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ここまで来ると「つま恋バカ」だなぁ、と思います。NHK BSで放映された、つま恋コンサートの様子を妹に録ってもらったDVDを、何度も何度も観ています。ここまでなら、似たような人はたくさんいらっしゃることでしょう。ただ、私は、何度も見てるのに、観る度に、涙、涙なんです。タオルを片手に、じゃないと観れない。そして必ず途中からギターを抱えてしまう。どの曲も、Keyまで覚えている自分に多少驚きながら、一緒になって弾いては泣き弾いては泣き…。茶犬もちんも、「またか」というあきれた表情。でも、その時の私にはもう、彼らの様子は関係ない。昔の曲たち、もちろん涙、涙ですが、新しい曲も1曲だけ、中島みゆきさんが書き下ろしてしかも、当日拓郎さんとデュエットする「永遠の嘘をついてくれ」も、いいんです。人には知らなくていいこと、ってあると思います。それぞれの限りある人生の中で、その人生中に起こったすべての事を知る必要があるのでしょうか?永遠の嘘、いつまでも種明かしをしないでくれれば、その分少しでも幸せな思いで逝けることもあると思います。拓郎さんの曲の詞には、私にとって深みのあるものが多く、どうしても涙なしでは観れない。そして、かぐや姫のメンバーが、もう1度こうして集まって、楽しそうにやっているのを観れた、という昂ぶりが、やっぱり涙を誘ってしまうのです。3人とも、今は完全に音楽的なベクトルが違った方向に伸びているので。そして、最後の拓郎さんの長い長いお辞儀。この、私のつま恋バカ状態、いつまで続くでしょうね。
November 27, 2006
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高校時代、バレー部で一緒だった友達から、本当に久しぶりに電話がありました。高校時代は毎日行きも帰りも一緒だったし、お互いの家にも遊びにいったりして1番の友達だった。なのに、卒業後はどんどん遠くなって、今では年に1度の年賀状で「今年こそは会いたいね」を繰り返すばかり。今の私は、体調が日によって(ホント言うと1日のうちでも色々変わる)違うので、早くから会う約束をするとすごくプレッシャーになるのです。だから、12月に入ったら連絡するから、と言って電話を切りました。本当に、私の暗い高校生活で、何でも話せる1番の友達だったから、こんな、年賀状だけの友達では居たくなかったのですが、なんやかんやと、そうなっていたのです。だから、電話はとっても嬉しかった。ただ、悲しいのは、どこか私が斜に構えている事。近頃は、古い知り合いが突然電話してきたり家に来たりするときは、たいてい物売りか選挙、宗教の勧誘という事が多いので…。私が病気であることをどこかで聞いて、健康食品を勧めてきたり、宗教に誘う。高い矯正下着や化粧品などを「あなたも売ればすぐ元は取れるから」といって売りに来る。絶対その子はそんな事ない、と思ってみても、随分前に健康食品を勧めてきた子が、「あの子は、なんかいつも幸せって思って笑っている宗教の教祖様のようになっているらしいよ」と言っていたのが、ちょっと気になってたりします。そんなことないよね。純粋に、昔みたいに会えるよね。そう信じて。
November 21, 2006
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自分の人生の中で、消しゴムで消したいことがあります。その瞬間「ああ、消したい!」と思うような事は何度もありますが、それは意外と後で割り切れています。でも、どうしてもどうしても忘れられなくて、思い出すたび苦しくて、消しゴムで消すか、新しく塗りつぶしたい事がほんのわずかですが、あります。時々、せめてブログでそのことを公表すると少しは軽くなると思うのか、ブログで話そうか、という衝動にかられることもあります。誰も見てくれなくてもいい、自分のつぶやきだから、と始めたブログも、今ではやはり少し自意識過剰になって、ほんの僅かでも覗いてくださる方々を、意識してしまっている。全く意識していないといったら嘘になる。 誰に告白しようと、消しゴムで消したいその事実は、私の人生の中の 1つの出来事として確実に残っていくのでしょう。「人生というのは覚えている事の積み重ね」だと誰かが言っていましたが、その通りだと思います。忘れちゃいけない事で、忘れてしまっている事は日々たくさんあるのに。忘れてしまいたい事は忘れられない。
November 20, 2006
