意味ですね。このブログをご覧になっているような方は、皆さんご存じかとは思いますが、一応、まとめておきました。何歳ぐらいから、というのは、いずれ別の記事でまとめようと思っていますが、その選択は、もちろん0歳から急速に進んでいきます。ある実験では、0歳8カ月の子供は、世界中の言語の音を聞き分けることができるが、0歳9カ月を過ぎると、その能力は徐々に失われる、とあります。徐々に失われるといっても、いつ頃まったくなくなるのか、あるいはまったくはなくならないのかは、まだはっきりしていません。ただ、日本人には有名なLとRの違いも、この頃を境に聞き分けるのが難しくなっていくのです。日本語では、これを区別する必要がないので、どちらの音も「ら」と認識するように脳がなってしまうのですね。でも、区別する言語の人にとっては、なんでわからないかがわからないそうです。ある本を読んでいたら、「信じられないことに、日本人はLとRの違いがわからないそうだ。」みたいな書き方がしてあって、そんなに信じられないのか・・・、と思ってしまったことがあります。その人は、フランスの人ですが、パリ(Paris)行の飛行機を空港で尋ねたら、あやうくバリ(Bali)に連れて行かれそうになった、などというエピソード付きで。大人になってからでも、この違いを身につけることができる、と言っている人もいますがどうでしょうか。私の場合は、はっきり発音してもらえば、違いは認識できますが、かなり速かったり弱い音だと迷うことはあります。だから、まったく違いを身につけられないことはないと思うのですが、ネイティブのそれとはちょっと違うのかもしれません。日本人のために言っておくと、日本人が得意な聞きわけもあるんですよ。たとえば、「あっさりご飯」と「アサリご飯」の違いを聞き分けられない人はあまりいないと思うのですが、これは外国人には結構難しかったりします。「とくに」と「とっくに」とか、小さい「っ」のあるなしで意味が違うことは結構あるので、これは日本人は聞き分けられますね。アメリカ人と話していて気付いたのは、彼らは「カ」と「キャ」はあまり区別しない、ということです。牛(Cow)のことを「カウ」と発音する人と「キャウ」と発音する人がいますが、音が違うよね? と言ったら、そう? 同じじゃない? という返答でした。何が言いたいかといえば、その言語で意味の違いが生じるものは、耳も敏感に区別するのに対し、違いが生じなければ、耳は怠惰になっていくということです。だから、先の実験のこともあり、私は理想的には、0歳8カ月より前に、生のネイティブの発音を聞かせたほうがよいと思っています。0歳8カ月前の赤ちゃんは、週に1回、1時間ネイティブと遊んだだけで、その言葉の音の違いを聞き分けられるようになった、という実験もあります。これと対比されるのは、ビデオやCDでは、その効果は得られなかった、というものです。だからビデオやCDは効果がない、と決めつけている人たちもいますが、私はそれは言いすぎかな、と思っています。この実験だけではわからない部分がたくさんあります。ただ、言えることは、生の声なら確実だということです。だから、私は、Lちゃんが0歳のころ、ネイティブの生の声を聞かせようとそれはそれは努力しましたが、0歳児に教えてくれる先生はなかなかいませんでした。そのために英会話喫茶に行って、0歳児をかかえて座っていたりもしました。結局、私が習うことにして、Lちゃんを胸に抱きながら、週に1回英会話をしました。赤ちゃんを教えてくれる英語の先生をようやくみつけたのは、Lちゃんが1歳の誕生日を迎える前後です。皆さんも、0歳で生の英語を聞かせようと思ったら、相当苦労なさっているのではないでしょうか。しかも、ネイティブなら誰でもいいわけではないのです。0歳児に教えることができる人は、そんなにいるものではありません。これも、どんな先生が理想かは、おいおい書いていきたいと思います。0歳8カ月までと言いましたが、幼児であれば、英語を聞きとる力はかなり高く残っているようです。年齢による差についても今後書いていきたいですが、できれば6歳前、遅くとも9歳前には始めたほうがよいのではないかと思っています。でも、大人も、努力次第で、かなりの域には達せます。やり方を間違えなければ。つまり、英語脳のところで書いたように、音をそのまま聞いて、意味と結び付ける訓練をしていけば、英語耳は育てられます。そんなわけで、英語耳はやっぱりだいじだな~と思います。それにしても、本人がこんなに英語を理解したいと思っているのに、「雑音」として処理してしまう脳って・・・、どういうこと? と思ってしまいますけど。。。うまく脳を育てていくしかないんですね。
