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長渕剛さんの新作アルバムを聴きました。お父さんが亡くなって、自分の中に変化があって、故郷である鹿児島に帰ってそれが何であるかを考えようと思い、桜島ライヴをし…。ご本人のそういうコメントを何かで見て、「これは聴かなくちゃ」と思いました。もともと、昔は長渕さんのコンサートには毎年行ってました。そして、コンサートに行くと必ず「帰ってからギターを弾くぞ!」という気持ちになりました。今でも、「逆流」や「暗闇の中の言葉」、「祈り」などは、私が酔っ払って泣きながらギターを弾く曲の定番です。「時代には僕らに雨を降らしてる」くらいまでは、新作アルバムが出るたびに聴き、コピーしてました。でも、長渕さんは映画「オルゴール」「英二」あたりからちょっと変わってしまい、自らもドラッグ使用で逮捕されたりして、すさんだ感じになってしまったと思うのです。その頃から逆に、その前とは違った層のファンは増えていった気がするので、ミュージシャンとしてはそれでいいのかもしれませんが。今回の「Come on Stand up」も、私が勝手に思っている「変わってしまった」長渕さんのままのイメージの曲も多々ありました。でも、「これってハイロウズっぽい?」とか「ギンギンロックだな」と思えるような、それまでの曲調とはちょっと違うものもあったし、「ああ、昔から変わらない長渕さんのスローバラードだな」と言う感じの曲もあったし、そんなことから、何かいい意味でこだわりがなくなったというか、肩に背負っていた荷物が軽くなったんだなというか、そんな変化が見えました。「鶴になった父ちゃん」は、亡くなった彼のお父さんへの思いを例えではなく、直接素直に歌った曲、と言う感じです。お父さんとのことについては、詳しくは知りませんが、お父さんが警察官で、長渕少年は悪さばっかりして警察のお世話になることもあったように聞いています。誰でも、その人なりの事情を含んで、自分の親への思いは深いと思いますが、この話がもし本当であれば、彼のお父さんへの思いもまた、他人には分かり得ない、いろいろなものがあるでしょう。なんてことない彼のよくあるパターンの曲なのですが、私も数年前に父を亡くしたせいもあるのか、すごくジーンときました。多分、アルバムのために作ろうとして作った曲じゃなくて、彼の心の叫び。だからこそ、響いてくるんだと思います。昔は、みんな、最初「父ちゃん」「母ちゃん」と呼んでいませんでしたか?私も、当然のように「父ちゃん」「母ちゃん」でしたが、小学校に上がって、作文を書くときに「父ちゃん」「母ちゃん」と書くのが恥ずかしくて、でも、自分が言ったせりふなどを「お父さん」とか「お母さん」に書き換えて嘘を書くようなのが嫌だと思って、意図的に「お父さん」「お母さん」と呼ぶようにしたのを覚えています。 鶴になった父ちゃん 長渕剛 詞曲 もしも も一度 逢えるならば 父ちゃんに やっぱり 逢いたい あの日のでっかい背中にしがみつき おもいっきり 甘えてみたい 幼い俺を 父ちゃんはバイクに乗せて 宮ヶ浜にいつも連れてってくれた 浜の西に沈む 夕陽が赤く揺れていて 海よりも限りなく優しかった 俺の父ちゃん…ただ生きていてくれるだけで 本当は 本当は よかった 俺の父ちゃん…最後の最後まで 俺の名を呼んでくれたよね 俺は今 国道3号線をとばし 東シナ海を左に見て山並ハイウェイ 米野津川を渡り 記憶をたどれば 出水 高尾野の原野に雪が降る 父ちゃん綺麗だなあ 1万5000羽の鶴の群れたちがシベリアから飛んできたよ 父ちゃん綺麗だなあ 雪降る空から今 天使のように一勢に舞い降りているよ もしも も一度 逢えるならば 父ちゃんに やっぱり 逢いたい 澄みわたる冷たい風の中で おもいきり あたためて欲しい さらに高尾野の原野に降り積もる しんしんと しんしんと 雪が降る 白銀の空から舞い降りてくる鶴よ お前の命の叫びがうれしい! 俺の父ちゃん…ただ生きていてくれるだけで 本当は 本当は よかった 俺の父ちゃん…最後の最後まで 俺の名を呼んでくれたよね 大切な人と もう二度と会えなくなったけど これ以上もう 泣くのは止めちまおう この世で一番俺を愛してくれたから ずっとずっと俺の心に住みついているから 父ちゃん綺麗だなあ 1万5000羽の鶴の群れたちがシベリアから飛んできたよ 父ちゃん綺麗だなあ 雪降る空から今 天使のように一勢に舞い降りている。
