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皆さま、こんにちは!オードリーです♪ 今日の話題は、タイトルどおり(笑)。 もしかしたら自慢話に聞こえちゃうかも?!という内容です。 が、気を悪くしないで読んでいただければ嬉しいです。 とっても嬉しかった私の体験を通じて、ちょっと元気になったり、 自分のことをほめてあげる気持ちを持てる方がいらしたら、 嬉しく思います。 昨日、かなりご無沙汰していた中学時代の友人が、ちょっとした 用事で我が家に立ち寄りました。彼は結婚して5、6年たつ サラリーマンで、とても素敵な奥様と、かわいい盛りのお嬢さんとの 3人家族。休日に、家族そろって遊びに行く前に、1時間ほど 立ち寄ってくれたのでした。 実は、彼の家族に対しては、少々コンプレックスを抱えていた私。 彼の結婚式に出席した際、奥様がそれはそれはきれいで、私にはない(苦笑) しとやかさをもっていたのがうらやましくて。。。 そしてまた、スピーチをする友人という友人の言葉の中に、99%の 確率で(笑)「きれい」「美人」「おしゃれ」というキーワードが 出てくる。。。 当時、自分の外見に自信がなく、おしゃれになりたい!きれいになりたい! って思っていた私は、それがまた、うらやましくてたまらない。 さらに、結婚してすぐにマンションを購入した彼が、私があこがれていた ような(&当時の私たち夫婦には手が出なかったような)高級なモダン家具を そろえたという話を耳にして、またまた「うらやましい病」が。。。(苦笑) そんなこんなで月日がたち、私も、自分なりにはベストと思える カタチで自宅の内装や家具をととのえ、夫婦が気持ちよく過ごせる 環境を作るようにしてきました。おしゃれ面や、外見のコンプレックスは 完全にはなくならないけれど、それでも、そのときにできるベストな 選択をして、できる範囲で気をつけるようには、してきました。 そして、今日、昨日訪ねてくれた彼からメールが入りました。 そこには 「娘も妻も、キミのことをすごくきれいだといっていました。センスもよく、 考え方もまっとうで。。。云々」という文字が。 素直に、嬉しかったです♪ あんなにうらやましい、きれいだとあこがれていた奥様から、 そんな風に言ってもらえるなんて、思いもしませんでした。 人のことをうらやむばかりではなく、自分のよさをできるだけ 活かして、そのときできることをして、自分を磨いていけば、 人は輝けるものなんだな。。。 そんな風に、勇気をもらうことができました。 これからも、人生を歩む中で、ついつい人と比較してしまうこと、 自分がちっぽけに見えて凹んでしまうことが、あるかもしれません。 そんなとき、「今の自分」にできるベストを尽くしながら、 自分に誠実に、自分を信じて生きていこう。 改めて、そんな風に思いました。 皆さまの中で、私と同じような経験をされている方がいらしたら、 ぜひ、この話を読んで、ちょっとでも元気になっていただけたら 嬉しいです☆ 読んでいただいて、ありがとうございます♪
2006.12.18
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、私の将来の夢のひとつのお話をさせていただきますね。実は、自分の夢を人に話すのは、かなり、ニガテでした。自分は、そんなことにふさわしくない。心の奥底の方で、そんな風に感じることが多く、人に話したらバカにされるんじゃないか?できもしないことをできるかのように語る、夢見る夢子ちゃんと思われるんじゃないか???そんなコワさから、心がワクワクするような夢を描いても、なかなかそれを人にシェアできないでいました。夢や、向かいたい方向。理想の生活。そんなことを語り合える仲間。語ったことを否定したり、バカにしたりする代わりに、応援し、あたたかく励ましてくれる仲間。このところ、周りにそんな仲間が増えてきたせいもあって、少しずつ、人に自分の夢を語ることができるようになってきました。(周りにいる人は自分の鏡。今から思うと、人の思いをバカにしてしまうような人が周りに多くいた時期の私は、自分でも気づかないうちに人に同じような思いで接していたのでしょう。。。(汗))さて。本題に戻りましょう。今日、ソース仲間のシゲさんに会って「シンクロのスイッチ」なるものについてお話を聞かせていただきました。自分が望む生活。夢。それを具体的に思い描くと、それに向かう道筋で、さまざまなシンクロニシティが起こって、夢の実現に向けてサポートしてくれる。そんな話をよく耳にしますよね。実は、人には、そのようなシンクロニシティを引きよせるための「スイッチ」がある。それを「オン」にすることで、シンクロニシティが起きやすくなるのだそうです。詳しい説明は省略しますが、今日私が発見した、ある夢のための私の中の「スイッチ」は、「夢を人にシェアする」ことだったのです。だったら。。。今でも、ちょっぴり勇気がいるけれど(笑)思い切ってこのブログでこの夢をシェアしてみよう。そう思いました。いくつかある中で、私がとても楽しみに思い描いている夢のひとつ。それは「世界の素敵なホテルの写真集を出すこと」なのです♪写真集といっても、ただの写真集とは、ちょっと違います。まず、対象になるホテルは、大手のチェーンホテルではなく、個人経営の小さなホテル。それでいながら、もてなしは一流。その土地の風土や、オーナーの個性が活かされたインテリアや料理、工夫を凝らしたもてなしが光る、小さな宿。そんな、宝石のようなホテルの写真集です。そして、写真に加えて、オーナーや、そこで働く方の思いが伝わってくるような、そんな写真集。どうして、ホテルを営むことにしたのか。日々、どんな気持ちでお客様と接しているのか。料理のメニューは、どんな工夫を凝らして考えているのか。インテリアは、どんな思いがあって選んだのか。。。さらに。せっかく素敵なホテルを取材して、オーナーさんの話を聞いて共感できたなら、自分もその写真集に登場しちゃいたい!っていうことで、時折、ホテルでくつろぐ私の姿や、オーナーさん、従業員と交流する私の姿も、写真集に登場する。そんな、本を作りたいと思っています。ホテルのすばらしさのひとつは、一流の「もてなしの心」に触れることができること。ホテルの数だけ、働く人の数だけ、どれひとつとして同じものがない、もてなしの心の表現。そのウラにある、さまざまな人の「思い」を、さりげなく伝えることで、この世には、こんなにもたくさんの、人を喜ばせたいという純粋な思いが溢れていることを、私たちは感じることができるに違いない。そして、その思いに触れることで、気持ちがほっとあたたかくなったり、やわらいだりすることがあったとしたら。。。それは、自分の心の中にも、同じやさしさが存在しているから。人のやさしさに触れることで、自分の中にある、忘れていた愛や、あたたかさを思い出すことができる。世界の美しい風景や、そこに住む人々のもてなしの心に触れることが、そんな、自分の中にある美しさを表現するひとつのきっかけになるとしたら、それはとっても素敵なことですね。私の人生に欠かせない大きな要素のひとつ、「旅」と「おもてなし」。それをカタチにすることで、私が伝えていきたいこと。そんな夢を、今日はシェアさせていただきました♪読んでいただいてありがとうございます☆
2006.12.15
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪ ここしばらく、外出したり、人と会ったりする予定が多く、楽しい半面、 なかなか家にいられないストレスを、ちょっぴり感じてもいました。 外に出るのが好きないっぽうで、実は家で過ごす時間をとても大切に している私。このバランスが崩れているときは、精神的にも満たされていない ことが多いのです。 昨日は、予定が変更になって久しぶりに家にいる時間をとることができました。 窓を開けて、家に新鮮な空気を通して。少々おざなりになっていた家事を片付けて、 夕食はシンプルだけれどきちんとしたものを作って、夫と二人で味わいながら ゆっくり食べる。。。 アタリマエだけれど、じんわりと心が満たされる、幸せな一日でした。 大好きなお料理は別として(笑)、それ以外は、決して家事が得意だったり、 好きだったりするわけではありません。ですが、好きとはいえなくても 淡々とそれをやっていると、自分の生活を自分できちんと営んでいる、 不思議な充実感を感じることができます。しっかり自分の足で立って、 自分を大事にして生活している実感が得られる。。。そんな感じでしょうか。 「ハレ」と「ケ」とはよく言ったもの。どちらが多すぎても、少なすぎても 心のバランスが乱れるのかもしれません。アタリマエの日常があるからこそ、 特別な日が、一層楽しく感じられる。特別な日を過ごしたあとに、 アタリマエの日常に戻るから、浮つくことなく、自分の「基盤」を ととのえることができる。。。 色々な娯楽や誘惑(?)の多いこの時代。ともすると、楽しさや、 ラクなコトを追い求めて、自分の「基盤」である日々の生活を ととのえることを忘れてしまいがち。そんな時代だからこそ、 アタリマエの、何気ない日常の中にあるささやかな喜びを 見出す心を、磨いていきたいものですね。
2006.12.12
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪ またまた、ご無沙汰してしまいました。 このところ、終日外出することが多くて「あんまり無理しないでおこう」 と思っているうちに日にちがたち、「今日こそは!」と思っていた矢先、 今度は体調を崩してしまいました(泣)。 体力を過信しないで、身体をいたわることが大事ですね。 年末の忙しい時期、皆さんも、お身体を大事にされてくださいね。 さて。久々のブログのお話は、先日観てきたミュージカルについてです。 音楽といえば、小さい頃からもっぱらクラシック派だった私。 小学生の頃に、クラスメイトに「オペラが大好き!」って言ったら 奇異の目で見られた経験も(苦笑)。。。 そんな私にとって、最も縁遠いジャンルの音楽のひとつだったのが、ロック。 もっと若い頃は「ヘンな衣装を着てステージの上でシャウトしてるだけ」って かな~り、偏見の目で見ていました。 ですが、いつの頃からか、ロックには、うるさい、派手といった「殻」 の奥に、とても繊細でこわれてしまいそうな感受性が潜んでいることに 気づくようになりました。そうかといって、ロック好きになるには いたらなかったのですが(笑)。。。 そんな私が先日訪れたのは、なんと。ロックミュージカル「We Will Rock You!」. ものすごく話題になっていることは、知っていましたが、どんな内容なのかも よく知らず、ご招待いただいたのがご縁で、足を運んでみたのでした。 感想は。。。 圧巻!!!! 伝説的なロックグループ、Queenの楽曲を、ひとつのストーリー仕立てにして 随所にちりばめた、ロック、またロックのオンパレード。最初、大音響で 会場がゆれるかと思ったときにはどうしようかと思いましたが(笑) 次第に、その曲の中にこめられた思いに引き寄せられて。。。 感動につぐ感動でした。 行き場を失ったように感じて悶々とする若者たち。 それでも、人生を輝かせたくて、必死で壁に立ち向かう若者たち。 心の中にあるやさしい思い、愛、夢の数々。それを素直に表現 できなくて、でも何かのカタチで表現せずにはいられない若者たち。 そんな彼らの思いが、ある時は激しく、あるときはせつない音楽に 乗って押し寄せてきて、不覚にも、涙が出てしまいました。。。 ロックって、うるさいだけじゃない。ヘンな格好をして暴れている(?) だけじゃない。改めて、そう思えました。 いえ、むしろ、ロックにしかない、ロックにしか表現できない 悲しみや、純粋な思いがあるのだと、理屈でなく、身体で感じました。 そして、思ったのです。 人は、繊細であればあるほど、やさしければやさしいほど、 傷つきやすいのだと。一見、コワい人やふてくされている人は、 ホンネはとても繊細で、愛に飢えているのかもしれない、と。。。 何かのきっかけで傷ついた心を守るために、一段、また一段と、 殻をまとって、本当の自分を隠すしかなかった人たちが、この世には たくさんいる。その殻の奥には、やさしさと、愛が潜んでいることを いつも心のどこかで覚えておこう。改めて、そう思いました。 厚く、堅い殻をまとっている人に出会ったとき。 自分に、ちょっとだけ心のゆとりがあるならば、まずは、自分から 心を開いてみよう。笑顔のひとつでも、さりげない言葉のひとつでもいい。 相手がそれを受け取るか、受け取らないかは、相手にまかせて。 自分が、できることをちょっとだけしてみることで、心の中に ある、繊細さや美しさを思い出してもらうきっかけになれば、 本当に嬉しいことですね。 そんなことを感じさせてくれた、ミュージカルでした。 「We Will Rock You!」、オススメです♪
2006.12.09
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪ ここ数日、ご無沙汰してしまいました。。。遊びにいらして下さったかた、 ごめんなさい!!! 先日、ご縁をいただいて、サーカスを観に行く機会がありました♪ 一言でサーカスと言っても、最近は色々なパターンのサーカスがありますね。 動物がたくさん出てくるものや、音楽とダンスが多く織り込まれてる、とても 芸術性の高いものまで、本当にさまざまです。 が、今回観に行ったのは、サーカスの原点ともいえるような、人間の「ワザ」を 中心にしたもの。久しぶりに、子供の頃何度か観たサーカスの雰囲気を 思い出していました。 今回の公演の中に、「空中バランス」をテーマにした、それはそれは 難しそうな離れワザを披露するものがありました。椅子を何脚も積み重ねて、 その上に片手で逆立ちするとか(!)同じ人間とは思えない超絶技巧の数々。 すっかり、感心して見入っていました。 が、観ているうちに、ちょっとした違和感を感じ始めたのでした。 最初は、すごい!すごすぎる!!!って感心していたのが、だんだん アタリマエになってきて、「ふ~ん。次はいくつ椅子を積み上げるのかな」 みたいな感覚になってくる。演技する人が、あまりにやすやすとワザを こなすので、すごさが感じられなくなってしまったのですね。 そのとき、ふとアタマに浮かんだのは、だいぶ前に観た、あるフランス人の 大道芸人の一人者の演技。彼もまた、同じように椅子を積み上げてその上に 逆立ちする、難しい技巧を披露していました。はっきりいって、演技の 技術は、彼よりも、今回のサーカスの演技者の方が高レベル。 フランス人の彼が、ちょっぴり危なっかしかったり、ちょっとゆらゆら していたような箇所でも、今回の演技者は、何の危うさも感じさせずに パーフェクトに決めるのです。 が。。。 どちらの演技に感動したか? そう聞かれると、私は、フランス人の彼に軍配をあげてしまうのです。 (別に、男性だからとか、かっこよかったからとか、そういう理由では ありません、念のため(笑)!) フランス人の彼が、ものすごく真剣な表情で自分の限界に挑戦する心意気。 それを観て、こちらもはらはらドキドキする気持ち。 技術だけではなくて、演技に芸術性を加えようと、音楽を工夫したり、 技巧を披露する合間合間に織り交ぜるダンスのような、華麗なふりつけ。 そんなものが合わさって、ただ単に「すごい!」って感心するだけではなくて、 彼の、自分の演技に対する心意気に、こちらも自分の気持ちを重ね合わせて、 すごく共感して、心を動かされたのでした。 「感心」ではなくて、「感動」することができたのでした。 そんなことを思い出しながら、思ったのです。 私たちは、ついつい完璧を求めようとして自分を責めることがあるけれど、 完璧なことだけが美しいわけではないのかもしれない、と。 自分を磨こうとして壁を乗り越えたり、工夫したりしつづける、 その心のありようこそが美しく、また人に感動や勇気を与えるのだと。。。 完璧な演技を見せてくれた今回のサーカスの演技者たち。 それはそれで、本当にすばらしかったのです。 彼らもまた、人には見せない努力を日々重ねているに違いありません。 どちらがいい、悪いということではなくて、演技のタイプが違うだけ。 そして、だからこそ見えてきた、ひとつの大事なメッセージ。 自分を責めるためではなく、より高めようとする気持ちから、 日々の行動を選んで生きていきたいですね!