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この前、ちんを塾まで送っていく車の中で久しぶりに「帰れない二人」を聴きました。ラジオから流れてきたのです。大好きな曲でしたが、これまではギターのコピーにばかり気を取られて、あまりボーカルを丁寧に聴いてなかった。この曲は、井上陽水さんの曲、と思ってましたが、実は清志郎さんとの合作だということを最近知りました。去年だか一昨年だか、陽水さんがELTの持田さんと歌っている時に言っていたのを聞いて知ったのです。この曲のどこに?やっぱりコーラスしかないだろうなぁ、と思いつつ聴いてみると、やっぱりコーラスが清志郎さんの声でした。私達がちょうど高校~大学の頃には、ロックやポップスっぽい路線を走っていた人たちも、もとはフォークをやっていた、というより、日本ではある時期、急速に若者がギターを抱え始めて、それがまずはアコギが多かったのでしょうか、昔は結構ミュージシャンのみんなどっかでつながっていた事が多いように思います。で、清志郎さんと陽水さんも例にもれず…。2コーラス目では、清志郎さんのコーラスが入る辺りから、陽水さんがつられて清四郎さんっぽいボーカルになってる。ちょっとフラットにはずし気味。この前、「さんまのまんま」にアルフィーが出てた時、以外にも高見沢さんが3人の中で1番さだまさしを聴いていた、という話になって、その時高見沢さんが好きな曲の1つとして「まほろば」をあげたのも、私には妙に嬉しかった。ある頃から、フォーク、特にさだまさしさんなどは、堂々と好きだといえなくなってしまいました。私が大学に入った頃にはもう、そうでした。今でも、なぜかカラオケでさだまさしさん歌う人っていないですね。ドン引きされそうで。ホントはよく聴いていた人、結構いると思うんだけどな。私など、お風呂でさだまさしさんの昔のアルバムを泣きながら聴いているのですが。何か、こういうキレイで純粋なものを、素直に受け止めていた純粋な自分に(そして今は多分失ってしまっている事に)涙が出るんです。
November 16, 2006
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ニッポン放送で夕方放送している「ショーアップナイターネクスト」という番組があります。地方福井のラジオ局では、19:00から放送されるので、私がちんを塾に送っていく時や、茶犬が早く帰宅できた時には茶犬の通勤時に、2人とも好きで聴いている番組です。19:00からということは、野球のシーズン中は多分福井では放送されないのだと思います。野球は好きですが、音楽やバラエティー番組はもっと好きなので、シーズンオフはTVやラジオの番組が充実していいなぁ。で、ちなみにこの「ショーアップナイターネクスト」ですが、前半30分、毎回何かのアルバムを特集して、そこから曲を流してくれるんです。そのアルバムというのが、たいてい古いんですよ、いわゆる「フォーク」が多いんです。自分が持っているアルバムでも、久しく聴いてなかったりすると「あぁ、やっぱりいいな」と思うし、割とよく聴いている曲でさえ、ラジオから流れてくるのってまた違った趣を持って響きますね。ちんを塾に送る時に、この番組を聴きながら行くと、つい遠回りして帰ったりします。最近は家でもラジオをすぐ聴けるようにしましたが、ちょっと前まであまり家ではラジオは聴かなかったので。福井は田舎なので、どこに行くにもみんな車です。車の中では結構ラジオも聴くんですよね。音質はAM放送なのであまり期待できませんが、それはそれでちょっと懐かしかったりもします。よろしければ、1度聴いてみてください。
November 14, 2006
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NHKBSで月に1回第1金曜に放送されている「フォークの達人」の、11月3日は友部正人さんでした。この人は、ボブ・ディランの影響で音楽、特にギターを始め、名古屋のデパート前で、今で言う「ストリートミュージシャン」をやっていたことから、プロとして活動する今に至っているそうです。やっぱり私は、こういう、いわゆる「フォーク」といわれるような音楽の中にいるのが1番心地いいんだな、と最近実感しています。もちろん、ジャズも聴くし、ブルースもロックも、歌謡曲も演歌もシャンソンも…、それこそ音楽は何でも好きだし聴きますが、中にはどこか構えて聴いていたり、緊張感を持って聴いているものもあるのです。でも、フォークと呼ばれるものたちを聴いている時、あるいは自分が演奏している時は、ひたすらくつろいでいる。全く手放しの状態でいる事に恥ずかしながら40過ぎた今になって気付いたのです。