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昨日の日記に対し、コーチ仲間から、届いたメール・・・>そう言えば、アメリカの放送局や国際BBCを見ていて、若い女子アナをあまりみかけないですね。でしょ?たしかに。CNNとかをみていても アンカーの女性は、圧倒的に30代から40歳前後が多い気がする。日本人より 年上に見られるって言われるから、本当の年は分かりませんが。とはいえ、見た目が大人ってこと以上に、アメリカのキャスターたちって、視聴者に伝えようとする意気込みも、スキル(知識やプレゼン能力)もあるし、コメントにも自分達の見解を盛りこんで、とても成熟したイメージがある。あくまで、私の見方ですが、「付け焼刃」ではない実力、底力というのかな。ニュースや 硬派な社会派のネタなんぞは、若い舌足らずのアナウンサーより、成熟した大人のキャスターに伝えて欲しいと思うのは私だけではないと思う。あ、別に 女子アナのみなさんに「老けてみえる」メークをしてほしいっていうんじゃなく、それなりのお勉強をしてほしいなっていう希望です。それにしても、あと10年後も「女子アナ」って言葉、残っているんでしょうか?>
2005年05月31日
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今朝、ワイドショーを見ていたら、元日本テレビの薮本雅子さんがうつっていました。ずいぶん前に日テレを辞めていたことも、離婚して、その後再婚したことも、初めて知りました。「20代は、女子アナとして 華やかに楽しく過ごしたけど、30の声を聞いてから、いつ、自分が必要とされなくなるか、肩たたきをされるのか、ビクビクしていた」と語るのを聞いて、「あー、薮本さんのような優秀な方でも、そうだったんだー」と感じました。私も、元「女子アナ」という立場だったわけなので、この職業のユニークさ、特殊な面がわかるんですねえ。22で入社し、3年ぐらいは、仕事を覚えるのに夢中で、あっという間に過ぎていきます。最初のうちは、初々しさとかわいらしさで、周りからも可愛がられます。(と思う)でも、26,7になってくると、かわいらしさだけでは やっていけません。その頃になると、周りの声が気になり始め、厳しい現実がわかってきます。私の周りにも、「女子アナ3年やって、芽が出ないやつはダメだな」とか「30超えたら女子アナはきついよ」とかいうひどい言葉を平気で言っているスタッフが 少なくありませんでした。これは、けっこうきつーいプレッシャーになります。こんな言葉を跳ね返すべく、今まで、きっと多くの女性アナウンサーががんばってきたのでしょう。(涙)でも、冷静に考えたら、これって、とても 変だと思いませんか?本来であれば、30歳前後というのは、仕事の面白さも分かって、社会人としてのひととおりのスキルや知識、人脈も出来てきた、一番素敵な 年代ではないでしょうか?なのに、なんで、「寿命」なんて 言われなきゃいけないんでしょう?画面に登場する女性アナウンサーは、まだまだ 若い方に偏っています。成熟し、知的な大人の会話ができる 女性アナの活躍する番組を、もっともっと作ってほしい!と各テレビ局に お願いしたいです。
2005年05月30日
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とにかくスピードが速く、みんなが忙しがってる時代。だからこそ、ひとの話をゆーっくり聞いて、その人の「本当の声」に耳をすませ、キャッチするコーチの存在が大事だと思う。コーチングって、引き出すほうも、引き出されるほうも、めっちゃおもしろいでえ。(熱くなると関西弁)・・・といってる一方、普段の会話、とくに スピードが求められる会話では、コーチ的会話ができないときがある。たとえば、今日の 仕事の打ち合わせ。初対面の相手の話が面白く、つっこみたい、もっとほりさげたい!って思うポイント満載だった。なのに、与えられた時間を考えると、「ここで つっこんだら長くなる!他の打ち合わせができない」っていう気持ちが働いて、表面的な さらっとした意見交換におわってしもうた。考えてみれば、これは当たり前の話で、いつでも だれとでも、ふかーいトークができるとは限らない。それにしても、こういう会話が続くと、私は まちがいなくストレスがたまる。だいたい 昔から、人に対して好奇心いっぱいだったなあ。私って。特に好きな人のことはとことん知りたいし、かかわりたいし、できれば分かり合いたい。「なんかちがうなあ」と思いながらごまかすよりも、たとえけんかになったとしても、相手の素顔がわかったほうがうれしい。こういうことを言うと、まわりからは、「そんなん、しんどいやん。」といわれるのがオチだったけど。で、気が付けば、「相手に関心を持ってとことんつきあう」コーチになっていました。そういえば、高校生のとき、初めて付き合った男の子に、なにげなく「将来は、カウンセラーになりたい」といったところ、「そんな地味なこと言わんと、もっと大きな夢持てや」といわれ、相手のことが嫌いになってしまったことがあった。あの頃はコーチなんて仕事があるのも知らなかったけど、もし知っていたら、飛びついていたかも。大学時代は「人はいかにいきるべきか」みたいな人生論や「幸せになる考え方」のような本ばかり読んでいたし。下地は出来ていたんだなあって思う。