2006.12.05
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、家事をやりながら、ふと思ったことをシェアさせていただきますね。今朝、新聞の回収に備えて、たまった新聞紙を専用の紙袋に詰めていたときのこと。四角い紙製の袋のカタチに沿って、曲がらないように、きっちり新聞紙を詰めていく、地道な作業。そのうち、出かける時間が迫って、少々気が急いてきて。。。ついつい、一度にたくさんの新聞を詰めこみたくなります。。。。ですが。たくさんの新聞紙を、四角い袋に合わせて入れようとすればするほど、曲がったり、袋が破れそうになったりと、うまくいかないのです。無理して押し込もうとするほど、完全な悪循環に陥りました(苦笑)。仕方なく、時計を尻目に、最初にやっていたとおり、少しずつ、少しずつ袋の形を損なわないように、きっちり入れるやり方に戻してみる。気持ちは少々焦っていても、確実に、そのほうがうまくまとまります。結果、たくさんの新聞紙を一度に入れたときよりも、早く作業が進んだのでした。しかも、新聞紙の端と端がきちんと揃っていて、仕上がりもキレイ!そのとき、思いました。これって、人生と同じだな。。。って。一歩一歩、今の自分の器に合わせた歩みを進めるうちに、いつのまにかそれが積み重なって、自分の中に蓄積ができてくる。自分の進みたい方向に近づいている。。。人生って、そんな風にして進んでいくのかもしれません。無理したり、分不相応な歩幅で歩もうとしても、どこか周りとギクシャクしたり、バランスがとれなかったりして、うまく進まない。そんなことって、ありますよね。私たちは、ついつい、早く結果を出すことや、早く進むことばかりを考えがち。どうして、こんなに急ぐのか、それも分からないまま、ただただ、スピードを求めて、自分にそぐわない行動をとってしまうこと、ありますよね。そんなとき、この、新聞の回収のように、小さな歩みでも、着実に積み重ねて生きる感覚を、思い出したいと思いました。歩みを止めなければ、いつかは行きたいところに到達できる。そして、そんな風にして積み重ねられたものが、ひとつのカタチとなって自分に自信を与えてくれたり、人に夢を与えたりすることができるとしたら、とてもすばらしいことですね。自分に合った大きさの、一歩。その一歩を止めないために、自分と宇宙を信頼する心。大事にしていきたいですね。
2006.12.01
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪夕方から夜にかけて出かける用事があって、ふと空を見上げると、夜空に澄んだ月がぽっかり浮かび上がっていました。くっきりとした輪郭が、冬が近づいていることを思わせてくれて、それはそれは美しい。。。先週末にワークショップを受けてから、心の中が、静かな湖面のように静まり返っている状態。喜怒哀楽の激しかったこれまでの自分とは違って、なんとも不思議な感覚。。。今日観た月は、そんな自分の心のうちを照らし出しているようで、なんだか親近感を覚えたのでした。出かけるときに目にした、静かに澄んだ月。それに対して、帰り道に出会った月は、ちょっと違った姿を見せてくれました。少し強まった風に吹かれて、たくさんの雲がたなびいている。その雲が、月の表面を覆っては晴れ、覆っては晴れる。。。それを、繰り返しているのです。月の姿そのものも、くっきり澄んでいた先ほどとは違って、輪郭がぼやけた、おぼろ月。実は。帰り道に、ちょっとした出来事があって、出かけた時のようには静かでなかった、私の胸の中。行きと、帰りとでまったく違って見えた月の姿が、それをあらわしているようで、とても不思議な気持ちでした。でも、今日の私は、今までの私とは、少~しだけ、違ったメッセージをこの月の姿から受け取りました。「いつもいつも、澄んで、くもりのない状態でいることなんて、あるわけがない。時には、くもったり、ぶれたり、ぼやけたりすることがあって、あたりまえ。それでも、くもったり、ぼやけたりしていても、それはちゃんとそこにある。輝きが失われているのではなくて、時折、見えなくなってしまうだけ。。。」これまでの私だったら、雲に覆われた月を見て「ああ、今の私は曇って、輝きがなくなっているんだな。。。またクリアな状態にしなくっちゃ」っていうように、受け取っていたように思います。その結果、心がさらにざわついて、自分で自分を責めてしまう。。。そんな経験を繰り返す中で、少しずつ、ゆれては戻る自分を許せるようになってきているみたい。ゆれても、ブレても、戻るところがある自分。静かで、揺らがない自分が、あることを知っている自分。ぽっかり空いてしまったような自分の中の空白に、これから何がやってくるのでしょうか???それを楽しみに、この静けさと、「ぽっかり感」を味わってみようと思っています。
2006.11.29
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先日のブログでお伝えしたとおり、この週末にかけて、東京を離れていました。行き先は、ショットバーマスターさんが開催するワークショップ。神戸の山の中の、自然がいっぱいの美しい環境の中、静かに静かに、ふか~く自分と向き合った2日間。行く前は、かえってきたら、受け取ったものをたくさんシェアするんだ!って意気込んで(笑)臨んだこのワークショップ。でも。。。2日間を過ごして帰ってきた今、何も言葉にできない。。。というのが、正直な気持ちなのです。胸の奥の方に、とっても深い海の底のような静けさがあって、これまでの自分とは何かが違う、そんな感覚。出会うものひとつひとつに対して澄んだ目が静かに見開かれているような、そんな感覚。今、かろうじて言葉にできるとしたら、それくらい。このまま、これから、私の人生にやってくるものを静かに、そのまま受け止めて、感じてみよう。そう思っています。あとで知ったのですが、今回のワークショップ、実は、完全なアドリブだったそう!リードして下さったショットバーマスターとちぐささんは、ご自分の直観を信頼し、参加者の私たちを信頼してその場で降ってくるメッセージを届けてくださったのです。お二人とも、アドリブだからこその、本当の真剣勝負。私たちに対するときの姿勢や、場の空気に、そのなみなみならない覚悟と、緊張感がみなぎっていて、ものすごいエネルギーを感じました。そのエネルギーに導かれて、自分と向き合い、手ばなすものを手ばなす勇気を持つことができた。そう感じています。一緒に参加した私の夫も、同じことを感じたようです。「天才が誕生する瞬間に立ち会うことができた」と言っていました。大きな大きな愛で、私たちをリードして下さったマスター、ちぐささん。あたたかい場を作り、守ってくださったミキちゃん、ケイスケさん。そして一緒に勇気をもって自分と向き合い、それを分かち合ってくれたすばらしい参加者の皆さん!ご一緒した2日間は私の心の中の宝ものです。ほんとにありがとうございます☆
2006.11.27
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、先日耳にした言葉で、渡したとても感銘を受けたものをシェアさせていただきますね。人生を歩んでいる上で、私たちは何かしら、壁に当たってしまうことがありますよね。「あ~、失敗した!」「自分はなんてダメなんだろう。。。」いつも前向きな気持ちで!なんて思っていても、凹んでしまうこともたくさん。そうかといえば、ついつい、自分にないものを持っている人と自分とを比べて、コンプレックスをもってしまったり。。。そんな体験を乗り越えて進んでいくのが、人生。そんな体験があるからこそ、人は成長できる。でも、そういわれても、凹むときは凹むし、コンプレックスだって、そんなにカンタンになくなるわけじゃない。私も、前向きな気持ちと、そんな気持ちとの間でよく揺れ動いてしまうことがあります。ですが、先日出会った言葉に、失敗したり、コンプレックスを持ったりすることの意味を、見出すことができたのでした。それは、「失敗を乗り越えたり、コンプレックスを魅力に変えたりした体験は、自分が成長するためだけのものではなく、その体験を通じて人に勇気や希望を与えるためにある」っていう言葉。この言葉を聞いて、はっとしました。よくよく振り返ってみれば、私も、さまざまな人が、試練を迎えてそれを乗り越えた体験からどれだけたくさんの勇気をもらって生きてきたことでしょう。伝記であったり、映画であったり、はたまた、美術の展覧会の会場に掲げられた作者のプロフィールであったり。。。カタチはさまざまですが、ある人の生きかたに感動して、そこから自分の人生への希望をもらえるひととき。それは、何事もなく幸せに生きた人の人生よりは、何かを乗り越えて夢をかなえたひとの人生からの感動であることがほとんどなのですね。無理して苦労したり、試練を見つける必要はないけれど、生きている間に迎える何らかの困難(。。。のように見えるもの、といったほうが正確でしょうか。。。)に対して、正面から向き合ってみる。スマートなやり方でなくてもいいから、それを自分なりに越えようと試行錯誤してみる。そんな体験を経て、いつしか自分が、もっと大きな器を持ち、ありのままの自分をもう少しだけ好きになれる日が来たら、そのとき、その体験をシェアしていくことで、後に続く多くの人の胸に、小さな希望の火を灯すことができるかもしれません。「今は幸せそうなあの人にも、そんな時期があったんだ!」「自分と同じような悩みを抱えていた人が、こんな幸せをつかんだんだ!」って。。。つらいな、と感じるとき。それを乗り越えようとするときに、自分のあとに続く、多くの人たちに思いをはせてみると、今までは感じられなかったチカラが沸いてくるかもしれません。今のこの体験が、生きる日が来る。そんな思いで、じっくりじっくり体験を噛みしめながら、それを味わっていきたい。そんな、たくさんの勇気をいただけた一言でした。*******************************************************************この週末にかけて、東京を離れます。このところ更新がなかなかできていないのですが、またまた、数日お休みさせていただくことになります。来週はじめに、またお目にかかりましょう~☆*******************************************************************
2006.11.24
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日のタイトル。ちょっと今までとは変わった雰囲気で「????」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね?!一応、毎日お化粧をするものの、実はあんまりお化粧が得意なほうではありません。その道のプロの方がご覧になったら、「あらら。。。」っていう点もたくさんあるに、違いありません(苦笑)。ですが、そんな、お化粧が得意でない私だからこそ、ちょっと感じてしまったことをシェアさせていただきますね。実は。マスカラをつけるためにビューラーを使うとき、うまくいくときと、うまくいかないときとの差が、激しいのです。(男性の方、なんのことか分からなかったら、親しい女性の方に聞いてみてくださいね!)まつげが全部きちんとそろって「くるん!」と上を向くときの気持ちよさは格別ですが、逆に、うまく上を向かなかったり、はたまた、まつげが一本一本別な方向を向いてしまうときのややこしさといったらありません。。。(泣)時間がない時などはどうしてもアセって、無理やり上を向かせようとするものの、ますますドツボにはまってしまうことも。器用な方であれば、そんなこともないのかもしれません。ですが、ぶきっちょな私だからこその、毎朝の、このささやかな苦労。。。それを何度か体験するうちに、ふと、思ったのです。「すべてが、同じ方向を向いて、タイミングが合ったときに、物事はスムーズに進むんだ!!!」って。まつげをカールさせるときの重要なポイントは、全部のまつげが、同じ方向を向いていること。そして、全部が一度に、ビューラーにはさまれることです。何本かのまつげがまったく違う方向を向いていたり、はさみわすれて取り残されたまつげがあったりすると、全体がバラバラでちぐはぐな、とってもおかしな結果になってしまいます。この状態でマスカラを塗ると、「バラバラ感」が一層際立ってしまって我ながら悲しい結果に。。。(苦笑)だから、アセって無理やりまつげを処理する前に、方向がそろっているか確かめて、ゆっくりと、全部をきちんとビューラーにはさんだ状態にしてやることが、ポイントなのですね。そこをきちんとやっておけば、軽くはさんで持ち上げるだけで、くるんときれいなまつげができる。ぎゅーっと力任せにねじ上げたり、カールしないからと何度も何度も操作(?)を繰り返したりする必要もありません。これって、人生でも、同じことかもしれません。何かをしようと思ったとき。何かを、行動に移すとき。やみくもに走り出すだけでは、進むものも、進まない。必要な要素がきちんと揃っているか?自分が進みたい方向に向けて、準備がととのっているか?それをきちんとチェックして、ゆっくりと見極めて、それから、静かに走り出す。。。そして、すべてが同じ方向を向いて、タイミングに乗って、相乗効果を発揮したとき、物事は流れにのって、スムーズに進んでいくのだと思います。結果を求めるあまり、足元を見ることを、ついつい、忘れてはいないか?準備が整っていないのに、先を見て走ることばかり考えてはいないか?ふとした、お化粧の合間のひとときに、そんなメッセージを受け取りました。自分にとって大切な目標や、夢に向かう行動であればこそ、それを楽しみに、ゆとりと慎重さをもって臨みたいものですね♪
2006.11.23
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先週は、お客様を我が家にお招きする機会が多く、楽しいひとときを過ごしました♪おかげさまで、家の中もきれいです(笑)さて。今日の話題は、またまたお料理に関することです。お客様をお招きしてお料理するときに、私が意識してやっていることのひとつは、「お料理の味を、短い時間でしみこませる」ことです。よく、煮物とか、おでんなどを作った翌日、残ったものを食べてみると、前日よりも味がしみて、おいしくなっていることって、ありますよね?以前、プロの料理人の方がおっしゃっていたのですが、味がよくしみこむための要素として、時間を置くことと、冷ますことがあるそうです。一晩、冷蔵庫に入れておくのは、味がしみるためには、まさに理想的な環境なのですね!普段の料理もそうですが、特に、人をお招きしているときは、遠い中をわざわざいらしてくださる方においしいものを食べてほしいと思うため、ちょっと気合が入ります(笑)料理の内容にもよりますが、味をしみこませたいようなものは、できれば前日に料理を作っておければ、それがベスト。でも、なかなかそうもいかないことも、多いですよね。そんなとき、私は、一たん火にかけて仕込んだあと、すぐに冷やすようにしています。スープや、煮込み料理なら、早い時間にとりかかって、煮込んだあと、すぐにフタを開けて火からはずし、保冷材の上に鍋を置いてしまいます。そして中身が冷えたら、即座に冷蔵庫の中へ。時間が少なくても、冷やすことで味がしみこんで、お客様がいらっしゃる頃にはなかなかの味になっている、というわけです。これって、人生にも置き換えられることかもしれない。。。先日、料理をしていてふと、そう思いました。材料を鍋の中で調理している状態。それは、人生で言えば、熱意をもって、何かに真剣に取り組んでいる状態を言うのかもしれません。その状態で、「料理」が完成する場合もあるけれど、メニューによっては、いったん、冷まして、寝かせることで、より味わいが深くなることもある。。。何かに真剣に取り組んだあと、いったんそれを手ばなして、こころを穏やかに保って「冷却期間」を置いてみる。そうすることで、熱い気持ちで取り組んでいた時に培われたものが熟成して、じわじわと浸透していくことも、あるように思うのです。料理において、「時間」と「自然」が作り出す味わいの深さにはとうてい人間の手ではかなわないものがたくさん!じっくり火にかけて煮込んだり、材料を漬け込んでおいたり、寝かせたり、熟成させたり。。。そう、「自然」のもつチカラを信頼して、それにゆだねることで、はかり知れないうまみが出来上がるのですね。人の人生も、同じこと。今の自分にできることを精一杯やって、あとは、時間の流れに身をゆだねてみる。結果を急ぐ気持ちを手ばなして、宇宙を信頼してみる。すると、自分では思ってもみなかった、びっくりするような「うまみ」が完成するかもしれません!「冷やして、寝かせた」あとの、自分だけのもつ味わい。楽しみにして、一歩一歩人生を歩んでいきたいですね♪
2006.11.20
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪昨日は、ツイてるファシリテーターさんが主催するソース勉強会に参加しました。昼の部では、ソース受講者同士のフリートーク。そして、夜の部では、私自身がソースのプログラムを受講したときのトレーナーだった安藤理さんのインタビュアーを務めさせていただきました。スピーカーの安藤さん。八ヶ岳のふもとの、すばらしい環境の中で、自分が心からワクワクすることを掘り起こす自己発見プログラム「ソース」、そして自分の心の中にある精神的なブロックを解放する「セドナメソッド」などのすばらしいワークを提供されている方です。ワークをする際のファシリテートのすばらしさもさることながら、自然体で、力みのないゆったりとした生きかたそのものが魅力の、安藤さん。その生きかたに行き着くまでの道のりで、どんなことを体験し、どんなことを考えてこられたのか、時間の許すかぎり、貪欲にお聞きしちゃいました(笑)!印象に残ったのは、ご自分の心の声、直観を信じる生きかた。頑張ることより、自分にとって心地よく、違和感のない状態を作ることを大事にすること。そうした生きかたを続けていくことで、おのずと、人生が、望ましい方向へと進んでいくことを、ご自身の体験を惜しみなくシェアしながら語ってくださいました。もちろん、安藤さんも、最初からそういうスタンスにたっていらしたわけではありません。頑張って、無理してしまった時代もあれば、思うようなスピードで人生が展開せずに焦りを感じてしまったこともあったそう。(あの、ゆったりしている安藤さんが焦っている姿って、どうしても想像できないのですが。。。(笑))ですが、そんな中、試行錯誤を繰り返しながらも、ゆれては、戻り、ゆれては、身の回りの変化からメッセージを受け取って、一歩一歩直観にしたがって生きる生きかたを身につけていかれた、その歩みがとても親近感をもって伝わってくるお話でした。静かな湖面のように「揺らぎのないひと」という表現がぴったりの、安藤さん。でも、その「揺らがなさ」に行き着くまでには、たくさんの「揺らぎ」があったことを知ると、今、揺らいでしまう自分をも、やさしく認めてあげようと思えてくる。揺らいでは戻っているプロセスは、少しずつ自分らしい「中心」へとむ道なのだと受け入れることができるのですね。周りと比べなくていい。世間で「いい」「こうあるき」って言われる概念と、合っていなくても大丈夫。自分の心が、奥のほうで、ハッピーと感じていれば、大丈夫。そんなメッセージをいただけました。そして、とっても印象に残ったのは、安藤さんの最後のメッセージ。「自分の心の中が穏やかで静かに満たされている状態になることは、心が平和になること。そんな生きかたをする人が増えていけば、それが少しずつではあっても、世の中の平和につながっていくのではないかと思う。そこに、少しでも貢献できたら嬉しい」とのお言葉。先日の講演会で受け取ったメッセージと、同じ内容を、またまた受け取ることができて、内容がさらに深く自分の中にいきわたるのを感じました。外の世界は、自分の心の中の投影。外の世界をコントロールすることから、自分と向き合い、自分らしさに戻ることへと意識をシフトすることで人間は、自然で、愛に溢れて、輝く姿を取り戻すことができる。そんな生きかたが、平和で幸せな世界を作る一歩なのだと、改めて実感することができました。奇しくも、インタビューをさせていただいた昨日は、私の誕生日♪インタビューの場でも、参加者の皆さまから祝福していただいて、びっくりするとともに最高にハッピーでした。そして、次の1年を歩むにあたり、自分の原点に戻る、大事なメッセージをいただいて、より、自分らしさに根ざした人生へと近づくきっかけをつかめたように感じています。すばらしいお話をいただいた安藤さん、主催者のツイてるファシリテーターさん、その他参加者のみなみなさま。本当に、ありがとうございます☆
2006.11.17
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、犬飼ターボさんの新刊、「オレンジ・レッスン」の出版記念講演会に行ってきました。ワークあり、トークあり、はたまた、主人公のモデルとなったかたがたとの対談ありと、盛りだくさん!ターボさんのあたたかさが感じられる、素敵な場でした♪何よりも、印象的だったのは、講演会の最後にターボさんがおっしゃった言葉。「自分は、戦争をなくすために、執筆活動や、セミナーを開いている」「人と人とのいさかいや戦争は、自分の心の中にある戦争が反映されているもの。自分の中にある「認めたくない自分」との戦いが、外の世界に現れている。だから、まずは、自分の心の中にある戦いを終わらせることが、平和への道筋となるのだと思っています」このお言葉に、はっとさせられました。「外の世界は、自分の心の投影」とは、最近よく耳にする話です。身の回りの出来事については、自分の内面と照らし合わせてみることをするようにしていますが、もっと視野を広げると、それが戦争にまでいきつくというところにまでは、考えが及んでいませんでした。とくに、平和な日本という国にいると、戦争はどこかで「他人事」としてとらえてしまいがち。ですが、人類や、地球の平和という視野でものごとをとらえたときにも、まず、みつめてみる必要があるのは、自分の内面なのだと、改めて考えさせられたのでした。これまで、闘争と、統合とを繰り返してきた人類の歴史。人と競い、人をコントロールすることで保たれてきた均衡。ですが、人が、より幸せに、より豊かになっていくことが、人類の成長と発展だとするならば、そろそろ、この、歴史を終わらせることに目を向ける必要があるのかもしれませんね。それも、抑圧したり、コントロールすることではなく、本当に心の底から、自分も、人も、平和でいられるやり方で。。。自分が幸せになることで、人を幸せにできる。自分の幸せの波動が広がって、他の人にも幸せを届けられる。こうした考えを聞くと、「まずは、自分が幸せになる」ことに罪悪感を感じる方も、多いみたいです。何を隠そう、かく言う私も、その一人でした(笑)!最近、よく耳にすることばに「自分が幸せになることって、本当は、とってもコワいこと」というのがあります。前は分からなかったその意味が、ちょっとだけ分かるような気が。。。でも、自分の幸せが、もしかしたら世界の平和に貢献できるかも?!視野を大きくもって、そう感じてみると、自分が、まずは幸せになることのすばらしさが、実感しやすくなりますね。そろそろ、自分を幸せにすることを許そう。そろそろ、自分がまず、豊かになってみることを許そう。心の中でそんな声が聞こえたら、自分がハッピーになるタイミングなのかもしれません。自分は、そのままでも十分素敵。自分に、そう言ってあげる。イヤな自分も、ウラを返せば、魅力でいっぱい。そう気づいてあげる。嬉しいな、楽しいな。そう感じられる時間を増やして、その気持ちを人にシェアしていく。。。こんな人が増えたら、ターボさんのおっしゃるように、世界がちょっとずつでも、変わりはじめるかもしれない。そう思うと、とってもワクワクしてきます!「幸せな人は、世界を平和にする」こんな、どーんとした気持ちで、笑顔でいられる時間を、増やしていきたいですね♪
2006.11.15
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日、本屋さんで目にした雑誌に、私より少し年上の、ある女性のインタビュー記事が載っていました。その方は、人生で大きな転機がある時に、ご自分に大好きなジュエリーをプレゼントされるのだそうです。ひとつ、ふたつと増えていったジュエリーが、今ではちょっとしたコレクションになっていて、それを見ていると自分のこれまでの軌跡がよみがえるのだとか。。。このお話を読んで、ふと、数年前に仕事でお目にかかった、ある著名なプロダクトデザイナーの方がおっしゃっていたことを、思い出しました。(以前の日記にも、この方のことについて書いているのでよろしかったら、こちらもご覧下さいね!)この、デザイナーの方。お会いしてお話していると、ものを作ったり、デザインしたりするのが本当に大好きな様子が伝わってきて、こちらまで楽しくなるような方なのです。著名な方なのに、まったく偉ぶるところがなくて、心のおもむくままに、大好きなデザインをしていたら、いつの間にか有名になってしまった。。。といった感じなのですね。この方がおっしゃっていたことで印象に残っているものに、次のような言葉があります:「何か大きなプロジェクトの依頼を受けたとき、仕事にとりかかる前に、まず、仕事の道具をひとつ、自分のために買うんだ。小さなものでいいのだけれど、何かこう、心がウキウキするような、楽しいデザインのモノをね。それを使って仕事をすることで、毎日の仕事が一層楽しくなって新しい仕事への意欲がアップするし、そのプロジェクトが終わった後にはひとつのいい記念にもなる。僕のオフィスは、こんな、仕事の小さな道具のコレクションがいっぱいあるんだよ」子供のように無邪気な心で、楽しく仕事に向かっている彼の姿をほうふつとさせてくれる、心温まるお話です。「自分へのご褒美」「自分へのプレゼント」。。。最近、よく耳にすることばです。仕事に限らず、何かの節目に、頑張った自分をいたわることって、とっても素敵なことですよね。でも、ともすると、この言葉を言い訳に、やみくもに買いたいものを買いにはしってしまったり、その時々の衝動に任せて、脈絡のないものにお金を使ってしまうことって、ありませんか?(私も、そんなにがーい経験をしてきたひとりです。。。(苦笑))本当に、自分をいたわったり、励ましたりできる贈り物。自分の人生にとって大切なこと、欠かせないものに関わるもの。自分の人生のテーマに根ざした、心がほんとうに喜ぶもの。そんな、一本の軸のとおった贈り物を、機会あるごとに自分に向けてみる。。。そんな風に、「自分に対するご褒美」を使いこなせたら、素敵ですね。旅が好きな人であれば、旅する先々で、同じテーマのものを買い集めてみる。女性らしいおしゃれが好きならば、ジュエリーやスカーフ。お料理が好きならば、キッチンを彩る楽しげな料理道具。お酒が好きな人ならば、質のいいグラスを1点ずつ。。。1点ずつ買いそろえたお気に入りたちがいつの間にか、小さなコレクションをかたちづくる頃、自分の人生も、それに比例してたくさんの出会いと、経験とに彩られて円熟味を増していることでしょう。自分のストーリーを語る、自分だけのコレクション。次のお誕生日あたりから、始めてみるのもいいかもしれませんね?!
