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今ここにある自分の状況。
他人にやられたこともあるし、理不尽で不条理なこともあるけれども。
それらすらすべてをひっくるめて、今ここにある。
すべて自分というレンズを通して投影され焦点を結んだ上での「像」なのだ。
「現実」という名の「虚像」。
「虚像」と言ってもそれを体験している者に取ってはリアルな「現実」。
「大地」に手を当て、すべてを感じてみる。
世界すべてが自分自身であることを感じる。
さて、どうしよう。
様々な事象そのものに手を加え、物事を変えていくのも一つの手だ。
レンズの方の焦点を変えてみて、結ぶ「像」を変えてみるのもの一つの手だ。
極端な話だが、深く傷を負ったとして、その傷を一瞬で奇跡的に治すことも、 逆にその傷跡と痛みを背負いながら生きることも宇宙的には等価値なのだ。
その体験から何を得、どうするのか。
その人の「自由」でそれだけなのだ。
それだけの完全な受容性を持ってこの多次元宇宙は存在しているのだ。
さて、どうしよう?
「虚像」と言う名の「実像」をどう体験しよう。
投影された「現実」と呼ばれているものをどう体験しよう。
すべては「自由」。
「自由」なのだから・・・。
真実の選択 2019年02月09日
平安 2019年02月04日
こちらがあちらとなる時 2019年02月04日