July 29, 2007
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今日、家の呼び鈴がなったので、私はまた、宗教の勧誘かはたまた家のリフォームの営業かと思い、うんざりしながらインターホンに出ると「郵便局ですが小包です」と言う。「誰から…」と思いつつ、受け取ると、なんと、カツオさんからの贈り物でした。仙台と言えば笹かまぼこ、一応茶犬が帰ってくるまではこのままにして、茶犬にも見せよう、と思っていましたが、学校の補習から帰宅したちんが、「おなかすいた」と言って、笹かまぼこを次々と食べまくり。それを見ていたら私もどうにも食べたくなって、「母ちん(家では私は自分のことをこう言っている)にも頂戴」と、一緒になって食べてしまいました。茶犬が帰宅する頃には、この笹かまぼこのセットはもう原形を留めていないでしょう。食べてしまってからブログに書こうと思いついたので、写真を撮ることが出来ず、これはネットで探したものなので、実際のセットとはちょっと違うのですが。若い頃、2週間東京で研修を受け、後の2週間は伊豆熱川で、という計1ヶ月の研修を受けたことがありました。そのとき、たいていの人は2週間終了した時点で一旦地元へ帰り(私は残っていましたが)、あとの2週間が始まる日に、東京駅銀の鈴の前で待ち合わせて、みんなで踊り子号に乗って伊豆に行きました。毎日毎日、受講メンバーで飲んでばっかり、研修時間は多分まだアルコールが抜けてない状態で眠気との戦いでした。そのとき、日本鋪道さんの仙台支社から参加していた方が、前半終了後に1度仙台へ帰って、お土産に、と、笹かまぼこを持ってこられたのが私が仙台の笹かまぼこを食べた最初です。伊豆で、仙台の笹かまぼこをあてにして飲む、最高でした。ところで、8月の6・7日になんと茶犬が仙台へ出張することになりました。茶犬の会社の仙台の事業所に監査に行くお偉いさんの鞄持ちです。茶犬の会社は会計的には基本的に1つ1つ独立した事業所ということになっているのですが、結局は人事など業務の上では、つながっているのです。所詮、鞄持ちだから気が楽だし、仙台行けるし、うらやましい。しかも、わざわざ5日から東京まで前のりして、東京にいる学生時代の友達と飲む、って、もう、ホントに羨ましくて憎まれ口が出そうになる(いや、もう、出てる?)。
July 25, 2007
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やっと、パソコンを買いました。前のパソコンはWindows Meで、 1.ちんのケータイとのデータのやり取りに対応して いない 2.ちんがリンゴ君との交信に必要なSkypeに 対応していない 3.メモリが少なすぎてネットがスムーズに行かない 4.仕事で同時にいくつかのアプリケーションを使うと しょっちゅうフリーズして仕事がパアになる 5.映像好きの茶犬がネットを利用して映像を楽しむのに不自由する 6.パソコンデスクが畳の上に正座するタイプなので、最近 特に筋肉が 引き攣りやすくなってきた私は、必然的にあまりパソコンを使えない。 その体勢から全身の引き攣りにつながりやすい。などの不自由がありました。それを解消するには、新しいパソコンを買うしかないのは間違いありませんが、ノートパソコンを買って無線LANにし、私の体が比較的楽な体勢で使えるようにする(これは家族にとっても、好きな場所でパソコンが使えてよい)ことが必要だと考えました。そうすれば、新たに机とか椅子とか買わずに済むし(なんたって、狭い我が家ではその場所の確保が大変だ)、急いで前のパソコンからデータやアプリケーションを移動させなくても、ボチボチと必要なものから移動していけばよい、と思いました。