2006.11.13
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪今日は、またまた(笑)私がハマっている金曜の連ドラからのお話です。今回のドラマで、またまた、とても心に響くセリフがありました。私の大好きな渡哲也さんが述べるセリフなのですが、渡さんでない俳優さんが述べたとしても、きっとじーんときたに違いありません(!)渡さんの役は、退職したサラリーマン。2ヶ月に奥様を病気で亡くされて、今は幼稚園でボランティアを務めているという設定です。そんな渡さんが、「奥様を亡くされてさびしいと感じるのは、どんなときですか」という、少々ぶしつけな質問に対して、静かに微笑みながら答えるセリフ。「家に帰ったとき、灯りがついていない。灯りをつけると、部屋の中が、出て行った時のままになっている。読みかけの新聞はそのままだし、部屋に干した洗濯物もそのまま。。。そんなとき、女房はもう、いないんだな、って思う」こんな内容だったと思います。これを聞いて、はっとしました。出かけて、帰って来たときに、自分を迎え入れてくれる家や、家族。そのありかたの、ほんの小さな違いが、心に灯をともすこともあれば、寂しさを与えることもあるのだと、気づかされました。自分が、或いは家族が家に帰ってきたとき、その自分や、家族をどんな風に出迎えているか?それを改めて見直そうと思いました。夕食の支度の忙しさにかまけて、「おかえりなさい」の一言をついついぶっきらぼうに言ってはいないか?朝、出がけの忙しさの中で、家が乱雑なまま、ついついバタバタと出かけてはいないか?自分に、問いかけずにはいられませんでした。ドラマを観て、ふと思い出したのが、インテリアの仕事をしていた時に出会った一冊の本に書かれていた、ある共働きのご夫婦のお話。奥様も仕事をもたれていて、ダンナ様が先に家に帰ることも多いライフスタイルの、このご夫婦。そんな中、一人で暗い家に帰るダンナさまを気遣って、家を建てるときに奥様がおっしゃったそうです:「玄関の照明は、人が入ってきたら、自動的に灯りがともるようなタイプのものにして下さい」と。。。家にいて、灯りをともしてダンナさまを迎え入れてさしあげることができない分、せめて帰って来たときに、明るい灯りがダンナさまを出迎えてくれるように、との奥様のやさしい心遣いがにじみ出ていて、とっても感動したのを覚えています。何かと忙しい日々の中で、ついつい、見過ごしてしまいがちな「おかえりなさい」のメッセージ。帰って来たときの、ほんのわずかな一瞬だからこそ、その一瞬を大事にしたいと思います。家族がいる身であれば、一瞬、仕事の手を止めて、笑顔で玄関まで足を運ぶ。それが無理ならば、せめて声だけでも、つとめて明るく「おかえりなさい」と言ってみる。ひとり暮らしであれば、帰って来たとき、自分が気持ちよくいられるように、ざっと部屋を整えてから出かける。玄関に、気持ちが安らぐようなランプや、グリーンを置いてみる。。。ほんのちょっとしたことですが、自分や、自分を支えてくれるもっとも大切な存在をいたわるこころを表現できる、貴重な一瞬が「おかえりなさい」なのだと、改めて感じています。最後に、私が、夫が夜遅くなる日に、先にベッドに入る前に贈る「おかえりなさい」のメッセージで、夫が気に入っているものをご紹介しましょう!それは。ぬいぐるみを玄関に置いて、その手に小さなメモ用紙を持たせる方法(笑)!メモ用紙には、カンタンな「お帰りなさい、お疲れさま!悪いけれど明日は早いので先に寝ます。ゆっくりお風呂に入ってね」などのメッセージを書いておきます。ちょいと、子供っぽいやり方ですが(笑)意外に、心がなごむようですよ♪よろしかったら、試してみてくださいね!
2006.11.12
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪「主婦」って言葉がピンと来ない!って言われることの多い私。。。ですが、一応、家事をすることも、私の生活の一部です(笑)。というわけで、今日は日々の家事を通じて感じたことをシェアさせていただきますね。大好きなお料理から、あんまり好きになれないお掃除まで、さまざまな家の仕事。好きなものについては、よりイキイキと、手早くできるように。ニガテなものについては、少しでも重い腰が軽くなるようにするために、私が心がけていること。それは、「その家事に集中できる身なりをととのえる」ということです。これって、当たり前のようでいて、以外に大事だな。。。って感じています。逆に言うと、身なりが中途半端な状態で家事にとりかかっても、あんまりいい結果にならないことが多いのですね。たとえば。外出する直前に、掃除をささっと済ませたり、夕食の下ごしらえをするとします。そんなとき、すぐに出かけられるように、髪をきちんとブローして、外出するときの格好をしたまま家事にとりかかると、あんまりうまくいかないことが、多い。それは、髪が邪魔になったり、洋服が汚れることが気になったりして、思いっきり家事に集中できないから。どこか、中途半端な状態でものごとにとりかかると、その心持ちが、そのまま結果に反映されてしまう。。。これを防ぐために、出かける予定があったとしても、家の仕事をする時は、きちんと集中できる状態を作る。このことを、大切にしています。掃除をするなら、汚れてもいいようなボトムをはいて。料理をするなら、油や材料がはねてもいいように、胸あてがついたエプロンをして。そして、髪はきちんとまとめるか、スカーフで包む。着替えるのは、家事が終わって、出かける直前に。。。人間は、人生の中で、いくつかの「顔」「役割」を持っているもの。ひとつひとつの「役割」を演じる際に、しっかりとこころ構えを作って臨むことで、その役割に集中することができるものなのですね。その、こころ構えをサポートしてくれるもののひとつが、服装であったり、道具であったり。まずは、「カタチ」をととのえることで、心の中のスイッチを切り替えて、それぞれのシチュエーションに対応しやすくなるように思います。何となく、気分が乗らないとき。一層気分を乗せたいとき。心が引き締まるような、あるいは楽しくなるような「衣装」や「道具」が、日々の生活にメリハリや、いろどりを与えてくれるかもしれませんね!ニガテ意識が抜けきらない掃除を楽しくするために(苦笑)エプロンだけでなく、カラフルな掃除用具でもそろえてみようかな?!
2006.11.11
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪ しばらくご無沙汰してしましました。遊びに来てくださったかた、 ごめんなさい。旅行や仕事で家を空けるとき以外で、こんなにご無沙汰 したのはブログをスタートして以来、初めてのこと。外出が多く、夜遅く なることが多かったので、思い切って自分をいたわることを優先して みました。これが、意外に難しい(笑)!私にとってはちょっとした チャレンジでも、ありました。 さて。今日は、先日ミュージカルを観て感じたことのお話です。 ちょっとしたご縁でチケットをいただいて、劇団四季の「オペラ座の怪人」 を観に行って来ました。ミュージカルの巨匠、アンドリュー・ロイド・ウェバーの、 あまりに有名なこの作品。ご存知の方も多いことでしょう。 豊かな才能に恵まれながら、醜い容姿を持ったがために屈折したカタチでしか 愛情を表現できない「怪人」と、純粋な心を持つ歌姫との、切ない恋の物語。 初めてこのミュージカルを観たとき以来、ラストシーンでは、怪人の悲しみが 胸に迫ってきて、結構、派手に泣いてしまいます。ですので、そんな姿を見られても OKな人としか、観にいけない(笑)。。。 大好きなこの、ラストシーンの中で、これまで私が唯一、気に入らなかった 箇所があります。それは、歌姫クリスティーヌが、怪人にもらった指輪を 彼に返すシーン。これからご覧になる方のために、詳しいことは書きませんが この場面で怪人は、クリスティーヌへの恋を吹っ切る決心をします。 つらい思いを押し隠して心を決めた怪人。それなのに、追い討ちをかける かのごとく、愛のしるしとして渡された指輪を返すというクリスティーヌの 行為がなんだかとっても冷たく、残酷なものに思えて、これまで、その場面を 観るたびにいたたまれなかったのでした。 ですが、今回この場面になったとき、今までとは違った感覚で観ている 自分がいました。これまでは「要らなくなったものをつき返す」行為のように 見えていたのが、今回はなぜか、クリスティーヌが、感謝と、祝福の思いを こめて指輪を手渡しているように見えたのです。 父を失って孤独だったクリスティーヌに歌を教えてくれた怪人。 その、音楽に癒され、導かれて新しい人生への一歩を踏み出すことが できたクリスティーヌ。これまで支えてもらったことへの感謝の思いと、 これまでの二人の関係を終わらせ、自分も、相手も、違う道へと新しく 歩み始めることへの決意、そしてその新しい人生を祝福する気持ちが 凝縮されているように感じられたのでした。 ひとは、人生の中でいくつかの転機を迎えます。そのとき、それまで 自分が助けを求めていたものや、自分が必要としてきたものを見直し、 これからの人生において、それが必要かどうかを問われます。 今までの自分にとっては必要だったものも、成長して、次のステップを 進もうとしているときには、もう必要でないことも、あるかもしれない。 そんなとき、お世話になったものを手ばなすのは、寂しさや、コワさが 伴います。とっても勇気のいることでもありますね。でも、次に進む ためには、手ばなすことも、また必要。 「ここまでこられたのはあなたのおかげ」。。。 その思いさえ、きちんと伝えることができれば、あとは手ばなして、 より、自分を高めていくことにエネルギーを注ぐ。それこそが、本当の 意味での恩返しなのでしょう。そして、そんな風に手ばなしていく 経験を積んでいたならば、自分が「手ばなされた」時にも、穏やかに 微笑んで、相手の成長を祝福することができるに違いありませんね。 こんな風に感じたからでしょうか、今回の「オペラ座の怪人」の公演の ラストでは、恋を吹っ切る心を歌い上げる怪人の声が、悲しみの吐露と いうよりは、凛とした決意の歌として胸に響きました。 。。。でも、泣いちゃったけど(笑) このミュージカル、最近の映画化バージョンも、とってもお勧めです♪ まだご覧になっていない方は、ぜひ、観てみてくださいね。
2006.11.10
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪このところ、朝晩はずいぶんと涼しくなりましたね!夜まで出かける日には、ジャケットが欠かせない日が増えてきました。気候が涼しくなると、暑い夏の間にはおっくうに感じられた家事が、だいぶラクにできるようになるのが、主婦としては嬉しいところ。中でも、季節によって、かな~りやる気が左右される家事のひとつに、アイロンがけがあります。真夏のアイロンがけは、まるでサウナのよう!痩身効果を期待するにはいいのかもしれませんが(笑)、流れる汗をふきふきアイロンをかけるのは、ちょっと、つらい。。。そんなわけで、夏の間、さぼりがちだった、このアイロンがけ。長袖のシャツを着る機会が増えたこともあって、最近ようやく復活しつつあります(笑)。家事って、単調なようでいて、実は、そのときどきの精神状態が、意外にもはっきりと結果に出てしまう仕事でもありますね。時間がなくて焦っていたり、イライラしながらやったりするのと、ゆったりと、心に余裕をもってやるのとでは、違いは、歴然。中でも、アイロンがけは、それがかなり顕著な家事なのではないかと感じています。以前、ハウスキーピングをテーマにした本で読んだのですが、アイロンがけをするときは、優雅で、ちょっと「おすまし」した気分でかけると、うまくいくそうです♪それを思い出して、家でアイロンをかける時には、エレガントな気分になれるような音楽をかけて、まず、一杯のお茶や、コーヒーをゆっくり飲んでから、かけるようにしています。かける音楽は、気分に合わせて、クラシックや、バラード調のやさしい曲調のもの。そんなBGMが流れる中、余計なことを考えず、しわをピンと伸ばして、きれいに仕上げることだけに集中するひととき。ちょっとだけ、無心に戻れるような、不思議な感覚がよみがえります。ピシッと仕上がったシャツをハンガーにかける時の満足感もまた、格別です♪ともするとつまらなく思えてしまいがちな家事が、一段グレードアップした優雅な行為に思えるから、不思議。音楽の力って、ほんとに偉大!心地よいメロディーに、しばし耳を傾けることで、心のざわつきが鎮まって、自分のピュアな部分や、繊細な感受性に、知らず知らずの間にアクセスすることができるのですね。何かひとつのことに取り組むひとときを、とても価値の高い時間に変身させてくれる、心強い「助っ人」です。忙しい、忙しいと思っているときこそ。心がわさわさして落ち着かないときだからこそ。いっとき、焦る気持ちを鎮めて、ちょっとの時間でも、やさしいしらべに耳を傾けるひとときを持ってみる。何かを始める前に、お気に入りの曲をかけてから、深呼吸してから始めてみる。二度とは、帰らない時間を、自分にとって心地よいものにするために。その幸せ感を、人に伝えていけるためにも、そんな心持ちを、大切にしていきたいですね。
2006.11.06
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪ 今日は、昨日に引き続き、しつこく(?)金曜夜の連続ドラマの お話です(笑)。「家族」というタイトルの、このドラマ。 会社勤めをしたことのある人なら誰でも共感しそうな場面が、たくさん でてきます。仕事と家庭とのバランスがうまくとれないサラリーマン。 そんな夫に愛想をつかす妻。リストラ。家族の病気。。。 そんな中、昨日放映された内容で、とても心を打たれたこと。 それは、渡さんとともに、これまた、私が大好きな俳優、 竹野内豊さん演じる、妻に愛想をつかされたサラリーマンが、 このようなセリフを述べる場面です: 「自分は、幼いときに父を亡くしたので、母はいつも仕事で忙しく していた。だから、若いときから、何をするときでも自分ひとりで 決めて、ひとりでやるしかなかった。でも、妻は、そんな自分の態度が 理解できず、とても勝手に思えたようだ。。。」 妻には、不満のタネでしかなかった、一人で何でもさっさと決めて、 行動してしまう態度のウラには、彼の、若いときのつらい思いや苦労が ひそんでいたのですね。 同じ場面で、渡哲也さん扮する元サラリーマンが、幼稚園でボランティアを している理由を尋ねられる場面もまた、とっても印象的でした: 「(今は亡き)妻が、幼稚園でボランティアをしていて、それはそれは 楽しそうだった。何がそれほど楽しかったのか、知りたいと思って、 妻がいなくなった今、妻と同じことをしてみようと思ったのだ」 正確には覚えていませんが、このような内容のセリフでした。 妻が生きていたときには、理解しようとしなかった自分を後悔し、 今さらながら、亡き妻の思いに自分の思いを重ねようとする、 一人の男性の姿が、とてもさみしく、でもとても素敵でした。 この、二人のセリフを聞いて、涙が出ました。 自分には理解できない行動をとるように見える人がいたとしても、 そのウラには、そうしたくてたまらなかった理由がある。 或いは、そうせざるを得なかった理由がある。 それが、結果的に自分を傷つけるものであったとしても、 相手は、自分を傷つけるためにそうしたのではない。 そうするしかなかったから、そうしただけ。。。 この、相手の行動のウラにある思いや、背景に、少しでも 思いをはせることができたなら、ひとは、それほど傷ついたり、 傷つけたりしなくても済むのかもしれません。 もちろん、ひどく頭にきたり、傷ついたりしたときに、 相手の状況に思いをはせるのは、時として、とっても難しい。 そんなとき、まずは、自分の中にいる、傷ついた小さな 自分をいたわることが大事。その上で、相手の中にいる、同じように 小さくて、傷つきやすい存在に、そっと問いかけてみる。 「何か、つらいことがあったのね。そんな風にしなくちゃいけない 理由が、あったのね。でも、もう大丈夫。そんなことをしなくても、 あなたは輝いているよ。。。」 こんな風に、心の中で、相手の心の中の深い部分と対話してみると、 これまで見えなかったものが、何か見えてくるかもしれません。 渡さん演じるサラリーマンのように、相手が、どうしてそうしたのか。 それを分かろうと歩み寄ることで、怒りや悲しみが、自分や相手を 思いやる、あたたかい気持ちに昇華する。そんな場面が、ひとつでも、 ふたつでも、増えていけば、人生が豊かに彩られるに違いありませんね♪
2006.11.04
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、金曜日。このところ、金曜の夜が楽しみでならない私です。。。。。。と、書いただけで、理由が分かる人は、相当オードリー通(笑)!実は。最近始まったドラマに、はまっているのです。私をよく知る人にはお伝えしたことがありますが、私は結構「おじさん好み」。そして、そんな私が大好きでたまらない俳優さんのひとりが、渡哲也さん!こう言うと、必ず、絶句されたり、笑われたりすることが多いのですがマジメに、かっこいいと思っています。(そういえば、オードリーも年上の男性好みだったそう。。。)実は、私が渡さんを知ったのは、比較的最近のこと。だから、若い頃の彼の活躍ぶりを、あんまり知りません。それだけに、しぶ~いオトナの男の魅力がにじみ出ているような渡さんの演技に惹かれて、彼のファンになったのでした。ファンになると、スクリーン上の姿だけでなく、素顔を知りたいと思うようになるもの。ドキュメンタリー番組を欠かさず観たり、彼の半生を綴った伝記を食い入るように読んだりと(笑)、彼の魅力の背景に、どんな生きかたや、人生観があったのかを知ろうと努めました。そして、華やかなスターの姿のウラには、長い闘病生活をはじめとする、さまざまな苦労や心労があったことを知ったのです。でも、というか、それだからこそ、というべきなのでしょうか。。。最近の渡さんの活躍ぶりは、そんな人生経験を経たひとにしか出せない深い深い味わいがあるように思います。あたたかさと厳しさ。強さとさみしさ。多くを語らずとも、目のチカラや、ふとした背中の表情だけで感情をあらわす表現力。。。そして、何よりすばらしいと思うのは、これまでの、強くてかっこいい役柄とはイメージの違う役を演じて、どんどん魅力の幅を広げているところ。少し前の連ドラでは、妻に愛想をつかされて離婚をつきつけられるサラリーマン。今クールのドラマでは、妻に先立たれ、保育園でボランティアを務めるリストラされたサラリーマン。。。ともすれば、「しがないおじさん」になってしまいそうな役柄を、精一杯人生を生きてきて、どこかで自分自身と向き合わざるを得なくなった男性のさみしさをたたえて、それでも深い深い愛情とあたたかさをにじませながら、とっても魅力的に演じています。ブラウン管でのかっこよさもさることながら、そんな渡さんの姿から、「やる」と決めたら、徹底的に仕事を完遂するプロの心意気を感じます。一見かっこ悪い役だとか、自分のイメージがどうのこうのとか、そんなことを捨て去って、とことん役作りに没頭する。その人物の深いところを読み取って、演じて、表現する。その結果、一見さえないような役柄でも、深みと厚みが与えられて、魅力的にうつるのだと思います。そして、どんな人にも、その人なりの精一杯の人生があって、誰もが一生懸命生きている、そんな姿の美しさを感じて、勇気をもらうことができるのですね。俳優に限らず、仕事を愛して、表現していくのって、こういうことなのだ。。。渡さんの姿をみていて、そう思わされます。自分に与えられた仕事に、真正面から真剣に取り組んで、自分ができる最高の表現をする。そのことで、周りの人に、生きていくことのすばらしさを伝え、小さくても、勇気や希望を与えることができる。。。日々の中で、そんな仕事を、ひとつでも、ふたつでも、作っていきたいですね!