January 6, 2011
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昨日は、筆がすべって、やたら長く書いてしまいましたね。ちゃんと読んでいただけたでしょうか・・・?簡単にまとめれば、英語脳というのは、記号(=音声)を瞬時に意味化することと、その逆(意味の記号化)ができる脳のことですよ、ということです。幼児でも、大人でも、これができれば、英語でコミュニケーションできるはずです。なんで、記号(=音声)としているかというと、厳密には、言語においては、文字という記号もあるからです。そして、私は、これをちょっと別に考えています。今度、リーディングのところでも詳しく述べますが、文字を読むとき、最初は、頭の中で音を鳴らしていますが、そのうち、脳は、音を媒介しなくても理解できるようになります。字の形を見ただけで、意味がわかるのです。本当の意味での黙読ですね。これが進んでいけば、速読もできるようになっていきます。これも、子供のうちに訓練することがとても重要な能力の一つだそうです。ある有名な小学校の国語教諭の本を読んでいた際に、子供が一字ずつなぞるように読んでいたら、ただちにその癖を直さなければならない、という記述がありました。そうしないと、その子供は、黙読ができなくなり、早く読むことができなくなってしまうのだそうです。だから、英語の場合でも、リーディングの訓練が進んできたら、字形だけで意味がとれるように訓練していく必要があると考えています。(赤ちゃんの場合は、逆に、読める前に字形で意味がわかるようになるんですけどね♪)でも、言語の基本は、音です。文字は後からできたものです。自然言語は音でできているんです。だから、文字のことは、また別に考えましょう。ともかく、音声の意味化をまずは重視してください。さて、その英語脳の作り方も、前回書いたとおりですが、これは、アスリートになった気持ちで、筋トレみたいに行ってください。特に、意味の記号化は、思ったことを英語にしてみる、というだけですから、下手すれば一日中取り組むことができます。心に浮かんだことを次々と英語にしてみてください。ひとりでやってると若干さびしいですが、赤ちゃんがいてくれればなお万全です。「わぁ、寒い。お空が真っ青よ。あ、鳥が飛んでる。気持ちのいい朝ね。」みたいなことを英語で言ってあげればよいのです。そんなにヘンじゃないでしょう?にほんブログ村 Click, please!
January 5, 2011
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明けまして、おめでとうございます。年末・年始も書きたくてウズウズはしていたのですが、旅行していたため、なかなか更新できませんでした。今年は、バリバリ記事を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。さて、最近、英語脳って言葉をよく聞きますね。幼児のうちに英語を始めるのは、英語脳を育てるためだ、とか。でも、英語脳ってなんでしょう? 本当にあるのでしょうか?英語脳という言葉が広まるきっかけになったのは、浜松医科大学の植村教授の行った実験で、バイリンガルが英語と日本語を聞いた際には脳の中の別の個所が活動したが、東大生(受験英語は得意だがヒアリングはいまいち)に同じことを行ったところ、英語でも日本語でも同じ部位しか反応しなかった、というものがテレビで紹介されたから、とされています。私は、この実験が定説として確立されているものなのかどうかはしりません。ネットで検索しても、テレビで紹介されたとあるばかりで、それ以外の論文などがありませんし、他の学者の説で、これを裏付けるような説は聞いたことがありません。でも、正直、そんなことはどうでもいいんです♪ 脳の活動部位が物理的に離れているとか、くっついているとか、それは、脳科学者でなければ確かめられませんから。大切なのは、音を聞いたときに、瞬時に意味を形成する脳が必要だ、ということです。