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2023.04.06
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カテゴリ: 乗り物


すいてつ2023編

 画像は 国土地理院webから1960年代の航空写真拝借しました

 この当時・・・
海塚駅(うみづかえき) と呼ばれていたらしい?
 写真の解像度が良くないので
駅の存在がハッキシ しないのですが・・・(悔)


水間鉄道 が開業した 大正14年

 この場所が始発駅の 貝塚南駅 だったらしい
 ​​​​​​
 この後、地域で造られた 繊維織物 輸送のため貨物線のみが敷かれ南海鉄道(現・南海電鉄)へと
 線路が繋がっていたのか?
 あるいは荷物を積みかえて輸送してもらっていたのか? 

 まだ資料を手に入れてないので・・・(悔)


 何にせよ!
 織物産業って昭和初期までは
 結構羽振りが良かったんですよ

 そして大阪も
 その関連の問屋さんが多かったせいもあって


 更に!
 水間観音様への参拝客輸送で栄えていたらしい水間鉄道は
 貝塚駅での乗り継ぎが不便にも関わらず

 そして・・・
たった5.5kmと言う距離
地元の人なら普通に歩いちゃう距離(笑)
距離として換算されてない?
​「すぐそこ」​ と書かれちゃう距離(笑)
 って言うか、ココも
 もしかしたら?

地元の人は使わない
参拝客だけが使う鉄道

 で・・・
参拝鉄道と言いながら、貨物で食っていた可能性があるような気がする?

 だけど・・・
 意外と 水間鉄道 関連の書籍って出てないんですよね(困)
 そしてウィキペディア先生でも、その辺りはスルーされちゃってて(困)


 ​​​​​​​​​いや?
 航空写真見てても分かるけど
 当時は線路の周りは田んぼばかり なので・・・
 元々 健脚な農家の人達は絶対に乗らないだろうな?

 あと・・・
海までもすぐ なので
漁師さんたちも、歩いて水間観音様へとお参りしてたような気がする?


​​​​ それでも 地元の人たちの寄付だけで鉄道を開業させた って所が凄い
 それだけ、 水間観音様への信仰心が強かったって事か?

 何せよ!
貝塚駅に旅客列車が行くようになるのは
 開業から10年も経ってからの話(驚)

 その他余談ですが・・・
開業当初は蒸気機関車を使っていたらしい のですが
 その名も 水間蒸気鉄道 と名乗っていたらしい
 その当時の写真
 探しているのですが
 全くと言って良いほど、掲載されてません
 って言うか、貴重な書籍も
 すでに廃版になってて、見ることもできないですし・・・(泣)

 一体、どうやって機回ししてたのか
 転車台とか存在してたのか?
 その辺りの資料も、全くと言って良いほど


 まさか ​黒歴史として抹殺されてるわけじゃないよな?​







 なお・・・
 貝塚駅を出ると90°に近い角度で
 急激に曲がっていきます

 たぶん・・・
貝塚南駅 を設置した時の向きが
南海鉄道に対して、ほぼ垂直 だったし・・・
距離が近すぎ
 カーブの半径が急になりすぎて(泣)
客車が曲がれない
2軸の貨車なら曲がれるけど、客車はホイールベースが長くて曲がれない(泣)
 みたいな事があったのではないかと?

 って言うか、今でも
 貝塚駅を出た電車は速度制限(たぶん15キロ以下だと思う)
 キーキーと線路をきしませる音を響かせながら
 かなり無理している感じで
 両側に住宅が立ち並ぶ中をすり抜けていきます

 って言うか、1年間365日
 毎日のように
 日中は、あの金切り音を30分おきに聞かされる沿線の人から苦情が来てないのか?
 ちょっと心配になっちゃったぞ


 まあ、その事は一旦置いといて





貝塚駅 の線路脇に立ち並ぶ
看板の設置スペース

 その数が半端ない!
最盛期は凄かったんだろうな?

水間観音様のご利益が凄かったか?


 まさか、こんな ちっぽけ
 そして 現在は、経営がマズイ鉄道

 どうやって 一時は南海電鉄の筆頭株主にまで成り上がったのか!?
 その サクセスストーリーが気になる ぞ!



 あと余談ですが・・・
古き良き昭和?




 あまりに ローカルネタ過ぎ てゴメンナサイ
 って言うか、 羽車ソース(ハグルマソース) って・・・
たぶん大阪でも阪南地区の人くらいしか知らないかもしれない?

関西スーパーでは良く売ってた
 コレ


社紋
 実は・・・
元・南海電鉄の社紋(南海ホークスのトレードマークの基になりました)を貰いました(驚)

 なんか、スンゴイ懐かしいものを見ちゃったぞ
 って言うか、まだ頑張ってたんだ!(感涙)

 みたいなベンチが(しかも新しいのが凄すぎ)
 置いてあったり

 意外と地元では愛されてるんだな?
 現在に至っては・・・




 そんな 水間鉄道 なのですが
電圧が600Vと言う事で南海電鉄に乗り入れることが出来ませんでした
 だから独立資本で営業していくのが辛くなって(バブルん時にヤちまったのが一番いけないのですが)
 1回ね倒産しちゃったんだな?(涙)


 で・・・
南海電鉄 から 戦前に造られた電車
​株主特権で奪取​

 じゃなくて、譲ってもらって
 600Vに降圧した物を
 なんと!(驚)
​平成に入るまで使い続けた​ という

 ですが!
 さすがに 戦前の電車を使い続けるにも限界が来てしまい(困)


 その時
​東急長津田中古車センター​
 じゃなくて、東急電鉄が・・・
 余剰になった昭和37年製の電車を
 各地方鉄道に格安で放出していたことも有って




 て、 東急長津田中古車センターの匠が得意とする魔改造車
​中間車に鉄板張り付けて運転台を乗せちゃうアレ​


 って!




これと同じ年に造られたとは
 誰が想像しようか?

 って言うか、 二世代くらい違うような気がする ぞ?


 って、銚子のアレは一旦置いといて


 そう、格安で売ってもらった電車
 これを600Vに改造・・・(焦)


 えちぜん鉄道みたいに、無理矢理
 1500Vの電車にモーター2個余計に載せてパワーダウンした分を誤魔化すとか言う力技を使うお金もないし(貧)

 かといって
 全 ての機器を600Vようにすると
 数千万円単位
 4編成買うと数億円(滝涙)

 仕方なく
 って言うか、 変電所を新しくして
 架線電圧を1500Vにしちゃった方が安く済むんちゃうの?

 と言う事で

 って言うか、親会社になった
 全国ネットのフードサービス・チェーン店の力が凄かった
 その勢いで





 ATSの配備
 そしてスルット関西Kカード対応
 そしてICOKA対応機器



 銚子のアレみたいな食品メーカーとして帝国データバンクに登録されてないけど
 フードサービス・チェーン店の子会社として

 復活の道を・・・




 つづく


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Last updated  2023.04.06 05:40:47
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