2006.11.03
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先日、我が家に遊びに来た友人が、とてもきれいな蘭の花を持ってきてくれました。いつも、家の中に花があるといいな、と思いつつ、混んだ電車の中で花がつぶれてしまうのがつらくて、なかなか花を買えずにいることが多い私。なので、久々に家の中に花があることで改めて、心が和らぐのを感じています。花を飾るとき、いつも感じること。それは、花が枯れてしまうまで、そのとき、そのときの美しさがあるんだな。。。ということ。最初は花瓶の中で少しおとなしく「おすまし」していた花たちが、次の日くらいになると、いっぱいに花開いてくる。そうすると、なんともいえないあでやかな空気が、部屋中を満たしてくれます。数日間、咲きほこった花たちが、今度は少しずつ、しおれていく。ひとつ、またひとつと、テーブルの上に落ちたり、水を替えるときに花びらになってこぼれ落ちたり。。。ちょっぴり悲しい気持ちがする瞬間でもありますが、役目を終えてはらはらと落ちる姿もまた、凛としていて美しいもの。そして、そのいっぽうで、まだまだ元気に咲き続けている花たちもある。ボリュームが減った花たちが引き立つように、最初に使っていたものよりも、ひとまわり小ぶりな花瓶に移して、活けなおして見ると、これまた最初のあでやかさとは違った、可憐で繊細な雰囲気に、気持ちがやさしくなるのです。そして、さらに数日たつと、たくさんの花が役目を終えて、花の量が、減ってくる。そうすると、花瓶に生けるのもさびしく感じられてきます。そんなとき、花の部分だけを切り取って、水を張った器に浮かべてみると、これまた、まだまだみずみずしさが残っている花の美しさが引き立って、とてもすがすがしい雰囲気です。アジアのホテルやレストランで、よく使われているアレンジですよね。こんな風にして、少しずつ、少しずつ減っていく花々を大切に活かして、そのときどきに合ったアレンジを加えてみることで、最後まで、花とともに暮らす楽しさを、味わうことができるように思います。役目を終えて散っていった花にも、散った花の命を引き継いで、まだまだ元気に咲いている花にも、心の中で「ありがとう」の言葉をかけながら、水を替え、器を考えるひととき。花のように、最後まで美しく生きたい。。。そんな思いがわきおこって、心の中が澄みわたるような、大事な時間です。
2006.11.02
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪今日は予定していた仕事がキャンセルになったため、少しゆっくりした時間を過ごしています☆夜から、予定があるので、それまでの間、丁寧に家の用事を片づけたり、おいしいコーヒーを淹れて一息ついたり。窓からはさわやかな秋の風が入ってきて、空にはきれいなうろこ雲。何気ないけれど、心がほっと満たされる、ひとときです♪さて、今日のテーマ。またまた、ヘンなタイトルに?????と思われた方も、いらっしゃることでしょう(笑)!これは、前回に引き続き、お料理をしていてふと、思ったことなのです。忙しくて買い物に行く時間がないときのお料理に、大活躍してくれるのが、乾物類。切り干し大根、干ししいたけ、ひじき、高野豆腐。。。日本の伝統的な食材には、こうもバラエティ豊かな乾物があるのか!と感動させられます。この乾物。当たり前のことですが、使うときは、戻して使いますよね。じっくり水やぬるま湯に浸しておくことで、ふっくらとした食感が戻る。そして、戻った後は、ナマの状態だったときとは違った、なんともいえない風味とか、うまみみたいなものが加わっていて、料理に奥行きを与えてくれますね。この「いったん、乾いたものを」「戻す」っていう行程。これって、人生にも当てはまるような気が、しませんか???人生を生きているうちに出会う、さまざまな体験。その中には、傷ついたり、打ちのめされたりすることも、必ず出てきます。そんなとき、二度と傷つくまいとして心を閉ざす。壁を作る。それって、人間のつねですよね。結果、人の好意を素直に受け取れなくなったり、美しい自然を見ても何にも感じられなかったり、自分はすごいんだ!っていうバリアで周りを固めて、近寄りがたい雰囲気をかもし出したり。。。これって、まさしく「心が干からびている」状態だと思うのです。世の中の美しさや善意、愛が、入ってこない状態。色んなもので身の周りを固めていても、心の中には潤いがなくなって、乾いている状態。この、乾いた心に潤いを取り戻すには、乾物を戻すときと同じように、じっくり、時間をかけて、水を与えてやる必要が、あるのだと思います。乾物にとっての水。それは、人間にとっては、愛、そして感動。人や、自然とのふれあいの中で、少しずつ少しずつ、地球に生きていることのすばらしさを感じること。そう、まず、「感じる」ことなのですね。感じたものを、じっくりと、心の中にしみこませていく過程、それは、まさしく、乾物が、少しずつ水分を含み始めて、ふっくらとした食感を取り戻していく過程と、同じ。時間をかけて、ゆっくり、やさしく。。。そうして「戻った」状態になったとき。そこには、ナマの新鮮な状態のときとはひと味も、ふた味も違う、うまみが加わっているに違いありません。もちろん、新鮮でみずみずしい状態は、それはそれで、魅力的。でも、それだけを「よし」としてしまうのは、もったいないことかもしれません。いったん、干からびてしまったからこそ、出てくる味わい。深み。それを活かして、シェアしていく生きかたも、あるのですね。新鮮な野菜のサラダもいいけれど、じっくり戻した食材で煮込んだ煮物も、格別(笑)!人生において、ゆっくり、時間をかけて、「戻っていく」過程を楽しんでみる。「戻った」あとに生み出される、深い味わいがどんなものか、楽しみに。。。「ちょっと、最近乾いちゃってるかも。」そんな気がしたら。。。「それもまた、よし!」まずは、自分にそう言ってあげる。そして、少しずつ、少しずつ、「戻す」ことを始めてみる。ちょっと、立ち止まって夕暮れを眺める。ほほをなでる風を感じて目を閉じてみる。嬉しいことがあったら、素直に「ありがとう!」って受け取ってみる。そうすることで、「戻る」感性が開きはじめることでしょう。そして、人生に、これまでと違った光が、見えてくるかもしれませんね!
2006.11.01
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪昨日は、旧い友人を家に招いて、ささやかなおもてなし。話に花が咲き、時間があっという間に過ぎました。気の合う仲間との時間がたつのって本当に早いものですね。このところ、人を家にお招きするときに、とっても喜んでいただけるメニューのひとつに、野菜を使ったスープがあります。なんの変哲もない、色々な野菜をじっくり煮込んだだけのスープ。その、家庭ならではの温かさ、素朴さが、かえっていいのかもしれませんね。皆さん、アツアツのスープを口に運ぶや、ほっとしたような顔をされる。顔がちょっとだけ緩んでいるのが、分かる。肩のチカラが抜けて、心の中にあった堅いものが、スープの温かさに溶かされて、ちょっとだけ緩んでいるのが、垣間見えるようなひとときです。これって、スープを作った側にとっては、ほんとに嬉しいひとときなのです♪スープを作るときの、ちょっとしたコツ。それは、野菜がやわらかくなるまで、水分を最小限にとどめること。このコツ、実は、最近☆みぃこ★さんとおっしゃる方のレシピを購入して、学んだことなのです。それまでの私は、野菜スープを作るとき、お鍋に、出来上がりの分量の水を、最初の時点から入れて野菜を煮込んでいました。ですが、まずは、ほんのわずかな水分と、塩少々だけで、野菜がやわらかくなるまで煮込む。そのあとで、塩味と、水を、様子を見て加えていく。そうすることで、野菜のうまみがじっくり引き出されて、なんともまろやかな、おいしいスープになるのに感激!野菜のうまみが出ている分、味付けも、薄味ですむのも、嬉しい限り♪このスープの作り方をお話した友人の言葉が、とっても印象に残りました。「これって、人生と同じかもしれない」。。。今の私に、ぴったりの言葉でした。溢れるように何かを与えられると、十分なうまみが出てこない。ぼやけて、間の抜けた味になってしまう。そこで、味をつけようと、塩やら、スープの素やら、色々なものを加えて、何とかカタチにする。でも、その味はどこか深みがなくてまろやかさにも、欠ける。。。人生も、同じなのですね。最小限の水と、塩でこそ、素材のよさが最大限に引き出される。じっくり、じっくり、「うまみ」が引き出されたところで、はじめてたっぷり何かを加えてやると、そのうまみが溶け出して、心に染み入る味わいとなる。。。生きている中で、ついつい、お金も、時間も、ほしいものも際限なくあったらいいな、あれも、これも、ほしいな、したいな。。。そんな風に感じてしまうことがあります。そのこと事態は、ある意味自然なことなのだけれど、何もしないで、最初からそれが与えられているとしたら、人生を生きていく喜びは、思ったほど得られないのかもしれません。むしろ、限られたものを最大限に活かして、自分という素材のもち味を、じっくり、じっくり引き出していく。その過程で得られる気づきや学び、その中で知り合える仲間たちが、一生の財産になっていくのでしょう。そして、「うまみ」が存分に引き出されたとき、味わい深いスープが出来上がって、それを人に分かち合うことで、たくさんの人に、ぬくもりや、元気を感じてもらえるとしたら、とっても素敵なことですね。「もっと、もっと」!!!!こんなモードに突入してしまうとき、自分は今、水をたくさん注ぐ前の、野菜スープなんだ!って思ってみると、この先、どんな味わいのスープになっていくのか、楽しみに感じることができそうです。色んな味や、香りのスープをつくって、世の中をあたたかさで満たしていきたいですね♪
2006.10.30
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪人生において、さまざまな方との出会いがある中で、ときどき、自分がとっても小さく感じてしまう人と、お目にかかることがあります。たとえ、とっても温かく、親切に接してくださるかたであったとしても、なぜか、「君はまだまだだね」「何にもわかっていないね」って言われているような気がしてしまう。。。そんなことって、ありませんか???もちろん、これは、お目にかかる相手のかたではなく、あくまで自分自身の問題。自分で、自分をそう思っている気持ちが、何かのきっかけでオモテに出てくるのだと思います。こんな気持ちになってしまうと、普通の会話をするのって、結構大変(笑)!何を言っても、自分がバカに感じる。すると、ますます「バカにされるんじゃないか???」っていう思いが、募ってくる。まさに、悪循環におちいってしまうのですね。もちろん、そんな経験があってもいいのだけれど、これって、ちょっともったいな話。だって、その方とのお話から得られる貴重なメッセージがはいってこないから。自分に対する相手の評価ばっかり気になって、大切なことが、素通りしてしまうから。そんなとき、気持ちをちょっと切り替えるために、最近、こんな風に考えるようになりました。「相手を尊敬することと、自分を卑下することは、別のことなんだ」って。相手が、とってもすごい人に見えたり、そのフトコロの大きさに圧倒されたりすると、自分が小さく見えてしまいがち。でも、そんな気持ちをいつまでも引きずっていても、相手のすごさに対して敬意を示していることには、ならないんだ。。。そう、思うようになりました。まずは、相手が、目の前にいるということに、意識を向ける。それは、こんなにちっぽけに見える自分であっても、その自分に対して、時間とエネルギーとをさいて、会って、話をしてくれているということ。それって、ほんとうにありがたく、嬉しいことです。その、貴重な時間の中で、相手が、自分に何かを与えようとしてくれている。だったら、その好意を素直に受け取って、そのひとのすごさを、自分の中にとりいれるようにすればいいのですね。そのひとが、どうやってそんなにフトコロが大きなひとになったのか、堂々と、分からないことを聞いて、学んでいけばいいのですね。誰にでも知らないこと、分からないことはあるし、誰だって、最初からすごかったわけではない。誰もがつまづいたり、悩んだりしながら大きくなっていく。今の自分だって、大きくなる途中にいる。その自分に対して、堂々としていよう。そして、大きくなる、その過程で、手を差し伸べてくれるひと、夢を持たせてくれるひとが現れたなら、素直にそれを受け入れて、自分もまた、少しずつ大きくなっていこう。そして、その体験を、自分もまた、ひとに伝えていくことで、次の世代へ、勇気や温かさをつないでいく。そんな生き方をしようと、思っています。
2006.10.28
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪ ここ数回にわたって書いている「伝える」というテーマ。 今日は、「営業」という観点から書いてみたいと思います。 昔から、「営業」っていう言葉に対して、すごくニガテ意識がありました。 自分がお客さんの立場だと、「うっとうしい」「押し付けがましい」 「うるさい」「しつこい」っていうイメージ満載で(笑)、かな~り キライな存在。 逆に、自分が営業する立場の場合、ノルマが重くのしかかってきたり、 お客さんの立場に立つよりも、短い期間で成果を出すことを求められたりと、 これまた、苦しい印象ばかりが先に立つ。。。 そんな仕事でした。 ですが、最近、思うようになったこと。 営業の、ほんとの原点って、「とってもいいと思っているものを、人にも伝えたい」 っていう思い。それにほかならないのではないか?って。 この思いって、以前の日記にも書いたとおり、人間が、誰でも、もともと持って 生まれたものなのですね。そう、子供が、何かを見つけたり、嬉しい思いを したりすると、すかさず、親に向かって走っていくように。 ただ。。。 「営業」として、お金や利益がからむ場合は、単に自分がいいと思った 思いを伝えるだけでは、押し付けになってしまうことも、ありますね。 きっと、私も、そんな態度で接してくるひとにお目にかかる機会が 多く、その印象で、「営業」っていう存在を見てしまっていたのだと 思います。 自分が、すばらしいと感じたもの。そのすばらしさを、相手に伝えるには どうしたら、一番伝わるか。相手の、どんなところに、そのすばらしさが フィットするのか。それを考えて、本当に、相手のためを思って、伝える。 モノやサービスを買っていただいて、利益が生まれるのは、その「結果」 なのだと思います。いいモノを教えてくれて、ありがとう。 こんなに、親身になって自分のことを考えてくれて、嬉しい。 その、感謝の気持ちのあらわれとして、報酬が生まれるのですね。 自分の思いを、人の役に立つように伝えていく。 それには、さまざまな要素がからんできます。 相手を思いやるやさしさや、心のゆとり。自分が勧めたいと思うものへの確信。 それを言葉にするチカラ。そして、何よりも、相手に信頼してもらうに足る人間性。 これらを身につける過程って、究極の人間磨きでもありますね。 そう思うと、以前はキライだった営業も、すごくクリエイティブで、 人間の魅力を増す、大いなる学びの場に思えてきます。 「自分の感動を、人にも伝えたい。人と分かち合いたい」 そんな、人間ならば誰でもが抱く思い。それは、営業の仕事をしている、 いないに関わらず、誰にでもできること。思いを、ただ単に伝えるだけでなく、 相手のことを思って、相手の役に立てる伝え方をしていく。 そんな表現をしていくことで、人に幸せの輪を、広げていきたいものですね。
2006.10.27
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪雨のあとは、すがすがしい秋晴れとなりましたね!心の中まですがすがしく、気持ちのよい一日でした☆さて、今日は、先日の日記に書いたことに、ちょっと通じるお話です。少し前になりますが、映画"Shall We Dance?"で、一躍世界的に有名になった、周防監督のインタビュー番組を、テレビで観ました。実に、この映画以来、10年以上、メガホンをとることのなかった周防監督が、やっと(?)次の作品を仕上げたとのこと。その話題を中心にした、インタビューでした。この番組で見せた、監督の態度が、本当に筋が通っていて、素直に「かっこいい!」って感動してしまったのです。周防監督にとっては、映画を撮るということは、新しいものを発見したり、感動したりしたことを、人に伝える手段なのだそう。それって、まさしく先日の日記に書いた「人間は誰でも、感動したら、それをひとに伝えたくなる性質をもっている」っていうことですよね。周防監督にとっては、たまたまその表現の手段が、映画であった、ということなのだそうです。ここが、しっかり分かっているから、監督の態度には、とにかく「ブレ」がない。たとえば。。。「映画"Shall We Dance?"が、海外で配給されたり、リメイクされたことで、ハリウッドからのオファーも増えたのでは?」という問いに対しては「僕は日本人で、日本に生きている。その中で感じた驚きとか、疑問とか、感動とかを伝えるのが僕の映画。アメリカ人は、映画界の人間の最終目標は、ハリウッドで成功することだと考えているフシがあるけれど、僕はそうは感じない。どうしても僕が撮りたいテーマで、ハリウッドでなくては撮れないような映画のオファーが来たら考えるかもしれないけれど、今のところそう感じたものはないですね」と、さらり。ちょっと、海外の映画に関わると、すぐに「世界進出!」とか「ハリウッド進出!」って大騒ぎするマスコミを横目で見ながらの、この余裕。かっこいいと思いませんか(笑)?有名になるとか、ステイタスのあるところで仕事をすることは、結果であって、目標ではない。あくまで、自分が表現したいことを追及していく。その姿勢に、大事なものを見失わないひとのもつ、潔さを感じました。さらに。「どうして、前作から10年以上かかったのか?」との問いには「本当はそんなに時間をかけるつもりはなかった。でも、描きたいテーマについて調べていったら、どんどん色々なことが出てきて、きちんと自分の中で消化して、ストーリーが見えるまでそのくらいかかってしまった。世間では何をやっているんだろうと思っていたようだけれど、自分がナットクできるまで取材をしていた結果が、10年以上だったのです。」と、淡々と答える。。。あくまで、自分が伝えたいことを、いかに伝えるか?そこに、意識を傾けているのですね。世間体とか、周りのひとがなんていうか?なんて、どこ吹く風。淡々と、一歩一歩、興味を惹かれたことを追っていく。それを、自分のやり方で、きちんと丁寧に、ひとに伝える。そんな当たり前だけに、私たちが見失いがちな姿勢に、すがすがしさを感じました。そして、自分のペースで、興味あること、伝えたいと思うことを追っていっていいんだな。。。そんな勇気をも、いただけました。これって、まさしく、私の人生の転機となった「ソース」の生き方!内なる声が導く方向へ。社会の常識とか、他人の思惑とかではなく、自分のハートが求めるものを、焦らず、ひとつひとつ追っていく。そんな生き方をするひとがもつ、静かで凛とした美しさを、改めて見せていただきました!自分にしか伝えられないものを、自分の言葉で。そんな表現を、していきたいものですね。
2006.10.25
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪冷たい雨と、風の一日となりましたね。そろそろ、秋も深まって、冬の足音が聞こえてきそうなお天気。今年も、あと少し。。。そんな思いが、ふっと頭をかすめます。あと約2ヶ月、いい年にしたいですね(ちょっと、気が早い???(笑))さて。今日は、昨日に引き続き、「新しいレシピ」のお話です。といっても、今日は、かならずしも「お料理のレシピ」のことではありません。料理にかぎらず、世の中には「これがいいやり方だ」ということが、ある程度確立されていることが、ありますね。それは、たとえば職場での暗黙のルールみたいなものだったり、世間の常識といわれることだったり、はたまた、ある分野で、いい成果を生み出すための方法だったり。そして、それは、その世界、あるいは分野で生きてきた先輩たちが、いろいろな試行錯誤の上に生み出した「経験の結晶」ともいえると思います。いろいろなひとが重ねてきた紆余曲折をいかして、ひとつの体系や、ルールみたいなものが出来上がってくる。あるいは、意識して、体系だった「レシピ」を作ってくれるひとがいる。それって、同じ道をあとから進むひとにとっては、本当にありがたいことです。なにせ、先人たちが、何時間、何年もかけて築いてきたことを、ずっと短い時間で達成できる「ヒケツ」を知ることができるのですから。。。ですが、そんな貴重な「レシピ」も、時代や、それを使うひとに合わせて少しずつ変わっていくのかもしれないな。。。最近、そう思うようになりました。人の考え方、行動、好みは、時代によって変わっていくもの。「何かをひとに伝えたい、受け取ってもらいたい」と思うときって、そのときどきに合わせて、伝わりやすい方法を選ぶことも、大事だと思うのです。「今まではこうだったから」って、やり方にこだわりすぎて、伝わらないよりは、伝えたいことを、伝わりやすくアレンジすることも大事。お料理の例で言うと。。。あるとき、有名な和食のお店の料理長さんが、テレビのインタビューでこんなことをおっしゃっていました:「最近の若いかたは、昔よりもあっさりしたものを好まなくなっている。色々な国の食事を楽しむ機会が増えたことで、刺激のある味や、コクのある味を好むようになっている。だから、従来どおりの作り方では、和食を物足りなく思うひとも、多いのです。そんなかたがたにも、和食のおいしさ、楽しさを知っていただきたいので、伝統的な味付けに少しだけ工夫をこらして、素材のよさ、和食の繊細さを活かしながら、食べやすい料理を心がけています」と。ちなみに、そのかたは、伝統的な青菜とわかめの酢の物に、ちょっとコクと風味を与えるため、少量のごま油をプラスしていらっしゃいました。一見?????と思ったのですが、試してみたら、おいしかった!(笑)アレンジを加える。それは、ちょっぴり勇気がいることかもしれません。そのとき、「どうして、今まではそうだったのか?」っていうことに思いをはせてみる。先人たちは、そのやり方で、誰に、何を伝えようとしていたのだろう?なぜ、そのやり方を、選んだのだろう?そこを自分なりにちゃんとわかったうえで、今できるベストな方法を選ぶ。それが、これまで道を築いてきたかたがたへの敬意を示すことでもあり、これまでの道が途絶えないように、引き継いでいくことなのだと感じています。伝えたいことのエッセンスを、より、多くのひとに、伝えやすく。本質だけは、そのままに、自分の信念に、確信をもって。そんな、しなやかで、芯のある姿勢で、自分に伝えられることを伝えていこう。そんな風に思っています。
2006.10.24
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、最近、お料理を通じて感じたことを、シェアさせていただきますね。昔からお料理には興味があって、今でもお料理好きな私。「十八番」の得意な料理を作るのも楽しいけれど、新しいお料理に挑戦するのも、これまたワクワクするものです。私が新しいお料理を作るときは、本を参考にすることもあれば、自己流でアレンジしたものを作ることもあります。本を参考にした場合でも、何度か作るうち、いつの間にか味が変わって、気がついたらオリジナルに近くなっていた。。。なんてことも(笑)。そんなこんなで、自分で作り出した「我が家のレシピ」みたいなものがすこ~しずつ、増えていくのもまた、ちょっとした楽しみです。(そんなに、たくさんあるわけではないのですけれどね(笑))そんな「自己流レシピ」を作りながら、ふと思ったこと。それは、どんな「目的・意図」でアレンジするのかによって、出来上がる料理に違いが出てくるのでは???っていうことです。私が、すでにあるレシピをアレンジするのは、おもに、単純に「こうしたほうが、おいしそう」って思うとき。それは、自分の味覚の好み合わせてのことだったり、或いは、素材の味とか食感を活かすには、変化を加えたほうがよさそうだという直観に基づいてのことだったり。「おいしいものを食べたい、食べてもらいたい」「材料のおいしさを活かして、味わいたい」そんな意図のもとにアレンジするのですね。そして、自分がイメージした味が出来上がったときは、ほんとに嬉しい!ましてや、ほかの人がそれをおいしいと言って食べてくれる幸せは、なんとも心を温かくしてくれます。ですが、たま~に陥る「自己流アレンジ」のワナ。それは「自分の料理の味を証明したい!」みたいな気持ちから生まれるアレンジ。別に、特に変えなくてもおいしい料理を、「かえるために、かえる」。何とか、自分らしさを出してみようともとのレシピをあれこれいじってみる。。。そんなところから生まれる料理は、たとえおいしい味付けになったとしても、どこか「角」がある。かすかな「とげとげしさ」が残ることが、多いように思います。人の味覚って、本当に正直。自分の料理に限らず、外でいただく食事でも、そう。味も、盛り付けも、完璧なのに、なぜか、もう一度食べたいと思えない料理。心に染みてこない料理も、あるのです。「どうだ!すごいだろう!」ってのしかかってくる威圧感。「脱帽!」って言わされて、見下されたような気になる料理。それに対し、これといった個性やパンチがあるワケでもないのに、なぜかじんわりと、心に染み入る料理というのもあるのです。食べた後に、驚くほど元気になれる料理。お腹の底から、温かさ、エネルギーが沸いてくる料理。そんなお料理の作り手さんは、きっと、素材を愛し、いつくしみ、それを身体に摂り入れることに感謝して、手を加えているのでしょうね。食べること。それは、とりもなおさず、地球に生きる生き物のいのちをいただくこと。そのいのちのおかげで、自分のカラダを生き永らえさせることができる。そのことに思いをはせて、感謝して。食べ物を「おいしく食べる」ための工夫を重ねてきた、先人たちの知恵に敬意をあらわして、おいしいものを食べられる幸せに意識を向けて、料理をし、味わっていこう。そんな思いを新たにしています。オードリーの食いしん坊ぶりが、バレた日記でした(笑)!