ただ、今Windowsを買うとVistaになるのは必至、春ごろはまだ、不具合もよく報告されていたので、夏モデルまで待とう、そうすれば、ずいぶん不具合部分を修正してくるだろうと思い、夏が来るのを待っていました。でも、肝心の夏モデルが出てきた頃には私の体調が思わしくない日が続き、電気屋さんへ足を運ぶことが出来ずにいました。よくなるのを待っていても、この状況は変わらないだろうと決心し、先日電気屋さんへ行ったのです。大体のところは電気屋さんのチラシやネットで情報を収集して、最後いくつかに絞ってからお店に行きました。快適です。前のパソコンではYou Tubeなんか、3秒に1回くらい止まっていたし、仕事でいくつかのアプリケーションを平行させながら作業していると、途中でフリーズなんてのはざらで、それまでの仕事が台無し。新しいパソコンは、今のところは大丈夫で、メモリが足りているようです。実家の母のパソコンはWindows XPで、とりあえずSkypeはできたので、母のパソコンを借りてきて、それにネットをつないでいましたが、それではブログ画面はなぜかうまく表示されず、見えないまま今までの感覚でクリックしては更新や書き込みをしていました。今は、バッチリなので皆さんの写真の美しさに、皆さんの写真の腕やカメラの性能がいかに素晴らしいか、再認識しています。でも、快適になったらYouTubeも飽きたのか、それともたまたま今の私の体調がよくないからか、まだネットサーフィンしてまで楽しんでません。しかも、ちんも、リンゴ君とはサヨナラしたそうで(なんでもリンゴ君にほかに好きな人が出来たそうな)、Skypeはリンゴ君との更新にのみ利用していたのでとりあえず今は必要なし。世の中、こんなもん!?手に入らないものが、欲しいんですね、結局。とりあえず、ご報告まで(*^^)v。
July 22, 2007
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今日の福井は台風が去りましたが、相変わらずの曇り空。時折霧雨の降る1日でした。でも、さっき、夕方ほんの30分ほど、夕陽が差しました。平凡な休日の夕暮れ。今日は祝日で月曜ですが、昔の日曜だったらTVでサザエさんをやっていて、ちゃぶ台に正座してご飯を食べてるような平凡で平和な夕暮れ。昨日は朝から胃痛と下痢でダウンしてしまった私ですが、昨日おとなしくしてたので、脅威の回復力で今日は何とか元気が出ました。そうすると、遊び好きの私が黙ってはいられません。行きたかった「花はす公園」に行かなければ!で、行きも帰りも車中で「高田渡さん」三昧(小豆さん、ホントにありがとうね)。帰りにちょうど陽が差した頃、「夕暮れ」が流れました。私が、東京に行くと必ずいく、上野アメ横の小さな一杯飲み屋があります。多分、夏も冬も戸は開けたまま、相席は当たり前の汚い店です。でも、そこは安くておいしくて(500円も出せばマグロのぶつ切りが食べれます)、特に、そこの生ビールはなぜかこの上なくおいしいんです。渡さんの「夕暮れ」に出てくるお店は、きっとあんな店だろうと決めている。今日も1日働いて、今日も1日生きたと一息つける店。 夕暮れ 原詩:黒田三郎 曲:高田渡 夕暮れの町で 僕は見る 自分の場所からはみ出してしまった 多くのひとびとを 夕暮れのビヤホールで ひとり 一杯のジョッキをまえに 斜めに座る その目が この世の誰とも交わらないところを えらぶ そうやってたかだか三十分か一時間 雪の降りしきる夕暮れ ひとりパチンコ屋で 流行歌のなかで 遠い昔の中と その目は 厚板ガラスの向こうの 銀の月を追いかける そうやってたかだか三十分か一時間 黄昏が その日の夕暮れと 折りかさなるほんのひととき そうやってたかだか三十分か一時間 夕暮れの町で僕は見る 自分の場所からはみ出してしまった 多くのひとびとを
July 16, 2007
