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ひっさひぶりに頭回転させました。先日卒業論文をお世話になった他学類の先生に見せにいきました。簡単にお礼をいって帰るつもりだったんだけど、質疑応答みたいになって研究室出たのは1時間後。びくーり。正直言って卒業論文はまったくストイックにがんばれなかった。理由は大きく二つあって、ひとつは目標設定、もうひとつは時間管理にあると思ってる。目標設定とは、自分の中で卒業論文がなんたるかのこと。正直あたしにとって卒業論文は「卒業するためのツール」でしかなかった。入学してから経済一本でやってれば、集大成としたい、なーんて思ったりかもしれない。でも、人類学から(実は某S先生の授業ばかり受講し、ゼミも考えていた。)急に経済に変えたことを振り返ると、経済学の知識なんてもちろん全然身に付いてないし、挙句自分が興味があったことは経済「学」ではないとさえ思ってる。でも同時に「お、おもしろいな」、と思わせれるものにしたかった。ちっちゃいことでもいいから、この世で自分しかやったことないだろうってのをしたかった。で、おもしろいと思わせるってどういうことかを更に突き詰めると、結局社会に影響があるかどうかっていうのも大事だと思った。おもしろい、so what?自分も研究を通して、おもしろかった、so今後はこういう風に考えたい、てのがほしかった。つまり基本的には常に高い物を目指して進む研究というよりは、ある程度の最低ライン(卒業できて、ちょっとおもしろいと思わせる)を超えればよし、というのが卒業論文の目標だったってことです。で、ふたつめの理由、時間管理。これは仮説思考のお話。つまり、はじめにある程度全体の構成と、仮説が倒れたときの可能性を考慮していれば、(あたしの目標を超えるための)卒業論文くらいなら時間に焦るという問題はなかった。結局一番悩んだのはテーマ設定(切り口)だけで、あとは時間に追われた記憶はあんまりない。というのも目標のとこで書いた「おもしろいと思わせられるか」は、テーマ設定でほぼ決まると思っていたから。もちろん中盤に、一番初めの仮説(ステップ)である、「データを集める」がうまくいかんかったときは焦ったけど、とはいえ他の可能性も考慮しながら進めてたし、それでもまだ夏だったのでそんなにタイムプレッシャーはなかった。大まかな論理の構築にはある程度迷ってるけど、秋には大体決まってたので。仮説をしっかり持たないままやみくもし走り、多大なるタイムプレッシャーを感じて、しかも納得いくものにできなかったアメリカでのポリサイのペーパーへの反省が効いてます。って、いろいろなんで卒業論文が自分を焦らしたり、圧するものでなかったかを考えてみました。1文でまとめると、「最低限自分のプライドが保てるところまで、最短距離で走った」ってことだけなんだけどさ。それで、何がいいたかったかというと、刺激がなかったな、って話なわけです。時間のプレッシャーは嫌いだけど、追い込まれないとわくわくできないところがあるので。でも最後に刺激があって、ほんとに楽しかったのが社会学類の教授とのお話。あーその観点から考えるのか!って思って、そこで思考のフル回転。詰まるわけにはいかない。それはちっちゃなプライドもあるんだけど、自分の成果物に対しては責任を持たなきゃいけないという思いのが強い。ヒトによっては論理をつめられていやになるかもだけど、うちはそういう自分が考えつかない点についてつっこまれるのはちょっと好きみたい。単純に知らないものへの興味、自分にない視点への興味が大きいんでしょう。という経験で学んだのが、1)自分の考えつかない点かつ鋭く納得できる点を他の人から見せられるのがとっても楽しい。(かつ、それを元に考えを深めるのがすき。)2)やっぱりまだまだ伝え下手。はじめのは単に自分再発見!だから置いておいて、後者についてはこれ重要。的確に、すぱっと相手の質問に答え切れてない。一応結論から話してるんだけど、いろいろ形容する言葉が多いんだよね。だから伝わりにくいし、論点がずれて聞こえる。なんでそうなっちゃうかってのはまたいくつか理由があると思う。ひとつは、自分の理解が浅い。浅いからストレートなものいいにならず、にごってしまう。自分のものに対して、人に持っていく前にもーっと考えなくちゃいけない。簡単に言うと、誰かにつっこまれる余地があるところは先に気づけられるようにならんとあかんということ。ふたつは、話すのが早い。これ悪い癖。あたしすっごい話すの早い。早いのに思考が追いついてないと最悪で、この伝わりにくいっていう現象が起きちゃう。もっとゆっくり話す、一語一語を大切にする、これを大事にしてかんとだめですね。などなど。ということで教授との話(質疑応答?)は本当に有意義なものでした。有名かつ多忙な方なのに、うちみたいな学生に、少なくともあたしが濃密だったと思う時間を割いてくださるなんて、素敵な方だなぁと思います。とはいえやっぱり半年以上かけて何かを仕上げるということは学ぶものは多い。