2006.10.23
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪昨日は、ソースを受講した仲間が我が家に集まってのワーク会。何度かこの日記でも触れている「ソース」というプログラム。ここでは、自分が、心の底からワクワクしてしまうことは何か?何をしているときが、一番無理がなくて、ハッピーなのか?それを、自分と対面しながら掘り下げていくのです。ほんとに自分が好きで、それをやっているだけで幸せ!っていう生きかたをしているひとは、おのずと輝いているものですよね。昨日のワークでは、こんな生きかたを促進するために、「自分が好きなことを、おもてに向かって表現していくこと」をテーマにしました。ソース仲間のひとり、エミさんから教えていただいた「プチクリ」っていう本。こちらをベースにして、ワークを進めました。(この本の情報、エミさんのブログからリンクされていますので、ご興味のあるかたは、ご覧になってみてくださいね!)詳しいことは、本にゆずりますが、おおまかに言うと、この本が提案しているのは、「人間は、誰でも自分が好きなことを表現する才能を持っている」っていうこと。「表現」っていうと、よく、プロのクリエイター、プロのアーティストを目指すことだけが「ほんすじ」だと、とらえてしまいがち。だけれど、プロの世界で生きていける人の割合は、少ないのが現状。そして、プロの世界に入っていないひとが、必ずしも才能がないわけではない。それに、プロの世界に入ったからといって、必ずしも自分らしく、自由に表現ができるかというと、そうとは限らない。だから、プロになることに固執しずぎず、自分にできる、楽しくて無理のない方法で、自分が表現したいことを表現していこう!そんな本です。すごく、心に響きました。そして、勇気をもらえました。かくいう私も、自分を表現したい!っていう思いが先にたって、何をすればいいのか、分からなかったり、何かしたくても、年齢のことを考えて(笑)ついつい、足踏みしてしまうことが、ありました。そして、「表現することはあきらめたほうがいいのかな。。。」そんな風に感じて悲しくなることも。でも、自分が好きなことを、自分だけでしまいこんでしまったら、せっかく自分が体験して、すばらしい!って感じたことを世の中のひとに分かち合う機会が、なくなってしまいます。それって、もしかしたら、誰かが勇気とか希望とか、感動とかを受け取るチャンスを奪ってしまうことかも。そう思ったら、上手下手とか、プロであるかどうかとか、そんなことにこだわるよりも、自分ができる方法で、楽しみながら好きなことを表現することで、シェアしていけばいいのだ!って思えたのでした。この本の著者によると、「人間は、誰でも感動したら、それをひとに伝えたくなる性質をもっている」のだそうです。思い返して、ナットク!です。おいしいものを食べれば「これ、ほんとにおいしいの!!!」って人に勧めたくなるし、嬉しいことがあったら、真っ先に、大事なひとに伝えたくなる。すばらしい景色を見たら、そのことを人に話したくなる。その場にいない誰かのことを思って「あの人にも見せてあげたい!」って思う。それって、とっても当たり前で、自然なことなのですね。まさしく、子供が「お母さん、聞いて!」って、ワクワクしながら話をする、あの感覚と、同じですね。それは、とりもなおさず、この世で生きる楽しさや、すばらしさを味わっているということ。そして、そのすばらしい体験を、それをまだ見ぬひとに、伝えていきたいと願うことなのだと思います。生きているあいだに、たくさんのことを経験して、感じて、その思いを、次から次へと伝えていく。その中で、感動が広がって、勇気をもらったり、成長したりして、ひとが豊かで、幸せになっていく。。。これって、人間が生まれてくるときに授かった使命なのかもしれません。それを、どんな風に、何を通じて伝えていくか。それが、その人の持って生まれた才能なのですね。「プロ」とか「アマ」とか「アーティストたるものは。。。」とか。そんな「カタチ」にとらわられないで、アタマをやわらかくして、まずは、自分が好きなことを思いつくままに書いてみる。その中で、人にシェアしたり、表現したりできることを、小さいことから、やってみる。そんな中で、自分でもびっくり!の才能に出会えるかもしれませんね。「好きなことを、シェアしたい」そんな、子供のときに持っていた純粋な気持ちに、ふたたび火をともして、生きて行きたいですね。
2006.10.21
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪ 今日は、ちょっと興味深い発見がありました。 ふとしたきっかけで、夫と「痩せていることが流行る時代と、ふくよかな ことががよしとされる時代とが交互にやってくるのは、なぜか?」っていう 話題になりました。夫婦の会話としては、ちょいと、不思議な内容ですね?(笑) 色々話をする中で、なるほど~!って思ったこと。 それは、「痩せていることがいい」とされる時代は、女性性が否定されている ことが多いのでは?っていう考えかたです。あくまで、ひとつの推論にすぎませんが。。。 ふくよかなこと=豊かであることの象徴。とは、よく言われることですよね。 この「豊かさ」が求められる時代は、世の中のあらゆるものを受け取り、 楽しみ、謳歌する時代。その中には、人間のもつ性を謳歌することも、含まれる。 女性が女性であること。男性が男性であること。 ですが、豊かさを追求することが行き過ぎると、今度は「豊かさ」を通り越して、 「飽食」の時代がやってくる。そうすると、その反動として、時代は、 「ムダをそぎ落とす」方向へと向かう。その時代が、「痩せている」ことが よしとされる時期になる。夫と話していて、そんなことが見えてきました。 この、「ムダ=ぜい肉をそぎ落とす」時代には、性を謳歌した時代への 反動として、中性的であることが好まれたり、女性が男性的、男性が 女性的であることが好まれたりするのかもしれません。確かに、これまでの 時代の流れを振り返ってみると、女性が男性に伍して社会に進出しようと したり、女性的であることよりは中性的な魅力がもてはやされたりした 時代が、あったようです。 こんな話をしているうち、ふと、自分のことで、気づいたことがあります。 それは、私がかつて(そして今も少し)持っていた「やせたい願望」は 自分の中の、女性的な部分を否定する気持ちだったのかもしれない、ということ。 そして、やせるために苦労してきた歴史は、身体が「私の中の女性を認めて!」 ってサインを送ってきた歴史なのかもしれないということ。 何が原因か、よく分かりませんが、これまでの私の人生のどこかで 「女性も強くなくっちゃ」「自立していなくっちゃ」「男の人に頼ったり、 したがったりするなんて、まっぴら!」っていう生きかたを、決めて しまった時期が、ある。やわらかい部分、やさしい部分を出したら、 馬鹿にされる。見下される。そんな恐怖があったような気がします。 そして、ちょっぴり無理して、肩に力を入れて、生きてきた歴史。 「女らしいね」「やさしいね」って言われるとすごーく違和感を感じたり、 腹が立ったりしたことさえ、あります(笑)。 でも、最近、思うのです。私の生きる方向って、ほんとは、逆なのかも しれない、って。男性と女性とは、もともと、別の生きもの。 どっちが上とか、どっちが下とかではなく、ただ、違うだけ。 だから、それぞれが持っている性質を素直にみとめて、よさを出し合って 手をたずさえて生きていくのが、一番幸せで、自然なのだと。。。 だから、無理してオトコっぽくなるのではなく、素直に自分がもっている 性質を活かして、男の人のオトコらしさを「素敵!」って感じて、 自分の中の、男の人にはない部分を「素敵!」ってほめて(笑)。 そうして生きていくのが私の本来の望みなのではないか、って。 今から思うと、ダイエットしては戻って、ダイエットしてはまた。。。 っていう歴史は、身体が、進む方向を指し示してくれていたのかもしれません。 今日から、ちょっと違った目で、自分の身体を見つめてみよう。 自分の中にある女性の部分に目を向けて、それを、あえてひっこめたり、 誇示したりしないで、自然に、普通に表現してみよう。 そうしたら、私の身体は、どんな風に答えを返してくれるのでしょう??? ちょっぴり、ドキドキしながら、変化を楽しもうと思っています♪
2006.10.19
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皆さま、こんにちは!オードリーです♪ 今日のタイトル。ちょっと、過激ですか?(笑) これは、最近目にしたあるレポートを読んで感じたことなのです。 レポートの作者は、以前看護師さんとして働いていらしたかた。 患者さんと対するなかで、気難しいかた、なかなかよくならないで ふさぎこんでいるかたとの対話も多かったようです。そんな中、 リハビリ中に、なんでも人にやってもらおうとする患者さんに出会い、 なんとかご自分で食事ができるようになってほしいと、心を鬼にして なるべく手伝わないようにしてみたのだそうです。看護師さんご本人も、 かなり迷われたようですが、患者さんにとって自分ができるベストな 選択を。。。と考えて、自分なりに生み出した結論だったそう。 当然、患者さんは、抵抗する。意地悪だ、ひとでなし、といった言葉を 浴びせられる日々が続いたそうです。それでも、患者さんにとっては 自分で自分の面倒を見られるように練習することが、ベスト。 そう信じて、手をさしのべない態度を貫いた。 しばらくすると、患者さんはみごとに回復し、あれだけ悪態をついて いたのがうそのように、看護師さんの手をとって、涙ながらにお礼を 述べられたとのことです。 これを読んで、思いました。ほんとうに、相手を思いやるということは、 ときには憎まれること、うらまれることも覚悟で、相手の先の先を見据えた 行動をとることなんだ、って。。。 ともすると、相手にとって心地いい言葉や態度をとることで相手との 関係を保つことにはしりがちだけれど、それがほんとに相手にとって 自分ができるベストな態度なのか、振り返ってみることも大事だな。。。 そんな風に思いました。 一時期ではあっても、相手にイヤな顔をされたり、一瞬でも相手を 傷つけてしまうかもしれないことを口にするのは、ほんとに勇気が いること。傷つけないまでも、それを言ったら、自分が嫌われるのではないか、 誤解されるのではないかと思うことを行動に移すのって、とってもコワい。 そんなとき、自分で自分に問いかけるようにしています。 「あなたは、この人に好かれたいの?それとも役に立ちたいの?」って。 自分が、何を意図してその行動を起こすのか。 それが分かれば、コワさが、少し薄らぎます。 そして、その意図を誠実に伝えようとベストを尽くせば、 少し時間がかかったとしても、その思いは、相手に必ず伝わる。 そう信じることができるのですね。 こんな風に思えるようになったのは、実は、ほんとについ最近。 不思議なもので、これまで、私にキツいことを言ってきたひと、 いやだなあ、って思うことを指摘してきたひとが、とっても勇気の ある人に思えてきます!(笑) 相手にとって、自分ができるベストな選択。 ときには、勇気をもって、できるだけのメッセージを伝えていこう。 もちろん、極力相手に受け取りやすい方法を工夫しながら。。。 一歩先を見据える、勇気。 それをいただくことができたメッセージです♪
2006.10.18
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皆さま、おはようございます!オードリーです♪ 最近、とても素敵な生き方をしているかたに出会うことが多くて、 その生き方に触れることで、多くのことを教えていただいているように 思います。そんな中、ときどき思うのが「自分には、お返しするものが なんにもないなあ。。。」ということ。こんなときはついつい、 「自分って、まだまだ」っていうモードに陥りがち(苦笑)。 そうすると「こんな自分には、まだまだ素敵な人とつき合う資格がない」とか 「こんなに色々受け取るだけ受け取って、いいのだろうか?」とか 「自己叱責モード」に拍車がかかる。。。 ですが、ある時、ふと、この思いを断ち切れたときがありました。 それは、奇しくも、私の大好きなオードリー・ヘップバーンのことを 考えていたとき♪ オードリーにたくさんの夢や勇気、ひとりの女性として美しく生きる ヒントをもらった私。ですが、それを彼女にお返ししたくても、もう、 この世にはいない(笑)!だったら、天国のオードリーは、どうすれば 一番喜んでくれるだろう???そう、考えてみたのです。 そうしたら、おのずと、答えらしきものが、見えてきました。 それは、「オードリーが伝えたかった世界観を、今の私が生きる」 っていうこと。父親不在や、戦争体験など、つらい経験を経て、ひとと ひととが愛し合って、理解しあう世界のすばらしさを痛感していたオードリー。 特に、子供時代に受けた心の傷の深さを、みずから知っていたからこそ、 次の世界を担う子供たちが少しでも豊かに幸せに暮らせるように、心を くだいたオードリー。そして、みずからの外見にたくさんのたくさんの コンプレックスを抱えて(私からすると、信じられないのですが。。。) でも、そこから逃げずに、自分だけにある美しさを見出して、花開かせて いったオードリー。彼女の、そんな生き方からは、次のようなメッセージが、 聞こえてくるようです。 「ひとには、みな、その人にしかない美しさがある。自分を大事に、それを磨いて 花開かせていきましょうよ」「こどもたちが、それぞれの美しさを開花させられる 世の中をつくっていきましょうよ」「皆が愛情で結ばれて、幸せに、平和に生きられる 世の中をつくっていきましょう」。。。 オードリーの、こんなメッセージに共感して、彼女の生きかたに感銘を 受けて、今の私がいるとしたら、オードリーが目指した世界を、私自身が 生きて、そんな世界をつくっていくためにできることをしていく。 それが、一番の恩返しなんだと思ったのでした。 そして、これは、オードリーに限らず、誰に対してでも同じこと。 すごく感動したり、感銘を受けたりする言葉、生きかた、教えに出会ったとき。 受け取った側が、相手のすごさに飲み込まれて自分を卑下してしまったら、 それはきっと、相手にとっては悲しいこと。相手と自分を比べたり、 相手に対して何かを返そうとするよりも、もっと広い視野で、 恩返しをすればいいのですね。今の自分にできるせいいっぱいのやり方で、 その人が伝えたいメッセージを、一緒に伝えていくこと。自分が共感した、 その教えや、世界観を、自分なりに生きて、体現していくこと。 そんな人が増えてこそ、自分に教えを与えてくれた相手の夢を叶えることが できる。それは、自分の夢と、相手の夢とを同時に叶えることでもある。 それが、最大の恩返し。 今、私が出会うすばらしいと思う人たち。生きかた。 彼らに共通しているのは、ありのままの自分をみとめて、その自分が ほんとに輝ける生きかたをすること。そんな生きかたをするひとが増えて、 世の中にハッピーの循環が起こることを、目指していること。 私も、日々の暮らしの中で、小さなことから、このハッピーの循環を 作っていこう。改めて、そう感じています。 まずは、笑顔で一日をスタートすることから!