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お久しぶりでございます。おかげさまで、少し落ち着いてきました。まだ、「一触即発」という感じはありますが。病気の話をしようかと思います。プロフィール欄に少し書きましたが、自分の病気のことをグダグダ書くのは、なんだか同情を引きたいのか、読んで下さっている方々にまで嫌~な空気を分けたいのか、…とにかく、なんとなく美徳ではない気がして(私の場合、同病の方に役に立つような闘病日記でもないだけに)、今まで、あまり触れずにいました。でも、その状態では、悔しいけれど精神的に弱い私は、少し調子が悪くなると、もうブログが書けなくなってしまう。不安や、愚痴や、そんな諸々を吐露するのは格好悪い、迷惑な行為のようで、かといって何事もないように明るい話をすることも出来ず、結果として、書かない日々が続いてしまう。もし、誰一人としてこのブログに興味を持って下さらなくても、やはり私は書くことで潤いたい。だから、迷惑でも、格好悪くても1度、病気について書こうと思います。私の病気は「慢性骨髄性白血病」という、いわゆる血液のがんです。発病時、29歳でした(あと3ヶ月で30歳だったけど)。「なんで、去年と同じように仕事してるのに、この頃は帰宅してからいったんソファーで休まないとご飯の支度をする気になれないのかな、やっぱ、少しでも歳をとっていくからかな」程度に思っていました。それよりも前からずっと下腹部に違和感があったので、婦人科を受診したら、子宮筋腫がものすごい大きさになっているので、手術しなければならないとのこと、それだけでも、その間、仕事やちんの世話などどうしようかとショックだったのに、術前スクリーニング(ひととおりの検査)をしたら、なんと白血球数が5万5千もありました。病院での再検査を待たず、私は職業上自分で血液像を見てみました。そして、「白血病」以外の病名を見つけたくて、必死でいろんな文献を集め、自分の血液像と比較しました。でも、集めれば集めるほど、「白血病」という結論からの逃げ道がなくなるだけでした。茶犬と、実家の母に、この事実をどう告白しようか、二人は冷静に明日も仕事を続けることが出来るだろうか、本当に悩みました。ちんの前でいつものように笑うのも、すごくすごくつらいことでした。さいわい、私は発見が非常に早く、しかも、もともと体育会系で鍛えた体があったので、抗がん剤がよく効いて、副作用の強さに周りが次々とリタイヤしていく中、現在も、抗がん剤を使用し続けています。(それどころか時には酒まで飲む図太さ)。しかし、やはり白血病というのは甘いものではなく、それを抑えるような薬というのはさすがに強烈です。人によってさまざまに違いますが、私の場合も、発熱や脱毛、食欲不振に始まり(もう、今はこの症状は軽いですよ)、倦怠感、うつ、肝機能障害、慢性的な貧血、筋肉の痛み、リンパの流れが悪くなることからくるメニエール病など、まさに病気のデパート。今は、白血病と闘っているというよりも、薬の副作用と闘っている感じ。基本的には、いつもは割と忘れているのです。病気のことは。それよりも、今夜のご飯はどうしようかなとか、あの曲はいいなとか、ちんの弁当のおかずの心配とか、家の中、汚いなとか、仕事のことはもういいや、どうにでもなれとか、そんなことを考えているのです。でも、ちょっと調子が悪くなると、とたんに鍍金がはげてくる。事実として認識しつつも、普段は「忘れているふり」をしていた病気に関するいろんな現時点での医学的な事実から、目をそらせなくなってしまうのです。弱いですね。情けないですね。甘えてますね。わかっているけれど。でも、今回、発病以来13年目にして始めて、毎日うっていたインターフェロンという注射薬が2日に1回うってみよう、ということになったんですよ。これは、進歩です!先行きは明るいぞ。少なくともまだまだ死ぬ気はなし。病気の話で長々と、皆様にご迷惑をおかけしました。そんなわけで、もう、自分を元気よく装ったりしなくていいからこれからはまた、いろいろ話しまくろうと思います。皆様のメッセージ、そして、こりもせずまた今日も読んでくださったことに、本当に感謝します。そして、「なあんだ、心配して損した」とお思いの方々、大変申し訳ございませんでした。最後に、なぜ、今日の写真が拓郎さんなのか?そう!当たったんですよ、福井(越前市)にやってくる拓郎さんのコンサートのチケットの抽選が!11月4日です。コンサート終わったら、もちろんご報告させていただきます。そのころは、去年も書いた「三国(みくに)」で、ブルースライヴもある頃なので、まぁ、しばらく興奮状態は続くだろうなぁ…。