2005年05月28日
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今日は、CMのナレーション収録♪だった。ナレーションは、私がだーいすきな仕事。好きなことやって、お金をもらえるって、なんて幸せ!っていつも思う。なんで、こんなに楽しいのかっていえば、とにかく声をつかって、キャラクターを表現したり、メッセージを伝えるのが、純粋に楽しいのだ。たとえば、今日は「お仏壇」のお店のCMだったんだけど、それを読んでいる自分のイメージは、ずばり「女神さま」だったもの。自己陶酔の世界ですよ。思えば、「声」をつかって遊ぶことを覚えたのは、まだ幼稚園にあがる前だったなあ。「ねずみの嫁入り」や「シンデレラ」の登場人物を声をつかいわけて、演じるのが面白かった。それを、周りの大人がほめてくれるものだから、ますます のめりこんでいった気がする。小学校にあがると、今度はテレビドラマの俳優の演技を真似することを覚え、学校の休み時間、クラスメイトに披露してはよろこんでいたっけ。大学では、友人とバンドを組んで、ボーカルを担当。「歌」にいろんな思いをこめて届けるのが、たまらなく好きだった。こんな風に書くと、「目立つのがすきだったんでしょ?」なんていわれるけど、そうじゃないんだなあ。アナウンサーになってからも、イベントの司会などで、人前に立つのは、苦手だった。その代わり、「コムさんで」と言って、指名をもらうCMや番組のナレーションのほうがうれしかったんだ。でも、顔のうつらない仕事は、アナウンサーの仕事としてはマイナーだから、私は、少し変わった存在だったかもしれない。もちろん、アナウンサーとしての仕事は山ほどあり、覚えることもいっぱいだったから、好きなことしかやらないというのは不可能だったけど。今、思うと、その頃から、「表現する」「伝える」ことを、求めていたんだなって思う。今、フリーランスになって、心豊かでいられるのは、自分の原点・つまり好きなことに帰ってきているからかもしれない。自分の場所で、自分らしさを発揮して生きているなあって感じている。そして、コーチとして、「自分らしさを生きる喜び」を多くの人に伝えたいと思う。あなたが、お金をもらわなくても、夢中でやれることって何ですか?
2005年05月27日
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本当に、「気まぐれ日記」になりつつあることを反省。先週末、コーチの先輩、お仲間のみなさんとお会いする素晴らしい研修がありました。普段、なかなか見る機会がない他のコーチのコーチングを、じーっくり見られて、間から鱗が三枚くらい剥がれ落ちた。。。と、同時に、「他人のをフリ見てわがフリ直せ」じゃないけど、自分のコーチングのクセや改善点が、たっくさん分かったのでした。ふふふ。。。参加した甲斐がありましたぜ!しかも、コーチの同期(同じ時期に プログラムを受講した大切な仲間達)に会えたことで、エネルギー充電しまくり!普段は、クライアントさんの話を「聴く」役に回るコーチですが、基本的にエネルギーレベルが高い人ばかりなんで、2次会、3次会と、言葉ぶつかりまくりでした。あはは。。。なんで、コーチ仲間といると、こんな元気になれるんじゃろうか?いろいろ考えてみたんですが、こういうことではないかなあ?・コーチはとにかく、プラス思考!(なんか、陳腐な表現で、気にいらないな。。) =失敗なんて無いと思っている。信じている。 =すべてを経験・財産だととらえて 喜びながら動いていくつまり、「失敗=だめだった」 という思考回路でなくて、「経験・財産=これを活かして、次は何しようか?」って考える思考回路になっているだから、明るい、底力(そこぢから)がある!→周りの人もいっしょにいてプラスパワーの波を浴びて、どんどん元気になれる→性格や行動も変わる!・・という理屈を考えてみました。異論反論あるコーチ仲間のみなしゃん、ぜひご一報ください。これを書いてみて気付いたこと。自分の中で繰り返す「言葉」って、すんごく大事=自分に大きな影響を与えているってこと!物事うまく行かないときって、けっこう「ネガティブモード」の言葉を自分に送ってないですか?人生のうち、もっとも沢山の言葉を交わすのは、ほかならぬ自分自身。そう考えると、他人から ポジティブな言葉をもらうのも大事だけど、自分自身を餅ベーとするセリフを持っておくのって、すごーく良いことなんじゃないか?・・・と思います。だから、私は今日も鏡にむかってにっこり笑って「コムちゃん、最高、イケてるよ!」って、マジに語りかけています。あー・・・恥ずかしい、カミングアウト。