2006.10.17
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪以前の日記にも書いたとおり、「エレガンス」って、私にとって、とても大きなテーマです。ほんとの意味でエレガントなひとが世の中に増えたら、たくさんのひとが、もっともっと心地よく、心穏やかに過ごせる時間が増えるだろうと思うのです。自分も、そんなひとりになろうと、ただいま奮闘中(笑)!最近、ちょっとした経験から、ふたたび「優雅さ」「気品」について考える機会がありました。そもそも、気品って何???改めて、そんなことを自分なりに考えてみたのです。こういう問いに対する答えに「正解」は、ないかもしれません。ですが、自分なりの考えや、指標を持っていることで、日々の生き方や態度に少しずつ違いが出てくるように感じています。私の考える「エレガンス」。以前の日記に書いたことと通じますが、「敬意」と「感謝」と「分かち合い」。これが、大きな要素になるのではないか???そう感じています。まずは、自分に対する敬意。尊大ぶるとか、エラそうにするとか、そういうことではなく、自分をすばらしい存在として認めてあげること。そうすることで、おのずと、すばらしい存在にふさわしい態度とか、立ち居振る舞いが生まれてくるように思います。そこには「どうせ誰もみていないから」とか「こんなことやったって誰も認めてくれないし。。。」とか、そんな思いは存在しませんよね。ただ、自を大切にして、自分という存在がそうあるために、そうする。ただ、それだけなのですね。「マナー」とか「決まりごと」とかの「ルール」にしばられない、ほんとのエレガンスって、まずは自分を大事にするところから始まるのでは?そう思わせてくれたのは、ほかでもない、オードリー主演の映画でした。「ローマの休日」で、宮殿を抜け出してつかの間の自由を楽しむ、オードリー扮する王女が、スペイン広場でアイスクリームを頬ばる場面。広場の階段に、足を開いて大胆に腰掛けて、大きな口を開けてアイスクリームにパクつく王女。あるいは、「ティファニーで朝食を」の冒頭場面で、優雅な手袋が汚れることも気にせず、デニッシュをパクパクと食べながら、高級な宝飾店のウィンドウを覗き込む主人公ホリー。どちらも、振る舞いだけ見ると、お世辞にも「上品」な行動とは、いえません(笑)。でも、スクリーンの中のオードリーは、とっても気品があって素敵。それは、自分で自分の振る舞いを卑下したり、恥じたりしていないから。自分が自分でハッピーになれることを、胸を張って、背筋を伸ばして、堂々とやっているから。幸せを素直に謳歌するひと、幸せになるためにせいいっぱい生きるひとのすがすがしい潔さが、気品を生み出すんだ。。。そう、実感させられる場面です。「感謝」と「分かち合い」。一見、気品と関係なさそうに見える、この2つ。ですが、実はふかーい関係があるのでは???つい最近、そう思うようになりました。人生がうまくまわっているときって、どうしても自分ひとりで人生をつかさどっているような気分になりがちです。たくさんの人や、モノに支えられて生きていること。それを、ついつい、忘れがち。自分の持っている素質とか、才能とかにおぼれてしまいがち。そんな心もちからは、気品は生まれにくい。いつしか、「自分は特別!」っていうオーラを発するようになって、どこか、人を見下したり、傲慢になったり。。。でも、ほんとの「気品」って、自分を大事にするのと同時に、人を思いやれる心の広さを持つこと。それは、「生かされている」「支えられている」っていう思いがあるからこそ、できることだと思うのです。生かされていることに感謝して、自分がまず、幸せを受け取ること。そして、その幸せ感を、人にも伝えていくこと。そこに、周りのひとに対する気配りが、生まれます。「自分さえよければいい」と思って振舞うのでもなく、自分をないがしろにして、人に気に入られようとしてびくびくするのでもなく。自分が幸せになれることを、胸を張ってやる。生きていることに感謝して、幸せを喜んで受け取る。受け取った幸せな感覚を、人にもシェアしていく。自分も、人もハッピーにする、潔い生き方。それが、ほんとのエレガンスを生み出す。。。そんなことを、今、感じています。自分に対して、そして周りにいる、自分を支えてくれる存在に対して、同じように敬意を払う。自分も、相手も、一番心地よく過ごせるように、手抜きしないで、できることをしてみる。気品って、そんなシンプルなところからにじみ出るものなのかもしれません。「カタチ」をいったん手ばなして、どうしたら自分も、ひとも、ハッピーになれるか?それを自分なりのやり方でひとつひとつ、表現していく。そんな「エレガント」なひとを目指したいですね!
2006.10.16
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪明日から週末にかけて、用事があって東京を離れます。ブログは、しばしお休みさせていただきますね!皆さまも、よい週末をお過ごしくださいませ☆おやすみなさい~
2006.10.12
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皆さま、おはようございます!オードリーです♪先日の日記でお伝えしたとおり、昨日はソース勉強会に参加しました。昼の部では、人間関係の力学についての学び。世の中の人間関係には、大別して4つの「ポジション」があり、多くの人は、意図せずにどこかのポジションから行動している。そうすることで、自分の対極に位置するポジションの人とのバランスをとっている。そして、この、不思議な力学のバランスをとることに、エネルギーの大半を費やしている。自分が本当に望む人生を生きるために使えるはずのエネルギーが、この「人間関係の力学」のバランスをとることに使われてしまっている。。。これって、すごくもったいないことですよね。まずは、この「力学」を知ること。知って、このシーソーゲームをやめて、どのポジションにも位置さない、ニュートラルのポジションから行動し、メッセージを発することで、無駄なエネルギーの消費がなくなる。そして、自分の人生を真剣に生きることに、エネルギーを向けられるようになる。これを、参加者同士のロールプレイなどを交えながら、アタマではなく、カラダで感じるワークをしました。詳しくは、一緒に参加したともこさんのブログにとってもいい記事がありますので、こちらを見てみてくださいね。実はこの学び、夏に受けたショットバーマスターさんのセミナーで学んだことでもあります。そのとき感じたのと同じように、「人間て、よけいな「よろい」を捨てると、真ん中ではみんなつながっているんだ!」「みんな、人とつながりたくて、自分の中にあるやさしさとか、愛とかを人に差し出したい思いでいっぱいなんだな。。。」そんな、温かい思いがあふれてきて、ああ、人間て美しいな。。。自分の中に見えた愛情を、出し惜しみしないで表現していって、いいんだな。。。一見、拒絶しているみたいでも、人はみな、それを望んでいるんだな。。。自分なりのやり方で、その思いを表現し続けていくのが、人生なんだな。。。改めて、そう思えたのでした。そして、夜の部は、勉強会の主催者、ツイてるファシリテーターさんと、奥様の愛と勇気の感動クリエイター♪さんへのインタビュー。昼間の感動が尾をひいていて、なんだかぼーっとした中で始まってしまったインタビュー(笑)。反省点が多々あって、参加者の皆さまにはごめんなさい!って言いたい気持ちでしたが、お二人の、体験を惜しみなくシェアしてくださる姿勢に、とても助けられました。結婚されてから、お仕事も、プライベートもずっとずっと一緒に歩んでこられたお二人。はじめてお目にかかったとき、さわやかで自由な生き方をしているオーラが伝わってきて、素敵なご夫婦だな。。。と思っていました。ですが、そのウラに、長い長い夫婦の葛藤があったなんて、つい最近まで想像だにできなかった私。しかも、その葛藤が、結婚当初から、最近までずっと続いていた。。。そのことを知ったとき、本当に本当にびっくりしました。それでも、結婚生活に終止符を打つことを選びはしなかった。何とか続けたいと思い、続けることを選び、そのためにできることを模索して、たくさんの情熱と、エネルギーとを、パートナーシップを築き上げるために費やしてきた。その思いが伝わってきました。一緒にいてもギクシャクする。くつろげない。相手が足をひっぱる気がする。好きで、一緒にいたいと思った相手だけに、これってほんとにつらいもの。こんなことなら、一緒にいる意味がない!そう思ってしまいますよね。それなのに。。。どうして、続けてきたの?そんな、率直な疑問がわきおこります。おそらく、私だけでなく、多くの参加者のかたがたも、同じ疑問を、抱いたことでしょう。それに対しての答えは、「やめようとは思わなかった」というだけ。なんの理由も、意味づけもない、シンプルな答え。ただ、選んだから、続けると決めたから、続けてきた。続けることにフォーカスして、そのためにエネルギーを向けてきた。その、いさぎよさと勇気とが、今のお二人をつくっていたのですね。一緒にいることを選ばない。もちろん、そういう選択も、あります。どちらがいいとか、悪いとかではなく、どちらも、同じ選択肢のひとつ。決めて、選ぶのは自分。選ぶことに、理由はいらない。選んだことをしっかりと見て、そこから得られる学びをひとつひとつ、自分のものにしていく。そんな生き方をしている人は、人生に対して本当に真摯に向き合っていて、さわやかなのですね。自分に正直な生き方を続けることの美しさと、すばらしさとをライブで見せていただきました。長い結婚生活をしてきて、つくづく思うこと。男女のパートナーシップってほんとに厄介!(笑)そして、男女のパートナーシップって、ほんとにほんとに素敵♪スピーカーのお二人と、参加者の皆さま、昨日は、すばらしい時間を共有することができました!ありがとございます。☆☆☆ 今年最後のソース勉強会♪ ☆☆☆さて。ここでちょっとお知らせです。ツイてるファシリテーターさんが主催の勉強会も、今年は、残すところあと1回となりました。次回は、11月16日(木)開催です!夜の部のインタビューでは、ソーストレーナーの安藤 理さんにご登場いただきます!ソースについて学んだことのある方、ソーストレーナーの講座を受講された方なら、お名前をご存知の方も多いはず。八ヶ岳の近く、自然がいっぱいのすばらしい環境でゆったりと心豊かな人生を満喫されている方です。そして、インタビュアーの私自身の、ソースのトレーナーを務めてくださったかたでもあります。その方にじきじきにインタビューできるなんて、幸せ♪ほんとに方の力が抜けていて、りきみがない。穏やかで、静かで、それでも芯があって、消えることのない情熱が、おくのおくの方にしずか~に燃えているのが分かる。「ソース」で言われる「ワクワク」を生きるって、ハイなテンションで突っ走ることじゃ、ないんだな。ワクワクを突き詰めていくと、自分の中の静かでたしかなものに行き着くんだな。。。自分にとって心地いいペースで歩んでいけば、いいんだな。。。そんなことを気づかせていただける生き方に、触れてみませんか?ぜひ、この機会を、お見逃しなく☆
2006.10.12
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、私たち夫婦の結婚記念日☆結婚して、早くも12年がたちました。長かったような、でもあっという間だったような。。。おおむね、仲良く夫婦円満でやってきた私たち。でも、12年もの間には、起伏は小さくとも(笑)、山もあれば、谷もあり。衝突したり、お互い傷つけあってしまったこともあります。楽しいことばっかりではなかったけれど、それでもお互いをパートナーとして選択し続けて、お互い幸せになりたくて、ここまでやってきました。先日、私の知り合いの方に、「あなたにしか伝えられないこと、あなたからしか伝えられない相手というのが必ずいるものです」という言葉をいただきました。そして、この言葉に、とっても感動したのでした。生きるって、決してラクなこと、楽しいことばっかりではありませんよね。でも、そんな経験をしたからこそ、伝えられるメッセージがあるとしたら。そんな経験をしたかこそ、私が伝えるメッセージが響く相手がいるとしたら。その経験が、いつしか光となって、人に勇気や希望を与えることがあるとしたら、なんて素敵なことでしょうか。結婚生活も、きっとそのひとつ。不思議な縁で知り合ったひとりの人と、人生をともに歩もうと決めて、一歩一歩あるいてきた、その道のりに、すべて意味があったと感じられるはず。それは、「幸せな結婚てね。。。」なんて、先輩風を吹かせるのとは違って(笑)、自分がしてきた体験を、ありのままにシェアすること。その中で感じたこと、得た気づきを、惜しみなく人と分かち合うこと。ただ、それだけなのだと思います。自分のいたらなさや、ふがいなさをも、含めて。。。奇しくも、結婚記念日の翌日の明日は、「ソース」勉強会のインタビュアーを務める日。しかも、スピーカーは、勉強会の主催者、ツイてるファシリテーターさんと、その奥様、愛と勇気の感動クリエイター♪さんです!ご夫婦そろってのスピーカーとなれば、パートナーシップが話題になるのは、必然(笑)!これも、何かのご縁としか、思えません。。。私自身の体験を踏まえて、お二人のこれまでの歩みをじっくり聞き出していきますね!明日の「ソース勉強会」、昼の部は13:30~16:30まで。インタビューが聞ける夜の部は、19:00~21:00まで。詳細は、こちらをご覧ください!皆さまのお越しをお待ちしています♪
2006.10.10
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先日の日記に書いたとおり、最近、トイレ掃除を念入りに行うようにしています。多いときは、日に2、3度。以前の私だったら考えられないこと!ですが、やり始めると、意外に気持ちよくて(笑)せっせと磨いています。ポイントは、時間をかけすぎないこと。頻繁に磨くと、それほど時間をかけずとも、きれいになるのが、いいですね。ストレスにならない程度にささっと掃除して、身も心も軽くなる。。。その効果なのでしょうか?この週末、ラッキーな出来事が相次ぎました。用事があって、富士山の近くで一泊してきた、この週末。最初のラッキーは、行きの高速バスから始まりました。3連休の初日とあって、高速道路は大渋滞とのこと。乗り場では、目的地への到着が予定より大幅に遅れるとの放送が相次いでいて、実は、ちょっと不安だった私。でも、これも何かの縁(?)!と、ハラをくくってバスに乗り込みました。すると、満員のバスの中、私の席だけ、隣が空いている!運転手さんのお話では、おそらく、渋滞を回避するために、直前でキャンセルが出たのだろうとのこと。おかげで隣の席に荷物を置いて、気兼ねなくゆっくりとカラダをのばして車中を過ごすことができました。心配していた渋滞も、さほどひどくはなく、予定の時間よりは遅れたものの、約束の時間には間に合って、ほっと一息♪そして、さらに、帰りのバスでも、ラッキーなことが。ご一緒していた仲間の方に、車でバス停まで送っていただいたところ、またもや、渋滞で、バスの発車時間に間に合わない!これはもう、次のバスに振替えるしか、ないな。。。そう覚悟を決めて、発車時間より遅れてバス停に到着したところ、なんと、バスも渋滞で遅れているとのこと!送ってくれた仲間たちは自分のことのように大喜びしてくれて、思わず心がじーんとなりました。一見、よくないことに見えた、休日の渋滞。そのおかげで、ゆっくりした車中の旅や、仲間の温かさを感じることができて、何かに守られているような、安らかな気もちでした。そして、さらに。遅れて到着した帰りのバス。またもや、全席満員の中で、私の隣だけが、空席!これはもう、偶然とは思えない。本当に不思議な気分。そして、さらにまた。バスを降りて、一息つこうと足を運んだ駅の近くのベーカリーカフェ。3連休のせいか、あいている席がひとつも、ない!仕方ない、パンだけ買って、家で食べようか。。。そう思って、とりあえず、パンを先に買うことにしました。そして、選んだパンの会計を済ませて、ふと席を見ると、なんと、5、6人ものお客さまが、いっせいに立ち上がっているではないですか!これには、本当にびっくり。タイミングが合えば、物事はうまく進むんだ!って、メッセージをもらった気分。何かが思い通りにならない時、ふてくされないで、その時にできることに目を向ければ、きちんとチャンスは、やってくる。そんな風に言われたように思いました。小さなラッキーがたくさん積み重なって、とってもハッピーだったこの週末。この幸運は、トイレ掃除が運んできたものなのでしょうか?それは、誰にも分かりません。でも、自分がそう思えば、そうなのです。現実は、自分の思いが、作り出すのですから。。。小さな小さな毎日の心みがきが、もっと大きな運を運んでくれると信じて、心のスッキリ感を、日々味わっていこうと、改めて思っています。
2006.10.09
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皆さま、おはようございます!オードリーです♪昨日までの大雨がすっかりあがって、今日はさわやかな一日になりそうですね☆浄化のあとの、晴れやかさ。素敵な一日になりそうです。土曜、日曜と、用事があって東京を離れます。このブログは、それに伴い、お休みさせていただきますね♪皆さまも、どうぞよい週末をお過ごしくださいませ!
2006.10.07
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪このところ、私の周りにいる大切な人たちの間で、同じ時期に、同じメッセージがおりてくる、ということが起こっていて、宇宙の不思議さを感じてしまいます。。。今日も、そんな体験をしちゃいました。何度か、これまでの日記でお伝えしているように、私の人生の転機となった「ソース」の勉強会で、このワークショップを受講したかたがたのインタビュアーを務めています。インタビューそのものはもちろん、事前の打ち合わせで、スピーカーのかたがたと色々お話できるのも、楽しみのひとつ♪すごく輝いていらっしゃる方、ゆったりと自分らしい人生をエンジョイしていらっしゃる方にも、さまざまな紆余曲折があって、今が、ある。そんな、この世にひとつとして同じものがないプライベート・ストーリー(?)を伺えるのは、ほんとにワクワクする体験です。そして、たくさんの勇気をいただくことができるのです。先日に引き続き、今日はまたまた、スピーカーの方と、事前打ち合わせをしていました。そのスピーカーの方は、まさに、私の人生の方向転換に立ち会ってくださった方!私のソースワークショップのトレーナーを務めてくださった方なのです。ワークショップを受講したときは、何とか自分の人生を変えたい!もっと幸せになりたい!っていう思いでいっぱいで、豊かな心で自分の人生を楽しんでいるこの方の生きかたを、心底うらやましく思ったもの。まさか、そのトレーナーの方に、じきじきにインタビューできる機会がやってくるなんて、夢にも思いませんでした。だから、今日の私はちょっぴり緊張しながらも、とってもとっても嬉しくて(笑)。人生を変えるきっかけを作ってくださったことに少しでもお返しできることがあれば。。。という思いでいっぱい。たくさんお話をうかがって、この、トレーナーの方の生きかたのすばらしさ、伝えていきたいと思っておられることを、せいいっぱい引き出す役目を務めよう。改めて、そう心に決めたのでした。前置きが、長くなりましたね(笑)冒頭に書いたように、今、私の周りの人たちが、似通ったメッセージを受け取る時期に来ているようです。それは「手ばなすこと」そして「次に来るもののために、スペースを空けること」。自分が好きなことを追求して、何かをがむしゃらにやってきたけど、ちょっと立ち止まって、やっていたことを、いったん手ばなしてみる。本当に私はこれをやっていて楽しいの?これがやりたいの?って、自分に問いかけてみる。何にもしない時間と空間をつくって、とことん自分と向き合ってみる。そんな時期を迎えている人たちが、多いのです。これって、とってもコワいことでもありますね。これをやっているからこそ、自分の価値がある!と信じてきたもの。これがあるからこそ、自分は自分でいられる!と思いこんできたもの。それを、あえて、やめてみる。自分のホンネと向き合ってみる。それは、あたかも、自分が自分でなくなるような、自分がなにものでもなくなってしまうような、真っ白になるコワさ。そんな思いに、真剣に立ち向かっている人たちは、けなげで、美しい。そして。今日、お打ち合わせしたトレーナーの方から、まさに、そんな人たちへのメッセージが。彼も、これまで、何度もそんな場面に遭遇し、その都度、コワさを感じながらも、「手ばなす」ことを繰り返してきたそう。たくさんのお金や、時間を費やした活動。軌道に乗ってきた仕事。それでも、自分の気持ちと、とことん向き合って、「ん?何かが違う!」「同じコトをやっていても前ほど楽しくない」「そろそろ、卒業する時期かな。。。」そんな思いがふつふつとわいてきたら、それをしっかり見つめて、執着を、手ばなしてみる。たとえ、次に向かう道が、はっきりとは見えていなくても。そうすることが、自分は次のステップに向かうのだと決めること。そして、決めて、準備が整ったときには、必ず、次にやるべきことがおのずと、目の前に現れるのだそうです。そんな、実際の体験談をお聞きして、「からっぽ」になることの大切さを、教えていただきました。自分の心の声を、信頼することのすばらしさを、教えていただきました。スペースを空けなければ、次のものが、入らない。ただ、心の声に耳を澄ませて、時期が来たら、スペースを、作る。あとは、やってくるチャンスに対して、おおらかな気持ちで、センサーを働かせる。ありがたく、チャンスを受け取る。そうやって、人は、一歩一歩、階段を上がっていくのですね。私をふくめ、これまで、何かをすることでしか、自分らしさを感じられなかった忙しい現代人。そんな生きかたを、少し見直す時期に来ているよ。。。心のおくの方で、そんな声が聞こえたとしたら。立ち止まって、「からっぽ」を作ってみるときなのかもしれませんね。それは、よりよい人生が近づいてるサインなのかも?!そう思うと、コワさでいっぱいの「からっぽ」が、少しだけ、明るい光を放っているように見えてくる。たくさんの勇気をいただけた、楽しい夕べでした。ありがとうございます!