July 13, 2007
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ブログ仲間の小豆さんからいただいた高田渡さんのこと、NHK”Songs”のYAZAWAのこと、ケーブルTVでやってたコブクロのライヴのこととか、他にもお話したいことがいっぱいあるのですが、ちょっと週末から体調が悪すぎてパソコンに向かえません。全身の筋肉が次々に硬直もしくは痙攣していくので、その症状が出たら風呂場に駆け込んでお湯に浸かっているしかないのです…。たまたま、メニエール病のため処方された筋弛緩剤がまだ少しだけあったので、昨日のよるそれを飲み、いま少し落ち着いている間に書いています。でも、筋弛緩剤も残りわずかなので、先ほど病院にいって、神経内科の先生に診てもらい、新たに処方してもらいました。そんなわけで、長くこの体勢を取っていられず、皆さんのところへお邪魔するのも、自分のブログを更新するのもしばらくはままならない状態です。ブログやめるつもりもないし、調子がよければいつでもお邪魔しますので、首を長~くしてお待ちください。Key-san、なぎらさんは聴きましたよ~!私も、バラッドのこととか同じことを思いました。
July 10, 2007
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このところ、あまり変化のない毎日が続いています。それなのに、なぜか今日は少しセンシティヴになってる気がする。ちんの送り迎えの時に車中で聴いたラジオが、ビーチボーイズやビートルズなどを次々に流して、CDはCDで私の今日のセレクトが杉山清貴&オメガトライブで、なんだか大学時代を思い出してしまった。センシティヴ、なんて書いた理由は、なにかと涙もろくなると言うか、なんか胸のあたりがキュッと来たりするからなんです。時々あるのです。決して悪い精神状態な訳ではなく。変化のない毎日と言えば、私の好きな佐野元春の曲に、”Goodtimes,Badtimes”というのがあります。”Back to the Street"という初期のアルバムに収録されている曲です。その歌詞の中に、 Goodtimes and Badtimes この街で Goodtimes and Badtimes 繰り返せば Winkの数またひとつ 増えていくと言うのがあるのですが、私は、ここでの”Wink”は、まばたき、つまりそれが増えていく、というのは、とりもなおさず「生きていくこと」なんだというように捉えています。いい時、悪い時を繰り返しながら、特に大きな変化はないが穏やかに確実に生きていく、人生とか、毎日の生活ってそういうものなんじゃないか、というような…。でも、車中でこの曲を聴きながら、この話を何気に茶犬にしたら、茶犬は、この場合の”Wink”は、普通に私たちがよく耳にする「ウィンク」だと思う、いい時、悪い時を繰り返しながら、そうやって、ちょっとウィンクしたくなるような小さなふれあいや出来事が増えていく、という意味なんじゃないかと言うのです。なるほど、そうも考えられるな、と思ってしまったわけです。この曲をご存知の方、ブログを覗いてくださる方にどれくらいいらっしゃるか分かりませんが、皆さんの見解はどうでしょう?ぜひ、お聞かせいただけると嬉しいです。
July 4, 2007
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