2005年05月26日
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連休中、周りが海外旅行やら、なんやらで浮かれているのをよそ目に、私は、資格取得のため、講座に通っていました。結構地味な毎日でした。この講座、実は去年も受講したんです。せっかく勉強したのに、試験の日に 仕事が入ってしまい、あきらめたのでした。今年こそ、ぜひ!と意気込む私です。ところで、地味―な日々の中、一つ、思い切った挑戦をすることにしました。そ、それは「株」!かなりせこくて、小心者の私が株なんて、自分でも以外ですが、ま、とりあえずやってみるか!って感じでスタートします。何も、一攫千金を目指そうと思ったわけではなく、(いや、そうなればうれしいですが)経済の勉強になるかなあ。。と思ったのと、自分の大好きな企業があって、応援するのもいいなと思ったからです。それに、株をやるなんて ちょっとかっこいいかも!って、ミーハ―な私はひとりで盛り上がっています。でも、実は、投資する金額は、すずめの涙でして、(それが私らしくもあるんですが)一年後には、この銘柄が オオ化けしてる可能性もあるかもしれない♪あ、手続き、まだ終わってないです。始める前にして、すでにこのドキドキ感。しばらくは、楽しめそうですわ。
2005年05月09日
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そろそろ、変わりどきかなあ?と思っています。インプットからアウトプットへ!です。私には、いくつかの目標があって、そのうち一個は、自分にしかないプログラム・商品を作り上げて、それをもとに、研修・講演・インフォプレナーとして活躍する! というもの。考えただけで、ワクワクする夢です。そのために、いろんなセミナーや勉強会に参加し、自己投資を続けてきました。まさに、第一フェーズ、「インプットの時期」ってかんじでした。学ぶことに価値を置く私としては、何かを学吸収するって、すごーく楽しい。でも、ひょっとしたら、学ぶことが目的になってしまっていたかもしれません。そろそろ、インプットしたものを 自分の中で消化し、自分のオリジナリティとしてアウトプットする時期だと感じます。色んな知識やネタ・アイデアで、「満腹状態」なので、まずは、蓄えた中味を 整理したり、捨てたり、ラベリングしようと考えています。その先は、第二フェーズに突入です。「〇〇〇」の時代、、ほんとうの意味で、私のステージが始まる気がしています。 「静」から「動」への転換です。
2005年05月06日
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昨日の続きです。人生の充実度が、なんで、パンの話と関係あるのか?って感じでしょうか?説明いたしますね。パンを作ったことがある方なら、お分かりかと思いますが、生地をこねて ただ焼くだけでは、ふっくらと、甘味のあるおいしいパンにはなりません。適温で、ゆっくり、時間をかけて、生地を発酵させることが大事なのです。何らかの理由で、この「発酵」プロセスがうまくいかないと、できあがったパンは、おいしくありません。このパン作り、私は「人の成長」と似ている気が するのです。人間に とって、だれにも 影響されない独りの時間は、「自分自身と向かい合える」唯一の時間。自分の本当にやりたいこと、本当の気持ちを確認したり、取り戻したりできる時間なのです。そして、この一見、地味~な時間を過ごすことで、その人の「芯」が出来ていく気がするのです。パンの「発酵」タイム、目に見えない酵母が活発に仕事をしてくれるように。学生時代~20代にかけて、独りでいることが恐く・苦手だった私。友人や恋人?だれかといないと、自分の存在を確認できないような気がしたものでした。今、思えば、やりたいことが見つからない不安や自信のなさを、他人とのふれあいで、ごまかそうとしていたのかもしれません。就職・転職を経て、いろんな壁を経験し、ようやく自分の道が見えてきた今、私にとって、独りの時間は、「私でいるために」なくてはならないものです。パンが静かに発酵を続けるかのように、独りの時間、自分の中身をふくらませ、人と会うことで、触発され、独りになって さらに自分の味を付け加えていく、、といったイメージでしょうか。常にだれかと一緒にいて、周りの色に自分を同化させるのは、確かに安心できるかもしれません。時として、自分を知り、向き合うことは、面倒くさく、恐いことだとも思います。でも、しっかりと 自分を作りに時間をかけることで、一味ちがった「おいしい自分」を作れる気がしています。あー、ちょっと難しい話になってしまったかなー。
2005年05月02日
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