2006.10.06
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先日の日記に、カラダをいたわることについての気づきを書きました。この気づき以来、自分のカラダに、やさしい言葉をかけるように心がけています。カラダといえば、顔も、その一部。女性であれば特に、自分の顔や、肌の色つやが気になるものですね。かく言う私も、そのひとり。朝、鏡を見て肌があれていたり、目に輝きがなかったりすると、ちょっとブルーになっちゃいます(笑)ですが、最近、カラダについて気づくとともに、気づいたこと。それは、朝、鏡を見てブルーになった日の、その後の顔の変化(?)についてです。「今日の私、イマイチだなあ」って、ちょっぴり憂鬱な日。それでも、熱いタオルを顔に当ててみたり、マッサージしてみたり、お化粧を念入りにしてみたり。。。何とか「マシ」な状態にしようと、時間がゆるすかぎり、いろんなことを試みます。そんなこんなで外出して、ふと、出先で、自分の顔を見るとき、2つのパターンがあることに、気づいたのです。お化粧に問題があるわけじゃないし、はれぼったかった目も元通りになっていても、なんだかとっても険しい表情の日と。あんまり時間がなくて、軽くマッサージする程度で外出したのに、いつの間にか、顔の色つやが戻って、イキイキした表情になっている日と。この違いは、いったいなんなのだろう?ちょっと、考えてみました。人のカラダって、その日の体調とか、天候とか、色んな条件に左右されるもの。だから、いちがいに「これ!」とは、言い切れないかもしれません。でも、私なりに思ったこと。それは、ひとことで言うと、「ハッピーな気持ちで過ごせたかどうか。」これなのですね。朝、顔の手入れをするときも、「う~ん、まいったなあ。まったくう。何とかしてよね~!」っていう気持ちでお手入れをするときと、「昨日は寝不足で大変だったね。よしよし」って感じでお手入れするときとでは、自分の気持ちも、大きく違います。その気持ちが、表情とか、目つきとかが険しくなるか、やわらかくなるか、そこにちゃんと反映されてしまうのですね。外出したあとも、何となくイライラが残っていていやな気分をひきずった日と、「ちょっとしたハッピー」に出会って、気持ちが晴れ晴れした日とでは、その後の目の輝きに、大きな違いが出るのです。それは、例えば、誰かに会って、たくさん笑って、心が軽くなることだったり、出先で、思いがけず素敵なお花屋さんの前を通りがかって、花の美しさにしばし見とれるひとときだったり、お気に入りのカフェで、ゆったりと珈琲を楽しむひとときだったり。。。ほんのちょっとしたことなのですが、心がゆるんで、やさしさや、ゆとりを取り戻したとき、人の顔は、こうも変わるものなのかと思わされます。カラダと、ココロは、つながっている。。。またまた、それを意識させられました。朝、鏡の中の自分に「おはよう」って言いながら、その日の状態をみてあげて、ちょっと、潤いがなくなっているようだったら、ふてくされる代わりに、「やさしさ」「楽しさ」という栄養を、与えてあげる。まずは、両手で自分の顔をじっくり温めるような気持ちで、そっとそっと、包んであげる。いたわりの言葉を、かけてみる。そして、ほんのちょっとしたことでいい。心が、晴れやかになることを、ひとつだけ、生活の中に加えてみる。そうして、明るく、やわらかな表情を取り戻した顔を見て、自分だけでなく、周りの人にも、シアワセな気持ちを届けられたら、素敵な一日になりそうですね♪
2006.10.05
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪昨日は、深夜まで(笑)今月のソース勉強会の打ち合わせをしていました。ソース仲間のツイてるファシリテーターさんが主催しているソース勉強会。こちらの夜の部では、「ソース」を受講して、人生に変化を生み出しているかたがたの体験談をお聞きする場を設け、私がインタビュアーの役をやらせていただいています。題して「ようこそ先輩」というこの、体験談インタビュー。今月は、主催者ご夫婦が、みずからスピーカーを務めます!ツイてるファシリテーターさんと、奥様の愛と勇気の感動クリエイター♪さん。ひとが、本来もっている輝きや力を発揮して、よりよい人生を歩めるようサポートするお仕事を、ご夫婦でされているとっても温かくて、勇気のあるお二人です♪夫婦インタビューとくれば、パートナーシップが話題にならないはずが、ありません。昨日も、パートナーシップとライフワークについて、話が弾んで、気づいたら日付が変わろうとしていました(笑)。これまでのお二人が歩んでこられた軌跡、ぶつかった壁、それを乗り越えるための真摯な姿勢と、そのために使ったたくさんのエネルギー。お話をお聞きするうちに、まずは、ご自身のプライベートな体験を惜しみなく分かち合おうとするお二人の温かさ、寛容さに打たれました。「自分の体験が、ほかの方の人生の参考になるなら」そんな広い心で、よかったことも、つらく感じたことも、すべてお話してくださる。そして、もうひとつ感じたこと。ある人と、人生をともに歩もうと決めたら、それは、相手をとことん愛して、信頼して、自分のエネルギーを相手のために差し出すことなんだ、っていうこと。相手が何かをしてくれるとか、見返りがあるからとか、そんなことではなくて、ただ、ただ、「この人と歩こう」って決めて、そのためにできることを、やるだけ。選んだのは、自分。決めたから、やる。ただ、それだけ。文字にするととってもシンプルですが、これって、勇気のいること。でも、そこまでハラを決めて、ひとつの生きかたを「選びとる」のがパートナーと人生を歩むということなんだ。。。少しずつ、分かりかけてきていたことが、また少し深く、カラダに落ちた気がしています。そうはいっても、スピーカーのお二人も、この「境地」(?)にいたるまでにはさまざまな葛藤や、衝突があったようです。でも、とにかく「この人と歩こう」って決めて、それをやり続けた。その中で、見出した答えだったそう。まずは、ほんとに決める。そして、決めたら、それを選び続ける。人生って、その繰り返しの中で、成長していくことなのかもしれません。自分のライフワークを追及しながら、相手のライフワークをも応援して、その体験を分かち合って。そして、自分が磨かれ、相手も磨かれ、お互い、器を大きくしながら豊かになっていく。。。そんな、本当の意味でのパートナーシップが築けたら、人生の喜びや、味わえるものが2倍、3倍になりますね。一度しかない今の、人生。それを思いっきり豊かに、思いっきり味わって生きるためのヒントがたくさんつまった、貴重なお話がお聞きできる機会です♪ぜひ、お誘いあわせのうえ、お気軽にいらしてくださいね。今月の「ようこそ先輩」は、10月11日(水)開催です!お申し込み・詳細はこちらへどうぞ。
2006.10.04
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、最近感じたココロとカラダの関係についてのお話です。ちょっと前に偶然テレビで見た、ドキュメンタリー番組。今をときめく美容家の佐伯チズさんを取材した番組でした。彼女が、美容の世界で今のようなカリスマといわれるほどの活躍をするにいたった背景に、最愛のご主人との死別があったことは、本で読んで知っていました。この番組でも、佐伯さんは、涙で目をうるませながら、そのときのことを静かに話されていました。悲しくて、家に閉じこもって、1年間泣き暮らしたこと。ご主人のお骨から、なかなか離れられなかったこと。心配したお友達に、「自分の顔を見て見なさい」といわれて、我に返ったとき、自分の顔とは思えないほど老け込んでしわだらけだったこと。。。そして、そんなご自分の顔を見て、愕然として、顔を元に戻すことに時間と、エネルギーを注いだのだそうです。美しいものがお好きだったご主人が、あの世で悲しまないように。。。そのときのことを、佐伯さんは、こうおっしゃっていました。「肌に対して、今までほったらかしでごめんなさい、ごめんなさいとあやまって、どうか元に戻ってください、ハリを取り戻して下さい、たるみよ、上がれ、上がれと語りかけながら、やさしくやさしく、両手で顔を包み込むように手入れをしたのです」と。そのとき、「どうしてこんな風になっちゃったの?!」とか「なんてひどい!」とか、そんな言葉はいっさい使わずに、ひたすら肌をいたわり、これまでの仕打ち(?)を詫びて「もういちど、きれいになってください」とお願いしたのだそう。そして、彼女は言いました。「そうして、心から真剣に話しかけると、カラダというのは、ちゃんとそれに応えて、きれいになろう、上がろうとしてくれるのですよ」今の佐伯さんの、年齢を感じさせない美肌は、有名ですが、そのウラには、こんな、肌やカラダとの、親密な対話があったのですね。これを聞いて、私も、早速自分もやってみよう!と、考えたことがあります。ここ3ヶ月くらい、以前はゆるゆるだったパンツがちょうどぴったりになってきたようで、ひそかに「まずい。。。」と思っていたのです(笑)。食事を工夫しても変化の兆しがなく、ちょっと困っていました。そこで。カラダと対話をしてみることにしたのです。カラダが、パンツがきつくなるような(笑)状況になっているとしたら、それは何故だろう?まず、そう考えてみました。思い当たったのは、夏の間忙しかったアルバイトの立ち仕事。ろくに休憩もとれず、終わると夜が遅いため、夕飯もそこそこに寝てしまう日もあった。そんな中、栄養を蓄えようと、カラダなりに必死でがんばっていたのかもしれない。そして、食べるものを蓄えようとする働きが、カラダの中に出来上がってしまったのかもしれないな。。。そんな風に感じました。そこで。まずは、佐伯さんのマネをして(笑)、カラダに対して、素直に謝りました。カラダさん、酷使してごめんなさいね。栄養をきちんと入れてあげないで大変だったね。ごめんなさいね。と。。。もう、安心してね。大丈夫。ちゃんとご飯を食べるから、心配しないで。そして、もう少しだけ、すっきりスリムになったほうが、カラダも軽いし、見た目もきれいでお互いハッピーになれると思うのだけど、どう?協力してくれない?そう、話しかけてみました。その後は、普段どおりヨガとか、時間があるときは軽くダンベル体操したりして、鏡の前でアファーメーション!潜在意識は、理屈っぽい言葉より、感覚に訴える言葉が響く!そう教えて頂いたので、こんな具合です:「パンツゆるゆる、ウェストほっそり、お腹、ぺったんこ!」(笑)こうやって冷静に書くと笑ってしまいますが、やっているこちらはけっこう真剣です。すると。体重は、大幅には変わらないのですが、4、5日くらいたつと、明らかに、同じパンツがゆるーくなってきたのです!これには、ほんとにびっくりです。ウェストも、明らかに前よりゆるゆる。もちろん、ほかの要因も、あるかもしれません。でも、私は、カラダさんが、私の語りかけを聞いてくれて、けなげにそれに応えようとしてくれた。そう思えるのです。そう思うと、カラダがほんとうにいとしくて、いとしくて(笑)。忙しい時には、無理してしまうこともあるけれど、カラダの声にきちんと耳を傾けて、ほしがっているものを与えて、いつくしんで、感謝といたわりの言葉をかけて。。。そうすれば、カラダは、いつも自分の味方でいてくれるんだ!そう実感できた、出来事です。自分の心がワクワクしているかどうか、時折確認するのと同じようにカラダにも「どう?今、ハッピー?」そんな語りかけをしながら、健康で美しいカラダづくりをしていきたいものですね♪
2006.10.02
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日の夜は、歌手として活躍している私の数十年来の友人のライブでした。社会人として会社に勤めたあとに、好きだった歌の道に進もうと、一般的な常識といわれる概念からすると、かなり遅いスタートを切った彼女。最初はジャズのライブを少しずつ歌うところから始まって、自分にしかできない表現をしていきたいと、最近はシンガーソングライターとして、自分の思いや体験を、優しく、透明感あふれる歌詞とメロディーにのせて私たちに伝える活動をしています。約3年前に最初のCDを出したあと、少しずつ曲を書き溜めて、今日は、記念すべき二枚目のCDの発売記念ライブ!応援の気持ちをこめて、夫と二人ででかけてきました。歌手という世界には、ほかの世界にいる私には計り知れない苦労や、人間関係のさまざまな出来事もあるようで、彼女の口ぶりから今はちょっとした「試練」の時期なのかな。。。そんなことを感じました。彼女のすばらしいところは、試練がやってきたときに、逃げないこと。自分ととことん向き合って、いつも真剣勝負。そして、自分の思いに素直に、純粋な気持ちで歌に向き合っていることです。歌の技術云々よりも何よりも、そうした彼女のひたむきで、まっすぐな姿勢が好きで、そんな姿からたくさんの勇気や、夢をもらえるのが嬉しくて、これまでもできる限りの応援を、してきました。歌詞のひとつひとつが胸に響いて、ライブ中、いつも2、3回は涙を抑えることができなくて、困ることがしょっちゅう(笑)。今日の彼女の歌は、ぐんと底力が増して、スケールが大きくなって、芯の強さが感じられるものに仕上がっていました。CDの録音や、今日のライブの準備を通して、ぶつかってきたであろう、さまざまな壁。それを乗り越えるたびに、知らず知らずに、強さとしなやかさと、そして何よりも「自分には歌しかない。これからも、何があっても好きな歌を歌い続けていくんだ!」っていう思い。それがいっそう彼女の中にしっかりと根づいていったのだろう。そう感じたのでした。そして、今日彼女が言っていたことで、とても印象に残ったこと。「CDをつくるにあたって、自分ひとりでは本当に何もできないんだと改めて思った。本当にたくさんの人に支えられて、助けてもらっていることを感じた。もっともっと大きなステージに立ちたいとか、たくさんの人に聞いていただいたいとか、そんな思いが強かった時期もあったけれど、いま一度、原点に戻って、自分を支えてくれる人、歌を聞きにきてくれるファンのかたがたのことを本当に大事にしていこうと思っている。今日は、そういう気持ちで新しくスタートする日」だと。。。人は、誰でも、人に認められたいとか、有名になりたいと、思うもの。でも、いったんそれを手ばなして、身近なひとに心から感謝して、目の前の小さなことにひたむきに取り組む。あくまで夢は持ちながら、それに固執しないで、できることをひとつひとつ、積み上げていく。その結果として、たくさんの人に喜んでもらうことができて、人の輪が、周りに広がっていくのですね。私自身がついつい忘れがちな、とっても大切なことを思い出させてもらいました。試練に向かって一歩一歩行動したひとだからこそ歌える、強さとしなやかさを感じさせる歌。彼女だからこそ言える、心を打つことば。ひたむきに生きるひとから、たくさんの勇気と、強さとを分けてもらえた一夜でした!
2006.10.01
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、私の「ニガテ分野」のお話です(笑)。実は、掃除があんまり好きではありません。一応、家は人並みにきれいに保っているはずですが(笑)、掃除をしていて楽しい、嬉しいと思えることは、ほとんどありません。。。家事の中でも大好きなのはお料理。それと同じくらい楽しい気持ちで掃除ができたらいいな。。。そう思いながら、それでも、家がきれいなほうが気持ちがいいから、ちょっぴり憂鬱な気持ちで掃除にとりかかることが、多いのです。そんな私が、最近ふと手にとった本に「トイレ掃除で運を引き寄せる」というものがあります。(正確なタイトルは忘れましたが。。)結構、有名な本のようなので、ご存知のかたも、多いかもしれませんね。実は、「トイレ掃除をすると運がよくなる」といったたぐいの話は、前からちらほら耳にしていました。でも、当時の私は、トイレの掃除が好きとは決して言えなかったし(笑)、何の根拠もなさそうな話に思えて、本を読んでみることなど、思いもよらなかったのです。ある時立ち寄ったコンビニで、どういうわけか、ちょっと気になって立ち読みしてしまった、この本。読み終えたときには、なぜか「やるだけ、やってみてもいいかな。。。」そんな気持ちになっていました。やって、損するわけではないし、もしこれで運がアップするなら、どんな風にアップしていくのか、面白そう♪そんな風に思ったのでした。毎日、ちょっとの時間でいいから、トイレをきれいに磨く。ただ、それだけです。トイレに対して「近い」立場でやるほど、運がアップしやすいというお話。例えば、棒やブラシでこするよりは、手でやったほうが。そして、手でやる場合も、手袋をするよりは、素手で(!)やったほうが、よりラッキーを引き寄せるというのです。今、私がどの立場でやっているかはナイショですが(笑)基本的には、無理のない範囲で、続けられる「立場」を選ぶことが大切なのかな、と感じています。たとえば、とっても抵抗があるひとが無理やり素手でやっても、いやになって3日坊主で終わってしまうよりは、手袋をしてやったほうがいいのかな、と。。。まだ、始めて4、5日なので、効果のほどはこれから!といった感じですが驚いたのは、自分の気持ちの変化なのです。朝か晩に、少しだけ時間をとって、せっせとトイレを磨く。時間がある日は、一日に数度磨くことも、あります。「やる」って決めたあとは、意外にいやな気持ちにならずにできるもの。そして、それだけひんぱんに磨くと、トイレが本当にすがすがしい空気に包まれるのですね。ぴかぴかのトイレの気持ちよさは、格別!心まで澄んでくるような、晴れやかな、不思議な気持ちが胸の中に広がるのです。そして。あんなに掃除キライだったのに。。。「せっかくだったら洗面所も磨いちゃおう」とか「ささっとリビングを掃除しちゃおうかな。」とか、今までだったらありえなかったことをしてみようかな、という気になってくるのですから、自分でもびっくり!(これまでは、掃除の日を決めて、それ以外の日は掃除はいっさいしない!っていうスタンスだったのです)こまめに掃除された家の中は、こころなしか明るく、風のとおりもいいように感じられます。そんな家で過ごす時間もまた、心が明るく晴れわたるような、穏やかで素敵な時間になるのですね。昨日のキャッシュフローゲーム会で、一緒に主催しているエミちゃんに、「家が前よりすっきりしたような感じですね~。何か、変えましたか?」といわれて、「ん???何にも、変えていないんだけど。。。」って不思議だった私。今思えば、家を流れる「気のながれ」みたいなものが、ちょっぴりきれいになっていたのかもしれませんね?!一気に時間をかけて掃除をしようとすると、気が重くなる。でも、ほんの5分、10分でできる「小さな掃除」の時間を作れば、それほど苦になることもありません。ずっとパソコンに向かったあとの、気分転換と運動(?)も兼ねた、日常の中の「プチ掃除」、なかなかおススメです!「運がアップした!」って感じられるできごとがあったら、またシェアさせていただきますね♪
2006.09.30
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪今日は、我が家で恒例のキャッシュフローゲーム会。このゲーム会では、ともに主催しているエミちゃんの提案で、ゲームを始める前に、ちょっとした宣言を行います。自分は、ゲームを通して何を受け取りたいのか。どんな立場でゲームに臨むのか。これを決めてゲームをするのと、ただ漫然とゲームをするのとでは、結果や、得られる気づきに、大きな違いが出てくるのです。たかが、ゲーム。されど、ゲーム。毎回、さまざまな気づきを得たり、人生の出来事をゲーム上で疑似体験できたりで、とっても貴重な時間を過ごすことができます。今日の気づき。それは、「人は、どこかで人に支えられて生きている」というもの。そして「人は、人を支えることに喜びを感じるものなんだ!」っていうことでした。当たり前のように聞こえることですが、これって、意外に、アタマでなくてカラダやハートで理解できていなかったりするんですね。。。ゲーム会では、時間を区切って、2回のゲームを行います。今日の私は。。。「最初は、自己中心的に、次は、世の中のためになるヴィジョンをもって」という、まったく違うスタンスでゲームに臨みました。そして、得られた結果と気づきは、とっても興味深いものでした。このゲーム、まずは「ラットレース」と呼ばれる、毎月労働をして、その収入で生活をまかなう生活を抜け出し、「不労所得が支出を上回る」生活、つまり、働かなくても暮らしていける立場へと移行することが肝心。なんと。最初の、「自己中心パターン」では、意外にもすんなりとラットレースを抜け出すことができたのです。しかも、メンバーのうちでひとりだけ!メンバーに赤ちゃんが生まれて(もちろん、ゲーム上で、です!)ほかのメンバーがお祝儀を渡しても、自分は「そんな、もったいない!」ってお祝儀さえ包まず(笑)、自分だけのためにお金をつくって、投資することに専念していた。そして、すんなり「悠々自適の生活」に移行。思ったよりも、気分も悪くありません。一番ノリって、案外いいもの(笑)。そして、次の回。自分の次の世代のためになるような大きな夢を描いて、そのためにお金のやりくりをする立場でのプレーです。またもや意外なことに、先ほどよりも、すんなりとお金がまわらない。挙句の果てに、メンバー全員が「悠々自適の生活」に移行していく中、自分だけが「ラットレース」に取り残されて、ちょっと凹み気味。。。ですが。。。そんなとき、思わぬところから、救いの手が!すでに悠々自適でお金が有り余っている(笑)参加者のひとりが、無利子でお金を貸してくださって(しかも、二度も!)、そのおかげで、なんとか「ラットレース」を抜け出すことができたのでした。なんと、ゲーム終了5分前!ゲームとはいえ、涙が出るほど嬉しかった。人が人を支えることの温かさを、肌で感じました。そのときの気持ちは、なんといえばいいのでしょうか。。。自分のいたらなさ、弱さに対して「あ~あ」と思いながらも、自分でそれをやさしく包み込んでいるような、そんな感覚。「一緒に豊かな世界に行こう!」そういって、手を差し伸べてくれる仲間の温かさを素直に受け取って、それを感じて、感謝して。そんな、穏やかで、平和で、しっとりしたものが、胸に広がるのを感じました。助けてくれた仲間の、晴れやかで、嬉しそうな様子が、また嬉しい。自分が与えられるものを与えること。それを、素直に受け取ること。感謝して、喜びの輪が広がること。そのすばらしさ、美しさを、疑似体験ではあっても、しっかりと感じたのでした。最初の「自己中心パターン」で感じた、「やった!自分てすごい!」っていう、勝ち誇ったような気持ちとは、まったく違う、静かな感動が、ありました。そして、思ったのです。人は、自分ひとりで生きているわけではないし、ひとりでできることってほんとにわずか。それをしっかりみとめて、自分ができないときは、素直に人に助けてもらっても、いいんだ。って。それは、自分の弱さを含めて自分を愛することでもあるし、ひとに、愛や優しさを差し出す機会を与えることでもあるのだと。その思いが嬉しかったら、今度は、自分ができるときに、自分が差し出せるものを、違うカタチで差し出せばいいのだと。そんな、分かち合いの輪を広げて、自分の次の世代がもっともっと平和や、豊かさを自然に受け取れる世の中にしていこう。改めて、そう感じることができたゲーム会でした。いつもながらすばらしいバンカーの才能を発揮してくれたエミちゃん、「出勤前に(笑)駆けつけてくれたキアラさん、そして、温かい手を差し伸べてくれたやじまささん!ありがとうございます。