内容に関しては、ある程度先生方には評価いただけたし、自分でもおもしろいと思えたので、そこそこ満足はしてる。進め方に関しても、刺激は少なくなったけど、いらないプレッシャーを剥ぎ取れたし、最小限のエネルギーと時間でできたので、悪くはないと思う。ただ、やっぱり一歩論文から離れて学べたことも多かったと思う。ずば抜けて能力が高くないあたしがなんとかできるのは、結局周りの人のおかげなんです。あたしに対して時間と知恵をくれる人たちにたくさん巡りあえたことが何よりも大きいことでした。そしてその人たちに感謝の気持ちを伝えるということがいかに大切か、その人たちにどのように接していくかを考えることがいかに大切かを学びました。あたしという人間が、周りの人に支えられることでがんばれ、機能するということを再確認すると共に、今後どう在るべきかを考えられた気がします。なんだかとっても長くなりました。これで卒論もいつかまた振り返ることができるもののうちのひとつになるかしら。
2010年01月31日
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今日すぽーんて抜けた。大事なものを忘れてた。大事なものを思い出しました。考えることばっかして、頭凝ってた。それから、mixiやらskypeやらで自分が今までヒトに対してしてきた発言をちょっと見てみた。そしたらまたすぽーんて抜けた。昔の自分はなんてやわらかかったんでしょう。今よりよっぽどいい方向いてた。ただその方向に今から戻るので、もちろん過去のあたしより今のあたしのほうが厚みはある。また彩りがでてきました。
2010年01月30日
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スノボ行って来ました。初スノボです。部屋が合宿みたいでウケました。笑去年はスキー場へ行ったのに、次の日に面接だったので夜の飲み会だけ参加して、朝福島から帰るというわけのわからんことをしました。あれからもう1年です。なんだかいろいろ変わったと思います。なんだかいろいろ変わってないと思います。ただ、あたし自身の話をすれば、変わるべきとこが変わってなくて、変わっちゃいけないとこが変わってしまったような気がします。たすけてデカルト!!(さいきん方法序説がお気に入り。)それから、某氏に適応能力の高さをべらぼうにほめられました。そのとき頭をよぎったのは、スラダンのゴリと魚住のセンター対決。4ファールの魚住が果敢に攻める中、いいプレーをします。そのとき牧か誰かが、「ファインプレーとファールは紙一重だ」的な発言をします。(正確なせりふはわすれちゃった)自分はその欠点を知っているから、それをほめられるとファインプレーとファールは本当に表裏一体だと思わざるを得んわけです。ちなみにそれがファインプレーになるのは、すんごい高い精神力(集中力だっけかな)って言ってた気がします。むずかしいものだ。
2010年01月27日
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親しさ、それがなんなのか最近考えてました。そして、あたしなりの答えがでました。声が聞きたいと思ったときに、相手の事情を考えずに連絡できること。相手の事情を考えなくて済むのはきっと、どんなに忙しくても自分を受け入れてくれる、そういう自信が、安心感が、心の底にあるんだと思う。忙しくてそのとき話せなくてもいい、でも親しい人はこういうだろう。「またすぐ連絡する」と。親しい人とは同時に、密に連絡をとらなくても不安になることはない。なぜなら親しくなるまでに濃密な時間を過ごし、遠く離れていても、連絡を取っていなくても、だいたいどうしているかはわかるものだから。でも、その相手を理解する時間をなくして、連絡をとらないということは親しさにはならない。決して近い存在にもなれない。人間として親しくなるとは何か。きっとそれは大事な場面に相手の事情を考えずに連絡できること。ひとにとって、少なくともあたしにとって大事な場面は何か事件が起こったときではない。それはきっとなんとなく訪れたり、言葉にできなかったりする。でも、そのときに声を聞くだけで、安心感が生まれたことで、あぁ欲していたんだと気づくようなときなんだと思う。そのために必要なのは、やっぱり連続的に多くの時間を共にすること。それがあれば連絡をするなんてことがまれであっても、つながっているとなぜか感じるものだから。「やさしさは慣れ」という人がいる。人が人にやさしくなれるのは、慣れがあってこそである。結局これも連続した多くの時間の共有によってなされるもの。人は、わかりやすいようでわからない。人は、言葉にできるほど簡単じゃない。だから感じなくてはいけなくて、感じるためには時間を共にするしかないんだと思う。これが今のあたしの答えです。
2010年01月24日
