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2~3日前から、ずっと「夜曲」を歌いたくて仕方がなかった。「臨月」というアルバムの、ラストの曲です。でも、今年は夏の終わりからずっと体調が悪く、朝はまだ調子がいいのですが、午後、時間が進むにつれ、リンパ耳下腺のあたりが突っ張ってきて生唾がいっぱい出て、吐き気、吐き気の連続。最近は、ギターを弾いていても手の筋肉が引き攣ってくるので、皿洗いや鍋振りなどの調理に差支えが出るといけないので、ギターを弾くのもためらわれていたのです。今日、少しでも良くならないかと近くの温泉に行って(公共施設なので500円で入湯出来るのです)、体を温めました。大して変わりないようですが、「きっとよくなる」と、少し気分が大きくなって、ようやくギターを弾くことができました。この曲の2コーラス目の「あなたは今も私の夢を 見てくれることがあるかしら」という1フレーズが、とても好きなんです。今日も、涙を流しながら歌い、茶犬とちんに「ひとり号泣」といって笑われました。とっても幸せな気分でした。みんなが笑うきっかけを、自分が作るのは本当に幸せ。私は、吉本か松竹に入ると良かったかも。学生時代、周りによく言われました。 夜曲 詞曲:中島みゆき 街に流れる歌を聴いたら 気づいて 私の声に気づいて 夜にさざめく 灯りの中で 遥かにみつめつづける瞳に気づいて あなたにあてて 私はいつも 歌っているのよ いつまでも 悲しい歌も 愛しい歌も みんなあなたのことを歌っているのよ 街に流れる歌を聴いたら どこかで少しだけ私を思い出して 月の光が 肩に冷たい夜には 祈りながら歌うのよ 深夜ラジオのかすかな歌が あなたの肩を包みこんでくれるように あなたは今も私の夢を 見てくれることがあるかしら 悲しい歌も 愛しい歌も みんなあなたのことを歌っているのよ 月の光が 肩に冷たい夜には せめてあなたのそばへ流れたい 街に流れる歌を聴いたら 気づいて 私の声に気づいて 心かくした灯りの中で 死ぬまで 贈りつづける歌を受けとめて あなたにあてて 私はいつも 歌っているのよ いつまでも 悲しい歌も 愛しい歌も みんなあなたのことを歌っているのよ 街に流れる歌を聴いたら どこかで少しだけ私を思い出して 思い出して
September 30, 2007
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しばらくブログを休ませていただきました。体調が悪く、少しだけ休もうと思っていたら、7月半ばから入院していた義父の容態が急変し、結局、そのままあっという間にあの世へ旅立ってしまいました。我を張って仕事を続ける私に、義父は出来る限りの理解と協力をしてくれた。私の仕事のことを、私の知らないところで自慢してくれていたことも、外から聞いて、初めて知りました。検査の結果が出て行くにつれ、もうダメだなぁという覚悟をし、そう思ったときから泣けるだけ泣いてきました。だから、葬儀ではもう泣くまいと決めていましたが、やっぱり考えると涙ぐんでくる。「あの嫁は、涙ひとつ見せない冷酷勝手な嫁」で通そう、どうせ、今後も今まで同様、ロクなことは出来ないんだから、と、涙が出ないよう、できるだけ生前の義父のことを考えないようにしました。さて、話は変わって。最近読んだ本の中に、浅田次郎さんの「月島慕情」があります。浅田さんのハートウォーミングな短編集。表題の「月島慕情」も、勿論いいのですが、私にとって「特別な」作品は「めぐりあい」というお話なんです。もう何年も前から、TVの恋愛ドラマには全くたなびかなくなっている私。昔は良く観た、いわゆる「月9」と言われるドラマなども、最初から「どうせ、主人公の○○と××が最後にくっつくんでしょ」と言う感じで、一生懸命観る気がしない。でも、この「めぐりあい」は、何回読んでも、泣けてしまうのです。いわゆる「恋愛モノ」なのですが。内容については、もしこのブログをご覧になったことによって、読んでみようと思う方のために、あまり語らないでおきますが、どんどん視力がなくなって、やがては盲人になってしまう病気の、マッサージ師さん(女性)のお話です。皆さんにとっては、呆れるだけの「のろけ話」で申し訳ないのですが、私はこれを読むと必ずその後で茶犬のことを考えます。普通の夫婦同様(いや、皆さんこうだと言ったら失礼か?)、喧嘩もよくするし、腹が立って仕方ないこともしばしば。しかし、自分の今の無能さ(嫁としても、妻としても、女としても、母としても)を思えば、茶犬に感謝し、自分は本当に幸福者だと考えざるを得ません。やっぱり、この世にきっと「純情」は存在する。「めぐりあい」には、それが感じられて、多分、何度も泣けてしまうのでしょう。そして、「純情」というものの存在が嬉しかったり、幸せ者だと感謝できない自分に落ち込んだりして、その複雑ないろいろに、いつもKOされてしまうのです。