2006.09.29
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪先日の日記に書いたとおり、最近、洗面所のコップを割ってしまうという出来事がありました。割れたコップの代わりに手に入れた、新しいグラス。ちょっとひねりのきいたデザインの透明なガラスのコップで、なかなか気に入っています。このコップを買うとき、メーカー名を聞いて、以前に、あるレストランで出会った素敵な卓上の置きものと、同じメーカーのものだと判明。私の好みにあったセンスに、「ああ、やっぱり!」って、納得です。そして、そんなことから、この、レストランで私のテーブルを担当してくださったウェイターさんのことを思い出しました。それは、百貨店の中にある、ちょっとしゃれたイタリアンレストラン。外からみても、内装や料理にこだわりをもっている雰囲気が伝わってきます。その日、私は用があってこのレストランに入り、コーヒーだけをいただきました。「お茶だけ」なんて言ったら、断られるかしら???そんな風にちょっぴり不安に思いながらおそるおそる聞いてみると、とても感じよく「ご利用いただけます」とのお返事。そして、案内されたのは、ちょっと奥まったところにある、ゆうに4人は座れるゆったりしたテーブル。周りと、少しだけ離れていて、一人で気兼ねなくお茶が飲める雰囲気です。一人だけでお店に入ると、端っこのほうの席に案内されたり、グループ用の席の合間の狭い空間で落ち着かなかったり。。。そんな経験も多いだけに、この配慮は本当に、嬉しかった。そして、そのテーブルに飾ってあったのが、素敵なガラスの置きものだったのです。シンプルな中にもひねりのきいた個性的なデザインの、置きもの。とっても小さなものなのに、厚みのあるクリアなガラスが光を反射して、ほどよい存在感と、華やぎとをテーブルにそえている。歩き回って疲れたあとの気持ちを、美しく輝くガラスの光が、そっと癒してくれるかのようでした。コーヒーを持ってきたウェイターさんに、「とても素敵な置きものですね」そう、ひとこと、話しかけてみました。すると、とても喜んでくださってメーカーさんの名前、直営ショップのある場所など、詳しく教えてくださったのです。そこから話が展開して、レストランで使っている食器をオープンに合わせて特注したお話、季節のメニューのお話など、とても心が温まる楽しい会話弾みました。ウェイターさんの、マニュアル化されていない、丁寧で、温かくて、そして仕事とお店とに静かな誇りを持っている様子がとっても素敵!話していて、心がワクワクするのが分かりました。時間にすれば、ほんの5、6分。ですが、その数分間の時間が、ガラスの美しさとあいまって、かけがえのない自分への「ギフト」となったのでした。どこかに出かけて、あとでそのときのことを思い出してみたとき、意外にも、どこに行ったとか、何を買ったとか、何を食べたとか。。。そんなことは忘れているのに、そのときに出会ったかたのやわらかな笑顔、必死になって助けてくれようとした姿勢、握手したときの手のぬくもり、そんなものだけが、いつまでも、思い出に残っている。。。そんなことって、ありますよね。人間て、人と人とのふれあいが何よりも大事なんだ。。。温かい愛情で結ばれていることを感じて、愛情を表現したい生きものなんだ。。。それを、実感させてくれますね。どこかに出かけて、人と交わることがあったら、できるだけ一言、声をかけてみる。それを、実践するようにしています。「ありがとう」「ごちそうさま」から始まって、本当に、感じたことを一言だけ、伝える。そのことが、嬉しい思い出となるような、思いもかけない出来事につながることも、あるのですね。人と人とをつなぐ、温かなひとこと。ふとしたことから思い出した、ウェイターさんとの素敵なひとときが思い出させてくれた、心の中の大切な指標です。
2006.09.28
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪このところ、用事があって百貨店に行く機会が続いたので、いくつかの百貨店で、秋らしいウィンドウディスプレイをじっくり楽しんできました。単に、商品が置かれたり、吊り下げられたり(笑)しているだけの空間。あるのは、ちょっとした背景と、演出のための小物、そして商品だけ。。。でも、不思議なことに、この、限られた空間の中に、ディスプレイをする人の意図とか、志、思いのようなものが、しっかりとあらわれるのですね。なんといっても目を引くのは、有名な高級ブランドのウィンドウ。とにかく、インパクトがある。そして、風格があって、堂々としているのです。とりたてて凝ったことをしているわけではなくても、吸い寄せられるように近づいて見入ってしまう、力があります。思わず、商品を手にとりたい気持ちに駆られてしまうのです。いっぽうで、どことなく気合の入らない、あいまいな感じのするディスプレイに出会うこともあります。どことなく漂う、おざなりな感じ。「この辺で、適当に」って感じが、ぷんぷんにおいます(笑)。ちょっとした、背景の色づかいだったり、照明の当て方だったり、洋服ならば、襟とか袖元とか、細かいところの整え方だったり、ディスプレイの、ちょっとした角度の違いだったり。。。何かが、すごく違うわけではない。でも、どこが、どう違う!って具体的にいえない「何か」が、ガラスで仕切られた、小さな空間にみごとにあらわれているのですから、不思議です。そんな、さまざまなディスプレイを見ていて思ったこと。どれがいい、悪いではないけれど、確実に、心を惹かれるのは、堂々と、きっぱりと威厳をもって存在をアピールしているディスプレイ。そこにあるのは、「これ、素敵でしょ?私もこれがとっても素敵だと思うの!」「こんなキレイなものがあるのよ!」っていう気持ち。素敵なもの、いいものを人にも知ってもらいたいっていう純粋な分かち合いのこころ。傲慢に、えらそうに主張するのでもなく、そうかといって、卑下したり、謙遜ぶるのでもなく、あくまで、堂々と。そう、「素敵なものをいかに、より素敵に見せるか」「この、すばらしさを一番伝えるためにはどうすればいいか」それをとことん追求している、その精神なのですね。そこには、人に分かち合いたい対象に対する愛情と、絶大な信頼とが、ある。「これって、こういうものなの」「こういうイメージをもってもらいたいの」そんな、価値観や、判断を勝手に決め付けることをしない。自分の気持ちを表現したら、あとは人に任せる、いさぎよさが、あるのです。そんな、ゆるがない気持ちが、人をひきつける素敵なディスプレイのアイディアを産む、大きなエネルギーとなるのだと感じました。「これって、所詮、こんなもの」「この程度で、まあ、いいでしょう。」よさを信頼せずに、カタチだけ作って、ガラスの箱におさめてしまう、そんなディスプレイとは、ひと味も、ふた味も違うインパクトの秘訣ですね。そして、これは、とりもなおさず、人生全般にも当てはまること!そう思いました。自分の、もって生まれた美しさや、才能は、どう使えば一番分かち合えるだろう?この人のすばらしさは、どう伝えれば、一番わかってもらえるだろう?自分が得た大きな気づき。人からもらったやさしい気もち。感動して心がふるえた、人の生き様。それらを、少しでもシェアしていくには、どうするのがベスト?!そんな問いかけをしながら生きていくことで、人生が楽しくなりそうです。世の中にある、たくさんの美しさ。感動。生きているからこそ、感じられる喜び。それらをやさしく受け止めて、その輝きがいっそう増すように、しっかりと、自信をもって伝えて、分かち合っていく。そんな生き方、していきたいものですね♪
2006.09.27
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪昨日の日記に書いたとおり、今日の夜は、留学協会研修会に出席しました。ゲストの中山麻紀子さんのお話をはじめ、ライフワーク、自分の生きかたに関して素敵なメッセージをたくさんいただきました。誘ってくれたシゲさん、ありがとう♪さて、昨日の続きのお話です。百貨店の売り場を歩きながら、夫に似合いそうな服を見つけたことがきっかけで、自分の中にはたくさんの優しい思いがあふれていたんだ~。それを、素直に表現していっても、いいのかな。そんな思いを抱きながら、帰途につきました。帰りの電車は、少々混みあっていました。日曜日ということもあって、レジャー帰りと思われる人の姿もちらほら。そんな中、とっても大きなかばんを、堂々と車両の床においている若い男性が、いました。乗り降りする人は、不便そうにそのかばんをまたいで行き来している。。。以前の私は、こうした「一見他人のことを考えないマナー違反の人」がどうしても、どうしても許せなくて、たまにケンカをしていました(笑)でも、ちょっとだけその域を抜け出しつつあるみたいで、そのときはこれって、何かのメッセージだとしたら、どういうことなのかな???そんな風に、ちょっとのんびり構えてみていました。(少しは、成長したかな?(笑))そうしたら。私が降りる駅に電車が止まって、ドアが開こうとした、そのとき。かなり高齢の男性が、降りようとしたとたん、そのかばんにつまづいて、そのままバランスを崩して、倒れてしまったのです。腰を少々打ったらしく、痛そうな顔をして、なかなか起き上がれない。降りようと電車のドアに向かっていた私は、慌ててその方を助け起こそうと足を速めました。すると、周りにいたたくさんの乗客が、いっせいにその方のほうに向かい、何人もの方の腕が、差し伸べられたのです。私が行き着くヒマもないくらいの、早業でした。私が行き着いたときには、すでにその方は立ち上がりかけていて、よろめきながらも、何とか電車から降りることができていた。そうはいっても心配だったので、声をかけて、駅員さんに事情を話して、しばらく一緒にいていただいたのですが、何とか、ひとりでお帰りになれるご様子に、ほっと安心したのでした。そして、あのときの、周りの方の反応のすばやさに、とっても感動したのです。一見、ほかのひとのことなど、無関心なように見える電車の中の、赤の他人。そのかたたちが、いざとなると人を助けようとする、温かい気持ちを何の躊躇もなく、自然に差し出す、その姿が、とても美しいと思いました。そして、思ったのです。あの、かばんを置きっぱなしにしていた若者。彼の行動が誉められたものだとは思わないけれど(笑)そのことで、たくさんの方が、自分の中にあるやさしさを差し出す機会を得ることができた。そう考えることもできるのだと。そして、あのご老人も、たくさんの方から愛の手を差し伸べられて、温かさを受け取る機会を得ることができたのだと。。。そして、私自身も、ご老人から何度もお礼を言われて、なんともいえない温かく、しっとりとした喜びが胸の奥の方から湧き上がってくるのを感じることができたのでした。百貨店で感じた「やさしさを表現していこう」っていう思い。その機会をくださるために、人の力を超えたものが、しくんでくれた出来事なのかもしれない。かばんの彼は、その中での「悪役」を、演じてくれただけなのかもしれない。そんな風に感じました。物事には、両面が、ある。そのことを、身をもって感じた出来事です。時には、冷静になれないこともあります。でも、何かが起こったとき、それに巻き込まれてしまう前に。。。ちょっとだけ、身を引いてみてみることで、思わぬギフトを受け取ることができる。そう感じました。そんな視点でみてみると、世の中には、これまで見てきたよりも、もっともっとたくさんの愛と美しさとがあふれているに違いありませんね!
2006.09.26
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪☆☆☆ 記事に入る前に、ちょっとお知らせ ☆☆☆ソース仲間のシゲさんからご紹介いただいて、明日(9月26日)留学協会研修会に出席することになりました。ゲストは、NFLのチアリーダーを務めた中山麻紀子さん。シゲさんは、司会を務められるそうです!トークディスカッションの部では、ソース仲間のエミさん、まり☆6676さんとともに、私も海外生活の体験をお話する予定です♪ご興味があるかたは、ぜひいらしてくださいね!<第19回留学協会主催研修会>~留学・海外生活体験とライフワーク~9月26日(火)19:00-21:00 会場:(株)カンジ お茶の水セミナールーム詳しくはこちら☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆さて。それでは、昨日の続きのお話です。コメントをいただいた皆さんが、あんまり期待されているようなので、ちょっとプレッシャーを感じてます(笑)。。。ちょっとだけ、寝不足で迎えた次の日は、都内の百貨店に行く用事がありました。普段は、あんまり行かない紳士服の売り場にも立ち寄る用事があって、久しぶりに紳士用の雑貨や服などを見て回っていました。秋らしい色や素材のセーターやジャケットが勢ぞろいして、なかなか楽しい♪このごろは、男性でもオシャレな方が増えたせいか、百貨店の紳士服売り場の充実度には、目を見張るものがありますね。そんな中、夫に似合いそうな服を、たくさん見つけてしまいました。オードリーの夫は、パステルカラーがとっても似合います。今年流行の、淡いパープルのセーターや、品のいいピンクのシャツ、サーモンピンクのカシミアのセーター。どれも、夫が着たら、顔うつりがよくって、素敵だろうな。。。そんな風に思いながら売り場をうろうろしているうちに、不覚にも、涙がでてきてしまったのです。(店員さんには、すごーくアヤシイ人に見えたにちがいない。。。(笑))これまで、人に何かを与えるのがあんまりうまくなかった私。自分のことでいつもせいいっぱいで、何をすればその人がほんとうに喜ぶか、真剣に考える余裕がないことが多かった。だから、プレゼントはちょっと苦手。女性ならまだしも、男性のものとなると「大」がつく苦手(笑)!ましてや、特に理由もないのに、「これをプレゼントしたいな」なんて考えることはほとんどなかったのでした。(。。。汗)それなのに。昨日は、売り場を歩いていて目に入るものすべてを、夫に贈りたい!そんな思いがあふれてきてしまったのですね。素敵な人にふさわしい、素敵な色、質のいいものを着て、ますます素敵になってほしい。輝いてほしい。日頃の感謝の気持ち、彼を大事に思う気持ちをせいいっぱいカタチにして、あらわしたい。ちょっと、照れくさいのですが、こんな気持ちがわーっと出てきて、お金をたくさんもっていたら、その場にあるものを買い占めてしまいたい、そんな気持ちにかられました。自分の中にある、やわらかいもの、やさしい思い。それを、どこかで封印して、あんまり出さないようにしてきたこれまでの生き方。その「フタ」を開けて、心の奥の方にあるたくさんの、たくさんのあふれるような思いを、素直に出しても、いいかもしれない。知らず知らずのうちに、胸の奥のほうで、そんな風に感じていたのでしょう。やわらかさ、やさしさをカタチにしたときに、受け取ってもらえないとか、傷つくとか、そんなこと、もう気にしなくても大丈夫。自分が与えたいから、与える。気持ちをあらわしたいから、あらわす。ただ、それだけでいいのだと。。。素直に、そう思えたのでした。現実には、今の時点では、紳士服フロアの服を買い占めるのはちょっと無理(笑)。それに、服を買うことがベストな選択とも限らないし(!)ですが、自分の思いの象徴として、明るい色の服を見たときに、そう感じたのですね。今の私にできる、ベストな愛情表現。相手は、夫とは限らない。自分の周りにいるひとたちへ。いつも支えてくれる家族や、大切な仲間たちへ。できることから、出し惜しみしないで、やっていこう。そんな風に感じました。だから。。。今日の私の愛情表現の「小さな一歩」は、料理をお鍋で温めること。忙しいときは、電子レンジを使うこともあるのですが、面倒でも、お鍋で、きちんと火にかけて温めると、味のやわらかさが、違うのです。ふつふつしてきたら火を弱めて、気持ちをこめてそっと木べらで全体をなじませて。時間もかかるし、お鍋を洗う手間も増える。でも、そんな、ちょっとしたことで、夫に温かさを伝えられるなら、そうしてみよう。今日は、そんな気になったのでした。この「ささやかなメッセージ」シリーズ。百貨店からの帰りに出会った小さな出来事で、完結です。続きは、明日、書きますね!
2006.09.25
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皆さま、こんばんは!オードリーです♪昨夜から今日にかけて、「ん???これは???」と思うような、小さな出来事がいくつか、ありました。こんなとき、素通りしてしまうこともあるのですが、「これって、何かのメッセージかも?!」というスタンスでみてみると、ピン!とひらめくことがときどきあるのです。不思議なもので、無理やり「意味があるはず!」ってこじつけるときと(笑)「きっとそうだ!」って思えるときとでは、ちゃんと感覚が違うのですね。私が受け取った、ささやかな心の声のことば。それを、シェアさせていただきますね。昨日の夜、ちょっと遅くなってから、「早く寝よう!」と、歯を磨いていたときのこと。うっかり、手をすべらせて、ガラスのコップを落としてしまいました。眠くて、早く寝たいのに、片付けという仕事がふえて、最初はふてくされ気味だった私。寝ぼけまなこで手を切らないように、ゆっくりゆっくり、慎重にガラスのかけらをかき集めながら、心を鎮めて、考えてみました。ふだん、めったなことではお皿やコップを割ることがない私。それなのに、寝ぼけていたとはいえ、これは一体???そして、物思いにふけったまま、お風呂に入ろうとしたとき。今度は、ヘアバンドのゴムが「パチン!」って切れてしまったのです。う~ん。またまたアクシデント。これは、やっぱり何かのメッセージ。。。そして、ゆっくりお風呂に浸かりながら、やってきたのは「古い価値観を打ちこわして、手ばなして、次に進もう!」というもの。大事に思っていたものがこわれて「さよなら」しなくてはいけないのは心がちょっぴり痛むもの。それは、モノに限らず、大切にしてきた自分の主張や、価値観についても、同じことなのですね。「これがあるから、自分は自分でいられる!」って信じてきたもの。「これを支えに、これまで生きてきた!」っていう自分の「柱」(。。。だと、思っていたもの。)それらを手ばなすときには、さまざまな感情がわいてきます。でも、自分が変わろう、前に進もうと思ったら、そのさみしさや、自分が自分でなくなるようなコワさを、これまで自分を支え、前に進ませてくれたことへの感謝とともに、手ばなしていく時期が、来た。そう感じました。こわれたガラスのかけらを丁寧に集めて、落ちているガラスがないようにあたりをきれいに掃除して、新しいヘアバンドで髪をまとめて。寝る時間はますます遅くなりましたが(苦笑)、心の中のもやもやを一掃したような、静かで穏やかな心もちでした。少しずつ、これからの人生が変わっていく予感。少しずつ、本来の自分に近づきつつある予感。そんな、神秘的で静謐なものが、心の中にあるのを感じていました。日常の、ちょっとした出来事をきっかけに、そっと心の声に耳を澄ませてみる。そんな時間、大切にしていきたいですね。そして。こうして、少々寝不足でむかえた今日、またまたちょっとした出来事に出会いました!ちょっと、長くなってしまったので、続きは明日書かせていただきますね。
2006.09.24
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