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今日とても素敵な贈り物をもらいました。その名も「Traveler's notebook」革素材のカバーにシンプルで書きやすそうなノート。革の感触がここちよくて、見た目もどんぴしゃあたし好みで、もう有楽町をスキップしてしまいそうなくらいテンションがあがりました。近いうちひとりでふらっと携帯も何も持たずに旅に出ようと思っています。そのときは1冊のノートと、たくさんの本をもっていこうと計画中。だからノートを見つけようとしてるんだ、そうちょこっと話しただけだったんだけど、「それならいいのが家にあるよ」と言って1週間も経たないうちにプレゼントしてくれました。これから毎日持ち歩きます。そしたら毎日が旅みたいで楽しくなりそう。もちろん旅にももって行きます。そしたら目に写る全部がきらきらしそう。1ページ目に書くことはさっき聞かれたので決めました。内緒です。いつかプレゼントしてくれた友人にだけ見せようと思います。それから、友人が好きな本もくれました。自分を見失っている気がして、だからじっくりいろいろ考えるために、自分と向き合うために、ノートがほしくて、一人で旅をしたい、そんなあたしに、とのことです。答えを出さなければならない問いはあるんだけど、ちょっと迷惑はかけてしまうけどゆっくり考えさせてもらおうと思います。この素敵ノートと一冊の本と共に。
2010年01月20日
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最近サッポロビールの「大人エレベーター」がすごく好きです。妻夫木聡が自分探しのたびをする感じのあのCM。39歳と54歳の階に止まるけど、中村勘三郎とCharがいる54歳があたしはすごくすき。ちなみに39歳の階には宮迫と宮藤官九郎がいます。39歳はまだまだ若いエネルギッシュな感じでそれもよい。全部で6種類あるみたい。これ↓大人エレベーター「54歳/大人の代表」篇大人エレベーター「54歳/答えは出ない」篇大人エレベーター「54歳/覚悟」篇大人エレベーター「39歳/ずっと子供で」篇大人エレベーター「39歳/上しか見ない」篇大人エレベーター「39歳/40歳に向けて」篇一番初めに見て、こんだけ気になっちゃったのは「54歳/大人の代表」篇でした。(サッポロのHPで全部調べてみたよね。笑)「おとなってなんですかね?」っていう問いに対して、「54ぐらいじゃわかんないでしょ~」ってCharが答えるのがずーっとこころに響いたまんまでした。大人ってなんだろう、ずっとそう思い続けるのかなって。でもだから変わってもいけるのかなー。今年で24歳、もっと大人だと思ってたのにな。笑それから、「54歳/答えは出ない」篇。「生きるってなんですか?」っていう問いに対して、「答えなんてでないよ~」って答えるんだけど、さらに中村勘三郎が、「出たとしたらろくな答えじゃないね!」っていうんだよね。なんかそれも考えさせられました。結局生きるってなんだろう、これもまた永遠のテーマなんだろうね。おとなって、いきるって、いつまでたっても答えは見つからないんだろうけど、それでも考えて、向き合っていけたらいいのかな、なんてそれがあたしなりの今の考え。(ろくな答えじゃないかもなぁ。笑)あともうひとつこれは完全別の視点だけど、妻夫木聡が自分探しにでる青年を演じるって日本は豊かだな、ということ。彼は何歳だかよくしらんけど、でも20代半ばから後半にさしかかって、まだ自分探しができる日本はやっぱり豊かだよね。悪いとかじゃなくて、日本ってそういう国なんだということも再認識しました。youtubeにぜんぜんあがってなかったのでひとつだけ。「54歳/覚悟」篇
2010年01月13日
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人が誰かを理解するのはしかるべき時期が来たからであって、その誰かが相手に理解してほしいと望んだからではない。
2010年01月10日
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ことばを使わないペットは、態度や表情で気持ちを伝えます!ってキャッチフレーズのもとにかわいいペットの写真特集がありました。でも裏を返せば、言葉を使える人間はことばも使おうよってことじゃんと思って、かわいいねこの写真を見ながら考えこんでしまいました。昨日、中国で働いている先輩からお手紙が届きました。あけましておめでとうってわけでもなく、なんとなく手紙をくれた感じですごいびっくりしたけど、すごいうれしかったです。そりゃぁ先輩がすごくきらきらがんばって仕事をしているだろうことは想像はついていたし、ブログだって読める世の中、元気にしていることはわかってました。でも、ことばにして、文字にして、それを伝えるということが、ひとにとっていかに大事なことかを感じました。すこーし前、言葉を尽くして想いを伝えてくれた人がいました。(こんなあたしですが・・・汗)応えることはできんかったけど、その伝え方はすてきだと思ったし、自分もそういうことができるようにならんとな、と思ったのに、忘れてたのかな。わかっているようなことでも、わかっていないこともあったりする。伝わっているだろうと思っていることでも、伝わっていないこともある。やっぱり「ことば」というものがある以上、それを尽くさないと感じられないことは世の中いっぱいあるんだと思います。