それは、もちろん、英語を聞いて、カタカナにおきかえて、日本語にして、意味がわかる脳ではありません。英語の音を聞いた瞬間に、脳の中に意味が浮かんじゃう脳です。脳科学的な裏付けがないことを理由に、「英語脳なんてものはない!」という人がいますが、英語を英語のまま解する脳と、英語を聞いても全然意味がわからない脳があることは明らかです。私たちはこれを英語脳と呼んでいるのです。この意味では、英語脳を作ることが英語学習の目的だ、といって、なんら間違いではありません。幼児の場合はもちろん、大人でも、ゆっくりですが英語脳を作ることは不可能ではありません。大切なのは、「そのための訓練」をすることです。でも、大人の方の勉強法を見ていると、そういう訓練を「一切していない」方が結構いらっしゃいます。一生懸命本を開いて勉強しているのですが、最近の教科書にはたいてい付いている付属CDの封すら開けていなかったりします。そういう人に音読をさせると、たいてい、カタカナ読みで棒読みです。これでは、いくら単語を覚えても、頭の中では間違った音を鳴らしながら覚えていくことになりますので、正しい音を聞いたときに、意味とつながりません。その上、こういう方たちは、意味を一生懸命日本語に置き換えていて、教科書をみると、全部の単語に日本語が振ってあったりします。これでは、英語が聞いてそのままわかるようになるはずがありません。これも無理がない面はあります。なぜなら、学校で長い間習ってきた英語がそれに近い場合が多いからです。優秀な先生だったら、音を聞かせてくれたり、音読の練習もさせてくれたでしょうが、十分な時間はなかったはずです。そして、一字一句正確に訳していく癖も、学校でしっかりついているはずです。それ自体は悪いわけではないのですが、意味を考えずに機械的に訳してくべきだと考えているとしたら、大きな問題です。よく、逐語訳か意訳か、などと聞かれることがありますが、私はもちろん、原語に意味の近い訳がいいんです。逐語訳にした結果、ニュアンスが異なるのでは、お話になりません。でも、そんな私も、もちろん、学校のテストでは、逐語訳にします。アホな先生に減点されたらあほらしいからです。日本語ではこうは言わないけどな・・・、と思っても、お構いなしです。日本の学校英語がこうなったのは、さらに深い歴史があります。それは、漢文です。皆さんも学校時代には、漢文を習ったことがあると思いますが、中国語の発音を習った方はいらっしゃるでしょうか? もちろん、皆無ですね。漢文というのは、中国語です。でも、レ点とかを付けることによって、「日本語にしてしまう」技術なんです。これはこれで素晴らしい発明だと思います。発音が一切わからなくても、中国語が読めてしまうというのですから。こうして、外国語を訳読して輸入する、というのが日本には文化としてありました。これを英語にも応用したのです。明治維新後、西洋の文化を大量に摂取しなければならない、というときに、横文字の書物を大量に日本語化する必要がありました。その際、「関係代名詞が出てきたら、~~するところの、とひっくり返してきて読む。」みたいな技術ができあがったのです。そして、この訳読方式を学校で普及させていきました。翻訳のできる人間が大量に必要だったからです。そして、いまだに、何も変えられていないのです。現代の日本人にとっては、英語の本を何年も遅れて翻訳することよりも、目の前にいる人間とコミュニケーションし、一番新しい情報を取り入れることが重要だというのに。すべての単語を日本語に置き換えて、ひっくり返りながら読むのではなくて、頭から読んでそのまま意味がわからないといけないのです。そうでなかったら、会話では、ひっくり返ってるヒマなどないですから。意味を覚える際に、日本語を使うのは構いません。特に、大人や、幼稚園児以降の子供だったら、日本語ですでに知っていることですから、日本語で意味を理解してもかまいません。しかし、常に、日本語を介さないと意味がわからないようでは困ります。Appleがりんごと覚えたら、Appleという音を聞いたり、自分で「正しく」発音しながら、頭の中に赤いリンゴをイメージで想像します。「正しく」発音できないうちは、CDを聞いて、それと同じになるように何度も発話してみてください。ここはひとつの難関です。子供ならなんということなしに音を真似ることができるのですが、大人は殻を破らない限りできない人がいます。