September 26, 2007
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いよいよ、福井も秋めいてきました。秋といえば、今年は、毎年秋に1つ、ライフワークと決めていた仕事さえお断りしました。仕事もせず、そんなにいい主婦でもなく、ただ、毎日を生きている。もう少し頑張れば、本当は出来るんじゃないか、ただ、自分が逃げているだけなんじゃないか、…病気になって以来、この思いが1日たりとも頭から離れたことがありません。自分は精一杯生きているのか、誰かの役に立っているのか、迷いながら今日も生き、明日もまた生きると思います。そうやって、ある時振り返ったら、そんな自分の人生だった、というのでいいじゃない、と自分をだましながら。 僕が僕であるために 作詞:尾崎豊 心すれちがう悲しい生き様に ため息もらしていた だけど この目に映るこの街で 僕はずっと生きてゆかなければ 人を傷つけることに目を伏せるけど 優しさを口にすれば 人は皆 傷ついてゆく 僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで 僕は街にのまれて 少し心許しながら この冷たい街の風に歌い続けてる 別れ際にもう1度 君に確かめておきたいよ こんなに愛していた 誰がいけないとゆう訳でもないけど 人は皆 わがままだ 慣れあいの様に暮しても 君を傷つけてばかりさ こんなに君を好きだけど 明日さえ教えてやれないから 君が君であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで 君は街にのまれて 少し心許しながら この冷たい街の風に歌い続けてる 僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで 僕は街にのまれて 少し心許しながら この冷たい街の風に歌い続けてる
September 12, 2007
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オフコースの曲には、私にとっては秋を思わせる曲が多いのですが、こうやって秋の曲、として書く時に、やっぱりどうしても無視できないのは、この「秋の気配」だと思います。本当にきれいな曲だと思いました。一生懸命、ギターをコピーしました。もうひとりギターがいると尚よかったのですが、いないので、得意の「ひとりで演奏→録音→テープ再生しながら別メロを弾き、それをまた録音」という、ビンボーくさいことを繰り返していたのを思い出します。音って面白くて、映像がないと、床を叩いたり机を叩いたりするだけでも、うまくするとパーカッションになるんですよ。ただ、当時の安いカセットテープレコーダーでは、再生速度が正しくないこともあって、同じギターで弾いていても、録音したのを再生しながら弾こうとすると、微妙にチューニングがずれてたりしました(笑)。そのたびにチューニングし直しまでしなくちゃならない、という、今はもう絶対に出来ないな、と思うようなヒマな事を、よくやってました。特に、中3の夏以降、部活を引退してからは、時間がたっぷりある。NHK-FMの「軽音楽をあなたに」が聴けるくらい早く帰宅できる。もう、絶好の趣味タイム。高校に入学して、帰宅が9時ごろになるまでは、毎日、本当に楽しんでました。で、秋の気配。いつものことながら、好きな曲の歌詞にある場所に行ってみたくなる私は、大人になって初めて「横浜」なる所へ行った時も、当然、「港が見える丘公園」へ行っちゃいました。でも、これもまたいつものことながら、あまりにも自分でイメージしすぎてて、「あれ?大した事ないな」と思ってしまうのです。バカ。 秋の気配 小田和正:作詞 あれがあなたの好きな場所 港が見下ろせるこだかい公園 あなたの声が小さくなる 僕は黙って外を見てる 目を閉じて 息を止めて さかのぼる ほんのひととき こんなことは今までなかった 僕があなたから離れてゆく 僕があなたから離れてゆく たそがれは風を止めて ちぎれた雲はまたひとつになる 「あの歌だけは 他の誰にも 歌わないでね ただそれだけ」 大いなる河のように 時は流れ 戻るすべもない こんなことは今までなかった 別れの言葉をさがしている 別れの言葉をさがしている ああ 嘘でもいいから ほほえむふりをして 僕の精一杯のやさしさを あなたは受け止めるはずもない こんなことは今までなかった 僕があなたから離れてゆく