2010年01月08日
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中学受験をして、一流中学、一流高校、一流大学へ。その道が当たり前だから、その通りに走ってきただけだと。悪かったとは思わない、だけどそれで自分でレールを引くことを忘れてしまっていたと。あたしはどうだったかな。考えてみるとめちゃめちゃ広いレールを走っていたのかもしれない。普通の公立中学に行って、家から一番近かった公立高校に行って、地理的に微妙な大学へ。笑大学では留学してみたり、5年卒業にしてみたり、割りと好き勝手やってきた。でも就職でたぶんはじめてそのレールを外れた。それをレールというか、どこまでをレールというかわからないけど、親の考えが子供の考えになり、外れるときがくるんだろうな。レールをつくる人間にならなくちゃならない。そして、「意義」について。自分が行っていることの意義を考える人はあたしは好きです。そして、それが自己に向けられたものではなく、なんの役にたっているのか、そういう風に考えることがいいとはいわないけど、好きです。意外にもこの世界は普通にそうした心を持っているひとがいるんだと、ちょっとうれしくなりました。あと、いろいろいわれる女の子ですが、ようやく友達になれそうな子に出逢いました。同じビルだし、ぜったい近くに住むことになるし、仲良くなれたらいいなとおもいます。つんつんしてなくてよかったー。まとめ。まじめなことも、しょうもないことも、とりあえず突き詰めて考えてみる、それ自体があたしは好きで、そういう人たちが集まってるんだなとおもいました。**********************************************************こうやって研修やらプレゼンやら、朝まで議論やらをやってると本当に気がまぎれていい。なにも解決してないけど、そのときは忘れられる。びーびー泣いて、鼻声でしおりにへるぷを求めていたあたしとは別人がそこにはいただろうな。怖いもので、仮面をかぶることだけがどんどん上手になっていっています。いつの間にか「伝える」方法を忘れてきています。まじでみじんこになりたいです。
2010年01月07日
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あたしの日記が増えるのは、絶好調のときか絶不調のときのどっちか。今朝もちょっと書いたのに気が落ち着かないのはこれは絶不調だからです。どうしていいのかわからんのですもん。泣きたいんですもん。なんで世の中うまくいかないのか。なんであたしはこんなにわがままなのか。あたしが半年前にした決断は間違いだったのか。もやもやしてて、でも誰にどうぶつけていいかわからんくて、困りました。こういうとき仕事してれば忘れれるから来年から楽かもなーって思うけど、でもそれがなくなったらあたしサイボーグみたいになっちゃいそうでやだな。あーーーやだーーーーーーーーーーーーーー。。。。毒吐き失礼。Everything happens for a reason.あたしはいったい何を知れっていわれてるんだろう。
2010年01月05日
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タイミングに救われたあたしが、 タイミングに足元をすくわれた、 そんな気分。 タイミングだけが合ったかのように言う人と、 タイミングだけがどうしても合わなかった人。 所詮タイミング、されどタイミング。 大事なものが何なのか分からなくなってしまいました。
2010年01月05日
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2010年になりました。今年の抱負は「つよくなる」と書きましたが、ほんとにそうならんと。結局今年も年の瀬に救急にかかる始末。今後もこの痛みと付き合っていかなあかんのか、と思うと割と憂鬱。大体昔から忙しいときになると体調悪くしてみんなに迷惑かける。考えてみれば去年も元旦から熱を出して寝込んだし。たぶんあたしは永遠のかまってちゃんなんやろう。誰かかまってー!ってなると体のどっかがおかしくなる。無意識にかまってちゃんになるような精神力じゃぁまずいなと思う反面、絶対ひとりで生きてけないな、という確信を得ました。つよくなろう。
2010年01月04日
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