自分でも、自分の発音が間違っていることがどうしてもわからないのです。「言葉の音をそのまま聞く」ということが、できなくなっているんです。自分の世界に引き込んで聞いてしまうのです。他人の声はもちろん、自分の声も聞くことができません。自分の声を録音して、お手本と聞き比べてみると、さすがに違いは認識できるかもしれませんが、それでもかなり頑固に変えることができません。これを直すのは生半可ではありませんが、とても大切なところですので、ぜひ、自分で必死にやるか、先生につくかして、直してください。子供は、そんな苦労しなくても、正しい発音を聞かせるだけで、真似することができるはずです。いい発音をたくさん聞かせてあげてください。単語が慣れてきたら、センテンスで、意味が浮かぶように訓練していきます。ここでも、日本語に訳さずに、意味を捉えていきます。もし、意味がわからなかったら、日本語訳を見てもかまいません。でも、必ずもう一度英文に戻って、日本語に訳さずに意味がわかるようになるまで、その文をながめたり、声に出したりしてください。これも、長年、日本語しか使ってない人は、日本語を使わずに考えるということがピンとこないでしょう。でも、これも慣れでできるようになりますので、あきらめずにトライしてください。I'm hungry.と言いながら、お腹の減った「状態」を思い浮かべます。日本語は頭に思い浮かべません。この訓練を日々続けることが、語学学習でもっとも大切なことなのです。また改めて大人の語学学習法を書きますが、文法を2年も3年もかかって習ってはいけません。文法など、最初の1週間か2週間で本を一冊一通り読んでしまって、貴重な時間はこの訓練に使うのです。(文法は、もちろん大事ですが、一気に頭に入れて、入らない分は、後から見返したほうがよいのです。文法をネイティブに習う必要はありません。読めばわかります。)ちなみに、このことはまだ紹介してないかもしれませんが、実は、この練習だけでは話せるようにはなりません。今お話したのは、音声(=記号)の意味化です。スピーキングは、意味の記号化です。そして、脳の中では、これは、別の働きであって、片方を鍛えれば両方できるようになるものではありません。つまり、ヒアリングが完ぺきになっても、まったくしゃべれない、ということは現実に起こりうるのであって、バイリンガルにも実際にそういう人たちがいます。受容バイリンガルと呼ばれる人たちで、私も実際に会ったことがありますが、言われていることはちゃんと意味がわかるのに、話そうとすると、まったく言葉が出てこないのだそうです。国際結婚などで、親がマイノリティ言語を使っていて、子供はコミュニティ言語を使っている場合によく起こります。これと同じことが語学学習にも起こります。だから、語学学習する際にも、音声を意味化する訓練と共に、意味を音声化する訓練、すなわち、思ったことを英語にしてみる、という練習をしないと、しゃべれるようにはならないのです。いくら勉強しても英語が話せない、、、とお悩みの方、英語を話す練習をしたことがあるかどうか、思い返してみてください。ここまでは、大人にも応用できるように書いてきましたが、子供の場合は、とくに幼児なら、日本語に置き換える癖などはありませんから、そのシチュエーションにあった英語を聞かせるだけで、英語の音声と意味が勝手に結びついていきます。リンゴを指さして、This is an apple.というだけでよいのです。ついでに、It's red. How many apples are there? There are three apples. Do you like apples? I like them very much. It's yummy. Do you want to eat an apple for your breakfast? などと言ってやるだけで、単語もどんどん覚えていきますし、複数形にはsがつくことも、自然と理解してしまいます。これが、私がおすすめしている英語語りかけ育児です。ただ黙ってりんごを切って出すよりも、たくさんのコミュニケーションがとれて、素敵だと思いませんか? これを0歳からやってれば、1歳になって言葉を話しだすと同時に英語も話すようになりますよ!
January 4, 2011
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