私は、結局ギターを始める直接の影響は、かぐや姫と井上陽水から入りましたが、ほぼ同時期に中島みゆきや松山千春、NSP、吉田拓郎などもよく弾いてました。ただ、誰しもそうだと思うのですが、自分が好きなアーティストが影響を受けたり好きだったアーティストを追いかけたい、という思いから、先にあげたミュージシャンより更に前の、たとえば岡林信康や友部正人、はしだのりひこ、中川五郎や大塚まさじ、西岡恭三、赤い鳥、はっぴいえんどなどあげるとキリがないのですが、そういう、日本の「フォーク」の火付け役だったような人たちや、ボブ・ディランなどに触れることに繋がっていきました。同じように、その後、桑田圭祐や佐野元春などについても、その音楽的なルーツを辿りたくて、そこから知ったミュージシャンがたくさんいます。ヒマと、集中力がなせる業ですね。お金がないし、今のようにレンタルなどもなかった時代なので、音楽に触れるためのメディアはテレビかラジオしかない。でもテレビは一家に1台しかないからチャンネル権はないし、録音できないし、結局ラジオのみ。今は、1曲1曲ラジオからエアチェックする事もなく、○○全集、なんていうのを買って、お金を出して解決してしまう。かなしいかな好きだという気持ちまで、昔に比べて薄くなったのかな、とさえ思ってしまいます。
November 12, 2006
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今の私の頭の中のBGMは、桑田圭祐の「東京」です。「東京」とか、「東京」がタイトルに含まれる曲って、たくさんありますね。私が今、思い浮かぶだけでも、マイペース、浜田省吾、福山雅治、あと、伊勢正三で「東京日暮れ色」っていうのもあったな。桑田さんは茅ヶ崎出身だから比較的東京近いけど、やっぱり地方の若者にとっては東京って1度は憧れる所なのかもしれません。私も、若い時はそうでした。仕事も、東京じゃないとダメ、東京ならもっと大きな仕事が出来る、みたいな…。だから、たまに仕事で東京に行った時なんか完全におのぼりさん状態で、訛りが出ないように、そして、表参道などを歩く時は田舎者に見えないように、もう、東京には長いこと住んでるんだ、もしくは東京育ちふうに見えるように、 緊張してた気がします。 きっと、こんな感情は多くの人が持っていて、 だからこそ、「東京」の歌、多い気がします。
November 9, 2006
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今日、越前ガニの漁が解禁しました。「解禁」ということは、禁漁期間があるわけです。昔、私の母が子供の頃は漁に制限などなく、毎日おやつとしてたくさん食べていたそうです。が、そんな、将来のことも考えずに人間達が好きなことをやった結果、今では禁漁期間を設けないといけなくなったわけです。 でも、私も、父が中央市場の水産中卸に勤めていたことから、子供の頃は足が全部揃っていなかったり、ちょっと傷があったりするカニをたくさん持って帰ってきたので、そのまま食べるだけでなく、かにめし等にしてもまだ残り、最後は味噌汁にして食べる、という贅沢をしていました。余った魚のお刺身も、毎日、しかもカレー皿に山盛り、という状態でした。そして、それを贅沢どころか、「また、これか…」という気持ちで食べていました。父は春や秋には山へ山菜取りに行くのも日課で、春はぜんまい、蕨、筍、うど、茗荷など、秋はいろんなきのこと、松茸が毎日台所にいっぱいあって、ウンザリしてました。今は、カニは一冬の漁の期間内に精々2~3回、松茸に至ってはおつきあいの飲み会で、どこで取れたものかも分からない、香りの薄いものを年に1度食べるか食べないか。本当に、昔は贅沢していたんだなあと思います。ところで、最近各産地が銘柄のブランド化、ということでカニにもタグがついている事が多いですね。越前ガニは「黄色のタグ」ですよ。少し値が張りますが、ぜひ、1度ご賞味あれ。できれば、冬に福井に来ていただくと、生のカニからの調理(刺身、しゃぶしゃぶ、生からの焼ガニなど)もお召し上がりになれます。市場に出るのはたいてい茹でガニですからね。また、生のカニが手に入ったら、それを自前で茹でて、ゆでた汁を利用してラーメンにしたり、雑炊にするのも美味。う~ん、食べたいなあ。しかし、数日前から風邪気味の私は、せっかくカニがあっても今は呑める状態じゃないです。トホホ…。
November 6, 2006
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