September 8, 2007
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この曲は、ちょうど中学の文化祭の頃に流行っていました。学校中で、この曲や「君の瞳は10000ボルト」が流れていました。この曲もよかったし、その頃、焼酎の「樹氷」か何かのCMに流れていた「グルービー・ガール」も好きでした。柳さんの曲で好きな曲というのも、多すぎて選べないなぁ…。それにしても体調が悪い。もう2週間くらい、ず~っと結膜炎が続いていましたが、今日は、それに加えて多分口内炎から来る、顔面腫脹。お昼ごろ、シャワーからあがったら、いきなり右側の頬が、まるで歯医者さんで麻酔を打たれたかのように、なんだかこわばって感覚がない。はじめ、脳梗塞か、と思い、皮膚を爪でつねってみたら痛かったので、ほんの少しだけ安心。しかし、鏡を見ると顔はパンパン、学校祭が終わってなぜだか半ドンで帰宅した娘のちんに、「藤川球児(阪神の守護神です)」みたい、と言われました。もう、いやだ。仕事での成功も、キレイだと言われることも、もう諦めて、ただ、平穏な生活を送りたいだけなのに。夏の疲れだろうとは思いますが、こんな時に限って、舅が7月半ばから入院中で、未だ症状の原因が特定できず。月曜日は、舅を別の病院の血液内科に連れて行き、1日、介護で疲労困憊。車椅子に乗りたいのはこっちの方だよ~、と思いつつ。人の愚痴って、聞いてて全然楽しくないですよね。ごめんなさい。でも、もう嫌なんだ。病気と闘ってがんばる人になんかなりたくない。かといって、家族に迷惑はかけたくない。でも、実際、次から次へとわけのわからない症状に襲われる。もう、嫌なんです。
September 6, 2007
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秋の曲は多すぎて、絞りにくいのですが、まずは、ユーミンのこの曲から。秋といっても、私の中では夏の終わりくらいから冬の直前まで、それぞれでイメージする曲があるので、本当に絞りにくい。私の中では、まずは夏の終わりにユーミンの「晩夏」から始まっているのです。そして9月に入り、「ああ、もう秋だなぁ」と思う頃に、この曲が来るんですね。最初、いきなりギター・ナイロン弦の「ジャララ~ン」という音が良い。この曲を、あまり人気のない、海水浴場としてはマイナーな(もしや遊泳禁止かも?)、ある福井県内の砂浜に腰掛けて歌うのが好きです。そういうことがしたいばっかりに、「ギタレレ」なるもの(ギターなのですが、ウクレレの大きさ)を、いつも車に積んでいます。茶犬と、「帰らない」のはどこなのか、場所なのか、時間(過去)なのか、と議論(大げさな…)したことがありました。皆さんはどう思いますか? 9月には帰らない 作詞・作曲 松任谷由実 9月には 帰らない ただひとり 残っても 明日あたり 燈台へ 波しぶき 見に行こう 未来が霧に 閉ざされていた頃は この潮騒が重すぎて 泣いた 今はもう 負けないわ 9月には 帰らない 無口な人は 夏の日のはかなさを うまく言えずに バスの窓おろす 今はもう 負けないわ 9月には 帰らない 9月には 帰らない
September 5, 2007
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今日のなぎらさんの番組はRCサクセションでした。ひと夏の疲れでここ1週間ほど結膜炎の繰り返し。それでも昨日も、なんやかんやと寝るのが2時ごろになってしまって、疲れてました。でも、朝からRCの曲が2曲も流れて、いっぺんにゴキゲンになりました。番組で流れたのは「宝くじは買わない」と「僕の好きな先生」でした。 どちらも大好きな曲ですが、そのほかにも、 この季節になると毎年聴きたくなるのが 「甲州街道はもう秋なのさ」と「夜の散歩をしないかね」です。ちょっと、秋の曲シリーズでもやろうかな。私の青春は80年代なので、どうしても、好きな曲だけでなく「思い出の」曲となると、80年代の曲になってしまうのですが。朝晩が過ごしやすくなってきました。夏の疲れがとれたら、きっと体力も戻るはず。秋を満喫しようと思っています!
September 2, 2007
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