《櫻井ジャーナル》

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2012.07.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 ヤシル・アラファトが率いていた時代のPLO(パレスチナ解放機構)はパレスチナ問題を考える上で大きな存在だった。そのアラファトが2004年11月に死亡、PLOの影響力は大きく低下する。彼の死は中東情勢の転換点になったと言える。その後、パレスチナで主役として登場してきたのがハマスだ。

 死亡直後からアラファトの死に疑問を持つ人は少なくなかった。自然死ではなく殺されたのではないかという疑惑だ。その疑惑が正しいのか間違っているのか、それをカタールのメディア、 アル・ジャジーラが9カ月にわたって調査、死の直前までアラファトが健康だったことを確認、しかも彼の衣類や歯ブラシなどもの回りの品から放射性物質、ポロニウム210が検出され 、遺体の調査を求める声が出ている。この件はカタール王室とは直接、関係がなさそうなので、アル・ジャジーラの調査は一応、信頼できるだろう。

 パレスチナの歴史を振り返るとイスラム諸国の政府がパレスチナ人に冷淡だったことがわかる。例えば、イスラエルの建国が宣言されたのは1948年5月14日のことだが、アラブ諸国の軍隊が参戦するのはその翌日から。シオニストが「ダーレット作戦」を4月4日に発動し、8日にデイル・ヤーシーン村でアラブ系住民を虐殺しても動きは鈍かった。

 1967年6月にイスラエル軍が奇襲攻撃(第3次中東戦争)を開始、アラブ軍を蹴散らしてエルサレム、ガザ地区、シナイ半島、ヨルダン川西岸、ゴラン高原などを占領しているのだが、このとき、イスラエル軍に立ち向かったのはファタハだった。このファタハでスポークス・パーソンを務めていたのがアブー・アンマール、つまりヤセル・アラファトである。1969年2月、アラファトはPLOの執行委員会議長に選ばれた。

 イスラエルはアラファトが率いるPLOを警戒、「内輪もめ」でPLOを疲弊させるためにライバルを育てることにする。そこで目をつけられたのがアーマド・ヤシン。当時、ムスリム同胞団の一員としてパレスチナで活動していた人物だ。

 ガザにおける同胞団の責任者にヤシンは選ばれ、シン・ベト(イスラエルの治安機関)の監視下、彼はイスラム・センターを創設した。1976年にはイスラム協会を設立、このイスラム協会の軍事部門として1987年に登場してくるのがハマス(イスラム抵抗運動)である。

 ムスリム同胞団は1928年、ハッサン・アル・バンナによって創設されているのだが、その際にスエズ運河会社から資金を提供されたとも言われている。つまり、少なくとも創設当初はイギリスと深い関係にあった可能性がある。ムスリム同胞団をイスラムの象徴と考えたり、イスラエルや米英と対立する存在だと思い込むのは危険だ。なお、現在の同胞団はサウジアラビア王室と緊密な関係にあり、シリアでは反政府派に参加している。

 ところで、アラファトはノルウェーのオスロでイスラエルのイツハク・ラビン政権と秘密裏に交渉、1993年9月に両者はアメリカのワシントンDCで「暫定自治原則宣言」(オスロ合意)に署名している。



 1996年にリチャード・パールやダグラス・フェイスなどネオコンは「決別」という文書を作成、この中でイスラエルのオスロ合意を守る義務はないと明言している。

 この問題と直接的な関連があると断定するわけではないが、1993年の終盤からアメリカではクリントンに対するスキャンダル攻撃が始まり、95年11月にはラビンが暗殺された。この暗殺も公式見解に疑問を持つ人が少なくない。例えば、イスラエル人の調査ジャーナリスト、バリー・シャミシュによると、アミールが撃ったのは空砲で、ラビンは病院へ向かう車の中で射殺された可能性が高いという。

 この暗殺から5年後、イスラエルの軍事強硬派、リクードのアリエル・シャロン党首が数百名の警察官を従えてエルサレムの神殿の丘を訪問、和平の雰囲気は吹き飛んでしまった。

 そして2004年にアラファトが死亡するのだが、その死の原因として浮上した放射性物質、ポロニウム210という名前を覚えている人も少なくないだろう。ボリス・エリツィン時代にロシアで巨万の富を獲得、要するにクレムリンに食い込んで国民の資産を盗んだボリス・ベレゾフスキーに雇われていた元FSB(ロシアの情報機関、連邦保安局)のアレキサンダー・リトビネンコは、この物質で殺されたとされている。

 2006年11月にリトビネンコは死亡、「西側」のメディアはロシア犯行説を盛んに流していたが、説得力のある根拠が示されているわけではない。これに対し、 リトビネンコの父親、ウォルターは容疑者としてベレゾフスキーの名前を挙げている





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最終更新日  2012.07.04 17:35:52


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